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新・中学校「理科」を構想する。(6)

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▼大賀ハスの葉の上に嵐の「雨」が残っていた。
青空が回復してきた!!
 それにあわせて、生きものたちも復元していた。
まるで何事もなかったかのように…。
ゲホウグモはまたしても「古びたナンテンの実」になりすまそうとしていた。
自然のレジリエンス!?

自然の「ふしぎ!?」はツナガッテイル!!
▼私の「ふしぎ!?」から私の「科学」への全プロセスの構想。
粛々と続けよう。
【植物の世界】の次は【物質の世界】を探検してみよう。
2010年にも構想したことがあった。それが

◆【物質探検】

だった。
▼さらに具体的には次のように構想していた。

○序章
・世界の三大物質
・金属の三大特性
・「火ぜめ」「電気ぜめ」「磁石ぜめ」
・有機物と無機物
・プラスチック
・実験器具の扱い方<技術と安全>
●「気体」の学習
・物質としての「気体」学習
●【三態変化】
・酸素の固体は?鉄の気体は?
●「溶解」
・溶解は化学変化の第一歩

このなかで【気体】【溶解】【三態変化】を私は勝手に物質探検三部作とよんでいた。
▼「物質探検」を貫く「科学」があると思っていた。
それは
 どうしても身につけておきたい「物質観」でもあった。
 「この世界のすべてのモノは、原子からできている」というきわめて単純でもっとも重要な「物質観」である。
 それを仮に
原子論的物質観!!
 と呼んでおこう。

 私は、どうしてもここで引用しておきたい文章があった。
またしても、寺田寅彦である。
 科学者・寺田寅彦は「ルクレチウス」を読めと若き科学者たちに熱く語りかけた。
そして、

◆「ルクレチウスと科学」(青空文庫より)

を書いた。
その「緒言」からいくつか言葉を拾ってみる。

それほどにルクレチウスの中には多くの未来が黙示されているのである。  要するにルクレチウスは一つの偉大な科学的の黙示録(アポカリプス)である。そのままで現代の意味における科学書ではもちろんありうるはずがない。もしこの書の内容を逐次に点検して、これを現在の知識に照らして科学的批判を試み、いろいろな事実や論理の誤謬(ごびゅう)を指摘して、いい気持ちになろうとすれば、それは赤ん坊の腕をねじ上げるよりも容易であると同時にまたそれ以上におとなげないばかげた事でなければならない。 ヨハネは目的の上からすでに全然宗教的の幻想であるのに反して、ルクレチウスのほうは始めから科学的の対象を科学的精神によって取り扱ったものである。彼の描き出した元子の影像がたとえ現在の原子の模型とどれほど違っていようとも、彼の元子の目的とするところはやはり物質の究極組成分としての元子であり、これの結合や運動によって説明せんと試みた諸現象はまさしく現在われわれの原子によって説明しようと試みつつある物理的化学的現象である。

「原子論的物質観」のルーツがここにあるというのだ。
さらにホンモノの科学者はみんなルクレチウスの末裔であるという。
 あのファラデーまで登場させていた。

古代の哲学者が元子の考えを導き出したのは畢竟(ひっきょう)ただ元子の存在を「かぎつけた」に過ぎない。そして彼らが目を閉じてかぎつけた事がらがいよいよ説明されるまでには実に二千年の歳月を要したのである。 真理をかぎつける事の天才はファラデーであった。

そして、今、「ルクレチウス」を読むことの意義を次のように語っていた。

十九世紀二十世紀を予言した彼がどうしてきたるべき第二十一世紀を予言していないと保証する事ができようか。今われわれがルクレチウスを読んで一笑に付し去るような考えが、百年の後に新たな意味で復活しないとだれが断言しうるであろうか。

寅彦がこう書いたのは1929年(昭和4)、今から87年前のことであった。
今、「原子論的物質観」について語りはじめようとしたら、つい思い出してしまったのだった。
 
(つづく)
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