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「早咲きヒガンバナ」を見た!! #higanbana

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▼私には8月中にどうして行ってみたいところがあった。
宇治市植物公園である。今年の春にここに「早咲きヒガンバナ」があるという情報をもらっていたからである。
春には植物公園の方に連絡して、「では、また咲き始めたころに伺います。」と言っておいたのだ。
だから、どうしても行きたかったのだ。
▼着いたときはお昼を少し回っていた。
「もう咲いていないかな」と不安に思いながら、教えていただいた場所に行ってみた。
咲いていた!!\(^o^)/
満開のもの、6~7分咲きのもの、花茎の蕾が顔を出したばかりもの等々あった。
確かにヒガンバナだ!!
しかし、ふつうみかけるものとくらべると少し小ぶりに感じた。
すべてのひつくりがひ弱にも思った。
そこにはちゃんとプレートが設けられていた。そのプレートにも「早咲きヒガンバナ(仮称)」と書かれていた。
そして、左肩には「Lycoris radiata var. pumila」とも書かれていた。
「コヒガンバナ」だ!!。
やっぱりそうだったのかのと思った。
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▼ならばと、そのつもりで見るとすでに咲き終わった花の子房部はふくらんできていた。
結実しはじめているのである。
コヒガンバナなら2倍体だ。だから結実するのがアタリマエ!!
でも、そのアタリマエにえらく感動するのである。
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別の場所にうれしいものをみつけた!!それも何ヶ所にも!!
まだ咲いているキツネノカミソリだ。
前日の定点観察で見そこねていて、今年は咲いている姿をみられなかったと残念に思っていただけにここで出会えたのはうれしかった。

▼定例観察と言えば、昨日は大賀ハスの蓮根植え替えから22週目の定例観察日だった。
ちょっと気になることがあった。
それは葉っぱについている水滴だ。
水滴がふつうの植物の葉っぱについたような感じだ。あのハスの葉独特の丸くコロコロころがる感じではないのである。ロータス効果も衰えてきているのだろうか。
例年そうだったのだろうか?それとも…。

宇治市植物公園にもたくさんの種類のハスがあった。池には大きな葉、大きな果托がたくさんみられた。

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ファラデーラボでファラデー『ロウソクの科学』は最高!!

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▼夏休みが終わる!!
いつものことながら「宿題」がいくつも残っていた。
そのうちのひとつが「キツネノカミソリ」だ。例年の定点観測地までは車で20分とかからぬところだ。
なのに「そのうち」「そのうち」と思っていたらついに昨日になってしまった。
もう花は遅かった!!
かなり入念にあたりを見回すがひとつとして咲いていなかった。
そのかわりに昨年と同じように結実しかけた花茎を何本か採取してきた。
昨年と同じように「発芽」「実生」に挑戦してみたい。
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▼午後は、ファラデーラボにおじゃました。

■ファラデーの講演「ロウソクの科学」を再演する試演
題目 「ロウソクの科学」 (※講演はすべて英語です)
    元講演 ”The Chemical History of a Candle” by Michael Faraday(1860年)
配役 講演者  マイケル・ファラデー Robin Eve*(兵庫県立大学講師)
実験助手 アンダーソン     森本雄一   (かがく教育研究所)

実に面白そうな企画だ。
ラボに着くと二人の外国の方がおられた。英語で声をかけられた。
英語はチンプンカンプンな私は、一瞬とまどってしまった。
でも顔を見るなり、ああこの方が「ファラデー!!だ」とすぐわかった。
▼講演に入るとますますその気になってきた。
衣裳も替えられ、まったくファラデーになりきられたのだ!!
となりに肖像画あった。ほんとうにそっくりそのままだった。
でもそれだけでは、かくも感動はしなかっただろう。

ファラデーがこのクリマスレクチャーをやったのは1860年、彼はもう70歳になっていた。
何度もふり返ってきた1831年から30年近く経っていたのである。

●1831年 ファラデー(英)電磁誘導電流の発見。
●1860年 ”The Chemical History of a Candle” by Michael Faraday

1867年ファラデーは亡くなっている。
 年代を追いかけてみるだけでも、ファラデーのクリマスレクチュアへ思い入れがわかってくるのである。
▼これを再演されたRobin Eveさん、森本さんの思い入れもまた並大抵のものではなかった。
それは講演が進んでくるとすぐわかった。
・Robin Eveさん自作のシナリオ(詳細な板書計画もあとで見せていただいた!!)
・自作実験装置
・やさしく問いかける語り口調
・間合い、タイミング
・キーワードの板書
・臨機応変な対応、アドリブ
等々どれひとつとっても凄い!!
まさに154年の時空超えて1860年のロンドンにタイムスリップしたような気分になった。
ほんとうにうれしい体験ができた。深謝。

さらにうれしい企画がある。
■かがくカフェ 「ロウソクのがかく」-ファラデーの実験をしてみよう-
である。
2014年9月13日(土)が楽しみだ!!。

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新・「自由研究」のすすめ試論(106)

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▼一挙に涼しくなった。
でも貴奴(ゲホウグモ)は、律儀にきまった時間になるとその巧みな技を披露してくれていた。
貴奴こそは、私の「クモ学」開眼の第二の使者だった。
 昨年のコガネグモの「狩り」との偶然の出会いからはじまったクモの「ふしぎ!?」物語!!
今年も出会ったコガネグモが第一の使者だとするなら、まぎもなくゲホウグモは第二の使者だった。
 もうこんな偶然はどう考えても起こりそうになかった。だから観察できるあいだにとことん見ておきたかった。
ネットをつくりはじめる時間に少し強めのライトをあてて写真を撮っておこうとした。
そしたら、昼間のようなかたちになりかたまってしまった。
一時間ばかり置いて再び見に行った。見に行ったといっても玄関出ただけだ、それがなんともアリガタイ!!
きっちりとあのみごとなネットを張っていた。
▼まだまだ、私の「クモばっかり病」は終わりそうにない。
しかし、今年の試論の方はひと区切りつけようと思う。
自分自身の「自由研究」の取り組みを通して、「これから」の自由研究について提案するつもりがいつしか自分の願望をリストアップするだけになってしまっていた。
 そう自覚しながらも続けよう。

(7) 研究をデジタルデータとして整理・保存しておこう!!

▼その保存の場所がいちばんの問題だ。
個人的に保存しておくことも大切だが、よりセミパブリックな場所があるといいなと思う。
 そうすれば、「研究」の成果はその場限りのものだけでなく、他の人の「研究」ともツナガリ、新たな展開が期待することができるかも知れない。
 
(8) 私の「ふしぎ!?」物語を情報発信しよう!! 

▼現段階ではここまでとしておこう。
6月に今年のこの試論のめざすこととして、16年前の提案を吟味して再提案するということをあげていた。
そこで、もういちど16年前の提案を見てみた。

(1) 研究の成果をデジタル処理をしていく。
(2) インタラクティブな研究の可能性を追求する。
(3) 遠隔地との共同研究を実現する。
(4) Webページ上に研究発表(情報発信)をしていく。

なんということだ!!
まったく同じところに帰結してしまっているではないか。
もう機は熟している!!
あとははじめるだけだ。いやもうはじまっているのかも知れない。
ゆっくり 急ごう!!


 

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新・「自由研究」のすすめ試論(105)

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気象庁/レーダー・ナウキャストより】
▼昨日は、朝方は少し秋の気配を感じたというものの午前中は日射しも強かった。
そのなかで、気になっていた東の畑の草刈りをした。
荒れ放題にしていたがため少し手間どってしまった。お昼過ぎまでやってあとの仕上げは夕方の少し涼しくなってからと思っていた。
 ところが天気は一変してしまった。出だしは青空がまだあるのに激しい雨がふりだした。
「あれっ?」と思い気象庁/レーダー・ナウキャストを見てみた。
 ナルホド!!と納得した。帯状になった雨雲が次から次へとやってきた。結局は夕方になっても雨は降り止まなかった。
▼「自由研究」のまとめ作業についてつづけよう。
「「ふしぎ!?」は不思議のままでいい」ということについてはすでに述べた。
それと関連して、今必要なのは次のことだ。

(3) 私の「ふしぎ!?」はどこまで来たか?を明確にしよう!!

あまり進まなかったかも知れない。
それはアタリマエで、そう簡単にことは進むわけはない。だからこそ「研究」は面白いのである。
でも少しは「ふしぎ!?」についての見方が変わったかも知れない。
より多くの「ふしぎ!?」が生まれたかも知れない。
それを明確に文章にしておこう。
▼さらには

(4) 自分の言葉で「ふしぎ!?」物語を書こう。

「研究」を「発表」するということは、自分の「ふしぎ!?」を人に伝えることである。
人に伝えることにより、「ふしぎ!?」は深まり、広がるのである。
だから伝わらなければ意味がないのだ。
 伝えるための必須条件は「自分の言葉」で語るということだ。

そのことと一見矛盾するようだが

(5) 「科学のことば」を使ってみよう!!

その「ふしぎ!?」の謎解きに挑戦してきた先達たちが使ってきた言葉を使ってみよう。
そうすることによって、私の「ふしぎ!?」は多くの「ふしぎ!?」にツナガル!!
▼次に必ずやっておきたいことは

(6) 参考文献、Webページ、サイトは明記しておこう!!

自分の「研究」をすすめるのに、人のやった「研究」を参考にするのはけっして間違ったことではない。
とても大切なことである。
 参考にした本や参照Webページがあるならそれは明記する。
・本ならば、本の題名、著者、出版社、発行日
・インターネットならば そのURL
それが「研究」のルールでありマナーなんだ。

(つづく)
 

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Twitterはじめて1800日目に思うこと!!

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▼東の畑におりる石垣のところに白い可憐な花が目立ちはじめた。
ニラの花だ!!
お気に入りの花のひとつだ。畑に「指定席」のないニラは畑の周辺のいたるところに次々と花がさきはじめた。
はじけた種がとびまわったのだろう。
 畑に目をやると白く咲き始め赤くしぼむ綿の花の展開がまだまだ続いていた。
そればかりでない。赤くしぼんだあとにかたく大きな実ができつつある「はしりもの」がいた。
こんな「はしりもの」を目にしたときは、思わず誰彼に向けて「つぶやき」たくなるものである。
それがきっと「はしりもの・かわりだね」実践の原点なのだろう。
▼どんな世界にも「不易と流行」があった。
ネットの世界も同様だった。
 私がTwitterをはじめたのは2009年9月23日。それから今日で1800日であると、私のTwilogが教えてくれた。
私にとって、Twitterとは「不易と流行」そのものであった。
▼この9/23で5年である。
はやくも5年!!なのか
まだ5年!!なのか。
両方の思いがある。
はじめた当初は完全にマイブームだった。私のなかでは「流行」最先端であった。
やがて、これが単に新しいものであるばかりでなく、もっとも「古いもの」であることを知った。
私はそこから「不易」を掬いあげて勝手な造語をつくった。
Twitter的である。
Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
「アクティブ」

Twitter的は、やがて私の「指針」であり「生き方」「哲学」だと思うようになってきた。
▼「もうTwitterなんて古いよ。今は○○だろう!!」
と新しいツールをすすめてくれる人もいる。
「なるほどそうだな」とも思う。
ひよっとしたらツールとしては、次なるものにシフトしてしまうかも知れない。
私は確信している。
次なるものはより「Twitter的」なるものであろう!!
と。

 ヒガンバナ定点観測地に目にやれば、年数がたって「浮き株」が目立ちはじめた。
今年はまだ「初見」の報告を知らない。
今年のようにたっぷりと大地が水を含んだときは、花茎が出す時期はどうなるのだろう。
1900日のころまては「#higanbana」を使いまくっているだろうか。
 今年も「#higanbana」の展開が楽しみな季節となってきた。
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新・「自由研究」のすすめ試論(104)

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▼あいかわらず連夜、ゲホウグモがあの「芸術作品」を我が家の庭に作り続けている。どんなりっぱな作品でも、必ず翌朝4時すぎにはたたんで「店じまい」していた。それもまたみごとなあの瞬間技を駆使して。
 飽きもせずに毎日それを繰り返していた。
そのはじまりから終わりまでの一部始終を「観察」できた。
▼今年の私自身の「自由研究」の目玉となった「クモ学」もここまできた。
当初は予想もしなかった展開であった。
とてもアリガタイ偶然が重なった。
今もなお信じられないような「発見」の連続であった。
ほんと思えば遠くへきたものだ!!め
▼まだ記憶が鮮明なあいだに記録化しておこうとおもう。
ここまでで一区切りつけて、今年の「自由研究」の取り組みから、「これから」の自由研究について気づいたことをいくつかをあげておく。
 現時点で今から私自身もやろうと思うことである。

(1) 「ふしぎ!?」を不思議のまま発表しよう。
 
 未完にこそ意味がある。「ふしぎ!?」の完全解決などありえない。
「ふしぎ!?」は不思議でありつづけるからこそ面白い。
次なる「仮説」はいくらやってもいい。
考察はいくらやってもいい。
わかったふりをしてはいけない。
わからないことはわからないとはっきりさせるから
「ふしぎ!?」は保留される。
▼関連するが

(2) 「失敗」を記録化しておこう。それを発表しよう!!

 それがほんとうの「研究発表」だ!!
科学研究では「失敗」の記録こそ意味あるのだ。
「成功」例はコピペできても、「失敗」の記録はできない。
「失敗」の記録こそオリジナルで価値の高いモノなのだ!!
「失敗」は成功へのプロセスである。プロセスのことを「研究」とよぶのだ!!

   

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【Web更新8/24】14-34 サイエンスコミュニケーター宣言 等 更新!!

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葛の花 ゆらして時は過ぎるかな 14/08/22 (金)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】14-34
週末定例更新のお知らせ
 夏休みもあと一週間となった。三ヶ月にもわたる「夏の創造」プロジェクトもやはりあと一週間だ。
「整理」と次なる「計画」の一週間にしたいと思う。
 今年もやり残したこといっぱいだ。でも成果も…。

◆表紙画像集2014更新 人里の自然シリーズ 葛の花
 線路端の葛が夏の間に土手いっぱいに広がった。
それはすざまじいものだった。あらゆる草花に覆いかぶさりまきつき天下をとった。
やがて花が目立ちはじめた。列車が通るたびに花穂の先が揺れた。
時を刻むがごとく。
 
◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 反芻作業に無理矢理ひと区切りつけることにした。
とりあえずは「現在地」は確認できた。次に向かいたい。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 今年の最大の成果は何と言っても「クモ学」!!だ。
 今朝もゲホウグモはみごとな瞬間技を見せてくれていた。「クモ学」は面白い!!

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 9.10.11月の秋!!オンライン「寅の日」の新展開を考えたい。
新展開を考えるときはいつもわくわくした気分になる。それが愉しい!!

こんなときはやっぱり真壁仁「峠」にかぎる。

すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。


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サイエンスコミュニケーター宣言(344)

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▼大賀ハス蓮根の植え替えから21週目の定例観察日。
第6大賀ハスは残念ながらひとつも結実することがなかったようだ。
せっかく最後に一番高く伸びてくれたのに残念である。
ちょうど台風11号と「あこがれの4日間」が重なってしまったのが不幸だった。果托ははやくも小さく小さく縮んでしまった。観察池自体も、ちょっと不安なことができてきた。
アブラムシだ。去年はこれにさんざん悩まされたが今年は大丈夫だったと安心していたのだが…。
▼反芻作業続ける。
なぜ私が中学校「理科」にこだわるか?
である。もうひとつの理由は、これもまた我田引水でアタリマエのことであるが、

■中学校「理科」にはすべての「領域」が含まれている。

「物理」「化学」「生物」「地学」のすべてが含まれている。
義務教育であるからアタリマエと言えばアタリマエであるが…。
私など「授業」づくりをしながら、「授業」を通してすべてを学んできた。
これほど効率的で楽しい学習方法はなかった。

(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!

などと大袈裟に言っているが、直接的に「授業」をする機会が少なくなってしまったこれからも、この学習方法を継続していこうというだけの話だ。
 そこで、Webテキストづくりである。これについてはのちほどちびりちびりとやっていきたい。
▼次を急ごう。次の座標軸は

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!

である。今回、特に若い人たちと話す機会があった。
クモとしか話をしない日々が続いていたからなおさらだったのだろうが、実に愉しかった。
かつて【理科の部屋】をはじめたころ、こう「学び合い」を呼びかけていた。
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日本の理科教育情報発信基地
【理科の部屋】へようこそ        
 (^o^)/ あなたもここで情報発信者に\(^o^)   
情報は、発信されるところに集まる。
あなたがノックされるところがドアです。
時空を超えて響きあい・学びあい・高めあう世界を
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時代は変わっても、変わらぬものがあると思った。
それを若い人たちから学んだ。
▼最後は

(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

これもまた、中途半端になってしまっていると思った。
「【理科の部屋】20年の歩み」でとまっていた。
時間をみつけて少しずつつないでいきたい。
遅々たる歩みになっていることは確かだがやめるつもりはまったくない。

ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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本日(2014/08/23)、第74回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日の「雲見」は少し恨めしい思いになるものだった。
午前中には一時激しい雨も降ってきた。
考えてみると「その地」は遠くの世界の話ではなかった。
空もツナガッテイタ
山も直接ツナガッテイタ
「その地」は「この地」でもあった。
あらためて「自然」とは…。
▼寅彦は最晩年まで『天災は忘れたころにやって来る。』の警鐘を鳴らし続けた。
本日(2014/08/23)は、第74回オンライン「寅の日」だ。
今すぐ私にもできることのひとつが、この寅彦の警鐘に耳を傾けることなのかも知れない。
読むのは『颱風雑俎』。室戸台風の翌年、寅彦の最晩年に書いたものである。

■第74回オンライン「寅の日」

●『颱風雑俎』(青空文庫より)

▼この前年に『天災と国防』を、そして前々年には『津浪と人間』を発表していた。
その『津浪と人間』のなかでも
・「自然」は過去の習慣に忠実である。
・科学の方則とは畢竟(ひっきょう)「自然の記憶の覚え書き」である。
と警鐘を鳴らし続けていた。
そして、それはここでも変わらなかった。
「室戸台風」のことからはじまっていた。
 そして、「災害の防止法を科学的に研究しなければならない」ことに賛同しながらも、忘れてはならないことをくりかえし唱えていた。

 昔は「地を相(そう)する」という術があったが明治大正の間にこの術が見失われてしまったようである。颱風もなければ烈震もない西欧の文明を継承することによって、同時に颱風も地震も消失するかのような錯覚に捕われたのではないかと思われるくらいに綺麗に颱風と地震に対する「相地術」を忘れてしまったのである。
このように建築法は進んでも、それでもまだ地を相することの必要は決して消滅しないであろう
 
地を相するというのは畢竟(ひっきょう)自然の威力を畏(おそ)れ、その命令に逆らわないようにするための用意である。
 

80年後の今、この警鐘をどう受けとめたらいいのだろう。
▼防災気象情報の研究も80年前にくらべれば隔世の感があるだろう。
今も刻々と人々の努力は続いているのである。それは確かである。
 しかし、寅彦の警鐘を「それは昔のこと」とかたづけてしまってならない。
もっと直接にどきっとすることを書いていた。

 「これから」を考えるとき「教育」に着目することは今も、昔もかわらない。
「理科教育」について次のように言っていた。

しかし大体において学校の普通教育ないし中等教育の方法に重大な欠陥があるためであろうと想像される。これに限ったことではないが、いわゆる理科教育が妙な型にはいって分りやすいことをわざわざ分りにくく、面白いことをわざわざ鹿爪(しかつめ)らしく教えているのではないかという気がする。子供に固有な鋭い直観の力を利用しないで頭の悪い大人に適合するような教案ばかりを練り過ぎるのではないかと思われる節もある。これについては教育者の深い反省を促したいと思っている次第である。

「それは違う!」と反駁したい。
しかし、即座にそれができない自分が少しなさけない。
でもあきらめたくはない!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(343)

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▼それが「物体」でなく「生きもの」であるとわかると急に愛おしくなってくるから不思議なものだ。
まして捜して続けていた貴奴(ゲホウグモ)ならなおさらである。
つい話しかけてみたりする。

私『やあ、こんにちはあいかわらず暑い』
貴奴『?(゚_。)?(。_゚)?』『おまえ誰や?』
私『ねてるんですか?』
貴奴『みたらわかるやろ!あっわかった。おまえ朝晩に写真撮っとるヤツやな』
   『なんや今度は昼までうるさいやつやな。』
私『まあ、そう言わんとちょっとだけつきあってくださいな。』
貴奴『なんやねん?手短にな。』
私『はい。今日は橋糸残していないですけど今晩はネット張らないんですか?』
 『それに、橋糸最初に渡すのにはどうするんですか?』
貴奴『そんなこと聞かなくても、見ていたらわかるやろが。もうこれ以上睡眠の邪魔をするなよ。』
私『…』

昨晩のネットをはるのは遅かった。今朝起きてすぐ見てみるとそこにはきっちりとネットを張っていた。
また宿題が増えてしまった。
▼宿題と言えば、あの反芻作業が後回し後回しになっていた。
極地方式研究会第45回定期研究集会(裏磐梯)の参加を契機に5つの座標で、サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認しておくという作業だった。
5つの座標軸とは
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
である。
 (1)と関連しての「高いレベルの科学」の話は一応終えていた。
(2)は今回スキップしておく。
▼次の(3)の座標軸でみてこう。

(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!

今回の研究会で私は
■Webテキスト『天気の変化』の可能性
という実践報告とも提案ともわからぬレポートを報告した。
このなかみについては、これからもここで検討していきたいと思っている。
▼私は、ともかく中学校「理科」というものにこだわっていた。
けっして小学校「理科」、高校「理科」がどうでもいいと言うことではない。
理由は大きく2つある。
一つ目理由はいたって簡単だ。
私が40年近く中学校「理科」だけに関わってきたからだ。
私にとっての理科の「授業」は、「授業」だけに終わらない。
中学校「理科」授業こそ私自身の最高の学習形態だったのだ。
その都度の覚え書きのようなものを授業実践DBにあげている。
これがすべてである。これ以上でもこれ以下でもない。

(つづく)

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ついに昼間のゲホウグモを見た!!\(^o^)/

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▼私をこれを興奮しないでは語れない。
ずっとずっと探し続けていたものをついに見たのだ!!

ついに昼間のゲホウグモを見た!!\(^o^)/

のだ。
 この夏、はじめてゲホウグモに出会った。
・南天の木の3個の「卵のう」
・「出のう」
。・団居をする子蜘蛛たち
・「蜘蛛の子を散らす」
・ケース内での飼育も試みた。
・子蜘蛛 共食い
・ゲホウグモの「狩り」
・あのレコード盤(CD盤)のようなみごとなネット
・ネットづくり巧みな技
・ネットの瞬間の「店じまい」!!
・橋糸接着の巧みな技
等々すべてを見せてもらった。
 でも、私は此奴がゲホウグモであるという絶対的な確信を持っていなかった。
 それは、まだ明るい昼間に貴奴のあの独特の姿を見ていなかったからだ。
すべてが状況証拠だった。
▼だから、どうしても昼間の貴奴を見たかった。
こんなに毎晩出現するのにいないはずはなかった。必ずこの柿の木のどこかにいるはずだ。
何度も何度も柿の木の幹からなめまわすように観察していた。
その過程であの「コウガイビル」に出会ったのだった。
その後も、ずっとずっと時間があれば柿の木を観察しつづけていた。
もうこれしかないという「物体」があった。「ゲホウグモ」の名前の由来からも奇妙な姿かたちをしていることはネットの画像などを見て知っていた。
 しかし、この「物体」はそれとも似ていないように見えた。
▼その「物体」は完全に柿の木の枝に同化していた。
色といい、かたちといいどうみても「生きもの」にはみえなかった。
枝の一部にしか見えなかった。それにこの「物体」ならば以前から見ていた。
これは違うと思っていた。
昨日はちょっとちがっていた。ほんの戯れに枯れ枝でこの「物体」を突っついてみた。
動いた!!
その「物体」がかすかに動いたように見えたのだ。
でもまだ半信半疑だった。
見たい!!見たい!!の願望が先行した故の錯覚かと思った。
もういちど恐る恐る突っついてみた。
そのときだ、その「物体」から足が出てきたのだ!!
もうまちがいなかった。
これぞゲホウグモだ!!
▼足はすぐに引っ込めてしまって、元の「物体」にもどってしまっていた。
しかし、それを見たあとは違っていた。
よくよく観察すると足を巧みにたたみ巧みに「変身」するゲホウグモに見えてきたから不思議だ。
もう「物体」ではなくなっていた。
 冷静になって離れて観察すると実にアタリマエの位置に貴奴は居た。
車と柿の葉に接着した橋糸を昨日も残していたが、その橋糸のきっちり延長線上に居たのだ。
なんと理にかなったことを!!

夜9時になるとやっぱりみごとなネットを披露してくれた。
昨夜はひときわ鮮やかに見えた。
私はこれで大きな声で言える。

2014年の夏 私は「ゲホウグモ」に出会った!!

と。
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2014年9月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼この夏、私はひとつの「作業仮説」にはまっていた。

最大の「ふしぎ!?」は、最も身近にある!! 

という「仮説」である。
あのコガネグモに再会し、ゲホウグモの「卵のう」を庭の南天の木でみつけ、柿の木に張るネットをみせもらい、その柿の木にあのコウガイビルをみつけ…。
そんななかでこれまでおぼろげに「そうではないか」と思っていたことに、「やっばり」と確信が持てるようになってきた。ほんとうの「ふしぎ!?」はそんな遠い世界にあるのではない。もっともっと身近な世界にあるのだ。
 そう思いながら、いつもの定点観測地から久しぶりに時間をかけて「雲見」をした。
刻々と表情をかえていく「雲見」!!やっばり「ふしぎ!?」だ!!
▼「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」を口癖とした寅彦なら、この「作業仮説」にきっと賛同してくれると思った。それを裏付けるようなものを9月オンライン「寅の日」では読みたいものだと思った。
2014年9月オンライン「寅の日」は3回ある。

■2014年9月オンライン「寅の日」
◆第75回オンライン「寅の日」…9/04(木)
◆第76回オンライン「寅の日」…9/16(火)
◆第77回オンライン「寅の日」…9/28(日)

▼ではどのエッセイがこの意図にふさわしいだろう?
これまでにオンライン「寅の日」で読んできたもの、未読のものあわせて少し検討してみた。
そのような目で見ていくと、どのエッセイでもこのことを具体例をあげながら教えてくれているようにも見えてきた。
 まずは代表的な作品から読んでみようとおもう。
 茶わん一杯の湯から「大気の物理学」の「ふしぎ!?」の全貌を読み解く『茶わんの湯』を読んでみよう。
そして、これもすでにオンラインで読んでいる作品ではあるが『日常身辺の物理的諸問題』を読みたい。
タイトルの通り、日常身辺にこそ「ふしぎ!?」が存在することを教えてくれているはずだ。
最後に、これまでに読んでいない『方則について』を読んでみたい。
ここでは、「ふしぎ!?」謎解きのヒントになるようなことを読み取りたい。

■2014年9月オンライン「寅の日」

◆第75回オンライン「寅の日」…9/04(木) 『茶わんの湯』(青空文庫より)

◆第76回オンライン「寅の日」…9/16(火) 『日常身辺の物理的諸問題』(青空文庫より)

◆第77回オンライン「寅の日」…9/28(日) 『方則について』(青空文庫より)

▼9月に入れば、2014年も残すところ1/3となる。
オンライン「寅の日」は、2014/12/31の第85回オンライン「寅の日」までである。
この4ヶ月のあいだに、なんとかこれまで「いつかいつか」と思いつづけてきたオフライン「寅の日」を実施したい。
なにか特別の大きな企画ではない。
ここまで続けてきたオンライン「寅の日」を、オフラインでやるということだけだ。
顔をあわせながら、寅彦の書いたエッセイを読むだけだ。
「私はこう読んだ」ということを話合うだけだ。
・いつどこでやるか?
・何を読むか?
具体的な検討に入ろうと思う。
最低2人そろえば成立だ!!寅彦が高嶺とはじめた「寅の日」はふたりだけだった!!
どんな展開になるやら、それを楽しもう。


 

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またしてもゲホウグモのスゴ技を見た!!

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▼またしても貴奴(ゲホウグモ)のスゴ技を見てしまった!!
実は別のことを今朝ここに書こうと思っていた。
だが今朝方撮った写真を見ているあいだにこの報告を書いてみたくなった。
あくまでこのblogは「等身大情報をリアルタイムに」でいきたいから。
 まずは昨日の朝のスゴ技の話からはじめよう。
▼お盆のあいだ貴奴が橋糸を渡している車を移動していた。
一昨日の夕方に車が帰ってきた。
車の位置が少しずれて柿の木との間が少し離れた。
でも貴奴はもっとフレキシブルだった。少々のことは臨機応変に対応した。
またしてもあのみごとなネットをつくっていた。
昨日の朝、明るくなってからその場所を見て驚いてしまった。今までだとネットを張っていた跡形もなくかたづけてしまっていたのだが、昨日の朝は橋糸と枠糸の一部を残していたのだ。
驚いたのはその次だ。
橋糸の端だ。今まではあまり注意深く見ていなかった。なんとなくバックミラーのあたりに引っかけているとばかり思っていた。
違っていた!!車体の平べったいところに直接接着していた。橋糸の先は三本に分かれていた。
その端をまるで瞬間接着剤でも用いたがごとく接着していた。
その部分に白いかたまりが見られた。
 もう一方の端の柿の木の葉の方も同様であった。
 もう散々貴奴等のスゴ技を見せられてきた私は、自家製「瞬間接着剤」を使用しているということが事実であると知っても「やっぱり」と思うだろう。
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▼昨日の夜、またまた驚いてしまった。
夜21時過ぎにはネットを張っていた。驚いたのはそのネットの位置だ。
橋糸を残していた位置ではないのである。
どういうことだろう!?
ではあの橋糸は何のために残していたんだろう。
橋を渡すのに手間を省くためではなかったのか?
単なるかたづけ忘れだろうか?
少していねいに見てみるとネットの角度も日に日に変えているようだ。
ひょっとしたら貴奴はその日、その日の天気を見て、風を読んでもっとも獲物か獲やすいネットをはっているのではないだろうか。
 想像以上のスゴ技をいっぱい持っていそうな気がしてきた。
▼今朝起きてさっそく観察してみた。
ネットは凄く荒れていた。きっと私が眠っている間にたくさんの「狩り」をしたんだろう。
あのみごとな「店じまい」のスゴ技を披露してくれて、満足げに柿の木の方向にひき返していった。

明るくなってから再び見に行くと、今朝も橋糸だけはかたづけずに残していた。
なぜなんだろう!?
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【Web更新8/17】14-33 サイエンスコミュニケーター宣言 等 更新!!

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棉の花 末には赤く しぼむかな 14/08/16 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-33
週末定例更新のお知らせ
 夏休みもラスト2週間となった。
 昔からそうだった。一年間でいちばんメランコリーな気分に陥りやすいシーズンだ。
 山積する宿題。残された時間の不足!!
それを逆手にとれば、ほんとうに「やりたいこと」を優先的に集中してやれるシーズンでもある。
ラスト2週間!! ゆっくり ゆっくり 急ぐ!!

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 棉の花
 久しぶりに東の畑に綿をつくってみた。最初にずっと以前に育てていた綿の種子を蒔いてみた。なかなかうまく発芽しなかった。近くの人に種子を分けてもらって再度挑戦した。それでもダメだった。
なんでだろう。こんな育てやすいもののはずなのに。
 最後には種子を分けてもらった人に苗を分けてもらって育てた。
花が咲き始めた。やさしい白い色だ。それがしぼみ始めると赤い色へと変わっていった。
その赤が雨にぬれ鮮やかだった。
そのうち実がはじけ白い白い綿を収穫できる季節が到来するだろう。
この赤の意味はなんだろう?

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 まだまだ極地方式研究会第45回定期研究集会(裏磐梯)の4日間の反芻作業を繰り返していた。
その作業を通して、私の「現在地」を確認していきたい。
 
◆「コウガイビル」を追う 更新!!
 実に5年ぶりのページ更新だった。
 更新させてくれたのは人生4匹目に出会ったコウガイビルだった。今回出会ったコウガイビルはちょっと特別の意味を持っていた。
 それは、発見場所である。家の庭の柿の木に発見したのである。
 あのゲホウグモが毎夜ネットを張っている柿の木である。
 ヒガンバナ定点観測地のすぐそばの柿の木である。
 ちょっと大袈裟であるが、あの南方熊楠が自宅の柿の木から新属新種の粘菌「ミナカテラ・ロンギフィラ(Minakatella longifila)」を新発見したようにである。

 最大の「ふしぎ!?」は、最も身近にある!!

それを立証することにならないだろうか。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 

想定していたテーマ以上に次々と面白いことに出くわしていた。
そろそろ研究報告を射程に入れた取り組みが必要な時期になってきた。
試論の方もそれを意識していこうと思う。

◆【大賀ハス観察日記】 更新!!
 観察池は葉のジャングルと化している。
これはいつまで続くのだろう。


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「コウガイビル」が消えた!?

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▼大賀ハス蓮根の植え替えから20週目の定例観察日は雨だった。
一日中激しい雨になったり、やんだかと思ったらまたまた降り出したりそれを繰り返していた。
観察池に降った雨は第4大賀ハス果托にもプールつくっていた。
ここからは11個の種子を回収していった。うまく未来の生命にツナグことができるだろうか。
考えてみるとこの大賀ハスの生命も「ふしぎ!?」だった。
2000年もの眠りから醒めた生命がここにツナガッテいるのだから。
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▼さらなる生命の「ふしぎ!?」を私に教えてくれた奴がいた。
あのコウガイビルだ!!
一昨日2014/08/15ついに動きをとめてしまった貴奴!!
机の上に置いてその後をいつでも観察できるようにしていた。容器には少しだけ水を入れていた。
俄には信じがたいことが起こった。
見る度に小さくなっていった。
まるで水に溶け込むようにして、消えていったのである!!
2014/08/16 13:59 辛うじてそこに存在していたとわかるうちにと何枚も写真を撮った。
なんという「ふしぎ!?」だ!!
この「ふしぎ!?」をうまく表現する術を私はもたない。
▼この「ふしぎ!?」を記録に残してくれている人がいた。
あの「進化論」のダーウィンだ。
若き日に書いた(当時20代前半か)『ピーグル号航海記』のなかにその観察記録があった。
コウガイビルの「ふしぎ!?」をよく表現した文章なので長くなるが引用させてもらう。

私は、南半球の各地で、陸生のプラナリアを十二種以上見た。ブァン ディーメンス ランド Van Dimen's Land で得た若干の標本には、朽木を食わせて、約二ヶ月も生存をつづけさせた。一匹のプラナリアをだいたい相等しい大きさに横断すると、二週間のうちに双方とも完全な体となった。更に、片方が下面に開口を二つとも持ち、従って他の方は開口を一つも持たぬように切ってみた。施術後25日を経て、比較的完全に近かった方は、普通の標本と区別できぬまでになった。片方もその形がいちじるしく大きくなり、そして後端に近く柔らかい細胞集団のうちに透明な空間を生じ、その中には椀のような形の口の原基が明らかに認められた。しかし下面に裂口が開くには到らなかった。赤道に近づいたために、気温の上昇によって、すべての個体を殺すようなことがなかったならば、この最後の段階も構造を完成したに違いない。この実験はすでによく知られているところであるが、一方の個体の簡単な体の一端から、必須の器官がことごとく次ぎ次ぎに生ずるのを見るのは面白かった。プラナリア類を飼うのは極めてむずかしい。生活現象が終われば、一般に見る天然の変化の法則がここにも働いて、体は全体に柔らかくなり、液化する。そのはやさは、他に比べるものもないほどである。(「ピーグル号航海記 上」(チャールズ・ダーウィン著 島地 威雄訳 岩波文庫 P54より)

さすがである!!
消える瞬間もきっちりと観察されていた。
ダーウィンも観察していたことにいたく感動するのである。
そこでよけいなことひとつ。「ログ」の本来の意味に「航海日誌」という意味があるという。
だから『ビーグル号航海記』は、今風に言えばダーウィンの書いた「blog」とも言えるのである。
『ビーグル号航海記』こそは元祖blogである!!
▼もうひとつコウガイビルの「ふしぎ!?」に関してどうしても引用させてもらいたい文章があった。
■『プラナリアの形態分化~基礎から遺伝子まで~』(手代木渉、渡辺憲二著、共立出版 1998.3.25)
のなかにあった。
この本の
 「14.陸産プラナリア,コウガイビル種類・生態並びに形態分化」(P259~)「14.9 飢餓と再生」(P275)にあった。この章は牧野尚哉・白澤康子先生が書いておられた。

 コウガイビルの飼育では給餌が大切な要素となるが、餌に対しての反応は同一種内でも異なり積極的に摂取するグループとそうでもないものとがある。また長期間の飢餓に耐え、もとの体重の1/100に減少しても生存し続けることができる。このような生理的変化が、顕著な再生能をもつ本動物の器官形成にどのような影響を及ぼすのか、頭部再生の有無、形成所要時間、極性との関連について、採集直後の体重を100として、もとの30~40%に減少したグループを飢餓個体として実験を行った。
 なお、飢餓個体の設定は、採集された個体のうち、何としても餌を食べないものがあり、かなりの期間絶食にも耐えられるが、やがて死に至る。体重減少と生存期間の長短は一定ではないが、採取後減少の一途をたどる体重は、ある時点で平衡状態となり、これ以降急激に減少して死ぬものが多い。体重が安定をみせる状態を越えると個体は死を迎えることから、この安定期(もとの体重の30~40%)を飢餓状態と考えた。これらの飢餓グループと採集まもないものとを次の実験により比較した。(同書P276より)

この文章もまた、私のコウガイビルの「ふしぎ!?」に答えてくれているものだった。
後に渡辺憲二先生に直接お会いして、この論文の著者へのコンタクトとりかたを教えてもらっておきながらそのままになってしまっている。
 人生4ひき目のコウガイビルとの偶然の出会いが、コウガイビルの「ふしぎ!?」の再燃になりそうだ。

人生5匹目のコウガイビルに出会うのはいつだろう?
それまでに5匹目の観察はどのようにするか決めておきたいものだ。
そして究極の「ふしぎ!?」=「生命とは!?」に…。


 

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サイエンスコミュニケーター宣言(342)

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▼確かに先端が伸び縮みした。そして動かなくなってしまった。
せっかく再会したコウガイビルであったが、今回は再会からわずか11日目にして死んでしまったのだろうか。
最初に出会ったやつはエサなしで261日間もナイロン袋のなかで生き延びたというのに。
今回はちょっと条件が悪かった。
 いきなり2つに切断してしまったのだから。申し訳ない。
 動かなくなったその姿をよく見ていると、あの特徴的な三角形の頭(コウガイ)が「再生」してきているようにも見える。
この11日間のあいだにも、自らの身体をエサにして「作りかえ」を繰り返していたのだろうか。
▼「動物は食べる生きものである」
これが、私にとっての「高いレベルの科学」であった。
その謎解きのルール・法則の例外があった。それがコウガイビルであった。
261日間も食べなかった。
しかし、それはほんとうは「例外」ではなかった。
自らを食べていたのだから。
 点在する幹細胞そして「再生」!!
「動物は食べる生きものである」のルールは、私をより「高いレベルの科学」へと連れて行ってくれた。
▼私自身の「文脈」をもう少し整理してみよう。
・理科の授業こそサイエンスコミュニケーション最前線の現場である。
・理科の教師は最前線のサイエンスコミュニケーターである。
直接的に授業に携わることがなくなっても、この立場は変わらない。
 だからこそ、理科の授業から生み出される「高いレベルの科学」は今もなお最大の関心事である。

 私にとっての「高いレベルの科学」とは!?

の自問は永遠に続くだろう。
▼他の人の「高いレベルの科学」に出会うことは、実に面白いものである。
「目から鱗」である!!
 一時間の授業のなかで新たな「高いレベルの科学」が生まれる瞬間を記録をしたような実践記録を読ませてもらうとハッとする。自分の拙さを実感する。
 そして、自分の「高いレベルの科学」がおすそ分けもらって豊かになったような気分になる。
 やっぱり面白い!!
 

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ゲホウグモが「店じまい」する瞬間を見た!!

【2014/08/14 04:02:34】確かにあのみごとな円網はあった!!
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【2014/08/14 04:02:42】次の瞬間に半円に
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【2014/08/14 04:02:52】そしてもう一方の半円も
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▼それは1分32秒のできごとであった。
それはほんとうに瞬間であった。
ゲホウグモのネットの「店じまい」である。
実はこの観察を以前から少しねらっていた。
クモのネットの張り方については「クモ学」の本などにけっこうくわしく出ている。
しかし、このネットを「閉じる」ことについてはあまり書いてなかった。
▼庭先に毎晩つくるゲホウグモのネット!!
閉じるときを観察したいものと思っていた。
夜は9時頃からネットづくりをして、「店じまい」は朝の4時過ぎだとそのあたりまでは観察していた。
ところが、「店じまい」の様子をゆっくりと観察できていなかった。
今まで観察したのでは、瞬間に目の前から消えてしまうのだった。
きっと貴奴等のことだから、なにか特別の巧みな技を使って瞬間に「店じまい」するのだろうと思っていた。
▼それを昨日の朝やっと目撃したのである。
デジカメのタイムスタンプがその瞬間を記録していた。
けっしてきれいな画像ではないが、これが最初で最後の記録になるかも知れないので緊急にアップしておく。
ネットを張ったときの作業のたいへんさを考えれば、「店じまい」はほんとまたたくまであった。
あの横糸が密につまった独特のネット!!
まずは半円にする。
縦糸・枠糸のどこかを切れば一挙に閉じるのであろうか?
このくわしい「からくり」はまだわからない。
▼残った半円も瞬く間に消えた。
残ったのは少し太くなった橋糸のみであった。
ゲホウグモはそれらを回収して、柿の木の方に消えていった。
あっけない「店じまい」の技であった!!
他のクモも同じような「店じまい」をするのか私は知らない。
それは観察したことがないからである。
これはこれからの観察の課題でもある。

橋糸を柿の木と駐車していた車に渡していた。その車を昨日動かした。
昨夜はネットをつくっていなかった。
やっぱりこれが最後の記録になるかも知れない。
それでも「クモ学」の「ふしぎ!?」はまだまだ続くのである。

【2014/08/14 04:03:06】橋糸だけになってしまった。
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【2014/08/14 04:03:22】回収してまわっているようだった。
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【2014/08/14 04:04:06】柿の木の方へ姿を消してしまった。
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サイエンスコミュニケーター宣言(341)

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▼背中の模様がどこか豪華な感じのするクモが目立ちはじめた。
庭の金柑、南天、「ゴンビ」の木にたくさん出てきた。
ジョロウグモである。
こいつとは長いつき合いになるはずだ。
12月の終わりまで昨年は確認できた。この模様からみるとまだ幼いのであろう。
ところでこの特徴的な模様になにか意味があるのだろうか。
「食べる-食べられる」との関係だろうか。
「仲間をふやす」との関係だろうか。
模様が変わっていくのを観察しながら考えてみたい。
▼やっぱり「クモ学」ばっかり病はまだ続いているようだ。
この「クモ学」と現在地確認の第一座標軸

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!

との関連はどうなんだろう?
極地方式研究会第45回定期研究集会(裏磐梯)の4日間の反芻作業をしながら考えていた。
▼4日間の目標としては私自身は

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

の(1)、(3)あたりに中心を置こうと考えていた。
しかし、今ふり返ってみると5つの「座標軸」は微妙にからまりあっていた。
ありがたいことに5つの「座標軸」すべてにわたって考える機会があった。
これは予想以上の「成果」だ。
▼とは言ってもまずは(1)だ。
「すべての子どもに高いレベルの科学をやさしく教える」
というのが極地方式研究会の目的とするところである。
ではその「高いレベルの科学」とは?
 授業実践の報告とともに、綱領の検討がおこなわれた。
幸いなことに今年のテーマは「高いレベルの科学は授業研究とともに発展する」であった。
私が好んで使ってきた
・「常民の科学」
・「等身大の科学」
・「私の科学」
等との関係は?
まったく違う次元の話なんだろうか?ツナガルところはないのだろうか?
ゆっくり ゆっくり 考えてみよう。

「ゆっくり行く者は、遠くへ行ける!!」
になるかも知れないから。

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第6大賀ハス「あこがれの4日間」は終わっていた!!

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▼2014/08/08 06:11 裏磐梯に出発する直前であった。
第6大賀ハスは開花しはじめた。それはこれまでの観察からすると第一日目の開花開始時間としては遅いほうだった。私はこれまでの観察からこの時刻を「5時10分」前後と読んでいた。
 まるで目覚まし時計でもセットされているようにみごとなものなのである。花びらの先の突起は蕾をロックするようなはたらきをするのであろうか。
 ロックを解除する時間のからくりの「ふしぎ!?」は、私にはまだ解けていない。
▼2014/08/11 18:46 帰宅した。
帰宅と同時にその場所に行ってみた。
花托には少しの雄しべがまとわりついているのみだった。
やっぱり「あこがれの4日間」は「4日間」だったんだ。
いや、ひょっとして強制的に「3日間」だったのかもしれない。台風11号が直撃したのは10日、3日目だったのだから、風はかなり強かったようだ。
花びらはかなり遠くまで飛んでいってしまっていた。
雨も激しかったようだ。
昨日、花びらと雄しべ回収できるだけ回収してみた。
▼この様子では、二日目や三日目にハチたちが飛んできて「受粉」に成功した確率は低い。
この後の「花托」から「果托」への観察でわかるだろう。
台風襲来、研修とぴったりと「あこがれの4日間」が重なってしまった。
残念なことではあるが、その4日間をいろいろ想像してみるのもまた楽しいものである。
▼今年の「あこがれの4日間」の観察の手段として、インターバル撮影「レコロ」を導入した。
その「記録」も保存したままである。
再生してみて考察してみることはまだやっていない。
・開閉時の花びらの順番
・開閉時間と天候
・開閉のからくり
等々の「ふしぎ!?」は保留したままだ。
保留にはするがけっして消失はさせない!!
究極の「ふしぎ!?」=「生命とは?」の謎解きのためにも。

ゆっくり 急ごう!!
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【Web更新8/12】14-32 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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日に日にの 姿変えたる 芙蓉かな 14/08/07 (木)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-32
週末定例更新のお知らせ
 研修で2日遅れのWeb更新となった。
 多くの人と出会い「私の科学」「高いレベルの科学」を語り合い学んだ。
実に愉しかった!!最高の喜びであり、たくさんのエネルギーをもらった。
 さあ、ゆっくり 急ごう !!

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ  芙蓉
 台風がやって来る前にその姿をと思って西の庭の芙蓉を撮った。
ほんとうに変化のはげしい花だ。
 日ごとにその姿を変えていく。いや日ごとどころか朝と夕べではその風景は変わっていた。
吹く風が刻々と変化するように。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 先週はあの「コウガイビル」との再会もあった。帰宅するなりそのご機嫌をうかがったが、しっかりと「生きていた」。この夏、最高におすすめの「クモ学」。なぜかくも「ふしぎ!?」で面白いのか考えてみた。
ゲホウグモも昨夜はきっちりとあのみごとなネットをつくっていた。台風で飛ばされることなく。

◆大賀ハス観察日記 更新!!
 まさかの展開の第6大賀ハスの「あこがれの4日間」はちょうど台風11号と重なってしまった。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 第73回オンライン「寅の日」は外出先でということになった。
 予定はしていたものの発信に手間取ってしまった。今度は逆にそのことをうまく生かせるような工夫をしたいものである。オフライン、オンラインが同時進行というような企画も考えたい。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 授業から生まれる「高いレベルの科学」を考えることは、サイエンスコミュニケーションそのもののあり方を考えること他ならない。「○○の科学」の再吟味をしていきたい。


 

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本日(2014/08/11)、第73回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼多くの「高いレベルの科学」との出会いの旅は終わった。
台風11号ととも通り過ぎていった。
しばらくの間は反芻作業が必要なようだ。
 強い風が通り過ぎっていったようだ。裏磐梯の雲も徐々に晴れて行くようだった。
▼本日(2014/08/11)は第73回オンライン「寅の日」だ。
 寅彦は風を詠む人だった。
「科学の眼」を駆使し、詩情豊かに「大気の動き」を読んだ。
8月第一弾は「夕凪と夕風」である。
◆第73回オンライン「寅の日」

●「夕凪と夕風」(青空文庫より)

▼ 寅彦のなかでは一見相反するような「詩情」と「科学的」がみごとに融け合っていた。足場を失うような「融合」ではなかった。
 常に軸足は「科学」に置いていた。寧ろそうすることよって「詩情」はより豊かに表現されているように私には見える。

 

それはとにかく、暑い国の夏の夕凪は、その肉体的効果から見ればたしかに、ベート・ノアルであるが、しかしそれが季節的自然現象であるだけにかなりに多彩な詩的題材を豊富に包蔵していることも事実である。

 夕凪は夏の日の正常な天気のときにのみ典型的に現われる。午後の海軟風かいなんぷう(土佐ではマゼという)が衰えてやがて無風状態になると、気温は実際下がり始めていても人の感じる暑さは次第に増して来る。空気がゼラチンか何かのように凝固したという気がする。その凝固した空気の中から絞り出されるように油蝉の声が降りそそぐ。そのくせ世間が一体に妙にしんとして静かに眠っているようにも思われる。じっとしていると気がちがいそうな鬱陶うっとうしさである。

▼どの地域にも吹く風、それはどこも同じではなかった。
地域の特色があった。
 しかし、それは同時に「大気の物理学」の所産であった。
それをみごとに語ってくれている。
その結果を綜合してみると、それらの各地の風は大体二つの因子の組合せによって成り立っていると見ることが出来る。その一つの因子というのは、季節季節でその地方一帯を支配している地方的季節風と名づくべきもので、これは一日中恒同なものと考える。第二の因子というのは海陸の対立によって規定され、従って一日二十四時間を週期として規則正しく週期的に変化する風でいわゆる海陸軟風に相当するものである。そこで、実際の風はこの二つの因子を代表する二つのヴェクトルの矢の合成によって得られる一本の矢に相当する。

この文脈の「おすそ分け」をもらって、今日、私のまわりに吹く風を読んでみよう。

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サイエンスコミュニケーター宣言(340)

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▼2014年第6大賀ハスが夏の空に高く立っていた。
予想外の展開で第5までで「あこがれの4日間」は終わりと思っていたがそうではなかった。
もう開花寸前まで蕾はふくらみはじめた。
 ちょっとタイミングが悪かった。雨ばかりの4日間になるかもしれない。
それに私自身が少し留守にしてじっくりと観察できない。
残念だ!!
▼今日から、極地方式研究会第45回定期研究集会(裏磐梯)にでかける。
でかける前にサイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認してみたくなった。
「現在地」確認のための「座標軸」を以前から使っていた。
その5つの「座標軸」をひっぱり出してくる。

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

▼ひとつずつこの座標軸では「現在地」は…?
と確認しながらこの研修会に参加してこようと思う。
とりわけ(1)と(3)だ。
(1)では、いろんな「○○の科学」に出会い学んできた。
ここでは「高いレベルの科学」だ。
授業から生み出される「高いレベルの科学」とは…。
私自身はそこから何を学んできたのか。
これからは…。
▼どんな「高いレベルの科学」と出会えるのかが楽しみである。
久しぶりの人と出会えるのも楽しみである。
それがいちばんの楽しみかも知れない。
「情報は発信するところに集まる」
「情報は交叉するところに生まれる」
を実感してきたいものである。
裏磐梯(福島)ははじめてである。
その自然にふれることができるのも楽しみである。

帰ってきたら第6大賀ハスはどうなっているかな?
さあ、まもなく出よう。

 

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「クモ学」はなぜ面白いのか!?(2)

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▼それでも今草むらで旬のクモと言えば此奴だろう。
ナガコガネグモである。
貴奴(コガネグモ)の親戚筋になるのだろう。顔つきも背中の模様も似たようなところがある。
大きくなったやつもいるし、若いのもいる。
イソウロウたちもそのことはよく心得たものだ。
さすがと言うか、たいしたものだ!!
クモのことはクモがいちばんよく知っているのかも知れない。
▼「クモ学」はなぜ面白いのか!?を続ける。
まず第一にあげられるのは、このように身近なところに多種多様なクモがいることである。
ほんとうの「ふしぎ!?」は身近にある。というのが私の持論であるから、このことはアタリマエだけどとても大切なことだ。なにしろ動物第三位だから。

(1) 身近なところにアタリマエのように多種多様なクモがいる!!

身近なところにいっぱいいるからこそ、いつでも誰でもその気になれば「観察」できるのである。
▼誰もが「観察」すればビックリしてしまうのだ。
「えっ、こんな凄い奴がこんな近くにいたのか!!」
ネットづくりの巧みな技!!
もはや芸術作品のようなWeb!!
俊敏で巧みな「狩り」
どんな炎天下でもじっと「待機」する姿!!
24時間フル稼働で「動物」を生きている!!
等々
 なにしろ「観察」までのイメージがもうひとつなだけに、「観察」後のクモのイメージは一転してしまうはずだ。
それが面白いのだ。
「学ぶことは変わることだ!!」誰かが言っていた。
 身近に一緒にくらす生きもののイメージが一転して変わるのならそれほど面白い学問はないだろう。

(2) 「観察」すればするほどクモのイメージは変わっていく!!その落差が面白い!!
▼クモは我々が誕生するよりもっともっと以前からこの地球上に住んでいた。
恐竜などよりももっと古くからだ。
ある面で「生きた化石」でもある。
だから、この地球上でおこることについてはなんでもよく知っている。
よく知っているからこそ、今も地球上のいたるところに暮らしているのだ。
我々が「学問」「科学」と呼んでいるようなことについてもよく知っているのだ。
貴奴等と仲良くなって聞いてみれば教えてくれるかも知れないのだ。それが面白い!!

(3) 「クモ学」はいろんな「学問」「科学」にツナガッテイル!!まるでWebのように!!

・地球環境学
・生化学
・進化学
・分子生物学
・生態学
ちょっと広げれば
・天気学
・文化人類学
・民俗学
等々
 「クモ学」を起点にしてどのようにも、「ふしぎ!?」を追うことができるのだ。

そう「ふしぎ!?」と言えば、あれからまもなく3日が経とうというコウガイビル!!
今朝(2014/08/07 3時49分)も元気だ。ゆっくりゆっくり動いていた。
少し頭のようなかたちが見えて来たと感ずるのは気のせいだろうか。
いったい貴奴のからだのなかで何が起こっているのだろう。
やっぱり「ふしぎ!?」だ!!
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(つづきはまた書くかも知れない。)

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「クモ学」はなぜ面白いのか!?

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▼朝、いつもの「クモ観察コース」を歩いてみた。
貴奴(コガネグモ)等は見かけることがなくなったけど、貴奴等だけがクモではない。
最近特に目立つようになってきたクモにサツマノミダマシというのがいる。
図鑑によれば、「サツマノミ」とは、地方での「ハゼの実」の呼び名であるという。
ナルホド!!納得である。。ちょうど山ぎわに緑あざやかなハゼの実ができている。ほんとうにそっくりだ!!
もう一種類が貴奴の小型、「コガタコガネグモ」である。
隠れ帯の「X」が特徴。背の模様もなかなかあざやかである。
彼女の得意技は「デリケートさ」と「俊敏さ」である。小さな音、振動にも反応しているようである。
それにしてもどこにもいろんなクモがいるものである。
驚くばかりである。
▼「クモばっかり病」は脱出できそうになかった。
「クモ学」とは永い永いつきあいになりそうだ。
そこで、より楽しく永くつきあうために自分にひとつの設問をしてみた。

「クモ学」なぜ面白いのか!?

ずっと以前からこの面白さを知っている人には、「今さら」の問いである。
初学者、新参者にはこのこと自体が「ふしぎ!?」なんである。
▼いちばん根っこのところから行こう。
 昨年来のコガネグモとの出会い、今年になってのゲホウグモとの出会いがあって、急速に「クモ学」に惹かれていったわけだが、ではなぜこんな面白い世界に自分が興味をもたなかったのだろう?
 それが第一の「ふしぎ!?」である。
 この謎解きが、「クモ学」なぜ面白いのか!?にもつながりそうな気がする。
・クモはあまりもありふれた存在だった。
・どこにでもいたるとこで見かけていた。だからめずらしい存在ではなかった。
・どこか「気味悪い」と思っていた。
・「クモ好き」人間と出会わなかった。「昆虫少年」はいたけれど「クモ少年」いなかった。
・クモについて知る機会がなかった。
・クモが話題になるときは「毒グモ」の話題が中心だった。
・理科の教科書にもあまり登場していない。
(これはけっこう大きい要因であると思う。今使っている教科書にコガネグモの写真が出ていた。なにか身内のもの写真がでているようで滅茶苦茶うれしかった!!)
 まだまだありそうだ。
 ものの本によれば、今地球上でいちばん多くの種類が知られている動物は「昆虫」だそうだ。
そして次が「ダニ」で、第三位が「クモ」だそうだ。
 学問的にはそうかも知れないが、ごく身近に肉眼でみかけるということでは、第一位は「クモ」だと思うのだが、ちょっと身びいきがはいっているだろうか。
 なのになぜ、やっぱり「ふしぎ!?」だ。
▼もうひとつの根っこのところを考えてみよう。
私は、なぜ「コガネグモ」「ゲホウグモ」に出会ったのだろう。
特に「ゲホウグモ」だ。今のところ本やネットで調べるかぎりでは、けっこう山の中に行かなければ観察できないようなことが書いてある。
 都会から見れば、私の家自体も山の中かも知れないが、真近くを列車も走っているしそんなに「山の中」というわけでもなさそうに思う。
 あの南天の木にそれに3つも「卵のう」を産みつけたのだろう。
 そのとなりの柿の木にあのみごとなネットを張るのだろう。
これはすべて偶然であろうか。

お盆が近いので少しふだん荒れ放題の庭を掃除をした。
柿の木の下あたりをはじめて手をとめてしまった。
急激な「環境」の変化でゲホウグモがびっくりしてよそにいってしまうかも知れないと思い。
そして考えた。なぜここを選んだのだろう。
やっぱり「ふしぎ!?」だ。
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(つづく)

 
 
 
 

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あの「コウガイビル」に再会した!!

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▼2014/08/04(月)6時9分。庭の柿の木。
 まだ小雨がバラパラと降っていた。雨にもかかわらず明け方まであのみごとなネットをゲホウグモが張っていた。私はまだ、こいつがゲホウグモであると確定できない要因のひとつに、明るいときつまり昼間の貴奴の姿を見ていないことがあった。その柿の木からネットをはっているのだから、柿の木を入念に観察すれば必ず見つけることができるはずと思っていた。
 昨日の朝もそのときそれをやっていたのだ。柿の木の幹からなめるように観察していた。
そのときだった!!
 そいつを見たのだ!!最初は細いナメクジかと思った。
ちがう!!
スルスルとはやい動き!!
あの扇形の頭!!
間違いないあの コウガイビル!!
我が人生4匹目の出会いだった。
▼私にとって「コウガイビル」という生きものは特別の意味を持っていた。
またまたオオバーな表現になるが事実だった。
一匹目の出会いもまったくの偶然であった。
私は、このコウガイビルをナイロン袋に入れてエサなしで261日間飼った!!
 たった一匹の得体の知れぬこの生きものが私を生命科学最前線まで連れて行ってくれた。
「幹細胞」も「iPS細胞」のことも此奴を通して学んだ。
▼もう出会うことはないだろうと半ば諦めていた。
その「コウガイビル」との再会である。それも我が家の庭でである。
滅茶苦茶あせっていた!!
何をどうしたらいいのかパニックだった。まず写真だ!!
ピンぼけであろうとなかろうとそんなことはどうでもよかった。
居た!!という証拠写真が必要だった。
次は捕獲したかった。もう一度あの「261日」の再現実験がしたかった。
家に入ってナイロン袋を捜そうとした、すぐにはみつからなかった。
もたもたしていたら貴奴はどっかに行ってしまう。その苦い経験もある。
貴奴はけっこうはやく動くのである。
近くにあった大賀ハス花びら保存用に使っていたケースとピンセットを持って、柿の木に向かった。
よかった!!
まだ居た!!しかし、まだあせっていた。貴奴の動きについていけない。
やっと追いついてピンセットではさんでケースに入れようとした。
そのときだ!!私はとんでもないことをしてしまった。柿の木にへばりつくコウガイビルを無理矢理はがそうとして貴奴を切断してしまったのだ!!
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▼ゴメンナサイ!!
そんなつもりはなかった。
コウガイビルの別名は「陸生プラナリア」だ。
あの「切っても切ってもプラナリア」の陸生版なのである。私はまったく意図せずして「再生実験」をすることになってしまったのである。
 頭部の方は動かなかった。頭部以外の部分はケースのなかにはいってもなにもなかったかのごとく活発に動いた。10分ほど活発にうごきその後動きをとめた。

それから時々ケースの外からみたり、フタを取って様子を見ていた。
夕方18時40分。あれから12時間以上たっていた。
頭部はとけるように消えていた。
胴体部は活発な動きをとめていたが、ときおりゆっくり動いていた。
やっぱり「ふしぎ!?」  コウガイビル!!
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【Web更新8/3】14-31 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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蓮の実や かぎりの庇護の あといくつ 14/08/02 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-31
週末定例更新のお知らせ
 ほんとうに「やりたい」ことだけをやるというが、けっこう難しいことであると今さらのごと思う今日この頃である。
ほんとうにやりたいことって何だったかな?
 ともかく「面白い!!」と思えること最優先で行きたい。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 蓮の実
 我が家の大賀ハス観察池は予想外の展開となってきた。
 しかし、すべてがそうではなかった。予想通りというか期待どおりのこともある。
花は小さかったけど、たくさん種子が回収できそうな第4大賀ハスの果托がどんどん膨らみ黒ずんできた。
この過程はほんとみごとであった。
 種子のできなかった果托は小さく縮んでしまったのに、この果托だけは膨らみつづけた。
そして最後の最後まで緑を絶やさなかった。いったん俯きかけたが、再び空を仰いだ。
それは赤児を抱き上げるがごとくであった。
そんな種子が池にこぼれ落ちるのはいつだろう?

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 今年の中間報告みたいなことをやってみた。
それを機にこれをはじめた頃の自分の書いたことを見返してみた。
自分で驚いてしまう。まったく同じようなことをくりかえし言っていた。
これは、「進歩」がないということだろか。それとも…。

◆【大賀ハス観察日記】 更新!!
 第6大賀ハスに「あこがれの4日間」はいつ訪れるのだろう。
 今週後半には出かける。どうもそれと重なりそうな気配である。
まだ、私にはそれが読めない。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 理科教師らしからぬあらぬ「空想」をしてしまった。
寅彦が80年の時空を超えて、もし今生きていたならこのオンライン「寅の日」に参加しただろうか?
新しいものが好きだった寅彦だったから当然ネットは使いまくっていただろう。
ならばここへアクセスしてきただろうか?
 寅彦も参加したくなるようなオンライン「寅の日」 それが理想である!!
 ゆっくり ゆっくり 歩をすすめよう。

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「学問はWebそのもの」だ!!

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▼そいつはどの果托よりもどの葉よりも高く凛として立っていた。
第6号大賀ハスの蕾であった。
一週間前には夢にも思わなかった光景である。
観察池容器の水漏れでピンチだった。容器を二重にするときのアクシデントで、とんでもないダメージを与えてしまった。最大のピンチだった。
▼今週のはじめ7/28(月)にこの花芽に気づいた。 
「刻々と」はけっしてオオバーではなかった。これまでの花茎にくらべどれよりも速かった。
「あこがれの4日間」まもなくまできた。
やっぱり「ふしぎ!?」だ。
大賀ハス蓮根の植え替えから18週目。
大賀ハスのことについてはだいぶんわかってきたと思っていた。
どうやら大きな勘違いをしていたようだ。
「ハス学」の道はまだまだ遠い!!わからない「ふしぎ!?」でいっぱいだ。
だから面白い!!
▼「クモ学」もそうだった。
入口には立ったのかと思っていたが、どうもそれもあやしくなってきた。
10頭の貴奴(コガネグモ)が誘ってくれた「クモ学」!!
もうひとつの主役がいた。
ゲホウグモだ!!
これまた偶然の出会いからはじまった。
庭の南天の木にぶら下がった3つのゲホウグモの「卵のう」、そして目撃してしまった「団居」。
さらにはその南天の木から2mと離れいない柿の木に夜ごと張られるみごとなネット。
それは昨夜もつづいていた。
▼私は、ゲホウグモのことをまだまだ何も知らなかった。
そもそも此奴がほんとうに「ゲホウグモ」というクモであるのかすら確定していなかった。
「ゲホウグモ」であろと思っている状況証拠は2つ 
・「卵のう」に赤い糸くずのようなものがついていた。(保存している)
・夜ごと張られるネットはまるでレコード盤・CDのように密で最高に美しい!!
昨夜も雨なのにネットを張っていた。
「クモ学」と天気、仮説も立てていたのにどうやらはずれているようだ。
フラッシュを何度も何度も浴びせるのに動じない!!
光はどうも反応していないようだ。
でも「ふしぎ!?」だ。
光のない夜にこんな緻密なネットを短時間どうしてつくることができるのだ。
次々と「ふしぎ!?」だけが脹らんでいく。

「ハス学」も「クモ学」も、ほんとうを知るためにはもっともっといろんな「学問」をすすめる必要がありそうだ。
そこで、あの言葉を思い出した。

「学問は、Webそのもの!!」

 これは『クモ学~摩訶不思議な八本足の世界~』(小野 展嗣著 東海大学出版 2002.6.20)からパクリの私の勝手な造語だ!!
もっともっと縦糸をふやす必要がありそうだ。

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新・「自由研究」のすすめ試論(103)

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▼それにしてもみごとな「X」であった!!
8月に入っても私の「クモばっかり病」は治りそうなかった。
「クモ学」があまりにも面白すぎるのだ!!
 私は、今年11頭の貴奴(コガネグモ)と出会った。出会った順番にナンバーをつけていた。
最後に出会った川面に面していた奴は「NO.11」だった。
その「NO.11」が昨日の朝姿を消した。
8月に入ったことを知ったかごとく区切りよくだ。
このみごとな「X」を持つ奴はNO.9だった。みごと過ぎる「X」が故に私は疑いをもちはじめた。
こいつはとても微妙な位置にネットを張っていた。
なかなか表側に回って背中の様子が観察できないような土手の上だった。
その大きさ、腹側のようすからコガネグモと判断していた。
しかし、よくよく考えてみるとこんなみごとな「X」の隠れ帯をもつガネグモを見たことなかった。
これはコガタコガネグモ!?
無理にでも表側にまわって…、その瞬間「X」だけ残して消えた。
▼そうすると私は今年は10頭の貴奴(コガネグモ)に出会ったことになる。
いずれも7月中の出会いだったことになる。
 貴奴等との出会いはたくさんのこと教えてくれた。なかでも「クモ学」の面白さ教えてくれたことは大きい。
たくさんの「ふしぎ!?」も残してくれた!!
この「ふしぎ!?」の謎解きは、今はじまったばかりである。
解決しない「ふしぎ!?」を忘れることなくどこまで持ち続けることができるかが勝負だと思っている。

(6) 「ふしぎ!?」を保留しつづける力が道を拓く!!

▼もうひとつ大切だなあと思ったことがある。
「ふしぎ!?」だなあと思ったことは人に伝えてみることだ。
 寅彦流に言うなら「ねぇ君、不思議だ思いませんか?」と。
私の場合だとこのblogをとおして、「ふしぎ!?」だと思うことを発信してみた。
そうすることで得たものは計り知れない!!

(7) 「ふしぎ!?」は人に伝えることよって増幅する!!

▼中間報告のつもりがまたダラダラ長くなっている。
最後にもうひとつだけあげておこう。最後は繰り返しだ!!

(8) やっぱり、謎解きには「アカソナキヤ方式」が有効だ!!

ア タリマエ を当たり前として流さずに 「概念くだき」
カ ンガエテミルト けっこう「ふしぎ!?」なことはいっぱいある。「吟味」 
ソ ウイエバ そのこと教科書に、本に、Webにあったような。「リンク」
ナ ントナク でいい。その「ふしぎ!?」に予想をたててみよう。「ひらめき」
キ ットコウナルハズ の私の仮説をたててみよう。「仮説」
ヤ ッパリ そうだったか!!となれば、これは大発見だ。「実験」「観察」

今朝は雨が降っているんだ。
あの場所に行ってみた。なんとゲホウグモはネットを張っていた!!
雨なのにである。
「ふしぎ!?」だ!!
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新・「自由研究」のすすめ試論(102)

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▼さあ8月だ!!
本格的に動いて学ぶ季節の到来だ。
 今年の新・「自由研究」のすすめ試論中間報告をつづける。
あくまで未来の自分のための「覚え書き」というスタンスで。
▼実は、今朝から少しくやしい思いをしている。
朝というより真夜中に近い時間帯に起き出して、あのゲホウグモのみごとなネットを見せてもらおうと思っていた。
ところがいくらさがしても見当たらないのだ。
あんなにアタリマエにあったのにだ。
それもひとつでなかったというのにだ。
そこで自戒の意味も込めてだ。

(3) 自然観察はタイミングだ!!

これまでもさんざんくやしい思いをしてきての教訓だ。
面白い!!と思った瞬間、それが絶対のチャンスだ。
「また、あとで…」と思ったときは、最高のチャンスをのがしていることになる。
自然はこちらの都合だけで動いているのではない。
それが、延原さんの「ミミズの身になって…」と通ずることだろう。
貴奴(コガネグモ)もいっていた。「自分のものさしだけで見るな!!」と。
貴奴には貴奴の「時計」があるのだ。
▼今朝コガネグモをどうしても観察したいと思ったのには、ちょっとわけがあった。
それは、昨日の朝も観察していて、とても「ふしぎ!?」なことを見た気がしたのだ。
昨日は、確かにいつもののようにそこにネットを張っていた。
より近づいて写真を撮ろうとした瞬間だ。
ほんの一瞬にして目の前から消えた。私が単に見失っただけかも知れない。
そう思ってなんども懐中電灯で照らすがないのだ。
そこで、私はあるひとつの「仮説」を立てた。
「ゲホウグモは一瞬にして「店じまい」をする技を持っている」と。
考えてみるとものの本にはよくネットの張り方についての説明はあるが、それをたたむときのことについてはふれていない。私が知らないだけかもしれないが。
私は、今朝、この自分の「仮説」を確かめたかったのだ。それなのに…
そこで、せめて教訓だけでも残し置こう。

(4) 必ず、自分の「仮説」を立ててみる!!

「仮説」を持って自然に問いかければワクワクドキドキ!!なんだ。
▼8月だから、私の「自由研究」も本格的に第3のテーマに向かいたい。
「大賀ハス」「クモ学」につづいてのテーマとは「天気」だ。
「天気」、これほど身近にあって「ふしぎ!?」のかたまりはなかった。
・大賀ハスの「ふしぎ!?」
・クモ学の「ふしぎ!?」
・天気の「ふしぎ!?」
私のなかではバラバラのものではなかった。
いや寧ろ逆だった。それぞれの「ふしぎ!?」をツナグことにこそ意味があると思っていた。

(5) 「ふしぎ!?」はツナイデ考える!!

(つづく)

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