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本日(2016/04/02)、第125回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼2016年の4月がスタートした。
庭の定点観測地ヒガンバナの葉の枯れが益々進行していた。
それはまるで包囲網のカラスノエンドウに「はやくその土地をあけて交代せよ!!」とせかされているようにも見えた。いや、ひょっとしたら私にはわからないが、植物どうしの間には「申し合わせ」があって、いつまでにあけわたさなければならないと決まっているのかも知れない。
 寅彦の「観察眼」だったらそれを見抜いてしまっただろうか?
▼2016年度のオンライン「寅の日」をはじめる。
5年目のスタートである!!
 本日(2016/04/02)は第125回オンライン「寅の日」!!である。
4月のテーマは、寅彦の「観察眼」である。寅彦のモノを観察する眼はするどかった。
私のような凡人にはとても思いつきもしない視点で自然を観察していた。
その視点はまぎれもなく科学者・寺田寅彦の視座から生まれていた。それだけではない。その観察したものをみごとな文章で書きの残してくれていた。アリガタイ!!
 第一弾として、読むのはお気に入りの「春六題」である。

◆本日(2016/04/02)、第125回オンライン「寅の日」!!

●「春六題」(青空文庫より)

▼私は、5年目をはじめるにあたり少しだけ決意したことがあった。
 それは、できるだけ寅彦の文章の「引用」を少なくして、自分自身の「文脈」で語ってみると言うことだった。
その決意はいきなり破綻しそうだ。
 こんな巧みな文章を、自分の「文脈」でと思っても語れるものではなかった。
この随筆では、寅彦の「観察眼」のバックボーンが語られていると思った。
「一」は、とても興味深い導入だ!!その巧みな展開を堪能させもらうのみだ。
最後の一行はうれしくなってくる。

だれにでもわかるものでなければそれは科学ではないだろう。
 

決意と相反して、連続して引用させてもらおう。

 たとえばある庭のある桜の開花する日を調べてみると、もちろん特別な年もあるが大概はある四五日ぐらいの範囲内にあるのが通例である。これはなんでもないようでずいぶん不思議な事である。開花当時の気温を調べてみても必ずしも一定していない。無論その間ぎわの数日の気温の高低はかなりの影響をもつには相違ないが、それにしてもこの現象を決定する因子はその瞬間の気象要素のみではなくて、遠くさかのぼれば長い冬の間から初春へかけて、一見活動の中止しているように見える植物の内部に行なわれていた変化の積算したものが発現するものと考えられる。

アタリマエの「ふしぎ!?」の指摘だ。例の「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」と問いかけられたような気分になってくる。
そして、こう書く寅彦が私は大好きだ!!

眠っているような植物の細胞の内部に、ひそかにしかし確実に進行している春の準備を考えるとなんだか恐ろしいような気もする。

▼引用を続ける。

植物が生物である事はだれでも知っている。しかしそれが「いきもの」である事は通例だれでも忘れている。

私はなんだか恐ろしいものを見たような気がした。つまらない草花がみんな「いきもの」だという事をこれほど明白に見せつけられたのは初めてであった。  日常見慣れた現象をただ時間の尺度を変えて見せられただけの事である。
もし記憶の衰退率がどうにかなって、時の尺度が狂ったために植物の生長や運動が私の見た活動写真のように見えだしたらどうであろう。春先の植物界はどんなに恐ろしく物狂わしいものであろう。考えただけでも気が違いそうである。「青い鳥」の森の場面ぐらいの事ではあるまい。

これらの文章を読んですぐさま思いだしたのが、『植物は<知性>をもっている』(S・マンクーゾ、A・ヴィオラ著 NHK出版)だった。

さらに興味深いことを書いていた。

 物質と生命の間に橋のかかるのはまだいつの事かわからない。生物学者や遺伝学者は生命を切り砕いて細胞の中へ追い込んだ。そしてさらにその中に踏み込んで染色体の内部に親と子の生命の連鎖をつかもうとして骨を折っている。

こう寅彦が書いたのは1921年(大正10)4月である。そこへ次の歴史を重ねて見る時なにが見えてくるだろう。
●1953年 ワトソン(米)、クリック(英)DNA二重らせん構造の発見。
●2003年 ヒトゲノムプロジェクトが解読完了を宣言(米)
続けて寅彦はこうも言っていた。

 科学というものを知らずに毛ぎらいする人はそういう日をのろうかもしれない。しかし生命の不思議がほんとうに味わわれるのはその日からであろう。生命の物理的説明とは生命を抹殺(まっさつ)する事ではなくて、逆に「物質の中に瀰漫(びまん)する生命」を発見する事でなければならない。
私は生命の物質的説明という事からほんとうの宗教もほんとうの芸術も生まれて来なければならないような気がする。ほんとうの神秘を見つけるにはあらゆる贋物(にせもの)を破棄しなくてはならないという気がする。

やっぱり寅彦は面白すぎる!!
オマケまで付いていた。「六」では「雲見」観察についても書いてくれていた。
まさに自然観察の醍醐味のすべてが語られているのである。
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