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本日(2016/12/10)、第146回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼庭の定点ヒガンバナが大ピンチだった!!
本来なら青々とした葉をのばし、光を独り占めして栄養を貯め込む、もっとも「稼ぎ時」だった。
 ところが、今年は妙な枯れかたする葉がいくつも出てきたのだ。20年近くこの株を観察しているがこんなことははじめてであった。
 犯人はわかっていた!!
 「自然結実」ヒガンバナ採集の時にも出会ったヤツだった。そのときは葉のみならず、せっかく結実した実までかじっているかに見えた。最初のうちは千客万来で、そんなヤツもいてもいいかなと軽い気持ちでいたが、ここまでやられるちょっと対策を考えねばと思いだした。
 ヤツはいったい何者だ!?
 いっぴきを葉とともにひっぱり出して写真を撮ってみた。
 このにっくきヤツの背中の模様が妙に美しく見えてくるから困ったもんだ。
▼本日(2016/12/10)は、第146回オンライン「寅の日」である。
12月のテーマは
●寅彦と「芸術」 である。
 私などさして得意と分野はないが、「芸術」はとりわけ疎い分野だ。
 寅彦から大いに学びたいものだと思っている。
 さっそくの第一弾で読むのは、タイトルもダイレクトな「科学者と芸術家」である。

◆本日(2016/12/10)、第146回オンライン「寅の日」!!#traday

●「科学者と芸術家」(青空文庫より)

▼昨日(2016/12/09)は、夏目漱石の没後100年の命日だった。
寅彦にとって夏目漱石はもっと慕った生涯の師だった。図らずも、この随筆は漱石が亡くなった年・大正5年(1916)の1月に書かれたものである。なにか因縁を感じる。
 この随筆のなかにも夏目漱石が登場した。

 

夏目漱石先生がかつて科学者と芸術家とは、その職業と嗜好しこうを完全に一致させうるという点において共通なものであるという意味の講演をされた事があると記憶している。

 だから、この随筆もたぶんに夏目漱石の影響を受けてというところもあるのだろう。

 まず最初に、

科学者の天地と芸術家の世界とはそれほど相いれぬものであろうか、これは自分の年来の疑問である。

と疑問をなげかけ、後コトバをながらも「科学者」と「芸術家」の共通因子をあげようとする。

 しかし科学者と芸術家の生命とするところは創作である。
科学者の研究の目的物は自然現象であってその中になんらかの未知の事実を発見し、未発の新見解を見いだそうとするのである。芸術家の使命は多様であろうが、その中には広い意味における天然の事象に対する見方とその表現の方法において、なんらかの新しいものを求めようとするのは疑いもない事である。
二人の目ざすところは同一な真の半面である。

等々である。
 この後も、ナルホド!!と思わず膝をたたきたくなる文章が続く。
▼ところが途中でこうとも言う。

しかしこのような問題に深入りするのはこの編の目的ではない。ただもう少し科学者と芸術家のコンジェニアルな方面を列挙してみたいと思う。

では「目的」は、「本意」はどこにあるのだろう?
ここからは、シロウトの偏見にみちた読み解きである。
「科学者」と「芸術家」の相似性をパラレルにあげながらも、本意は
「常に科学者に「軸足」を置いている」
それが私の率直な感想である。それが私には興味深い!!
少しだけ引用させてもらおう。

総合という事がなければ多くの科学はおそらく一歩も進む事は困難であろう。一見なんらの関係もないような事象の間に密接な連絡を見いだし、個々別々の事実を一つの系にまとめるような仕事には想像の力に待つ事ははなはだ多い。また科学者には直感が必要である。

 「観察力」「総合する力」「想像力」「直感」等々、これらはなにもプロの「科学者」のみならず、シロウトが「科学」を楽しむときにも必要なものであることは確かだ!!

最後にもうひとつだけ引用させてもらおう。

この直感は芸術家のいわゆるインスピレーションと類似のものであって、これに関する科学者の逸話なども少なくない。長い間考えていてどうしても解釈のつかなかった問題が、偶然の機会にほとんど電光のように一時にくまなくその究極を示顕する。その光で一度目標を認めた後には、ただそれがだれにでも認め得られるような論理的あるいは実験的の径路を開墾するまでである。

これぞ「セレンディピティ」だ!!
 そしてその「セレンディピティ」は眠っていてもやってこないと言っている。

もっともこのような直感的の傑作は科学者にとっては容易に期してできるものではない。それを得るまでは不断の忠実な努力が必要である。つとめて自然に接触して事実の細査に執着しなければならない。常人が見のがすような機微の現象に注意してまずその正しいスケッチを取るのが大切である。このようにして一見はなはだつまらぬような事象に没頭している間に突然大きな考えがひらめいて来る事もあるであろう。

なんと示唆的!!
こう言ったのは、寅彦39歳のときである。
その後の科学者・寺田寅彦の「研究」をみるとき大きく頷くのである。

 この随筆を読みながら、私は先日の彫刻家・大野良一先生のお話をしきりと思い出すのだった。
この随筆をよりリアルに読めたのは、あのお話を聞いたからだろう。深謝。
 大野先生を真似て、今日はあの「にっくきやつ」の背中の模様の数、数えてみようかな。
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