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本日(2014/12/31)、第85回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日、ずいぶん久しぶりにヒガンバナ定点観測地A、Bの周辺の掃除をした。
この真上に例のゲホウグモの柿の木がある。だから下手に掃除などして、ゲホウグモの環境を変えてしまってはたいへんだと思いまったく触っていなかった。枯れ葉、枯れ草で荒れ放題だった、でもこれを「荒れている」と見るかクモたちの快適環境と見るかは微妙なところであった。環境の激変とならない程度に少し躊躇しながらの掃除だった。ヒガンバナは今こそ我が天下と冬の陽光を独り占めしていた。
 日本各地のヒガンバナの今がすごく見たくなった!!
▼本日(2014/12/31)は、寺田寅彦の命日だった。
●1935年(昭和10)  12.31 転移性骨腫瘍により病没。58歳
80回忌である。
 私たちは、2014年の4月よりオンライン「寅の日」をはじめた。たまたまその年の大晦日は第23回オンライン「寅の日」と重なった。読んだのは「日本人の自然観」だった。
最晩年の10月に発表されたこの文章はすごかった。寅彦のこれまでに書いてきたことのエッセンスがすべて詰まっているように感じた。これは寅彦が後世を生きるものへの「遺言」だと思った。
そこで、この「遺言」を大晦日、寅彦の命日に読むことを定番化しうよと思った。
2013年をしめくくる第54回オンライン「寅の日」でもそのようにした。
そして、2014年をしめくくる第85オンライン「寅の日」も引き続いてそうする。

◆本日(2014/12/31)、第85回オンライン「寅の日」

「日本人の自然観」(青空文庫より)

▼実は、私は本日を想定して、数日前からこの「日本人と自然観」を読んでいた。
 ちょうど年末になって、テレビや新聞も2014年に日本で起きたことをふり返っていた。
・自然災害について
・「科学」について
・社会で起こったことについて
私はどうしても寅彦が遺してくれたこの「遺言」と重ねあせてみてしまっていた。
そう!!寅彦からのメッセージは79年たって色褪せるどころか、より切実感をもってせまってくるのである。
言っていること、すべてがきわめて今日的なのである!!
「緒言」は寅彦の自然観の表明からはじまっていた。

 われわれは通例便宜上自然と人間とを対立させ両方別々の存在のように考える。これが現代の科学的方法の長所であると同時に短所である。この両者は実は合して一つの有機体を構成しているのであって究極的には独立に切り離して考えることのできないものである。人類もあらゆる植物や動物と同様に長い長い歳月の間に自然のふところにはぐくまれてその環境に適応するように育て上げられて来たものであって、あらゆる環境の特異性はその中に育って来たものにたとえわずかでもなんらか固有の印銘を残しているであろうと思われる。

そして、まず「日本の自然」の特異性を理解せよと科学者・寅彦が説明してくれる。
そしてこうまとめる。

 これを要するに日本の自然界は気候学的・地形学的・生物学的その他あらゆる方面から見ても時間的ならびに空間的にきわめて多様多彩な分化のあらゆる段階を具備し、そうした多彩の要素のスペクトラが、およそ考え得らるべき多種多様な結合をなしてわが邦土を色どっており、しかもその色彩は時々刻々に変化して自然の舞台を絶え間なく活動させているのである。
自然の神秘とその威力を知ることが深ければ深いほど人間は自然に対して従順になり、自然に逆らう代わりに自然を師として学び、自然自身の太古以来の経験をわが物として自然の環境に適応するように務めるであろう。前にも述べたとおり大自然は慈母であると同時に厳父である。厳父の厳訓に服することは慈母の慈愛に甘えるのと同等にわれわれの生活の安寧を保証するために必要なことである。

▼私が寅彦の自然観・科学観に強く惹かれるのは、次のようなことを言ってくれているからだ。

その結果として、自然の充分な恩恵を甘受すると同時に自然に対する反逆を断念し、自然に順応するための経験的知識を集収し蓄積することをつとめて来た。この民族的な知恵もたしかに一種のワイスハイトであり学問である。しかし、分析的な科学とは類型を異にした学問である。

これぞ「常民の科学」!!
さらには警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」を鳴らすことも忘れてはいなかった。
たとえば、昔の日本人が集落を作り架構を施すにはまず地を相することを知っていた。西欧科学を輸入した現代日本人は西洋と日本とで自然の環境に著しい相違のあることを無視し、従って伝来の相地の学を蔑視(べっし)して建てるべからざる所に人工を建設した。そうして克服し得たつもりの自然の厳父のふるった鞭(むち)のひと打ちで、その建設物が実にいくじもなく壊滅する、それを眼前に見ながら自己の錯誤を悟らないでいる、といったような場合が近ごろ頻繁(ひんぱん)に起こるように思われる。昭和九年十年の風水害史だけでもこれを実証して余りがある。

話はより具体的に「日本人の日常生活」「日本人の精神生活」へと展開する。
ナルホド合点!!と膝をたたくこと屢々である。
「科学者」「科学教育者」必読は次なる一文である。
 現在の意味での科学は存在しなかったとしても祖先から日本人の日常における自然との交渉は今の科学の目から見ても非常に合理的なものであるという事は、たとえば日本人の衣食住について前条で例示したようなものである。その合理性を「発見」し「証明」する役目が将来の科学者に残された仕事の分野ではないかという気もするのである。

引用が長すぎるのも蛇足がすぎることになるだろう。
ともかくこれだけは繰り返しておこう。
寺田寅彦は充分に今日的である。
79年の時空を超えての寅彦からのメッセージを読みながら2014年をしめくくろう!!

「ゆく年 くる年」は今年もオンライン「寅の日」で!!                                                                                寅彦80回忌の朝
                   


 

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【私の撮った写真・ベスト3】2014!!

▼2014年もいよいよあと2日となった。
もうすでに【私の重大ニュース】【私の読んだ本・ベスト10】を通して今年をふり返っていた。
もうひとつ恒例化していることがあった。それは写真である。
デジタルカメラになってから、一年間に撮る写真は夥しい量になっていた。撮るだけ撮っておいてあとでいらないものはあとで「削除」すればいいや と思いながら、まったくその後処理をしないものだからたまる一方だ!!
\(・_\)ソノハナシハ (/_・)/コッチニオイトイテ
▼デジカメはほんとうすばらしい「記録」化装置だ。
一瞬の記憶を記録化してくれる。「記憶」にすらならなかったものまで記録化してくれている。
私の下手くそなテキストよりよっぽど饒舌であった。
この一年、私は何を記録化したのだろう。2014年を撮った写真に語ってもらおう。
あげればきりがなくなりそうだからベスト3に限定してみる。

【ベスト1】 レコード盤のような緻密なゲホウグモのネット
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今年いちばん多く撮った写真はゲホウグモだ。なにしろ寝てもさめても138日間は貴奴にカメラを向けていたのだから。その量は膨大なものだ。
 それでも、貴奴がゲホウグモであろうことを教えてくれた最初に撮った「ゲホウグモのネット」は忘れない一枚だ。

【ベスト2】定刻なるとみごとな技をみせてくれたゲホウグモ!!
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 ゲホウグモをはなれようとするが、なかなか貴奴のことからは離れられない。
人生最初にして最後のチャンス!!と思うとなおさら貴奴のすべてを記録しておきたかった。

【ベスト3】ヒガンバナ「自然結実」の頻度は想像以上にアタリマエ!!
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昨年はヒガンバナ「自然結実」の群生地を「発見」した。今年の「発見」は、ヒガンバナ「自然結実」はそんなにめずらしいものではない!!ということだった。
 タイミングよくていねいに観察すれば、いたるところで見られた。
見ようとしなかったから、見えなかっただけなのかも知れない!?

▼一年間、このblogにアップした画像を駆け足で見てみた。
「大賀ハスの開花」「10/8赤い月」「コガネグモとの再会」「第4のコウガイビル」等々いろいろあったがやっぱり最高はゲホウグモだった。次点も貴奴だった。

【次点】昼間のゲホウグモ!!これがザ・ゲホウクモ!?
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昼間のゲホウグモがぜひとも見たいとずっと思っていた。そしたら貴奴は「では、見せてやろう!!」とばかりに柿の木の枝の端に姿を現した。体育座りするゲホウグモは完全に柿の木の一部となっていた。

▼ほんとうに写真は面白い!!
自分で撮ったつもりでないものまで写っていた。
まだ、私が気づいていないだけで、あげた写真のなかに「2014年の私」が写りこんでいるのかも知れない。
さて、来年はどんな写真を撮ることができるか。
それが楽しみである。

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【Web更新12/28】14-52 新・クラウド「整理学」試論 等更新!!

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年越しや ヒトミひらいて はしりもの 14/12/27 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-52
週末定例更新のお知らせ
 2014年最後の更新であった。今年も52回の更新を貫くことが出来た!!
私にもできるようなことだから、特別のスキルが必要なことでもなかった。誰にもできることだ!!
また、「更新」と呼ぶには少し恥ずかしいほんとうの「微更新」だった。Web更新における私の誇れる唯一のコンセプトは「誰にもできることを、誰もできないくらいに繰り返す!!」だけだった。
それを今年も貫けたことを喜びたい。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ ホシノヒトミ(オオイヌノフグリ)
 ホシノヒトミが表紙を飾るのは、今年2度目であった。そう言えば、今年はこのネーミングにこだわり、
この自分の眼で「ホシノヒトミ(花)からオオイヌノフグリ(実)へ」を観察し、花が咲いているときは「ホシノヒトミ」と呼ぶことを提案した年だった。できた種子から発芽も観察しようとした。
それはできなかった。残念!!
 しかし、自然はやっぱり偉大だった。意図も簡単にそれが実現していた。
師走の冷たい風が吹き抜けるなか、はやくも年越しを待たずして「ホシノヒトミ」のヒトミが開いていたのである。
やっぱりこれはどう見たって「ホシノヒトミ」だ!!

◆新・クラウド「整理学」試論!! 更新!! 【私の重大ニュース2014】と【私の読んだ本・ベスト10】をリンクしただけで、このページの更新とした。
なんとも安直な更新であった。
「日記」として書いたものをツナイデおいて私は、私だけのDB(データーベース)をつくろうとしていた。
塵も積もれば山となる!!
「日記」も積もればデータベースとなる!! である。
あのファラデーは自らは「忘れっぽい」となげき42年間も書き続けた「日記」を「研究日誌」にし、その各パラグラフに通し番号をつけていたという。その通し番号で検索をかければ日々綴った「日記」をたどることができるようにしたのだという。「日記」を世界でたったひとつの「研究DB」に変身させたのである。
 そんなものにたとえるのは少し恥ずかしすぎるが、今の環境なかでは私にもできることなのかも知れない。
これからも続けてみよう!!
「日記」(blog)も積もればDBとなる!! 

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【私の読んだ本・ベスト10】2014

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▼今年も最後の日曜日なってしまった。
【私の重大ニュース】を終えたら、なんとなく今年が終わってしまった気分になっている。ニュースとセットにしてここ数年自分の中で恒例としていることがあった。
それが、【私の読んだ本・ベスト10】である。
昔からそんな傾向があったが、年々その傾向は強くなっていく。それは何と言うのだろう。
「我田引水」読みとでも言うのだろうか。自分の「文脈」なかで本を手前勝手に読むのである。だからその本の一般的な評価と少しずれたところで【お薦め本】も書いてきた。
 今年も何冊かの【お薦め本】を書いた。それらの本を中心に、今読書中というのも含めてベスト10をあげてみる。その順番も必ずしも順位を意味しない。

【ベスト1】 『寺田寅彦 わが師の追想』(中谷宇吉郎著 講談社学術文庫)
 この本との出会いは、ベストタイミングだった。ちょうど自分のなかで「今、なぜ寺田寅彦なのか!?」の問いが生まれかけたときにこの本を読んだからだ。オンライン「寅の日」の副読本として最高と今も思っている。

【ベスト2】『クモ学』(小野 展嗣著 東海大学出版会)
 これから生涯続くであろう「クモ学」!!その「クモ学」の世界への招待状がこの本だった。

【ベスト3】 『クモはなぜ糸をつくるのか?』(Leslie Brunetta Catherine L.Craig 著 三井恵津子訳 丸善出版)
 4億年かけてクモはどこからやってきたのか?それがわかる面白い本だった。

【ベスト4】 『科学のこれまで、科学のこれから』(池内 了著 岩波ブックレット)
 著者の本は、毎年ここにあげてきた。それだけ興味を持って追いかけてきたということでもある。
これまでのエッセンスがここに詰まっている。

【ベスト5】『科学・技術と現代社会 上 下』(池内 了著 みすず書房)
 こちらは、これまでの総括本というところ。現在読書中であり読了後にはぜひとも【お薦め本】としてあげたい。

【ベスト6】 『空の図鑑』(武田康男 写真・監修 KADOKAWA)
 必携!私の「雲見」のとも!!

【ベスト7】 『データを紡いで社会につなぐ』(渡邉 英徳著 講談社現代新書)
 「これから」への入門書!!

【ベスト8】 『知的生産の技術とセンス』(堀正岳、 まつもとあつし著 マイナビ新書)
 私は、今もこの文書を「こざね法」で書いている。「知的生産」のスキルの今を問う!!

【ベスト9】 【『日本列島の生い立ちを読む』(斎藤 靖二著 岩波書店)
 来年はもっともっとこの方面勉強したいなと思っている。

【ベスト10】 『死なないやつら』(長沼 毅著 ブルーバックス 講談社)
 最も根源的な問い「生命とは何か?」。考えてみると今年もその問いの答えを追い求める一年だったのかも知れない。

さあ、来年はどんな本に出会うだろう。
そして、どんな自分の「文脈」をその本に重ねていくだろう。
楽しみである。o(^o^)o ワクワク

▼もうひとつぜひとも記録しておきたいことがあった。昨日は大賀ハス定例観察日であった。蓮根の植え替えから39週目で今年最後の観察日であった。
 年末に入って観察池の周囲を少し掃除をしていた。そのときだこれを見たのは…。
前々から少し気になっていた。冬場になってからだと思うが観察池のかれた葉茎にひっかけようにして「クモの糸」がなびくのである。それも長い糸の場合は数メートルになるまで…。
では糸を出しているクモは?と捜すが見あたらない。それも朝方にきまった方向から風が吹くときが多い。
掃除をしたことによって、これがよりはっきりした!!
 糸の写真をとってみてなお驚いた!!クモの糸が朝日を分光してとってもきれいだった。
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【私の重大ニュース2014】(4)

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▼例の家のすぐ前の柿の木(138日間ゲホウグモの木)に、ミノムシがいっぴきぶら下がっていた。
ミノムシのミノの材料は、その木の枯れ葉や小枝で準備されるのだろう。
だからどんな木にミノムシがぶらさがっているかで、ミノの個性がでるのだろう。
このミノムシはどこかゴツゴツした感じで、でも丸々と太り丈夫そうだ。ゲホウグモの場合と同じく家を出たらすぐ観察できるから、この冬の楽しみがひとつふえた!!
▼【私の重大ニュース2014】を続けてみよう。
もう今日で最後にしたいな。

【その9】 三つの「試論」を進めた!!
 三つの試論とは
◆新・私の教材試論
◆新・「自由研究」のすすめ試論
◆新・クラウド「整理学」試論
である。
 どれも頭に「新」をつけている。はじめたころの心意気というところだろう。
どれもかなり長く続けていることになる。今、リンクついでに最初の頃の記事を読んでみた。ついつい自分で記録したはずのことが新鮮に読めた。自画自賛になるが面白い!!と思った。
 ひとりの人間の考えることってそうそう簡単に変わるものではない。私が進歩していないだけかも知れないが(^^ゞポリポリ
 三つとも来年以降も継続していくだろう。やっぱり「新」をつけたまま。
▼最後である。
これまでのすべてをひっくるめて次があった。

【その10】 「サイエンスコミュニケーター宣言」を進めた!!
 私は、「サイエンスコミュニケーター宣言」をはじめたのは、2011.04.01である。
それからもうすぐ4年が経とうとしていた。この間に何度も問いかえすことがあった。
・私はほんとうに「サイエンスコミュニケーター」だろうか?
・「サイエンスコミュニケーター」ってなに?
そんなとき、サイエンスコミュニケーターとしての自分の「現在地」を確認するための5つの座標軸をひっぱりだしてきた。5つの座標軸とは次のようなことである。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
この作業はこれからも何度も繰り返すだろう。
めざすは「真性サイエンスコミュニケーター」!!歩みはとめないでおこう

▼重なっているところもあるし、記憶から抜け落ちているところもあるだろう。
ともかく以上が【私の重大ニュース2014】のすべてである。
私がこのblogを書くようになってからとてもうれしいと思っていることは、「記憶」から抜け落ちていても、「記録」しているかぎり後ほどいつでもつなぎ合わすことができるようになったことだ。アリガタイ!!
 あのファラデーが『日記』で試みたことが、私にも真似することが出来るようになったのだ。
これ以降も一エントリー/日はぜひとも継続していきたい。


 

 

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【私の重大ニュース2014】(3)

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▼この時期、屋外に出たときの楽しみは、この金柑を口に入れることだった。
冷たいけど、甘酸っぱさ口全体に広がる。
うれしくなってくるのだった。よし!!動くぞという気持ちになってくるのだった。
この金柑の木、図体ばかり大きくなり、以前のように「鈴なり」という感じをうけなくなったのはどうしてだろう?
▼【私の重大ニュース2014】を続ける。

【その6】 現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」を追いはじめた!!

・今年は「究極のクリップモーター」が授業で生まれてちょうど30年であった。
・久しぶりに授業でやってみてやっぱり面白い!!と思った。
・小学校での実践報告を聞いた。
そんな諸々が重なって、以前からぜひやってみたいと思っていた。
現代理科教材発展史の第二弾『究極のクリップモーター』の歴史を追うことをはじめてみた。
多くの人にお世話なって、一定のルーツまでたどり着くことができた。それにかかわった方に会って直接お話しを聞きたいと思ったが、それは実現しなかった。でもあきらめてはいない。
・定番実験のルーツを探ることにこだわるのは、かならずそこにその「教材」の本質的な意味、教師の思い入れをみつけることができると確信しているからである。
これぞ最高の教材研究!!
 来年以降も追い続けていきたい。

▼生きものやモノとの出会いの話が続いたが、忘れない人との出会いも、もちろん重大ニュースだ。

【その7】 坂本遼「たんぽぽ忌」での偶然の出会い!!
・今年も「たったひとりで…」と思って参加した『たんぽぽ忌』での奇遇の出会いは、とてもうれしいものだった。
・今年は坂本遼生誕110年!!きっと彼がこの出会いを招き寄せてくれたのにちがいない。
坂本遼展でお話をお聞きしたときは、いつしかなつかしい人々だけでなく、「過去の私」にも出会った気になった。

【その8】 ファラデーラボ、「日曜会」、極地方式研究会等で多く「私の科学」と出会った!!
・やっぱり直接人に出会って、人を介して「科学」を学ぶのが効果的だ。
・誰しもが「私の科学」持っている。自分以外の人の「私の科学」に出会い、学ぶことは実に愉しい!!
・とりわけ今年は若い人の「私の科学」に学ぶことが多かった!!
・「最もよく学ぶ者は、最もよく教える」は不易の鉄則。

▼こうして一年をふりかえっていると、たった一年間だけでも、実に多くのモノ、生きもの、人に出会っていることに自分でも驚いてしまう。
 この「出会い」「学び」を加速し、増幅してくれているものにネットがある。
これは、私にとってはここ20数年変わらぬ事実だ。

(つづく)

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【私の重大ニュース2014】(2)

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▼曇ったり、少し雨が降ったり、晴れたりとなかなかせわしない天気だった。
家の前一本の柿の木、ずっと以前からそこにあるが、今年ほどこの木を観察したことはなかった。
というより、この木で起こった数々の生きものドラマを観察させてもらったのだが。今なお秋に産卵したゲホウグモの第4「卵のう」だけが寒風に耐えてぶら下がっていた。先日の寒波であのジョロウグモでも姿を消してしまったというのに。「卵のう」は枯れ葉ごと枝でゲホウグモの糸でくくりつけられているからであろうか。
貴奴が姿を消す前にネジロとしたその場所をしばらくながめていた。
▼【私の重大ニュース2014】をつづけよう。今年を語るうえで、このゲホウグモのことをはずすことはできないだろう。

【その3】 ゲホウグモとの出会いから「クモ学」へ!!

・クモへの興味は昨年のコガネグモの「狩り」を偶然観察したところぐらいからはじまっていた。
しかし、ここまで夢中になってしまったのはコガネグモとの再会とゲホウグモと出会いがあったからだろう。
・この奇妙なクモとの出会いは、まったくの偶然であった。どこかで「発見」したというのではない、突然ほんとうに目の前に現れたのだ。私は、いまだにこの「偶然」が信じられない!!
・貴奴は、クモのすべてを見せてくれた!!
あのみごとなレコード盤のような緻密なネット、ネットの張り方、店じまいの方法、「卵のう」、「出のう」「団居」「蜘蛛の子を散らす」等々…。ほんとうにすべてであった。
・ナイロン袋のなかでエサなしで261日生き延びたコウガイビル、水を少しかけただけで「乾眠」から目覚めるクマムシ が教えてくれた生きものの「ふしぎ!?」 
138日間にゲホウグモが見せてくれたものは、それ以上のものかも知れない。
来年も会うことできるかな。

▼「ふしぎ!?」と言えば、やはり長年追っているヒガンバナだろう。

【その4】 ヒガンバナの「自然結実」をアタリマエにみつけた!!

・実は昨年も「自然結実」ヒガンバナの群生地をみつけていた。それは、私のなかでは「大発見」と思っていた。
ところが、今年の「発見」はそうではなかった。
 ごくごくアタリマエにいろんなところで「自然結実」したヒガンバナをみつけることができたのだ。
実は、これこそが大発見!!ではないだろうか。
想像する以上の頻度で「自然結実」は起こっている!!
では、なぜこれまで発見できなかったのだろう?理由は簡単、だれもそんなもの意識的に捜さなかっただけのこと。私も捜していたつもりでいた。でもそれはちがう、「ある」と確信をもって捜すのとそうでない場合では捜し方にもちがいがあるのだろう。
 ただし、「自然結実」=「実生」とはならない。
「実生」への挑戦こそが次なる課題だ。
まだまだ不思議道は続くのだ。

▼ゲホウグモが教えてくれた。
最大の「ふしぎ!?」は最も身近にある!!
と。

【その5】 Webテキスト「天気の変化」の可能性!?

・近くて 遠い 上空!! 上空の「ふしぎ!?」
・「雲見」から「私の天気予報」へ
・活用できる資料、DATAにどんなものがあるのか。それをどう使うのか。
・Webテキスト「天気の変化」構想の道はまだまだ遠い!! ゆっくり急ごう!!

(つづく)

 


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【私の重大ニュース2014】(1)

▼2014年もあと一週間となってしまった。昨日は今年最後の「日曜会」に参加した。
いつも時間不足になってしまう報告・提案に圧倒されてしまう。今年もここでたくさんの知識、情報、モノを「おすそ分け」してもらってきた。アリガタイ!!深謝!!
 昨日は、特にみなさんが過去の実践を、整理し「記録化」して保存されているのに感動した。
すばらしい!!
 それに刺激を受けて、真似てみたいが、それはもう私にはできない。
できることをやり続けるしかない。

私の2014年を「記憶」せずに「記録」しようと思う。

▼これなら、私にも可能だ。恒例化しつつある【私の重大ニュース2014】をはじめてみる。

【その1】 オンライン「寅の日」を継続した!!

第55回オンライン「寅の日」からはじめた2014年は、この12/31実施予定の第85回オンライン「寅の日」
まで一回も休むことなく継続できた。
・12日一度巡って来る「寅の日」は生活のなかに定着しはじめた。
・ほんとわずかだけだが寅彦の「文脈」が見えてきた。
・忘れならないのは第一回オフライン「寅の日」の実施だ。
来年は、ぜひとも第二回、第三回を提案してみたいものだ。

▼【その1】と関連して

【その2】 「再び、寺田寅彦を訪ねて」の旅!!

・私のなかで「今、なぜ寺田寅彦なのか!?」の自問自答が再びはじまった。
現段階での自分の答えをみつけたくて、再び土佐に寺田寅彦を訪ねた。
・旅を通して、自分なりの答えを5つキーワードにまとめた。
(1) 「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
(2) 「天災は忘れた頃にやって来る」
(3) 「元祖サイエンスコミュニケーター」
(4) ツールとしての「寺田寅彦」!!
(5) 「寅彦」的思考は、いつでも今日的である!!
これはあくまで、現段階での作業仮説であり、検証は来年以降の取り組み中でおこなっていきたいものだ。

▼ふり返ってみると2014年は「寅彦」のことばかりを考えていたように思う。
次々と社会で起こるニュースも、「寅彦」に関連することばかりであったように思う。
「寅彦」はかならず、どこかにそれらについてメッセージの残してくれていた。

(つづく)


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ファラデーラボで「ファラデーのクリスマスレクチャー」は最高!!

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▼先日の20日(土)、ファラデーラボでクリスマスレクチャーを楽しませてもらった。
◆第4回ファラデーラボクリスマスレクチャー
内容も盛りだくさんで学ぶところの多いクリスマスレクチャーだった。
なかでも、イブさん演じるところ「ロウソクの科学」は最高だった。夏の終わりにも見せていただき感動したが、さらにパワーアップされていた。
▼ファラデーが「ロウソクの科学」のクリスマスレクチャーをしたのが1860年、今から154年も前のことである。
彼はそのときすでに70歳になっていたという。
子どもたちのためのクリスマスレクチャーをはじめたのもファラデーであった。1826年のことである。
それ以来ずっと今も続いているというから凄いものだ。
クリスマスレクチャーは6回連続で行われる。ファラデー自身は19シリーズもこれを行ったというから、如何に「クリスマスレクチャー」を大切に思っていたかがわかるというものだ。
 そんなファラデーに惚れ込んで森本さんは「ファラデーラボ」をつくったのだから、今年のクリスマスレクチャーは「ファラデーラボ」らしいものになったでは。
▼少しこじつけぽくなるが、我らが寺田寅彦もファラデーのことを大きく評価していた。
先日のオンライン「寅の日」で読んだ「科学と文学」のなかでこのように言っていた。

科学の事実やその方則やその応用の事例を一般読者にわかりやすいように解説することを目的としたものである。そういうものの中でもファラデー、ヘルムホルツ、マッハ、ブラグなどのものはすぐれた例である。それがすぐれている所因は単に事がらを教えるのみでなく、科学的なものの考え方を教え、科学的の精神を読者の中によびさますからである。そういうものを書きうるためには著者はやはりすぐれた科学的探究者であると同時にまた文学的創作者でもなければならない。

いの一番にファラデーの名前をあげている。寅彦がこれを書いたのは1933年だ。すでに「ロウソクの科学」を読んでいたのはもちろんだ。
▼「ロウソクの科学」はほんと学ぶべきことが多い。
「中学校理科はファラデーまで!!」というのが持論であった。中学校理科はファラデーで構成されていた。
「燃焼」「電気分解」「イオン」「電磁誘導」等々すべてである。
今回うれしかったのは、ファラデーを演じてくださったイブさんと「ファラデー」ついて話をする機会があった。
彼はほんとうによくファラデーについて、科学について勉強されていた。
イブさんはすばらしいエンターティメントでもあった。何十年も続けてきておられる尺八演奏も聴かせてもらった。
すばらしかった!!
「土肥さんの楽しい科学実験」ではほんと盛りだくさんの楽しい実験を見せてもらい体験させてもらった。
土肥さんをはじめ次々と実験を披露してくださる方々がみんなが私には「ファラデー」に見えてきた。
極めつきが、ファラデーラボの主、森本さんが「電気回路カード」進化版を熱く語る姿はファラデーがのりうつっているかに見えた。

今年一年もたくさんの「ファラデー」に出会わせてもらったファラデーラボに感謝!!

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【Web更新12/21】14-51 Webテキスト「天気の変化」の可能性!? 等更新!!

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年の瀬の ゴシタマ奥に 未来かな 14/12/21 (日)撮影@福崎
 

■楠田 純一の【理科の部屋】14-51
週末定例更新のお知らせ
 2014年も後10日となってしまった。今年中にやっておきたいことリストアップしていたら、いっぱい出てきていやになってしまった。「できることしかできないか!!」と居直ってしまったら、頭と心がすっきりしてきた。
この方が能率があがるように思える。「できることだけ」ゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ ゴシタマ(ジャノヒゲ)
 「ゴシタマ」やっぱりこの方ぴったりと来る。幼い頃、冬休みに入ると「ゴシタマ鉄砲」をつくって遊ぶのが楽しみだった。 真ん丸なゴシタマは、鉄砲の玉だった。ぴったりと合う竹を探し出してつくるのである。これにやはり名人がいた。昔から不器用な私は、名人の指南を受けてなんとか飛んだときのうれしさは忘れない。
 そのゴシタマが前の竹藪の崖にみられた。ジャノヒゲは葉っぱから来ている。実の方はやっぱりいつまでも「ゴシタマ」なんだ。ビカリと光ったゴシタマの奥に「未来」が見えてくるような気がした。

◆Webテキスト『天気の変化』の可能性!? 更新!!
 想定する到着点はまだ定かではない。しかし、「近くて 遠い 上空」の「ふしぎ!?」の謎解きは面白い。
誰もが簡単に利用できる公開された「資料」「データ」を使って謎解きをやっていくのだ。今は、そのプロセスを楽しんでいるというところだろうか。これは、まだまだ続くだろう。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 第55回からはじめた2014年のオンライン「寅の日」。今度の寅彦の命日12/31実施予定の第85回まできた。
12日に一度巡ってくる「寅の日」、今ではすっかり定例化してしまった。
 何度やっても、その都度新しい「発見」があるのはなによりうれしい!!
 当分この歩みをとめることはないだろう。

さあ、あと10日!!
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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本日(2014/12/21)、第84回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日の大賀ハス観察池には氷ははっていなかった。かわりに雨が降っていた。
蓮根の植え替えから38週目であった。今年の観察池で「あこがれの4日間」を迎えた花は全部で6つある。
種子を回収した後も、ふたつの果托が池のふちに辛うじてぶらさがっていた。第3大賀ハス(11個の種子を回収)
と第6大賀ハス(種子回収0)である。それらが先日の寒波の強風でちぎれてしまった。
これで、観察池からすべての果托が姿を消すことになる。ちょっと寂しい気分になった。
▼今朝起きて、さっそく「寅彦珈琲」を飲んだ!!
そう、本日(2014/12/21)は第84回目のオンライン「寅の日」だった。
読むのは、「科学と文学」である。連続3回これを読んでいた。
連続して同じものを読むのは「ルクレチウスと科学」以来久しぶりであった。
それだけここから多くを学びたいと思っていた。それも今日で最終回である。

◆本日(2014/12/21)、第84回オンライン「寅の日」

●「科学と文学」(3)(青空文庫より)

▼この長文も寅彦のこれを書いた本意が見えてくる部分にきたと、私は勝手に読み解いた。
「随筆と科学」
「広義の「学」として文学と科学」
「通俗科学と文学」
「ジャーナリズムと科学」
「文章と科学」
「結語」
と続く。
 私なりの読み解きでは、「随筆と科学」に最も言いたいことが集約されていると読んだ。
こうだ!!
 

科学が文学と握手すべき領域は随筆文学、エッセー文学のそれであるかと思われる。

 これに反して科学者が科学者に固有な目で物象を見、そうして科学者に固有な考え方で物を考えたその考えの筋道を有りのままに記述した随筆のようなものには、往々科学者にも素人(しろうと)にもおもしろくまた有益なものが少なくない。
 それはとにかくとして、現在において、科学者が、科学者としての自己を欺瞞することなくして「創作」しうるために取るべき唯一の文学形式は随筆であって、そうしてそれはおそらく、遠き「未来の文学」への第一歩として全く無意味な労力ではないと信ずるのである。

「科学者よ!随筆を書こう!!」と呼びかけてくれているのだ。
これは読者である私たちにとてもありがたい提案だ。そして呼びかけは80年の時空を超えて今も有効なのである。いや、今こそ!!である。
▼後は、ここの部分の補足説明のように思えた。
たとえば

科学者が自分の体験によって獲得した深い知識を、かみ砕きかみ締め、味わい尽くしてほんとうにその人の血となり肉となったものを、なんの飾りもなく最も平易な順序に最も平凡な言葉で記述すれば、それでこそ、読者は、むつかしいことをやさしく、ある程度までは正しく理解すると同時に無限の興趣と示唆とを受けるであろうと思われる。
 

読者に対してもホンモノを見分けるアドバイスをしてくれていた。

そういう永久的なものと、悪い意味でのジャーナリスチックなものとの区別は決してむつかしくはない。要するに読んだ後に、読まない前よりいくらか利口になるかならないかというだけのことである。そうして二度三度とちがった時に読み返してみるごとに新しき何物かを発見するかしないかである。

さらには私たちが文章を書くときの心得まで書いてくれていた。

それで、考え方によっては科学というものは結局言葉であり文章である。文章の拙劣な科学的名著というのは意味をなさないただの言葉であるとも言われよう。
何度繰り返して読んでみても、何を言うつもりなのかほとんどわからないような論文中の一節があれば、それは実はやはり書いた人にもよくわかっていない、条理混雑した欠陥の所在を標示するのが通例である。これと反対に、読んでおのずから胸の透くような箇所があれば、それはきっと著者のほんとうに骨髄に徹するように会得したことをなんの苦もなく書き流したところなのである。

「科学者」ではない私だが、随筆・エッセイに挑戦してみたくなってきた!!

さあ、二杯目の「寅彦珈琲」入れてみよう。

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2015年1月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼これほど安上がりで楽しい趣味があるだろうか。
「雲見」!!である。
いつでも、どこでも空を見上げて雲を観察するだけだ。
何度繰り返して見ても、まったく同じ「雲見」は二度とない。日によって時間帯によって刻々と変化しているのである。こんなの見逃したら人生の大損失だ。
 きれいで楽しいだけでない。くらしにも役に立つんだ!!
あまりの美しさに見惚れていたら、その空を飛行機雲が二分してしまった。
「なかなか飛行機雲が消えなくなってしまった」そしたら今朝早くから雨がポツポツと落ち始めたんだ。
▼安上がりな趣味と言えば、オンライン「寅の日」もそうだ。
この一年で、私のなかでオンライン「寅の日」は、より深く根付いていった趣味だった。
はやくも来年のことを言っても鬼も笑わない時期になった。
2015年1月のオンライン「寅の日」を構想してみることにした。2015年1月と言えば「1.17=阪神淡路大震災」からはやちょうど20年だ。そこで思い出すのは寅彦が最晩年まで鳴らし続けてくれた警鐘「天災は忘れた頃にやってくる」だ。この警鐘に関連するものをぜひとも読みたいと思った。
一月には3回ある。

■2015年1月オンライン「寅の日」
◆第86回オンライン「寅の日」…1/02(金)
◆第87回オンライン「寅の日」…1/14(水)
◆第88回オンライン「寅の日」…1/26(月)

▼では具体的に何を読むかである。
まず第86回は、第85回から一日おいての正月2日である。正月に関連したものをと捜してみた。
そしたら、まったくびったりのものをみつけた。寅彦最晩年(1935年、昭和10年)の正月に書いたものがあった。
1月のテーマにもぴったりだ。「新春偶語」である。
後はやはり定番で行きたい。これまでに繰り返し読んできた「天災と国防」「津浪と人間」である。
自然は飽きることなく繰り返す!!
それは寅彦の教えでもある。私たちも飽きることなく繰り返そう!!

■2015年1月オンライン「寅の日」

◆第86回オンライン「寅の日」…1/02(金) 「新春偶語」(青空文庫より)

◆第87回オンライン「寅の日」…1/14(水) 「天災と国防」(青空文庫より)

◆第88回オンライン「寅の日」…1/26(月) 「津浪と人間」(青空文庫より)

▼警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」を口の中で繰り返しているあいだに、先月末の「再び、寺田寅彦の訪ねて」の旅のことを思いだしていた。
 寺田寅彦記念館の門柱にある牧野富太郎筆という『天災は忘れられたる頃来る』を、そして、寅彦の墓前でこれからもオンライン「寅の日」を続けていくことを誓ったのを思いだした。
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来年もオンライン「寅の日」をよろしく <(_ _)>
 

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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(19)

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▼昨日、夜が明けるとやっぱり予想通り雪だった。大賀ハス観察池も定点観測地のヒガンバナもすっかり雪化粧をしていた。観察池の雪をよく見てみると、一昨日の初雪と少しちがっていると見えた。
量もたくさんになったがそれだけでなく、なにか質的にもちがうように見えた。
▼先日の【お薦め本】『寺田寅彦 わが師の追想』(中谷宇吉郎著 講談社学術文庫)の著者である中谷宇吉郎は名著『雪』(1938年 岩波新書、今は岩波文庫で読める。)を書いた。
 その『雪』の最後を次のような文でしめくくっている。
 少し長くなるが、とても興味深いので引用させてもらう。
 

さて、雪は高層において、まず中心部が出来それが地表まで降って来る間、各層においてそれぞれ異なる生長をして、複雑な形になって、地表へ達すると考えねばならない。それで雪の結晶形及び模様が如何なる条件で出来たかということがわかれば、結晶の顕微鏡写真をその見れば、上層から地表までの大気の構造を知ることができるはずである。そのためには雪の結晶を人工的に作って見て、天然に見られる雪の全種類を作ることが出来れば、その実験室内の測定値から、今度は逆にその形の雪が降った時の上層の気象の状態を類推することが出来るはずである。
 このように見れば雪の結晶は、天から送られた手紙であるということが出来る。そしてその中の文句は結晶の形及び模様という暗号で書かれているのである。その暗号を読みとく仕事が即ち人工雪の研究であるということも出来るのである。(『雪』岩波文庫版P162より)

なんとみごとな論理展開だ!!
「研究」の意義がきわめてわかりやすく語られている。
そして、ここからあの有名な『雪は天から送られた手紙である』の名フレーズが生まれたのである。
▼これだけではなかった。
「手紙」は「結晶及び模様」という「暗号」で書かれているという。その「暗号」を読み解くためのガイド図のようなものまで中谷は作ってくれていた。
それが「中谷ダイヤグラム」である。
 「中谷ダイヤグラム」の縦軸は水蒸気量(%)、横軸は温度(℃)だった。
降ってきた雪の結晶の形、模様を観察すれば上空のようすがわかるというものだ!!
いつかは、自分の目と手でこの「暗号」の謎解きに挑戦してみたいものだ。
▼一昨日の雪とちょっとちがうと感じた昨日の雪!!
私は、図らずもそれを実感することになった。雪の降る朝、瀬戸内海に向けて水平方向へ20㎞ばかり車で移動したのである。雪の量もさることながら、昨日の雪は水分を多く含んでいるように思えた。
路面に降った雪は凍結していた。トロトロ運転を余儀なくされたのである。
ところが、ある距離移動したところで、まったく様子が劇的に変化したのである。
路面は濡れることすらしていなかった。ついたときにあらためて上空を見上げてしまった。

上空は近くて 遠い!!
上空は「ふしぎ!?」でいっぱいだ!!
その「ふしぎ!?」の謎解きこそ、「天気の変化」の予想につながるのであろう。
まだまだ道は遠い!!
(つづく)
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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(18)

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▼昨日(2014/12/17)、やっぱり夜が明けると雪が降っていた。初雪だった!!
大賀ハス観察池の氷の上に降った雪はしばらく消えそうになかった。しかし、どんと゜ん積もっていくというほどではなかった。
 午後になってもときおり降るということが続いた。風は終日強くとびっきり冷たかった。肌を刺すような冷たさであった。
「雲見」の樹も一日中雪雲を背負っていた。ときおり白いものがチラチラと舞い降りた。
宇宙からの「雲見」の話を続ける。
たった今、気象庁の「気象衛星」画像を見てみた。動画にもして見てみた。
さもありなん!!と画像だ。
リアルタイムに宇宙からの「雲見」ができるなんてアリガタイかぎりである。
私にはこの宇宙からの「雲見」で、このほかにお気に入りが2つある。
ひとつは

■デジタル台風:雲画像動画アーカイブ(全球画像)

これはいい!!
これは、宇宙からの「雲見」のアーカイブである。
「○○年ぶりの大雪が…」
ではその大気の動きはどうだったんだろう?宇宙からの「雲見」は?
そんなときはここを見ればいい。それだけではない、地球全体の大気の動きが一目瞭然だ。
「熱帯ビシャビシャジャグル地帯!!」「温帯カラカラ砂漠地帯!!」も一発でナットクだ!!
いつみても繰り返し、繰り返しずっと見ていたくなるのだ。
▼もうひとつのお気に入りは

■宇宙から地球を眺める

これは気象衛星NOAA,MetOpからの信号直接受信をしての画像を見せてもらえるのだ。
NOAAは、アメリカの極軌道気象衛星だ。赤道とほぼ直角に交わる軌道で一日に14周もしている。
そう、じっとしていない、動いているのだ。
高さもうんとちがう850㎞の上空だ。36000㎞と比べるとうんと近くをということになる。
だから、画像はすごく鮮明である。
いつもというわけにはいかないが、特異なときの「雲見」には最適である。
さっそく、今回の寒波「雲見」画像があった!!
▼3つの宇宙からの「雲見」画像と、自分の眼で見る地上からの「雲見」を重ねあわせながら、「雲見」から「天気の変化」を予想していく。
 そんな作業も、けっこう面白いものである。
構想するWebテキスト「天気の変化」の課程にぜひ加えておきたいことだ。

さあ、夜が明ければ雪はつもっているだろうか?

(つづく)

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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(17)

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▼雨はやんで少し青空が見えてきた。しかし、北の生野峠の方向と北西の方向の2方向からはげしく雲が押し寄せてきている。冷たい風もともなってなにか圧迫感すら感じていた。
 2014/12/16(火)11:20 気象庁より「急速に発達する低気圧の見通しについて」が発表された。予想される低気圧の気圧は952hPaと尋常ではない数値が出ていた。
上空(約5500m)の冷たい大気も-30℃、-36℃とすごい数値だ。
▼さっそく「高層天気図」も見てみることにした。
しばらく変化を見てみることにする。
 「高層天気図」の次にぜひぜひ参考にしておきたいデータがある。
「気象衛星画像」である。東経140度の赤道上空36000㎞のところにいて地球と一緒に回っている(静止している)静止気象衛星からの画像だ。36000㎞とはずいぶん離れているだ!!もう「宇宙」だ!!
だから、それらは言わば宇宙からの「雲見」画像なんだ。
地上の至近距離からの「雲見」とあわせて大いに利用させてもらいたいものだ。
▼「気象衛星画像」には大きく分けて3種類あった。
・可視画像
・赤外画像
・水蒸気画像
である。「可視画像」は、我々がふだん物体を見ているのと同じ、物体に太陽光があたり反射する。その反射光がを見るのである。従ってアタリマエだが、夜には見えない!!
ためしに「可視画像」を夜間に見たら真っ黒だった。やってみるとナットク!!
 「赤外画像」はちょっと違っていた。雲や地面から放射されている赤外線の放射エネルギーを測定しているのだ。つまりは温度を測定しているのだ。温度が低いと白く、高いと黒っぽく表現されているのだ。
言わば温度による「雲見」だ。
 「水蒸気画像」も同じ「赤外画像」の一種である。赤外の波長帯を変えることによって、水蒸気の放射エネルギーの吸収率がずいぶん高くなる。つまり中上層に水蒸気がいっぱいあれば、温度はうんと下がってしまうのだ。
水蒸気がいっぱいあれば画像は白っぽくなるという理屈である。
水蒸気量での「雲見」だ。
▼この三種類の「気象衛星画像」をフルに活用して、自分で「リアルタイム天気予報」に挑戦してみようと思う。
そのとき、2つのことやってみるとよりナルホド!!という気になった。
ひとつは
(1) 動画で見てみる。
動画の開始時刻も自分で設定できるので、いろいろ変えて繰り返して見てみると、「この後」の動きが自然と見えてくるのだ。ふたつめは
(2) 天気図と重ねて見る。
ということだ。いずれもテレビの「天気予報」でやっていることだ。
それを自分がお天気キャスターにでもなったつもりでやってみるのである。

さあ、宇宙からの「雲見」だ!!
今朝はどうなっているだろう? 「衛星画像」のページを開けてみる!!

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赤穂義士祭を見た!!

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▼先日の日曜日(2014/12/14)、生まれてはじめて生で赤穂義士祭を見た。同じ播州に住んでおり、毎年この時期になるとTVや新聞のニュース等で見聞きしながらも実際この義士祭を見聞したことがなかった。今年は、縁あってこれを見せていただくことができた!!
▼想像以上の地域あげての一大イベントであった。大いに楽しませていただいた。
「大名行列」「忠臣蔵名場面の山車」「義士行列」等々、すべて地域の子ども、高校生、大人が積極的に参加して盛り上げておられた。大いに義士祭を楽しんでおられるということが、そこかしこで見られた笑顔からわかった。
▼特別ゲストで俳優の松平健さんが大石内蔵助役で義士行列に参加されて花をそえておられた。
「健さん!!」「健さん!!」の声があちらこちらからかかっていた。
ほんとタイミングよく近くで写真を撮らせてもらった。(^^)V
▼なんと111回目にもなるという「赤穂義士祭」は、サブタイトル「古の義士の想ひ、未来へ受け継ぐ志士となれ!元禄絵巻の世界へ。」の通りものだった!!
 赤穂の街はまるごと熱い劇場と化していた。夜になってライトアップされた天守閣がとてもきれいだった。

翌日には、赤穂御崎のスポットも案内してもらった。深謝。
こんな近くにこんなすばらしいところがあるなんてまったく知らなかった。
これぞ、「灯台もと暗し」だった。また出かけていきたいものだ。
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【Web更新12/14】14-50 Webテキスト「天気の変化」の可能性!? 等更新!!

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師走風 飛び立つ日には 味方かな 14/12/13 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-50
週末定例更新のお知らせ
 はやくも師走半ばを過ぎた。そろそろこの一年をふりかえってみる時期だ。
どこまできたのか「現在地」を確認しながら、来年以降を展望してみたいものだ。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ セイタカアワダチソウ
 師走の風は、冷たくきびしい。顔面にあたると刺すようにいたくもある。
道端の草たちがの多くが、綿毛をつけている。師走のこのきびしい風を利用し新天地へ種子を運ぶためであろうか。してみるとこのきびしい風も生命をつなぐのに一役かっていることになる。
誰のモノかわからないクモの糸が長く長く流れていた。
自然はどこかですべてがツナガッテイル!!

◆Webテキスト「天気の変化」の可能性!? 更新!!
 間歇的に意欲が湧いてくるんだ。構想自体はとても古い、しかしなかなかすすまない。
そのうちにめざすもののイメージも若干かわってくる。
ひょっとしたら、Webテキスト「天気の変化」をみんなでつくるというプロセスこそめざすものなのかも知れないと思ってきた。遅々とした歩みであるが、それをとめることはない。それだけは確信をもって言える。

◆オンライン「寅の日」  更新!! 何を見ていても、「寅彦だったらどう見ただろう?」と自然にそう考えることが多くなっている。
寅彦のすごいと思うところは、およそ私などが意識的に「見よう!!」とするものはすべて見て、文章に残してくれているのだ。アリガタイ!!

私は、今この報告を旅先で書いている。
これを書かなければ一週間がはじまらないからだ。とは言ってもなかなか旅先ではこの作業ちょっとたいへんだ。
でもなんとか。さあ、一週間はじめよう。

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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(16)

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▼師走の冷たい風が、大賀ハス観察池の表面を吹き抜けていった。蓮根植え替えから37週目であった。
表面の氷は陽が照りだしてもなかなか融けなかった。
表面の氷にできた模様は微妙に日ごとにちがってみえた。これは表面を吹き抜ける風の強さ、方角、気温などが微妙に影響しているのだろうか。
 空の上でも、こんな冷たい風が吹いているのだろうかと空を見上げた。
▼上空の様子ということで、「高層天気図」の話をつづけよう。
 850hPa(1500m)、750hPa(3000m)と来て、さらに倍近く高さの高層天気図500hPaである。
高さは5700mtが基準だそうだ。
これをそんなに高くと思うか、ほんそこのこと考えるかは場面によってちがう。
500hPaについても描かれているものは、等高線、等温線はおなじである。
バッと見た印象では線が少なくなった感じだ。
目立つのは風だ。
風速換算表と見比べながら、その速さを見てみる。
驚きである!!こんなにも強い冷たい風が吹いているのか!!
▼ちょっとうれしくなることが描かれていた。
それは風向である。
ずっと天気の学習は2つのルールでやってきた。
「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」
「光は東から 天気は西から」
の2つである。今回は2つ目の「光は東から 天気は西から」の根拠となるようなことが見られるから、うれしくなってしまったのだ。
偏西風帯に位置する上空では西から東へ強い風が吹いているのだ。
このアタリマエに、うんと納得である。
▼300hPa(9600m)の高さになるとそれはより顕著だった。
この強い風こそ あのジェット気流だった。
このジェット気流が日本の天気にどれほど影響を与えているかは追々に勉強していこう。
まずは、特に風力の強いところつなげて「このあたりを吹いているのかな」と想像してみることもなかなか面白い作業なのかも知れない。

 まだまだ「高層天気図」から読みとれることはいっぱいあるのだろう。
それは追々にやっていくことにして、私には難解すぎて歯が立たないと思っていた「高層天気図」も見方によってはけっこう面白いものだ。それがわかっただけでも大きな成果だ。
 せっかく公開されているデーターだ。シロウトの私もシロウトなりに楽しませてもらいたいものだ。

(つづく)

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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(15)

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▼ゲホウグモの第3「卵のう」と第4「卵のう」のちょうど中間あたりにネットを張ったジョロウグモが師走の風にゆれていた。なにも風当たりの強いこんなところにいる必要はないだろうにと思うのは、彼女の事情を知らぬものの「同情」に過ぎないのだろうか。しかし、終焉を迎えるだけの彼女にどんな事情があるというのだろう?それが知りたいものだ。
 そう言えば、「クモ学と天気」というのも今年大いに興味をもったテーマだった。
ああ、またしても寄り道の誘惑が…
▼誘惑ふりきって、「高層天気図」すすめよう。
まだ850hPaをつづけよう。
破線(等温線)が妙に混み合ったところがある。
それは何を意味するのだろう。温度の変化が急激であるということであり、それは温かい空気のかたまりと冷たい空気のかたまりが衝突しているところだ。
それこそ前線だ!! 
温かい空気も冷たい空気も動いている。その様子が風向をツナイデ見るとわかってくる。
「暖気移流」「寒気移流」が見えてくる。
▼細かな点をうっているところがある。
これはなにを意味するのだろう。説明を見てみると、湿数(気温と露点温度の差)が3℃未満のところらしい。
大気が水蒸気で腹いっぱいに近いところというわけだ。
腹いっぱいをオオバーすればそこに雲ができるはずだ。
そうだ、これは上空1500mあたりのところで雲ができている場所を意味するのだ。
やった!!
いつもの「雲見」とツナガッタ!!
▼ひよっとしたら、あきらめていた「高層天気図」も持ち合わせの少ない知識でも理解できるかも知れないぞ。
少し調子に乗ってきたところで「700hPa」に行ってみよう。
高さは一挙に倍の上空3000mだ。
850hPaとほぼ同じようなものが書いてある。
湿数3℃未満のところにまず目が行く!!
わかったことは繰り返し使おう。
湿数3℃未満→中・下層の「雲」→気象衛星画像確認
「確認」作業の方は少し後回しだ。
ほかに700hPaでのトラフ(気圧の谷)やリッジ(気圧の尾根)の軸iをみつけて、それと地上天気図と見くべながら低気圧の発達状況をチェツクする作業があるようだが、今日のところはここまでとしておく。
今日の成果は なんと言っても
「高層天気図」が「雲見」とツナガッタ!!
ということだ。

(つづく)

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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(14)

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▼2014/12/11(木)15:39「雲見」の樹で「雲見」をした。
雨はやんでいたが、雲は残っていた。西に傾いた陽が射し始めた。
木曜日だから気象庁から、あまり見られないものが発表されていた。゜
「異常天候早期警戒情報」(平均気温)(降雪量)16日~25日の予想である。
 なんとまたしても、九州、四国が寒いのか!?
日本海側に雪が予想されるのか。
▼なんでこんな予想が出てきたのだろう?。今、上空の大気はどんな動きをしているのだろう!?
私の「ふしぎ!?」の謎解きはいつも無手勝流だった。
たったひとつだけ強みがあった。それは授業である。
けっしてすぐれた授業実践があるわけではない。「どうすれば…」それを繰り返しての悪戦苦闘の事実である。
 しかし、そのなかで生徒たち教えられたことが、今となっては最も有効な「強み」なのである。
授業「天気の変化」のはじまりもいつも「上空のようす」からはじめていた。
「あの青空はどこまで…」「あの雲はどのくらいの高さに…」
▼「私たちは大気の海の底でくらしている」「大気の海はきわめて薄っぺらい(浅い)、しかし天気の変化の
すべてはそこで起こる」それが<はじまり>の結論だった。
 やっぱり今回も同じそこからはじめよう。
「高層天気図」ってそもそも何を描いた図なんだ。
我々は大気の海の底から上空をながめているのだ。「雲見」をしているのである。
それぞれの高層天気図に基準の高さが決まっているという。
850hPa-基準の高さ1500m
700hPa-基準の高さ3000m
500hPa-基準の高さ5700m
300hPa-基準の高さ9600m
ナルホド!!
ほんの少しだけ「高層天気図」が見えてきたぞ!!
▼こんなときはさらにスピードダウンだ。さらにゆっくりひとつずつ行こう。
◆850hPa
から行こう。基準の高さが1500mだから、ほんそこの高さだ。
この図にも高気圧、低気圧が書いてあった。
地上天気図の等圧線のような線が一杯描かれているがこれは等圧線ではない。
等高度線だそうな。850hPaの気圧のところの高度の結べばこうなるという。
ナルホドの理屈である。60m間隔であるという。
さらには波線で「等温線」が書いてあった。これはいいぞ!!
あたたかい大気、冷たい大気がどこにあるのかすぐわかる。
さらには…

「アリが引くように…」よく親に聞かされたコトバだ。
まさに、そのように続けよう。

(つづく)

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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(13)

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▼このクスノキを「雲見」の樹と名づけよう。
そこでしばし「雲見」を楽しんで、再び帰路についた。家について西の空の「雲見」をした。
上空も見上げた。美しかった!!
それだけでも十分に「雲見」は私にとっては楽しい趣味だった。数少ない趣味のなかでもとてもお気に入りだ。
いつでもどこでも可能で、なによりのお気に入りは安上がりだ。
 しかし、どうしてもこれだけでは満足したくなかった。
たった今、車を走らせた距離よりもうんと短い距離の上空でなにが起こっているのか、それがどうしても知りたくなってくるのだ。
 その「ふしぎ!?」を「雲見」とツナゲタイ!!
Webテキスト「天気の変化」構想を口にしてからでもかなりの時間が過ぎていた。
遅々として進まない現状があった。
一歩前進、二歩後退を繰り返していた。
私にとっては「ネック」はここにあると思われた。
水平方向の広がりに対して鉛直方向の空間がなかなかイメージできないのだ。
天気は「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」でほぼきまりだと思ってきたし、今もその確信にゆるぎはない。
だとするならばなおさら鉛直方向の空間のイメージは「鍵」だった。
いっそうのこと車が鉛直方向にも走行できたらずいぶん事情はかわってくるだろうに。
▼この謎解きにきわめて有効とされる情報に気象庁の発表している「高層天気図」がある。
それも一種類ではない。
・300hPa
・500hPa
・700hPa
・850hPa
気圧が低いということは「高い空」であることまでぐらいはわかるが、いったいそこから何が読みとれるのか。
少し時間をかけてみよう という気になっている。
▼「雲見」で得られる情報とどうツナゲばいいのだろう。
シロウトにはこれはなかなかの難題である。
難題だからと言ってやめる理由にはならない。
難題であるからこそ、わかったときの喜びは大きいはずだ。
ゆっくり ゆっくり 楽しみながら 急ごう!! 

今朝はやっぱり雨だ。
あの「雲見」とどうツナガッテイルのだろう!?
 
(つづく)

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「『たんぽぽ』の詩人坂本遼の魅力」を聴いた!!

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▼もう師走も10日だ。そろそろ2014年をふりかえり、今年の「整理」をしておくべき時期である。
今年も、多くの人と出会いたくさんのことを学ばせてもらった。そのなかでも5/5の偶然の「出会い」は、今思いだしてても感謝、感激であった。世の中にはこんな「偶然」というものがあるもんなんだ。
今年もたったひとりの「たんぽぽ忌」と思って訪れた坂本遼の生家でご子息や坂本遼の遺志を引き継ぐ人たちと出会うなんて…。
 その後もご子息の坂本章さまから、「坂本遼」のWebページができた等の連絡をいただいていた。
アリガタイ!!うれしいことだ。
▼この度は、「生誕110年 郷土の詩人 坂本遼展」の案内をいただいた。
先日の日曜日、12/7。妻とふたりで行ってみた。
記念講演も聞かせていただいた。

◆記念講演会「たんぽぽ」の詩人坂本遼の魅力
講師___________甲斐史子氏(姫路文学館 学芸員)

この講演が実に興味深かった。
はじめて知ることも多かった。あらためて私のなかで「たんぽぽ忌」とは何だったのかを考える機会となった。
特に今回は、戦後児童詩誌「きりん」の編集に携わっていたころの坂本遼に興味をもった。
展会場ではあの伝説の「大きなカバン」も見た。
▼講演のお話しを聞いているうちに、故山本英孝先生のことを思いだしていた。
教師駆け出しの頃、ずいぶんとお世話になった。
「たんぽぽ忌」に引き合わせてもらったのも山本先生だった。小さな子どもを連れて家族で「たんぽぽ忌」に参加させてもらったこともある。
 熱く「坂本遼」を語る山本先生の姿を思い出すと同時に、やっと今になって「なぜ、坂本遼だったのか!?」がほんの少しだけわかりはじめた。あらためて感謝である。深謝!!
▼坂本遼生涯一冊の詩集『たんぽぽ』を今一度読み返してみようと思う。
そして、もういちど「坂本遼」に出会いなおしてみようと思う。
来年の「たんぽぽ忌」も、ぜひぜひ参加してみようと思う。

図らずも二週連続して文学館学芸員さんを講師先生とするお話しを聞くことができた。
おふたりともすばらしい講演であった。
「目から鱗」のことも多々あった。自分なかで新しい世界が見えてくるようでうれしい!!
深謝!!

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本日(2014/12/09)、第83回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼まだまだ「再び、寺田寅彦を訪ねて」の旅の余韻のなかにいた。

好きなもの
苺 珈琲 花 美人
懐手して 宇宙見物

と詠み、「珈琲哲学序説」まで書いた寅彦はコーヒーが大のお気に入りだったようだ。
そんな寅彦に少しでもあやかろういうわけではないが、旅のみやげに高知県立文学館で寅彦の新しいグッズである「寅彦」コーヒーカップとドリップコーヒー「寅彦珈琲」を手に入れた。
コーヒーカップには寅彦が描いたという虎の絵がプリントされていた。
毎朝一杯目のコーヒーはこのカップで飲むようにしている。
「寅彦珈琲」は数に限りがあるからオンライン「寅の日」の朝だけこれを飲むようしたいと思っている。
▼本日(2014/12/09)は、それを飲む日だ!!
第83回オンライン「寅の日」である。考えてみると、第82回から今日の第83回まで、もう毎日が「寅の日」のようになってしまっている自分に気づいた。
 12月に読むのは、11月の終わりに引き続いて「科学と文学」である。次回もあわせて連続3回同じものを読むようにしている。手前勝手に区切りをつけているが、どの部分についても意見交換したいものである。

◆本日(2014/12/09)、第83回オンライン「寅の日」

●「科学と文学」(2)(青空文庫より)

▼今回は
「実験としての文学と科学」
「記録としての文学と科学」
「芸術としての文学と科学」
「文学と科学の国境」
あたりを中心に読んでみたい。非常に長文で難解そうに思っていたが、読み進めるうちにけっこうナルホド!!
と思うところも出てきた。本意はどこまで理解できたかは別にして気に入ったところをピックアップしてみる。

一方で、科学者の発見の径路を忠実に記録した論文などには往々探偵小説の上乗なるものよりもさらにいっそう探偵小説的なものがあるのである。実際科学者はみんな名探偵でなければならない。

「記録としての文学と科学」もとても興味深い切り口だ。
「記録」することの意味が少しだけわかってくる。

 歴史は繰り返す。方則は不変である。それゆえに過去の記録はまた将来の予言となる。科学の価値と同じく文学の価値もまたこの記録の再現性にかかっていることはいうまでもない。

▼徐々にこの随筆の本意に近づいているように思えた。

手近な例を取ってみても、ファーブルの昆虫記(こんちゅうき)や、チンダルの氷河記を読む人は、その内容が科学であると同時に芸術であることを感得するであろう。ダーウィンの「種の始源」はたしかに一つの文学でもある。ウェーゲナーの「大陸移動論」は下手(へた)の小説よりは、たしかに芸術的である。
真なるものを把握(はあく)することの喜びには、別に変わりはないであろう。
しかし二つの世界はもう少し接近してもよく、むしろ接近させなければならないように自分には思われるのである。

次まで来て納得である。大きく膝をたたいた!!

顕微鏡で花の構造を子細に点検すれば、花の美しさが消滅するという考えは途方もない偏見である。花の美しさはかえってそのために深められるばかりである。花の植物生理的機能を学んで後に始めて充分に咲く花の喜びと散る花の哀れを感ずることもできるであろう。

(つづく)

さあ、二杯目のコーヒーも「寅彦珈琲」有効かな!?
     

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【Web更新12/7】14-49 オンライン「寅の日」 等更新!!

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山茶花や 尋ねてみたし 誰住まい 14/12/05 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-49
週末定例更新のお知らせ
 「時間」というものはほんと不思議なものだ。
はやくも師走になって一週間もすぎてしまった。年内にやっておきたいことリストアップしていたら少しあせってきた。こんなときこそ「ゆっくり 急ごう!!」と自分に言い聞かせてみる。

◆表紙画像集2014 更新!! 人里の自然シリーズ 山茶花
 先週はほんと寒かった。こんなときは里山にかぎる。山のなかに入ってしまうと冷たい風を遮り、温かい日射しだけがもらえる。散策の道を里山コースに変えて歩いてみた。
 しばしここに留まりたい秘密のスポットがあった。そこには大きな山茶花の樹があった。
ここにはきっと誰かが住んでいたに違いない。
この陽だまりで、赤く咲く山茶花を眺めていた人はどんな人だろう。

◆オンライン「寅の日」 #traday 更新!!
 「再び、寅彦を訪ねて」の旅から帰って一週がたった。しかし、その旅の反芻作業は続いていた。
かくも寅彦に惹かれていくのはなぜだろう?
一応の作業仮説はたててみたもののまだ自分でもよくわかっていない。
ここでも ゆっくり ゆっくり 急ぎたい。

◆ヒガンバナ情報2014 #higanbana 更新!!
 植物「ヒガンバナ」の観察、「自然結実」種子の保存、キツネノカミソリの実生等々やっておきたいことここでもいっぱいあった。

さあ、新しい一週間のはじまり…。

 

 

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今こそ植物「ヒガンバナ」の観察を!! #higanbana

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▼大賀ハス観察池に氷がはっていた。泥のなかの蓮根はどうしているだろう?
蓮根の植え替えをしてから36週目の定例観察日だった。
私は、この大賀ハス観察池を年がら年中観察していた。もうとっくに「あこがれの4日間」はすぎて、その残像の果托すら枯れて朽ち果てようかとするところだ。あの大きな葉もしかりでありである。
でも私は52週、一年中観察するのである。
それは、一年中まるごと観察してみてこそ見えてくるものがあると信じているからである。
▼同じように、一年中観察しているものがあった。
植物「ヒガンバナ」である。
植物「ヒガンバナ」は、他の草花が枯れてしまった今こそ活躍のときだった。
他に邪魔されることなく光は独り占めだった。
冬の朝日のあたる葉は青々としてきれいだった。
これぞ植物「ヒガンバナ」のもうひとつの晴れ姿だった。
▼「なんとみごとな戦略!!」
と感動してから何年がたつだろう。
今、定点観測地に指定している株だけについても20年以上観察を続けている。
一年を通しての観察については、これまでに自分でもまとめてきていた。
◆科学読み物「彼岸花の一年」
◆『人の暮らしに密着するヒガンバナ』
それでもやっぱり「ふしぎ!?」だ。
毎年何回観察してもやっぱりみごとだ!!
▼先日、TVのニュースで「人工光合成」研究最前線のことが話題となっていた。
エネルギー変換効率をめぐって、世界の研究者がしのぎを削っているらしい。
そのニュースを見ながら、私は植物「大賀ハス」、植物「ヒガンバナ」のことを思いだしていた。
貴奴等の偉大さ、凄さがあらためてわかったようなきになってきた。
私の拙い観察はまだまだ続くだろう。

もう一度、
今こそ植物「ヒガンバナ」の観察を!!

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【お薦め本】『寺田寅彦 わが師の追想』(中谷宇吉郎著 講談社学術文庫)

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▼昨日の空は青かった!!
『藍は藍より出でて藍より青し』
藍の青をはじめて見たのは、30年も前の冬だった。
山崎の藍染め工房のMさんを訪ねたときだ。藍瓶に浸けた白い糸束を引き上げると空気媒染で見る見るうちに青に変わっていった。みごとな青だった!!
その青と藍瓶の藍をなめてMさんがおっしゃった言葉が今も脳裏に焼き付いている。
『藍は生きています。』
『薬です。いつも身につけるものを害あるもので染めたりしません』
▼『藍は藍より出でて藍より青し』は、師寺田寅彦と「雪は天から送られた手紙である」の中谷宇吉郎のことかも知れない。ある面では、中谷宇吉郎という人は寺田寅彦よりも「寺田寅彦」的であった。
今回の【お薦め本】は、そんな中谷宇吉郎が寺田寅彦を語った本である。

◆『寺田寅彦 わが師の追想』(中谷宇吉郎著 講談社学術文庫 2014.11.10) 

この本は、『寺田寅彦の追想』(甲文社 1947年刊)の文庫化だそうだ。
私たち寅彦ファンにとっては、とてもアリガタイ、タイムリーな文庫化である。
▼私はここのところずっと「今、なぜ寺田寅彦なのか!?」の自問自答を繰り返していた。
現段階では、5つの言葉に集約していた。
(1) 「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
(2) 「天災は忘れた頃にやって来る」
(3) 「元祖サイエンスコミュニケーター」
(4) ツールとしての「寺田寅彦」!!
(5) 「寅彦」的思考は、いつでも今日的である!!
この本を読むのもどうしても、この作業と重なってしまった。
読んでいくうちに私の作業仮説を後押ししてくれているように感じたのだった。
話が拡散しないうちに、いつものようにお薦めボイントを3つにまとめておこう。

(1)「ねぇ君、不思議だと思いませんか」のバックグラウンドがわかる。

(2)「寺田寅彦」的を増幅してくれている。

(3)オンライン「寅の日」の副読本として最適である。

(1)「ねぇ君、不思議だと思いませんか」のバックグラウンドがわかる。から少し詳しく語ってみよう。前述のように、私はこの言葉がとっても気に入っている。「ふしぎ!?」の謎解きに誘う名言である。
師寺田寅彦が弟子たち若者によく語りかけた言葉だと言われている。それはどんな場面で、どのような背景のもとで発せられたのだろう?具体的に知りたいものだと思っていた。それが、この本に具体的に書かれていた。

「ねぇ君、不思議だと思いませんか」と当時まだ学生であった自分に話されたことがある。このような一言が、今でも生き生きと自分の頭に深い印象を残している。そして自然現象の不思議には、自分自身の眼で驚異しなければならぬという先生の訓えを肉付けていてくれるのである。(本書P60 より)

他にも、そんな具体的な場面が随所に出てくる。この言葉は今なお、いやこれからもずっと有効なのである。
 2つめの(2)「寺田寅彦」的を増幅してくれている。に行く。よく知られた話だが、寺田寅彦と言えばすぐ思い出すあの言葉「天災は忘れた頃にやって来る」の言葉そのもの゛は寺田寅彦が書き残してくれた随筆にはない。それに近い意味の言葉は随所にみられるが。
 この言葉、寅彦の死後、師が普段からよく言っておられたことを集約・結晶化して弟子中谷宇吉郎が発した言
葉だと言われている。(1938年に使ったのがはじめてとされている)
 かく左様に、中谷宇吉郎は、寺田寅彦なき後も、より「寺田寅彦」的だったのだ。「寺田寅彦」的をより増幅し、より有効化してくれたのだ。
 3つめ(3) オンライン「寅の日」の副読本と最適である。はかなり手前味噌だ。
 私たちは2014年4月より、オンラインで青空文庫を利用させてもらいオンライン「寅の日」という寺田寅彦の随筆を読む読書会を実施している。オンライン「寅の日」は12日一度巡って来る。2014年12月31日で第85回目を迎える。これまでいくつもの寅彦の随筆を読んできたが、「どうしてこんなこと思いついたのだろう?」と思うようなことがよくあった。その不思議に思っていたことの答えのいくつが、この本に書かれていた。
「あの文章は、こんな背景のなかで生まれたものだったのか!!」と納得することが多くあった。
そこで、これからも続けて行くオンライン「寅の日」の副読本にいいなと思った。
寅彦が言わんとしたことをより深く理解するためにも、より楽しむためにも…。

読み終わったら、昨年訪れた「雪の科学館」にまた行ってみたくなってきた。
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Twitterはじめて1900日目に思うこと!!

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▼今さら自分を「分析」してもはじまらないのであるが、私には相反するふたつの持病を持っていた。
「ばっかり病」と「あれもこれも病」である。
「ばっかり病」の病歴もかなり長くなろうとしていた。
今なら、さしずめ「寅彦ばっかり病」 #tradayだろうか。
▼「Twitterばっかり病」がはじまってから、今日で1,900日目であるとtwilogが教えてくれた。
はじめたのは2009/09/23である。
ひょんなことがきっかけではじめたのである。(ずっと使っていたノートパソコンのトラブル)
やりはじめるとすぐさま「これは面白い!!」と思った。
すっかり「Twitterばっかり病」になってしまったのだ。
▼どんな世界にも「不易と流行」があった。私の持病の世界にも「不易と流行」があった。
Twitterを使いはじめて以来、100日経過するごとに、「Twitterはじめて○○○日目に思うこと!!」というかたちでログ(軌跡)を残していた。
今、それを読み返していると自分で書いたことでありなからけっこう面白い。
ここに「不易」があった。
繰り返し、繰り返し唱えている変わらぬものがあった。
それが「Twitter的」である。
Twitter的=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」

ここでのTwitter的は必ずしもTwitterのみを意味しない。
Twitter、Facebook等の現在のソーシャルメディア一般を意味する。さらには未来のより「Twitter的」なメディアを意味するものである。
 Twitter的は、「方法」であり、「考え方」であり、「生き方」であり、「哲学」である。
▼今、Twitter的がどんな方向を向いているかが、「Twitterはじめて2000日目に思うこと!!」
の位置をきめるのだろう。
何を書くことになるだろう?それは自分でもわからない。
それがまた楽しみでもある。
とりあえず今は
・「寅彦」的 #traday =連句的=Twitter的 ???
・Twitter的「雲見」!!
このあたりにいる。
さて…。 

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今、なぜ寺田寅彦なのか!?(4) #traday

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▼今は、冷たい雨が降っている。
昨日帰宅してから、今度はいつもの「雲見」定点観測地から空にカメラを向けてみた。
「雲見」から「自分で明日の天気予報」へはここ数年挑戦し続けている試みであった。なかなか一筋縄ではいかないものである。考えてみたら、こんなたいそうに言うことではない。ずっとずっと昔から人類が試みてきたことだ。
「大気の物理学実験室」での「ふしぎ!?」は、これからも続くのである。
▼この小さなアタリマエの試みに比べると、壮大な挑戦がはじまった。
「はやぶさ2」はうまく軌道に乗り、6年間52億㎞の旅に出たという。よかった!!
6年後が楽しみである。
「はやぶさ2」のミッションの「ふしぎ!?」と「大気の物理学実験室」の「ふしぎ!?」とはどのようにツナガッテイル
のだろう。
 単純なところでのツナガリはロケット打ち上げ「延期」でよくわかった。さらにはどんなツナガリが…???
▼まだまだ旅の反芻作業はつづいている。
とりわけこだわっている言葉がある。
「連句的」である。寅彦の仕事はすべて「連句的」!!…???
寅彦自身の言葉を捜していた。まだ確信には至っていないが、こんなことだろうか。

一見なんらの関係もないような事象の間に密接な連絡を見いだし、個々別々の事実を一つの系にまとめるような仕事には想像の力に待つ事ははなはだ多い。(『科学者と芸術家』青空文庫より

▼もうひとつ手前味噌なこだわりもあった。その思いつきは旅の帰路、それこそまた雨のなか車を走らせているときはじまった。
連句的=Twitter的(リンク・シェア・フラット・等身大・リアルタイム・アクティブ)
こじつけのような感もある。
 しかし、私には、なにか「連句的???」の謎がひとつ解けた気がしてくるのである。
この是非はしばらく保留するにしても、「寅彦」いつも今日的なんである。
何を読んでも、これがほんとうに80~90年も前に書かれたものかと疑ってしまうぐらいである。
今日的であるにとどまらない。今日からみても未来予測的である。
そこで5つ目だ。

(5) 「寅彦」的思考は、いつでも今日的である!!


だから、今、寺田寅彦なんだ!!

(つづく)

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今、なぜ寺田寅彦なのか!?(3) #traday

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▼昨日はゆっくりと「雲見」の時間がとれなかった。
それでもと思い新しい「雲見」定点観測地に立った。いつものように空にカメラを向けた。
師走2日目、寒かった。
北風はひときわ冷たかった。もうすぐにも白いものが舞いそうな気配だった。
それをカメラは捉えただろうか。ちゃんと記憶しただろうか。
▼「雲見」にカメラは必携の道具だった。
カメラの面白いところは、撮った本人の記憶にないものまで「記録」してしまうところだ。
寅彦もこのカメラの面白さに気づいていた。
カメラについて面白いエッセイを残してくれている。
●「カメラをさげて」(青空文庫より)
である。

しかし写真をとろうという気で町を歩いていると、今までは少しも気のつかずにいたいろいろの現象や事実が急に目に立って見えて来る。つまり写真機を持って歩くのは、生来持ち合わせている二つの目のほかに、もう一つ別な新しい目を持って歩くということになるのである。

親譲りの目は物覚えが悪いので有名である。朝晩に見ている懐中時計の六時がどんな字で書いてあるかと人に聞かれるとまごつくくらいであるが、写真の目くらい記憶力のすぐれた目もまた珍しい。一秒の五十分の一くらいな短時間にでもあらゆるものをすっかり認めて一度に覚え込んでしまうのである。  その上にわれわれの二つの目の網膜には映じていながら心の目には少しも見えなかったものをちゃんとこくめいに見て取って細かに覚えているのである。

ナルホド!!その通りだ!!
それにしても寺田寅彦という人は、思っていることをかくもうまく言葉にしてくれているのだろう!!
それに感動してしまう。
▼「再び、寺田寅彦を訪ねて」の旅の反芻作業はまだまだ続いている。
先日、人の薦めもあって『寺田寅彦を「活用」する』鎌田浩毅(『科学』2014.11号p1100 岩波書店) という文章を読んだ。これまたナルホドと思った。
「活用」するとはうまく言ったものだ。
私ごときが鎌田氏と同じレベルで語るのは少し恥ずかしいが、とても共感した。
ヒントをもらったような気がした。
▼この「活用」するを使わせてもらおう。
私の分野、立場で、寺田寅彦を「活用」させてもらおう。
カメラや顕微鏡と同じように、これまで見えていなかった世界を見る道具として「活用」させてもらおう。
「寅彦」を通して新たな世界を発見するのである。
ここで、新たな作業仮説のフレーズが生まれた。

(4) ツールとしての「寺田寅彦」!!

だから、今、寺田寅彦なんだ!!

(つづく)

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【Web更新12/1】14-48 オンライン「寅の日」 等更新!!

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野の草も 朱く染めたる 小春かな 14/11/28 (金)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】14-48
週末定例更新のお知らせ
 時の経つのはどうしてこうも速いのだろう。もう師走になってしまった。
2014年もあと一ヶ月だ。
 まだまだ寅彦を訪ねての旅の余韻のなかにいるというのに…。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 
 もう師走だから、少しタイムラグが生じてしまった。
「小春日和」とは、なんとうまく表現したものだろう。いつもの散歩道歩いていたら、おおかた踏みつけそうになってあわてて足をどけた。色づくのは山だけではなかった。
野の草も葉先から朱く色づいていっていた。こんなアタリマエがとても美しいと思った。
朱から緑のグラディエーションがとっても気に入った。

◆オンライン「寅の日」 更新 !!
 寅彦三昧の一週間だった。
私にとって、「今、なぜ寺田寅彦なのか?」。その問いはまだまだ続いていた。
きっと、今週も、いや今月も続くだろう。

◆ヒガンバナ情報2014 更新!! 
 師走に入ってもヒガンバナとは!?
 それはちがう。ヒガンバナという植物にとっては今こそ、植物らしい植物の姿をしているのだ。
植物「本番」なのだ。
他の草花が枯れてしまった今こそ、光を独り占めて生産活動に勤しんでいるのである。
これぞヒガンバナ!!
 水栽培の「自然結実」の種子も、いよいよこぼれ落ちそうだ。

▼先週末の大賀ハス定例観察の報告ができていなかった。
11/28(金)の姿を35週目の記録して残して置く。観察池に浸かった葉は破れ傘のように朽ちて行っていた。

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再び、寺田寅彦を訪ねて(2) #traday

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▼再び、寺田寅彦を訪ねての二日目。
目がさめたのは、寅彦の療養地・須崎だ。
さっそく場所に行ってみることにした。前回も訪れていながら、近くまでいくとまた迷ってしまった。
2年3ヶ月前となにかまわりの様子が変化しているように思えた。
こんなときは尋ねてみるにかぎる。たまたま歩いておられたご高齢の女性に聞いてみた。
正解!!だった。やっぱりこんなときはご高齢の方にかぎるのだ。
「ああ、それなら…」ととてもくわしく教えてくださった。
その場所に立っても、なにかが変わっていると感じた。何枚も角度を変えて写真を撮っているとその向かいの家の方が声をかけてくださった。今度は男性だった。
「ずっと、ここに住んでいるけど、これはそんなにめずらしい…?」
思い切って聞いてみた。「前に、ここに伺ったときと何かちがうような?」
そしたら、やっぱりの答えが返ってきた。この地の後ろにあったほん先日取り壊されたということだった。
「過去の津波のときの高さ」「避難場所指示」の標識が一緒に立っているのがいかにもであった。
文字が消えかかった標識には「寺田寅彦先生遊学の地」の文字が。なんかうれしくなった。
寅彦も歩いたであろう海辺の方まで歩いてみた。
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▼昼近くに再び高知にもどった。
再び、寺田寅彦記念館に行ってみた。
ここにあの言葉があった。
牧野富太郎筆によるという文字が印象深い。ここから警鐘は今も発せられていた。
いくつもの貴重な資料置いてあった。
手入れの行きとどいた黄葉・紅葉の庭は美しい!!寅彦ゆかりの庭は晩秋を迎えていた。
寺田寅彦記念館友の会の方に案内・説明してもらった。
一日目に引き続いてお世話になった。
流石である、寅彦のすべてをよく知っておられた。とんでもない質問にも資料をもとにくわしく教えてくださった。
ありがたいかぎりだった。深謝。
「友の会の活動」「寺田寅彦の銅像」のことについてもくわしく教えていただいた。
また今度建設される科学館のついても。
銅像が建てられたときはぜひぜひ伺いたいものだ。
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▼最後に寅彦の墓所についても、くわしく教えていただいた。
前回も行っているが、迷わずに行く自信がなかったものでくわしい地図までいただいて教えてくださったのはうれしかった。地図の通り行ってみると今回は一発でその場所に行けた。
墓所入り口の標識も新しくなっていた。
墓前に立ってオンライン「寅の日」のこれまでを報告し、これからの継続を誓った。
▼帰路はずっと雨だった!!
雨の中、車を走らせながら「再び、寺田寅彦を訪ねて」の二日間をふり返ってみた。
たくさんの成果があったように思う。
最大の成果は「寺田寅彦記念館友の会」の存在がぐっと身近になったことだ。
 もうひとつは、新しいキーワード
「連句的」!!
を教えてもらったことだ。私のなかでまたまた飛躍した「仮説」が生まれてきた。

「連句的」=Twitter的(リンク・シェア・フラット・等身大・リアルタイム・アクティブ)=【理科の部屋】的

しばらく反芻作業がつづきそうだ。

今朝、寅彦コーヒカップを出して、寅彦コーヒーをはじめて飲んだ!!
さて、次はいつ寅彦を訪ねようか ?

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