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本日(2015/06/07)、第99回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日は、大賀ハス蓮根植え替えから10週目の定例観察日であった。
「梅雨晴れ」の一日だった。
 今年最初に花芽を出した第一号の蕾は大きくふくらみはじめていた。花弁(萼なのかも)の一枚が少しはがれはじめると、その翌日から「あこがれの4日間」がはじまる。それはいつだろう?
そのとき梅雨前線はどこにいるだろう?
「天気図」と「観察池」から目が離せぬ日々がもうすぐやって来る。
▼本日(2015/06/07)は、第99回オンライン「寅の日」である。
ついに100回がほんとうに近づいて来た!!
今年に入ってずっと「寺田物理学」を追いかけてきた。続いて「レイリー」「ルクレチウス」を読んできた。
全部がツナガッテいた!!
 益々、科学者・寺田寅彦に強く強く惹かれるばかりだ。
今月は「科学と研究」「研究の方法」をテーマに読みたい。
今回選んだのは「量的と質的と統計的と」である。

◆本日(2015/06/07)、第99回オンライン「寅の日」!!

●「量的と質的と統計的と」(青空文庫より)

▼結論から言う。
今回の作品の選択は正解!!だったと思う。
「寺田物理学」も「レイリー」も「ルクレチウス」もみんな出てくるんだ。選んだときはそこまで意識していなかったが、今読み返してみてつくづくとそう思うのである。
まずは「量的」と「質的」の話からはじまる。

 この歴史的事実は往々、「質的の研究が量的の研究に変わったために、そこで始めてほんとうの科学が初まった」というお題目のような命題の前提として引用される。これは、この言葉の意味の解釈次第ではまさにそのとおりであるが、しかしこういう簡単な、わずか一二行の文句で表わされた事はとかく誤解され誤伝されるものである。いったいにこの種類の誤伝と誤解の結果は往々不幸にして有害なる影響を科学自身の進展に及ぼす事がある。それはその命題がポピュラーでそうして伝統的権威の高圧をきかせうる場合において特にはなはだしいのである。

「あれ(・_・)......ン?いつのことだ?」と思ってしまうような文章がならぶ。
寅彦がこう書いたのは1931年(昭和6)だ。だから今から84年前だ!!
続ける。

 現代のように量的に進歩した物理化学界で、昔のような質的発見はもはやあり得まいという人があるとすれば、それはあまり人間を高く買い過ぎ、自然を安く踏み過ぎる人であり、そうしてあまりに歴史的事実を無視する人であり、約言すれば科学自身の精神を無視する人でなければならない。

 いつも引用が多すぎて反省しているのだが、どうしても自分の言葉でまとめられないものでやっぱり引用させてもらう。

これらはきわめて平凡なことである。それにかかわらずここでわざわざこういうことを事新しく述べ立てるのは、現時の世界の物理学界において「すべてを量的に」という合い言葉が往々はなはだしく誤解されて行なわれるためにすべての質的なる研究が encourage される代わりに無批評無条件に discourage せられ、また一方では量的に正しくしかし質的にはあまりに著しい価値のないようなものが過大に尊重されるような傾向が、いつでもどこでもというわけでないが、おりおりはところどころに見られはしないかと疑うからである。そのために、物理的に見ていかにおもしろいものであり、またそれを追求すれば次第に量的の取り扱いを加えうる見込みがあり、そうした後に多くの良果を結ぶ見込みのありそうなものであっても、それが単に現在の形において質的であることの「罪」のために省みられず、あるいはかえって忌避されるようなことがありはしないか、こういうことを反省してみる必要はありはしないか。

 これを書いた頃、寅彦は『天災は忘れた頃にやって来る』の警鐘を鳴らし続けていた。
それと同時に「科学」に対しての警鐘も鳴らし続けていたのではないだろうか。
私にはそう聞こえてくる。
▼どこまで深く読み解いているかは別にして、ここまで繰り返し繰り返し寅彦の文章を読んできたことのひとつの成果であろうか。
 寅彦の文章のパターンが少しだけ見えてきた。
実は「量的と質的と」の問題は前段だった。本命は最後の「統計的と」にあるとみた。
これがスゴイ!!

 こういう時代において、それ自身だけに任せておくととかく立ち枯れになりやすい理論に生命の水をそそぎ、行き詰まりになりやすい抽象に新しい疎通孔をあけるには、やはりいろいろの実験が望ましい。それには行ない古したことの精査もよいが、また別に何かしら従来とはよほどちがった方面をちがった目で見るような実験的研究が望ましい。ことにこの眼前の生きた自然における現実の統計的物理現象の実証的研究によって、およそ自然界にいかに多様なる統計的現象がいかなる形において統計的に起こっているかを、できるならば片端から虱(しらみ)つぶしに調べて行って、そうしてそれらの現象の中に共通なる何物かを求めることが望ましく思われる。
この難儀の問題の黒幕の背後に控えているものは、われわれのこの自然に起こる自然現象を支配する未知の統計的自然方則であって、それは――もしはなはだしい空想を許さるるならば――熱力学第二方則の統計的解釈に比較さるべき種類のものではあり得ないか。マクスウェル、ボルツマン、アーレニウスらを悩ました宇宙の未来に関するなぞを解くべきかぎとしての「第三第四の方則」がそこにもしや隠れているのではないか。  このような可能性への探究の第一歩を進めるための一つの手掛かりは、上記のごとき統計的質的現象の周到なる実験的研究と、それの結果の質的整理から量的決算への道程の中に拾い出されはしないであろうか。

私がすぐさま連想したのが、「大気の物理学」だった!!
浅学なポンコツ理科教師が言うようなことではないかもしれないが、私は今、心底知りたいと思う。

●この寅彦の提言は84年たった今どうなっているのだろう?
●「科学」は今どこにいるのだろう?

蛇足にもうひとつ
●ここに「これからの科学教育」のヒントが間違いなくある!!
と思うのだがどうだろう?


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