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【Web更新2/28】16-09 サイエンスコミュニケーター宣言 等更新!!

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雲見旅 ペンペン草の 誘いけり 16/02/27 (土)@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-09
週末定例更新のお知らせ
 今日で2月が終わる!!
 なんという速さだ。ほんとうに地球は「等速」で運動しているのだろうか!?ひょっとしたら「加速」してきているのでは!?と疑ってみたくなるほどだ。2016年の1/6が終わってしまうのである。
 できなかったこと数えあげてもしかたない。それはもう変えられない事実なんだから。
 それよりできたことを数えあげよう。その方が楽しそうだ!!

◆表紙画像集2016 更新 ナズナ(ペンペン草) 
 庭先のコンクリートのすき間から一本のペンペン草が伸びてきていた。
畦道の群落もいいが、このたくましい一本が妙に愛おしく見えた。屈み込んで観察してみると、花もかわいいが、そのペンペン(種子)が気に入った。それこそ三味線のバチのようなかたちをした種子が、あちらこちらに腕をのばし踊りだしているようだった。考えてみると、ここにペンペン(種子)があるということは、前に花があったということだ!!アタリマエだけどすごい「発見」をしたような気になった。
 例によって、『日本植物方言集成』(八坂書房)を引っぱり出してきて「ナズナ」をみてみた。
ペンペンの方に注目したのは私だけではなかったようだ。昔の人もそれが面白いおもったようだ。
 うちわぐさ、おどりこばな、がらがら、きつねのかんざし、きつねのしゃみせんこ、しゃみせんぐさ、しゃみせんこ、しゃもじぐさ、ねこのぴんぴん、ねこのしゃみせん、べらべらぐさ、びらびら、ぺんぺんぐさ、りんちろりん…等々
 圧倒的に種子に関するものが多い。
 踊るペンペンを眺めていると、妙に「雲見」の旅に出てみたくなった。
 さあ…。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 サイエンスコミュニケーターとしての私の「現在地」確認のため5つの座標軸を設けていた。
その第一座標軸は
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
だった。「ごみ分別」を科学する!!などというのは、この座標軸に位置するものなんだろうと思う。
いつまでにという期限もなければ、どこまでという制約もない。
きわめて気まぐれなプライベート実践である。
 ひとつだけ制約があった。「楽しみ優先!!」という制約が…!!

 また、「○○○」を科学する!!をシリーズするかも知れない。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 「天災は忘れた頃にやって来る」というこの寅彦の警鐘がどのように聞こえてくるかで、自分の立ち位置が確認できそうな気がする。
 まもなく3.11から5年の歳月が…。

さあ、春が動きはじめる!!
私も ゆっくり ゆっくりと…。 

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「ごみ分別」を科学する!!(3)

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▼やっぱりダメだ!!
 ここを素通りしていくわけにはいかなかった。いかに「実益」優先と言えども…
寄り道をしよう!!
身のまわりにいかに金属(カナモノ)が多いかを実感する。
 そこで大元から行こう。
 長く長く愛用してきた金属たちを、教材BOXから引っぱり出してきてテーブルに並べてみた。
金属板や金属立方体もある。
 アタリマエのことだが、どれもこれも「ピッカリテスター」は明るくついた。
▼なかでも、アルミのインゴットには数々の思い出がつまっていた。
これからも、いつも側に置いておいて、「ピッカリテスター」通電のチェックに使おうと思う。
 金属の教材BOXには、ちょっと変わったものも入っていた。
色紙だ!!
 ピカピカに光っておれば(金属光沢をもっておれば)→金属!!→通電性
とやりたかったのだ。
金箔も少しだけ残っていた。
▼あれこれ色々やっている間に「金属」の授業を思い出し、 今こそ、「あれ」だ!!
と思った。
 「あれ」それは「周期表」だ。

 物質探検の地図=元素周期表!!

「地図」をもたずに探検にでかけるなんて考えられない。
「地図」に書かれていることの詳細な理解は後回しにしても、まずは必携だ!!
今すぐ手に入れるには、次が便利だ。

◆一家に1枚「元素周期表」

さっそくプリントアウトして、
「家庭ごみ分別表」の横に貼っておこう!!
もちろん身のまわりのモノは混合物が多い!!ごみも!!
しかし、それらどんなものも「分けて分けて」を繰り返せばここに行きつく!!
この事実!!今さらではあるが感動だ!!
▼周期表を見ればすぐわかる。
「金属」がこの世で幅をきかせているかが…。
お馴染みの「金属」の位置も確かめておきたい。
「地図」だから位置はとっても重要!!
「世界の三大物質ー金属・しおの仲間・さとうの仲間-」という「分別」方法まで思い出してしまうが、これ以上の寄り道・深入りはやめよう。(^^ゞポリポリ

 あの「113番」のネーミングもまもなく発表かな。
どんな名前なんだろう。楽しみだ o(^o^)o ワクワク

(つづく)
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 大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから48週目だった。あと一か月で今年度の植え替えだ。
あの紅梅が散りかけた。散った花びらが観察池に舞い降りた。
 春が近い!!
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「ごみ分別」を科学する!!(2)

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▼ピッカリ!!
と「ピッカリテスター」は明るく光った!!
アタリマエだけど面白かった。
それはアルミ缶でもスチール缶でも同じだった。
「ごみ分別」の科学は、「電気を通すモノ」「電気を通さないモノ」の分別からはじめた。
定番中の定番だ。
「電気を通すモノ」→「カナモノ」→「金属」!!
▼では、もうひとつの定番、「磁石」ではどうだろう?
これまたアタリマエだけど、やってみると面白かった。
アルミ缶はまったく無反応だった。
それにくらべスチール缶は、遠くのものまで一斉に引き寄せられてきた!!
「磁石」と「鉄」の「ふしぎ!?」な関係!!
ああダメだ。
またしても寄り道してしまいそうだ。(^^ゞポリポリ
▼わざわざこんなことしなくても、アルミ缶とスチール缶には、きっちり表示があった。
しかし、それだけでは「科学」にならない。
 アタリマエでも自分で確かめてみるところから「科学」は始まるのダ!!
と自分に少し言い訳をしてみる。
 缶の「リサイクル」の文字であらためて気づいた。
 これらの「金属」は山に行ったら自然に落ちているわけではなかった。
それらを含む金属化合物から「金属」を取り出す作業をして利用しているのだった。
そこに人類と「金属」の歴史が!!

限りある資源なのだ!!
「ごみ」と「リサイクル」を考えるだけでも面白そうだ。
▼先に少しすすめよう。
「磁石」の威力が面白かったので、周辺の「ガラクタの山」を探検してみた。
さっそく
「どこかで、いつか…」の思いで置いておいたハンガーが引っかかった。
面白い!!

でも、こんな調子だと…(^^ゞポリポリ

(つづく)
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本日(2016/02/26)、第122回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼「ここはどこ?」
「今はいつ?」
 まるで長い眠りからさめたときのようにわけのわからぬ自問を繰り返していた。
 昨日もいつもの「雲見」を続けていた。
 まだ風は冷たかった。しかし、光は正直だった。
確実に、光の「春」はやって来ていた。
▼本日(2016/02/26)は、第122回オンライン「寅の日」である。
2月3月連続5回警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」の3回目であった。
読むのは「天災と国防」である。

◆本日(2016/02/26)、第122回オンライン「寅の日」!!

●「天災と国防」(青空文庫より)

▼私は、これまでのオンライン「寅の日」から勝手に「天災は忘れた頃にやって来る」三部作というのを決めてしまっていた。
 今回の「天災と国防」(昭和9年)、そして次回に予定している「津浪と人間」(昭和8年)、もうひとつは毎年12/31(寅彦の命日)に読んでいる「日本人の自然観」の三つの随筆である。まだまだ読み解き途上の人間が大胆な話である。寅彦は1935年(昭和10)12月31日に亡くなった。
 従ってこの三部とも晩年3年間に書かれたものである。それだけに寅彦からメッセージが濃密に書き込まれていると思っていた。
 
 一方、中谷宇吉郎は「天災は忘れた頃来る」(青空文庫より)のなかで、このように教えてくれていた。

実はこの言葉は、先生の書かれたものの中には、ないのである。しかし話の間には、しばしば出た言葉で、かつ先生の代表的な随筆の一つとされている「天災と国防」の中には、これと全く同じことが、少しちがった表現で出ている。

ではどこにそれはあるのだろう?
それをさがすことから今回ははじめてみようと思う。
あった!! きっとこれだろうと私は思う。

それで、文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟(ひっきょう)そういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆(てんぷく)を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。

▼再び、はじめにもどって寅彦の「文脈」を追ってみる。
繰り返し繰り返し言っているメッセージは?

しかしここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。
 文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして、重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻(おり)を破った猛獣の大群のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊(ほうかい)させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であると言っても不当ではないはずである、災害の運動エネルギーとなるべき位置エネルギーを蓄積させ、いやが上にも災害を大きくするように努力しているものはたれあろう文明人そのものなのである。

また、こうも言っていた。

戦争はぜひとも避けようと思えば人間の力で避けられなくはないであろうが、天災ばかりは科学の力でもその襲来を中止させるわけには行かない。その上に、いついかなる程度の地震暴風津波洪水(こうずい)が来るか今のところ容易に予知することができない。
 
 こういうこの世の地獄の出現は、歴史の教うるところから判断して決して単なる杞憂(きゆう)ではない。

 そして、観測態勢についてこう言った。

五十年百年の後にはおそらく常識的になるべき種類のことではないかと想像される。

寅彦がこう書いてから82年の歳月が経った!!
昨日のわけのわからぬ自問が頭に浮かんだ。
「ここはどこ?」
「今はいつ?」

昨日夕方、「アメダス」の上空にも「光の春」が確かにやってきていた。
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「ごみ分別」を科学する!!(1)

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▼「いつか役に立つだろう。」
と思い、長年ため込んだものモノがある。
その「いつか」はついに訪れることなく、今では「ガラクタの山」だ。(^^ゞポリポリ
「もういいかげんに…」の声も聞こえてきそうだ。
そんな矢先だった。
 事情あって、自分ひとりでしばらくのあいだ「家庭ごみ」も処理する必要があった。
▼そんなときそれを見た!!
「家庭ごみ分別表」だ。
面白い!!と思った。
ごみを「可燃ごみ」「不燃ごみ」「資源ごみ」「粗大ごみ」に大別し、それぞをさらに細分し、ごみステーションに出す曜日等が指定されているのである。
 同じするのなら「趣味」と「実益」を兼ねて…
いやちがう!!「実益」と「趣味」を兼ねて…ダ!!

「ごみ分別」を科学してみよう!!

と思った。
あの「ガラクタの山」くずしにも…。
▼まず最初に用意したのは
まずは
・特大「ピッカリテスター」
 ずいぶん昔に自作し、長い間愛用してきた超お気に入り「物質探検」グッズだ。
電球はできるだけダイナミックにということで100ワット透明を使用している。
「金属」「電流回路」「イオン化合物」「酸」等々の授業で活躍してきたシロモノ。
これで、「電気を通すモノ」「電気を通さないモノ」に分けようというわけだ。

次が
・強力磁石
 次は「金属」のなかでも「鉄」を分けるためのもの。
 さらに強力な小さな磁石も今では100円ショップで手に入る。
それもケースバイケースで使用したい。

・紙やすり
 表面のさびや塗料をとるため。

▼何をどのようにすすめるか。詳しい案はまだきめてはいなかった。
どんな展開になるのか。
自分でもわかってはいなかった。
ともかくはじめてみよう!!

「ごみ分別」を科学する!!

今回はプライベート実践だ。学習対象者は私自身!!
トンデモナイ展開なるかも知れないし、面白い発展があるかも知れない。
またまた怠け癖が出て「またいつか…」の話になってしまうかも知れない。
いずれにしても科学を楽しむことをモットーに
ゆっくり 急ごう!!
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【お薦め本】『植物は<知性>をもっている』(S・マンクーゾ、A・ヴィオラ著 NHK出版)(2)

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▼ヒガンバナと同様に年がら年中観察している植物に大賀ハスがある。
「大賀ハス観察池」を設けて毎日観察している。
 今の観察池には、回収しなかった果托をひとつだけ残している。
 それを見ていると思い出すのは、昨年の「あこがれの4日間」だ。
 大賀ハスの一つの花は「4日間」だけ開閉を繰り返し散っていく。どうして「4日間」だけなのか?「4日間」はどうして判断しているのだろう?
 開花一日目は朝、5時10分過ぎに開花が始まる。まるで「目覚まし時計」でもセットされているように。「ふしぎ!?」だ!!
 開花していく様子も「ふしぎ!?」だった。開いていく花弁には、きっちりと順番がきめられているようだ。どんな「からくり」になっているのだろう?
 四日目に散っていくときも、それはみごとなものだった。花弁だけでなく雄しべも同時に散っていった。それまでは強い風にも耐えていたというのに。
 一日目、二日目に開花すると同時に蜂をはじめとする昆虫たちは遠くからいっきょに集合してくる。どんなサインを出しているのだろう? 
等々。
 あげ出したらきりのないほど大賀ハスにも「ふしぎ!?」があった。
▼この本には、これらの大賀ハスの「ふしぎ!?」を解くヒントがあると思った。
それがお薦めポイントの2つ目だ。

(2) これまでの植物の「ふしぎ!?」を解くヒントがここにある!!

 この本の副タイトルは「20の感覚で思考する生命システム」だ。
 植物の「かしこさ」は充分に認めるとしても、「
20」はオオバーなんでは?
と最初は半信半疑だった。
 ところが著者はこう言い切っていた。

 これまで見てきたように、植物は、人間と非常によく似た五感、つまり視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚をそなえている。つまり、感覚の鋭さについては、私たち人間に劣ることなく非常によく似ているといえる。ところが、じつはそうではない。植物は人間よりずっと敏感なのだ。人間のもっていない「感覚」を、少なくとも十五はもっているのだから!(同書P108より)

そして、植物が何故その「感覚」をもつことになったかを具体例をあげながら説くのである。
 「そう言えばそうだな!!」と納得することばかりであった。
 ひょっとしたら「20の感覚」を射程に入れるなら、これまでに抱いてきた植物の「ふしぎ!?」の謎解きができるかも知れないと思わせてくれるのだった。
▼そもそも<知性>とはなにか?
それをどう定義づけるか。それが問題だと思った。
それもきっちりと書いていた。

 そこで、まず行うべきは私たちの問題にふさわしい定義を選択することだ。植物の知性を考えるために、かなり広い定義を使うことにしよう。それは、「知性は問題を解決する能力である」という定義だ。もちろん、植物に使用できるのは、これだけではないだろう。ほかのものでもうまくいくかもしれない。だがまあ、とりあえずはこの定義を使おう。(同書P165より)

ナルホド(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン
 また再びヒガンバナにもどろう。ヒガンバナにも数々の「ふしぎ!?」が残っていた。
とりわけ不思議に思っているのは、「自然結実」の「ふしぎ!?」だ。
 一昨年採集した「自然結実」種子から育てた実生ヒガンバナ3つは、今も出葉したままである。
 これは目の前にしている事実だ。
ヒガンバナに何が起きているのか?
「自然結実」ヒガンバナの群落で採集した鱗茎は「二重(二段)鱗茎」になっていた?
見えない地下で何が起こっているのか?

ヒガンバナの<知性>はいかなる問題を解決しようとしているのだろうか。
▼最後のお薦めボイントは
(3) これからの植物とのつきあい方を教えてくれている!!
である。実はこれがお薦めの最大の理由だった。
 はじめて知って驚くことも多々あったが、特に共感したのは次のようなことだった。
「モジュール構造」
「分散型」
「根端は情報処理センター」
「植物は生きたインターネット」
「群れとしての生命体」
等々
 そして、これからの植物とのつきあい方も提案してくれていた。

このように植物は、動物と同じことができる。それなのに「植物はあらゆる点で知的な生物である」と、どうして認めないのだろう?植物の活動を本当に観察したことがある人にとっては、あたりまえのことなのに。明らかな事実を否定するのでなく、植物が問題を解決している方法は、私たち人間にとって貴重な情報源だときちんと認めて、それを参考にする方が得策ではないだろうか?(同書P170より) 

大賛成である!!
これからも永く永くつき合っていく植物!!
正当に評価し、つき合っていく方が実りあるものになるのでは。
それに、その方がずっと楽しいではないか。
さあ、目の前の植物たちは今日は何を教えてくれるだろうo(^o^)o ワクワク
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【お薦め本】『植物は<知性>をもっている』(S・マンクーゾ、A・ヴィオラ著 NHK出版)(2)

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▼ヒガンバナと同様に年がら年中観察している植物に大賀ハスがある。
「大賀ハス観察池」を設けて毎日観察している。
 今の観察池には、回収しなかった果托をひとつだけ残している。
 それを見ていると思い出すのは、昨年の「あこがれの4日間」だ。
 大賀ハスの一つの花は「4日間」だけ開閉を繰り返し散っていく。どうして「4日間」だけなのか?「4日間」はどうして判断しているのだろう?
 開花一日目は朝、5時10分過ぎに開花が始まる。まるで「目覚まし時計」でもセットされているように。「ふしぎ!?」だ!!
 開花していく様子も「ふしぎ!?」だった。開いていく花弁には、きっちりと順番がきめられているようだ。どんな「からくり」になっているのだろう?
 四日目に散っていくときも、それはみごとなものだった。花弁だけでなく雄しべも同時に散っていった。それまでは強い風にも耐えていたというのに。
 一日目、二日目に開花すると同時に蜂をはじめとする昆虫たちは遠くからいっきょに集合してくる。どんなサインを出しているのだろう? 
等々。
 あげ出したらきりのないほど大賀ハスにも「ふしぎ!?」があった。
▼この本には、これらの大賀ハスの「ふしぎ!?」を解くヒントがあると思った。
それがお薦めポイントの2つ目だ。

(2) これまでの植物の「ふしぎ!?」を解くヒントがここにある!!

 この本の副タイトルは「20の感覚で思考する生命システム」だ。
 植物の「かしこさ」は充分に認めるとしても、「
20」はオオバーなんでは?
と最初は半信半疑だった。
 ところが著者はこう言い切っていた。

 これまで見てきたように、植物は、人間と非常によく似た五感、つまり視覚、嗅覚、味覚、聴覚、触覚をそなえている。つまり、感覚の鋭さについては、私たち人間に劣ることなく非常によく似ているといえる。ところが、じつはそうではない。植物は人間よりずっと敏感なのだ。人間のもっていない「感覚」を、少なくとも十五はもっているのだから!(同書P108より)

そして、植物が何故その「感覚」をもつことになったかを具体例をあげながら説くのである。
 「そう言えばそうだな!!」と納得することばかりであった。
 ひょっとしたら「20の感覚」を射程に入れるなら、これまでに抱いてきた植物の「ふしぎ!?」の謎解きができるかも知れないと思わせてくれるのだった。
▼そもそも<知性>とはなにか?
それをどう定義づけるか。それが問題だと思った。
それもきっちりと書いていた。

 そこで、まず行うべきは私たちの問題にふさわしい定義を選択することだ。植物の知性を考えるために、かなり広い定義を使うことにしよう。それは、「知性は問題を解決する能力である」という定義だ。もちろん、植物に使用できるのは、これだけではないだろう。ほかのものでもうまくいくかもしれない。だがまあ、とりあえずはこの定義を使おう。(同書P165より)

ナルホド(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン
 また再びヒガンバナにもどろう。ヒガンバナにも数々の「ふしぎ!?」が残っていた。
とりわけ不思議に思っているのは、「自然結実」の「ふしぎ!?」だ。
 一昨年採集した「自然結実」種子から育てた実生ヒガンバナ3つは、今も出葉したままである。
 これは目の前にしている事実だ。
ヒガンバナに何が起きているのか?
「自然結実」ヒガンバナの群落で採集した鱗茎は「二重(二段)鱗茎」になっていた?
見えない地下で何が起こっているのか?

ヒガンバナの<知性>はいかなる問題を解決しようとしているのだろうか。
▼最後のお薦めボイントは
(3) これからの植物とのつきあい方を教えてくれている!!
である。実はこれがお薦めの最大の理由だった。
 はじめて知って驚くことも多々あったが、特に共感したのは次のようなことだった。
「モジュール構造」
「分散型」
「根端は情報処理センター」
「植物は生きたインターネット」
「群れとしての生命体」
等々
 そして、これからの植物とのつきあい方も提案してくれていた。

このように植物は、動物と同じことができる。それなのに「植物はあらゆる点で知的な生物である」と、どうして認めないのだろう?植物の活動を本当に観察したことがある人にとっては、あたりまえのことなのに。明らかな事実を否定するのでなく、植物が問題を解決している方法は、私たち人間にとって貴重な情報源だときちんと認めて、それを参考にする方が得策ではないだろうか?(同書P170より) 

大賛成である!!
これからも永く永くつき合っていく植物!!
正当に評価し、つき合っていく方が実りあるものになるのでは。
それに、その方がずっと楽しいではないか。
さあ、目の前の植物たちは今日は何を教えてくれるだろうo(^o^)o ワクワク
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【お薦め本】『植物は<知性>をもっている』(S・マンクーゾ、A・ヴィオラ著 NHK出版)(1)

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▼定点観測地のヒガンバナが葉の先の方から枯れ始めた!!
それは周囲の植物たちが生長してくるのに対応しているように見えた。
そうこれが植物「ヒガンバナ」の戦略であった。
 昨年秋に花茎をのばしみごとな花を咲かせた後に、葉は伸びてきた。冬、他の植物が枯れている間は光を独り占めして、生産活動を行い地下の鱗茎(球根)に栄養をため込んでいく。そして、春、他の植物が生長してくる頃枯れていくのである。
 このヒガンバナの株はもう20年近く観察している。毎年繰り返し繰り返し見てきたくてたことだった。
それを人に伝えたくて、それまでの観察をまとめたこともある。
 それでも、今年もこれを目の当たりするとやっぱり植物「ヒガンバナ」は「すごい!!」と思う。
「かしこい!!」とも思う。
▼その「かしこさ」は、植物「ヒガンバナ」に限らないと教えてくれる面白い、刺激的な本に出会った。
それを今回【お薦め本】にあげる。

◆『植物は<知性>をもっている~20の感覚で思考する生命システム~』(S・マンクーゾ、A・ヴィオラ著  訳久保耕司 NHK出版 2015.11.20)

 正直に言って大袈裟なタイトルの本だと思った。ひょっとしたらトンデモ本かも知れないと思った。
やっと手に入れて読んでみた。それは大きな誤解であることが読み進めるうちにすぐにわかった。
ともかく面白い!!
 もう少し、その面白さを語りたいが、それをはじめると止めどなくダラダラ書いてしまいそうだ。
 だから、例によってお薦めポイント3つを先にあげておく。

(1) 植物の驚異の「かしこさ」が見えてくる!!

(2) これまでの植物の「ふしぎ!?」を解くヒントがここにある!!

(3) これからの植物とのつきあい方を教えてくれている!!

▼さあ、これだけ書いておけばあとは気を楽にして、ダラダラと語ってみよう。
まず、

(1) 植物の驚異の「かしこさ」が見えてくる!!
からだ。
 まったく気づいていなかったわけではなかった。この植物の「かしこさ」に。
とても古い話で恐縮だが、30数年前私はこれまでの先達たちの実践に学びながら
◆授業テキスト『植物の世界』
をつくった。それは、「動物」にくらべあまり人気のなかった「植物」を、少しでも魅力的にとらえてもらうための試みだった。「植物」けっして「静的」生命ではない!!ときには「動物」以上に「動的(?)」暮らしぶりなのである。
そのドラスティクな植物の日々の営みを実感をもってとらえて欲しいという願いがあった。
 当時、そのなかでも「光とり競争」「つる植物」に注目していた。
 それが、この本にも登場した。
 

「避陰反応」をしているあいだ、かなりの植物がかなりのスピードで成長するのは、ライバルよりも背を高く伸ばし、光をより多く受けたい一心からだ。しかし、この急速で猛烈な成長には、大量のエネルギーが必要になる。植物ががんばって背を伸ばしても成果が得られなかった場合には、その努力がかえって命とりになることもある。エネルギーと養分を、費用がかさむ上に確実に成功するとはいえない事業に投資することになってしまう。まさしく植物は、将来のために投資する実業家といえる。
 植物は予測のもとによい結果がでるように投資する。つまり、典型的な知的行動をとっているのである。(同書 P73より)

 茎が充分に伸びて、光を受けられる成長するまで、大量のエネルギーを消費して苦しい数年間を堪え忍ばなければならないだろう。そう聞くと不安になるだろうか?じつはべつの選択肢もある。もっと短期間ですむ方法、つまりつる性植物が選びとっている方法だ。苦しい日々を耐え抜くなんて考えもしない本当の怠け者、背を伸ばすためにいちばんの近道をとる。それは、すでにしっかり立っている何かの支柱にしがみつくことだ。そうすれば、短い時間で光にたどりつけるうえに、貴重なエネルギーをむだにすることもない。つる性植物のこの戦略は、私たち人間にもよくみられる行動ではないだろうか?(同書P191より)

子どもたちをして「つる植物はずる植物だ!!」と言わしめたそれが書いてあった。
▼つる植物の「戦略」の話だけでなかった。
次から次と植物の「かしこさ」を実証する具体例があがっていた。
「擬人化が過ぎる」という批判もあるだろう。わからないでもない。
 しかし、きっちり科学的根拠にもとづくものであれば、理解を助ける手法として大いに有効であることも確かだ。
タイトル『植物は<知性>をもっている』は現実味を帯びてくるのだった。 

ダメだ。
やっぱり予想した通りだ。書き始めたらいっぱい書いておきたいことが出てくる。
つづきは明日にしよう。

(つづく)
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【Web更新2/21】16-08 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

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足元も ホシノヒトミの ひらきけり 16/02/19 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-08
週末定例更新のお知らせ
 季節は直線的にはやってこない。いつも螺旋的にやってくる。
雨水を過ぎて春分に向かっている。
 4月ごとに変わる年度という感覚は少しうすれたが、やっぱり頭にこびりついたものは消え去ることはないようだ。年度末に向けて、なんとなく気忙しくなってきた。
 こんなときこそ、ゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2016 更新!! ホシノヒトミ(オオイヌノフグリ)
 日本植物方言集成(八坂書房)の「イヌノフグリ」には、「ホシノヒトミ(千葉・柏)」というが出ている。
なんとみごとなネーミングだろう。
人に教えてもらってからずっと花にはこれを使っている。
「イヌノフグリ」もみごとな観察眼だが、それは実のことだ。
花はやっぱり「ホシノヒトミ」だ!!
 門先でいちばんに春を教えてくれたのは、このホシノヒトミだった。
 足元でまるで夜空に星が瞬くようにホシノヒトミがひらいていた。

いぬふぐり 星のまたたく 如くなり      高浜虚子

さすが虚子である。その観察眼は確かだ!!

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!?  更新!!
 リンク集少しずつ少しずつ更新していきたい。
 いろんな方からの情報が欲しい!!よろしくお願いします。<(_ _)>

◆【ヒガンバナ情報2016】 更新!!
 今年も実生ヒガンバナの挑戦をはじめた。
 発芽(発根)はするだろうか?するとするならそれはいつだろう?
 o(^o^)o ワクワク

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 寅彦の警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」の本意は?
 今、なすべきことは?

 ゆっくりと「動きはじめる」一週間にしたいな。
さあ… 

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「天気の変化」リンク集をつくろう!!(3)

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▼「 雨 雨 ふれ ふれ ラン!ラン! ♪(乱層雲 積乱雲) 」
と歌ってはみたものの、あまりうれしくない「雲見」がある。
 昨日のように、ぜひとも晴れて欲しいときの、この雲の「雲見」は…(/_;)
それにしても「乱層雲」というものがよくわからん!!
簡単に言ってしまえば「雨雲」だ。だいたい雨が降っているときの「もくもくシール」はこれにしていた。
いったいこの中で何が起こっているのだろう?
そして、それはこの後どうなるのだろう?
究極はそれが知りたいのだ!!
▼「天気図」という画期的な謎解きツールを手に入れて200年!!
200年の歴史の中で「天気図」大いに進化したていった。
これまた画期的・劇的な進化があった。
それまたちょうど100年前だ!!

◆リチャードソンの夢

があったのだ。
そして戦後、コンピュータの出現により、リチャードソンの夢は実現するのである。
▼今日、スーパーコンピュターがはじき出す「数値予報天気図」の簡単な歴史である。
こうして見ると、ぜひともこの「天気図」にもやっぱりリンクしておきたい。
【「天気図」に関するリンク集】

(4) 気象庁・数値予報天気図

 何が書いてあるのかチンプンカンプンのことが多い。
いつも見てみることをしなくても、こんなものがあるということを知っておくだけでも意義はあるかも。
TVの「天気予報」の元資料がここにある!!
「天気予報」はプロやマニアだけの楽しみにしておくのはモッタイナイ!!
▼外出から帰ってしばらくすると雨はやんだ。なんという…
こちらではどのくらい雨が降ったのだろう。
「アメダス」にツナイデ確かめてみた。
どうやらお昼過ぎがいちばんよく降ったようだ!!
そうだ!!
できるだけリアルタイムなお天気情報を手に入れるためには、自分が住んでいる地域のいちばん近くの「アメダス」にツナイデおくことも有効!!

【地域のお天気情報に関するリンク集】

(1) いちばん近くのアメダス

朝まだ少し余裕のあった大賀ハス観察池の水は「満水」近くになっていた。
観察池は蓮根の植え替えから47週目であった。

(つづく)
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2016年3月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼仕切り直しの椿が今度は本格的に落ち始めた!!
それを見ていると、やはり寅彦のあの実験を思い出す。

 

落ちざまに虻(あぶ)を伏せたる椿(つばき)かな 漱石

この漱石先生の句に触発され、椿の花は落下するときほんとうに、このようにうつ伏せになって虻を閉じ込めたりするのだろうか。それとも仰向きにおちるのだろうか。この小さな「ふしぎ!?」は、本格的「椿の花の落下実験」につながったのである。そして寅彦はこう言った。

こんなことは右の句の鑑賞にはたいした関係はないことであろうが、自分はこういう瑣末(さまつ)な物理学的の考察をすることによってこの句の表現する自然現象の現実性が強められ、その印象が濃厚になり、従ってその詩の美しさが高まるような気がするのである。(「思い出草」より)

やっぱり寅彦は面白い!!
▼2016年3月のオンライン「寅の日」も、引き続きこの寅彦を読み解く。
2.3月は連続して5回。
 あの有名な警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」をテーマにしてすすめることにしていた。3月には後半の2回があった。

■2016年3月オンライン「寅の日」

◆第123回オンライン「寅の日」 …3/09(水)
◆第124回オンライン「寅の日」 …3/21(月)

▼実は5回で読むものはあらかじめ決めていた。
いずれもこのオンライン「寅の日」で繰り返し読んできたものばかりだった。
 しかし、何度読んでも寅彦は新鮮だ。読むたびにあらたな「発見」があった。
今回は、どんなあらたな気づき、「発見」があるだろう。それが楽しみだ!!
読むのは「津浪と人間」「地震雑感」である。

■2016年3月オンライン「寅の日」

◆第123回オンライン「寅の日」 …3/09(水)「津浪と人間」(青空文庫より)

◆第124回オンライン「寅の日」 …3/21(月)「地震雑感」(青空文庫より)

▼まもなく3.11から5年である。
「動く大地」の歴史からすれば、あまりにも短い時間だ。
 今、あらためて寅彦の警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」に耳を傾けることは、きっと意義あることにちがいない。
警鐘から何が学べるだろう?
警鐘の本意のどこまでせまれるだろう?
次なるアクションはうまれてくるだろうか?

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「天気の変化」リンク集をつくろう!!(2)

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▼昨日(2016/02/18)は朝から、雲のない「雲見」が長く続いた!!
久しぶり長時間青空である。お昼過ぎても北の空には雲は出現しなかった。
なぜだろう!?
「天気図」を見た!!
納得である。(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン
「高気圧」だ!!すっぽりと上空を覆っていた。
「高気圧」→大気は「下がると カラカラ」→青空!!
「雲見」と「天気図」のリンクは、「雲見」をより楽しむ常套手段だ!!
▼「天気図」!!
なんとも便利なものだ。
物質探検に周期表が必需品のように、お天気探検に「天気図」は欠かすことのでないものだ。
今ではアタリマエに見ることができる「天気図」だが、意外にその歴史は浅い。

●1820年 ハインリッヒ・ブランデス(独)、1783年のヨーロッパ各地の気圧・気温・風の分布を表す「天気図」を発表 

まだ200年もたっていないのだ。
 ちょうど200年前、そのハインリッヒ・ブランデスは、この「天気図」を発表する前(1816年)に物理学及び化学年報の編集者ジルベルト宛の手紙のなかで次のように語ったという。

こうしたチャートは奇妙なものに思われるでしょうが、私は人々がやがて、この考え方をさらに発展させると信じています。…青空、薄い雲や濃い雲、それに雨や風の動きなどをあらわしているヨーロッパの356枚のチャート…さらに温度を示す何枚かの図は見る人にとって少なくとも気象表よりもずっと楽しく、教訓にみちたものであることは確かです。(『天気図の歴史』斎藤直輔著 東京堂出版 p14より)

見えない大気の動きを「見える化」する試みだったわけだ。画期的発明だ!!
 200年たった今、私たちはこれをより「ずっと楽しく、教訓にみちたもの」にしなければ…。
▼今では、いろんな「天気図」がある。
どんな天気図にリンクしておけばいつでもより有効に活用できるようになるだろう。
まだまだ試行錯誤であるが、とりあえずあげてみよう。
そして情報を待とうと思う。
【「天気図」に関するリンク集】

1) 気象庁・天気図(実況・予想)
 まずは、何と言っても最初はここだろう。今は、携帯端末があればいつでも、どこでもリアルタイムにみることができるのだ。「雲見」とリンクすれば、「雲見」はより豊かに楽しくなる!!

(2) 気象庁・日々の天気図
 案外知られていないのが、この過去の「天気図」である。
 瞬時に「あの日」の天気がわかるのだ!!「天気の変化」の学習にはとても有効!!
 「低気圧の移動」「台風の動き」も一目瞭然だ!!

▼面白いのは地上「天気図」だけではない。

(3) 気象庁・高層天気図
 これが実に面白い!!私たちの暮らす「大気の物理学実験室」が立体的にイメージできるのである。
 TVの天気予報だってこれを利用しているなとわかるときがある。
 プロだけのものにしておくのはモッタイナイ!!
 とは言っても、どううまく活用するのか?試行錯誤中!!

 
夕方になって、南の空から雲は出現した。
アメダス観測地の上に月が出ていた!!

(つづく)
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「天気の変化」リンク集をつくろう!!(1)

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自然観察は「雲見」からはじめよう!!
これを、ここ数年の持論としていた。
「雲見」ほど簡単で面白く奥の深い自然観察はないと思っていた。
いつでも、どこでも、誰でも、今すぐはじめることができる。空を見上げるだけだ!!
 実はすでに誰もがいつも何気なくやっていることだった。それを少しだけ意識的にやってみようという過ぎなかった。
 見上げた空では日々「日替わりメニュー」で「大気の物理学実験」が行われている。
いや「日替わり」どころか、刻々と更新している。それが無料で公開されているのである。
それを見逃したら人生の大損ダ!!
Webテキスト『天気の変化』をつくろう!!と決めてからでもどれほどたつだろう。
取り組みは遅々として進んでいなかった。でもあきらめはしていなかった。
今ではできあがるまでのプロセスを楽しんでしまおうという気持ちになっていた。
 このテキストでも、はじまりは「雲見」ときめていた。

 取り組みも仕切り直しの度に「ふりだし」にもどっていた。それはそれなりに意味あることだが、やっぱりもう少し歩みを着実なものにしたい。なにか有効な手立てはないものだろうか?
そこで思いついたのが、「リンク集」だ!!
「これについては参考になるよ!!」
「面白いよ!!」「お薦めだ!!」
そんなページの「リンク集」をつくりWebページ化していくのである。
そうすればいつも「ふりだし」にもどらなくても、「ああ、ここまで来ているな」とわかる。
なによりも共愉的にテキストづくりができる!!
ここでもやっぱり
「情報は発信するところに集まる!!」
で行こう。
▼ここでもはじめるのは「雲見」から行こう。
「雲見」に関連して私が今面白い!!と思っているページに次のようなものがある。

◆ 「雲見」に関連して
(1) 気象庁・静止気象衛星画像(赤道上空約36000㎞)
 地上からの「雲見」とセットで宇宙からの「雲見」もしておきたい。
 「ひまわり8号」になってからの画像はきれにいになった。いろんなかたちで見ることできるようだ。

(2) 宇宙から地球を眺める
 この画像はとびっきりきれいだ!! 

(3)デジタル台風:雲画像動画アーカイブ(全球画像)
 これは絶対に面白い!!
 これを見て、地球全体の大気の動きを頭に描きながら、「雲見」をするとまったくちがって見えてくる。

(つづく)

※あなたの「お気に入り」教えてください。よろしくお願いします<(_ _)>

 
 

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今年も実生ヒガンバナに挑戦!! #ヒガンバナ

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▼「日本のヒガンバナは3倍体で種子をつくらない。殖えるのは分球によってである。」
これがアタリマエだった。
 「あんなみごとな花をいっぱい咲かせるのに…?」「あんなたくさん咲くのだからなかには「かわりだね」がいてもいいのではないか?」そんな「ふしぎ!?」がはじまりだった。
 私は、長年多くの人に協力してもらいながら、「自然結実」するヒガンバナを探し続けた。
2013年晩秋、ついに私は「自然結実」ヒガンバナ群落をみつけた!!
一度みつけてしまうと、不思議とそれはアタリマエになって来るのだった。
2013年、2014年、2015年とそれぞれ別の場所で群落をみつけた。
 そして、2015年には、69個の「種子」を手に入れたのだった。過去最高の個数であった。
 これだけでは、最初のアタリマエの反証にはならなかった。
これまた、幸いなことに昨年度、手に入れた種子から育てる実生に3つだけ成功していた。
春に「発芽(発根)」し、秋には「出葉」する!!
この目で見たのだった。
感動であった!!
▼今年も冷蔵庫から出してきた69個の種子で「実生ヒガンバナ」に挑戦してみることにした。
一度成功したと言っても、その方法はまったく確立していなかった。
いつも「出たとこ勝負」でやって来た人間の弱みだ。
 まず、種子をどこに蒔くかだ。その一部始終を観察しながら、すすめたかった。
いきなり土に埋めてしまうのでは、それが観察できない。
 そこで、昨年度のコヒガンバナでもやったように、小さなケースに濡れたティシュペーパーで苗床をつくってやりそこへ蒔いた。
 小さなケースは、100円ショップで買った安物。それをできるだけ多くした。
ひとつでまとめてとも思ったが、それではひとたび失敗すれば、すべてダメになる。
分散型にしておけば、リスク回避にもなる。
▼ひとつひとつの種子をナイロン袋から出して、苗床に設置しながらいろいろ思い出した。
その一粒々を回収したときの感動が蘇ってきた!!
 残念に思うことも多々あった。
回収したときはあんなに真ん丸で黒光りしていたのに…。(/_;)
カビにやれているものが多くあった。
すでにつぶれて「なかみ」がなくなり皮だけのようなものもあった。
どうしてだろう ?(゚_。)?(。_゚)?
保存方法に問題があるのだろうか?
別の方法の開発が必要なことは確かだ。
▼ともかく69個すべてを「設置」した。
はたして、このうちいくつが「発芽(発根)」するだろうか?
「出葉」までいくのがでてくるだろうか?
となりで昨年「出葉」した3つの鉢が勇気づけてくれていた。

小さなケースにフタをし(保湿)、それらを大きな発泡スチロールの箱にいれた(保温)。
 家にある身近なものばかりを使った私の「ヒガンバナ研究」のはじまりだった。
「研究」というには少し貧弱な気がしないでもないが、むしろこの方が今の私には意味あることのようにも思われた。これなら、誰でもやってみようと思ったらできるのだ!!
 ひょっとしたら これぞ
「等身大の科学」!!
「新しい博物学」!!
 なのかも知れない。
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ヒガンバナ「種子」を冷蔵庫から出した!! #ヒガンバナ

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▼あのあたたかさはどこへ!?
「寒の戻り」「冴え返る」の天気だった。
だからこそなおのこと迷っていたが、決行を決めた。
冷蔵庫から、昨年「自然結実」したヒガンバナの「種子」を取り出した!!
「種子」は途中から方針を変更して、1個ずつチャック付きナイロン袋に入れ、お菓子の缶にいれた上、冷蔵庫の野菜室に入れたままにしていた。
▼冷蔵庫から出して、今一度その個数を確認してみた。
ナイロン袋には、採集場所と花茎を採集した日を書いていた。
花茎を採集した後は、ペットボトル、のりの瓶などで「水栽培」をして「完熟」まで待ったのである。
だから、この花茎の最終日にどれほどの意味があるかは別にして、分類の目安にしていた。
(今後、「自然結実」ヒガンバナ」探索の参考にはなるかも知れない。)
なんと言っても一番多い場所は福崎「B」と記号をつけた「自然結実」群生地だ。
「B」と記号付けたもの多い日付順にならべてみる。
・10/30…29個
・10/20…17個
・11/06… 7個
・10/09… 5個
・11/16… 2個
・11/19… 2個
・11/24… 1個
合計     63個!! 
なんと合計63個である!!
もはや偶然などではない!!
あらためて「ふしぎ!?」に思う。何が起こっているのだろう!?
▼他の場所でも採集していた。
場所も個数もかぎられていた。
・10/9 福崎墓… 2個
・10/28福崎A…  1個 (観察はもっとしていたが最終的に回収したの1個だけだった。)
・11/16福崎A切…1個 (切り倒された花茎から辛うじて1個が「完熟」した。)
・10/20夢前   …1個
・11/11自宅庭 …1個
その他合計     6個
全合計は69個である!! 
昨年、私がこの目で確認した「自然結実」したのは69個!!
これは事実である!!
▼ここまでは自信を持って言えた。
ところが、すでにいくつもの失敗をやらかしていた。
シロウトというものは、いちどたまたま「成功体験」をすると、そればかりに注目してしまうものだ。
「失敗体験」になかなか目がいかない。
ヒガンバナの仲間の「実生」への挑戦はキツネノカミソリからはじめた。
キツネノカミソリの実生は途中まで成功した。しかし、出葉まではいかなかった。
たまたま手に入れたコヒガンバナでは種子→出葉39/51=76.5%と大成功だった。
ヒガンバナについても3/30(10%)で3つについて出葉にこぎ着けていた。
キツネノカミソリのときから、種子の保存は、チャック付きナイロン袋に水で湿らせたティシュペーパーを一緒に入れてするようにしていた。「乾燥」こそ大敵と思っていた。
 もうひとつの大敵である「カビ」になかなか注目できなかった。
昨年途中でそれには気づいた。
気づいたけれどなかなか変更できなかった。
「だって、前はこれでうまくいったではないか!」そこから脱しきれなかった。
冷蔵庫から出した「種子」にもいくつもにカビがはびこっていた!!
また逆にシワシワに「乾燥」してしまっているようなものがある。
実生ヒガンバナの方法が私のなかに定着するまでには時間が必要なようだ。
さあ、飽くなき挑戦をはじめよう。
69個の「自然結実」種子、何個まで「出葉」まで持って行けるだろう。
(つづく)
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【Web更新2/14】16-07 新・私の教材試論 等更新!!

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紅梅や 雲見の空に 紅の香 16/02/10 (水)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-07
週末定例更新のお知らせ
 各地で「春一番」が吹いたようだ。しかし、私はそれを感じなかった!!
なるほど近畿地方では発表されていないから、その「体感」は正しいのだろう。
 「春一番」と呼ぶには一定のめやすがあるようだ。
 今度は、急激に寒くなるようだ。
 「気まぐれ」に変化するように見える天気だが、そこにはきっと私の知らない「ルール」なり「からくり」があるはず。今週も「雲見」や「宇宙見物」をつづけながら、それらの謎解きを楽しみたいな。

◆表紙画像集2016 更新!!  紅梅
 アタリマエだけど、やっぱり「ふしぎ!?」だ。
 紅梅だ。一輪が咲き始めたと思ったら、次々と見る見るうちに咲き始めた。
どんな「からくり」になっているのだろう?
どこかに温度計をつけているのだろうか?
「臨界点」があるのか?あるとすればそれは何度か?
そのとき、なんらかの「化学変化」がはじまるのか?
考えたら考えるほど「ふしぎ!?」だ。
その「ふしぎ!?」の謎解きをしたからと言って、けっして紅梅の美しさは失われることはない。
むしろ、何倍にも脹らむはずと寅彦が教えてくれた。
 今年の最初の一輪を、「記録」しておこう。

◆新・私の教材試論 更新!!
 気まぐれにはじめた仕切り直しの「教材試論」。
 やっぱり、教材のこと考えていると楽しくなってくるな。
これは一種の病かも!?
「これって教材にならないかな?」という眼でまわりを見ているとモノの見え方までちがってくるのである。
モノを減らそうと思っていたのに、またまたモノが増えてしまうナ。
困ったものだ。(^^ゞポリポリ

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 自然は気まぐれに見えてそうではない!!
恐ろしく「律儀」だ。忘れたりしない!! 「天気」も「大地」もそうだ。
と寅彦は教えてくれているのだろう。
 警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」をテーマにはあと3回。

今朝の大気はまだあたたかい。
この後、「雲見」はどう変化していくのだろう?

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本日(2016/02/14)、第121回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼私は、まだこの「ふしぎ!?」の謎解きにとりかかっていなかった。
この「ふしぎ!?」は間歇的にやってきた!!
昨日、まだ雨の降りが本格化する前の「雲見」のときやってきた。南の空の「雲見」をしているときだった。
電線と重ねて撮ってみると、この「ふしぎ!?」はよりはっきりとした。
「あの山は、なんであんなに水平なんだ!?」
山と言うより丘のようにも見えた。
周りの山らしい山にくらべて平らであった。
あらゆる地形が、それがかたちづくられた「動く大地の物語」を語っている。
ならば、この水平は何を語っているのだろう?
・川底、湖の底、はたまた海底…???
・河岸段丘?
・高位段丘?
・市川との関係は?
・どんな岩石が?
 まだ何もはじめていなかった。もうそろそろはじめなければ…
▼本日(2016/02/14)は、第121回オンライン「寅の日」!!
2月、3月は5回連続して、警鐘「天災は忘れたころにやって来る」をテーマにやることにしていた。
今日は、その第二弾、「静岡地震被害見学記」を読む。

◆本日(2016/02/14)、第121回オンライン「寅の日」!!

●「静岡地震被害見学記」(青空文庫より)

▼まずもってこれはいつ頃書かれたものだろう。
それは冒頭の書き出しでわかった。
「静岡地震」の時であるから、1935年(昭和10)である。
 7/11に地震は起こり、7/14にその被害状況の調査に出かけた。そのときのことを書いているのである。
どうしても考えてしまう。
寅彦はこの年の12/31にこの世を去っているのである。
すでに病はかなり進行していたのかも知れない。
 これを書いた頃は、中谷宇吉郎の言う「ペンを使わないで書かれた文字」でも警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」をひときわ強く打ち鳴らしていた頃ではないかと想像できる。

 そんなつもりで読みはじめると、この随筆を次のように結んでいるのがすごく気になった。

「静岡」大震災見学の非科学的随筆記録を忘れぬうちに書きとめておくことにした。

あえて「非科学的随筆記録」と言ったのはどんな意味があるのだろう?
どんなメッセージを伝えたかったのだろう?
少しピックアップしてみる。

天然は実に正直なものである。
こうした非常時の用心を何事もない平時にしておくのは一体利口か馬鹿か、それはどうとも云わば云われるであろうが、用心しておけばその効果の現われる日がいつかは来るという事実だけは間違いないようである。
 山裾の小川に沿った村落の狭い帯状の地帯だけがひどく損害を受けているのは、特別な地形地質のために生じた地震波の干渉にでもよるのか、ともかくも何か物理的にはっきりした意味のある現象であろうと思われたが、それは別問題として、丁度正にそういう処に村落と街道が出来ていたという事にも何か人間対自然の関係を支配する未知の方則に支配された必然な理由があるであろうと思われた。
うっかり「地震による碑石の廻転について」といったような論文の材料にでもして故事付(こじつ)けの数式をこね廻しでもすると、あとでとんだ恥をかくところであった。実験室ばかりで仕事をしている学者達はめったに引っかかる危険のないようなこうした種類の係蹄(わな)が時々「天然」の研究者の行手に待伏せしているのである。
天然の実験室でなければこんな高価な「実験」はめったに出来ないから、貧乏な学者にとって、こうしたデータは絶好の研究資料になるのである。
天然の作ったものの強い一例かもしれない。

▼きわめて個人的な感想であるが、この随筆を読み終えた後、すごく印象に残るシーンがあった。
そのシーンは2つである。

とにかく震災地とは思われない長閑(のどか)な光景であるが、またしかし震災地でなければ見られない臨時応急の「託児所」の光景であった。  この幼い子供達のうちには我家が潰れ、また焼かれ、親兄弟に死傷のあったようなのも居るであろうが、そういう子等がずっと大きくなって後に当時を想い出すとき、この閑寂で清涼な神社の境内のテントの下で蓄音機の童謡に聴惚(ききほ)れたあの若干時間の印象が相当鮮明に記憶に浮上がってくる事であろうと思われた。
静岡へのバスは吾々一行が乗ったので満員になった。途中で待っていたお客に対して運転手が一々丁寧に、どうも気の毒だが御覧の通り一杯だからと云って、本当に気の毒そうに詫言を云っている。東京などでは見られない図である。多分それらの御客と運転手とはお互いに「人」として知合っているせいであろう。東京では運転手は器械の一部であり、乗客は荷重であるに過ぎない、従って詫言などはおよそ無用な勢力の浪費である。

これは「随筆」でなければ「記録」できなかった。
なんともやっぱり寅彦はすごい!!
ひょっとしたら、寅彦の本意はこちらかも知れないとも思った。
 
平らな山の「ふしぎ!?」を観察している場所のすぐ近くに大賀ハス観察池があった。
蓮根の植え替えから46週目だった。
水はぬるみ、水面に揺れる枯れ葉が映っていた。
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新・私の教材試論(108)

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▼それはまるで「雲の展覧会」であった!!
次から次へとかたちも高さもちがう雲が登場してきた昨日の「雲見」だった。
台風が近いとき空は「雲の展覧会」になると聞いたことがある。
まだ台風のシーズンではないから、これはきっと「春の嵐」の前触れだろうと思った。
夕方の片平さんもやっぱり「春の嵐」と言っていた。
春一番はどうなんだろう!?
▼仕切り直しの「教材試論」。
ここへきてはたと立ち止まってしまった。もっとも根っこのところの自問が始まってしまってしまったのだ。

 今の私にとって「教材」とはなんだろう?

 「これまで」は… \(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
問題は、「今」と「これから」だった。
 私は、「○○の科学」遍歴の末に「私の科学」にたどり着いた。
「教材」は、この「私の科学」を可視化・具現化したものだった。
「教材」は、「私の科学」を鍛え、育ててくれた。
「教材」は、「私の科学」の重要なエレメントだ。

どれも言える。でもちがうな。エイッ!!この際言い切ってしまおう。

「教材」は、「私の科学」そのものである!!

▼「教材論」語るときには、セットのようにして教材開発の手法に言及していた。
もちろん何十年も前の「私の教材論」でもふれていた。
-------------------------------------------------------
これからの教材研究
(1) 教材研究のネットワーク化を図り、新たな教材の発掘を

(2) 教材のデータベース化を図り、教材の共有財産化を 
-------------------------------------------------------
という具合に。
 それは、今も「不易」な思念である。
▼最近ではTwitter的教材開発を提言していた。
ここでも
Twitter的=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」
を使っていた。
この試みはこれからも続くだろう。

またまた根っこにもどる。
サイエンスコミュニケーターを名のる今の私にとって「教材」とは?

「教材」は、すぐれたサイエンスコミュニケーションの「ネタ」である!!

そうだ!!
これは、現時点での私の作業仮説である。
「教材」を「ネタ」にして大いに楽しみたい!!
あらたな人との「交流」もはじめてみたい!!
もっと気儘に…
もっと共愉的に…

予想はあたった!!今朝は朝から雨だ!!

(つづく)
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新・私の教材試論(107)

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▼「雲見」「宇宙見物」を意識的にするようになって、少し見える世界がちがってきたように思う。
なんて言うと大袈裟に聞こえるだろうか。でもそれは事実なんである。
 大袈裟ついでに言うと、やっと「ほんとうに自分が地球に暮らしている!!」と実感できるようになってきた。
 うすい薄い大気の層は絶えず動いていた。移動性高気圧に覆われた「雲見」の空も刻々と変化していった。
夕方、西の空の飛行機雲は後を残すようになった。
天気はだんだん「下り坂」だろうか。
▼「雲見」や「宇宙見物」、こんなものは「教材」と言わないのかな?
仕切り直しの「教材試論」をつづけよう。
はじめに授業のコンテクスト(文脈)ありき!!
まできた。
 次は、「定番」教材、「定番」実験についてである。
各単元には、時代が変わってもどの教科書にも取り上げられるような「定番」教材というものがある。
その教材はどんな経緯があって、「定番」になったのだろう?
どんな授業のコンテクストから生まれたものだろうか?
そのような「定番」教材のルーツの探索はたいへん興味深いものがある。
▼試みにいくつかに挑戦してみた。
最初に試みたのは、授業をはなれた場所でも今や「定番」になっているスライムである。

◆現代理科教材発展史「スライム」

ルーツ探索の過程で実に多くのことを学んだ。
あらたな人との交流もはじまった。また多くの人の「教材論」にふれることにもなった。
それは想像以上の成果でもあった。

 もう少しちがったかたちで取り組んだのが

◆現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」 

こちらの方は、今なお進行形である。
直接少しは自分もかかわっているのでなお面白い!!
▼この「現代理科教材発展史」いろんなもので試みたい!!
そう思ってからでもかなりの時間がたってしまった。
いくつかリストアップもしているが、まずはひとつひとつだ。
次は
・「ピンホールカメラ」
に的を絞ってやっていきたい。
 願わくば、他の多くの人の「現代理科教材発展史「○○○○○」を見てみたい。

ゆっくり 急ごう!!
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新・私の教材試論(106)

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紅梅の紅の通へる幹ならん  高浜虚子

 なんとすごい観察眼!!
 2月(如月)の俳句「歳時記にあげた一句だ。見えないものまで見てしまう観察眼とは…。
あの紅梅がほころびはじめた。試しに幹を見てみた。
「紅の通へる」はほんとうだった!!
 自然を観察することに徹し、感動を一句に詠み込む。
そんな営みは、どこか「教材」づくりに通ずるところがあると思うのだが。
そこまで言えば我田引水が過ぎるだろうか。
▼仕切り直しの「教材試論」を続けよう。
勝手につくった「すぐれた教材の法則」まできた。
 ところでその「教材」はどこで生まれるのだろう?
私は「授業」で生まれると確信していた!!
 そんなえらそうに人に言えるほどの授業実践をしてきたわけではない。
でも、やっぱり確信を持ってこのことは言える。
 「教材」は「授業」で生まれ、「授業」を変える!!
たったひとつの「実験」が、劇的に「授業」の流れを変える。
とりわけ理科の「授業」ではそんなことがある。
理科の「授業」をしてきたものなら、一度や二度はそんな体験があるはずだ。
▼きわめてアタリマエのことであるが、「教材」と「授業」は不可分の関係にある。
 数々のすぐれた実験を開発してこられた鈴木清龍先生が『やさしく本質的な理科実験4』(鈴木清龍・若生克雄共編 評論社 2001.10.10)のまえがき「実験集の歴史と特質」のなかで、とても示唆的なことを書いておられた。

 理科ぎらい、理科ばなれがいわれますが、そんな状況のなかで実験書、ものづくりは花ざかりのようです。超教科は脱学校を生みだしています。(それはあだ花か。)私たちは脱学校のなかから、学校での学習が再構築されると考えていますが。  それは、これまでの蓄積の成果を自らのものとして、子どもの要求に敏感に反応し対応できるように自らをつくっていくことによるしかないのではないでしょうか。 2001年8月  (同書P4)

▼これからでも15年の歳月がたった。
状況はかわったのだろうか。
今の私にはわからない。
わかっていることがある。

「すぐれた教材」は、授業のコンテクスト(文脈)から生まれる!!
はじめにコンテクストありき!!

ということだ。

(つづく)

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新・私の教材試論(105)

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▼春は光からやってくる!!
届けられる太陽エネルギーの周期的な変化から季節は生まれるのだから、これはきわめてアタリマエ!!
それに、いちはやく敏感に反応しているのが定点観測地のヒガンバナだった。
これまでは、光を独り占めして「葉の季節」を謳歌していたヒガンバナにもかげりが見えだした。
同時に周囲の草たちの成長が目立ちはじめた。
定点Aヒガンバナの葉先が黄変がはじまった。定点Bの紅白ヒガンバナ、とりわけシロバナヒガンバナの黄変は顕著である。引っ越し組もていねいに見ると、やはり少し葉先が黄変しているようである。
「自然結実」ヒガンバナは、採取したときのショックでもっと早かった。
わずかに残る緑もやがて消えていくだろう。
 こんなヒガンバナをすぐれた「教材」と認定したのもずいぶん古い話だ。
▼私の「教材史」を追うこともう少し続けよう。
「すぐれた教材の原則」を言い出してからずいぶん時間がたってからであるがWebページ化していた。

◆新「私の教材論」(03年版)

 具体的な実践例にもリンクしていた。
ここでも、またまた驚いてしまう。
 今考えることも、ほとんど同じことだという事実!!喜ぶべきか、悲しむべきか迷うところである。
ここにも もちろん「ヒガンバナ」は登場していた。
▼またしばらくしてから、現在も続く「新・私の教材試論」をblogで書きはじめた。
そのなかで、すぐれた教材の法則として2つの法則を提案した。
「法則」と言っても、それは勝手に私がそう呼んでいるだけで、それがどこまで汎用性のあるものかは、個々の実践で確かめるしかないのだが。
 その二つの法則とは
●3K(感動・簡単・きれい)1A(安全)の法則

●3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則

▼2つの法則は、私の「教材史」からみるときわめて必然だった。

●3K(感動・簡単・きれい)1A(安全)の法則
・1K「感動!!」…教師自身も感動し惚れ込むようなモノで…。ガラクタ教材で勝負するナ!!
・2K「簡単!!」…原理・原則むき出しモノ。手の込んだものがすばらしいのではない!!
・3K「きれい!!」…「自然」はきれいだ!!みごとだ!!それを具現化・可視化したものを!!
・1A「安全!!」…安全第一!!これは鉄則中の鉄則!!

●3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則
・1H「ホット!!」…ちょっと表現が古いかな。「今、話題の…」「流行の…」ぐらいの意味かな。
・2H「本質的!!」…単発でなく、教えたい内容に本質的に関わりあるモノを。
・3H「ホンモノ!!」…これにはいくつかの意味がある。自然を切り取った生モノを!!プロの研究者たちも使っ ているホンモノを!!暮らしの中にあるホンモノを!!等々である。

この2つの法則はほんとうに通用するのか。
その吟味は、これからも続けて行きたい。

(つづく)
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新・私の教材試論(104)

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▼「一日でいちばんきれいな空」
感動だ!!
そう教えてもらってから何度も見てきた空だ。
でもやっぱり感動するのである。
少しぐらいの寒さも気にならない。なにかとって得をしたような気分になって来るのだった。
その後に続く雲のない「雲見」!!
アタリマエに太陽が沈んでいく!!
そんなことが、とても「ふしぎ!?」に思えてきたりするのだった。
▼仕切り直しの「教材試論」をはじめてみよう。
まずは教材の「不易流行」からだ。
時代時代によって「流行り」の教材というものがあるようだ。
 しかし、よく見てみると「それはあの教材の「焼きなおし」だな!!」ということもよくあることだ。
教材ついても、やっぱり次のことが言えると思っていた。

 ホンモノの「流行」は「不易」を内包する!!
 ホンモノの「不易」は「流行」を創出する!!

ホンモノの「流行」のなかには、必ずなんらかの「不易」が含まれていると感じていた。
逆にホンモノの「不易」ならば、必ずやあらたなる「流行」を創り出すだろう。
もしそれができないなら、それはホンモノではない。
▼私自身の「教材史」を追うところにこだわってみる。
今から20数年前、これまでの拙い実践をもとに「私の教材論」をまとめていた。

◆「連載:私の教材論(1)~(10)」

このなかで、勝手に「すぐれた教材原則」をつくり、これからの教材づくりについていくつかの「提案」をしていた。
▼その「原則」とは次のようなものだった。

●すぐれた教材の原則(1)
 教師自身の自然観・感性をゆさぶるものであること。

●すぐれた教材の原則(2)
 それを学ぶことにより、自然観・世界観を変えうるもの。

●すぐれた教材の原則(3)
 自然のなかで、行動するとき「指針」となり、「武器」となりうるもの。
 『勉強していて、もうかった』と言わせるもの。

●すぐれた教材の原則(4)
 日常的概念をくだき、科学の基本的概念の形成に関わるもの

●すぐれた教材の原則(5)
 原理・原則がむきだしのもの

●すぐれた教材の原則(6)
 「目標」が明確なもの、「遊び」の要素を含むもの ものをつくって、遊んで、食べて学ぶ

●すぐれた教材の原則(7)
 ホンモノを教室に持ち込もう。ホンモノがもつ力は大きい。
 図や、スライド、ビデオ等ではおぎなうことのできない迫力がある。

 思い入ればかりが先行し、大袈裟に表現しているところもあり少し気恥ずかしい。
しかし、基本的な考えは今も変わらない。
 だから、これは私にとっては「不易」な部分とも言えるわけだ。

(つづく)
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【Web更新2/7】16-06 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

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まだ硬き 仕切り直しの 椿かな 16/02/05 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-06
週末定例更新のお知らせ
 立春が過ぎた。暦の上での春がやってきた。
ほんとうに暦の上だけだろうか。そんなことはなかった。
「自然」は寅彦の言うように「過去の習慣に忠実」であるのだ。
小さな春をみつける一週間にしたいものだ。

◆表紙画像集2016 更新  椿
 今回からわざわざ「人里の自然シリーズ」と銘打つをやめる。
もうそれは言わずもがなであるから。
 ダメだなあ!!「俳句もどき」の域を脱しきれない。名句をなんていう気持ちはもう断念しよう。
「もどき」に徹して自分のペースで「自分の句」と呼べるもの詠もう。
それが私の「作風」!!
 竹藪の椿。暖冬に誘われていくつか咲いて、すでに落ちている。
しかし、本格的な開花には至っていない。
 「ふしぎ!?」なものだ。やっぱり厳しい「冬」を通過しなければ開花しないのだという。
どこまでも、「自然」は律儀だ!!

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!! 「雲見」「天気コトワザ」「俳句『歳時記』」という3つの手法で観天望気をすすめる。
その道すじをテキスタイルしたい。それが当面の目標!!
 もうひとつあった。
テレビ、ネットの「天気予報」の有効な利用のしかた。
これもテキスタイルしたいことのひとつだ。

◆新・私の教材試論 更新!!
 これぞ「仕切り直し」ダ!!
 サイエンスコミュニケーターというあらたな視点で「教材」を見なしてみる。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 寅彦の警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」5回シリーズ継続中!!
警鐘の本意を読み解きたいものだ。

「小さな春」どこにみつけることができるだろう。
だいぶわかって来たぞ!!
きっと それは 遠くにあるのでなく もっとも身近なところにあるだろう。
さあ…!!

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新・私の教材試論(103)

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▼やっぱり「雲見」三昧の一日だった。
それにしてあの雲たちの底面はピッタリと揃うのだろう?
あのラインはなんだろう?
私の「ふしぎ!?」は脹らむばかりだ。
「雲見」は私にとってはすぐれた「教材」だ。
いや「雲見」は、科学の方法だから、「教材」と呼ぶのはおかしいかな?
私のなかで、わけのわからぬ問答がはじまった。
「教材」!!
なんともなつかしさすら感じる響きだ!!
しばし、「教材」のことを語ってみたくなった。
▼私は、かつてこのblogを利用して、三つの「試論」を展開してきた。
●新・私の教材試論
●新・「自由研究」のすすめ試論
●新・クラウド「整理学」試論
の三つである。
 思わず「してきた」と過去形で言ってしまったが、私として「現在進行形」のつもりである。
けっして終わっているつもりではない。
 いずれにも「新」と「試論」をつけていた。
「新」は、その都度いつでも更新し、しきり直しをしようという、思い入れのあらわれだろう。
 また「試論」も同様にどこまでも「論」として固着せずに、繰り返し試みようという意志のあらわれだろう。
この初心にはこだわり続けたい。
▼この三つの「試論」には、それぞれに意味あるものに思っているが、なかでも「新・私の教材論」が私にはいちばん馴染みがあり、いちばんピッタリ来るものがあった。
 このタイトルで一番最初に書いたのは2008/10/18 だった。
◆新・私の教材試論(1)(2008/10/18 )
 読んでみて、自分でも驚いてしまう。
今考えることと同じだ。進歩がないと言うか…(^^ゞポリポリ
 次に同タイトルでいちばん最近書いたのはいつだろう?
それがなんと2014/06/06 だ。
◆新・私の教材試論(102)(2014/06/06)
またまた驚いてしまう。
こんなにご無沙汰してしまっていたのかと。
これはきっと現場で直接「授業」をすることがなくなったことと大いに関係しているように思われた。
再開してみようと思う!!
私が、足踏みしている間にも、まわりの状況は大きく変化した。
今一度、自分に問いかえしてみよう。
・私にとって、「教材」とは何か?
・「教材」と「私の科学」との関係は?
・宿題として残して来た「教材」についての研究は?
・これからの「教材」は?
などなど
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

この「試論」をはじめた頃は、まだまだ小さかった大賀ハス!!
今年度の大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから45週目を向かえていた。
朝夕は冷え込んでも、昼間は水もゆるみ、水草がめだちはじめた。そして、そのまわりには小さなプランクトンが…。これもまた私にはすぐれた「教材」だった!! 

(つづく)
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【お薦め本】『仕事で得する天気の雑学』(片平 敦著 いろは出版)

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▼日暈!?
最初は少し半信半疑だった。昨日(2016/02/05)の朝のことであった。
 なにしろ、こんな低い位置で「日暈」を見るのははじめてであったからだ。
両脇だけがはっきりとに虹色になっているのがわかった。
 「日暈」→「巻層雲」→「氷晶」…→「天気図」と頭に浮かべた。
このときの思い出した「天気図」は一昨日の夕方片平さんが説明していたそれだった。
前に書いたけど、毎日、ゆうがたLIVEワンダー(関西テレビ)の「片平さんのあしたの天気」(6:50ごろ)を見るのを楽しみにしている。
 よほどのことがない限り6:30ごろからテレビの前で待機するのが日課になってきた。
ともかく、わかりやすくて面白い!!
 その片平さんが本を出しているということを聞いた。
これはぜひ読んでみたいと思って、手に入れてみた。

◆『仕事で得する天気の雑学』(片平 敦著 いろは出版 2015.3.1)

本もやっぱりテレビの「天気予報」と同じようにとてもわかりやく面白い!!
どうしても【お薦め本】にあげたくなってきた。
▼まず気に入ったのはタイトルだ。
「仕事で得する…」という表現がとてもダイレクトでいい!!
少しでも「得する」ことがあるから本を読むのだ。読んで「得する」ことのない本なんてガラクタ本だ。
受けねらいのタイトルかと最初は思った。
読んでみるとちがっていた。これはほんとうにタイトル通りの本だ!!
「まるごと得する」本だ。ちょっと興奮して、またまたダラダラ書いてしまいそうだ。
いつものように最初にお薦めポイント3つをあげておく。

(1) 「わかりやすさ」に徹した本である!!

(2) プロならではの情報が満載された本である!!

(3) 『「授業」で得する天気の雑学』の本である!!

▼さあ、これだけ書いておけば後は気ままに思いつくことからダラダラと書きならべてみよう。
まず
(1) 「わかりやすさ」に徹した本である!!
からである。
 「はじめに」からちよっと変わっていた。
「天気を知れば仕事で得をする?」こう書くだけで一ページをとっているのである。
「小見出し」だけで一ページとるのである。
最初少し違和感をもった。ページかせぎかと思っていた。
それはちがっていた!!
「ほんとうに伝えたいこと」「ぜひわかってほしいこと」それをスペースを割く。
それは実はアタリマエのこと。
体裁が優先ではなのだ。優先すべきは「伝えたいこと」「わかってほしいこと」なんだ。
これはこの本に一貫する主張だった。
得をする場面を4つ設定されていた。
「会話で得をする!」
「移動で得をする!」
「健康で得をする!」
「財布で得をする!」
ナルホドだ!!
 なかみに入っても同様だった。35のLECTUREかが用意されていた。
どのLECTUREもはじめに一ページさいていちばん伝えたいことがドデカイ文字で書かれていた。
これがとてもわかりやすい!!
後で「あの話どこに書いてあったかな?」とさがすときすぐわかるのだ!!
 また各LECTUREは必ず「Q」から始まる。「よくある質問」からはじまるのだ。
また各LECTUREの終わりには「→おさらい」がある。
 なかみの文章も、いつもの天気予報の解説を聞いているような気分になる「とてもわかりやすい」文章だ。
まだまだある!!が、これだけで終わってしまいそうだから、これぐらいにしておく。
最後にもう一回だけ、「わかりやすさ」最優先!!の本だ!!

次に行く。
(2) プロならではの情報が満載された本である!!
 裏表紙にある片平さんのプロフィールを見ていて、益々大ファンになってしまった。
19歳で気象予報士の資格を取得したことは、以前から知っていて「すごい人」だとは思っていたが、今回感心して読んだのは次だ。

 気象解説のモットーは、「平時はわかりやすく・生活に役立つ解説を、荒天時は命を守る解説を」。気象解説者の最大の使命は、人々の命を守ること。地域の空を丁寧に解説し、いざという時に大勢の命を守れる「天気の町医者」でありたい。

 「天気の町医者」!!
すべてが納得がいく気がした。
この本の「わかりやすさ」も!!日々の天気解説も!!
片平さんはプロ中のプロだ!!
プロならではLECTUREも数多くあった。
「来週の天気は11時過ぎに見るのがベスト」
「防災対応は、タイムラインが決め手」
「お花見のベストタイミングは、開花発表の1週間後」
等々これもあげればきりがない。
「空は見れば天気予報は、自分でできる」
「雲は大きく分けると10種類ある」
と「雲見」のすすめも書いてくれていた。アリガタイ!!

最後に行こう。
(3) 『「授業」で得する天気の雑学』の本である!!
 片平さんの毎日の天気解説を見ていて思った。
これは「授業」そのものだ!!
・「導入」→「展開(発問)」→「整理」→「ふりかえり」
・授業のスキル 板書を見ないで子どもたちに顔を向ける(片平さんは解説するとき必ず前向き)
・「わかりやすい」を最優先
・次なるアクションを引き出す
等々
どれを見ても理想の「授業」だ。
私たちは、50分をかけて「授業」をしてきた。
片平さんは5分という短時間に濃縮してこれをやっている。
大いに学びたいものだ!!
テレビの天気解説は、残念ながら関西エリアしか見ることできないかも知れないが、この本なら全国の人が入手できるだろう。
天気解説とまったく同じスタンスでこの本は書かれているから、ぜひぜひお薦めだ!!
タイトルも勝手に変えてしまった。
『「授業」で得する天気の雑学』と。

今日の夕方は週末だから片平さんの顔を見ることできない。
少し残念!!
「雲見」をして、片平さんのまねをしてみようかな。

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2月(如月)の俳句「歳時記」!!

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▼寺田寅彦は最晩年に書いた『日本人の自然観』のなかで、「歳時記」について次のように書いていた。

短歌俳諧(はいかい)に現われる自然の風物とそれに付随する日本人の感覚との最も手近な目録索引としては俳諧歳時記(はいかいさいじき)がある。俳句の季題と称するものは俳諧の父なる連歌を通して歴史的にその来歴を追究して行くと枕草子や源氏物語から万葉の昔にまでもさかのぼることができるものが多数にあるようである。私のいわゆる全機的世界の諸断面の具象性を決定するに必要な座標としての時の指定と同時にまた空間の標示として役立つものがこのいわゆる季題であると思われる。

▼これを受けてなどと言うと大袈裟であるが、私は「雲見」「天気コトワザ」につぐ観天望気第3の手段として俳句「歳時記」を採用しようと決めていた。
 決めたと言っても具体的に何をどうはじめたらいいのやら迷っていた。
 毎週一句、Web表紙に貼り付けるために「俳句もどき」を詠んでいるが、それにしてもどこまでも「もどき」の域を脱しそうにない。
 ずぶのシロウトにはなかなか高いハードルだ。
 でも諦めたくはなかった。
そんなときに出会ったのが、これだ!!

◆『書いて身につく 四季の名句120選』(鍵和田秞子著 NHK出版)

▼これなら、私にもできそうだと思った。
毎月、名句10選があがっている。それを書き写すのである。3回!!
まずは2月にあがっているものを引用させてもらおう。

(1) 春寒し水田の上の根なし雲     河東碧梧桐
(2) 紅梅の紅の通へる幹ならん     高浜虚子
(3) 座る余地まだ涅槃図の中にあり   平畑静塔
(4) 白魚汲みたくさんの目を汲みにけり 後藤比奈夫
(5) 少年に獣の如く野火打たれ     野見山朱鳥
(6) うすらひを佳き鳥のこゑわたりくる 小原琢葉
(7) 木曽馬の黒瞳みひらく二月かな   大峯あきら
(8) 雪解や千手ゆるめし観世音     鈴木貞雄
(9) うぐひすのケキョに力をつかふなり 辻 桃子
(10) 春の山たたいてここへ坐れよと   石田響子

▼実にいい!!
さすが名句と言われるだけあるな。
これなら寅彦の言葉にもナルホドと頷ける。最初が碧梧桐だというのも、偶然とは言え納得だ。
究極はやっぱり、自分で詠むのが目標ではあるが、ここから少しずつはじめてみようと思う。
ゆっくり 急ごう!!
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2月(如月)の天気コトワザ!!

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▼空は二分されていた!!
「雲見」定点観測地から、北の空を見ていた。偶然にしてはあまりにもみごとに空は二つの層に分かれていた。
そのラインより上は快晴!!
下は雲でいっぱい!!
ひょっとしたらこんなとき、あの天気コトワザ「生野峠越えるときは弁当忘れても傘忘れるな」が有効なのかも?
「節分」の終日、このラインの意味を考えながらすごした。
▼今日は「立春」!!
暦の上での春だ!!
「暦の上で…」を軽く見てはいけない。天体の運動に起因する「科学」がそこにはあるのだから。
すべてのカウントは今日からはじまる!!
 同様に古の人が編みだした天気コトワザのなかにも、これからも使いモノになる「科学」が潜んでいるかも知れない。
今月もあの本を参考に、天気コトワザを引用させてもらう。

◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)

2月ところには、25個があがっていた。番号はあがっている順番に私が勝手につけさせてもらった。

(1) 冬季、山谷に風なければ好天
(2) 深山の雪崩が砲弾型にころがり落ちる年は豊作、平面にすべり落ちる年は不作
(3) 節分に雪が降れば四八日荒れる
(4) 立春に雪が降れば三〇日雪が続く
(5) 旧元旦の朝、水一升の目方四百二、三〇匁の時は平年、目方少なき時は干ばつ、多いときは冷、水害あり
(6) 雲中に大音響あるときは大雪の兆し
(7) 冬晴れた日の磯鳴りは西風強くなる兆し
(8) 寒九の雨
(9) 火事の後には雨が降る
(10)八方曇の中天晴は荒れる
(11)雪少なければ干害あり
(12)月に近く星あれば海荒れる
(13)すじ雲東へ進めば晴天続く
(14)トビが低く飛べば雨、高く飛べば晴
(15)朝の川靄白きは晴
(16)雪の降らない年は水不足になる
(17)北風は天気が続き、南風は雨の兆し
(18)冬の南が雪くれた
(19)三寒四温
(20)西風は日いっぱい
(21)北風つのれば必ず山間部は雪となる
(22)帯状すじ雲が出たら雨
(23)梅の花、上向きに咲く年は晩霜あり
(24)夜、北の空が光ると雨
(25)高い山が見えれば晴

▼付けられている「解説」を読んでもチンプンカンプンなのもある。
ナルホド!!(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウンと膝をたたくのもある。
気づいたことを列挙してみる。
・農業に直結しているものが多い。
・地域によってちがう!!
・太平洋側と日本海側ではまったく逆のことも言える!!
・暮らしに直結している。
・冬-「西高東低」、春-「移動性高気圧」は、今も昔も不変!!
・風は、「大気の動き」を可視化する鍵。雲の流れ。
・「雲見」の観天望気はこれからも有効!!
・一緒に生きている生きものに学ぶことはこれからも有効!!
等々
▼今は使われなくなってホコリをかぶった「骨董品」を引っぱり出してきて、アリガタガル骨董趣味をすすめようというのではない。
 これからも使いモノになる「お宝」発見が本意である。
 それだけではない。大いに学びたいものがある。
それは、「自然」に対する姿勢!!だ。
テレビやネットの「天気予報」がなかった時代の人にとっては、「天気予報」は自分たちでするしかなかった。
「天気予報」は必須だった。
それは、日々の暮らしに直結していた。死活問題でもあった。
まず何をしたのだろう。
「自然」観察!!そして、その観察の経験則から…「天気コトワザ」!!

今もこの基本原則は同じではないだろうか。
「宇宙からの雲見」「天気図」「高層天気図」、TV・ネット「天気予報」等々ツカエルモノはなんでも使いながらも、やっぱりはじまりは 自然観察!!

あのラインは昼までには消え、空いっぱいに雲は広がった。
夕方には、こんどは上下逆に二層に分かれているようにも見えた。
あのラインについて、あらたな「天気コトワザ」をつくることはことはできないか?
ポンコツ頭を総動員して考えてみるが、まだまだ無理なようだ。
無理ではあるが無駄ではないように思うのだが…。
第一面白いのだから…。
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2月(如月)の「雲見」は!?

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▼季節はいつも直線的には進まない!!
行きつ戻りつを繰り返しながら、でも確かに進んでいく。
 もくもくシールを貼り付けた1月「雲見」カレンダーを眺めながら1月の「雲見」をふり返っていた。
例年ないあたたかいお正月だった。
しかし、やっぱり「寒」は「寒」だった。後半には記録的な大寒波がやってきた。
▼そして、今日は季節を分ける「節分」だ。
明日は、いよいよ「立春」だ!!
「節分」-「立春」と来ると、私はどうしても一年前を思い出してしまうのである。
「立春でなくても【立春の卵】は立つはず」と気まぐれに座敷机に5個の卵を立ててみた。
これが、とんでもない小さな「大実験」のはじまりだった。
立てた5個の卵、最後の1個が倒れるまでには、「立秋」を過ぎて191日も経過したのだった。
(参照:【立春の卵】191日の軌跡
 今年もどこかで【立春の卵】が話題になるかな。
▼「雲見」にもどる。
さて、2月(如月)の「雲見」はどうなるだろう。
いつものようにこれを参照させてもらおう。


◆気象庁・一か月予報(近畿地方PDF版)

やっぱり春は行きつ戻りつやって来るようだ。
確実なのは光だ!!
光はきわめて規則的だ。
「大気の物理学実験室」では、どんな「実験」が展開されるのだろう?
興味津々ダ!!
▼もうひとつ定番で参照させてもらっているのがこれだ。

◆『12ヶ月のお天気図鑑』(武田康男・菊池真以著 河出書房新社)

2月(如月)もすばらしい画像があがっていた。
ひとつひとつゆっくり楽しませてもらう。

「御神渡り」
「立春寒波」
「日脚伸ぶ」
「極寒」
「風花」
「氷柱」
「月明かり」
「冬雲の明かり」
「南岸低気圧」
「砂塵嵐」
「春の三日月」
「アイスモンスター」
「光の春」
「春めく」
「太陽柱(サンピラー)」

さて、私の「雲見」では、このうちいくつに出会えるだろう。
「雲見」と「宇宙見物」セットで楽しみたいものだ。
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本日(2016/02/02)、第120回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼大阪に出たついでに、ずっと気になっていた「ダ・ヴィンチ~天才の遺産 レオナルドと歩む未来展~」をのぞいてみた。
 「500年も前に、ほんとうにこんなことを…!!」とその発想と多才ぶりには驚愕するばかりであった。
 しかし、いちばん気になっていたのはそこではなかった。梅棹忠夫が『知的生産の技術』のなかで、「発見の手帳」としてとりあげていた「ダ・ヴィンチの手帳」だった。そのほんの一部であるが、見ることができて、納得もし満足であった。

 彼の語録の数々が紹介されていた。そのなかに次のようなものがあった。
「経験は、絶えず形を変える自然と人類の間の通訳者である。」
▼本日(2016/02/02)は、第120回オンライン「寅の日」である。
 2月・3月連続して5回のテーマは、あの
警鐘「天災は忘れた頃にやってくる」
5回で寅彦の本意をどこまで読み解くことができるだろうか。
今回は、その第一弾「神話と地球物理学」である。

◆本日(2016/02/02)は、第120回オンライン「寅の日」!!

●「神話と地球物理学」(青空文庫より)

▼今回は、いきなり立ち位置をはっきりさせていた。

われわれのように地球物理学関係の研究に従事しているものが国々の神話などを読む場合に一番気のつくことは、それらの説話の中にその国々の気候風土の特徴が濃厚に印銘されており浸潤していることである。

 「神話」と聞いて、すぐさま抱いた「えっ、今さら?」という思いを砕かれた。
 例により、説得力のある具体例並ぶ。
ついついナルホド(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン
と思ってしまう。
 想定される誤解を防ぐ意味で念押しもしていた。みごとだ!!
 誤解を防ぐために一言しておかなければならないことは、ここで自分の言おうとしていることは以上の神話が全部地球物理学的現象を人格化した記述であるという意味では決してない。神々の間に起こったいろいろな事件や葛藤(かっとう)の描写に最もふさわしいものとしてこれらの自然現象の種々相が採用されたものと解釈するほうが穏当であろうと思われるのである。

▼「ウェゲナーの大陸移動説」を「国曳きの神話」に結びつけあたりはさすがである。
「ウェゲナーの大陸移動説」をいちはやく日本に紹介し、支持したのは寅彦だったことを考えるとこの一文も益々説得力を持ってくるのである。
 最後の次の一文も示唆的である。
 きのうの出来事に関する新聞記事がほとんどうそばかりである場合もある。しかし数千年前から
の言い伝えの中に貴重な真実が含まれている場合もあるであろう。

「播磨風土記」も、もう一度ちゃんと読んでみたくなってきた。

500年前のダ・ヴィンチの言葉は80年前の寅彦の警鐘とも響き合うところがあると思うのだが…。
そこまで言えば、我田引水が過ぎるだろうか。
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【Web更新1/31】16-05 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

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紅梅や 待つよろこびを 教えたり 16/01/30 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】16-05
週末定例更新のお知らせ
 はやくも一月が終わってしまった!!
 そのスピードについて行けてない気がしていた。
だからと言って「過去」にもどる気はさらさらなかった。
只、2016年の抱負の見直してみた。
(1)「ふしぎ!?」の謎解きを楽しむ!!
(2)「学び」と「整理」を進める!!
(3)共愉的世界を拡げる!!
どこまで来たのかな?

◆表紙画像集2016 更新 人里の自然シリーズ 紅梅
 私の誕生記念樹、紅梅の蕾が赤み帯びてきていた。
もうすぐ咲き始めるだろうことが期待できた。
期待できることを待つことほどうれしいことはなかった。
ひょっとしたら実際に咲いたときよりも待つときの方がワクワクするものなのかも知れない。
春遠からじ!!

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 とてもいいかげんな話だが、このプロジェクト、自分で面白くなくなったらすぐやめようと思っていた。
ところがいっこうにその気配はなかった。
 次から次と「ふしぎ!?」が生まれてきた。
 ひとつが少しわかり始めたかと思うと、またまた「ふりだし」にもどってしまっていた。
何度繰り返すのだろ!?
自分でもわからない。しかし、面白いことは確かだ!!

さあ、2月(如月)だ!!

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