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本日(2015/01/14)、第87回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日、例の「雲見」の樹を見たのは少し遅い時間帯だった。陽は陰りはじめていた。西日が先端部にあたるのみだった。その冷たい寒の風が吹き抜けていた。
 そうちょうど20年前の「1.17」の前もそうだったように思う。
まだ「1.17」をまったく想像だにしていなかった。
▼寅彦はもちろん平成の「1.17」も「3.11」も知らない。
彼は1935年(昭和10)の大晦日に亡くなっているのである。その最晩年まであの警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」を鳴らし続けた!!
 その警鐘に耳を傾けるのが1月オンライン「寅の日」のテーマである。
今回は何度か読んできた「天災と国防」を読む。

◆本日(2015/01/14)、第87回オンライン「寅の日」

「天災と国防」(青空文庫より)

▼80年も前に亡くなった寅彦は、「1.17」「3.11」を知らない。知らないけれど予見はしていた!!
読みはじめるとすぐわかってくる。
 確かに80年前と今とでは「時代背景」はちがう。その分を差し引いても寅彦の提言は、充分に今日的である。
まずは、それに驚いてしまうのだ。

 一家のうちでも、どうかすると、直接の因果関係の考えられないようないろいろな不幸が頻発(ひんぱつ)することがある。すると人はきっと何かしら神秘的な因果応報の作用を想像して祈祷(きとう)や厄払(やくばら)いの他力にすがろうとする。国土に災禍の続起する場合にも同様である。しかし統計に関する数理から考えてみると、一家なり一国なりにある年は災禍が重畳しまた他の年には全く無事な回り合わせが来るということは、純粋な偶然の結果としても当然期待されうる「自然変異(ナチュラルフラクチュエーション)」の現象であって、別に必ずしも怪力乱神を語るには当たらないであろうと思われる。悪い年回りはむしろいつかは回って来るのが自然の鉄則であると覚悟を定めて、良い年回りの間に充分の用意をしておかなければならないということは、実に明白すぎるほど明白なことであるが、またこれほど万人がきれいに忘れがちなこともまれである。

もちろん私もその「万人」のひとりである。寅彦はこう言い放つだけの「科学者」ではなかった。
警鐘の意味を語ってくれていた。

 しかしここで一つ考えなければならないことで、しかもいつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその劇烈の度を増すという事実である。

▼そして、警鐘そのものに最も近い文がつづく。

 それで、文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を充分に自覚して、そして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟(ひっきょう)そういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の顛覆(てんぷく)を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようになるからであろう。

さらに次のように結んでいた。

天災の起こった時に始めて大急ぎでそうした愛国心を発揮するのも結構であるが、昆虫(こんちゅう)や鳥獣でない二十世紀の科学的文明国民の愛国心の発露にはもう少しちがった、もう少し合理的な様式があってしかるべきではないかと思う次第である。

「1.17」が近づいて来て新聞・テレビも「防災・減災」の呼びかける話題が多くなってきた。
それらにも注目していきたい。
 それらと同時に
誰にでもたった今すぐできる防災・減災対策がある!!
それは寅彦が鳴らし続けた警鐘に耳を傾けることだ!!
「天災と国防」を読むことからはじめてみよう!!

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