「予想」と科学教育(7)
▼雨は生きものに活力を与える。
雨があがった朝、いつものコースを歩いてみた。生きものたちは今までにましていきいきしていように見えた。
急に「成長」していた!!
と思った。冬から毎日その展開を楽しみに観察しているものがあった。
それは牡丹の花である。
あの巨大な花がどのようにして「成長」するのか「ふしぎ!?」だったからである。
昨日の朝、急激に膨らんできたように見えた。
小さなカタバミの花も…。
瓶のなかに居座り続けるクモも…。
▼ずいぶん時間をかけて読み続けてきた
◆1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』p82より 国土社刊)
「理科教育における「予想・仮説」着目史」
はじめに
§1. 仮説実験授業を発想したひと
§2. 着目史その1 - 新学習過程
§3. 着目史その2 - 理科実践論
§4. 着目史その3 - 予想実験をさせる授業
§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
§6. 今後のことなどを含めて
であるが、今回読み返してもやっぱり面白かった!!
ほぼ半世紀前のこの文章。
「日本理科教育史」にとって、もっとも注目に値する論考だと思う。
いや、そんな大きなことを言わなくても、私の「理科教育史」に重要な位置を占める論考であることは間違いなかった。
▼この論考の最後「§6. 今後のことなどを含めて」を次のようにしめくくっていた。
理科教育における予想・仮説のもつ意味あいはゆるがせにできない問題である。単なる科学の方法としての位置にとどまることなく、基礎的な諸概念の習得・適用とか科学的認識の成立とかに密接不可分に結びつく重要なことがらであると考えられる。そういう点からいってもこうしたアプローチの必要性がある、といってよいのではなかろうか。
なんと示唆的な!!
▼庄司和晃氏自身は、この後あの「のぼりおり」認識論=「認識の三段階連関理論」にいたるのである。
そして、「コトワザ教育」等にも力を注ぐのである。
さらにはそれらすべての取り組みを含める「全面教育学研究会」展開にいたるのだった。
私は、ずっと柳田國男と理科教育を結びつけてくれた人、「常民の科学」にあたたかいエールをおくってくれた人として庄司和晃氏に感謝し、尊敬もしていた。一方的に惚れ込んでいた!!
30年近く手紙等の交流がありながら、まだ直接お会いしたことがなかった。
今回のこの論考のことも含めて、いくつかの質問を用意して、2013年4月13日庄司和晃氏に会いにいった。
ていねいに質問に応えてくださるばかりか、宿題までいただいた。
感動であった!!
次なる質問も用意しようと思っていた。なのに
昨年(2015年)5月、哀しい知らせを聞くことになってしまった。
これからも書き残してくださったものから学び続けたいと思う。 合掌


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