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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(62)

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「大気の物理学実験室」とてもお気に入りの表現だった。
誰かの受け売りなんだろうか?自分の造語なんだろうか?
それはともかく
自分で使い始めたのはいつ頃からなんだろう?
検索をかけてみた。
 そしたら次の記事がみつかった。
◆「大気の物理学実験室」にて!(2010/10/26)
 そうすると少なくとも5年近く前から意識的に使っていたようだ。
▼そのお気に入りの「大気の物理学実験室」で、「雲見」からはじめて「自分で明日の天気予報をする」までのそのためのWebテキスト『天気の変化』を構想しはじめたのはいつごろからだろう。
 その作業もここしばらく頓挫していた。どこまで来ていたのだろう?
 「大気の物理学実験室」をより立体的にとらえるために「高層天気図」に注目していた。
その面白さにいささか感動していた。
 毎日の「雲見」と「高層天気図」がツナガッタときこれは面白いと思った。
 わけわからないと思っていた「エマグラム」もまた然りだった。
 水平方向に移動して、「雲見」の旅を楽しもうと思った。
だいたいこんなあたりまで来ていたのだろうか。
▼そもそもなんでWebテキスト『天気の変化』づくりなどという作業をはじめたのだろう。
それは、テキストづくりという作業が、私の「学びの方法」としていちばんふさわしいと思ったからである。
「テキストづくり」というといつも思い出す一文がある。

 ”テキスタイル”ということばは、いつとはなしに造り出され、使用されるようになった。”わたしたち”の造語である(textile=織物ではなくて、text+style=textyleである。)”わたしたち”が教えたい、わかってほしいと願う事柄がきまったからといって、それはまだテキストではない。テキストは、発問と、資料と、実験と、読み物などで構成されるが、とりわけ、どんな発問を、どんな順序で用意するかが重要である。いや、内容がきまってから「さて発問は?」というのでなくて、事例に関する発問、事例を法則の支配下に位置づけさせる発問、等を考える過程の中で、”わたしたち”の中に次なる内容が求められ、獲得されていくのである。(『極地方式入門』(高橋金三郎・細谷純編、国土社1974.3.20) p174より)

 そうこの「テキスタイル」こそが、私に最もピッタリとくる学びの方法なのだ。
▼「大気の物理学実験室」はほんとうにアリガタイ!!
いつでも
どこでも
誰でも
その気になればすぐさま「実験」を観察することができた。
それに
「実験室」は年中無休!!
多種多様の実験のオンパレード!!

さあこのアリガタイ「大気の物理学実験室」でテキストづくりをすすめよう!!
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

(つづく)

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ヒガンバナの仲間たちの実生は…!? #ヒガンバナ

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▼私はヒガンバナだけでなく、ヒガンバナの仲間たち(リコリス)についても、種子から育てることに挑戦をしていた。
 育てているのはキツネノカミソリとコヒガンバナである。
いずれも2倍体であり、種子から殖えることもあると言われていた。
 しかし、それは「言われていること」であり、私が見たことではなかった。
私は、自分の手でこの「実生」に挑戦して、種子から育て花を咲かせてみたいと思った。
 このアタリマエを「科学」してみたかったのだ!!
▼キツネノカミソリについては2013年度から取り組んでいた。とは言っても、球根から育てることは本やネットで紹介されていたりするが、種子から育てる方法などはどこにも書いてなかった。
なければ、自分で試行錯誤を繰り返しながら「誰でも簡単にできる」方法を確立しかない!!
 意気込んでみたものの専門知識も、装置もなにもない私は、いつもの「無手勝流」しかなかった。

ナイロン袋から出して土ポットに移植したキツネノカミソリ3つが順調に成長していた。
これがまた悩みのタネだった。3つが三者三様に成長の仕方がちがうのだ。どれがスタンダードなのか、今の私には判断がつかなかった。
 第一のモノはいかにも「根」(球根)のように膨らんできた。「発芽」か「発根」か???
 第二のモノは膨らんだ部分はあるもののあきらかに「葉」のようなものがどんどん伸びてきた。昨日の段階で5.5㎝もあった。
 第三のモノは土ポットのなかに潜り込んでしまった。私としては、今のところこちらの都合のいいスタンダードがこれかと思っているが、自信がない。
 実は、ここまでであれば、これに近い状態に昨年度も来ていた。ところが結果的には萎れさせてしまっていた。
それは今年は繰り返したくはなかった。
さて、次の一手は…???
▼もうひとつのヒガンバナの仲間はコヒガンバナである。元祖ヒガンバナのような存在だった。
幸いなことに昨年の秋、友人から51個もの種子を分けてもらっていた。
保存・発芽処理の方法はキツネノカミソリの場合と同様な方法をとっていた。この春にナイロン袋から出して、すでに元気よく「発芽」しているもの7つは土ポットに移植した。
他の44個は、4つのケースに分け水で湿らせたティシュペーパーの上に「蒔いた」。
土ポットの方は、基本的には土に潜り込むように成長している。「根」(球根)の部分のふくらみが外で目立ちはじめているものも出てきた。
 ケースに「蒔いた」方は、ほぼあきらめていたも含めてどんどん「発芽」していった。
ところ狭しとばかり芽がのびてきている!!
 「発芽」したのは、昨日の段階で51個のうち40個にまでなった。
40/51なんと発芽率78%だ!!
やっぱり2倍体なんだ!!
▼ひょっとしたら私は、「発芽」という段階までは成功したのかも知れない!!
ヒガンバナの仲間の実生における「保存」「発芽」のさせ方の簡単な方法をみつけたのかも知れない。
誰もが簡単にやってみることができる方法の確立は私の理想だった。
すぐれた教材の法則=「3K(感動・簡単・きれい)の法則」に通ずるものがあると思っていた。

ちょっと喜んでは見たものの、ここから先はまたまた迷走するばかりである。
専門知識も技術も設備もなにもない私だが、たったひとつ強力な味方があった!!
それはネットだ!!

「情報は発信するところに集まる!!」を信じて。
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ヒガンバナ実生、2個の種子が「発芽」して…!! #ヒガンバナ

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▼私にはヒガンバナを種子から育て花を咲かせるという夢があった。
通常の日本のヒガンバナは3倍体であり、種子をつくらず球根(鱗茎)の分球によってのみ殖えると言われていた。
 シロウトの私にはどうしてもそれがすんなりと納得できなかった。
 九州から東北の北部まで、その季節になれば野に壮大な赤い松明の行列を見せてくれるヒガンバナ!!
燃え立つようなみごとな花だ!!その花には蝶たちも集っていた。
 あんなたくさんの花のなかには、種子をつくる「かわりだね」が出現することもあるのでは…。
そして、分球で殖えるだけでなく、「種子」で殖えることもあるのではないだろうか。
 シロウトならではの単純な「仮説」だった。
▼この「仮説」を立証するためには、まず「種子」を捜さねばならない。
長年紆余曲折したが、ついに2013年度2014年度と引き続いて大量の「種子」たちと出会った。
とてもうれしい「発見」だった。
 とりわけ2014年度には、いろんな場所で「発見」した。
 誰も本気でそんなもの捜さないだけで、実はその季節になればアタリマエ!!にみつけることができるのではないかとまで思った。
 手に入れた「種子」を濡れたティシュペーパーと伴にチャック付きナイロン袋に入れ保存した。
このときにまたしても「失敗」をやらかしてしまったが…。\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
このうちのひとつが「発芽」しているのかも!?の報告はすでにしていた。
その後も注意深く観察していた。
「0」と「1」とは全然違う意味をもつことはすでに報告した。同様にいやそれ以上かも知れない。
「1」と「2」もまったく意味が違うのである!!
「単数」と「複数」のちがいは可能性を大きくふくらませるのである。
なんと2個目も「発芽」し成長してきたのである。
ほんとうに「種子」を手に入れたのだ!!
ヒガンバナ実生への夢は大きく大きくふくらんでいくのである。
▼初夏を思わせる日ざしのなかで定点観測地のヒガンバナは枯れ逝こうしていた。
他の植物たちに完全に包囲され、陣地はドクダミやスギナ等に侵入されていた。
梅雨までには地上から、その姿を消すだろうか。
そして、また秋の彼岸が近づいてきたら顔をだしてくるだろう。
「発芽」した種子(たち)はこのあとどうなっていくだろう?
見逃すことないように観察をつづけていきたい。
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【Web更新4/26】15-17 オンライン「寅の日」 等更新!!

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蒲公英や いのちの数の 数えたり 15/04/25 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-17
週末定例更新のお知らせ
 表紙のカウターの下に「98/04/25(土) OPEN」とメモしていた。つまり、先日の4/25(土)でこのホームページをつくってから17年の歳月がたったことになる。17年!! 自分でも驚いてしまう歳月だ。
 もっと驚くのは、外枠はほとんどはじめた当時のままであるということだ。コンピュータなんて大の苦手な人間が人に一から十まですべてを教えてもらいながらはじめたページだった。
 根っこのところがもうひとつわかっていないことも理由のひとつだが、当時のまま続けてきた。
恐ろしく愚直に「微更新」だけを繰り返してきた。
 「誰にでもできることを 誰もやらないぐらいに」だけをモットーに続けてきた。
 きっと、これからも…。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 蒲公英(タンポポ)
 連休が近づいて来た。この季節になると思い出す「連休課題研究」があった。
『タンポポの研究』である。連休が終わればレポート発表をしてもらった。数々のドラマと出会ってきた。
 家族総出で取り組んだすごいレポートにも出会った。タンポポの根っこ掘りで大騒動もあった。
「タンポポコーヒー」も美味しかった。
 綿毛の種子も、「芽生え」を観察し育ててみてはじめて「種子はいのち!!」と感動したものだ。
 
◆オンライン「寅の日」 更新!!
 まだまだ「寅彦を訪ねての旅」の余韻のなかにいた。
読めば読むほど「寅彦」は今日的であると実感してくる。
 オフではぜひそんな「寅彦」を、そして「私の科学」を語り合い学び合いたいものだ!!

◆「コウガイビル」を追う 更新!!
 第6・第7コウガイビルとのつき合いは、私の「大失敗」でたった一日だけのものになってしまった!!
でもその一日でたくさんのことを教えてもらった。
・数㎜の穴から2匹ともが「脱出」してしまった。
・どのようにもからだを変形できる驚異の能力!!
・その穴をどのように感知したのだろう!?どんなレセプターを持ち合わせているのだろう?
・吸着力のすごさはどこから?
・あの粘液の正体は?
・カタツムリをどのように「消化」したのだろう?驚異の「消化」能力!!
・動物にとってやっぱり「食べる」は謎解き第一方程式か?
・「コウガイビル」はまだまだ「ふしぎ!?」のかたまりだ!!
・その「ふしぎ!?」のかたまりは、私の最も身近にいる!!
・最大の「ふしぎ!?」はいつもでも最も身近にある!!
等々である。
 気を取り直して、第8コウガイビルとの出会いを待とうと思う。

さあ、新しい一週間がはじまる。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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6/20(土)オンライン「寅の日」100回達成記念オフin神戸 案内 #traday

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▼昨日は大賀ハス観察池の定例観察日だった。
蓮根の植え替えからはやくも4週目。葉が観察池からちょこっと顔を出すように広がりはじめていた。
垂直にのびていた葉茎はいつしか水面を這うようにのび始めた。最初は浮き葉になっていくのだろう。この展開は最初からインプットされているものなんだろう。アタリマエだけどやっぱり「ふしぎ!?」だ!!
 昨年度の「大賀ハス観察日記」を見てみると、最初に花芽が顔を出したのは6/2だ。そして最初の「あこがれの4日間」がはじまったのは6/19だ。今年はどんな展開があるのだろう?
楽しみである。o(^o^)o ワクワク
▼ちょうどそのころにひとつのオフを計画した。
◆6/20(土)オンライン「寅の日」100回達成記念オフin神戸
である。
 2012年4月より実施してきたオンライン「寅の日」は6/19(金)でついに第100回となります。
そこでそれを記念してのオフを計画しました。ふだんのオンラインとはまたちがって、顔をあわしての話し合い、学び合いは、またひとあじちがった楽しいものになるのではと思っています。
 食事を一緒にしながら楽しく語り合い学び合いましょう!!
【話し合いの内容】
◆私の好きな寅彦の作品
◆寺田寅彦と私の「科学」
◆これからのオンライン「寅の日」
◆「私の科学」の楽しみ
等々を語り合いたいと思います。
もちろん、今から「寅彦」を読むという人も大歓迎です。

【日時】
2015/06/20(土)18時~
【場所】
神戸(詳細は後日連絡します)

 
 久しぶりの【理科の部屋】オフも兼ねたいと思いますのでぜひお気軽にご参加ください。
申し込み等はここに応答してくださるか、【理科の部屋】5またはFacebook版【理科の部屋】でお願いします。
ではお待ちしています。

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【立春の卵】78日目に倒れた卵の中身は!?

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▼私は今年の立春の前日、つまり節分の2月3日に、「立春でなくても卵は立つ」ということを自ら立証するために5つの卵を立てた。それ以来、毎日毎朝起きたらこの5つの卵の写真を撮り続けその画像報告を日課としてきていた。
 いつまでも倒れないかに見えた。しかし、そのひとつが、78日目(2015/04/22)の夕方倒れてしまった。
倒れた卵が気になったが、他の4個の様子を継続して観察したかったので手もふれずにそのままにして置いた。
 それを昨日の午後、思い切って検証実験(?)をいろいろやってみることにした。
それに先立ちFacebook等でいろんなアイデアを教えてもらっていたのでそれらを参考にさせてもらいながらやってみた。
 5個そろった最後の姿を写真に撮った。そしていよいよ倒れた卵に「はじめて」手を触れる。
ドキドキしてきた!!
(゚o゚)ゲッ!!
予想に反して、けっこう重い。振ってみたりする必要もなくふつうの生卵だ!!
これには少し落胆した。もっと水分が蒸発してカラカラになっていると思っていたからだ。
「もう一度立ててみたら」というアドバイスをいただいていたのでそれに挑戦することにした。
別の机の上でそれをやってみた。
立った!!
意図も簡単に立ったのだ。
ひょっと したら重心が少し下の方に移動しより立ちやすくなっているのかも知れない。
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▼感触だけでなく実際に重さを測ってみることにした。
58gあった。これだけでは軽くなったのかわからない。そこで新しい生卵も測ってみることにした。
69gあった。1個だけでは判断できぬ。
全部で6個の生卵を測ってみた。69g,69g,62g,62g,61g,55gだったけっこうバラツキがあるものだ。
これだけでは一概に「軽くなった」と判断しかねた。この卵が元々いくらだったかがわかっていないのだから。
 そこでもうひとつの実験をしてみることにした。水のなかに沈めてみるのだ。もし水が蒸発して軽くなっているのであれば密度は小さくなって浮くのではないか?という予想だ。
 まずはこれも対照実験のためふつうの生卵だ。アタリマエだが6個ともいずれもが沈んだ。
いよいよ、倒れた卵だ。ここでもワクワクドキドキだ!!
(゚o゚)ゲッ!! (゚o゚)ゲッ!!
やっぱり沈んでしまった!!でもちょっとふつうの生卵と沈み方がちがっていた。
ふつうの卵「ギュー ゴッチン!!」と底にあたる。
倒れた卵「ファ~ ゴッン!!」と底にあたった。
だからやっぱり少しは…
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▼そこでちょっと試してみたいと考えていたことを思いだした。
それは元祖『立春の卵』の中谷宇吉郎の文章のなかにあった。中谷は次のように書いていた。

 教室の昼飯の時に、この話を持ち出してみたら、H君が一つ顕微鏡で見てみましょうということになった。H君は人工雪の名手である。顕微鏡の下で雪の結晶を細工するのになれているので、卵の凹凸くらいは物の数でない。さっそく台の上に墨を塗って、その上に卵を立て、卵の尻(しり)に黒いマークの点をつけた。そしてそのマークのところで殻を縦に切り、その切口を顕微鏡で覗(のぞ)いてみた。

これを読んだときから、これを真似て卵のお尻の凸凹をわかりやすくできないかと思っていた。
今回、朱肉で「挑戦」してみることにした。確かに点になって凸凹であることぐらいは辛うじてわかる。
この三点でつくる「底面積」の上に卵が立つのである。倒れたのはこの三点の移動があったからでは…
これは寄り道だ。また別の機会に追求してみよう。
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▼さあ、いよいよ穴を開けて中身を見ることに挑戦だ。実は穴を開ける方法に悩んでいた。
普通に割ったのでは大きくひびがいってしまうのではないかと心配だった。
 キリを使って小さい穴を開けてからとか、ゆで卵をむきやすくため針で開ける台所グッズなどいろいろ考えたが、最終的には今回はヤスリで挑戦をしてみた。これがなかなか正解であった!!
ゴシゴシとじっくりと殻を薄くしていった。うすい皮に到達すればその皮に穴を開ける。そこからは簡単!!
これも教えてもらったのだが、殻は手でペキペキと壊して穴を大きくすればよかった。
試しと対照実験を兼ねてふつうの生卵でやってみてから倒れた卵をやってみた。
開けてみてみてビックリだ!!
(゚o゚)ゲッ!!(゚o゚)ゲッ!!(゚o゚)ゲッ!!
ほとんどふつうの新鮮な生卵と変わりないのだ。
ペットボトルのフタの上に立ててじっくり比較してみた。
新鮮な生卵(左)に比べて倒れた卵(右)の黄身は赤くドロドロとした感じになっている。
白身のプルプル感がなくなってきている。その程度である。
においにあまりちがいはなかった。
結論として、この78日ではあまり「乾燥」「腐敗」はすすんでいないと言えるだろうか。
残りの4個についても同様と考えると、特別のアクシデントのない限りまだまだ立ち続けるのではないかと考えられる。
 アドバイス、エールくださったみなさんに感謝!! <(_ _)>
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第6・第7コウガイビルを発見!!

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▼世の中にはほんとうに不思議な偶然というものがあるものだ!!
私はこの話を他人から聞いたら絶対に信用はしないだろう。
 しかし、これは自分がこの眼でしかと見た事実だから認めざるを得ない。
 私は、昨日(2015/04/23)のblogの最後にこう書いた。

◆コウガイビルを追う  更新!!
 コウガイビルは溶けて消えてしまった。しかし、置きみやげの「生命とは?」の「ふしぎ!?」はふくらむばかりだ。

 それをアップして、いつもの早朝「宇宙見物」「雲見」をするために外に出た。
まさにそのときだ!!この不思議な偶然を見たのは。
▼いつもの場所に立った。足元、薄明かりなかに黒い物体が…。
最初はミミズかと思った。
「ひょっとして、あの…!?」
「ああダメだ!!こんな妄想までするようになってしまったか」
「ばっかり病もほどほどにしなれば…」
と思ったのも事実である。
「でも、ひょっとして…」と棒きれで突いてみた。
動きがミミズにしてはおかしいと思った。そしてなによりも頭が逆三角に見える。
「やっぱりコウガイビル!!」
思わずひとりで大声を出してしまった。
あわてにあわてた!!カメラ、ケース、ピンセット…
写真を撮れるだけ撮りまくり、ピンセットではさみなんとかケースにいれた。
これが人生6匹目のコウガイビルとの出会いだった。
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▼ケースのなかの第6コウガイビルをながめながら思った。
第5コウガイビルのいたごく近くでまたしても発見したということは、このあたりにはごくアタリマエにいっぱいいるのではと思った。薄明かりのなかではあったが周辺を見てみてみることにした。
2mと離れていない場所にコンクリートの低い塀がある。その上にカタツムリがいることに気づいた。
カタツムリをコウガイビルは餌にすることを知っていたので近づいてみた!!
そうするとカタツムリを巻き付けるように黒い物体が…。
まさかのまさか!?また棒きれで突いてみた。動いた!!逆三関係の頭!!
間違いない。
食事中のコウガイビルだ!!
しかし動きは鈍かった。
しばらくは観察していたが、いつまでこの状態がつづくかわからない。
やりたいことも他にあったので迷いに迷った。
これを食事中のままカタツムリごとケースに入れてしまうか、急いで用件を済ませて再び観察するか。
結局少しのあいだ目を離すことにした。
再び観察をはじめても食事中だった。
 それにして衝撃的な食事風景だ。「食べる」と言うより「溶かし込む」と言う方がふさわしい!!
やがて逆三角の頭を活発に動かしはじめた。
これが「ゴチソウサマ」の合図だったのだろうか。そしてやがてカタツムリから離れだした。
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▼残していったカタツムリを見てみると殻だけになってしまっていた。
食事を終えたコウガイビルは元気だった。コンクリートにへばつく吸着力はなみではなかった。
やっとのことでケースに入れた。

第6、第7コウガイビルとの出会いはなんと衝撃的であったことか!!
うれしいことに
これで私の「コウガイビル物語」まだまだ続くこととなったのだ。
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【Web更新4/22】15-16 オンライン「寅の日」 等更新!!

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雲流れ 空洗いけり 麦畑 15/04/21 (火)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-16
週末定例更新のお知らせ
 えらく遅れた「週末定例」更新になってしまった。今週末と一緒にしてもいいぐらいだ。でもやっぱり一週間に一回の更新に私はこだわりたい!!一週間に一回、一年間に52回の更新にこだわりたいのだ。
 なかみはともかく「更新」することこそが私の「存在証明」のようなものだから…。

◆表紙画像2015 更新 人里の自然シリーズ 麦畑
 とんだ春の嵐だった。なにかも吹き飛ばし空も一掃したかのようだった。
そしてまた 雲が流れた。その下の麦畑の麦がゆれ、花が咲いていた。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 まだまだ「寺田寅彦を訪ねて」の旅の余韻のなかにいた。なんでもゆっくりな私には「いっきょに」は難しい。
しばらくは学んだことの反芻作業が必要なようだ。

◆【ヒガンバナ情報2015】 更新!!
 キツネノカミソリ、コヒガンバナそしてヒガンバナの「実生」への挑戦を続けている。
あらたな展開が次々と起こっている!!見逃すことなく「記録」していきたい。

◆コウガイビルを追う  更新!!
 コウガイビルは溶けて消えてしまった。しかし、置きみやげの「生命とは?」の「ふしぎ!?」はふくらむばかりだ。

 もう週の半ば過ぎた。「やりたいこと」が山積み状態になってきている。
こんなときこそ ゆっくり ゆっくり 急ごう!!


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三度、寺田寅彦を訪ねて(2)

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▼私は、まだまだ寺田寅彦を訪ねての旅の余韻のなかにいた。
 今回の旅は、「寅彦を訪ねる」とあわせて、「雲見」の旅も兼ねていた。
 二日目のはじまりはすごい「雲見」だった。
 前夜の「はりまやばし」まで写真を撮りにでかけたが、まともに傘もさせぬほどの暴風雨だった。帰宅してからテレビのニュースを見ていたらその日の高知市内の朝の様子がでてきたので驚いてしまった。
やっぱりだった。
▼でもどんな悪天候であっても絶対に行っておきたいところがあった。
それが「高知県立文学館」である。ここには「寺田寅彦記念室」があった。前回も前々回も訪れていたが何度訪れてもあらたな「発見」のある充実ぶりだ。
 ここで半日かけてじっくりと「寅彦」に出会ってみることにした。
 ここの魅力は何と言ってもホンモノが保存展示してあることだ。
書簡、絵画、愛用の楽器等々である。それらをじっくりながめているだけでも寅彦の吐息が聞こえてきそうだ。
 もうひとつ気に入っているものがある。
「寺田実験室」のビデオだ。毎回何度も見ているがすばらしいビデオだ。
■「渦巻きの実験」(4分23秒)
■「割れ目と生命」(4分05秒)
■「地滑りの実験」(4分02秒)
どの作品もほんとうによくできている。
どのように作られたのだろう。
それにまで興味をおぼえてしまうほどである。
そのなかでも先日『キリンの斑論争と寺田寅彦』を読んだばかりだったので「割れ目と生命」を繰り返し繰り返し見てしまった。その論文に関する展示もあった。
▼まだまだ魅力があった。
ここには大人向けだけでなく「こども向けかいせつシート」が4つ用意されていた。
 「こども向け」ということになっているが、とてもわかりやすくくわしい!!私にはピッタリだった!!
実験ができるコーナーもあった。以前は「椿の花の落下実験」だったが、今は「音さの共鳴実験」だ。
寅彦がとりわけ振動・波に興味をもっていたことに由来するのだろう。
たっぷり時間をかけて寅彦と対話している気分になってきた。
 最後に、文学館オリジナル寅彦グッズ「寅彦珈琲」を手に入れた。
 前回訪ねたときにオリジナルカップとともに手入れ、オンライン「寅の日」の朝には、この珈琲を飲むときめていた。前回手に入れた分がもうなくなっていた。
 今回は次に訪ねてくるまでの分、たっぷりと手に入れた。これが、今回の旅のひとつの目的でもあったので大満足で文学館を後にした。
▼寅彦を訪ねての旅では定番としているコースがあった。
・寺田寅彦記念館
・高知県立文学館(「寺田寅彦記念室」)
そして、もうひとつは寺田寅彦のお墓である。父母、三人の妻とともにの墓地があった。
もう迷うこともなかった。
 墓前でオンライン「寅の日」がまもなく100回になることの報告とこれからも継続することの誓いをして高知を後にした。
今回も学ぶことの多い旅であった。
「肩の上」はまだまだほど遠いが、少しは足元周辺に近づけたかも知れない。
お世話になった人に多謝!!
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三度、寺田寅彦を訪ねて(1)

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▼「寺田寅彦記念館」の庭に入るとすぐ新緑があざやかになったアオギリが迎えてくれた。
オンライン「寅の日」を2012年4月にはじめてから、寺田寅彦を訪ねての旅は今度で3回目となった。
訪れる度に、たくさんのことを学ぶことができた。
少しずつ少しずつ私のなかで「寅彦」が見えてくるようでうれしい。
 昨年の秋には「寺田寅彦記念館友の会」の研修会に参加させてもらったが、総会・記念講演ははじめてであった。
▼総会に先だっての記念講演は午後1時よりはじまった。
■演題 『寺田寅彦の肩の上』
◆ 松尾 宗次 先生

 「肩の上」はもちろんあのニュートンの「巨人の肩の上」のあれだった。
まずそれに納得した。
 ナルホド!!と思った。寺田寅彦の「肩の上」にのれば、かなり遠くまで見渡せるだろう。
 松尾先生は実に豊富な資料を元に自らの体験もまじえながら、寅彦の「肩の上」がいかに見晴らしのきくものかを熱く語ってくださった。特に寅彦がいちはやくウェゲナーの「大陸移動説」を取り入れ日本海の成因を考察していたこと。日本の結晶学の先駆者としの仕事していたことなどが印象に残った。
 「肩の上」どころか足元周辺にまで行き着けていない私だが、しばらく講演内容の反芻作業を繰り返してみようと思う。深謝。
▼柏餅をいただいたあと、総会にはいった。
総会は始終なごやかな雰囲気でおこなわれていた。
 総会の参加自体はじめてで、こんなにもいろんな取り組みをされているんだと感心してしまった。
 この場でとてもうれしいものを手に入れることができた。
■『寺田寅彦先生と私~二十数年寺田寅彦記念館に勤務して~』( 伊藤 喜代子 著)
 伊藤さんにはこれまでに訪れたときにもずいぶんお世話になっていた。
「記念館を写真におさめるときにはこのアングルがいちばん!!」
とか、庭の植物の紹介、自ら作成された「寅彦人脈インデックス」などを元にされたとてもくわしいお話、お墓の場所まで道順等々である。私などのように「寅彦」初学者にとてもありがたい案内人であった。
 さっそく読ませてもらった。二十数年記念館に勤務され常にやさしい「寅彦」案内人であった伊藤さんならではの「寅彦」像がとてもあたたかい文体で語られていた。深謝。
▼今回は高知市内でゆっくりとした。
夜、「はりまやばし」まで出かけていってみた。
あのペギー葉山さんの「南国土佐を後にして♪」が流れていた。
その地下に「広場」があった。
そこでも「寅彦」を発見した!!

(つづく) 
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本日(2015/04/20)、第95回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日朝8時過ぎ雨の中、車で家を出た。本年度の「寺田寅彦記念館友の会」総会・記念講演に参加させてもらうためだった。四国に渡るころには雨はなんとかやんでいた。
 午前中には高知に着き「寺田寅彦記念館」を訪れた。何度目かになってだんだんここに「なつかしさ」すら感じるようになってきた。
▼従って、本日(2015/04/20)の第95回オンライン「寅の日」は、高知の宿でこれを書いている。
読むのは、前回にひきつづき「レーリー卿」である。

◆本日(2015/04/20)、第95回オンライン「寅の日」!!

●「レーリー卿(Lord Rayleigh)」(2)(青空文庫より)
▼寅彦はなぜこのようなひとりの科学者の評伝を書いたのだろうか。
もちろんレイリーが生涯を通して敬愛した科学者であることはたしかである。しかし、それだけだっただろうか。
これも最後の附記から引用させてもらう。

科学の成果は箇々の科学者の個性を超越する。しかし一人の科学者の仕事が如何にその人の人格と環境とを鮮明に反映するかを示す好適例の一つを吾々はこのレーリー卿に見るのである。

と述べて、自分の「仕事」「人格と環境」をレイリーに重ねあわせていたのではないだろうか。
だから、次はほかならぬ寅彦自身のことでもあったのではないだろうか。

「彼が人々の研究を鼓舞し、また自分の仕事の援助者を得るに成効した所以ゆえんは、主に彼の温雅な人柄と、人の仕事に対する同情ある興味とであった」。彼はこの教授としての仕事を充分享楽しているよに見えた。「彼の特徴として、物を観るのに広い見地から全体を概観した。樹を見て森を見遁みのがすような心配は決してなかった。」「いつでも大きな方のはしっこ(big end)をつかまえてかかった。」「手製の粗末な器械を愛したのも畢竟ひっきょう同じ行き方であった。無用のものは出来るだけなくして骨まで裸にすることを好んだ。」

▼そして私に最も印象深く残っているのは次だ。
彼は自分でもしばしば言明したように、全く自分の楽しみのために学問をし研究をした。興味の向くままに六かしい数学的理論もやれば、甲虫の色を調べたり、コーヒー茶碗をガラス板の上に滑らせたりした。彼にはいわゆる専門はなかった。しかし何でも、手を着ければ端的に問題の要点に肉迫した。

 つまりレイリーの「科学」は道楽の「科学」であるというのである。
それはまた、自らの「科学」も然りと言っているのではないだろうか。
「寺田物理学」は道楽の「科学」から生まれた。
 そう言ってもいいのかも知れない。

「寺田物理学」を追うはまだまだ続けたい。
今日は雨のようだ。さあ、どこへ行ってみようかな。
どこかに「寅彦」が現れるかな!?

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ファラデーラボ「太陽熱のかがく」は面白かった!!

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▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから3週目だった。
ついに3つの葉芽が水面から顔をだしてきた。顔を出してから伸びるスピードは日ごと加速しているようだった。
今の段階では、「水栽培」の方が元気だった。三つの鉢で「水栽培」している方はいくつもの葉芽を出しなかには葉を広げようとするものもあった。
 このエネルギーはどこからやってくるのだろう。もう蓮根に貯め込んだ「栄養」だけがエネルギー源ではなかった。そう太陽から送られてくるエネルギーを利用して偉大なる「生産」活動に入ったのだ。
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▼昨日の午後はこの太陽から送られてくるエネルギーの活用についてたいへん興味深いお話しを聞いた。

第58回かがくカフェ 「太陽熱のかがく」

◆ 講師  福寿 喜寿郎氏  シエラテクニクス株式会社 代表取締役
                  ソーラーリーグ 理事長
◆ 演題 「太陽熱のかがく」
      ①巨大望遠鏡の周辺事情
      ②先端科学と、機械技術の連携 
      ③太陽熱ボイラー  等

だった。
講師の福寿さんがつけておられたテーマはこうだった。
『太陽熱の科学~市民による等身大の技術を~』

▼ファラデーラボについたときは、すでに「重粒子線ガン治療機」についての雑談がはじまっていた。
 講演は福寿さんがこれまで従事してこられた技術開発からはじまった。
「新型自動車の形を測る機械」
「トンネルを掘る機械(ドーバー海峡)」
「重粒子線がん治療装置」
「「すばる」望遠鏡・主鏡セル」
等々、そのすごい「技術」に驚くと同時その活躍ぶりに感動した!!
▼そこで話が終わっていたら、私は感動はするが面白いとはおもわなかっただろう。
福寿さんのつけたタイトルの「等身大の技術」のフレーズが最初から気になっていた。
ビッグサイエンス ←→「等身大の科学」
ハイテク ←→ローテク 「等身大の技術」
なんとも単純な図式を頭に描きながらお話しを聞いていた。
それはそんな単純なものではなかった。もっともっと豊かで 熱く  面白いものだった!!
「科学」とは?
「技術」とは?
「科学者」「技術者」とは?
そして、なんのための「技術」?
「等身大の技術」とは?
最後の方に言われた言葉「物理法則は絶対です!!」が妙に頭に残った!!
またお話しを聞かせてもらう機会があることを願っておきたい。
深謝。

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2015年5月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼昨日の「雲見」も時間帯によってコロコロと表情が変わっていった。何度か雲のない「雲見」があった。
雲が見えなくても、そこにはなにかが飛んでいるように見えた。黄砂だろうか。
 地上からの「雲見」も面白いが、宇宙からの「雲見」はもっと世界を広くしてくれた。その宇宙からの「雲見」の解像度が「ひまわり8号」によって飛躍的にあがったと教えてもらった。見てみると驚いた!!きれいでリアルだ!!
 ところで昔の人も「雲見」をしたのだろうか。青空も雲も今も昔もあるのだから、きっと…
「雲見」をしながら、青空を雲を、そして風、雨、山々・・・そして「宇宙」をどう見ていたのだろう?
オンライン「寅の日」の5月の計画を考える時期だ。
2~4月と三ヶ月連続して「寺田物理学」を追いかけてきた。ほんの少しだけ見えてきた感がある。
そこで、この際さらにこれを続けてみたい。
5月に3回ある。
■2015年5月オンライン「寅の日」
◆第96回オンライン「寅の日」…5/02(土)
◆第97回オンライン「寅の日」…5/14(木)
◆第98回オンライン「寅の日」…5/26(火)
である。
▼「寺田物理学」を追いかけながら、私は2つのテーマ(問い)を設定していた。
(1) 「寺田物理学」はなぜ面白いのだろう?
(2) 「寺田物理学」の謎解きはどこまで進んでいるのだろう?

である。
 (1)に関連して「寺田物理学」どのようにして生まれたか?それが少しだけ見えかけてきたところだ。
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」と寅彦が若き科学者たちに問いかけ語りかけていたころ、熱く薦めた詩がある。古代ローマの詩人・哲学者ルクレチウスの『物の本質について』(「宇宙をつくるものアトム」)だ。
「ルクレチウスの中には多くの未来が黙示されているのである。」とまで言っていた。
 それを読みたいとずっと思っていた。実はオンライン「寅の日」をはじめた2012年の6月にも一度読んでいたが、まだまだ深く読み解くところまではいかなかった。そのリベンジでもある。
長編であるので5月いっぱい、3回に分けて「ルクレチウスと科学」を読んでみたい。
そのなかでさらに「寺田物理学」を追い続けてみたい。
■2015年5月オンライン「寅の日」

◆第96回オンライン「寅の日」…5/02(土) 「ルクレチウスと科学」(1)(青空文庫より)

◆第97回オンライン「寅の日」…5/14(木) 「ルクレチウスと科学」(2)(青空文庫より)

◆第98回オンライン「寅の日」…5/26(火) 「ルクレチウスと科学」(3)(青空文庫より)

▼「原子論的物質観」は私の理科教育の主文脈でもあった。
今回のオンライン「寅の日」を通して、その再吟味と「これから」も考えてみたいと思っている。
今日も「雲見」しながら考えてみよう。
「宇宙」は何からできているの?

オンライン「寅の日」100回達成!!が近づいてきた。記念オフの計画もすすんでいる。
6/20(土)に予定している。


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【お薦め本】『物理学はいかに創られたか 上 下』(アインシュタイン、インフェルト著 石原 純訳 岩波新書) (2)

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▼あのクロイロコウガイビルが生命活動をとめてから3日。そのケースのなかにはどす黒く濁った水と「かけら」のようなものが残るのみだった。
 しかし、貴奴が置きみやげに残していった究極の「ふしぎ!?」=「生命とは何か?」の謎はふくらむばかりだった。20世紀半ばひとりの物理学者がこの究極の「ふしぎ!?」の謎解きをしてくれていた。
シュレーディンガーである。
本棚をさがしてみる、あった。
『生命とは何か- 物理的にみた生細胞ー』(シュレーディンガー著)!!
▼ページをパラパラとめくってみる面白そうだ!!
いや、やめておこう。これ以上の寄り道はポンコツ頭には無理だ。もっとゆっくり 急ごう!!
ただひとつだけ
■『物理学はいかに創られたか 上 下』(アインシュタイン、インフェルト著 石原 純訳 岩波新書1939.10.30)
には、こんなことも書かれていた。 

物理学ではしばしば、外見上まるで無関係と思われる現象の間に或る合理的な類推を進めて行って、それで、本質的な進歩が成功するようになったという場合が経験されました。(同書下 p160より)

お薦めポイントの2つ目
(2) ひょっとしたら「物理学」が面白いかも!?と思わせてくれる!!
に行く。
 「物理」アレルギーをもつ私にはうれしいことがあった。この本にはいっさい計算式、公式が登場しないのだ。
そこには著者たち意図があることはまちがいない。一貫して「謎解き物語」に徹したかったのだろう。
それは次のことを伝えたかったからでもあるのだろう。
科学はまさに法則の集積でもなければ、まとまりのない事実のカタログでもありません。(同書下 p189より)

では、「科学」とは?
▼お薦めポイント3つ目に行く。
(3) 著者、訳者がホンモノである!!
 今、中高校生に「知っている科学者の名前は?」と聞けば間違いなくこのアインシュタインの名前をあげるだろう。「相対性理論」がなんであるかはわからなくても、彼の知名度は抜群なのである。
えらそうなことは言えない。私もその程度なのである。
 しかし、この本を読み進めるうちに、やっぱりホンモノ!!だと思った。
私は昔から身勝手な法則をつくっていた。
 ホンモノはわかりやすく面白い!!
 面白くてわかりやすいのがホンモノ!!そうでないのはニセモノ!!
この法則に従えばやっぱりアインシュタインはホンモノだ。
著者だけではない。この訳者はあの石原純だ。日本で初の「相対論」「量子論」の論文を書いた人だ。
この人もまた間違いなくホンモノだった。
▼世間では「名著」と呼ばれる書がいくつかある。理系の人間であれば「名著中の名著」として誰もが一度は人に薦められたことがある本がこれである。
 へそ曲がりな私は、「名著」なんて自分の「ものさし」で探し出すものと思っていた。
でも内心「いつかこれを読んでしまいたい」と思っていた。
どこまでわかったのかと問われると甚だ心もとない。しかし、今回は最後までなんとか読むことは読んだ!!
「大気の物理学」「寺田物理学」は少しちがって見えてくるだろうか。
より面白くみえてくるだろうか。
その判断にはもう少し時間が必要なようだ。


 

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【お薦め本】『物理学はいかに創られたか 上 下』(アインシュタイン、インフェルト著 石原 純訳 岩波新書) (1)

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▼いつもの定点観測地から「雲見」をした!!
やっぱり面白い!!これほど安上がりで簡単で面白い道楽はあるだろうか。
「大気の物理学実験室」では実に多種多様な「実験」が休みなく行われていた。「雲見」とはその「実験」を観察することにほかならなかった。
 ここのところの大気の不安定さは、いつもに増して多様な「実験」を見せていてくれていた。昨日も空は晴れているのに雨が降っていた。「ふしぎ!?」だった。
私はなんとしても「雲見」をより楽しむためにも、もっともっと「大気の物理学」を学びたいと思っていた。
▼私には今学びたい「物理学」がもうひとつあった。「寺田物理学」である。
「大気の物理学」と「寺田物理学」、このふたつの「物理学」をより楽しむために今回の【お薦め本】を本棚からひっぱり出してきて読んでみた。

■『物理学はいかに創られたか 上 下』(アインシュタイン、インフェルト著 石原 純訳 岩波新書1939.10.30)

 正直に言おう。「読んでみた」と言ってもけっしていっきょに読んだわけではない。何日何日もかけてちびりちびり読んだのである。そして、昨日やっと読み終えたのである。
 だからこれはいつもの【お薦め本】と言うより、単なる私の「読了報告」なのである。
▼話が散乱しないうちに、一応いつものようにおすすめポイント3つをあげておく。

(1) 「物理学」が「謎解き物語」であることを教えてくれている!!

(2) ひょっとしたら「物理学」が面白いかも!?と思わせてくれる!!

(3) 著者、訳者がホンモノである!!

 ではダラダラ話に入る。
そもそも私は、学生時代から「物理学」が大の苦手であった。一応理系であるから「物理学」は必修だったわけだが、完全な「落第生」だった。その面白さなんてまったく理解できなかった。
 理科の教師になってから事情が少しちがってきた。明日の授業を成立させる必要があった。
「どうしたらわかるだろう?」「どんな実験をすればこの「ふしぎ!?」は伝わるだろう?」と考えているうちに思いだした。
「あれっ?物理って面白いんちがうん!!」と。
 あんな苦手と思い込んでいた「物理」が面白く感じてきた。
中学校理科での「物理」は、この本で言えば上巻に相当するところだ。
「授業」で生徒たちと一緒に「物理」を学ぶようになって「物理」の楽しさが少しずつわかりだしても、やっぱり「相対論」「量子論」は敬遠していた。それは私には理解できぬ世界とあきらめていた。
▼それはこの本を読むときも同じだった。
実は、これまでにも何度か、この本を読むことに挑戦していた。いつも上巻の途中であきらめていた。
今回あらためて再挑戦してみてわかったのが
(1) 「物理学」が「謎解き物語」であることを教えてくれている!!
だった。上下通して、著者はこのことを繰り返し語っていた。
上巻では授業でやってきた「物理学」にツナガリがあること教えてくれていた。
私は、理科の授業は「謎解き訓練」だと思っている。だから「謎解きの手法」、「作法」、「ルール」は授業成立の重要なファクターだとも思っている。
 してみるとこの本は、ある面で「物理学」授業のすぐれた指導書の役割をするのかも知れない。

(つづく) 
 

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ついにヒガンバナも「発芽」!! #ヒガンバナ

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▼コウガイビルのショックの余韻はまだまだ続いていた。17日間をふりかえると同時に、「こんな観察をしておけばよかった」「別の方法をとればもっと長くつきあえたのかも…」と反省したりもしていた。
シロウト研究にはタイミングがうんと大切だ。悲しいかなシロウトがゆえに全貌が見えていない。だから観察のタイミング、はたらきかけのタイミングがわかっていない。
 ならばシロウトに残された道はひとつ!!
 「先入観」を捨てアタリマエと思うようなことも繰り返しくりやってみること、観察してみることだ。そしたら自然は応えてくれるかも知れない。
名づけて「下手な鉄砲方式」だ!!
▼キツネノカミソリ、コヒガンバナの「発芽」「発根」は順調にすすんでいた。しかし、やっぱり本命はヒガンバナだ。
3倍体であんなみごとな花を咲かせるが、種子はつくらず分球のみで殖える。
これがヒガンバナのアタリマエだった。
シロウトは思った。
「とは言うけれど、なかには実をつけ種子をつくり殖えることあるのでは?」
「あんなに日本全土に拡がっているのだから…」
ならば自分で種子を手に入れ、実生に挑戦してみて、このシロウト仮説を立証したい。
これまでに挑戦した人は多くいた。ある段階まで成功例も聞いていた。私も夢をふくらませた。
▼幸いなことに2013年2014年と引き続いて「自然結実」したヒガンバナと出会っていた。
 いずれの年も同じ方法で「自然結実」した種子を保存した。その方法はキツネノカミソリの場合と同じようにしていた。水に湿らせたティシュペーパーとともにチャック付きナイロン袋に入れたのだ。
この今から思うと大失敗を2年ともやらかしてしまった。その失敗とは、「自然結実」した種子だけでなく、自然に近い方がよかろうと勝手に判断して花茎も一緒にナイロン袋のなかに入れてしまったのだ。
 貴重なものだから「ていねいていねいに…」が裏目に出てしまった。花茎とともにだとカビが生えてきて腐ってしまったのだ。一年目でそれに気づき、二年目にあらためればよかったのに繰り返しその「大失敗」をやってしまったのだ。
▼ところがその「大失敗」から辛うじて救われたのではというのを一粒を先日(2015/04/06)みつけた。
これはタイミングをはずしてはいけないと思い、ケースに移し替えた。
まだ、その段階では半信半疑だった。
昨日(2015/04/14)そっとケースをあけて見て観察してみた。
私は確認した!!
「自然結実」ヒガンバナ種子も「発芽」した!!

「0」と「1」では大違いだ!!「自然結実」ヒガンバナの種子の可能性は大きく広がった。
このあとの展開がどうなろうともヒガンバナ実生への道は大きくステップアップした。
発芽処理の方法、タイミングを考えて行けば、ヒガンバナ実生!!は夢物語でなくなるかも知れない。

雨の中、軒下のクモのネットにタンポポの種子がはりついていた。
じっとながめているとコウガイビルの置きみやげの「ふしぎ!?」が問いかけてきた。
種子って「生命体」か?
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あのコウガイビルが死んでしまった!!

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▼ショックだ!!大大ショックだ!!!
人生5番目に出会ったあのクロイロコウガイビルが死んでしまった!!消えてしまったのだ!!
第5コウガイビルに最初に出会ったのは大賀ハス蓮根の植え替えをしたときだ 
った。(2015/03/28)
私の「コウガイビル物語」第5章がはじまったと喜んだ。ところが昨日(2015/04/13)その「死」は唐突にやってきた。朝起きて観察したときは確かに動いていた。ここにも物語は「続いています」と書いていた。
今回の観察で「光」が苦手なようだとわかったので、黒い箱のようなものでケースを覆っていた。
昨日、午後2時過ぎだった。覆っているものをとった。
「変だ!?」と思ったいつものにようにケース上部にへばりついていなかった。明るいところへ持ち出してじっくり観察してみた。
 もう動かなかった!!そればかりでないどちらが頭ともわからないように「溶けて」いっていた。
▼第1コウガイビルは261日間、エサなしで生き続けた。「再生」しつつ生き延びた!!
今回の第5コウガイビルは、これまでに出会ったどのコウガイビルよりも大きかった。、
私は、ひょっとしたら第1コウガイビルよりもながいつき合いなるのではと期待した。
そして長いつきあいのなかでじっくりと「ふしぎ!?」を観察してみたいと思っていた。それ以上に楽しみにしていたのは、多くの人に生きた姿のコウガイビルを見せることだ。
 確かに今の時代、コウガイビルの動く姿などネットを検索すれば簡単にみることができる。でもほんとうの「ふしぎ!?」は生で見なければ伝わらないと思っていた。
 だのにわずか17日間のつき合いで終わってしまうとは…(/_;)
▼それにしてもその「死にざま」もまた不思議だった。
 よけいなことを思いだした。
 もう30数年前、ある研究会で私が『植物「生きざま」を…』と発言したとき、誰かが教えてくれた。『「生きざま」とい言葉は本来なかった。元々とあったのは「死にざま」である。』と。
そうその本来の用法の「死にざま」はこんなときつかうだろうと思う。
生命体は見る見るうちに「溶けるように」して黒い物体に変わっていった。
何度も引用するがあのダーウィンもそれを記録していた。

私は、南半球の各地で、陸生のプラナリアを十二種以上見た。ブァン ディーメンス ランド Van Dimen's Land で得た若干の標本には、朽木を食わせて、約二ヶ月も生存をつづけさせた。一匹のプラナリアをだいたい相等しい大きさに横断すると、二週間のうちに双方とも完全な体となった。更に、片方が下面に開口を二つとも持ち、従って他の方は開口を一つも持たぬように切ってみた。施術後25日を経て、比較的完全に近かった方は、普通の標本と区別できぬまでになった。片方もその形がいちじるしく大きくなり、そして後端に近く柔らかい細胞集団のうちに透明な空間を生じ、その中には椀のような形の口の原基が明らかに認められた。しかし下面に裂口が開くには到らなかった。赤道に近づいたために、気温の上昇によって、すべての個体を殺すようなことがなかったならば、この最後の段階も構造を完成したに違いない。この実験はすでによく知られているところであるが、一方の個体の簡単な体の一端から、必須の器官がことごとく次ぎ次ぎに生ずるのを見るのは面白かった。プラナリア類を飼うのは極めてむずかしい。生活現象が終われば、一般に見る天然の変化の法則がここにも働いて、体は全体に柔らかくなり、液化する。そのはやさは、他に比べるものもないほどである。(「ピーグル号航海記 上」(チャールズ・ダーウィン著 島地 威雄訳 岩波文庫 P54より)

 まさに「死にざま」はダーウィンの言う通りだった!!
▼その「溶けて」消えていく姿を見ていたら、私にあの究極の「ふしぎ!?」がせまってきた!!

「生命とは何か?」

この「ふしぎ!?」はきっと第5コウガイビルの置きみやげだろう。
 しばらくのあいだはこの「ふしぎ!?」を反芻してみたいと思う。在りし日の姿(最後に生きた姿の写真を撮ったのは3/11だった。)を思い浮かべながら…。

 私は第6、第7コウガイビルに出会うことがあるのだろうか。もしあればそのときは…。
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【Web更新4/12】15-15 【ヒガンバナ情報2015】 等更新!!

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雲流れ 今もかわらぬ ゴンビかな 15/04/11 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-15
週末定例更新のお知らせ
 「ねばならぬ」と言われると、どこかでそれを拒否してしまうところがある。なんともやっかいな性格だ。
「反骨精神」などというそんなりっぱなものでもない。もっと軟弱なんだけど…。
 「ねばならぬ」から脱却して、自分が「面白いと思えること」優先でいきたい。それが「面白い」と思えるかはどうかはひとそれぞれの「ものさし」で測るしかないのだから。 

◆表紙画像2015 更新 人里の自然シリーズ ゴンビ(グミ)の花
 西の道ばたに「ゴンビ」の古木がある。正式名は「○○グミ」だと教えてもらうがすぐ忘れてしまう。私にとってはやっぱり「ゴンビ」なんだ。私の小さいころからその場所にあった。だから半世紀以上のつきあいだ。赤い実がなる頃にはその道を通たびにガバッとちぎって口いっぱいにほおばり、種をバッとはき出すそれをずっと毎年楽しみにしてきた。その花が咲いていた。「ああ、もうこの花が咲く頃なんだ。」と知る標本木の役割もしてくれていた。

◆【ヒガンバナ情報2015】 更新!!
 こんな時期に「ヒガンバナ情報」とはおかしな話かも知れないが、植物「ヒガンバナ」には一年中が観察時期なんだ。ヒガンバナ、コヒガンバナ、キツネノカミソリの実生観察報告を中心に更新した。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 2012年4月よりはじめたオンライン「寅の日」は、4年目に入りまもなく100回目をむかえる。
以前に100回記念のオフライン「寅の日」の提案をしていたがかたちを変えて次のように再提案したい。

■6/20(土)オンライン「寅の日」100回達成記念オフ(案)
2012年4月より実施してきたオンライン「寅の日」は6/19(金)でついに100回目になります。
そこでそれを記念してのオフを6/20(土)に行いたいと思います。
◆私の好きな寅彦の作品
◆寺田寅彦と私の「科学」
◆これからのオンライン「寅の日」
等々を楽しく語り合いたいと思います。
もちろん、今から「寅彦」を読むという人も大歓迎です。
「場所」「時間」については検討中です。ご意見をいただけるとうれしいです。

◆Webテキスト『天気の変化』 更新!!
 「雲見」の旅の報告を追加しました。「定点観測地」での「雲見」も面白いですが、水平移動しての「雲見」も面白いものです。「雲見」の旅はこれからも続けたいと思っています。

◆コウガイビルを追う!!
 「コウガイビル物語」第5章は続いています。

さあ、新しい週がはじまる!!ゆっくり 急ごう!!


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キツネノカミソリ実生:「発芽」それとも「発根」!? #ヒガンバナ

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▼大賀ハス蓮根の植え替えから2週目の定例観察日だった。
観察池は一昨日の雨で水があふれんばかりだ。それでも、先週に比べれば濁りは治まっていた。水面の下にはまだ顔を出すにはいたっていないが「葉芽」がいくつか伸びていた。
 水栽培の方に目をやれば、これまたいくつもの「葉芽」が元気よく伸びていた。やがてこの「葉芽」が成長して大きな葉ができる。そして、しばらくしてからあの「花芽」が出てくる。そして「あこがれの4日間」が訪れるという段取
りだ。ところで「葉芽」と「花芽」はどの段階でどのようにして運命を分けているのかな?
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▼「芽」と言えば、今、いくつかのリコリスの仲間の「芽」を観察中だ。
ヒガンバナ、コヒガンバナ、キツネノカミソリたちだ。究極はもちろんヒガンバナの実生にあった。その前段として実生ができてアタリマエのキツネノカミソリから挑戦していた。
今回が2度目の挑戦ということになる。
立春にナイロン袋から土ポットに移し替えていた。昨日は久しぶりに青空の下に持ち出してじっくりと観察してみた。
6つの土ポットの種子のうち3つが順調に成長しているようだった。
 その3つはそれぞれ成長の仕方が三様にちがっていた。
第一のものは土とは反対に上にのびていた。「これぞ根!!」という感じだ。
ここに昨年度の私の大きな勘違いがあった。私は、種子から「発芽」して伸びてくるのは「葉」だとばかり思っていた。そうではない!!まず「根」、「球根」をつくり何年かかけて一人前のキツネノカミソリに育ち、花を咲かせるのだ。だから、これは「発芽」というより「発根」というのがふさわしいのかも知れない。
第二のものは、立春の段階でいちばん長く伸びていたやつだ。またちがったことを見せてくれていた。
「根」と思われる部分から「これぞ葉!!」と思われるものが伸びてきていたのだ。
第三のものが、私が今の段階でイメージするもっとも「正当」な成長をしていた。種子から伸びた「芽」は土に潜り込むように伸びていた。イメージでは、これが土の中で「根」が育ち、「根」「球根」は休眠に入り緑の部分は消えると考えていた。事実観察中のコヒガンバナもそうのように成長しつつあるように見える。
▼さて、問題は次なる一手だ!!
いつも私の「研究」はシロウトの無手勝流だった。
 そのとき持ち合わせの浅い「知識」と「科学」をフルに駆動して次の作戦をきめて行っていた。
だからいつも試行錯誤、「失敗」の連続だ!!
とりあえず「種蒔き用の土」とケースは準備した。
さて次はどうするか?
しばし考えてみようと思う。

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若狭へ「雲見」の旅!!(2)

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▼ではそもそも「雲見」の旅第二弾を若狭にしたのか。
理由は大きく2つあった。ひとつは本州最南端へ「雲見」の旅で「太平洋」を見たのだから、今度はそれに対して「日本海」を見てみようということだった。
 もうひとつは「お水送り」の場所にもう一度行ってみたいという気持ちからである。ほんとうなら、3/2に若狭を訪ねたかった。「お水送り」と「お水取り」を同じ年に見てみたかったのだ。
すでに一度、2013年に「お水送り」を見に若狭を訪れていた。
◆若狭に「丹生」を追う。(1) (2) (3)
この延長線上にと思っていたのだ。
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▼小浜の駅に降り立ったときの空は晴れていた。
小浜に滞在できる時間は11:49~14:27。2時間38分だ。若狭の海と「お水送り」の現場、それに昼食と考えるとちょっと窮屈なスケジュールとなる。駅の観光案内所の方に聞いてみた。そこで自転車も借りることにした。「不可能ではない」とおっしゃった。 しかし、出発時間を遅らせることはできない。
 「お水送り」の現場は機会をあらためることにした。それならゆっくり若狭の海の「雲見」を楽しめる。
最初に行ったのは「八百比丘尼」の入定洞だ。「不老不死伝説」で有名な場所だ。
なぜ若狭にはこの「不老不死伝説」が多いのだろう?「不老不死」と「丹生」とツナゲテ考えるのは強引すぎるだろうか。
 洞窟のまわりの赤白の椿は最盛期はすぎたというもののきれいに咲いていた。椿と「八百比丘尼」の関係も深い。洞くつの前の広場にはシロバナタンポポが咲いていた。
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▼海へ出た。
「人魚の浜」から見る若狭の海はおだやかだった。ゆっくりと「雲見」も堪能できた。
昼食には大好物の鯖寿司をたべた。本場で食べる鯖寿司は特別においしかった。海辺でゆっくりして駅に向かう途中に興味深い看板をみつけた。「鯖街道起点」の看板だ。
予定通りの時間に小浜駅をあとにした。
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▼車窓から見る桜はどこも満開だった。山桜もきれいだった。
朝から夕方まで列車がどこを走っているときにも、車窓には桜があった。私は一日で何本の桜の樹を見ただろう。何千いや何万本だろうか、きっとこれまでの人生で最高だろう。「雲見」の旅は「花見」の旅でもあったのだ。
やがて若狭の海をあとにした。
 敦賀の「雲見」もすばらしかった。
帰りは琵琶湖と「雲見」も楽しむことができた。
旅のおわりはいつものように姫路駅の「えきそば」だった。福崎駅に帰ってきたのは20:15だった。
とても一日の旅とは思えぬ「雲見」三昧の楽しい旅だった!!
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さて今度の「雲見」の旅はどこへ行こうかなo(^o^)o ワクワク

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若狭へ「雲見」の旅!!(1)

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▼春の「青春18きっぷ」がもう一日分残っていた。
使用期 限が本日(10日)までだった。ずっとチャンスをねらっていた、一日でも残したままというのは「もったいない」!!
 まあ4日分でも十分に楽しませてもらってはいたが…。
その4日分ふり返ってみた。
【1.2日目分】東大寺修二会「お水とり」を見た!!(1) (2)
【3日目分】本州最南端へ「雲見」の旅!!(1) (2)
【4日目分】桜(ソメイヨシノ)、神戸の標本木は今!?
▼今回も本州最南端へ「雲見」の旅!!に続いて「雲見」の旅とすることにきめた。
「雲見」の旅は単純だった。
ただただ列車の車窓から「雲見」をするのみ。
あくまで「雲見」がメインであった。いつも定点観測をしている「雲見」を水平移動して風景の上の空をながめるのである。ときに写真を撮ったりして…。
 目的を単純化することで、オマケがいっぱいついてきた!!今回もそんな楽しい旅になった。
▼目的地は若狭の海とした。
コースは行きは 福崎-寺前-和田山-福知山-東舞鶴-小浜 
として播但線を北上し山と「雲見」を楽しみ日本海にいたる。
帰りは 小浜-敦賀-姫路-福崎 とし 若狭の海と「雲見」を楽しんだあとぐるっと回って湖西線で琵琶湖と「雲見」を楽しんで帰ってくる計画だった。
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▼福崎を出発したのは朝の7:07だった。
ながいあいだぐずついていた天気も晴れて、山と「雲見」を存分に楽しむことができた。
途中で福知山で列車待ち時間ができた。下車してもやっぱりそこでも「雲見」だった。
同じ雲でも下の風景が変わるとちがった雲に見えるから不思議だ。
ときにオマケの「発見」がある。
車窓から見る田んぼの畦には黄色いタンポポが彩りを添えていた。
若狭路に入ったころだろうか。黄色いタンポポのあいだに白いものが目立ちはじめた。
停車した駅のホームの端にもあってそれを確認できた。シロバナタンポポだ!!。
やがて若狭の海が見えてきた!!
小浜に着いたのは、まだ昼前だった。
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(つづく)

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コヒガンバナは続々「発芽」!! #ヒガンバナ

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▼この寒さはどうなっているんだ!?
桜も散ろうかという時期になってこの寒さはなんだろう。上空の大気はどんな動きをしているのだろう?
 こんなときはやっぱり気象庁・高層天気図だ!!見てみた。
 寒気もさることながらものすごいスピードのジェット気流の仰天してしまった。
▼この寒さのなか地上で気になるものがあった。
4/1に確認したコヒガンバナの「発芽」である。せっかく顔を出したもののふるえあがっているのではないか?
ほんと久しぶりに日が照っていた。
陽の当たるところにもっていき確認してみた。
すでに4/1の段階で「発芽」を確認できた7つは、「土ポット」に移していた。
残りの44個は、小さなケースにティシュを敷き、水で濡らした「床」をつくりその上に眠らせていた。
陽の当たるところで確認してみて私はこれまた仰天してしまった。
続々と「発芽」していたのだ!!
44個のうち16個もが「発芽」していた。
土ポットの7個を加えると23個になる。
4/8現在51個の種子のうち23個が「発芽」したことになる。
発芽率23/51は45%である!!
▼もうひとつうれしいことがあった。土ポットの7個の「発芽」後の様子である。
芽はキツネノカミソリの場合とは異なりまるで土にささり潜り込むように伸びていっていたのである。
これで思っていた通りなのである。
すぐさま芽が伸びて「葉」をつくろうというのではないのだ。
まずつくるのは「根」「球根」なんだ。
だからこの「発芽」は、正確には「発根」なのかもしれないのだ。
▼コヒガンバナは3倍体のヒガンバナとちがって2倍体である。ヒガンバナの元祖みたいなものなんだ。
2倍体のコヒガンバナの種子が「発芽」するのはアタリマエと言えばアタリマエ!!
でも私はこのアタリマエを自分の目で見るのははじめてであった。感動である!!
 何年後かにひょっとしたら私は、自分で種子から育てたコヒガンバナの花を見ることができるかも知れない。
そう思うとますますワクワクしてきた。o(^o^)o ワクワク
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本日(2015/04/08)、第94回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼私は自宅に「研究室」を持っている!!
と大きな声で言うのには少し恥ずかしい話だ。農機具などを置いているトタン屋根物置の一角に机と少々の観察道具と本など置いている「空間」があるに過ぎない。各種観察の基地にしていた。ときにはそこで読書をすることもあった。
 その「研究室」でやっている「研究」にあの「ヒガンバナの実生の研究」があった。種子もどきを回収して2年目であった。昨年の秋に回収した種子もどきをいつものようにチャック付きナイロン袋に濡らしたティシュとともに入れていた。ときどきナイロン袋のなかを見てほとんど、「発芽」あきらめていた。
 ところが一昨日(2015/04/06)、「ひょっとしたら…」というのをみつけた。慌ててナイロン袋からすべて出して100円ショップで手に入れた容器に移し替えた。さて、どうなるやら…!?
▼本日(2015/04/08)は第94回オンライン「寅の日」である。
2月、3月と続けて「寺田物理学」入門をやって来ていた。そこでは2つの課題を追ってきていた。
(1) 「寺田物理学」はなぜ面白いのだろう?
(2) 「寺田物理学」の謎解きはどこまで進んでいるのだろう?
である。年度は変わった4月であるが、引き続いて「寺田物理学」を追い続けたいと思っていた。

 寅彦は晩年まで敬愛してやまなかった物理学者レイリーの評伝を書いていた。「レーリー卿(Lord Rayleigh)」である。
これを4月2回に分けて読みながら、
・「寺田物理学」はどこから生まれたのか?
・「寺田物理学」とは?
を考えて行きたいと思う。まずは、今日はその一回目というわけだ。

◆本日(2015/04/08)、第94回オンライン「寅の日」!!

●「レーリー卿(Lord Rayleigh)」(1)(青空文庫より)

▼私は昨日半日をかけてとりあえずこの長文を一読してみた。
私の浅はかな知識では、レイリーと言えば2つことを思い出すのだった。
 ひとつは青空の謎解きをした物理学者。今もいわゆる「レイリー散乱」と名を残している。
もうひとつは「アルゴン」を発見しノーベル物理学賞を受賞していることだった。
この文章を読んで最初にすごく興味をもったのは、レイリーもまた自宅に「研究室」を持っていて上のふたつの「研究」をはじめ、研究のほとんどをそこでやったということだ。
 もちろん自宅の「研究室」と言っても、私の貧弱な「研究室」とは比べようのない立派なものだ。
微妙な実験データの変化から考察していく研究ばかりであるので、それなりの設備もととのえていたようだ。
助手までついていたのであるから。
 その設備などのことはちょっと置いておくとして、主に自宅の「研究室」で研究をすすめたことと、寅彦がレイリーに惚れ込んだこととが私には深く関係していると思えてならない。
▼なぜ寅彦はこのレイリー評伝を書いたのだろう。
書いたのは昭和5年、寅彦が亡くなる5年前だ。どうしても書いておきたい、語っておきたいことがあったにちがいない。
 私の結論からいく。それはこの長文の最後にあった。
人の言葉を借りて語っていた。

 「レーリーの全集に収められた四四六篇の論文のどれを見ても、一つとしてつまらないと思うものはない。科学者の全集のうちには、時のたつうちには単に墓石のようなものになってしまうのもあるが、レーリーのはおそらく永く将来までも絶えず参考されるであろう。」  「レーリーの仕事はほとんど物理学全般にわたっていて、何が専門であったかと聞かれると返答に困る。また理論家か実験家かと聞かれれば、そのおのおのであり、またすべてであったと答える外はない。」  「彼の論文を読むと、研究の結果の美しさに打たれるばかりでなく、明晰な洞察力で問題の新しい方面へ切り込んで行く手際の鮮やかさに心を引かれる。また書き方が如何にも整然としていて、粗雑な点が少しもない。」「優れた科学者のうちに、一つの問題に対する『最初の言葉』を云う人と、『最後の言葉』を述べる人とあったとしたら、レーリーは多分後者に属したかもしれない。」  しかし彼はまたかなり多く「最初の言葉」も云っているように思われる。

最後の一行は寅彦の言葉だ。
けっきょく寅彦はこの「レイリー評伝」を通して、自分自身の研究作風を語りたかったのではないだろうか。
「寺田物理学」は「レイリー物理学」を継承していたのかも知れない。
4月いっぱいかけてもう少し深く読んでみたい。

 今朝も朝起きてからすぐトタン屋根の「研究室」に行ってみた。またしても雨だ!!
トタン屋根はこんなときとても便利なんだ!!トタン屋根を打つ「雨音」で雨の降り具合がすぐわかるのである。
このセンサーは暗くても敏感に反応してくれていた!! 

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コウガイビルの「ふしぎ!?」はどこまで…

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▼私はここ6~7年のあいだにとても「ふしぎ!?」な三種類の生きものに出会っていた。
その生きものたちが、少しオオバーな表現をすればそれまでの生物観、生命観を変えてくれた。
 その三種類の生きものとは
・コウガイビル
・クマムシ
・ゲホウグモ
である。それらの生きものたちとの出会いは驚きと感動の連続だった。
なかでもいちばん驚くのはこの三つとも自宅の庭で出会ったことである。
 遠い外国の山中や深い海の底とかではなく、半径10mにも満たない最も身近に貴奴等は生きていたのだ!!
▼なかでも最初に出会った「コウガイビル」はほんとうに不思議な生きものだった。
私はそれまで「動物の世界」の謎解きの第一方程式は「食べる」であるとかたく信じていた。
何を食べているのだろう?
どのようにして食べているのだろう?
を考えてくとだいたいの「ふしぎ!?」は解けた。いや解けると信じていた!!
ところが「コウガイビル」はちがっていた。
なんのエサも与えず水だけ与えてナイロン袋のなかでなんと261日間も生き続けたのだ。
?(゚_。)?(。_゚)?
▼私の「ふしぎ!?」に答えてくれる一冊の本をみつけた。
■『プラナリアの形態分化~基礎から遺伝子まで~』(手代木渉、渡辺憲二著、共立出版 1998.3.25)
さっそく入手してみた。
「14.陸産プラナリア,コウガイビル種類・生態並びに形態分化」(同書P259~牧野尚哉・白澤康子)があった。
次のように答えてくれていた。

 コウガイビルの飼育では給餌が大切な要素となるが、餌に対しての反応は同一種内でも異なり積極的に摂取するグループとそうでもないものとがある。また長期間の飢餓に耐え、もとの体重の1/100に減少しても生存し続けることができる。このような生理的変化が、顕著な再生能をもつ本動物の器官形成にどのような影響を及ぼすのか、頭部再生の有無、形成所要時間、極性との関連について、採集直後の体重を100として、もとの30~40%に減少したグループを飢餓個体として実験を行った。  なお、飢餓個体の設定は、採集された個体のうち、何としても餌を食べないものがあり、かなりの期間絶食にも耐えられるが、やがて死に至る。体重減少と生存期間の長短は一定ではないが、採取後減少の一途をたどる体重は、ある時点で平衡状態となり、これ以降急激に減少して死ぬものが多い。体重が安定をみせる状態を越えると個体は死を迎えることから、この安定期(もとの体重の30~40%)を飢餓状態と考えた。これらの飢餓グループと採集まもないものとを次の実験により比較した。(同書「14.9 飢餓と再生」(P275より)

ある程度納得した!!
しかし、261日の「ふしぎ!?」はまだまだモヤモヤしていた。
 幸いにも後日、この本の著者渡辺憲二教授の講義を聴かせもらう機会があった。私はこういうときいつもとことんラッキーだった。
そして教えてもらった。
コウガイビルは自らのからだを「エサ」としながら、自らをつくりかえた!!「再生」したのだ!!
▼しかし、これはあくまで一例にすぎなかった。
他のコウガイビルでもそうなんだろうか。私はその後もずっとコウガイビルを追い続けていた。
 そして、人生5匹目のコウガイビルに出会った。
第5コウガイビルに出会ってから今日で10日目だ。今度はナイロン袋ではなくて半透明のケースに入れた。
じっくり観察できる!!
考えてみたら、まだじっくりとからだのつくりくも観察していなかった。
目は?口は?肛門は…?
そして、「動物の世界」の謎解き第2方程式「殖える」は…?
ケースに黒い身体の破片のようなものがいくつかできていく。これはなんだろう?

「ふしぎ!?」まだまだ続く!!
今度は何日間、「再生」を繰り返すだろう?
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【Web更新4/5】15-14 サイエンスコミュニケーター宣言等更新!!

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菜の花や 今夜は見せよ 赤い月 15/04/04 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-14
週末定例更新のお知らせ
 新年度最初の週末定例更新である。
実質的な新年度が今週からはじまる。すべてのことが「はじまり」とは緊張するものである。慣れてくると気持ちも緩和されてくる。この「緊張」と「緩和」の繰り返しでくらしのリズムが生まれる。
 あがり症の私はどうもこの「緊張」が苦手であった。しかし、適度な「緊張」が次なる展開を生み出すと思うようになってから、「緊張」を楽しむようになってきた。
 今はもう必要ないことかも知れないが、「緊張」した一週間にしてみたい。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 菜の花
 東の畑の一角を「菜の花」がまぶしいほどに黄色く染めていた。
これを「菜の花」と呼んでもいいのか疑問をもったことがある。これは正確には「白菜」の花である。
冬の鍋料理に欠かすことができないハクサイ、ハクサイの漬け物は大好物である。
 あれを今まで放置するとこんなりっぱな「菜の花」になるのである。白菜は明治以降に日本に入ってきた野菜だそうだ。
昔からうたに詠まれた「菜の花」ではない。しかし、りっぱにアブラナ科の花であるから同じ仲間!!
今年こそ種子を収穫してみたいと思っているがさてどうなることやら。
 撮影した日は、皆既月食で「赤い月」見える日だった。残念ながらこの「菜の花」の上に見ることはできなかったが、また別の面白いものを見せてもらった。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 サイエンスコミュニケーター5年目がはじまった。軸足をこちらにシフトして、「はじめて」のことに色々挑戦していきたい。「現在地」の確認と展望を書いてはみたがそれはあくまで予定である。
寄り道、道草を大いに楽しみながら途を進みたい。ゆっくり ゆっくり 急ごう!! 

◆コウガイビルを追う!! 更新!!
 この不思議な生きものが、私に人生を教えてくれた!!
なんて言うと、人は嗤うだろうか。でも私は本気でそう思っているのである。
「コウガイビル物語」第5章はこの後どうなっていくのか。
それは私にもまったくわからない。
 


 

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【星連】「赤い月」は見ることできなかったが…!! #hosiren

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▼大賀ハスの蓮根の植え替えから1週間がたった。雨が降ったこともあるのだろうか、観察池の水はまだ濁っていた。その濁った水面の下にうっすらと葉芽が見える。
 この葉芽が水面から顔をだすのはいつだろう。それを楽しみにしておこう。
水栽培の方にも大きな変化はみられなかった。
▼さあ、いよいよだった。
皆既月食の「赤い月」が見られる日だった。ここ数年、基本的には毎日月を撮り続けている私としては、この「赤い月」はどうしても撮りたかった。昨年の10/8以来だった。 
 朝から、「雲見」ばっかりしていた。いつのまにか天気図、雲画像をくりかえし見ていた。
朝方には病院に行き、帰ってきてすぐ遅れて地域の「花見」に参加した。
あたたかく桜は満開の花見日和だった!!ついでになんとしても月見日和になって欲しかった。
▼願いむなしく、夕方になると雲はますます厚くなってくるようだった。
Twitter、Facebookにつないでみた。はやくも倉敷では雨が降り出したようだ。
では全国で観察可能なとこはどこだろうと聞いてみた。東北の方から応答があった。
岩手、青森は晴れていると。
 やがてその時間になった。福島、青森、岩手等からリアルタイムに「赤い月」を見せてもらった。
うれしかった。楽しいと思った。
 TVのニュースなどに流れる画像とちがって、撮った人の顔が見える画像は、その人の興奮や感動!!
息づかいまで伝わってくるようで面白い!!
これこそが【星連】の醍醐味でもあった。
▼今朝起きて、SNSにつないでみると、「あの人」の画像の「おすそ分け」もアップされていた!!
アリガタイ!!
 私と同じスタンバイまでしていたのにという残念報告もたくさんあがっていた。
これが面白いと思った。
「赤い月」は見そこねてしまったが、ヒューマンネットワークのすばらしさ!!はたしかに見た!!
「おすそ分け」を見せていただい方々にあらためて感謝します。
深謝<(_ _)>
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Facebook版【理科の部屋】で授業を語り合おう!! #rikanoheya

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▼昨日(2015/04/03)の「雲見」は春の嵐だった!!
朝から黒い雲がいつもと違い南から北に向かいすごいスピードで流れていた。
それをあのアメダスがきちっりと記録していた。
8時~17時まで南よりの強い風が吹いていた。
 今日の地域の「花見」が心配だった。あの満開の桜がはどうなってしまうのだろうと。
もうひとつ心配ななことがあった。
 今晩の皆既月食だ。はたして「赤い月」は見ることができるのだろうか。
▼このようなイベント「宇宙見物」がある度に思うことがある。
 遠くの「宇宙見物」も面白いが、もっと身近な「大気の物理学実験室」での「雲見」また負けず劣らず面白い!!
まだまだわかっていない「ふしぎ!?」いっぱいだ!
皆既月食がはじまる時間はきわめて正確にわかるが、そのとき空はまだまだ正確にはわからないのだ。
自分の見上げる空とあの人が見上げる空はちがうのだ。
 【理科の部屋】に【星空の連帯】という取り組みがあった。実に面白いものだった。
月一回の星空の観察がとても楽しみだった。
 全国から「見たよ!!」「見えたよ!!」の報告。ときには画像をともなって報告される方もあった。
それを読ませてもらうのが楽しかった。もっと面白いと思ったのは「雲がいっぱいで見ようとしたんだけど見えなかったんだ」「その時間に急用ができて…(/_;)」というような報告だった。
そう!!私たちは、「星空」を通してヒューマンネットワークを楽しんでいたのだ。
▼時は流れて、ネット環境、事情はそのころに想像すらしなかったような進化・深化をとげた。
ネット環境がいかに変わろうとも変わらないものもあると思っていた。
この世界にも「不易流行」がある!!
「不易」を内包しない「流行」はない。「流行」を生み出さない「不易」などあり得ない。
Facebook版【理科の部屋】が3月からはじまっていた。
 まだまだFacebookそのものに不慣れである私であるが、可能なかぎりの情報発信を試みたいと思っている。
情報発信の内容は、直接自分で授業することがなくなった(また再開するかも知れないが)が、やっぱり「授業」のことを中心に発言していきたい。
 これは私の場合であって、参加される方によってちがって当然だし、それが面白いのだから、すでにFacebookにツナイデおられる方はぜひぜひ参加してみてください。

あなたがノックされるところがドアです。

▼こう書きながら久しぶりに何とも言えないあのワクワク感を楽しんでいる。
新しい時代の新しい展開!!
どんな展開が待っているのかわからない。
「○○でなければならない」よりも「○○が面白い!!」「○○を楽しみたい!!」を優先させるような展開に願っている。
私たちが楽しみたいのは、コンテンツもさることながらヒューマンネットワークなのだ!!

等身大でリアルタイムな情報発信を!!

情報は発信するところに集まる!!
情報は交叉するところに生まれる!!

どうやら雨はあがったようだ。
今晩の皆既月食が楽しみだo(^o^)o ワクワク

 

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サイエンスコミュニケーター宣言(358)

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▼前の竹藪の坂道にたくさんの椿の花が落ちていた。
ざっと大雑把ではあるが数えてみた。196個あった坂道から土手の草むらへ潜り込んでしまっているものもあるから、きっとこれ以上であろう。それにまだまだ木の上に咲いているから最終的なことは言えないけれどずいぶんの数であることは確かだ。地面に落ちた花のうち「うち向け」の数をかぞえてみると6個だけだった。
「仰向きに対するうつ向けの比」を計算してみると0.03になった。それは寅彦の実験結果と数値が大きく異なったが、傾向は同じだった。「うつ向け」は私の観察ではきわめてまれであった。
 こんな大雑把な観察からなにほどのことも言えないのだが、それにしてもこれを科学論文にしてしまう寅彦はやっぱり面白い!!
▼「現在地」確認をまだつづけよう。
昨日最後の
どこまでも「授業」は、私にとっては最高の学びの場であり、方法なのである!!
からツナイデみる。
 私は「私の科学」を教えてきたというより、「授業」で学んできたのだ。
「授業」づくりを通して「科学」を学び、「授業」のなかでの生徒の発言で「科学」を教えられてきた。
だから「授業」という手段がもっとも有効でもっとも切実な学びの方法だった。
これはこれからもかえるつもりはない!!
もう少し具体的なものをプロットしておこう。
・授業DBのWebページ 更新
・Webテキストづくり(現在進行中!!『天気の変化』、他にも拡げていく)
・新・私の教材試論 更新!!(現代理科教材発展史、教材の「不易流行」)
等々
▼これらと大いに関連して次の座標軸があった。
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
またまた大げさな表現だ。
私にとって「理科教育コミュニティ」と言えばすぐさまツナガルのは【理科の部屋】だった。
【理科の部屋】の歴史がはじまってもう22年目であった。
はじまった頃に書いた。
◆情報は発信するところに集まる~【理科の部屋】とは~
は今なお「有効」であると思っている。
 ネット環境は当時から比べるとずいぶん進化してきた。理科教育情報もずいぶん安易に入手できるようになった。これはとてもうれしいことである。当時、「こんなことできれば理想だな」と夢に描いたことも意図も簡単に実現できる環境になった。
 でもこのごろふっと思うことがある。
 「ほんとうに求めている情報が手に入りやすくなっただろか?」と。
今ある【理科の部屋】5Facebook版【理科の部屋】などを通して考え続けてみたい。
▼最後の5つ目の座標軸だ。
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

 これまた、私ごときポンコツ理科教師が語る問題ではないのかも知れない。
それでも、私のなかでの「日本理科教育史」の問題はとても現実的で切実な問題であるのだ。
「その教材(授業)は、どこからやって来たのか?」それを問うことはとても面白く意義深い作業なのである。
「歴史」を問うことは、「これから」を考えることに他ならない!!
常に私たちは「歴史」の渦中にある。進行形で考えて行きたい。

「再生」を教えてくれたコウガイビルは昨日も元気だった!!
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サイエンスコミュニケーター宣言(357)

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昨年の秋に分けていただいたコヒガンバナの種子をチャック付きナイロン袋に水に濡らしたティシュペーパーと伴に入れて保存していた。コヒガンバナの「実生」に挑戦するためである。
 キツネノカミソリの場合と同じ方法である。コヒガンバナの場合は2倍体であるから「発芽」しても不思議ではないはずだとは思っていた。しかし、なかなかその気配がなかった。実は半ばあきらめかけていた。
 昨日は新年度のはじまりの日ということで、再度チェックしてみた。
ナント いくつが発芽していた\(^O^)/
 51個の種子を保存していた。「発芽」が確認できたのはその内7個あった。ナイロン袋から「土ポット」にうつしてこの後を観察してみることにした。残りの種子についても容器に入れ替えて観察を続けることにした。
▼「現在地」確認のための5つの座標軸を続ける。
2つ目はこうだ。
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
 一般的にはサイエンスコミュニケーターとしては、これが「本業」なのかも知れない。
できるかぎりいろんな機会をつかまえて積極的に「参画」していきたいと思っている。
この取り組みの最大の醍醐味はいろんな人の「私の科学」と出会えることだ。
 ややもするとひとりよがりになってしまう私自身の「私の科学」の刺激になり、それをより豊かなものにしてくれると思っていた。
 しかし、まだ具体的なビジョンは見えてきていない。
▼3つ目にいこう。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
「授業」から少し距離を置いてみるとなおさら強くこう思う。

サイエンスコミュニケーションの最前線は、現場の「理科の授業」である!!

あまりにもアタリマエすぎて忘れてしまっている。
毎日、毎日全国の学校現場で行われている「サイエンスコミュニケーション」!!

私は、私の「ふしぎ!?」からはじめて、卒業論文にいたるまでの中学校理科全授業の実践報告を実践DBに書いてみた。「授業実践報告」と言うには少し恥ずかしいような覚え書きだ。
 次に自分が授業するときの参考になればと思って書き綴ってきたものだ。
▼私の実践は、これ以上でもこれ以下でもない。
ここにすべてを書き込んでいた。
「成功」したことなど滅多にない。ほとんどが「失敗」の連続、悪戦苦闘の顛末記だ。
 しかし、「学んだこと」はいっぱいあった。「発見」もいっぱいあった。
 これからは、この記録をもう少しわかりやすいかたちに自分なりにまとめていこうと思っている。
そして、これからの「Webテキストづくり」に生かしていきたいと思っている。

どこまでも「授業」は、私にとっては最高の学びの場であり、方法なのである!!


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サイエンスコミュニケーター宣言(356)

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▼3月の「雲見」が終わった。
ちょっとした「雲見」の旅、雲ひとつない「雲見」等々があった。
 今年になってから本格的にはし゜めているもくもくシールの貼られた「雲見」カレンダーをながめながらいろいろ思いだしていた。自画自賛ながら続けてみると見えてくるものがいろいろあるものだ。
4月も続けてみよう!!
▼4月が始まった!!
 2015年度のはじまりである。4年前の今日、私は「サイエンスコミュニケーター宣言」を書きはじめた。
 それから4年が経過し、5年目がはじまる。
今年度から軸足を完全に「サイエンスコミュニケーター」にシフトして本格的に(大げさな(^^ゞポリポリ)取り組んでいきたいと思っている。
▼まずは自分がどこにいるのか。その「現在地」の確認と今年度の展望を書きとめておきたい。
あくまで自分自身のための覚え書きとして。
「現在地」の確認と言えば、そのために用意した5つの座標軸があった。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

である。
 ▼ひとつずつ行こう。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!

 道楽的「科学」は、4年間右往左往するなかでたどり着いたひとつの結論でもあった。
まずは自分自身が面白く思えて、楽しめる「科学」!!
思いつくままに進行形のものをあげてみる。
・「雲見」の科学
・Webテキスト『天気の変化』づくり
・「コウガイビル」を追う!!
・丹生を追う!!
・ヒガンバナ
・大賀ハス
・クモ学のすすめ
・「寺田物理学」入門!!
等々である。
どれもこれもがまだまだ途中半端である。
面白く思えなくなったらすぐやめてしまうかもしれない。
また新たに面白いものに出会うかも知れない。
ともかく思いっきり気ままにやって行きたい。
どこまでも等身大の「ふしぎ!?」の謎解きを思いっきり楽しんでいきたい!!

(つづく)

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