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本日(2017/10/06)、第172回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼空はすっかり秋めいていた。
 地上にも秋をみつけた。
 2016年の秋に採集し回収した「自然結実」ヒガンバナの種子、そのうちの3粒が今年の春発芽(発根)した。
 緑を失ってしまった段階で植木鉢に植え替えた。
 その一鉢から葉が出てきた。「出葉」だ\(^O^)/
 ほんとうに秋なんだ!!
▼こんな「自然観察」と「俳句」、一見直接的なツナガリはなさそうに見える。
 「それは、ちがう!!」と我らが寅彦が力説する。してその心は…。
 これが、10月オンライン「寅の日」のテーマである。

 【10月テーマ】 寅彦と「俳句」

 本日はその第一弾で「俳句の精神」を読む。

◆本日(2017/10/06)、第172回オンライン「寅の日」!!#traday

●「俳句と精神」(青空文庫より)

▼科学者・寺田寅彦はけっこうたくさん「俳句」「俳諧」「連句」についての随筆を書いている。
 そのなかでも今回の「俳句の精神」は、寅彦の最晩年(昭和10年・1935)の10月に発表されたものである。
 その年の大晦日に寅彦は亡くなっている。
 従って、この随筆はこれまでに語ってきたを集約したものであると言えそうだ。
 「一 俳句の成立と必然性」
 「二 俳句の精神とその修得の反応」
 「付言」
 とからなる。

 できるだけ引用をさけ、自分の読み解きを述べたいと思うが、そんな力量のない私はついつい引用させてもらうことが多くなる。
 まず「俳句」の必然性を次のように説いていた。

  日本人は西洋人のように自然と人間とを別々に切り離して対立させるという言わば物質科学的の態度をとる代わりに、人間と自然とをいっしょにしてそれを一つの全機的な有機体と見ようとする傾向を多分にもっているように見える。
 この自然観の相違が一方では科学を発達させ、他方では俳句というきわめて特異な詩を発達させたとも言われなくはない。

 「俳句」を生み出したのは、日本人の「自然観」であるというのである。
 そして「季語(季題)」について次のように語るのである。

 

俳句における季題の重要性ということも同じ立場からおのずから明白であろう。限定され、そのために強度を高められた電気火花のごとき効果をもって連想の燃料に点火する役目をつとめるのがこれらの季題と称する若干の語彙ごいである。

▼ナルホド(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン
 と膝をうつコトバばかりがつづく。引用ばかりをしているときりがなくなってしまいそうだ。
 最後に、私がいまいちばん興味がある「自然観察」と「俳句」のツナガリについて長い引用をさせてもらおう。

 俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の練磨(れんま)を要求する。俳句をはじめるまではさっぱり気づかずにいた自然界の美しさがいったん俳句に入門するとまるで暗やみから一度に飛び出してでも来たかのように眼前に展開される。今までどうしてこれに気がつかなかったか不思議に思われるのである。これが修業の第一課である。しかし自然の美しさを観察し自覚しただけでは句はできない。次にはその眼前の景物の中からその焦点となり象徴となるべきものを選択し抽出することが必要である。これはもはや外側に向けた目だけではできない仕事である。自己と外界との有機的関係を内省することによって始めて可能になる。

寅彦のこのコトバをうけて今回はここまでとする。

俳句を作る場合のおもなる仕事は不用なものをきり捨て切り詰めることだからである。

 これぞ寅彦の究極の「俳句入門」のすすめである!! 

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