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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(137)

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▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから51週目だった!!
 予定ではあと一週間で今年度の植え替えである。今年度もこの観察池でいろんなものを観察してきた。
 大賀ハス「あこがれの四日間」はもちろんのこと、夏にあの25匹のコウガイビルに出会ったのも観察池が中心であった。葉っぱの上を這うコウガイビルは驚異であった。
 久しぶりの大雪も、この池に積もった雪を目安にした。氷の張り方も入念に観察させてもらった。
 もうあげればきりがない!! 
 一年間たって池の土は小さい粒になり、「粘土質」に変わっていた。
 そこから古株の芽だろうか。黒い芽が突き出ていた。

 「観察」こそ「科学」のはじまり!!

 を教えてくれているようだった。
▼飽きもせずに、「暴風雨」の謎解き物語の歴史をつづけて追ってみる。
 参考にさせてもらうのは変わらず次である。

◆『大気の科学~新しい気象の考え方~』(小倉義光著 NHKブックス76 1968.9.20)

 もう一度もどって19世紀半ば謎解きはどこまできていたかをふりかえる。

 時を同じくして一八六一年、似たような低気圧モデルが船乗りジンマンなる人によって提出された(第24図)。彼は、レッドフィールドやピディングトンのいうような、中心に対して対称な構造は、中緯度低気圧にはまったくあてはまらないことを強調した。「暴風雨は、互いに相反する方向に流れる二つのちがった気流によって形成される二つの側面をもつ。」いいかえれば、二つの気流が合流する二本の線をもつというのである。そして一般に西側の合流線の方が顕著で、ここでは風は南西から北西に急変する。(同書P50より)

 いい線まで来ている!!
▼しかし、歴史は直線的には展開しない。いつも螺旋的だ!!
 それから半世紀が経て画期的展開をみせる。
 
 それもやはり徹底した「観察」からだった。

そこで長男のJ・ビヤークネスや数人の若い助手とともに、実験的な天気予報を組織した。彼はそれまで実際の天気予報に従事したことはなかったのである。食料確保のためには、自国の農業と水産業に頼らざるえない母国への寄与であった。彼のグループはきわめてこまかい観測網を展開した。ただし観測者は素人ばかりであった。飛行機や気球による上層の気象観測ができないので、雲とその動きを綿密に報告させた。戦争をしている国やノルウェーの西の海からの気象電報もはいらないので、彼らは「天気図上のどんな現象も異常も、物理的な解釈なしでは見すごさない」決心をかためたのである。(同書p55より)

▼そして、ついにあのモデル図にいきついたのだ。

 こうして、一九一九年、J・ビヤークネスによって温帯低気圧の構造図が発表された(第26図)。これまでに使われていた気流の合流線ということばの代わりに、温暖前線・寒冷前線ということばがはじめて使われたのは一九一八年である。(中略)  さらに、一九二二年、J・ビヤークネスとソルベルクは温帯低気圧の一生の模式図を発表する(第28図)。 (同書p55より) 

 この図について著者・小倉義光氏はこう言った。

この第26図と第28図は、その後大変有名となった。半世紀ちかくたった現在でも、我が国の中学校理科や高等学校地学の教科書などに、そのままの形で記載されることもあるほどである。(同書p55より)

 それからまた半世紀!!
 つまり100年前!!のその図は今もアタリマエのように教科書に載っているのである!!
 
(つづく)
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