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サイエンスコミュニケーター宣言(347)

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▼もうそう驚きはしなかった!!
しかし、感動はじわりじわりと膨らんでいった!!
明日のヒガンバナ「自然結実」観察オフの下見に、昨年定点観測地のひとつとしていた場所に行ってみた。
ごくごくアタリマエに、子房部がふくらんだ花茎がいくつも立っていた。
「予想以上にヒガンバナ「自然結実」の頻度は高いのでは」という作業仮説は確信が出てきた。
感動である!!
 ヒガンバナ「自然結実」発見物語のシナリオは少しずつ変わろうとしていた。さらに明日の観察オフで大きく変わるかも知れない。
楽しみである!!
▼かくのごとく「私の科学」のはじまりは、「観察」「実験」からはじまっていた。
「観察」「実験」して得た事実を記録する。
そして「作業仮説」をたてる。
なにごとにもシロウトであるが故に、専門的な「こなだわり」はない。まったく異質なもの、異次元なものと思われることも大胆にツナゲタ。
 間違っていることも多々あるだろう。
間違いに気づけば軌道修正をすればいい。その展開も面白い!!
もともと「科学」の歴史なんて、「失敗」「軌道修正」の連続であったのでは…。
オンライン「寅の日」で読んだ『雑感』のなかで、寅彦がエールを送ってくれていた。

 科学教育の根本は知識を授けるよりもむしろそういう科学魂の鼓吹にあると思われる。しかしこれを鼓吹するには何よりも教育者自身が科学者である事が必要である。先生自身が自然探究に対する熱愛をもっていれば、それは自然に生徒に伝染しないはずはない。実例の力はあらゆる言詞より強いからである。

 すべての小学校、中学校の先生が皆立派な科学者でなければならないという事を望むのは無理である。実行不可能である。しかしそんな必要は少しもない。ただ先生自身が本当に自然研究に対する熱があって、そうして誤魔化さない正直な態度で、生徒と共に根気よく自然と取込み合うという気があれば十分である。先生の知識は必ずしもそれほど広い必要はない。いわゆる頭の良い必要はない。

間違いを教えたとしてもそれはそれほど恥ずべき事ではない。また生徒の害にもならない。科学の歴史は一面から見れば間違いの歴史である。間違える事なしには研究は進められない。誤魔化さないことだけが必要である。

▼「理科教師は「科学者」か?」
古くて新しい命題である。
その答えのひとつがここにある。
 この命題に対する私自身の答えは少し曖昧である。
ある面では「科学者」であるべきだと思っているし、「科学者」願望があることも事実だ。
しかし…。
今、一方でもっと確信を持って言えることがある。
それは、すべての理科教師は、「理科授業」というサイエンスコミュケーション最前線の場にいる。
間違いのない事実だ。
だから

理科教師こそ、最前線のサイエンスコミュニケーターだ!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(346)

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▼「小春日和」というのはこんな天気を言うのだろうか。
冷い北風は少しゆるんでいた。おだやかな天気だ!!
雲のない「雲見」が続いていた。夕方になると少し様子が違ってきた。それまでは、高い青空を飛ぶ飛行機の機体が確認できていた。やがて、少し飛行機雲を残すようになってきた。
 少し雲の種類も増えてきた。天気は少しずつくずれていくのだろうか。
「雲見」のうたを歌い、「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」と何度か唱えながら明日の天気を予報する。
これが「私の科学」の方法だった。
▼そもそも、この「私の科学」とはなんだろう?
なんとも漠然とした言い方だ。
これまで遍歴してきた「○○の科学」の集積したもの、未来に可能性を託したもの。

「私の科学」≒「常民の科学」+「等身大の科学」+「高いレベルの科学」+…+…

誰もが自分固有の「私の科学」を持っている。
自分以外の人の「私の科学」に出会うことは、とても楽しいことであり、自分自身の「私の科学」をより深く広く豊かにしてくれる。
▼私は、今、手作り名刺の肩書きに「サイエンスコミュニケーター」と書いている。
その名刺を使うことは滅多になくなってきたが、ときたま名刺交換をする。
初対面の人は、まあ挨拶がわりという意味もあるのだろう、きまってこの質問が出てくる。
「へー、…サイエンスコミュニケーターってどんなことやっておられるのですか?」
「…」
私も、きまって即答を躊躇する。
「まあ、今は理科の授業づくりに関係するようなことを…」
と少し茶を濁したように答える。
ほんとうは
「サイエンスコミュニケーションの場の創出に関係するようなことならなんでも…」
と、かっこつけて言ってみたいが、それは当面できそうにない。
▼では、その「私の科学」と「サイエンスコミュニケーター」とどう関係するのだろうか。
そこがいちばんの問題である。
サイエンスコミュニケーションの場で交流されるの中心は「私の科学」でなければならない。
どこか別のところにある「科学」を持ってきて、一方通行で伝えられるのはサイエンスコミュニケーションではない。
それは単なる講習会であり、伝達の会である。(もちろんそれを全面否定するつもりなどさらさらない。むしろ、そのような会も絶対に必要だと思っている。)

「私の科学」の特徴と可能性についてもう少し考え続けてみよう。

(つづく)
 


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サイエンスコミュニケーター宣言(345)

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▼昨日(2014/10/28)も、続けて空は高く、北風は冷たかった。
深まる秋というより、冬の到来という気配である。
そんななかでも、貴奴(ゲホウグモ)は柿の木の一部になりきったままである。
死んではいないはずだ、それが証拠に夕方になると脚を浮かしたりしているので。
いったいいつまでこうしているつもりなんだろう。
 これに加えてゲホウグモの4つの「卵のう」もそのままであった。
特に注目したのは第4「卵のう」だ。「卵のう」を貼り付かせた柿の木の葉はすっかり枯れ葉になっている。「卵のう」の一部の糸だけでかろうじてぶら下がっている。
 西日があたり少し透けて見える。なかに少し黒ずんだモノが見えるのはよく目というものだろうか。
▼10月は、今日も含めてもあと3日だ。
年のせいだろうか、このごろよく「あれ?なにをしていたかな?」とか
捜し物を捜しているときなども「何を捜していたのだったかな?」と思うことがある。
昔からそんな傾向があったが、特にこのごろその頻度が高まったような気がする。
「現在地」を見失ってしまうのである。
 こんときは
 サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」確認のため5つの座標軸をひっぱり出してくる。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
▼ひとつずつ順番に「現在地」を確認してみようと思う。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
「科学」を楽しむことの「現在地」ということになるだろうか。
さらに具体的にいうなら
・クモ学のすすめ
・ヒガンバナ情報2014
などがそれに相当するのだろうか。
渦中にあるときにはなかなか渦のかたちや方向が見えてこないものである。
ときには、渦の外から概観する必要もあるのかも知れない。
▼「○○の科学」遍歴の後、辿り着いた究極は「私の科学」であった。
だからと言って「私の科学」は到達点ではなかった。
それは日々変化し、ふくらみ豊かにしていきたい「めざしたい」ものだ。
「私の科学」にも、「科学の方法」があった。
それを再吟味するところからはじめてみようと思う。


東の畑の綿がはじけて白い綿がふくらんでいた。
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コヒガンバナの種子を手に入れた。\(^o^)/ #higanbana

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▼寒い!!
いっきょにつめたい北風が強く吹いてきた。
天気図を見ると、なんと「西高東低」!!気象台は「木枯らし1号」を発表した。
それにもめげず我がゲホウグモは、柿の木の枝の一部になって居た。
その下には「自然結実」の可能性をもつヒガンバナの花茎が立っていた。
▼先日の日曜日、尼崎の「日曜会」に参加した。
いつもポンコツ頭にはいっきょに納まりきらないほどたくさんの授業情報を「おすそ分け」してもらえるありがたい会だ。情報もさることながら、ここでいつもめずらしいモノの「おすそ分け」をしてもらえるのがうれしい。
 今回は特に私にとっては最高にうれしいものをYさんから分けていただいた。
あのコヒガンバナの種子である。
 Yさんの近くにはその群落があるらしい。
▼コヒガンバナと言えば、ちょうど2ヶ月前に宇治の植物園に遅まきながらと観察に行ったあれである。
ふつうの日本のヒガンバナは3倍体である。
しかしコヒガンバナはキツネノカミソリと同じ2倍体である。だから自然結実し種子ができるのはアタリマエ!!
とは言うものの私は、まだそれを種子から育てことがなかった。
キツネノカミソリでやっと昨年はじめて「発芽(発根)」させたばかりだった。
手元でゆっくり見てみるといくつかのことに気がついた。
まず最初の印象は実が大きいということだ。3つの部分に分かれて脹らんでいた。
種子そのもの大きさは、キツネノカミソリの種子や、昨年手に入れて「自然結実」したヒガンバナの種子とかわらなかった。
▼さあ、これであらたなミッションのはじまりである。
2倍体のコヒガンバナであるかぎり発芽(発根)させ、育苗してあの花を咲かせるコヒガンバナにまで育てることができるはずだ。それに挑戦してみよう!!

昨日も「自然結実」の可能性をもつヒガンバナの観察に出かけた。
そんな眼で見るせいだろか。ヒガンバナの子房部のふくらみも少し3つにわかれているようなものもあるように見えてくるから「ふしぎ!?」だ。
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【Web更新10/26】14-43 オンライン「寅の日」等 更新!!

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誰盛るや 野地蔵碗の 赤まんま 14/10/25 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-43
週末定例更新
 「情報は、発信するところに集まる」
それは、昔、私たちの合い言葉だった。ここたてつづけにそれを実感するできごとが身のまわりに起こった。
「やっぱりそうなんだ。」と実感しナットクした。
 自らの等身大情報を発信しつづけることこそ、時代を超えた最も有効な情報収集術なのである。
さあ、今週も…

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 赤まんま(イヌタデ)
 これほどなじみのある草花も少ない。
 今、野道をあるけば道端にごくごくアタリマエにように見かける草である。
花の赤もきわめて地味な赤である。近づいてみると小さな花が咲いていた。
なぜかうれしくなってしまった。 
 地蔵さんの前の小さなお茶碗に山盛り赤まんまがついであった。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 思いつきのようにしてはじめたこの取り組みも、はや2年半の年月が経とうとしている。
12日ごとに巡って来る「寅の日」も、ごくアタリマエの日常になりつつある。
 この11月には、初の試みオフライン「寅の日」にも挑戦する。
いまのところどのような展開になるか私にもわからない。時間の都合がつきそうな方はぜひ…。

◆現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」 更新!!
 気ままな思いつき更新だ。
 でも、それができるところがWebの最大の強みかも知れない。

◆クモ学のすすめ #クモ学 更新!!
 ゲホウグモはまだ、柿の木の一部になったままだ。
 子蜘蛛か出た来なかった「卵のう」もそのままだ。
 大きく成長したジョロウグモをそこかしこに見かけるようになった。
クモ学初学者の「クモ学のすすめ」もこのあとどんな展開なるのかはまったく未知である。

◆ヒガンバナ情報2014 更新!!
 今週末にはヒガンバナ観察オフ第2弾~「自然結実」を求めて~を実施する予定である。
楽しみである。
 それまでに「自然結実」の可能性をもったあのヒガンバナはどこまで成長するだろう。o(^o^)o ワクワク

さあ、ゆっくり 急ごう!!

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進化した『回路カード』は面白い!!

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▼大賀ハス観察池の葉に緑を残したものはすっかりなくなった。
葉は外にはみ出して、風でどこかに飛んでいってしまうか、池の水に浸かり朽ちてゆくのみだった。
52週目まであまり変化はないだろう。
 ゛ても私は定例観察を続ける!!昨日は蓮根の植え替えから30週目であった。
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▼午後はファラデーラボに出かけた。
あの『回路カード』の講習会があったからだ。

◆【講習会】「回路カード」を使った電磁気分野の実験

着いたときに、すでに遠方よりお客さんもみえてはじまっていた。
不器用な私は少しはやめに『回路カード』づくりからはじめさせてもらった。
▼まず驚いたのは、以前に教えていたものからずいぶん進化したことだ。
(1) きれいになった!!
(2) 可能な実験のバリエーションがふえた!!

  特に今回、すごいと思ったのは「エルステッドの実験」「ローレンツ力の実験」だ。
  これで、電流回路→電気の仕事→電流と磁界と、中学校「電気の学習」すべての実験を網羅することになる。
これはすごい!!
このことは『回路カード』の可能性を大きくふくらませることになるだろう。
▼『回路カード』の面白いところは、これまで一斉学習で理科室での実験ではなかなかカーバーできなかった点を補ってくれる可能性があるところだ。
 個々の生徒のスピードに合わせて「電気」の実験を楽しむことができるところだ。
 ゆっくりと「右ねじの法則」「フレミング左手の法則」を理解しながら、自分の手元でそれを実験によって確かめることができるのだ。
もうひとつこれは面白いと思ったことがある。
(3) 電気だけにかきらず「科学」の世界への案内カードになっている!!
 カードの表にさりげなく次の言葉が印刷されていた。
「実験することは 何かに気づくことでありたい」と。
裏面の印刷もいい!!
「観察・実験は安全第一」が大きく!!
「科学的な方法」のプロセスがくわしく!!

制作者の思いがより伝わってくるカードに進化していた。 
進化した『回路カード』は面白い!! 

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現代理科教材発展史-「究極のクリップモーター」考(その2)

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▼昨日は一日中、雲のない「雲見」だった。
秋晴れ!!とはこんなのを言うのだろうと思いながら何度も青空をながめた。
青空とひとくちに言っても、場所(方向)・時間帯によって微妙にちがっていた。もちろん季節によってもちがうだろう。
 不朽の「ふしぎ!?」『青空はなぜ青いの!?』
自問自答しながら眺めているとなんとなく楽しくなってきた。
▼現代理科教材発展史-「究極のクリップモーター」考をつづける。
今回「歴史」をあらためてふり返っていていちばん興味深かったのは、そもそもの「はじまり」のところだった。
多くの人のお世話にながら、元祖「クリップモータ」の情報を手に入れることができた。深謝!!
それは『理科ノート3』(編集発行 理科教育研究会 72.7.9発刊)p38-39に記載されていた。
・「簡単なモーターの作り方」西陵商(商業科) 町田 達朗 
である。
いくつかの発見があった。
 このときは、最初から磁石をセットしておくのでなく磁石を近づけてまわすという提案だったようだ。
以下のように書かれていた。

5.コイルに磁石N,Sを近づけると回り出す。
   (図略)
   但し、N,又はS極一方がなしでもよい。非常に簡単に作れ、モーターの原理がよくわかる

 そしてネーミングもちがっていた。この段階では「簡単なモーター」だった。
▼この高校の授業実践から生まれた「簡単なモーター」が、全国の理科室に広まっていくのにそう時間はかからなかったようだ。
どうしてだろう?
それはなによりこのモーターが「簡単なモーター」だったからだ。
ここに定番化した実験のルーツをさぐる意味がある。
すぐれた教材は「簡単」でなければならない!!
原理・原則がむきだしの方が、よくわかるのである!!
ややもするとより手の込んだ実験の方が、すばらしい教材のように思われがちだが、事実は逆である。
▼これからやりたいことがいくつかある。
・ひとつは、さらなるルーツを探ること。
・さらなる「究極のクリップモーター」を追求すること。
である。
 そして、なによりもやりたいことは、すべての中学生(小学生、大人にも)にあの「回った!!回った!!」の感動体験をしてもらうことだ。

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現代理科教材発展史-「究極のクリップモーター」考(その1)

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▼昨日帰宅してから陽が落ちるまでに急いで、「自然結実」の可能性をもつヒガンバナの現状確認のため歩いてみた。観察の度に、その可能性のあるものの数は増えていた。
必ず「あるもの」だと思ってその気になって探すとけっこうみつかるものだ!!
もうその数は10個を上回るようになった。その場所は川沿いにあった。
倒れた花茎が、川面につきだしているものもある。これではせっかく結実しても、川にはまってしまう。
そんな花茎の一本を切り取ってキツネノカミソリの場合と同様にペットボトルで水栽培することにした。
これで、「自然結実」のようすをより身近にリアルタイムに観察できる!!
▼それにしても長い!!
このヒガンバナの「ふしぎ!?」を意識的に追いはじめてからの年月だ。
よく飽きないものだと自分でも呆れてしまうほどの長さだ。
同じように長く長くこだわっているものがいくつかある。
「究極のクリップモーター」もそのひとつだ。
「究極の」タイプが生まれて今年でちょうど30年になる。それを記念して
◆現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」
もまとめだしたが、それも途中で保留状態していた。
 ちょっとした機会があるのでここまでのところをまとめてみようと思う。
▼そもそもなぜ、今や教科書、各種実験書等で定番化したこの実験にこだわるのか。
その話からはじめよう。
・定番化した実験・観察には必ずそれなりの「歴史」がある。
・そのルーツをたどることは、これからの実験開発のヒントになる。
・すぐれた実験は授業のなかで生まれ、授業実践を通して進化していくものである。
・授業の流れの必然性から生まれる。はじめに「授業」ありき!!
・そこにすぐれた教材の法則=3K1Aの法則(感動・簡単・きれい&安全)の典型がある。
▼すでに時系列にもならべていた。
もう一度引っぱり出してきてならべてみよう。

●1972年(昭和47) 『理科ノート3』(編集発行 理科教育研究会 72.7.9発刊)「簡単なモーターの作り方」(P28~29 町田 達朗)

●1975年(昭和50) 『理科教室』(vol.18 1975年4月号p34~38) 楽しい理科工作『クリップモーター』 川勝 博

●1984年(昭和59) 台なしクリップモーター(楠田)(後に『究極クリップモーター』)はじまる。

●1986年(昭和61) 物理教育国際会議(東京)で愛知物理サークルが紹介

●1988年(昭和63) 『いきいき物理わくわく実験』(愛知・岐阜物理サークル編著 新生出版 1988.5.15)「クリップモーター」(林熙・飯田)( P208~209) 

●1988年(昭和63) 科教協全国研究大会大会(北海道・札幌市)「実験・観察物づくり分科会」で「『究極のクリップモーター』づくり」を発表。『究極のクリップモーター』命名!!(1988年11月臨時増刊号『理科教室』)

●1998年(平成10) 『たのしくわかる物理実験事典』(左巻健男/滝川洋二=編著 東京書籍 1998.9.17)「究極のクリップモーター~最もシンプルなクリップモーター~」(楠田 純一 P361~363) 

●2002年(平成14) 『おもしろ実験・ものづくり事典』(左巻健男・内村浩編著 東京書籍 2002.2.28)「究極のクリップモーター~だれにでも簡単に回せるから「科学」だ~」(楠田純一 P217~219)

(つづく)

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どこまでも続く驚異のゲホウグモ!! #クモ学

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▼恐るべしゲホウグモ!!
貴奴がまたしてもあのみごとなネットを造った!!
台風19号のやって来る前10/12~13にネットを張って以来ずっとネットを張っていなかった。
昼も夜も、あのポーズで柿の木の一部になりきったままだった。
もうこのまま冬をむかえてしまうか、それとも消えてしまうのかと思っていた。
ところが10/21の夕方から9日ぶり動きはじめたのだ。
その動きはまったく衰えてはいなかった。またたく間にあの芸術作品をつくりあげてしまった。
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▼貴奴には2つの強敵がいた。
ひとつはあのジョロウグモだ。
貴奴が残していた「橋糸」をみごとに利用し、自らの重層的なネットをつくりあげたジョロウグモ!!
かつて貴奴(ゲホウグモ)がネットをつくっていた空間は完全にジョロウグモが占拠してしまったように見えた。
ジョロウグモのネットもなかなかすごかった。一匹のジョロウグモだけがネットを張っているのではなかった。
そのジョロウグモのネットを利用して、小さなクモたち(ジョロウグモと関係は?)がいくつ小さなネットをつくっていた。そこはまるでジョロウグモコロニーのようになっていた。
その上を貴奴はいったのだ!!
今度は、逆にジョロウグモの「橋糸」の先を利用して、ジョロウグモコロニーの上の空間にあのみごとなネットを造り上げたのである。
驚きのゲホウグモ!!
▼もうひとつの敵は、気温だった。
台風通過後気温はどんどん下がっていった。日が照っている昼間こそなんとかしのげても朝晩はきびしい!!
耐寒はこれからの最大の敵だ。
生きものにとって温度が下がることほど致命的なことはない。生命の営みの「化学変化」が劇的に低下するのであるから。
 クモにも体組織の凍結開始温度である過冷却点(supercooling point=SCP)があるそうだ。そのSCPはクモの耐寒性のよい指標になるようで、その研究がすすんでいるようだ。(※『クモの生物学』「耐寒性と季節適応」田中一裕)
 ゲホウグモの場合はどうなんだろう?
それがぜひ知りたいものだ。
「動物の世界」の学習では、「個体維持」と「種族維持」というふたつことを軸に展開してきた。
そして、動物の「ふしぎ!?」謎解きの第一の鍵は「食べる」だと思ってきた。
その原点にもどり、ゲホウグモの「これから」を考えみたい。
ひょっとしたら
・ナイロン袋のなかでエサなしで261日間生き続けたコウガイビル
・ピンチになると「乾眠」というスゴ技をもつクマムシ
などに匹敵する生きものの「ふしぎ!?」に出会えるかも知れない。

昨日のゲホウグモは、北風がつめたいなか再びあのポーズで、柿の木の一部になっていた。
「橋糸」は残したままにしていた。
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本日(2014/10/22)、第79回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼これらを見て、ここから黒く輝く種子が出てくる「自然結実」を予想することはそれほど荒唐無稽な妄想とは思われなかった。ましては、昨年度次から次と「自然結実」を目撃し、実際に「種子」を採集した身としては当然の期待だった。
 こんな状態に子房部がふくらんできたものを少なくとも7個以上同じ場所でみつけた。
なんとそれは、かつてヒガンバナ散策として毎日歩いていた道端である。
やっぱりそうだった。
最大の「ふしぎ!?」は最も身近にある!!
だった。それにしてもなぜそれに今まで気づかなかったのだろう。
ここならその気になれば毎日観察できる。
▼本日(2014/10/22)は、第79回オンライン「寅の日」だった。
10月のテーマは、
「自然」を表現する!!
その方法のひとつとしての「俳句」に注目していた。

◆第79回オンライン「寅の日」

●『俳諧の本質的概論』(青空文庫より)

▼正直に語るところからはじめよう。
「なんで、こんな難解な文章をテキストを選んだだろう?」
昨日から、少しずつ読んでいて思う正直な感想だった。
常識程度の知識も私にはなかった。「俳句」と「俳諧」のちがいすら明確には知らなかった。
浅学無知を省みないで意志だけがあった。
「俳句」という名の「科学の方法」について少しでも知りたい!!
それだけだ。
 そんな私にも響いてくる文をみつけた。

「風雅の誠をせめよ」というは、私(わたくし)を去った止水明鏡の心をもって物の実相本情に観入し、松のことは松に、竹のことは竹に聞いて、いわゆる格物致知の認識の大道から自然に誠意正心の門に入ることをすすめたものとも見られるのである。この点で風雅の精神は一面においてはまた自然科学の精神にも通うところがあると言わなければならない。

▼かろうじてでも「ナルホド!!」と思えるところをさがす。
前回のつづきということもあって「季語」「季題」のことにふれたところが響いてきた。
季題の中でも天文や時候に関するものはとにかく、地理や人事、動物、植物に関するものは、時を決定すると同時にまた空間を暗示的に決定する役目をつとめる。少なくもそれを決定すべき潜在能をもっている。それで俳句の作者はこれら季題の一つを提供するだけで、共同作者たる読者の連想の網目の一つの結び目を捕えることになる。しかしこの結び目に連絡する糸の数は無限にたくさんある。そのうちで特にある一つの糸を力強く振動させるためには、もう一つの結び目をつかまえて来て、二つの結び目の間に張られた弦線を弾じなければならない。すなわち「不易」なる網目の一断面を摘出してそこに「流行」の相を示さなけれ ばならない。これを弾ずる原動力は句の「はたらき」であり「勢い」でなければならない。

それにしても、今の私には難解であった。
いくつかのキーワードが出てきた。
・俳諧連句
・風雅
・モンタージュ技法
・不易流行
・本情
等々。どうも道は遠そうだ。
「ゆっくり歩む者は遠くへ行く」のことばをはげみに ゆっくり ゆっくり 歩み続けてみよう。
 
 

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2014年11月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼秋晴れが続いたと思っていたら、一転して雨が降ってきた。
雨もつめたくなっていた。
その雨がおちる前に川べりを少しだけ歩いてみた。
川縁にあのミゾソバがいっばい咲いていた。かわいい金平糖のような花が大好きだ。
川縁は両岸ともそれが帯のようになっていた。
▼もう10月も20日をすぎて、もうすぐ11月だ。
11月は【理科の部屋】誕生の月だ。昨年2O周年記念オフをやったから、今年は21周年ということになる!!
 それにちなんで、オンライン「寅の日」のテーマもそれに関係するものにしたい。
そこで11月のテーマを
・「科学」を伝える!!
としたい。11月は3回ある。

■2014年11月オンライン「寅の日」
◆第80回オンライン「寅の日」…11/03(月)
◆第81回オンライン「寅の日」…11/15(土)
◆第82回オンライン「寅の日」…11/27(木)

▼10月のテーマは、「自然」を表現する!!だった。
その続きとして、第80回は、どうしてもこの機会に読んでみたかった。『俳句の精神』をとりあげる。
第81回は、伝える「科学」とは何なのか。今一度根っこのところから考えてみたいと思い、『科学者とあたま』をとりあげる。
 第82回は、「科学」を伝える手段として、もっともオーソドックスな文章(テキスト)にして伝えるという方法がある。これはこれからの時代においても最も有効な手段でありつづけるだろう。
そこで『科学と文学』で、寅彦はどう語っているのだろう?これを読み解きたい。
なお『科学と文学』は長文であり、それを一回で済ましてしまうのは「もったいない」という気がするので、今回を初回として何回かに分けてやってみたい。これはあらためて12月提案のときに再提案したい。

■2014年11月オンライン「寅の日」

◆第80回オンライン「寅の日」…11/03(月)『俳句の精神』(青空文庫より)

◆第81回オンライン「寅の日」…11/15(土)『科学者とあたま』(青空文庫より)

◆第82回オンライン「寅の日」…11/27(木)『科学と文学』(青空文庫より)

▼11月オンライン「寅の日」で特別にぜひとも提案をしておきたいのは
◆第81回オンライン「寅の日」である。
  これは、はじめての試み

◆2014/11/15(土)第一回オフライン「寅の日」!! #traday

とかねているのだ。
 はじめての試みだから、どんな展開になるのかも私にはわからない。
しかし、考えてみると「寅の日」の本義とは、このオフライン「寅の日」の方にあるのかも知れないと思ったりするのです。
 実際に顔を合わして「私の科学」を語り合う。寅彦のことはちょっと横に置いてでも「科学」にまつわる四方山話を語り合う。「寅の日」は本来そんな趣旨だった。
 「寅彦なんてあまり読んだことないな」という人も、この機会にぜひぜひ…。
ぶらりと立ち寄ってみてください。
 

 

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【Web更新10/19】14-42 「クモ学」のすすめ #クモ学等 更新!!

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秋晴や 銀の馬車道 黄金色 14/10/18 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-42
週末定例更新のお知らせ
 いつも無手勝流の私にも、ひとつだけ心がけている策があった。
「誰にでもできることを誰もやらないぐらい繰り返す」
というものだった。
 書き綴って来たblogもほぼ毎日更新するようになってもうすぐ7年になる。

「blogも集まればデーターベースになる!!」

である。今ではこのDBが何をするにしてもなくてはならないものになってきた。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ セイタカアワダチソウ
やいてい かつて姫路港(飾磨)と生野銀山とを結ぶ「銀の馬車道」があったという。その「銀の馬車道」が活躍していたころには、まだこのセイタカアワダチソウは日本に入ってきていなかったのだろうか。
 昨日、一昨日とこのうえ秋晴の日が続いた。前の田の土手のセイタカアワダチソウの黄色がまばゆく輝いていた。

◆「クモ学」のすすめ 更新!! 
 たった一週間のあいだにも庭のゲホウグモにいろんなことがおきた。
「ゲホウグモ物語」はまだまだ終わりそうにない。
 2013年のこのblogから、コガネグモの「狩り」に偶然に出会ってから「クモの世界」に興味をもっていく様子を記録したエントリーをピックアップして貼りつけてみた。
 自分で書いたものながら、読み返してみるとけっこう面白かった!!

◆ヒガンバナ情報2014 更新!!
 こちらは、「自然結実」に興味が移っていた。
あたらしい一週間でなにをみるだろう。これもまた楽しみである。o(^o^)o ワクワク

さあ新しい一週間、ゆっくり ゆっくり 急ごう!! 


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庭のヒガンバナも「自然結実」か!? #higanbana

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▼空は高く秋晴れの一日だった。
最近強く思うことがある。それは
最大の「ふしぎ!?」は、最も身近にある!!
ということだ。
そして思い出すのである。あのウイリアム・ブレイクの詩を。

To see a World in a Grain of Sand
And a Heaven in a Wild Flower,
Hold Infinity in the palm of your hand
And Eternity in an hour.
一粒の砂に世界を
一輪の野の花に天界を見る
あなたの手のひらに無限を
ひとときに久遠をとらえる

▼これこそが無手勝流の私の「科学の方法」でもあった。
大賀ハスの定例観察日だった。蓮根の植え替えから25週目だった。
枯れた葉が観察池に浸かっていた。観察池は妙に澄んで見えた。
夏の間はあんなに濁っていたのに。濁りは生命活動の証明でもあった。
あの生命たちは、どうしたのだろう!?越冬の準備に入ったのだろうか。
観察池の「宇宙」にも季節は移り変わっているようだ。
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▼もうひとつの定点観測地を見た。
柿の木の下のヒガンバナ定点観測地である。
ヒガンバナは「葉の季節」にシフトとすると同時に、花茎したが枯れ倒れていた。
あらためて倒れた花茎も含めて、その先端をじっくり観察して見た。
。よくよく見ると、子房部が脹らんできているものがあるではないか!!
ひょっとしたら「自然結実」が可能かも知れない。
現に昨年度はここから黒く結実した種子を採集したのだから…。今年も!!の期待がふくらむ。
▼そんな小さな観察で一喜一憂する私を、あいかわらず柿の木の枝の一部になりきったままのゲホウグモが観察しているようだった。(貴奴は生きている、17日の夕方一瞬動く姿を目撃した。態勢を取り直すような行動をした。そのときなにかが落下した!!排泄物、それとも??)
半径数メートルの世界!!
それが私のフィールドだった。
そこにもたくさんの未解決「ふしぎ!?」があった。

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今年もヒガンバナの「自然結実」を見ることができるだろうか!? #higanbana

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▼昨日もほぼ一週間ぶりにその場所に行って見た。
その場所とは昨年度11/13に「自然結実」ヒガンバナを発見した場所だ。その田の畦では、その後次々と「自然結実」した種子を手に入れることができた。
 これで安定して「自然結実」ヒガンバナの種子を手に入れことができると喜んでいた。今年が楽しみだった。
ところが様子がちがうのである。今回で今年4度目だが、どうも昨年と様子がまったくちがう。
まず、そもそもヒガンバナの花そのものがそんなに多数咲いていなかった。
「葉の季節」に入っても葉もあまり繁ってはいなかった。
かろうじて立っている花茎の先を見ても、それらしい気配のものはなかった。
遅れん坊ヒガンバナがさみしく咲いていた!!
▼なぜなんだろう?
昨年度は幻を見ていたのか。そんなわけはなかった。
画像でも撮っておいているし、手に入れた「種子」(「種子」もどきかも知れないが)も保存している!!
だからまちがいない事実だ。
ではどうして今年はこうなんだろう?
大先輩の尊敬するF先生が先日興味深いことをおしゃっていた。
「生物は種の保存が危機のとき、異変をきたす」と。
あそこのヒガンバナがピンチだったのだろうか?
だから「自然結実」して種を残そうとしたのだろうか?
そのピンチとは何だったのだろう?
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▼そんなこと考えながら、その場を立ち去ろうとしたときだ。
またしても、とんでもない偶然に出くわしてしまった。こんな偶然って起こるものなんだ!!
これは、今年のゲホウグモとの出会いに匹敵するぐらいの幸運な偶然である。
S先生に出会ったのだ。
S先生は、この地域の歴史・文化・自然なんでもあらゆることを最もよく知っておられる方だ。
昨年度もここで「自然結実」みつけたときも連絡とってみようかなと思っていた。
現役時代もずいぶんお世話になってきた。
そんなS先生に、ここでお会いするとは…!!
「こんなとこでなにしょてんや?」に答えてこれまでのいきさつをお話しした。
さっそくいろんなことを教えてくれたった。
この田んぼの所有者、この土地の歴史等々こと細かく教えていただいた。
ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追っていることは以前に知ってもらっていたので話ははやかった。
S先生はさらに興味深いことをおしゃった。
「うん!それなら私も見たことあるな。球根で殖えると思っていたので気にもとめなかったが…」
「ちょっと一緒にさがしてみいひんか?」と誘ってまでくださった。
そんなチャンスをのがすわけにはいかなかった。
S先生の畑の近くへ連れて行ってもろた。
そしたら、一発でその可能性をもつものをみつけることができたのだ。
意図も簡単に!!
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▼このラッキーな偶然に気をよくして帰路についた。
途中、昨年度までの観察スポットにも立ち寄ってみた。
なんとなんと、そこにも「自然結実」の可能性をもつ花茎をいくつみつけたのだ。
少し怯んでいた仮説が蘇ってきた!!

ヒガンバナは想像以上の頻度で「自然結実」している!!


11/1(土)にも、この「自然結実」に焦点をあてたヒガンバナ観察オフを実施する予定だ。
今、「自然結実」の可能性をもつ花茎をみつけるのにもっともふさわしい季節になってきた。
全国からそんな報告が届けば、面白い展開になるだろうな。
さあ、今日も歩いてみよう!!


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ゲホウグモVSジョロウグモ!! #クモ学

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▼どうしてこうなってしまったのだろう。
自分でもよくわかっていなかった。
私の「クモばっかり病」は重篤化の一途をたどるばかりだ。(^^ゞポリポリ
きっと貴奴(ゲホウグモ)との偶然の出会いがはじまりだろう。
まして、このクモがめったお目にかかれないめずらしいクモだということになれば、なおさらである。
今回の観察が人生で最初で最後の観察になる可能性が高い。
そう考えると、どのひとつの事実も見逃したくない!!
そんな気になってくるのである。
▼ゲホウグモは、台風19号の過ぎ去った後、昼も夜も柿の木の一部に変身したまま微動だにしない。
ほんとうに生きているのだろうか。
突っついてみたくなるが、その勇気はない。
どこかに移動してしまってそのまま見失ったりしたら…と考えると。
もう少しこのまま観察を続けてみよう。
一方、柿の木のてっぺんの「団居」はまだつづいている。
子蜘蛛たちの数は少し減っている気がするが。
こちらももう一度「蜘蛛の子を散らす」の観察してみたい誘惑にかられるがやめておこう。
ありのままの観察を続けよう。
▼残しておいた「橋糸」を利用してのジョロウグモのネットの占拠は続く。
ジョロウグモの活動は昼も夜も続いていた。
このジョロウグモよく観察してみると脚の本数が足りない。
なにがあったのだろう。「戦い」の痕跡だろうか。誰と…???
この柿の木にはすぐ確認できるだけでも5匹ぐらいのジョロウグモがネットを張っている。
ジョロウグモの場合はゲホウグモのように一日一日ネットの「店じまい」をしない。
次々とネットを張り重層化していって城を築くような感じで「空間」わ占拠していく。
同じ「円網」と言っても、あのゲホウグモのような芸術作品ではなかった。
▼この後、ゲホウグモVSジョロウグモのネットをめぐる争いはどうなるのだろう。
そんな争いは元々なくて私の勝手な妄想だろうか。
クモ学初学者の私にはまだわからない。
ただただ「観察」あるのみだ。
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「クモばっかり病」から生まれる「ゲホウグモ物語」まだまだ続きそうだ。
「クモ学」こそ道楽科学の真骨頂である!!そんな気すらしてくるのだった。

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子蜘蛛たちは早くもバルーニングか!? #クモ学

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▼台風通過後の空は高かった。
気温も急激に低下していた。深まり行く秋!!
そしてやがて冬が…。
貴奴(ゲホウグモ)とのつき合いもほんと長くなった。
まったくの偶然の出会いがかくも長く続くとは最初はまったく想像していなかったのに。
▼昨日の観察では、この高くなった空を子蜘蛛たちの幾匹かがめざしているように見えた。
子蜘蛛たちの「バルーニング」である!!
私は、クモたちの「バルーニング」をはじめて知ったときとても驚いた。
あのクモが飛行するなんて!?
翼もない貴奴等が大空を飛ぶなんて、やっぽどの偶然の出来事でそのほとんどはフィクションではないか
と疑った。
でも今はちがう。
この数ヶ月のあいだにクモのスゴ技をさんざん見せてもらってきて、今は「それぐらいのことやるだろうな」
と受け入れることができる。 夏の「バルーニング」は一挙に列をなしてやったという印象があるが、今回はどうもちがう。まだ「団居」にいるのも多数のようだ。まばらに柿の木の枝の先端にのぼり高い空へ旅立とうとしているように見える。
▼高い空をめざしどこへ行こうと言うのだろう。
もとの「ふしぎ!?」にもどる。
今が「バルーニング」の機とどうして知るのだろう。上昇気流をどのように感知するのだろう。
それも糸を流してみてやるのだろうか?
考えてみるとゲホウグモの「ふしぎ!?」を保留にしたままだった。
・「卵のう」のまわりの赤い糸は何?
・秋の黄色い糸と赤い糸とのちがいは何?
・「団居」(まどい)はなんのため?
・雄ゲホウグモの姿は?
・ゲホウグモの寿命は?
等々だ。
▼新たな「ふしぎ!?」も、ここ数日で出てきた。
台風の前から残しておいた「橋糸」は、ほぼ完全にジョロウグモに占拠されてしまった。
貴奴はあいかわらず柿の木の枝の一部になったまま動かない。
逆襲はしないのか?
あらたな橋糸を流すことはしないのか?
クモたちは「縄張り争い」をしないのか?
これまでは、クモの世界では「時間」「空間」の住み分けができていると思っていた。
でも今回はどうもちがうようだ。
はたしてこの後どう展開するのだろう???

多数の子蜘蛛たちは、夜の「団居」のなかで眠りについているようだった。
大空の夢でもみているのだろうか?
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台風と驚異のゲホウグモ!! #クモ学

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▼台風一過みごとな青空がというわけではなかった。
急に冷たい風が吹いていた。
台風が通過しているときも貴奴(ゲホウグモ)のずっと心配だった。
「暴風雨で吹き飛ばされてしまうのでは」と気がかりで何度か見に行った。
しかし、貴奴は柿の木の一部になり切ったままかたまっていた。
昨日の夕方もまだその姿勢をくずしていなかった。
やっぱり貴奴はすごかった!!驚異のゲホウグモ!!
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▼すごいと思ったことはまだあった。
いちばん気になっていた第4「卵のう」だ。「卵のう」のまわりの糸だけでぶらさがるかたちになっていたので、きっと飛ばされてしまうだろうと思っていた。
昨日朝一番に確認したのがこれだった。
朝、でかける前で慌ただしかったのでじっくり見ていなかったこともあるが、柿の木の上にはみつけることができなかった。しかし。
 夕方じっくりよく見ているとあった!!
辛うじて枯れ枝にぶらさがっていたのだ。糸の丈夫さには驚くばかりだ。
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▼驚くべきことはまだあった。
これがきわめつけだった。それは第2「卵のう」(産卵の瞬間を目撃した「卵のう」)で起こっていた!!
4つの「卵のう」の無事を確認して安心して観察を終えようとしたときだった。
第2「卵のう」の周囲になにか黒い粒々を見たのだ!!
まさか!?
と思った。脚立の上に立って近づいてみた。
まちがいない!!子蜘蛛たちの「団居」(まどい)である!!
なんと「出のう」したのだ!!
無精卵ではと疑っていたがそうではなかった。
ということは近くに雄のゲホウグモもいたことになる。
そう言えば、夏の赤い糸の「卵のう」から「出のう」したのも、台風一過のあとだったような。
これは単なる偶然か!?
▼ゲホウグモの糸の強さということでは、もうひとつ驚くべきことがあった。
それは、柿の木と車のあいだに張った「橋糸」は台風が近づく前からそのまま残していた。
その「橋糸」は、昨日もまだそのままになっていた。
驚いたのは、その「橋糸」を利用してとなりに居をかまえていたジョロウグモがネットをつくりはじめたのである!!ジョロウグモの籠城作戦は夜になっても停まらなかった。
ゲホウグモはついには昨夜は自分のネットをつくることはなかった。
あの柿の木の枝に「同化」したままだった。
この後は…???

 

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【お薦め本】『空の図鑑』(武田康男 写真・監修 KADOKAWA)

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▼昨日も朝からいつもの定点観測地に何度も立ち「雲見」を繰り返していた。
台風が近づいて来る空の「雲見」はにぎやかだった。次々と顔ぶれが変わっていった。
雲の流れる方向も刻々と変わっているようだった。
「衛星画像」や「レーダー・ナウキャスト」等と重ねあわせて見ていると、いつもの「雲見」がよりリアルになっていった。
▼そんな「雲見」の面白さ、有効性を教えてくれた武田康男さんが新しい本を出された。
 さっそく手に入れ、より台風が近づいた昨日の午後部屋にこもり読ませてもらった。

■『空の図鑑』(武田康男 写真・監修 KADOKAWA 2014.10.10)

実に面白かった!!美しかった!!
これは使えると思った!!
『自分で天気を予報きる本』(武田 康男著 中経出版)とともに携帯しておいて、「雲見」のとも として最適だと思った。
▼武田康男さんの著書には、いつものことながら教えられるところが多々ある。
今回も多すぎて書ききれない。
例によって3つのお薦めポイントにしぼってみる。

(1) 常時携帯に便利なポケットに入る手帳サイズ!!

 今回の本の特徴は何と言ってもこれである。いつも携帯しておいて、「雲見」のともとするためには、このサイズが最高だ。サイズだけでない表紙も常時携帯を想定して丈夫なナイロンカバーになっている。
「空の探検」ことならば地球上のどこでも出かけてしまうアクティブな武田さんらしい発想だ。

(2) いつも「天気の変化」と関連づけて語られている!!

 いつものことながら一枚一枚の写真はとても美しい!!
一枚一枚に武田さんの「思い入れ」があった。そして、いつも「天気の変化」と関連づけて説明されていた。
それはこの本のきれいな帯のフレーズが語っていた。
「空の名前がわかる 天気が読める」!!

(3) 「雲見」だけでなく「空見」のとも になる。!!

およそ空で起こることのすべてがこの本に出ていた。
ポケットサイズになったからと言って、けっして省略されたことがあるわけではなかった。
ほんとすべてが語られていた。
第2章「光」、第3章「霧」、第4章「四季の降水」第5章「空の色」第6章「空から見た空」
こうして見るとわかるが武田さんらしい切り口で「空」のすべてが語られていた。
私は特に「霧」だけで一章とるところが気に入った!!

▼「雲見」「空見」「宇宙見物」を楽しまなければ、人生の半分を損をした気になる。
「空の展覧会」は年中無休だ!!
最高の「雲見」「空見」のとも!! のこの一冊をどこへ出かけるときも常時携帯しておこうと思う。

台風一過の空が明けてきた。
武田さんに教えてもらった「一日でいちばんきれいな空」の見頃だ!!
 

 


 

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【Web更新10/12】14-41 「クモ学」のすすめ #クモ学 等 更新!!

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幾度目も はじめてのかな 杜鵑草 14/10/11 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-41
週末定例更新のお知らせ
 台風19号が接近している。二週続けて同じような週の幕開けである。
本日(2014/10/13)の夕方には直撃に近いかたちで最接近するだろう。
さて実際は…
 今週もできるだけ「リアルタイムな等身大情報」発信をこころがけよう。

◆表紙画像集2014 更新!! 人里の自然シリーズ 杜鵑草(ホトトギス)
 ヒガンバナの定点観測地のある庭先は例年に増して荒れ放題にしている。それはあのゲホウグモがその上の柿の木に住みついたからだ。へたに庭の雑草を刈ってしまったりして環境の変化をさせてしまうのを恐れたからだ。雑草まみれにしておくことによって貴奴(ゲホウグモ)の獲物の虫たちがたくさんいることになるのではと思ったのである。素人の浅知恵である。そんな雑草のなかから、今年も杜鵑草が顔を出し咲いた。
 毎年その場所に咲くのに、その花を見るたびに「はじめて」見るような感動があるのはどうしてだろう。

◆「クモ学」のすすめ 更新!!
 2014/10/12から今朝にかけてもゲホウグモはあのみごとなネットをつくっていた。
少し雨がふりはじめたので、早めに「店じまい」はしていたが。
 ほんとうは、2013年度の記録を貼りつけたいと思っていたが、今も進行中のゲホウグモを観察するので手一杯になってしまった。
 さて今回の台風でどんな展開なるだろう?

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 自然を観察するときの「科学の方法」のひとつとして「俳句」を位置づけたい。
素人のたわごとにすぎないのかも知れない。
でも歩みはとめないでおこう。
 提案中の「第一回オフライン「寅の日」への反応が今のところない。少し残念だ!!
でもやります!!

雨が降り始めた!!

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台風と「雲見」とゲホウグモ!! #クモ学

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▼昨日は秋祭り宵宮であった。今日が本宮である。
大賀ハス蓮根の植え替えから28週目の定例観察日でもあった。今年度最高に種子を回収することができた第3大賀ハスの果托が観察池からはみ出して倒れていた。
 それをながめているとこいつの「あこがれの4日間」を思い出すのである。
▼年がら年中定例的に意識して観察をづけているものがいくつかあった。
大賀ハス、ヒガンバナ、今新たに加えようとしているクモたち等である。
そして忘れてならないのが「雲見」だ。
「大気の物理実験室」にくらしていてこの観察をはずしたら、人生の大損失だ!!
台風が近づいてきている。
誰かが教えてくれた「台風のときは雲の展覧会だ。」と。
もちろん防災、減災の意味からもこの「雲見」をやりたいものだ。
▼「雲見」とあわせてぜひ見ておきたいものがある。
それは気象庁から出ている台風情報だ!!

◆気象庁『台風第19号関連情報』

TV・新聞やネットの天気予報の情報もわかりやすくていい。
もろちん私もそれを大いに利用させてもらっている。しかし、その情報の元情報の発信地はここにあるのだ。
せっかく自分でもこの元情報に常時ツナゲルのだから、これも利用させてもらわない手はないだろう。
ここの情報を自分なりにカスタマイズして利用するのがおすすめである。
たとえば
・「雲見」とリアルタイムの「レーダー・ナウキャスト」「高解像度降水ナウキャスト 」を重ねてみる。
・「雲見」とリアルタイムの「衛星画像」を重ねてみる。
そうすることによって「雲見」はにわかにリアリティをもってくるのである。
見えない大気の動きが可視化されてくるのである!!
▼台風の接近ですごく気になることがある。
それは貴奴(ゲホウグモ)のことだ。一昨日みごとな「隠れ身の術」を披露してくれたその場所にはすでに居なかった。一日かけてさがしてやっと夕方その場所をみつけた。もっとすごい場所に居た。
 4つの「卵のう」が心配である。第4「卵のう」をつけている葉などすでに枝から離れ「卵のう」を包む糸だけでぶらさがっているだけだ。はたして暴風雨に耐えられるだろうか。
 驚異のゲホウグモだから、ひょっとしたらすでに台風対策をたてているのかも知れない。
「雲見」とあわせて観察させてもらおうと思う。
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驚異のゲホウグモ!!この姿を見よ!! #クモ学

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▼昨日は朝からいささか興奮気味だった。
「赤い月」の興奮がまださめやらぬのに、それに勝るとも劣らぬモノを見てしまったのだ。
これまで散々感動をあたえてくれたゲホウグモである。
早朝はやめに「店じまい」をしたゲホウグモは、柿の木のいちばん手前の枝を切ったところに停まっていた。
夜が明けてもそのままだった。
それはまるで「この姿を見よ!!」と言わんばかりだった。
こんな絶好のチャンスを逃すわけにいかない。私は夢中に写真を撮りまくった。
前から、横から、上から下から…。月食を上回る写真を撮った。
それにしても、なんというスゴ技だ。これはここに停まったことをすでに観察しているからこそわかるのだ。
そうでなければ絶対に気づかないだろう。完全に柿の木に「同化」してしまっていた。
これぞ擬態!!
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▼この姿を遠目には観察していた。
だから伝えたいと思っていた。しかし、コトバで伝えるのには限界があった。
目の前で自分の眼で確認してこそ納得できた。
恐るべしゲホウグモ!!
「外法蜘蛛」(ゲホウグモ)の名前の由来もやっとナルホドとうなづけた。
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▼この驚異のゲホウグモが昨日見せてくれたのはそれにとどまらなかった。
なんと第4の「卵のう」をつくっていたのだ。
これまでの場所からこれまた南の方に寄ってきていた。日当たりもよい場所だ。
黄色い糸が、貴奴がつくったものであることを証明していた。
柿も熟し、柿の葉もやがて枯れて落ちるだろう…。
いったいどんなつもりなんだろう?
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▼あらためてこれまでの3つの「卵のう」を観察してみた。
第3「卵のう」で気づいたのは、「卵のう」を産みつけた柿の葉と枝をつなぐ「安全綱」をつけているように見えた。
この「安全綱」はほんとだろうか?
第2「卵のう」(産卵の瞬間を観察したもの)だけがなかが黒ずんでいるように見えた。
ひょっとしたら、ここから「出のう」????
第1「卵のう」、気づいてからもう一ヶ月を過ぎようとしているが何の変化もない。
この4つの「卵のう」はこの後どうなっていくのだろう。
このなかにほんとうに受精卵が入っているのだろうか?
ひょっとして無精卵???
黄色い糸の謎はまったくわかっていない。
台風が近づいている。
どうするだろう驚異のゲホウグモ???

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本日(2014/10/10)、第78回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨夜は前日の月食観察の疲れからか早い時間からTVを見ながら眠ってしまっていた。
そのためか真夜中に目があいた。
普段起きている時間ではないので、いいチャンスと外に出て柿の木のところへ行ってみた。
少し雨が降ったようだ。それはやんでいた。
貴奴(ゲホウグモ)はきっちりとネットをつくっていた。それも、これまでとはちがった低いところにだ。
そのため、眼前でまじまじとその姿が観察することができた。
目の前で「店じまい」の糸技(いとわざ)も見せてくれた。さらには柿の木に留まった姿まで見せてくれた。
庭は早朝より「まるごとクモ博物館」だった!!
▼一昨日は「まるごとプラネタリウム」!!
毎日が「大気の物理実験室」!!
身のまわりの自然観察とはそんなものかもそんなものかも知れない。

寅彦は言った
「歳時記は日本人の感覚のインデックス(索引)である」
と。
 その「俳句」と「自然観察」について寅彦が書いたものを読み解くのが今回のテーマである。
本日(2014/10/10)は第78回オンライン「寅の日」である。

◆第78回オンライン「寅の日」
●『天文と俳句』(青空文庫より)

▼私はこの文章によってこれまで以上に「俳句」というものに興味がわいてきた。
だから、お薦めのひとつである。
「科学」と「俳句」一見、まったく異なる世界のように思えるが、そこには深いツナガリがあると寅彦は言う。
まず出だしはこうだ。

 俳句季題の分類は普通に時候、天文、地理、人事、動物、植物といふ風になつて居る。此等のうちで後の三つは別として、初めの三つの項目中に於ける各季題の分け方は現代の科學知識から見ると、決して合理的であるとは思はれない。

そして、俳句の生命線「時の決定」を次のように説く。

 季節の感じは俳句の生命であり第一要素である。此れを除去したものは最早俳句ではなくて、それは川柳であるか一種のエピグラムに過ぎない。俳句の内容としての具體的な世界像の構成に要する「時」の要素を決定するものが、此の季題に含まれた時期の指定である。時に無關係な「不易」な眞の宣明のみでは決して俳諧になり得ないのである。「流行」する時の流の中の一つの點を確實に把握して指示しなければ具象的な映像は現はれ得ないのである。
併し、此のやうに、兎も角も表面上では場所の空間の表象を省略することが許されるに拘らず、時の要素の明瞭な表面が絶對必要とされるのは何故か。此れには深い理由があり、此事が又あらゆる文學中で俳句といふものに獨自な地位を決定する根本義とも連關して居ると思はれる。此に就て此處で詳しく述べて居る餘裕はないが、無常な時の流れに浮ぶ現實の世界の中から切り取つた生きた一つの斷面像を、その生きた姿に於て活々と描寫しようといふ本來の目的から、自然に又必然に起つて來る要求の一つが此の「時の決定」であるこ とは、恐らく容易に了解されるであらうと思はれる。
 芭蕉が説いたと云はるゝ不易流行の原理は實はあらゆる藝術に通ずるものであらうと思はれる。

▼この文章の結論が最後にあった。

 要するに此處で所謂「天文」の季題は俳句の第一要素たる「時」を決定すると同時に「天と地の間」の空間を暗示することによつて、或は廣大な景色の描寫となり、或は他の景物の背景となる。

その前に我々理科教育者にとってはきわめて挑発的な文章があった。

古人の句には往々かういふ科學的の眞實を含んだ句があつて、理科教育を受けた今の人のに、そのわりに少ないやうに思はれるのも不思議である。昔の人は文部省流の理科を教はらないで、自分の眼で自然を見たのである。

反駁したい気持ちはあるが、浅学な私には無理である。
せめてこの挑発にのって、
「俳句」こそは、すぐれた自然観察の産物と認め、。
「俳句」をすぐれた「科学の方法」として採用する試みに挑戦してみたい
 
俳句結社「寅の日」は遠い遠い夢物語かも知れない。しかし、歩みはとめないでおこうと思う。

ちなみに「クモ」は手持ちの歳時記では夏の季語だという。
貴奴(ケホウグモ)はいつまでがんばるだろう。


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2014/10/08皆既月食を観た!!撮った!!

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▼昨日は今年最大の天文ショー皆既月食だった。
私は、月食、日食のたびにきわめてアタリマエのことが「ふしぎ!?」でならなかった。
太陽まで1億5千万㎞!!
月まで38万㎞!!
そんな俄にイメージしずらい距離だ。
それが食のはじまりや終わりの時間が秒単位で正確にわかる。
それにひきかえたかだか10㎞までぐらいの「大気の動き」=天気はわからない!!
「ふしぎ!?」だ!!
理科の教師らしからぬ不思議だ。
でもやっぱり「ふしぎ!?」だ!!
▼その天気はかつてないほどに絶好であった。食がはじまってから終わるまでまったく雲ひとつなかった。
月の観察は私にとってめずらしいことでなかった。
ここ数年、基本的には可能な限り毎日その姿を撮っていた。
でもやっばり昨日の月は特別だった。
食がはじまる前の18時10分から、食の終わった後の21時45分まで3時間35分写真を撮りまくった。
なんとその枚数は574枚に達した。
そのわりにまともなものはほとんどなかった。それはそれで満足だった。
私にはその月を観て、撮るということが大切だった。
▼幸い赤い月を観た!!撮った!!
いろいろ撮影条件を変えて月撮影の練習でもあった。
もうひとつ楽しみがあった。ネットにつないでおいてリアルタイムに全国各地で観察された月を見せてもらった。
観察の「おすそ分け」をもらったのである。
これが実に面白かった!!
今日以降もまた報告があるだろう楽しみである。
▼「ふしぎ!?」ですばらしいのは遠くの天文ショーだけでなかった。
38万㎞かなたの月もきれいだが
皆既月食観察後に観た
38㎝目の前のゲホウグモのネットもすばらしかった!!
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ゲホウグモと季節!! #クモ学

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▼昨日(2014/10/07)帰宅したら、前の田の稲刈りが済んでいた。
家の周辺の環境が一変した感じがした。柿の木の下の定点観測地のヒガンバナも萎れ、葉の季節へ向かっていた。あの18号台風以降気温も急低下したように思う。
そんななか貴奴(ゲホウグモ)のことが気がかりだった。帰るなり脚立を出してきて柿の木の頂上近くを見てみた。
居た!!
どう見ても「小さなこぶし」にしか見えない姿で。
西日を受けながらも寒そうでもあった。
▼台風がやって来る前日からもうネットを張っていなかった。
もうあのみごとなネットを見せてくれることはないのだろうか。
少し心配だった。
しかし、ちがっていた。
貴奴は想像以上にたくましかった。
夜には、きっちりとネットをつくっていた。
それでも、以前とくらべて2つばかり違ってきていると感じていた。

(1) ネットづくりの時間帯が違ってきていた。
   以前は、21時にネット完成、翌朝4時過ぎにたたんでいた。
   ネットづくりの時間帯が少し早まっている。たたむ時間も少し早めになっている。もしくはネットをたたまない日   も…
(2) ネットを張ってセンター(こしき)で待ち構える姿も脚を揃え寒そうだ。以前ならば写真を撮ってもまったく動じな  かったが、フラッシュに反応するようになったように思う。昨夜も何度かフラッシュを浴びると柿の木の方へ引   き返してしまった。
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▼気温の低下がゲホウグモになんらかの変化をもたらしているように思った。
それは、考えてみるとアタリマエすぎるほどアタリマエのことだった。
動物としての営みのすべては結局体内の「化学変化」であった。だから温度の低下は即「化学変化」に影響をもたらす。図鑑などではケホウグモの出現期は「6~8月」となっていた。
今はもう10月初旬だ。
気温は夏の盛りに比べれば10℃以上低下していた。「Q10の法則」を持ち出すまでもなく貴奴の体内の「化学変化」は大きく低下しているはずである。
 ではどこまで耐えることができるのだろう?
それが観察の注目点だ!!
▼もうひとつ気がかりなことがあった。
この柿も含めて、柿の木の周辺は今、貴奴のライバル「ジョロウグモ」の天下になろうとしていた。
夏にはいろんな種類のクモが見られたが、秋が深まるに従っていたるところにジョロウグモばかりが目立ちはじめた。貴奴が夜間にネットを張って場所のすぐ近くまでネットを張っていた。
クモたちの「縄張り」争いというのはないのだろうか。
これもまたこれ以降の観察の注目点だ。
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 【お薦め本】『知的生産の技術とセンス』(堀正岳、 まつもとあつし著 マイナビ新書)

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「知的生産」!!
なんともなつかしい響きをもつコトバだ。
私には少し気恥ずかしさともなうコトバだ。
ひそかに憧れをも抱いてきたコトバだ。
はじまりはこの本にあった。

■ 『知的生産の技術』(梅棹忠夫著 岩波新書 1969.7.21初版)

もう45年も前の話である。
あまりたくさんの本を読んでこなかった私がえらそうに言うことでもないが、これまでの人生のなかでいちばん多く繰り返し読んだ本だ。もう表紙もボロポロになってなってしまった。何度もセロテープで修理していた。そのテープも色褪せていた。このblogで 『知的生産の技術』を読む として連載したこともある。
▼梅棹忠夫へのこだわりはそれだけではなかった。
2011年3/10(木)~6/14(火)「ウメサオタダオ展」に2回(4/156/3)行っていた。

「知的生産」というコトバへのこだわりは間歇的にやってきた。
最近出たその本のタイトルが私を惹きつけた。それで読んでみた。

■『知的生産の技術とセンス 知の巨人・梅棹忠夫に学ぶ情報活用術』(堀正岳、 まつもとあつし著 小長谷有紀
監修 マイナビ新書 2014.09.30)

▼不朽の名著『知的生産の技術』のアップデートを試みたという本書はとてもわかりやすく面白かった。
ナルホド!!
と思った点は多々ある。またダラダラかきはじめたらきりがないので例によってお薦めポイント3つをあげる。

(1) 「知的生産の技術」の「不易と流行」を語っている!!

(2) 人間「ウメサオ タダオ」に追いかけている!!

(3) これからの「知的生産の技術」を提案している!!

▼最初の梅棹の提案から45年も月日がたっている。「知的生産」のための環境は大きく変化してきた。
ところが梅棹の提言したことはまったく色褪せていない。
「発見の手帳」は今なお有効!!
いや、今こそ!!なのかも知れない。それをこの著は繰り返し語っていた。
流行のなかにこそ不易を
不易なもののなかにこそ「流行」の発見を!!と語っているようだった。
章と章のあいだに「梅棹忠夫・著作紹介」というのをはさんでいる。
それがとてもいい。現代の視点で梅棹の幅広いフィールドを紹介していた。
紹介された著作を今一度読んでみようかという気にさせる。
最後には「Evernote」などをツールの紹介もしながら、これからの「アウトプット」について語っていた。大いに共感するところである。
最後の最後になぜ私がこの本を【お薦め本】としようと思ったかついて書いておく。

情報は、情報を出している人の周囲に集まってくるという経験則です。(同書 p187) 

という一文をみつけたからです。

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【Web更新10/5】14-40 「クモ学」のすすめ #クモ学 等 更新!!

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むらさきの 飾り玉ゆれ 秋祭り 14/10/04 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-40
週末定例更新のお知らせ
 激しい雨風だ!!今がいちばん激しいのかも知れない。
この後はどうなるのだろう?何がどのように起こっているのだろう?
すべてがこの「大気の物理学実験室」で起こっていることだ。
この「実験室」ことをもっともっと知っていこう。今週も…

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ ムラサキシキブ(コムラサキ)
 秋祭りが近づいて来た。
 屋台の乗り子たちが練習でたたく太鼓の音が村中に響く。
村の秋だ!!
 西の庭に数年前から植えているムラサキシキブ(コムラサキかも)の珠が、太鼓の響きでゆれているかのように見えた。

◆「クモ学」のすすめ 新設!!
最大の「ふしぎ!?」は最も身近にある!!
知れば知るほど面白い「クモ学」!!
観察すればするほど不思議な「クモ学」!!
これは「クモ学」超初学者が体験的に語る
「クモ学」入門のすすめ

と巻頭に書いて新しいWebページをつくった。新しいと言って「新規」になにかを書いたわけではない。
このblogに書き綴ってきたことのなかで、「クモ学」関連する記事をピックアップしてツナイデみただけだ。
それにしてもあまりもたくさんの「ふしぎ!?」と感動に出会っていることに自分でもびっくりしてしまう。
 まずは、今年の数ヶ月分だけとりあげてみた。
 この後どう展開するかはやりながら考えていきたい。
この暴風雨のなかクモたちはどうしているかな。気がかりだ。

◆ヒガンバナ情報2014 更新!!
 ヒガンバナは、「花の季節」から「葉の季節」へシフトしていく。
植物「ヒガンバナ」のほんとうの観察はここからはじまる。
花茎の足元、萎れた花の子房部に注目しながら観察を続けたい!!

さあ、今週もいろいろありそうだ。


 


  

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今こそヒガンバナ「葉見 花見」!! #higanbana

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▼台風18号の進路が気になり出した昨日の午後。
いつもヒガンバナ散策コースを歩いてみた。確実に「花の季節」から「葉の季節」へ移行していっていた。
花茎の足元から、新鮮な葉がたくましく伸びてきていた。
これまた見頃である!!
▼私にとっては「テクサレ」のヒガンバナはたくさん里名をもっていた。
昔の人もこのヒガンバナを暮らしのなかで観察していたことの現れでもある。
里名の数では、人里の植物のなかでは断然トップである。
なかでも私 のお気に入りは「ハミズ ハナミズ」(葉見ず 花見ず)である。『日本植物方言集成』によれば、石川県(加賀)、青森(上北)、富山(東砺波)、奈良(磯城)などに残る名らしい。
みごとな観察眼に感服する。
 これにならって言うならば、今だけは「ハミ ハナミ」(葉見 花見)なんだ!!
今だけは、葉は自らの花を見ることができ、遅れん坊の花は自らの葉を見ることができるのだ。
期間限定のヒガンバナの観察の時期なんだ。
▼やがて花茎は倒れ、葉ばかりの時期になるだろう。
その頃には、他の草花はすっかり枯れてしまっているだろう。
そしたら、田の畦はヒガンバナの「独り占め」だ。たっぷり光も「独り占め」して…となる。
植物「ヒガンバナ」のすごさはやっぱり一年間通して観察してみて実感できるのだ。
◆<科学読み物>ヒガンバナの一年
▼一年を通しての観察と言えば、昨日は大賀ハス定例観察日であった。
蓮根の植え替えから27週目であった。観察池の半分ぐらいの葉が枯れてしまっていた。
もう蓮根へ栄養をつくって送り込む営みはそれだけ少なくなって来ているということだろう。
ヒガンバナは今からだというのに…。
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朝、風が出てきた!!

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やっぱりゲホウグモに異変が!? #クモ学

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▼ふり返ってみると自分でも驚いてしまう。
ここ3ヶ月以上朝昼晩と一日中この奇妙なクモに振り回されていた。
名前からして奇妙で「ふしぎ!?」だ。
「ゲホウグモ」!!
漢字では「外法」(げほう)と書くらしい、それはこの奇妙な姿から来ているそうだ。
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▼このゲホウグモに異変が起こっているのかも知れない。
それは、昨日(2014/10/03)もまたネットをたたまなかったのだ。
「店じまい」を連続して2日もしなかったのだ。
昼間も残していたネットに不思議なものを見た!!小さな小さなクモだ。
そのときは気づかなかったが、今その写真を見て驚いてしまった。その小さなクモが残していたゲホウグモのネットに自分用のネットをつくっていたのだ。
何者だろう!?
「イソウロウ」それとも…
こいつの存在と「店じまい」しなかったこととなにか関係があるのだろうか。
柿の木の枝で昼寝をしている貴奴に聞いてみたがなにも答えてはくれなかった。
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▼夜までそのネットは残っていた。
前日のパターンでは、夜になってこれを回収し、遅い時間から張り直すのである。
回収途中だったのだろうか。
そこに不思議な白いかたまりをみつけた。
そのかたまりから何本も糸が出ているようにも見えた。
夜が遅かったので私は観察をそこまでにして眠ってしまった。
▼朝起きるとちゃんとまた新たにネットをつくっていた。
フラッシュたいて何枚も写真を撮っていると貴奴はまたまた柿の木の方へ姿を消してしまった。
10月に入ってゲホウグモに何かが起こっている。
ライフステージが変わったのだろうか?
ケホウグモのことはゲホウグモに訊くしかない。
まだまだ貴奴とのつき合いは続きそうだ。
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「ゲホウグモの一生」とは!? #クモ学

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▼10月にはいっても、私の「ケホウグモ物語」はまだまだ続くと書いたその日の朝だった。
異変が起きたのは。
 なんと貴奴(ゲホウグモ)は、ネットをたたまなかったのだ。
一夜過ぎて少し痛んではいたがあのみごとな商売道具を放置したまま貴奴は姿を消していた。
いつも4時過ぎにはあの瞬間技でたたんでいたのに。
貴奴に何がおきたのだろう?
もう姿を見せることはないのだろうか?
そんな心配をしながら、昼間のネットを撮った。橋糸の端も車に貼りつけていた。
▼「もしもこのまま見ることがなかったら」 と考えていると少し後悔の気持ちが出てきた。
こんな一生に一度あるかないかの幸せな偶然を生かし切れただろうか?
まずは来年も出会うなどということはないだろう。
そもそもなんでこんなにもめずらしいクモが我が家にやってきたのだろう?
「ふしぎ!?」だ!!
ならば今しかない。今、私に可能なことはすべてやってしまおうと思った。
▼「ゲホウグモ」っていったいどんなクモなんだろう。
ネットなどを使って調べてみるが、あまり多くの観察記録は残っていなかった。
ならばこんなラッキーな偶然に遭遇した私が記録に残すしかないと思った。
まずは、基本的なことから行こう。
「ゲホウグモの一生」とは、どんなものなんだろう?
貴奴(こんな言葉が正しいのかわからない。コガネグモにつづいてゲホウグモにも使わせてもらっていた。少し敬意をもって)は雌である。まだ雄のゲホウグモにはお目にかかってはいなかった。
あの観察した子蜘蛛たちが成長して貴奴等になった。
だから脱皮はするが、変態はしないのだ。それは昆虫たちと大きくちがうところだ。
そのことだってごく最近知ったばかりのど素人だ。
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貴奴は3つの黄色い糸くずのようなものがついた「卵のう」も残していた。
いっこうに変化の気配はない。
▼午後になって雨がふってきた。
放置されたネットは雨に濡れていた。ほんとうに貴奴はもう現れないのだろうか。
夕方になって、その場を見て驚いた!!
ネットはたたまれていたのだ。

もっと驚いたのは今朝だ。まだ雨は降り続いているというのに夜中のあいだにあらたなネットを張っていたのだ。
貴奴はまだ居てくれた!!うれしい!!
今のうちに…。
(つづく)
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まだまだ続く「ゲホウグモ物語」!! #クモ学

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▼私はこの世でこれほど美しいものをそれほどたくさん見た記憶がなかった。
ゲホウグモのネットである。
他のクモのネットにくらべて横糸は緻密につまっていた。それはりっぱな「芸術作品」の域に達していた。
そんなネットを我が家のゲホウグモは毎夜毎夜つくってはたたんでいた。
それは10月に入っても続いていたのである!!
▼そんなゲホウグモの姿をカメラではじめてとらえたのは7月はじめである。7月・8月・9月と観察をつづけて、もう10月で4ヶ月目になる。
赤い糸グズをつけた「卵のう」をはじめて見たのは6月半ばだ。それからするとなんと5ヶ月目になる。
感動と「ふしぎ!?」の連続であった!!
▼6月からのこのblogでの「観察記録」をざっとふりかえってみた。
・赤い糸くずのようなものをつけた「卵のう」3つ
・「卵のう」からの「出のう」
・出のうした子蜘蛛たちの「団居」(まどい)
・「蜘蛛の子を散らす」の観察
・「団居」からの旅立ち(バルーニング!?)
・横糸の緻密なレコード盤(CD盤)のようなネット
・ゲホウグモの親(母親)の姿
・ゲホウグモの瞬間の「狩り」
・「卵のう」からの飼育・観察
・飼育ケースのなかでの「団居」
・飼育ケースのなかでの共食い
・昼間のゲホウグモの姿
・定刻になったらはじめる巧みなネットづくりの技
・瞬間(3分30秒)のネットの「店じまい」(ネットをたたむ)
・産卵するゲホウグモの姿
・黄色い糸くずのようなものをつけた「卵のう」3つ
等々である。
▼まだまだ他にありそうだ。
この感動と不思議の連続ドラマはTVの連続ドラマより面白かった!!
この「ゲホウグモ物語」は4億年のクモの進化の過程を物語るものでもあった。
私に「クモ学」の面白さを教えてくれていた。
ゲホウグモの「ふしぎ!?」はけっしておわりではなかった。
・このゲホウグモはいつまでこのネットを張り続けてくれるのだろうか?
・黄色い糸くずのようなものをつけた「卵のう」3つ。ここから子蜘蛛たちほんとうに出てくるだろうか?
・出てくるとすればそれはいつか?

まだまだわからないこと、知らないことでいっぱいだった。
だから、まだまだ私の「ゲホウグモ物語」は続くのだった。

(つづく)
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※今回から「#クモ学」つけてみることにした。これが有効になる日を願いつつ…。

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キツネノカミソリが結実した!! #higanbana

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▼9月最後の昨日(2014/09/30)。
ちょうど一ヶ月前、夏休みの終わりに、いつもの場所から採取したキツネノカミソリの花茎をペットボトルに水をいれて置いた。そこから黒い真ん丸な玉が2個机の上に転がり落ちた!!
種子だ!!
直径6~7㎜の球である。
▼昨年、はじめてこのキツネノカミソリの実生に挑戦してみた。
途中まではうまく行ったかと思っていたが、最終的には「失敗」してしまった。
なにがまずかったのだろう?
まだ私にはよくわかっていない。どうもとんでもない勘違いをしていたのではないかという思いもある。
それを確かめるためにも今年「再挑戦」をしてみたい。
▼考えてみるとそすれはアタリマエのことだった。
花が咲いて、その後に実ができそこから種子ができる。
種子が発芽しておとなの植物になっていく。そのために花は咲くのである。
種子植物のアタリマエすぎりほどのアタリマエ!!
これに「挑戦」などというコトバを使うのは気恥ずかしいようなことだ。
でも、実際に自分の目で確かめてみると感動である。
▼「キツネノカミソリは2倍体でちゃんと種子をつくる。一方、日本のヒガンバナは3倍体で種子はつくらない。」
それを知識として知っても、まだどこかストンと胸に落ちない。
?(゚_。)?(。_゚)?
実際に自分の実験観察で確かめたいのだ。
そして、日本のヒガンバナのなかでも「自然結実」し、種子で殖えている場合があるのではということを確かめたいのだ。まだまだ道は遠い。

昨年度と同じように2個のキツネノカミソリの種子を、水で湿らせたティシュペーパーとともにチャック付きナイロン袋のなかに入れた。はたしてここから芽はでてくるだろうか。楽しみである。
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