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再び、寺田寅彦を訪ねて(1) #traday

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▼昨日(2014/11/29)、再び寺田寅彦を訪ねての旅に出た。
早朝、雨の中での出発だった。高速道路からの「雲見」もなかなか楽しいものである。
はじめは雨の中で視界がはっきりしなくハンドルを強く握りしめ緊張気味だった。やがて日が昇るころには雨もやみ、今度は朝日がまぶしい!!
 と思っていたら、また再び朝霧・雲の発生だ。少しパラパラと雨もだ。
次から次と変わる展開が面白い。山脈の紅葉がきれいだ。
道路沿いの「太平洋まで ○○km」の標識がワクワク感を誘う。
▼高知に着いたとき、青空が広がっていた。
最初の目的は「高知県立文学館」だった。ここで昨日次のような研究会があったのだ。

◆寺田寅彦記念館友の会秋季研究会
「寺田寅彦の所蔵資料について」
・講師 高知県立文学館学芸員 永橋禎子

友の会の総会、研究会にはいつかは参加したいと思っていたが実現していなかった。
2012年に寅彦を訪ねてきたときにも、ここに立ち寄っていた。
単なる展示だけでなく、「椿の花の落下実験」などもできるようになっていてとても興味深かった。
いつかもう一度ゆっくりと思っていたので、これは絶好の機会だと思った。
▼研究会は期待通り、いやそれ以上に実に面白かった。
「文学館」と「図書館」とは違う!!というお話からはじめまってとても興味深いものだった。
(1) 資料の扱いについて
(2) 新資料
(3) 寅彦資料の眺め方
 はじめて知ることでいっぱいだった。
初公開の貴重な資料も見せていただいた。寅彦の描いた水彩画の実物を見せていただいた。
感動である!!
いっきょに寅彦がやってきた!!
「寅彦資料の眺め方」では、「寺田物理学とモンタージュ」にふれて、「連句」「モンタージュ」のツナガリのお話も聞かせてもらった。私にとっては新発見だった。
▼最後には永橋学芸員さんに案内してもらって「寺田寅彦記念室」を観て回った。
これ以上の贅沢はなかった。
やっぱり思い切って来てよかったと思った。
会が終わってからももう一度自分ひとりでもゆっくり見て回った。
寅彦の実験のビデオ「渦巻きの実験」「地滑りの実験」「割れ目と生命」ももう一度ゆっくり観た。
新グッズ「寅彦のコーヒーカップ」も手に入れた。
帰ったらコーヒー好きだった寅彦のこと考えながらこのカップでコーヒーを飲もう。
楽しみだ!!

文学館を後にして寅彦の療養地であった須崎に向かった。

(つづく) 
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今、なぜ寺田寅彦なのか!?(2) #traday

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▼昨日午前中は雲の少ないほんとうにいい天気だった。
そこで、遅れに遅れていた綿を摘んだ。リベンジの末の収穫だった!!
午後になると雲が少しずつ出てきた。ケンケン三兄弟(巻雲・巻積雲・巻層雲)からはじまってやがて空一面を覆うようになっていった。そして今はあたたかいシトシト雨だ。
まるで絵に描いたような天気の変化だった。そういえば一杯の「茶わんの湯」の話から、我々がこの「大気の物理学実験室」のなかにくらしていることを教えてくれたのも寅彦だった。
▼「今、なぜ寺田寅彦なのか!?」を続けよう。
二つ目のフレーズは
(2) 「天災は忘れた頃にやって来る」
だった。オンライン「寅の日」では、ここまでに数多くの寅彦の随筆を読んできた。どれもが80年、90年前に書かれたものとはとても思えな いものばかりだった。語られている内容はきわめて今日的ものばかりであった。
なかでも、私は1923年(大正12)以降に書かれたものが気に入っていた。
1923年、寅彦は東京・上野で関東震災に遭遇する。
これ以後書いたものには、伏線として警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」に象徴されるような科学者としての主張が含まれているような気がするのだ。どうすれば実際の防災・減災にツナガルのか、それを考え続けた科学者だった。80年90年の時空を越えて、今こそ寅彦の鳴らし続けた警鐘に耳を傾けなればなない!!
だから、今こそ寺田寅彦なんだ!!
▼三つ目にうつろう。
(3) 「元祖サイエンスコミュニケーター」
 三つ目はかなり手前味噌の話だった。
寅彦の書いたものは、読んでみるとともかく面白い!!
「へー、そんな見方もあるのか!!」と今さらのごとく「科学」の面白さを教えられるばかりだ。
私は、2011年4月「サイエンスコミュニケーター宣言」をした。
「サイエンスコミュニケーター」と名のってみたもののそれがなにする「仕事」なのかもよくわかっていなかった。
2012年4月からオンライン「寅の日」をはじめた。そして、寅彦の書いたものを12日ごとに読むようになった。
少しだけわかりはじめた。
寺田寅彦こそ日本の「元祖サイエンスコミュニケーター」であると。
寅彦に学ぶことは私にとってはサイエンスコミュニケーター修行の第一歩なんだ。
だから、私にとっては今、寺田寅彦なんだ!!
▼この三つの作業仮説をもって、再び寺田寅彦を訪ねる旅に出ようと思う。
「寺田寅彦を訪ねて」の旅は2年3ヶ月ぶりである。 
 今回は、どんな出会い・収穫があるだろう。楽しみである。

あいにくの雨だ!!
でもまもなく出発する。
午前中に着くことできるかな!? ゆっくり 急ごう!!


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今、なぜ寺田寅彦なのか!?(1) #traday

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▼新しい「雲見」定点観測地をつくった。
それは帰宅途中の道路沿いにあった。大きなクスノキが立っていた。いつも私はここで自動販売機で缶コーヒーを買ってそれを飲みながら「雲見」をするのだった。
 今はきれいに剪定されているので、わずかな葉しか残っていないが、夏にはこのクスノキの木陰で空を見上げるのである。季節ごとの違った姿を見せてくれるクスノキと「雲見」!!気に入ってしまった。
 小春日和の昨日、そんな「雲見」をしながら、ひとつの自問が頭にこびりついてきた。
▼それはきっと昨日が第82回オンライン「寅の日」であったからだろう。
その自問とは
「今、なぜ寺田寅彦のなのか!?」
だった。別に今さら寺田寅彦の研究家になろうと言うのではない。寅彦論をさもわかったように語ろうというのでもない。そんなこと願ってみて私には不可能である。わかりったきったことだ!!
やむにやまれぬ疑問なんだ。
何故、今自分が寅彦に惹きつけられるのか?
この疑問に自分なりの答えをみつけたいのだ。
▼ポンコツ頭のなかは混沌としていた。もう少し整理が必要だった。
結論を急がず、現段階の作業仮説をたててみようと思った。
ちがうと思ったらいつでも軌道修正をするつもりで…。
 そしたら3つのフレーズに解答を集約できるような気がしてきた。

(1) 「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」

(2) 「天災は忘れた頃にやって来る」

(3) 「元祖サイエンスコミュニケーター」

▼ひとずつみてみよう。
(1) 「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
私は、40年近く理科教育に携わってきた。
そのなかで理科授業とは、けっきよく「ふしぎ!?」の謎解き訓練だと思った。
理科教師の仕事とは、授業で生徒たちに「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」と語りかけることだと思う。
どれだけ多くの場面でこう語りかけることができたか。
自分の場合はと考えると反省すべきことばかりであるが…。
教科書に書いてあるからアタリマエ!!でなく、ひとつの単元では最低一度はこう語りかけてみたいものだ。
「ふしぎ!?」はけっして、けっして 遠くの世界にだけあるのではない。
最大の「ふしぎ!?」は、最も身近にあるのだから。
それを寅彦が教えてくれているような気がする。
だからこそ今、どうしても寺田寅彦!!なんだ。

(つづく)

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本日(2014/11/27)、第82回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼曇り空のもと、あのゲホウグモが残していった第4「卵のう」が北風にゆれていた。
あのゲホウグモいなくなって10日が過ぎた。今年の夏、秋は貴奴の観察三昧の日々だった。
138日間、昼夜関係ないつきあいだった。
 今、その日々を思い出しながら、自らの才覚もかえりみることなく無性に「ゲホウグモ物語」を書きたい衝動に駆られている。そんなとき思い出すのがあの人のことだ。
あの人とは寺田寅彦のことだ。
彼だったらこの「ゲホウグモ物語」をどう書いただろうと思う今日この頃である。
▼本日はその寅彦を読む日だ。
あの第一回オフライン「寅の日」から12日がたったのだ。
今、いちばんに考えてみたい問いがある。それは
「今、なぜ寺田寅彦なのか?」
だ。今回読む「科学と文学」は、その問いに答える糸口を与えてくれそうな気するのである。
しかし、なにしろ長編である。そこで今回一回かぎりというのでなく12月オンライン「寅の日」でも引き続き読みたいと思っている。つごう3回に分けて読みたい。

◆第82回オンライン「寅の日」

●「科学と文学」(青空文庫より)

▼自慢げに言うことではないかも知れないが、私は「文学」などというものにはほとほと縁のない人間である。
では「科学」の方はどうか言うと少しは縁のある仕事をしてきたかと思うぐらいのポンコツ理科教師である。
そんな私がなぜ強く寅彦の書いたものに惹かれるか。
自分自身でもうまく説明しきれなかった。それが「今、なぜ寺田寅彦なのか?」の自問にツナガッテイルのだろう。
今回の「科学と文学」もやっぱり面白い!!
第一回目の今日は「緒言」「言葉としての文学と科学」あたりまでとしたい。
「緒言」から惹きつける言葉が並んでいた。
寅彦の軸足は「科学」にあった。それはいつものことであるが、その言い切りがとても新鮮である。

もう一つ断わっておかなければならないことは、自分がともかくも職業的に科学者であるということである。
全くそのころの自分にとっては科学の研究は一つの創作の仕事であったと同時に、どんなつまらぬ小品文や写生文でも、それを書く事は観察分析発見という点で科学とよく似た研究的思索の一つの道であるように思われるのであった。

▼「言葉としての文学と科学」においても惹きつける文章が並んでいた。

象形文字であろうが、速記記号であろうが、ともかくも読める記号文字で、粘土板でもパピラスでも「記録」されたものでなければおそらくそれを文学とは名づけることができないであろう。つまり文学というものも一つの「実証的な存在」である。
方則に従っていればこそ、それと同じような現象が過去にも起こりまた未来にも起こりうるのであり、かくしてその作品は記録であると同時にまた予言として役立つものとなるであろう。
 科学というものの内容も、よく考えてみるとやはり結局は「言葉」である。
 言葉としての科学が文学とちがう一つの重要な差別は、普通日常の国語とはちがった、精密科学の国に特有の国語を使うことである。その国語はすなわち「数学」の言葉である。


まだまだある!!
しばらくの反芻作業が必要なようである。
私などとはまったく違った読み解きがあるかも知れない。それがオンライン「寅の日」のなによりの楽しみだ。

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ヒガンバナ「自然結実」の種子をどう保存するか? #higanbana

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▼曇り空の下、家の近くのヒガンバナ散策道に「自然結実」種子の採集にでかけた。
ここでは、これが今期最後になるだろうと思った。
「これは最後まで野外で自然結実を観察しよう」ときめたいくつが、ほぼ完熟状態となっていた。
すでに、草むらにこぼれ落ちてしまったものもあった。
途中から「水栽培」にシフトしものたもののなかには完熟途中のものがあるが、一応種子の採取は一段落した。
▼いよいよほんとうに「実生」挑戦へのステップだ。
昨年は、ここからいっきょにキツネノカミソリの場合と同様の方法をとったのだが、今年は少し方法を変えてみようと思う。
 まずは、保存である!!
来年の春まで(2月)保存したいと思う。
どのように保存すればよいのだろうか。
▼ここ数年でこの取り組みに関して注目している情報をみつけていた。
■「ヒガンバナの稔性と発芽について」(瀬戸 良久・武市 早苗・中嶋 克行 神奈川自然誌資料 2011)
である。
 今年はこれを参考にチャック付きナイロン袋のなかに保存してみようと思う。
▼自然の野ではどうなんだろう?
発芽するまでの種子にとって克服すべき課題とはなんだろう?
乾燥? 温度 ?
すでに「発芽」の成功例もほかにあるはずだ。その情報が知りたい。
「情報は発信するところに集まる!!」だ。
いかに拙い取り組みでも等身大情報発信しつづけてみようと思う。
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ファラデーラボ「漆のかがく」は実に面白かった!!

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▼ほんとうだろうか!?
自分で試しに手持ちの英和辞典を引いてみた。あった!! ほんとうだ!!
「japan」=1 漆(lacquer).2 (日本製)漆器(lacquer ware)
と書いてあった。今回のファラデーラボ・かがくカフェも面白そうだった。
■ファラデーラボ・かがくカフェ 「漆のかがく」
午前・午後と両方参加させてもらった。
やっぱりこれが実に面白かった。
▼佐藤貴彦氏のお話しは、「漆かき」のことからはじまった。
実際に「漆かき」をされたウルシノキ、「漆かき」ための用具などを持ち込まれてのお話しはきわめて興味深いものだった。
『丹波の漆かき』リフレットもいただいた。
http://www.youtube.com/watch?v=87dGyvRCKAM
ここには、自然と人間のかかわり方に関する「科学」があると思った。
▼伝統ある「塗料」「接着剤」として「漆」の科学の話が続いた。
何故、「japan」=1 漆(lacquer).2 (日本製)漆器(lacquer ware)なったのかの「歴史」の話も面白かった。
さらには新しい「漆塗り」の挑戦しておられることをお聞きした。(自動車、床、美術工芸品等々はては万年筆、消しゴムケースにいたるまで)まちがいなくここに「科学」があると思った。
お話しを聞きながら、久しぶりに手前味噌の『常民の科学』を思いだしていた。
実は参加させてもらう前に、質問3つを準備していた。 
(1) 漢字「漆」(うるし)は、ウルシノキの本質となにか関係するか?
(2) 「かぶれる」とは?それは克服できているのか?
(3) 漆塗りと「丹生」(水銀朱)の関係について
シロウトならではのトンデモ質問もある。それにもかかわらずていねいに教えていただいた。
深謝。
▼午後は漆絵・蒔絵体験のワークショップだった。
人数もぐっと増えてワイワイと楽しく体験させてもらった。
参加されたみなさんのアート心に驚いた!!自分の不器用さとアート心のなさが少し恥ずかしかった。
しかし、みなさんの作品が着々とできあがっていくのを観賞させてもらうのもなかなか楽しかった。
そして、それはワークショップの最後に起こった!!
それが、昨日最大の収穫だった。
ワークショップが終わりかけて、みなさんが皿を持って帰ろうとしたときだ。
佐藤さんは妙なことおっしやりされたのだった。
「箱に入れるのは、私が準備していれますので…」
とおしゃり、なんと皿を入れる紙の箱を濡れたタオルでふかれたのだ。
?(゚_。)?(。_゚)?
「乾燥するまで、一週間以上はこのままにして置いて金粉を拭き取ってくださいね。」
一緒に参加されていた方がつぶやかれた。
「えっ乾燥するのに、なんで反対の濡らすの?」
私は、最初そのつぶやきのほんとう意味がわからなかった。
見当はずれのつぶやきを私もした。
「呼び水でしょうかね」
質問のつぶやきをされた方は、さらに不思議だという顔をされた。

帰ってからもこのことが気になってしかたなかったのでいろいろ調べてみた。
少しだけわかった!!
なんとこの「ふしぎ!?」にこそ、「漆」のすごさの秘密があったのだ。
「漆は室温と湿気で乾燥する!!」
なんという矛盾!!「湿気」で「乾燥」!?

私のなかで「ふしぎ!?」虫が騒ぎ始めた。


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【Web更新11/23】14-47 【ヒガンバナ情報2014】 等更新!!

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粛々と 虫集いたる 八つ手かな 14/11/22 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-47
週末定例更新のお知らせ
 はやくも11月最終週である。最近とみに衰えたきたと感じることがある。
それは時間に対する感覚だ。一時間に対する感覚、一週間に対する感覚それは時計で 測らなくてもだいたい身体で覚えていた。それが鈍ってきた。
 これを退化とみるか、それとも本来の姿とみるか。
これは微妙な問題である。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ ヤツデ
 「小春日和」というのはこの時期のこんな天気のことを言うのであろうか。空には「雲見」の雲はなく、冷たい北風もなく、陽だまりではちょっとポカポカ陽気だ。西の庭のヤツデの花が白く美しい。
先日教えてもらったばかりの「花のつくり」を、これまた教えてもらい手に入れた×20のルーペで観察してみた。
まるで別世界を覗くようで楽しい。観察しているあいだにも次々とハエや虻たちが寄ってきた。
なんど追い払っても粛々と集まってきた。他にめだった花のない時期とは云え、よほど美味しいものがあるのだろうか。また、こんなにもたくさんの虫たちがこの時期に生きていることにも驚いた。

◆【ヒガンバナ情報2014】 更新!!
 まだまだヒガンバナにこだわっていた。
興味は「自然結実」から「実生」とうつりつつあった。
それしてもアリガタイ!!ヒガンバナ研究の第一人者 栗田子郎先生からコメントをいただきながらヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うことができるなんてこれ以上の贅沢はないだろう。

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 138日も一緒だったゲホウグモいなくなって寂しい。
来年の春に再会できることを願うのみである。貴奴等の姿を見ないあいだにも貴奴等について少し勉強をしておきたいものだ。

◆オンライン「寅の日」更新!!
 これは完全な自画自賛であるが、オンライン「寅の日」とは面白いことをはじめたものだ。
今週末には、再び寅彦を訪ねての旅に出たいと思っている。はたしてどうなることやら…。

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【祝】本日(2014/11/23)、【理科の部屋】は満21歳に\(^o^)/

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▼1951年3月30日。千葉県千葉市検見川の泥炭層から約2000前の古代ハスの実を大賀一郎先生は手に入れた。大賀一郎先生が68歳のときだった。
 それから63年8ヶ月の「歴史」を経て、今我が家の観察池の地下に蓮根のかたちで眠っている。昨日は、蓮根の植え替えから34週目の定例観察日だった。
 蓮根掘り返しまであと4ヶ月だ。いまどんなかたちで眠っているのか興味津々である。
▼すべてのモノゴトには「歴史」があった。
1993年11月23日。今から21年前の今日、【理科の部屋】は誕生したのである。
 最近、古くからの友人に出会うとよく聞かれる。
『あの【理科の部屋】ってまだあるの?』と。
少し間をおいて内心と裏腹に弱々しく答える。
『うん、まだあるよ。』と。
▼「あるよ」の意味はふたつあった。
ひとつは、現実に【理科の部屋】5が存在することだ。
【理科の部屋】の歩みは営々と続いているのである。
21年前「パソコン通信」時代にはじまった歩みは、インターネットSNS時代の今も継続しているのである。
今は、撮った画像もすぐ見せてもらえる。面白い!!アリガタイ!!
▼もうひとつの意味とは、つぎのようなことである。
【理科の部屋】がはじまった当時、『【理科の部屋】とは?』の質問に応えて故高橋金三郎先生が書かれた『中学理科サークル通信ノート』への「呼びかけ文」を引用させてもらっていた。
 あるオフのとき友人が言った。
「へー、【理科の部屋】ってそんな昔からあったんですね!!」
私は、この言葉にえらく合点した。ナルホド!!と思った。【理科の部屋】とは、そう言うものなんだとあらためて認識した。その思いは今も同じだ。
 「ノート回覧」「手紙」「ハガキ」「サークル誌」→「パソコン通信」、ML→インターネット、SNS、Twitter、Facebook→… と時代とともにネットワーク環境は進化してきた。これからも…。
 しかし、【理科の部屋】には「不易」なものがあった。

情報は発信するところに集まる!!
情報は交叉するところに生まれる!!

この思念が続く限り、【理科の部屋】は存在しつづけるのである。
今度聞かれたら、誇らしく、力強く答えよう。
「もちろん【理科の部屋】はありますよ!!これからもずっと…」
と。

【祝】 【理科の部屋】21歳おめでとうこざいます。
   ( ^_^)/□☆□\(^_^ ) 


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ヒガンバナ「自然結実」から「実生」挑戦へ!! #higanbana

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▼一昨日の夕方、安富のSさんから電話があった。
「あのヒガンバナ種子ができて黒くなってるで…」
「近くは草刈りしているけど、そこは今ならまだ大丈夫やで」
ということだった。
 あのビカンバナとは、10/17に断念しかけていた「自然結実」発見に再度きっかけを与えてくれたヒガンバナだった。
また、連絡をいただけるなんてアリガタイ!!深謝。
さっそく、昨日その場所にでかけた。
ひとつは、完熟し落ちていた。この種子はどうしても欲しかった。
今年の記念すべき一粒だから、幸いその草むらから発見できた。花茎とともにナイロン袋に入れ持ち帰った。
▼ついでに夢前の多数「自然結実」を確認している場所にも行って見た。
10個近くの完熟した「種子」を手に入れることができた。
これまでに途中から水栽培にシフトしていた分や家の近くのヒガンバナ散策道の分を含めると昨年手に入れたのと同じぐらいの数になりそうだ。
▼私はシロウトがゆえのとんでもない作業仮説を立てていた。

 ヒガンバナの「自然結実」は想像以上の頻度で起こり、種子の「実生」によっても殖えている。
殖えるのは「分球」によるものだけではないのではないか。

これは「日本のヒガンバナ3倍体であり、種子をつくらない」という定説に異議を唱えることになる。
「3倍体」がいかなるものかも、くわしくわかっていないシロウトの妄想なのかも知れない。
▼昨年、今年と2年連続しての多数の「自然結実」観察により、作業仮説の前半部についてはある程度の確信がうまれつつあった。ところが後半部については、まだ闇の中であった。
 実生への試みで、私は昨年度「失敗」をしていた。昨年はじめて試みたキツネノカミソリの実生の途中までの「成功」に気をよくしてしまい、キツネノカミソリと同様の処理をしたのである。
すなわち、チャック付きナイロン袋に水で濡らしたティシュペーパーとともに採取した種子を入れたのである。
待てど暮らせどキツネノカミソリのようには変化はおこらなかった。
今年は、別の試みに挑戦したいと思っている。
思えば、拙速すぎた!!
結論を急ぐあまり種子の都合をまったく無視していた。
環境(私の思い込みだけの)を整えさえすれば、すぐに発芽するものと思っていたふしがある。
生きものには「季節」がある!!
慌てて 急ぐのでなく 
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

いつの日かSさんに、実生ヒガンバナ開花の報告をするためにも。

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まだまだ続く「クモ学」の不思議!? #クモ学

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▼あの柿の木にゲホウグモが残していった第3第4「卵のう」、そのすぐ近くにネットをはったジョロウグモ!!
そのジョロウグモの動きはこのごろ鈍かった。
ほとんど昼も夜も目立った動きをしていなかった。
昨日の夕方、そのジョロウグモに近づく小さなクモが一匹いた。貴奴は何者だ!?
ジョロウグモの子グモ?
いや、これがうわさの雄のジョロウグモ?
もし雄グモだとしたら、今ごろ…???
いや、それとも図々しいイソウロウグモ?
それとも…
 考えてみたら、私はクモのことイロハから何もしらなかった!!
▼138日間の貴奴(ゲホウグモ)の姿がまだ目に焼き付いていた。
私の「ふしぎ!?」を追う流儀はいつも一点突破全面展開(一局主義!!)だった。
・ナイロン袋のなかでエサなしで261日間生き延びたコウガイビル
の場合も
・「乾眠」から目覚めるクマムシ
の場合も、いつもそうだった。
昨年、今年と連続して出会ったコガネグモ、そして今年のゲホウグモ。貴奴等が「クモ学」への突破口を開いてくれた。しかし、まだまだ「ふしぎ!?」が残っていた。
いやはじまったばかりというのがふさわしい。
▼「クモ学」の面白さは尽きることがない。
「クモ学」は今の私にはとても都合のいい学問なんだ。
都合のいいところはいくつかある。
まずひとつは、
・クモは身近にいっばいいる!!
特別に捜す必要もなく観察対象の多種多様のクモが「くらし」のなかにいるのだ。
こんなアリガタイことはない。
さらにアリガタイことは、
・クモはじっとしていることが多い!!
のろまな私には、すぐさま逃げてしまう昆虫や小動物たちとちがって、じっと「待機」していることが多いのはとてもアリガタイ!!ゆっくり観察できて、なおかつゆっくり写真も撮ることができる。
それに、
・クモはまだまだ未知のことが多い!!
こんなに面白いのに、「嫌われもの」の汚名を着せられてきたためか、まだまだ謎解きができていない「ふしぎ!?」がいっぱいあった。それがより好奇心を誘う!!
▼私には、まだまだその糸口すらみつけられていない「ふしぎ!?」がいっぱいあった。
・「団居」の「ふしぎ!?」
・ゲホウグモ「卵のう」の赤い糸は?黄色い糸のちがいは?
・クモと「天気」の「ふしぎ!?」
・クモの糸の「ふしぎ!?」
・バルーニングの「ふしぎ!?」
・糸リサイクルの仕組み!?
等々あげだしたらきりがない!!
私にとってはこれまでの浅学無知は最大の「弱み」であると同時に最強の「強み」でもあった。
なぜなら
私には最も誇りとする「ふしぎ!?」を追うヒューマンネットワークを持っているからである。
貴奴等と同じWebを…。

夕日のあたった「卵のう」はとってもうつくしかった。
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2014年12月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼ほんとうに真ん丸で黒々としていた!!
「自然結実」し、完熟したヒガンバナの種子である。
ヒガンバナ散策道で最初からこの花茎に目をつけていた。
ここは今年ヒガンバナの初見をした場所でもあり、観察地点でも因縁の場所だった。
せっかく子房部が膨らんだ花茎をみつけてもどんどん枯れていっていた。途中から水栽培に切り替えたものもいくかある。しかし、これだけは最後までほんとうに完全な「自然結実」を期待していた。
採取するタイミング難しかった。昨日、その場所にいったときにはその子房部はパックリと口をあけ種子は落ちていた。幸い落ちてすぐだったのだろう草むらのなかにそれをみつけることができた。
 また近くには、花茎はすっかり枯れているが、先端部に完熟種子をのこしているものもあった。
▼師走まであと10日あまりとなった。
12月のオンライン「寅の日」を考える時期である。先日の第一回オフライン「寅の日」、その翌日の「日曜会」と幸いにも引き続いて話題にしていただいた。
 あらためて
「今、なぜ寺田寅彦なのか?」
を問いかえすいい機会となった。
12月のオンライン「寅の日」も強く意識しながら、やっていきたい。
12月は三回ある。

■2014年12月オンライン「寅の日」
◆第83回オンライン「寅の日」…12/09(火)
◆第84回オンライン「寅の日」…12/21(日)
◆第85回オンライン「寅の日」…12/31(水)

である。
▼寅彦のことを類い希にみる「文理融合の人」という評価ある。
ここまで寅彦が書いたものを読んできて、ナルホド!!と思う。しかし、一方では寅彦はいつも軸足は「科学」に置いた超一級の「科学者」だと思う。
11月27日に第82回オンライン「寅の日」では、「科学と文学」を読むことにしている。
かなりの長文である。
このなかで一見対峙的に見られる「科学」と「文学」がどんな関係にあるか、かなり突っ込んだところで語られていた。「文理融合」の意味も語られているとみた。
 せっかくの機会だ。これを一回で終わらせるのでなく3回連続してやってみたくなった。
そこで第83回、第84回も連続して「科学と文学」を読むことにする。
第85回は12月31日、寅彦の79回目の命日だ。
三度目で恒例化しつつある特設オンライン「寅の日」だ。読むのもきめていた、寅彦が最晩年(1935年、昭和10)に書いた「日本人の自然観」である。
■2014年12月オンライン「寅の日」

◆第83回オンライン「寅の日」…12/09(火) 『科学と文学』(2)(青空文庫より)

◆第84回オンライン「寅の日」…12/21(日) 『科学と文学』(3)(青空文庫より)

◆第85回オンライン「寅の日」…12/31(水) 『日本人の自然観』(青空文庫より)

▼先のオフライン「寅の日」にも話題に上がった「寅の日」の持ち方。これはひきつづきオンライン「寅の日」を続けていくなかでも何度も話題にしていきたい。
 多くの人間で語り合うと多様なアイデア・工夫・意見がでてくる!!
それが面白い。それこそがオンライン、オフライン「寅の日」の醍醐味であるとも言える。
引き続いて、多くの発言に期待しています。
よろしくお願いします。 

昨夜、寝る前に未練たらしく柿の木を見に行った。
第4ゲホウグモの「卵のう」が心持ちふくらんでいるようにも見えた。
こんなのを見ていると寅彦のあの言葉がきこえてくるような気がするのだ。

「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
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今年もキツネノカミソリは発芽か!? #higanbana

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▼今年キツネノカミソリの定点観察地にそれを見に行ったの遅かった。
2014/08/29だった。もうすでに花はなく「自然結実」しかけた花茎のみが立っていた。
そのうちの何本かの花茎を採取し、ペットボトルで水栽培をした。10月のはじめにはそれらは完熟した。
その種子を昨年と同じように水で湿らせたティシュペーパーとともにチャック付きナイロン袋に入れた。
それから50日ばかりたった昨日、その袋を開けて種子の今を確認してみた。
種子のひとつから白い芽が伸びていた!!
▼実は昨年度も同様にして実生に挑戦していた。
けっこういいところまで育てていながら、途中で「失敗」していた。
そのとき思った。
「これはとんでもない勘違いをしているのでは…」と。
ならば、今年はちがうかたちで「実生」に挑戦してみよと思った。
ところが昨年度はほぼ100%の確率で「発芽」したものが、今年は部屋の外にナイロン袋を置いているせいだろうか。昨日確認したたったひとつが芽が伸びているだけだった。
▼ひょっとしたら、もっと根っこのところから考え直さなければいけないのかも知れない。
温かいところがいいと言うのなら、この処理自体を寒い冬を越させ春から行うべきなのかも知れない。
「種子」
「発芽」
「温度」
「季節」
まだまだ私には知らないことが多すぎるのだった。
▼本命は実はこのキツネノカミソリではなかった。
ヒガンバナである。「自然結実」した種子を昨年度はたくさん手に入れた。
それらをキツネノカミソリの成功(その段階ではうまくやったと思っていた)に気をよくしていたものだから
まったく同様の処理をしていた。
「ナイロン袋-ティシュペーパー方式」だ。
いまだにそれらに何の変化もみられない!!
ヒガンバナ実生成功例にもっともっと学ぶ必要がありそうだ。
ゆっくり 急ごう!!


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ついにあのゲホウグモがいなくなってしまった!! #クモ学

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▼「あれ??いない!!」
気づいたのは、昨日(2014/11/17)早朝だった。起きるなり、いつものように貴奴(ゲホウグモ)にあいさつに行った。少し位置を変えたかと、周囲の枝にライトをあてて見るが、居ない!!
それでもあきらめはしなかった。これまで数々の驚異の技を見せてくれた貴奴のことだ、きっとどこかに居るに違いないと思っていた。
 明るくなって柿の木の幹から枝の端々までなめるように観察してみた。やっぱり居ない!!
貴奴のいつも居た定位置から小石を落としてみて、落ちた草むらをさがすがやっぱりその姿はない!!
枝の先の定位置には、そこに居たということを証明するような糸だけが残っていた。
そして「出のう」してしまったか不明の「卵のう」が2つ冷たい北風にゆれていた。
▼思えばほんとう長いラッキーな出会いであった。
貴奴の姿をはじめてカメラでとらえたのは2014/07/02の夜だった。
いきなりみごとな「狩り」の技を見せてくれたのだった。
それから確かにその姿をこの眼で確認にした2014/11/16まで、実に4ヶ月半、138日間のつき合いであった。
 その138日間の記録を今ざっと見返して見た。
・芸術作品とも思えるみごとなネット!!
・瞬間にネットをたたみ店じまいをするその技!!
・雨にもめげずネットをはりセンターに待機する姿。
・橋糸を定刻になれば渡す技
・昼間の「体育すわり」する奇妙な(失礼!!)姿。
・ライバルのジョロウグモとの橋糸奪い合い合戦!!
・産卵
・出のう
・団居(まどい)
・蜘蛛の子を散らす
等々数えあげればきりがないほどたくさんのものを見せてくれた。
ほんとうにアリガタイ!!限りである。
▼今あらためて見返していると、そもそもの大元の「ふしぎ!?」が浮かび上がってくる。
なぜ、このめずらしいゲホウグモが我が家の庭に現れたのだろう???
実はもっと以前から現れていて、私が気づかなかっただけなのだろうか?
今年がはじめてなら、我が家の環境になにか異変があっただろうか?
環境の変化と言えば家の前の田んぼはほ場整備がすすみ、今年はほ場整備後はじめて稲作が行われた。
それと何か関係があるだろうか?
「ふしぎ!?」は深まるばかりだ!!
▼なんとも言えぬ喪失感がある。 
長い間飼っていたペットの愛犬「加奈」が亡くなったときのような感じだ。
いやひょっとしたらもっとかも…。
哀しんでばかりでは、このラッキーな「出会い」に申し訳ない。
残してくれたいっぱいの「ふしぎ!?」をこれからも追い続けよう!!
昨年、今年とつづけて現れてくれたコガネグモ、そして今年始めて(?)現れたゲホウグモが私を「クモ学」の世界に誘ってくれた。
 この偶然に感謝しながらまだまだ続けよう!!
「クモ学」の「ふしぎ!?」

ライバルだったジョロウグモが残されたゲホウグモの「卵のう」近くで日向ぼっこをしていた。
これからどうするんだろう!?
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【Web更新11/16】14-46 等 「クモ学」のすすめ 等更新!!

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初霜や ひっつき虫も いのちかけ 14/11/15 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-46
週末定例更新のお知らせ
 “Festina Lente !”(ゆっくり 急げ)はローマ皇帝アウグストゥスの名句だそうだ。はじめて知ってからとても気に入ってよくつかわせてもらう。気づいたら自分に向かって「ゆっくり ゆっくり 急ごう!!」とつぶやいていることがよくある。相矛盾するふたつのことを一緒にした「生き方・くらし方・学び方」のお気に入りの流儀だった。
今週も ゆっくり 急ごう !!

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ コセンダングサ
 このごろ散歩に出ると、帰ってから一苦労することがある。あのコセンダングサの棘のある種子がいたるところにまつわりついているのである。棘には釣り針のように「もどり」がついているようで一筋縄ではとれない。
しばらくは気長にひとつひとつとっていくしかないのだ。
 ほんと寒くなってきた。いよいよ冬の到来である。生きものたちは冬仕度をはじめていた。考えてみるとコセンダングサのこれが冬仕度なのかも知れないと思った。貴奴も命がけなんだ!!

◆「クモ学」のすすめ #クモ学 更新!!
 今少し慌てている!!
 今朝(2014/11/17)その場所にいったら貴奴(ゲホウグモ)の姿がないのだ!!昨日の夕方には確かに確認した。少し定位置から離れ、日当たりの悪い方に回り柿の木の一部となっていた。
「なぜだろう?せめて日当たりのいい側のほうがいいのでは…?」と思ったのは何時間か前だった。
即断するのはやめておこう。明るくなったらゆっくり確かめてみよう!!

◆ヒガンバナ情報2014 #higanbana 更新!!
 こちらもなかなか余談を許さぬ状況にあった。「自然結実」して完熟した種子を採集するのは今だろうと思っていた。 ゆっくり 急ごう!!

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 初の試み「第一回オフライン「寅の日」」は終わった。
あらたな展開が少しずつ見えてきた!!そんな意味でとても有意義なオフだった。
予期せずして「日曜会」で時間をもらった。深謝。

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第一回オフライン「寅の日」は実に面白かった!! #traday

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▼昨日は大賀ハス蓮根の植え替えから33週目の定例観察日だった。
今秋最高の冷え込みが続いてはいたが、観察池に氷が張るまでにはいたってはいなかった。
家の近くの「自然結実」ヒガンバナを見て回った。
ここでもやっぱりそうだった。結実してポロリと種子が落ちてしまった花茎がいくつかあった。完熟種子を採取するためには、けっこうタイミングが難しい!!
 しばらくその下の地面をさがしたが無理だった。そのとき思わぬものを「発見」したが、これは別に…
▼午後からはかねてより提案していた第一回オフライン「寅の日」のために姫路に出かけて行った。
いつものことながら、無手勝流・出たとこ勝負だった。
どんな展開になるのか、私にもまったくわかっていなかった。
参加申し込み者は0だった。あらかじめ「ひとりでも第一回目は実施する」と決めていたので決行することに関しては何の迷いもなかった。
 それでも、やっぱりひとりぐらいは「たまたま姫路にいるので…」と飛び入り参加があるかなと期待したの事実だった。
▼予定の時間が来たので始めた。
Twitter、Facebook、blogなどのオンラインで応援、コメントが続いた!!
まさにTwitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)の具現化だった。
うれしかった!!
久しぶりに【理科の部屋】オフのワクワク感が蘇ってきた。
いただいたコメントに応答していたら、予定していた時間は瞬く間に過ぎてしまった。
最後の時間までついにひとりだけだった。
▼たったひとりの「オフ」なんて前代未聞である。そんなの「オフ」って呼べるだろうか。
しかし、それは私にはどうでもよかった。あまり言うと負け惜しみみたいになってしまうが、今回の「試み」は実に有意義で面白かった!!
 オフライン「寅の日」の可能性についても、いくつかの提案があった。それが面白いとおもった。
私ひとりではとても思いつかない発想だった。
 この「試み」のねらいはみごとに達成できた。
ぜひ第二回、第三回…とやりたい気持ちになってきた。これが最大の成果である。
オンラインでコメントをいただいた方、応援していただいた方、「いいね」サインを下った方々にあらためて感謝である。深謝<(_ _)>
 さて、第二回はいつ・どこで… o(^o^)o ワクワク

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本日(2014/11/15)、第81回オンライン「寅の日」!!そして… #traday

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▼もう限界かと思った!!
昨日(2014/11/14)はほんとうに寒かった。
貴奴(ゲホウグモ)の姿を観ることができるのも、もう限界が来ているのではと思った。
帰宅するとすぐに貴奴にカメラを向けてみた。居てくれた!!
定位置より少しずれてぶら下がり気味に枝の一部になっていた。夕方にはやっぱり脚を浮かせるようなしぐさをしていた。何をしているのだろう???
やっぱりどこまでも「ふしぎ!?」だった。
▼「ふしぎ!?」の謎解きこそ「科学」だと思っていた。
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」を口癖とする謎解きの達人がいた。科学者・寺田寅彦である。
彼は独特の名文・エッセイで「科学」を語り残してくれた。
 幸いなことに私たちは今、オンラインで読ませてもらうことができる。青空文庫のおかげである。深謝!!
ならばオンラインで、それらを多くの人と一緒に読み解いていこうとはじめたのがオンライン「寅の日」である。
本日(2014/11/15)はその第81回目である。
 本日はそれだけではなかった。
 はじめての試みオフライン「寅の日」の一回目でもあった。
きっと記念すべき日となるだろう。いや、ぜひそうしたい!!

◆本日(2014/11/15)、第81回オンライン「寅の日」!!
 第一回オフライン「寅の日」!!

●「科学者とあたま」(青空文庫より)
▼小さな私の「ふしぎ!?」からはじめて「私の科学」をより豊かなものにしていくそれが私の理想でもあった。
誰もが意識するしないにかかわらず「私の科学」を持っていると思っていた。
「ふしぎ!?」の謎解きに挑む人はその意味で誰もが「科学者」であるとも。
そう思いながら今回の「科学者とあたま」を読むと、きわめて示唆的なことが語られていた。

 しかしまた、普通にいわゆる常識的にわかりきったと思われることで、そうして、普通の意味でいわゆるあたまの悪い人にでも容易にわかったと思われるような尋常茶飯事(さはんじ)の中に、何かしら不可解な疑点を認めそうしてその闡明(せんめい)に苦吟するということが、単なる科学教育者にはとにかく、科学的研究に従事する者にはさらにいっそう重要必須(ひっす)なことである。この点で科学者は、普通の頭の悪い人よりも、もっともっと物わかりの悪いのみ込みの悪い田舎者(いなかもの)であり朴念仁(ぼくねんじん)でなければならない。
 科学の歴史はある意味では錯覚と失策の歴史である。偉大なる迂愚者(うぐしゃ)の頭の悪い能率の悪い仕事の歴史である。

▼寅彦のレトリックは単線ではなかった。

 頭がよくて、そうして、自分を頭がいいと思い利口だと思う人は先生にはなれても科学者にはなれない。人間の頭の力の限界を自覚して大自然の前に愚かな赤裸の自分を投げ出し、そうしてただ大自然の直接の教えにのみ傾聴する覚悟があって、初めて科学者にはなれるのである。しかしそれだけでは科学者にはなれない事ももちろんである。やはり観察と分析と推理の正確周到を必要とするのは言うまでもないことである。  つまり、頭が悪いと同時に頭がよくなくてはならないのである。

挑発的でもあった。

 この老科学者の世迷い言を読んで不快に感ずる人はきっとうらやむべきすぐれた頭のいい学者であろう。またこれを読んで会心の笑(え)みをもらす人は、またきっとうらやむべく頭の悪い立派な科学者であろう。これを読んで何事をも考えない人はおそらく科学の世界に縁のない科学教育者か科学商人の類であろうと思われる。

あなたはどう読むだろうか?

今日一日は、できるだけオンラインでつないでおきたい!!
今朝の段階でも、まだ第一回オフライン「寅の日」が展開になるのか、まったくわからない。
実施するということだけは確かである。寅彦の文を読み解くことに挑戦するのはもちろんのこと、いろんな私の「ふしぎ!?」「私の科学」を語り合うことができたらうれしいな。
 今後の「寅の日」の展開についても…。

今朝も寒い!!でも貴奴はいた!!


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あれから1年!ヒガンバナ「自然結実」の今!! #higanbana

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▼やっぱりあった!!
・今にもこぼれ落ちそうな黒く完熟した種子
・完熟一歩手前の種子
・子房部の割れ目から顔のぞかせるもの
・もうすでに種子がぽろりと落ちてしまった花茎
 昨日(2014/11/13)、夢前のその場所に行って見た。
あれからちょうど1年だった!! 
「自然結実」するヒガンバナを捜していた。ちょうと一年前の2013/11/13、ついにそれをみつけたのである。
それを契機に同じ場所で次から次と「自然結実」した種子を手に入れたのである。
▼昨日行ったその場所とは、今月のはじめの「ヒガンバナ「自然結実」観察オフin播磨!! 」で行ったところだった。
観察オフ終えたあと中間のまとめとして次のように言っていた。
 まだまだ途中段階であるが次のようなことが言えるだろうと思う。

(1) どこでも「自然結実」ヒガンバナは観察できる!!
  それは、想像以上に「自然結実」の頻度は高いということを意味する!!

(2) 「自然結実」観察には今が最も適している!!

(3) 「自然結実」の頻度は、環境、その他によって異なる!!

(4) 完熟までにはもう少し時間が必要!!

(5) 完熟した種子が発芽(発根)するかは、次なるstepだ!!

その「完熟」のときが来たのである。
しかし、少しちがう!!少しばかり軌道修正の必要性を感じていた。
▼そもそもの「ふしぎ!?」のはじまりはこうだ。
・あんなきれいで豪華な花をいっぱい咲かせるのにひとつも実や種子をつくらないのは「ふしぎ!?」だ。
・日本のヒガンバナは3倍体で種子をつくらない。分球によってのみ殖える!!。ほんとうだろうか?
日本全土(秋田、岩手以南に)に広がっていったのにほんとうにそれだけだろうか。やっぱり「ふしぎ!?」だ。
日本のヒガンバナが種子をつくらないことをはじめて指摘したのはあの牧野富太郎だそうだ。
それでもこれまでに多くの人が結実させて種子を手に入れることに挑戦していた。
(詳しくは『ヒガンバナの民俗・文化誌(Ⅱ)』栗田子郎 参照)
私はこれまでに「自然結実」した種子を手に入れ、ヒガンバナ実生に成功しているお二人の方を知っていた。
その様子の画像も見せてもらっていた。
▼それならば、私にもみつけることができるのではないかと思いだしてもう何年もたっていた。
その思いに拍車をかけた論文が発表された。

◆「ヒガンバナの稔性と発芽について」(瀬戸 良久・武市 早苗・中嶋 克行 神奈川自然誌資料 2011)

私の思いは加速していった。
しかし、私のヒガンバナ実生への道は、まだまだ遠いようだ。
でも少しずつ、少しずつ ゆっくり 急ごう!!

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クモはどのようにして越冬するのか!?(3) #クモ学

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▼昨日(2014/11/12)ちょっとした異変があった。
ゲホウグモ本体についてではない。その「卵のう」周辺にだ。
現在は柿の木に2つの「卵のう」がぶら下がっている。第3、第4「卵のう」である。ふたつとも柿の葉ごと貴奴の糸でくくりつけているので少々の風で飛んでしまわないようだ。
 ちょうど2つの「卵のう」のまん中あたりにあらたに出現したジョロウグモがネットを造ったのだ。
特に第4の周辺には、昨日まで見られなかった糸が見られる。
これは単なる偶然だろうか???
▼ここでもう一度4ヶ月半にわたる貴奴の観察から、貴奴のライフサイクルをみてみる。
母グモ→「卵のう」出産→「卵のう」から子クモの「出のう」→「団居(まどい)」(「蜘蛛の子を散らす」)→子クモたちのバルーニング→…→大人のクモ(母グモ、父グモ)
そうクモは「卵のう」から出てきたときからクモのかたち(八本足の)をした子グモなんである。
クモは「昆虫」ではない!! 
だから「変態」をしない。ライフステージごとに姿・かたちを変えることはないのだ。
▼では、どのライフステージで冬をむかえることがいちばん理にかなっているだろう?
ふつうに考えれば、「卵のう」のなかで冬をむかえるが、エネルギーの消耗も少なくてすみそうだ。
でも、それは観察事実とちがっていた。
夏の「出のう」も、秋の「出のう」もこの眼で確かに見た!!
「卵のう」の産みつけ時期によってちがうとでもいうのだろうか。
事実はもっともっとフレキシブルなものなんだろうか???
 しかし、この第3、第4「卵のう」のなかに確かに受精卵があるかどうかということすら確かめられてはいないのだ。気長に観察を続けるのみである。
▼今朝は、ひときわ寒くなってきた。
思えば貴奴等は元々熱帯に住んでいたのだろう。
それが亜熱帯地域に、そし温帯地域にへと進出してきたのだろう。
ならば、きっと貴奴等のことだそれなりの防寒対策の術を身につけてきているはずだ。
4億年にわたる進化の過程で身につけた「生命をツナグ術」とは???
新参者のポンコツ頭ではなかなかイメージできないものなのかも知れない。

今朝も柿の木の一部になりきった貴奴はへいきな(?)顔をして定位置にいた。

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クモはどのようにして越冬するのか!?(2) #クモ学

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▼私「あれ!?どうしたん?朝方には定位置もどっていたのにまたそんな方向向いてなにしてるん?」
貴奴(ゲホウグモ)「なにや???いちいちうるさいやつやな。」「おまえこそいつもいつもなにしとるんや?」
私「すんません<(_ _)> 見せてもらっているです。」
貴奴「何をや?」
私「どうしてはるんかと?」
貴奴「見たらわかるやろ」
私「それが…???」
私「もしかしたらどっかに行ってしまうではないですよね?」
貴奴「邪魔なんか!?」
私「とんでもない。でも寒くなってきたからどうされるのかと…」
貴奴「…」

留守にした定位置には、糸がこびりつくようにひっついていた。夕方にはその定位置に戻っていた。
▼ほんとうにこのゲホウグモはこれからどうするのだろう?
防寒対策はとっているのだろうか?
そもそも、この柿の木で冬を越すつもりなのかそのことすらわからなかった。
まずは、ここでこのまま越冬することを前提に考えてみることにする。
もっともっと寒くなってくると体が凍ってしまうことになる。
そについてはクモは対策をたてているようだ。前にも調べたがクモにも体組織の凍結開始温度である過冷却点(supercooling point=S CP)があるそうだ。そのSCPはクモの耐寒性のよい指標になるようで、その研究がすすんでいるようだ。(※『クモの生物学』「耐寒性と季節適応」田中一裕)
 そのSCPをコントロールすることで寒さを凌ぐようだ。でも、それだけでは限界があるだろう。
このとき凍結を防ぐのに混じりけない純粋な水の方が凍りにくい。消化管には何もない方がいいのだ。
つまりは「食べない」方がいいのだ!!なんというこの矛盾!!
▼「食べない」と活動のエネルギーはどうするんだろう。
できるだけ省エネで行くのだろうか。
そこで思い出すのがあの驚異のクマムシだ。クマムシは超スゴ技を持っていた。やばくなると樽状にかたまり「乾眠」をするのだった。
 そこまでスゴ技でなくても、これまでさんざんスゴ技を披露してくれたゲホウグモのことだ、きっとなにか凄いこと見せてくれそうな気がする。
 「休眠」「冬眠」ぐらいは…。
▼シロウトが故にああでもない、こうでもないと勝手に想像するのは面白い!!
延原流に「ゲホウグモの身になって、ゲホウグモを見る」は、とっても楽しいもんだ。
いつでも思いついたときに、貴奴に近づいて見るために、脚立を常設した。

その脚立のすぐ近くのヒガンバナの葉のなかに潜んで同じく「冬越し」を思案するやつがいた!!

(つづく)
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クモはどのようにして越冬するのか!? #クモ学

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▼あいかわらず柿の木の一部になりきっている貴奴(ゲホウグモ)が少し位置を変えた。アリガタイ、少しちがった角度から貴奴の姿を見ることができる。背中の凸凹はどう見ても奇妙である。これまで居た場所に白い糸がこびりつくよう着いていた。
 柿の葉はすっかり落ちてしまった。貴奴の「卵のう」が貼り付けてある枯れ葉2枚だけが冷たい風に揺れている。貴奴の丈夫な糸でくくりつけてあるから落ちてこないのだ。
益々寒くなってきた。この後どうするのだろう?
「クモはどのようにして冬を越すのか?」
なかなか興味深いテーマである。しかし、昨年の夏から意識的にクモを見はじめた「クモ学」超初学者の私には難問である。昨年の冬は年末まで辛うじて生き延びたジョロウグモを見ただけだ。「クモは冬になったら死んでしまうもの」という認識だった。
 ほんとうにそうだろうか?
「クモ学」はじめての2度目の冬だ!!
幸いなことに今年は、このゲホウグモがいる。
この一生に一度だけの絶好のチャンスを逃すわけにはいかない。
この謎解きに挑戦してみよう!!
▼とは言っても、私の謎解きはいつも無手勝流だ。
持ち合わせている「私の科学」の方法をあげてみる。
生徒たちと一緒に学んできた【動物の世界】での謎解きの視点2つ
・「個体維持」(食べてウンコをする)
・「種族維持」(仲間をふやす)
だいたいこの2つの視点で見ていくと謎解きの糸口はみつかった。
とりわけ動物の場合は「食べる」が鍵だった。
▼ではそれからはじめてみよう。
このゲホウグモの「これから」にあてはめてみよう。
貴奴は10/21にネットを造って以来観察する限りネットを造っていない。つまりはそれ以来「狩り」をしていないのだから食べてはいないはずだ。
排泄はどうだろう。10/17の夕方、なにかが貴奴の身体から落ちるのを目撃した。
では、貴奴の消化管のなかはどうなっているのだろう?
活動のエネルギーはどのようにして生み出しているのだろう?

久しぶりにクモ散策道をあるいてみた。
久しぶりにナガコガネグモの姿を見た。帰ってから貴奴のライバルのジョロウグモを見た。
貴奴等の冬越しも気がかりではある!!

(つづく)
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【Web更新11/9】14-45 サイエンスコミュニケーター宣言等 更新!!

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棉摘むや 生野峠に 雲流れ 14/11/08 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-45
週末定例更新のお知らせ
 何度も何度も確認してきたはずの事実!!
 どんなにがんばっても過ぎ去ったコトは変えることができない。変えることができるのは「こらから」だけだ。
このアタリマエの事実!! 今週もゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 綿の実
 ずいぶん以前の綿の種を今年久しぶりに蒔いたら、まったダメだった。新しい種を分けていだいて蒔いてもうまくいかなくって、結局は苗を分けていただくことになってしまった。綿ってこんなに育てにくかったかな!?
どこにでも簡単に育つからこそ「綿」ではなかったのかな。
 そんな綿の実が次々と割れていった。棉摘む季節だ!!
 北の空を見上げたら、生野峠に綿のような雲が流れていた。冬は近い!!

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 5つの座標軸を使って、サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」確認作業もひとまず終えることにした。
この作業の目的はあくまで「これから」を考えるためであった。
だからはじまるのは「これから」だ!!

◆【ヒガンバナ情報2014】#higanbana 更新!!
 ヒガンバナ「自然結実」物語は、まだまだ先が見えてこないでいた。どうなっていくだろう?
この一週間でどう展開するのだろう!?
それは私にもまったくわかっていなかった。だから面白い!!

◆「クモ学」のすすめ #クモ学 更新!!
 ゲホウグモの「これから」も同じだった。初の「観察記録」になるかも知れない。
こまめな観察だけは怠らないようにしておこう。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 いよいよ、今週末には始めての試み

●【提案】2014/11/15(土)第一回オフライン「寅の日」!! #traday

 である。どんな展開になるのか楽しみだ!!
たったひとりでも今回は実施しますので、時間があればぜひ!! 

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サイエンスコミュニケーター宣言(353)

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▼大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから32週目だった。
今年「あこがれの4日間」をむかえたのは6つある。そのうち最も多くの種子を手に入れることができたのは第4大賀ハスだった。(11個の種子)
 その果托は観察池からはみ出し、花茎にぶら下がっていた。花茎はもちろん枯れてしまっていた。
しかし、冷たい北風にねじれながらも耐えていた。
いったいどこまで…?それも観察してみようと思った。
▼午前中は東の畑を久しぶりに耕し、午後(と言うより夕方)は、楽しみにしていたファラデーラボのかがくカフェにでかけた。

◆かがくカフェ 左巻健男氏講演会

後の「懇親会」も含めて6時間近くたっぷりと左巻さんのお話しを聞くことができた。
実に面白かった!!
 情報は交叉するところに生まれる!!
はホントだと思った。
▼今進めている「現在地」確認作業に重ねてお話を聞かせてもらった。
いくつかのあらたな「情報」「課題」が生まれた。
・ならば「ホンモノの科学」とは?
・現代理科教材発展史「カルメ(ラ)焼き」の可能性
等々である。
▼なかでも第5の座標軸

(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

に関して示唆的な話をいくつも聞けた。
これはアリガタイ!!深謝。
 私などにとっては、とても仰々しい座標軸だ。
しかし、今、もっとも興味深い作業であることも確かだ。
誰もが、それぞれの立場から「私の科学」が、どこからやってきたかを明らかにすることは、「これから」を考えるとき必須の作業である。
 私のこの作業は、はじまったばかりだ。
ゆっくり ゆっくり急ごう!!

とりあえず今回の「現在地」確認作業についてはここまでとしておこうと思う。


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サイエンスコミュニケーター宣言(352)

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▼立冬。
季節はずれのタンポポの綿毛が冷たい北風に今まさに飛ばされようとしていた。
「ヒガンバナ「自然結実」観察オフin播磨」から今日で一週間だ。
昨日も夢前のその場所に行って見た。ヒガンバナ「自然結実」物語も少し軌道修正が必要なのかも知れないと思いだした。膨らんだ子房部から顔を出すのは黒い完熟した「種子」を想定していた。
どうもそう簡単な話ではなさそうだ。完熟を前に萎れだす花茎が続出だ。
早々に顔を出したのは、まだ白く黒くはなっていないものもある。
もちろん「完熟」したものがまったくないわけではないが…。
▼刻々と季節は動いていた。
5つの座標軸を用いての「現在地」確認作業も長くなってきている。少し急ごう!!
第4の座標軸はこうだ。

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!

ポンコツにしては少し大袈裟すぎる座標軸だ。
  ここでの「あらたな」は「更新」を意味する。
話は唐突だが、あのナイロン袋のなかでエサなしで261日間生き続けたコウガイビル!!
そのコウガイビルが教えてくれた。
「更新」とは、自らをつくり変える営み。生きていることそのものだ。
▼私自身の日々の「更新」の現況を確認してみる。
・blog更新
・Twitter、Facebook更新
・Web更新
・【理科の部屋】5
・各種ML
等々 
 それは何も目新しいことなどなにひとつない。
しかし、そこにこそ「あらたな」ものが生まれてくるとかたく信じている。
▼私にとっての「原点」があった。

 (^o^)/ あなたもここで情報発信者に\(^o^)   
 情報は、発信されるところに集まる。
 あなたがノックされるところがドアです。
 時空を超えて響きあい・学びあい・高めあう世界を

21年前にはじまった【理科の部屋】への「呼びかけ」のコトバである。
「原点」は変わらない。

情報は発信するところに集まる!!
情報は交叉するところに生まれる!!

今日、ひとつの「交叉」の機会がある。
何が生まれるだろう。楽しみである。

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サイエンスコミュニケーター宣言(351)

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▼やっぱりそうだ!!
昼間じっと柿の木の一部となったゲホウグモも、夕方になると脚を浮かして動いていた。
帰宅して、すぐその姿を写真に撮った(2014/11/06 16:38)。
それから2時間あまり後、再び写真を撮った(18:48)。夜遅くにはもう元の態勢になっていた。
「何をしているのだろう!?」

「ミミズの身になってミミズをみる」は故延原肇先生の生きもの謎解きの流儀だった!!
えらくナットクの流儀だった。
少し真似てみよう。
「ゲホウグモの身になってゲホウグモをみる」をやってみる。
・じっと同じ態勢をとっているのも疲れる!!少しは身体を動かさねば…
・冬は近い!!私の寿命もあと…
・あわよくばあのみごとなネットを造り、狩りを…
・体内ものすべて排出して「冬仕度」を…
・…
▼「現在地」確認の作業をつづける。
理科の授業づくりを考えるとき、どんな実験・観察を授業に持ち込むかは授業を成否を決定づけた。
どの教科でもそれは言えるかも知れないが、とりわけ理科においては大きなウエイトを占めていた。
私の理科教材に対する考えを
◆新・私の教材試論
として少しずつまとめて行っていた。この作業もまた途中になっていた。
まだまだ継続していくつもりである。
▼特に現在定番中の定番となっている実験・観察の「歴史」に興味があった。
そのルーツを追い、「発展史」を明らかにすることは、これからの教材開発の大きなヒントとなるだろう。
そう思って始めたのが「現代理科教材発展史」だった。
◆現代理科教材発展史「スライム」
がそのひとつだった。
 まだ、その準備段階にあるのが
◆現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」
だった。
 ゆっくり 急ごう!!
▼教材にも「不易流行」があった。
教材の「不易」とは?
教材の「流行」とは?
教材の材料、情報の入手方法もずいぶん様変わりしてきた。
とても「便利」になったとも言えるし、一方ではもっとも「大切なもの」を置き去りにしていっているという危惧を抱かないわけではない。
 これからの「教材開発」をも視野に入れた私に可能な試みをこれからも継続していこうと思う。
 
ゲホウグモも気になるが、「自然結実」の可能性をもったヒガンバナの今も気になっいた。
庭の定点観測地ヒガンバナの花茎も萎ればったり倒れていた。
これからどうなるだろう?
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サイエンスコミュニケーター宣言(350)

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▼毎日の「雲見」をした。
特別になにかめずらしい雲があるわけでない、ごくふつうの毎日の「雲見」だ。
ここにも私にはアタリマエ「ふしぎ!?」があった。
あの高いところの雲が氷の粒(氷晶)でできているなんて理屈でわかっていても
やっぱり「ふしぎ!?」だ!!
▼生徒たちにも、等身大の私の「ふしぎ!?」あった。
私は、それを単元の授業にツナギタイ!!
と思った。もちろん「ふしぎ!?」の謎解きが全面的に解決することなんてほとんどなかった。
それは不可能とも言える。
そうではなくて自分の「ふしぎ!?」が、各単元の学習とツナガッテイルことを認識しておいて欲しかったのである。
 そう認識できる「カリキュラム」の検討こそが急務なのであろう。
▼「ふしぎ!?」謎解きに最も有効な「高いレベルの科学」は、授業(サイエンスコミュニケーションの現場)から生まれると信じている。けっしてどこからか突然とやってくるものではない。
だからこそ授業実践の記録化が大切なんだろうと思う。
「カリキュラム実践的検討」とはそんな意味だ。
▼拙いひとつの試みをはじめている。
Webテキスト「天気の変化」の可能性
の追求である。遅々たる歩みで、まだまだ先は見えてこない。
しかし、歩みはとめないでおこうと思う。

アタリマエの「ふしぎ!?」を持続させながら今日も「雲見」を…。

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サイエンスコミュニケーター宣言(349)

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▼ヒガンバナの「ふしぎ!?」の謎解きも、実に単純な「ふしぎ!?」からはじまっていた。
「みごとな花が咲いているのに葉が見えないのは?」
「こんなりっぱな花を咲かせるのに実ができないのはどうして?」
「どうして増えるのだろう?」等である。
 謎解きはまだ紆余曲折していた。「自然結実」観察オフで得た確信もまた少し揺らぎ始めていた。
一昨日雨あがりに観察に行ってみると、少し残念なものを見た。
それは、せっかく子房部が膨らんでいるにもかかわらず花茎が萎れ倒れてしまっているものだったり、すでにそこから「種子」が飛びだした後のようなものを見たのである。
「自然結実」の可能性あるものをみつけたから、即「完熟」した種子を手に入れたわけではなかった。
そこに越えなければならないハードルがあった!!
▼「現在地」確認作業の方も少し急ごう。
第三の座標軸は

(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!

である。
 小中一貫が叫ばれるなかあえて「中学校」にこだわるのは別にそれを異議を唱えようというのではない。
それは、単に私が「中学校」現場にしかいなかったからである。
どうしても等身大に語ろうと思うと、こうなってくるのである。
▼私は、授業実践DBのなかに、
◆等身大の私の「ふしぎ!?」
からはじめて
◆卒業論文2題
いたるまでの「授業の記録」を残している。
実践録とよぶには少し恥ずかしい、拙い歩みの記録である。
まだ更新はつづけるつもりである。
▼私にとって、実践の記録とはどんな意味をもつものだろう?
そう考えたときいつも思い出す中村敏弘先生の言葉がある。

 

『もうひとつ、記録を書くことと、思想性を高めることを統一して行う仕事がある。それは、自分の認識の変化を書くことである。子どもの認識をどのように変えようと思って、自分の認識がどのように変わったか-自分が先生になった時から、どういうことがあったからどう変わったか、自分の記録を書くことである。
 実践を検討したり、批判したりするもと(基準)は、教師としての生活であり、それがこうすることによって、はっきりさせることができるのである。』
(『教育実践検討サークル~創造する東北の教師たち~』 (中村 敏弘著 国土社 1975.11.5) P423より)

(つづく)


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【Web更新11/2】14-44 サイエンスコミュニケーター宣言等 更新!!

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柿の木や 残りの葉数 数えたり 14/11/02 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-44
週末定例更新のお知らせ
 今年も、あと2ヶ月になった。
 出かけたついでに、システム手帳の来年のリフィルを購入した。そしたらなんか「一日一日を大切にしなれば」という気になってきた。

◆表紙画像集2014  更新 人里の自然シリーズ 柿の木
 あの南方熊楠は、自宅の柿の木に新種の粘菌「ミナカテラ・ロンギフィラ(Minakatella longifila)」を発見した。
ちよっとそれにはおよばないが、私はこの夏、自宅の柿の木に非常にめずらしいクモ、ゲホウグモをみつけた。
毎夜そのみごとなネットを、「店じまい」を見せてもらった。
その柿の木の葉が一枚また一枚と散り始めた。
もう数えるほどになった。

 しかし、ゲホウグモは今朝も柿の木の一部になったままである。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 何度目かの「現在地」確認作業をしている。5つの座標軸のうち、まだ2つが終わったばかりだ。
今週も続けたい。

◆ヒガンバナ情報2014 更新!!
 「自然結実」観察オフで作業仮説にかなりの確信が出てきた。
しかし、まだ「完熟」の結果は出ていなかった。まだまだ引き続いての観察が必要なようだ。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 初のオフライン「寅の日」まで、あと10日あまりになった。
どんな展開になるだろう。楽しみでもある。o(^o^)o ワクワク
 
◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 貴奴(ゲホウグモ)とはじめて出会ってから、ついに4ヶ月がすぎた。
なんと一年の1/3は貴奴とつき合っていることになる。
もうそれだけででも驚きである。さて、この後は…???

 

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本日(2014/11/03)、第80回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼先日からの雨風でついにゲホウグモの「卵のう」のひとつが落ちてしまった。
4つの「卵のう」があるうちのいちばん先につくった「卵のう」である。
じっくりと観察してみるとやはり「黄色い毛糸」が表面にあった。これはなんなのだろう。
夏の「赤い毛糸」とどこがちがうのだろう。
ここから「出のう」した子蜘蛛たちは目撃していなかった。見逃しただけなんだろうか?
まだまだ未解決の「ふしぎ!?」はいっぱいあった。
クモひとつでもこうだ。
 「自然」全体などというと、どれほど私の知らないことがあるだろう!?
▼「自然」の謎解きに、「俳句」という「科学の方法」が有効なのではないかと思いだしてからも年月がたとうとしている。
 いったいどうして思いだしたのだろう。今一度、寅彦に聞いてみようと思う。
それが本日のオンライン「寅の日」である。

◆本日(2014/11/03)、第80回オンライン「寅の日」

●『俳句の精神』(青空文庫より)

▼これまでの浅学無知を省みることなく、今さら変なことを言い出したものと自分でも不思議なぐらいである。
なぜなんだろう?
その答えのひとつが、今回の『俳句の精神』のなかにあるように思えた。
今回の文章は寅彦の最晩年(昭和10年10月)に発表されている。それも頭において読むと、響いてくることも少しちがうかも知れない。
「一 俳句の成立と必然性」
「二 俳句の精神とその修得の反応」
に分かれていて、まず「俳句とは」から語られている。

「春雨」「秋風」というような言葉は、日本人にとっては決して単なる気象学上の術語ではなくて、それぞれ莫大(ばくだい)な空間と時間との間に広がる無限の事象とそれにつながる人間の肉体ならびに精神の活動の種々相を極度に圧縮し、煎(せん)じ詰めたエッセンスである。またそれらの言葉を耳に聞き目に見ることによって、その中に圧縮された内容を一度に呼び出し、出現させる呪文(じゅもん)の役目をつとめるものである。そういう意味での「象徴」なのである。

 話が少し横道にそれてしまったが、ここで言わんとしたことは、俳句が最短の詩形であるがために、その語彙(ごい)の中に連想と暗示の極度な圧縮が必要であるということ、それからまたそういう圧縮が可能となるための基礎条件として日本人のような特異な自然観が必要であること、なおその上に環境条件として古来の短詩形の伝習によって圧縮が完成され、そうしてできあがった語彙の象徴的効力がそれぞれに分化限定されたこと、それらの条件が具備して、そこではじめて俳句という世界に類のない詩が成立したということである。

「日本人のような特異な自然観」と言われると、ちょっと仰々しい話になってしまう。
そこを「私の自然観」と読みかえてみると、少し身近に引き寄せることができるかも知れないと思いながら読んだ。
▼それは次の文章においても同様である。

前に述べたように俳句というものの成立の基礎条件になるものが日本人固有の自然観の特異性であるとすると、俳句の精神というのも畢竟(ひっきょう)はこの特異な自然観の詩的表現以外の何物でもあり得ないかと思われて来る。

そして「俳句のすすめ」とつながっていく。
 俳句の修業はその過程としてまず自然に対する観察力の練磨(れんま)を要求する。俳句をはじめるまではさっぱり気づかずにいた自然界の美しさがいったん俳句に入門するとまるで暗やみから一度に飛び出してでも来たかのように眼前に展開される。今までどうしてこれに気がつかなかったか不思議に思われるのである。これが修業の第一課である。しかし自然の美しさを観察し自覚しただけでは句はできない。次にはその眼前の景物の中からその焦点となり象徴となるべきものを選択し抽出することが必要である。これはもはや外側に向けた目だけではできない仕事である。自己と外界との有機的関係を内省することによって始めて可能になる。

「自然」の謎解きをする「自然科学」と「俳句」。私にはなにか深く関係しているように思えてならないのだが。
まだまだ、道は遠い!!

いよいよ次回は、第一回オフライン「寅の日」と重ねて実施である。
どうなるだろう。

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ヒガンバナ「自然結実」観察オフin播磨!! #higanbana

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▼植え替えから31週目の大賀ハス観察池にも雨が降っていた。
この雨に躊躇しないわけではなかった。しかし、我が家のあのゲホウグモを見てもらうことを計画に入れていたので「待った」なしだった。
 ヒガンバナ「自然結実」観察オフin播磨を決行した。前回「ヒガンバナ観察オフin播磨」に引き続き 筒井さんとふたりだけのオフだったが実に実り多き楽しいものとなった。
 出発点は前回と同じく市川町「せせらぎの湯」とした。待ち合わせの時間より少しはやく着いた私はまわりをぶらついて見た。さっそく「せせらぎの湯」の前の田の畦を見て唖然とした。
 そこに、ごくごくアタリマエにそれを見たのである。
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▼最初に向かったのは安富町だった。
そこは昨年の11/13に完熟した種子をはじめて手に入れた田の畦である。その畦で次々と完熟資種子を手に入れた。「今年も…」と何度も観察に行っていたが、昨年度うってかわってビカンバナ自体があまり咲かなかった、葉もあまり繁っていなかった。雨に濡れた「遅れん坊」ヒガンバナがひとつ咲いていた。
なぜだろう。「ふしぎ!?」だ。
 ひとりだとここまでなんだが、二人だとちょっと違った。昨年度もとなりの田にはそれはまったく見られないと観察していたのだが、昨日は念のためと、となりの田の畦をていねいに見て回った。
あった!!これまたアタリマエのように今なお立つ花茎がありその先には…。
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▼次に昨年度までの定点観察地、ヒガンバナスポットである夢前町に向かった。
ここでは次々と数え切れないぐらいの「自然結実」しているヒガンバナをみつけることができた。
一ヶ所でみつけるとその側を流れる溝、小川をたどっていくとそこにはごくごくアタリマエに…。
雨に濡れた葉のなかに凛として立つ花茎は神々しくも見えた。
ひとつを試しに割ってみた。
なかにはまだ真っ白な球が、黒く完熟するまでにはまだ少し時間が必要だった。
▼次に我が家の「驚異のゲホウグモ」を見てもらうため自宅に向かった。
ゲホウグモの柿の木の下のヒガンバナにも、「自然結実」しようとするものが2個あった。
毎日のヒガンバナ散策道の「自然結実」も見てもらった。
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せせらぎの湯にもどり長い長い昼食のあと、最後に向かったのは神河町猪篠の棚田だった。
いつも感心するのだが、ここでは田畑の管理がとても行き届いているのだ。
畦の草刈りもほんとこまめにされている。ヒガンバナの葉も先の方が枯れたようなものが見られた。
きっとヒガンバナが咲いた後にも、もう一度草刈りをされたのだろう。
子房部が少しふくらみかけた花茎も刈り倒されていた。
棚田のここでは無理かと諦めかけていた。
その時だ、これを最後にと見た石垣のそばのヒガンバナにそれを見たのだ!!
ここにもやっぱりあったのだ!!
幸いなことに朝方まで降っていた雨は、観察しているとき一切降らなかった。だから傘をさしての観察を覚悟していたが、それは一切なかった。だから、写真撮影も自由にできた。
市川町→安富町→夢前町→福崎町→神河町と巡る観察では、どこでも「自然結実」するヒガンバナを確認することができた。
 まだまだ途中段階であるが次のようなことが言えるだろうと思う。

(1) どこでも「自然結実」ヒガンバナは観察できる!!
  それは、想像以上に「自然結実」の頻度は高いということを意味する!!

(2) 「自然結実」観察には今が最も適している!!

(3) 「自然結実」の頻度は、環境、その他によって異なる!!

(4) 完熟までにはもう少し時間が必要!!

(5) 完熟した種子が発芽(発根)するかは、次なるstepだ!!

ヒガンバナ「自然結実」発見物語はまだまだ続く!!

それにしても、実に面白い観察オフであった。深謝。

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サイエンスコミュニケーター宣言(348)

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▼ついに11月だ!!
家の前の柿の木は、先日の木枯らしでつけている葉の数をめっぽう減らしていた。
朱く熟した柿がかろうじてぶら下がっていた。そして4つの貴奴の「卵のう」が…
その下の方の部分に柿の枝の一部に変身した貴奴(ゲホウグモ)がかたまっていた。貴奴のみごとなネットをはじめて見たのは7月のはじめだった。もうそれから4ヶ月が経とうとしている。
 今朝も起きるなり見に行った。雨の中であるが貴奴はそのままいた。
今日の観察オフでは、貴奴の姿も見てもらおうと思う。
▼「現在地」確認作業も少し急ごう。第2の座標軸に行く。

(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。

この「サイエンスコミュニケーター宣言」を2011年4月にはじめた。
それで、これまで以上に意識することがあった。
「情報は発信するところに集まる!!」は、かつて私たちの合い言葉だった。それは今も続いている!!
これに加えて「情報は交叉するところに生まれる!!」を意識しはじめたのだ。
▼異質なものと思われているものもこ交流し交叉すると、そこにまったく新しいものが生まれる。
「私の科学」の場合も同様だと思った。
2011年・2012年と続けて参加した(見せてもらうだけだったが)サイエンスイベントがあった。
サイエンスアゴラである。
2013年は【理科の部屋】20周年記念オフが近かったので参加しなかった。
サイエンスアゴラでいろんな「私の科学」と出会うことができた。それが楽しかった!!
まったく考えたことのなかった「私の科学」もあった。
同感!!と感じるものもあったし、妙に違和感を感じることもあった。
そこから、「これから」も大いに学んだ。
サイエンスアゴラ2014も近いようだ。今年もオンラインだけの参加になりそうだが楽しみである。
▼11月と言えば【理科の部屋】誕生月だ。
いろんなイベントごとが盛りだくさんの月でもある。
今年の11月は今回がはじめての企画を計画している。

◆2014/11/15(土)第一回オフライン「寅の日」!! #traday

無謀きわまりない計画である。
しかし、第一回目がなければ第二回、第三回とつづきようがない。
思い切って一歩を踏み出してみることにした。
ともかく第一回目だけは決行しますので、思いつき参加大歓迎です。姫路駅から30秒です!!

雨がさらにはげしく降ってきた。しかし
こちらも決行!!しようと思う。
ヒガンバナ「自然結実」観察オフin播磨 !!!

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