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新・中学校「理科」を構想する。(36)

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▼大賀ハス「あこがれの4日間」の4日目だった。
11時すぎに雨が降り出した。それまでは3日間と同じように早朝より開花していた。
一枚の花びらが落ちた。来た!!
と思ったが、それは早合点だったようだ。それ以降、まったく動きがなくなってしまった。
まるで時間が止まったかのように、夕方までその状態が続いた。
どういうことだろう。「4日間」のルールは守られなかったのだろうか。
なぜだろう!?
いや生命の営みはもっともっとフレキシブルなものかもしれない。

 一方、コウガイビル20号Bの方も動きをとめてしまった。
21号コウガイビルとも出会った。
私の究極の不思議=「生命と時間」の「ふしぎ!?」は深まる一方だ。
▼新・中学校「理科」を先にすすめよう。
「電気の学習」に続いては

◆【電流と磁界】

だ。永年私のお気に入りとしてきた単元でもあった。
この単元のサブタイトルを次のようにしていた。

Denjisub

▼「電流」と「磁界」の不思議な関係に入る前に、私はどうしても「磁石」の「ふしぎ!?」にこだわっていた。
具体的には2つのことについてだ。
ひとつは「天然磁石」(=磁鉄鉱)についてだ。
ずいぶん昔、ひとに教えられて近くの柵原鉱山にでかけいった。そのとき手に入れた磁鉄鉱ももう数少なってしまった。今から十数年前にも出かけていった。
そのとき手に入れた標本「磁鉄鉱」は、私の生涯の「宝もの」になっている。

◆柵原鉱山へ行ってきました

▼もうひとつのこだわっているのは、「磁石石」についてであった。
こちらの方は、より「電流と磁界」の学習と深く関わっていた。
 雷が落ちたとき大量の電流が流れる。その直線電流の周りには強力な磁界ができる。
ならば鉄分を多く含む岩石は磁化されてしまうのでは…という単純な話だ。
いわば「雷の化石」のようなものがあるのではないかいうことだ。

◆科学読み物「雷の化石「磁石石」」

私は夢中になった。
こんな面白いことをほってはおけなくなった。
それからずいぶん時間がたった。でもまだこの熱がさめたわけではない。
こう書いていると急に方位磁針を持って旅にでたくなってきた。

(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(35)

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▼もう完全にポンコツ頭のキャパシティを超えていた。
でも「ふしぎ!?」は待ってくれない。
・大賀ハス「あこがれの4日間」の3日目
・雨上がりの5匹のコガネグモ
・次々に登場するコウガイビル
・梅雨空の「雲見」
等などである。
 開花3日目の大賀ハスの雌しべは少し色がかわっているようでもあった。はたしてこの中から結実してくるものは出てくるだろうか。
 すでに落ち始めた花びらも出てきたが、やっぱり夕方までには閉じてしまった。
▼なかでもコウガイビルの「ふしぎ!?」はピークに達していた。
 昨日(2016/06/28)もまたしてもあらたに2匹のコウガイビルに出会った。
まず出会ったのは納屋の入り口だった。まさに足元を這っていたのだ。
ミスジコウガイビルだろうか?
次は門先だった。これも足元にいた。気づかずにうっかり踏んづけてしまった。
これで人生で出会ったコウガイビルは20匹に達してしまった。
うっかり踏んづけてしまった20号コウガイビルは、またしても「再生」実験をすることになってしまったようだ。
▼こんななか、その「ふしぎ!?」に集中すればよさそうに思うのだが、そうすると本来の歩みにもどってこれそうにないのであえて、ここで新・中学校「理科」を構想するにもどる。

◆「電気」の学習

電流を自在にコントロールするところまで来ていた。
次は電流をいっぱい流して「仕事」をすることだった。
 実は毎日毎日暮らしのなかでやっていることだった。
▼その「仕事」の量をはかるのにまずは「熱」ことを知っておきたかった。
 今一度、「熱とは?」を問うておきたいものだ。

それにはお気に入りの実験があった。

◆「ナット焼き」で熱の移動を

ダイナミックだ!!
そして面白い。ジュール熱の前にワンステップおこう。

大賀ハス4日目の朝が明けた。さて今日は…!?
(つづく)
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大賀ハスとコウガイビルの夏が来た!! #コウガイビル

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▼6/26(日)の朝、大賀ハス第1号に確かにサインが出ていた。
これまでの観察から、「あこがれの4日間」がはじまる前夜から、がくの1枚がつぼみからはがれかかるのを知っていた。確かにそのサインは出ていたにもかかわらず定刻になってもその気配がなかった。
 その定刻もだいたい5時30分と判断していた。まるで「目覚まし時計」がセットされているように…。
 定刻から一時間ばかり遅れて開花がはじまった。
 第1日目の開花は全開までいかない。午前中に閉じ始める。
 それでも鼻を近づけるとあの独特の香りが…。
▼第2日目の昨日は全開まで行った。
めしべは10個ありそうだ。
虫たちの集ってきた。あの香りはどこまでとどくものなんだろう?
それでもやっぱり昼前には閉じ始めた。
 花びらの開く順番は?
 開閉の営みと時間の関係は?
 なぜ4日間だけなのか?
 どんな「からくり」がしこまれてるのか?
 どこまフレキシブルな対応ができるのだろうか?
等などあげればきりがないほどに「ふしぎ!?」があった。
▼今年の観察は大賀ハスの「ふしぎ!?」とコウガイビルの「ふしぎ!?」が同時進行であった。
大賀ハスの葉の上で捕獲したコウガイビル15号。
図らずも「再生」実験をやってしまった。
二つに分断してしまった第15号コウガイビル。
仮に頭のある方を第15号A、尻尾の方を15号Bと名付けた。
6/26(日)はA,Bともに元気だった。
昨日になってBが動きを持ってとめてしまった。後ははやかった!!
ダーウィンも観察した通りだった。

 私は、南半球の各地で、陸生のプラナリアを十二種以上見た。ブァン ディーメンス ランド Van Dimen's Land で得た若干の標本には、朽木を食わせて、約二ヶ月も生存をつづけさせた。一匹のプラナリアをだいたい相等しい大きさに横断すると、二週間のうちに双方とも完全な体となった。更に、片方が下面に開口を二つとも持ち、従って他の方は開口を一つも持たぬように切ってみた。施術後25日を経て、比較的完全に近かった方は、普通の標本と区別できぬまでになった。片方もその形がいちじるしく大きくなり、そして後端に近く柔らかい細胞集団のうちに透明な空間を生じ、その中には椀のような形の口の原基が明らかに認められた。しかし下面に裂口が開くには到らなかった。赤道に近づいたために、気温の上昇によって、すべての個体を殺すようなことがなかったならば、この最後の段階も構造を完成したに違いない。この実験はすでによく知られているところであるが、一方の個体の簡単な体の一端から、必須の器官がことごとく次ぎ次ぎに生ずるのを見るのは面白かった。プラナリア類を飼うのは極めてむずかしい。生活現象が終われば、一般に見る天然の変化の法則がここにも働いて、体は全体に柔らかくなり、液化する。そのはやさは、他に比べるものもないほどである。(「ピーグル号航海記 上」(チャールズ・ダーウィン著 島地 威雄訳 岩波文庫 P54より)
 

その様子は何度観察しても「ふしぎ!?」だ。
「生命」っていったい何?
▼コウガイビルの「ふしぎ!?」はこれにとどまっていなかった。
大賀ハス第1号が開花する前にまたして池の近くで第16号コウガイビルにであったのだ。
さらには6/27の深夜に第17号に、朝には第18号に出会ったのだ。
第16号と第18号が寄り添って昼寝をしていた。
写真に撮ってみて気づいたが、この2匹はこれまでのコウガイビルとちがって背中に三本のスジがある。
ひょっとしてこれがミスジコウガイビル!?
二種類のコウガイビルが大賀ハス観察池にいたのだろうか?
もう一度、基からこの「ふしぎ!?」な生きものにつきあってみようと思う。

大賀ハス「あこがれの4日間」の三日目がはじまっている。
あいにく雨だ。さて…  
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【Web更新6/26】16-26 「コウガイビル」を追う。 等更新!

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分けしひと 思いだしけり 半夏生 16/06/23撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-26
週末定例のお知らせ
  朝起きたらblogを書くのがここ何年間の「日課」である。今朝はなぜか調子が悪く書き込むことができなかった。こういうイレギュラーな動きにすぐさま対応できない。昔からそういうところがあるが、年をとってくるとなおさらである。何か一日のリズムが狂ってしまった(^^ゞポリポリ
 そんなこと言っているまに6月がもうすぐ終わる。はやくも2016年が折り返し点だ。
 2016年の「新年の抱負」って何だったかな?
  
◆表紙画像集2016 更新!!  半夏生
 学校の玄関に生け花として飾ってあるのをしげしげと見ていると、用務員さんが「うちの庭にあるのをお分けしましょうか?」と声をかけてくださった。
 「おすそ分け」をいただいて、少しじめじめしたところに植えておいた。今年で4年目だ。
その範囲はずいぶんと拡がっていった。
 葉が白くなるこの季節になるとあたたかい心を思い出す。

◆「コウガイビル」を追う。 更新!!
先週一週間はほんとうに「コウガイビル」ウィークのような一週間だった。
実は、現在もいろいろなことが進行中である。
 16号、17号、18号まできてしまっているのだ。
今週はどんな展開になるだろう? それは私にもわからない。
どう考えても「ふしぎ!?」な生きものダ!!

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 「ふしぎ!?」の謎解きならこの人だ。7月も寅彦から大いに学びたいものだ。

◆【大賀ハス観察日記】 更新!! ついに大賀ハス第1号に「あこがれの4日間」がやってきた。
 第1日目は6/26(日)だった。

◆「サイエンスコミュニケーター宣言」 更新!!
 新・中学校「理科」を構想する。継続中!!

◆「クモ学」のすすめ  更新!!
 コウガイビル、大賀ハスばっかりになって少し影がうすくなってしまっているが、現在も6匹のコガネグモ観察中である。ずいぶんとからだもおおきくなってきている。


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第12・13・14・15コウガイビル発見!!そして…

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▼またまたうそのようなほんとうの話だ。
大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから13週目だった。今年の花芽第1号は、「あこがれの4日間」が間近であった。それを観察しようとそのときだった。
 池(容器)の淵を這うあいつをみつけたのだ。
「(゜o゜)ゲッ!!うそだろう!?」と自分の目を疑った。
しかし、間違いではない人生12番目のコウガイビルだ!! 
驚きはこれにとどまらなかった。大きな葉の裏に黒い影が…。
今度は少し大きめの第13号が。さらには同じ葉の端に少し小ぶりの第14号が…。
ビックリ仰天だ。
今度は同時に3匹のコウガイビル発見だった。
興奮しながら3匹のコウガイビルを少し大きめの容器に捕獲した。
▼興奮がさめやらぬ状態で、いつものクモ散策に出かけた。
現在5匹のコガネグモを観察中である。クモ観察中もずっと考えていた。
・なぜ、集中して大賀ハス観察池にコウガイビルが現われたのだろう?
・今度はコウガイビルをどのように観察しようか?
・エサは与えるべきか、それとも?
等などを。
▼クモ散策から戻ると、なんと驚くべきことが待ち受けていた。
再び大賀ハス観察池を見た。そのときだ、今度は別の葉の上にコウガイビルをみつけたのだ。
第15号コウガイビルである。
今度は異様に白かった。でもクロイロコウガイビルであることはこれまでのことから推察できた。
なぜ、こんなに白いのだろう? 
その「ふしぎ!?」をゆっくり考えている時間はなかった。
えらく活発に動いていた。逃さぬように少しあせってしまった。
そのときだ、ピンセットで体の中央を挟んでしまった。
しまった!!と思ったがときすでに遅しだ。少し切れ目が入ってしまった。
でもなんとかつがりはしていたのですばらすようにして、容器に捕獲した。
 昨日は、地域でイベントごとがあった。
この後もじっくり観察している時間はなかった。
仮に入れた大きな容器は少しすき間があるようだった。
 少しでもすき間があれば、そこから脱出してしまうことは苦い「失敗」から知っていた。
 二匹ずつ二つの容器に移し替えてイベントに出かけた。
▼イベントから帰ってきたら、さらに驚くべきことが待っていた。
 第15号コウガイビルを入れた容器を見たとき唖然としてしまった。
第15号は、完全にちぎれてしまっていたのだ。
そして、頭の部分の方はもちろんのこと、もう一方の尻尾の方の部分もわずかにではあるが動いていたのだ!!
その後も時間をおいて観察してみたが動いているように見えた。
そればかりか、少し切断部がふくらんできているようにも見えたのだ。
なんということだろう。
私はまったく意図せずして、コウガイビル「再生」実験をやってしまったのかも知れない。

今一度、コウガイビルという不思議な生きものについて勉強してみようと思う。

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本日(2016/06/25)、第132回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼「私たちは、まだここにいますよ。」
とコウガイビルショックでしょげる私をはげますように定点コガネグモがまた「狩り」をしていた。
 はげましてくれたのはコガネグモたちだけではなかった。となりの大賀ハス観察池には花芽3号、4号が連続してみつけることができた。
 自然の「ふしぎ!?」に尽きることはない。
 こんなときはやっぱり、あの人のあのコトバだ。

「ねえ君、不思議だと思いませんか?」

▼本日(2016/06/25)は、第132回オンライン「寅の日」です。
4月以来ながく続けてきた「寅彦の「観察眼」をテーマとした最後の回になります。
読むのは「三斜晶系」です。

◆本日(2016/06/25)、第132回オンライン「寅の日」!!

●「三斜晶系」(青空文庫より)

▼「三斜晶系」は昭和10年(1935)11月に発表された作品となっています。
 寅彦はその年の12月31日になくなりました。つまりこれは最晩年のエッセイ集ということになると思います。
「三斜晶系」は「夢」「とんぼ」「三上戸」の三つの作品からなります。
「観察眼」という視点でみると観察対象がそれぞれちがうように読めます。
私の勝手な読みときではこうです。
「夢」… 自分
「とんぼ」… 生きもの
「三上戸」… 人
 それぞれに面白いです。「夢」なんて、たったひと朝みた夢でここまで語れる人はそう多くいないでしょう。
「三上戸」も、食堂で座しているだけでこれだけ深く「人」を観察しているのだから驚きだ。そして面白い。
 しかし、私は今回は「とんぼ」に焦点をあてて読んでみました。

「とんぼ」は次のような「ふしぎ!?」の謎解き物語だった。

 ステッキの先端を空中に向けて直立させているとそれに来てとまる。そこでステッキをその長軸のまわりに静かに回転させると、とんぼはステッキの回るのとは逆の方向にからだを回して、周囲の空間に対して、常に一定の方向を保とうとする。そういう話を前日子供たちから聞いていたのではたして事実かどうか実験してみようと思った。

▼この文章は、私たちが謎解きをするときの手法について大きなヒントをくれていた。
たとえば次のような文章はナルホドと。

 試みに近い範囲の電線に止まっている三十五匹のとんぼの体軸と電線とのはさむ角度を一つ一つ目測して読み取りながら娘に筆記させた。その結果を図示してみるとそれらの角度の統計的分布は明瞭めいりょうに典型的な誤差曲線を示している。
 それから、ずっと毎日電線のとんぼのからだの向きを注意して見たが、結局彼らの体向を支配する第一因子は風であるということになった。
太陽の影響は、もしいくらかあるにはあるとしてもそれは第二次的以下のものであるという結論になるのである。
しかしまたこの事から、とんぼの止まっているときの体向は太陽の方位には無関係であるという結論を下したとしたら、それはまた第二の早合点という錯誤を犯すことになるであろう。

ぐいぐいと引き込まれていくような謎解き物語だ。
さらには、私たちを謎解き「自由研究」に誘ってくれるのだ。

 いちばん安全な方法はやはり野外でたくさんの観測を繰り返し、おのおのの場合の風向風速、太陽の高度方位、日照の強度、その他あらゆる気象要素を観測記録し、それに各場合の地形的環境も参考した上で、統計的分析法を使用して、各要素固有の効果を抽出することであろうと思われる。
 風速によってとんぼの向きの平均誤差が減少するであろうと想像される。その影響の量的数式的関係なども少し勉強すれば容易に見つかりそうに思われる。アマチュア昆虫生態学者こんちゅうせいたいがくしゃにとっては好個のテーマになりはしないかという気がしたのであった。

と。それから81年が経った。今どこまでわかっているのだろうかそれにも興味あるところだ。
それとは別に私には、最後の文章がすごく気になりだした。
少し長くなるが…。

そうしていっそう難儀なことはその根本的な無知を自覚しないでほんとうはわからないことをわかったつもりになったりあるいは第二次以下の末梢的まっしょうてき因子を第一次の因子と誤認したりして途方もない間違った施設方策をもって世の中に横車を押そうとするもののあることである。  人類を幸福に世界を平和に導く道は遼遠りょうえんである、そこに到達する前にまずわれわれは手近なとんぼの習性の研究から完了してかからなければならないではないか。  このとんぼの問題が片付くまでは、自分にはいわゆる唯物論的社会学経済学の所論をはっきり理解することが困難なように思われるのである。

このアイロニーの意味するところは…。

あのコウガイビルは、ダーウィンも観察したようにすっかり溶けてしまっていた。

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第10・第11コウガイビルは死んでしまった!!

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▼またまた大失敗をしてしまった。
6/21同時に出会った人生10匹目、11匹目のコウガイビルを死なせてしまったのだ。
 昨日の朝、私はまだ迷っていた。
エサを与えずにどこまで生き続けるかを観察するか、それともこれまでに試みたことないエサを与えてみてそれを観察するか。思い切って今回は選択することに決めた。
▼エサとして何を与えるか。これにも迷うところだったが、カタツムリを与えた。
それは第7コウガイビルが、カタツムリを食しているところをたまたま観察したことがあるからだ。
 キンカンの葉にいたカタツムリを、その葉とともに容器に入れた。
 にわかに二匹のコウガイビルは活発に動き出したかに見えた。大きなカタツムリの体にのっかかり這っていた。
▼カタツムリはいやがって容器から必死に脱出するかのように見えた。
 キンカンの葉は観察の邪魔だ。葉を外に出し、脱出しようとするカタツムリを無理やり押し込めてフタをしようとしていた。そうこうしているあいだに異変が起きていた。
 容器の壁ぎわに二匹のコウガイビルがともに躰を反り返らせた状態で動かなくなってなっていたのだ。
私は、何が起きているのか瞬間には理解できなかった。
▼突っついても動かなかった。
これはまずいと思った。カタツムリが自己防衛のために出した粘液が、コウガイビルにとっては「猛毒」であったのだろうか。ことの真相はわからない。
 とりあえずあわててカタツムリを別の場所に移し、容器を水洗いをした。
 麻酔作用でもはたらいているかも知れないと思い、しばらくの時間観察した。
 しかし、やっぱり動かなかった。
 なんということだ。今度こそ長くつき合おうとエサを与のがあだとなってしまった。
 せっかく「観察せよ」とばかりに現われてくれたコウガイビルに悪いことをしてしまった \(__ )
 今回はわずか3日間だけのつき合いとなってしまった。 

 それでも私のコウガイビル「ふしぎ!?」物語はまだまだ続くのである。
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新・中学校「理科」を構想する。(34)

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やっぱり「ふしぎ!?」だ。
この生きものを見ているとそう強く思う。
 「ナイロン袋のなかでエサなしで261日間も生き延びた!?」この不思議の謎解きはいったん終わった。
 わかったつもりなっていた。
 こいつの別名は陸棲プラナリヤ、つまりあのプラナリヤと同じく「幹細胞」を体じゅうに多数もち、驚異の「再生」能力をもつのである。
 だから私が出会った最初のコウガイビルは、ナイロン袋のなかで、自らを食べながら、小さくなりながらも自らを「再生」しつづけたのだ。
 私はこの事実の再現実験にこだわりすぎていたのかも知れない。二匹目以降でエサを与えずにそんなに長く生き延びたものを観察したことがなかった。
 今回はエサを与えてみようかと思いだしている。
▼わかったつもりになっていても、やっぱり不思議なものは「ふしぎ!?」だ。
 それは「電気」もそうだった。
 わかったつもりになっていても、ちょっとつまずくと ?(゜_。)?(。_゜)?
それは困ったことであると同時にたいへん興味深く面白いことでもあった。

【電気の学習】も「回路」の学習に入ろう。
電源・通路・仕事場の三つがそろって回路となる。
ここでも物質・金属は重要な意味をもつ。
仕事場がなければそれはショート回路だ。
▼回路における4つの法則
 <直列回路>
 ・「電流一回り一定の法則」
 ・「電圧たてつなぎの法則」
 <並列回路>
 ・「電圧平等の法則」
 ・「電流よこわかれの法則」

はきわめてアタリマエの法則ばかりだった。
このアタリマエの法則こそが大切だった。アタリマエをアタリマエに終わらせず吟味することが重要だと思っている。

「アタリマエの法則」こそ繰り返し使ってみて「使いモノになる法則」に!!

▼回路学習の究極のねらいはなんだろう?
「電流をコントロールする」
電流をたくさん流してたくさんの仕事したいときには?
電流が流れすぎるときには?
電流を自由自在にコントロールできてこそ「電気」を使っていると言えるのかも。

今朝もコウガイビルは元気だ。
動物は「食べる」という「アタリマエの法則」を今一度コウガイビルに適用すべきか迷っている。


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新・中学校「理科」を構想する。(33)

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▼夏至の朝。
激しく雨が降った後だった。大賀ハスの花芽をより詳しく観察しようとしたそのときだ。
立葉の上を這うあいつをみつけたのだ。いやみつけたというのは正確な表現ではない。なにも意図してさがしていたわけではないのだから。
「偶然に出会った!! 」というのがふさわしいのかも知れない。
人生10匹目のコウガイビルに出会ったのだ!!
驚きはそれで終わらなかった。
今度は観察池から数メートル離れたところのコンクリートの上であいつが三角の頭をのびちぢみさせていたのである。これで人生11匹目のコウガイビルである。
 二匹のコウガイビルの関係は?
とりあえず近くにあった容器に入れて観察することにした。
▼二匹同時のコウガイビルとの「出会い」の興奮からまださめていないが、「電気の学習」の話をつづける。
 ここまでをできるだけ簡単に言うなら、『化学変化』の学習を「はじめに原子ありき」でいきたかったように
「電気の学習」を

「はじめに電子ありき」

ですすめたいと思っていたのだ。
▼ここでこれまで興味を持ってきたものの歴史をならべてみる。

●1776年(安永5) 平賀源内 エレキテルの修繕と製作に成功する。
●1811年(文化8) 橋本曇斎 『阿蘭陀始制エレキテル究理原』の序文が書かれる。
●1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見
●1899年 トムソン 『電子論』

▼こんな作業をしているあいだに、私は私自身の「電気」の学習にたくさんの「宿題」を残して来ていることに気づいた。
 やっぱりどこまでも「電気」は「ふしぎ!?」なものだ。

(つづく)
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2016年7月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼今日は夏至である。
 「計算できる」季節は確実に進行していた。
 私に夏の到来を教えてくれる大賀ハスの花芽(つぼみ)が若干ふくらんできたような気がする。「あこがれの4日間」は、今週中だろうか。
 離れること1m、あのコガネグモが今度は腹をこちらに向けて狩りをしている。背を向けているか、腹を向けているかでなにかがちがうのだろうか。この後にでかけたクモ散策で出会ったコガネグモは3匹になってしまった。
週末の雨で「引っ越し」してしまったようだ。
 今年の大賀ハス、コガネグモの夏はどんな展開になるだろう。
 「計算できない」夏の展開が楽しみだ。
▼20日を過ぎて、7月のオンライン「寅の日」を考える時期だ。
4・5・6月と連続してテーマを  寅彦の「観察眼」 として、寅彦のするどい「観察眼」と巧みな文章を楽しませてもらってきた。
 まだまだ関連しそうなエッセイはいっぱいありそうだが、ここでは気分をあらたにして、テーマを変えてすすめたい。

【7月のテーマ】 寅彦の「夏」

でいきたい。ずいぶんアバウトなテーマである。寅彦先生は高知で育ったこともあるのか、ずいぶん「夏」という季節が好きだったようだ。(随筆のペンネームは「冬彦」が多かったようだが)
7月は3回ある。

■2016年7月オンライン「寅の日」
◆第133回オンライン「寅の日」 …7/07(木)
◆第134回オンライン「寅の日」 …7/19(火)
◆第135回オンライン「寅の日」 …7/31(日)

▼「夏」に関連したものは数多く書かれていた。
 自分の興味に従って選んでみることにした。
 昨年の偶然の機会に自分が長年暮らしてきた「福崎」という地が海陸風の吹く典型的な地であることを知った。
まったく「今さら」の話だった。その最初のきっかけとなったのが、オンライン「寅の日」で読んだ「海陸風と夕なぎ」だった。そこで、もう一回これを読んでみようと思う。
 晩年にもこれに関する随筆を書いていた。それは「夕凪と夕風」である。
それも次に読んでみようとおもう。
 それに以前からここで読んでみたい作品があった。ほんと初期の作品である。高知県立文学館「寺田寅彦記念室」にはそのくわしい資料等がおいてあり、たいへん興味をもっていた「やもり物語」である。

 ■2016年7月オンライン「寅の日」

◆第133回オンライン「寅の日」 …7/07(木) 「海陸風と夕なぎ」(青空文庫より)

◆第134回オンライン「寅の日」 …7/19(火) 「夕凪と夕風」(青空文庫より)

◆第135回オンライン「寅の日」 …7/31(日) 「やもり物語」(青空文庫より)

▼寅彦の「夏」を読ませてもらいながら、大いに「計算できない」夏を楽しみたいものである。
夏至の「日の出」をぜひ見たいと思っていたのに、それどころではない。
はげしい雨だ!!
 その雨のなかでもコガネグモも大賀ハスも元気だ。
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【Web更新6/19】16-25 「サイエンスコミュニケーター宣言」 等更新!!

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額の花 地の哀楽も 映しけり 16/06/17撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-25
週末定例更新のお知らせ
 新パソコンへの「引っ越し」がほぼ完全に終了した。悪戦苦闘の「ハードル」もなんとか克服できた。
ふつうの人にとってはアタリマエのことが、パソコン苦手の私には高いハードルということも多々あるのだ。
 これまで何度も経験してきたことだが、ともかくゆっくりていねいにやれば必ずできることを再度確認した。
 さあ、ここから再び ゆっくり急ごう!!

◆表紙画像集2016 更新  ガクアジサイ、 額の花
 西の道沿いにひょっこりと顔を出すようにしてガクアジサイが咲いている。
 いつからそこに植わっているのかすら記憶はない。特に手入れもしたこともないから荒れ放題でもある。
この時期になると、急激に存在感を増してくるのである。紫陽花が土壌の酸性度によって花の色を変えるという話はよく知られるところだ。いつか確かめの実験をやってみたいと思いながら、まだ試みたことがない。
 確かに色を変えていることだけは観察によってわかる。それは、まるで見えない土の喜怒哀楽を映しているようにも思えた。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
新・中学校「理科」を構想する。 は「電気」の学習まできた。
粛々と前にすすめるのみである。きっと なにかが見えてくるはず…。

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 大賀ハス観察池から1mの位置に引っ越してきたコガネグモは、はげしい雨の中でも「待機の姿勢」はくずさなかった。先月末までいたゲホウグモにしろ、昨年の夏の終わりから年末までつき合ったジョロウグモにしろ、私はやっぽどクモたちと相性がいいらしい。(^^)V

◆【大賀ハス観察日記】 更新!! 
 花芽1号も2号もぐんぐん伸びてきている。
 朝の観察と夕方の観察でもあきらかにちがいがわかった。今年は、これまでにやっていないような観察もやってみたい。「あこがれの4日間」はいつはじまるのだろう。


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新・中学校「理科」を構想する。(32)

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▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから12週目だった。
花芽は二つが立っていた。
花芽1号は心持ち少しふくらみかけたような気もする。
 「あこがれの4日間」は来週中にもやってくるのだろうか。
楽しみである。o(^o^)o ワクワク
▼「新・中学校「理科」を構想する。」を続ける。
次は物質探検とのつながりで「電気」の学習にいく。

◆【電気の学習】実践DB

大まかには3部構成としていた。
PartⅠ 『物質と電気』
PartⅡ 『電流と回路』
PartⅢ 『電気の仕事』
▼そして学習のねらいとするところを次のようなサブタイトルであらわしていた。

Denkisub


 ここでも物質「金属」は謎解きの大きな鍵であった。
▼最初にどうしても問いたかった。
「電気とは何か?」
「電気の正体とは?」
そこでやはり次は私のなかで重要な意味を持っていた。

◆実践【新『電気』発見ものがたり】

 後出しジャンケンで、実は「電気」の正体は…とやるより、少しでも具体的イメージを描きながら学習をすすめるためには、この流れにこだわったのだ。

 「電気」ではいつでも頭に置いておきたい歴史があった。
●1831年 ファラデーの「電磁誘導」発見
それから185年!まだ200年とたっていないのだ!!

(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(31)

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▼この話を人から聞いたら、私はきっと信じないだろう。
「そんな奴はおらんやろ~!?」と。
 ところが目の前で起こっていることだったから事実として認めざるを得なかった。
 昨日(2016/06/17)の朝、雨はあがっていたので大賀ハスの花芽を観察してクモ散策にでかけようとした。
そのときである。視界に貴奴・コガネグモが現れたのだ。
 実は6月に入ってしばらくしてから東の石垣のしたにネットを張っていたのは知っていた。だからいちばん近くのコガネグモとして注目はしていた。しかし、昨日の朝はさらにその石垣の上に移動してきたのだ。
 大賀ハス観察池から1mの位置にだ!!
ここならいつでも気の向いたとき24時間観察できる。いや、観察するというより見えてしまう。(^^)V
狩りの観察もいつでもできる。アップの画像も撮れる。アリガタイ!!
 あのファーブルは、クモの旅立ちの様子を自分の仕事部屋にクモを入れて観察しているが、ひょっとしたら私はファーブル以上に恵まれているのかもしれない。
▼そのファーブルも理科の教師だったとき、「鉄と硫黄の団子(お粥)」の実験をやってことがあると聞いたことがあるが、それを確かめたことはない。
 【化学変化】の授業の話もながくなってしまった。これぐらいにして次に向かいたい。
でもどうしてもあとふたつのことだけにはふれておきたい。
 これからの私の「化学」のために。
▼ひとつは今や教科書にも定番化しつつある「カルメラ焼き」についてである。

◆カルメラ焼き

 私は、あえてこの実験を面白実験で済ませてしまうことに反対である。
絶対に受けること間違いないのないこの「実験」を使ってこそ言いたいのだ。
「化学」は暮らしのなかにある!!
と。
 私自身もこらからも暮らしのなかに「化学」をみつけ続けたい。
▼もうひとつは、現場にいるときにはついに実現しなかった「実験」についてだ。

◆「鉄づくり」の実験(たたら製鉄)

話としてしてきた。でもやっぱり実際に自分でやってみたかった。
物質探検の鍵となる物質、それはやはり金属だった。
しかし、金属は山に行った落ちているというモノでなかった。それを有用なかたちするための「技術」があり「科学」があった。こんなとき思い出すのは故高橋金三郎先生のコトバだった。

 科学者の方法は,前にも書いたように,多くの時間,労力,費用,技能を必要とするものだ。同時にそれは人間の歴史の長い積みかさねの産物だ。  科学は技術から生まれた「なんとかしてもっとよく,もっとたくさん,もっとらくに」の願望の歴史の中から技術が生まれ,科学へ発展したのだ。  科学者の直接の祖先は,農民であり職人なのだ。技術の方法と科学の方法に本質的な区別はない。農民や職人の生産の方法には,科学の方法が含まれている。そうでなかったら,一般市民のための理科教育に,科学の方法なんて無用になるだろう。子どもがすべて科学者になるわけではないのだ。(『科学の方法~ 科学的に行動する子どもをそだてるために~』(高橋金三郎編著 新生出版 1987.6.5)p14より)

 私は夢見てきたこの「実験」を、自分の手でやることをあきらめてはいない。

(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(30)

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▼またしても別のコガネグモが食事中だった。
食されているのはカナブン(正式名前が知らないが、私はそう呼んでいる。)である。
そこからあまり遠くないところでは、そのカナブンたちが猛烈な勢いで食事をしていた。
これぞまさに「食物連鎖」だった。
 このこととこの場所にコガネグモが毎年現れる「ふしぎ!?」とはツナガッテイル気がするのだが…。
【化学変化】の「ふしぎ!?」を続ける。
「質量保存の法則」についでよく扱われる質量に関するルールがあった。
それが「定比例の法則」である。
 定番実験としては、銅の燃焼とマグネシウムの燃焼を行ってきた。
実験をいろいろ工夫し、繰り返しグラフを書き結果として
Cu:O=4:1
Mg:O=3:2
を導き出し、後は計算ドリルとなる。
科学史的に見ればこうなるのだろうか。でも私はこれに違和感をもっていた。
▼今は21世紀だ。
「はじめに原子ありき」で行く方がうんと納得できると思うのだがどうだろう。
もう一度はじめのサブタイトルにもどろう。

Subtitle

「原子」が見えてきたなら、「定比例の法則」きわめてアタリマエのルールと言えるのではないだろうか。
▼ここでこそ「周期表」だ。
「周期表」にはちゃんと「原子量」(Cを12としたときの各原子の質量比)が書かれているではないか。
Cu…64
Mg…24
O …16
と。これを見ておけばなかなかうまくいかない実験も、うっとうしい計算も「原子」が見えてくる一プロセスと思えてくるのである。
 ここでも使いまくろう。周期表!!
 周期表は覚えたり、飾っておくものではない(部屋に飾っていてもきれいだけど(^^ゞポリポリ)、使うモノだ!!

周期表を物質探検の「地図」に…!!

はそんな意味なのかも。

大賀ハス花芽第2号は、大きな浮葉を押しのけて顔を出してきた。

(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(29)

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▼大賀ハス観察池にもう一本のしっかりした立葉が立っていた。
「ひょっとしたら…」と思ったが足元は大きな浮葉に覆われていた。そこで、ためしにそれをめくってみた。
やっぱりあった!!花芽第2号だ!!
 水面から顔を出したばかりだった。
 やっぱり「立葉と花芽はセットで出現する」というルールは正しいのかも。
立葉で栄養を生産して、それを次世代の花芽に送り込む。
だから、このルールはなかなか理にかなったルールとも言えるのかも知れない。
これで、少なくとも「あこがれの4日間」は、2度やってくる。
▼物質の世界にもいくつかのルールがあった。
なかでももっとも基本的でアタリマエのルール、それは「質量保存の法則」である。

◆質量保存の法則
 「物質の出入りがなければ、物質全体の質量は保存される。軽くなれば何かが出て行ったのである。重くなれば何かが入ってきたのである。」

 これほどアタリマエのことはない。
物質の世界に限らない。財布のなかのお金は買い物をして出て行けば減るのである。お小遣いもらって入れれば増えるのである。アタリマエすぎるほどアタリマエのこと。
 わざわざ原子論的物質観云々を持ち出すまでない、「常識」の範疇なのである。
 でもほんとうにそうだろうか?
▼お気に入り実験のひとつに

◆酸素中での炭素の燃焼

というのがあった。
 丸底フラスコのなかに酸素のいっぱい入れておき、木炭のかけらを入れゴム風船つきゴム栓でふたをして、加熱して燃焼させるのである。木炭は劇的に赤く輝きながら、酸素と化合する。
目の前から、木炭のかけらは消える。化学式(化学反応式)から、二酸化炭素ができるは簡単に予想できる。
 質量はどうなっただろう?
 ゴム風船付きゴム栓でふたををしていたのだから、物質の出入りはなかったはず…。
でもやっぱり 「ふしぎ!?」
 そういえば、最後にやったこの授業で「ほかのことはよくわかったが、原子の数は同じでも気体になって消えたら軽くなるやろ!!」と最後までねばった生徒がいた。結果を見てもまだ納得しなかった。
 彼はもう納得しただろうか?
▼またこんな実験もあった。

◆酸素中でスチールウールを燃焼する

このときも質量変化を聞いてみた。
やっぱり「二酸化炭素」が出てきた。
「原子が見えてきたらアタリマエ!!」と一筋縄では行かぬのである。
でもやっぱり私は言いたい。

「質量保存の法則」はアタリマエ!!
いつでも、どこでも使えるルールだ!!

と。

(つづく)

 
 
 

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新・中学校「理科」を構想する。(28)

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▼コガネグモは食事中だった。
クモの食事は、我々人間の食事とちょっと違っていた。まず、あのみごとな「狩り」をして獲物を捕らえる。
そして、獲物をセンター(こしき)に引き寄せ食事をはじめる。
 ここからが少し変わっていた。いきなり固形物を口の中に入れない。唾液を口の外に分泌して、「外部消化」を行いドロドロに液状化したものを口のなかに入れるそうだ。道理で自分の体より大きな獲物も食事することが可能なんだ。
 クモの食事もやっぱり「消化」という「化学変化」なんだ。
▼新・中学校「理科」を構想する。も「化学変化」を続けよう。
 物理変化(「状態変化」)とちがって「化学変化」の特徴として
(1) もとの物質とまったく違う性質をもつ物質ができる。
(2) 必ず熱の出入りを伴う。
などがあげられるだろう。
▼今回は、教科書等にとりあげられてきた「定番実験」を見てみる。
「鉄と硫黄の化合実験」である。
【授業】鉄と硫黄の化合
【授業】鉄と硫黄の化合-2

この「化合」実験は、定番にいたるそれなりの歴史があった。
はげしい反応であり、新らたな物質ができるということを立証するのにすぐれている。
 しかし、はげしい「発熱」とはなかなかストンっと落ちなかった。
▼はじめに加える「熱」が伝わって行っているのだろうという考えはなかなかぬぐえなかった。
そこで、考え出されたのが

◆「鉄と硫黄の団子」実験

もちろんこの実験にも歴史があった。
 このように「定番実験」にも歴史があり、これからも進化する可能性があるのである。
「鉄と硫黄の化合」実験の開発にも大いに関わられた故大竹三郎先生は次のように言われていた。

わたしは、現在、学校で実施されている多くの実験が、なお教材として仕上げられていないと考えます。これらの実験が授業の課題にピタリ答えられるように、その内容、形式ともに仕上げられなくてはなりません。ところが、わたしたちは、もうこれ以上、変えようとしても変えられないものと受けとめています。とくに長い歴史をもった伝統的な実験に対してそうです。(『理科実験法の再検討~教材論的研究~』(大竹三郎著 明治図書 1980.10.5) P119より)

「定番実験」と呼ばれる実験が全国の理科室でどのように「仕上げられて」いっているか、とても興味深いところである。

大賀ハス花芽第1号は大きな立葉の庇護の元すくすくと伸びていた。

(つづく)
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【Web更新6/12】16-24 「サイエンスコミュニケーター宣言」 等更新!!

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遠くより にほひ気づけり 栗の花 16/06/10 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-24
週末定例更新のお知らせ
 一週間は速い。新パソコンへの「引っ越し」はあらかたできたが、肝心の件が未だである。
この一週間でこの「ハードル」は越えることができるだろうか。

◆表紙画像集2016 更新 「栗の花」 夕方には「アメダス」まで散策することを日課としている。途中で二度あの「にほひ」に気づいた。
今度は、目で確かめてみたらみごとな「栗の花」が盛りだった。
 梅雨の晴れ間の青空に映えていた。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 「新・中学校「理科」構想をする。」は中学2年生に入った。
 「いつまでに」「どこまで」はまったく決めていない。きわめて気まぐれな書き込みである。
 これ自体を楽しんでいるのかも知れない。ひとつ確かなことがある。
それは、現在の私の「科学」の「原点」はここにあるということである。

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 「クモ観察日誌」というのをこれまた気まぐれにつけはじめた。
 昨日夕方、またあらたに一匹のコガネグモに出会った。

◆【大賀ハス観察日記】 更新!!
 今年の花芽第1号はぐんぐん伸びている。
 「あこがれの4日間」はいつだろう。o(^o^)o ワクワク

 さて、次回更新のときは「ハードル」を越えることができているだろうか。


 
 

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本日(2016/06/13)、第131回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼昨日(2016/06/12)の朝、あらたに2匹のコガネグモをみつけた。これで合わせて6匹のコガネグモを観察中である。うれしいことに4年連続しての観察ということになる。
 それにしても「ふしぎ!?」である。
 4年間ともコガネグモは申し合わせたように、ほぼ「同じ場所」に出現した。
 なぜなんだろ?散策のたびに周りを見渡しながらこの「ふしぎ!?」の謎解きに挑戦してみる。
・風の流れ
・光の方向
・クズの葉を中心とする草むら
・天敵にみつかりにくい
・獲物(虫)が多い
等など、いずれにしても動物の謎解きの方程式「食べる」「仲間を殖やす」に由来するものだろう。
60歳を越えてからのにわか「クモ学」ではなかなか決定的答えをみつけるのは困難である。
しかし、面白い!!
あの寅彦だったらどう考えただろう。どんな観察をしただろう?
▼本日(2016/06/13)は、第131回オンライン「寅の日」である。
6月のテーマも、 寅彦の「観察眼」 を継続中である。
今回は初期のエッセイ集から「小さな出来事」を読む。

◆本日(2016/06/13)、第131回オンライン「寅の日」!!

●「小さな出来事」(青空文庫)

▼「小さな出来事」は5つの作品からできていた。
一 「蜂」
二 「乞食」
三 「蓑虫」
四 「新星」
五 「幼いEnnui」
である。一~四は大正・昭和初期の国語教科書によく取り上げられていたようである。
さもありなんである。
確かに今読んでも面白いのである。なぜ面白いのか、前回のときに勝手に立てた「作業仮説」をまたひっぱりだしてきた。
(1) 「物語」がある。
(2) 観察の描写が具体的である。
(3) 興味・関心を喚起するものがある。
これらを再度検証する意味も込めて読んでみた。特に今回は「蜂」「蓑虫」「新星」に焦点をあてて読み進めてみた。
▼国語の教科書に採用されていたというだけに文章は巧みであった。
いくつかお気に入りの「文脈」にであった。
 こんなのがお気に入りということで、ひとつの作品から一文ずつ引用させてもらう。
・「蜂」より

 実際両側に広い空地を控えたこの垣根では嵐が吹き通したり、雨に洗われたり、人の接近する事が頻繁であったりするので蜂にとってはあまり都合のいい場所ではない。しかし果して蜂がその本能あるいは智慧で判断していったん選定した場所を、作業の途中で中止して他所よそへ移転するというような事があるものか、ないものか、これは専門の学者にでも聞いてみなければ判らない事である。
  
・「蓑虫」より
こんなところを見ているうちに簑虫に対する自分の心持はだんだんに変って来た。そして虫の生活が次第に人間に近く見えて来ると同時に、色々の詩的な幻覚イリュージョンは片端から消えて行った。 

・「新星」より
 しかしそう云えばいったいわれらが「現在」と名づけているものが、ただ永劫な時の道程の上に孤立した一点というようなものに過ぎないであろうか。よく考えてみるとそんなに切り離して存在するものとは思われない。つまりは遠い昔から近い過去までのあらゆる出来事にそれぞれの係数を乗じて積分インテグレートした総和が眼前に現われているに過ぎないのではあるまいか。

「お気に入り」はひとそれぞれ違うだろう。
だからこそ面白いのだ。今、無性に他人の「お気に入り」を聞いてみたい気分だ。

今朝、またまた大賀ハス第1号の花芽(花茎)は大きく伸びていた。
今日はどこまで…。
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新・中学校「理科」を構想する。(27)

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▼ついに来た、今年も!!
大賀ハス観察池は蓮根の植え替えをしてから、ちょうど11週目だった。花芽が観察池の淵からちょこっと顔を出したのである。花芽(花茎)はいつも立葉とセットで現れる。立葉でたっぷり栄養を稼いで、花に栄養補給し次世代の種子をつくる戦略だろうか。
 はじめて大賀ハスの発芽処理をしてから9年目だった。今年もうれしいことに一回は「あこがれの4日間」(蓮の花が開閉するのはほぼ4日間だけだ。そこで私は勝手にこうよんでいる。)と出会えそうである\(-o-)/
▼それにしても「ふしぎ!?」だった。
定例観察日ということで、朝からかなりていねいに観察したはずだが、花芽には気づかなかった。
昼すぎになってやっと気づいて、夕方には「つぼみ」全体が顔をだしていた。
ものすごいスピードで成長していた。立葉の方も、さらに大きく葉をひろげきた。
 ファン・ヘルモントの「柳の木の実験」を持ち出すまでもない。
 植物の体は偉大なる「緑の化学工場」なんだ。
▼その「化学」に話をもどそう。
 私は不勉強であまり専門というものがなかった。それでも強いて言うなら「物理」「化学」「生物」「地学」のなかではこの「化学」がいちばん親しみがあった。
 しかし、「化学」のほんとうの面白さを知ったのは、教師になって【化学変化】の授業をするようになってからだった。
 なにが面白いと言って、やっぱり「実験」だった。
 自分の手で、物質に触れながら、「実験」で確かめる。これに勝る学習方法はなかった。
▼この単元では扱う範囲もいろいろ変わっていったが、いつの時代も教科書に登場する「定番実験」、「お気に入り実験」【お薦め実験】等などいろいろある。
 順不同でいくつかの実験で、「私の化学」をふりかえってみる。

◆「水から水素を取り出す ~ 水蒸気中でMgを燃焼させる~ 

 実験器具は、実験開発者の故古川千代男先生より直接分けていただいた。
この実験を何度やっただろう。
 私のもっとも「お気に入り実験」と言えるかも知れない。「水は水素原子と酸素原子からできているのである」こんなアタリマエを実感する実験である。
 定番「水の電気分解」もとても大切で、ぜひとも体験しておくべき実験だが、それに付け加えてこの実験はお薦め実験である。
 水の中でモノもが燃えるなんて…。
 水からほんとうに「水素」が…。
 もっともありふれたモノ・水の「ふしぎ!?」

 今朝見たら、大賀ハスの花茎さらにのびていた。

(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(26)

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▼梅雨の晴れ間は恐ろしく暑かった!!
 昼過ぎには気温は30℃を越える「真夏日」になった。いつもの定点観測地から「雲見」をしてふっと思いついた。
 あの日光寺山(標高408m)から、福崎町を眺めたらどう見えるだろうか?
 幸いほぼ山頂まで車で登れる道があった。
つい先日、「川・池」「平地」「山地」の色塗りをしたばかりだったから少しはイメージがあった。
でも実際に眺めてみるとイメージとずいぶんちがうところもあった。
 「発見」するところも多々あった。
 市川の東岸に池が多いということは、色塗りのときに気づいていたが、実際にながめて実感した。
 そのことが意味することは…?
まだまだ続けよう。私の現在進行形「動く大地の物語」!!
▼新・中学校「理科」を構想する、こちらも続ける。

◆【授業実践DB】【化学変化】

 いつも笑われてしまうのだが、私は少々大げさだった。
 なかみはきわめて単純なのだが、「原子論的物質観」それは、私の「科学」のひとつのキーワードだった。
▼この単元を最後にやったあとに、「覚え書き」というかメモ書きのようなものを残していた。
3つあった。ひとつ目がこうだ。

1 「原子論的物質観」はほんとうに有効か?
・はじめに原子ありき
・すべての物質は100種類あまりの「原子」の組み合わせでできている
・化学変化とは「原子」の組み合わせの変化!
・「原子」が見えて来たら、
「化学反応式」
「質量保存の法則」
「定比例の法則」はアタリマエ!!

▼二つ目、三つ目はこうだった。

2 「原子」はいつどのように…
・いつまで「粒子」と言い続けるのか?
・21世紀の今、「原子」論は仮説か?

3 「周期表」はいつどのように
・三大物質(金属・さとうの仲間・しおの仲間)
・「周期表」を物質探険の「地図」に
・「周期表」は使ってナンボだ!!

これをつてに今しばらく自分のやってきた授業をふりかえってみることにする。
(つづく)


 

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新・中学校「理科」を構想する。(25)

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▼昨日(2016/06/09)の朝、今にも雨が出しそうな天気だった。
観察中の5匹のコガネグモ、そのうち2匹が「狩り」をしていた。いずれも「獲物」は自分の体より大きなものだった。その近くにはかならず例のイソロウくんもいた。銀色の卵の殻を背負ったような「シロカネイソロウグモ」である。それにしても貴奴はどうしてここで「狩り」が行われていると知ったのだろう。
「ふしぎ!?」だ。
 5匹目の観察にうつったとき、雨がほんとうに降ってきた。
▼テレビ・新聞そしてネットも朝から「Nh(ニホニウム)の話題」でもちきりだった!!
 合わせて「周期表」のことも話題になったのではないだろうか。
日本全国でどれほど多くの人が「周期表」を話題にしただろう。
ここ数年で、これほど「周期表」が注目される日はなかったのではないだろうか。

◆一家に1枚「元素周期表」


▼日本全国の「理科室」ではどうだっただろう?
興味深いところである。「周期表」を持ち出す絶好のチャンスだったのかも知れない。
 私の「新・中学校「理科」を構想する。」 もこれを機に第二学年にうつろう。
 最初は、この「周期表」を物質の世界の「地図」として扱う物質探検の単元だ。

◆【授業実践DB】【化学変化】

▼「はじめに原子ありき!!」
は私の一貫した主張だった。それは21世紀の原子論的物質観の表明でもあった。
だから単元のサブタイトルは次のようにしていた。
Subtitle


(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(24)

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▼おそらく「花崗岩」だろう。
標本箱外の岩石の私の鑑定眼はその程度のものだった。これまで何度も指南を受けてきたが、あまり変わらなかった。(^^ゞポリポリ
 門先の石ころのなかに同じような石ころがたくさんあった。従って私は毎日これらを踏みつけていたのだ。
でも単純に「ふしぎ!?」だった。
 マグマが地下深くで冷えて固まってできた深成岩である「花崗岩」がここにあるのか?
▼ずいぶん昔になるが、ひとつのシナリオを聞いた。
地下深くでできた花崗岩は、まわりから長い時間をかけて押されて地表へ出てきた。
あんパンをゆっくりにぎりしめれば「あん」がなかから飛び出してくるくるように。
地表へ出てきた「花崗岩」はさらに押されて高い山になった。「花崗岩」は、かたくてなかなか雨水にも流されなかった。しかし、長い時間のあいだにはしだいに風化されてボロボロになっていった。
 長石や雲母は泥になったが、硬い硬い石英は最後までねばって砂になった。
 その典型が六甲山だ。
「花崗岩」の別名に「御影石」(みかげいし)というくらいだから。「白砂青松」で有名な須磨の海岸はそうしてできた。
 「長い時間」の「ものさし」はまだできなかったが、シロウトの私にも納得のいく話だった。
▼それは六甲山に限ったシナリオではなかった。
 少し範囲を拡げてみて近畿地方の中心部にそれが典型的に現れていると指摘したのは「山崎断層」の名付け親でもある藤田和夫だった。
 藤田和夫は『変動する日本列島』(藤田和夫著 岩波新書 1985.6.20)に次のように書いていた。

 このような地形環境を拡大すると、敦賀湾を頂点とし、琵琶湖・大阪湾・伊勢湾を含み、紀ノ川を底辺とする三角形の地域が浮かび上がってくる。その中にには南北に延びる短い山地や高原があり、それらの間には盆地が抱かれている。琵琶湖や大阪湾は、盆地に水がたたえられたところである。(中略)  このような山地と盆地が交互に出現する地形は、近畿の中央部を特徴づけるもので、私はこの地域を「近畿トライアングル(三角地帯)」と呼ぶことにした。そしてその成因が、日本列島の現在の姿を作り上げた運動に通じることを知ったのである。(『変動する日本列島』p10より)
 

 三角形の大きなあんパン!!
 なんとダイナミックで納得できるシナリオだろう!!
「近畿トライアングル」が気に入ってしまった。
知って以来ずっと今日まで使わせてもらってきた。
▼地質学の根本的な考え方に斉一主義・現在主義というのがあるらしい。
それを象徴するコトバが「現在は過去の鍵である」だ。現在進行形で起こっていることは「過去」にも必ず起こっているはずだ。そして、それは必ず「未来」にも起こるはずだ。
 何げなく眺めている風景に、足元にころがる石ころひとつにヒントがあるかも知れない。
 さあ、自分の暮らす地域の現在進行形「動く大地の物語」を語りはじめよう。
一度に無理であっても、少しずつ ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

(つづく)
 
 

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新・中学校「理科」を構想する。(23)

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▼雨は強くなったり弱くなったりしながら夕方まで降り続けた。
その雨量はすべてあわせればけっこうな量になるだろう。さすが梅雨だ!!
なかなか複雑だ。
 この雨は田んぼにとっては恵みの雨であるが、ときには思わぬ災害をもたらす。
 降る量も時期もコントロールはできない。
ならばうまくつきあっていくしか術はないのだろう。
▼雨の向こう側に、あの平らな丘のような山が見えた。
いつかその謎解きを思いつつ、まだとりかかっていない。
「川」「平地」「山地」の色塗りをすすめていると、今さらの納得と「ふしぎ!?」が次々と出てくる。
・あの坂道の意味は
・あそこで道が急カーブしているのは
・あの山のかたちの意味するところは
・裏山の地層は
等など
 あらゆる地形が歴史をもっていることが徐々にわかってくるのである。
▼ここでもうひとつの「地図」をもってきた。

◆ハザードマップ(防災マップ)

である。
このマップには「マップの見方」がくわしく書かれていた。
・土砂災害の危険がある場所
・土砂災害の種類と前ぶれ
・注意すべき雨量の状態
・非常持ち出し品
などである。
▼これを見ているとよくわかる。
防災・減災の「科学」は総合「科学」である。
【天気の変化】【大地の動きをさぐる】の学習はもちろんのこと、すべての学習をツナゲテ考える必要があった。
学んだ「科学」を使ってみるときでもあった。
 こんなとき使いモノになるものこそ、ホンモノの「科学」と言えるのかもしれない。

(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(22)

Dscn4956_2
▼私はいつもの定点観測地から日の出前の「雲見」をしながら二つのアタリマエに感動していた。
・日の出の位置
・日の出の時間
の二つである。
 ほぼ毎日見ているから、今さらのアタリマエだった。日の出の方向は「東」と言うよりそれはもう「北」だった。
あの日光寺山から日が昇ろうとしていたのだ。それにまだ5時少し過ぎた時間だった。
 日が高く昇ってきたらまたまた面白いものを見せてもらった。
 「日暈」である。やっぱり大気はたっぷり水蒸気を含んでいるようである。
それにして「ふしぎ!?」だ。あそこに氷のつぶつぶ(氷晶)があるとは…。
▼もっともっとアタリマエを「科学」してみたくなってきた。

私はどこに暮らしているのだろう?

もう一度、【大地の動きをさぐる】の学習をなぞるようにして、ひとつの作業をはじめることにした。
町の1/25000を地図を取り出してきた。
 自分の家のあるところに赤い点をつけた。
そして川・池を青色鉛筆で塗ってみた。
 次は、田んぼ「平地」を緑で塗ってみた。塗り残しが「山地」だった。
いくつものことが見えてくる。
・市川の河岸段丘
・人々の暮らすのは?
・川は山地に生まれる
・段丘崖に竹藪あり
などなど
まだまだ作業がつづく。
▼「山地」があまりに多いのに驚いてしまう。
中国山脈の端に位置する。
「動く大地」としてとらえるためには
今一度、「山崎断層帯」についてみておこう。

◆「山崎断層帯」(姫路科学館)

◆「山崎断層帯 その2」(姫路科学館)

▼この謎解きは、生涯繰り返しつづけていることになるだろう。
時間がかかりそうだ。
 しかし、時間をかけてやってみてはじめてわかることも多い。
 ひとつの「ふしぎ!?」が解決するとまた次なるアタリマエの「ふしぎ!?」が出現する。
 実に面白い!!

アタリマエを「科学」することほど面白いことはないのだ。

(つづく)
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【Web更新6/5】16-23 Webテキスト「天気の変化」の可能性!? 等更新!!

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至高の朱 ここぞとばかり 花石榴 16/06/03 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-23
週末定例更新のお知らせ
 私には目標とするお手本があった。それは「ファラデーの日記」である。
あまりも桁違いの話で言うのも恥ずかしいが、しかしそれは事実であった。
 ファラデーは42年間もの研究生活を日々「日記」というかたちで綴り、後にそれにパラグラフをつけて「検索」し、利用したという。
 もちろん私のこのblogなど比べようもないわけだが、ひとつだけ誇れることがある。自分がするわけではなくパソコンがすることだが、パラグラフをあらためてつけなくてもすぐさま「検索」できることだ。
 でも「検索」に値するコンテンツがなければ話にならない。
さあ、今週もちびりちびりと…

◆表紙画像集2016 更新 石榴の花
 「朱」で真っ先に思い出すのが「古代の朱」=丹生=硫化水銀の「朱」だった。
その朱色のあざやかな花がいくつも庭先に咲いていた。
 石榴(ざくろ)の花である。今年はひときわその数が多い。
 梅雨入りする前の青空に「朱色」が映えていた。今こそとばかり…

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 Webテキスト『天気の変化』の取り組みも少し足踏み状態がつづいている。デジタル教科書のことがまたまた話題になっているようだ。足踏み状態であっても、理想は大きく言っておこう。
 デジタル教科書をも射程内である!! と。

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
ゲホウグモに代わって登場したコガネグモ、昨日確認したところ4匹いた。
遠く離れた場所にも一匹いた。そもそも私の「クモ学」はこのコガネグモとの出会いからはじまった。
4年連続しての観察ということになる。アリガタイかぎりだ。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 新・中学校「理科」を構想をつづける。今週中には中学一年生のところを終えて二年生のところに向かいたいが、はたしてどうなるだろう。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 理想は 毎日がオフライン「寅の日」!! だ。

さあ、ゆっくり 急ごう!!

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新・中学校「理科」を構想する。(21)

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▼そして、ついには雨が降り出した。
同じ空の「雲見」を続けていると、とても面白い。
一刻として同じ「雲見」というものはなかった。
常に現在進行形で変化していた!!
  ついに当地も「梅雨入り」したという。
▼現在進行形と言えば、大地の動きもそうだった。
「雲見」画像左端のあの山(日光寺山:標高408m)の上からフズリナの化石が見つかるという。
太古の海の底にたい積したフズリナの化石がである。
と言うことは、あの山は昔海の底だったということを意味する。
俄にはなかなか信じがたいことだ。山はずっと山だったわけではないのだ。
我々の暮らす大地も刻々と現在進行形で変化しているのだ。
これは知識として知ってもなかなか実感が伴わなかった。
 しかし、これこそが【大地の動きをさぐる】の学習においても最大のねらいだった。
だから、サブタイトルも次のようにしていた。
Daichitytle

▼とは言ってもなかなかピンとこなかった。
時間のスケールがちがいすぎるのである。
 「雲見」ならば、目の前で刻々と変化するから「現在進行形」は納得できても、「何百万年前、何千万年、何億年前に…」と言われてもなかなか…?(゜_。)?(。_゜)?
 私にもこれならわかるというものがあった。それがテフラ時計だ。
 火山灰はほぼいっときに降る。その火山が噴火したときがわかっておれば、地層のなかに「火山灰層」がはさまっておればそれで、その地層の年代がわかる。その「火山灰層」より上の地層は火山噴火より後、下ならば火山噴火より前ということになる。いわゆる「鍵層」と言われるものだ。
 これなら私にもわかる。私はAT(姶良火山灰)に夢中になった。

◆科学読み物「姶良火山灰を追え」

▼姶良カルデラ(鹿児島湾・桜島)にも行ってみた。
その後も、全国各地に姶良火山灰を追いかけた。ネットを利用して各地の情報を教えてもらったこともある。
そして、灯台下暗し!!である。
自分の暮らす地域でもみつけたのである。

◆福崎町の姶良火山灰 
 
そう、この学習の醍醐味は
・現在進行形であること
・自分の暮らす地域のことであること
ここにある。

大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから10週目であった。池の水面は大きな浮葉が何重にも重なりはじめていた。いよいよ立葉も現れはじめた。
 水栽培池の方は、立葉の林のようになっていた。

(つづく)
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6月(水無月)の俳句「歳時記」!!

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▼地球が一回転したら、そこにはまったくちがった「雲見」が展開されていた。
巻雲、巻層雲などの上層雲が目立つようになっていた。

やっぱり「ふしぎ!?」で面白い!!

「観天望気」の科学は!!

▼私の「観天望気」第三弾に入ろう。
例によって、今月も

◆『書いて身につく 四季の名句120選』(鍵和田秞子著 NHK出版)

から引用させてもらおう。

(1) 渡りかけて藻の花のぞく流れかな 凡兆
(2) 梧の葉に光り広げる蛍かな    土芳
(3) さみだれのあまだればかり浮御堂 阿波野青畝
(4) 頭の中で白い夏野となつてゐる  高屋窓秋
(5) 天上も淋しからんに燕子花    鈴木六林男
(6) 紫陽花剪るなほ美しきものあらば剪る 津田清子
(7) 揚羽より速し吉野の女学生    藤田湘子
(8) くつろいで髭もそよろと油虫   本井 英
(9) やはらかき母にぶつかる蚊帳の中 今井 聖
(10) 百年はみじかし柿の花      藺草慶子

▼名句中の名句だからシロウト評など恥ずかしい限りだが、やっぱり自分の好みというのはある。
私の選んだベスト3は次の3句だ。

(10) 百年はみじかし柿の花      藺草慶子

(2) 梧の葉に光り広げる蛍かな    土芳

(9) やはらかき母にぶつかる蚊帳の中 今井 聖

 庭の柿の木の花はポロポロと落ちてもう残りわずかとなってしまっていた。
「歳時記」で時空の瞬間を掬い取るという試みははじめたばかりだ。
道ははるかに遠い。
でも遠いことは諦める理由にはならない。
▼ これで「観天望気」3つの手段=「雲見」「天気コトワザ」「歳時記」がそろった。
これらを駆使して、6月の空を「科学」しよう!!

「観天望気」は誰でもいつでもすぐはじめることのできるすぐれた「科学」である。
事実を持って証明したいものだ。
さあ、今日はどんな「雲見」ができるだろう。 o(^o^)o ワクワク
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6月(水無月)の天気コトワザ!!

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▼コガネグモの「X」字の「隠れ帯」がみごとであった。
「隠れ帯」は、ほんとうはどんな役割をしているのだろうか?昨日の朝の段階で3匹のコガネグモが私の「クモ園」に登場していた。
 日射しは強かったが、北からの少し冷たい風も強かった。
午後、東の空に見覚えのある雲底のそろった連なる積雲がみられた。
連なる雲底の意味するところは?
 一見関係なさそうに見える「ふしぎ!?」をツナゲテ考えてみる。
 6月の私の道楽研究のテーマは
「クモ学」と「観天望気」
とする。
▼私の「観天望気」第二弾・天気コトワザに入ろう。
参考にさせていただくのはいつものように

◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)

だ。番号はあがっている順番に私が勝手につけさせてもらった。

(1) 西の虹は晴れる
(2) 山に鉢巻雲がかかれば雨となる
(3) 朝グモの巣に水滴ついていれば晴
(4) アオイの花が頂上まで咲けば梅雨晴れる
(5) 子供が騒ぐと雨
(6) 波状雲が出ると雨の兆し
(7) 鳥類が木の高所に巣を作る年は洪水あり
(8) 尾曳すじ雲は雨の兆し
(9) 梅雨の初めに雷鳴あれば空梅雨となる
(10)北風が南に変わると雨、南風が北に変わると晴
(11)梅雨期に小雨ならば豊作
(12)山に帯雲が見られると雨
(13)頭痛・神経痛・腰・関節・古傷などが痛む時は雨が近い
(14)頭髪が常より伸びるのは雨の兆し
(15)梅雨に夕立雲が出れば日照り
(16)セキレイが水辺遠く巣くう年は洪水あり
(17)夜鳴る雷は長雨
(18)南が西に廻って雨となる
(19)富士さんが笠をかぶれば雨
(20)富士山に隈取雲が現れると天気悪くなる
(21)朝富士に夕筑波
(22)雲が北に飛ぶと晴れる
(23)早朝の俄雨は必ず晴れる
(24) アマガエルが低いところにいれば晴
(25) 六、七、八月ごろ南東に株虹が出れば干天続く
(26) クモの巣が朝かかっていると天気がよくなる
(27) 梅雨中の雷は晴近し

▼27個のなかで
・「梅雨」…3個
・「雨」…11個
・「雷」…3個
登場する。アタリマエだが6月最大のキーワードは「梅雨」である!!
「梅雨とは」
「梅雨前線とは」
どこまで具体的な「大気の動き」をイメージできるだろう?
そこが鍵である。これからも使いモノになる天気コトワザをみつけることができるだろうか。
▼道楽研究テーマにこだわってみる。
クモが2つ登場していた。
(3) 朝グモの巣に水滴ついていれば晴
(26) クモの巣が朝かかっていると天気がよくなる
それなりに、納得できる。でもなにかが物足りたい。
 いずれも、人間の側から見た「巣」(網・ネット)に関連してのものだけだ。
 もっと「クモ学」の側から踏み込んだものをつくることはできないものだろうか。
4億年も前からこの地球上に暮らしている生きものの大先達としてのクモ!!
きっと驚異の「観天望気」の術を持っているにちがいない。
それが知りたい!!

シロウトならではトンデモ推理である。

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6月(水無月)の 「雲見」は!?

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▼6月(水無月)がはじまっている。
 6月の「雲見」を考える前に、もくもくシールによる「雲見」カレンダーで5月の空をふりかえってみる。
 貼り付けたシールの数をカウントしてみた。

・快晴   5
・巻雲   3
・巻積雲 3
・巻層雲 4
・高積雲 1
・高層雲 4
・層積雲 1
・積雲   3
・層雲   1  
・乱層雲 4
・積乱雲 2

10種雲形が出揃った月であった。
▼さて6月(水無月)の「雲見」はどうなるだろう?
いつも参考にさせてもらっている二つのものをみてみよう。
まず

◆気象庁・一か月予報(近畿地方PDF版)

である。
当然であるが、暖かくなり雨が多いようだ。
6月と言えば「梅雨」である。梅雨入りはいつなんだろう?
▼もうひとつの参考にさせてもらうのは


◆『12ヶ月のお天気図鑑』(武田康男・菊池真以著 河出書房新社 )

である。

いつものようにすばらしい画像を見せてもらう。
6月の画像タイトルをリストアップしてみる。

「夏の満月」
「梅雨空」
「驟雨」
「朝もや」
「夏至」
「梅雨の中休み(五月晴れ)」
「紫外線」
「さば雲」
「麦秋」
「山雲」
「雨上がり」
「環水平アーク」
「暖湿流」
「夜光虫」
「短い夜」

見せてもらいながら思った。ここに6月「雲見」のキーワードが出ているなと。
大気はたっぷりと水蒸気を含んでいる。
そして、太陽高度はいちばん高くなっている。
だからこそ見えてくる空がある!!
「環水平アーク」ぜひとも見てみたいものだ。
▼「雲見」とはほんとうに面白い作業だと思う。
なんとも簡単で、奥の深い「科学」である。

 自然観察の第一歩は「雲見」から!!

ずっとずっと主張しつづけたいことだ。

「雲見」の旅も面白い。
ここしばらく出ていないので、今月は考えてみたいな。
下手なシャレではないが「クモ見」も忘れたくないな。
さて…。
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本日(2016/06/01)、第130回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼もうそこにはあのケホウグモはいなかった。4/29に二年ぶりに再会できて有頂天になっていた。
今回もたくさんのものを見せてもらった。夏の夜の観察が益々楽しみだった。
ところが消えてしまった。今回はたった一ヶ月のつきあいで。(まだ完全にはあきらめてはいないが)
 少し心が萎えていた。ところが、うそのような真の偶然が起きた!!
まるでそのゲホウグモとバトンタッチするかのようにコガネグモが登場したのである。
 さっそく「狩り」をしていた。
それも驚くべきことに一匹だけでなかった。次々とアタリマエのように、私の「クモ観察園」に登場してきたのである。
▼本日(2016/06/01)は、第130回オンライン「寅の日」である。
6月のテーマも4月、5月に引き続き 寅彦の「観察眼」でいきたい。
【6月のテーマ】  寅彦の「観察眼」
 寅彦だったら、このクモの世界をどう観察していただろう。クモについて書いた随筆をさがしていた。
そのなかでみつけたのが、今回の「蓑虫と蜘蛛」である。

◆本日(2016/06/01)、第130回オンライン「寅の日」!!

●「蓑虫と蜘蛛」(青空文庫より)

▼寅彦の「科学読み物」はなぜ面白いのか?
国語教科書で頻繁に取り上げられてきたのはなぜか?
 私なりに作業仮説をたててみた。

(1) 「物語」がある。
 どの作品にもストーリーがあった。「物語」性がある。
 単なる観察したこと報告ではない。ひとつの作品を読むだけで、何冊もの「絵本」を読んだような気分になるのである。

(2) 観察の描写が具体的である。
 きわめて具体的に描写することによって、読者自らが観察をしているような気分にならせるのである。
これは、寅彦の「観察眼」だけでなく、巧みな文章力・表現力によるものだろう。

(3) 興味・関心を喚起するものがある。
 自分でも「観察してみよう」という気持ちにさせてくれる。

▼なんとも変な読み方であるが、今回は自分で立てた作業仮説に沿わせるように読んでみた。
そして、勝手に納得するのだった。
 ときどき挟み込まれる寅彦のモノローグが面白いと思った。

そして自分自身の生活がなんだかこの虫のによく似ているような気のする時もあった。
ある蜘蛛が、ある蛾がの幼虫であるところの簔虫の胸に食いついている一方では、簔虫のような形をしたある蜂はちの幼虫が、他の蜘蛛くもの腹をしゃぶっている。このような闘争殺戮さつりくの世界が、美しい花園や庭の木立ちの間に行なわれているのである。人間が国際連盟の夢を見ている間に。
 
つまりわれわれの先祖が簔虫みのむしや蜘蛛の先祖と同じであってもいいような気がして来る。

 昨日朝のクモ散策の最後に見たことないようなクモを「発見」したと思った。近づいてじっくり見たらそれは「抜け殻」だった。
 6月に入った。私のクモ観察も次なるステージに入ったようだ。
 寅彦の「観察眼」に大いに学びながら、観察を続けたいものである。
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