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『コウガイビル物語』第5章がはじまった!!

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▼私の『コウガイビル物語』第5章がはじまっていた。
「コウガイビル!?」、私には特別の意味をもつ生きものの名前だ。ずっと昔から知っている生物ではなかった。
最初に出会ったのは、まったくの偶然であった。2008.11.14である。
 最初に出会ったコウガイビルを私はエサを与えず水だけで261日ナイロン袋で飼い続けた。貴奴の数々の「ふしぎ!?」に夢中になった。そしたら貴奴は私を生命科学最前線まで連れていってくれた。
(くわしくは、「コウガイビル」を追う 参照)
▼以来ずっと「コウガイビル」との再会を願っていた。
第三の「コウガイビル」に出会わせてくれたのも生徒だった。そのコウガイビルは私の大失敗で「失踪」させてしまった。第四のコウガイビルは昨年の夏、我が家の柿の木で発見した。それはずかな期間で「消えて」しまった。
 そして、人生で五匹目のコウガイビルとの出会いは「2015年大賀ハス蓮根の植え替え」(2015.03.28)と一緒に訪れたのである。なんという奇遇だ!!
 はからずも
 最大の「ふしぎ!?」は最も身近にある!!
をまたしても立証してしまったのだ。
▼「コウガイビル」はなんとも奇妙なかたちをしていた。その姿かたち、ヌルヌルした体表、動きなど「キモイ!!(気持ち悪い)」生きものであることは否定しない。しかし、それだけならここまで私は夢中にならなかっただろう。
こいつは簡単に言ってしまえば「陸生プラナリア」なんである。あの再生実験など有名な「プラナリア」の陸上版なのである。「水生プラナリア」に比べあまりよく知られていない。
 しかし、観察して学ぶにはこれほどのすぐれた「教材」はないと私は確信をもっていた。
・どこにでも身近にいる。
・肉眼で簡単に観察できる。
・「生命とは何か?」
・「再生とは?」
・「ES細胞とは?」「全能性幹細胞とは?」「iPS細胞とは?」
・「食べるとは?」(個体維持)
・「仲間を殖やすには?」(種族維持)
などなど
▼はじまった「コウガイビル物語」第5章は今後どのような展開になるか。
私にもまったくわかっていなかった。
 ただひとつだけこれだけはぜひやりたいと思っていることがあった。
それは、生きた「コウガイビル」の姿をできるだけ多くの人に見せることだ。
 これまで、多くの人に「コウガイビル」のことを語ってきた。そんなときいつも歯痒い思いをしてきた。
いかにうまく話しても(話もヘタクソだが(^_^;))その「ふしぎ!?」感のホントは伝わりにくかった。
生きた姿を見ながらであればまたちがうだろう。
だから…。
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【Web更新3/29】15-13 新・クラウド「整理学」試論 等更新!!

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ユキヤナギ 縦横競う 白さかな 15/03/28 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-13週末定例更新のお知らせ
 2014年度最後の定例更新をした。年度も今日明日の二日を残すのみとなった。
真壁仁の「峠」の季節だ。

峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。

久しぶりにひとりで朗読してみた。

◆表紙画像2015 更新 人里の自然シリーズ ユキヤナギ
 荒れ放題になっていた庭のユキヤナギ、数年前に剪定してやった。
なんか荒れ放題にしていた時の方が元気があったな、と少し後悔している。
それでもやっぱり縦横に伸びる枝の白さはみごとなものだ。
この季節になるといろんな場所でユキヤナギの白さを思い出したりもする。

◆新・クラウド「整理学」試論 更新!!
 年度末ということで、少し連載してみたが「空間の整理」のところで立ち止まってしまった。
具体的な作業をすすめながら、また思いついたら書くことにしてまたいったん保留にする。
思いついたときいつでも再開できるというのはほんと便利なものだ。

◆【大賀ハス観察日記】 更新!!
 2015年度の大賀ハス蓮根の植え替えをし、あらたな観察日記がはじまった。
【大賀ハス観察日記】は8年目に入った。
どんな一年になるだろう。楽しみである o(^o^)o ワクワク

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 オンライン「寅の日」の方も2012年4月からはじめたから3年目が終わる。
4月からは4年目のスタートである。こちらの方もどんな展開になるのか楽しみである。

今日明日と

見えるかぎりの風景を眼におさめる。


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大賀ハスの植え替えをした!!そして…!!!

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▼昨日は、2014年大賀ハス観察池定例観察日であった。蓮根の植え替えから52週目、つまり最終週だった。
一年間を通しての観察が終わりだった。それは同時に2015年度観察池のはじまりでもあった。蓮根の植え替えをしたのだ。
池をひっくり返してみた。今年はどんな蓮根ができているかドキドキワクワクだった。
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▼やっぱり予想どおり、大きな蓮根ができていた!!例年より少し小ぶりかと思ったがそれでもりっぱなものだ。あんな大きな葉を広げ、光をたっぷり受け「生産」してきた成果がここにあった。
ホースの水で泥を洗い流すとまたまたびっくりである。
複雑にからまった地下茎をほどいて伸ばしてみた。またまた驚きである。枝分かれを何度も
繰り返しているから全長は簡単にはわからないが、いちばんながいところで2mは優に達していた。
大きな蓮根は一節が20㎝ほどあった。
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▼さていよいよ2015年度の蓮根の植え替えである。
植え替えの方法は、例年通り肥料としては身欠きニシンと大豆を使う「大賀式の栽培法」」(参照:『蓮~ハスを楽しむ~』監修北村文雄 ネット武蔵野 p27 より)でやった。この栽培法も土や肥料の量を少しずつ自分なりに変更していっていた。
 今年は例年より少し時間がかかり、水を張り「観察池」が完成したのは夕方の5時前だった。
今年は、水栽培の方もリセットして新たに挑戦してみることにした。
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▼少し例年より時間がかかったのは2つの「大事件」があったからだ。
その2つの事件は関連があった。
 ひとつの想定外の事件はこうだ。昨年度の途中に長年使ってきた容器が水漏れを起こし始めた。慌てて新しく容器を購入して古い容器の外に新しい容器をかぶせて二重にした。これがうまく行って昨日まで水漏れすることきた。今年度は、外に使ってきた新しい容器だけを使ってはじめようと思っていた。
ところがこの容器が古い容器の重みで裂けてしまっていたのだ。慌てて容器を購入にホームセーターまで走った。とんだ誤算だった。でも、これがとんだ幸いだったのだ。
ふたつめ「大事件」はこうして起こった。
 2014年度の「観察池」は二重底だったことになる。ひっくりかえして新しい容器をとった。そしたら古い容器のそこに泥では黒い物体が見られた。生きもののように見えた。
「あれ!!ミミズ???」
「ヒル???」
「それにしても大きいな!!」
「まさか…???」
そのうちそいつが動きはじめた。そうその「まさか…」だったのだ。
あの逆三角形の頭、ヌルヌルしたからだ、その動き…まちがいない。
コウガイビルだ!!クロコウガイビルだ!!
植え替え作業がすべて終わってから、臨時的にペットボトル入れておいたコウガイビルをケースに移し替えた。
そして、じっくり観察してみた。
まちがいなくコウガイビル!!私の人生で出会った5匹目のコウガイビルだった。
これまで出会ったどのコウガイビルよりも大きかった。変化自在に伸び縮みするがケースに入れたときは10㎝はあった。
 2015年度大賀ハス観察池のはじまりは、同時に私の「コウガイビル物語」第5章のはじまりでもあったのだ。
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新・クラウド「整理学」試論(51)

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▼昨日(2015/03/27)の「雲見」も、まさかの「雲見」が続いていた!!
雲らしい雲が見えてこないのだ。ほんとこんなことあるもんなんだ。奇跡の一日はまだつづいていたのだ。
まるで姫路城のグランドオープンを祝うがごときであった。
 雲のない「雲見」だからこそできるうれしい観察があった。
それは、ひとつは飛行機雲だ。青空をバックに飛行機雲がみごとだった。
「飛行雲はどうして…?」
「飛行機雲がすぐ消えたら天気は…?」「飛行機雲が長く消えなくなったら天気は…?」
「そもそも曇って…?」
もうひとつうれしい観察があった。それは昼間の月だ!!
雲がいっぱいあるときは昼間に月が出ているといってもなかなか意識的に見ることがなかったが、雲がまったくなかったら自然とその白い物体に意識は行った。
アタリマエだけど昼間にも月は「ふしぎ!?」に見えた。
▼雲のない「雲見」は夕方まで続いた。夕方には巻層雲で空が覆われだした。
雲ない「雲見」が教えてくれた。
なにもない「0」にして、そこからはじめることがとても有効な方法であることを。
光の学習は「暗室」からはじめる!!あの理屈だ。
少し強引であるが「整理」もそんなものなんだろう。
かつて『佐藤可士和の超整理術』に惚れ込んだのも、「何も置いていない広い大きい机」の扉の写真に惹かれたからだった。
 だからやっぱりはじめに来るのは「空間の整理」だった。
▼一年前に自分に提唱してみた「のぼりおり「整理学」!!
(三) 第三段階…本格的段階 …「思考の整理」…Webページ…授業実践DB・各種試論・サイエンスコミュニケーター宣言
↑↓
(二) 第二段階…過渡的段階 …「情報の整理」…Twitter、Facebook、blog、他SNS…【理科の部屋5】等

↑↓  
(一) 第一段階…素朴的段階 …「空間の整理」…袋ファイル、システム手帳、ライフログ…授業テキスト・実践記録・授業感想文・写真・研究誌・書籍・教材教具

実は第一段階で足踏みをしていた。
部分的には第二段階、第三段階へと「のぼり」ながらも、「のぼりおり」自在にという状況でなかった。
▼もう少し第一段階の「空間の整理」に時間をさきたいと思う。
「空間の整理」のひとつひとつの項目についても、もう少し具体的方策を立ててみたい。
まあ、ゆっくり楽しみながらであるが…。

(つづく) 
 

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本日(2015/03/27)、第93回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼私には、昨日(2015/03/26)はとても「ふしぎ!?」な日に見えた!!
朝から「雲見」の空に雲がなかった。青空のみが広がっていた。
そんな日は時々あった。そんなにめずらしいことでもない。でも昨日はちょっとちがっていた。お昼までそれが続いた。それでも、そのうち雲が見えてくるだろうと思っていた。それがちがっていた何度見上げても雲ひとつなかった。ついには陽が沈む夕方まで続いた。結局終日ひとつも雲を見なかった!!
 知る人にとってはこんな日はときどきあるのかも知れないが、私の記憶のなかにはなかった。
私には「奇跡の日」のように思えた!!
 地上天気図、高層天気、アメダスの記録をプリントアウトして残しておくことにした。
▼寅彦だったら、「こんな日」をどう見ただろう?
なんかちょっと「ふしぎ!?」をみつけたら、「寅彦だったら…?」と考えるのが習性になりつつあった。
本日(2015/03/27)は、第93回オンライン「寅の日」である。
2月3月のテーマは「寺田物理学」入門!!だった。読む作品は、「知と疑い」である。
寅彦の書いたもののなかでは比較的初期(1915年、大正4)に書かれたものだ。

◆本日(2015/03/27)、第93回オンライン「寅の日」

●「知と疑い」(青空文庫より)

▼私はあいかわらず2つの疑問を追いかけていた。その2つとは
(1) 「寺田物理学」はなぜ面白いのだろう?
(2) 「寺田物理学」の謎解きはどこまで進んでいるのだろう?
である。
 今回はいきなり(1)に答えてくれているようだった。私はグイグイと惹きつけられるようにこの文章を読んだ。
最初はこうはじまっていた。

物理学は他の科学と同様に知の学であって同時にまた疑いの学である。疑うがゆえに知り、知るがゆえに疑う。

そして「知と疑い」への誘いがつづく。

人間とは一つの微分である。しかし人知のきわめうる微分は人間にとっては無限大なるものである。
空間に対して無限であると同時に時間に対しても無限である。時と空間で織り出した Minkowski の Welt にはここまで以上には手の届かぬという限界はないのである。
疑いは知の基である。よく疑う者はよく知る人である。

▼「疑い」への誘いだけにとどまらないのが寅彦のさらなる魅力であった。
きっちりと次のように続けていた。

 しかれども大いに驚き大いに疑う無知者愚者となるためにはまたひろく知り深く学ばねばならぬのである。

さらには具体的に「疑い方」をも示してくれていた。

疑って考えかつ自然について直接の師を求めた者にいたって始めて一新天地を開拓しているの観がある。
すでに境界線に立って線外の自然をつかまんとするものは、いたずらに目をふさいで迷想するだけではだめである。目を開いて自然その物を凝視しなければならぬ。これを手に取って右転左転して見なければならぬ。そうして大いに疑わねばならぬ。この際にただ注意すべき事は色めがねをかけて見ない事である。自分が色めがねをかけているかいないかを確かめるためには、さらに翻って既知の自然を省みまた大いに疑わなければならぬ事はもちろんである。

もうすでに「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」ははじまっていたのだ。
 今からちょうど100年前、寅彦38歳のときのこの文は、物理学初学者に対しての「誘い」文であると同時に「寺田物理学」宣言文のように読めてしまうのだった。

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新・クラウド「整理学」試論(50)

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▼「アメダスの桜」と私が勝手に命名している桜が満開になった。
それは今年になってから新たに散策コースにした「アメダスコース」にあった。アメダス測候所のすぐ側にある公園に植えられた桜である。
 開花するまであまり意識しなかったが、満開になるとみごとである!!
ところで「アメダスの桜」は正式にはなんという種類の桜なんだろう?
ソメイヨシノでないことは確かなようだが…。
▼「整理」の話をつづける。
blogを綴り続けることで「整理」をする。
その大きなヒントを与えてくれたのはあのファラデーだった。
これまでに何度も引用させてもらっていることであるが、今一度自分でも確認のため引用させてもらう。

 筆まめなファラデーは克明な日記も残している。それは普通の日記でなく、毎日の実験と観察の記録である。さまざまな思考や試みをこれほど詳細に書きのこした科学者はケプラー以外はいない。ファラデーは生前これを六巻に製本していた。その原本は四つ折り版、二冊、二つ折り版、八冊で、合計十冊で、びっしりと書き込まれた四〇〇〇ページにも及ぶ膨大なものである。余白には、無数の実験の図が描かれており、工夫に工夫を凝らしたファラデーの姿をみることができる。四つ折り版は、一八二〇年九月から一八三三年まで、二つ折り版は一八二八年から一八六二年まで、最初の記録からいえば四二年間にわたる。これだけ長期間にわたる、これだけ膨大な研究日記は科学史でも例がない。これらは『ファラデーの日記』七巻(一九三二~三六年)として出版された。(『ファラデー 王立研究所と孤独な科学者』(島尾 永康著 岩波書店 2000.3.14) P125より)

私の7~8年など問題にならなかった。42年間の「記録」である。圧倒されるばかりである!!
これだけではない。「整理学」へのヒントは次にあった。

  注目に値するのは、研究記録の各パラグラフに通し番号をつけていることである。電磁誘導を発見した年の一八三一年二月二日から始め、…(中略)…。そして一八三二年八月二五日から始めたのは、一八六〇年三月六日まで続き、一~一六〇四一となっている。約三十年間にわたって研究に通し番号をつけた科学者は他にいない。(上記書P125)

「各パラグラフに通し番号をつけて」整理したのである。
いつでも検索可能にしたのである。
▼そういつでも「検索」可能なものでなければ、「整理」したことにならないのである。
「blogで整理」の最もすぐれているところはいつでも「検索」可能なところである。
 日々の小さな小さな情報発信の「記録」が、たちどころに探し出すことができるのである。
こんなうれしいことはなかった。
 次なるクリエイティブな営みにツナガラナイ「整理」などありえない。
と一旦は言い切ってしまおう。
▼いつでも「検索」可能ということは、途中で中断していた思考もいつでも再開できるということでもあった。
約一年ほど前の私の「整理学」にフィードバックしてみる。
のぼりおり「整理学」なるものを思考していた。

(三) 第三段階…本格的段階 …「思考の整理」…Webページ…授業実践DB・各種試論・サイエンスコミュニケーター宣言
↑↓
(二) 第二段階…過渡的段階 …「情報の整理」…Twitter、Facebook、blog、他SNS…【理科の部屋5】等
 
↑↓  
(一) 第一段階…素朴的段階 …「空間の整理」…袋ファイル、システム手帳、ライフログ…授業テキスト・実践記録・授業感想文・写真・研究誌・書籍・教材教具

さて、どこまで来たのか?

 明日はいよいよ姫路城グランドオープンだ!!姫路城の桜はどうなったかな?

(つづく)


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新・クラウド「整理学」試論(49)

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▼けっして忘れているわけではなかった。毎日とは言わないまでもずっと気にはしていた。
キツネノカミソリ実生への「再挑戦」だ!!
久しぶりにしげしげと観察してみた。確かに以前に比べ「白い部分」は太ってきているように見えた。
この部分がきっと鱗茎へと成長するのだろうと思われた。昨年度の挑戦ではここで枯らしてしまっていた。
だから、今回は次なる一手をうつ必要があるのだろう。
ところが私はグズグズしていた。次なる一手がまだわからないことと、せっかく「白い部分」をこのまま観察していたいという未練からだ。どうもやっぱり本質的には怠惰な人間なようだ。
人より「慣性の法則」が強くはたらくようだ。(^^ゞポリポリ
▼それは「整理」についても同じだった。
~パソコン・システム手帳・袋ファイルを連動させて~
をこれだと思ったらずっと続けていた。
なかでも「袋ファイル」については執拗であった。はじめた当時は「私もやっていますよ!!」という声を聞いたことがあった。家族でも取り組んだ子どもたちも一緒に巻き込んでやった。
 はじめて自家製「袋ファイル」をつくってからもう25年も経とうとしている。四半世紀だ!!
私のまわりには袋ファイルであふれていた。
少しは処分したが、まだまだいっぱいだ。もう二度と使わない「袋ファイル」は破棄しようと決意するのだが、なかなか進まない。
 それなのに懲りずに私は、またしても昨日50枚の「袋ファイル」を作成してしまったのだ。
▼パソコンも同じ頃に使い始めた。それまではどちかと言うと導入には積極的ではなかった。
しかし、これは「整理」のツールとして使えると思いだしてからちがってきた。
ネットにつながり出してから、パソコンに対する認識は一転していった。これぞ「整理」のもっともメインにすべきツールだと思った。
 多くの人にお世話になり、教えてもらいながらWebベージをはじめた。98/04/25のことだった。
 そして、究極はこのblogだった。はじめたのは04/11/21だが本格的に書き始めたのはその3年後の2007年の11月頃からだった。
 一日一回更新で基本的は毎日書き続けた。授業レポ、自然観察レポ、読んだ本のこと、旅のこと、日常の些細な出来事等々すべてを書き込んだ。
▼Web、blogなどを「整理」の究極のツールとするには滅茶苦茶便利な利点があったからだ。
半パブリックな場に「情報発信」というかたちでストックしていけば
いつでも「検索」をかけられるのである!!
自分で最も使い易いデータベースが構築ができるのだ。
 これは梅棹忠夫が『知的生産の技術』で言った「発見の手帳」だった。
 そして、このことになによりのヒントをくれたのがあのファラデーだった。

(つづく)

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新・クラウド「整理学」試論(48)

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▼いつもの定点観測地から、いつもの「雲見」にもどっていた。
終日作業の合間に「雲見」を楽しんだ。やっぱり面白い!!その面白さを人に伝えることはなかなか難しい。その有効性などをこじつけて語ってみるがなかなか語りきれるものではない。
「やってみなければわからない」なのかも知れない。
私にとってはこれが「究極の道楽」なのかも知れない。道楽は比較しても意味がないが、「花見」にもけっして劣ることない面白いものだ。芭蕉のパクリで一句!!

さまざまな こと思い出す 「雲見」かな

▼別にこの「雲見」をもじったわけではないが、私は妙なタイトルの記事を連載していた。
◆新・クラウド「整理学」試論
である。
 頭は古びている割には、流行り言葉がけっこう好きなんだ。
「クラウド」という言葉が流行っていたことにはじめたのだろう。今では「クラウド」はことあらたに言わなくてもアタリマエなのだろうが、当時はけっこう新しい考え方だったんだと思う。
 私の生涯の課題「整理」をその時々の状況にあわせて語っていた。
久しぶりに、徒然なるままにこれを続けてみようと思う。
▼年度末だ。
同じ年度末と言ってもずいぶん以前とちがう意味をもつが、ひとつの区切りであり節目であることには変わりない。この節目に「整理学」を考えることは今の私にも有効なのかも知れない。
もう15年以上前になるが
◆学年末の「整理学」
という拙い覚え書きのような文章を書いたことがある。
 もちろん今は「現場」にいない私には役に立たない。
 しかし、このときに書いた「整理」システムのようなものは継続しているので、これを今一度吟味してみたいと思う。
▼このなかで書いていた
~パソコン・システム手帳・袋ファイルを連動させて~
は今なお継続していた。
 今なら、もっともっと便利なツール、アプリがあるのかも知れないが、やっぱりここに留まっていた。
部分的に変更するにしても、基本これで生涯通すことになるだろう。
このシステムのキーワードは「メンテナンス」だった!!

(つづく)

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【Web更新3/22】15-12 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

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連翹や 過ぎし風景 眼におさめ 15/03/22 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-12
週末定例更新のお知らせ
 「整理」の季節である。以前ほどではないにしてもやっぱりこの時期を「整理」してリセットする季節とした方が私としてはしっくりとくる。身体も気持ちもそう反応してしまうようだ。
 今週を年度末の「整理」の週としようと思う。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ レンギョウ(連翹)
 連翹という花はいっきょにまわりを明るくする花だ。その明るさはときに眩しすぎる。
西の庭にその連翹が咲き始めた。連翹というはなは、花からはじまるから予告なくいっきょに「来たっ!!」と印象が強い。やがて花がツナガリ緑の葉が見えてくる。
 予告があれば 過ぎし風景を胸にも納めるものを。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 実は先週一週間では、直接このタイトルで書いたことは一度もない。しかし、「雲見」の旅にしろヒガンバナ、桜にしろすべて関連していると思ったのでこのページに貼り付けておいた。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 4月からの計画も提案した。今年度はもう一回(3/27)を残すのみになった。
2012年度4月からはじめたから、これで丸三年続けてきたことになる。ふり返ってみると自画自賛ながらよくぞ続けてきたと驚いてしまう。それも結局は寅彦の凄さ「面白さ」がそうさせてくれたのだろう。

 さあ、ゆっくり ゆっくり 急いで 「整理」をはじめてみよう。

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桜(ソメイヨシノ)、神戸の標本木は今!?

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▼そろそろ桜前線のことが話題になる頃だ。気象庁では各地の気象台の近くの標本木を決めて「開花日」「満開日」を決めているそうである。
 では私の住む兵庫県ではどこにその標本木あるのだろう。気になったので調べてみた。そしたら神戸の王子動物園にあるとわかった。
 たまたま昨日(2015/03/21)、尼崎で研究会があった。その帰りに王寺動物園に寄ってみることにした。
▼尼崎から三ノ宮まで新快速でもどり、再び普通で灘まで行った。
何度か行った記憶があるが、ずいぶん昔のことで記憶はうすれていた。駅からしばらく坂道を登ると神戸市立王子動物園が見えてきた。
休日でお天気もよかったのでたいへんな人の賑わいであった。もちろん家族連れが圧倒的に多かった。
入園しようとチケットを買おうとすると、窓口がふさがれていた。
まごまごしていると案内の方が、「今日は開園記念日ですので無料です。どうぞ…」と。
ラッキー!!
 まったくそんなこと知らなかった。後でなかの動物科学資料館にある年表を見てみると、1951年(昭和26)3月21に開園されたようである。開園初日はなんと「10万人もの人で身動きができないほどの賑わいだった」と書かれていた。凄い!!
 王子動物園と私は同い年64歳になるんだ。おめでとうございます!!
▼ついでにあつかましく案内の人に聞いてみた。
「ここに気象台の桜の標本木があると聞いたんですが…」
「はい!そこ正面の少し傾いた桜の木です。」
と指さされた先にあった。正面ゲートを入るとすぐのところにあった。言われたように少し傾いているのか添え木がしてあった。歓迎パンダ花園のすぐ側だ。
木の根元には「看板」が立っていた。問題の開花状況であるが、つぼみはふくらみ少しピンクがかってはいるが開花した花はひとつもなかった。5~6つが開花する「開花日」はもうすぐのようである。
園をでたそこかしこに「夜桜見物」の案内のポスターが貼ってあった。4/3(金)~4/5(日)のころには「満開日」になっているのかな。
▼一方、昨日は我が家の大賀ハス観察池は蓮根植え替えから51週目の定例観察日だった。
出かける前に観察した。
 観察池に近くのあの紅梅の花びらが数枚浮かんでいた。紅梅は先日から散り始めたのだ。
この観察池は私にとっては季節の移りかわりを教えてくれる「標本池」なのかもしれない。
この「標本池」もあと一週間となった。
来週末にはいよいよ蓮根の植え替えの予定だ。
どんな蓮根が出てくるだろう。楽しみである。
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春彼岸:ヒガンバナは今!? #ヒガンバナ

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▼今日は彼岸の中日だ!!
「暑さ寒さも彼岸まで」とはほんとうによく言ったものだ。
 いっきょに春めいてきた。生きもの(動植物)たちもそれをよく感知していた。
もう20年近く観察を続けている定点観測地Aのヒガンバナはホシノヒトミの包囲網ですっかり枯れモードに入っていた。葉先から黄色く枯れ全体としてべったり地面に倒れるようになっていた。
また、紅白のヒガンバナがあるとなりの定点観測地Bの方は、もっと枯れは進行していた。特に葉の大きいシロバナヒガンバナの方は黄色く変色するのを通り過ぎ、枯れ果て朽ちようとしていた。
▼こうしてヒガンバナは枯れ果て梅雨の頃にはすっかり地上から姿を消す。そして、秋彼岸が近づくと花芽が顔を出し、花茎がスルスルとのびてあのみことな真っ赤な花を咲かせるのである。
花を咲かせた後に、またこのような葉をのばしてきて、他の草花が枯れている冬場に光をたっぷり独り占めして地下に栄養を貯め込むのである。なんとみごとな戦略ではないか!!
  私はこのヒガンバナに生きものは一年間まるごと観察してこそ、その生きもののすごさがわかることを教えられた。(参:『人の暮らしに密着するヒガンバナ』 )
 大賀ハスしかりであった。植物だけでなく動物たちもそうだと思った。目立つ季節だけでなく一年間通して観察してみてこそその生きもののほんとうの凄さが見えてくるのだった。
▼そんなこと考えながらまわりを見ていると、また気になる生きものをみつけた。
前の田の土手に張られた除草シートの上をゆっくり移動するものがあった。それもひとつふたつではなくけっこうたくさんである。近づいて見た。
 カタツムリだ!!なんでこんな時期にこんなにたくさん!?
またまたこいつの一年のくらしが知りたくなってきた。
▼前の竹藪では椿がいよいよ本格的に咲き始めた。
そして、落下する花の数もふえてきた。
そうすると「うつ伏せ」タイプもたしかにでてきた。

やっぱりもう春なんだ!!
他にどんな生きものがどのように春を感知しているだろう?
今日も探してみよう。
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2015年4月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼昨日の夕方になってやっといつもの「雲見」の空に久しぶりに青空が広がった。
やっぱり青空はいい!!
同じ青空でも季節や見る時間帯、方角によって少しずつちがって見える。
どの青空もやっぱりいいな!!
「空はなぜ青いのか?」
誰もが一度は考えたことのある「ふしぎ!?」。この「ふしぎ!?」の謎解きをやった物理学者がいる。
イギリスのJ.W.S.レイリーである。
 我らが寺田寅彦がこよなく敬愛した科学者である。
▼4月になるとオンライン「寅の日」はついに4年目に入る。
「一年は続けてみよう」と思ってはじめた取り組みもいつの間にやら3年を終え、4年目に突入である。
100回目も近づいて来た。
4月は2回ある。
■2015年4月オンライン「寅の日」
◆第94回オンライン「寅の日」…4/08(水)
◆第95回オンライン「寅の日」…4/20(月)

▼2~3月は「寺田物理学」入門をテーマに読んできた。
まだまだ私としては「入門」できたとは言い難い状態である(^^ゞポリポリ
続けて2つの疑問を追い続けてみたい気持ちである。2つの疑問とは
(1) 「寺田物理学」はなぜ面白いのだろう?
(2) 「寺田物理学」の謎解きはどこまで進んでいるのだろう?

である。
 特に今(1)の疑問に興味がある。「寺田物理学」を理解したとは言い難い。
でもとても「面白い」と感じている。それはどうしてなんだろう?そんな疑問がずっとある。
それを少しでも解き明かしたい。
 寅彦は先の「青空」の謎解きをし、大気中にアルゴンを発見したレイリーに大いに感化を受けていたという。
それはどうしてなんだろう?
 幸いなことに寅彦自身がこのレイリーについて語った文章がある。
「レーリー卿(Lord Rayleigh)」である。かなりの長文である。
 そこで、4月いっぱいを使ってこれを読んでみたいと思う。便宜上(1)(2)と分けるがどこからでも話題にしていきたい。

■2015年4月オンライン「寅の日」

◆第94回オンライン「寅の日」…4/08(水) 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」(1)(青空文庫より)

◆第95回オンライン「寅の日」…4/20(月) 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」(2)(青空文庫より)

▼これを読みながら「寺田物理学」とは?
「寺田物理学」はどこから生まれてきたのか?
そしてなぜそれは「面白い」のか?
こんな疑問を少しでもあきらかにしてみたい。
 新年度に入って、またあらたな気持ちで オンライン「寅の日」をすすめていきたい!!
4年目もよろしくお願いします。 

 

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本州最南端へ「雲見」の旅!!(2)

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▼串本駅に着いたのは14:40、出発は16:32。選択肢はなかった。これだけが今日中に家にたどり着く途だった。1時間43分が私に与えられた時間だった。
バスで本州最南端の潮岬に行くには15分かかる。タイミング悪く、駅から潮岬まで向かうバスはこの時間帯はなかった。帰りの潮岬から駅へ向かうバスは一台だけあった。15:30潮岬発である。
ますます行動時間は限定されてきた。
▼行きはタクシーを使うしかなかった。
後から考えるとこれがめちゃくちゃラッキーだった。タクシーの運転者さんはとてもいい方だった。
乗るなりできるだけ短時間で行きたいことを伝えるとコースの選択の話からはじまって、次々と潮岬の案内をしてくださったのだ。
・潮岬灯台の歴史(明治6年~、設計者はイギリス人名前まで…)
・潮岬はクジラのシッポ!!
・小中学校があること(暮らす人々は3.11以降上に移り住む人がふえていること)
・測候所がなくなったこと
等々わずか10分ほどのあいだにたくさんのことを教えてくださった。
そして着いたらどんな順番にどう行動すべきかまで アリガタイ!!
▼ついに本州最南端に着いた!!ここでの「雲見」、それが今回の旅の目標でもあった。
太平洋だ!!
本州最南端のモニュメントがうれしい!!
芝生がきれいだ。芝生の上に浮かぶ雲!!観光タワーと「雲見」も絵になる。
そして白亜の潮岬灯台!!白さがまぶしい!!
潮岬灯台と「雲見」!!上にも登れるそうだが、その時間はなかった。
もう少しゆっくりしたいという気持ちの一方で見るべきものは見たという満足感があった。
灯台前のバス停15:32のバスに乗った。
▼駅までのバスのなかで、タクシーの運転手さん話しておられた「測候所前」のバス停が今もあることを知った。
今回の旅まで、「潮岬測候所」がなくなったことを知らなかった。
駅に着いたら少し時間のゆとりがあった。駅前のモニュメントと「雲見」も印象深かった。
予定通りの列車に乗り込むことができた。

帰路の列車のなかもけっこう楽しかった。車窓からの「雲見」、地図と重ねあわせながらの風景等々。
暗くなってからはネットにつなぎ朝の霧のことなどを教えてもらった。
そうこうしているあいだに列車は姫路駅に着いた(23:02)。
どこかに出かけたときの定番にしている「駅そば」食べた!!
播但線にのり福崎に着いたのは23:56!!

「雲見」の旅は実に面白かった!!
今度は何処へ行こうかな。
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本州最南端へ「雲見」の旅!!(1)

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▼昨日(2015/03/17)の朝、私は大いに迷っていた。
いつもの「雲見」の空は濃い霧であった!!この計画を実施するのにふさわしい日であるのかどうかで迷っていたのだ。この計画とは「18きっぷ」一日分を使って本州最南端潮岬まで行って「雲見」をするという計画だった。
水平距離にして(列車の走行距離だが)300㎞移動して「雲見」をするのである。
どこか観光地が目的ではない、ただただ「雲見」がメインの旅である。
▼決行を決めた!!
福崎駅を出発したのは7:16だった。姫路に近づくと霧はむしろ濃くなっていた!!
いつも列車からよく見える姫路城はすっかり霧のなかだった。
朝日のあたる姫路城と「雲見」!!ちょっと期待していたが残念だ。
これは瀬戸内海に近づいたからであろうか?
姫路を出発して大阪に向かうがいっこう霧ははれなかった。
六甲の山脈もすっぽり霧の中だった。列車は濃霧ためスピードを落とした。
定刻より遅れはじめた。「ただいま列車は濃霧のため4分遅れて発車しています。」
最初の「4分」が徐々に増えていった。ついには最長11分にまでなった。私は焦ってきた!!
いつもののんびり屋の私であれば少々の遅れなど気にしないのだが、昨日だけはちょっとちがっていた。
今回の計画ではきめられた列車にのらなければ、昨日中に帰ってくることができなかったのだ。
▼遅れをとりもどすつもりで、できるだけ早い列車に乗り込んでみたが、ついには一駅区間だけ「18きっぷ」を断念せざるを得なかった。
 霧の方は、大阪湾もかなり濃かった。
それでも列車の車窓からの「雲見」もなかなか楽しいものだった。
お昼過ぎにはほぼ青空が回復していた。風車が見えてくるころは雲のない青空ばかりの「雲見」だった。
風車がこんなに目立つのはやはり風が強いのかな?
▼やがてあこがれの太平洋が見えてきた!!
前に訪れたとき、「太平洋の雲はどでかい!!」という印象をもった。夏場だったということもあったのだろうが、ひとつひとつの雲が大きくダイナミックだ!!と思った。
それをもう一度見たいというのが、今回の計画の動機でもあった。

そしてなんとか予定通り串本駅に着いたのは14:40だった。
さあ…
(つづく)
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【Web更新3/15】15-11 「丹生」を追う 等更新!!

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アメダスの 風記録する 桜かな 15/03/15 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-11
週末定例更新のお知らせ
 「ものごとは、記憶せずに記録する。」は梅棹忠夫の名言である。
「記録」は時空を超えて雄弁にものごとを語る。
 このささやかなるWeb更新も私にできる「記録する」のひとつなのである。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 桜
 もうすっかり私の生活習慣になりつつある「アメダスまで歩く」であるが、歩く時間帯がまだ固定していない。これまでは、夕方暗くなってから金星をみながらがというのが多かったが、朝もいいなと思いだした。
それは、周辺の草花や「雲見」もしながら歩けるからだ。
 「アメダス」の近くに小さな公園がある。その公園の桜が下の枝の方から咲き始めていた。
春めく風を記録するかのごとく。

◆「丹生」を追う 更新!!
 久しぶりの更新である。「丹生」への興味は間歇的にやってきた。
東大寺・修二会「お水とり」を実際にこの眼で見て、また沸々と「ふしぎ!?」が湧き出てきた。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 なかなかいっきょには進まない取り組みだ。
しかしありがたいことに「大気の物理学実験室」は終わるということがない。いつでも公開実験は行われている!! ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 すっかり「寺田物理学」入門にはまってしまった。ほとんど理解できていないのに、「面白い」と感じる。
いったいこの「面白さ」はどこからやってくるのだろう?

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Twitterはじめて2001日目に思うこと!!

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▼空は曇っていた。朝から晩まで今にも降りそうな状態が続いた。
私はあいかわらず柿の木のあれが気になって仕方なかった。ゲホウグモの「卵のう」である。
3/10(火)からである異変が起きたのは。それまでぶら下がって揺られながら寒風に耐えていたものが、ちょっと違う態勢をとりはじめたのである。単なる「偶然」のできごとであるのかも知れない。しかし、ひょっとしたらゲホウグモのアタリマエ!!かも知れない。そう思うと、その瞬間をぜひ見てみたい!!
持ち出した脚立の上に何度も何度ものってみるのだった。
▼自宅の庭の柿の木で「研究」というと、私はいつも南方熊楠のことを思い出す。
彼は1917(大正6)年自宅の柿の木で変形菌の新種(ミナカテルラ・ロンギフィラ)を発見している。彼は生涯、研究機関、大学等に所属することなく「野」にあって自らの研究生活を進めた。
 そんな熊楠について最近面白い文章に出会った。
今月発売の『kotoba』の南方熊楠特集号:(南方熊楠 「知の巨人」の全貌)にクマムシ博士こと堀川大樹氏がとても興味深い文章を寄稿していた。タイトルは「クマグス的研究のススメ」というものである。
 私なりに要約すると、熊楠が今の時代に生きていればIT技術(blog、Twitter、SNS等々)を駆使して快適研究するのではないかとシミュレーションしているのである。そして、今こそ「クマグス的研究生活」が有効な時代なのではと論じている。大賛成だ!!
▼堀川氏が有効なツールとしてあげているTwitterであるが、私がTwitterをはじめて昨日で2000日になったとtwilogが教えてくれた。
 はじめてから100日ごとに「私にとってTwitterとは」を問いかえすために「Twitterはじめて○○日目に思うこと!!」という文章を書き続けてきた。昨日はオンライン「寅の日」と重なったので一日ずれるかたちになってしまった。
▼そのなかで私はTwitter的(=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)という勝手な造語をつくった。6つのキーワード・概念を合体させた私のネットライフの指針だった。
それは同時にオオバーな表現すれば私の「哲学」だった。
 そのTwitter的がいまどこにあるのか。その「現在地」を問うことが、「Twitterはじめて○○日目に思うこと!!」
を書くことの目的だった。 
 Twitter的はTwitterそのものを必ずしも意味しない。
 Facebook版【理科の部屋】が設立された今は、Twitter的はFacebook的と言い換えてもいいのかも知れない。

さあ、今度3000日目には何を思っているだろう?
それは私にもわからない。Twitter的はどこに?

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本日(2015/03/15)、第92回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼「お水とり」に行っているあいだに、例のゲホウグモの「卵のう」の態勢がちがってきたように見える。以前のようにストレートにぶら下がっているのではなく2ヶ所の糸でちょうどハンモックをつくったようなかたちでぶら下げているように私には見えてしまう。「卵のう」のなかにもなにかゴツゴツとしたものを見てしまうのだが、これは勝手に私が「物語」をつくろうとして色メガネを通して見るからであろうか。
 寅彦だったらどう見ただろうか?
▼そうだ!!今日はその寅彦を読む日だ。
本日(2015/03/15)は第92回オンライン「寅の日」である。
テーマは2月から引き続いての「寺田物理学」入門である。その第4弾ということになる。
読むのは「物理学圏外の物理的現象」である。

◆本日(2015/03/15)、第92回オンライン「寅の日」

●「物理学圏外の物理的現象」(青空文庫より)

▼前回からの2つの疑問
(1) 「寺田物理学」はなぜ面白いのだろう?
(2) 「寺田物理学」の謎解きはどこまで進んでいるのだろう?
はまだ保留したまま今回の文章を読んだ。
私は、今回の文章全体が、このうえない『「寺田物理学」のすすめ』に読めてしまった。
 冒頭の一文

 物理学は元来自然界における物理的現象を取り扱う学問であるが、そうかと言って、あらゆる物理的現象がいつでも物理学者の研究の対象となるとは限らない。本来の意味では立派に物理的現象と見るべき現象でも、時代によって全く物理学の圏外に置かれたかのように見えることがありうるのである。

は、当時(83年前)の「寺田物理学」の「現在地」を示唆していた。
「では、今は?」というのが私の疑問(2)だ。
 「寺田物理学」入門を志す私にはうれしいことが書いてあった。

物理学圏外の物理現象に関する実験的研究には、多くの場合に必ずしも高価な器械や豊富な設備を要しない。従って中等学校の物理室でも、また素人(しろうと)の家庭でもできうるものがたくさんにあると思われる。

なんともうれしいことを言ってくれているではないか。
これがきっと私の疑問(1)と関係するのだと思う。
▼うれしい気分にさせてもらったと思ったらつかさす次の但し書きがあった。
しかしいかなる場合にでも、その研究者が物理学現在の全系統について、正しい要約的な理解を持っていることだけは必須(ひっす)な条件である。

やっぱり「寺田物理学」はホンモノだ!!
トンデモ「科学」ではないんだ。今の私には「必須条件」がそなわっていない。
今からでも間に合うかな?まあやるだけやってみるか!!

 昨日は大賀ハス観察池の定例観察日であった。蓮根の植え替えから50週目である。池の水はにごりボウフラたちの屈伸運動がめだってきた。
それを察知してかクモの糸が目立ちはじめた。やっぱり「お水とり」が終わったら春だ!!
今年度の観察池もあと2週間!!
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東大寺修二会「お水とり」を見た!!(2)

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▼「人気がなくなった」と思ったのは私の大きな誤解であった。
公園の出口あたりまで人波にのって向かって、「甘酒」をいっぱい飲みながら考えた。
「お水とり」を見に来ていながら、籠松明だけを見てみすみすこのまま帰るには未練があった。そこで、ひとまず二月堂に戻ってみることにした。
 驚いた!!人気がないどころか「若狭井」のとなりではカメラマンたちの場所取りがはじまっていたのだ。
▼「若狭井」には鹿まで遊びに来ていた。
二月堂にあがって、上から「若狭井」「興成(こうじょう)神社」をながめてみた。
「若狭井」は若狭から送られてきた「水」を汲み上げる井戸だ。そのすぐとなりにあるのが「興成神社」は若狭からの「水」が湧き出す場所を告げた黒白二羽の鵜を祀った神社である。
「二羽の鵜」→「にう」→「丹生」!!?
ここが「お水とり」の舞台だった。
▼待つこと夜の9時すぎから4時間半(この時間は常連のカメラマンたちの話では年によってまちまちだそうだ。ちなみに昨年は雨の中2時頃からはじまったそうだ)、午前1時半過ぎからことは動きはじめた。
 そのころにはいつのまにか見物客の人盛りになっていた。
「お水とり」本番は粛々と「作法」にのっとり行われた。
「若狭井」で汲み上げられた「水」は二月堂へ運ばれた。
これが、修二会を代表する「お水とり」であった。
一時間ばかりかかった。すべてが終わったのは2時半をすぎていた。
はじめてその一部始終を見た!!なんとも言えぬ感動!!
▼この「お水とり」そのものは3/12~13の今回だけだった。修二会そのものは今日(2015/03/14)も続いている。今夜までだ。
 それにしてもこの「修二会」「お水とり」とはなんなのだろう。  
今年で1264回目であるという。「不退の行法」ではじめて以来一度たりと休むことなく続けられてきたという。
待っているときの会場のアナウンスで度々強調されていた。
これには驚くばかりである。
2時半すぎに「お水とり」が終わって再び二月堂にあがってみた。再び驚いた!!お堂のまわりには人盛りだ。
裏の食堂にも人でいっぱいだった。まるで別世界にでも来たようだった。
すべてが終わったのは4時をすぎていた。
駅への道を歩きながら、来年もぜひとも来たい!!と強く思った。


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東大寺修二会「お水とり」を見た!!(1)

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▼奈良の大仏は何度見てもどでかかった。
それにしてもこんなどでかい大仏をどのようにしてつくったのだろう。どんな技術をもっていたのだろう。
それにも興味があったが、もっと興味があることあった。
このどでかい大仏を金メッキしていたという。そんな大量の金はどこに?
それ以上にどのようにして金メッキしたのだろう?
 そこに私が長年追いかけている「丹生」が関係した。
▼金を水銀にとかしアマルガムにして、そして、なかから加熱して水銀蒸気をとばし金だけ残したという。
では、水銀蒸気は? 気になるところである。
金もだけどそんな大量の水銀はどうしたのだろう?
そこで教えてもらったのがのが 寮美千子さんの
◆「東大寺修二会「お水取り」の起源に関する仮説」(寮美千子)
だった。
 「お水」=水銀!?に関するたいへん興味深い仮説であった。
▼私は、どうしても修二会「お水とり」を見たくなった。それで2012年に東大寺二月堂に行ってみた。
 続けて翌年2013年には「お水おくり」を見るために若狭に行った。
 2014年には時間がとれずにどちらへも行けなかった。
今年はできれば、若狭と奈良と両方いければと思っていた。
しかし、それは無理だった。せめてひとつはと3/12の昨日動いた。
▼お松明は激しく燃えいた。この日の松明は特別の「籠松明」だった。
待ちに待ってやっと見ることができた。
待った甲斐があった。迫力があって感動ものである。
身動きがとれないほどの人盛りは、潮が引くように人気がなくなった。
だが、実は「お水とり」本番はここからはじまるのだった!!
(つづく)
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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(61)

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▼私は、これをなかなか「偶然」とは思えなかった。「偶然」にしてはできすぎた話だと思った。
どう見ても一本のクモの糸が、ゲホウグモの「卵のう」を枝にくくりつけているように見える。
そもそもこの糸はどこから出現したのだろう?
元々あって私が見逃していたというだけなのだろうか?
それとも「卵のう」から伸びてきたものだろうか?
まさか…!?
昨日一日はもう以前のように「卵のう」がぶらぶらと風に揺れると言うことはなかった。
心もち「卵のう」のなかが黒ずんでいるようにも見える。
これは「異変」だろか、それともアタリマエだろうか?
▼3/10の空は確かに「異変」が起きていた。
これまでの知識をフルに活用して、2015/03/10の「大気の物理学実験室」を立体的にイメージしてみた。
先日からの気象庁・高層天気図で追ってみた。
まずは
◆北半球500hPa高度・気温天気図(AUXN50)
で作業をしてみた。
はっきりとわかった。等高線はみごとなまでに日本の上空で密集していた。
「気圧の谷(トラフ)」「低気圧」が、あの実際の天気と重ねあわせてイメージできた。
▼続けて
◆アジア850hPa・700hPa高度・気温・風・湿数天気図(AUPQ78)
◆アジア500hPa・300hPa高度・気温・風・等風速線天気図(AUPQ35)
◆極東850hPa気温・風、700hPa上昇流/500hPa高度・渦度天気図(AXFE578)
をプリントアウトしてながめてみた。
・寒気
・湿数
・風
・ジェット気流
・渦度
等々が日本列島のあの「天気の変化」と重ねあわせてナルホド!!と少しわかってきた。
▼少し翻って考えてみた。
あの「天気の変化」は、自然にとっては「異変」だろうか。
春が着々と近づいて来ることを期待し想定している我々には「異変」であり「異常」かもしれないが、自然にとって
はそれはきわめてアタリマエ!!なんではないだろうか。
 仮にそうだとするなら、そのアタリマエのルールが知りたい。
その「しくみ」がわかりたい!!

あの一本のクモの糸もゲホウグモにとってはひょっとしたらアタリマエ!!なのかも知れない。
「卵のう」にまさかの「異変」がおこらないか。観察をつづけてみたい。

(つづく)

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3.11 あれから4年!!

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▼柿の木のゲホウグモの「卵のう」は今度ばかりは吹き飛ばされそうな猛吹雪だった。
しばらく続くと日射しのきつい青空が広がった。昨日は一日中、交互に何度も何度もくりかえしていた。
そして夕方に異変は起きた。今までぶら下がっていた「卵のう」が枝にくらいつくような態勢をとったのだ。
脚立を持ってきて近づいて観察してみた。
驚いたことに、「卵のう」を枝にくくりつけるようなクモの糸が伸びていたのだ。
誰が???
▼あれから4年目の朝だ!!
ちょうど1年前の朝、私は次のように記録していた。

過去と他人は変えることはできなくても、未来と私は変えことができる!!
そのためにまずすべきことは「現在地」の確認と、今を「記録化」することだろう。
ゆっくり 急ごう!!

あれからまた地球は太陽の周りを一周してきた。
▼とりわけ最近気になっているのは、「現在地」の確認という作業だ。
時空間における「現在地」
・「大気の物理学実験室」でのくらし!!
・「動き続ける大地」でのくらし!!
・「歴史の渦中」でのくらし!!
等々
私は今どこに「くらし」ているのだろう?
「私の科学」は今どこにいるのだろう?
▼寺田寅彦は「津浪と人間」(青空文庫より)のなかで言った。
残る唯一の方法は人間がもう少し過去の記録を忘れないように努力するより外はないであろう。

防災・減災の第一歩は「忘れないように努力する」からはじまる。
そのためには今を「記録化」することだ。
これは先人たちもずっと続けてきた作業!!それを引き継ごう!!

今日一日は「私のくらし」「私の科学」の所在を問いながら過ごしたい。


 


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Facebook版【理科の部屋】が開設された\(^O^)/

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▼昨日の朝も、雨の降る前にと竹藪の椿を見に行った。
やはりまだ落下した花の数は増えてはいなかった。どうしたことだろう?
今のところひとつも「うつ向き」というものは見られない。「仰向き」ばかりである。
 もっともっと数が増えてこなければ簡単にその結論は出すことができないが。
 そのあと再び激しく雨が一日降り続いた。
▼先週末にとてもうれしいことがあった。
それはFacebook版【理科の部屋】が開設されたのだ\(^O^)/
 最近、Facebook、Twitterで古くからの友人・知人と「再会」することが多くなってきた。
そんななかで、「かつての【理科の部屋】のような雰囲気であらたな交流ができれば」と河野晃さんが立ち上げられたのである。
▼そもそも【理科の部屋】とは、パソコン通信(もはやそれは「歴史」か)の時代フォーラムの一会議室として出発した。今から22年前!!1993年11月23日のことである。
 その時代から見ると、ネット環境は大きく変わってきた。
時代に応じて【理科の部屋】は変遷していった。それは【理科の部屋】20年史を見ているとよくわかる。
▼20年前の開設当時から、よく使っていた歓迎メッセージがある。
これがそれである。
****************************
日本の理科教育情報発信基地
             
       【理科の部屋】へようこそ        
                                
  (^o^)/ あなたもここで情報発信者に\(^o^)   

 情報は、発信されるところに集まる。

 あなたがノックされるところがドアです。

 時空を超えて響きあい・学びあい・高めあう世界を
****************************

それこそ「時空を超えて」今もこれは有効であると思っている。
Facebook版【理科の部屋】開設でまたあらたなヒューマンネットワークがはじまるだろう。
どんなあらたな「出会い」があるだろう?

ネットにつなぐ楽しみがまたひとつふえた。o(^o^)o ワクワク

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【Web更新3/8】15-10 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

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時巡り 袴姿の 土筆かな 15/03/08 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-10
週末定例更新のお知らせ
 「整理」をすすめている。なかなか思うように進まない!!
 かつて佐藤可士和の「超整理術」の影響で「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」とステップを踏んでやっていた。そのなかで究極は「時間の整理」だと思った。
 ところが「時間」が比較的自由に使える今、あまり「整理」が進まないのはどうしてだろう。
どうやら「整理」は私の生涯の課題のようだ。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ 土筆
 いつの頃からだろう。「俳句もどき」をつくりだしたのは?
いくら歳月を重ねても腕は上がらぬ。 もう諦めはしているが、それでもやっぱり続けたい!!
寅彦は言った。「歳時記は日本人の感覚のインデックス(索引)である」と。
今週のインデックスは「土筆」だ。
私のインデックスでは「土筆」→「袴」→「卒業式」→「3.11」
と繋がっていく。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 「雲見」あいかわらず面白い!!
面白さは「かたち」にしなけれは伝わらない。
伝わる「かたち」にすることこそ今の最大の課題である。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 今、「雲見」と「寺田物理学」入門が重なってきている。
これがとてもうれしい。
 元々不器用な私には複数のことを同時に進めるのは大の苦手だから。

 さあ今週はどこまで「整理」がすすむだろう。
ゆっくり 急ごう!!

 


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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(60)

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▼昨日は朝から雨が降っていた。蓮根の植え替えから49週目の大賀ハス観察池にも雨粒が落ちてきていた。
けっして気温も高くはなかったが、水面に春がやってきていると感じた。
2015年度の蓮根植え替えまであと3週間となった。自分でも呆れてしまうほど執拗に観察池を観察してきた。
毎週土曜日を定例観察日と決め、画像もアップしてきた。(参照:「大賀ハス観察日記」
実に単純きわまりない作業だ。大賀ハスの一年をまるごと観察しようとしたのだ。そのなかで意図する以上のいろんなものをみてきた。花の咲く「あこがれの4日間」はもちろんのこと、花咲いた後の結実、枯れていく様子、大賀ハスだけでなく池の観察もいろいろのものを見せてくれた。初氷、初雪、クモの糸、クモ、「はやにえ」のカエル等々数えあげればきりがない。観察池はまさに私の「ビオトープ」だった。
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▼それこれも単純な作業を「継続」してこそ見えてくることだった。
これが私の唯一の「戦略」だった。
今また、Webテキスト『天気の変化』でもやってみようと思う。
地球規模での大気の動きを追っていた。
気象庁・高層天気図のなかの
◆北半球500hPa高度・気温天気図(AUXN50)
を使って
・温帯低気圧はどのように発生するのか?
・気圧の谷(トラフ)とは?
・気圧の尾根(リッジ)とは?
等の謎解きをしようと思っていた。
眺めているだけでは何も見えてこない。特に私のようなシロウトにそうだ。
一昨日天気図(2015/03/06 12:00)と昨日(2015/03/07 12:00)天気図をプリントアウトしたものに作業を施してみた。
5580~5520mのところを赤の蛍光ペンで塗ってみた。
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▼見えてきた!!
偏西風地帯の「蛇行」が。
並べてみることによって24時間の「動き」が!!
さらには、5580~5460mと帯の幅を拡げてみた。
さらにダイナミックに「動き」が見えてきた!!
▼では、今日はどうなるんだろう?
いろいろ予想してみる。
面白い!!
まだ24時間を追っただけだ。
この単純な作業もしばらく「継続」してみればきっともっと見えてくるものがあるはず!!

ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

(つづく)

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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(59)

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▼昨日の「雲見」の空は、西からの強い風で波立っているように見えた。
この波状雲は「巻積雲」だろうか、それとも「高積雲」だろうか。まだまだ大いに迷うところである。
この波状雲をみながら、はたとあることに気づいた。
それはきわめてアタリマエのこと!!
▼「大気の物理学実験室」のなかにいて、日々展開される「実験」の結果(現象)を観察して、次なる「実験」の結果(現象)を予想しようとしている。
 ここで行われる実験は、なかなか複雑である。ひとつひとつはアタリマエ!!のことばかりなんだが、たくさんのアタリマエが複雑に絡まり合い、ツナガッテイル!!
 まさに複雑系科学の典型なのである。
考えてみるそれこそが今夢中になっている「寺田物理学」の範疇ではないのか!!
私のなかでWebテキスト『天気の変化』づくりと「寺田物理学」入門とツナガッタ!!
「雲見」から「寺田物理学」入門だ。
▼ここのところ天気は周期的に変わっていた。
波状雲が見えたと思っていたら、また今朝は雨だ。
西から「低気圧」、「高気圧」がほぼ周期的、交互にやってくる。
そもそも「温帯低気圧」ってどのようにしてできんるんだろう?
これまでは、「大気の物理学実験室」を立体的にみることに努力してきた。
それも続けながらであるが、今度は「動き」も加味してイメージしていこうと思う。
▼周期的変化ということでもう一度
気象庁・高層天気図

◆ 北半球500hPa高度・気温天気図(AUXN50)

これもまた大きく蛇行し波打っていた。
波があれば山(尾根)も谷も存在する。
気圧の谷(トラフ)は?
気圧の尾根(リッジ)は?

(つづく)


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【お薦め本】『キリンの斑論争と寺田寅彦』(松下 貢編 岩波科学ライブラリー)

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▼昨日、それをじっくり見るためにお城の近くの姫路市立動物園に行ってみた。
動物園を訪れるのはずいぶん久しぶりだった。園には2頭のキリンがいた。姫りん(メス)とコウスケ(オス)である。キリン舎の前で一時間半ばかりじっとそれを見てみた。
言われてみれば確かにその斑模様は田んぼが干上がってひび割れたときの模様に似ていなくもないなと思いだした。それにしても…
▼今から80年ほど前、1933~34年にこの「キリンの斑模様」をめぐて大論争があったという。
世に言う「キリンの斑論争」である。この論争めぐっての論文とその後が紹介されているのが今回の【お薦め本】である。

◆『キリンの斑論争と寺田寅彦』(松下 貢編 岩波科学ライブラリー 2014.1.8)

 私は今、オンライン「寅の日」で、「寺田物理学」入門にはまっている。
そのなかで、自分自身にふたつの課題(宿題・疑問)を出していた。
(1) 「寺田物理学」はなぜ面白いのだろう?
(2) 「寺田物理学」の謎解きはどこまで進んでいるのだろう? 

この本には、その答えが書いてあると思った。
▼語りはじめたらとりとめなく続きそうだから、いつものようにお薦めポイント3つを先にあげておく。
(1) 読めばきっと今すぐ「動物園」「水族館」「砂丘」「八百屋」などに行ってみたくなる!!  
(2) 「寺田物理学」入門希望者の必読書!!
(3) 私の「ふしぎ!?」(等身大の「ふしぎ!?」)をずっと保留し続けている人には、その謎解きのヒントを与えてくれる!!

 この論争の発端は平田森三の『キリンの斑模様に就いて』からはじまる。キリンの斑模様は粘土薄の「ひび割れ」とよく似ている。きっとそこには同じ機功が働いてるのではという問題提起である。
今から考えてもなんとも奇想天外で大胆な発想だ。それも第一線で活躍する物理学者からの問題提起である。
生物学者から反撃からある。それに対してまたまた反撃をする。
「これはなにか印刷のまちがいなのだろうと思う。」などという言葉まで飛びだしてくる。シロウトには「論争」というより「ケンカ」に見えてくる。「ケンカ」にしても当時第一線で活躍する科学者の真剣な「大ゲンカ」である。
くわしくわからなくても面白い!!
 そこへ登場するのが森田の師匠寺田寅彦だ。これがまたまた面白い!!ケンカの仲裁に入ったと言うより、寅彦の先見性、面白さ全開である。なかでも面白かったのは「猫の斑紋に関する観察」(同書 p38)だ。
 昨年の秋訪れた「高知県立文学館」にメモ、ビデオあったあの実験だ。寅彦が自分家で飼っている猫の黒斑部を布に写しとり袋をつくり考察するという実験だ。まるで子ども夏休みの自由研究に登場するような実験を大真面目にやっているのである。この一事をとっても私は寅彦の大ファンであることをやめられない。
 この本の醍醐味はここで終わらない。ではこの「大論争」その後はどうなったんだろう?
私の疑問(2) 「寺田物理学」の謎解きはどこまで進んでいるのだろう?にばっちりと答えてくれていた。
 それをうまく解説する力量は今の私にはない。
 ただ言えることはこの「大論争」はけっして単なる過去の「歴史」ではなく現在の「科学」にツナガッテイタ!!
そしてこれからの「科学」にも…。
▼編者の松下貢は実にうまく「あとがきにかえて~寺田寅彦の伝えたかったこと」にまとめておられた。
自分で語られない分、この文を引用させてもらってと思ったが、引用させてもらいたいところがありすぎて選ぶのに苦労した。それでもひとつだけ引用させてもらう。

わからないことがあればどこまでも細かく分解し縦方向に分析するという単純な方法論に基づく従来の科学に対して、寅彦は横方向のつながりに注目してそれを科学にすることを目指したとも言えよう。こうして、寅彦は複雑系にひそむ単純性を追求する科学を、時代にはるかに先駈けて行っていたのである。(同書 p124より)
 

 最後に本書と同様に、お化粧しなおした姫路城を見学される機会があれば、ぜひすぐとなりの姫路市立動物園に入園されて(入園料 大人200円)、キリンの姫りんとコウスケの斑模様も観察されることをお薦めします。
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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(58)

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▼昨日(2015/03/04)の朝、ついにその本体が登場した。
ずっと気になっていた。大賀ハス観察池の枯れた葉茎からクモの糸が流れることがあったのだ。それは冬のあいだからであった。長い長い糸がいつもきまった方向に流れていた。
少し暖かめの日に限って流れていた。この糸があるということはきっと近くにクモ本体がいるはずと何度捜してもみつからなかった。ところがついにその本体が登場したのだ。
登場だけでないそこにネットをつくりはじめたのだ。もっと驚いたのはそのネットに引っかかる虫がいたということだ。
▼後ほどアメダスで、このクモが登場したときの気温と風向・風速を確認してみた。
気温6.7℃、風向 北西 風力0.3m/s であった。朝方としては比較的あたたかい。昨日は12.3℃まであがった。このクモはこの天気を予知していたのだろうか。
 久しぶりに一昨年・昨年の「クモ学」のすすめを思いだした。クモと本気でつきあい始めてまだ日が浅いが、貴奴等は「天気の変化」を予知しているのでないかと思う場面が何回もあった。特にあのバルーニングの瞬間の決定などみごとなものだと思った。
4億年の進化の過程のなかで「生き延びる術」として天気予知能力を身につけてきたのではないだろうか。
▼人間にもどろう。
「リチャードソンの夢」から95年!!
我々はコンピュータを駆使して「数値予報」という方法を導入している。

◆気象庁・数値予報天気図


地上天気図のみならず、高層天気図もあるのだ。何日も先の予想図まで書かれているのだ。
驚いてしまう!!
▼「数値予報」にすごさに感激すると同時に、あのクモのすごさにもあらためて驚いてしまう。
そして考えてしまうのだ。
私は、なにをやろうとしているのだろう?と。
「雲見」から「明日の天気」を予想する。そのために使える資料・データはすべて使う。
これが究極のねらいだろうか。
もう少し大きく言えば「天気」を予想することを通してやりたいことがある。
それは

(1) 自然をゆたかにとらえたい。自然から学びたい!!
(2) 自然とうまくつき合っていく術を学びたい。!!
   それが、防災・減災にツナガル道でもあろう。

こんなことではないだろうか。

昨日の朝、出会ったクモが教えてくれているような気がした。
   
(つづく)
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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(57)

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▼そうそれは「仰向き」と言うより圧倒的に「横向き」に寝転がっていると言う方が正しい思った。
でもそれはアタリマエで「仰向き」に立ったりする訳がないから、寅彦がこれを「仰向け」「うつ伏せ」と二分法で言うなら「仰向け」としただろうと予想できた。
 昨日も朝方に前の竹藪の椿の樹を見に行った。予想に反して、落下した椿の花の数はさほど増えてはいなかった。まだまだ蕾がふくらみはじめたばかりというのがほとんどだった。
 午後からは予想通り雨がふってきた。
▼「大気の物理学実験室」で起こる現象を「雲見」から読み解く。それが私の主文脈であった。
もっと平たく言えば、「雲見」から「明日の天気予報」を自分でやろうというのである。
「雲見」だけでなく、今、誰にも簡単に入手できる資料・データを利用して「天気の変化」を予想しようというのである。まだわからない未来を予想・予測する。
 それはりっぱに「科学」だ。そう私は「天気の変化」を「科学」したいのだ。
▼次なる課題は「数値予報」だった。
テレビ・新聞・ネットの「天気予報」がどのようにしてつくられるのか。その大元を知っておくことはけっこう大切なことに思えた。
 実際に少し知ってみるとけっこう面白い!!

◆気象庁・数値予報

気象庁のホームページというのはほんと充実している。
シロウトの私にはほんとうれしいページばかりである。そもそも「数値予報とは」からはじまり、その「歴史」「実際の具体例」等がくわしく説明してあった。
▼「観天望気」か「数値予報」かの二者択一の問題ではない。
使えるものは何でも使っていく、それはアタリマエ!!こと。ねらいは「天気の変化」をより正確に予想・予測することにあるのだから。
 それから、ちょっと大風呂敷広げると。
 ビッグデータ・オープンデータがあたりまえの時代に、データとどうつきあっていくのか?
「科学」はどうあるべきなのか?
ということとも少し関係ありそうな気がするのだが。

(つづく)
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本日(2015/03/03)、第91回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼前の竹藪の椿がついに咲き、落ちはじめた。
「椿の花の落下」と言えば、寅彦のあの実験を思い出す。
師漱石の「落ちざまに虻(あぶ)を伏せたる椿(つばき)かな」に触発されて、実際に椿の樹から花が落下したとき「仰向き」か「うつ伏せ」か数を調べ、その比を求めているのである。(参照:「思い出草」青空文庫より)
面白い!!
これぞ「寺田物理学」!?
▼本日(2015/03/03)は、第91回オンライン「寅の日」である。
オンライン「寅の日」のテーマも2月に引き続き「寺田物理学」入門である。
今回読むのは「日常身辺の物理学的諸問題」。昭和6年(1931)に発表されたものである。

◆本日(2015/03/03)、第91回オンライン「寅の日」
●「日常身辺の物理的諸問題」(青空文庫より)

▼毎朝の「洗面所」の話から始まって、誰もが毎日のくらしのなかでであっている「日常身辺の物理学的諸問題」について語っていた。まるであの言葉で問いかけられているような気分になってくる。
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」

 私は今、「寺田物理学」の門前を行ったり来たりしながら迷っている。二つの疑問(課題)を持ちながらである。
その二つとは
(1) 「寺田物理学」はなぜ面白いのだろう?
(2) 「寺田物理学」の謎解きはどこまで進んでいるのだろう?
である。
▼少し頭の中を整理してみる。ひとつずつ行く。
(1) 「寺田物理学」はなぜ面白いのだろう?
 正直に言うと、今回も寅彦が例にあげている「物理学」を私はよく理解していない。これは、これまでの私の不勉強がたたっているのだろうが。しかし、これははっきり言える。
私は、「寺田物理学」を面白い!!と思える。これまで出会ったどんな「物理学」より面白いと思える。
それはなぜなんだろう。それこそいちばんの「ふしぎ!?」だ。
 もう一つに行こう。
(2) 「寺田物理学」の謎解きはどこまで進んでいるのだろう?
 今回もいくつもの例をあげている。

これに類する多くの問題は至るところに散在している。たとえば本誌(科学)の当号に掲載された田口三郎(たぐちりゅうざぶろう)氏の「割れ目」の分布の問題、リヒテンベルク放電像の不思議な形態の問題、落下する液滴の分裂の問題、金米糖(こんぺいとう)の角(つの)の発生の問題、金属単晶のすべり面の発生に関する問題また少しちがった方面ではたとえば河流の分岐の様式や、樹木の枝の配布や、アサリ貝の縞模様(しまもよう)の発生などのようなきわめて複雑な問題までも、問題の究極の根底に横たわる「形式的原理」には皆多少とも共通なあるものが存在すると思われる。

多種多様な「ふしぎ!?」をあげている。これから84年!!
今、これらの「ふしぎ!?」はどこまで、どのように謎解きされたのだろう?
それが知りたい!!

さあ、今朝はいくつの椿が落ちだろう?
「仰向け」だろうか、「うつ伏せ」だろうか。見に行ってみよう。
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【Web更新3/1】15-09 Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 等更新!!

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慣れし籠 あふれ出たるは ヨモギかな 15/02/28 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】15-09
週末定例更新のお知らせ
 「クリエイティブ」とは、いくつの年になってもなんともワクワクさせる響きをもつ言葉だ。
日本語にすると「創造的」となるのだろうか。
 でもそうなるとちょっと大げさな気がする。もっともっと身近な「ツール」「ものさし」として使いたいな!
せっかくの響きをもつ言葉なんだから…。手垢にまみれない程度に。

◆表紙画像集2015 更新 人里の自然シリーズ ヨモギ
 今、田んぼの畦、川の土手でいちばん旬な植物はヨモギだ。
とてもいい色だ!!そんなにうるさく「緑」を主張しない、それでいてやさしくしたたかに春を伝えてくれる色だ。
この時季になると籠一杯に若葉を摘んできてよもぎ餅をつくってもらった。
 餅になってもあの香りと色はちゃんと保持していた。それが好きだった。
そう言えば長い間手作りのよもぎ餅食べていないなあ。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 「継続は力なり」とはほんとうだった。自分でもまったく見えていなかった構想が続けてきたおかげで少しずつ少しずつ見えてきた。
 これからは見えてきたものを人にも伝わるように「かたち」にしていきた。


クリエイティブシンキング!!今週はどこまですすむかな。
ゆっくり 急ごう!!

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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(56)

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▼2015年2月が終わった。
 2月も1月に引き続き「もくもくカレンダー」(もくもくシール理科ハウス作成)をやってみた。「「雲見」のうた」を歌いながら、一日に一回「雲見」をしてシールを貼るだけだ。
正直言ってまだまだ雲の「同定」に迷うばかりだ。
 でも、「エィヤッー」と決めてしまう。別にまちがったからといって何の問題はない。また実際、空にはいつも一種類の雲があるわけではなかった。
 ただ一つだけ気をつけていることがある。それはシール貼るときにその雲の「高さ」を口にしてみるんだ。
徐々に雲の名前とセットで意識できるようになってきた。
これは私にはうれしい「成果」だ。(^^)V
▼これは結果論で、けっして最初から意図したわけではなかった。
偶然そうなってしまったという方が正しいのだが、今年になって月ごとに「雲見」のテーマができてしまっていた。
 一月には、私の「雲見」定点観測地からの画像に「アメダス」が埋め込まれていることを発見した。
私の「雲見」は記録化されていた。これは感動であった。今も私は夕方「アメダス」まであることを日課にしている。
 二月には、「高層天気図」の面白さに気づいた。まだまだ「伝わる」かたちにできてはいないが、私にも少しわかる「発見」があるというのがうれしかった。
● 「雲見」と「アメダス」   …1月
● 「雲見」と「高層天気図」 …2月
▼では今日からはじまる「3月では…」と考えてしまうのだった。
とんでもないことに挑戦してみようと思う。
「リチャードソンの夢」(1920年)から95年!!今やスパコンが「明日の天気」をはじき出していた。
それが「数値予報」だった。
その結果は、「高層天気図」と同様に誰でも見ることができた。
◆気象庁・数値予報天気図
見るからにシロウトの私には歯が立ちそうにないものだ。
 しかし、「高層天気図」で少し味をしめていた。きっとなにか私にもわかる面白い「発見」があるにちがいない。
 まあ、気楽に挑戦してみようと思う。
● 「雲見」と「数値予報」 …3月
▼もうひとつ忘れてはならないことがあった。
昨日は、大賀ハス定例観察日だった。蓮根の植え替えから48週目の定例観察日だった。
観察池の水はもう温んでいた。
 今月末には、今年度の蓮根の植え替えをする。どんな蓮根が顔を出すだろうそれも楽しみである。
(つづく)
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