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今、なぜ寺田寅彦なのか!?(2) #traday

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▼昨日午前中は雲の少ないほんとうにいい天気だった。
そこで、遅れに遅れていた綿を摘んだ。リベンジの末の収穫だった!!
午後になると雲が少しずつ出てきた。ケンケン三兄弟(巻雲・巻積雲・巻層雲)からはじまってやがて空一面を覆うようになっていった。そして今はあたたかいシトシト雨だ。
まるで絵に描いたような天気の変化だった。そういえば一杯の「茶わんの湯」の話から、我々がこの「大気の物理学実験室」のなかにくらしていることを教えてくれたのも寅彦だった。
▼「今、なぜ寺田寅彦なのか!?」を続けよう。
二つ目のフレーズは
(2) 「天災は忘れた頃にやって来る」
だった。オンライン「寅の日」では、ここまでに数多くの寅彦の随筆を読んできた。どれもが80年、90年前に書かれたものとはとても思えな いものばかりだった。語られている内容はきわめて今日的ものばかりであった。
なかでも、私は1923年(大正12)以降に書かれたものが気に入っていた。
1923年、寅彦は東京・上野で関東震災に遭遇する。
これ以後書いたものには、伏線として警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」に象徴されるような科学者としての主張が含まれているような気がするのだ。どうすれば実際の防災・減災にツナガルのか、それを考え続けた科学者だった。80年90年の時空を越えて、今こそ寅彦の鳴らし続けた警鐘に耳を傾けなればなない!!
だから、今こそ寺田寅彦なんだ!!
▼三つ目にうつろう。
(3) 「元祖サイエンスコミュニケーター」
 三つ目はかなり手前味噌の話だった。
寅彦の書いたものは、読んでみるとともかく面白い!!
「へー、そんな見方もあるのか!!」と今さらのごとく「科学」の面白さを教えられるばかりだ。
私は、2011年4月「サイエンスコミュニケーター宣言」をした。
「サイエンスコミュニケーター」と名のってみたもののそれがなにする「仕事」なのかもよくわかっていなかった。
2012年4月からオンライン「寅の日」をはじめた。そして、寅彦の書いたものを12日ごとに読むようになった。
少しだけわかりはじめた。
寺田寅彦こそ日本の「元祖サイエンスコミュニケーター」であると。
寅彦に学ぶことは私にとってはサイエンスコミュニケーター修行の第一歩なんだ。
だから、私にとっては今、寺田寅彦なんだ!!
▼この三つの作業仮説をもって、再び寺田寅彦を訪ねる旅に出ようと思う。
「寺田寅彦を訪ねて」の旅は2年3ヶ月ぶりである。 
 今回は、どんな出会い・収穫があるだろう。楽しみである。

あいにくの雨だ!!
でもまもなく出発する。
午前中に着くことできるかな!? ゆっくり 急ごう!!


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