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今こそ、ヒガンバナ「自然結実」探索を!! #ヒガンバナ

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▼正解だった!!
10/28に「もう限界!!」と採集した「自然結実」したヒガンバナは子房部は10/29から割れはじめ、昨日は完全に「目玉オヤジ」状態になった。
 これで私は三年連続「完熟」したヒガンバナ種子を見ることになった。
それも、ひとつふたつでなく多数の種子をみつけることができた。
昨年度採集の種子のうち3つについて、今のところ実生に成功している。
これは事実であった。
▼少しあせってきた。
「完熟」の時期がやってきているのだ。
まだ定点観測地に残しているものも、「完熟」し種子がこぼれ落ちてしまうかも知れない。
そう思うとあせってきたのだ。
 そこで、今年5度目のスポット巡りをすることにした。
前回(2015/10/20)たくさん「自然結実」をみつけることができた福崎B地点から巡ることにした。
福崎B→安富→夢前の順番にした。
 福崎B地点はもう前回に目に着くものはあらかた採集したつもりでいた。
とんでもなかった。
前回以上に多数みつけることができたのだ。なぜ前回みつけることができなかったのだろう。
「ふしぎ!?」だった。
▼みつけると言ってもなにも特別の技術も能力も必要でなかった。
ふつうに観察するだけですぐみつかるのだった。
もう今の時期、花茎は枯れて倒れている。
ところが「自然結実」したものだけが、その花茎にまだ緑を残しているのである。
萎れ枯れ果てた花茎と一緒に倒れていたとしても、それだけは枯れないでいるのだ。
なかにはまだ直立した花茎もある。
そんな花茎の先にはほぼ100%、子房部が脹らんでいるのである。
また、倒れた花茎の束なかに花軸と子房部だけが緑のものをみつけることができるかも知れない。
「ふしぎ!?」だ!!
「自然結実」した場合のみなにかのシグナルを発して、「完熟」まで水を送り続けるのだろうか。
なんとすごいシステムなんだろう!!
▼その「ふしぎ!?」は\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
さらに「完熟」まで野外で観察するために少しだけ残しておいた。
それでも、多数採集することができた。
安富、夢前では、ひとつも採集することができなかった。
「遅れん坊」ヒガンバナはまだ健在だった。

これらはすべて「事実」だった。
これは私の勝手な「仮説」ではない。
なぜこの「事実」が起きるのかはさておき、
この「事実」を多くの人と共有し、確認したい!!
 私になにか特別の能力があるわけではない。それは、私自身がいちばんよく知っている。
そんな私が、三年続けてヒガンバナ「自然結実」を多数目撃した。
 それは、もう「偶然」とは言いがたい「事実」だ。

あなたのフィールドで!!
今こそ、ヒガンバナ「自然結実」探索を!!


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「雲見」と「宇宙見物」でまるごと空を楽しむ!!

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▼朝起きたら西の空の月を撮るところからはじめた。
天頂の冬の大三角形、オリオン座。東の金星、木星の惑星!!
早朝「宇宙見物」をたっぷり楽しむ。
やがて「一日でいちばんきれいな空」のときがやってくる。
そして、日の出。
 一日の「雲見」のはじまりである。
▼朝の「雲見」は秋晴れであった。
秋晴れもと地上の観察もいろいろ興味深い。
・割れる石榴
・復活した彼女(ジョロウグモ)
・完熟に向かう「自然結実」ヒガンバナ
やがて「雲見」の空はにぎやかになってきた。
あわや雨が降り始めるのかと思うまでになった。
しかし、その雲たちは消え、つるべ落としの日は沈んでいった。
▼「雲見」と「宇宙見物」はほぼ毎日の日課となってしまっていた。
「雲見」のコトバは宮澤賢治からの借りものである!!

眺(なが)めても眺めても厭(あ)きないのです。そのわけは、雲のみねというものは、どこか蛙の頭の形に肖(に)ていますし、それから春の蛙の卵に似ています。それで日本人ならば、ちょうど花見とか月見とか言う処(ところ)を、蛙どもは雲見をやります。
「どうも実に立派だね。だんだんペネタ形になるね。」
「うん。うすい金色だね。永遠の生命を思わせるね。」
「実に僕(ぼく)たちの理想だね。」
(宮澤賢治『蛙のゴム靴』(青空文庫)より)

▼「宇宙見物」のコトバは寺田寅彦からの借りものである!!

好きなもの 苺 珈琲 花 美人 懐手して 宇宙見物

これは寺田寅彦が昭和9年の一月に詠んだ短歌である。
「懐手して 宇宙見物」が気に入ってしまってお借りしている。

「雲見」も「宇宙見物」も誰でもいつでもできること!!
それがいちばん気に入っているところだ。
自分ひとりでやるだけでも楽しいが、多くの人と一緒にやったらもっと楽しいだろうなと思う。
でもそれは必須ではない。
いろんな楽しみ方があっていいのだから

さあ、今日も早朝「宇宙見物」からはじめた!!

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本日(2015/10/29)、第111回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼もう限界だと思った!!
ヒガンバナ散策道に最後までひとつだけ残しておいた「自然結実」するヒガンバナ花茎である。
これまで見てきた体験から、
 「自然結実」する花茎は他の花茎が枯れて倒れても「完熟」するまで緑を残し立ったままである。
と思っていた。だから、他のものは「水栽培」にシフトしてもこれだけは残して置いた。
残念ながら、そうはいかなくなってしまった。
 花茎は緑を失ってしまい、花軸(仮にそう呼んでおく)の部分と膨らんだ子房部だけが緑を残す状態になってしまった。
屋外ではこれは見失ってしまう可能性がある。
思い切って採集し、家に持ち帰りこの後の観察をすることにした。
庭の「自然結実」しかけたものも同様な状態になった。
これでほんとうに「完熟」までいくだろうか? 自分の眼で確かめたい!!
「自然結実」を科学するはまだまだ続く!!
▼本日(2015/10/29)は、第111回オンライン「寅の日」である。
9月の終わりからずっと「柿の種」を読み続けてきた。今回はその最終回となる。
 「柿の種」を読んでいて、つくづく感じたのは、寺田寅彦は「科学者」であるということだ。
ホンモノの「科学者」だ!! 
謎解きをする=科学する 名人だ。
同時に「ふしぎ!?」をみつける名人でもあった。
 今回は、「短章 その二」を全部読む。

◆本日(2015/10/29)、第111回オンライン「寅の日」!!

●「柿の種」(4)

▼「短章 その二」は晩年に書いた短文集だ。
病床にあって書いたものも多い。日常生活のなかにも「科学」をみつけていた。
 時代をながめ、寅彦の視点からの提言もある。独白的な文もある。
他の「作品」ではみられない本音的なものも多い。ともかく面白い!!
 数あるなかでも、とても特別気に入った文章をみつけた!!

 猫の尻尾(しっぽ)は猫の感情の動きに応じてさまざまの位置形状運動を示す。よく観察していると、どういう場合にどんな恰好をするかということはいくらかわかって来る。しかし、尻尾のないわれわれ人間には猫の「尻尾の気持ち」を想像することは困難である。舌で舐めたり後脚(あとあし)で掻いたりする気持ちはおおよそ想像してみることができても尻尾の振りごこちや曲げごこちは夢想することもできない。従ってわれわれは猫の尻尾の行動について「批評」する資格を持ち合わせない。  科学の研究に体験をもたない言わばただの「科学学者」の科学論には往々人間の書いた「猫の尻尾論」のようなのがあるのも誠にやむを得ない次第であろう。

ここに私は寅彦流「科学のすすめ」を読んだ。
▼一応すべてを読み終えて、最初のコトバにもどった。

棄てた一粒の柿の種
生えるも生えぬも
甘いも渋いも
畑の土のよしあし

今、「柿の種」は「科学の種」と読めてきた!!
「蒔かぬ種は生えぬ」
 まずは可能な限りの「種」を蒔くところからはじめたいものだ!!

ヒガンバナ「自然結実」は私の手持ちの「種」のひとつ!!
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そして、あのジョロウグモは!! #クモ学

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▼またしても彼女がいなかった!!
24日に産卵して、その後「卵のう」に覆い被さるようにしていたジョロウグモが再びいなくなってしまった。
確かに一昨日(26日)の夕方までそこにいたのに。
内心あせった。
死んでしまったのかと、その下を必死に捜してみたが見当たらない。
落胆した!!
 そして、見上げた。
そしたら、なんと元のネットに姿が…\(^o^)/
 みつけたところで、もう一度「卵のう」を見なおしてみた。
お見事!!
ナイロン紐の切れ端がうんと増えていた。きっと私の見ていないところでコツコツと貼り付けたのだろう。
彼女のことがなんとも愛おしくなってくるのだった。
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▼古巣のネットにもどった彼女はやがて新しくネットをつくりはじめた。
その巧みな技にあらためて惚れ直してしまう。
先日教えてもらった「五線譜」とはちょっとちがうようだが、5~6本ごとの横糸ごとにすき間があいていることは確かなようだ。もうそれは「芸術作品」の域に達していた。
 ネットづくりをしている途中に面白いことがあった。ネットの上のトタン屋根をカラスがガサガサと歩いた。
その振動は、ネットに伝わった。彼女は作業をやめて、すぐさまセンターにもどった。
そのスピードは「眼にもとまらぬ」と言って過言ではなかった。
産卵直後の彼女とは大違いだった。彼女は復活したのだ!!
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▼あらたなネットができると、さっそく彼女は再び「狩り」をはじめた。
本来の動きを取り戻して、これもまた美事なものであった。
彼女の食事も、他のクモたちで見てきたことと同じだった。
「食べる」と言うより「吸う」というのがふさわしいのかも知れない。
「ふしぎ!?」に思っていることがある。
 彼女は獲物を食事後捨ててしまうずにネットにぶらさげているのだ。
まるで戦利品を陳列しているかのように、これはなんのためだろう?
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▼午後になってもまたあらたな「狩り」がはじまっていた!!
もう完全復活だ!!
いったいいつまで彼女はここにいるのだろう?
またもう一度「産卵」するのだろうか?
ふつう一匹のジョロウグモは何回「産卵」するのだろう?
やがて、彼女とつきあい始めて2ヶ月になる。
 しかし、まだまだ彼女について知らないこといっぱいだ!!
 トンデモ質問したら、彼女はどう答えてくれるかな。
楽しみだ。

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ヒガンバナ「自然結実」は今!! #ヒガンバナ

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▼みごとな「雲見」を楽しめた一日だった。
地上にも気になるものがあった。ヒガンバナの「自然結実」である。
 いつものように朝のヒガンバナ散策をした。その道には、今も「自然結実」をしているとわかる花茎は一本だけになってしまった。多いときには5本も確認していたのに、花茎が枯れてしまったのだ。
 一本だけ残る花茎も枯れが目立ちはじめた。
 家の庭でみつけていた「自然結実」ヒガンバナは、完全に花茎が枯れてしまった。
膨らんだ子房部だけが緑を保っていた。
▼一方、10/9、10/20のスポット巡りで採集した子房部が脹らんだ花茎は、ペットボトル、のりの瓶などで「水栽培」をしていた。花茎が腐ってしまったものについては、はさみに切断していったからずいぶん短くなったものもある。
 子房部は大きく膨らんだままだ。色はより赤黒くなってきている。
 すべては日当たりのよい屋外に置いていた。
できるだけ自然に近い状態に思いそうしている。
▼さて、これらのうちいくつが「完熟」するだろう。
真ん丸で黒光りする「種子」をいくつ手に入れることができるだろう?
10/20に大量に採集したフィールドには、まだいくつかはそのままにしている。
今週中に出かけて行って様子を確認したい。
▼「水栽培」をしているものがもうひとつあった。
花が咲いた後すぐに刈り倒された花茎を拾ってきて「水栽培」していた。
それらのほとんどは花茎は腐り、花茎の先端部のみになっていた。
子房部はまだ緑を残していた。
いくつかが割れて中から白い珠がむき出しになってきた。
これはなんだろう?
種の赤ちゃん?(゚_。)?(。_゚)?
私にはわからない。

「日本のヒガンバナは何年間に一度のサイクルで「自然結実」する。」
というシロウトならではの私の「作業仮説」は立証できるだろうか。
この後の展開が楽しみである。
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【Web更新10/25】15-43 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

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赤まんま 坂の地蔵に 供えけり 15/10/24 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-43
週末定例更新のお知らせ
 天気図に縦縞があらわれ、「木枯らし一号」の声を聞けば冬への助走がはじまったのだろう。
2015年の週末定例更新も残り10回を切った。10月最後の更新である。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 赤まんま(イヌタデ)
 「赤まんま」名前を呼んでみるだけでもなつかしさがこみ上げてくるような草だ。
人里でもっとも馴染みの植物なのかも知れない。
 その割には花と意識してじっくりと観察したことがなかった。
今朝の散策ではルーペを持っていってみてみようと思う。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 近畿で「木枯らし1号」が吹いたのは昨年より2日早いという。
それにしてもやっぱり「ふしぎ!?」だ。
毎年同じころに同じように冷たい北風が吹く、このアタリマエ!!
このアタリマエには、私のまだ知らない「ルール」があるに違いない。
「ルール」をみつけるのと、「ルール」を使うためのテキスト。
それがWebテキスト『天気の変化』!!
道はまだまだ遠い!!だから道を楽しみながら歩みつづけたい。

◆【ヒガンバナ情報2015】 更新!!
 ヒガンバナ「自然結実」の季節だ。
「水栽培」にシフトした花茎は、「完熟」に達るだろうか?
今週中には、今年度5回目のスポットめぐりにも出かけたいものだ。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 「柿の種」は次回(10/29)で最終回だ。ちょこちょこと読んでいこうと思う。
11月の「理科教育」関連も楽しみだ。

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 あのジョロウグモは、今朝もまだ「卵のう」を覆い隠し死守するような姿のままであった。
いつまで…!?。これがいまいちばん気になることだ。
 やっぱり「クモ学」は面白い!!

さあ、10月最後の一週間がはじまる!!
今週はどんな「ふしぎ!?」に…


 

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あのジョロウグモが産卵した!! #クモ学

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▼居ない!!
一昨日(2015/10/23)まで、確かにそに居たあのジョロウグモの姿が見当たらない。
 8月の末からずっとそこにネットを張り居を構えてきていた彼女が居なくなったのだ。
もう2ヶ月近く毎日朝も昼も夜もつきあってきた。びっくりするほどお腹も大きくなってきていた。
私はいささか焦った。
その下の地面を、上のトタン屋根を、周囲をていねいにていねいに見回した。
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▼居た!!
ネットから離れること1mばかりのところに。トタン屋根のすみっこだ。
そこで彼女は産卵を終えていた!!
「卵のう」は、トタン板に張り付けられるように産まれた。
ムラサキの花びらようなものはなんだろう?(゚_。)?(。_゚)?
 産卵を終えた彼女は落ち着いていなかった。
産卵でエネルギーを使い果たしたのだろう。ふらふらだ!!
にもかかわらず周囲をウロウロしていた。
木の柱の裏面にまわりかじりつくような仕草をしている。お腹がすいているのだろうか?
また別の方向へも移動する。
もうふらふらだから、落下しそうになる。事実、落下もした。
辛うじて「安全糸」一本でぶらさがった状態にもなった。
なめらかなトタン板も「安全糸」一本でかなり離れた位置まで移動した。
なにをしているのだろう?(゚_。)?(。_゚)?
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▼後で屋根の端の方に移動したときの写真を見て私はやっとわかった!!
屋根の端に、ムラサキに変色したナイロンのひもがあった。
「卵のう」にはり付いた花びらのようなものは、このひもの切れ端だ。
彼女がふらふらのからだで、「卵のう」のまわりでなにをしていたのかがわかった!!
彼女は、自分の「卵のう」を隠そうとしていたのだ。隠すために「卵のう」を覆う資材を求めてウロウロしていたのだ。柱にかじりつくような仕草の意味も理解できた。
それは後にとった彼女の行動でもわかった。
昼頃になってやっと落ち着いた。
 覆う資材がなければしかたない、自分の身をもって覆うしかない!!
そんなつもりだっただろうか。
「卵のう」を保護するように姿勢をとった。それからは動かなくなってしまった。
夕方になってもそのままの態勢だった。
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▼昨夜の風は冷たく強かった!!
今朝も見に行ったらこのままの態勢でいた。
この後どうするのだろう?

来年の春にはこの「卵のう」から、子グモたちが出てきて「団居」をするのだろうか。
大空にバルーニングする姿もみられるだろうか。
楽しみである。
 いやその前に彼女はどうするのだろう。
その方が今は興味津々だ。

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上空では何が起こっているのだろうか!?

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▼でもやっぱり「ふしぎ!?」だ!!
わかっている人にとってはアタリマエすぎて、「今さら」の話なんだろう。
「38万㎞メートルも彼方の月が次の瞬間どう見えるか、何時何分にどう見えるかわかるのに、わずか10㎞ほどの距離の上空のことがわからない。天気がどう変化するのか正確にはまだ読めないなんて不思議だ!!」
 素朴すぎる「ふしぎ!?」だ。
 こんな身近な空間、上空で何が起こっているのだろうか!?
▼この上空=「大気の物理学実験室」で起こっていることは、我田引水になるが中学校理科のすべてを含んでいた。
・光
・音
・力
・圧力
・熱エネルギー
・気体
・原子・分子
・状態変化
・電気
・運動
・エネルギー保存則(位置エネルギー、運動エネルギー)
等々である。
 私の頭にあるのは、この程度の知識である。
 いやそれすら満足な状態ではない。(^^ゞポリポリ
しかし、これらを総動員してこの「ふしぎ!?」の謎解きをしたい。
▼この謎解きが暗礁にのりあげたとき、いつもひっぱり出して来て読むようにしている文章がある。
それは
◆『天気図の歴史ーストームモデルの発展史ー』(斎藤直輔著 東京堂出版 昭和57年2月25日初版
にあった。

  低気圧とはなんだろうか、一口でいえば寒暖両気からなるうず巻であろう。
我等の地球大気の中には、こうしたうず巻が存在できることを傾圧不安定理論も、数値シミュレーションもあるいは実験室内の流体を使った模型実験も教えてくれる。しかしやっぱり不思議な感じがする。それは偶然の産物としてはあまりにも美しく組織だっているし、秩序ある概念に統一されている。
 このささやかな歴史的回想の中で、私は約1世紀半の間に人々がストームについて、低気圧についてめぐらした考察のあとをたどってみた。そして多くのことを学んだが、雲をつくり雨を降らせ、風を巻いて過ぎ去ってゆく低気圧をやはり不思議に思う。(『天気図の歴史』「エピローグ」P211より)

▼私にとってこの謎解きの道は遠い。
道が遠いことは、それを「あきらめる」理由にはならない。

今日もいつもの「雲見」をつづけながら、上空に向けてつぶやいてみる。

「この上空で何が起こっているのか!?」

と。
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高層天気図で何がわかるのか!?

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▼いつもの「雲見」の空にまとまった雲が久しぶりに出現した。
「秋晴れ」は終わったかと思ったが、すぐまた青空が回復してきた。
どうやら、天気コトワザ
(13)日本晴れ三日続けば三日以内に雨となる
(17)四方に雲なきは三日の雨
は、今回の連続「移動性高気圧」には通用しないようだ。
「天気の変化」読み取る万能ツールはなかなかない。
▼高層天気図もしかりであった。
しかし、あきらめない!!
高層天気図の面白さみつける作業はつづけてみよう。
気圧、気温、湿数、上昇流・下降流等の他にもっとわかることはないのだろうか。

◆極東850hPa気温・風、700hPa上昇流/500hPa高度・渦度天気図(AXFE578)
( 12時間毎(00UTC,12UTC) )

には、「500hPa渦度」というのがあった。
そう上空の大気は渦を巻いているのだ!!縦縞の線の入ったところは「正の渦度」だという、そして「正」とは北半球では低気圧性(左巻き)かの渦巻きだという。
 ナルホド!!台風のところなど+の大きな数字が書いてある。
高気圧のところは-の数字が書いてある。
「上空の大気は渦を巻いている!!」
これを確認するだけでもけっこう面白い!!
▼別の高層天気図を見てみよう。

◆北太平洋300hPa高度・気温・風天気図(AUPN30)
( 12時間毎(00UTC,12UTC) )

 300hPaと言えば基準高度9600m、つまりおよそ10,000m=10㎞上空だ。
なんと言っても目立つのは風だ。
風速50mを超えるような猛烈な風が吹いている。
ジェット気流だ!!
コトバでは知っていても、実際に確認して見ると感動だ!!
「光は東から 天気は西から」も少し納得した気分になる。
▼繰り返す
「私たちは大気の海の底に暮らしている!!」
「私たちは大気の物理学実験室のなかに暮らしている!!」

「雲見」は、大気の海の底から深海魚が「海の世界」の見上げるようなものだ。
「海の世界」は渦巻いていたり、ものすごいスピードの流れがあったりすること知ることはとても面白いことなんでないだろうか。
 「大気の海の世界」には「ふしぎ!?」がいっぱいだ!!
 
高層天気図は、この「ふしぎ!?」の謎解きにきっとヒントを与えてくるものがあるはずだ。
やっぱり「高層天気図は面白い!!」言い続けてみようと思う。
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「秋晴れ」と高層天気図!!

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▼ついに今月に入って6枚目の「快晴」のもくもくシールを「雲見」カレンダーに貼った。
これまであまり気味だった「快晴」が一挙に消費されていく。
少しでも雲があれば、その雲のシールを貼るようにしてきたから「快晴」は残り気味だったのだが。
 雲のない「雲見」は、昨日も一日続いた。
 紅葉がはじまりつつある里山で作業続けながらも、何度も何度も上空をながめていた。
▼上空をながめながらお題目のように
「私たちは大気の海の底に暮らしている!!」
「私たちは大気の物理学実験室のなかに暮らしている!!」
と繰り返し唱えていた。
 お題目唱えるだけでは、ほんとうのことは見えてこない。
 しかし
 アリガタイことに、私たちは今すぐにこの「大気の物理学実験」のデータを手に入れることができる。
そのひとつが、
◆気象庁・高層天気図
である。
▼今年の春、ある研究会で「今、高層天気図が面白い!!」と報告した。
そしたら「何が面白いのか、さっぱりわからん!!」と評判が悪かった。(^^ゞポリポリ
「ナルホドこれでは面白さ伝わらないよな」と自分でも納得してしまった。
でもけっしてあきらめたわけではなかった。
「この面白さ伝えたい」という野望は続いていた。
自分でも繰り返し使ってみるところからはじめようと思っていた。
雲ひとつない「秋晴れ!!」
これは絶好のチャンスだと思った。
「高層天気図」と一口に言ってもいくつか種類があった。
今回最初に見たのは

◆アジア850hPa・700hPa高度・気温・風・湿数天気図(AUPQ78)
( 12時間毎(00UTC,12UTC) )

である。
これでわかるのは1500m(850hPa)、3000m(700hPa)上空の様子だ。
気温もさることながら、湿数(=気温-露点)に注目したい。
点々があるところは湿数<3℃のところだ。そこに雲はできやすいということだ。
私の暮らす上空にはそれはなかった。
「雲ひとつない」現象に納得だ!!
▼ぜひ見てみたい「高層天気図」がもうひとつあった。

◆極東850hPa気温・風、700hPa上昇流/500hPa高度・渦度天気図(AXFE578)
( 12時間毎(00UTC,12UTC) )

である。
ここで注目したいのは、700hPa上昇流だ。縦縞の線があるところは上昇流、白いところは下降流だ。
私の暮らす上空は白だ。つまり大気は下がっている!!
「下がると カラカラ」
が使える。
 ここでも、「雲ひとつない」現象は読めるのだ。

この実験データ(「高層天気図」)から、雲ひとつない「秋晴れ」という現象を読みとれるのである。

やっぱり高層天気図は面白いゾ!!
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ヒガンバナ「自然結実」の場所は年ごとに変わるのか!? #ヒガンバナ

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▼昨日(2015/10/20)は朝からヒガンバナ三昧の一日だった。
 まず朝一番にいつものヒガンバナ散策に出かけた。「自然結実」をするヒガンバナの点検だった。
毎日観察しているつもりなのに、すぐ見失ってしまう。花茎が枯れてしまうものも出てきたので、いくつかは採集してしまった。
 午前中にもうひとつ作業をした。それは、花が咲いた後すぐ切り倒されたビカンバナの花茎を回収してバケツにほり込んだいたが、バケツの水替えと整理だった。花茎の腐った部分は切って捨てた。
そしたら花茎の先端を残すだけがほとんどなってしまった。
このなかからひとつでも「完熟」するものが出てきたらラッキーだが…(^^ゞポリポリ
▼午後からは今年4度目のヒガンバナスポット巡りをした。
観察のボインは前回にひきつづき3つだった。
(1)葉の観察
(2)「自然結実」の観察
(3)「遅れん坊」の観察
なかでもいちばんの目的は、なんといっても「自然結実」するヒガンバナをみつけることにあった。
遠いところから巡った。
安富町→夢前町→福崎町の順番で行った。
 安富町は2013年に次々からと「自然結実」するヒガンバナをみつけた場所だ。完熟した種子を多数手に入れた場所である。昨年度はほとんどダメだった。今年はどうだろうと楽しみしていた。
 残念ながら今年もひとつとして見かけることはなかった。「葉の季節」へシフトし、「遅れん坊」だけが真っ赤に咲いていた。
 夢前町は、昨年度に高頻度で「自然結実」をみつけた場所だった。ごくごくアタリマエに「自然結実」を見ることができ、観察オフで訪ねた場所でもあった。ところが、今年はまったくダメだ!!
 かなりの時間ねばって最後の最後にひとつをみつけたのみだった。
▼この段階で私はかなりショックだった。
それは、昨年度までの結論である作業仮説
「ビカンバナは想像以上の高頻度で「自然結実」をする!!」
を取り消さなければならないからだ。
 なかばあきらめかけていたというのが正直なところだ。最後の望みのツナは福崎町だけだった。
 その場所で観察をはじめてすぐだった。いきなり「自然結実」する花茎をかたまりでみつけたのだ!!
他の多くの花茎は萎れて倒れている。ところが「自然結実」をしようとする花茎は緑を保っている。
だからみつけ出すことはいとも簡単である。直立したままのものも多い。
 完熟までこの場所において置くのは少し不安だったから、回収して家で「水栽培」することにした。
20個近くの花茎を採集した。
▼これはどう考えたらいいのだろうか?
年によって高頻度に「自然結実」するビガンバナをみつける場所が変わっている!!
ヒガンバナの側から言えば、
ヒガンバナは何年かに一度のサイクルで高頻度に「自然結実」を起こす!!
これは、シロウトが故のトンデモ仮説だろうか?
 この仮説を立証するためには多くの事例が必要だ。
 私も可能な限り観察を続けるつもりだが、ひとりでは限界がある。
多くの人の観察の眼がぜひとも必要だ。

私は、ここのところ人に会う度に、ヒガンバナ「自然結実」さがしを呼びかけている。
この時期こそチャンス!!
お彼岸の頃、あの赤い燃え立つ松明の行列を見た場所に行ってみて下さい!!
「自然結実」するヒガンバナをみつけることができるかも。
みつけたら私に教えて下さい!!

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2015年11月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼最大の「ふしぎ!?」は最も身近にある!!
は持論である。
 昨日はそれをより確信づける事実をみつけたのである。
「自然結実」するヒガンバナを我が家の庭でみつけたのである。これまでにも我が家の庭でクマムシ、ゲホウグモ、コガネグモ、コウガイビル等々と出会ってきていた。
 探し求めていたものを最も身近なところでみつける!!それはもはや常習化していた。
これも今年がはじめてではなかった。2013年にも、昨年にもみつけていた。
 我が家の庭のヒガンバナになにかが起こっているのだろうか?
「ふしぎ!?」だ!!
 こんなときはやっぱりあの人のコトバを使ってみたくなる。
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
▼あの人・寺田寅彦の遺してくれたものを読むオンライン「寅の日」の11月の計画をたてる時期だ。
今読んでいる「柿の種」を読んでいると、つくづく思う。
寅彦は「ふしぎ!?」をみつけだす天才だと。
 椿の花の落下、ガラス板のひび割れ、墨流し等々身のまわりに「ふしぎ!?」をみつけ、その謎解きやっていた。
 時空を超えて寅彦から学ぶことは尽きない。11月は2回ある。

■2015年11月オンライン「寅の日」
◆第112回オンライン「寅の日」 …11/10(火)
◆第113回オンライン「寅の日」 …11/22(日)

▼11月は【理科の部屋】の誕生月だ。
1993.11.23にスタートしたのだ。それにちなんで理科教育に関係するものを読みたいと思う。
寅彦はけっこうダイレクトに理科教育にも提言をしてくれていた。
●1918年(大正7) 「理科教育研究会」発足、月刊誌『理科教育』刊行
その『理科教育』に何度か。寄稿してくれていた。
 その1918年には「研究的態度の養成」を、それから10年経った1928年(昭和3)には「雑感」を寄稿してくれていた。今回はこの2つの提言を読んでみたいと思う。

■2015年11月オンライン「寅の日」

◆第112回オンライン「寅の日」 …11/10(火) 「研究的態度の養成」(青空文庫より)

◆第113回オンライン「寅の日」 …11/22(日) 「雑感」(『理科教育』青空文庫より)

▼あの人の90~100年前の提言は、「これから」の理科教育にどんなヒントを与えてくれるだろう。
これまでオンライン「寅の日」で、寅彦の書いたものを繰り返し読んできて強く思うのは

寅彦はいつも今日的である!!

ということだ。11月も時空を超えて寅彦から大いに学びたいものだ。

 今日は、庭の「自然結実」をよく観察してから、今年4度目のヒガンバナスポット巡りにでかけたいと思っている。
さて…


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【Web更新10/18】15-42 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

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秋晴れや ひと筋の道 みつけたり 15/10/17 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-42
週末定例更新のお知らせ
 歩くことをこころがけている。もともとは健康のためだったが、それだけでない。
車で通りすぎていたところも、歩いているとまったくちがう風景に見えてくる。めずらしいものをみつけたらすぐたちどまることもできる。面白いものだ!!
 さあ、今週はなにをみつけることができるかな。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ セイタカアワダチソウ
 一句はなかなか「もどき」の域を脱することができない。
でも興味は増すばかりだ。こんなすごい「自然」を読む方法はないと感心する。
 川べりに黄色いセイタカアワダチソウの行列ができている。ひとときのこと考えると少なくなっていると思うが、それでもこの行列は圧巻だ!!秋風まで黄色く染めてしまいそうだ。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 「雲見」ほど、いつでも誰でも簡単にできて面白く奥の深い「科学」はないと思う。
テキスタイルの道は遠い!!
 でも楽しい。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 「柿の種」を読んでいると、これぞ寅彦のblogと思えてくる。
すべての原基がここにあると読めてくるのだ。

さあ、新しい一週間がはじまる。
今週はなにをみつけることできるかな。o(^o^)o ワクワク

 


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ファラデーラボ「蛍光タンパク質のかがく」「手づくり顕微鏡のかがく」!!

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▼昨日もいつものようにヒガンバナ散策からはじめた。
今、散策道に少なくとも5個の「自然結実」をするヒガンバナの花茎を確認をしていた。
いつどの段階で「水栽培」にシフトすると迷っている。他の花茎は次々と枯れて倒れていっていた。
不思議と子房部が膨らんだ花茎は緑を保っていた。
 大賀ハス観察池定例観察日でもあった。蓮根の植え替えから29週目であった。
かろうじて緑を保っていた葉も枯れ始めた。もう生命の営みを終えつつあるのだろうか。
 どの段階で「生命体」でなくなるのだろう。
 そんな今さらのことばかりを考えていると、あの究極の「ふしぎ!?」が浮かんでくるのだった。
「生命とは何か?」
▼午後は久しぶりに
■第63回かがくカフェ「蛍光タンパク質のかがく」
 に参加させてもらった。
 豪華な3部構成だった。
今回は私には、とてもタイミングよく究極の「ふしぎ!?」=「生命とは何か?」に対応するものだった。


◆<第1部> 「蛍光タンパク質のかがく」  
~緑色に光るオワンクラゲのタンパク質を試験管の中で作る~

 うれしいことに中学校での実践検討であった。それに私にはアリガタイことに根っこところからの話になった。
・生命とタンパク質?
・そもそもタンパク質とは何か?
・DNA→RNA→タンパク質 ?(゚_。)?(。_゚)?
・生命はどのようにツナガルのか?
・遺伝とは?
 自慢気に言うことではないが、私にはこの謎解きをするための基礎知識が不足していた。
勉強不足!!でもやっぱり「ふしぎ!?」だ。
実験をさせてもらいながらいろいろ教えてもらったのはアリガタかった。
▼第2部も大いに第1部とツナガッテいた。

<第2部> 「手づくり顕微鏡のかがく」 
400前の望遠鏡の発明で「宇宙」の謎解きは飛躍的にすすんだ。
同様に「生命」の謎解きは顕微鏡の発明で一挙にすすんだ。
そんな元祖顕微鏡を手づくりしながら、最先端のICT機器活用とリンクしていく取り組みはとても興味深かかった。
 フックはこの顕微鏡で最初にミクロの世界をのぞいたとき、大いに感動し、回りものをのぞきまくったことだろう。
そして「こんなものが見えた!!」とスケッチし人に伝えたかっただろう。
また、そうしただろう。
 今だって同じだ!!誰だって未知の世界に出会ったら、自分で楽しむだけでなく人に伝えたくなるんだ。
そうして「謎解き」=「科学」は進化してきた。
 人に伝えるツールだって進化する。
「よりきれいに」「よりわかりやすく」伝えたいその気持ちは今も昔もかわらない。
 今やごくふつうの日常になりつつある最先端のICT機器を活用するというのはきわめて自然な流れだ。
学校現場では克服すべき課題があることは認めるが、だからと言ってこの「流れ」はとめることができないだろう。
体験させてもらってよくわかった。
とても面白いし、なにより楽しい!!
のだから…。
▼第3部 これもまた楽しかった。
「日本列島の歴史3億年の岩石実物図鑑」
「生命支える物質 タンパク質」(実験ニンヒドリン反応)
「学習のルール・ノートの書き方など」
「驚異のクモの巣」
等々とても充実した「かがくカフェ」であった。
また手づくりの夕食までごちそうになってしまった。
深謝<(_ _)>

盛りだくさんの内容をポンコツ頭が理解するには、今しばらくの反芻作業が必要なようだ。
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本日(2015/10/17)、第110回オンライン「寅の日」!!#traday

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▼昨日(2015/10/16)は正真正銘の「秋晴れ」であった。
雲ひとつ無い青空が広がっていた。朝方だけかと思っていたら、そうではなかった。
昼になってもどの方向にも雲ひとつ出現しなかった。まさかまさかと思っているあいだについに日が暮れてしまった。
 終日の「青空」をながめながらあの人のことを思いだしていた。
 誰も一度は抱く「ふしぎ!?」=「空はなぜ青いのか?」。
その不思議の謎解きをやったのは科学者レイリーだった。(レイリー散乱)
そのレイリーを自らの科学研究を重ねあわせながら熱く語ったのは寅彦だった。(「レ-リー卿」)
▼本日(2015/10/17)は、その寅彦を読むオンライン「寅の日」だ。
第110回目である。
 本日読むのは、9月末から続けている「柿の種」だ。
昭和6年(1931)から最晩年の昭和10年(1935)の部分について読む。
ちなみに先の「レーリー卿」は昭和5年(1930)に書いている。

◆本日(2015/10/17)、第110回オンライン「寅の日」!!

●「柿の種」(3)

▼このころ「寺田物理学」は完熟期に入っていたのだろうか。
実に面白い「覚え書き」をみつけることができる。
「椿の花の落下実験」にツナガル!!

今朝も庭の椿(つばき)が一輪落ちていた。
 調べてみると、一度うつ向きに落ちたのが反転して仰向きになったことが花粉の痕跡からわかる。
 測定をして手帳に書きつけた。
 このあいだ、植物学者に会ったとき、椿の花が仰向きに落ちるわけを、だれか研究した人があるか、と聞いてみたが、たぶんないだろうということであった。
 花が樹にくっついている間は植物学の問題になるが、樹をはなれた瞬間から以後の事柄は問題にならぬそうである。
 学問というものはどうも窮屈なものである。
 落ちた花の花粉が落ちない花の受胎に参与する事もありはしないか。
「落ちざまに虻(あぶ)を伏せたる椿哉」という先生の句が、実景であったか空想であったか、というような議論にいくぶん参考になる結果が、そのうちに得られるだろうと思っている。
 明日は金曜だからまた連句を進行させよう。
(昭和六年五月、渋柿)

またまたこちらまでワクワクしてくるような実験もやっていた。

僕はこのごろ、ガラス枚を、鋼鉄の球で衝撃して、割れ目をこしらえて、その割れ方を調べている。 はなはだばかげたことのようであるが、やってみるとなかなかおもしろいものである。  (中略) それを当てたらなんの役に立つかと聞かれると少し困るが、しかし、この話が、何か君の俳諧哲学の参考にならば幸いである。  今まで、まだやっと二、三百枚のガラス板しかこわしていないが、少なくも二、三千枚ぐらいはこわしてみなければなるまいと思っている。

粟(あわ)一粒秋三界を蔵しけり
(昭和六年十一月、渋柿)

等々である。楽屋裏話と言うより、こちらの方が「真実」に近いのではないかと思うぐらいである。
▼寅彦の観察眼はするどい!!
寅彦の人間観察の文章は特に面白い。
観察対象は人間だけでなかった。修羅万象すべてが「観察」し、「科学する」対象だったようだ。
 このころ寅彦は、実に多くの「映画」を見たようだ。
「映画」だけでない、音楽会、観劇等々にもよく出かけたようだ。自らも絵を描き、俳句、連句を詠み文学・哲学を語り、科学論文を書いていた。
まさに
 科学は文化である!!
をごくごくアタリマエに体現していた。
 ちがう角度からみると、またちがった「掘り出し物」がみつかるかも知れない。

次回は「短章 その二」を読みたい。
さあ、今日も「青空」が広がるのだろうか? 
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ついに『世界気象カレンダー2016』が届いた\(^O^)/

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▼私は、「雲見」定点観測地のすぐそばの屋内に古びた机をひとつおき、そこを観測「基地」のようにしている。
観測用具、カメラ、関連書籍などもその机の上に置いている。
 例の「雲見」カレンダーも、そこの壁に貼っている。
机の真正面の壁には、今年もっとも「お気に入り」になった『世界気象カレンダー』を架けている。
 机の真ん前だから、机に座るたびにそれを目にする。
それは、毎日という程度はなかった。
一日に何回も何回もだ。
 だから、このカレンダーの写真が目に焼き付くようになった。
今年からこのようにして、益々このカレンダーが気に入ってしまった。
2016年版ができたと聞いて、さっそく発注しワクワクしながら待っていた。
やっと一昨日それが届いた\(^O^)/

●『世界気象カレンダー2016』

▼【お薦め本】風に「お気に入り」ボインと3つあげると次のようになる。

(1) 写真が美しく、インパクトがある!! 

(2) 毎月、気象研究最前線からの報告がある!!

(3) 資料・観測データが豊富である!!

▼もう少しだけくわしく書いてみる。
(1) 写真が美しく、インパクトがある!! 
 表紙の写真は武田康男さんの「雲の上の富士山」だ。初日の出フライトで飛行機から撮られたものだ。
地上よりも10分も早い、「日本一早い初日の出」だ。あの「写真展」でも衝撃を受けた一枚だ。
 毎月の写真もすばらしい。美しいだけでなくインパクトがある。
それでいて飽きない。(2015年版がそうだから、きっと…)

(2) 毎月、気象研究最前線からの報告がある!!
 毎月の執筆陣は、今、気象研究最前線で活躍する研究者たちである。それだけに今最も注目に値する情報を知ることができる。アリガタイ!!
 正直言ってなんでもゆっくりなシロウトの私には、これを一読するぐらいでは何のことが書いてあるのかチンプンカンプンだ?(゚_。)?(。_゚)?
 ところが、カレンダーだから一ヶ月間、繰り返し繰り返しつき合っていると段々面白くなってくる。
これは不思議だ。ときには、そこから派生して自分でもう少しくわしく調べてみようという気になってくる。
 2015年は、何回かそんなことがあった。
 そういう意味では、新しい学びのきっかけにもなる。
▼最後の3つ目。
(3) 資料・観測データが豊富である!!
 このカレンダーには、実に多くの興味深い資料・観測データが記載されている。
例えば「2014年の顕著な異常気象・気象災害の概況」等である。
だから、ふつうのカレンダーのように、その年に使ってしまえばそれで終わりにしてしまうのはモッタイナイ。
 このカレンダーはすぐれた「気象年鑑」にもなっているのだ。
蓄積データとして保存しておきたい。「つくり」もそのように配慮されているようだ。

使いはじめるのが楽しみだ。
それまでは、2015版と一緒に「表紙」を机の前にならべておこう。(^^)V
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「秋晴れ」を科学する!!

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▼「秋晴れ」とはこんな天気を意味するのだろう。
いつもの「雲見」定点観測地に立って四方を見回した。
どこにも雲ひとつなかった。
もくもくシールの「快晴」を貼るときだった。いつもは十種雲形のうちのいくつもが、同時に空にあって迷ってしまうのに、こんなときはほんとうにまれだ。
 とは言っても10月に入ってからは3回目だ。
あまってしまっている「快晴」シール、この際連続して使ってしまえたらうれしいな。
▼例の10月「天気コトワザ」28個。
きっと「秋晴れ」のコトバを含むものたくさんあるのだろうと思ったらそうでもなかった。
ダイレクトに出てくるのはたったひとつだった。

(6)秋晴に夏の湿り

 強いて「秋晴れ」=「日本晴れ」と読めばもうひとつあった。

(13)日本晴れ三日続けば三日以内に雨となる


「(6)秋晴に夏の湿り」のなるほどとなかなか合点のいくコトワザである。
屋外が秋晴れのときは、室内には「夏の湿り」がこもっている、と言うのである。
 特にタンスや押し入れなどに湿り(水蒸気)がこもっているから、衣類などカビがくることもあるから、虫干しなどしなさいよ意味も含んでいるらしい。ナルホド(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン
「(13)日本晴れ三日続けば三日以内に雨となる}の方は、「移動性高気圧」と「温帯低気圧」が、一週間ぐらいのサイクルで西からやって来るよ、という意味だ。
 10月に入ってからの天気の変化を見ていると、少し「移動性高気圧」の方が目立つが、なかなか的を射てることは確かだ。
 こうしてみると2つともけっこう使いモノになる可能性があるな。
▼次に「天気図」でこの「移動性高気圧」を確認してみた。
ナルホドだ。
「秋晴れ」の正体が「移動性高気圧」であることがよくわかる。
さらに
◆高層天気図(気象庁)
で上空のようすを見てみる。
 850hPa面(1500m上空)、700hPa面(3000m上空)でもWET AREA(湿数=気温-露点<3℃)はなかった。
雲がないわけもこれでわかると言うものだ。
▼では「秋晴れ」の空の大気はどう動いているのだろう。
ここでは、やっぱり天気万能コトワザ
「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」
だ。
 大気は下がってきているのだ!!
 「秋晴れ」に少し雲が出現しだした。そしたら「上がると ザアザア」だ。
いつでもどこでも呪文のように唱えてみよう。
 期間限定万能コトワザがあった。
「光は東から 天気は西から」
「移動性高気圧」「温帯低気圧」は西からやってくるのだ。
使うのは今だ!!

今朝も放射冷却がスゴイ!!
「秋晴れ」が楽しめそうだ。楽しみついでに少しだけ科学してみようかな。
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【お薦め本】『うそから出たまこと』(庄司和晃著 国土社)

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▼昨日も「雲見」三昧の一日であった。
「雲見」はいくらやっても飽きないものだ。同じ一日でも朝と夕方とではまったくちがっていた。
と言うより刻々と表情が変わっていた。
 そんな「雲見」と竹藪での作業を続けながら、「天気コトワザ」のことを考え続けていた。
▼やっぱり「天気コトワザ」は面白い。
「天気コトワザ」は「常民の科学」の典型である!!
と思っていた。
 「常民の科学」は私の勝手な造語である。
 若い頃、自らの浅学無知を省みることなく、「「常民の科学」を授業に」と唱えていた。
そんなとき、あたたかいエールを送りつづけてくれる人がいた。
庄司和晃先生である。
  いつの日か、庄司先生に直接お会いしてお話しをしたいと願い続けていた。
2013.4.13。多くの人にお世話になって、その願いは実現した。
私のトンデモ質問にひとつひとつていねいに答えてくださった。
 うれしかった!!感動であった!!もっともっとお訊きしたいと思った。
 今度お会いするときは、この「天気コトワザ」のことについてお訊きしたいと思っていた。
それは庄司先生が、ずっと以前からコトワザ教育を推進してきておられたからだ。
なのに
今年の5月。先生の訃報を聞くことになってしまった。
哀しい!!さみしい!!残念だ!!
 もう一度お会いしてお訊ねするつもりで、この本を本棚からひっぱり出してきた。

◆『うそから出たまこと~常識より科学へ3~』(庄司和晃著 国土社 1973.8.25)

▼やっぱりそうだった!!
「天気コトワザ」のこれからを考えるヒントがいっぱい詰まっていた。
例によってお薦めポイント3つを最初にあげておく。

(1) コトワザと「科学」の関係がわかりやすく述べている!!
(2) コトワザ活用のすすめ!!
(3) 「コトワザづくり」の提唱!!

まず
(1) コトワザと「科学」の関係がわかりやすく述べている!!
 庄司先生のコトバはいつもわかりやすく面白い。
 ダイレクトで示唆的だ。コトワザと「科学」の関係ついてもはっきりとていねいに語っておられた。

 コトワザは科学でしょうか。
 科学ではありません。一面において科学とつながりはありますが、科学上の法則ではないのです。
コトワザは経験上の知識であり、生活上の指針なのです。それに、科学は体系的な性格をもっていますが、コトワザはばらばらな性格です。(同書P11)

さらに
 つまり、コトワザは、科学の世界と経験(常識)の世界との中間にある世界なのだといえるわけです。一方では、科学の法則に似た論理(筋)的なものがとらえられており、他方では、経験の世界の感性的なものと結びついています。感性的論理なのです。頭の中で絵のように思い浮かべることのできる論理なのです。(同書P14)

 私は「常民の科学」だと思い、庄司先生は「科学」ではないと言っているわけですから、ちがうことを言っているわけですが、この説明に妙に納得がいくのです。
▼2つめに行きます。
(2) コトワザ活用のすすめ!!
 どんなコトワザも使わなければ意味ありません。
使いモノになってこそ、コトワザとしての意義あるのです。
では、どのように使っていくか。そのあたりを実にうまく語っておられます。

 表現のおもしろさにひかれて、コトワザをおぼえ、少しぐらい本意とずれていても生活のなかで使い出すというのは、コトワザが鑑賞品であるとともに実用品だからです。
 この段階のコトワザの習得を「一時預かり」と呼んでおきましょう。
 一時預かりのコトワザは鍛えられていきます。ある時は生半可に使って修正され、ある時はその意味を知ってなるほどと合点し、またある時は友だちとの議論の中で使って効果を発し、またある時はおとなをコトワザでからかって怒られ、そしてある時はうまく表現したものだと鑑賞し、というふうにして、だんだん自分のものになっていきます。コトワザが一時預かりの地位をこえて、頭の中に住みつきはじめたのです。(同書P36)

 ミゴトです!!
 このほかにも、例の「のぼりおり認識論」を駆使してコトワザ活用の具体例が説かれています。
最高の「コトワザ活用のすすめ」がここにあります。

最後に「これから」にもっとも示唆的なことが出てきます。
(3) 「コトワザづくり」の提唱!!
 コトワザ活用教育の究極のかたちとして、「コトワザづくり」を提唱しておられます。
そして、その実践も報告されています。
 その意義を次のように述べられています。

 コトワザづくりの効験としてはつぎのことをあげることができます。
① 人生の批評眼が育つ。
② 筋(道理・論理・法則的な事柄)の見つけ方がうまくなる。
③ 比喩なりたとえなりがじょうずになる。
④ ふつうの何気ない事象から、ある意味をかぎとる力ができる。(つまり客観的事象と生き方とを結びつける発見力が生まれる。)
⑤ 名言見つけが向上する。
⑥ 言語技術力(たとえば、題目つくりなど)が進歩する。
つまるところ、自分の言葉を持つようになるということです。(同書P88)

 私が特に注目したいのは②と④それに最後の「自分の言葉を持つようになる」と言うところだ。
やっぱり、私は「天気コトワザ」は「科学」であると言いたいな!!
そして、あらたな「天気コトワザ」づくりは、「私の科学」への道である。
と言いたいな。 
 そんなふうに言ったら庄司先生はどうおっしゃるかな?

 さあ、今日も「雲見」三昧でいこう。
そして「天気コトワザ」使ってみよう。
ピッタリくるのがなかったらつくってみようかな!!
「急がば回れ!!」
「ゆっくり急げ!!」
でいこう。 
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「雲見」と使える「天気コトワザ」!?

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▼朝日があたるコスモス畑はほんとうにきれいだった。
空には雲ひとつない「雲見」だった。
「よし!、今日の午後は屋外で作業だ!!」と決めた。
ところが作業にかかる頃になると、雲行きが怪しくなってきた。
ついにはパラパラと雨まで降ってきた。
「雲見」をしながら、迷いに迷ったが決行した。
そしたら夕方になって再び青空が回復してきた。
▼昨日の「雲見」をふりかえにながら、あらためて
◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)
から引用させてもらった28個の「天気コトワザ」をながめてみた。

(1)朝窓には雨が降る
(2)秋タンポポの花咲く年は雪が浅い
(3)朝露が降りると晴
(4)熊、初秋に出ると雪が早い
(5)三味、太鼓の音の濁るのは雨の兆し
(6)秋晴に夏の湿り
(7)男心に秋の空
(8)秋の夕焼は鎌を磨いて待て
(9)柿の実の多い年は寒気はげしい
(10)日がさ月がさが出ると雨
(11)秋雨は涼しくなれば晴れる
(12)ひと雨1度
(13)日本晴れ三日続けば三日以内に雨となる
(14)秋の日は釣瓶落し
(15)竹の葉から露が落ちると晴
(16)柿の葉の早落ちは早雪の兆し
(17)四方に雲なきは三日の雨
(18)返り咲きの花の多い年は霜も雪もおそい
(19)朝焼けは三日ともたぬ
(20)雲足丑寅の方へ行く時には雨、未申の方へ行く時は強い雨降る
(21)出雲は天気、入雲は雨
(22)落葉早ければ雪が早い
(23)秋に雨が降ればネコの顔が三尺になる
(24)渡り鳥早き年は雪多し
(25)秋の霞は三〇日以内に大雪となる
(26)東風吹けば雨
(27)落葉前に雪がくれば雪が少ない
(28)朝日天を焦がすごとく赤ければ大風

▼昨日の天気の変化で使えたのはどれだろう?
(3)朝露が降りると晴
朝露はたしかに、けっこう目立っていた。記憶に残るほどだ。
現に朝方の「雲見」でアタリ!!だ。
(7)男心に秋の空
「男心」とするか「女心」とするかは\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
これはあてはまっていたかも。
(8)秋の夕焼は鎌を磨いて待て
これが面白い!!実は一昨日しばらく使っていなかったチェーンソーを整備点検して待ち構えたのだ。
やっぱり昔から同じだったなと納得だ!!
(9)柿の実の多い年は寒気はげしい
今年は、ほんと柿が鈴生りだ。確かに寒くなるのが早い感じがする。
(12)ひと雨1度
その点、これはとても有効な気がする。
10月に入ってから雨がとても少ないような気がするが…。
作業は午後5時までとした。
それは、ここのところ日々
(14)秋の日は釣瓶落し
を実感してきているからだ。
▼「天気コトワザ」は使ってナンボのものだ。
「使いモノ」にならなければ、消えていくのみだ。それは仕方ないこと。

 しかし、今からも「使いモノ」になるのに消えゆくままにしておくのはモッタイナイ!!

有効活用の道はないものだろうか。
そんなこと考えながら、今日も「雲見」をつづけてみようと思う。
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【Web更新10/11】15-41 【ヒガンバナ情報2015】 等更新!!

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溝蕎麦や 湧き水ありか 教えたり 15/10/10 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-41
週末定例更新のお知らせ
 秋が深まってきた。
「秋の日はつるべ落とし」だ。
新しい一日のタイムテーブルに更新しなければと思いつつ日が過ぎていく。
do it リストもあまり欲張らないにしなければ…。
ゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 溝蕎麦(ミゾソバ)
 前の土手の思わぬところにミゾソバをみつけた。
その花はお気に入りの花の一つだ。金平糖のようなかたちがなんともかわいい。
色も白からピンクへのグラデーションが愛おしさを増す。
 水辺に咲く花のはずが、どうしてこんなところに!?
ここに「水の流れ」があることを教えてくれているようだった。

◆【ヒガンバナ情報2015】 更新!!
 ヒガンバナの「ふしぎ!?」は膨らむばかり。
 当分「ヒガンバナばっかり病」は続きそうである。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 今読んでいる「柿の種」は、いっきょに読んでしまうよりときどき間歇的に読む方が面白そうだ。
そう言えば寅彦自身もそのように語っていた。

この書の読者への著者の願いは、なるべく心の忙(せわ)しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたいという事である。

と。

今週中にはタイムテーブルの更新をしようと決意する。
さて…

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ヒガンバナ「自然結実」捜し、「水栽培」にシフトする!! #ヒガンバナ

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「再現性」!!
それは「科学」にとって命だった。
 いつでもどこで誰がやっても可能なこと、それだけが「科学」として認められる。
異論のないところだ。
 私はわずかな自らの体験から
「日本のヒガンバナも、想像以上の高頻度で「自然結実」する!!」
を「科学」にしたかった。
 さすがにこの場合には「いつでも」という訳にはいかないだろうが。
でも「どこで誰がやっても」という事実が欲しかった。
だから、私はどうしても呼びかけたい。
「自然結実」捜しを。
▼あの感覚!!
「究極のクリップモーター」回しをやっているとき、誰かひとりが「回った!!」と叫ぶと、次々と堰を切ったように、あちらでもこちらでも「回った!!回った!!」の合唱がおこる。
【立春の卵】の場合もそうだった。ひとりが「立った!!」と言い始めると、それを目の当たりに見た者は不思議とすぐ立てることができるようになるのである。
これまでの半信半疑が「科学」になる瞬間だ!!
あの瞬間の感覚が今欲しいのだ。
▼と言いながらも、私のなかにもまだ「半信半疑」が残っていた。
なるほど2013年、2014年と連続して、複数の場所で「自然結実」を観察し、種子を手に入れていた。
幸い種子の「発芽」「発根」にも成功し、葉を見るところまできている。
でもやっぱり、「たまたま…」の思いが残っていた。
だから、今年もどうしても「自然結実」をこの眼で確認したかった。
そして「発芽」の再現性を確保したいと思っていた。
 一昨日(2015/10/09)のヒガンバナスポット巡りで、「自然結実」の可能性のありそうな花茎をいくらか採集してきた。それらを、水を入れたペットボトルにさし込んだ。
「水栽培」にシフトしたのである。
▼その前に、もう一種類同様に「水栽培」にシフトしたものがあった。
9月25日に切り倒され、それを未練たらしく回収してきてバケツにほり込んでいた花茎の束があった。
そのなかから元気のよさそうなのを選んで、10月7日より「水栽培」に入っていた。
このなかから「完熟」するまで行くものが出てくるだろうか。
不安でもあり、楽しみでもあった!!
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大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから28週目だった。
水に浸かった葉は腐りかけていた。考えてみるとこの大賀ハスも、64年前の春までは検見川の泥炭層のなかに眠っていた1個の種子にすぎなかったのだ。
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今年3度目のヒガンバナスポット巡りをして #ヒガンバナ

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▼私にはどうしようもない持病があった。
「ばっかり病」である。
 ひとつのことにこだわりはじめると自分でもどうしようもなくそのことばかりが気になって夢中になってしまいコントロールが効かなくなってしまう。
今は、「ヒガンバナばっかり病」である!!
 世間ではとっくにヒガンバナの季節は終わり、全国の有名なヒガンバナスポットへ足を運ぶ人も少なくなっているのではないだろうか。
 ところが私の「ヒガンバナばっかり病」はますます重篤化するばかりである。
こまったものだ。(^^ゞポリポリ
▼昨日(2015/10/09)、今年3度目の私のヒガンバナスポット巡りに出かけてきた。
観察したいものは3つだった。
(1) 葉の観察
(2) 「自然結実」の観察
(3) 「遅れん坊」ヒガンバナの観察
 確かにもうあの燃え立つ赤い松明の行列は消えていた。
今も立つ花茎の姿は哀れとも見えないことはない。
花茎の足元をみると青々とした葉が元気だ。
「葉の季節」へシフトしていた。花茎の足元だけでない。その周辺はぎっしりとはがのびてきていた。
今年花茎をのばさなかった球根(鱗茎)もいっぱいあるんだ。
 今年花茎を伸ばして花を咲かせるかどうかは、いつどのようにして決めたんだろう?
どかこかに「臨界点」があるのだろうか?
「ふしぎ!?」だ!!
▼やはり観察の本命は「自然結実」しているものを捜すことだった。
ここ数年の体験にすぎないが、「自然結実」捜しはもう少し後と思っていた。
 しかし、今年は少しちがうような気がする。
お彼岸を過ぎてから寒くなるが早いような気がする。
花茎の先の子房部は黄色く縮みはじめていた。
むしろ刈り倒された花茎の先の子房部の方が膨らんでいるような気がする。
前から、こう想像していた。
ある時点で花茎、子房部の栄養は球根に回収し、貯め込む。
あのチューリップが花が咲き終わった後、すぐさま花を刈り取ってしまう。
ジャガイモの花が咲いたら摘み取る。
それ等と同じ理屈だ。
では、ヒガンバナの場合自分でいつどの段階ではじめるのだろう。
「自然結実」したのものを手に入れるためにはいつ花茎を切り取り、「水栽培」にシフトするほうがいいのだろう?
私は、まだそれを知らない。
▼「遅れん坊」は、この段階ではいっぱい咲いていた。
でも、どうして同じ株のなかでもこんな「遅れん坊」が出てくるんだろう。
遅れてでもいい、葉を出さずに花茎を伸ばしてきたのはどうしてだろう?
「ふしぎ!?」だ。

「ふしぎ!?」は同じところを堂々めぐりをしているような気がする。
観察すればするほど「ふしぎ!?」は膨らみ、「ばっかり病」は重篤化していくようだ。
かくなるうえは持病を楽しむしかないか。(^^)V
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実生ヒガンバナの葉は順調に伸びてきた!! #ヒガンバナ

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「日本のヒガンバナは3倍体であり、種子をつくり殖えることはない。」
これが定説になっていた。
でもやっぱり「ふしぎ!?」だ。
「あんなりっぱな花をたくさん咲かせるのに…」「なかにはかわりだねがいて…」
これが定説になるまでにも、なった後にも多くの人がこの「ふしぎ!?」に挑戦していた。
その「歴史」については次の文献がとても参考になる。

◆ヒガンバナの民俗・文化誌Ⅱ (書籍『ヒガンバナの博物誌』(栗田子郎著 研成社 1998.9.1))

こんなのがオンラインですぐ読めるようになっているなんてアリガタイ!!
あらためて栗田子郎先生に深謝!!
▼私もこの「ふしぎ!?」にずっと挑戦してみたかった。
そして、ついにその機会がやってきた。
2014年にいくつもの「自然結実」したヒガンバナの種子を手に入れた。
そのうち3つについて、この春「発芽」(発根)に成功した。
それは、コヒガンバナの場合と同様に小さな小さな球根(鱗茎)をつくった。
▼それを、ひとつひとつ別々の植木鉢の土に埋めた。
それがこの秋に葉をだしてきた。
その3ついずれもから葉が顔を出してきた。
葉がでてきた順番に仮の記号をつけてみた「実生ヒガンバナ2014a-c」と。
昨日(2015/10/08)の段階で
・実生ヒガンバナ2014a…5.5㎝
・実生ヒガンバナ2014b…2.5㎝
・実生ヒガンバナ2014c…1.5㎝
と伸びてきた。
▼実生ヒガンバナ2014aは虫にかじられたようになった。
なんという虫だったんだろう?
このまま成長しつづけてくれるだろうか、少し不安だ。
屋外の方がいいのか、それとも屋内の明るいところがいいのか?
水はどの程度与えてやれば…。
いろいろ試行錯誤の連続だ。
どこまで葉のびるのだろう?
枯れ始めるのはいつごろだろう?

「ふしぎ!?」の謎解きはいつもワクワクドキドキの連続だ!!
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(Ⅱ)

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今年も「自然結実」するヒガンバナ発見か!? #ヒガンバナ

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▼今年も「自然結実」するヒガンバナを捜していた。
昨日の朝もいつものヒガンバナ散策コースを歩いていた。
このコースは、昨年度「自然結実」するヒガンバナをごくごくアタリマエにみつけることができた場所でもあった。
 例年ヒガンバナの初見をする場所でもあった。だから、他の場所より少し早めに「葉の季節」にシフトしていた。
「自然結実」の方はどうだろうと注意深く観察しながら歩いてみた。
あった!!
子房部が異様に脹らんでいた。
ひとつではない、この状態のものは最低3つは発見できた。
▼これまで、2013年、2014年と連続して「自然結実」するヒガンバナを複数の場所でみつけていた。
昨年度の段階でひとつの結論に達していた。
それは

「想像以上の頻度でヒガンバナの「自然結実」は起こっている」

ということだった。
 では、どうして今まであまりみつけることができなかったのだろう?
2つのことが考えられる。

(1) 誰も「自然結実」する時期に捜そうとしなかった。
(2) ヒガンバナになんらかの変異が起こり、「自然結実」しやすい株が増えている。

▼この作業仮説をより確実なものにするためにもどうしても、いろんな場所で多くの人の「発見」報告を聞きたいと思っていた。
 ネットを通して多くの人に

◆ 「自然結実」するヒガンバナを捜そう!!

呼びかけたいと思っていた。
少し迷うことがあった。
それは呼びかける時期だ。私は、自分自身の体験から、「自然結実」をみつけやすいのは
10月下旬~11月上旬
と思っていた。
 しかし、昨日の観察からもう少しはやめてもいいのではないかと思いだした。

この週末には、ぜひあなたのヒガンバナスポットへ!!

▼多数の「自然結実」ヒガンバナを昨年みつけることができたその場所にとても残念なことが起こっていた。
花が咲き終わった後、花茎が刈り倒されていたのだ。(2015/09/25ごろ)
 私は、未練たらしく倒れた花茎を持ち帰り水を張ったバケツに突っ込んでいた。
ここから、「自然結実」するものをみつけることはできないだろうか。
元気よさそうなのを、水を入れたペットボトルに移し、花茎の「水栽培」をやってみることにした。
しばらく観察してみよう。
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実生「コヒガンバナ」物語の今!! #ヒガンバナ

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▼連日のノーベル賞受賞のニュースがなぜか他人事ながらうれしい!!
それぞれの受賞者の「私の科学」に刺激を受ける。
 私自身の「私の科学」に比べれば、レベルも規模もまったくちがう。
でもやっぱり 「ふしぎ!?」の謎解きは面白い ということでは共通している気がする。
 昨日(2015/10/06)、種から育てている実生「コヒガンバナ」を観察しながら、少しこれまでの研究の流れをまとめて置きたいと思いだした。
 まず昨日の現況から、49個の小さな球根のうち、40個から葉が出てきた!!
長い葉で優に10㎝を越えている。
 ひとつだけ球根が顔を出しているものからは、2つめの葉が伸びてきている。
▼そもそも話からはじめよう。
 かねてより私は、種子で殖えることもできる「コヒガンバナ」の種子を手に入れたかった。
それを手に入れて自分の手で育ててみたかった。
「2倍体」を自分の手と眼で実感してみたかったのだ。
その幸運は突然やってきた。
【2014年10月26日】
 理科の研究会の場でY先生から、「これが、コヒガンバナの種子!!」と大量に分けていただいた。
その後、同じ「ふしぎ!?」を追いかける友人に少しだけ「おすそ分け」して、私の手元に51個の種子が手元と残った。それを私は、水で湿らせたティシュと一緒にチャック付きナイロン袋のなかにいれ保存した。
▼今年の春までそのままであった。
【2015年4月】
 「発芽」の気配のある種子が出てきたので、51個の種子を「土ポット」と密閉できて、濡れたティシュを敷いた「育苗ケース」(勝手にそう呼んでいるだけ、100円ショップ入手)に入れた。
最終的に51個のうち49個が「発芽」した。これを「発芽」と呼ぶのか、私は知らない。
根が出てきたのだ。緑の部分があるものの、その根の一部が膨らみはじめた。
小さな小さな球根(鱗茎)ができはじめたのだ。49個のうち、42個を小さな種蒔き植木鉢に移した。
使用した土は市販の「種蒔き土」である。
7個については土ポットに入れたままにして置いた。
【2015年9月】
土の中に眠っていた小さな球根から葉が伸び出して、今日にいたる。
これがきわめて大雑把なこれまでの実生「コヒガンバナ」物語のあらすじである。
この後、どのように展開していくのかは未知である。
葉はどこまでのびるか?
葉は今年は一枚だけなのか?
そして葉はいつかれるのか?
根はどうだろう?
球根は大きくふくらんでいくだろうか?
何年これを繰り返せば花茎が伸びてきて花を咲かせるだろう?
そこまでたどり着けるだろうか?
すべてが未知だった。
だから面白い!! とも言える

【2014年10月26日】
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【2015年4月】
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【Web更新10/4】15-40 Webテキスト『天気の変化』 等更新!!

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彼岸花 葉讃える人 少なけり 15/10/03 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-40
週末定例更新のお知らせ
 「月日は百代の過客にして、行きかふ年もまた旅人なり。」(芭蕉)
今さらであるが、なんともうまく言ったものだ。
 熱海・箱根の旅に出ていた。人と「雲見」に出会う旅だった。
そのこともあって一日遅れの週末定例更新のお知らせとなった。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ ヒガンバナ
 定点観測地のヒガンバナに葉が出てきた。
植物「ヒガンバナ」のほんとうの姿は、一年間通して観察してみなければわからない。
よくよく考えてみるとそれは、ヒガンバナだけに言えることではない。
すべての生きもの(動植物)について言えることなのかも知れない。
だから生きものは面白い!!

◆Webテキスト『天気の変化』更新!!
 10月の「雲見」と「観天望気」を予想概観してみた。
「雲見」の旅もなかなか予想通りとはいかなかった。
だからこそ面白い!!
とも言える。
 日々繰り返される「大実験」を観察しつづけたいものだ。

◆【ヒガンバナ情報2015】更新!!
 植物「ヒガンバナ」の観察。
これからは3つのポイントにしぼって観察をつづけたい。
(1)葉の観察、(2)「自然結実」の観察、(3)「遅れん坊」ヒガンバナの観察
である。
 また実生実験もていねいに観察しておきたい。
ヒガンバナの「ふしぎ!?」はまだまだ続く!!

もう、新しい一週間がはじまっている。

 

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本日(2015/10/05)、第109回オンライン「寅の日」!!

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▼昨日から、「雲見」の旅に出た。
 この頃は、ほんとうの目的は別にあってもすべて「雲見」の旅にしてしまっていた。
「雲見」の旅というのはほんと都合がよかった。
特別の用意、準備をするわけではなかった。いつでも、どこでも空を見上げるだけである。
その瞬間にたった一度の旅が成立するのだった。
昨日は、熱海への「雲見」の旅だった。
▼本日(2015/10/05)は第109回オンライン「寅の日」である。
前回の第108回より、「柿の種」を読んでいる。
10月いっぱいは、これを読むつもりである。
今回は、昭和2年(1927)~昭和5年(1930)に書いた部分を読むことにしている。

◆第109回オンライン「寅の日」

「柿の種(2)」(青空文庫より)

▼よく考えて見ると不思議な話だ。
俳句雑誌に科学者が巻頭に連載記事を書いているのである。それも一回二回というのでなく、最晩年まで書いているのである。それも何の違和感もなく綴りつづけているのである。
 それこそが、科学者・寺田寅彦のすごさなのではないだろうか。
 今回読むところの最初も次のような文章ではじまった。

古典的物理学の自然観はすべての現象を広義における物質とその運動との二つの観念によって表現するものである。  しかし、物質をはなれて運動はなく、運動を離れて物質は存在しないのである。  自分の近ごろ学んだ芭蕉ばしょうのいわゆる「不易流行」の説には、おのずからこれに相通ずるものがある。 (昭和二年五月、渋柿)
この翌年昭和3年には「ルクレチウスと科学」を書くのだった。 なんとなくわかりそうな「文脈」だ。 ▼以前に、「寺田物理学は連句的」という話を聞いたことがあった。  次の文章などは、なにかそのことと関連しているのだろうか。
俳諧(はいかい)で「虚実」ということがしばしば論ぜられる。  数学で、実数と虚数とをXとYとの軸にとって二次元の量の世界を組み立てる。  虚数だけでも、実数だけでも、現わされるものはただ「線」の世界である。  二つを結ぶ事によって、始めて無限な「面」の世界が広がる。  これは単なる言葉の上のアナロジーではあるが、連句はやはり異なる個性のおのおののXY、すなわちX1Y1X2Y2X3Y3……によって組み立てられた多次元の世界であるとも言われる。  それは、三次元の世界に住するわれらの思惟(しい)を超越した複雑な世界である。 「独吟」というものの成効(せいこう)し難いゆえんはこれで理解されるように思う。  また「連句」の妙趣がわれわれの「言葉」で現わされ難いゆえんもここにある。 (昭和二年五月、渋柿)
寅彦はとても「猫」をかわいがっていたようだ。 どの時代にも「猫」がとてもよく登場くする。歌まで作っていた。 映画もよく見ていた。俳句もよく詠んでいた。 寅彦のなかでは「日常」のすべてのモノがツナガッテイタ!! そして、「科学」研究の対象であった。 もちろんこの役者は物理学者ではないし、自働人形の器械構造も知らないであろうが、しかし彼の観察の眼は科学者の眼でなければならない。
 人形の運動はすべて分析的である。総合的ではない。  たいていの人間は一種のアウトマーテンである。  あらゆる尊敬すべききまじめなひからびた職業者はそうである。  そうでないものは、英雄と超人と、そうして浮気な道楽者の太平の逸民とである。  俳諧の道は、われわれをアウトマーテンの境界から救い出す一つの、少なくも一つの道でなければならない。 (昭和三年五月、渋柿)
そしてあの独白とも決意とも、はたまた宣言とも思えるあの句がここに登場する。 何を示唆しているのだろう?
少なくも古来の名句と、浅薄な写生句などとの間に存する一の重要な差別の一面を暗示するもののようである。

客観のコーヒー主観の新酒哉(かな)
(昭和三年十一月、渋柿)

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本日(2015/10/05)、第109回オンライン「寅の日」!!

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▼昨日から、「雲見」の旅に出た。
 この頃は、ほんとうの目的は別にあってもすべて「雲見」の旅にしてしまっていた。
「雲見」の旅というのはほんと都合がよかった。
特別の用意、準備をするわけではなかった。いつでも、どこでも空を見上げるだけである。
その瞬間にたった一度の旅が成立するのだった。
昨日は、熱海への「雲見」の旅だった。
▼本日(2015/10/05)は第109回オンライン「寅の日」である。
前回の第108回より、「柿の種」を読んでいる。
10月いっぱいは、これを読むつもりである。
今回は、昭和2年(1927)~昭和5年(1930)に書いた部分を読むことにしている。

◆第109回オンライン「寅の日」

「柿の種(2)」(青空文庫より)

▼よく考えて見ると不思議な話だ。
俳句雑誌に科学者が巻頭に連載記事を書いているのである。それも一回二回というのでなく、最晩年まで書いているのである。それも何の違和感もなく綴りつづけているのである。
 それこそが、科学者・寺田寅彦のすごさなのではないだろうか。
 今回読むところの最初も次のような文章ではじまった。

古典的物理学の自然観はすべての現象を広義における物質とその運動との二つの観念によって表現するものである。  しかし、物質をはなれて運動はなく、運動を離れて物質は存在しないのである。  自分の近ごろ学んだ芭蕉ばしょうのいわゆる「不易流行」の説には、おのずからこれに相通ずるものがある。 (昭和二年五月、渋柿)
この翌年昭和3年には「ルクレチウスと科学」を書くのだった。 なんとなくわかりそうな「文脈」だ。 ▼以前に、「寺田物理学は連句的」という話を聞いたことがあった。  次の文章などは、なにかそのことと関連しているのだろうか。
俳諧(はいかい)で「虚実」ということがしばしば論ぜられる。  数学で、実数と虚数とをXとYとの軸にとって二次元の量の世界を組み立てる。  虚数だけでも、実数だけでも、現わされるものはただ「線」の世界である。  二つを結ぶ事によって、始めて無限な「面」の世界が広がる。  これは単なる言葉の上のアナロジーではあるが、連句はやはり異なる個性のおのおののXY、すなわちX1Y1X2Y2X3Y3……によって組み立てられた多次元の世界であるとも言われる。  それは、三次元の世界に住するわれらの思惟(しい)を超越した複雑な世界である。 「独吟」というものの成効(せいこう)し難いゆえんはこれで理解されるように思う。  また「連句」の妙趣がわれわれの「言葉」で現わされ難いゆえんもここにある。 (昭和二年五月、渋柿)
寅彦はとても「猫」をかわいがっていたようだ。 どの時代にも「猫」がとてもよく登場くする。歌まで作っていた。 映画もよく見ていた。俳句もよく詠んでいた。 寅彦のなかでは「日常」のすべてのモノがツナガッテイタ!! そして、「科学」研究の対象であった。 もちろんこの役者は物理学者ではないし、自働人形の器械構造も知らないであろうが、しかし彼の観察の眼は科学者の眼でなければならない。
 人形の運動はすべて分析的である。総合的ではない。  たいていの人間は一種のアウトマーテンである。  あらゆる尊敬すべききまじめなひからびた職業者はそうである。  そうでないものは、英雄と超人と、そうして浮気な道楽者の太平の逸民とである。  俳諧の道は、われわれをアウトマーテンの境界から救い出す一つの、少なくも一つの道でなければならない。 (昭和三年五月、渋柿)
そしてあの独白とも決意とも、はたまた宣言とも思えるあの句がここに登場する。 何を示唆しているのだろう?
少なくも古来の名句と、浅薄な写生句などとの間に存する一の重要な差別の一面を暗示するもののようである。

客観のコーヒー主観の新酒哉(かな)
(昭和三年十一月、渋柿)

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「雲見」と10月の「観天望気」!!(3)

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▼朝露がとても美しかった!!
いくら大気中に水蒸気が含まれていると理屈でわかっていても、やっぱり目に見えてこそ納得だった。
アメダスで確認してみたら、昼間と朝では10数度の温度差があった。
これでは含みきれなくなった水蒸気は、はみ出さずにはおれなかったのだろう。
はみ出しものがつくった芸術作品は、やがて秋晴れののなかに消えていった。
▼10月の「天気コトワザ」の最後。
◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)
からの引用させてもらう。

(21)出雲は天気、入雲は雨
(22)落葉早ければ雪が早い
(23)秋に雨が降ればネコの顔が三尺になる
(24)渡り鳥早き年は雪多し
(25)秋の霞は三〇日以内に大雪となる
(26)東風吹けば雨
(27)落葉前に雪がくれば雪が少ない
(28)朝日天を焦がすごとく赤ければ大風

▼10月も後半になれば、雪のたよりを聞くことも多くなってくるだろう。
目に見えない水蒸気も液体、固体と状態変化して可視化される。
そこには熱エネルギーの出入りが深く関与していた。
紅葉・落葉の季節でもある。それは化学変化だ!!
そう考えてみると、『天気の変化』とはまさに総合「科学」そのものだった。
▼私には、もうひとつ10月の「雲見」にぜひ参考にしたいものがあった。

◆『12ヶ月のお天気図鑑』(武田康男・菊池真以著 河出書房新社)

 この本の10月(神無月)のところには、14枚のきれいな写真が出ていた。
「うろこ雲」「秋晴れ」「初冠雪」「秋の日はつるべ落とし」「秋風」「扁平雲」「ひつじ雲」「彩雲」「腹巻き雲」「火映現象」「歪んだ月」「台風接近」「異常な朝焼け」「夕焼け雲」である。
 はたして私の「雲見」でこのうちいくつのものを見ることができるだろう。
10月はとんな「雲見」であえるだろうか。楽しみである。o(^o^)o ワクワク
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大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから27週目であった。
水栽培池の方で、池からはみ出した葉が枯れぶら下がっていた。ここにも私は秋をみつけた。
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「雲見」と10月の「観天望気」!!(2)

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▼「天高く馬肥ゆる秋」
とはなかなかうまく言ったものだ。今、ネット検索で語源を調べてみると元々はえらくぶっそうな話のようだ。
\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
昨日の「雲見」をしながら、これは確かに言えるなと思った。
 確かに空は高くなっているように感じた。
授業『天気の変化』の最初はいつも
「この青空はどこまで…?」
「では雲はどの高さまで…?」
ではじめていたことを思いだした。
▼10月の天気コトワザを
◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)
からの引用で続ける。

(11)秋雨は涼しくなれば晴れる
(12)ひと雨1度
(13)日本晴れ三日続けば三日以内に雨となる
(14)秋の日は釣瓶落し
(15)竹の葉から露が落ちると晴
(16)柿の葉の早落ちは早雪の兆し
(17)四方に雲なきは三日の雨
(18)返り咲きの花の多い年は霜も雪もおそい
(19)朝焼けは三日ともたぬ
(20)雲足丑寅の方へ行く時には雨、未申の方へ行く時は強い雨降る
▼やはりその観察眼に感心してしまう。
天気コトワザは暮らしに直結しているだけに、使ってみて「有効」なものだけが生き残る。
多くの人が実感を持って ナルホド(゚゚)(。。)(゚゚)(。。)ウンウン
と納得し、使い続けたものだけがこれからも使われるのだろう。
やっぱり「周期的な天気の変化」を意味するものが多いのは、それが10月の天気の最大の特徴だからだろう。
寒冷前線通過後は気温は下がる。
(11)(12)などはそれをうまくとらえている。
(12)などは根拠となる観察データもあるという。なんかこれからも使いモノになりそうだ。
▼(14)秋の日は釣瓶落し
はほんとまったくその通りだった!!
夕方にアメダスまで歩くことにしているが、一日一日 スタートの時間を早めなければならない。
ほんとうに地軸は傾いて動いているんだ!!

「天高く」肥ゆるのは馬だけではなかった。
クモたちもずいぶん肥えてきた!!

(つづく)
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「雲見」と10月の「観天望気」!!(1)

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▼10月の「雲見」がはじまった。
さっそく雨だった。雨が降り出す前に散策コースを巡った。
月がかわったからと言ってそんな急激に自然は変化するはずはないのだが、ずいぶんちがって見えた。
秋は深まってきている!!
と感じた。これは観察者の気持ちの問題だろうか。
 さあ、この10月はどんな「雲見」が待っているのだろう。
▼まずどんな「天気の変化」があるのだろう。
昨日(2015/10/01(木))発表の
◆気象庁・「全国一か月予報」
を見せてもらった。
繰り返し繰り返し出てくるフレーズがあった。それは
「天気は数日の周期で変わります」
だった。
 これが10月の天気の特徴であるということだろう。
 一週間サイクルぐらいで「移動性高気圧」と「温帯低気圧」が交互に西からやってくるということだろう。
「光は東から 天気は西から」
のルールがいちばんよく使える季節でもあった。
▼いにしえの人の「雲見」と「観天望気」の知恵を借りよう。
いつものように
◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)
の「10月」の項から「天気コトワザ」を引用させてもらう。番号は記載されている順番に私が勝手につけさせてもらった。(28)まであるが、今日は(10)までとさせてもらう。
(1)朝窓には雨が降る
(2)秋タンポポの花咲く年は雪が浅い
(3)朝露が降りると晴
(4)熊、初秋に出ると雪が早い
(5)三味、太鼓の音の濁るのは雨の兆し
(6)秋晴に夏の湿り
(7)男心に秋の空
(8)秋の夕焼は鎌を磨いて待て
(9)柿の実の多い年は寒気はげしい
(10)日がさ月がさが出ると雨
▼やっぱり面白い!!
暮らしと直結しているだけに説得力をもつ。
「風が吹くと桶屋が儲かる」式で、○段論法もるが、生活とツナガッテイルから憶えやすい。
見えない「大気の運動」をインパクトあるコトバで可視化していた。
気象庁の
「天気は数日の周期で変わります」
は、どのコトワザで表現されているだろう。
これからも使いモノになるコトワザはあるだろうか。
しばらく時間をかけて、「雲見」しなから吟味してみようと思う。

(つづく)
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Twitterはじめて2200日目に思うこと!!

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▼9月が終わった。
もくもくシールによる「雲見」カレンダーを見ながら、9月の「雲見」を振りかえってみた。
 やっぱりいちばん印象に残っているのは、伊予松山へ「雲見」の旅だった。道後公園の展望台からの「雲見」がすばらしかった。
 しかし、この旅は「雲見」の旅と言うより、子規と出会う旅だったと言った方がいいかもしれない。
「子規」→「漱石」→「寅彦」とツナグのはいかにもTwitter的に思えた。
▼そのTwitterはじめて、今日で2,200日目だとtwilogが教えてくれた。
100日ごとに、そのときどきに思うことを記している。
後日見ると、どんな「足跡」を残してきたか と自分でも興味深い。
ずっとずっと書き続けているのは、Twitter的だった。
やっぱり今回も書いてみよう。
Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
「アクティブ」
 これは私のネットにおける「方法」であり、「哲学」でもあった。
▼今、私がいちばんTwitter的に展開したいこと。それは二つある。
「#kumomiren」と「#ヒガンバナ」である。
●「#kumomiren」
 かつて【理科の部屋】で【星空の連帯】というプロジェクトがあった。実に楽しいものだった。
その「雲見」版である。【「雲見」の連帯】というように仮に名づけておく。
もうはじまっているのかも知れない。最近、全国各地のいろんな人の「雲見」を「おすそ分け」で見せてもらうことが多い。これがまた実に面白い!!
 特別の「雲見」でなくても、あの人が今、こんな雲を見ているんだと想像して見せてもらうとなんかワクワク気分になる。それでは「私も…」となるそれが楽しい。
▼もうひとつは前々からやっている
●#ヒガンバナ
 開花の盛りをすぎたヒガンバナ。これからの観察の様子の情報交換だ。
とりわけ「自然結実」の情報が楽しみだ。
 2013年、2014年と連続して「発見」してきたのは、ほんとうにたまたまの偶然だったのだろうか。
多くの人の観察でそれを検証してみたい!!

さて、今度の100日後は何を書き込むことになるかな!?
10月がはじまる!!
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