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【Web更新10/30】16-44 「サイエンスコミュニケーター宣言」等更新!!

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どこまでも野を唱えたる野菊かな 16/10/29撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-44
週末定例更新のお知らせ
 10月最後の週末定例更新のお知らせである。2016年もあと2ヶ月を残すのみになった。
 気分は「峠」(真壁仁)だ。
 

すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。

◆表紙画像集2016  更新 野菊 ヨメナ ノコンギク
 いまだに私は「ヨメナ」と「ノコンギク」の見分けがつかない。何度か教えてもらった気がするが、すぐ忘れてしまう。昨日「日曜会」で現物をもっていって教えてもらった。
なっとくだった!!
どうも私が今、散歩道で見かけているものは「ヨメナ」のようである。
 いつもアバウトな私は、「こんなのまとめて野菊と言っていいか」と尋ねたら、
「?(゜_。)?(。_゜)?」だった。
 でもやっぱり「野」のものは「野」の美しさ主張している!!

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 4月以来7ヶ月にわたり続けて「新・中学校「理科」を構想する。」シリーズはいったん終った。
次なる「みち」が誘って来る。
 さあ…

◆【ヒガンバナ情報2016】 更新!!
 「自然結実」ヒガンバナ発見にもっともふさしい時期だ。
 今年はすでに2件の「発見」の知らせを聞いた!!アリガタイ!!
 今年はぜひとも、それはアタリマエにあることを立証したい。宜しくお願いします<(_ _)>

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 産卵をすませたジョロウグモはこのあとどうするだろう?
 これが今週の観察の注目点だ。なかなか目が離せない。

さて今週は「みち」はどこまで…!?


 

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サイエンスコミュニケーター宣言(369)

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▼日は照っていても、冷たい北風が強く吹き寒かった!!
 昨年より4日遅れの「木枯らし1号」が吹いたという。
 蓮根の植え替えから31週目の大賀ハス観察池。ぶら下がった枯れ葉は大きくゆれていた。
遠くへ飛んでいってしまった枯れ葉も…。
 季節はまちがいなく前へすすんでいた!!
 車庫の上のジョロウグモは、朝方「卵のう」を離れヨロヨロしながらも、「卵のう」を覆い保護するもの探しだそうとしていた。辛うじて木くずのようなものを貼り付けていた。
 夕方にはまた覆い被さる体勢をとっていた。ジョロウグモもまた季節が前へ進んだことを感知しての行動だろうか。
▼さあ、私も季節を前にすすめよう!!
 「サイエンスコミュニケーター」を名のり始めて6度目の晩秋を迎えようとしている。
 サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認するためにいつからか5つの座標軸を設定していた。
 次の5つである。

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

 ひとつひとつが単独でと言うより、それぞれがお互いに深く関係することばかりであるが、より焦点化して考えるため5つの「座標軸」を設けたのである。
▼今年の4月以来昨日まで続けてきた「新・中学校「理科」を構想する。」で

(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!

は一歩前に進んだ気がする。けっして終るわけではないが、ここも更新を続けながら次なる「座標軸」焦点化に向かいたい。
 それが私の「季節」を前にすすめるということだろう。
▼次にぜひとも焦点化してみたいのは

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!!
 
である。
 私にとって「理科教育コミュニティ」と言えば【理科の部屋】である。
 この11/23でなんと23歳!!になる。
 しかし、けっして過去ではない。現在も
●【理科の部屋】5
●FB版【理科の部屋】
は展開中である。
 私は、この他のコミュニティやMLにも参加させてもらっている。
 さらに「あらたな」というと完全に私のキャパセティを越えたものになる。それはたしかだ。
 それにもかかわらず
 「あらたな」に向かいたいのである。

 ひとつだけぼんやりとした構想がある。
◆「中学校「理科」を楽しむ会」(仮称)
 どんな展開が「これから」にふさわしいのか暗中模索!!である。

 わかっていることがある。
 常に「あらたな」に向かうことこそが、【理科の部屋】の志である!!

 情報は発信するところに集まる!! 
情報は交叉するところに生まれる!!

は「不易」である。

 さあ、ゆっくり季節を前に進めよう。

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新・中学校「理科」を構想する。(70)

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▼雨降りの一日。昨日も車庫の上の柱に産卵にしたジョロウグモは、「卵のう」に覆い被さったままだった。
ここにやってきて何日か迷っていたのは、こんな場所を捜していたのだろうか。
 柱の節目があって凸凹もある。凹をうまく利用していたさすがだ!!まずいのは「卵のう」を覆い隠す枯れ葉のようなものが近くにないことだった。
 そんなこともあってここ3日間も覆い被さったままの体勢を取っているのだろうか!?
 さて 今日はどうするだろう?
卒業論文『科学・技術とこれからの私』は実に面白い。
逆に教えられことでいっぱいだ。
「これからの科学・技術と私」とせずに『科学・技術とこれからの私』としたのはひとつのこだわりであった。
中学3年生、「進路選択」の季節でもあった。
 自らの進路とも関連づけて「科学・技術」「理科」をとらえて欲しかったからだ。

持続可能な社会を築いていく主役は卒業していく中学生なのだ!!

私の「ふしぎ!?」からはじめて卒業論文『○○の自然とこれからの私』『科学・技術とこれからの私』に至るまでの中学校「理科」全課程の「構想」をいったん終える。
 完了ではない。これからも現在進行形で更新を続けるつもりである。

 賞味期限ぎれのポンコツ理科教師の「構想」などがどれほどの意味をもつかはなはだ疑問である。
 しかし、私にとっては確かなことがある。
 
●私の「科学」の原点は中学校「理科」にある!!

▼さらにポンコツの繰り言を続けるならば

●サイエンスコミュケーションの最前線は、現場の「理科」授業である!!
●すべての現場「理科」教師は、最前線のサイエンスコミュニケーターである!!

これで いったん

(おわり)

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新・中学校「理科」を構想する。(69)

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▼「一日でいちばんきれいな空」からはじまる「雲見」!!
 ときどき気まぐれに見上げる空を見上げるだけ!!
 そこには同じ方角でもまったくちがった「雲見」があった。「雲見」をしながら見えない上空の風を読む!!
 なんと面白い!!
 これは究極の道楽だ!!
【自然・人間・科学】を続けよう。
 「エネルギー」「環境」「自然」「地球」「人間」「科学・技術」とならべていくとき、気づくことがあった。

●すべての「ふしぎ!?」はツナガッテイル!! 

ということだ。
 中学校「理科」の「ふしぎ!?」はすべてツナガッテイルということだ。
 これはアタリマエのことだが、もっとも大切なことでもある。
 どうか「ふしぎ!?」を保留することができる「知」であって欲しい!!
▼人間が「自然」にはたらきかける営みとしての「科学・技術」の歴史をながめてみるとき、ひとりの「科学者」(本人はその呼び名は使わなかったようだが)の名前が浮かぶ。
マイケル・ファラデーである。

●1831年 ファラデー(英)電磁誘導電流の発見。

これからまだ200年と経っていないのだ。人間の歴史から言うとごく最近である。
もうひとつある。これから30年ほど経って

●1860年 ”The Chemical History of a Candle” by Michael Faraday

である。彼は1867年に亡くなっている。
 そこで私は、ひとつの作業仮説を立てていた。

●中学校「理科」はファラデーである!!

▼「○○の自然とこれからの科学」に次ぐ卒業論文の題目を考えた。

◆卒業論文『科学・技術とこれからの私』
15の春がとらえた「科学」とは
15の春がとらえた「科学・技術」とは
15の春が描く「未来(これから)の科学・技術」とは

(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(68)

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▼正直言ってもういいかげんにして欲しかった(^^ゞポリポリ
玄関先のジョロウグモは、壊しても壊しても翌日の朝には入り口を塞ぐように巨大なネットを張り続けていた。
 壊すのはなんとも申し訳ない気もするが、出入りするためにはしかたがない。壊す前にじっくりとその巧みな技を観察させてもらった。
 もう一匹の車庫の上のジョロウグモはついに産卵していた。
昨日の昼になってやっと気づいた!!
やっぱり卵のうに覆い被さるような体勢をとってうごかなかった。

 庭の定点観測地Dのヒガンバナは、今年もひとつぶが「自然結実」に向かっていた。
 
 これらすべてが、私のもっとも身近な「自然」のなかでのできごとだった。
▼中学校3年間の最終章の「理科」・【自然・人間・科学】に話をもどそう。
そうこの「自然」にこだわりたいと思っていた。
教科書のなかの「自然」、ビデオ・テレビのなかの「自然」などでなく

●自分の暮らしのなかの地域の「自然」!!
●足元の「宇宙」!!

だった。
▼ずっとやり続けてきたわけではないが、最後の機会での取り組みで、めずらしく自画自賛する実践がある。
それは、

◆卒業していく中学校3年生に卒業論文2題

を書いてもらうというものただった。
 その一題が

◆「○○の自然とこれからの私」

もちろん「○○の自然」の「○○」は生徒たちの暮らす校区・地域だ。
▼「○○の自然について」ではなかった。
ここにもうひとつのこだわりがあった。
 その「○○の自然」がこれからの「私」とどう関係するのかを考えてみて欲しかったのだ。
それが中学校3年間「理科」を学んできた成果になると考えたのだ。

「受験勉強で忙しいときに…」と最初は私の方でも躊躇するところがあったが、それはいらぬ心配だった。
出てきた「卒業論文」を読んでいると教えられることばかりだった!!

自然は最高の教科書!!
生徒は最高の指導書!!

はほんとうだと思った。

(つづく)
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「自然結実」ヒガンバナ群生地の今!!(2016/10/25) #ヒガンバナ

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▼秋を飛び越えていきなり冬がやってきたかと思うような寒い日が続いていた。
 しかし、昨日の午後は再び雲が多くなり雨が降ってきそうだった。
 内心少しあせっていた。
 「自然結実」ヒガンバナ群生地・「福崎」の探索がまだだった。田の稲刈りがまだだったので、それが終るのを待っていたのだ。
 一昨日に稲刈りが終っていること確認ができたので、昨日雨が降るまでにでかけてみた。
▼昨年度、ここの「自然結実」ヒガンバナ花茎を採集して帰り、「水栽培」して63個もの完熟「種子」を手に入れた場所だ。
 今年も「自然結実」に向かうヒガンバナをたくさんみつけることができるかは、私のこれまでの仮説が立証できるかどうかだ!?
 興味津々だった。o(^o^)o ワクワク
 しばらく畦を歩いてすぐにわかった。昨年度とやっぱり少しちがう!!
 まったくないわけではなかった。確かに萎れ枯れ果てて倒れた花茎のなかにまだ緑を残す花茎があって、その先には子房部が丸く膨らんだをものをみつけることができた。
 しかし、そんなものみつける頻度が昨年度とはあきらかにちがっていた。
 それに畦の葉も昨年度にくらべると格段少ない!!
▼今回の探索であらたに気づいたことがことがある。
 膨らんだ子房部を食べる生きものがいると言うことだ。無惨にかじられた実がいくつもみつかった。
犯人は誰だ!?
 確かに、幾種類かの幼虫が花茎に見られた。それにずっと気になる生きものがいた。
カタツムリだ!!
 これまでも「自然結実」探索をやっていたら妙によくみかけるのだ。花茎の先端にみかけることが多いので思わず、これが実かと見間違うこともしばしばあった。
 こんなこと言ったら、「それはとんだ濡れ衣だ!!」とカタツムリが怒るかな。
▼けっきょくなんやかんやと言いながらも
・18本の花茎
・3つの花茎先端部
・2本の虫食われ花茎 
を採集してきた。
 これを瓶に入れて「水栽培」に入る。はたしていくつの完熟「種子」を手に入れることができるだろう?

<わかったこと>
・「自然結実」探索は、この時期が最適!!
・「自然結実」ヒガンバナ群生は毎年ということではない。
・群生の翌年は少ない。
・鱗茎(球根)すべてが毎年花茎をのばすのではない。
・「○年周期説」はまだ保留だ!!
・「自然結実」する実を食する生きものがいる!!
等など

今、ヒガンバナに何かが起こっていることは確かだ。
シロウトがゆえのとんでもない妄想を描いてしまう。

いつかヒガンバナゲノムが解き明かされあらたな「ヒガンバナ物語」が語られる日が来ることを!!

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新・中学校「理科」を構想する。(67)

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▼(゜o゜)ゲッ!!
 いくら「クモ大好き人間」になりつつ私もこれには参ってしまった!!
玄関先で、「産卵行動」に入っているのかと観察を続けていたジョロウグモが、玄関入り口を塞ぐように巨大なネットをつくってしまったのだ!!
 これでは玄関入り口から出入りができない。なんとかしなければ…
 それにしてもみごとなものだ。こんなものを一晩のうちにつくってしまうなんて。
 それに「ふしぎ!?」だ。「産卵行動」に入ったのではなかったのか?
 近くには「卵のう」のようなものは見られない。まだお腹も大きい。
 ではあれは何だったのだろう!?
 車庫の上のジョロウグモもそうだった。ぶらさがる柱を変えただけで、近くに「卵のう」はみつからない。
?(゜_。)?(。_゜)?
▼新・中学校「理科」を構想する。は最終章に入ろう。
◆【自然・人間・科学】
この単元の内容は豊富だった。
中学校3年間で学習した内容がすべてが詰まっていた。
いくら時間をかけてもやりきれないほど内容だ。
そして、ここには

なぜ「理科」を学ぶのか?

この究極の問いの答えがあった。
▼限られた時間のなかでの授業であれもこれも膨らませていたら焦点がボケてくるだろう。
また逆に概観するばかりではツマラナイ単元になるだろう。
視聴覚教材の有効活用も考えられるだろう。(できるだけ最新情報を盛り込んだものを)
でも絶対にやって置きたいことがある。
それは具体的な実験・観察だ。
特に私のお気に入りは

◆土壌動物の観察

だ。これは絶対のお薦めだ。
▼「生産者」「消費者」「食物連鎖」「分解者」等々の学習のすべてが含まれている。
できるだけ、校庭のあるいは裏山の…身近な場所の土がよい。
生徒たちが選ぶ「中学校理科実験ベスト10」には必ず登場する観察だ。

この観察でもそうだが、ここで扱う「自然」は、
教科書のなかの「自然」ではなく
ビデオのなかの「自然」でなく

自分たちが日々暮らしているなかの「自然」でアリタイ!!
そこにこそ意味があるのだから。

(つづく)
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【Web更新10/23】16-43 オンライン「寅の日」 等更新!!

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宇宙にぶらさがりたる石榴かな 16/10/20撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-43
週末定例更新のお知らせ
 久しぶりに「袋ファイル」の整理にかかっている。
 「袋ファイル」とのつき合いは古い。最初に作った手製「袋ファイル」作成定規の日付は90.12.06となっていた。
そうするともう26年ものつき合いということになる。
 もうすっかりデジタルな時代だというのに、えらくアナログな話だ。でも、やっぱりこの「袋ファイル」システムが私にはいちばんピッタリ来るのだ。
 この一週間でメンテナンスどこまで進むだろう?
 ゆっくり急いでみよう。

◆表紙画像集2016 更新 石榴 ザクロ
 庭の石榴、今年は豊作だ。 
 赤黒く硬い石榴の実の表皮が次々と割れはじめた。割れ方は不規則に見える。いや、何かルールがあるのかな?そもそもあの石のように硬い表皮がパッカリと割れるのだろう。「ふしぎ!?」だ。
 割れたなかから赤く透明な果肉をつけた種子が顔を出していた。まるで新たな「宇宙」が出現するように…。
 そう言えば、石榴の実そのもも「宇宙」にぶらさがっているようにも。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 10月は、お気に入りの「科学と文学」を読みながら、私たちにとって 「科学」とは? を考えてきた。
 11月は、寅彦と「科学教育」 を考える。どんな発見があるだろう?
 楽しみである。

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 遊びに来ていた孫に問われた。
 「おじいちゃん、なんでそんなにクモが好きなん?」
 即答に困った。しばらして答えた。
 「あんな面白い生きものはめったにおれへんで!!」
 「まあ、おじいちゃんも最近になって気づいたやけどな。」
 と。
 即答できるようになりたいもんだ!!

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 今月中になんとか「新・中学校「理科」を構想する。」をいったん終了したい。
 けっして完了ではない。更新は続けるつもりだが、一区切りをつけたいのだ。
 そして、11月からは別の角度から
 サイエンスコミュニケーターの今 !!を考えてみたい。

◆【ヒガンバナ情報2016】 更新!!
 日曜日にも、「自然結実」するヒガンバナをFBで見せてもらった。
 うれしかった!!
 やっぱりあるんだ!!アタリマエだけど私だけがみているわけではないのだ!!
 

 さあ、新しい一週間がはじまる。
今週は…


 

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本日(2016/10/23)、第142回オンライン「寅の日」!!#traday

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「客観写生」
 「見るから観るへ」
 俳句の世界でよく言われることだ。考えてみるとこれは「科学」の世界にも通ずることなのかも知れない。

 車庫の上のジョロウグモは、昨日から「ぶらさがり体勢」に入ってしまった。柱にぶらさがったまま動きをしめさない。もう一匹の玄関先のジョロウグモも方向を変えたままじっと動かない。夕方、あたりが暗くなってからこちらもまた「ぶらさがり体勢」に入った。玄関先ということもあって家中が大騒ぎになった。(^^ゞポリポリ
 ほんとうに「産卵行動」に入っているのだろうか?
 私はまだ「見ている」だけではないだろうか? もう少し継続観察が必要なようだ。
▼本日(2016/10/23)は、第142回オンライン「寅の日」である。
10月のオンライン「寅の日」のテーマは、その「科学」の世界のもっとも根源的な問い

・私たちにとって 「科学」とは?

である。
  読んでいるは「科学と文学」。今回はその後半である。

◆本日(2016/10/23)、第142回オンライン「寅の日」!!#traday

●「科学と文学」(2)(青空文庫より)


▼後半の小見出しは次のようになっていた。
・随筆と科学
・広義の「学」としての文学と科学
・通俗科学と文学
・ジャーナリズムと科学
・文章と科学
・結語
 それこそ私の勝手な読みであるが、結論は後半の最初に書かれているように思えた。
それはこうだった。

科学が文学と握手すべき領域は随筆文学、エッセー文学のそれであるかと思われる。

そのひとつ前にもこう言っていた。

  しかし、科学者の考え方は唯一無二のものではない。また科学者の成しうるすべては、ただ可能性の指摘あるいは暗示である。かくすべしという命令は科学者としての任務のほかであることはもちろんである。これは忘れてならないことで、しかも往々にして忘れられがちなことである。  そういうことから考えても、科学者が科学者として文学に貢献しうるために選ぶべき一つの最も適当なる形式はいわゆるエッセーまた随筆の類であろうと思われる。

 これこそが、この随筆を通して最も言いたかったことなんではないだろうか。
書かれた昭和八年と言えば、寅彦が亡くなる前々年だ。後から来る若き科学者たちに
「随筆・エッセー書こう!!」呼びかけたのではないだろうか。
「随筆・エッセー」の可能性が次々とあげられていた。

 これに反して科学者が科学者に固有な目で物象を見、そうして科学者に固有な考え方で物を考えたその考えの筋道を有りのままに記述した随筆のようなものには、往々科学者にも素人しろうとにもおもしろくまた有益なものが少なくない。
 それはとにかくとして、現在において、科学者が、科学者としての自己を欺瞞することなくして「創作」しうるために取るべき唯一の文学形式は随筆であって、そうしてそれはおそらく、遠き「未来の文学」への第一歩として全く無意味な労力ではないと信ずるのである。
 科学者が自分の体験によって獲得した深い知識を、かみ砕きかみ締め、味わい尽くしてほんとうにその人の血となり肉となったものを、なんの飾りもなく最も平易な順序に最も平凡な言葉で記述すれば、それでこそ、読者は、むつかしいことをやさしく、ある程度までは正しく理解すると同時に無限の興趣と示唆とを受けるであろうと思われる。

等などである。
これぞまさに「随筆・エッセーのすすめ」なのである。
▼寅彦は科学者にだけでなく、読者である我々にも示唆的なことを語ってくれていた。
 ホンモノとニセモノの見分け方だ。

そういう永久的なものと、悪い意味でのジャーナリスチックなものとの区別は決してむつかしくはない。要するに読んだ後に、読まない前よりいくらか利口になるかならないかというだけのことである。そうして二度三度とちがった時に読み返してみるごとに新しき何物かを発見するかしないかである。
読んでおのずから胸の透くような箇所があれば、それはきっと著者のほんとうに骨髄に徹するように会得したことをなんの苦もなく書き流したところなのである。

 さらにはシロウトが文章を書くときの心得にまで言及してくれていた。アリガタイ!!

 大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから30週目だった。もう緑を残す葉は一枚もなくなってしまった。
枯れた葉が冷たい風で擦れてカサカサと音をたてていた。
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本日(2016/10/23)、第142回オンライン「寅の日」!!#traday

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「客観写生」
 「見るから観るへ」
 俳句の世界でよく言われることだ。考えてみるとこれは「科学」の世界にも通ずることなのかも知れない。

 車庫の上のジョロウグモは、昨日から「ぶらさがり体勢」に入ってしまった。柱にぶらさがったまま動きをしめさない。もう一匹の玄関先のジョロウグモも方向を変えたままじっと動かない。夕方、あたりが暗くなってからこちらもまた「ぶらさがり体勢」に入った。玄関先ということもあって家中が大騒ぎになった。(^^ゞポリポリ
 ほんとうに「産卵行動」に入っているのだろうか?
 私はまだ「見ている」だけではないだろうか? もう少し継続観察が必要なようだ。
▼本日(2016/10/23)は、第142回オンライン「寅の日」である。
10月のオンライン「寅の日」のテーマは、その「科学」の世界のもっとも根源的な問い

・私たちにとって 「科学」とは?

である。
  読んでいるは「科学と文学」。今回はその後半である。

◆本日(2016/10/23)、第142回オンライン「寅の日」!!#traday

●「科学と文学」(2)(青空文庫より)


▼後半の小見出しは次のようになっていた。
・随筆と科学
・広義の「学」としての文学と科学
・通俗科学と文学
・ジャーナリズムと科学
・文章と科学
・結語
 それこそ私の勝手な読みであるが、結論は後半の最初に書かれているように思えた。
それはこうだった。

科学が文学と握手すべき領域は随筆文学、エッセー文学のそれであるかと思われる。

そのひとつ前にもこう言っていた。

  しかし、科学者の考え方は唯一無二のものではない。また科学者の成しうるすべては、ただ可能性の指摘あるいは暗示である。かくすべしという命令は科学者としての任務のほかであることはもちろんである。これは忘れてならないことで、しかも往々にして忘れられがちなことである。  そういうことから考えても、科学者が科学者として文学に貢献しうるために選ぶべき一つの最も適当なる形式はいわゆるエッセーまた随筆の類であろうと思われる。

 これこそが、この随筆を通して最も言いたかったことなんではないだろうか。
書かれた昭和八年と言えば、寅彦が亡くなる前々年だ。後から来る若き科学者たちに
「随筆・エッセー書こう!!」呼びかけたのではないだろうか。
「随筆・エッセー」の可能性が次々とあげられていた。

 これに反して科学者が科学者に固有な目で物象を見、そうして科学者に固有な考え方で物を考えたその考えの筋道を有りのままに記述した随筆のようなものには、往々科学者にも素人しろうとにもおもしろくまた有益なものが少なくない。
 それはとにかくとして、現在において、科学者が、科学者としての自己を欺瞞することなくして「創作」しうるために取るべき唯一の文学形式は随筆であって、そうしてそれはおそらく、遠き「未来の文学」への第一歩として全く無意味な労力ではないと信ずるのである。
 科学者が自分の体験によって獲得した深い知識を、かみ砕きかみ締め、味わい尽くしてほんとうにその人の血となり肉となったものを、なんの飾りもなく最も平易な順序に最も平凡な言葉で記述すれば、それでこそ、読者は、むつかしいことをやさしく、ある程度までは正しく理解すると同時に無限の興趣と示唆とを受けるであろうと思われる。

等などである。
これぞまさに「随筆・エッセーのすすめ」なのである。
▼寅彦は科学者にだけでなく、読者である我々にも示唆的なことを語ってくれていた。
 ホンモノとニセモノの見分け方だ。

そういう永久的なものと、悪い意味でのジャーナリスチックなものとの区別は決してむつかしくはない。要するに読んだ後に、読まない前よりいくらか利口になるかならないかというだけのことである。そうして二度三度とちがった時に読み返してみるごとに新しき何物かを発見するかしないかである。
読んでおのずから胸の透くような箇所があれば、それはきっと著者のほんとうに骨髄に徹するように会得したことをなんの苦もなく書き流したところなのである。

 さらにはシロウトが文章を書くときの心得にまで言及してくれていた。アリガタイ!!

 大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから30週目だった。もう緑を残す葉は一枚もなくなってしまった。
枯れた葉が冷たい風で擦れてカサカサと音をたてていた。
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新・中学校「理科」を構想する。(66)

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▼彼女の姿はもうそこにはなかった!!
10/19にトタン屋根の裏側に産卵したジョロウグモは、19日、20日とまる二日間「卵のう」を覆い被さるようにしていたが、21日の朝にはもうそこには居なかった。
 どこに行ってしまったのだろう?しばらくは周辺を捜したが見当たらない。
 それにしても変なところに産卵したものだ。こんなところでは、朝日があたればトタン屋根は熱くなるだろうし、冬場の冷え込むのも大変だろう。と考えるのは私の都合であり、彼女たちの都合では別なのかも知れない。
 なにしろ、彼女たちは私たちが出現するよりもはるか以前の4億年も前からこの地球で暮らしているのだから。
 クモたちのスゴ技はここ数年の観察からさんざん見せつけられてきたのだから!!

 来年の春の「出のう」が楽しみだ。
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▼あの車庫の天井に産卵しかけたかも知れないジョロウグモが気になっていた。
こちらの方は昨日も大きな変化なく一日同じような体勢をとっていた。
ナニヲシテイルンダロウ!?
 昨日の朝は、さらに変な場所に別のジョロウグモをみつけてしまった。
 みつけたというものではなかった。
 その気はなくても自然に視界に入ってきたのだ。
 玄関のひさしだ。
 「毎日、朝晩にはこれを見よ!!」 と言わんばかりにだ。
 ほんとうにこんなところに産卵をするつもりだろうか? 
 観察を続けると、どうやら その下準備をしているようにも見えた。
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 それにして「ふしぎ!?」だ。
 申し合わせたように一斉に「産卵期」に入っているようだ。
 なぜだろう!?
 何を感受してこんな行動をとっているのだろう?
 
 私は、それは「光」だろうと思った。
 こんな正確に時を判断するのは「光」を感受しているのにちがいないと思った。
▼その「光」はどこからやってきているのだろう!?
それは「宇宙」からだ!!一億5千万㎞かなた太陽からtZbだ!!
やや強引なこじつけだが、【地球と宇宙】の学習の最後の構想に入ろう。
アタリマエすぎるほどアタリマエ!!
・太陽も星(恒星)である!!
これを今一度確認しておきたい。これだけで「宇宙像」は変わってくる。
恒星の学習はここから入りたい。そして
・星の一生
・宇宙のひろがり
へすすめたい。なかなか一度に「ふしぎ!?」の謎解きができるわけではないが、次のことには心がけた学習でありたい。

●宇宙の究極の「ふしぎ!?」を保留し続ける学習!!

●「宇宙見物」を一生楽しむ基になる学習!!

▼次は中学校3年間の最終単元

◆【自然・人間・科学】

だ。 

さて、今日はあのジョロウグモたちどうするだろう!? 
 
(つづく)

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あのジョロウグモが産卵をした!!(2016/10/19) #クモ学

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▼今年は、3匹のジョロウグモを継続観察していた。
 ところが先週末のはげしい風雨で、ネットの支えにしていた草が倒れ2匹が行方不明となっていた。
かろじていちばん近くにネツトをはっていたジョロウグモ一匹だけがそのまま居てくれた。
 19日の朝、その貴重な一匹の姿が見えなかった。枯れ葉のひっかかったネットだけが残っていた。
 最初は少しあせったが、「いや、きっと近くに居る!!」と落ち着けた。それは昨年度からの観察があるからだった。
 「こんなネットをそのままにして姿を消したりしない。ひよっとしたら大きなお腹になっていたから…」
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▼予想はあたっていた!!
このジョロウグモ、とんでもなくダイナミックなネットを張っていた。草むらの草の枝と高いトタン屋根に橋糸をかけていたのだ。そのトタン屋根の上に彼女を発見したのだ。
 そして、トタン屋根の裏側にあの「卵のう」をみつけたのである。
 産卵をしたのだ!!
 昨年度、最初に産卵を観察したのは10/24だった。今年はそれより5日早い産卵だった。
 そして、驚くべきことに昨年産卵の場所から50㎝と離れていない場所だった。
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▼朝のうち彼女は卵のうの周辺をいったり来たりを繰り返していた。
 この行動の意味も、昨年度の観察から理解できた。彼女は卵のうを覆い保護する枯れ葉のようなものを捜していたのだ。昨年度は、近くにぶらさがるヒモのクズを利用したぐらいそれがどうしても欲しいと思っていたのだろう。ところが場所が悪すぎた。トタン屋根のさびクズぐらいしかない。
 彼女は身を挺して卵のうに覆い被さった。
 そして、動きを止めてしまった。
 それは夕方までつづき、さらには昨日一日ずっとその体勢でいた。
 今日(21日)はどうするだろう!?
▼姿を消した2匹も気になっていた。
とりわけ3匹のなかでもっとも大きなお腹になっていたジョロウグモのことが気になっていた。
 倒れた草の枝のネットはそのままになっていたし、本人もしばらくその近くにいたのだから。
 近くの屋根も含めて周辺をずっと捜していた。奇しくも最後の一匹がトタン屋根に産卵をした日、昼前に捜していた巨大ジョロウグモを発見した。
 車庫の天井の柱に彼女をみつけた。
 今から産卵するところだろうかと観察を続けたが、よくわからない?
 ときどき方向を変えているように見えるが、ほとんど同じ体勢のままだ。
 白い点々がみられるが、それが「産卵」のはじまり…???
まる二日このままだ。さて今日(21日)は!?

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2016年11月のオンライン「寅の日」は #traday

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「情報は発信するところに集まる」
はやっぱりほんとうだと思った。
 先日のフラデーラボで、私は「少しくどくなるかな」と躊躇しながらも、「自然結実」ヒガンバナの花茎を持ち込んで「自然結実」ヒガンバナ探索協力のお願いをした。
 「私だけがみつけることができるなんておかしい!?、きっと高頻度に「自然結実」ヒガンバナはあるはず…」と。
 そこに参加しておられたSさんが、翌日さっそく岐阜で「自然結実」群生地を発見された!!
 6枚の写真とともにメールをいただいた。
 実にうれしかった!!深謝!!
 
 庭で「水栽培」している「自然結実」ヒガンバナは、完熟に向けて丸く大きく膨らみ黒みを帯びてきた。

▼11月のオンライン「寅の日」を計画する時期である。
 11月という月は少々思い入れのある月だ。
 「情報は発信するところに集まる」を合い言葉にした【理科の部屋】が誕生した月だ。
【理科の部屋】は23年前の93.11.23に誕生した。
 それにちなんでオンライン「寅の日」も11月のテーマも次のようにしたい。

【11月テーマ】 寅彦と「科学教育」

11月は3回ある。

■2016年11月オンライン「寅の日」

◆第143回オンライン「寅の日」 …11/04(金)
◆第144回オンライン「寅の日」 …11/16(水)
◆第145回オンライン「寅の日」 …11/28(月)

▼科学者・寺田寅彦は、「科学教育」についてもけっこう発言していた。厳しい批判もしていたいっぽうではあたたかいエールも送ってくれていた。直接「科学教育」に触れていなくても、読みようによってずいぶん示唆的なことを言ってくれていた。
 今回はこれまでに何回か読んだものばかりだが、次の3つの随筆を選んだ。
「科学上の骨董趣味と温故知新」「科学者とあたま」「物理学実験の教授について」である。

■2016年11月オンライン「寅の日」

◆第143回オンライン「寅の日」 …11/04(金)「科学上の骨董趣味と温故知新」(青空文庫より)

◆第144回オンライン「寅の日」 …11/16(水)「科学者とあたま」(青空文庫より)

◆第145回オンライン「寅の日」 …11/28(月)「物理学実験の教授について」(青空文庫より)


▼毎年11月になると特別の思いが蘇ってくる。
 100年近く前の寅彦の文章を読みながら、日本の「科学教育」の歴史に思いを馳せるのも面白いかも知れない。
 ぜひ…!!

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新・中学校「理科」を構想する。(65)

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▼それはどう見ても夏の空だった!!
季節は螺旋的に移行して行く、そんな直線的なものではない。それは十分に承知しているつもりだ。
 それにして昨日の「雲見」はなかなか予想できるものではなかった。

 その予想できない「雲見」にくらべて、「宇宙見物」の律儀さはどうだ!!

▼今朝起きて、先ほどいつものように月の写真を撮ってきた。
 なるほど予想されたカタチだ。これまた予想通り北に「すばる」、東に「アルデバラン」が見える。
なんという律儀さだ!!
 昔から人々は「雲見」も「宇宙見物」もやってきた。
 やがて「宇宙見物」の律儀さに注目して暮らしに役立つ「暦」をつくった。

【地球と宇宙】の学習で、「スケール」の問題についで、生徒たちの(私も)頭を悩ます問題が「運動」の問題である。
・天体の日周運動
・天体の年周運動
・日周運動と年周運動のミックス
・月の満ち欠け
・金星の満ち欠け
などなどである。教科書もこれに多くのページを割く。
 問題集などにも高頻度に登場するのはこればっかりである!!
▼これはこれで重要であること否定しない。
しかし、こればっかりだと宇宙の究極の「ふしぎ!?」
●「我々はどこにいるのか。」(空間)
●「我々はどこから来たのか」(時間)
など、どっかに飛んでいってしまうことになりはしないか?
それが心配だ。

「運動」の問題については、いろんな工夫、教具の開発などでゆっくり理解を進めることが大切だろう。

生涯をかけて、「宇宙見物」を楽しみながらナルホド!!と理解することがあってもいいのではないだろうか。

ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

(つづく)  

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「自然結実」ヒガンバナ群生地の今!!(2016/10/17) #ヒガンバナ

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▼早朝のはげしく降っていた雨は朝のうちにあがった。
「ひと雨1度」に反して、むしろあたたかくなってきた。昼過ぎには暑すぎるぐらいの日射しがあった。
天気はほんと気まぐれだった。
 天気にあわせてばかりいると、観察の絶好のチャンスを逃してしまうかも知れない。
 思い切って第四回目の「自然結実」ヒガンバナ群生地の観察に出かけることにした。
ただし「福崎」のその地は、近くを車で通ったところその田の稲刈りがまだだった。
 この地はいつでも行ける。今回は「安富」「夢前」だけにした。
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▼まずは「安富」だ。
前回ですでにこの地で3年ぶりに、「自然結実」するヒガンバナを観察していた。
花茎の枯れが進み、子房部の膨らんだ花茎をみつけやすくなっていた。
ざっと畦を歩いただけで25本もの、「自然結実」に向かう花茎をみつけることができた。
そのうち7本の花茎を持ち帰ることにした。
 マチガイナイ!!
 2013年に「発見」したこの群生地は3年ぶりに再び「自然結実」をしようとしている!!
▼もしこの「3年周期説」が正しいならば、2014年にアタリマエのようにたくさんの「自然結実」ヒガンバナを観察した「夢前」は、今年はほとんど見られないということになるはずだった。
現に前回の観察でほんの一部に見られるだけにだった。
 なかばあきらめ半分で観察していた。
 ところが
 再び雲も多くなってきたので観察をはやめに切りあげようとした。
 そのときだ!!
 前回発見の場所近くに続々とみつかったのだ。
 それも株ごとに集中して見られたのだ。
 少なくとも「自然結実」向かう花茎は15本は見た。そのうち3本の花茎を採集した。
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▼今回の観察で驚くべき二つのアタリマエを確認した。
ひとつのアタリマエはこうだ。

●子房部がふくらみ「自然結実」に向かう花茎は、他の花茎が枯れて倒れても緑を保ちしっかり立っている!!

 これは実にアタリマエのことだった。「自然結実」に向かうために水と栄養を補給しつづけなければならないんだ。この事実が、「自然結実」ヒガンバナをみつける秘訣にツナガル。
 他の花茎が枯れていく今こそチャンスだ!!

もうひとつのアタリマエは、「夢前」の群生地が教えてくれた。

●「自然結実」ヒガンバナは密集してみつかる!!同じ株(鱗茎(球根)のかたまり)から伸びた花茎にみつかる!!

 このアタリマエもきわめて理にかなったものだった。「自然結実」という異変を起こしているのは株だった。
いや株をつくる鱗茎(球根)だ!!
 その「異変」の正体をさぐる謎解き道はまだまだ遠い!!

 持ち帰った花茎は、これまでと同様にペットボトルで「水栽培」をして完熟を待つことにする。

あえてここは
(つづく)
と記しておく。
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【Web更新10/16】16-42 サイエンスコミュニケーター宣言 等更新!!

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杜鵑草落とす蔭なほ長くなり 16/10/14撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-42
週末定例更新のお知らせ
 いかん!!
 一週間の「曜日感覚」が喪失していく。
 何でも楽しんでしまうという基本方針から行くとその「喪失感 」すら楽しんでしまえばいいのだが、なかなかそうはいかない。長年の貧乏性のせいか、それがしっくり来ない。
 このWebの週末定例更新は、融けていく「曜日感覚」を保持し続けるためのひとつの営みとも言える。
 さあ、ゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2016 更新  杜鵑草 ホトトギス
 定点観察ヒガンバナの北にホトトギスの花が咲いていた。ヒガンバナがすっかり萎れてしまったから、ひときわこの花の美しさが目立つ。
 なんとも不思議な模様だ。この模様に何かの意味があるのだろうか。
 それは何だろう。花の数はどんどん増えているように思う。
そして、落とす蔭は日に日に長くなりつつあるような…。
 秋深まる!!

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 「新・中学校「理科」を構想する。」をシリーズではじめてもう半年以上の時間が過ぎようとしている。
 私の「ふしぎ!?」の授業びらき からはじめる中学校「理科」3年間の構想。
 「何のために!?」
 という自問もでてきた。ひと区切りつけて今月中には終りたいと思っている。

◆【ヒガンバナ情報2016】 更新!!
 機会あるごとに、「自然結実」ヒガンバナ探索を提案させてもらっている。
 3年連続「自然結実」ヒガンバナ群生地の発見はけっして偶然ではない。それだけ高頻度に「自然結実」は起こっているのだということを立証したいのだ。
 ぜひご協力を…<(_ _)>

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 今月のテーマは もっとも根源的な問い
 私たちにとって 「科学」とは!? である。
 読んでいるのは「科学と文学」である。読み応えのある名随筆である。
 
 今週の手帳のはしに
 「学ぶ楽しさを!!」 と書いた。さあ…

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ファラデーラボ「児童・生徒実験のかがく」は実に面白かった!!

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▼雲ひとつない青空が広がっていた。
放射冷却でこの秋いちばんの冷え込みだった。
いつものように朝の散策にでかけた。
 ここのところおきまりにしている「自然結実」ヒガンバナ探索からはじめた。今年も身近なところにもやっぱりアタリマエのように「自然結実」するヒガンバナがあった!!
 子房部が膨らみ割れて黒い種子が顔を出すまで観察を続けたいと思っていた。
 膨らんだ子房部に朝露がいっぱい着いていた。
 美しい!!
 大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから29週目だった。
 枯れた葉もまた美しい!!
▼午後は、すでに採集している「自然結実」ヒガンバナの花茎を持ってファラデーラボの「かがくカフェ」に向かった。

◆第71回かがくカフェ 「児童・生徒実験のかがく」

講師 森本雄一(かがく教育研究所代表)

内容 理科教育において実施される児童・生徒実験について、
     その意義と問題点について、参加者自身が実験しながら考えます。

     1 「回路カード」を使い、電磁気分野をテーマとします。

     2 次の視点から考えます。
       (1)マイクロスケール実験
       (2)アクティブラーニング
       (3)仮説実験授業
       (4)アームストロングの発見的教授法

▼森本さんの講座は前半は「テーマ設定の背景」とされている問いに応えるような内容だった。
これが実に面白かった!!

今、なぜ「回路カード」システムなのか!?

 これに応えるものだった。
 これまで森本さんが研究されてきたことに触れながら、「これから」を語られた。
とても説得力のあるものだった!!
 お話に説得力があるのは、なんと言っても具体例があるからだ。
 後半は、「回路カード」セットを実際に使いワークショップ、模擬授業形式でやられた。
 これが、またさらに面白かった。
 
 「回路カード」システムはさらに進化・発展していた!!

 「えっ、ここまで来たのか!!」と驚くことが多々あった。
 体験させてもらう度に進化していた。
 これがスゴイい!!
  
 新たな教材開発の道筋を示唆するものがここにある!!

 これはマチガイナイ!!
▼ファラデーラボ「かがくカフェ」にはもうひとつの楽しみがあった。
第二部「ティータイム・交流会」である。
昨日も、いろんな実践報告、実験紹介、質問等などの話題提供があった。
ポンコツ頭にはいっきょに消化しきれないほどの豊かな内容だ。
 しばらくは反芻作業が必要なようだ。
 これも、また楽しいものだ。
 話題提供のみなさんありがとうございました。<(_ _)>
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新・中学校「理科」を構想する。(64)

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▼やっぱり青空はいいな!!
昨日、夕方になって久しぶりに雲一つない青空が広がった。
なんか、とてもうれしい気分になった。
これでこそ「天高く…!!」だ。
アメダスの東から真ん丸に近くなった月が昇ってきた。
そうだ、この青空のさらに向こう側の「世界」を考えてみよう!!
【地球と宇宙】を続ける。
この単元に入った最初の発問はきめていた。

『あなたは、小さな子どもに「「宇宙」って、どんなところ?」って聞かれたらどのように答えますか?』

単元の終わりの授業でも同じことを聞いた。
生徒たちの興味関心、知識にはいつも驚かされた。
・ブラックホール
・地球外生命体!?
・ビッグバン
・星の一生
等など
▼生徒たちの宇宙の「ふしぎ!?」に応える授業は可能か?
私にはそれは今なお課題だった。
 しかし、これだけは言えた。
 「ふしぎ!?」に即答できなくても、

 生徒たちが生涯、「宇宙見物」を楽しめる授業がしたい!!

と思っていた。
▼まず最初の大きな課題は「スケール」の問題だ。
・空間のスケール
・時間のスケール
これが、日常感覚とかけ離れすぎていた。
また、これは究極の「ふしぎ!?」とツガッテイル!!
●「我々はどこにいるのか。」(空間)
●「我々はどこから来たのか」(時間)
 
 ナラバどうするか?
 まずとりかかるべきは日常感覚の延長線上のスケールで「宇宙」をとらえることである。
 言わば等身大の「宇宙像」の描かせることだ。
そのひとつの試みが

◆1/15億の太陽系モデルをつくることだった。

・ 【授業】再び1/15億の太陽系を

・ 【授業】「地球型」「木星型」は一目瞭然!!

・ 【授業】我が家に「海王星」が…
 
(つづく)

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新・中学校「理科」を構想する。(63)

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▼空を見上げて「雲見」をしていると、その雲の高さが気になってくる。
 しかし、どんな雲であっても高いと言ってもせいぜい十数㎞だ!!
では青空はどこまでだろう?
さらにその上はどうなっているのだろう?
「宇宙!?」
そもそもどの高さから「宇宙」って言うんだろう?
▼どうもはっきりした約束はなさそうだ。
慣例的には「上空100㎞」あたりを使っているようだ。
ナラバ「宇宙」から地球の「雲見」したらどう見えるのだろう?
赤道上空36,000㎞にいる「ひまわり8号」から見てみよう!!

◆ひまわり8号リアルタイムWeb


地上からの「雲見」とまたちがった風景だ!!
「地球」に暮らしていることが実感できるかも知れない。
暮らしている「大気の物理学実験室」はちがって見えてくるかも知れない。
▼新・中学校「理科」を構想する。を続けよう。
次なる単元は、その「地球」と「宇宙」だ。

◆ 新・【地球と宇宙】実践DB 

 旧版でのサブタイトルは次のようにしていた。

Uthusub

▼私ごとからはじめよう。
 私は、ここ数年基本的には毎日(天気が悪くて不可能な場合は別として)、月の写真を撮ってネットにアップするようにしている。写真を撮る時間は、夜であったり早朝であったりするがともかく可能なときにである。
 画像の質などは別にしてともかく継続することだけを考えてやってきた。
 そして…
 今さらであるが、やっとあの<三球儀>が頭にイメージできるようになった!!
 昼間でも月がどこに居るかが気になりだした。
 
 そんなものだ!!

 天文ショー的、イベント的「宇宙観察」もたしかに面白い!!
 しかし、それだけでは私の「宇宙」は変わらない。

 毎日の「雲見」と「宇宙見物」からはじめる「宇宙」学習をお薦めしたい!!

(つづく)
 

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新・中学校「理科」を構想する。(63)

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▼空を見上げて「雲見」をしていると、その雲の高さが気になってくる。
 しかし、どんな雲であっても高いと言ってもせいぜい十数㎞だ!!
では青空はどこまでだろう?
さらにその上はどうなっているのだろう?
「宇宙!?」
そもそもどの高さから「宇宙」って言うんだろう?
▼どうもはっきりした約束はなさそうだ。
慣例的には「上空100㎞」あたりを使っているようだ。
ナラバ「宇宙」から地球の「雲見」したらどう見えるのだろう?
赤道上空36,000㎞にいる「ひまわり8号」から見てみよう!!

◆ひまわり8号リアルタイムWeb


地上からの「雲見」とまたちがった風景だ!!
「地球」に暮らしていることが実感できるかも知れない。
暮らしている「大気の物理学実験室」はちがって見えてくるかも知れない。
▼新・中学校「理科」を構想する。を続けよう。
次なる単元は、その「地球」と「宇宙」だ。

◆ 新・【地球と宇宙】実践DB 

 旧版でのサブタイトルは次のようにしていた。

Uthusub

▼私ごとからはじめよう。
 私は、ここ数年基本的には毎日(天気が悪くて不可能な場合は別として)、月の写真を撮ってネットにアップするようにしている。写真を撮る時間は、夜であったり早朝であったりするがともかく可能なときにである。
 画像の質などは別にしてともかく継続することだけを考えてやってきた。
 そして…
 今さらであるが、やっとあの<三球儀>が頭にイメージできるようになった!!
 昼間でも月がどこに居るかが気になりだした。
 
 そんなものだ!!

 天文ショー的、イベント的「宇宙観察」もたしかに面白い!!
 しかし、それだけでは私の「宇宙」は変わらない。

 毎日の「雲見」と「宇宙見物」からはじめる「宇宙」学習をお薦めしたい!!

(つづく)
 
 

 

 

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【お薦め本】『庄司和晃先生追悼 野のすみれさみしがらぬ学立てよ』(全面教育学研究会編刊 )

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▼「雲見」は実に面白い自然観察だ。
いくらやっていても飽きることがない。それにとても奥の深い「科学」だ!!
「雲見」が秋の深まりを教えててくれていた。
賢治の「雲見」と寅彦の「宇宙見物」で自然観察の楽しみは何倍にも膨らんでいく。
これらを見逃したら
人生 モッタイナイ!!
▼季節が移りゆくのははやいもんだ。
 はやくも「庄司和晃先生を偲ぶ会」から一ヶ月近くが過ぎようとしている。
今回の【お薦め本】は、この会を機に刊行された。

◆ 『庄司和晃先生 追悼 野のすみれさみしがらぬ学立てよ』(全面教育学研究会編刊 2016.09.18 )

である。この会に参加した日から、ちびりちびりと読み進めてきた。
やっと昨日終った。ずいぶんゆつくりな話だ。
 元来遅読なこともあるが、なにかいっきょに読んでしまうのが「モッタイナイ」気がしたのだ。願わくば終らないで欲しいとまで思う面白く、興味深い本だった。久しぶりに興奮しながら本を読んだ。

 そこで【お薦め本】にすることで、さらに反芻作業を試みてみようと思う。
 本の構成はⅢ部構成になっていた。
第Ⅰ部 庄司和晃先生が語る「私の研究歴」(未完)
第Ⅱ部 追悼文「庄司和晃先生と私」(拙文も少しだけ載せていただいた。) 
第Ⅲ部 庄司和晃先生年譜・書誌 

▼いつものように話が拡散してしまわないうちに、3つのお薦めポイントをあげておく。
もっといっぱいありそうだが、とりあえず…

(1) 自前の「学」立てる方途のすべてが語られいる!!

(2) 柳田國男と「科学教育」がどうツナガルかが語られている!!
 
(3) ヒューマンネットワーク構築の術(すべ)が語られている!!

(1) 自前の「学」立てる方途のすべてが語られいる!!
「○○○○」の庄司和晃先生と仮にいうとき、「○○○○」に何を入れることがいちばん的を射ているだろう?
「仮説実験授業」
「のぼりおり認識論(三段階連関理論)」
「コトワザ教育」いや「全面教育学」だろうか?
 どれも正しく、間違いではないように思う。
 でもどれもがいまひとつ不十分なような気がする。強いて言うなら
「庄司学」の庄司和晃先生!!
それがいちばんピッタリと来る。なにしろ「庄司学」はなんでも内包しているのだから。

「現場の教師こそ最前線の教育研究者である!!」
 そう言うと、即座に「それは理想だ。現実は…」とコトバが返ってきそうだ。
 しかし、それを自らの実践をもって立証した人がいた。それが庄司和晃先生だった。
 庄司先生は自前の「学」を立てるだけでなく、人にも自前の「学」をつくることを薦めた。

◆ 第Ⅰ部 庄司和晃先生が語る「私の研究歴」(未完)

は、自ら歩んで来た道を語ることによって、後から行く私たちに
「あなたも、あなたの「学」立てなさいよ!」
「面白いですよ!」
とあの笑顔でやさしく誘ってくれているようだ。

 「偲ぶ会」ときに面白いことを聞いた。この本の表表紙のウラ、裏表紙のウラに庄司和晃先生のコトバがある。「それが、この本の内容のすべてを最もうまく要約したものだ。」と。
ナラバそれを引用させてもらおう。

「教育トハ」つぎのごとくなります。 「コノ世ヲ渡ルベク、□ノ生キ方ヲ学ビトリ、行使スルコトデアル」 一種の命題的で公式的な表明です。    この□の中には、人間もスリも科学も入るだけでなく、サルもアリンコもスミレもキノコも入れることができます。さらには、そこに無生物といわれる石をも水をも入れることができます。人間以外の渡世法なりに心を注ぎ、目を配っていくことが可能になったわけです。  かくして、人間ばっかり主義をのりこえる視座を獲得したのでありました。                                 庄司和晃     (表表紙のウラ)
つぎに方法論を結晶化させてみました。 以下の五つが、それです。  ①ばかでかい観点でいけ、②自前のものを作れ、③人間以外から学べ、④軽視や蔑視の遺産を掘り取れ、⑤おのれの知力を信じろ。 これは学問作りの方法論でもあり、実践上の方法論でもあります。 全面教育学の構築は、以上の線にそうて、おこなってきたものです。                             庄司和晃     (裏表紙のウラ)
 

ナルホド!!うまく言ったものだ。
本の中身立てて、両方を「俯瞰」すれば、この本が見えてくる!!

▼またまた長くなってしまいそうだ。先を急ごう。

(2) 柳田國男と「科学教育」がどうツナガルかが語られている!! 
 私は、30年ほど前、自らの浅学無知をかえりみることなく、大法螺を吹いていた!!
「「常民の科学」を授業に」と。
 さらにはこれぞ我がライフワーク!!とまで。
 私の場合は、自分が生まれ育った地が、柳田國男の生誕の地であるという縁しかなかった。本格的に柳田國男について研究したわけでもなかった。ただ単純なる縁で興味だけは持っていた。
 柳田から「常民」というコトバだけを拝借して、それを私の仕事とを結びつけて勝手な造語「常民の科学」をつくっていた。たいした実践もない、具体的なプランも当時はなかった。
 それにもかかわらず庄司先生はこれにあたたかいエールを送りつづけてくださった。

 その当時から、いやそれ以前から疑問に思うことがあった。わかったふりはしていたが、ほんとうところはよくわかっていなかった。
 庄司先生のなかで柳田國男と「科学教育」がどうツナガルのか?
この本では柳田國男との最初の出会い、子どもの「騒音」採集の示唆、直接伝授された柳田教育論等についてくわしく語られていた。
 私の今やっとこの疑問が少しだけ見え始めた。
 今一度、
 「常民の科学」とは?
 を考えてみたい!!

(3) ヒューマンネットワーク構築の術(すべ)が語られている!!
 庄司先生の交流範囲は恐ろしく広かった。現場の教師(小・中・高・大・看護学校)はもちろんのこと、同じ研究仲間、昆虫学者、哲学者、宗教家、作家等など、それにかつての「教え子」たちを含めるとたいへんなヒューマンネットワークだ!!
 庄司和晃ファンは全国に無数にいた。
 庄司先生は、このヒューマンネットワーク構築の達人だった!!

 庄司先生のレスポンスはともかく速かった。
 いや速いだけでない、「倍返し」だった。
こちらが勝手な思い込みで、庄司先生にはぜひ知らせたいと「発信」すれば、即座にあの独特のあたたかい文字がぎっしり書かれたはがきがもどってきた。
 こちらの意図することを何倍にも「増幅」した「返信」が即座に返ってきた。
 これで誰もが庄司教の「洗礼」を受けてしまうのだった。
 今、白状するが、私は恥ずかしながら少しうぬぼれていた。これは自分の場合だけとずっと思い込んでいた。それはトンデモない勘違いだった。(^^ゞポリポリ

◆第Ⅱ部 追悼文「庄司和晃先生と私」

を読むとそのことがよくわかった。

 「レスポンス」だけではない。「アクティブ」というのも人並みはずれていた。
「この人」に学びたいと思ったら、即、アポもそこそこにその人を訪問し教えを乞うていた。
子どもたちの描いたアリンコの絵を持っていきなり日高敏隆を訪ねたり等々。
 ともかく徹底していた!!
 
 こんな達人の真似はできないが、先生の術(すべ)をヒントに自分なりのヒューマンネットワーク構築術をつくり出したいものだ。

<おまけ>
 「おまけ」なんて言ったら失礼だが、

◆ 第Ⅲ部 庄司和晃先生年譜・書誌

 が実にいい!!
 全面教育学研究会の先生方の労作である。
 「庄司学」への歩みが時系列にならべてありとてもわかりやすい。

 最後の

 「庄司和晃先生「研究系統樹」」はまさに庄司マンダラだ!!

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【お薦め本】『庄司和晃先生追悼 野のすみれさみしがらぬ学立てよ』(全面教育学研究会編刊 )

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▼「雲見」は実に面白い自然観察だ。
いくらやっていても飽きることがない。それにとても奥の深い「科学」だ!!
「雲見」が秋の深まりを教えててくれていた。
賢治の「雲見」と寅彦の「宇宙見物」で自然観察の楽しみは何倍にも膨らんでいく。
これらを見逃したら
人生 モッタイナイ!!
▼季節が移りゆくのははやいもんだ。
 はやくも「庄司和晃先生を偲ぶ会」から一ヶ月近くが過ぎようとしている。
今回の【お薦め本】は、この会を機に刊行された。

◆ 『庄司和晃先生 追悼 野のすみれさみしがらぬ学立てよ』(全面教育学研究会編刊 2016.09.18 )

である。この会に参加した日から、ちびりちびりと読み進めてきた。
やっと昨日終った。ずいぶんゆつくりな話だ。
 元来遅読なこともあるが、なにかいっきょに読んでしまうのが「モッタイナイ」気がしたのだ。願わくば終らないで欲しいとまで思う面白く、興味深い本だった。久しぶりに興奮しながら本を読んだ。

 そこで【お薦め本】にすることで、さらに反芻作業を試みてみようと思う。
 本の構成はⅢ部構成になっていた。
第Ⅰ部 庄司和晃先生が語る「私の研究歴」(未完)
第Ⅱ部 追悼文「庄司和晃先生と私」(拙文も少しだけ載せていただいた。) 
第Ⅲ部 庄司和晃先生年譜・書誌 

▼いつものように話が拡散してしまわないうちに、3つのお薦めポイントをあげておく。
もっといっぱいありそうだが、とりあえず…

(1) 自前の「学」立てる方途のすべてが語られいる!!

(2) 柳田國男と「科学教育」がどうツナガルかが語られている!!
 
(3) ヒューマンネットワーク構築の術(すべ)が語られている!!

(1) 自前の「学」立てる方途のすべてが語られいる!!
「○○○○」の庄司和晃先生と仮にいうとき、「○○○○」に何を入れることがいちばん的を射ているだろう?
「仮説実験授業」
「のぼりおり認識論(三段階連関理論)」
「コトワザ教育」いや「全面教育学」だろうか?
 どれも正しく、間違いではないように思う。
 でもどれもがいまひとつ不十分なような気がする。強いて言うなら
「庄司学」の庄司和晃先生!!
それがいちばんピッタリと来る。なにしろ「庄司学」はなんでも内包しているのだから。

「現場の教師こそ最前線の教育研究者である!!」
 そう言うと、即座に「それは理想だ。現実は…」とコトバが返ってきそうだ。
 しかし、それを自らの実践をもって立証した人がいた。それが庄司和晃先生だった。
 庄司先生は自前の「学」を立てるだけでなく、人にも自前の「学」をつくることを薦めた。

◆ 第Ⅰ部 庄司和晃先生が語る「私の研究歴」(未完)

は、自ら歩んで来た道を語ることによって、後から行く私たちに
「あなたも、あなたの「学」立てなさいよ!」
「面白いですよ!」
とあの笑顔でやさしく誘ってくれているようだ。

 「偲ぶ会」ときに面白いことを聞いた。この本の表表紙のウラ、裏表紙のウラに庄司和晃先生のコトバがある。「それが、この本の内容のすべてを最もうまく要約したものだ。」と。
ナラバそれを引用させてもらおう。

「教育トハ」つぎのごとくなります。 「コノ世ヲ渡ルベク、□ノ生キ方ヲ学ビトリ、行使スルコトデアル」 一種の命題的で公式的な表明です。    この□の中には、人間もスリも科学も入るだけでなく、サルもアリンコもスミレもキノコも入れることができます。さらには、そこに無生物といわれる石をも水をも入れることができます。人間以外の渡世法なりに心を注ぎ、目を配っていくことが可能になったわけです。  かくして、人間ばっかり主義をのりこえる視座を獲得したのでありました。                                 庄司和晃     (表表紙のウラ)
つぎに方法論を結晶化させてみました。 以下の五つが、それです。  ①ばかでかい観点でいけ、②自前のものを作れ、③人間以外から学べ、④軽視や蔑視の遺産を掘り取れ、⑤おのれの知力を信じろ。 これは学問作りの方法論でもあり、実践上の方法論でもあります。 全面教育学の構築は、以上の線にそうて、おこなってきたものです。                             庄司和晃     (裏表紙のウラ)
 

ナルホド!!うまく言ったものだ。
本の中身立てて、両方を「俯瞰」すれば、この本が見えてくる!!

▼またまた長くなってしまいそうだ。先を急ごう。

(2) 柳田國男と「科学教育」がどうツナガルかが語られている!! 
 私は、30年ほど前、自らの浅学無知をかえりみることなく、大法螺を吹いていた!!
「「常民の科学」を授業に」と。
 さらにはこれぞ我がライフワーク!!とまで。
 私の場合は、自分が生まれ育った地が、柳田國男の生誕の地であるという縁しかなかった。本格的に柳田國男について研究したわけでもなかった。ただ単純なる縁で興味だけは持っていた。
 柳田から「常民」というコトバだけを拝借して、それを私の仕事とを結びつけて勝手な造語「常民の科学」をつくっていた。たいした実践もない、具体的なプランも当時はなかった。
 それにもかかわらず庄司先生はこれにあたたかいエールを送りつづけてくださった。

 その当時から、いやそれ以前から疑問に思うことがあった。わかったふりはしていたが、ほんとうところはよくわかっていなかった。
 庄司先生のなかで柳田國男と「科学教育」がどうツナガルのか?
この本では柳田國男との最初の出会い、子どもの「騒音」採集の示唆、直接伝授された柳田教育論等についてくわしく語られていた。
 私の今やっとこの疑問が少しだけ見え始めた。
 今一度、
 「常民の科学」とは?
 を考えてみたい!!

(3) ヒューマンネットワーク構築の術(すべ)が語られている!!
 庄司先生の交流範囲は恐ろしく広かった。現場の教師(小・中・高・大・看護学校)はもちろんのこと、同じ研究仲間、昆虫学者、哲学者、宗教家、作家等など、それにかつての「教え子」たちを含めるとたいへんなヒューマンネットワークだ!!
 庄司和晃ファンは全国に無数にいた。
 庄司先生は、このヒューマンネットワーク構築の達人だった!!

 庄司先生のレスポンスはともかく速かった。
 いや速いだけでない、「倍返し」だった。
こちらが勝手な思い込みで、庄司先生にはぜひ知らせたいと「発信」すれば、即座にあの独特のあたたかい文字がぎっしり書かれたはがきがもどってきた。
 こちらの意図することを何倍にも「増幅」した「返信」が即座に返ってきた。
 これで誰もが庄司教の「洗礼」を受けてしまうのだった。
 今、白状するが、私は恥ずかしながら少しうぬぼれていた。これは自分の場合だけとずっと思い込んでいた。それはトンデモない勘違いだった。(^^ゞポリポリ

◆第Ⅱ部 追悼文「庄司和晃先生と私」

を読むとそのことがよくわかった。

 「レスポンス」だけではない。「アクティブ」というのも人並みはずれていた。
「この人」に学びたいと思ったら、即、アポもそこそこにその人を訪問し教えを乞うていた。
子どもたちの描いたアリンコの絵を持っていきなり日高敏隆を訪ねたり等々。
 ともかく徹底していた!!
 
 こんな達人の真似はできないが、先生の術(すべ)をヒントに自分なりのヒューマンネットワーク構築術をつくり出したいものだ。

<おまけ>
 「おまけ」なんて言ったら失礼だが、

◆ 第Ⅲ部 庄司和晃先生年譜・書誌

 が実にいい!!
 全面教育学研究会の先生方の労作である。
 「庄司学」への歩みが時系列にならべてありとてもわかりやすい。

 最後の

 「庄司和晃先生「研究系統樹」」はまさに庄司マンダラだ!!

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「自然結実」ヒガンバナ群生地の今!!(2016/10/11) #ヒガンバナ

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▼昨日(2016/10/11)の午後は予想していた以上に雲が厚かった。
秋晴れの下と思っていたが、もう待ちきれずに今年3度目の「自然結実」ヒガンバナ群生地巡りにでかけた。2度目の2016/09/26からほぼ2週間が経ていた。
 コースは前回と同様、安富~夢前~福崎 の順番に巡った。
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▼2013年、最初に「自然結実」群生地を発見した安富に場所に着いた。
 2週間前はビカンバナの行列が燃え立っていた場所に立った。なんともみじめとも思える姿になっていた。
 しかし、今回の目的はその花ではなかった。
 その後である。2014年、2015年とはそんなに花がみられなかっただけに、今年は少し期待できると思っていた。ワクワクしながら、その萎れたヒガンバナの行列に近づいた。
 「あった!!」
 確かに子房部の膨らむものが…!!
 やや小ぶりだと思うが、今からさらに膨らむのか知れない。確かに単発でなく、かなりの高頻度で子房部の膨らんだものがみられる。とりあえず5本ばかり花茎を剪って持ち帰った。後は、「水栽培」してみようと思う。
 遅れん坊ヒガンバナも見られた。
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▼次は、2014年にアタリマエのように「自然結実」を観察した夢前だ。
2015年には、たったひとつの「自然結実」種子をここから手に入れていた。今年も実はあまり期待していなかった。花の咲き方を見ていてなんとなくそんな気がしたのだ。
 空き地のヒガンバナが、「葉の季節」に入っていることを教えてくれた。
 それでもひとつひとつ花茎の先をチェックしていった。
 ない!!曇り空に立つヒガンバナはむなしく見えた。半ばあきらめかけたそのときだ!!
 「あった!!」
 ここにも、少し特徴があった。安富のように畦一帯にということでなく、かなり集中した場所に子房部のふくらむヒガンバナが見られたのである。ここからは二本の花茎を切り取ってきた。
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▼最後が、2015年に63個もの「自然結実」種子を手に入れた福崎である。
 なんとここは、まだ稲穂が刈り取られていなかった。従って畦に近づいてじっくり観察するわけにはいかない。
 遅れん坊も集中して咲いていた。
 あきらめきれずに畦の上から観察できる場所に行ってみていると、確かに子房部が膨らんだいくつかはみつけることができた。ここからは花茎を一本だけ切り取ってきた。

 現段階では断定的なことはなにも言えない。
 しかし、

・想像以上に「自然結実」するヒガンバナは存在する!! 

これは、「仮説」ではない。想像や予想でもない!!

私の眼で確かめた「事実」だ!!

 今年こそ、全国のいろんなところから「それなら、私も見たよ!!」という声が届くことを期待したい。
ご協力よろしくお願いします。<(_ _)>
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本日(2016/10/11)、第141回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼昨日の朝、いっきょに気温が下がった!!
庭のホウキグサはいっぺんに赤変してしまった。いや徐々に赤くなっていたのかもしれないが、私の眼にはいっぺんに真っ赤になってしまったのように見えた。
 まるで、「臨界点」を越えたように。
 「臨界点」のファクター気温だけだろうか?
 気温が誘発する別のファクターがあるのだろうか?
 赤変の「からくり」を科学してみたくなってきた。
▼本日は、さらに気温が下がってきているようだ。
本日(2016/10/11)は、第141回オンライン「寅の日」である。
10月のオンライン「寅の日」のテーマは、もっとも根源的な問い

・私たちにとって 「科学」とは?

である。この問いに科学者・寺田寅彦に尋ねてみようというわけだ。
読むのは「科学と文学」。これを今回と次回(10/23)にわけて読んでみようと思う。

◆本日(2016/10/11)、第141回オンライン「寅の日」!!#traday

●「科学と文学」(1)(青空文庫より)

▼もう何回かオンライン「寅の日」で読んできているが、読むたびに「お気に入り」になっていく。
まったくの我田引水であるが、今月のテーマにぴったりである。
 「科学」とは何か?
 これは、答える人の立ち位置によってずいぶんちがうだろう。
 私はどう答えようか? それを意識ながら読み進めた。

 寺田寅彦はよく「文理融合の人」と言われる。たしかにノーベル賞級の科学研究をやりながら、巧みな随筆を数多く書き、連句、俳句を詠み、バイオリンを弾き絵画を描く等の多才ぶりを発揮した。その活躍ぶりをみているとまさにその通りだとも思う。
 しかし、私にはその呼び方にちょっと違和感があった。
 なにをしていても、寺田寅彦はやっぱり「科学者・寺田寅彦」だ!!
 軸足は常に「科学者」にあった!! 
 今回の「科学と文学」も、けっきょくそのことが言いたかったのでは…、と言うのが現時点での私の読みの結論である。
 「緒言」の次の文からもそう思った。

もう一つ断わっておかなければならないことは、自分がともかくも職業的に科学者であるということである。
全くそのころの自分にとっては科学の研究は一つの創作の仕事であったと同時に、どんなつまらぬ小品文や写生文でも、それを書く事は観察分析発見という点で科学とよく似た研究的思索の一つの道であるように思われるのであった。

▼ナルホド…(゜゜)(。。)(゜゜)(。。)ウンウン と膝をたたく文章が続く。

・言葉としての文学と科学
・実験としての文学と科学
・記録としての文学と科学
・芸術としての文学と科学

 ここまで読んではたと気づいた。小見出しは「科学と文学」でなく「文学と科学」になっていた。
勝手な深読みでは、ここになにか意味があるような…。
そして

・文学と科学の国境

とつづく。
 ここにあの有名なコトバが出てきた!!
 中谷宇吉郎も「お気に入り」のコトバが!!

顕微鏡で花の構造を子細に点検すれば、花の美しさが消滅するという考えは途方もない偏見である。花の美しさはかえってそのために深められるばかりである。花の植物生理的機能を学んで後に始めて充分に咲く花の喜びと散る花の哀れを感ずることもできるであろう。

 ホウキグサ赤変の「からくり」を科学すれば、なお一層赤さを増してくるだろうか。

(つづく)
  
 

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【Web更新10/9】16-41 サイエンスコミュニケーター宣言 等更新!!

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西谷川ミゾソバ畑流れけり 16/10/07撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-41
週末定例更新のお知らせ
 太鼓の音が聞こえなくなった。
 「秋祭り」が終ったのだ。ひとつの季節の終わりだった!!
 ひとつの季節の終わりは新しい季節のはじまり!!
 里を吹く風はいっきょにつめたくなった。

◆表紙画像集2016 更新   ミゾソバ
 いつもこの川に沿って散歩していた。その川の土手、中州がミゾソバだらけになってしまった。
まるで「ミゾソバ畑」だ!!
 その合間を縫って川が流れていた。
 
◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 新・中学校「理科」を構想する。このシリーズ間欠的にやっていたらずいぶん長くなってきた。
 特別に急ぐ必要もないのだが、ゆっくり 急ごう!!

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 次なる試案を検討中だ。
 『アメダス』『天気コトワザ』『高層天気図』…
 その前にWebテキスト試案『「雲見」を楽しもう!!』を見える化しなければ…。

◆【ヒガンバナ情報2016】 更新!!
 植物「ヒガンバナ」の観察はいよいよ今からが本番だ。
 花茎の足元の葉の観察。そして、「自然結実」の観察だ!!
 4年連続「自然結実」ヒガンバナ群生地発見となるだろうか!?
 今年はぜひとも私だけでないことを証明したい。

 新しい季節には、きっとあらたな「ふしぎ!?」が待っているはず…。
さあ…。

 

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新・中学校「理科」を構想する。(62)

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▼庭の定点ヒガンバナはすっかり萎れていた。
萎れた花の根元に緑のかたまりがあった。
子房である。あんなみごとな花を咲かせていたヒガンバナだから、この子房部にこれまたりっぱな「種子」をつくるものだろうと思っていたらちがっていた。
 「日本のヒガンバナは3倍体であり、種子をつくらず鱗茎(球根)の分球によってのみ殖える。」
にわかには信じがたい事実だ。
▼幸いなことに私は、2013年、2014年、2015年3年連続して、「自然結実」するヒガンバナ群落をみつけ「種子」を採集した。そして、2014年採集の「種子」3つについて「発芽(発根)」「出葉」に成功した!!
 さらには、昨日現在で2つから二年目の「出葉」を確認している。
「ふしぎ!?」だ!!
・そもそも3倍体とは?
・この3つはほんとうに花が咲くまで育つのか?
・「3倍体」が「2倍体」に変わるなんていうことが起こるものなのか?
・ヒガンバナに何が起こっているのか?
等々の謎解きには単元【生物の細胞と生殖】の学習は必須だった。
「私の科学」はそこから生まれたのであり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
▼この単元の学習は、これからの科学を考えるときとても重要である。それはいくら強調しても強調しすぎることはないだろう。これからを生きる人間の必須科学リテラシーにかかわることだ。
「生殖」「遺伝」「DNA」等などどれも重要である。
とりわけ「DNA」については、すべての人間の興味関心があるところであるし重要である。
繰り返し言うが、義務教育のなかで扱う最後の機会である。
▼一度は体験しておきたい実験に

◆DNA抽出実験

がある。最近では教科書にも登場し一般的になってきたが、「細胞分裂」の顕微鏡観察と同様にうまくいくいかないは別にしてぜひともやってみたいものだ。生徒たちの「感想」を読んでなおそう思った。
 これは私の実践ではないが、あることでつき合いのあった中学3年男子生徒が、あるとき「今日、なにを勉強したん?」と私が訊ねたとき、学生服のポケットから小さなカプセルを取り出して言った。「こんなかにDNAが入っとるねん!!」とうれしそうに教えてくれた。私はそのときの男子生徒の笑顔が忘れられない!!
▼この単元の学習内容は日進月歩である。
ごく最近の科学史だけをならべてみる。

○1900年 メンデルの法則の再発見(形の時代)
○1953年 ワトソン、クリックによるDNAモデル(分子の時代)
○2003年 ヒトゲノムの全配列解明(情報の時代)
○2006年 山中伸弥ほか(京大)、トムソン(米)がそれぞれiPS細胞(人工多能性幹細胞)生成技術を発見

授業「構想」も、次々と更新していく必要があるだろう。
いつも あの究極の不思議を追いかけながら
Cell
(つづく)
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 大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから28週目であった。枯れてしまった葉が多くあったが、いまなお栄養を生産して地下の蓮根に送り込んでいる葉もあった!!

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新・中学校「理科」を構想する。(61)

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▼久しぶり青空ばかりの「雲見」がうれしかった!!
種子から育てている実生コヒガンバナを日の当たるところに出してやった。
二年目の「出葉」もすすでいた。
一年目の「出葉」は、2016/03/18段階では、種子51個→「出葉」41個、出葉率80.4%に達していた。
 一年目の「出葉」の段階で、全国の興味を持ってくださる方々に育ててもらうことにした。
 現在、私のところに残っているのは一年目に「出葉」しなかったものを含めて33個である。
そのうち、二年目「出葉」してきたのは19個である。
 「出葉」してきた葉もどんどん「成長」していた。最長は7.5㎝まで伸びていた。
▼さて、「新・中学校「理科」を構想する。」の【生物の細胞と生殖】の方もすすめよう。
こちらも同じだった。
 最初にあつかうのは「成長」だった。
 「生物の成長」=「細胞分裂」
 を扱っていた。
▼もはや今日では常識なのかも知れない。
アタリマエすぎるほどアタリマエのこと。
 しかし、それはホントだろうか。
今、すべての大人も含めて何割の人が、顕微鏡使って「自分の眼」で、「細胞分裂」を見たことがあるだろう?
もちろん今なら、ネット検索すればたちどころに画像として見ることができるだろう。
それはアリガタイ!!
それは否定しない。
 しかし、それは「自分の眼」で見たことにならない。
なかなか「細胞分裂」さなかの様子をみごとに見ることはできないかも知れない。
それだっていい!!
見ようとしたか、どうかが問題だ!!
鮮明な画像は教科書の写真・図でもいいではないか。
 細胞分裂の顕微鏡観察は、この単元のこのときを逃して生涯ない可能性が高いのである。
▼「コヒガンバナは2倍体であり、種子でも殖える」
と知識として知っただけでは、ほんとうにわかったことにならない。
感動にはいたらない。
「自分の手」で育ててみてこそ、「成長」は感動なのである。
ところで私は、まだこのコヒガンバナの染色体を「自分の眼」で見ていない。
「2倍体」を確かめていない。
 この話をしていて、急激にぜひぜひ見たい!!という気持ちになってきた。

こんなことがあるから、私はこの「新・中学校「理科」を構想する。」を続けているのだろう。

(つづく)
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10月(神無月)の俳句「歳時記」!!

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▼今年つき合うジョロウグモはこの3匹と決めていた。
庭先でいつでも観察できる3匹であった。昨年とちがい身近にいると言っても一応屋外である、そのネットはダイナミックであった。その分、天気の変化の影響を受けやすかった。
 台風の風でネットは大きく荒らされていた。しかし、一夜にしてみごとなネットを「再建」していた。
▼はやくも10月に入って7日目である。
10月の観天望気第三弾、俳句歳時記をみておこう。
今月も例によって、

◆『書いて身につく 四季の名句120選』(鍵和田秞子著 NHK出版)

から名句10句を引用させてもらおう。

(1) 僧正のいもとの小屋のきぬたかな 尚白
(2) 青竹にかがやく菊の盛りかな  樗良
(3) この樹登らば鬼女なるべし夕紅葉 三橋鷹女
(4) かなしめば鵙金色の負ひ来 加藤楸邨
(5) 鮎落ちて美しき世は終りけり 殿村菟絲子
(6) 遠くまで行く秋風とすこし行く 矢島渚男
(7) はらわたの熱きを恃み鳥渡る 宮坂静生
(8) 自然薯のものぐさ太郎掘り出さる 茨木和生
(9) 赤とんぼ夕暮はまだ先のこと 星野高士
(10) 乳呑子は腕に吸いつく豊の秋 岩田由美

▼「名句」ばかりだからアタリマエであるがうまいもんだ!!
「このようにして自然を切り取るのか!!」と感心するばかりだ。自分なりの「お気に入り」3句を選んでみる。
そこに私の自然観を見えてくるものなのかも知れない。

(7) はらわたの熱きを恃み鳥渡る 宮坂静生

(9) 赤とんぼ夕暮はまだ先のこと 星野高士

(6) 遠くまで行く秋風とすこし行く 矢島渚男

▼それにして季語とは不思議なものだ。
その短いコトバが入るだけで、実にゆたかな自然をイメージさせるのだから。
 今月の10名句の季語を見てみるとこうだ。
「砧」「菊」「夕紅葉」「鵙」「落鮎」「秋風」「鳥渡る」「自然薯」「赤とんぼ」「豊の秋」
スバラシイ!!こんな短いフレーズで無限に拡がる世界!!

ところで、愛しの「ジョロウグモ」も季語の仲間に入っているのだろうか?
手持ちの歳時記で調べてみた。残念ながら「秋」の季語には入っていなかった。
「蜘蛛」はまとめて「夏」に入っていた。

【蜘蛛】蜘蛛の囲、蜘蛛の巣、蜘蛛の糸、女郎蜘蛛、蜘蛛の太鼓、蜘蛛の子

というふうに。
にわかクモファンとしては、えらそうなことは言えないが、ちょっとちがうと思った。
確かに、多くの蜘蛛が活躍し目立つのは「夏」だ。
 しかし、「秋」にいちばん目立つのは「女郎蜘蛛」だ。
 彼女たちだけは「秋」に入れてほしいな。

 巨大化した彼女たちは、まもなく「産卵」するだろう。昨年その現場を目撃したのは10/24だった。
さて、今年はいつだろう?
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10月(神無月)の天気コトワザ!!

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「ハミズハナミズ」(葉見ず 花見ず)!!
ヒガンバナの里名(石川県(加賀)、青森(上北)、富山、奈良(磯城)等)のひとつである。昔の人々のみごとな観察眼に感服である。
 昔の人々も観察した通り、ヒガンバナは「葉の季節」に入って来た。

 一年中で今だけ「ハミズハナミズ」でなく「ハミルハナミル」季節だ!!必見!!

▼昔の人々の観察眼のするどさを証明するものに「天気コトワザ」がある。
今月10月(神無月)も、昔の人々が残してくれた「天気コトワザ」に学んでみよう。
参考にさせていただくのはいつものように

◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)

だ。番号はあがっている順番に私が勝手につけさせてもらった。

(1)朝窓には雨が降る
(2)秋タンポポの花咲く年は雪が浅い
(3)朝露が降りると晴
(4)熊、初秋に出ると雪が早い
(5)三味、太鼓の音の濁るのは雨の兆し
(6)秋晴に夏の湿り
(7)男心に秋の空
(8)秋の夕焼は鎌を磨いて待て
(9)柿の実の多い年は寒気はげしい
(10)日がさ月がさが出ると雨
(11)秋雨は涼しくなれば晴れる
(12)ひと雨1度
(13)日本晴れ三日続けば三日以内に雨となる
(14)秋の日は釣瓶落し
(15)竹の葉から露が落ちると晴
(16)柿の葉の早落ちは早雪の兆し
(17)四方に雲なきは三日の雨
(18)返り咲きの花の多い年は霜も雪もおそい
(19)朝焼けは三日ともたぬ
(20)雲足丑寅の方へ行く時には雨、未申の方へ行く時は強い雨降る
(21)出雲は天気、入雲は雨
(22)落葉早ければ雪が早い
(23)秋に雨が降ればネコの顔が三尺になる
(24)渡り鳥早き年は雪多し
(25)秋の霞は三〇日以内に大雪となる
(26)東風吹けば雨
(27)落葉前に雪がくれば雪が少ない
(28)朝日天を焦がすごとく赤ければ大風

▼28個の「天気コトワザ」を見ながら、今月の特徴はどんなことだろうと考えてみた。

(1) 温帯低気圧と移動性高気圧が交互に西から東へ周期的にやって来る。
  つまり「光は東から 天気は西から」の大原則が通用しやすい月なんだ!!
  それに関連するコトワザは、なんと12/28である。

(2) 「雪」が気になる季節に入ってきた。「雪」のフレーズが出てくるものは7/28である。

(3) これからも「使いモノ」になりそうものが多い。
  例えば
 (8)秋の夕焼は鎌を磨いて待て
 (10)日がさ月がさが出ると雨
 (12)ひと雨1度
 (13)日本晴れ三日続けば三日以内に雨となる
 (14)秋の日は釣瓶落し

等である。
▼「大気の物理学」をもっともっと学びながら、私には挑戦してみたいことが2つある。
ひとつは
・創作「天気コトワザ」!!
よりローカルに、より「使いモノ」なる天気コトワザづくりである。 
もうひとつは
・Webテキスト試案『天気コトワザ』!!

道は遠い、しかしそれは断念する理由にはならない。
さあ,今日も「雲見」続けながら考えてみよう。


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【Web更新10/4】16-40 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

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列車のたび揺れるかな実むらさき 16/09/30撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-40
週末定例更新のお知らせ
 小さな夢が実現した!!
 一日一回のblog更新をひとつの枷としているが、外出中の場合はなかなか時間を要する一大作業だった。
 iPhoneを持つようになってなんとかこの作業を簡単にできないものだろうかと願っていた。
 大げさに言えば、それは私の「夢」でもあった。今回の「雲見」の旅で案外簡単に実現できた!!
 うれしいかぎりである。さらに試行錯誤を繰り返してみよう!!

◆表紙画像集2016 更新  紫式部の実、実むらさき、コムラサキ
 西の庭にコムラサキを植えてから数年がたった。枝もずいぶん伸びてながくなった。
 ぎっしりと鈴なりにになったコムラサキの実がきれいだ。土手の上を播但線の列車が通過するたびにその風でコムラサキの枝がゆれた。紫の実はいつまで目を楽しませてくれるたろう。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!?
 Webテキスト試案『「雲見」を楽しもう!!』がなんとかできた。試案の試案であり、「完成」はほど遠い。
しかし、このままでは次なる展開はない。「さて、次はどうしたものだろう?」と思案中!!
 今回の「雲見」で旅で、益々雲の「高さ」が気になりだした。

◆【ヒガンバナ情報2016】 更新!!
 ヒガンバナの「葉の季節」がはじまったようだ。花茎の足元に葉が続々と出てきた。
植物「ヒガンバナ」の観察の本番は今からだ!!

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 新・中学校「理科」を構想する、は単元【生物の細胞と生殖】に入った。
 「オートファジー」の話題で、すぐさま思いだしたのが「エサなしで261日間ナイロン袋のなかで生き延びたコウガイビル」のことだった。コウガイビルの「ふしぎ!?」はここでもツナガッテイル!!

 週半ばでのWeb更新となった。
 さて、今週はどんな「ふしぎ!?」と出会うだろう。

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甲斐へ「雲見」の旅(3)















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甲斐へ「雲見」の旅(2)









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甲斐へ「雲見」の旅(1)





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10月(神無月)の「雲見」は!?

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▼9月が終わった。10月(神無月)の「雲見」がはじまる!!
 まずは「もくもくシール」を貼ったカレンダーで、9月の「雲見」をふり返っておく。
  使用した十種雲形シールは次のようになった。

・快晴    0
・巻雲    2
・巻積雲  2
・巻層雲  0
・高積雲  6
・高層雲  4
・層積雲  5
・積雲    2
・層雲    0  
・乱層雲  7
・積乱雲  2

 9月の「雲見」はひと言で言うならば「天気悪し」である!!
 まともに青空を見た記憶が数少なかった。雨ばっかり降っていたような…。
▼では、10月(神無月)はどうだろう?
 例によってふたつのことを参考にして考えてみる。
 まずである。

◆気象庁・一か月予報(近畿地方PDF版)

 どうやら9月の天気は、10月前半に持ち越されるようだ。
 秋晴れはいつ!?

▼もうひとつの参考にさせてもらっているもの見る。

◆『12ヶ月のお天気図鑑』(武田康男・菊池真以著 河出書房新社 )

 まず紹介されている画像のタイトルだけ引用させてもらう。

「うろこ雲」
「秋晴れ」
「初冠雪」
「秋の日はつるべ落とし」
「秋風」
「扁平雲」
「ひつじ雲」
「彩雲」
「腹巻雲」
「火映現象」
「歪んだ月」
「台風接近」
「異常な朝焼け」
「夕焼け雲」

 これが、私には具体的にイメージしやすくとても役に立つ。
こんな「雲見」を私もぜひと思う。

▼今朝はさっそくまたしても雨のようだ。
 そんななかであるが、しばらく「雲見」の旅に出ようと思う。
 課題がある。

 旅のなかからどこまでリアルタイムな情報発信ができるか?

 地上のヒガンバナもどこまで「葉の季節」にシフトしていくか?

 今月も自然観察を楽しんでいきたい!!

▼追記 
 旅に出る前に、慌ただしく蓮根の植え替えから27週目の大賀ハス観察池の観察した。確実に「葉の季節」をも過ぎていくようだった。
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