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オンライン「寅の日」のすすめ(2) #traday

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▼今年一番目に発芽(発根)した実生ヒガンバナ(安富)は、緑を増していた。
 根は土ポットにもぐり込むように伸びていた。この後の興味はどのあたりが膨らんでくるかである。
 そこが鱗茎の赤ちゃんとなるのだろう。
 二番目に気づいた実生ヒガンバナ(福崎)の方は、まだ白い。のびた芽はいちど湾曲してから土ポットにもぐりこんでいる。どうしてその方向に土があることを知ったのだろう?
 光かそれとも重力か?
 やっぱりあの言葉を使わしてもらおう。

 「ねえ君、不思議だと思いませんか?」

▼オンライン「寅の日」のすすめ を進める。

<そもそもなぜ「寅の日」なのか?そのネーミングはどこから?>
 2012年春、オンライン「寅の日」をはじめる少し前に寺田寅彦に関するたいへん興味深い本を読んだ。

◆『寺田 寅彦 漱石、レイリー卿と和魂洋才の物理学』(小山 慶太著 中公新書 2012.1.25)

である。ここに「寅の日」のヒントがあった。

 寅彦は高嶺俊夫と親交を深めるなか面白いことをやっていたようだ。  一九二八年(昭和3年)の春ころから、高嶺と寅彦は毎週一度のペースで、二人だけの昼食会を催すことになる。 高嶺はこの日を「寅の日」、一方の寅彦は「高嶺デー」と呼んでいた。(中略)学問の話もしたが、それ以外に気楽なテーマもよく話題にのぼったという。“高等遊民”を彷彿させる二人の姿が浮かんでくる。(同書 P15)

 これだと思った!!この「寅の日」を21世紀の今、再現をしたいと強く思った。再現と言って「昼食会」を再現するのでない、その「空気」を再現するのである。
 寅彦が残してくれた随筆を多くの人と一緒にオンラインで読むのことで「再現」したい思ったのだ。
 
 かくして オンライン「寅の日」 ははじまった!!

▼高嶺と寅彦は毎週一度のペースで、「寅の日」を実施していた。
 しかし、それでは少し忙しない。月に一度では間があきすぎる。
 そこで思いついたのが干支の「寅」だった。干支の「寅の日」は12日一回巡って来る。
 これぐらいが忙しすぎず、間延びしないちょうどいいペースだと思った。
 これなら一回一回日程を検討する必要もない。とても便利だ!!
 5年と一ヶ月を経てこれはすっかり定着した。

 12日に一度、オンライン「寅の日」は巡ってくる!!

▼原則は12日に一回と決めながらも一年間に一度だけ例外の日をつくっていた。
 寺田寅彦は1935年(昭和10)の大晦日12/31、転移性骨腫瘍のため亡くなった。
 58歳(数え年)だった。
 だから12/31は寅彦の忌日だった。
 この日を特番「オンライン「寅の日」とした。

 この日に読むものも決めていた。最晩年に書かれた
●「日本人の自然観」(青空文庫より
 である。
 
 特番をあわせて年間31回のオンライン「寅の日」!!
 はたしてこれはどこまで…。

(つづく)

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