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新・「自由研究」のすすめ試論(113)

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▼台風一過の朝。
いつものクモ散策コースを歩いてみた。
コガネグモはもうみられなくなっていたが、成長したコガタコガネグモの姿がめだっていた。
 「コガタ」と言えどもその姿はりっぱであった。コガネグモ、ナガコガネグモに比べて貴奴には誇れるものがあった。その俊敏な動きだ!!
 ちょっとしたもの音(振動)だけで、センター(こしき)から目にも留まらぬ速さで動く。
その駆動力はどのクモよりりっぱなものだ!!
 あらたな場所で、「団居」「蜘蛛の子を散らす」も見た!!
今年4度目である。どんな種類クモの子グモなのかはまだ不明だ。
何度、繰り返しみていても飽きない。とても面白い!!
この状態からバルーニングまでをしっかりと見届けたいが、なかなか実現していない。
▼これを、家に持ち帰りじっくり観察した観察名人がいた。
それが、あのジャン・アンリ・ファーブル(1823-1915年)である。
先日からあらためて
◆『ファーブルの昆虫記 下』(大岡信編訳 岩波少年文庫 )「クモ」
を読んでみた。
 驚いた!!いや感動したという方が正しい。
 実に面白いのである。
「よくぞそこまでやってくれた」という話、
「そうそう 私の見た場合もそうだった!!」という話が次々と出てくるのだ。
誰もがなぜこの『昆虫記』を絶賛するのか少しだけわかりはじめた。
「クモ」はこの「1 クモの巣立ち」と言う話からはじまっていた。
ただ見ているというだけの「観察」ではなかった。
クモたちに「問いかけ」「はたらきかけ」、そして「楽しみ」とことんクモたちと「つき合って」いた。
トハタツ方式を実践していた。
まさにファーブルは、トハタツ名人だった!!
2年前からはじまった私の「クモ学」。
これも、また今年の夏の「自由研究」の中心的なテーマだった。
私には「昆虫少年」であった記憶などまったくない。ましてや「クモ」などにはまったく興味関心がなかった。
それがどうして、こんなにもはまってしまったのか。
自分でもそれが「ふしぎ!?」だ。
 今では、最大の不思議は「なぜ、こんな身近に一緒に暮らしているクモに今まで興味を持たなかったのか?」
であると言い切るまでになった。
 はじまりは一昨年の夏に一匹の「コガネグモの狩り」をたまたま目撃してしまったことだった。
そして、決定的にクモの大ファンになったのは、昨年の夏の「ゲホウグモ」の出会いだった。
138日間に及ぶゲホウグモと「つき合い」は、今思いだしても面白すぎた!!
▼3年目の今年の夏。
 残念ながら、あのゲホウグモと再会することはできなかったが、今年もコガネグモは何匹もほんとうに庭先までやってきてくれた。
 巧みな糸技の数々を披露してくれた。
私の拙い「トハタツ」にも応えてくれた。
アリガタイかぎりだ!!
いちど、現時点での「ふしぎ!?」の整理をしておくことも必要だろう。

コガネグモたち変わってジョロウグモたちの姿が目立つ季節になってきた。
あきらかに秋ははじまっていた。

(つづく)
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