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あのゲホウグモが帰ってきた!! #クモ学

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▼昨日(2016/04/29)の朝、私はいささか、いやかなり興奮していた。
いつもの朝の散策に出かけようとしたときだ。
庭のナンテンの木にそれがぶら下がっていた。

繭玉の上端がきれたような白い塊、表面の黄色い糸くずのようなもの!! 

確かに見覚えがあった。
それは2年前、138日もつき合ったゲホウグモの「卵のう」だ。
まちがいない!!
▼興奮する気持ちを抑えながら、朝の散策にでかけた。
散策のあいだ、138日間のゲホウグモの姿を思いかえしていた。
・産卵
・「卵のう」
・狩り
・団居
・「蜘蛛の子を散らす」
・バルーニング
・毎日更新するネットづくり
・みごとな糸技の数々
・早朝の店じまい
等々
もうすっかり彼女のファンになった。
それだけではなかった。「クモ学」に夢中にさせてくれた!!
でもおかしいと思った。
「卵のう」だけが、忽然とそこに出現するわけがない。
あそこに産卵した彼女がいるはずだ!!
散策から帰って、そこに行ってみた。
「卵のう」の周辺をていねいに捜して見た。
やっぱり 居た!!
「卵のう」から20㎝ばかり離れたところに、ナンテンの幹に!!
体育座りのように脚を折りたたみ、まったく木瘤のようにして幹に完全に同化していた!!

あのケホウグモが2年ぶりに帰ってきたのだ!!

▼昼になっても気持ちが落ち着かなかった。
何度も何度も見に行った!!
彼女はまったく同じ姿勢のまま少しも動いていなかった。
いろんな角度から写真も撮ってみた。
まちがいない。なつかしさすらおぼえるその姿だ!!
夕方になって、西日がさし「卵のう」の黄色い糸くずが輝いていた。
▼夜になった。
2年前の観察から、夜の8時半ごろ行動を開始することを知っていたので、その時間に行ってみた。
やっぱり動いていた!!
仮のネットのようなものをつくっていた。
あいかわらずみごとな糸技だ!!
まだ産卵をつづけるのだろうか、それとも…
9時前には、定位置にもどった。

ゲホウグモの再会はとてもうれしい!!
同時に「なぜ!?」という「ふしぎ!?」が次から次と噴き出してきた!!
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新・中学校「理科」を構想する。(5)

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▼雨が降ったりやんだりするなかではあったが、加速化していた牡丹の花が全開に達した!!
たしかにみごとなものである。
 今年は、これまでになく入念にここまでの展開を観察してきただけにその美しさもひときわである。
 同時にやっぱり植物はすごい!!
と思うのである。
「花」「種子」というこんな戦略を編み出した植物を!!
この後も、「種子」にいたるプロセスもしっかり観察を続けたいと思う。
▼唐突であるが、寺田寅彦のあの言葉を思い出した。

顕微鏡で花の構造を子細に点検すれば、花の美しさが消滅するという考えは途方もない偏見である。花の美しさはかえってそのために深められるばかりである。花の植物生理的機能を学んで後に始めて充分に咲く花の喜びと散る花の哀れを感ずることもできるであろう。(「科学と文学」より)

▼「花」だけでもいろんな種類があった。
実に多様である。
「花」「種子」という戦略をとらない植物もいる。コケ、シダの仲間である。
「胞子」という戦略だってたいしたものだ!!数で勝負だ!!
現に今目の前に「生命」をつないできているのだから…
分類・仲間分けも
「個体維持」(光合成)

「種族維持」(生命をツナグ)
いう2つの視座をもって見ていけば納得だ!!
植物のすごさがなお見えてくるはずだ。
▼先日来ぼちぼちとやっている「草刈り」のときあの授業のことを思い出した。
【授業】「スバヤ型」と「ジックリ型」
だ。ほんとうにイネ科の植物の生長ははやいのだ!!
このあいだ刈ったと思ったのに、もうはやくも伸びてきているのだ。
きっときやつらの根は「ひげ根」だろうなと想像してしまうのだった。(^^)V

「雑草という名の植物」しかしらないところからはじめた私の「植物学」。
まだまだ知らないことだらけだ!!
しかし、【植物の世界】の授業を通して、自分自身
植物がとても面白い生きものだと思えてきた!!
植物は凄い!!とも
「ふしぎ!?」は膨らむいっぽうだが…

生涯お世話になる生きもの「植物」!!
これからもいろいろ教えてもらいたいものだ!!ヨロシク<(_ _)>
(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(4)

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▼私はひとつの植物に限定して、長い間その「ふしぎ!?」を追いかけていた。
それがヒガンバナの「ふしぎ!?」だった。
 主には2つあった。ひとつはヒガンバナは花の見られ時には葉を見ることができない。葉が見られる時に は花は咲かない。ふつうの草花とちょっとちがっていた。
 「ふしぎ!?」だ!!
 そこにヒガンバナの一年をかけたみごとな戦略があった。
 定点観察地のヒガンバナは今、カラスノエンドウ包囲網のなかスギナやドクダミの侵略も受けながら<葉の季節>を終えようとしていた。
 引っ越し組についても同様だった。
▼もうひとつの「ふしぎ!?」があった。
 それはあんなみごとな花を咲かせるのに種子をつくらないという「ふしぎ!?」だった。
日本のヒガンバナは3倍体であり、分球によって殖えるから種子をつくらないという。
ほんとうだろうか?
すんなりと納得できなかった。
「あんなにたくさんの花を咲かせるのだからなかには…」という思いがあった。
 長年「自然結実」するヒガンバナを追い続けた。
ついに2013年~2015年、三年連続して「自然結実」する群落の発見をした。
そして2014年採集の種子から3つ「発芽」「出葉」まてこぎ着けた!!(現在まだ出葉中)
 ところが、2015年採集の大量の種子は、現在カビにやられてしまい、「発芽」の気配はない。
 なにがまずかったのだろう?
 これまでの作業仮説に軌道修正の必要があるのだろうか?
 まだまだこちらの「ふしぎ!?」は続きそうだ。
【植物の世界】の「ふしぎ!?」もヒガンバナと同様に2つの主文脈から構成されていると思っていた。
「個体維持」と「種族維持」である。
「個体維持」の謎解きのキーワードは「光合成」!!
「種族維持」の謎解きのキーワードは「花→種子」!!
「種族維持」は植物に限らず生きものの絶対命題である。
「仲間をふやす」ということを継続してこなければ、今、目の前の「生命」はないのだから。
▼自然は最高の教科書!!
この事実は教科書からだけ学ぶのだけでなく、自然そのものから大いに学びたいものだ。
大型連休には入る。
タンポポの綿毛!!
 そこらにころがっている容器に水で濡らしたティシュを敷いて蒔いてみたらどうだろう。
ほんとうに「発芽」するかな。他の植物たちではどうだろう。

【タンポポの研究】
はそんな取り組みだった。

(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(3)

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▼今年は、いきなり畑に直播きにしていたヒマワリの種子。
やっと芽が出てきた!!
少し集中して播きすぎたのかもしれ知れない。
 はじめてこんなにじっくり観察する牡丹の花の展開も加速してきた!!
それにしても不思議なもんだ。植物たちとは…。
 このエネルギーはどこからやってくるのだろう。
▼私の「ふしぎ!?」から私の「科学」への全プロセスを構想する!!
を続けよう。
 まずは、【植物の世界】からだった。
生徒の「ふしぎ!?」にこんなのがあった。

・雑草などは、なぜあんなに丈夫なのか。家などで育てている花などは、肥料などが必要で水も毎日あげなけなきゃいけないけど、雑草は、ふまれても丈夫で水も雨の日くらいしかもらえないのに、あんまり枯れずに丈夫なのが不思議だ。

 そう誰もが一度は「ふしぎ!?」に思うけど、いつのまにかアタリマエ!!にして置き去りにしてしまっている「ふしぎ!?」があった。
▼それが、実は植物のいちばんすごいところなんだ!!
生きもの植物の最大の特徴は「独立栄養」(自前で栄養をつくってしまう。)だ。
だから
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となるんだ。
 これが、【植物の世界】における私の主文脈であった。
その文脈にそって「植物の世界」テキスト+解説(1983.8版)もつくった。
▼それからでもずいぶん時が経ってしまった。
私の文脈は変わったのだろうか?
変わらなかったのだろうか?

結論から言うと主文脈あまり変わっていない。
その「不易」な部分とは 思いつくままに…

・植物は自分で栄養をつくる生きものである。だから食べる必要がない!!
・栄養をつくる営みを「光合成」という。
・「光合成」は光のエネルギーが必須!!
・「光合成」の原料は水と二酸化炭素。だから水も必須!!
・「光合成」によって栄養をつくり、酸素を排出する。地球上の酸素は植物たちがつくった!!
・「光とり競争」の現場へ!!(野外観察!!)
・「つる植物」合理性!!→ 「ずる植物」!?

(つづく)
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本日(2016/04/26)、第127回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼でもやっぱり「ふしぎ!?」だ!!
 ここのところ連日のように「日暈」を見る。見え方は日によって少しちがっていた。
とても長時間みえることもあるし、ほんのわずかな時間のときもある。
一度消えて、また再びなどということもある。
 こんなに屢々見られるのはそれだけ大気中の水蒸気が増えて来たということだろうか。
 それにしてもやっぱり「ふしぎ!?」だ。
 やっと頭の中で「日暈」が見られるためにはあの雲が「巻層雲」であり、氷の粒(氷晶)でできていなければならないとわかりはじめた。少しわかりはじめたらなおさら「ふしぎ!?」に思えてきた。
 こんなに暑いぐらいになってきたのに、わずか7000メートルほど離れたところに氷の粒が…(・_・)......ン?
 こんなときは、やっぱり寅彦のコトバを借りよう。

「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」

▼今日(2016/04/26)は、その寺田寅彦を読む日だ。
第127回オンライン「寅の日」である。
4月のテーマは 寅彦の「観察眼」 である。その第三弾で「思い出草」を読む。

◆本日(2016/04/26)、第127回オンライン「寅の日」!!

●「思い出草」(青空文庫より)

▼今回は、テーマ 寅彦の「観察眼」 そのものから少し離れるのかも知れない。
科学者・寺田寅彦は「観察したこと」をそのままでは終わらせなかった。
観察したことを記録化し、表現した!! そのひとつが「俳句」だった。
俳句の手ほどきを受けた漱石先生の句

「落ちざまに虻(あぶ)を伏せたる椿(つばき)かな」

にこだわり、あの有名な「椿の花の落下実験」に発展させ読み解こうとした。
そして言った。

自分はこういう瑣末(さまつ)な物理学的の考察をすることによってこの句の表現する自然現象の現実性が強められ、その印象が濃厚になり、従ってその詩の美しさが高まるような気がするのである。

▼「俳句」そのものについてもこう語っていた。

俳句がいわゆる「不易」なものの一断面「流行」の一つの相を表現したものである以上、人の句を鑑賞する場合における評価が作者と鑑賞者との郷土や年齢やの函数(かんすう)で与えられるのは当然であろう。

そして、こうしめくくっていた。

自分でだんだん年を取ってみるとやはりそのむしろ科学的な真実性に引きつけられ深く心を動かされるようである。

観察者・寺田寅彦の軸足はつねにぶれることなく「科学」にあった!!

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【Web更新4/24】16-17 オンライン「寅の日」 等更新!!

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草刈機 唸りはじめて 葱坊主 16/04/22 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-17
週末定例更新のお知らせ
 私たちはどこに暮らしているのか?
そんなアタリマエをあらためて考えてしまう一週間だった。

◆表紙画像集2016 更新 葱坊主
 田んぼの畦、土手の草がまるで申し合わせたかのごとく一斉に伸び始めた。
そこかしこで草刈機のエンジンが唸りはじめた。
 私も遅れながら後を追ってはじめた。
 草刈りもなかなか面白い「自然観察」だ。
名前も知らない草花、植物だけでなかった昆虫、蜘蛛、小動物たちもそこに暮らしていた。
 見上げれば「雲見」も…
 目を畑にやれば、葱坊主が佇立していた!!

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 寅彦を訪ねる旅から一週間が過ぎた。
まだまだ反芻作業のなかにいた。
 寅彦には汲めども汲めども汲み尽くせぬものがある。
けっして「過去」ではなく、「今」と「これから」がある!!

◆サイエンスコミュニケータ宣言 更新!!
 飽きることなく繰りかえそう。サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」確認作業!!
またしても引っぱり出してくる5つの座標軸。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
当面は、(3)に集中してみようと思う。
 私の「ふしぎ!?」から私の「科学」へ の全プロセスを追ってみたい。

 この一週間が終われば4月が終わり、2016年の1/3が終わってしまう。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!
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新・中学校「理科」を構想する。(2)

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▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから4週目だった。
二枚の葉芽が葉をひろげようとしていた。やがて浮き葉となっていくのだろう。
水栽培池では壺の池Cの展開が顕著であった。葉が重なり合い我先にと朝日を受けようとしていた。
たった一週間でもその生長は目を見張るものがあった。
 観察池のとなりの石垣ではナガミヒナゲシのパラボラアンテナが目立つようになってきた。
 観察を続ける牡丹のつぼみは益々豪華な展開を予見をさせてくれていた。
 やっぱり植物も生きている!!
▼そう言えば、今日(2016/04/24)は先日訪れた牧野富太郎の生まれた日だ。それにちなんでの「植物学の日」だ。(「マキノの日」とも)
 牧野富太郎で「植物学」と言えば、やっぱり真っ先に思い出すのは「赭鞭一撻」だ。牧野が若い頃にまとめた「勉強心得」だそうだが、これは現代にも通用することばかりだ。
 それにしても若い頃にこんなものを…!!
▼「新・中学校「理科」を構想する」も、それにちなんで『植物の世界』からはじめてみようと思う。
すすめながら、気づけば軌道修正をするというふうにやっていこうと思う。
 それこそ牧野富太郎風に言うなら「雑草という名ばかりの植物」しか知らなかった私の「植物学」はどう変わってきたのだろうか。
いや変わらなかっただろうか?
 実践DBには
◆【植物の世界】としてまとめていた。
▼そのサブタイトルは
Shokusubtytle

だった。
 なにを「ねらい」として
 どんな授業を展開しようとしてきたのだろう?
 そして、私の「植物学」は深化・進化しただろうか?

(つづく)
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新・中学校「理科」を構想する。(1)

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▼「雲見」はやっぱり私の最高の道楽だ!!
なんの準備も入らない。
「こうでなければならない」なんていっさい無い。
いつでも どこでも
きわめて気まぐれに、気がむいたときに空をみあげるだけ。
なぜ面白いのだろうか?
それはきっとそこに、まだ解けない「ふしぎ!?」がいっぱいあるからにちがいない。
▼私の「ふしぎ!?」からはじめる授業びらきのことを書いた。
そしたら、それにツナガル授業のことを書きたくなってきた。

私の「ふしぎ!?」から 私の「科学」へ!!

これが、「理科」の授業の究極の「ねらい」だと思っていた。
「ねらい」だけがあってもなにも生まれない。
そのプロセスが問題だ。
いや問題というより、それが醍醐味である。
私自身の私の「科学」も、中学校「理科」の授業のなかから生まれたものである。
それは確かである。
▼これまでに私は拙い授業実践を
◆実践DataBase
としてまとめていた。
 ここでは、中学校「理科」の全単元・全授業にふれていた。
うまくいったこと、失敗したこと関係なくすべてを記してきたつもりである。
今から読みなおしてみると少し恥ずかしく赤面するところも多々あるが…(^^ゞポリポリ
 これ以上でもこれ以下でもない。
 これがすべてだ!!
 教材ということでは
◆新・私の教材試論
としてまとめてきた。
最近はあまり更新をしていないが…
▼これらの取り組みは直接現場にいるときに限ろうと思っていた。
 しかし、今 「サイエンスコミュニケーター」として、中学校「理科」を見つめなおしたくなった。
6年ほど前に<「中学校「理科」を構想する」と題して取り組みかけたことがある。
 それからずいぶん時間が経ち、状況もかわってきた。
 そこであらたに「新・中学校「理科」を構想する。」と題して取り組んでみたい!!
とは言っても気まぐれにだ。
 面白くないと思うとすぐやめてしまうかも知れないし、いつまでもダラダラやっているかもしれない。
まずは、はじめてみる!!

(つづく)
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2016年5月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼昨日朝方、まだ雨は降っていなかった。
朝の散策にでかける前に庭の牡丹を見た。
またまた成長していた!!着々と巨大な「華」に近づいていた。
大賀ハスの「あこがれの4日間」にくらべるとずいぶん長い時間をかけての営みである。
どうやらどの花にも固有の時間を持っているようである。

「活動写真」ではじめて「菊の生長」を見た寺田寅彦は、「春六題」のなかで次のように言っていた。

私はなんだか恐ろしいものを見たような気がした。つまらない草花がみんな「いきもの」だという事をこれほど明白に見せつけられたのは初めてであった。
 日常見慣れた現象をただ時間の尺度を変えて見せられただけの事である。時の長短という事はもちろん相対的な意味しかない。蜉蝣(かげろう)の生涯(しょうがい)も永劫(えいごう)であり国民の歴史も刹那(せつな)の現象であるとすれば、どうして私はこの活動映画からこんなに強い衝動を感じたのだろう。

 ひょっとしたら、後に映画にはまっていくきっかけはこのあたりにあったのかも知れない。
それにして、寅彦のモノを観る眼はたいしたものだ。
▼その寅彦を読むオンライン「寅の日」、5月の予定゛が少し遅れてしまっていた。
4月は、それこそ寅彦の「観察眼」をテーマにやってきた。
 実に面白い!!寅彦の「観察眼」はするどかった。それだけではない、観察したことを巧みな文章で「記録化」していくれていた。アリガタイ!!
 5月も同じテーマ 寅彦の「観察眼」の続投でいきたい。
◇ 5月のテーマ 寅彦の「観察眼」
5月は2回ある。

■2016年5月オンライン「寅の日」
◆第128回オンライン「寅の日」 …5/08(日)
◆第129回オンライン「寅の日」 …5/20(金)

▼では具体的に何を読むのか。
 先日お聴きした山田功先生の講演「寺田寅彦作品と国語教科書」は、とてもいいヒントになった。
寺田寅彦作品(随筆・手紙)は、長い間「科学読み物」の定番だった
この事実に大いに勇気づけられた。
教科書に取り上げられた作品のリストをいただいていた。
 このリストにあがっている作品はいずれも、寅彦の「観察眼」に関するものが多かった。
その中から今回はふたつを選ぶことにした。
「蜂が団子をこしらえる話」「とんびと油揚」である。

■2016年5月オンライン「寅の日」

◆第128回オンライン「寅の日」 …5/08(日) 「蜂が団子をこしらえる話」(青空文庫より)

◆第129回オンライン「寅の日」 …5/20(金) 「とんびと油揚」(青空文庫より)

▼読み進めながら、あわせて
・何故寺田寅彦作品は「科学読み物」定番たり得たのか?
・時空を越えて今も伝わってくるものは何か?
・これからも有効なものはなにか?
等々を考えて行きたいものだ。
 

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今、寺田寅彦に学ぶとは!?(2)

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▼高知に行けば必ず立ち寄るもうひとつの場所があった。それが
◆高知県立文学館
だった。
 ここには常設の「寺田寅彦記念室」があった。
その日(18日)は朝から雨模様だった。いつものように「寺田寅彦記念室」に直行した。
何回見ても、あたらしい「発見」があった。それがうれしい!!
そして、三本のビデオ「渦巻きの実験」「地滑りの実験」「割れ目と生命」を視た。
最後にショップに行って「寅彦珈琲」(オンライン「寅の日」の朝に飲む)を購入した。
これがお決まりのコースだった。
▼さらに決まって立ち寄る第三の場所があった。
それが寅彦の墓所である。
オンライン「寅の日」の進捗状況を報告してきた。
 今回はこの3つの場所に加えて、教えてもらった「ゆかりの地」をめぐってみることにした。
最初に行ったのは、
◆高知県立牧野植物園
だ。寺田寅彦記念館の入口で見た「牧野富太郎(筆)」である。
あいにくの天気であったが、なかでぶらぶらと植物を見回っているととてもうれしい気分になる。
めずらしい植物もいいが、やっぱりふだん見慣れている馴染み植物たちに解説がついているのを見るとうれしくなってしまうのである。
ユキモチソウが見頃だった。
ツツジ各種揃い組もきれいだった。
最後にショップに寄りお気に入りの「赭鞭一撻」ノートをまたしても一冊買ってしまった。
▼五台山にのぼったついでに、展望台から「孕のジャン」の「孕」を展望してみた。
 もう残された時間が少なくなっていた。
今回の「ゆかりの地」巡りの最後に「種崎海水浴場」に行ってみた。
 松林がいまなお健在なりっぱな海水浴場だった。しばし砂浜を散策してみて帰路についた。
▼帰路、車の中でもずっと考えていた。
私にとって
今、寺田寅彦に学ぶとは!?
 そう簡単に答えはみつからなかった。
ずっとずっと問い続けていきたい課題だ。それだけは確かである。

現時点での私の仮の答えらしきものをあげておく。
・寺田寅彦は常に今日的である!!
・寺田寅彦は「これから」の科学を示唆している!!
・学びに値する「科学」がここにある!!
・私にとって「科学」とは?
・「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」はこれからも有効!!

あげればきりがない!!
問い続けることにこそ意味を見出していきたい。

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今、寺田寅彦に学ぶとは!?(1)

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▼ここに来るとほっとしてやすらいだ気分になれるのだった。
 そして、私のような新参者も極々自然に「寺田寅彦の世界」に入っていけるのだった。
寺田寅彦記念館(寺田寅彦旧邸)である。
 それはきっといつもあたたかい声かけをしてくださる案内者がいてくださるからだろう。
庭の草花・樹木は季節毎にちがう「寅彦の世界」を演出してくれていた。それもひとつひとつ解説つきだからうれしい!!
 その日、2016年4月17日。ここを訪れたのは、ここで寺田寅彦記念館・友の会の本年度総会・記念講演が行われたからだった。
▼「友の会」には数年前から加えてもらっていた。
実に多くのことを学ばせてもらっていた。
 今回の記念講演は偶然にも熊本から柏木潤先生(熊本大学名誉教授)を招いて「寺田寅彦と熊本」という演題でお話しを聴くことが予定されていた。もちろん今回の地震でそれは不可能となった。
急遽、予定を変更して副会長の山田功先生が
◆「寺田寅彦作品と国語教科書」
と題して講演してくださった。
 これがまた実に興味深いお話しだった。
 寺田寅彦作品(随筆・手紙)は、長い間「科学読み物」の定番だった。
 この事実はきわめて納得のいくものだった。
 さらには、具体例として 小さな出来事「四 新星」を深読みしていただいた。
 感動した!!
 オンライン「寅の日」で数々の作品を読んできたが、ここまで深読みはできていなかった。
 しかし、くやしさよりもはるかにそれを上回る「うれしさ」がこみ上げてきた!!
 まだまだ今からも楽しめるゾ!!
オンライン「寅の日」で、寅彦を読むたびに「なんと今日的な!!」と思ってきた。
それは間違いではなかったのだ。
 時代を超えて寺田寅彦作品からは伝わってくるものがあるのだ。
シロウトの作業仮説

寺田寅彦は元祖サイエンスコミュニケーターである!!

もまんざら的をはずしていないように思えてきた。深謝。
▼夜には懇親会があった。
前回から参加させてもらっていた。こちらも実に楽しい会だ。
どこにもすごい人はいるものだ。寅彦はファンというのは半端ではなかった。
遠方(新潟など)からも駆けつけた方もおられた。地元でこよなく寅彦を愛し、読書会をつづけておられる方もおられた。
 ちょっと聞いただけでは、私など「なんのこと?」とおもうようなことでも、即座に「それは、○○に書いてあった……」と応答があるから驚きだ!!
これは、私にとってはまさにオフライン「寅の日」だった。

うれしい冊子もいただいた。
四宮義正さんから『寺田寅彦 ゆかりの地を巡る(3)』を頂戴した。アリガタイ!!
 ちょうど今回の旅でも、以前に頂戴していた『寺田寅彦 ゆかりの地を巡る(1)(2)』を持参し参考にさせてもらいながら、まだ行っていない「ゆかりの地」を巡ろうと思っていたのでなおさらうれしかった。
 翌日のスポットもくわしく教えていただいた。深謝。

 懇親会が終わって、これまたいつもの定番にしているはりまや橋の「南国土佐を後にして♪」(ペギー葉山)を聴きに行った。
 それに今回は懇親会で教えていただいた「からくり時計」もきっちり見た!!
(つづく)

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【Web更新4/17】16-16 サイエンスコミュニケーター宣言 等更新!!

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苜蓿 花蜘蛛もまた 喜ぶや 16/04/15 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-16
週末定例更新のお知らせ
 私のなかでは定例化しつつある「寅彦を訪ねての旅」から、昨夜もどったところである。
 まだまだすべてが「現在進行」だった。反芻作業にすら入っていなかった。
「記憶」せずに、可能なところから記録化していこうと思う。

◆表紙画像集2016 更新 苜蓿(うまごやし) シロツメクサ
 手持ちの歳時記をみていたら、「苜蓿」と書いて「うまごやし」読ませて春の季語のひとつしてあがっていた。
さらには「クロバー・白詰草ともいう」と書いてあった。
 しかし、後で植物図鑑などで調べてみると少しちがうようなことも書いてある。
でも私はこれが「苜蓿」が気に入った。
 それはまたたく間の出来事だった。
前の田の畦は「苜蓿」が一挙に進軍してきた!!たまたまカメラを向けたとき、花蜘蛛が一匹いた。
なんともうれしそうに見えた。

◆「サイエンスコミュニケーター宣言」 更新!!
 サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認するための5つの座標軸。
その3つ目の座標軸「(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!」を語ろうとしていた。
 その手始めに、「私の「ふしぎ!?」からはじめる授業びらき」について書いていた。
 次なる課題は、私の「ふしぎ!?」を生かす授業をどう構想するかである。
可能なことから少しずつ…。ゆっくり 急ごう!!

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 2012年4月からはじめたこの取り組み。5年目がはじまっていた。
今回の旅のなかでも何度も思った。
 これをはじめてよかった!! と。

事態は刻々と変化していた。
今週も私にできることを繰りかえそう!! こんなときだからこそゆっくり 急ごう!!

 


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Twitterはじめて2,400日目に思うこと!!

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「天災は忘れられたる頃来る」
 昨日、これまでとはまたちがった思いを持って、この言葉の前に立っていた。
庭の大きなドウダンツツジがきれいだった!!
▼今日は、Twitterはじめて2,400日目だとTwilogが教えてくれていた。
ずっと長く使い続けているTwitter的がここのところ少し変質してきていると思っていた。
Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
「アクティブ」
▼それは少し大げさに言えば、私の生き方であり、「哲学」であった。
それが変質するとはどういうことか?
それは環境の問題か?
それとも私自身の問題か?
それすら今の私にはわからなかった。
▼\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
今回も可能なかぎりTwitter的を発動して寅彦から学んでみたいと思っている。
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私の「ふしぎ!?」からはじめる授業びらき(5)

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▼大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから3週目だった。
観察池の水面から、ひとつだけ葉芽が顔を出していた。水面下には予備軍がいくつか見られた。
 一方、水栽培池Cの方は葉芽は葉をひろげはじめた。
さあ、いよいよ大賀ハスの一年が本格的にはじまる。
最初の「あこがれの4日間」はいつだろう?
▼私の「ふしぎ!?」を続けよう。

53○ 12~13年間生きてたくさんの「ふしぎ!」がありました。
一つ目はどうやって宇宙ができたのかということです。今、わかっていることは、宇宙はビックバーンがあって、できたと本で知っただけです。
54○ 2つ目はなぜ物が上から下に落ちるのだろうということです。これはわかっていることはまったくありません。

55○ 3つ目は、どうやって猿人から人間に進化していったのかがとても「ふしぎ!?」です。今わかっていることは、猿人から原人に進化して、原人から新人に進化したことだけわかっています。
56○ 太陽はどうやってできたのか。
57○ 宇宙に空気がないのはなぜか不思議。
58○ どうやってわくせいができたのか。
59○ どうしてナマケモノはえさを食べる時以外は動かないか。
60○ タンポポの根はどうしてかれないのか。
61○ 「人生」というのがわかりません。死ぬとどこに行きどうなりますか?人生は本当に一度ですか?ゲームみたいにやり直しができないのですか?
62○ どうして日本人の平均寿命が長いのか?
63○ どうして、何度起こされても起きれないのだろう。
64○ どうして、人生楽しくないという人がいるのだろう?私は人生がすごくたのしいです。なのにどうして?
65○ どうして、お酒をのむとねむくなってしまうのだろうか?
66○ 一番最初にいた2人はどうやって生まれたのか?
67○ 空はどうして青いのか?
68○ なぜ、どうやってインターホンがなるのかが不思議です。理由は、一回ボタンを押しただけで声と声が聞こえるから。
69○ 乾電池は、どうって電気がへるのか。
70○ 電気ストーブはどうやって熱を出すのか。
71○ なぜ鳥は飛べるのか。
72○ 人はなぜ死んでしまうのか。
73○ なぜ名前をつけるのか。(人、動物)
74○ なぜしもんは一人一人ちがうのか?
75○ 初めての人間はだれか?
76○ なぜロケットが作れるのか。
77○ どうやって太陽ができたか。
78○ なぜ、プレートはずれて、地震が起こるのか?
79○ 水って、すごく出したら、金属がきれるのか?
80○ 一番初めに生まれた人はどうやって生まれたか。
81○ 人はどうやって言葉をおぼえたのか。
82○ なぜ、どのように生物は進化し、サルはなぜ人間になったのか。
83○ どうして空は青いのか?
84○ なんで、この生き物は人間というのか。
85○ どうして、なみだはでてもなくならいのか。
86○ UFOは本当に存在するのか。
87○ FAXのしくみ
88○ シャープペンシルのしくみ
89○ せい電気
90○ どうして人間の身長がのびちぢみするのか。
91○ ねるのがはやくてもおそくてもねむいこと。
92○ 生命がどうやって誕生したのか。
93○ なぜ地球はできたのか。
94○ なぜ水は上から下へ流れるのか。
95○ 時計を作ったときの最初の時間はどうやって決めたか。
96○ 宇宙はどこまであるのか。
97○ 磁石はどうやったら、できるの?
98○ 鉄は熱くなったらどうしてとけるの?
99○ 飛行機は鉄のかたまりなのに、どうして空を飛ぶの?
100○ どうして人間はしゃべるの?
101○ 人間は動物とどうしてしゃべれないのか。
102○ どうやってかみの毛はできたのか。
103○ クジラは、なぜかなりもぐれるのか?
104○ なぜちっ素はへらないのか?
105○ 宇宙は、なぜ空気がないのか?
106○ ゲームはなぜ生まれたのか?
107○ なぜそんなに人は長く生きられるのか?
108○ 時はなぜ流れるのか?
109○ なぜ性別があるのか。
110○ なぜかんじょうがあるのか?
111○ 宇宙人が存在するならば宇宙の中で生物が生きられる星は地球しかないから、宇宙人が住んでいる星は、どこになるのか?
112○ 星の数は今でもふえているのか。
113○ 向かい風が吹いた時、ひっつき虫をねっこからとってなげてみるときまったくとばない、でも同じぐらいの重さのボールをなげたら多少速度は、ゆるむがひっつき虫よりとおく飛ぶ。
114○ なぜ空は青いのか?
115○ なぜ地しんがくるのか?
116○ なぜ血液の種類が4種類あるのか?
117○ アリは高いところから落ちても生きているのか。
118○ 私は、よく「あっ!!この場面見たことあるー!!」っていうのがたくさんあります。
多い日には、8~12回くらいあります。あれはいったいなんなでしょうか!?
とても「ふしぎ」でたまりません!あと、まさ夢もあります!!
夢で見た光景がそのまま、言葉、動きなど…。なぜ!?めっちゃ「ふしぎ」です!
119○ 水道の水を出したら、底の面だけ水がなくなるのはなぜだろう。
120○ 太陽と言う名前は、誰がつけたか。
121○ 宇宙ははてしなく広がっているのか。
122○ ぼくがふしぎと思うことはなぜ地球にだけ重力がかかって、酸素があって水があってとてもふしぎだと思いました。なぜ宇宙は無重力で酸素が無いのかふしぎに思いました。

 今読み返してみても、そのときの「やりとり」も思い出して面白い!!

▼今、これをやれば
78○ なぜ、プレートはずれて、地震が起こるのか?
115○ なぜ地しんがくるのか?
あたりに「ふしぎ!?」は集中するだろう。
あわせて「山崎断層地震」の授業も思い出すのだった!!

 そう!!
 この私の「ふしぎ!?」の謎解きをするのが「理科授業」だ!!
そんなガイダンスもあってもいいではないか。
▼もういちど、これらの私の「ふしぎ!?」をひっぱりだしてくるときがあった。
夏休みの「自由研究」のときだった。
テーマ選びのときに参考にしてほしかったのだ。
徹底してやっぱり私の「ふしぎ!?」にこだわって欲しかった。
「ふしぎ!?」の謎解きはいっきょに解決しない。それはアタリマエ!!
でも忘れないで欲しい!!

私の「ふしぎ!?」から生まれる私の「科学」こそ一生モノ!!

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私の「ふしぎ!?」からはじめる授業びらき(4)

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▼「ふしぎ!?」だ!!
昨年度大量に採取したヒガンバナの種子からはまったく「発芽」の気配がない。
一昨年度採集した種子からは、ちょうどこの頃に芽らしきものが出てきたのに。
そして、今は植木鉢の中で「出葉」していると言うのに…。
 またまた私の実生ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う旅は、迷路に入り込んでしまった。
なにがいけなかったのか?
カビが原因だろうか?
それとも…(・_・)......ン?
もう少し待つ必要があるのだろうか?
▼私の「ふしぎ!?」からはじめる授業びらきの取り組みは、2度実践した。
一度目(2010年度)の実践で生徒から出てくる「ふしぎ!?」に感動してしまって二度目(2012年度)は少しだけ方法を変えてみた。
 まず私自身の「ふしぎ!?」をあげ、これを私自身の自己紹介とした。
当時一番に追いかけていた「ふしぎ!?」はコウガイビル、クマムシの「ふしぎ!?」だったのでそれを紹介した。
▼再び寺田寅彦のコトバを借りよう。
『雑感(「理科教育」)』のなかで、理科教師について次のように語っていた。

 科学教育の根本は知識を授けるよりもむしろそういう科学魂の鼓吹にあると思われる。しかしこれを鼓吹するには何よりも教育者自身が科学者である事が必要である。先生自身が自然探究に対する熱愛をもっていれば、それは自然に生徒に伝染しないはずはない。実例の力はあらゆる言詞より強いからである。
 すべての小学校、中学校の先生が皆立派な科学者でなければならないという事を望むのは無理である。実行不可能である。しかしそんな必要は少しもない。ただ先生自身が本当に自然研究に対する熱があって、そうして誤魔化さない正直な態度で、生徒と共に根気よく自然と取込み合うという気があれば十分である。先生の知識は必ずしもそれほど広い必要はない。いわゆる頭の良い必要はない。

 浅学無知な私などにはうれしいエールだ!!
▼私の自己紹介に引き続いて、生徒の自己紹介も
「○○を「ふしぎ!?」に思っている○○○○です」
というかたちでやってもらうことにした。これが実に面白かった!!

1○  電車は電気だけであんなにすぴーどが出るのはどうして?
2○ ぼくが、ふしぎだと思うのは、化石がみつかったときは、おれていないときがあるが、ぼくが思うには、土のおもたい下の部分なのにどうして折れないのかふしぎです。
3○ 最初に人がうまれた時は、アダムとイブの2人だったと聞きますが、その2人からどのように人種やはだの色などがわかれていったのでしょうか?
2人からどうやっていろんな人種に変わっていったのか気になります。
4○ なぜ、テレビに磁石を近づけたらだめなのでしょうか?1度聞いたことがあったのでどのように変化するのかを知りたいです。
5○ なぜ男の人より女の人の方が長くいきるのでしょうか?女の人の方が強いんでしょうか?
6○ なぜ色は、決まった色があり、自然にもともとあったのでしょうか?色はどうやってつくられたのか知りたいです。
7○ 虹はどうして色々な色があるのかふしぎに思う。
8○ たつまきはどうやっておこるのかふしぎに思う。
9○ 夏、雨が全然ふらなくても川の水がへらないのがふしぎに思う。
10○ 空はなぜ青いのかふしぎに思う。
11○ 宇宙はどうやってできたのか?(不思議に思う理由:かいたとおりで不思議に思う)
12○ 宇宙の外側はなんなのか?
13○ 宇宙人は本当にいるのか?
14○ どうやって生物は生まれたのか?
15○ なぜ人や動物は死ぬのか?
16○ 死んだらどうなるのか。(生きている人や生物にはぜったいわからないことだから。)
17○ 地球はなぜ回っているのか?
18○ 人間はなぜ地球に、すんだのか?
19○ 重力で建物はなぜつぶれないのか?
20○ どうやって風がふいているのか?
21○ 水はこおったら、なぜ体積がふえるんですか。
22○ 海の水はなぜ、しょっぱいんですか。
23○ なぜ、地球など丸いんですか。
24○ なぜ、ダムのとかは緑色なんですか。
25○ 手の指の中で一番はやくのびるつめは?
 つめは気温が高いほどスピードは早くなる。また、刺激が強いほどのびるスピードがはやくなる。そして、いちばんのびるつめはききての中指。中指は長いから他のものより物にふれる事が多く、それが刺激になる。
26○ なぜ重力にひきよせられるのか。(ジャンプをしてもひきよせられるから)
27○ 大きさがちがうものをいっしょにおとしても同じ速度でおちるのか。(ガリレオ・ガリレイの落体の法則)
28○ 世界はなぜこんなに発展したのか。
29○ 1つはテレビです。どうして不思議かと言うと、どうしてあんなにきれいな色や音が出せるのが不思議と思った。
30○ 2つ目は、電話です。遠い所でもなぜ人の声が聞こえるかが不思議だと思った。
31○ なぜ火山は噴火するのか。そのあとなぜ火山灰がふってくるのか。(火山は下のマグマがたまり噴火する。)
32○ なぜ生物は死んでしまうのか。(寿命があるから)
33○ なぜ地球が回るのか(ぜんぶの国に太陽があたるようにするため)
34○ なぜ魚は水の中で呼吸できるのか。魚は二酸化炭素を出しているのか。人間が水の中で呼吸できないのになと思いました。
35○ もう一つの地球がある。(これはテレビでしていた話だから、ほんとうかは、わからないけど、どっちかがにせものでどっちほんものの地球であることがわかる。)
36○ 太陽はなぜ熱いのか。(太陽は近づくととけて死ぬと言われています。どうやって太陽はもえ続けていてどうして熱いのか。)
37○ まだ知られていない生物はたくさんいる。
 私はふしぎに思います。だってこんなに長い間どうやって身をひそめているのだろう?
って思いました。雪男って本当にいるのだろうかなっとも思います。でも、よく雪男の足あとなども残されています。こういう話は、とても好きです。
38○ 指はなぜうごくのか?
39○ なぜ宇宙があるのか?
40○ 宇宙の先にはなにがあるのか。
41○ 世界国々でちがう言葉がつかわれているのはなぜか?
42○ 海ってなんでじょうはつしないの?
43○ 太陽にいちばんちかいわくせいはなんでとろけないの~?
44○ (月)どうっやって丸い形や 三日月の形ができるのかが不思議です。
45○ どうして雨がふるのか?
46○ どうして雲があるのか?
47○ なぜ、人は死ぬのか?
48○ どうして雨があるのか?
49○ どうして、人はねるのか?
50○ まず一つ目は温度計の赤い液は温度が高いと液は増える、なぜ増えるのか。(目盛りの上部分)
51○ 2つ目は、そうじきはどうやって吸い込んでいるのか。
52○ 最後は銀行やスマートフォンの「タッチパネル」はどうなって、さわるだけで動くというのに興味を持ちます。どうなっているのか不思議です。

(つづく)
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私の「ふしぎ!?」からはじめる授業びらき(3)

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▼こんな空の下のアメダスは24.3℃を記録していた。
晩春を通り越して「初夏」だった!!それは「雲見」のどこに現れているのだろう?
私はそれを読み解くその術を身につけていなかった。
 それにしても空の「ふしぎ!?」に尽きることはない。
空は「ふしぎ!?」の宝庫だ!!
▼寺田寅彦は『研究的態度の養成』のなかで、次のようなことを言っていた。
少し長くなるが引用させてもらう。

これには最も必要なことは児童に盛んに質問させることである。何の疑問も起さないのは恥だという風に、訓練することが必要である。そうして児童の質問に対して教師のとるべき態度について二つの場合があると思う。その一は児童の質問に答うることの出来なかった場合である。その二は教師がよく知って答え得る場合である。
 前者の時には往々否(いな)多くの場合に教師はよい加減に誤間化(ごまか)して答えようとする傾きがある。これは甚だよくないことはいうまでもない。かくて児童が誤った、また全然誤っていないにしても浅薄な解釈しか出来ないことになる。この時はむしろ進んで、先生はこれを知らない、よく調べて来ましょう、皆さんもまたよく考えてお出でなさい、いろいろ六(むつ)ヶしいまた面白いことがあるだろうと思いますといった風に取扱ってほしい。とにかく児童には、知らないことが恥でない、疑いを起さないこと、またこれを起しても考えなかったり調べなかったりすることが大なる恥である、わるいことであるといった精神を充分鼓吹(こすい)してほしいと思う。教師がこの態度になることの必要は申すまでもなかろう。
 

 この文章が、私の「ふしぎ!?」からはじめる授業びらきの意図をうまく説明してくれているように思う。
▼ピカピカの中学一年生から出てきた私の「ふしぎ!?」を続けよう。

33
・月にはたくさんの形が、あるのは何でかな?形によって名前は、どうきめたのかな?
・電話する時、外国の友達につながるのは何ですか?
・どうして宇宙には、空気がないの?地球やその他の星に空気があって、宇宙ににはないのは何?

34
・サルから人間にかわったのは本当なのかが不思議です。なぜ不思議に思うかは今のサルは人間にはかわらないのでそう思いました。
・きんちょうするとなぜ心ぞうが今までより、はげしく動くのかな??と思いました。なぜ不思議に思うかは、ふだんは何もない時、心ぞうはふつうにゆっくりドキドキしていますが、きんちょうすると、心ぞうが激しくドキドキなるのでそう思いました。
・地球が無くなり生物が存在しなかったら、宇宙では、どんな事になるかが不思議に思いました。なぜ不思議に思うかは2012年地球がはめつするといわれているからです。

35
・ぼくの家にはねこがいます。なぜねこの目の中が細くなったり太くなったりするのか。
・「力持ち」は男の方といわれてますがなぜ男と女に力の差ができるのか。
・地球は丸いのになぜ歩いたり、走ったりしているのに地球から落ちたりしないのか。

36
・どうしてテレビはうつるのか。
・酸にとかしたアルミニウムをじょうはつしてできたものは何なのか。
・CDはどうや…

37
★ファックスや電話やメールはなぜ遠い人の所にもすぐとどくか。
[理由]長さ(きょり)は関係なくいっしゅんでとどくからふしぎ。
☆地球の空気が宇宙に行かないのか。
[理由]地球には空気があるのに、宇宙には空気がないからなぜ?と思った。
☆インクは固まらないのか。
[理由]書いたら固まるのにペンの中にある時は固まらないから。
☆初めて産まれた人はどうやって産まれたのか。
[理由]今は人から人が産まれるけど、初めて産まれた人には親がいないと思うから。
☆言葉は誰が決めたのか。
[理由]今も使っている言葉というのは、だれが決めたのか?えらい人なのか?と不思議に思ったから
★外国の言葉を初めて理解したのは誰?

38
・アクエリアスは、はじめは中性で体のなかに入るとアルカリ性になると聞いたのですが、ほんとですか。
・ダイナマイトはなにでできているのですか。

39
・私が小さいころからふしぎに思っていることの1つめは、バケツに水を入れてまわしても水はこぼれないのかがとてもふしぎです。
[理由]1つめやつでは、ひっくりかえすとこぼれるのにまわすとこぼれないのでどうしてかなとふしぎに思いました。
・2つめは、海にいるプランクトンがどうしてあんなに小さいのか、どうやって生まれたのかがとてもふしぎです。
[理由]2つめのは、プランクトンは生物の始まりと聞いたことがあるので、じゃあプランクトンはどうやってうまれたのかふしぎでした。
・3つめは、木がどうしてななめにはえているのにななめにのびず、まがってまっすぐのびてくるのかふしぎです。
[理由]3つめのは、ふつうに平地にはえている木はまっすぐのびるのはふつうですがななめにはえているとき、どうしてまがってまで空の方を向いてのびるのかがふしぎです。

40
・なぜ、バケツに水が入っているのに、グルンと回しても水はおちないのだろう?と思います。はやく回したらこぼれないので、おそく回したらこぼれるのかなと思いました。
・なぜ、地震は起きるのだろうと思います。地球の底のマグマが爆発するのかな?と思います。
・なぜ3Dはメガネをかけたら、がめんが飛び出て来るのだろうと思います。メガネをかけなかったらがめんが二重になっているので画面にしくみがあるのかなと思います。

41
・なぜ、月は上から落ちてこないのか。
・なぜ、月が水に映っているけど、月は取れないのか。
・なぜ、カミナリは「ドーン」と音がなって、ピカピカひかるのか。

42
・なぜ、車はガソリンで走るのか。
理由は、ガソリンでは、いろいろな製品ができるからです。
・なぜ、ゲームのカセットがあんなに小さいのに、きちんとゲーム本体にきちんとうつるのか知りたいです!
・なぜ、うさぎの目は赤いのか。
・流れ星はどうして流れるが速いのか。
理由は、いっしゅんで流れてしまうからです。

43
・流れ星はなんで流れるのか??
[理由]他の星は全部止まっている様に見えるから。
・流れ星はどうして数が少ないのか??
[理由]月が毎日見れるから。
・ウサギの目はどうして赤いのか??
[理由]ふつう生き物の目は白いから。
・ウサギの目は「じゅうけつ」しているのか??
[理由]赤いから…。
・どうして消しゴムは紙に書いた字をキレイ☆に消せるのか??
[理由]手でこすったり、ふつうの輪ゴムでこすったら、きたなく周りが黒くなるだけだから。
・ガス台はなぜ火を出せるのか??
[理由]ガスがあって出るのは分かるけどどこから火の元素が出るのか分からないから。ガスと何が合体して火になるのかが分からないから不思議。

44
・コンクリートは何でかたまるのか。
・何で人間の指は10本なのか。
・何でうさぎの目は赤いのか。
・何でゾウのはなは長いのか。

45
・人間の心は、なぜいろいろあるのだろう。
・なぜ寿命があるのか。
・人間は全めつしないのか。

46
・ふねやひこうきのようなてつのかたまりはなぜとべたり、うかんだりできるのか。
・ふとん、もうふのなかにはいるとおちつくのか。
・よかった事はすぐにわすれて、いやなことはわすれないのか。(トラウマ)

47 
・ぼくがふしぎに思っていることは、なんで火がつくのかです、火はどうしてもえるかがふしぎだとおもいます。
・次のふしぎはなんでテレビやケータイ電話ははなれたところからのじょうほうをうつしだすことができるのかです。
・次のふしぎはなんでぼくたちはしんぞうがうごいているのですか。からだに電池ははいっていないのになでうごくのですか。

48
・なんで飛行機はうくか。
[理由]あんなてつのかたまりがどうしてうくかふしぎ。
・どうやってトリは空を飛ぶのか。
[理由]人間のうでにつばさをつけても人間はとべないから。
・魚はなんでうみでいきができるのか。なんでエラがあるのか。

49
・木はどうしてかれないのか。
・海はどうしてそんなに深いのか。
・海と川はつながっているのになぜちがう水なのか。

50
・どうして、太陽は西から東になるのか。
・地球はなぜあるのか。たぶん…火山がふんかしてできている。
・なぜ人間が生まれたか。

▼まだまだ続く!!

51
・どうして塩酸は鉄をとかすのかがふしぎです。なぜなら液なのに鉄をとかしてしまうからです。
・どうして天気は西からかわるかです。西かぜがふいているからはわかるけど、でもなぜ西かぜがふくかふしぎです。
・どうして消化液が作られるかです。私は、私にとくべつな物をのんだりしていないのにふしぎです。


52
・人間はどうして、さるから産まれて、どうして人間は、こんなにいっぱいいるのか?
・どうしてにんしんをしている時、おなか中で成長していくのか?(卵から)
・どうして人間は赤ちゃん好きな人ときらいな人がいるのか?

53
・なぜ物が下におちるのか。
それがなぜ上にあがらないのか。
引力で地球の中心へ引っ張られる。
・び生物なぜ小さなからだで生きられるのだろうか。
体が小さ過ぎたら生きられないのではないだろうか。
どんなに体が小さくても、生き物ならば生きられる。

54
・なぜ地球の下に住んでいる人は地球から飛び出さないのか。
・なぜ虫めがねで日光を集めたら紙がもえるのか。
・なぜ地球には重力があるけどほかの星には重力がないのか。

55
・なぜ地球は回っているのに自分たちは回らないのか。
・なぜめいおうせいはわくせいにはいらなくなったのか。
・なぜ太陽はもえているのか。

56
・地球になぜ酸素があるか。
・なぜ夢を見るのか。
・なぜかんじょうがあるのか。

57
・テレビってそこでとったえいぞうをそのままのいろでみれるのか。
・どうしてたいようはまるくてあかるいだろうか。

58
・地球がまわっているのに、どうして私たちはまわらないのか?
・信号はどうやって青黄赤と判断するのか?
・時計は秒針はずっと動いているが、どうして分針は同じように動かない?60秒で分針1分すすむけど、60秒たったときに、センサーみたいなのがあって1分進むのか?

59
・物がおちる速さは、高さによってちがうのがふしぎ
(理)何回か、物が落ちたときに、毎回、高さがちがっておちる速さが速くて止められなかったから。
・なぜ、虹は世界のどこでも見れるのか。
(理)虹が輪になっているのは知っているけど輪になっていたって、どこかは見れない所があると思っているから。
・なぜオーロラは出てくるのか。(ノルウェーなど)
(理)日本で見れないのはなんでだろうと思ったからです。(あと、本物を見てみたいからです。)

60
・どうして恐竜は絶滅してしまったのかな?!
どうして不思議に思うかと言うと、恐竜はこの地球に生きていたのに何かの原因で絶滅してしまって、どうして死んだのかなって思います。わかっている事は、隕石がおちて死んでしまったとか、氷河期の原因で死んでしまったなどと色々言われますが私はどれが本当なのかとか、どうして死んだのかなとか、とっても不思議です。
・どうしてツバメは雨の日の前になると地面の下の方を飛ぶのか?!
雨じゃなくても地面の下の方を飛んでいる時があるのでどうしてそう言う言い伝えがあるのかなと思います。私もよくわかりません。でも虫などが下にさがってくるからだとは聞きました。これも不思議です。
・地球はどうしてできたのか?!
ずっと昔は地球がなかったので何かの力で地球ができたのかなと思います。私もよくわかないですけど、すごく不思議です。

61
・CDやDVDで、なぜあんなうすい丸いかたちの物に、人の声や、映像が、きれいに入るのかがとても不思議です。
・石などを空中で手をはなすと、真下にすぐおちるのに、石より重い月や太陽はなぜおちないの?
・カメラでとったものが写真になり残るけど、「カシャ」と、とるだけなのに、どうしてそのままの、はいけいがきれいに残るのだろう。

62
・鉄でできている船は重たいのに、どうして海に浮かぶのだろうか?
・けいたい電話はなぜ線もつながっていないのに、電話(通話)ができるだろうか?

63
・ふで箱は手をはなすとおちるけど太陽はなぜ空にうかんでいるのにおちてこないのか?太陽は熱におさえられているからうかんでいるんだと思う。

64
・「ちきゅうはまわっているのに、なんでまわっている気がしないのか」
どうしてふしぎにおもうかは、今いるところからうらがわにいくと、はんたいになってうくとおもうのに、うごいている気もしないから。
・「じめんの下をどこまでほると はんたいがわのところにいけるのか。」
私は、「ここの下をどこまでもほるとうちゅうにでる」ときいたことはありますが、そんな気はしません。本当に下に行くとはんたいがわに行けるのかふしぎです。
・「音はどうして目にみえないのか」
私はこえをだして、ゆれるので、たしかめる方ほうはしっているけど、色がついていそうなことばもあるので、ふしぎです。

以上である。
これが第一回目の取り組みで出てきた「ふしぎ!?」のすべてである。
今読み返してみても驚いてしまうのだが、ここに「中学校理科」のすべてが含まれていた!!
 これを知った上で、「中学校理科」の授業のガイダンスに入るのもあながち無駄ではないように思うのだが…

(つづく)
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本日(2016/04/14)、第126回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼牡丹の花の蕾に蕊が顔を出しかけてきた。
となりでは少し遅れた蕾が後をおいかけていた。それを観察していたらポツリポツリと雨が降り出してきた。
慌てて前の竹藪に行ってタラの芽の「成長」を観察した。
芽はむっくり立ち上がりかけていた。
牡丹の花もタラの芽も刻々と着実に時間を刻んでいた。
寅彦ならこれだけの観察から何を語っただろう?
▼本日(2016/04/14)は、第126回オンライン「寅の日」である。
4月のテーマは寅彦の「観察眼」である。
その第二弾、本日は「沓掛より」を読む。昭和八年十月の作品である。

◆本日(2016/04/14)、第126回オンライン「寅の日」!!

●「沓掛より」(青空文庫より)
▼今回の作品は、2部構成になっていた。
一 草をのぞく
二 盆踊りとあひる
である。今回は一を中心に読み解きたい。
毎回のことではあるが、寅彦の「観察眼」には驚くばかりだ。
それだけではない。
 たったひとつの植物の観察からはじめて次々と発展し、巧みな文章力でまったく「新しい世界」の存在を教えてくれるのである。「一 草をのぞく」を次のようにしめくくっていた。

 

この数日間の植物界見物は実におもしろかった。もっともこんなことは、植物学者、あるいは学者とまでは行かずとも、多少植物通の人にとっては、あまりにも平凡な周知の事実であるかもしれないが、始めて知ったまるの素人(しろうと)には実に無限の驚異と、従って起こる無数の疑問を提供するものである。

さらには、このようにも言っていた。

こうして秋草の世界をちょっとのぞくだけでも、このわれわれの身辺の世界は、退屈するにはあまりに多くの驚異すべく歓喜すべき生命の現象を蔵しているようである

これぞ寅彦流「植物観察誘い」だった!!
▼さらに面白い思うのは、次なる一文も加えていることだった。

今でも浅間の火口へ身を投げる人は絶えないそうである。そういう人たちが、もし途上の一輪の草花を採って子細にその花冠の中に隠された生命の驚異を玩味(がんみ)するだけの心の余裕があったら、おそらく彼らはその場から踵(くびす)を返して再び人の世に帰って来るのではないかという気もするのである。

一だけを中心にと思っていたが、二の方にも面白い寅彦らしい文章もみつけたので、これまた少し長い引用になるが、引用させてもらう。

驟雨(しゅうう)が襲って来るとあひるは肩をそびやかしたような格好をしてその胸にくちばしをうずめたまま、いつまでもじっとしている。雨の落下の流れに対してあひるに可能な最小な断面を向けるような格好をしている。科学も何も知らないあひるは、本能に教えられて最も合理的な行動をすると見える。人間はどうかすると未熟な科学の付け焼き刃の価値を過信して、時々鳥獣に笑われそうな間違いをして得意になったり、生兵法の大けがをしてもまだ悟らない。科学はまだまだ、というよりはむしろ永久に自然から教えを受けなければならないはずである。科学の目的といえばもともと自然から学ぶということよりほかには何物もないはずであるのに、いつのまにかこの事を忘れ思い上がった末には、あべこべに人間が自然を教えでもするもののような錯覚を起こす。これもおもしろい現象である。こういう思い違いをすることも、しかし何かやはり人間に必要なことであるかもしれない。こういう自負心のおかげで科学が進歩し社会も進展するのかもしれない。

「観察」「自然」「科学」「人間」…。寅彦から学ぶことは尽きない!!

今朝雨はあがっている。
さて牡丹の花、タラの芽どうなっただろう。
「観察」にでかけてみよう。
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私の「ふしぎ!?」からはじめる授業びらき(2)

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▼カラスノエンドウの群れが直立していた!!
つる植物であるはずのカラスノエンドウが、今はお互いを支え合うにして空に向けてまっすぐに立っていた。
なんとみごとな戦略だ!!今、野で一番めだつ存在だった。
・こんな戦略はどこで考えたのだろう?
・このエネルギーはどこからやってくるのだろう?
・高くなる限界は?
・つるの先のヒゲの役割は?センサー?それとも…
・地下はどうなっているのだろう?
・マメ科の仲間である特徴は?
等々 「ふしぎ!?」はつきない。
やっぱりそうだ!!自然は「ふしぎ!?」がいっぱいだ!!
▼先輩から教えてもらった
・自然は最高の教科書!!
・子どもは最高の指導書!!
のふたつは、理科教師としての生涯を貫くマイスローガンだった。
私の「ふしぎ!?」からはじめる授業びらきは、それを少しでも具現化しようとする試みだったのかも知れない。
▼入学したての中学一年生の 私の「ふしぎ!?」から 今一度学んでみよう。

・宇宙のはしっこはあるか。宇宙のはしは地球からどれくらいはなれているのかをしりたい。
・地球はなぜ回っているのか。回転はどうしてなるのかをしりたい。
・地球はどうして太陽のまわりをまわっているのか。なぜ太陽が中心になったのかしりたい。


・ぼくはなぜ飛行機って重いのにとべるんだろーと思います。なんか飛ぶしくみがあるんだろうとは思っています。


・太陽や月は何でういているの?
・どうして食べ物を食べないと、死んでしまうの?
・どうして人間はサルからできたの?


・太陽はどうやってつくられるのか。わけは、太陽はとても温度が高いからどうやってつくられているのかをぎもんにおもった。「どんなものものでもとける。」
・なぜくもから雨がふってくるのか。わけは雨がふってきたとき空をみるとうえにくもがあるから雨はくもからでるのか、空からふるのかをぎもんにおもった。「水でくもができる」
・火星には宇宙人がいるかもしれないと思われるのか。わけ、人々は火星に宇宙人がいるかもしれないというがなぜだろうとぎもんにおもった。「火星には、へんなぶったいがいた。」


・日本は、アメリカなどよりちっちゃいのかな。アメリカはすごく広いのに日本も、もっと広くなると思う。
・ヒガンバナはどうして家の中に入れたらもえると言うのか。だってほんとうにもえるかわからないと思う。たぶん家にいれてももえないとぼくは思っている。
・ヘビの背ぼねはないのかな。ヘビはクネクネあるくから、やわらかいと思ったから。


・なぜ4年に1度366日の日があるのか。地球の軌道がどうにかなるというのは知っています。
・なぜ「にじ」ができるのか。空気中の物が光を反射してできるのは知っています。
・なぜ植物は酸素を生み出せるのか。光合成をして酸素を生みだすという事は知っています。


・水から氷になるのはなんでだろうと思いました。訳は水は持てないのに氷はもてるからなんでだろうと思いました。
・後 虹もなんでだろうと思いました。虹は浮いているし、七色もあるし、すごいと思います。分かっている所までは、雨が降った後に、できる事です。
・消しゴムもすごいと思いました。訳は、紙に書いた文字がこすっただけで消えるからです。分かっている所はまさつ熱で消えるという事です。


・ケガをしたらいたいのに、かみのけや、つめを切ってもいたくないのが不思議に思いました。つめは皮ふが変化したものなのに、切ってもいたくないのが本当になぜなのか。分かりません。
・私は、ブラックホールがどうなると出現するのか知りたいです。
・太陽が絶えず燃え続けているのがとても不思議に思います。


・地球の一番下にマグマがあるけど、どうしてマグマは、下の土や石をとかさないのか。
・地球で一番最初に産まれたのは、どうやって作られたのか。
・人間は進化して、できたけど、ほかのチンパンジーは進化しないのか。

10
・なぜ地球だけ、酸素があるのか。
・ブラックホールの中に入ると、光もでてこれないと言うけど、なぜそんなことがわかるのか、もしブラックホールの中に人が入ったとしたら出てこれないのになぜそんなのがわかるのか。
・もし人間がいなかったら地球はどうなっているのだろうか。

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・とりがそらをとぶ。風をりようしてとんでいる。
・ドラゴン(りゅう)はいるの?
・ガンダムみたいな巨大ロボットが作れるか。(機動できるか?)

12
・なぜ人間は2本足で立てるのか? 頭の方が足より重いと思うのになぜ頭とかをささえることができるのか?
・虹はどうして七色なのか。虹は別に6色や1色でもいいのに、なぜ7色なのか?
・ジェットコースターはなぜ回転してもおちないのか?物は上からおとせばおちるのにジェットコースターがおちないのはなぜなのなのか?
・なぜかみの毛が長くなるのか?なにもしていないのにかみの毛がながくなって、いつのまって感じではやくなのびる。
・星はなぜ光っているのか?星は電気といっしょぐらいの明るさで、すごくきれいだけど、なぜ星は何にも電気をつけていないのに光るのか?

13
・太陽などが出てくる方角はなんでいつもいっしょなのか。太陽や月など、出てくる方角はなんでいつもいっしょなのか。太陽や月など、出てくる方角はいつも変わらず毎日いっしょなので不思議に思いました。
・雑草などは、なぜあんなに丈夫なのか。家などで育てている花などは、肥料などが必要で水も毎日あげなけなきゃいけないけど、雑草は、ふまれても丈夫で水も雨の日くらいしかもらえないのに、あんまり枯れずに丈夫なのが不思議だ。

14
・なんで夜空にでる星はおちないの?

15
・テレビはどうやってうつしているのか。
・地球にはじゅう力があるけど、ほかの木星や金星はなんでじゅう力がないか。

16
・地球にはじゅう力あるのになぜ宇宙にはじゅう力がないのか。たぶん地球には酸素があるから。

17
・ぼくは、よく顔をあらっているときに、水はすくえるのにつかめないのはなぜだろう。と思うときがあります。

18
・映画はどうやってつくっているのか。
・CDは、どうして音がでるのか。
・DVDはどうやってうつしているのか。

19
・私が物を落としたりすると、落ちるのに、太陽は空中にうかんでいるのになぜおちないのかなぁ~っと思った。どこまでわかっている?って事は物はなにもしかけがないからおちるけど、太陽は熱でおさえられていると思う。たぶんだけど……
・2つ目は、なぜふねは車みたいに動くのか?
どこまでわかっているかは、たぶん車も、電気ではしっているから、ふねもおなじように電気やガスで走っていると思う。たぶんだけど……
・なぜマンガでは、くもにのれるのに本当はのれないのか?
どこまでわかっているかはくもは、たぶん水蒸気でできているから、人がのったら、たぶんとおりぬけるんだと思う。

20
・地球はまわっているというけれど、自分たちにはぜんぜんまわっているかんかくがなくて目がまわらないのはどうしてですか?
・赤い下じきは、目で見るとみんな赤くみえるのはどうしてか?
・にじはいつ7色になるか?

▼今、読み返していてもゾクゾクしてしまう!!
そうだったのか!と。
まだまだ続く。

21
・私が不思議だと思うことは「くもはどうやってできて、どうやって動くか」が不思議だと思います。理由はいつもくもは動いているからです。
・もう一つは「にじは、どんなときにできるか」です。
理由は、にじを見るときいつもそう思っているからです。
・3つ目は「地球は、なぜ宇宙にういているか」です。
理由は、ほかの土星や火星などもういているから不思議です。

22
・どうしてガスで火がつくのか。
ぼくの家はガスで火がつくけど火が出る所にどうやってひがつくか不思議に思った。
・チューリップは、同じ球根なのに、なぜ色が違うのか。家のチューリップを見て、同じ色がないのから不思議に思った。
・どうして朝しんどいのか。朝起きた時に、眠たくて、しんどいから不思議に思った。

23
・地球はまるいのに、なぜ地球の下の国など人たちは真っすぐ上へたてるのか。
・太陽、月などは、地球の中心にたって真上に太陽、月などがある場合、どれぐらいのきょりがあるのか。
・星や月など、なぜ地球から、あんなにはなれているのか。

24
・逆だちして、物を食べてもフツウに食べれるのはなぜか。
・なぜ、こんなに人の体はよく出来ていて、動物が出来ることが出来ないのか。
・なぜ光はあんなに速いのか。

25
・物はしょうげきが当たると下に落ちたりゆれたりするのに月や太陽は下でいくらさわいだりあばれたりしてもどうして落ちてこないのだろうか?
・動物と人はどうして歩き方がちがうのか。
人は二本の足で歩くのに、動物はなぜ四本足なの?
・人間のはじまりは?地球にはだれが一番に生まれたのか?何が人間に変化したのか?

26
・水が入っているバケツを回しても水がこぼれないのは、なぜ?
・ふっとう石を入れるとなぜふっとうしないの?
・星はなぜ光っているの?
・ロケットが宇宙に行くとなぜ人は、うくの?
・目は、なぜ物などが見えるの?

27
・なぜ水じょう気は、雲になるのか。
・ブラックホールは、どうやって出現するのか。

28
・なぜ海の水は、塩水なのか。
海にいったときに、海水が口に入りました。「しょっぱい」と思い、それから海水は塩水だと知りました。なぜ川は、塩水ではないのに海は。とく、塩水なのか?
・星は、どうやって光っているのだろうか?
遠い宇宙からなぜ星の光は、地球の人が住んでいる所の空まで届くのか。
・なぜ火山は、ふん火するのか。
ふつうの山と火山はちがいます。私の周りにある山はふん火しません。でも火山はふん火します。火山には、ふつうの山にはない特別なしくみやつくりがあるのだろうか?

29
・時間という物はだれが世界に広め1日は約24時間だときめたのだろうか。まだ全然わかりません。
・西暦前4000年も前に僕たちと同じように地図を書いている高度な文明を持った人たちがいるのか。本を読んでとても昔の古地図には氷がおおわれていない南極大陸がとてもくわしくかかれていて南極は東西で大きな島に分かれている事を書てあったので文明があった事は事実ですが一体だれが測量したのかまだ分かりません。
・まだ外国の人の言葉を知らない時だれが通訳をして交流していたのか。教えるにしても両方の言葉が分からないと教えられないのじゃないか。全然分かりません

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1.人はうれしい時笑ったりするけど犬は、しっぽをふるのはなぜか。
2.人は早く死ぬ人と長生きする人がいるけど、それはなぜか。
3.FAXは紙を入れて送信ボタンを押すと遠い所にいてもすぐとどくのはなぜか。

31
・2.3年生の時、地球は、なぜ回っているのだろうと思ったことがありました。
・地球は、なぜういているのだろう。

32
・犬はどうして声に出してしゃべれないのかが不思議です。犬も人間と同じように、ごはん食べたり散歩をしたり人間と似ているのに、なぜ声が出ないのか、不思議に思いました。
・髪の毛はどうしてのびるのか。
なにもしていないのにのびるから。不思ぎと思った。
・どうして人は、年をとるのか。
人がおばあさんになっていく姿を見ているから。不思ぎと思った。

(つづく)
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私の「ふしぎ!?」からはじめる授業びらき(1)

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▼雲ははげしく流れていた!!
地上を吹く風もきつかった。
昼過ぎには雲たちも吹き飛ばされていってしまったのだろうか、青空が拡がってきた。
 夕方になると風は冷たさを増してきた。そんな「雲見」の一日!!
ふっと、あの子どものつぶやきが頭に浮かんできた。

 アメバ、アメナテ
 カゼバ、カゼナテ
 ダレ、ツケタンダベナ
 イツバンハヤク、ダレツケタンダベナ。
 (「新しい綴り方教室」国分一太郎・新評論)

▼授業びらきの季節だ。
この世界は「ふしぎ!?」に充ちている!!
その謎解きをするのが「理科」ダ!!
とはじめたいものだ。
 「ふしぎ!?」は教科書のなかだけにあるわけではない。
身のまわりのいたるところにある。
この教室の中にも、自分の家の中にも、学校の行き帰りの道端にも…
そして、自分の頭の中にも、友だちの頭のなかにも…
はじめからアタリマエにしてしまってはいけない。
案外アタリマエのことになかにこそ、ホンモノの「ふしぎ!?」があるものだ。
寅彦の真似をして
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
からはじめたいものだ。
▼現場を離れてしまっている私が、今さらなぜこんなことを書くのか。
提案か?
実践報告か?
単なるポンコツの思いで話か?
いずれでもあるようで、いずれでもない!!

私はかたく信じていた。次のように
サイエンスコミュニケーションの最前線は、「理科」の授業である!!
 だから、これを書くのはサイエンスコミュニケーターを志向する私にとっては、これからの「私の科学」をここから抽出しようとする試みなのである。
▼前置きはそれぐらいにしてはじめよう。
私は、この取り組みを二度やった。次のような呼びかけからはじめた。

私の「ふしぎ!?」は
12~13年この世に生きてきて、「ふしぎ!?」だ、と思ったことがきっといくつかあると思います。
それはどんなことですか。最低3つはあげてみよう。
どうして不思議に思うのか。どこまでわかっているのかも書いておこう。

(つづく)
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【Web更新4/10】16-15 サイエンスコミュニケーター宣言 等更新!!

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たらの芽の なほやわらかに めざめけり
16/04/08 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-15
週末定例更新のお知らせ
 新しい「出会い」の季節だ。
 とは言ってももうすでにそういう環境のなかにはいない。自分で少し意図してそういう環境をつくっておいた方が新たな「出会い」があるかと思い、新規のパソコンを購入した。
 少しずつ「引っ越し」作業をすすめている。こういうとき根っこのところがわかっていない私は必ずトラブル、アクシデントに遭遇する。
 しかし、ふり返ってみるとそれを契機に新天地が開けるということもしばしばあった。
 前回のときにそれを契機にTwitterをはじめたのだった。
では今度はなにが…。

◆表紙画像集2016 更新 タラの芽
  前の竹藪のタラの芽がふくらみはじめた。
すでに大きくのびたのもある。それはゆっくりゆっくりであるが「あっという間」でもある。
毎朝見ているとその「成長」にびっくりしてしまう。如何にもいかめしそうな棘でいっぱいの幹のてっぺんにやわかそうな芽がでてこようとしていた。そのコントラストが面白い!!

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 先週は「「予想」と科学教育」というかたちで、「現在地」確認のための座標軸5番目
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
を中心に語ってきた。
 今週は3番目
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
これを中心に考えてみたい。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 ゆっくり、ゆっくりだ。
しかし、歩みはとめない。

さあ、新しい一週間がはじまる。

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ファラデーラボ「手づくりおもちゃのかがく」は面白かった!!

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▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから2週目だった。
今年も最初に大きく変化がみられたのは「水栽培」池の方だった。とりわけ昨年度も水栽培だった蓮根からは早くもいくつ もの葉芽が水面から顔を出してきた。
 土を入れた本来の「観察池」の方は、ひとつの大きな葉芽が見えるがまだ水面下だ。「観察池」にはちょっと心配なことも起こりはじめた。それは、容器から少し水漏れがはじまったのだ。それは最初からで、いったん止まっていたのだが、再びはじまったのだ。
 不安ではあるが、これも面白い観察材料かもしれないとのんきにかまえることにした。
▼午後にはファラデーラボにでかけた。

第66回かがくカフェ 「手づくりおもちゃのかがく」 

 今回も「かがくカフェ」は実に楽しくおもしろかった。
▼「ネタの仕入れ」が本来の目的だった(?)のが、自分がその場で楽しむのが目的となってしまった。
続々と出てくる「手づくりおもちゃ」!!
 それらはすべて身近にあるもの、使った廃品を利用されていた。
それがとても気に入った!!
・うぐいす笛
・ミルクバックを使ったおもちゃ各種
・トイレットペーパーの芯を使ったおもちゃ5種
・発泡スチロール紙の作り方
・発泡スチロールのタイヤ作り
・簡単オカリナ
・宇宙ゴマ
・「はがき飛行機」”スーパー・ペーパー・プレーン”
・発泡スチロールを使って作るおもちゃ
等々
 どれにもみごとな「くふう」があった。
そして、「かがく」があった!!
2時間はあっというまだった。
さて”おじいちゃん”はいくつ再現できるかな!?
▼第2部もこれまた面白かった。
多様な 私の「科学」に出会えるのが、ファラデーラボの醍醐味だ。
遠方からも「モノ」「情報」「実践」が持ち寄られた。
こちらの方もワクワクの連続だった。
やはりなかでもいちばん面白いことは、自分とは違う人の「科学」と出会えることだ。
「知っている」つもりのことが実は間違っていたり、そこからあらたな「ふしぎ!?」が生まれる!!
これぞ「科学」することかも!?
森本さんの「回路カード」も益々進化していた!!
お世話になったみなさんありがとうございました。
深謝!!

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「予想」と科学教育(7)

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▼雨は生きものに活力を与える。
雨があがった朝、いつものコースを歩いてみた。生きものたちは今までにましていきいきしていように見えた。
急に「成長」していた!!
と思った。冬から毎日その展開を楽しみに観察しているものがあった。
それは牡丹の花である。
あの巨大な花がどのようにして「成長」するのか「ふしぎ!?」だったからである。
昨日の朝、急激に膨らんできたように見えた。
小さなカタバミの花も…。
瓶のなかに居座り続けるクモも…。
▼ずいぶん時間をかけて読み続けてきた

◆1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』p82より 国土社刊) 
「理科教育における「予想・仮説」着目史」
はじめに
§1. 仮説実験授業を発想したひと
§2. 着目史その1 - 新学習過程
§3. 着目史その2 - 理科実践論
§4. 着目史その3 - 予想実験をさせる授業
§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
§6. 今後のことなどを含めて

であるが、今回読み返してもやっぱり面白かった!!
ほぼ半世紀前のこの文章。
「日本理科教育史」にとって、もっとも注目に値する論考だと思う。
 いや、そんな大きなことを言わなくても、私の「理科教育史」に重要な位置を占める論考であることは間違いなかった。
▼この論考の最後「§6. 今後のことなどを含めて」を次のようにしめくくっていた。

理科教育における予想・仮説のもつ意味あいはゆるがせにできない問題である。単なる科学の方法としての位置にとどまることなく、基礎的な諸概念の習得・適用とか科学的認識の成立とかに密接不可分に結びつく重要なことがらであると考えられる。そういう点からいってもこうしたアプローチの必要性がある、といってよいのではなかろうか。

なんと示唆的な!!
▼庄司和晃氏自身は、この後あの「のぼりおり」認識論=「認識の三段階連関理論」にいたるのである。
 そして、「コトワザ教育」等にも力を注ぐのである。
 さらにはそれらすべての取り組みを含める「全面教育学研究会」展開にいたるのだった。
 私は、ずっと柳田國男と理科教育を結びつけてくれた人、「常民の科学」にあたたかいエールをおくってくれた人として庄司和晃氏に感謝し、尊敬もしていた。一方的に惚れ込んでいた!!
 30年近く手紙等の交流がありながら、まだ直接お会いしたことがなかった。
今回のこの論考のことも含めて、いくつかの質問を用意して、2013年4月13日庄司和晃氏に会いにいった。
 ていねいに質問に応えてくださるばかりか、宿題までいただいた。
感動であった!!
 次なる質問も用意しようと思っていた。なのに
昨年(2015年)5月、哀しい知らせを聞くことになってしまった。
 これからも書き残してくださったものから学び続けたいと思う。  合掌
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「予想」と科学教育(6)

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▼「春の嵐」は満開の桜を散らして去っていった。
 雨はけっきょく夜まで続くことになった。こんなときの「雲見」でちょっと迷っていることがあった。
 それはこんなときの「もくもくシール」はなににするかだ。「乱層雲」か?「積乱雲」か?に迷っているのだった。
夏の夕立のときのような単一の「積乱雲」であれば顕著であるが、それ以外の場合は雨の降り方で想像するしかなかった。はげしい雨風、ときには雷を伴うとなるとこれは「積乱雲」だろうと。
 しかし、「雲見」観測時間にちょうどそうなることはまれであった。だから、「もくもくシール」の「積乱雲」だけはどんどんあまっていく…(^^ゞポリポリ
 いずれにしても「大気の物理実験室」のなかで、次なる展開を「予想」しながら「実験」を観察することはなかなか面白い作業だ。
 それを繰り返しているうちにやがて思えてくるのだった。
「予想」する=「科学」する!!
ではと。
▼ちよっと「歴史」をはしょりすぎた。また元にもどって続けよう。

§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
◆細谷純・永野重史・新田倫義「理科ノート方式による授業の創造と研究」(『学習心理』第4巻第4号、小学館 1963年7月)

 庄司和晃氏自身は、この「理科ノート方式」をどう評価していたのだろう。

 しかしながら、”予想・仮説”をかなり組織的に、意識的に具体化した「理科ノート」は、自然科学教育という面からみても、新生面を開いたものといえる。「授業研究」法などというコロモをはぎとってみれば、理科ノートはスバラシイ自然科学教育の本道を明示したといえるかと思う。たとえ心理的いじくりまわしの気配があるとはいえ、たいした教育的発想である。キリスト教を例にとって、「仮説実験授業」を新約とすれば、「理科ノート方式」は旧約にも相当するといってもさしつかえなさそうである。  事実、仮説実験授業は「理科ノート方式」に一面のヒントをえたものである。

 と高く評価している。
▼それでは、もう少し具体的に「理科ノート方式」とはどんなものだったのだろうか。
 そのなかで「予想」はどんな位置にあったのだろう。庄司氏の文章から引用させてもらう。

「教案の配列……基本的には、……われわれが目標として設定した一般的原理の把握をめざした、《仮説ー演繹的経過》の反復であると言えよう。」
[各経過のステップ]
(1) 特定の実験事態を与えて、その結果を予想させる。
(2) 全員の予想を発表させて、対決させ、討論を行なわせる。
(3) 子どもたちのあげる属性について、統制を行ない《思考実験》を行なわせ、予想をたてなおさせる。
(4) 予想をたしかめたり、他の予想を消すための実験のやり方を考えさせる。または説明し、納得させる。
(5) 実験を行なってみせる。または行なわせる。結果を記録する。
(6) 結果をみながら、初めの予想をも含めて、討論する。
(7) 結果を、一般的な命題の形にして表現させる。そして、その命題を、まわりの種々の実態に適応してみる。
次の実験事態へと進んでいく。

このプロセスについても、庄司氏は次のように高く評価していた。

科学の方法と集団学習を決着させているあたりはすばらしいものだ。認識はいかにして成立するものか、に心をくだかないでは、このような教案作りの発想は生まれないはずだ。

▼その後も、さらに具体的例をあげ、また他の論文を引用し、「理科ノート方式」を絶賛していた。
そして、最後につぎのようにしめくくっていた。
 仮説実験授業の誕生以前に「理科ノート方式」という組織だてによって、予想(仮説)をうんぬんするような子どもたちのいたことは、特記に値することがらである。
 ともかく「理科ノート方式」というものは予想(仮説)の着目史からいっても、1つの世界をもった特色のある研究である。

(つづく)


  

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「予想」と科学教育(5)

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▼「オドリコソウ」!!
なんとみごとなネーミングだろう!!
 オドリコソウだけではなかった。朝の散策でみかける草花は着々たる春の進行を教えてくれていた。
さらにはスギナやムラサキゴケについた大量の水滴で大気がたっぷりと水蒸気を含んでいることがわかった。
 そして、昼頃に空に出現した「日暈」は、今朝の雨を予告してくれていたのだった。
▼まだまだ
§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
◆細谷純・永野重史・新田倫義「理科ノート方式による授業の創造と研究」(『学習心理』第4巻第4号、小学館 1963年7月)

を続けよう。
 原文が手元にないので、庄司氏が引用した孫引きというかたちで引用してみよう。

「………われわれは、自己の授業研究の方式を、《理科ノート方式》と通称しているが、これはあくまでも便宜的な呼び方にすぎない。《理科ノート》は便利であるが、必ずしもなければならない要素ではない。
 むしろ、《教授プログラム方式》とか《学会方式》とか呼んだほうがよいかもしれない。それよりも、究極的には、授業の創造のための特定の方式などはありえないと考えるほうが正しいかもしれない………。
われわれはただ、現在までのわれわれの成果を、自覚的に方法化していることを表明するために方式を付したにすぎないことを補足しておく」

 なんと説得力のある文章だろう。半世紀以上たった今も合点するところが多い。
▼ここでもう一度遡行してみる。
庄司和晃氏が「着目史」の2つ目の例としてあげた

§3. 着目史その2 - 理科実践論
◆高橋金三郎・菅野聡共著『理科実践論』(1959年刊、同学社)

の高橋金三郎氏は、ちょうど半世紀前の1966年に次なる文章を書いていた。

◆『中学理科サークル通信ノート1.2.3』(科教協東北地区協議会1966.3.31)「序文」
 (「中学理科サークル通信ノート」は、1960年にスタートしている。)

この理科通信サークルは次のような動機で始められました。

1.理科教育研究は現場の教師を主体にしなければならないが、教師は研究者として認められていないために、相互交流の機会が少ない。年一回の大会では不十分である。

2.大会自体の運営がおかしく、現場の実践をおしすすめるためのきめこまかなものになっていない。もっとザックバランに何でも話し合えるサークル的雰囲気がほしい。

3.創造的な教育研究をやろうとすると、どうしてもひとりぼっちになるし、失敗も多くて、くじけてしまう。
どこかで仲間が絶えずはげましていてほしい。

4.研究をそのまま発表するのでなく、それ以前にチェックされたり、援助されたりして、できるだけレベルの高いものにして発表したい。
 
  (中略)

 こうした事情を見聞するにつれ、どうにかして手軽な手段で最初に書いた願いを満たすものをという気持ちが段々強くなりました。そして思いついたのが、この通信サークルノートの回覧です。そのBack Groundには次のようなことがありました。

1.東北大学で理科の通信教育に従事して非常に有益だったが、同時に受講者間の交流がないために無駄な労力が払われた。

2.第一線の科学者は航空便や電話で国際的に日常の研究を交換している。学会はその決算日にすぎない。現場の教師でも手紙を出す暇はあるだろう。

3.1:1の手紙の交換(ラブレター方式)は有効だし、これからもすすめられねばならないが、研究集団組織を強化していくためには、semi-publicのノートの回覧の方が有効である。多くの変わった角度からの意見が出る。

4.ひとつのサークルに沢山の人をいれていけば、その人が中心になって多くのサークルができてくるだろう。

5.学生時代のクラブ活動で、部屋に厚いノートがあり、各人が勝手なことを書いているうちに連帯感が強められたし、普通の勉強では得られぬ多くのことを学習した。

 今読み返してみてもワクワクしてくるような文章だ。「【理科の部屋】とは」を説明するためにも度々引用させてもらってきた文章だ。
▼「歴史」は人と人の「出会い」の物語でもあった。
1965年庄司和晃氏が「理科教育における「予想・仮説」着目史」の具体例であげた
・§3. 着目史その2 - 理科実践論
・§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
のふたつの流れは合流することになるのである。

●1970年3月 「極地方式研究会」創設

ここにもすぐれたネーミングが!!

図らずも庄司氏は、この流れを予見していたのかも知れない。

(つづく)
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「予想」と科学教育(4)

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▼春の「雲見」は、「予想」して観察するというのがなかなかむずかしかった。
刻々とちがう種類の雲が登場してきた。
ときには「春雨」まで降ってきた!!
 「予想」はむずかしいが楽しいものである!!
 それはいつの「雲見」でもかわらなかった。
▼何日ぶりかに

●1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』p82より 国土社刊) 

を続ける。庄司和晃氏が4つ目の具体例にあげたのは次のものだった。

 「理科教育における「予想・仮説」着目史」
§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
◆細谷純・永野重史・新田倫義「理科ノート方式による授業の創造と研究」(『学習心理』第4巻第4号、小学館 1963年7月)

 私自身がいちばん興味深く読んだのもここの部分だった。
▼庄司和晃氏はどのように注目したのだろう?
すこし長くなるが引用させてもらおう。

 この「理科ノート方式」というのは、”授業の研究”はかくありたし、という立場から生み出されたものである。新たな授業研究の方法を提示したものとして注目に値しよう。「授業研究における《見る》立場を否定し、《創る》立場を主張してきた」成果である。すべての考えが集約的に反映するという点ではもっとも苦労する教案=指導仮説(理科ノート)をみずから手がけて作成し、それを実地に検証していく、というきわめて実践的な授業の研究である。
 直接的に、自然科学教育をうんぬんしようとして発想されたものではないが、結果的には自然科学教育に対して大きな道を開いたといえよう。

▼私にはこの文章を読んですぐさま想起する一文があった。
それは、細谷純氏自身が、「理科ノート方式」提案からほぼ10年後に書いた文章だった。

◆1974年 『極地方式入門』(高橋金三郎・細谷純編、国土社1974.3.20) 「6 ”テキスタイル”化」p174

 ”テキスタイル”ということばは、いつとはなしに造り出され、使用されるようになった。”わたしたち”の造語である(textile=織物ではなくて、text+style=textyleである。)”わたしたち”が教えたい、わかってほしいと願う事柄がきまったからといって、それはまだテキストではない。テキストは、発問と、資料と、実験と、読み物などで構成されるが、とりわけ、どんな発問を、どんな順序で用意するかが重要である。いや、内容がきまってから「さて発問は?」というのでなくて、事例に関する発問、事例を法則の支配下に位置づけさせる発問、等を考える過程の中で、”わたしたち”の中に次なる内容が求められ、獲得されていくのである。(『極地方式入門』(高橋金三郎・細谷純編、国土社1974.3.20) p174より)

 ”テキスタイル”というキーワードで、私のなかでいっきょに
「歴史」はツナガッテイク!!
のだった。もはや、これは過去の「歴史」の話ではないのである。

(つづく)
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4月(卯月)の俳句「歳時記」!!

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▼久しぶりに自然結実ヒガンバナ群落に行ってみた。
いつも通りかかりはするが、車をとめてまで観察をしていなかった。
びっくりだった!!
 そうなっているだろうということは家の定点観測地ヒガンバナを見ていて承知しているはずだったが、目の前にするとそれは圧巻ですらあった。
 枯れてゆくヒガンバナの葉!!
 それは私にとっては、有力な「季語」であった。私だけの「歳時記」には登録しておこう!!
▼「観天望気」の第三の手法として、俳句「歳時記」を採用して3ヶ月目になる。
今月も名句をあげてみよう。次の本から引用させてもらう。

◆『書いて身につく 四季の名句120選』(鍵和田秞子著 NHK出版)

【4月(卯月)の名句】
(1) 大原や蝶の出て舞ふ朧月  丈草
(2) 時計屋の時計春の夜どれがほんと 久保田万太郎
(3) 花衣ぬぐやまつはる紐いろゝ 杉田久女
(4) 囀りをこぼさじと抱く大樹かな 星野立子
(5) 人体冷えて東北白い花盛り    金子兜太
(6) 東大寺湯屋の空ゆく落花かな   宇佐美魚目
(7) 草餅を焼く天平の色に焼く    有馬朗人
(8) 実朝の海あをあをと初桜     高橋悦男 
(9) 水の地球すこしはなれて春の月  正木ゆう子
(10) サイネリア待つといふこときらきらす  鎌倉佐弓

▼うまい!!
実にうまいもんだ!!こんなにみごとに時空を掬い取るとは!!
今さらどうひっくりかえってもここには近づけそうもない。
しかし、諦めたくはない。
俳句という自然観察の方法はきわめて有効だと思っている。
どれもすごいが、とくに

(9) 水の地球すこしはなれて春の月  正木ゆう子

が気に入った。たった17文字で宇宙をも掬い取るワザ!!

(4) 囀りをこぼさじと抱く大樹かな 星野立子

音も光もコトバにして伝えている!!

▼我らが寅彦は『日本人の自然観』のなかで、「歳時記」について次のように言っていた。

短歌俳諧(はいかい)に現われる自然の風物とそれに付随する日本人の感覚との最も手近な目録索引としては俳諧歳時記(はいかいさいじき)がある。俳句の季題と称するものは俳諧の父なる連歌を通して歴史的にその来歴を追究して行くと枕草子や源氏物語から万葉の昔にまでもさかのぼることができるものが多数にあるようである。私のいわゆる全機的世界の諸断面の具象性を決定するに必要な座標としての時の指定と同時にまた空間の標示として役立つものがこのいわゆる季題であると思われる。

あらためて納得である。さすが寅彦!!
ゆっくり ゆっくり 楽しみながら今月も修行にはげみたいものだ。

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【Web更新4/3】16-14 サイエンスコミュニケーター宣言 等更新!!

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連翹や ひと枝に花 あふれたり 16/04/02 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-14
週末定例更新のお知らせ
 新年度はじめてのWeb更新である。新年度になっても展開に特に大きな変更はない。
 blogの副タイトルに「リアルタイムに等身大情報を」と書いていた。blogはじめたときからかわらないスタンスの表明であった。こちらは変えたつもりはなくても、最近「リアルタイム」「等身大情報」の意味は大きく変わってきていると感ずることが多い。
 ほんとうに変わったのかな?
今週はそれを…

◆表紙画像集2016 更新 連翹(レンギョウ)
 今、荒れた庭で目立つのは、連翹と雪柳だ。
とりわけ連翹の黄色は明るく周りを照らしているようだ。ひと枝にいくつもの花がついてあふれるばかりだ。
花の後に顔を出す葉の緑がなんとも新鮮だ。花の後に葉がめずらしいと思っていたら、考えてみると桜だってそうたなぁ!? 葉桜はまだ早いかな。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 「サイエンスコミュニケーター宣言」をはじめて5年が経った。
 6年目がはじまった。
 今どこに? やっぱりあの5つの座標軸をひっぱりだして来よう。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

今は、とりわけ「(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。」に集中している。
「予想」と科学教育 を今しばらく続けてみようと思う。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 月初めの「観天望気」3点セット(「雲見」「天気コトワザ」「俳句歳時記」)は定着しつつある。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 こちらの方は、5年目のスタートである。
今月のテーマは 寅彦の「観察眼」 である。

ゆっくり行く者は 遠くへ行く !!
を信じて、今週もゆっくり ゆっくり…。

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4月(卯月)の天気コトワザ!!

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▼大賀ハス蓮根の植え替えから一週間がたった。
 観察池で早朝からテントウムシが一匹水浴びをしていた。いや溺れているのかもしれない。
そのほかには何の変化も見られなかった。まだ水は少し濁っていた。
 はやくも少し変化の見られるのは「水栽培」の方かもしれない。すでに葉芽がのびてきているような…。
 さてこれから一年間、この大賀ハス観察池は季節の移りかわりを教えてくれる示準池の役割もしてくれることになるだろう。
▼4月がはじまっている。
「観天望気」第二弾、天気コトワザを今月もあげておく。
参考にさせていただくのはいつものように

◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)

だ。
 4月のところには、27個があがっていた。番号はあがっている順番に私が勝手につけさせてもらった。

(1) 春の北風は晴れる
(2) サクラの花の色うすい年はいつまでも寒い
(3) 身体に寒いと感じる時は天気がよくなる
(4) 桜の白花多く咲く年は豊年
(5) ツバメが低く飛べば雨近し
(6) 春雨多ければ夏干ばつ、秋に雨が頻繁で洪水あり
(7) 女心は四月の空のごとし
(8) 朝雲は晴
(9) 月常より輝き冷えるときは霜となる
(10)コブシの花横向きに咲く年は大風多し
(11)タンポポの葉が地を這うと晩霜あり
(12)夕焼は晴
(13)遠くの音が聞こえるようになると天気が悪くなる
(14)大霜の後暖かきは雨近し
(15)蝶々雲が現われると雨が近い
(16)カラスが田の中に巣を作るのは晴天多きしるし
(17)夜空が澄んだ朝は大霜
(18)月が暈をかぶると雨
(19)朝の川もや白きは晴
(20)鯖雲は雨
(21)西風は晴
(22)月の横に星あるときは晴天
(23)櫛が通りにくい時は雨の前兆
(24) スズメが朝早く囀る時は晴
(25) 鍋の肌しめると雨
(26) 春の南風は三日雨降らず
(27) 南風は馬鹿風でやむことを知らない

▼今月もなかなか面白い。
4月と言えば、天気の変化の鍵をにぎるのは「移動性高気圧」と「温帯低気圧」だろう。
現在もときどき目にしたり、聞いたことがあるのは

(5) ツバメが低く飛べば雨近し
(12)夕焼は晴
(18)月が暈をかぶると雨
(20)鯖雲は雨

ぐらいであろうか。ということは、これからも使いモノになる可能性を持っているということだろう。
現代の「宇宙からの雲見」や「天気図」とリンクしてより説得力をもつものにしていきたいものだ。
▼つまるところ、「天気の変化」とは大気の物理現象である。

(13)遠くの音が聞こえるようになると天気が悪くなる
(18)月が暈をかぶると雨
(23)櫛が通りにくい時は雨の前兆
(25) 鍋の肌しめると雨

等々は「物理学」で謎解きをして、現代風にカスタマイズして使い続けたいものである。
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本日(2016/04/02)、第125回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼2016年の4月がスタートした。
庭の定点観測地ヒガンバナの葉の枯れが益々進行していた。
それはまるで包囲網のカラスノエンドウに「はやくその土地をあけて交代せよ!!」とせかされているようにも見えた。いや、ひょっとしたら私にはわからないが、植物どうしの間には「申し合わせ」があって、いつまでにあけわたさなければならないと決まっているのかも知れない。
 寅彦の「観察眼」だったらそれを見抜いてしまっただろうか?
▼2016年度のオンライン「寅の日」をはじめる。
5年目のスタートである!!
 本日(2016/04/02)は第125回オンライン「寅の日」!!である。
4月のテーマは、寅彦の「観察眼」である。寅彦のモノを観察する眼はするどかった。
私のような凡人にはとても思いつきもしない視点で自然を観察していた。
その視点はまぎれもなく科学者・寺田寅彦の視座から生まれていた。それだけではない。その観察したものをみごとな文章で書きの残してくれていた。アリガタイ!!
 第一弾として、読むのはお気に入りの「春六題」である。

◆本日(2016/04/02)、第125回オンライン「寅の日」!!

●「春六題」(青空文庫より)

▼私は、5年目をはじめるにあたり少しだけ決意したことがあった。
 それは、できるだけ寅彦の文章の「引用」を少なくして、自分自身の「文脈」で語ってみると言うことだった。
その決意はいきなり破綻しそうだ。
 こんな巧みな文章を、自分の「文脈」でと思っても語れるものではなかった。
この随筆では、寅彦の「観察眼」のバックボーンが語られていると思った。
「一」は、とても興味深い導入だ!!その巧みな展開を堪能させもらうのみだ。
最後の一行はうれしくなってくる。

だれにでもわかるものでなければそれは科学ではないだろう。
 

決意と相反して、連続して引用させてもらおう。

 たとえばある庭のある桜の開花する日を調べてみると、もちろん特別な年もあるが大概はある四五日ぐらいの範囲内にあるのが通例である。これはなんでもないようでずいぶん不思議な事である。開花当時の気温を調べてみても必ずしも一定していない。無論その間ぎわの数日の気温の高低はかなりの影響をもつには相違ないが、それにしてもこの現象を決定する因子はその瞬間の気象要素のみではなくて、遠くさかのぼれば長い冬の間から初春へかけて、一見活動の中止しているように見える植物の内部に行なわれていた変化の積算したものが発現するものと考えられる。

アタリマエの「ふしぎ!?」の指摘だ。例の「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」と問いかけられたような気分になってくる。
そして、こう書く寅彦が私は大好きだ!!

眠っているような植物の細胞の内部に、ひそかにしかし確実に進行している春の準備を考えるとなんだか恐ろしいような気もする。

▼引用を続ける。

植物が生物である事はだれでも知っている。しかしそれが「いきもの」である事は通例だれでも忘れている。

私はなんだか恐ろしいものを見たような気がした。つまらない草花がみんな「いきもの」だという事をこれほど明白に見せつけられたのは初めてであった。  日常見慣れた現象をただ時間の尺度を変えて見せられただけの事である。
もし記憶の衰退率がどうにかなって、時の尺度が狂ったために植物の生長や運動が私の見た活動写真のように見えだしたらどうであろう。春先の植物界はどんなに恐ろしく物狂わしいものであろう。考えただけでも気が違いそうである。「青い鳥」の森の場面ぐらいの事ではあるまい。

これらの文章を読んですぐさま思いだしたのが、『植物は<知性>をもっている』(S・マンクーゾ、A・ヴィオラ著 NHK出版)だった。

さらに興味深いことを書いていた。

 物質と生命の間に橋のかかるのはまだいつの事かわからない。生物学者や遺伝学者は生命を切り砕いて細胞の中へ追い込んだ。そしてさらにその中に踏み込んで染色体の内部に親と子の生命の連鎖をつかもうとして骨を折っている。

こう寅彦が書いたのは1921年(大正10)4月である。そこへ次の歴史を重ねて見る時なにが見えてくるだろう。
●1953年 ワトソン(米)、クリック(英)DNA二重らせん構造の発見。
●2003年 ヒトゲノムプロジェクトが解読完了を宣言(米)
続けて寅彦はこうも言っていた。

 科学というものを知らずに毛ぎらいする人はそういう日をのろうかもしれない。しかし生命の不思議がほんとうに味わわれるのはその日からであろう。生命の物理的説明とは生命を抹殺(まっさつ)する事ではなくて、逆に「物質の中に瀰漫(びまん)する生命」を発見する事でなければならない。
私は生命の物質的説明という事からほんとうの宗教もほんとうの芸術も生まれて来なければならないような気がする。ほんとうの神秘を見つけるにはあらゆる贋物(にせもの)を破棄しなくてはならないという気がする。

やっぱり寅彦は面白すぎる!!
オマケまで付いていた。「六」では「雲見」観察についても書いてくれていた。
まさに自然観察の醍醐味のすべてが語られているのである。
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4月(卯月)の「雲見」は!?

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▼3月(弥生)の「雲見」が終わった。
いつものように「もくもくシール」による「雲見」カレンダーをながめながら、3月の「雲見」を思い出していた。
10種雲形のシールの枚数を数えてみた。
・快晴   3
・巻積雲 4
・巻層雲 5
・高積雲 1
・高層雲 3
・層積雲 3
・積雲   7
・層雲   2
・乱層雲 2
・積乱雲 1
「巻雲」がないが、それ以外は全部出そろった。
相対的に雲がにぎやかだった印象のある3月だ!!
▼さて、4月(卯月)の「雲見」はどうなるだろう?
例の2つを利用して「予想」してみる。
まずは

◆気象庁・一か月予報(近畿地方PDF版)

である。ちょうど昨日が木曜日だから、最新版ということになるだろう。
ナルホド!!
気温は高く、雨がおおくなりそうだ。今朝からさっそく雨だかな。
▼もうひとつの定番を参照させてもらおう。

◆12ヶ月のお天気図鑑』(武田康男・菊池真以著 河出書房新社)

ページをめくる毎にすばらしい「雲見」画像に出会える。
今月のタイトルをならべてみる。

「天使の梯子」
「春の満月」
「花曇り」
「落陽」
「黄砂」
「蜃気楼」
「太陽の道」
「寒の戻り」
「爆弾低気圧」
「潮干狩り」
「扁平太陽」
「波状雲」
「甲子園の風」
「春時雨」

このなかで、私が今いちばん出会いたい「雲見」は「蜃気楼」である。
▼3月の「雲見」の旅で、もっとも印象深く思い出されるのは、若狭・奈良への「雲見」の旅である。
「お水送り」「お水取り」を連続して見るのが主目的ではあったが、それぞれの地、それに向かう列車の車窓からの「雲見」も忘れがたい。
 今月予定している「雲見」の旅は、土佐への「雲見」の旅だ。太平洋の「雲見」だ。
他には…。
 計画するのだけでも楽しい作業だ!!

 さあ、どんな「雲見」に出会えるかなo(^o^)o ワクワク

 


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