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本日(2015/12/31)、第117回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼昨日(2015/12/30)の朝もよく冷え込んでいた。
とは言っても、それはここ数日のことであり今年の師走は異様にあたたかった。
 その影響だろうか。前の竹藪のいつもの場所の椿は、たくさん咲いていた。
すでに落ちた花も見られた。
 この椿の花を見ると、すぐさま頭に浮かぶことが2つあった。
ひとつは、奈良二月堂の「お水取り」の椿である。
もうひとつはあの寅彦の「椿の花の落下実験」だった。
▼そう、今日(2015/12/31)はその寺田寅彦の命日である。
寺田寅彦はちょうど80年前の大晦日(1935年(昭和10)12.31)に転移性骨髄症により病没したのだ。
 オンライン「寅の日」をはじめた2012年より、毎年大晦日の今日は、特番オンライン「寅の日」としてきた。
読むものも決めていた。最晩年(1935)に発表された「日本人の自然観」にしていた。

◆本日(2015/12/31)、第117回オンライン「寅の日」!!

●「日本人の自然観」(青空文庫より)

▼毎年同じ日に、それも大晦日に同じ文章を読むことに大きな意義があると思っている。
ある意味で一年間のオンライン「寅の日」の成果を問うことにもなるだろうとも思っている。
 また、これはまったくの我田引水になるが、選んだ文章が最適だった。
最晩年に書かれた「日本人の自然観」には科学者・寺田寅彦のすべてが集約されていた。
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
「天災は忘れた頃にやって来る」
も含めて、全部含まれていた!!
▼引用ばかりが先行するが、今年の「読み」で私に響いてきたところをあげてみる。

 われわれは通例便宜上自然と人間とを対立させ両方別々の存在のように考える。これが現代の科学的方法の長所であると同時に短所である。この両者は実は合して一つの有機体を構成しているのであって究極的には独立に切り離して考えることのできないものである。人類もあらゆる植物や動物と同様に長い長い歳月の間に自然のふところにはぐくまれてその環境に適応するように育て上げられて来たものであって、あらゆる環境の特異性はその中に育って来たものにたとえわずかでもなんらか固有の印銘を残しているであろうと思われる。

 はじめに、ここではっきりと寅彦自身の「自然観」を表明していた。自然と人間は対峙するものでなく、「有機的一体」を成すものであると。
 そして、「日本の自然」に具体的に触れたあと次のように要約していた。

 

これを要するに日本の自然界は気候学的・地形学的・生物学的その他あらゆる方面から見ても時間的ならびに空間的にきわめて多様多彩な分化のあらゆる段階を具備し、そうした多彩の要素のスペクトラが、およそ考え得らるべき多種多様な結合をなしてわが邦土を色どっており、しかもその色彩は時々刻々に変化して自然の舞台を絶え間なく活動させているのである。

自然の神秘とその威力を知ることが深ければ深いほど人間は自然に対して従順になり、自然に逆らう代わりに自然を師として学び、自然自身の太古以来の経験をわが物として自然の環境に適応するように務めるであろう。前にも述べたとおり大自然は慈母であると同時に厳父である。厳父の厳訓に服することは慈母の慈愛に甘えるのと同等にわれわれの生活の安寧を保証するために必要なことである。

「これから」の「科学」を示唆して次のようにも言っていた。

西欧科学を輸入した現代日本人は西洋と日本とで自然の環境に著しい相違のあることを無視し、従って伝来の相地の学を蔑視(べっし)して建てるべからざる所に人工を建設した。そうして克服し得たつもりの自然の厳父のふるった鞭(むち)のひと打ちで、その建設物が実にいくじもなく壊滅する、それを眼前に見ながら自己の錯誤を悟らないでいる、といったような場合が近ごろ頻繁(ひんぱん)に起こるように思われる。昭和九年十年の風水害史だけでもこれを実証して余りがある。
しかるに現代の日本ではただ天恵の享楽にのみ夢中になって天災の回避のほうを全然忘れているように見えるのはまことに惜しむべきことと思われる。

ここに警鐘『天災は忘れた頃にやって来る』の由来があった。
さらに「日本人の日常生活」に触れ、次のようにも語っていた。

 農業者はまたあらゆる職業者の中でも最も多く自然の季節的推移に関心をもち、自然の異常現象を恐れるものである。この事が彼らの不断の注意を自然の観察にふり向け、自然の命令に従順に服従することによってその厳罰を免れその恩恵を享有するように努力させる。
 津々浦々に海の幸(さち)をすなどる漁民や港から港を追う水夫船頭らもまた季節ことに日々の天候に対して敏感な観察者であり予報者でもある。彼らの中の古老は気象学者のまだ知らない空の色、風の息、雲のたたずまい、波のうねりの機微なる兆候に対して尖鋭(せんえい)な直観的洞察力(どうさつりょく)をもっている。長い間の命がけの勉強で得た超科学的の科学知識によるのである。それによって彼らは海の恩恵を受けつつ海の禍(わざわい)を避けることを学んでいるであろう。

私は大きく膝をたたいた。ここに使い続けてきた「常民の科学」をみつけた思いになった。
そして「日本人の精神生活」に入り、これからの科学者の仕事についても示唆してくれていた。

 現在の意味での科学は存在しなかったとしても祖先から日本人の日常における自然との交渉は今の科学の目から見ても非常に合理的なものであるという事は、たとえば日本人の衣食住について前条で例示したようなものである。その合理性を「発見」し「証明」する役目が将来の科学者に残された仕事の分野ではないかという気もするのである。

それから、私自身が今もっとも興味ある世界についても触れてくれていた。

こういう点で何よりも最も代表的なものは短歌と俳句であろう。この二つの短詩形の中に盛られたものは、多くの場合において、日本の自然と日本人との包含によって生じた全機的有機体日本が最も雄弁にそれ自身を物語る声のレコードとして見ることのできるものである。これらの詩の中に現われた自然は科学者の取り扱うような、人間から切り離した自然とは全く趣を異にしたものである。
 短歌俳諧(はいかい)に現われる自然の風物とそれに付随する日本人の感覚との最も手近な目録索引としては俳諧歳時記(はいかいさいじき)がある。俳句の季題と称するものは俳諧の父なる連歌を通して歴史的にその来歴を追究して行くと枕草子や源氏物語から万葉の昔にまでもさかのぼることができるものが多数にあるようである。私のいわゆる全機的世界の諸断面の具象性を決定するに必要な座標としての時の指定と同時にまた空間の標示として役立つものがこのいわゆる季題であると思われる。

これはあくまで私の「文脈」に沿った読みで響いてきたところである。
アタリマエだが、ちがう人の「文脈」で読めば、まったくちがったちがったところが響いてくるだろう。
それもまたぜひ知りたいところである。
今日一日は、80年の時空を超えて寅彦から大いに学びたいものだ!!

来年はどんな「読み」ができるだろう。それも楽しみである。
来年もよろしく。

椿の花が本格的に咲き、落ち始めるのは来年のいつごろからであろう?

 

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【私の撮った写真・ベスト3】2015!!

▼科学者・寺田寅彦は、『カメラをさげて』(青空文庫より)のなかで、「写真の目」について次のように言った。

親譲りの目は物覚えが悪いので有名である。朝晩に見ている懐中時計の六時がどんな字で書いてあるかと人に聞かれるとまごつくくらいであるが、写真の目くらい記憶力のすぐれた目もまた珍しい。一秒の五十分の一くらいな短時間にでもあらゆるものをすっかり認めて一度に覚え込んでしまうのである。  その上にわれわれの二つの目の網膜には映じていながら心の目には少しも見えなかったものをちゃんとこくめいに見て取って細かに覚えているのである。

まったく同感である。
今年一年もさんざん「写真の目」の「記憶力」にお世話になった。

すでに【私の重大ニュース】【私の読んだ本・ベスト12】でこの一年をふりかえり、記録していたが、この「写真の目」の「記憶力」かりての「ふりかえり」がまだだった。
▼今回は【ベスト3】にこだわってみようと思う。
と言うのは、もうあげだしたらきりがないからだ。
「あの画像が…」「いやこの画像が…」とさんざん迷いつくしたが決定しよう!!

【ベスト1】最後の一個は191日も立ち続けた【立春の卵】
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 この「小さな実験」は、私にとっては今年いちばんの「大実験」となった。
お正月だ!!
 「お正月に卵を立てよう!!」キャンペーン実施を呼びかけてみようと思う。

【ベスト2】実生ヒガンバナ、「出葉」に成功!!
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 長年追い続けたきたヒガンバナの「ふしぎ!?」研究に大きな展開があった年だ。
なかでも実生ヒガンバナの「出葉」はながいあいだあこがれてきただけにうれしい!!

【ベスト3】4ヶ月もの「つき合い」になった彼女(ジョロウグモ)
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 今年もクモの写真をとりまくった。
拙い「クモ学」がどんどん膨らんでいくようで楽しかった。
なかでも、8月の末から12月末までに及んだ彼女との「つき合い」の写真がいちばん多いだろう。
なにしろ「写真を撮ってくれ」と言わんばかりに目の前に出現したのだから。
その彼女の姿も今はない!!さみしい年末だ。

▼3枚に決める!!
と言い切ってみるものの、なかなか苦しい作業だ。
どうしても、やっぱりもう一枚はあげたい写真がある。それは、「雲見」の写真だ。
量的には、この「雲見」の写真がいちばん多いだろう。
毎日の定点観測地からの写真、「雲見」の旅の写真などなど膨大な量である。
そのなかから一枚を選ぶのも至難の作業だ。

strong>【次点】富士山五合目へ、「雲見」の旅!!
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 「雲見」の旅の写真は思いで深いものばかりだ。
なかで、富士山五合目へ、「雲見」の旅で撮った写真は一枚一枚が多くのことを記憶していてくれた。
なにしろ「雲見」のプロ武田康男さんの解説をうけながら撮ったものだからだ。
「積乱雲をさけて、こう飛びますよ」と聞いて撮ったら、その通り飛行機は飛んでいった。
やっぱり「雲見」は面白い!!

▼寅彦の時代とちがって今は、「デジタル」だ。
「写真の目」の「記憶力」も格段にパワーアップした。それにいくら撮ってもコストはそんなにかからない。
となると私など「下手な鉄砲も」方式で撮りまくりだ!!
動画も面白いかも知れないが、やっぱり写真はお気に入りだ。
動画はストリーをまるごと写しとるのにいいかも知れない。
しかし、「瞬間」の自然を切り取るにはやっぱり「写真」の方が面白い。
動画は、「散文」的!!
写真は、「俳句」的!!
などとシロウトは思ったりするのである。
撮った写真の保存方法、撮影技術のスキルアップ等々の課題も山積みだ。
でも、来年も撮りまくろうと思う。


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【Web更新12/27】15-52 【立春の卵】191日の軌跡 等更新!!

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ゴシタマの 空より青き 師走かな 15/12/26 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-52
今年最後の週末定例更新のお知らせ
 今年もほんのわずかずつの微更新であったが、一回もかかすことなく52回の更新をすることができた。
Web更新はこれで最後です。
 拙いページにエールやコメントを寄せていただいた方々に心より感謝します。
よいお年をお迎えください。
2016年もよろしく<(_ _)>

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ ゴシタマ(リュウノヒゲ)
 年末で庭の掃除を少しだけした。ふだんあまり手入れをしていなから荒れ放題だ。
溝のそばに少しだけあるとばかり思ってきたゴシタマが、柿の木の下にりっぱに育っていた。
急にうれしくなって周りをていねいに掃除した。
ゴシタマはゴシタマであって、やっぱりリュウノヒゲ・ジャノヒゲではない。
百歩譲っても、それは葉の呼び名だ。実はやっぱり「ゴシタマ鉄砲」の「ゴシタマ」である。
空より青く輝いていた!!来年は花も観察してみたいな。

◆【立春の卵】191日の軌跡 新設!!
 いつでも・どこでも・誰がやっても「卵は立つ!!」
 だからこれは「科学」なんだ!!
 
ほんの気まぐれに座敷に立てた卵!!
最後の一個が倒れるまでになんと191日も経ってしまった。
毎朝起きると写真を撮り、一口コメントを添えて発信してきた。
その全記録がこのページだ。

うれしい!!
拙いページだがやっとできた。

お正月に、「卵を立てる」人がひとりでも増えたらうれしいな。

◆新・クラウド「整理学」試論 更新!!
2015年を「記憶」せずに「記録」した!!

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
4ヶ月も「つき合って」きた彼女(ジョロウグモ)がいなくなってしまった(/_;)

いましばらく「記録」しておいて、2015年を忘れよう!!

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本日(2015/12/28)、第116回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼昨日(2015/12/27)の朝。そこには彼女の姿がなかった!!
驚いた。一昨日まではまちがいなく元気にそこにいた。
この調子だと一緒に年越しができると喜んでいた。なのに…
しかし、すぐにはあきらめなかった。なぜならこの4ヶ月の「つき合い」のなかで、こんな思いを何回かしてきたからである。2回の産卵のときもそうであった。
 慌てて周囲を捜してみた。でも今回ばかりはどこにも彼女の姿をみつけることができなかった。
今朝はこの冬いちばんの冷え込みだ。
彼女はやっぱりそれを知っていたのだろうか?
▼本日(2015/12/28)は、第116回オンライン「寅の日」である。
12月のテーマは、俳句・連句と寅彦の「自然観」 である。
これまでは「俳句」関係をやってきて、いよいよその第三弾は「連句雑俎」だ。


◆本日(2015/12/28)、第116回オンライン「寅の日」!!

●「連句雑俎」(青空文庫より)

▼同じことばかり言い続けているが、私は寺田寅彦の「研究」をしようとしているのではない。
それはアタリマエのことであるが、再度自分でも確認するために書いておく。
 寅彦の書いたいかなる文章も、私の「文脈」に沿って読むしかないのである。ずいぶん不遜な言い方になるが、私にはそれしかないのである。
 今回の「連句雑俎」をぜひ読んでみたいと思ったのは、昨年の秋の寺田寅彦記念館友の会秋季研修会からであった。そこでお聞きした「寺田物理学と連句」の話が非常に興味深かったからだ。
「俳句」すらよくわかっていない人間であるから、ましてや「連句」となったらチンプンカンプンであった。
今、いちばん私にとって興味あるのは、あくまで自分の「文脈」に従って言うなら、「なぜ、私はその話を興味深いと思ったのだろう?」その「ふしぎ!?」を解きたかった。
なかみにはいろう。
最初に「俳諧」の必然について日本の自然環境との関係で語っている。
たとえば

しかしなんと言っても俳諧は日本の特産物である。それはわれわれの国土自身われわれの生活自身が俳諧だからである。
日本の景観の多様性はたとえば本邦地質図の一幅を広げて見ただけでも想像される。それは一片のつづれの錦(にしき)をでも見るように多様な地質の小断片の綴合(てつごう)である。これに応じて山川草木の風貌(ふうぼう)はわずかに数キロメートルの距離の間に極端な変化を示す。また気象図を広げて見る。地形の複雑さに支配される気温降水分布の複雑さは峠一つを隔ててそこに呉越(ごえつ)の差を生じるのである。この環境の変化に応ずる風俗人情の差異の多様性もまたおそらく世界に類を見ないであろう。

ここまでは、ある程度わかりかけていた。
▼今回の問題は「連句」である。
いつのまにやら話は「連句」にうつっていた。

このようにして一連句は日本人の過去、現在、未来の生きた生活の忠実なる活動写真であり、また最も優秀なるモンタージュ映画となるのである。

そして、ここから詳しく寅彦の「連句論」へとつづく。
二 連句と音楽
三 連句と合奏
四 連句の心理と夢の心理
五 連句心理の諸現象
六 月花の定座の意義
七 短歌の連作と連句
浅学な私には、一度読んだぐらいではなにが書いてあるやら、さっぱりだ。
ただ、寅彦の「文脈」がほんの少しだけ見えてくるような気がした。
まったく的外れかも知れないが…

私自身が平常連句制作当時自分の頭の中に進行する過程を内省することによって常に経験するところの現象から類推して行った一つの「思考実験」であるので、これはおそらく連句の制作に体験ある多くの人によって充分正当なる意味において理解してもらえることであろうと思う。
こういうふうに、連句というものの文学的芸術的価値ということを全然念頭から駆逐してしまって統計的心理的に分析を試みることによって連句の芸術的価値に寸毫(すんごう)も損失をきたすような恐れのないことは別に喋々(ちょうちょう)する必要はないであろうと思われる。繰り返して言ったように創作の心理と鑑賞の心理は別だからである。しかし全く別々で縁がないかと言うとそう簡単でもない。それは意識の限界以上で別々になっているだけで、その下ではやはり連絡していると思われるからである。この点についてはさらに深く考究してみたいと思っている。ともかくも一度こういうふうに創作心理を分析した上で連句の鑑賞に心を転じてみると、おのずからそうする以前とはいくらかちがった心持ちをもって同じ作品を見直すことができはしないか。そうして付け合わせの玩味(がんみ)に際してしいて普遍的論理的につじつまを合わせようとするような徒労を避け、そのかわりに正真な連句進行の旋律を認識し享楽することができはしないかと思うのである。

というかたちで「連句研究」を人にすすめながら、実は寅彦自身は自らの科学研究の方法を「連句」に見出していたのではないだろうか。「こんなすばらしいものがあったではないか!!」と。

いずれにしても、これはこれ以後何度なく読み返すことになりそうだ。

今朝も、彼女はやっぱりいなかった。
まだあきらめきれないな!!

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【私の読んだ本・ベスト12】2015

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▼これも私のなかでは恒例化してきた。
この一年に読んできた本で、この一年をふりかえる。
いつも「ベスト・10」というかたちであげてきたが、そんなたくさんの本を読んできたわけではないので、順位づけでなく、単に気に入って読んだ順番に、このblogであげた【お薦め本】12冊をならべてみる。
▼題して 【私の読んだ本・ベスト12】2015!!

【ベスト1】『科学・技術と現代社会 上・下』(池内了著 みすず書房)
 著者は私たちに2つの道標を立ててくれた。「新しい博物学」「等身大の科学」である。
道に迷いそうになったら、また読んでみたい!!

【ベスト2】『インターネット的』(糸井 重里著 PHP文庫)
  Twitter的=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」の源流がここにある。

【ベスト3】『キリンの斑論争と寺田寅彦』(松下 貢編 岩波科学ライブラリー
 今、パラパラと見返しても実に面白い!!高知県立文学館のビデオを思いだしてしまう。

【ベスト4】】『物理学はいかに創られたか 上 下』(アインシュタイン、インフェルト著 石原 純訳 岩波新書)
 やっと読んだこの名著!!やっぱりほんとうに名著だ!!物理学が「謎解き物語」だと教えてくれていた。

【ベスト5】】『身につく 気象の原理』(横川淳著,三浦郁夫監修 技術評論社)
 「大気の物理学」の謎解きの基本が少しずつ見えてくるのかうれしい!!

【ベスト6】『南方熊楠』(唐澤太輔著 中公新書 )
「南方熊楠を訪ねて」の旅を思い出させてくれる一冊だ。実に面白い旅だった!!

【ベスト7】『梅雨前線の正体』(茂木耕作著 東京堂出版)
 共愉的「気象楽」開眼の一冊だ!!

【ベスト8】『12ヶ月のお天気図鑑』(武田康男・菊池真以著 河出書房新社)
 「雲見」プロの画像が美しい!!毎月、月初めには、必ずこの画像を見せてもらい参考にさせてもらっている。

【ベスト9】『雲の中では何が起こっているのか』(荒木健太郎 ベレ出版)
 「パーセルくん」や「温低ちゃん」が少しずつ見えてくるのがうれしい!!

【ベスト10】『昆虫はすごい』(丸山宗利著 光文社新書)
 はやく誰か『クモはすごい』を書いて欲しいな!!

【ベスト11】『うそから出たまこと』(庄司和晃著 国土社)
 庄司和晃先生は今年の5月亡くなってしまった。またお会いして聞きたいこといっぱいあったのに…。合掌

【ベスト12】『雪』(中谷宇吉郎著 岩波文庫)
 名著中の名著はやっぱり面白い!!読むたびに「発見」がある!!

▼こうして列挙してみると一見バラバラに見えてツナガッテイルことがわかる。
やっぱり今も「イモズル式」読書を続けているんだと自分でも気づく。
「雲見」やオンライン「寅の日」関係のものが多いのも納得してしまうのだった。
さあ、来年はどんな本に出会うだろう。
楽しみだ。
▼昨日、最後に担任した生徒たちの同窓会があった。とてもうれしく楽しかった。
 もうあれから、地球は太陽の周りを25回も回転したんだ!!
 大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから39週目だった。

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【私の重大ニュース2015】(5)

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▼クリスマスも彼女は元気だった!!
最初に彼女に会ったのは、8月の末だった。「雲見」定点観測地、大賀ハス観察池等のすぐそばの軒下、つまりまったくの「目の前」に出現したのだ。
二回の産卵、狩り、ネット張りの巧みな技等々すべてを見せてくれた。
 彼女との「つき合い」も4ヶ月だ。一年の1/3だ!!この様子だと年を越してしまいそうである。
なんとラッキーな「出会い」であろう。
▼クモと一緒にしたら、失礼であるが、私は人との「出会い」においてもラッキーだった。
今年も多くの人との「出会い」があり、多くを学ばせてもらった。
毎年のことではあるが、やっぱりこれは【重大ニュース】だった。

【私の重大ニュース2015】
【その9】多くの人との「出会い」と「学び」があった!!

その「出会い」はオンライン、オフラインともにである。
あらたにはじめて出会う人もあったし、何十年ぶりに「再会」する人もあった。
出会って、自分以外の人の「私の科学」を聞くことは実に楽しい!!
「目から鱗」体験は至高の喜びである。
共愉的ヒューマンネットワークは「私の科学」を豊かにしてくれる。
「情報は発信するところに集まる!!」
「情報は交叉するところに生まれる!!」
を実感する一年であった!!
▼それとも大いに関係するが、これもまた私にとっては【重大ニュース】だった。

【その10】blog更新/日、Web更新/週を継続した!!

毎日のことだから、ことあらたにニュースにすることではないという考えもあるが、私はまったく逆に考えていた。
これこそが、最大の【私の重大ニュース2015】だと思っていた。
 一日一回のblog更新に大それた思い入れがあった。
それは『ファラデーの日記』である。

 筆まめなファラデーは克明な日記も残している。それは普通の日記でなく、毎日の実験と観察の記録である。さまざまな思考や試みをこれほど詳細に書きのこした科学者はケプラー以外はいない。ファラデーは生前これを六巻に製本していた。その原本は四つ折り版、二冊、二つ折り版、八冊で、合計十冊で、びっしりと書き込まれた四〇〇〇ページにも及ぶ膨大なものである。余白には、無数の実験の図が描かれており、工夫に工夫を凝らしたファラデーの姿をみることができる。四つ折り版は、一八二〇年九月から一八三三年まで、二つ折り版は一八二八年から一八六二年まで、最初の記録からいえば四二年間にわたる。これだけ長期間にわたる、これだけ膨大な研究日記は科学史でも例がない。これらは『ファラデーの日記』七巻(一九三二~三六年)として出版された。(『ファラデー 王立研究所と孤独な科学者』(島尾 永康著 岩波書店 2000.3.14)p125より)

 42年間の「記録」にも感動だが、興味深いのは次のことがあるからである。

   注目に値するのは、研究記録の各パラグラフに通し番号をつけていることである。電磁誘導を発見した年の一八三一年二月二日から始め、…(中略)…。そして一八三二年八月二五日から始めたのは、一八六〇年三月六日まで続き、一~一六〇四一となっている。約三十年間にわたって研究に通し番号をつけた科学者は他にいない。(上記書p125より)

 こんな大科学者の「日記」など、足元にも及ばないわけだが、この作風を真似たく思ったのである。
日々の「記録」を自分だけのDB(データベース)にしてしまう。
 そんな「筆まめ」でもない私でも、blogなら可能ではないかと考えたのだ。
 あらためて「パラグラフ」をつけなくても、検索は自由自在なのでは…と。
▼Web更新/週も大いに関係していた。
毎週、週末には週末定例更新を心がけてきた。とは言ってもたいそうなことではなかった。
一週間に書いたblogをツナゲルだけだ。
あらたにすることと言えば、一週間でいちばん気に入った自然の画像を貼りつけて、「俳句もどきを一句そえるだけだ。もうすぐ、今年52回目の更新だ!!

以上で【私の重大ニュース2015】を終わる。
一年間のblogをながめながら、何が【重大ニュース】だったかな?
と考える作業もなかなか楽しいものだった。

さあ、今日は彼女どうするだろう?

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【私の重大ニュース2015】(4)

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▼大掃除の季節である。
ふだんはあまり「かたづけ」をしない私には、いろんなモノを処分をするチャンスでもあった。
部屋の本棚のに穴の開けられた卵が5個、納屋の土間に2個、処分せずにそのままおいていた。
あの「小さな実験」の残骸である。
それを見る度に、あの実験の日々を思い出していた。
今も、鼻をちかづける少しにおう。でもなかなか処分などできない。
久しぶりに7個(実験5個+対照実験2個)ならべて写真を撮り、ケースに入れて永久保存することに決めた!!
▼そうだ!!
この「小さな実験」こそ、私にとっては今年最高の「大実験」だったのである。
そして、これが今年最大の【私の重大ニュース2015】なのかも知れない。

【私の重大ニュース2015】
【その7】「立春の卵」を191日間立て続けた!!

今から68年前。あの中谷宇吉郎は「立春でなくても卵は立つ!!」と言いやって見せてくれた。
そして、『立春の卵』を書き、「科学的とは」を教えてくれた。

 なんの道具も準備もいらない、ただ「卵を立てる!!」だけというこのアタリマエの「小さな実験」がとても気に入っていた。
 いつでも、誰でも簡単に立てることができる!!だから「科学」だ!!
HRでやったり、「実験教室」でもときどきやってきていた。
 少し時間の余裕ができた、今年の2/3(立春の前日、節分の日)。久しぶりに家でこの「小さな実験」に挑戦してみた。立った!!アタリマエだがやっぱり感動だった。
調子にのって5個も立ててしまった。
 これが、トンデモ「大実験」のはじまりだった。
いつもなら、これで終わりにしてしまうのだが、「明日も立ったままかな?」と思ってしまったのだ。
それから毎朝、起きるとその部屋に行き写真を撮り、ネットに報告するというのが日課になってしまったのだ。
倒れた卵の「なかみ」の検証実験をやったりもしてみた。
最後の1個が倒れたのは191日目だった。
なんと、「立春の卵」は191日間も立ち続けたのである。
さすがの中谷先生もそこまではやらなかっただろう。
これは世界新記録だ!!ギネスもんだ!! とひとり悦にいるのだった。(^^ゞポリポリ
まもなく、この191日間の顛末の一部始終を「記録」したWebページを公開予定である。
乞うご期待!!
◆『立春の卵』~191日の軌跡~

▼この間、家族にもさんざん迷惑をかけた。来客にも…
この間、一部屋が「立ち入り禁止!!」状態であったわけであるから。
家族の協力があってこその「大実験」だ。あらためて大感謝である。
 うれしいことが、もうひとつあった。毎日、その様子をネットで発信したら、多くの人からあたたかいエール、コメント、アドバイスをいっばいいただいたことだ。
それは、まさに「情報は発信するとこに集まる」であった。
あらためて、大大感謝!!
▼そのこととも大いに関係することだが、共愉的に「科学」を楽しむ場が今年あらたに開設された。
これも、私にはとても大切な【重大ニュース】である。

【その8】Facebook版【理科の部屋】開設される!!


Facebook版【理科の部屋】でこれから、どんなあらたな「出会い」「学び」があるのか楽しみである。

(つづく)

 


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【私の重大ニュース2015】(3)

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▼雲がだんだんあつくなっていくように見えた。
少し時間をおいてゆっくり見ていると、雲もゆっくりと動いているように見えた。雲はけっして一種類ではなかった。
高さのちがういろんな種類が重なっていた。
やがて、そこから雨が降ってきた!!
「雲から雨が降る」アタリマエすぎるほどアタリマエのことだった。
でもよくよく考えてみると、
それってとてもすごいことであり、とても「ふしぎ!?」なこと。
▼こんなアタリマエの「ふしぎ!?」を追ってみたかった。
それもひとりでだけでなく、このアタリマエ「ふしぎ!?」を共愉しながら、できるだけ多くの人と一緒に追ってみたかった。
そのためのテキストがWebテキスト『天気の変化』だ。
まだその輪郭すら見え隠れする状態だ。しかし、その可能性を追求しつづけたことは確かだ。
そのプロセスを楽しみながら…。
 これもやっぱり私にとっては【重大ニュース】だ。

【私の重大ニュース2015】
【その5】Webテキスト『天気の変化』の可能性!? を追求し続けた!!

▼もう直接「授業」をすることがなくなった今も、このテキストづくりには「授業」を想定していた。
それは今も、かたくこの思念があるからだ。
・「自然は最高の教科書!!」
・「子どもは最高の指導書!!」
私にとっては「授業」こそが、最高の「学び」の方法なのである。
だから、このblogのなかでも、この取り組みだけは「授業」のカテゴリーに入れている。
遅々たる歩みであるが、歩みはとめない。
ゆっくり ゆっくり 急ぐ!!
▼「授業」ツナガリでいうなら、「コウガイビル」との再会も私の【重大ニュース】だ。
「授業」では、この「ふしぎ!?」な生きもののことをさんざん語ってきた。そのときはなかなかはたせなかった「再会」が、今年あった!!
 それも1匹でなく、5匹もである。場所は、私の最も身近な自宅庭でである。半径5m圏内(いや、もっと狭いかも知れない)。残念ながらすべてが消えてしまった。その顛末を「コウガイビルを追う」に記録した。

【その6】五匹のコウガイビルに「再会」した!!


(つづく)
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【私の重大ニュース2015】(2)

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▼冬至の朝もやっぱりそこに立って、「雲見」の写真を撮っていた。
生涯で今年ほど、空にカメラを向けたことはないだろう。
スキルアップは…\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
ともかく「雲見」を撮りまくった一年だった。
 とりわけ、この「雲見」定点観測地からの画像は特別だった。
 今年の初めにこの画像に「アメダス」が写し込まれていることを知ったからである。
「雲見」画像と観測データがいつでもリンクさせることができるのである。
こんなうれしいことはなかった。
「雲見」三昧がますます加速したのだった。
▼これは「記録」しておく必要があるだろう。

【私の重大ニュース2015】
【その3】 「雲見」「宇宙見物」を楽しんだ!!

このふたつは、実に簡単で安上がりの楽しみだった。
ただ空を見上げればいいだけだ。これを見逃したら、人生の半分は大損!!
写真や観測データはオマケの話!!
今年は、「もくもくシール」を楽しんだ年でもあった。空を見上げて「十種雲形」のシールを「雲見」カレンダーに貼るだけだ。「どの雲のシールにしようかな?」と迷う。それもまた楽しい!!
いつしか雲は友だちになっていた。
 定点観測地からの「雲見」だけでなく、「雲見」の旅も楽しかった。
本州最南端へ「雲見」の旅、若狭へ「雲見」の旅、淡路・沼島へ「雲見」の旅等々へ行った。
青春きっぷを使って、列車の車窓から「雲見」をするだけ、これだけでもずいぶん楽しかった。
きわめつけは、何と言っても 富士山五合目へ、「雲見」の旅だ。それは「雲見」「宇宙見物」のプロフェショナル武田康男先生と一緒だったからだろう。最高に楽しかった!!
▼「宇宙見物」は、寅彦の「懐手して宇宙見物」から来ていた。
とりわけ、早朝の「宇宙見物」は楽しかった。ひとつだけ、こだわっていることがあった。
それは月の写真を撮ることだ。全月齢の月を撮ることにこだわっていた。ここでも撮影技術は別にして、ともかく撮り続けることにこだわっていた。見える位置(方向)、時間帯、惑星、星座などは自然と意識するようになった。
「三球儀」もやがて実感できるようになってきた。
私の場合は「宇宙見物」の入口はここにあった。

「宇宙見物」の元祖、寅彦のことが次だ。
楽しむと言うことでは、ぜひともこれを「記録」しておかなくてはならない。

【その4】オンライン「寅の日」を継続し、楽しむ!!

 12日に一回巡ってくるオンライン「寅の日」。今年も継続し、大いに楽しむことができた。
そのオンライン「寅の日」は、今年100回を達成した。
100回達成記念オフもお世話になって実施することができた。深謝。
▼ここまで継続できているのは、ともかく「面白い」からである。
まもなく寅彦没後80年である。
80年、100年の時空を超えて伝わってくるものがここにある!!

今年は、二度「寅彦を訪ねて」の旅をした。
寅彦から学ぼうとする多くの人にも出会った。それは、まさにオフライン「寅の日」だった。
オンライン「寅の日」への心強くあたたかいエールをいただいた気分だった。深謝。

(つづく)
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【私の重大ニュース2015】(1)

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「ものごとは、記憶せずに記録する。」
私のバイブル『知的生産の技術』のなかでのウメサオタダオの言葉だ。
 今年も後10日である。今年2015年を「記憶」せずに「記録」しておこうと思う。
恒例化しつつある【私の重大ニュース2015】というかたちで思いつくものからあげていこうと思う。
▼今日は一年でいちばん日が短い冬至だ。
そう言えば、彼女はそれがわかると言っていた。確か体内にインプットしているとまで言っていた。
その日の長さによって、一年のライフステージを変えていくと。
 昨日、朝は雨だった。
雨に濡れながらも彼女は生きていた。午後になり雨があると、例の脚を曲げたポーズをとっていた。
なんなのだろう!?
「防寒ポーズ」とばかり思っていたが、それだけでもないような?(゚_。)?(。_゚)?
「エネルギー充填ポーズ」???
そのポーズ青空の見えてくる夕方まで続いていた。
▼そうこれからはじめよう!!

【私の重大ニュース2015】
【その1】 「クモ学」3年目!!クモから大いに学ぶ!!

 私の「クモ学」は、一昨年の夏、コガネグモの「狩り」との偶然の「出会い」からはじまる。
昨年の夏、我が家の柿の木にやってきたゲホウグモが私の「クモ学」を加速してくれた。
そして、今年も我が「クモ園」のクモたちから、多くを学んだ。
なかでも、3連続して目の前に出現してくれたたくさんのコガネグモたち、そして8月の末からはじまった彼女(ジョロウグモ)の「つき合い」。この「つき合い」は4ヶ月になろうとするが、まだ続いている。
 彼女が見せてくれたもの、「対話」で教えてくれたものは数々ある。
 それらの一部始終を私は、「クモ学」すすめに「記録」した。

▼「観察」ということでは、長年観察を続けているヒガンバナにも大きな進展があった。

【その2】実生ヒガンバナに成功!!

 「記録」に残しているものだけでも、この「つき合い」は長かった。
【ヒガンバナ情報】として発信しはじめたのが、1998年の4月であるから、実に17年目ということになる。
私の長いだけがとりえの「ヒガンバナ研究」にも大きな成果が出た!!
ついに自分の手で「実生ヒガンバナ」に成功したのだ。
種子から「発芽(発根)」「出葉」までもって来ることができたのだ。それも3つもである。
それだけではなかった。
  実生コヒガンバナにも成功していた。
また、3年連続しての「自然結実」群落の発見し、現段階で63個の種子も手に入れることに成功していた。
まだまだ「ふしぎ!?」は続くが、今年大きく飛躍したことはまちがいない。
これらのすべてを、【ヒガンバナ情報2015】に「記録」した。


(つづく)
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【Web更新12/20】15-51 「クモ学」のすすめ 等更新!!

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枯蓮や 地球の時間 刻むなり 15/12/18 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-51
週末定例更新のお知らせ
 私には、「ばっかり病」という持病がある。
 もうこの年になってしまうと、生涯治りそうにない。あとはこの病とつき合うしかなさそうだ。
この病、ときには有効にはたらくときもある。「ケガの功名」というやつである。
それはひとつの「ふしぎ!?」の謎解きをするときだ。
それ「ばっかり」にこだわっていると、もつれた「ふしぎ!?」の糸口をみつけることがある。
こんなときは、この「病」は私の「流儀」だと言ってみたくなる。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 枯蓮
 庭の「大賀ハス観察池」は、「あこがれの4日間」の観察のためだけにあるわけではない。
一年を通して、年がら年中毎日観察していた。季節の移りかわり、気温、水温の「示準池」の役割を果たしていた。初氷、初雪もここで確認した。
 池のなかには蓮だけでなくいろんな生きものがいた。昨年などは、ここにモズの「はやにえ」を見たこともある。
 この観察池に三日連続氷がはった。いよいよ…
 
◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 年も押しせまった師走に、クモの話題も「季節はずれ」かも知れない。
しかし、生きものにとって、ほんとうは「季節はずれ」なんてないのかも知れない。
フルシーズンいろんな姿かたちを変えて生きている、それが「生きもの」なのかも知れない。
それを彼女(ジョロウグモ)「ばっかり病」が教えてくれた。
彼女はいつまで…(・_・)......ン?

◆【ヒガンバナ情報2015】 更新!!
 実生コヒガンバナを「おすそ分け」して、何人かの方に育ててもらうことにした。
何年か先にどこかで「咲いたよ!!」の報告をお聞きすることを期待して…。
 ヨロシクお願いします。<(_ _)>

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 寅彦「ばっかり病」も、はじめたばかりのときはここまで重篤化するとは思っていなかった。
今や「寅彦だったら…」と考えるのが習慣化してしまいつつある。


もうもうそろそろこの一年の「まとめ」やる時期が来たようだ。
それとて、やっぱり ゆっくり 急ごう!!


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2016年1月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼朝、いつもの「雲見」の空を見上げていると、一粒だけ頬に冷たいものを感じた。
蓮根の植え替えから38週目の大賀ハス観察池も二日連続の氷がはっていた。
ひょっとしたら、生野峠の向こうは、雪だろうか!?
雪と言えば、すぐ思い出すが一週間前の「寅彦を訪ねて」の旅だった。
まだまだ学んだことの反芻作業を続けていた。
▼と言っているあいだにも地球は回転し、今年もあと10日あまりとなった。
来年1月のオンライン「寅の日」を考える時期となっていた。
12月は「俳句」「連句」と寅彦の「自然観」をテーマにやってきた。
あと2回ある。
反芻作業続けているうちに、1月にやってみたいテーマをみつけた。
「文化としての科学」
である。一月には2回あった。

■2016年1月オンライン「寅の日」

◆第118回オンライン「寅の日」 …1/09(土)
◆第119回オンライン「寅の日」 …1/21(木)

▼「文化としての科学」とは、これまた大きなテーマだ。
今回の旅でつくづく感じたのは寅彦も宇吉郎も「文理融合」の人だったということだった。
師弟ともに絵を描き、音楽を楽しみ、詩を詠み、あのすばらしい随筆群を書く「科学者」だった。
彼等にとって「科学」とはなんだったのだろう?
そして、今を、そして「これから」を生きる私たちにとって「科学」とは?
ちょっと大風呂敷!?
がすぎるかも知れない。
 しかし、繰り返し読めば見えてくるものがあるかも知れない。
そんな期待を抱きながら、新年もスタートしたい。
 テーマにそった随筆はどれか、いろいろ悩んだ末、ふたつを選んだ。
ひとつは「科学者と芸術家」を選んだ。かなり初期に書かれたものだが、ベースになる寅彦の考えが出ているとおもったからだ。
 もうひとつは、これまでにも2回挑戦してきた「科学と文学」だ。こちらの方はかなり晩年(昭和8年)に書かれたもので、これまでの寅彦の考えをまとめたものになっていると思ったからである。かなり長編で一回だけでは、どこまで読み解くことができるか不安ではあるが、これからも繰り返し読むきっかけにということで。

■2016年1月オンライン「寅の日」

◆第118回オンライン「寅の日」 …1/09(土) 「科学者と芸術家」(青空文庫より)

◆第119回オンライン「寅の日」 …1/21(木) 「科学と文学」(青空文庫より)

▼2016年の暦を見ながら、「寅の日」をチェックしてみた。
30回あった。12/31の忌日特番を加えて31回予定できる。
来年末には148回になる予定である。
いつまでやるのか?それはわからない!!可能な限り続けるつもりだ!!

まもなく没後80年だ。
オンライン「寅の日」をここまで拙い歩みでやってきたけど、まだまだなにひとつ読み解くというところまでには
いたっていない!!
 ただひとつだけこれはわかった!!ということがある。それは

寺田寅彦という「科学者」は「今」も生きている!!
いや、二十年、三十年先の「これから」を生きている!!

ということである。
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ヒガンバナに何が起きているのか?(18) #ヒガンバナ

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▼絶体絶命!!
彼女にとって最大のピンチが訪れていた。大賀ハス観察池に氷がはり、この冬最高の冷え込みだった。
supercooling pointの限界に達しているかに見えた。体内での凍結がはじまったのだろうか。
姿勢もおかしい!?向きもおかしい。いつもなら下向き姿勢をとっているのに、どちらかというと上向きだ!!
彼女の命もこれまでかと思っていた。
ところが昼過ぎるころには、いつもの姿勢に持っていた\(^O^)/
▼ピンチは彼女だけではなかった。最後の「自然結実」ヒガンバナを採集し、鉢植えをしていた。
一時は緑を保持し、元気を回復したかに見えたが、移植のダメージは想像以上だったようだ。
枯れが進み出すとストップがきかなかった。
  どんどん枯れていく!!
 野生のヒガンバナは「今が天下!!」と葉を思いっきりのばし光を独り占めしているというのに。
 一足先に枯れていくこのヒガンバナから、来年花茎はのびてくるだろうか?
葉だけでものびてくるだろうか?
 それは、今の私にはわからない。観察を続けるのみだ。
▼そのとなりでは、種子が「完熟」するまで花茎を入れていた「水栽培」のペットボトル、ノリの瓶がならんでいた。
 まだかたづけてしまうのを躊躇していた。
 それは、「完熟」はしたものの、まだ子房部のなかに留まっているものがいくつかあるからだ。
「目玉オヤジ」状態になりながらも、雨が降ってきたりして湿度をますと、その「まぶた」を閉じてしまうということを繰り返していた。そのデリケートな反応に感動してしまう。
生きている!!
▼生きているものは、私などが想像する以上にフレキシブルでデリケートだ!!
仮説をもって自然を観察することは、とても大切だし、なによりそのほうが楽しい。
 しかし、「こうなるはずだ」という思い込みが強すぎる観察眼をくもらせる。
思い込みが激しい私などは…\(__ ) ハンセィ

さあ、年末だ。
いつかたづけようかな?
63個目の「完熟種子」いつ回収しようかな。
まだ、何かが起こるかも…。
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師走の「雲見」とクモ学!!(5)

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▼昨日(2015/12/17)、いよいよ本格的寒波が…。
私  『おはよう!!元気!?』
彼女『うん、なんか久しぶりのような。』
私  『ほんまやね。話するん久しぶりのような。』
彼女『どっか遠いところに行っとったんやろ?』
私  『南国土佐の方へ、あれ、言うてなかったかな。それもずいぶん前に帰ってきていたで。』
私  『帰ってきてすぐ見たら、元気でいてくれからうれしかったわ。』
彼女『ところで、どうやったあっちの方では、あたたかかったやろから、私らの仲間いっぱいおった?』
私  『ああ、いたなあ。でも君のような大きなやつは見いひんかったな。』
彼女『…』
▼私『寒なったんやけど、頑張ってるな。』
私  『とくになんか今度のネットりっぱに見えるな。ものすごう頑丈に…。』
私  『小さい虫いっぱいひっかかっとるようやし。』
彼女『うん、まあな。』
私  『また、少し角度かわったみたいやし、橋糸の端も何本もあるように見えるけど。』
私  『それに、これは今朝きづいたんやけど、橋糸の端ってずいぶん離れたところまで行っているんやな。あんな離れた瓦屋根のところまで…』
彼女『それは前からや。』
私  『そうやったん。まだまだ見てないな。\(__ ) ハンセィ』
私  『聞きたいやけど、橋糸の端ものに引っかけるときなんかものすごくきっちりとつけとるな。あれってどうしてやるん?』
私  『あれはずれたら、全部ダメになってしまうやろし、でもそんな時間かけていないようやし…?』 
彼女『…』
私  『瞬間接着剤みたいな糸があるん?』
彼女『それは企業秘密や!!勉強!!勉強!!』
私  『はあ。?(゚_。)?(。_゚)?』
▼昼頃になって、陽が当たるところはあたたかったが、風は冷たさを増していった。
私  『あれ!?例のポーズやな。それって、防寒ポーズなん?』
彼女『そりゃ、自分のこと考えたらわかるやろ。寒いときどうすんねん!!』
私  『なんとなくわかったような。』
私  『ところで、今のうちにぜったい聞きたいことあるねんけど。』
彼女『まあ、今やったら日向ぼっこあいだやから…』
私  『その巧みな糸技をいっぱい見せてもらっているんやけど、今いちばんきっちりと見たいというワザがあるねん。』
彼女『なんやねん。』
私  『糸をうまく使って飛ぶって聞いたんやけど…』
彼女『ああ、パルーニングか。』
私  『それそれ!!バルーニングというのん、それらしいものを見たことあるんやが、きっちりと見たことないねん。』『だから、一生にいっぺんはきっちり見たと思っているねん。』
彼女『その瞬間を見るのはむつかしいやろな。』
私  『…』『でも、どうしても…』
彼女『まあ、これからしっかり見とったら…』『でも、今の季節は難しいで…』
私  『では、いつごろ。』
彼女『春先かな。まあ、それまでにそれもよう勉強して…』
▼夕方になってますます寒さはましてきた。
私  『ますます寒なってきたな。』
彼女『ああ。』
私  『雪がふるかも知れへん言うとるで、大丈夫か?』
彼女『…』
私  『その後、またあたたかくなるそうからがんばっとってや!!p(^^)qガンバッテ!』
彼女『…』

(つづく)
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【Web更新12/16】15-50 オンライン「寅の日」 等更新!!

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今日もまた 誰かの顔の 冬芽かな 15/12/15 (火)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-50
週末定例更新のお知らせ
 3日遅れの週末定例更新となった。週の半ばを過ぎているのであるから二週間まとめてやればいいようなものだが、やっぱりそれでは一回休んでしまうことになる。
 ここは遅れても「定例」にこだわってしまうのである。今年これでちょうど50回目の更新ということになる。
今年もうあと2回の更新だ。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ タラノキ(冬芽)
 ついに冬がやってきた。
 冬、里山歩くときの楽しみのひとつに「冬芽」の観察がある。落ち葉と枯れ木が目立つ。
そこにあらたな春を待つ「冬芽」をみかけたときはなにかうれしくなってくる。
 「冬芽」から樹木の同定もけっこう面白い!!それぞれの「冬芽」の防寒対策の工夫を想像するのも楽しい。
もっと面白いのは、「冬芽」の表情から、誰かの顔を想像してしまうことだ。 
 同じ「冬芽」でも、日によってちがった表情に見えるのがなお面白い。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 この一週間は「寅の日」三昧の日々だった!!
実に多くの「出会い」と「学び」があった。
 寅彦の高嶺との「寅の日」はこんなだったんだろうなと想像してしまう。

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 四国でも意識して、クモをさがした。いることはいたが、うちの彼女ほど大きなやつをみることはなかった。
いよいよ本格的に冬がやってきた。さあ、彼女はどうするのだろう??

◆Webテキスト「天気の変化」の可能性!? 更新!!
 「雲見」ほど簡単で奥が深く、有効な自然観察はないだろう。
 それは旅に出ると痛切に実感する。さて縦縞の等圧線が日本列島を覆ってきた。
 さあ、今日の「雲見」はなにを教えてくれるだろう
 

今年も残りわずかな日になってきた。
ゆっくり 急ごう!!

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本日(2015/12/16)、第115回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼「雲見」の旅もいいが、私にはやっぱり定点観測地からの「雲見」が、心のやすらぎをもらたしてくれるのだった。
 その「雲見」の空にもやがて雲の種類、量が増えていき、ついには夕方には雨が降ってきた。
こんなアタリマエにも、科学してみたい気分になるのだった。
 それは、きっと私がまだ「寅彦を訪ねて」の旅の余韻のなかにいるからであろう。
▼本日(2015/12/16)は、その寅彦を読む第115回オンライン「寅の日」である。
12月のテーマは、俳句・連句と寅彦の「自然観」 である。
本日はその第二弾、「俳句の精神」を読む。

◆本日(2015/12/16)、第115回オンライン「寅の日」!!

●「俳句の精神」(青空文庫より)

▼私には、シロウトであるが故のトンデモ野望があった。
「俳句を科学(自然観察)の方法として採用したい!!」
プロたちから見れば、トンデモナイ話であり、ものを知らない人間のたわごとであるかも知れない。
 しかし、かなり私は本気であった。
 先日の講演でも聴いた中谷宇吉郎も気に入っていたあの言葉とも関連するのかも知れない。

顕微鏡で花の構造を子細に点検すれば、花の美しさが消滅するという考えは途方もない偏見である。花の美しさはかえってそのために深められるばかりである。花の植物生理的機能を学んで後に始めて充分に咲く花の喜びと散る花の哀れを感ずることもできるであろう。(「科学と文学」より)

▼文章は二つの部分から成り立っていた。
一 俳句の成立と必然性
二 俳句の精神とその修得の反応
である。寅彦らしいとても説得力のある文章が続く。
俳句超初心者の私にも、興味深い話をあの独特の表現で、思わず膝をたたかせてくれる。
一ヶ所だけ引用させてもらう。

俳句における季題の重要性ということも同じ立場からおのずから明白であろう。限定され、そのために強度を高められた電気火花のごとき効果をもって連想の燃料に点火する役目をつとめるのがこれらの季題と称する若干の語彙(ごい)である。

私のトンデモ野望と、直接関連しそうな話は、最後の方に出てきた。

俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の練磨(れんま)を要求する。俳句をはじめるまではさっぱり気づかずにいた自然界の美しさがいったん俳句に入門するとまるで暗やみから一度に飛び出してでも来たかのように眼前に展開される。今までどうしてこれに気がつかなかったか不思議に思われるのである。これが修業の第一課である。

続けて

しかし自然の美しさを観察し自覚しただけでは句はできない。次にはその眼前の景物の中からその焦点となり象徴となるべきものを選択し抽出することが必要である。これはもはや外側に向けた目だけではできない仕事である。自己と外界との有機的関係を内省することによって始めて可能になる。
 

そして最後に

しかしそれよりも根本的なことは、書く事の内容の取捨選択について積まれた修業の効果によるのではないかと思われる。俳句を作る場合のおもなる仕事は不用なものをきり捨て切り詰めることだからである。

俳句修行の道は遠そうだ。しかし、道が遠いことはあきらめる理由にはならない!!
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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『親愛なる寺田先生~師・寺田寅彦と中谷宇吉郎展~』(3)

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『天災は忘れられたる頃来る』
あの言葉がむかえてくれた。牧野富太郎筆というプレートは含蓄を増していた。
 4度目の「寅彦を訪ねて」の旅も最終日だった。
 最後はやっぱりここを訪ねておかなければ来たことにならないと、「寺田寅彦記念館」を訪ねてみた。
▼この季節にここを訪ねるのははじめてであった。ドウダンツツジがきれいだった。季節ごとに楽しみ方があるようだ。
 それは記念館の伊東喜代子さんが『寺田寅彦先生と私』のなかに書いておられる通りだった。
例のヒガンバナの今も見せてもらった。
 いくら見せてもらっていても飽きない。
▼庭を見せてもらっているとき、この奇遇は起こった。
この二日間の講師・神田健三先生も訪ねてこられたのだ。
なんとラッキーなことか。
 たまたまそこに居たというだけで、とっても貴重な経験をさせてもらった。
 伊東喜代子さんの几帳面にファイリングされた貴重な資料を見せていただきながら、寺田寅彦・中谷宇吉郎のことを最もよく知るお二人の談義がはじまったのだ。それは尽きることがなかった。
 あの名言の経緯など、ここでなければ聞けないお話が次々からと聞くことができた。
それはまさに
『親愛なる寺田先生~師・寺田寅彦と中谷宇吉郎展~』そのものだった!!
なんという奇遇だ。
この奇遇に感謝!!
▼その感動の余韻にひたりながら記念館を出た。
ここまで来たから、「花物語」の碑に行ってみることにした。
その前でもまたぼんやりと余韻を楽しんだ。

毎回、高知道にのる前に寅彦の墓参りをしていた。
今回は前日に友の会の方と一緒にお参りをしていたが、やっぱりこの奇遇のお礼とオンライン「寅の日」の報告のために再度訪れてみた。
 旅での多くの「出会い」に感謝しつつ帰路についた。
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『親愛なる寺田先生~師・寺田寅彦と中谷宇吉郎展~』(2)

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▼まだまだ頭の中は、前日の講演の内容の反芻作業が続いていた。
今度はうれしいことに、
◆「雪と氷のふしぎ実験」
神田健三先生に見せていただき、体験もさせてもらった。
▼実験はほんと盛りだくさんであった。
5つもあった。
1.筋状の雲
2.氷のペンダント
3.チンダル像
4.氷のステンドグラス
5.ダイヤモンドダスト
どれもが驚きの連続だった。
▼自分の頭の整理ついでにふりかえってみる。
1.筋状の雲
 この実験は、寅彦の『茶碗の湯』にからめて、冬の今日本海で起こっている「筋状の雲」を再現する実験だ。
まさに「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」の可視化であった。
こんなみごとな実験を目の前で見たことがない。これからの「ひまわりの画像」がきっと違って見えてくるだろう。

2.氷のペダント
 金属の熱伝導性にあらためて驚いた。自分自身の授業では「金属光沢」「延性・展性」「電導性」の3つを強調してきた。やっぱり「熱伝導性」にもっとふれる必要性を実感した!!
 金属はやっぱりすごい!!

3.チンダル像
 これがいちばん驚きだった。私はこんな現象があることすら知らなかった。
「氷が内側から融ける!?」なんと言うことだ。
自然とはやっばり「ふしぎ!?」のカタマリだ。
家の周りの浅い池は…?と考えてしまった。大賀ハス観察池は無理???

4.氷のステンドグラス
 偏光板って面白いな。身近な氷のこと、わかっているつもりでいたが知らないことばっかりだった。
氷は水の結晶!!このアタリマエに感動だ。

5.ダイヤモンドダスト
 ともかく美しい!!きれいだ!!
 あのプチプチの威力に感動だ。

▼子どもたちと一緒に楽しむ機会もあった。
やっぱり実験っていいな。
生で目の前で見てみる、さわってみる、やってみる、つくってみる。
「ふしぎ!?」はどんどん膨らんでいく!!

時空を超えて 寅彦のあの言葉が聞こえてくるようだった。

「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」

(つづく)
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『親愛なる寺田先生~師・寺田寅彦と中谷宇吉郎展~』(1)

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▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから37週目であった。
師走の嵐の雨がたまり池はあふれんばかりであった。
 いよいよ待ちに待ったこの日が来た。
 4度目の寅彦を訪ねての旅の出発の朝だ。心配していた天気も青空が見えてきていた。
朝の8時に出発して、ゆっくり運転で土佐の高知に着いたときは、12時を過ぎていた。
四国に入ってからの「雲見」もなかなか楽しかった。
高知県立文学館に近づくと、いろんなところに寺田寅彦没後80年記念企画『親愛なる寺田先生~師・寺田寅彦と中谷宇吉郎展~』のボスターが貼られていた。
 やった!!来たぞ!!
とうれしくなった。まずは簡単に、企画展を一巡する。
何回も見て回ることにして、昨日のメインである記念講演を聴いた。

◆記念講演『寅彦と宇吉郎 師弟の交流』
 講師:神田健三(前 中谷宇吉郎 雪の科学館館長)

この企画展にもっともふさわしい講師だ。
▼期待していたとおり、非常に内容の濃い興味深い話の連続だった。
レジメからピックアップさせてもらうと

■近年の出来事と、加賀・高知の企画展
2011 東日本大震災
2012 宇吉郎没後50年で宇吉郎寅彦展
2014 世界結晶年
■宇吉郎の子ども時代
■寅彦と宇吉郎の出合い
■宇吉郎の雪の研究
■絵とことば
『天才は忘れた頃にやって来る』 
『雪は天から送られた手紙である』
「ねえ、不思議だと思いませんか」
「大切なのは役にたつことだよ」
等々

▼ポンコツ頭の私には、しばらくのあいだは反芻作業が必要なようだ。
 とりあえずは特にうれしく感動したことをひとつだけ。
 実は先日、唐突に【お薦め本】『雪』(中谷宇吉郎著 岩波文庫)をここに書いたのは、この日のためだった。
 そのとき、ぜひとも紹介したかったのに紹介し忘れていることがあった。
それは、『雪の結晶は、天から送られた手紙である』の前段に、寅彦の「小浅間」の文章を引用して「考える道筋の同一」を言っているのである。
 このことを神田先生もふれられた。なんかとてうれしかった。

 まだまだいっぱいあるが、ゆっくり行こう。
うれしいことに、今日は実験まで見せてもらえるという。
楽しみだ。
(つづく)  
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師走の「雲見」とクモ学!!(4)

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▼昨日(2015/12/11)昼過ぎになってやっと雨はやんだ。
私  『それにしてすごい雨風やったな。』
彼女『…』
私  『あれ、ネットの張り替えをしているんな。何度かみせてもらったけどみごとなもんやな』
彼女『またまたあんたか!!この忙しいときになんや!?』
私  『いやいや、久しぶりやし、またいろいろ聞こうと思って…』
彼女『この忙しいのに、邪魔なやつやな。』
私  『その糸の張り方にちゃんと順番があるんやな?』
彼女『アタリマエやろ!!』
彼女『あんたらかて家建てるとき、立てる柱に順番があるやろ。』
私  『(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン』
私  『その張られた糸見とったら、力の合成・分解の授業思いだしたわ。』
彼女『はあ…?(゚_。)?(。_゚)?』
▼しばらく経ってから
私  『あれ休んでいるんやな。』
彼女『そりゃ、そうやろそんないっぺんにできひんがな。』
私  『ところでねその糸なんやけど、たしか雨降る前にいっぺん回収しよったな?』
彼女『なんやみとったんか。もちろん回収しよったで!!』
私  『リサイクルするんやな。』
彼女『そりゃそうや限りある資源やからな。』
私  『それで不思議におもうやけど、お腹なかどうなっとるん?糸巻きみたいなものあるん?』
彼女『それは、自分で勉強してみんか。』
私  『はあ…』
私  『それにしてもその糸って不思議な物質やな!!』
彼女『まあ、これは先祖伝来の最強のツールやからな。4億年来の企業秘密や!!』
彼女『なんか最近あんたらの仲間が、これを人工的につくりはじめたんやて!?』
私  『ああなんか聞いたことあるわ。』
▼夕方になって
私  『おおう、やっているやっている。うまいもんや!!』
私  『そんなりっぱなネットリニュアルして、ひょっとしてまたしても産卵とか?』
彼女『なんぼあたたかい言うても、前に言うた「日の長さ」がかわるわけやないからな…』
彼女『卵産んでも、産まれてくる赤ちゃんがうまく育つか…???』
私  『まあ、それにオスの姿見んね。あたたかくなってイソウロウはどこからか出現しとるけど。』
私  『ふつう産卵って何回ぐらいするもんなん?』
彼女『まあ、それはこれから何年ものつき合いなったらわかるんととがうん?』
彼女『今は忙しいからな…』
私  『あっ、ゴメンゴメン』
▼今朝になって
私  『おはよう!!やあ、りっぱにリニュアルしたな。』
彼女『朝早うからどないしんや。』
私  『ちょっと旅に出ようと思うんで、あいさつだけしとこと思って…』
彼女『どこへいくんや?』
私  『南国土佐の方へ…』
彼女『あちらの方、もっとあたたかいと思うので今も仲間たちがんばっとるかも知れへんな。』
私  『出会ったらよろしゅう言うとくわ。』
私  『しばらく顔見いへんけど、元気でな。帰ってくるまでここにおってや!!』
彼女『それはわからんな。まあ…』
私  『ではまた…』
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【お薦め本】『雪』(中谷宇吉郎著 岩波文庫)

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「雪は天から送られた手紙である」
けだし名言である。
「雲見」を毎日の「日課」にするくらしをはじめて、ますます実感を伴ってそう思うようになった。
一昨日の「雲見」は、昨日のそして今も降り続く「雨」を教えてくれていた。
 このコトバに惹かれて、能登への「雲見」の旅では「中谷宇吉郎 雪の科学館」を訪ねたこともある。
▼中谷宇吉郎という科学者に惹かれるのは、今、寺田寅彦を読むオンライン「寅の日」を続けていることと大いに関係しているにちがいない。
 今年は、もうひとつあった。今年の立春前日(2/3)から191日間「立春の卵」を立てつづけるという、小さな実験に挑戦したこととも関係もあった。その「立春の卵」の著者こそ中谷宇吉郎なのであった。
 雪のシーズンを前に、あの名著を読み返してみることした。

◆『雪』(中谷宇吉郎著 岩波文庫 1994.10.17)

 元々は岩波新書として1938(昭和13).11.20に出されたものを、前記の「雪の科学館」開設の機会に文庫本化されたようだ。
 だから、元々は今から77年も前に書かれたものなんだ。まずなによりそれに驚いてしまう。
読みはじめるとすぐわかる。
新鮮!!なのである。
今日的!!なのである。
▼ 私は、この本をほんとうに読んだことがあるのだろうか?自分でも疑ってしまうほど新鮮で面白かった。
 話が拡散してしまわないうちにいつものようにお薦めポイント3つを先にあげておく。

(1) 科学研究とは何かを教えてくれている!!

(2) 科学研究の面白さを伝えてくれている!!

(3) 科学研究のすすめ方を等身大に語ってくれている!!

ひとつずついこう。
(1) 科学研究とは何かを教えてくれている!!
 まずこの本の出だし「序」でこうだ。

 この本は雪の結晶について私が北海道で行った研究の経過及びその結果をなるべく分りやすく書いたものである。勿論(もちろん)専門の学者の人に読んでもらうつもりは毛頭ないので、ただ自然の色々な現象について正当な理解を持ちたいと思っておられる人々に、少しでも自然現象に対する興味を喚起する機縁になれば有難いと思って書いたものである。(同書p15より)

 これを読んで、浅学な私は妙にうれしくなってしまうのだった。
そして、最後の「附記」にはこうも書いてくれていた。
 もし料理屋の立派な御馳走を喰べ馴れている人に、茶漬のような味を味わってもらえたら望外の喜びである。
(同書p163より)

さらには、続けてこう言っていた。
しかしわれわれが日常眼前に普通に見る事象の悉(ことごと)くが、究めれば必ず深く尋ねるに値するものであり、究めて初めてそのものを十分に利用することも出来、またもし災害を与えるものであればその災害を防ぐことも出来るのである。それ故に出来るだけ多くの人が、まず自分の周囲に起っている自然現象に関心を持ち、そしてそこから一歩でもその真実の姿を見るために努力をすることは無益な事ではない。すべての事柄について一般的の知識の向上は、必ず後日そこから優れた成果が出て来る土台となるものである。このことは繰返し言ってよいことであろう。(p164より)

もうこれだけでこの本の紹介は充分という気もするが…
▼続けよう。
(2) 科学研究の面白さを伝えてくれている!!
 世界ではじめて「人工雪」をつくるまでの研究のプロセスを実に面白く伝えてくれていた。
そして、読者には「科学研究のすすめ」を書いててくれていた。

しかし自分の楽しみのために、雪の降る日一箇の虫眼鏡をもってそれを自分の眼で見ることは無意味なことではない。それによって自然の工(たくみ)の微妙さを知るに止まらず、写真や見取図などではうかがえぬ神秘が観察者に雪に対する新しい興味をもたらしてくれるであろう。凡ての事象を自分自身の眼によって見ようとする願望、これがあれば必ずしも専門的の知識や素質がなくともよいのである。しかしこのように自然現象を自分の眼で見る人には、やがてその科学的説明を求める気持が出て来るであろう(同書p55より)

先を急ごう。
(3) 科学研究のすすめ方を等身大に語ってくれている!!
 雪博士は最初から「雪博士」であったわけでない。
やっぱり、まったくの無手勝流からはじめていた。その一部始終を等身大に語ってくれていた。
寒い寒い「廊下の片隅」に顕微鏡と小さな実験台をひっぱり出してきて、雪花を観察する姿を想像すると、なぜかうれしくなってしまった。
 マッチの軸の頭を折って、そのささくれで雪花をつるしあげる。便所の窓についた「霜の花」をヒントに、実験室でも作ってみる。そんなシーンを想像する度ににっこりしてしまった。
 謎解き「研究」のすすめ方について、きわめて示唆的なコトバもあった。

研究というものは、このように何度でもぐるぐる廻りをしている中に少しずつ進歩して行くもので、丁度ねじの運行のようなものなのである。(同書p155より)

実は紹介したことはもっともっとある。
 しかし、引用ばっかりのヘタな紹介は蛇足になってしまいかねない。
だから、これぐらいにしておく。
最後にもう一度だけ、やっぱりこの本は名著中の名著だ!!

なおうれしいことにこの本は、青空文庫で今すぐにも読めます
◆『雪』(中谷宇吉郎著 青空文庫より)

 肝心のあの名言のところを引用させてもらうのを忘れていた。
ぜひ、自分で確認してみてください。きっとあの名言がより納得ゆくものになると思いますよ。
今度見る雪もきっとちがって見えてくるはず…。

急に雪博士の真似をしてみたくなった。

「雲見」は天との対話である!!

降り続く雨のなか彼女は必死に生きていた。
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師走の「雲見」とクモ学!!(3)

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▼2015/12/09早朝。細い月と金星、そして「一日でいちばんきれいな空」がコラボしようとしていた。
気温は2.5℃までさがり、寒かった。夜が明けて、青空が広がった。
私  『おはよう!大丈夫!?』
彼女『うーん?なんでや。』
私  『朝から下で見ているけど、まったく動いていなようやし。足揃えてかたまったしまったようなポーズやし…』
彼女『寒いんや{{ (>_<) }}』
私  『もう日当たっているのに?』
彼女『あほか!!日が当たったから言うてすぐあたたかくなるか。なんでもそうやろ!!そんなこともわからんのか!!』
私  『スミマセン。ところで昨日最後のことがごっつう気になるんやけど聞いてもええか?』
彼女『なんやねん?』
私  『昨日、日の長さがわかるいうたやろ。それにあわせて生きているとも言うたやろ。そのことなんやけど…』
彼女『ああ、言うたで!!それはアタリマエのことやろ!!』
彼女『日の長さというのがいちばん確かなんや。今年の師走は「あたたかいな」「寒いな」と言うことがあっても、今年の冬至(日がいちばん短い日)は「遅いな」「早いな」と言うことあるか!?』
私  『ホンマやな!!(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン』『感動するわ。』
彼女『なにアタリマエのことに感動しとるねん。地球上に生きとるものの常識中の常識や!!』
彼女『あんたらかてカレンダー(暦)つくって、それにあわせて一年間の生活をしとるとちがうんか。私らはあらかじめ体の中にカレンダーをインプットしているんや!!』
私  『(゚o゚)ゲッ!! (゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン』
▼昼にかけてどんどん気温はあがり、昼過ぎには14℃近くまで上がった。
空には巻雲、巻積雲がめだちはじめた。
私  『だいぶん体あたたまってきたみたいやな?』
彼女『なんやまたあんたか。やっぽどひまなんやな。』
私  『(^^ゞポリポリ』
私  『ところであんまり狩りをしていないようやな?』
彼女『まあな。』
私  『凍結防止にエサはとらん方がいいゆうて聞いたで。それでなん?』
彼女『?(゚_。)?(。_゚)?』『まあねそれも…』
彼女『それよりもまずだいいち獲物がおらんがな。でも今日はちがうで…』
私  『やっぱり、それもわかるんやな。今日はほんまあたたかで妙にクモの糸がいろんなところで流れているのを見たわ。楽しみやな。』
▼夕方、彼女がいる場所にはすでに日はあたらなくなっていた。
私  『やったー\(^O^)/。君の言うとった通りやったな。獲物ゲットしとんやな。』
彼女『うーん、食事中!!』
私  『そうやな。へならうなずくだけでもええわ。』
私  『それにしてもまたまた感動や。やっぱり君は天気の変化が予知できるんやろ。』
彼女『…』
私  『絶対そうや。言うとった通り小さな虫もいっぱいネットにかかっとるし…、あれイソウロウまで来ているやンか。』
私  『これが私がいちばん知りたかったことなんや。私は、絶対に君等は天気の予知ができると思っているねん。だから、そのことを聞きたいねん。』
私  『食事中やから、また後で…』
▼しばなく時間が経って再び…。
私  『あれ、まだ食事中か。』
私  『食事中にあんまり話しかけるあかんな。』
彼女『…』
私  『まだ、まだ聞きたいこといっぱいあるねん。でも今日はここまでに…』
私  『では、また明日…』

(つづく)
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師走の「雲見」とクモ学!!(2)

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▼私『おはようございます。寒いですね!』
彼女『ああ、またあんたか。どないしたんや、えらく今日はていねいやないか。』
私  『あんまり馴れ馴れしいのもあかんのかと思って、それに知れば知るほど尊敬してしまって…。』
彼女『はあ?(゚_。)?(。_゚)?、あんたも変わったやつやな。』
彼女『だいたいあんたらは、私らのことあんまり知らんとってこわがったり気持ち悪がったりするやけど…。』
私  『はい!私も3年ほど前まではそうでした。こんなに近くで暮らしていてまったく知らんかったし、興味もなかったです。まだようわかっていないけど興味だけはもつようになりました。』
彼女『その急にていねいなことば気持ち悪いな。ふつうで…』
私  『はあ』
彼女『それでちょっとは勉強したん?』
私  『うん、ちょっとだけやけど…』
▼私『それでええかな。いくつか聞いてみたいことあるんやけど…』
彼女『邪魔くさいやつやな。なんやねん?』
私  『今日なんか雲が出てきて昨日よりは寒くなりそうなんやけど、大丈夫なん?』
私  『寒うないん?体温もさがっているんとちがうん?』
彼女『そりゃ寒いわ。私らは周りが寒なったら、それにあわせて体温もさがるからな。』
私  『やっぱりあたたかい方が好き?』
彼女『そりゃ、そうやろ。獲物もいっぱいおるしな。』
私  『生きものは、それぞれに適当な温度ってあるんやろか。妙な話するけど、この冬一緒に乗り越えようとつかまえていたコウガイビルという生きもの、残念ながら消えてしもたんや。』
彼女『なんやそりゃ、殺したんか。』
私  『いやそうではないけど、死んでしもたんや。』
私  『それで、今さらながら思ったんやけど生きものにとって温度って大切やな。』
彼女『…』
▼私『寒さに耐えるといってもやっぱり限界というものがあるんやろ。』
彼女『まあ、そりゃな。寒くなりすぎたら凍ってしまうしな。』
私  『本で読んだけど、これまでに体が凍ってしまって生きたクモって一匹もいないんやて。』
私  『これも本の受け売りやけど、だから体が凍り始める温度=過冷却点SCP(supercooling point)を知ることが大切とそれを研究しているクモ学者もいるんやて。』
彼女『へー物好きな人間もいるんやな。』
私  『それで、君の場合はそれは何℃ぐらいなん?』
彼女『そんな知らんわ!!そんなのおまえ等が勝手に調べとるだけやろ!!』
私  『ゴメン!!また怒らしてもうたな。』
私  『話変えて、この寒さに耐えるためにどないしとるん?』
彼女『そりゃ、見ていたらわかるやろ!!』
私  『う~、ひょっとしたら日向ぼっこ!?』
彼女『まあ、そんなもんかな。』
▼私『やっぱり、そうなん!!ネットの角度を変えたり、一日のうちにでも姿勢を変えたりして、ちょっとでもたくさん日に当たるようにしているとか…。』
彼女『…』
私  『そうだとしたら、それも段々厳しくなるな。だんだん日は短くなってきているんやから…。』
彼女『うん、そうやねん。それはわかっとるぜ!!』
私  『(゚o゚)ゲッ!! それ知ってるん!?』
彼女『なにびっくりしとんね。アタリマエやろ。日の長さにあわして生きとるんやんか!!』
彼女『そんなこともわかっていなかったんか。まだまだやな…。』
私  『…』 

(つづく)
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師走の「雲見」とクモ学!!(1)

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▼私『おはよう、元気!?』
彼女『えらくなれなれしいやつやな。』
私  『あっそう、まあええやんかもうつき合い出して4ヶ月目になるんやで…』
彼女『別にあんたとつき合っているつもりはないけど』『それにしてもあんたもひつこいな!!』
私  『いやいや、いろいろ勉強させてもらっているや。』
彼女『???』
私  『いやいや、この3ヶ月あまりいろんなもの見せてもらって感謝してるで。』
私  『それにしてもすばらしい!!と感激しているんや。』
彼女『そんなに持ち上げてもなんにも出んで。』
私  『それしても、また大きくなったね。』
彼女『まあね。食事だけはちゃんととってるからね。』
▼私『寒くなったね。今日はあたたかいけど…』
私  『そこってけっこう寒いとちがうん?』『もう下の大賀ハス観察池には初氷もはったで。』
彼女『…』
私  『でも、今年の師走はあたたかい方やな。今朝散歩していたらツクシのようなもの見たで、それにタンポポが咲いて、綿毛つくっていたな。』
彼女『あっ、それ知っている。ときどきネットにも引っかかっているから。獲物とまちごうてしまったわ。』
私  『このあたたかさいつまでつづくんやろう?』
彼女『そんなこと私にも…』
▼私『ところで妙なこと聞くけど、今のネット少しずつはる角度変えていない。』
彼女『えっ、なんのこと?』
私  『いや、下からも写真撮らせてもらっているんやけど、ネットの面の角度が、最初に比べたら変わってきているように思ったんだけど。それに橋糸かけている位置もずれてきているとおもったんやけど。』
彼女『まあ、それはよく見ていたらわかるやろ…』
私  『ひょっとしたら、太陽に当たりやすくしているとか、いやそれとも風、獲物の虫に合わせているとか…???』
彼女『…』(無視!!)

私  『ところで、いつまでそこに…!?』
彼女『ずいぶん失礼なこと聞くんやな。そんなこと私にもわからんわ!!』
私  『いや、ゴメンゴメン ずっとおって欲しいのはやまやまやけど…。』
彼女『私に聞くばっかりやなしに、ちょっとは勉強してみたら。』
私  『…』

▼彼女の進言に従って、本棚から手持ちの本をひっぱりだしてきた。
関係しそうなのは手持ちではこれしかなかった。

◆『クモの生物学』(宮下直編 東京大学出版会)「耐寒性と季節適応」(P52)田中一裕)

これを読んでみることにした。

夕方になって日が当たらなくなったら、やっぱり師走!!
冷たい北風か吹いてきた。
彼女があそこにいるあいだに…。

(つづく)
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【Web更新12/6】15-49 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

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藪のなか 足とめにけり 枯茨 15/12/04 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-49
週末定例更新のお知らせ
 自然は「ふしぎ!?」で満ちている。
 ひとつの「ふしぎ!?」の謎解きができたかと思うと、その何倍もの「ふしぎ!?」が膨らんでくる。
これは、もう生涯続きそうだ!!
 かくなるうえは謎解きのプロセスを楽しむしかない!!

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 枯茨
 藪のなかに入ってみると、まるで別世界が展開されている。
不思議な世界だ。これまでゆっくりと観察したこともなかったが、周りの掃除をしてから散歩のときにときどきなかに入ってみることにしている。いつかササの積もった下に生きている生きものの観察をしてみたいものだ。
 また、まったく別の世界に出会う予感がするから。
 藪の出入り口ちかくには、枯れ茨が別世界へのゲートとなっていた。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 ときどき自分自身でも思ってしまう。
 「何をしようとしたんだったかな?」と。その度に「雲見」をすることにしている。
そして、決める!! 「やっぱり続けよう!!」と。

◆【ヒガンバナ情報2015】 更新!!
 試行錯誤の連続!!
 この「ふしぎ!?」の行き先はまだまだ見えてこない。
 まだ「完熟」する種子があった!!

◆コウガイビルを追う 更新!!
 どうやら第9コウガイビルの「生命」は消えたようだ。
 「生命」とは?
 「幹細胞」って?「再生」とは?
 たくさんの「ふしぎ!?」を残していったようだ。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 「俳句」を自然を観察する「科学の方法」のひとつにすることはできないだろうか。
 シロウトのトンデモ野望は続く!!

さあ、今週はどんな「ふしぎ!?」と…。

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ヒガンバナに何が起きているのか?(17) #ヒガンバナ

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▼蓮根の植え替えから36週目の大賀ハス観察池に初氷がはっていた。
それだけ気温が低かったということだろう。アメダスで確認したら0.9℃まで下がっていた。
私の大賀ハス観察池は、大賀ハスの観察のためだけでなくいろんな役割をしていた。
「初氷」も「初雪」もこの池で確認することにしていた。それが実感を伴った指標になると思っていた。
「初氷」の確認は気象台においても、バケツの氷で確認しているという話を教えてもらったことがある。
それをお聞きして、とってもうれしい気分になったものだ。
 大賀ハス観察池は、我が家の自然環境を知るすぐれた「ビオトープ」なんだ。
▼初氷を見て、とんでもない大失敗に気づいた。
第9コウガイビルである。私は第5~8までのコウガイビルの最期の姿から、「暑さに弱いんだ」とばかり思い込んでいた。だから冬場に生き延びることの方が簡単なんだろうとばかり思っていた。
きわめてアタリマエのこと!!
「生命活動には熱エネルギーが必須である!!」
ことを忘れていた。
 第9コウガイビルには悪いことをした。もう少し、あたたかいところにケースを置いてやるべきだったのかも知れない。昨日の昼過ぎには、すっかり頭部はみられなかった。まんなかでくびれかけているようにも見える。
まんなかより少し後部にある白い塊はなんだろう?
もう生命活動をとめてしまったのだろうか?私にはわからない???
▼失敗と言えばもうひとつ大失敗をしてしまうところである。
「自然結実」したヒガンバナの種子だ。
昨日現在で、今年発見の群落からは58個、他の場所からは4個合計の62個の種子を回収していた。
花茎の採集日ごとにチャック付きナイロン袋に入れて保存していた。
不要な湿気を与えたためにカビがきていることに気づき、カビがきた種子を別の袋に分けていた。
ところが、それだけではカビの伝染をとめられなくなっていた。
いつまでも続くあたたかさが、カビを元気にさせていたのかも知れない。
▼そこで、方針を変更して1個1個を別の着付きナイロン袋に入れることにした。
カビがついているものについてはそれをぬぐい入れた。もうすでに種子内部が出てしまったようなものもあるがとりあえず、それも一つずつの袋に入れた。
 それを、昨年も使用した発泡スチロールの箱に入れて、冷蔵庫の野菜室で保存することにした。
 ところが、「そんな大きなもの入るところないよ!!」と妻に断れてしまった。
 しかたない、近くにあったお菓子の入っていた缶にうつしかえて、なんとか入れてもらった。
さあ、これでいったいいくつまで「発芽」までもっていけるだろう。

生きものと温度は微妙な関係にあるもんなだ!! 
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第9コウガイビルの「生命」が…!?

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▼私はショックだった!!
11/20に庭で発見した人生9番目のコウガイビルの様子がおかしかった。
一昨日までたしかに元気にケースの中にいたのに。
「エサをあたえず水だけで261日間生き延びた」第一コウガイビルと発見の時期が同じだったから、この「記録」にせまるつき合いができるかと大いに期待していたのにである。たった14日、2週間しかたっていなかった。
 頭はそりかえり、最後部はちぎれたようになっていた。すべての動きも停まっているように見えた。
 もう、第9コウガイビルの「生命」もこれまでかと…
▼その姿を見ていたら、6年前の夏に受けた講義のことを思いだした。

◆講義『幹細胞の生物学』(県立大学理学部大学院生命理学研究科 渡辺 憲二教授)

 私は261日間生き延びたコウガイビルの「ふしぎ!?」を持って、この講義を聴きに行った。
講義はすばらしいものだった。
浅学な私にも、少しずつ「幹細胞」「ES細胞」「iPS細胞」等がわかりはじめた。
そしてなによりうれしかったのは、私の「ふしぎ!?」にひじょうにていねいに答えてくださったことだ。
さらには、生命科学最前線の現場にまで連れて行ってくださった。
感動だった!!
「科学」ってほんとうに面白い!!
と心底思った。
▼これ以来、益々コウガイビルの「ふしぎ!?」に夢中になったのだった。
渡部先生編著の本があった。

◆『プラナリアの形態分化~基礎から遺伝子まで~』(手代木渉、渡辺憲二著、共立出版 1998.3.25)

 そこには、エサなしで生き延びるコウガイビルのことが次のように書かれていた。

 コウガイビルの飼育では給餌が大切な要素となるが、餌に対しての反応は同一種内でも異なり積極的に摂取するグループとそうでもないものとがある。また長期間の飢餓に耐え、もとの体重の1/100に減少しても生存し続けることができる。このような生理的変化が、顕著な再生能をもつ本動物の器官形成にどのような影響を及ぼすのか、頭部再生の有無、形成所要時間、極性との関連について、採集直後の体重を100として、もとの30~40%に減少したグループを飢餓個体として実験を行った。  なお、飢餓個体の設定は、採集された個体のうち、何としても餌を食べないものがあり、かなりの期間絶食にも耐えられるが、やがて死に至る。体重減少と生存期間の長短は一定ではないが、採取後減少の一途をたどる体重は、ある時点で平衡状態となり、これ以降急激に減少して死ぬものが多い。体重が安定をみせる状態を越えると個体は死を迎えることから、この安定期(もとの体重の30~40%)を飢餓状態と考えた。これらの飢餓グループと採集まもないものとを次の実験により比較した。(同書P276より)

▼では、この第9コウガイビルの場合は、その後の様子を終日観察しつづけた。
朝の段階で、「生命」もここまでかと思ったが、そう直線的ではなかった。少しずつ少しずつ動いているようにも見えた。
 午後になって劇的な変化を起こした。からだをよじり、まんなかでちぎれるような動きだ。
この段階では、頭部はしっかり確認できた。
しかし、夕方には頭部が融けるようになって輪郭がはっきりしなくなっていた。
第9コウガイビルとのつき合いは短かっかったが、最期にとても貴重なものを見せてくれた。
コウガイビルの「ふしぎ!?」はまだまだ続きそうだ。

今朝はどうなっているだろう!?
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本日(2015/12/04)、第114回オンライン「寅の日」!!#traday

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「歳時記は日本人の感覚のインデックス(索引)である」
と言ったのは寅彦だった。
 朝まで降っていた雨はやみ、やがて見えてきた青空を雲は西から東へせわしなく走っていた。
風はどんどん冷たくなり厳しさを増していった。
 こんな風は何と言うんだろう?
試みに手元の歳時記を開いてみた。
「凩」
「寒風」
「北風」
「空っ風」
「北下」
「ならひ」
等々ずいぶんいろいろあるもんだ!!どれがこの風にピッタリと来るのかな?
▼本日(2015/12/04)は、第114回オンライン「寅の日」!!
12月は、俳句・連句と寅彦の「自然観」をテーマに読んでいきたい。
今回は、その第一弾として「天文と俳句」を読む。

◆本日(2015/12/04)、第114回オンライン「寅の日」!!

●「天文と俳句」(青空文庫より)

▼私は、ここ数年がらにもなくというか、自らの非才も省みず「俳句もどき」を作り続けている。
いっこうに上達の気配もない。それは自分でもよくわかる。(^^ゞポリポリ
 なのになぜ飽きもせずにそれを続けるのか。
 その答えをあの寅彦が代弁してくれているような気がするのが、この一文だ!!
読んでいるとうれしくなってくるのである。
・季語とは何か?
・俳句とは?
・自然科学と俳句はどのような関係に?
・自然を観察するとは?
等々 すべてが書いてあった。
 さっそく少し引用させてもらおう。

 季節の感じは俳句の生命であり第一要素である。此れを除去したものは最早俳句ではなくて、それは川柳であるか一種のエピグラムに過ぎない。俳句の内容としての具體的な世界像の構成に要する「時」の要素を決定するものが、此の季題に含まれた時期の指定である。時に無關係な「不易」な眞の宣明のみでは決して俳諧になり得ないのである。「流行」する時の流の中の一つの點を確實に把握して指示しなければ具象的な映像は現はれ得ないのである。
花鳥風月を俳句で詠ずるのは植物動物氣象天文の科學的事實を述べるのではなくて、具體的な人間の生きた生活の一斷面の表象として此等のものが現はれるときに始めて詩になり俳句になるであらう。
要するに俳句は抽象された不易の眞の言明だけではなくて具體的な流行の姿の一映像でなければならない。
此れは俳句が所謂モンタージュの藝術であることを明示する。

▼結論を少し急ぐ。

古人の句には往々かういふ科學的の眞實を含んだ句があつて、理科教育を受けた今の人のに、そのわりに少ないやうに思はれるのも不思議である。昔の人は文部省流の理科を教はらないで、自分の眼で自然を見たのである。
要するに此處で所謂「天文」の季題は俳句の第一要素たる「時」を決定すると同時に「天と地の間」の空間を暗示することによつて、或は廣大な景色の描寫となり、或は他の景物の背景となる。

ここに、私が「俳句もどき」にこだわりたい理由があった。

俳句結社・「寅の日」会の夢は未だ消えやらず!!

今朝の風は、さらに冷たくきびしさを増していた。
なんと呼ぼうかな!?
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ヒガンバナに何が起きているのか?(16) #ヒガンバナ

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▼「目玉オヤジ」状態のヒガンバナ完熟種子を見るのはこれが見納めかも知れない。
そう思うと、何枚も何枚を撮ったのである。 
 今年みつけた群落からはついに50個を上回る種子を手に入れることができた。これはこれまでで最高の収穫であった。
▼では、来年以降もその場所で、「自然結実」種子を手に入れることができるかというと、それはほぼ不可能だと思っていた。
 現に2013年発見の安富町群生地でも、2014年発見の夢前町群生地でも、その「翌年も…」と言うことにはならなかった事実があるからだ。 
 わずかばかりの経験則でモノゴトを断定的に言うことはひかえなければならないが、現段階ではそう思わざるを得ないのだ。
▼「自然結実」するヒガンバナに何が起きているのか?
その「ふしぎ!?」に2つの仮説を用意していた。

【仮説 1】「自然結実」するヒガンバナは、2倍体(2n=22)になっている。

【仮説 2】無融合種子形成をするようになっている。3倍体(2n=33)のままである。

である。その結論は「自然結実」するヒガンバナの染色体の数を数えてみればよかった。
2015/11/24群落から採集してきた「自然結実」ヒガンバナを鉢植えしていた。
鱗茎を途中で切断してしまうという大失敗をしてしまったので、この後うまく育つのかたいへん不安である。
祈るような思いで、毎日観察を続けている。
▼うまく育ち、鱗茎から根が伸びてくれば、あのタマネギの根の細胞分裂を観察した要領で挑戦してみるつもりだ。うまくやれる自信はまったくと言っていいほどない。
 それに家には顕微鏡こそあるが、それ以外のものはまったくないのである。
 道は遠そうだ。でもあきらめるつもりはさらさらない。
かならず、道は拓ける!! それには自信も確信もあった。

長年観察してきた定点観測地A、Bのヒガンバナは元気だ!!葉は広がると言うよりまっすぐ直立するようになり、「もっと光を…」と叫んでいるようだ。
 今年東京から「引っ越し」してきたヒガンバナも柿の枯れ葉押しのけて元気に葉をのばしている。
「自然結実」ヒガンバナもこのようになってくれることを願うのみだ。
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12月(師走)の天気コトワザ!!

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▼やっぱり師走の風は冷たかった。
それにもめげず彼女(ジョロウグモ)は元気だった。
 ついに、つき合いも4ヶ月目にはいっていた。獲物の陳列の数も確実に増えていた。
「いったい いつまで?」
と言うのが、今の私の関心事だった。
 クモたちとの本格的なつき合いはたった3年だ。それでもほぼ確信に近い「作業仮説」を持っていた。
「クモは天気の変化を予知できる!!」
という仮説だ。
 クモたちには「観天望気」が可能なのでは!?
▼昔の人の「観天望気」のワザを見せてもらおう。
12月(師走)の天気コトワザをいつもの

◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)

から引用させてもらう。番号は私が勝手につけた。

(1) 朝トビ川越すな、夕トビ傘持つな
(2) 霜の早い年は雪がおそく、霜のおそい年は雪が早い
(3) 霜の多い朝は晴
(4) カモが早く来ると早雪
(5) 初雪の早い年は根雪も早い
(6) 山に三度雪降れば里にも雪降る
(7) 西方の鐘がよく聞こえるときは晴
(8) ガンの行列南へ行けば寒気強し
(9) ツバキの蕾が葉の上に出ている年は小雪
(10)焚火が火を吹けば風
(11)かまどの煙がたなびけば雨
(12)家の中に煙がこもったら翌日は雨
(13)ウシが丸くなって寝ていると天気が悪くなる
(14)鳥が高いところに巣を作れば大雪
(15)霜柱がよく立つ日は天気がよい
(16)冬の雨は三日降らず
(17)ムギの葉幅狭く、短い年には大雪降る
(18)霜多く厚い戸は大雪
(19)カモメが里近く来て鳴けば荒れる
(20)日の出後霜解けぬ時は晴天
(21)冬、山に霧多きは大雪の兆し
(22)年末低気圧

▼動植物に関連づけたものは8/22だ。
やっぱり生きものに問いかけるというのは「観天望気」の常套手段なのだ。
なかでも師走は鳥が多い。5/8である。
 渡り鳥が冬の到来を教えてくれているということだろうか。

 だから、私が彼女に「天気の変化」を問うのもそうそう的外れではないように思うのだが。
さらに言えば、クモの「観天望気」能力の秘密はあの「糸」にありそうな気がする。
▼気象現象で言えば「雪」が圧倒的に多い。
「雪」が出てくるのは9/22だ。
アタリマエと言えばアタリマエ!!
「雪」と冬の暮らしが深く関係があるというのは当然のことだ。
だからコトワザにもしたのだろう。
天気コトワザのとても興味深いところは、全国一律に通用するものは少ないというところだ。
天気コトワザはローカルな遺産なんだ。それでこそ、価値を増すものであると思う。
「雪」の場合それが顕著だった。

「天気の変化」は地理的・地形的環境に大きく左右される。
だからこそ
自分の住む地域での天気コトワザの発掘はとても意味ある作業だと思うのだが…。
発掘されたコトワザを「大気の物理学」で謎解きするというのが私の夢だ。

今日も彼女に聞いてみよう。
「いつごろ…?」
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12月(師走)の「雲見」は!? 

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▼11月(霜月)は終わった。
いつもの「もくもくシール」による「雲見」カレンダーを見ながら、11月の空をり返って見た。
「もくもくシール」の貼ったシールのベスト3を見てみる。
・第1位 「層積雲」 7枚
・第2位 「高積雲」 5枚
・第3位 「乱層雲」 「快晴」  4枚
これだけでも、けっこう11月の空の特徴がわかる。
10月のダントツトップは「快晴」9枚だった。
10月末にカラカラだった大賀ハス観察池の水はいっぱいだ!!
 シールを貼る時間は朝の9時ときめているが、少しずれることもある。シール貼ってしまったあと空が一変してしまいまったくちがう「雲見」になることもある。10種雲形のいくつもが同時に見れることもある、いやその方が多いかも知れない。
 そんなときも「エイヤッー!!」とむりやりひとつに決めてしまう。
さて、12月にいちばん多く貼るシールはどれだろう?
▼12月(師走)の「雲見」に予想するのに、いつもの気象庁の「一か月予報」を見せてもらう。

◆気象庁・一か月予報(近畿地方PDF版)

あれ??
けっこう「暖冬」のような。
雨もそこそこ降ってきそうだ。
 しかし、どう変化するかがなかなかわからないのが「天気の変化」だ。
 「雲見」を続けながら、自分で「予測」することも続けてみたい。
▼もうひとつ定番で参考にさせてもらっているものを見る。

◆『12ヶ月のお天気図鑑』(武田康男・菊池真以著 河出書房新社)

写真がきれいだ!!師走にあがっているのは次のようなものだ。

「寒空」
「海鳴り」
「地球影」
「初氷」
「紅富士」
「寒波」
「山茶花梅雨」
「波の花」
「ふたご座流星群」
「冴える」
「けあらし」
「冬の月」
「黄昏」
「初雪」
「陽炎」

どれもこれもすばらしい!!
このうち、いくつの光景に出会うことができるだろう。
楽しみだ。
▼久しぶりに「雲見」の旅に出たいと思っている。
 どことなく心忙しい師走。
ふっと見上げた空の「雲見」で、なにに出会うだろう。
大賀ハス観察池に初氷が張ることはあるだろうか?
初雪は?

さあ、はじめよう12月(師走)の「雲見」!!


     

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