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「予想」と科学教育(3)

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▼これはまったくの偶然であった!!
いや偶然にしてもできすぎた話だった。しかし、事実であるから記録しておくことにする。
 一昨日の真夜中のことである。イモリたちの飼育ケースをいつでも観察できるようにと玄関先に置いた。
か目前の壁にはり付いて貴奴がいた。ヤモリだ!!
 最初、自分でも寝ぼけているかと自分を疑った。だってイモリの次がすぐさまヤモリだなんて捜してもなかなかそう都合よく行く話ではない。でも事実、目の前にいた、起きてからゆっくり観察してみようといつものケースに入れた。
 昨日朝のうちにじっくりと観察させてもらった。
問題の足の裏もあれこれ「予想」をしてから観察させてもらった。
やっぱり驚きだった!!
▼「予想」と科学教育を続けよう。
 庄司氏が、「予想・仮説の着目史」として2つめにとりあげたのはつぎのようなものだった。

「理科教育における「予想・仮説」着目史」
§3. 着目史その2 - 理科実践論
◆高橋金三郎・菅野聡共著『理科実践論』(1959年刊、同学社)

 庄司氏は、この本を次のように紹介していた。

これは、現今の理科教育への切りこみ作戦論といっていいものである。この「実践論」は単なる”実行論”ではない。1つのはっきりした立場からのメス入れである。
 「予想・仮説」については、数ヵ所にわたってうんぬんされてある。

▼高橋金三郎氏の著作はだいたい手元にあるが、この著はなかった。
庄司和晃氏が、上記の紹介につづいて同書から引用した文章は興味深く示唆的である。
また引きというかたちになるが、いくつかを引用させてもらう。

 自然科学とは、自然の運行に関する知識、すなわち、「それによって未来の現象ように組織された知識」であると、わたくしは考える。未来の判断こそ自然科学の生命ではなかろうかと思う。(p.24)
計画的な改変は、未来の現象についての予測なしにはできないのである。(p.25)
「ありのままの観察」というのは科学的な観察ではない。(p.211)
目的をはっきりさせないでありのままの観察を指導するのはまったくの誤りである。(p.211)
 わたくしは、予想をもたない観察はあり得ないと考える。ところで予想というのは、先入主であり何かの推理である。したがって、推理のない観察はあり得ない。推理をオミットして、観察の精密さを要求するのは、危険な指導である。(pp.211~212)
 科学的観察というのは、予想を意識の外に追いやるので なく、「自分が何を見ようとしているのか」はっきり確認することがもっとも肝腎で、つぎに、「その予想が本当であるかどうか」検証する態度で観察するのでなければならない。「予想を立てる」ことの重要性はここにある。(p.212)

まだまだあるがこれぐらいしておく。
「観察論」「実験論」にひきつづきあがっている具体的実践についても庄司氏はふれていた。

▼つづけて庄司氏が「着目史」であげた例は次のようなものであった。

「理科教育における「予想・仮説」着目史」
§4. 着目史その3 - 予想実験をさせる授業
◆井上弌善氏「ふりこの等時性の授業」(『科学教育ニュース』No.103 1960年7月)

ここでは、授業過程に注目していた。特に「予想の人数」を数えるというところに注目していた。
また、「予想分布表」もすでに実践されていた。

3月は終わる!!
 しかし、私の「予想」と科学教育についての書き込みはまだ終わりそうにない。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

(つづく)
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「予想」と科学教育(2)

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▼一昨日、孫たちと一緒にでかけたフィールドワークで手に入れたイモリくんたち3匹をしばらく水槽で飼ってみることにした。朝から近くの川で採集した水草(クロモ)を水槽に入れた。
 それだけでずいぶんそれらしい環境ができたように見えた。
 イモリを飼うのはずいぶん久しぶりだった。飼育は案外簡単であるという印象を持っていた。
それにイモリは『動物の世界』の学習では、お気に入りの定番教材でもあった。
 夕方にホームセンターのペットコーナーに行ってエサ(イトミミズを乾燥させたもの)を買ってきた。
さて、いつまでつき合うことできるかな?
「予想」では…?
「歴史」はツナガッテイル!!

●1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』p82より 国土社刊) 

を続ける。
 これがきっと最後の機会になるだろうから、少していねいに詳細を読み解いてみることにする。
まず年代だ。
 庄司和晃氏がこの文章を書いたのは、1965年!!
戦後20年という節目の年である。昨年で書かれてから50年・半世紀である!!
読みはじめるとすぐに気づく。
「歴史」はツナガッテイル!!如何なる「歴史」も地続きでアル!!
このアタリマエ!!に。
▼最初に語られているのは
「§1. 仮説実験授業を発想したひと」
である。
 板倉聖宣氏がいかにして「仮説実験授業」を発想するに至ったかのプロセスがくわしく書かれていた。
その必然がわかりやすく書かれていた。
 庄司氏自身もその渦中の人だったから、その渦中から視た熱き「仮説実験授業」論だった。
でもそれだけではない!!
 私がいちばん注目したいのは、これは庄司和晃自身の「理科授業論」になっているところだ。
庄司氏は渦中にあっても客観的な視点を忘れてはいなかった。
 ある日の突然、唐突な「発想」が生まれるわけはない。
どんな「発想」にもかならずそこに「歴史」の必然がある。それを認識した上で

「予想」というものについて意識的にまともにとりくんだ”論”、思想論ともいうべきものはほかにないのではないだろうか。

と礼賛しているのである。
かくして「予想をもって自然に問いかける」は理科教育におけるスタンダードな姿勢となるのである。
▼ここから庄司氏は「歴史」を追うことをはじめる。
「§2. 着目史その1 - 新学習過程」
「予想」に着目した理科教育史の筆頭にあげたのは、
◆神戸井三郎『理科学習原論』(昭和11年(1936年)刊、初版は大正15年(1926年)、東洋図書)
であった。
 

中味は、”仮定・予想”論でみなぎっている。

とまで評している。
 そしてさらに注目し驚いたのは「新学習過程」として提唱されているなかに、ひとつの段階として「仮定=結果の予想」がはっきりと位置づけられていることだった。
 以下連綿とこの先行する取り組みについて詳細にのべている。
やがて生まれてくる不思議があった。
 この先駆的取り組みは引き継がれなかったのだろうか?

 水槽に水草を入れてイモリの環境が整った昼頃、空を見上げたら「日暈」ができていた!!

(つづく)
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「予想」と科学教育(1)

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▼昨日の「雲見」はふだんより少しばかり気合いが入っていた。
というのは、フィールドへ春の観察にでかける予定があったからだ。
午前中にも出かけ、午後にも少し離れた場所にも車で出かけた。
とりわけ天気が気がかりだった。
 午前中はうまく「にわか雨」をかわしたものの、午後はちょっと離れた場所だ、せっかく行ったものの雨では目的の行動がとれなくなってしまう。
 「雲見」に切実感があった。「雲見」から、その後の天気の変化を的確に「予想」する必要があった。
 もちろんテレビやネットの「天気予報」も参考にしながらである。
しかし、それだけでは充分ではなかった。
事実、車で数㎞移動するだけで、まったくちがう天気だった。
ザザ降りの雨を抜けると、すぐ春の日射しが…!!
これが面白い!!と思った。
▼「予想」しながら観察する。それが面白いと思った!!
漠然と観察するだけでは、「科学」ではない。
「予想」を持って観察するから、「雲見」も「科学」になるのだと思った。
 唐突ではあるが、
 「予想」する と「科学」する の関係についてちょっと考えてみたくなった。
 「予想」とか「科学」とかというと必ず思い起こすひとつの論文があった。

●1965年(昭和40) 「理科教育における「予想・仮説」着目史」(庄司和晃著『仮説実験授業』p82より 国土社刊) 

である。
▼久しぶりに読み返しはじめた。
やっぱり面白い!!
書かれたときからもう半世紀を越えている。
しかし、それは今も新鮮で今日的である。
膝をたたくことしきりである。おおまかな内容は次のようになっていた

 「理科教育における「予想・仮説」着目史」
はじめに
§1. 仮説実験授業を発想したひと
§2. 着目史その1 - 新学習過程
§3. 着目史その2 - 理科実践論
§4. 着目史その3 - 予想実験をさせる授業
§5. 着目史その4 - 理科ノート方式
§6. 今後のことなどを含めて

▼私が、この論文を「再発見」したのは、サイエンスコミュニケーター宣言をはじめてからであった。
私自身の理科教育史をふり返ることも兼ねて、大風呂敷ひろげて「日本理科教育史」を概観してみるという作業にとりかかっているときだった。
 まず驚いた!!
 それまでの日本の理科教育を「予想」という切り口で概観し、そしてその後半世紀間の日本の理科教育の流れを見えていたかのような論調に!!

(つづく)
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【Web更新3/27】16-13 【大賀ハス観察日記】 等更新!!

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水音もかろやか土手の菫かな 16/03/26 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-13
週末定例更新のお知らせ
 2015年度最後のWeb更新である。
 表紙画像を変えて「俳句もどき」を一句、それと日々のblogをWebページに貼り付けるだけの作業を私はたいそうに「更新」とよんでいる。でも、この作業なら私にもできる!!
 誰でもできることを可能な限り繰り返す!! それが私の唯一のコンセプト!!
 
◆表紙画像集2016 更新 スミレ
 朝夕に歩く川沿いの土手に春が来た!!
 つくし、タンポポがみごとだ。そして、スミレが…。
 スミレをこれほど意識して見たのははじめてかも知れない。

◆【大賀ハス観察日記】 更新!!
 蓮根の植え替えをして、 2016年度の【大賀ハス観察日記】をスタートした。
定例観察日を土曜日とする。それはかわらず続けて行きたい。

◆【ヒガンバナ情報2016】 更新!!
 実生ヒガンバナの仲間の観察を続ける。
 
◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 ほんとうに少しずつであるが、歩みはとめない。
ゆっくり 急ぐ!!

さあ、今週中に新年度がはじまる!!
「みちはかぎりなくさそうばかりだ。」(『峠』より)
どんな新しい「出会い」が… o(^o^)o ワクワク


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大賀ハス蓮根の植え替えをした!!(2)

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▼さていよいよ新しい「大賀ハス観察池」の更新である。
方法としては、ずっと採用している<大賀式栽培法>(『蓮~ハスを楽しむ~』監修 北村文雄 ネット武蔵野 p27より)である。
 この方法では、元肥として「身欠きニシン」「煮た大豆」を使う。
それが気に入っているので毎年そうしている。
▼容器(鉢)としては、昨年度の容器を続投してもらう。
内径60㎝~70㎝、上ほど若干広がっている。高さは35㎝程度。(近くのホームセンターで購入)
ちょっとひっくり返すときヒビが入ったようだ。途中でとんだ悲劇がおこるかも知れないが、それはまたその時に対応するということでいく。
 土は東の田んぼからとってきた。今年はふるいにかけることもなくそのままいくことにする。
 身欠きニシン、煮た大豆を土でサンドイッチにする。その量も、これでは多すぎるとプロの指摘を受けているが(スミマセン<(_ _)>)、どうしてもシロウトは多めにしなければ、安心できないのである。(^^ゞポリポリ
 種蓮根も大きめのものをふたつ選んだ。さらに土をかぶせ水を張り完成だ!!

▼次は、もうひとつの観察池である「水栽培池」の方にとりかかる。
 こちらの方は昨年度3つあった。あり合わせの容器に蓮根をほり込み水を張っていただけだった。
それでもちゃんと花をつけてくれた。
 こちらも3つとも鉢ごとひっくりかえしてみた。
これまたびっくりの連続だった!!
 どれもが地下茎(蓮根)と根のかたまりだった!!

恐るべし植物よ!!
▼正規の「大賀ハス観察池」 から採集した蓮根と水栽培で採集した蓮根とのなかで元気のよさそうなものを、再び三つの容器に分けて入れた。そして、水を張り「水栽培池」完成である。

 今年は、いくつの「あこがれの4日間」が訪れるだろう?
それはいつだろう?
 どんなことが観察できるだろう?
どんな「発見」があるだろう?
どんな顛末がおこるだろう o(^o^)o ワクワク

さあ9年目の私の大賀ハス物語のはじまりである!!
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大賀ハス蓮根の植え替えをした!!(1)

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▼ほんとうは今日予定していた大賀ハス蓮根の植え替えを昨日(2016/03/25)に行った。
これで最後か、と観察池をながめていると、この一年間に観察池でおこった数々のことが思い出された。
 観察池のなかには枯れた大賀ハスばかりでなく、すでに新芽を出そうとするものもあった。
▼植え替えはかなりの力仕事である。
池(鉢というか容器)ごとひっくり返すのである。今年もまたしても失敗してしまった。
容器をひっくりかえすとき、モタモタしていて容器の縁にヒビが入ってしまった。
それでもこの容器は一年しか使っていないので新年度もこのままつかってみることにする。
 さて、ひっくりかえしてびっくりだ!!もう何回も見てきたが、やっぱりびっくりである。
大きな蓮根がつながってとぐろを巻いているのだった!!
泥を洗い流すとその姿にますますびっくりだった。
▼泥を洗い流している途中で思わぬものを発見した。
それは未回収の種子だった。完全に回収をしたつもりだったが、ひとつが残っていたのだ。
泥のなかの種子を見ながら、この大賀ハスの<はじまり>に思いを馳せた。
 ちょうど今から65年前、1965年(昭和26)3月30日夕刻、大賀一郎博士は千葉県千葉市検見川の泥炭層のなかから約二千年前の古蓮の実(種子)を発見したのである。
 それが大賀ハスの<はじまり>だった。
▼ここまでの作業もたいへんだったが、とぐろを巻く蓮根と根を伸ばしてみるという作業もなかなか手間取った。
できるだけ途中できれないように用心しながら伸ばしてみた。
大きくは2つのつながりがとぐろ巻いていたようだ。
やっとのことでほどけて伸ばしてみた。なんと2つともがゆうに3mを越えていた!!
これがもっと自由に伸びていける空間があればと想像すると、蓮のすごさに驚きである。
あの大きな葉はだてではないんだ!!
(つづく)
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観天望気と高層天気図!!

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「花冷え」!!
なんとみごとなコトバだろう。全国で桜の開花宣言が続く今日この頃、またしても冬がもどってきた。
「暑さ寒さも彼岸まで」で彼岸の明けた今はあたたかい春にまっしぐらと思いきやそうではなかった。
「寒のもどり」というコトバもすごいが、「花冷え」はさらにスゴイ!!
 昨日のその「花冷え」がピッタリの天気だった。
「雲見」もにぎやかだった!!
再び寒気が押し寄せてくれば、とうぜん暖かい大気と冷たい大気は衝突する。
そこで暖かい大気は「上がるとザアザア」で雲をつくることになる。
高さのちがいによっていろんな種類の雲かできていた。
▼ちょっと久しぶりに高層天気図を見てみた。

◆気象庁・高層天気図

「大気の物理実験室」を立体的にイメージするにはやっぱりこれがいい。
高層天気図のおよその高さは
・300hPa…基準高度9600m
・500hPa…基準高度5700m
・700hPa…基準高度3000m
・850hPa…基準高度1500m
だった。高さによって、雲の種類もだいたい決まってくる。
 やっぱりこういうのは「慣れ」というのが大事なんだろう。
久しぶりだと、なかなか何を読み取るのだったか、と戸惑った。
 しかし、少し慣れてくるとやっぱり面白い!!
▼高層天気図には予報の高層天気図というのもあった。

◆気象庁・数値予報天気図

こちらはさらにいろいろあって複雑そうに見えるが、いろんなデータがつまっていて面白そうだ。
なによりも今すぐ誰もが見ることができるできるというのがいい。
使えるものはなんでも使って、明日の「雲見」を予想するというのが私の目標だ!!
「高層天気図」はやっぱりかなり有効なようだ。
▼気象庁の天気予報もどんどん進化しているようだ。
昨日、次のような報道発表があった。

◆気象庁・全球降水観測計画(GPM)主衛星観測データの気象庁での利用について

「観察眼」のパワーアップで予測精度の向上が期待できそうだ。
 私たちも昔の人の残してくれて「観天望気」のワザと最前線の天気情報をリンクして、私たちの「天気予報」を豊かに進化させていきたいものだ。

 雪柳の向こうのアメダスも「花冷え」を記録していた。
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実生ヒガンバナの今!!(2016/03/23) #ヒガンバナ

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▼実生ヒガンバナ!!
実はこれが本命だった。
現在、コヒガンバナ、キツネノカミソリ、ヒガンバナ 3種類のヒガンバナの仲間の「実生」(種から育てる)に挑戦中だった。
 前2つは2倍体であるから種子をつくりそれで増えてアタリマエ!!(それとてはじめての観察であるから興味深いところではあるが。)
 しかし、ヒガンバナはちがう。3倍体のヒガンバナに種子ができた!!
2014年採集の種子のうち3つについて「発芽(発根)」「出葉」に成功していた。
これは、単なる偶然か?
それともヒガンバナに何かが起こっているのだろう!?
この「ふしぎ!?」の謎解きこそ本命のミッションだった。
▼彼岸明けの昨日(2016/03/23)、実生ヒガンバナ植木鉢3つを明るいところに出して少していねいに観察してみた。2016/01/12の観察とくらべるとやはり変化が起きていた。
【2016/03/23の観察結果】
・実生ヒガンバナ2014a…11.0㎝
・実生ヒガンバナ2014b…6.0㎝
・実生ヒガンバナ2014c…1.5㎝ 枯れている
大きさ自体には大きな変化はなかった。
aは少しだけ縮んだような気もするが、計測のしかたにもよるだろうから概ね大きさについては変化なしとしてよいだろう。
 ところが大きく変化したところが2つあった!!
ひとつは、aに2つ目の葉が出てきたことだ。
もうひとつはcの葉が枯れてしまったことだ。
それぞれの変化が何を意味するのか。観察を続けながら考えてみたい。
▼実生ヒガンバナの観察では、もうひとつの興味深いことに挑戦中だった。
2015年採集の種子を冷蔵庫に眠らせておいた。それを2016/02/15に冷蔵庫から出し「実生」に挑戦中だった。
 ときおりケースのフタをとり「発芽」を確認して見るが変化はない。
ずいぶん欲目で見れば「芽」らしきものを発見できるが、確信はない。
ほんとうに「発芽」するだろうか?
するならば何個ぐらい?
▼「発芽」するなら、それはどんな条件が満たされたとき発芽するのだろう?
温度?
湿度?
光は関係するのだろうだろうか?
「お彼岸の入り」に私は変な課題を自らに課した。
◆ヒガンバナはどのようにして「お彼岸」を知るのか!?
最後に
「「お彼岸」が明けるまでには少しは謎解き進むかな?」と書いたが、白状しておく。(^^ゞポリポリ
残念ながら、まったくすすんでいない。
むしろ「ふしぎ!?」は深まるいっぽうである。

ヒガンバナのことはヒガンバナに訊くのがいちばん!!
観察を続けるのみ!!
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実生キツネノカミソリの今!!(2016/03/22) #ヒガンバナ

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▼ヒガンバナとキツネノカミソリのちがいについて、栗田子郎先生はヒガンバナの民俗・文化誌(Ⅱ)(『ヒガンバナの博物誌』抜粋+)のなかでくわしくふれられている。2倍体と3倍体についても次のように書かれている。

 キツネノカミソリの花粉の持つ11本の染色体セットを”X=11"と表すとその体細胞は”2X=22”で、これを2倍体とよぶ。これに対してヒガンバナの体細胞は33本の染色体を持つので”3X=33”である。これを3倍体と呼ぶ。つまり、3倍体は減数分裂を正常に終了させることができず不稔性になるのである。

▼ならば2倍体であるキツネノカミソリは種子をつくり、その種子から花を咲かせるキツネノカミソリまで育つのだろうか。
 2倍体だから、アタリマエ!!
と言われても私は、まだこの目で見たことがなかった。まだ、ヒガンバナの種子を手に入れていない段階だったので、最初に挑戦したのは「実生キツネノカミソリ」だった。2013年のことだった。
初挑戦なからキツネノカミソリの種子の発芽に成功した!!
 私は、このアタリマエにいたく感動したのだ。
▼ところが、このままスムーズにことは展開しなかった。
まずある程度成長した段階で土ポットに植え替えた。
ところが、やがて伸びた緑の部分は枯れてしまい。
土ポットのなかから消えてしまったかに見えた。
私はこの段階で「発芽」(発根)と「出葉」のちがいについて認識していなかった。
 2014年にもリベンジしてみた。
2015年春、みごとに「発根」したキツネノカミソリを実生コヒガンバナ、実生ヒガンバナと同様に土ポットに埋めた。秋になって実生コヒガンバナ、実生ヒガンバナは「出葉」してきた。
ところが、本家本元の実生キツネノカミソリには何の変化も見られなかった。
?(゚_。)?(。_゚)?
▼もうなかばあきらめていた。
もう片付けてしまおうかとまで思っていた。
先日気づいた!!二つの土ポットから「出葉」していたのだ\(^O^)/
うれしい!!
それは確かだ。しかし、同時に「ふしぎ!?」はふくらむばかりだ。
今頃になってなぜ???
相手は生きものだ。こちら描いた展開になるとは限らない。
ひょっとしたらキツネノカミソリはもっともっとフレキシブルに生きているのかも知れない???
こちらももう一度頭をリセットして考えてみようと思う。
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【Web更新3/20】16-12 オンライン「寅の日」 等更新!!

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風ふくみゆるやかに雪柳かな 16/03/19 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-12
週末定例更新のお知らせ

 すぎ来しみちはなつかしく
 ひらけくるみちはたのしい。
 みちはこたえない。
 みちはかぎりなくさそうばかりだ。(真壁仁「峠」より)

 何かが抜けていると思っていた。この季節には必ず出会っていた「空気」、それがなかった!!
それに気がついた。
 この季節には必ず出会っていた真壁仁「峠」を、ゆっくりひとり読んでみた。
そうすると…

◆表紙画像2016 更新 雪柳(ユキヤナギ)
 週末になるといつも迷っていた。今週はなににしよか?と。
画像は決定しても「俳句もどき」が出てこないときもあった。逆にこの「空気」を詠みたいが、それにピッタリの画像がみつからないということもあった。
 先週末もそうだった。お彼岸の墓参りをすませて家に着いたとき、手入れの行き届かない西の庭の雪柳に目が行った。そのとき春のやわらかな風が吹いた。
風をふくんだ雪柳の枝の先がゆるやかにゆれた!!
春なんだ!!  と思った。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 4年目が終わり、4月から5年目に入る。
 どこまで続けるのか。それは決めていなかった。
「これは面白い!!」と自分が思えるうちは続けるつもりだ。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 自分以外の人の 私の「科学」に出会う機会が多くなっている。
これはとても楽しく面白い。私の能力や環境で、その人と同じようなことはできそうもない。
でも、その人の「科学」に学び楽しませてもらうことはできる。
それが、私の「科学」をより豊かにしてくれる。アリガタイ!!
「科学」とはもともとそんなものかも知れない。

◆ヒガンバナ情報2016 更新!!
 ヒガンバナの「ふしぎ!?」は尽きることがない。
 わかった!!と思ったら、また「ふしぎ!?」がはじまっていた。
実生ヒガンバナ、実生キツネノカミソリにも変化がおきていた。

◆「クモ学」のすすめ 更新!! いたるところでクモたちが行動を開始してきた。
 今年の私の「クモ学」はなにに出会えるだろう?楽しみだ!!o(^o^)o ワクワク

 今週末には、大賀ハスの蓮根の植え替えをするつもりだ。
 けっこう忙しくなりそうだ。さあ、ゆっくり急ごう。

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本日(2016/03/21)、第124回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼お彼岸の中日(春分の日)もやっぱり終日「雲見」をしていた。
どこに出かけるわけでもなく、いつもの場所に立ちいつもの空を見上げるだけ!!
それだけで「光の春」を存分に楽しめた。「雲見」はやっぱり私の究極の道楽だった。
 「懐手して宇宙見物」が大好きだった寅彦もこの「雲見」を楽しんでいたにちがいないと勝手に想像していた。
▼3.11から5年と10日たった本日(2016/03/21)は、第124回オンライン「寅の日」である。
2月3月と連続5回シリーズで寅彦の警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」をテーマに読んできた。
その最終回である。
 読むのは、「地震雑感」である。

◆本日(2016/03/21)、第124回オンライン「寅の日」!!

●「地震雑感」(青空文庫より)

▼5回連続で読んできた作品のなかで、この作品がいちばん古く書かれたものになる。
では、それはいつなのか?
時代を確かめておく。
1924年(大正13)5月である。
●1923年(大正12)9月 関東大震災
の翌年である。そして、寅彦が亡くなる(1935.12.31病没)11年前である。
さらに言うならば
●1912年(明治45・大正元)ウェゲナー(独)が最初の「大陸移動説(漂流説)」を発表
から12年しかたっていなかった。
してみると、次なる文章をみるとき寅彦の先駆性がみえてくるのである。

かくのごとく直接観測し得らるべき与件の僅少な問題にたいしては種々の学説や仮説が可能であり、また必要でもある。ウェーゲナーの大陸漂移説や、最近ジョリーの提出した、放射能性物質の熱によって地質学的輪廻(りんね)変化を説明する仮説のごときも、あながち単なる科学的ロマンスとして捨つべきものでないと思われる。今回地震の起因のごときも、これを前記の定説や仮説に照らして考究するは無用の業ではない。これによって少なくも有益な暗示を得、また将来研究すべき事項に想い到るべき手懸りを得るのではあるまいか。
 地震だけを調べるのでは、地震の本体は分りそうもない。

▼また5つの作品中では、いちばんダイレクトに「地震」そのもののことについて詳しく語っていた。
一 地震の概念
二 震源
三 地震の源因 
四 地震の予報
と分けて、当時の「地震研究」の課題を語っていた。
それから92年たった今、どこまできたのか ぜひとも知りたいところである。
最後の文章は示唆的である。

要は、予報の問題とは独立に、地球の災害を予防する事にある。
 そういう設備の可能性は、少なくも予報の可能性よりは大きいように私には思われる。  ただもし、百年に一回あるかなしの非常の場合に備えるために、特別の大きな施設を平時に用意するという事が、寿命の短い個人や為政者にとって無意味だと云う人があらば、それはまた全く別の問題になる。そしてこれは実に容易ならぬ問題である。この問題に対する国民や為政者の態度はまたその国家の将来を決定するすべての重大なる問題に対するその態度を覗(うかが)わしむる目標である。

このときからすでに寅彦は警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」を鳴らし始めていたのだ。
連日同じ言葉で今年度オンライン「寅の日」を終わりにする。

●寅彦は誰がいつ読んでも新鮮で今日的である!!


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2016年4月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから51週目であった。
つまりもう一週間で今年度は終わりである。あたたかい雨があがった観察池のなかの生きものたちは活発に動いていた。緑も目立つようになってきていた。その水面の上には、クモたちのネットが待ち受けていた。
 私にとってこの大賀ハス観察池は、大賀ハスの観察ためだけではなかった。
 一年を通して生きものをまるごと観察するための最高の「ビオトープ」だった。さらには、初氷や初雪などを観察する「天気の示準池」でもあった。
 そんなことを思っているとあと一週間でリセットするのがちょっとモッタイナイと気分になる。(^^ゞポリポリ
▼大賀ハス観察池と同様に、オンライン「寅の日」の方も4月から新年度になる。
5年目に入る!!
 自分でも驚いてしまう。いつまで続くだろうと思いながらはじめた拙い歩みももうすぐ4年が終わるのである。
まさにビックリ ポン!!だ。
 新年度は気分もあらたに、新しいテーマでスタートしたい。
原点にもどろう。
 「科学」は「観察する」ことからはじまる。科学者・寺田寅彦は自然を「観察する」達人だった。
するどい「観察眼」は、生きものの営みをみごとにとらえていた。それだけではない、とらえたことを「随筆」というかたちで記録化し残してくれていた。アリガタイ!!
 新年度、最初のテーマはこれでいきたい。
◇ 4月テーマ 寅彦の「観察眼」
2016年4月は3回ある。 

■2016年4月オンライン「寅の日」
◆第125回オンライン「寅の日」 …4/02(土)
◆第126回オンライン「寅の日」 …4/14(木)
◆第127回オンライン「寅の日」 …4/26(火)

▼テーマに関連する随筆と言ってもたくさんある。たくさんありすぎてどれからと迷うところである。
もう少し絞り込んで、4月はその「植物編」ということではじめたい。
進めながら後のことは考えると言うことにして、3つの随筆を選んだ。
「春六題」 「沓掛より」 「思い出草」
である。

■2016年4月オンライン「寅の日」

◆第125回オンライン「寅の日」 …4/02(土) 「春六題」(青空文庫より)

◆第126回オンライン「寅の日」 …4/14(木) 「沓掛より」(青空文庫より)

◆第127回オンライン「寅の日」 …4/26(火) 「思い出草」(青空文庫より)

▼あらたな年度のはじまりと言うことで、このオンライン「寅の日」をきっかけに、寺田寅彦を読む人がひとりでも増えることを願うのみである。
 たった4年ぐらいの拙い歩みでどこまで読み込めたかというとはなはだ疑問である。
しかし、これだけはたしかに言えることがある。

●寅彦は誰がいつ読んでも新鮮で今日的である!!

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実生コヒガンバナは今(2016/03/18)!! #ヒガンバナ

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▼ひとくちに「観察する」と言ってもなかなかこれがむずかしい作業だ。
「見ている」とは少し違っていた。見えていても、見ていないことがしばしばあった!!
とりわけ「生きもの」の観察というのは難しい。
「生きもの」は「生きもの」の都合で刻々と変化していた。観察者の都合など関係なく…
それは アタリマエ!!
 種子から育てた実生コヒガンバナの観察を続けていた。
できるだけ小さな変化も見逃さないように、いつも居る場所の足元にそれを置いていた。
毎日、いや何時間毎に目にする。
なのに見逃していた!!「観察」していなかった。(^^ゞポリポリ
▼見逃しのひとつ目は、2つ目の「出葉」をしてきているものが増えていることにだ。
現在のところ、4つの株でそれは起きていた。
「一年目の出葉は一枚」と思い込んでしまっていた。
根拠のない思い込みは「観察眼」を曇らせる!!
何度も体験したことだが、まだまだだ。
▼2つ目の見逃しは、もう「出葉」しないだろうと思っていた土ポットから、今頃になって「出葉」してきたものがあったということだ。
 ひとつは少し前から気づいていた、「なんだ今頃になって…」と思っていた。それはもやしのように、黄色い葉をヒョロヒョロとのばしていた。
 昨日気づきびっくりしたのは、もうひとつダメかと思っていた土ポットから今さら「出葉」してきたことだ!!
これまで次のように言ってきた。

  2014.10.26 友人からコンガンバナの種子51個も分けてもらったのである。
私はウキウキ気分で、種子から育てる実生に挑戦した。昨年の春、51個中49個の「発芽」(発根)に成功した。
秋には、そのうち39個を「出葉」させることに成功した。
種子51個→「出葉」39個、出葉率76.5%ダ!!
「コヒガンバナは2倍体である。」はやっぱりホントだ!!

訂正が必要なようだ。
種子51個→「出葉」41個、出葉率80.4%ダ!!
ついに80%を越えてしまった!!
また訂正するかも知れない。今のところ…ということにしておこう。
でも今頃になってどうして?
「ふしぎ!?」だ!!
▼こんなことがあるから、「観察する」は面白い!!
そして、「実生コヒガンバナを咲かせよう!!」プロジェクトは有効なんだろうと思った。
今、何人かの知人にこの「実生コヒガンバナ」をおすそ分けして育ててもらっている。
複数の「観察眼」を持ってすれば、思わぬ「発見」もあるかも知れない。
それに、誰かが花を咲かせてくれるかも知れない。
そのときを想像すると、わくわくしてくるのである。

やっぱり「観察する」はなかなかむずかしいが、とても「面白い」こと!!
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クモたちに春が来た!! #クモ学

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▼確かに虹色に光ったんだ!!
彼岸の入りの昨日(2016/03/17)、朝の出かけたときだった。出発するとすぐだった。
草むらに虹色に光る糸が見えたんだ。土手の黒いシートがバックになるところは、それがよく見えた!!
そこかしこに虹色に光りたなびくクモの糸が見られたんだ。
▼植物たちにはすでに春がやって来ていた。
たなびく糸だけかと思ったらちがっていた。
あのみごとなネットがみられたんだ。朝のうちは、ネットを留守にしていた彼女たちも、暖かくなるにしたがって、次々と登場し活発に行動をはじめた!!
クモたちにも春が来たんだ!!
クモ学駆け出しの私には、まだ名前もわからない。
▼それで、急に気になって昨年あのジョロウグモの彼女が残していったふたつの「卵のう」を見てみたんだ。
最初に産卵した「卵のう」A。今さらであるが、ナイロン紐のクズでの保護に感動である。
まだなんの変化もない。
後に産卵した「卵のう」B。こちらも今のところ変化はない。
これを産卵した後の彼女の行動を思い出し、なつかしくもあった。
▼クモたちに春が来ると同時に私の今年の「クモ学」も始まる!!
4年目の私の「クモ学」!!
 今年はどんなクモたちに出会うだろう?
 何を見せてもらえるだろう?
 どんな会話ができるだろう?
楽しみである。o(^o^)o ワクワク
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ヒガンバナはどのようにして「お彼岸」を知るのか!? #ヒガンバナ

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▼今日は「彼岸の入り」である。
 昨日(2016/03/16)、定点観測地のヒガンバナはいよいよ本格的に枯れ始めていた。
 定点Aのヒガンバナの周囲のカラスノエンドウ、ホシノヒトミ(オオイヌノフグリ)などの植物はどんどんその包囲網をせばめていた。とりわけ、定点観測地Bのシロバナヒガンバナは枯れが顕著だった。
 今まで、あまり変化はないなと思っていた「引っ越し組」ヒガンバナも葉先が少し黄色くなっていた。
ヒガンバナたちはまるで「彼岸の入り」を知っているかのようだった。
▼「暑さ寒さも彼岸まで」
とは実にうまく言ったものだ。毎年それに感心してしまう。
偉大なる経験則だ!!
ところでこの「春のお彼岸」だが、
今日(17日)が「彼岸の入り」で、20日が「彼岸の中日」(春分の日)、そして23日が「彼岸の明け」である。「
「春分の日」を中日とする前後一週間が「春のお彼岸」だ。
同様に、「秋分の日」を中日として、前後一週間が「秋のお彼岸」だ。
そして、ヒガンバナはその頃を目処に開花する!!だからヒガンバナ=彼岸花!!
「お彼岸」など聞くとなんとなく古びた非科学的「しきたり」を連想してしまうが、考えてみるととても科学的「しきたり」なのではと思ってしまう。春分とは、秋分とはを考えれば…。
 なにしろ、宇宙の「しきたり」に従っているのだから。
▼枯れが本格化していくヒガンバナを見ていたら、変な「ふしぎ!?」が生まれてきた。
ヒガンバナは「お彼岸」を知っているのだろうか?
知っているとするなら
ヒガンバナはどのようにして「お彼岸」を知るのだろうか!?
アタリマエと言えばアタリマエの「ふしぎ!?」
でも、一筋縄ではいきそうにない「ふしぎ!?」だ!!
▼温度だろうか?
包囲網の植物たちが教えたのだろうか?
それとも…???
 いや「お彼岸」なんて人間が勝手にきめていること、ヒガンバナには関係ないこと。ヒガンバナはヒガンバナで独自の「しきたり」に従っているのだろうか。
 そう言えば、冬仕度に入ったジョロウグモの彼女がいっていたな。
「おまえたちにも共通の暦が…」と。
そうだ!!光だ!!
太陽から送られてくるエネルギー=光。これこそが生命の営みの大元!!
では、それをどのようなカラクリで知るのだろうか?
どこかにそのレプターはあるのだろうか?
我々には見えない地下でなにかが起こっているということはないのだろうか?
見えていても見えないこともあるし…???

「お彼岸」が明けるまでには少しは謎解き進むかな?

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『水と風と生きものと~中村桂子生命誌を紡ぐ~』を観た。そして…!!

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▼雨はやんで、光の春は着実に進行していた。
はからずも二日連続して六甲の山脈をみることになった。
一日は雨、二日目は青空。
どちらもいい!!
光の春は六甲でも同様に進んでいた。
▼今年になってから、やっと『科学者が人間であること』(中村桂子著 岩波新書 )を読んだ。
 実に興味深かった。とりわけ「重ね描き」という方法には合点した。
賢治や熊楠の登場はとてもうれしかった。
 この本を読んだあと、ぜひとも
◆『水と風と生きものと~中村桂子生命誌を紡ぐ~』
を観たくなった。
 甲南大学で、そんな機会があるというので昨日これを観てきた。
▼正直に白状しておこう。
 この映画を観たいとは思っていたが、最初はこれほどのことを期待していなかった。
感動だった!!
 もっと的確な表現を考えるが出てこない。やっぱり「感動!!」しかないのである。
 ドキュメントである。今を生きるひとりの科学者のドキュメンタリー映像!!
そんなの飽きて来るでは思っていた。ところがまったくちがっていた。
話は次々と展開する。
旅をする!!
友人を訪ねる!!
語り合う!!
演劇に挑戦する!!
農業をする!!
子どもと語る!!

バラバラのようでまったくそうではなかった。貫く「主文脈」があった!!
観る側はドキドキワクワクがいつまでもつづく。
いつのまにやら「終わらないでくれ」と願っていた。
「中村ワールド」いやちょとありきたりだなあ。
「中村マンダラ」の可視化!!それがこの映像だ。
▼この「感動」はここで終わらなかった。
なんと上映の後、ホンモノの中村桂子さんが数メートル先の目の前に登場したのだ。
そして語りかけてくれた。
「人間も生きものである」
「人間も自然の一部である」
このアタリマエを熱く!!
 もっとすごい思ったのは、次から次と出される質問にまったくぶれずにていねいに応答されるところだ。
ぶれるどころか、質問をさらに豊かにふらませて返されていた。
これからの私の「科学」にヒントをもらった気分になった。
大ファンになってしまった。
読みかけの『知の発見』(中村桂子著 朝日出版社)にサインまでしてもらった。(^^)V 
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ファラデーラボ5年の歩みに学ぶ!!

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▼まもなく、「サイエンスコミュニケーター宣言」をはじめて5年になろうとしていた。
さび付いたホンコツ頭をゆっくりゆっくり回転させながら自問を続けていた。
私はこの5年のあいだに何をしてきたのだろう?
私は今、どこにいるのだろう?
と。
 「現在地」確認にはやっぱりあの5つ座標軸が有効かとそれをひっぱりだしもしていた。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
▼先日(13日)、ファラデーラボ創立5周年企画に参加させてもらった。
 いつものように内容も盛りだくさんで、とても楽しく多くのことを学ばせてもらった。
深謝<(_ _)>
▼ファラデーラボが創設されたのは、あの3.11の翌日3.12だった。
だから5周年ということになる。
その間に開催された「かがくカフェ」はなんと65回になるという!!
なんと凄い!!
▼「科学」を学ぶのにはやっぱり人に会って直接学ぶの最高だ。
モノを見せてもらい、触らせてもらい、つくらせてもらいながら学ぶのは、書籍やネットで学ぶのとちがった面白さがある。直接リアルタイムに自分の「ふしぎ!?」をぶつけてみることもできる。
 自分とはちがう人の 私の「科学」 と出会うことは、私自身の「科学」を豊かにする最高の道だ!!
目から鱗ボロボロ…ということも多々あった。
今回は5周年ということであらたな提案もあった。
   
最もよく学ぶ者は、最もよく教える!! 

は、これからも有効だろう。
もっとも、私の場合は「教える」=「伝える」にシフトしていきつつあるが…

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【Web更新3/13】16-11 サイエンスコミュニケーター宣言 等更新!!

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つくしんぼ 背伸びして明日 眺めけり 16/03/11 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-11
週末定例更新のお知らせ
 「過去と他人は変えることできないが、未来と自分は変えることができる」
人生あと何回こうつぶやくだろう。
 そんなこと容赦なく一週間が過ぎていった!!
奈良の「お水取り」も終わった。いよいよ春が来た!!

◆表紙画像集2016 ツクシ(スギナ)
 川べりの土手に「つくしんぼ」が目立ちはじめた。
「つくしだれの こ すぎなの こ ♪」という童謡がある。なんともみごとな理科的童謡だ。
この童謡「つくし」は(2)まであって、(2)は「つくしはるです あそぼう よ♪」これで終わりだ。
 いいな(^^)V
 つくしの赤ちゃん(胞子)は、花の咲く草の赤ちゃん(種子)とちがってお弁当(栄養)を持たせてもらっていないから、すぐさま自前で生きていく必要があるだ。
 だから胞子はどこに飛んでいって着地するかは、即死活問題だ。
少しでも背伸びして、着地する「明日」をながめているように…。そう思うと背伸びする「つくしんぼ」が妙に愛おしく見えてきた。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 3.11から20日ばかり過ぎてはじめた「サイエンスコミュニケーター宣言」。
それからまもなく5年だ!!
 私は、ほんとうにサイエンスコミュニケーターになれたのだろうか。
しばらく自問をつづけてみようと思う。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 できなかったことをあげつらうより、できたことをあげてみることの方が、「未来」は見えてくるのかも知れない。
オンライン「寅の日」は、なんとか123回まで来た!!

◆新・私の教材試論 更新!!
 ホコリをかぶった手づくり「ピンホールカメラ」。
はたして復活するだろうか!? 

さあ!!
あらたな一週間がはじまる!!
ゆっくり 急ごう。

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サイエンスコミュニケーター宣言(368)

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▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから50週目を迎えていた。
再び氷がはっていた!!
 たったひとつ残した果托も、枯れた葉も茎も、そして舞い込んだ紅梅の花びらも凍りついていた!!
しかし、空の光は春だった!!
 今年度の蓮根の植え替えまであと2週間だ。
 5年前もやっぱり同じように大賀ハス観察日記を続けていた。
▼3.11から20日ほどたって私は「サイエンスコミュニケーター宣言」をはじめた!!
だから、その歩みもまもなく5年ということになる。
私はこの5年のあいだに何をしてきたのだろう?
私は今、どこにいるのだろう?
少しだけそなことを考えてみたくなった。
▼寄り道、道草をしながら歩んできた。むしろその方が面白いとも思っているが…
少し大袈裟に言えば
・私にとって「科学」とは?
言い方を少し変えれば
・私の「科学」とは?
を問い続けてきたのだ。
▼たった5年でこんな大問題に答えがでるわけない。
生涯問い続けても答えをみつけることができないかも知れない。
 しかし、5年で少しだけ見えてきたことがある。
思いつきを列挙しておく。
(1) 「科学」は面白い!!
 今さらの話だ。
 長年、人(生徒たち)には、こう言いつづけておりながら、ほんとうにその通りだと実感する日々だった。
ときどき、従来の傲慢さが顔を出して、「面白くないのは「科学」ではないのではないか?」と疑ったりするが…
それは\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
 やっぱり「科学」は面白い!!今心底そのように思う。

(2) 誰もが、それぞれの私の「科学」を持っている!!
 これまた今さらの話だ。その人が自覚しているかどうかは別にして、誰もが私の「科学」を持っている。
ときにはそれを「科学」と呼ばずに「知恵」と呼んだりしていることもあるが。

(3) それぞれの私の「科学」が交叉するとき、より豊かな面白い私の「科学」が生まれる!!
 孤立した私の「科学」なんて存在しない。
 もともと「科学」とはそんなものだ。私の「科学」と別の私の「科学」が出会うとき、まったく新しい「科学」が生まれる。それが面白い!!それを「サイエンスコミュニケーション」と今のところ呼んでおこう。

これが現時点での私の私のための[覚え書き]だ。
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5年前、その時天気は!?

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▼昨日もいつものように「雲見」を続けた。
一日中北風が厳しく寒かった。
 夕方、これまたいつものようにアメダスまで歩いた。
▼そう言えば、5年前のあの時の天気はどうだったんだろう?

◆気象庁・日々の天気図(2011.3)

5年前のあの日もやっぱり寒かったようだ。
今すぐ誰でも見ることのできる「記録」が残っているのは、とてもアリガタイ!!
▼次に、宇宙からの「雲見」で記録に残っているものを見た。

◆デジタル台風:雲画像動画アーカイブ(全球画像)

これで2011年3月を見てみた。
地球全体の「雲見」ができるからたいへん興味深い!!
▼同様に、それ以降毎年の3月を2つの「記録」でみてみた。
若干の遅い早いはあるがほぼ同様のことを繰り返していた。
それはアタリマエと言えばアタリマエだが、きわめて驚くべき事実だ!!
再び寅彦の言葉を借りよう。

「自然」は過去の習慣に忠実である。

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3.11 あれから5年!!

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▼あの日から5年である!!
寅彦風に言うならば、1827回(365×5+2)地球は自ら回転し、太陽の周りを5周してきた。
その間、「大気の物理学実験室」では一度たりとも休むことなく日替わりの実験を繰り返してきた。
大地も同様に休むことなく変動を繰り返してきた。
 それはまぎれもない「事実」だ!!
 それが「自然」と言うものだ。寅彦は言った。(「津浪と人間」(青空文庫より)

「自然」は過去の習慣に忠実である。
科学の方則とは畢竟(ひっきょう)「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。

▼5年前の「あの日」を私は次のように記録していた。

◆【授業】まさか、その数時間後に…!

そうだ!!
まさにその日、午前中に「地震」の授業をしていたのだ。
その数時間後に…。
「まさか…」「まさか…」を繰り返すのみだったのだ。
▼5年たった今することは何か?
またして寅彦の言葉に耳を傾けてみよう。

残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

 ここで「過去の記憶」としないで、「過去の記録」としているところがミソだと思った。
そう私がまずやることは「記憶せずに記録する」ことだ!!
 記憶には限界がある。より正確に事実を伝えるには「記録」することだ。

(1) 記憶せずに記録化する!!

次にやるべきことはなんだろう?
まずは、自分の「現在地」を確認することだ。
今どこに居るのだろう?暮らす時空間だけでなく、私の「科学」の現在地も…。

(2) 私の「科学」の現在地を問う!!

▼現在地を確認できたら、次の作業は「これから」を展望することだ!!
「やりたいこと」をならべてみよう。
「やりたいこと」「やるべきこと」が並列して出てきたら、「やりたいこと」を優先させよう!!
「やりたいこと」と「やるべきこと」が離れていたら、「やりたいこと」に「やるべきこと」を引き寄せよう!!
「やりたいこと」しか長くは続かないのだから!!
これらは
すべて自分に言い聞かせていること。

(3) これからの私の「科学」を展望しよう!!

この3つを考えながら一日をすごそう!!
それが今の私にできることだ。                        合掌
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「部分日食」観察は無理だったが…

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▼昨日(2016/03/09)は、残念ながら終日雨だった(/_;)
久しぶり望遠鏡を引っぱり出してきて、前々日にはリハーサルまでやっていた。
 あわせて、これまでに「日食」観察グッズとしてきたものも出して来ていた。
▼それらを見ていると、前回の金環(部分)日食(2012.5.21)の観察を思い出した。
そのときの観察の「記録」を新・【地球と宇宙】DBに残していた。

・金環(部分)日食の記録1(平面鏡を使って)
・金環(部分)日食の記録2(投影板を使って)
・金環(部分)日食の記録3(ピンホールいろいろ)

なつかしくなって見いってしまった。
▼そうこうしているあいだにインドネシアで皆既日食が見られる時間になった。
ネットでライブ中継があると教えてもらったのでそれを見た!!
ダイヤモンドリングがすばらしかった。
コロナ、プロミネンスも!! 思わずその瞬間拍手をしてしまった\(^O^)/
気象衛星からの画像に月の影が見えるというのでそれも見せてもらった。
 そして、何と言っても楽しかったのは、インドネシアに観察ツアーに行っておられる武田康男さんから「おすそ分け」画像を見せてもらったときだ。
 画像そのものも感動だが、知っている人の撮った画像ということで、観察している姿を想像し、その現場の気分まで少しだけ「おすそ分け」してもらったように思えて感動だった!!
▼本来「部分日食」が観察できる時間帯だけでなく、ほんとうに一日雨は降り続いていた。
残念ではあるが、考えてみると「面白い!!」とも思った。
 一億5千万㎞もかなたの太陽と38万㎞の距離にある月が重なる。その影に入る時間帯は刻銘に計算されてわかる!!なのにわずか十数㎞の空間で起こる「天気の変化」はまだ正確には予測できない。
このアタリマエ!!
私にはとっても「ふしぎ!?」だ!!
そして面白い!!と思う。
 私たちは、とっても不思議な「大気の物理学実験室」に暮らしているのだ!!
見えなかったからこそ、見えて来たこともある。
さあ、今日も「雲見」をしよう!! 
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本日(2016/03/09)、第123回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼仕切り直しの椿がいよいよ本格的に落ち始めた。
落ちた椿の花で、「うつ伏せ」はいまのところこのひとつだけだった。圧倒的に「仰向き」の方が多かった。
これは寅彦の観察とも一致する。
 それがきっと椿の花の落下における「自然の方則」なんだろう。
▼本日(2016/03/09)、第123回オンライン「寅の日」である。
2・3月は連続して5回、その寅彦の警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」をテーマにやっていた。
今回はその4回目である。読むのは「津浪と人間」である。
 いよいよ3.11から5年が近づいて来た。今、この「津浪と人間」を読むことはとても意義深いことだと思っている。

◆本日(2016/03/09)、第123回オンライン「寅の日」!!

●「津浪と人間」(青空文庫より)

▼「これっていつ書かれたものなんだろう!?」
何度読んでも、いつでもそう思う。
それほどいつも「今日的!!」なのである。
 書かれたのは、1933年(昭和8)だから今からなんと83年も前なのである。
寅彦が亡くなる2年前である。
 1923年(大正12)に自ら関東大震災に遭遇してから10年。それ以降強く警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」を打ち続けてきていたのだろう。
 だからこそであろう。頭ごなしの持論を語ってはいなかった。
それぞれの立場の人の意見を代弁していた。だから、誰に対しても説得力があった!!
でもきっちりと言いたいことは言っていた。

現在の地震学上から判断される限り、同じ事は未来においても何度となく繰返されるであろうということである。

これは、83年経った今も、間違いのない事実なのである。
 そして、この文章のなかで、私がもっと大きく膝をたたくのは次だ。

 

しかし困ったことには「自然」は過去の習慣に忠実である。地震や津浪は新思想の流行などには委細かまわず、頑固に、保守的に執念深くやって来るのである。紀元前二十世紀にあったことが紀元二十世紀にも全く同じように行われるのである。科学の方則とは畢竟(ひっきょう)「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。

ではどうすればよいか?ひとつだけ方法があると…。

残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

▼科学者・寺田寅彦は諦めはしていなかった。
「科学」に希望を見出そうとしていた。

人間の科学は人間に未来の知識を授ける。

そしてこうも言っていた。

それで日本国民のこれら災害に関する科学知識の水準をずっと高めることが出来れば、その時にはじめて天災の予防が可能になるであろうと思われる。この水準を高めるには何よりも先ず、普通教育で、もっと立入った地震津浪の知識を授ける必要がある。
それで日本のような、世界的に有名な地震国の小学校では少なくも毎年一回ずつ一時間や二時間くらい地震津浪に関する特別講演があっても決して不思議はないであろうと思われる。地震津浪の災害を予防するのはやはり学校で教える「愛国」の精神の具体的な発現方法の中でも最も手近で最も有効なものの一つであろうと思われるのである。

なんと示唆的な!!
83年たった今はどうだろう?

誰でも、いますぐできることがある!!
まず、この「津浪と人間」を読んでみることだ!!
 さあ、私ももう一回…
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やっぱり「ピンホールカメラ」が面白い!!

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▼あいかわらずガラクタの山の「整理」をちびりちびりとすすめている。
「光・音」教材BOXの奥深くに大事そうに仕舞い込んでいた一台のカメラがあった。
いかにも手作り感いっぱいの「ピンホール」カメラである。私にとってはこのカメラが、どんな高級な一眼レフカメラにもまさる思いでいっぱいの「お宝カメラ」であった。
 もう30年近く前に科学クラブの生徒たちがつくってくれたカメラである。
 一緒にこのカメラで撮った写真とネガが置いてあった。
 ミンクの頭骨標本とともに若き日の私が写っていた。
「光が小さな穴を通るとスクリーンに像ができる!!」
このアタリマエ!!
 このアタリマエには今なお感動するのである。
 私は、理科の教師になってはじめて、このアタリマエを「科学」として認識した。
幸いなことに、その当時の授業の記録を残していた。
◆「光の直進」(はじめての実践記録より)
 その後も、ずっと私は「ピンホールカメラ」にこだわり続けてきた。
これこそカメラ=カメラオブスキュラ(暗室)のはじまりだった!!
機会あるごとに
◆教室全体をピンホールカメラに
を提案してきた。
▼ところで、この手づくり「ピンホールカメラ」はある一冊の本に基づいてつくられたものである。
その本とは
◆『カメラをつくる』(月刊「たくさんのふしぎ」1987年1月号通巻22号 福音館書店)
である。
 この本がとてもいい!!実にすばらしい!!
詳細な「設計図」、組み立て図、カメラの使い方がくわしく書かれていた。
 それだけでない私がピンホールカメラにはまっていった「文脈」そのものがとてもわかりやすい絵とともに語られていた。
 こんな名著、きっと<保存版>か<復刻版>が出ているだろうと調べてみたがみつけることができなかった。

▼せっかく引っぱり出してきたこの「お宝カメラ」、再度復活させたいと思った。
 ところが、このカメラで使うフィルム「110フィルム」(ワンテンフィルム)は製造中止になったと聞いていた。
ダメモトとネットで検索してみた。
確かに「一旦製造中止」になったようだ。
 ところが、また別のところから販売にされているとも…。
 さっそく注文してみた。
 それが届いた!!
 さてうまく撮れるだろうか? 
 なにから撮ろうかな…o(^o^)o ワクワク
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【Web更新3/6】16-10 「丹生」を追う 等更新!!

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菜の花や 畑に明かり ともすなり 16/03/05 (土)@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-10
週末定例更新のお知らせ
 Web更新の作業をしていて、今さらながら自分の「癖」に気づいてしまった。
「!」(感嘆符、エクスクラメーションマーク、俗にドッキリマーク)を多様することだ!!
それも連発で「!!」
 もう無意識のうちにそうしていた。先週に書いたblogのタイトルすべてに使ってしまったいた(^^ゞポリポリ
もちろんなかみにも…。
 次に多いのが、「!?」のマークだ。「ふしぎ!?」なんていうコトバは完全に単語登録されてしまっている。
 「過ぎたるは及ばざるがごとし」で、あまりに高頻度に使用することは、効果が薄れるような気がしないでもないが、わかっていてもなかなかやめられないのが「癖」というものだ。
居直ってしまおう。

 人生、「!」「?」がなければ面白くない!!

◆表紙画像集2016更新 菜の花
 無知をさらけるようで恥ずかしいが、私にとってはすべてが「菜の花」だった。
ほんとうはアブラナの花のことを言うのかも知れないが。
 食べ切れなくって、放置したまましていたハクサイからとうがたち花が咲いた!!
この黄色がみごとで鮮やかだ。
 まだ何も植えていない土色の畑に、パッと明かりをともしたようだ。
 今年こそ、「野菜作り」に精を出したいものだ。

◆「丹生」を追う 更新!!
 先週の「丹生」を追う旅は、それこそ「!!」「!?」の連発だった。
今朝の修二会は終わったころだろうか。
 私の「お水取り」の「ふしぎ!?」は当分つづきそうだ。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 「雲見」「天気コトワザ」「俳句「歳時記」」三つセットで「観天望気」をすすめよう。
これが、あらたな私の戦略だ!!
 9日晴れるかな!?

 さあ、今週はどれほどの「!!」「!?」「??」を使うのだろう。

自分でも楽しみだ。


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3月(弥生)の俳句「歳時記」!!

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▼啓蟄の「雲見」はともかくあたたかった!!
今、アメダスで記録を確認したところ。19.7℃まであがったようである。
あたたかいと大気はそれだけたくさんの水蒸気を含むことができる。それでも腹いっぱいからはみ出した水蒸気は凝結する。空はどこかぼんやりと霞んでいるように見えた。
 あまりうれしくない花粉や他のエーロゾルも含まれているだろう。
▼「雲見」の旅に出ているうちに、今月も6日になってしまった。
遅れてしまったが、先月から「雲見」「天気コトワザ」に次ぐ「観天望気」第三の手段に採用している俳句「歳時記」をあげる。引用させてもらうのは、先月と同じく

◆『書いて身につく 四季の名句120選』(鍵和田秞子著 NHK出版)

である。

【3月(弥生)の名句】
(1) かげろふやほろゝ落る岸の砂      土芳
(2) 雉の尾もやさしくさはるす菫かな    秋色
(3) 生きかはり死にかはりして打つ田かな  村上鬼城
(4) ぜんまいののの字ばかりの寂光土    川端茅舎
(5) 卒業生言なくをりて息ゆたか 野村登四郞
(6) 太陽が出る苗札のうしろより      辻田克巳
(7) たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ  坪内稔典 
(8) 雛の間よ背広吊すも飯食ふも      岸本尚毅
(9) 百年は生きよみどりご春の月  仙田洋子
(10) 水温む鯨が海を選んだ日        土肥あき子

▼それにしても感心してしまう!!
なんでこんなにうまく、その瞬間の「空気」や「におい」までを伝えることができるのだろう。
名句選なんだからアタリマエと言えばそれまでだが
うまい!!
なかでも特に私のお気に入りは
(7) たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ  坪内稔典
だ。

 仕事がら次の「空気」も同感である!!わかるな!!
(5) 卒業生言なくをりて息ゆたか 野村登四郞

(10) 水温む鯨が海を選んだ日        土肥あき子
(4) ぜんまいののの字ばかりの寂光土    川端茅
など、どんなレセプターを持ち合わせていれば出てくるものだろう!?
ビックリである。

▼蓮根の植え替えから49週目の「大賀ハス観察池」も「水温む」だった!!
さすが啓蟄!!土のなかの虫たちだけでなく、水中の虫たちも蠢きはじめていた。
テントウムシまでいた。
溺れているのか、水浴びをしているのか!?

今年度の植え替えまであと3週間だ。
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「お水取り」とは!?

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▼まだ旅の余韻のなかにいた。
いやそんなきれいなものではなかった。ポンコツ頭のキャパシティをはるかに超えていた。
記憶しきれいことを、なんとか「記録化」したいという思いから撮った写真は膨大な量になっていた。
「整理」すると言っても簡単な作業ではなかった。
「整理」をしているのか、頭の中を攪拌しているのかわからぬ状況になってしまった。
久しぶりに持病の「ばっかり病」を発症していることは確かだった。(^^ゞポリポリ
▼「お水送り」「お水取り」連続して見ることで、見えてきたものとは?
若狭で見た「遠敷神社」がなぜ東大寺二月堂にあるのか?
二月堂の正面にまず「若狭井」があるのはどうしてか?
そもそも「お水取り」とはなにか?
それらの「ふしぎ!?」の幾分かは見えて来つつあった。
旅に先立ち、部分的に読んだ本がある。それは前回「お水送り」に参加したときに教えてもらった本だった。
◆『十一面観音巡礼』(白州正子著 講談社文芸文庫)
なかなか面白い!!
このなかに「若狭のお水送り」(p81)「奈良のお水取」(p99)があった。
若狭の「山八神事」について次のように書いていた。

この祭りでかわっているのは、お餅のかわりに赤土を丸めたものを舐めることで、私もためしに頂いてみた。
ざらざらして味気ないものであったが、これはたぶんよい土を得るためのお呪いであろう。が、それだけでないと思うのは、遠敷は古くは小丹布とも書き、若狭から越前・近江へかけて、丹生と名づけるところが多い。丹生はいうまでもなく朱砂の生産地で、赤土を舐めるのはおそらくそのことと関聯する。丹生については、若狭の郷土史家である水江秀雄氏の著書にくわしいが、朱砂は川から採集したため、水の信仰と結びついていた。思うに若狭彦は朱の産地を確保していた為に、大きな勢力を得たのであろう。朱も水銀も、大仏建立に欠くことの原料で、そこから東大寺のとの関係が生まれたのではないだろうか。(同書P91より)

全面的に賛成である。
「遠敷神社」については、次のようにも書いていた。
してみると、姫神の前身は、丹生津姫ではなかったか。丹生津姫とはいわなくても、水の女神であったことは確かである。その証拠には、若狭姫神社の別名を、「遠敷神社」と呼ぶことでもわかる。赤土を舐めるのは、朱砂を尊んだ遠い祖先の記憶が、そういう形で残っているのだと思う。(同書 P92より)

 納得である!!
「お水送り」「お水取り」の「お水」とは、「霊水」だけを意味するものでなく、「丹生」=「朱」→「水銀」をも意味している!!
という作業仮説が、もはや「事実」に近づいている気がしてきた。
▼今にも、あの松明の火の粉が降ってきそう気分はまだ続いていた。
「お水取り」の興味深いところは、丹生の謎解き面白さだけではなかった。
これについても白州正子は次のように語っていた。
人生観といっては大げさだが、修二会の前と後では物を見る眼が違って来る。視野が広くなるというか、今まで夢にも見たことのない世界がひらける。朝までがんばらくては、そういう体験は得られない。テレビやカメラに写らないもの、写せない所に、ほんとうの「お水取」があるのだ。(同書P112より)

「その通り!!」
三回ばかり(朝までは二回)参加したぐらいで、えらそうなことは言えないが…。
やっぱり不思議な魅力ある世界なのだ。
なぜだろう? 
修二会は今年で1265回目であるという。この間一度たりとも途絶えることがなかった。
驚異でしかない!!
 今年の「お水取り」もまだはじまったばかり、「お水取り」本番、若狭井で「お水」を汲むのは、13日午前2時頃だろうか。
 そもそも「お水取り」とは?
の私の答えは、まだまだ遠いようだ。
▼生徒の「夏休み自由研究」の「ふしぎ!?」に端を発した「丹生」を追う旅も、もう30年以上になる。
時間は経過したが、まだまだ途上にある。
 若狭にもたくさんの宿題を残して来た。
 もちろん奈良にも…。
 あらたな「ふしぎ!?」も生まれつつある。

私の「丹生」巡礼の旅はまだまだ続く!!

きっとこれからもこの「ばっかり病」は間歇的に発症するだろう。
そしたら旅に出よう。
ひとまず …

(いつかに つづく)
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若狭から奈良の「お水取り」へ!!

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▼今回の旅最大の楽しみは、若狭の「お水送り」と奈良の「お水取り」を連続してみることだ!!
これまでは別々の年に見ていた。今回連続してこの眼で見ることによって、今まで見えていなかったことが見えてくるのではないか。それが楽しみだ!!
 そのためには、昨日の朝のうちに奈良に向かう必要があった。
朝、敦賀駅を列車が出発したのは9:23であった。
一路奈良をめざした。
車窓からの「雲見」もまた楽しかった。前日の「雲見」とちがった面白味があった。
あらためて驚くのは「琵琶湖」の大きさだ!!
巨大な「水瓶」というより、それは「もうひとつ海」だ!!
琵琶湖と「雲見」の旅!!いつかは実現させたいテーマだ。
次に驚くのは若狭と奈良の距離だ。
こんなに近いのか!!
 これまで、別々に訪れているときは、私の住むところから真逆の方向に出発していたから、こんな近いイメージはなかった。
 地図を見てアタリマエのことも、実際に旅してみなければわからない実感だった。
▼列車はちょっとしたトラブルがあって、少しだけ遅れたが正午過ぎには奈良に着いた。
ちょうどそれは前日、若狭の東小浜に着いたような時刻だった。
 少しゆっくり、今回の旅ではじめての食事らしい食事をした。
と言ってもチャーハンだが…。これがとてもおいしかった!!
 腹ごしらえが済んだ後は、迷うことなく東大寺に向かった。
奈良公園に着くと、あの鹿たちが向かえてくれた。幸いあたたかすぎるぐらいよい天気だ。
大仏殿に入る。
 なんど見ても圧倒される!!
 当時の最先端の科学・技術を結集した建造物だ!!
この迫力はなんだろう!?
 駆使した科学・技術のひとつに「鍍金技術」があった。
金鍍金にして、丹生が必要だった。
その丹生に関連して「お水取り」がある。それが今、私が追いかける仮説「文脈」だった。
▼大仏殿を出て、いよいよ二月堂に向かった。
本日のメイン会場だ。
 さっそく「若狭井」が見えてきた。
「お水取りのおこり」を解説の看板がきれいになっている気がした。
その隣には「興成社」があった。
「若狭井」のうらでは、本日の松明の準備がすすんでいた。
それをゆっくり見せてもらった。
そして、二月堂の本殿に向かった。石段を真っ直ぐ登ると、「飯道神社」の文字が見えてきた。
お堂の裏を回って左にすすむと、「遠敷神社」である!! 
一日ぶりに再会する「遠敷」の文字がうれしい!!
正面に回ると、奈良の都が一望できた。二月堂のこの位置にも深い意味がありそうだ。
修二会そのものメインの場所である。
昼間と夜では、またちがった雰囲気だった。真夜中にはさらにちがった雰囲気が…。
▼上から見ていると、はやく今夜の「おたいまつ」をカメラにおさめようと、場所取りがはじまっていた。
今回は、その場所取りに私も参加してみることにした。
まだ16時を少し過ぎたぐらいだった。
これまでとはちがったところで場所をとった。
待ち時間のあいだに再び二月堂の周辺を探索したりしながら時間をすごした。
とても面白いことがあった。となり場所をとられた「カメラマン」(おじさん、同年配?)に、カメラに関するトンデモない初心者質問をしてみた。
 とてもていねいに写真撮影のイロハを教えてくださった。さっき撮ったばかりプロの作品「鹿」も見せてもらった。
すばらしかった。そんなこんなしているあいだに本番の19時になった。
今までに見たことない角度からの「おたいまつ」がみごとなもんだった!!
感動だった!!
 再び二月堂にのぼった。局では、法会が続いていた。
 明日の朝までここに居たい気持ちになるが、今回はここまでとした。
 奈良駅に向かった。
 福崎駅に戻ったのは、23時56分!!もうすぐ日がかわるところだった。

まだ旅は終わっていなかった。
今から、「下手な鉄砲も…」方式で撮った写真の整理をはじめよう!!

(つづく)
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若狭の「お水送り」へ!!

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▼昨日(2016/03/02)列車に乗り込んだ時点でそんな予感がしていた。
私の旅とは、元々そんなもので出たとこ勝負で、無手勝流にいろんなものに出会い、「発見」するのを喜びとしていたが、さすがに今回ばかりはそうはいきそうになかった。
 だからであろう。ノートに旅の<テーマ>5つをメモしていた。
(1) 「雲見」の旅
(2) 若狭の「お水送り」を見る。
(3) 奈良の「お水取り」を見る。
(4) 「お水取り」とは?
(5) 丹生を追う!!
こうして、あまりにも欲張りになりすぎて頭が混乱してしまうのを防ごうとしたのである。
▼列車は朝7:07に福崎を出発した。
めざすは日本海・若狭の海だ!!
列車が生野峠を越えたあたりから雪景色が顕著になってきた。
まさにこれが「生野峠越えるときは弁当忘れても傘忘れるな」のコトワザかと思った。
列車のなかのアナウンスが「今日も昨日の雪で、竹田城跡は入山できません」と伝えていた。
竹田の駅についたときなるほどと…。
車窓から「雲見」の写真を撮りまくっていた。
相変わらずの「下手な鉄砲も…」方式である(^^;ゞポリポリ
生野峠越えてからの雪景色も一様に同じということではなかった。
日本海が近づくにしたがって、残雪は少ないように見えたが、それもそう簡単には言えそうにない。
地形に大きく関係していることは確かなようだ。
やがて日本海か見えてきた。
窓にへばりついてカメラをむけた。
▼若狭の海を見てから、さっそく計画変更をした。
最初の目的地「小浜」を「東小浜]に変更した。
それは、夜の「お水送り」本番までに、その舞台となる場所の下見を明るい内にやっておこうというわけだ。
もうすでに一度は夜の「お水送り」を見ていたので、今回はこちらの方が本命である。
東小浜に着いたのは正午を少し過ぎていた。
その場所へはレンタサイクルを利用していくことにした。
それぞれの場所で、思わぬ出会いや「発見」があったが、その報告は帰ってからゆっくり画像をともなって報告するとして、今朝のところは行った場所だけメモしておく。
・若狭姫神社
・若狭彦神社
・神宮寺(夜のメイン会場)
・鵜の瀬(ここも夜のメイン会場)
・下根来八幡宮(山八神事が行われる場所、山八神事は午前中終わっていた。見学不可 私にとってはここが一番興味深い!!当初予定していなかったが偶然の出来事から行くことができた!!)
昼の「お水送り}探訪を充分に楽しむことができた。
▼レンタサイクルを「東小浜駅」で返し、列車で「小浜」に行き、再び夜の「お水送り」探訪にでかけた。
今回の夜の「お水送り」は事情があって(計画をたてるのが遅すぎて小浜に宿が取れなかった(:_;))途中までしかみることができなかった。
しかし、見るべきものは見た!!と言う気がしている。
見たのは
・修二会【達陀】
・大護摩法要
・松明行列
「鵜の瀬送水神事」は一度見ているが、やっぱりもう一度見てみたい!!
また機会をつくろう。
タクシーで再び「東小浜」駅にひきかえし、最終列車で敦賀に行き宿を取った。
メモするだけで精一杯の一日だった。
画像の貼り付けは家に帰ってからゆっくりやりたい。

旅はまだまだつづく!!
今朝は、こんどは敦賀から奈良に向かう。

(つづく) 
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3月(弥生)の天気コトワザ!!

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▼3月「雲見」の幕開けは雪だった!!
定点ヒガンバナも雪をかぶっていた。
 光を浴びているときはしやきんと直立しているかのように見える葉もしだられて元気がなかった。
 生野峠の向こうはもう少し降っているのだろうか。
一日中ときおり雪は舞い降りてきた。
 しかし、光はまちがいなく春だった。
▼昔の人の3月(弥生)の「雲見」はどうだったんだろう?
そして、その「雲見」からどんなメッセージを遺してくれているだろう。
例によって「天気コトワザ」でそれをみてみよう。
参考にさせていただくのはいつものように

◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)

だ。
 3月のところには、23個があがっていた。番号はあがっている順番に私が勝手につけさせてもらった。

(1) 朝霞は晴
(2) 一、二月降雪なければ晩霜多し
(3) 雪どけに地肌と雪の密着する年は凶作
(4) 降り入り八専、照り八専
(5) 朝茶がうまいと天気がよい
(6) 茶碗のご飯粒がきれいにとれると雨、つくと晴
(7) 朝遠くの山がはっきり見えればその日は晴
(8) 朝北風、夕南西の風は晴
(9) 早朝暖かい時は雨
(10)朝霧は晴
(11)雲行き速く、空黄色を帯びる時は大風あり
(12)朝曇の夜晴
(13)ヒバリが高く昇ると晴
(14)彼岸桜の上向きに咲く年は天候順調にして豊作の兆し
(15)彼岸太郎に八専次郎、土用三郎に寒四郎
(16)ケヤキの発芽が不揃いの時は晩霜があり、平均して発芽する時は晩霜がない
(17)青夕焼けは大風となる
(18)沖がまくれば雨
(19)スズメが水を浴びると晴
(20)七星全部が雲におおわれれば、三日のうちに雨
(21)霜強ければ雨となる
(22)阿蘇の煙、西になびけば雨となり、南になびけば好天となる
(23)春は海、秋は山

▼いつも驚いてしまうのは「観察眼」の鋭さだ。
実によく自然を観察していた。
それにはわけがあった。天気と暮らしは直結していた。
いちはやく「天気の変化」を把握する必要があった。
そして、観察して得た「ルール」を後世に伝えたかった。それが天気コトワザ!!
「豊作」「凶作」はまさに死活問題だった。
(3) 雪どけに地肌と雪の密着する年は凶作
(14)彼岸桜の上向きに咲く年は天候順調にして豊作の兆し
あたりはダイレクトにそれだろう。

 これからも使いモノになりそうなものはないだろうか。
その可能性も含め、私が面白いと思ったのは次のようなものだった。
(5) 朝茶がうまいと天気がよい
(6) 茶碗のご飯粒がきれいにとれると雨、つくと晴
(13)ヒバリが高く昇ると晴
(19)スズメが水を浴びると晴

▼これも毎回であるが、「天気コトワザ」はローカール色が濃い。
それはアタリマエであり、そうであってこそ価値があるのだと思っている。
「天気コトワザ」は暮らしのなかから生まれた「ワザ」であり、「科学」である!!
その暮らしは地域にある。
地域の気象現象は、地理的・地形的条件に大きく左右される。
同じ「天気コトワザ」でも地域によって真逆のことが言えることもある。
当然のことだ。
(22)阿蘇の煙、西になびけば雨となり、南になびけば好天となる
など、「阿蘇」が見えないところで使いモノにならないかというとそうでもない。
「阿蘇」を自分が見える火山にカスタマイズすればいいのだ。
そう言う意味で言えば
(7) 朝遠くの山がはっきり見えればその日は晴
などは汎用性が高い。
「遠くの山」を自分が暮らす地域の「あの山」にカスタマイズしてしまえば、使いモノになるかも知れない。

特に今の時期は、日本海側と太平洋側では大きくちがうだろう。
それをこの眼で確かめてみようと思う。

今朝、まもなく「雲見」の旅に出ようと思う。 o(^o^)o ワクワク
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3月(弥生)の「雲見」は!?

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▼2月の「雲見」が終わった。
2月最後の「もくもくシール」は、「乱層雲」を貼った。ところがすぐそれはあやしくなってきた。
昼過ぎには青空が空いっぱいにひろがり、またまた冷たい風が吹いてきた。
そして雲のない空に太陽は沈んでいった。
 そうなんだ。一日中同じ雲の「雲見」をしているわけではない。
だから観察した時間帯でぜんぜん違うものになる。(私の場合朝9時が原則)
それを承知の上だ。それでも一か月ならべてみると、なんとなく2月の空の様子がわかってくるような気がしてくるのだった。ちなみに2月の「もくもくシール」の内訳は次のようになった。
・快晴 2
・巻雲 2
・巻層雲 5
・高積雲 4
・高層雲 1
・層積雲 5
・積雲   6
・乱層雲 4

▼さて3月(弥生)はどうなるだろう?
いつものようにこれを参照させてもらおう。

◆気象庁・一か月予報(近畿地方PDF版)

 これを見せてもらうかぎりおいては、たくさん種類の「雲見」ができそうだ。
ほんと、季節の移りかわりは直線的ではない!!螺旋的だ!!
▼もうひとつの定番としているものも参考にさせてもらおう。

◆12ヶ月のお天気図鑑』(武田康男・菊池真以著 河出書房新社)

毎月同じことを言っているが、ほんとこれはすばらしい!!
すばらしい画像があげてあった。タイトルだけならべさせてもらう。

「名残り雪」
「最深積雪」
「流氷」
「春浅し」
「花粉光環」
「春一番」
「春に三日の晴れなし」
「あけぼの」
「春の降雪」
「PM2.5」
「春雨」
「春霞」
「菜種梅雨」
「麗らか」
「孤雲」
「桜開花」

こんなすばらしい画像は私には無理だが、真似事だけは挑戦しつづけたい!!
▼1.2月とわりかしおとなしくしていた。
3月は定点観測地からの「雲見」だけでなく、「雲見」の旅にでたいな!!
鉛直方向には、10数㎞も移動すれば雲のてっぺんだ。
ところが水平にいくら移動しても、同じ「雲見」ができる!!
いやちがう!!同じではない。どうちがうのだろう?
それを自分の目で確かめたい!!
 それが水平に移動しての「雲見」の楽しみだ。

「青春18きっぷ」も今日から使えるんだし…o(^o^)o ワクワク

今朝、起きて外にでたらさっそく白いものが…
「名残り雪」!?
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