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植物「ヒガンバナ」の観察は、今からが本番!! #ヒガンバナ

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「ハミズハナミズ」(葉見ず花見ず)
は数あるヒガンバナ里名のひとつである。あらためて古の人の観察眼に感服するネーミングだ。
 昨日(2015/09/29)、11日ぶりに私のヒガンバナスポット巡りをした。
 遅れて今が「盛り」というところもあったが、ほとんどが花の季節から葉の季節へシフトするところであった。
▼実は植物「ヒガンバナ」の観察は、今からがほんとうに面白いと思っている。
 もちろん、彼岸に照準をあわせて、一斉に花茎をニョキニョキとのばして燃え立つ赤い松明の行列をつくるのも面白く美しい。それは否定しない。その観察と合わせて今からの観察を楽しみたいのだ。
今からの観察で、お楽しみポイントはザックリと3つだ。
(1) 葉の観察
(2) 「自然結実」の観察
(3) 遅れん坊ヒガンバナの観察

▼昨日の観察でも、萎れいくヒガンバナの花茎の足元には青々とした葉が顔を出していた。
なかには、花が盛りのときからすでに顔出し、今は大きく伸びているものもあった。
やがて花茎は倒れて枯れ消えていくだろう。そしたら、この葉だけになるのだ。
秋も深まり、他の植物が枯れていけば、ヒガンバナの葉だけになる。冬の光は独り占めだ!!
そうなっていく様子をぜひとも観察したいものだ。
それでこそ植物「ヒガンバナ」を観察したことになるのだから。
▼今回のスポット巡りでちょっとショックなものを見てしまった。
盛りを過ぎたヒガンバナの花茎が切り倒されていたのだ。
それも4ヶ所のスポットのうち2ヶ所でだ。
なぜショックかと言うと、その場所が昨年、「自然結実」をした種子を手に入れた場所だったからだ。
 私は、2013年、2014年とつづけて「自然結実」するヒガンバナを見た。
日本のヒガンバナは3倍体で「種子」をつくることはないと言われていた。
しかし、私はこの目でかなりの高頻度で「自然結実」するヒガンバナを見た!!
 完熟した種子も手に入れた。そのうち3個の種子について実生に挑戦している。
春に発根し、今はそこから3つとも葉をのばしてきている。
「自然結実」をみつけることができるのは、もう少し経ってからだろう。
全国のいろんな場所で「自然結実」が観察されれば、話は面白い展開になるだろうな。

 遅れん坊ヒガンバナの観察も面白い。
日本でいちばんの「遅れん坊」ヒガンバナは!?
「遅れん坊」は、単に開花遅いと言うだけでなく、「ふしぎ!?」の謎解きにヒントをくれるかも知れないと思っている。
 いつも変わりだねが進化を牽引してきたとも…!?
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サイエンスコミュニケーター宣言(364)

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▼いつもの「雲見」定点観測地に立った。
どの方角を見ても雲ひとつない「雲見」だった。
やがて、東の空から大きな大きな月が昇ってきた!!
 「雲見」から「宇宙見物」へ!!
▼「現在地」確認のための座標軸、最後の第5座標軸に移ろう。

(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

これまたずいぶん大袈裟な表現だ。自分でも呆れるほどである。
 でも、この軸を設定したときは、やむにやまぬ「必然」がここにあると思っていた。
 2011年の秋。
 私は、自分が長年携わってきた「理科」が、
「いつごろ どこからやって来たのか?」
を無性に知りたくなったきたのだ。
それは「これから」を考えるためにはどうしても必要な作業に思えた。
いつの時代にも
「歴史」は地続きである!!
のだから。
▼はじめてみるとこの作業は、なかなか面白いものだった。
いちばん参考にさせてもらったのは、

◆『増補 日本理科教育史』(板倉聖宣著 2009.4.10 仮説社)付録「年表」

だった。
●1886年(明治19) 学校令「小学校の学科及びその程度」
において「理科」は誕生した。

私は、約130年の「歴史」を駆け足で追いかけた。
この作業は私にとってはとても有意義なものとなった。
 浅学で無知な私には、はじめての「発見」もいっぱいあった。直接大先輩のお話を聞く機会がつくれたことも大きな成果だった。
▼1975年からの「歴史」は少しちがっていた。
 その年からは、私もその「歴史」の現場にいたのだから当然だった。
自分の拙い歩みと「歴史」を重ねあわせながらふり返ってみた。
そして
【理科の部屋】20年史までつないでみた。
 こう書きながら、私はこの「作業」がすこし足踏み状態にあることを自覚した。
あくまで座標軸は「現在進行形のかたちでまとめる」だったはず\(__ ) ハンセィ

今も「歴史」のなかにいる!!
「歴史」なかで追い求め続けるのは理科教育の「不易流行」。

ホンモノの「流行」は必ず「不易」を内包している!!
ホンモノの「不易」は必ず「流行」を創出する!!

今朝のあの大きな月ははやくも少し欠けはじめている。
時は刻々と進んでいる。
「現在地」が少しだけ見えてきたところで
さあ
ゆっくり 急ごう!!
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サイエンスコミュニケーター宣言(364)

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▼いつもの「雲見」定点観測地に立った。
どの方角を見ても雲ひとつない「雲見」だった。
やがて、東の空から大きな大きな月が昇ってきた!!
 「雲見」から「宇宙見物」へ!!
▼「現在地」確認のための座標軸、最後の第5座標軸に移ろう。

(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

これまたずいぶん大袈裟な表現だ。自分でも呆れるほどである。
 でも、この軸を設定したときは、やむにやまぬ「必然」がここにあると思っていた。
 2011年の秋。
 私は、自分が長年携わってきた「理科」が、
「いつごろ どこからやって来たのか?」
を無性に知りたくなったきたのだ。
それは「これから」を考えるためにはどうしても必要な作業に思えた。
いつの時代にも
「歴史」は地続きである!!
のだから。
▼はじめてみるとこの作業は、なかなか面白いものだった。
いちばん参考にさせてもらったのは、

◆『増補 日本理科教育史』(板倉聖宣著 2009.4.10 仮説社)付録「年表」

だった。
●1886年(明治19) 学校令「小学校の学科及びその程度」
において「理科」は誕生した。

私は、約130年の「歴史」を駆け足で追いかけた。
この作業は私にとってはとても有意義なものとなった。
 浅学で無知な私には、はじめての「発見」もいっぱいあった。直接大先輩のお話を聞く機会がつくれたことも大きな成果だった。
▼1975年からの「歴史」は少しちがっていた。
 その年からは、私もその「歴史」の現場にいたのだから当然だった。
自分の拙い歩みと「歴史」を重ねあわせながらふり返ってみた。
そして
【理科の部屋】20年史までつないでみた。
 こう書きながら、私はこの「作業」がすこし足踏み状態にあることを自覚した。
あくまで座標軸は「現在進行形のかたちでまとめる」だったはず\(__ ) ハンセィ

今も「歴史」のなかにいる!!
「歴史」なかで追い求め続けるのは理科教育の「不易流行」。

ホンモノの「流行」は必ず「不易」を内包している!!
ホンモノの「不易」は必ず「流行」を創出する!!

今朝のあの大きな月ははやくも少し欠けはじめている。
時は刻々と進んでいる。
「現在地」が少しだけ見えてきたところで
さあ
ゆっくり 急ごう!!
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【Web更新9/27】15-39 サイエンスコミュニケーター宣言 等更新!!

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秋桜や アカシロピンク それぞれの 15/09/26 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-39
週末定例更新のお知らせ
 中秋の名月!!
 自分でも写真を撮りながら、あわせて全国各地で撮られた写真を見せてもらった。
面白いな!!と思った。
その写真を撮っているその人の姿を想像しながら見せてもらうと、より楽しさが増していった。
おもわず昔よく使っていたあの言葉を思い出した。
共愉的!!
めざしているものがあるとするならこれだろうと思った。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 秋桜(コスモス)
 前の田んぼに今年は稲ではなく、コスモスが植わっていた。
8月の終わりからちらほらと花を見かけるようになって、今は盛りだ!!
あまりにもありふれた花だ。
 毎日、目の前に広がるコスモス畑を目にするようになって、今さらながらその美しさに感動してしまった。
秋桜(あきざくら)とは誰が命名しただろう。お見事!!

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 自分自身の「現在地」確認しながら、少しずつ「ほんの一歩先」が見えつつある。
アリガタイ!!

◆【ヒガンバナ情報2015】 更新!!
 「植物ヒガンバナ」の観察は、今からである!!
 今年はどんな展開になるだろう。楽しみであるo(^o^)o ワクワク

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 「柿の種」、時間があるときに少しずつ少しずつ読み進めたいと思っている。

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 あの軒下の彼女は今週何をみせてくれるだろう!?

 昨日、ヒガンバナ実生を人に語っていて気づいた。
もう少し、人が見てもわかりやすいWebページ「整理」が必要だと。
少し考えてみたい。

さあ、一週間がはじまる。ゆっくり急ごう!!


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サイエンスコミュニケーター宣言(363)

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▼「雲見」にも季節がある!!
それはきわめてアタリマエのことだった。見えるはずのない大気の運動を可視化したもの、それが「雲見」だから。
大気の運動を引き起こす太陽エネルギーの変化こそが季節の大元なんだから。
 だから「雲見」こそ、もっとも最初にやりたい自然観察だ。
でも、ほんとうはそんな理屈はどうでもよかった。
「雲見」はいつでも面白く、楽しいものだ!!
「雲見」「宇宙見物」を見逃したら、人生の大損(^^)V
▼サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」確認の作業をつづけよう。
次は第4番目の座標軸だ。

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!

 今さらの座標軸である。
「原点が存在する」と言った詩人がいた。
私にとっての原点は【理科の部屋】だった!!
そのはじまりに次のような文章を書いたことがある。

◆情報は発信するところに集まる~【理科の部屋】とは~

▼そして、その最後にこう書いていた。

 私たちは、今こそ自分の学校の理科室を、研究室を、仕事場を、家庭を、フ ィールドを、・・・  そして自分自身を「日本の理科教育情報発信基地」に変えてしまいたいもの です。「私」発→「地球」行きのメディアを駆使して・・・。

あれから、20年以上の歳月が流れました。
ネット環境も大きく変化しました。その当時想像すらできなかったほどの激変です。
でも私は今思っています。
 ここで語った「今こそ」は、今なお有効である!!
「こらから」もずっと有効であり続けるだろうと。
▼最近少し残念に思っていることがあります。
これは自分自身の問題でもあるのですが、
「情報」が少なくなった!!
と。
 SNS全盛時代で誰もがいつでもたやすく「情報」発信できる時代になってきているはずなのに変な話です。
「広報」「告知」にはいっぱい触れることができるようになったが、ほんとうに欲しい「情報」は手に入れにくくなっているのではないかと思っています。
 今一度、「原点」にもどって「あらたな理科教育コミュニティの構築」を試みたいと思っています。

 情報は発信するところに集まる!!
 情報は交叉するところに生まれる!!

 大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから26週目だった。枯れゆく葉が池に浸かっていた。この池はこの後、私の「定点ビオトープ」となる。また、初氷、初雪などの季節の移りかわりを記録する指標池にもなる。
(つづく) 
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サイエンスコミュニケーター宣言(362)

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▼彼女は朝から実に忙しそうだった。
ネットの大修復を行っていたのだ。それは、大修復というより大改築と言った方がいいかもしれない。
軒下から少し外に出ようとしていた。驚くべきことに橋糸を水平に3.5mも延ばし離れた物干し台にかけていた。
こうすることにより自由自在の位置にネットを張ろうというのだ。
なんと凄い!!
 夕方には、今までない巨大獲物を捕らえていた。
 朝の忙しさは、これをイメージしてのものだったら
なお凄い!! 
▼私は近い未来をどこまでイメージしているだろう?
いや、その前に「現在地」だ。「現在地」を知るための第3の座標軸に入ろう。

(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!

なんとも大風呂敷ひろげた座標軸だ。
でもこれだけははずすことのできない核心であった。
「授業」こそ教育実践の最前線である!!
これはいかに時代が変わろうと、変わりようない事実だ。
▼では、理科の授業とはなにか。
現段階でひとつの結論を得ていた。それはこうだ。
理科の授業とは「謎解き訓練」である!!

さらにすすめてサイエンスコミュニケーターと理科の授業の関係は次のように思っていた。

○現場の理科の「授業」は、サイエンスコミュニケーション最前線にある!!
○現場の理科教師は、最前線の「サイエンスコミュニケーター」である!!

意識するかしないかは別にして、これもまた確信のある事実だ。
▼では、今具体に私は何をすすめようとしているか。
そして、それはどこまで来ているのか。2つだけあげる。

◆新・私の教材試論
 理科の授業に置いて、「教材」がしめる位置は大きい。授業の成否を決定づけると言っても過言ではない。
「すぐれた教材」の開発をめざして論を展開していた。
 「開店休業」状態が続いている。しかし、けっしてやめてしまうつもりではない。

◆Webテキスト『天気の変化』 こちらも遅々たる歩みである。
 これからの「学び」のかたちのことを含めて、新しいテキストづくりを展開していきたい。
そのこと自体を楽しみながら ゆっくり 急ごう!!

遅々たる歩みばかりだが、かならずこれらの歩みが「中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討」にツナガルと信じて…

(つづく)
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サイエンスコミュニケーター宣言(361)

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▼昨日(2015/09/24)は一日雨だった。
庭の定点観察地A.Bのヒガンバナはあきらかに「盛り」を過ぎていた。
先頭を切っていたシロバナヒガンバナも雨に濡れ、あわれな姿になっていた。
 しかし、まちがってはいけない。「植物ヒガンバナ」の観察はこれからが本番だった。
実生コヒガンバナ、ヒガンバナにも展開は進んでいた。
コヒガンバナ49個の幼い球根の内25個まで葉を出してきた。ついに50%を越えた。最高に伸びた葉は6㎝を越えていた。
一方、実生ヒガンバナの方にも驚くべき変化があった。3個の幼い球根のうち葉を出してきたのはひとつだけだと思っていたが、昨日残りの2つにも小さな小さな葉が顔を出してきた。
3/3になった。もう「たまたま」ではなくなった。
私の作業仮説はトンデモ話でなくなりつつあった。ゆっくり急ごう!!
▼こちらの作業も、ゆっくり急ごう!!
2つ目の座標軸に移ろう。

(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。

 「科学」には2つの「科学」あると思っていた。
「ハレ」の科学

「ケ」の科学である。
 これまでのサイエンスイベント・ムーブメントは、どちらかと言うと前者の「ハレ」の科学に軸足をおいている場合が多いと感じていた。
 持論である「最大の「ふしぎ!?」は、最も身近にある!!」から言うと、「ケ」の科学に軸足を置いた展開があってもいいのではないかと思っている。
 そう思っているからと言って具体的な構想があるわけではない。
▼子規は、これまでの長い歴史をもつ「俳諧」の世界を「月並み」と排し、新しい「俳句」の世界を創りだした。
ほんとうだろうか。
 「月並み」と言いきるまでには、膨大な「俳句分類」と作業をやりきっていた。
けっして新しい世界が忽然と表出してくるなんていうことはないのだ。
 門外漢の私が例にあげてもなんの説得力もないが、サイエンスコミュニケーションの世界にもこんなことはないだろうか。
 相矛盾するふたちつの願望が私のなかにある。
・まずは「月並み」の定着をめざしたい願望
・「月並み」から脱却して、新しいことをはじめたい願望
である。
▼もう少し具体的なものをならべてみよう。実現するかどうかは別問題にして
・俳句結社「寅の日」の会の創設
・「吟行」という名の自然観察会
・多様なオフライン「寅の日」の展開
・「大人の自由研究」発表会創設
・【「雲見」の連帯】
等々である。
 まさに「雲をつかむような話」ばかりである。
これが「現在地」である。

 今朝起きてから、あのジョロウグモを見たら、昼間にはけっしてみせることがなかった巨大なネットづくりをめざしての作業を甲斐甲斐しくやっていた。明るくなったらどんなものが見えるのだろう。
楽しみだ。o(^o^)o ワクワク

(つづく)
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サイエンスコミュニケーター宣言(360)

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▼「秋は私を観察せよ!!」
と言わんばかりにジョロウグモが日々観察するのに恰好の場所にネットを張っていた。
トタン屋根の軒下であった。
そこは昼夜関係なく、また天気の良し悪しも関係なく観察できた。別に観察の意志がなくても目に入って来る場所だった。8月の末に、そこに居をかまえてからいっこうに「引っ越し」の気配はなかった。
昼も夜も毎日毎日見ていた。「狩り」も「ネット拡張工事」も見た!!
最初一緒に居たオスのジョロウグモが数日前に消えた。どこにいったんだろう?
代わりにと言うと変だが、例の「居候」がいた。
「シロカネイソウロウグモ」である。どこから来たんだろう?
そもそもどうしてここにジョロウグモのネットがあると知ったのだろう?
「ふしぎ!?」だ!!
「クモ学」の「ふしぎ!?」はまだまだ続くのである。

「最大の「ふしぎ!?」は、最も身近にある!!」という事実も。
▼5つの座標軸で「現在地」を検証・吟味することはじめよう。
最初は
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
からだ。
 私の「○○の科学」遍歴を少し思いだしてみる。思いつくままにならべてみる。
・「常民の科学」
・「ファラデーの科学」
・「熊楠の科学」
・「デクノボーの科学」
・「等身大の科学」
そして、究極は「私の科学」だった。
▼では、その「私の科学」って何だろう?
そもそも「科学」とは?
私は、「科学」とは謎解きだと思っていた。
「ふしぎ!?」の謎解きは面白い!!楽しいものだ!!
何を「面白い!!」「楽しい!!」と思えるかで、「私の科学」のすべてが決まると思っていた。
すべての力量がここで問われる。
▼「私の科学」の「現在地」をもう少し具体的に記録しておこう。
なにが進行形だろうか。
・「クモ学」の「ふしぎ!?」
・ヒガンバナの「ふしぎ!?」
・「雲見」と「観天望気」(大気の物理学)の「ふしぎ!?」
等々である。
 「私の科学」は進化する。
 他の人の「私の科学」に触れることにより、より豊かにふくらむ。

今朝は久しぶりの雨のようだ。
あのジョロウグモはセンターの位置を少し変えただろうか?
居候はやっぱりいるだろうか?

(つづく)
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本日(2015/09/23)、第108回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼「ヒガンバナ日和」は続いていた。
定点観察地の花茎の本数を数えたら79本あった。どうやら、地下で次なる準備をしている球根もたくさんあるようだ。
 本日(2015/09/23)は、お彼岸の中日(秋分の日)と言うだけでなく、私にとってはちょっとした特別の「記念日」だった。ふたつある。
 ひとつは、ヒガンバナの「ふしぎ!?」をみんなで追いかける日本ヒガンバナ学会がスタートした日(2015/09/23)。
8年前であった。
 もうひとつは、今や「日常」のTwitterをはじめた日だった(2009/09/23)。6年前であった。
「歴史」は常に地続きである!!
▼そして本日は、第108回オンライン「寅の日」である。
いよいよ今日からはじめて、10月いっぱい「柿の種」を読む予定である。
今回は大正期に書いたものを中心に読むことにする。

■本日(2015/09/23)、第108回オンライン「寅の日」!!

「柿の種(1)」(青空文庫より)

「柿の種」を書いた大正9年(1920)から最晩年・昭和10年(1935)までの15年間とは、寺田寅彦にとってどんな時代であったのだろう。
 寺寅彦記念館友の会・年表を参考にさせてもらいながら概観してみた。
 今回は、そのうちの大正期を中心に読ませてもらう。
寅彦は「自序」の最後に次のように書いてくれていた。

 この書の読者への著者の願いは、なるべく心の忙(せわ)しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたいという事である。

 読みはじめて、すぐこの通りだと思った。
短い文章ばかりであるが、極めて濃度が濃いのである。
ひとつ読んで、「はい!では次」とはなかなかいかないのである。
面白すぎる!!
 一応、目安として4日に分けて10月いっぱいとしているが、今回にかぎり、10月末までは毎日がオンライン「寅の日」で行きたい気分だ。
▼巻頭はタイトル「柿の種」の所以を示唆するような詩からはじまっていた。

棄てた一粒の柿の種

生えるも生えぬも

甘いも渋いも

畑の土のよしあし

すぐ連想したのは、くだらない私ごとの話だった。
東の畑の隅に生ゴミ捨て場をつくっていた。もうなんでもかんでもそこに捨てていた。
いつのころからか、そこから柿の木が伸びてきた。いつかそこに食べた後の柿の種を捨てたのだろうか。
記憶にはなかったが。通行の邪魔になるのだが、その日を楽しみにそのままにしていた。
「桃栗三年柿八年」、そんなに経ったとは思わないが今年そこにいくつもの柿の実ができた。
秋になるのが楽しみだった。先日、そのひとつをもぎ取ってがぶりとかじってみた。
世の中の「渋み」をすべて集約したような…(゚o゚)ゲッ!!
渋柿だった!!

くだらない寄り道をしている場合ではなかった。
面白い!!実に面白いコトバが次々と展開されていた。
それは最初からだった。

日常生活の世界と詩歌の世界の境界は、ただ一枚のガラス板で仕切られている。
 このガラスは、初めから曇っていることもある。
 生活の世界のちりによごれて曇っていることもある。
 二つの世界の間の通路としては、通例、ただ小さな狭い穴が一つ明いているだけである。
 …(中略)…
 まれに、きわめてまれに、天の焔(ほのお)を取って来てこの境界のガラス板をすっかり熔(と)かしてしまう人がある。
(大正九年五月、渋柿)

 その人とは、寅彦自身のことではなかったか。
引用はほどほどにと思いながらもやっぱり引用せざるを得なくなってしまう。

 宇宙の秘密が知りたくなった、と思うと、いつのまにか自分の手は一塊の土くれをつかんでいた。そうして、ふたつの眼がじいっとそれを見つめていた。  すると、土くれの分子の中から星雲が生まれ、その中から星と太陽とが生まれ、アミーバと三葉虫(さんようちゅう)とアダムとイヴとが生まれ、それからこの自分が生まれて来るのをまざまざと見た。  ……そうして自分は科学者になった。  しばらくすると、今度は、なんだか急に唄いたくなって来た。  と思うと、知らぬ間に自分の咽喉(のど)から、ひとりでに大きな声が出て来た。  その声が自分の耳にはいったと思うと、すぐに、自然に次の声が出て来た。  声が声を呼び、句が句を誘うた。  そうして、行く雲は軒ばに止まり、山と水とは音をひそめた。  ……そうして自分は詩人になった。 (大正九年八月、渋柿)

「雲見」の話もあった。

 気象学者が cirrus と名づける雲がある。  白い羽毛のようなのや、刷毛(はけ)で引いたようなのがある。  通例巻雲(けんうん)と訳されている。  私の子供はそんなことは無視してしまって、勝手にスウスウ雲と命名してしまった。 (大正九年十二月、渋柿)

もう少しだけ許してもらおう。

眼は、いつでも思った時にすぐ閉じることができるようにできている。  しかし、耳のほうは、自分では自分を閉じることができないようにできている。  なぜだろう。 (大正十年三月、渋柿)


虱(しらみ)をはわせると北へ向く、ということが言い伝えられている。
 まだ実験したことはない。
 もし、多くの場合にこれが事実であるとすれば、それはこの動物の背光性 negative phototropism によって説明されるであろう。
 多くの人間の住所(すまい)では一般に南側が明るく、北側が暗いからである。
 この説明が仮に正しいとしても、この事実の不思議さは少しも減りはしない。
 不思議さが少しばかり根元へ喰い込むだけである。
 すべての科学的説明というものについても同じことが言われるとすれば、……
 未来の宗教や芸術はやはり科学の神殿の中に安置されなければならないような気がする。
(大正十年四月、渋柿)

もう
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
ははじまっていた。

(つづく)
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サイエンスコミュニケーター宣言(359)

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▼もうこれが葉であることはまちがいなかった!!
種子から育てた実生ヒガンバナの球根から葉が伸びてきたのだ。
もう長さは2㎝に達しようとしていた。
 一方、先行したコヒガンバナの方は、どんどん葉が出てきた。
昨日(2015/09/21)現在で19/49の割合で葉が出てきた。
最大のやつで4㎝にもなろうとしていた。
 こんな「ふしぎ!?」の謎解きが「私の科学」だった。
▼がらにもなく<ライフワーク>などということをぼんやりと考えはじめていると、「あれ!!」を思いだした。
「あれ」「それ」の多用が老人になってきている現れとか(^^ゞポリポリ
「あれ」とは、「サイエンスコミュニケーター宣言」である。
ずいぶんご無沙汰である。2011年4月からはじめて、358回まで書いてきているのだからけっこうな頻度で書き込んできたのである。blogは原則一日に一回しか書かないから、358日つまり一年近い日数こんなタイトルで書き込んだことになる。
 ある程度の方向性だけは見えてきていた。
▼では、どこまで来ているのだろう?
その「現在地」を確認するための座標軸を5つ用意していた。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

▼ひとつひとつの座標軸に沿って、私の「現在地」を検証する作業をつづけてみようと思う。
ゆっくりゆっくり急ごう!!

定点観測地のヒガンバナは今が盛りだ!!
何本の花茎が立っているのだろう。今日数えてみよう。
(つづく)
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【Web更新9/20】15-38 【ヒガンバナ情報2015】 等更新!!

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どこまでも なお律儀かな 彼岸花 15/09/19 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】15-38
週末定例更新
 伊予松山へ「雲見」の旅以来急速に「子規」という人物に興味をもちはじめた。
何故かと問われても説明ができない。近代の入口での35年の生涯!!
どう考えてもこのポンコツとは、無縁の世界だ。
 「子規」のことを考えていると、なぜかこれまた唐突に<ライフワーク>というコトバが頭を占めるようになった。
私の<ライフワーク>って?

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 彼岸花
 定点観察地ではない東の畑の角にいつのまにやらひとつの群落ができつつある。
数年前には、「こんなところにも…」という気でいた。畑だから、肥料も十分に与えられたのだろうか。
どんどん分球を繰り返したのだろうか。
 どうしようかな。あたらして「定点観察地」するかな。

◆【ヒガンバナ情報2015】 更新!!
 ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うことは、私の<ライフワーク>のひとつ!!
なんて言えば、それは大袈裟な話だろうか。
 それにしても「ふしぎ!?」な花だ。
 実生への挑戦もあたらしい局面に入っている。
昨日(2015/09/20)現在、49個のコヒガンバナの球根のうち18個から葉が出てきた。本命のヒガンバナの球根からは1個だけだが、出てきた葉は確実に伸びてきている。

◆Webテキスト『天気の変化』 更新!!
 秋の空の「雲見」は実に面白い!!きれいだ!!瞬間だ!!
「雲見」から「大気の物理学」へ、そして「観天望気」の科学へ
それが当面めざすところである。
 今週はどんな「雲見」が待っているだろうo(^o^)o ワクワク

◆オンライン「寅の日」 更新!! 
 当面は「柿の種」を読むことによって、時系列に「寅彦」を追ってみる。
はたして何が見えてくるだろう。これまた楽しみである。


今は盛りのヒガンバナを存分に楽しむ一週間でありたい。
そして、ちょっぴりその「ふしぎ!?」を。


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2015年10月のオンライン「寅の日」は #traday


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▼今日は「彼岸の入り」だ。
ピッタリである!!律儀すぎるほど律儀だった。
定点観察地A,Bのヒガンバナは開花をはじめた。多少の早い遅いはともかく、「お彼岸」にはきっちりと花茎をのばし開花する。どんな時計が埋め込まれているというのだろう?それが「ふしぎ!?」だ。
自然とはなんと律儀なものであろう。
あの人は言った。

科学の方則とは畢竟(ひっきょう)「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。(『津浪と人間』寺田寅彦より)
 
▼あの人の随筆を読むオンライン「寅の日」。10月の計画を立てる時期が来ていた。
9月の次回(第107回2015/09/23)から「柿の種」を読むことにしていた。
「柿の種」は大部である。量もさることながなかみも示唆的で学ぶことも多い。
そこで10月の3回とも、これを継続して読むこととしたい。
10月の3回は以下の通りである。

■2015年10月オンライン「寅の日」
◆第109回オンライン「寅の日」 …10/05(月)
◆第110回オンライン「寅の日」 …10/17(土)
◆第111回オンライン「寅の日」 …10/29(木)

「柿の種」は元々俳句雑誌『渋柿』に連載したものである。
その「自序」のなかで寅彦は次のように言っている。

従って、身辺の些事(さじ)に関するたわいもないフィロソフィーレンや、われながら幼稚な、あるいはいやみな感傷などが主なる基調をなしている。言わば書信集か、あるいは日記の断片のようなものに過ぎないのである。しかし、これだけ集めてみて、そうしてそれを、そういう一つの全体として客観して見ると、その間に一人の人間を通して見た現代世相の推移の反映のようなものも見られるようである。そういう意味で読んでもらえるものならば、これを上梓するのも全く無用ではあるまいと思った次第である。

 「書信集」「日記の断片」のようなものが時系列にならんでいる。それは今風に言うならば、寅彦の「ブログ」のようなものと言ってよいだろう。
 続けてこうも言っていた。

 これらの短文の中のあるものは、その後に自分の書いた「他処行(よそゆ)き」の随筆中に、少しばかりちがった着物をきて現われているのもある。しかし、重複を避けるためにこれを取り除くとすると、この集の内容の自然な推移の連鎖を勝手に中断することになって、従って一つの忠実な記録としてのこの集の意味を成さぬことになるから、やはり、そういうのもかまわず残らず採録して、実際の年月順に並べることにした。

 つまり、今読みすすめている寅彦の随筆の種がここにあるということだ。
今度の第108回は、この内、大正期に書いたものを中心に読み、それ以降は10月に読むようにしたい。

■2015年10月オンライン「寅の日」

◆第109回オンライン「寅の日」 …10/05(月)『柿の種』(2)昭和2年~昭和5年 (青空文庫より)

◆第110回オンライン「寅の日」 …10/17(土)『柿の種』(3)昭和6年~昭和10年(青空文庫より)

◆第111回オンライン「寅の日」 …10/29(木)『柿の種』(4)短章 その二(青空文庫より)

▼42年間も綴り続けたという『ファラデーの日記』に、ファラデーの全仕事の「原基」があるように、ここには寺田寅彦の全仕事の「原基」があるのかも知れない。
 そんなものを一ヶ月あまりで、どこまで読み解くことができるかいささか心許ない。
 しかし、それよりもどんな寅彦を「発見」できるか、その楽しみの方が上まわる。
それぞれの人が、自らの「文脈」で読み進めていきたいものだ。o(^o^)o ワクワク

昨日の大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから25週目であった。
役割を終えた葉は襤褸のようになっていた。
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私のヒガンバナスポットの今!! #ヒガンバナ

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▼「ヒガンバナ日和」が帰ってきていた。
昨日(2015/09/18)午後に4ヶ所の私のヒガンバナスポットを巡ってみることにした。
「彼岸の入り」をひかえた今!!がすごく気になり出したからである。
 この4ヶ所はいずれも、2013年から2014年にかけて「自然結実」するヒガンバナをみつけた場所でもあった。
▼その場所とは
(1) 安富町
(2) 夢前町
(3) 福崎町A
(4) 福崎町B
(1)~(3)は一本の道路沿いにあった。
 まず遠い(1)から行った。
 ここから2013年の秋には多数の「自然結実」した種子を手に入れることができた。
それが不思議なことに、2014年にはまったく見られなかったのである。
 それどころか、ヒガンバナそのものもそんなに開花しなかったのである。
 今年はまずまずのヒガンバナが開花していた。田の稲穂とヒガンバナの取り合わせは最高だ!!
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▼次が(2)の夢前町である。ここは2014年にごくごくアタリマエに「自然結実」を見せてくれた場所でもあった。
今年はどうだろう?
 開花状況は7~8割というところであろうか。
 「遅れん坊」ヒガンバナをみつけた場所でもある。今年はいつまで楽しませてくれるだろうか。
(3)は、私が見た範囲では、福崎町内でもっともヒガンバナが密集して生えている畦のひとつである。
  こんなに花を咲かせるのだからと、昨年の晩秋に見に行ったら「自然結実」したものをみつけたのだった。
どこでも稲刈りはまだだった。
黄色い稲穂と赤いビカンバナのコラボを楽しむのなら今だろう。
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▼最後に行ったのは、毎日の散策道(4)のヒガンバナだ。
毎年、花芽の「初見」をするのはここだった。
ほんとうに道端だからとても観察しやすい。
 なんと花茎の足元の球根からはやくも葉が顔を出していた。

また、日にちを置いて同じ場所を見て回りたい。
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ついに実生ヒガンバナにも葉が…\(^o^)/ #ヒガンバナ

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▼昨日(2015/09/17)、私のヒガンバナ物語は新たな段階(ステージ)に入った。
植木鉢で育てていた実生ヒガンバナの幼い球根から葉ができたのだ。
 自分でもそれを想定して育てていながらも、実は半信半疑だったのである。
なにかのマニュアルがあってということではない。いつものように無手勝流だ。
試行錯誤の連続であるからだ。
 だから、これをほんとうに目の前にしても驚きだった。
そして、なんとも言えぬうれしさが…。
▼私はシロウトならではのトンデモない作業仮説を立てていた。
「日本のヒガンバナは三倍体で種子をつくらない」と言われていた。だから、「球根が分球することのみによって殖える」とも。
 でも私は、それをナルホド!!
とそう簡単に受け入れることができなかった。
この時期になると日本全土(東北地方までか)の野を赤く染め燃え立つヒガンバナが、分球だけで殖えていったということに納得できなかった。いやそれを認めるとしても、あんなにたくさんの花が咲くのだから、なかには「変わりだね」があってなんらかの変異を起こし、種子で殖える場合があるのではないか。
 これが、私の作業仮説のあらすじだった。
 これは単なる私の思いつきだけではなかった。それはこれまで種子から育てている確かな事例をいくつか知っていたからである。
▼この作業仮説を自分の手と目で立証することは、いつしか私のヒガンバナ物語の夢となった。
立証のためにはいくつかのstepが考えられた。
【step1】自然結実するヒガンバナをみつけて、種子を手に入れる。
【step2】種子を保存し、その後発芽(発根)させる。
【step3】球根から葉を出させ、成長させる。(何年間かこれを繰り返す)
【step4】成長した球根が花芽をつくり、花茎が伸びてきて開花する。
なかなか長い道のりだ。
 2013年の秋、偶然、自然結実するヒガンバナ群落を発見。多数の種子を手に入れる。
 2014年の秋、いくつかの場所で自然結実するヒガンバナをみつける。想像以上の頻度で自然結実は起こっていることを知る。種子も多数手に入れる。
 2015年の春、手に入れた種子の内、3個の種子を発芽(発根)に成功する。
それを植木鉢の土の中に眠らせていて、そのひとつの球根から昨日、葉が出てきたのである!!
つまり【step3】に入ったということである。\(^O^)/
▼同じように実生に挑戦しているコヒガンバナ。こちらはヒガンバナの元祖のようなもので、2倍体である。
49個のうち、昨日の段階で4つの球根から葉が出てきていた。
 いちばん最初に発芽に成功していたキツネノカミソリには今のところ変化はない。
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定点Aのヒガンバナは、「彼岸の入り」を待たずに開花しかけたものもある。
定点Bのシロバナヒガバナは、ほぼ満開の様子の様子だ。となりの赤いヒガンバナ少し遅れて後を追っている。
これでは、「赤白そろって」は実現するのか少し不安だ。
「彼岸の入り」まであと2日!!
ヒガンバナから目が離せない。

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ついに実生ヒガンバナにも葉が…\(^o^)/ #ヒガンバナ

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▼昨日(2015/09/17)、私のヒガンバナ物語は新たな段階(ステージ)に入った。
植木鉢で育てていた実生ヒガンバナの幼い球根から葉ができたのだ。
 自分でもそれを想定して育てていながらも、実は半信半疑だったのである。
なにかのマニュアルがあってということではない。いつものように無手勝流だ。
試行錯誤の連続であるからだ。
 だから、これをほんとうに目の前にしても驚きだった。
そして、なんとも言えぬうれしさが…。
▼私はシロウトならではのトンデモない作業仮説を立てていた。
「日本のヒガンバナは三倍体で種子をつくらない」と言われていた。だから、「球根が分球することのみによって殖える」とも。
 でも私は、それをナルホド!!
とそう簡単に受け入れることができなかった。
この時期になると日本全土(東北地方までか)の野を赤く染め燃え立つヒガンバナが、分球だけで殖えていったということに納得できなかった。いやそれを認めるとしても、あんなにたくさんの花が咲くのだから、なかには「変わりだね」があってなんらかの変異を起こし、種子で殖える場合があるのではないか。
 これが、私の作業仮説のあらすじだった。
 これは単なる私の思いつきだけではなかった。それはこれまで種子から育てている確かな事例をいくつか知っていたからである。
▼この作業仮説を自分の手と目で立証することは、いつしか私のヒガンバナ物語の夢となった。
立証のためにはいくつかのstepが考えられた。
【step1】自然結実するヒガンバナをみつけて、種子を手に入れる。
【step2】種子を保存し、その後発芽(発根)させる。
【step3】球根から葉を出させ、成長させる。(何年間かこれを繰り返す)
【step4】成長した球根が花芽をつくり、花茎が伸びてきて開花する。
なかなか長い道のりだ。
 2013年の秋、偶然、自然結実するヒガンバナ群落を発見。多数の種子を手に入れる。
 2014年の秋、いくつかの場所で自然結実するヒガンバナをみつける。想像以上の頻度で自然結実は起こっていることを知る。種子も多数手に入れる。
 2015年の春、手に入れた種子の内、3個の種子を発芽(発根)に成功する。
それを植木鉢の土の中に眠らせていて、そのひとつの球根から昨日、葉が出てきたのである!!
つまり【step3】に入ったということである。\(^O^)/
▼同じように実生に挑戦しているコヒガンバナ。こちらはヒガンバナの元祖のようなもので、2倍体である。
49個のうち、昨日の段階で4つの球根から葉が出てきていた。
 いちばん最初に発芽に成功していたキツネノカミソリには今のところ変化はない。
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定点Aのヒガンバナは、「彼岸の入り」を待たずに開花しかけたものもある。
定点Bのシロバナヒガバナは、ほぼ満開の様子の様子だ。となりの赤いヒガンバナ少し遅れて後を追っている。
これでは、「赤白そろって」は実現するのか少し不安だ。
「彼岸の入り」まであと2日!!
ヒガンバナから目が離せない。

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「線状降水帯」とは!?(3)

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▼「ヒガン バナ日和」は二日間しか続かなかった。
昨日は、雨の日の「雲見」だった。雨と言っても「大雨」ではなく、シトシトと降る雨だった。
そして、それが一日続いた。
 「雨は雲から降ってくる」このアタリマエで言うと、10種雲形のなかに雨が降ってくる雲が2種類あった。
「雨 雨 降れ 降れ ラン ラン ♪」の「乱層雲」と「積乱雲」である。
 今は「積乱雲」の「ふしぎ!?」を追っていた。
▼とても気に入ってしまった

◆『天気と気象についてわかっていることいないこと』(ベレ出版 2013.4.25)
      ●第4章 集中豪雨の研究 - 加藤輝之 

もこの「積乱雲」の話からはじまっていた。章立てを見ただけでも話の展開が見えてくるものだった。

1 集中豪雨の正体、積乱雲
2 集中豪雨を生み出す爆薬、水蒸気!
3 線状降水帯-バックビルディング
4 団塊状降水-どうして「ゲリラ豪雨」?
5 集中豪雨予測への挑戦!-海上での観測と積乱雲の予測

 理科で学習する「対流」「エネルギー保存則」「アボガドロの法則」などから話が展開していくのは、私にはアリガタイ!!
 また気になる小項目をツナグだけでも大方のあらすじが見えてきた。
「水蒸気が積乱雲の発生・発達の決め手」
「積乱雲と線状降水帯を結びつけるバックビルディング形成」
「大雨の形態を決めるのは鉛直シア」
「大雨をもたらす水蒸気は海上からやってくる」

 これで私には難解だった最初の資料(論文)
◆線状降水帯発生要因としての鉛直シアーと上空の湿度について 加藤 輝之(気象研究所)
のタイトルの意味だけでもわかりはじめてきた。
▼要するに「線状降水帯」ができるためには2つの大きな要因があると言うことだろうか。
それは「大量の水蒸気」と「適度な(私たちには不都合だが)鉛直シア」である。
「鉛直シア」という言葉がまたくせ者だ。
 このような専門用語が私の頭も混乱させる?(゚_。)?(。_゚)?
要するにできあがった積乱雲を少しずらしてくれる風である。無風では、積乱雲が次々とできない。
また逆に強い風が吹きすぎても積乱雲の連なった行列(線状降水帯)はできない。
ここらで、少し頭を整理して、私なりに「線状降水帯」とは!?をまとめてみたい気持ちになってきた。
しかし、それにはもう少し時間をかけたい。
ただ、これだけははっきりさせておく。

天気の大原則「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」!!

はここでも有効である。ということだ。
▼「線状降水帯」と言う耳慣れなかった言葉で、私自身がとんだ誤解をしてしまうところだった。
 そこからはじまった「線状降水帯」の謎解きで、今のところわかったことを列挙しておく。
(1) 「線状降水帯」とは、大雨をもたらす代表的な対流システムである。
(2) 「線状降水帯」とは、連なる積乱雲の行列である。
(3) 「線状降水帯」とは、そんなに特異なものでなく、大雨のときにはアタリマエに起こっている。
(4) 「線状降水帯」の発生要因は「大量の水蒸気」と「鉛直シア」(できた積乱雲を適度(?)に横にずらす風)である。
(5) 「線状降水帯」は、条件さえ満たせば、いつでもどこでもできる。
(6) 気象レーダー図で赤く表示されるところで何が起こっているのか、立体的にイメージしてみることはとても大切!!

 まだまだ誤解があるかも知れないし、もっと知りたいこともあるが、ひとまずここまでとしておく。

今朝もまだ雨が降っている。またしても台風20号が近づいているという。
私たちは「大気の物理学実験室」のなかにに暮らしている!!
これは変えようのない事実だ!!


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「線状降水帯」とは!?(2)

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▼私は今、「小学生からの『雲見』!!」を提唱していた。
「雲見」!!これほど簡単にいつでもどこでも誰でもはじめることの自然観察!!
なんと面白く、なんと美しく、なんと役に立つ!!
こんな自然観察は他にないと思っていた。
一日最低一回は空を見上げて「雲見」するのである。
それだけのことだ。
「いくら忙しいと言ってもそれぐらいの時間はあるだろう」とえらそうに言うつもりはない。
だって私もその面白さを知ったのはごく最近ことなんだ。
空を見上げて「雲見」をしたとき、2つのことやってみることを提唱していた。
・十種雲形で雲の名前を呼んでみる!!
・雲の「高さ」を口に出して言ってみる!!
である。
 とは言っても一日のうちでも次々とちがった雲が登場するのである。
二度と同じ「雲見」はないのである。
それがまた「雲見」の魅力でもあった。
▼その雲から雨が降ってくる!!
このアタリマエのカラクリをもう一度考えてみよう。
では大雨を降らせた雲は十種雲形で言えばどれだ!!
「積乱雲」!!
それが「線状降水帯」の正体でもあったのだ。

◆線状降水帯発生要因としての鉛直シアーと上空の湿度について 加藤 輝之(気象研究所)

をもう一度読みなおしてみた。
最初に「線状降水帯」とはの説明があった。少し引用させてもらう。

集中豪雨時にみられる降水域は、2014 年8 月20 日の広島での大雨事例(第6.1.4 図)のように、20~ 50km の幅を持ち、線状に50~200km の長さに伸び、数時間ほぼ同じ場所に留まることが多い。よって数時 間の積算降水量分布をみても、線状の降水域として認識でき、その形態から線状降水帯と呼ばれている。
ここまでだけだと私の認識にも大きな誤解はなかったのかとも思ったが、次の文を見て、私は間違っていたと気づいた。
台風による直接的な大雨を除き、集中豪雨事例の約3 分の2(梅雨期に限れば約4 分の3)が、線状の形態を持つことが統計的に調べられている(津口・加藤 2014)。

私にとって耳新しい言葉「線状降水帯」は、プロたちにとってはアタリマエのことなんだ。
「集中豪雨」→「線状降水帯」はごくごくアタリマエの概念なんだ。
▼この論文は、この「線状降水帯」発生の要因についてくわしく説明されていた。
持ち合わせの知識をフル駆動して理解を試みるが、なかなかわからない。
正直に言って難しすぎた。
あの「バックビルディング」のことも出てきた。
「上空にたくさん水蒸気があれば、積乱雲が発生・発達しやすい」ぐらいまではわかるが…。
もう断念しようかとあきらめかけたとき思いだしたことがある。
それは、この論文の著者の名前を手持ちの本の中で見かけたことだ。
さっそく本棚から取り出してきた。

◆『天気と気象についてわかっていることいないこと』(ベレ出版 2013.4.25)
      ●第4章 集中豪雨の研究 - 加藤輝之 

▼これはいい!!
とてもわかりやすい。
もちろん「線状降水帯」も出てくる。
「1 集中豪雨の正体、積乱雲」
からはじまっているのがとっても気に入った。
気を取り直して、「線状降水帯」とは?の謎解きを続けようと思う。

(つづく)


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「線状降水帯」とは!?(1)

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▼ヒガンバナ日和!!
そんな言葉があるのか知らない。
もしあったとしたら昨日のような天気のことを言うのだろうと思った。
空は高くなっていた。
 定点観察地Aのヒガンバナの花茎はスルスルと日に何㎝とのばし、お彼岸の入りをめざしている。
Bのシロバナヒガンバナは、もう何本か開花しはじめた。
 冬の間に光を独り占めして球根に貯め込んだ栄養は、この日のためだったのである。
そのカラクリがわかっても、やっぱり「ふしぎ!?」だ。
▼先週からもうひとつの「ふしぎ!?」があった。
栃木・茨城・宮城・福島などへ甚大なる被害をもたらした大雨についてだ。
例年の9月いっぱいに降る雨の2倍以上雨が、たった一日二日の間に降るなんて???
その「ふしぎ!?」を、ひとつの言葉でなんとなく納得したような気になっていた。
「線状降水帯」
と言う言葉だ。
▼その言葉について、いつも天気のことを教えてもらいお世話になっているプロの三浦郁夫さんが説明をしてくださっていた。
◆湘南お天気相談所・線状降水帯

ナルホド!!
私は大きな誤解をしていたようだ。
言葉だけで、わかったつもりになっていたようだ。
▼「線状降水帯」は大雨の謎解きをする重要なキーワードのようだ。
もう少しくわしく知りたくなってきた。
三浦さんが紹介して下った「資料」をプリントアウトしてみた。

◆線状降水帯発生要因としての鉛直シアーと上空の湿度について 加藤 輝之(気象研究所)

ポンコツ頭には手強そうだ。
でも、面白そうだ。
もういちど「雨はどのようにして降るのか」からはじめて、「線状降水帯」の謎解きに挑戦してみようと思う。
ゆっくり 急ごう!!
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【Web更新9/13】15-37 【ヒガンバナ情報2015】 等更新!!

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鶏頭や 子規堂庭も 盛りなり 15/09/12 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】15-37
週末定例更新のお知らせ
 先週の「雲見」の旅の余韻のなかにまだいた。
 動いて自然を「観察」するのも面白いが、動きをとめて、まわりが動き、変化していくさまを「観察」するのもまた面白い!!
 今週は、後者に力点を置いてみようと思うが、さてどうなることやら…。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 鶏頭(ケイトウ)
 東の畑の鶏頭が盛りだ。種を蒔いた覚えなどさらさらないのに幾本もの鶏頭が燃え立っていた。
それをながめていると、なぜか子規のことが思い出されてならなかった。
へちま忌は9月19日だ。

◆【ヒガンバナ情報2015】 更新!!
「ヒガンバナ前線は北から」の作業仮説も確かめきれないうちに、続々と各地から開花情報が届くようになってきた。メールやTwitter、Facebook等で「おすそ分け」画像を見せてもらっていると実に楽しい。
今週はさらにそれが加速していくだろう。
 どんな「おすそ分け」と出会えるだろう。o(^o^)o ワクワク

◆Webテキスト『天気の変化』 更新!!
 この度の大雨災害を見ていると、改めて「私たちはどこに暮らしているのか」を実感する。
遅々たる歩みのこのテキストづくりも、気象災害と無縁であるはずがない。
ゆっくり 急ごう!!

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 これまでオンライン「寅の日」で読んでこなかった系統の随筆を読みはじめた。
ある面で新鮮である。さらなる寅彦の魅力を発見していきたいものである。

「暑さ寒さも彼岸まで」
とはうまく言ったものである。
彼岸までの一週間、 さてどんな「雲見」、「ヒガンバナ」と…

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どのヒガンバナにも、それぞれの「物語」が!! #ヒガンバナ

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▼今年はこの株から何本のヒガンバナが燃え立つだろう?
 この株は、ずっとずっと昔から私の「定点観察地」であった。
最初は、我が家の門先にたどり着いた1個の球根であっただろう。
そこは門先であると同時に、人も車も通る道端でもあった。
 いつからかその存在に気づき、ここならいつでも忘れずに観察できると思い、ここを「定点」と決めた。
▼この「定点ヒガンバナ」の古い「記録」が残っていた。
1999年、今から16年前の「記録」である。

◆楠田純一のヒガンバナ観察日誌
観察日誌Ⅰ/ 観察日誌Ⅱ/ 観察日誌Ⅲ
 /観察日誌Ⅳ /観察日誌Ⅴ

50日間の観察日誌だ。
今に比べると株は広範囲に拡がっていないことがわかる。
花芽が顔を出した時期は、今年ととてもよく似ている。
 現在の位置へ、やも得ぬ事情から「引っ越し」してきたが、「定点ヒガンバナ」であることには変わりはなかった。
▼そうこの一株にも「物語」があったのだ。
それはこのヒガンバナにかぎったことではない。

どのヒガンバナにも、それぞれの「物語」がある!!

日本のふつうのヒガンバナは、種子をつくらない(今のところそうしておこう)。
ならばどうして殖えるか。
「分球」である!!
球根が「分球」することにより殖えていくのである。
 だから、風で種が飛んできてとか、鳥が実を食べて遠くへ運ぶなどと言うことはないのである。
誰かがその球根を運ばなければそこにはないのである。
人が目的を持って運んだ場合もあるだろう。動物が土地をかき混ぜてということがあったかも知れない。
洪水で水の流れが運ぶ場合もあっただろう。
いずれにしても、そこにいたるまでの「歴史」があり、「物語」があるのである。
▼この時期、野を歩いていると思いもよらぬところに突然、赤く燃え立つヒガンバナをみつけて驚く。
まさにある日突然である。去年までまったく気づかなかったのに…。
そのヒガンバナにもまた、そのヒガンバナ固有の「物語」をもっているのである。
その「物語」を想像しながらながめていると、ヒガンバナ観察も益々面白くなってくるのであった。

 全国の多くの人が自分の「定点ヒガンバナ」を持ち、定点観察の情報交換がすすめば、ヒガンバナ研究も
さらに面白くなってくるだろうな。もうはじまっているけど…o(^o^)o ワクワク

 もうひとつの「定点観察」しているものがあった。こちらは歴史がまだ浅かった。8年目である。
大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから24週目であった。もう「枯れ」モードに入っていた。

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実生コヒガンバナに葉が…!? #ヒガンバナ

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▼私は、今、試行錯誤を繰り返しながら3種類のヒガンバナの仲間を種子から育てる実生に挑戦中である。
・キツネノカミソリ…3個
・コヒガンバナ…49個
・ヒガンバナ…3個
である。
▼なかでもコヒガンバナの数が多い。昨年の秋に52個の種子を分けてもらい、この春にはそのうち49個の発芽(発根)に成功した。
 コンガンバナはふつうのヒガンバナとちがって2倍体であるから、種子をつくり殖えることもあるのはアタリマエ!!
 しかし、ほんとうにそうだろうか?
そのアタリマエを自分の手と眼で確かめてみたかったのだ。
 幸いにも49個も発芽し小さな小さな球根(鱗茎)をつくった。それを土ポット又は小さな植木鉢に入れ、土の中に眠らせていた。
▼そのなかのひとつは土ポットから球根がはみ出していた。
気になったが、ひとつぐらいそんなものがあってもいいかとそのままにしておいた。
昨日(2015/09/11)、そこから緑の芽のようなものが出てきているのが確認ができた。
これはなんだろう?
球根から出てきたのだから「葉」であろうか。
この幼い葉が伸びて光合成をして、球根に栄養を貯め込もうというのだろうか?
そうだとすると後の48個からも同様に「幼い葉」がでてくるだろうか?
では、キツネノカミソリは?
ヒガンバナは?
どんな展開になるのだろう?
私は知らない!!楽しみである。
▼一方、定点観測地の方に眼を移すと、シロバナヒガンバナの成長が目立つ。
やっぱり先行しているのはシロバナヒガンバナの方だ。
蕾をじっくりとみると、それはまったくの真っ白というわけではなく、少しだけピンクを含んでいるようにも見えた。
シロバナヒガンバナと言えばあそこのシロバナヒガンバナが気になった。
寺田寅彦記念館の庭に咲くシロバナヒガンバナだ。
もう咲いているいるのだろうか?
連絡とって聞いてみた。
今、咲き始めたところで、これからお彼岸にかけて満開になっていくだろうということだった。
ここでもやはり赤いヒガンバナに先行しているようだ。

ヒガンバナから目が離せない日々が続く!!
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本日(2015/09/11)、第107回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼「灯台もと暗し」とはこんなことを言うのだろう。
西国にヒガンバナを追っている間に、我が家の定点観測地のヒガンバナの花芽が顔を出していた。
この時期までにもう一度草むしりをして観察に備えておこうと思いながらも、「今日はまだ暑いから」「今度この雨があがったら」とかなんとか言い訳をつくってそのままにしていた。
 慌てて草むしりをした。
 定点観測地は隣り合わせで2ヶ所あった。
 定点観測地Aは、赤い普通のヒガンバナ、引っ越しはしたが20年近く観察している株である。定点観測地Bは、赤い普通のヒガンバナとシロバナヒガンバナがセットになっている。
 昨日はAのヒガンバナとBのシロバナヒガンバナの花茎が伸びてきているのを確認した。
 特にシロバナヒガンバナの成長が目立った。この調子だとお彼岸までに開花も十分考えられる。
▼本日(2015/09/11)は、第107回オンライン「寅の日」である。
今回からしばらくこれまでとちょっとちがった系統のものを読む。
 寅彦没後80年を記念して、寺田寅彦記念館友の会が『私の好きな寺田寅彦の随筆 ベスト・ワン』を会員に訊いた。そのときあがってきた作品でまだ読んでいないものを読むことにしたのである。
 今回はその結果、ダントツでトップに選ばれ「団栗」(どんぐり)を読むことにする。

◆本日(2015/09/11)、第107回オンライン「寅の日」!!

「団栗」(どんぐり)(青空文庫より)

▼私は、まだ今回の「雲見」の旅の余韻なかにいた。
今回は「雲見」「ヒガンバナ」を追うと同時に、「子規」を訪ねる旅でもあった。
「子規」と寅彦は漱石を介してツナガッテイタ!!
「子規」のことを、寅彦は「子規の追憶」でくわしく触れている。お互いに響き合うものがあったことは確かだ。
それはなんだったのだろう?
 今回読む「どんぐり」も初出はあの『ホトトギス』であった。なんという因縁だ!!
 文学者・寺田寅彦のはじまりと深い関係がありそうだ。
▼多くの人がお薦めの「どんぐり」の魅力のほんとうのところは、私にはまだわかっていない。
 ただ、次のような文章を読むと惹きつけられることは確かだ。

睡蓮(すいれん)もまだつめたい泥(どろ)の底に真夏の雲の影を待っている。
 どんぐりを拾って喜んだ妻も今はない。お墓の土には苔(こけ)の花がなんべんか咲いた。山にはどんぐりも落ちれば、鵯(ひよどり)の鳴く音に落ち葉が降る。ことしの二月、あけて六つになる忘れ形身のみつ坊をつれて、この植物園へ遊びに来て、昔ながらのどんぐりを拾わせた。

こんな文章を書いた寅彦にさらなる魅力を感じてしまうのである。

定点観測地に、今年から加わったヒガンバナがある。
それは、東京から「引っ越し」してきたヒガンバナである。それは、植木鉢のなかでまだ眠ったままであった。
寺田寅彦記念館の庭のシロバナヒガンバナは、もう開花したのだろうか?
今日あたり訊いてみようかな。

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伊予松山へ、「雲見」の旅!!(2)

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▼9日の朝もやっぱりまたしても迷っていた。
「子規」「漱石」と来れば、やっぱり私が思い出すのはあの人、「寅彦」だった。
 朝早起きして、松山から宇和島に向かい、そこから高知に行く。高知からの帰路、「雲見」と「ヒガンバナ」!!
そんなコースを想ってみた。
 しかし、それは9日中にはどうしても無理だった。
▼ならば、ここは徹底して「子規」にこだわってみようと思った。
◆「松山市立子規記念博物館」
以前にも、この前を通り過ぎていた。
 この度も、たまたま火曜日ということで、8日はダメだった。ならばここに行って思いっきり「子規」を堪能してみるというのも面白いかも知れない。
 幸い出かけたときは雨は降っていなかった。9時から開館ということで、それまで道後公園を散策して見た。
展望台にあがってみた!!
 正解だった!!ここからの「雲見」は最高だった!!
西にはあの松山城が、瀬戸内の海も、北は石鎚の山々だろうか。
南に見えるのは伊予の海だろうか。いつまでここに居たい気分になる「雲見」だった。
「松山や 秋より高き 天守閣」(子規)
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いよいよ「子規記念博物館」入ってみることにした。
今月の懸垂幕の一句は
「数珠玉(旧字)や 昔通ひし 叔父が家」(子規)
だった。後で館の人に聞いてみたところによれば、この一句は毎月変えられているようだ。
館に入るといきなり「へちまコンクール」が行われていた。
なぜヘチマなんだろう?
その疑問はすぐとけた。そう今月は「へちま忌」なんだ。
子規は明治35年9月19日、35歳の短い生涯をとじたのだ。
従ってその命日=「へちま忌」が今月なんだ。
昨日はその10日前だった。
音声ガイドをお借りしてまわった。
これが実に面白かった!!
予定していた時間をはるかにオオバーしてしまった。またぜひ来てみたいところだ。
外に出たら雨が降ってきていた。
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▼大急ぎで松山駅にむかった。
帰路も、来たときと同じコースで帰ることにした。
あいにくの雨のなかではあるが、今度こそ「ヒガンバナ」をカメラでとらえようと列車の車窓にはり付き待ち構えていた。
 確かに来たときよりもヒガンバナを見かける頻度が多かった。
しかし、なかなかタイミングよく写真を撮ることができない。ずっとずっとそれが続いていた。
そして、列車が「石鎚山駅」を過ぎたときだった。
ついにとらえた!!真っ赤に燃え立つヒガンバナを。
おまけに蝶まで舞っているのを確認できた。
その後、あるところを過ぎたらまったく見られなくなった。
瀬戸内海を渡って岡山・兵庫でも見ることはなかった。見逃しているだけかもしれないが…。
かなりの頻度で開花していなければ列車の車窓からは確認することができないのかも。
これはひょっとしたら面白かもしれないと思った。
全国のヒガンバナスポット(名所)の情報はネットでもよく見るようになった。
それも確かに興味あるところである。
それに加えて
◆列車の車窓から見えるヒガンバナスポット!!
である。
▼車窓からの「雲見」もずっと続けていた。
雨の日ならではの「雲見」があるはずと。
・雨の日の瀬戸内の海と「雲見」
・四国の山脈と「雲見」
等々
 雲は地形と深い関係がある。そのアタリマエの確認も面白い。

今回の「雲見」の旅も終えてみればやっぱり面白かった。
「雲見」「ヒガンバナ」も面白かったが、それにも増して「子規」との出会いが面白かった。
今さら「文学青年」を気取るつもりなどさらさらない。生まれ変わりでもしなければ無理な話だ。
 ただただ自分の文脈のなかで、「子規」とつき合ってみたくなってきた。
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伊予松山へ、「雲見」の旅!!(1)

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▼昨日(2015/09/08)朝。
私はまだ迷っていた。ここのところ恒例にしている「青春18きっぷ」は、後2日分残っていた。
これを使わないで残してしまうのはモッタイナイ!!
でも、台風18号の接近で天気は悪い。
 如何に「雲見」の旅と言えども、雨雲ばかりの「雲見」もつまらないのでは…。
いや今ならやっぱり「ヒガンバナ」も見たい。たとえ車窓からだけであっても、開花状況をこの眼で調べて見たい。
ならばどこへ向かえばよいだろう。
出かける直前まで迷っていた。
 そして、決めた!!瀬戸内海を列車で渡ってみよう と。
▼とりあえず向かう先は伊予松山と決めた。そこから先は着いてから考えることにした。
得意の無手勝流だ!!
 やっぱり予想通り天気は悪かった。
 せっかく瀬戸内海渡るときも、そして四国に入ってからも雲は多かった。
四国の山々は雲に覆われていた。
 車窓からは、「雲見」と「ヒガンバナ」に集中していた。
ちょっとでも赤いものをみつければ列車の窓にはりついて見た。
みごとなまでにヒガンバナはみつからなかった。
 とこらが伊予西条をすぎたあたりから、田んぼの畦にあるいは駅のホームの近くにちらっと見えはじめた。
あきらかに場所は集中している。
どこかに境界線があるように思えた。瞬間だから、カメラにおさめるところまではいかなかった。
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▼そうこうするうちに松山に着いた。
列車を利用して来るのははじめてだった。もう15時になっていた。
とりあえず宿をとることにする。
私の発想することは単純だった。伊予松山と言えば「子規!!」と道後温泉しかなかった。
まず「松山市立子規記念博物館」に行ってみたいと思ったが、あいにく火曜日は休館と教えてもらった。
 もうひとつのゆかりの地「子規堂」に行ってみた。
 これがなかなかよかった。
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▼もうひとつ行ってみたいところがあった。
「雲見」の旅だからというわけではないが、『坂の上の雲ミュージアム』である。
こちらもなかなか面白くて閉館の18時30分ぎりぎりまでひとりねばってしまった。
ここでもやっぱりいちばん気になるのは「子規」だった。
 ミュージアムに入る前と後に、そこからの「雲見」をして見た。
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夜、道後温泉の湯につかりながら、この後の思案をしてみた。
これもまた楽しである!!
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(つづく )

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ヒガンバナの不思議はどこまで? #ヒガンバナ

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▼昨日(2015/09/07)の朝、雨のやんでいる間に今年はじめて「発芽」をみつけた場所に行ってみた。
やっぱり次々と「発芽」し、花茎はのびてきていた。
 それまで何も見られなかった地面から、ニョキニョキと花芽が顔を出し、花茎が伸びてくる姿は何度見ても「ふしぎ!?」だ。
 それだけではなかった。少し離れたところには赤いかたまりが見られた。
近づいてみた。
 もうここまで来れば間違いなく「開花」である!!
 今年の私の「開花初見日」は、2015/09/07と記録しておこう!!
▼ヒガンバナの不思議について、有園正一郎氏がとても面白いことを言っていた。

◆『ヒガンバナの履歴書』(有園 正一郎著 愛知大学総合郷土研究所ブックレット2 2001.3.31)

のはじめに、ヒガンバナの不思議を9つあげていた。


 (一) 秋の彼岸前に突然花茎が伸びて、六輪前後の花が咲く。
 (二) 花が咲いている時に葉がない。
 (三) 花は咲くが、実がつかない。
 (四) みごとな花を咲かせるのに、嫌われる草である。
 (五) 開花期以外のヒガンバナの姿が思い浮かばない。
 (六) ヒガンバナが生えている水田の畔には他の雑草がそれほど生えない。
 (七) 人里だけに自生して、深山では見ない。
 (八) 大昔から日本の風土の中で自生してきたと思われるが、ヒガンバナの名が史料に現れるのは近世からである。
 (九) 田んぼの畔や屋敷地まわりで見かけるが、田んぼの畔や屋敷地まわりならどこでも生えているというわけではない。
            (『ヒガンバナの履歴書』P7より)

 
 著者は続けて言っていた。「これらの不思議のうち、五つ以上が思い浮かぶ人はよほどの観察者であり、五つ以上答えられる人は奇人の部類である。」(『ヒガンバナの履歴書』P8より)と。
▼私は、毎年これを自分自身のヒガンバナの「ふしぎ!?」の「現在地」を確認するのに使わせてもらっている。
 ある程度、自分なりに謎解きができたものもあるが、まだまだその糸口すらみつけていないもある。
 また、ある程度謎解きができたからと言って、「ふしぎ!?」は消えてしまうわけではなかった。
(一) 秋の彼岸前に突然花茎が伸びて、六輪前後の花が咲く。
(二) 花が咲いている時に葉がない。
そのカラクリがわかってもやっぱり不思議なもの「ふしぎ!?」だ。
▼ここ数年、特に注目している「ふしぎ!?」が
(三) 花は咲くが、実がつかない。
である。
 ほんとうだろうか!?
あんなにきれいな花をいっぱい咲かせるのに…。
蝶たちもあんなにやって来るのに…。
「日本のヒガンバナは3倍体だから…」と説明されても、どうしても納得できないものがあった。
「なかには、変わりだねがあって種子で殖える場合もあるのでは…」というのが、私の作業仮説であった。
 昨年採集の「種子」のうち3つが「発芽」「発根」し、今植木鉢の土の中に眠る。
今年はどんな展開があるだろう?

「ふしぎ!?」はまだまだ膨らみ続くのである。

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【Web更新9/6】15-36 【ヒガンバナ情報2015】 等更新!!

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いつ誰が 尋ねてみたし 石榴かな 15/09/05 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-36
週末定例更新のお知らせ
 「問いかけ」「はたらきかけ」「楽しく」「つき合う」=トハタツ方式!!
 これは、自然観察のため、自由研究(謎解き)のためにこの夏編みだした我流の流儀だった。
今さらのアタリマエをならべたに過ぎない。しかし、ことに迷ったり、複雑に入り組んだ謎解きにはこの「アタリマエ」が有効だ。
 この秋も使い続けたいものだ。

◆表紙画像2015 更新 人里の自然シリーズ 石榴
 何年か前に庭の枯れかけた石榴の古木をデタラメに剪定してみた。そしたらその古木は思わぬ復活した。
枝は伸び放題になりたくさんの実がついた。一昨年再び思いっきり枝をはらってみた。
 そしたら昨年はひとつも石榴の実ができなかった。ところが、今年は数え切れないほど石榴の実ができてかたくなっていく。
 この木いつ、誰がここに植えたのだろう?
 尋ねてみたいが、気づいたら尋ねる人は今は誰もいなくなってしまっていた。

◆【ヒガンバナ情報2015】更新!!
 ヒガンバナに「問いかけ」はじめて何年経つのだろう?
 自分の「記憶」もうすれてくるほど年月がたった。
「記憶するな、記録せよ!!」というウメサオの教えに従おう。
今年も拙い歩みは続けよう。
「トハタツ」で!!。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 「雲見」の「トハタツ」もまだまだ続く。今週は「雲見」の旅にも…

新しい一週間がはじまる。
今週はどんな「トハタツ」が待っているだろうo(^o^)o ワクワク

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ついにみつけた。ヒガンバナ「発芽」!! #ヒガンバナ

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▼ここのところずっとずっと捜していた。
地面ばかりを見ながら歩き回っていた。そして、ついにみつけた!!
ヒガンバナの「発芽」を!!
 鱗茎からずきんをかぶって顔を出した花芽はかわいい。
花芽が顔を出すのだからこれはやっぱり「発芽」と呼んでいいのだろう。
 けっきょく「初見」は昨年と同じ場所だった。
 時期もほぼ同じであった。
▼「ヒガンバナ前線は北から」の仮説を検証するため岩手の方にも問い合わせもしてみたが、まだのようだった。
しかし、結論づけるはもう少し待ちたい。
 それにしても、この後のヒガンバナの展開は見ものだ!!
スルスルと花茎をのばし、お彼岸の頃にはきっちり満開になる。
花茎はときには10㎝近くのばすこともある。
すごいエネルギーだ!!
そのエネルギーはどこからやって来るのか?
鱗茎のなかにはどのように蓄積されているのだろう?
「ふしぎ!?」は尽きない。
▼ヒガンバナには3つの「時期」があった。
「花の時期」「葉の時期」「休眠の時期」である。
今は、まさにこの「休眠」から目覚めめ「花の時期」のはじまりだ!!
3つの時期をまるごととらえてこそ植物「ヒガンバナ」が見えてくる。
「光合成」の偉大さを学ぶのにもこれほどすぐれた教材はないと思うのだが、どうだろう。
◆科学読み物「彼岸花の一年」
▼もともとの「ふしぎ!?」にもどろう。
「休眠」から目覚めるときはどのようにしてきまるのだろう?
「気温」(地温)が決定的な要因であることはある程度わかる。
水も必要であることも、なんとなくわかる。
結局は「化学変化」なんであろうか。
臨界点があるのだろうか?それはどこに?
そもそも「休眠の時期」に地下で何が起こっているのだろう?
またまた「ふしぎ!?」が深みにはまり込んでしまいそうだ(^^ゞポリポリ
でもやっぱり 「ふしぎ!?」なものは「ふしぎ!?」だ!!
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 年間通して観察しているもうひとつの植物があった。
大賀ハスである。
 大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから23週目であった。
今年は、ひとつも直立したままの果托はなくなってしまった。
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eラーニング『空の探検』(講師:武田康男)が面白い!!

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▼「雲見」は私の究極の道楽だ!!
これほどいつでも簡単にできて奥の深い楽しみはない。
「雲見」定点観測地をきめて、空を見上げるだけだ!!
それだけでいろんなアタリマエ!!の発見がある。
なにより面白いのは、まったく同じ「雲見」は二度とないということだ。
「雲見」はいつでも一期一会!!
▼「雲見」のさらなる面白さを教えてくれるすばらしい道案内人がいた。
「空の写真家」であり、「空の探検家」の 武田康男さんである。
その武田さんが「好きなときに」「好きな場所で」「自分のペースで」学べるeラーニング教材を出しておられる。

◆eラーニング『空の探検』(講師:武田康男)

 これが実に面白い!!
面白すぎて紹介せずにはおれない。
 これまでも、書籍などを通して武田さんにはいろいろ学ばせてもらってきたが、これはまたひと味ちがった面白さだ。
 武田康男さんならではの 「雲見」のすすめ である。
▼私はこの夏、2度武田康男さんから学ぶ機会があった。
・富士山五合目へ、「雲見」の旅!!(1) (2)

・空の写真家 武田康男「空のふしぎ写真展」
である。
 その後に再び、この教材を見せてもらった。
 なんでもゆっくりな私は、はじめてあのときの武田さんの言葉はそんな意味だったのかと今さら気づくことが多々あった。
 たとえば「雷」だ。
 富士山五合目であんなすごい雷を武田さんの解説つきで観察して、この教材の「雷」を見たらあのときの言葉の意味が少しだけわかりだした。雷にもまだまだいっぱい「ふしぎ!?」があるんだと今さらながら知った。
 「日の出」「雲海」「観天望気」などについても同様だった。
写真展で多数見せてもらった「飛行機からの雲」についても同様だった。
▼もう蛇足になりそうだが、【お薦め本】風に3つのお薦めポイントあげるとすればこうだ!!
(1) 説明がとてもわかりやすい!!
(2) ふつうの雲、レアな雲のすべてが動画で見せてもらえる!!
(3) きっと自分でも「雲見」をやってみたくなる!!

まとめると

最高の「雲見」のすすめ!!

である。ぜひ…。
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「ヒガンバナ前線は北から」と言えるか!? #ヒガンバナ

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▼昨日(2015/09/03)、東北(白石市)から、一昨日の「花茎が伸びてきている」という情報に引き続いて「開花しているものある」という情報をもらった。
 あらためて庭の定点観測地を見てみるが、まったくその気配はなかった。家の周辺の観察場所も見て回るが同様であった。
▼夕方になって、秋雨の合間をぬって、ここ数年の「最高のヒガンバナスポット」としている場所(夢前町)に車ででかけてみた。
 例年その時期には赤く燃え立つ松明の行列が見られる場所だ。
 昨年は自然結実したヒガンバナの種子を手に入れた場所でもある。
 同じだった!!
 かなり入念に観察したつもりだが、ひとつとして花茎が顔を出し伸びているものはなかった。
あきらめかけたときだ。少し離れた田んぼの畦に、赤い点が…。
 近づいて見た。
間違いなく開花したヒガンバナだ!!
たった一本だけだ。
花茎の足元を見るが、追随するものはなかった。
この一本だけだ。
 また、もういちどさらにじっくりとあたり見回るがそれはなかった。
 むき出しになった鱗茎にもその気配はなかった。
これは「はしりもの」と言うより「かわりだね」だろうか。
▼やっぱり播磨の地の「ヒガンバナ開花」はまだだ。
東北から情報と「日平均気温が20℃~25℃で開花」ということを加味してひとつの作業仮説を立ててみた。

「ヒガンバナ前線は北から」

 これまでは、ヒガンバナの開花は若干のずれはあるもののほぼ全国一斉に開花すると思って来た。
ところがよく考えてみると、いつも東北からの開花情報が先行しているような気がしてきた。
 気温がある程度低下してからということであれば、北の方が開花が早いと考えてもアタリマエ!!
▼ところが、事例は今のところひとつだ。
なんとしても、たくさんの事例を知りたい!!
 ちょっと不利なことがことがあった。それは日本のヒガンバナは3倍体、おそらく九州あたりから全国に拡がっていった。北国へいくほど絶対数が少ないことが考えられる。
 それでも、これまでのヒガンバナネットワークを駆使して今、知りたい!!

全国のみなさん教えてください!!
ヒガンバナは 今 !?

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ヒガンバナの開花時期を決めるのは何か? #ヒガンバナ

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▼たかがヒガンバナ されどヒガンバナ!!
そこには汲めども汲めども尽きぬ「ふしぎ!?」があった。
 昨日の朝も、いつものクモ散策コースを延長してヒガンバナコースも歩いてみた。
ここ数年、「初見」ヒガンバナをみつけた場所にも行ってみた。
 しかし、そこの浮き株からも花芽が顔を出してはいなかった。
「ヒガンバナの開花時期を決めるのは何か?」
 毎年毎年繰り返している「ふしぎ!?」だった。
アバウトではあるが謎解きをしていた。
決定している要素には大きく2つあると思っていた。
その2つとは
・気温(地温)
・水分(雨)
である。
▼気温に関する2つの研究を知っていた。
ひとつは
◆ヒガンバナ開花情報(2009)(熊本国府高等学校PC同好会)
そこには「ヒガンバナの開花は日平均気温20~25度が目安らしい。」と書いてあった。
そして、実際に開花がはじまるのは9月初旬で、日平均気温が26~28℃を下まわるようになったら開花していた。
もうひとつの研究は
◆「夏期の気温上昇がヒガンバナの開花に及ぼす影響」(重藤大地 中島敦司 山本将功)
であった。
▼これらに自分が観察してきた経験もプラスして、ある程度のルールは作っていた。
 それからいくと、今年はもうそろそろであると思うのだが。
 気温と雨が関係しているとなると、地域差が出てくるだろう。
そこで「雲見」とツナガルのである。
それがまた面白い!!
と書いたら、さっそく東北(白石)から、「花芽が顔を出した」という情報が入っていた!!(画像とともに)

今日も、秋雨の合間に歩いてみようと思う。
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今年のヒガンバナはいつ咲くのか? #ヒガンバナ

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▼ここからニョキニョキと花茎が伸びてきてあのみごとな花を咲かせるのはいつだろう?
そんなこと考えながら秋雨にぬれる定点観測地゛のヒガンバナの「浮き株」をながめていた。
 少し意識的に観察しはじめてからでも早い年も遅い年もあった。
今年はどうだろう?
▼この「ふしぎ!?」を追いはじめてのは古い。
「記録」に残してきたものをだけでも歴史があった。
生まれてはじめてつくったWebページもヒガンバナに関するものだった。
1998年の4月のことだった。
▼これまでの取り組みをまとめる機会をいただいたこともあった。
『人の暮らしに密着するヒガンバナ』
 また、これから多くの人と一緒にこの「ふしぎ!?」を追いたくて
◆Webテキスト『ヒガンバナ』
を作ったこともあった。
それからでも2年が経った!!
▼今年の謎解きでどこまでいかけるだろう。
それが楽しみだ。

秋空の雲行きはなかなか青空を見せてはくれそうになかった。

(つづく)
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「雲見」と観天望気!!(11)

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「もくもくシール」を貼った8月「雲見」カレンダーをながめながら、8月の「雲見」をふり返ってみた。
何と言っても小諸で見た日暈が最も印象に残っている。
「「雲見」のすすめ考」 をレポートしているときに偶然にもそれを見たわけだから印象深い!!
「雲見」に関連して
・播磨平野の海陸風の再発見!!
・クモは「観天望気」ができる!!(仮説)
なども記憶に残った。
▼さあ、今日から9月だ。
9月はどんな「雲見」に出会えるだろう?
さっそく秋雨前線の雨だ!!
 この秋雨前線の動向はどうなるだろう。
 今日は防災の日、そして同時に二百十日だ!!
台風はどうだろう? いくつぐらい近づいて来るのだろう?
▼昔の人は、この9月にどんな「雲見」「観天望気」をしてきたのだろう?
例によって
◆『天気予知ことわざ辞典』(大後美保/編 東京堂出版 昭和59.6.15)
の「9月」の項から「天気コトワザ」を引用させてもらう。

○二百十日に東方の雲に光あらば台風来る
○ナマズが騒ぐと地震がある
○地震の後には風が吹き雨が降る
○夜露多ければ晴
○雲が東より西に向かって急走すれば暴風あり
○カゼクサの茂り多き年は暴風あり
○サケ、マスの豊漁は早冷
○シケグサの葉に節ができると暴風があり、その節の数は暴風の回数を示す
○山に黒雲かかれば暴風雨
○海鳴が聞こえると暴風雨が来る
○五七は雨に四つ日照り、六つ八つ風に九の病
○暴風雨来る前には松の緑が風に来る反対に曲がる
○夕方草葉に早く露をおく時は翌日晴
○暁の白雲急に散れば大風となる
○煙突の煙が下を這うと風の兆し
○池に唾してひろがれば晴、ひろがらなければ雨
○ソバの殻ばかりで実の無い年には早霜
○秋に海潮満つる時は雨となる
○暑さ寒さも彼岸まで
○彼岸坊主の大袈裟流し
○モズの高鳴き七五日
○夜非常に喉が渇き水の飲みたい晩は翌日雨
○西が海鳴すると天気悪くなる
○ミンミンゼミが早く鳴いた年は霜が早い
○作物のみのりが早ければ雪が早い
○山の私雨
○敷石が濡れれば雨
○秋雨蒸暑ければ大風
○返り花の多き年は大雪となる

▼ほとんど知らないものばかりである。
使っているモノと言えば
○暑さ寒さも彼岸まで
ぐらいだろうか。
 そして少しだけ意識しているものがあるとすれば「二百十日」というコトバぐらいだろうか?
農家に育ったので、「二百十日」→「台風」ということは聞かされてきた。
 二つとも暦に関するものだ。
これはアタリマエのことだけど、注目に値することだ。
地球は昔からずっと同じ年周運動を繰り返しているのだから、日にちを数えて「天気の変化」を<予想>するというのは、けっこう「科学的」なことなのかも知れない。

 私としてはヒガンバナの開花情報が気になるところだ。
さあ、9月!!
どんな「雲見」が待っているだろう?

(つづく)


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