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Twitterはじめて1800日目に思うこと!!

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▼東の畑におりる石垣のところに白い可憐な花が目立ちはじめた。
ニラの花だ!!
お気に入りの花のひとつだ。畑に「指定席」のないニラは畑の周辺のいたるところに次々と花がさきはじめた。
はじけた種がとびまわったのだろう。
 畑に目をやると白く咲き始め赤くしぼむ綿の花の展開がまだまだ続いていた。
そればかりでない。赤くしぼんだあとにかたく大きな実ができつつある「はしりもの」がいた。
こんな「はしりもの」を目にしたときは、思わず誰彼に向けて「つぶやき」たくなるものである。
それがきっと「はしりもの・かわりだね」実践の原点なのだろう。
▼どんな世界にも「不易と流行」があった。
ネットの世界も同様だった。
 私がTwitterをはじめたのは2009年9月23日。それから今日で1800日であると、私のTwilogが教えてくれた。
私にとって、Twitterとは「不易と流行」そのものであった。
▼この9/23で5年である。
はやくも5年!!なのか
まだ5年!!なのか。
両方の思いがある。
はじめた当初は完全にマイブームだった。私のなかでは「流行」最先端であった。
やがて、これが単に新しいものであるばかりでなく、もっとも「古いもの」であることを知った。
私はそこから「不易」を掬いあげて勝手な造語をつくった。
Twitter的である。
Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
「アクティブ」

Twitter的は、やがて私の「指針」であり「生き方」「哲学」だと思うようになってきた。
▼「もうTwitterなんて古いよ。今は○○だろう!!」
と新しいツールをすすめてくれる人もいる。
「なるほどそうだな」とも思う。
ひよっとしたらツールとしては、次なるものにシフトしてしまうかも知れない。
私は確信している。
次なるものはより「Twitter的」なるものであろう!!
と。

 ヒガンバナ定点観測地に目にやれば、年数がたって「浮き株」が目立ちはじめた。
今年はまだ「初見」の報告を知らない。
今年のようにたっぷりと大地が水を含んだときは、花茎が出す時期はどうなるのだろう。
1900日のころまては「#higanbana」を使いまくっているだろうか。
 今年も「#higanbana」の展開が楽しみな季節となってきた。
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