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「予想」と科学教育(4)

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▼春の「雲見」は、「予想」して観察するというのがなかなかむずかしかった。
刻々とちがう種類の雲が登場してきた。
ときには「春雨」まで降ってきた!!
 「予想」はむずかしいが楽しいものである!!
 それはいつの「雲見」でもかわらなかった。
▼何日ぶりかに

●1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』p82より 国土社刊) 

を続ける。庄司和晃氏が4つ目の具体例にあげたのは次のものだった。

 「理科教育における「予想・仮説」着目史」
§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
◆細谷純・永野重史・新田倫義「理科ノート方式による授業の創造と研究」(『学習心理』第4巻第4号、小学館 1963年7月)

 私自身がいちばん興味深く読んだのもここの部分だった。
▼庄司和晃氏はどのように注目したのだろう?
すこし長くなるが引用させてもらおう。

 この「理科ノート方式」というのは、”授業の研究”はかくありたし、という立場から生み出されたものである。新たな授業研究の方法を提示したものとして注目に値しよう。「授業研究における《見る》立場を否定し、《創る》立場を主張してきた」成果である。すべての考えが集約的に反映するという点ではもっとも苦労する教案=指導仮説(理科ノート)をみずから手がけて作成し、それを実地に検証していく、というきわめて実践的な授業の研究である。
 直接的に、自然科学教育をうんぬんしようとして発想されたものではないが、結果的には自然科学教育に対して大きな道を開いたといえよう。

▼私にはこの文章を読んですぐさま想起する一文があった。
それは、細谷純氏自身が、「理科ノート方式」提案からほぼ10年後に書いた文章だった。

◆1974年 『極地方式入門』(高橋金三郎・細谷純編、国土社1974.3.20) 「6 ”テキスタイル”化」p174

 ”テキスタイル”ということばは、いつとはなしに造り出され、使用されるようになった。”わたしたち”の造語である(textile=織物ではなくて、text+style=textyleである。)”わたしたち”が教えたい、わかってほしいと願う事柄がきまったからといって、それはまだテキストではない。テキストは、発問と、資料と、実験と、読み物などで構成されるが、とりわけ、どんな発問を、どんな順序で用意するかが重要である。いや、内容がきまってから「さて発問は?」というのでなくて、事例に関する発問、事例を法則の支配下に位置づけさせる発問、等を考える過程の中で、”わたしたち”の中に次なる内容が求められ、獲得されていくのである。(『極地方式入門』(高橋金三郎・細谷純編、国土社1974.3.20) p174より)

 ”テキスタイル”というキーワードで、私のなかでいっきょに
「歴史」はツナガッテイク!!
のだった。もはや、これは過去の「歴史」の話ではないのである。

(つづく)
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