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サイエンスコミュニケーター宣言(351)

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▼やっぱりそうだ!!
昼間じっと柿の木の一部となったゲホウグモも、夕方になると脚を浮かして動いていた。
帰宅して、すぐその姿を写真に撮った(2014/11/06 16:38)。
それから2時間あまり後、再び写真を撮った(18:48)。夜遅くにはもう元の態勢になっていた。
「何をしているのだろう!?」

「ミミズの身になってミミズをみる」は故延原肇先生の生きもの謎解きの流儀だった!!
えらくナットクの流儀だった。
少し真似てみよう。
「ゲホウグモの身になってゲホウグモをみる」をやってみる。
・じっと同じ態勢をとっているのも疲れる!!少しは身体を動かさねば…
・冬は近い!!私の寿命もあと…
・あわよくばあのみごとなネットを造り、狩りを…
・体内ものすべて排出して「冬仕度」を…
・…
▼「現在地」確認の作業をつづける。
理科の授業づくりを考えるとき、どんな実験・観察を授業に持ち込むかは授業を成否を決定づけた。
どの教科でもそれは言えるかも知れないが、とりわけ理科においては大きなウエイトを占めていた。
私の理科教材に対する考えを
◆新・私の教材試論
として少しずつまとめて行っていた。この作業もまた途中になっていた。
まだまだ継続していくつもりである。
▼特に現在定番中の定番となっている実験・観察の「歴史」に興味があった。
そのルーツを追い、「発展史」を明らかにすることは、これからの教材開発の大きなヒントとなるだろう。
そう思って始めたのが「現代理科教材発展史」だった。
◆現代理科教材発展史「スライム」
がそのひとつだった。
 まだ、その準備段階にあるのが
◆現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」
だった。
 ゆっくり 急ごう!!
▼教材にも「不易流行」があった。
教材の「不易」とは?
教材の「流行」とは?
教材の材料、情報の入手方法もずいぶん様変わりしてきた。
とても「便利」になったとも言えるし、一方ではもっとも「大切なもの」を置き去りにしていっているという危惧を抱かないわけではない。
 これからの「教材開発」をも視野に入れた私に可能な試みをこれからも継続していこうと思う。
 
ゲホウグモも気になるが、「自然結実」の可能性をもったヒガンバナの今も気になっいた。
庭の定点観測地ヒガンバナの花茎も萎ればったり倒れていた。
これからどうなるだろう?
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