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新・「自由研究」のすすめ試論(101)

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▼はやくも7月は終わりだ。
楽しいひとときというものはどうしてこうも早く過ぎていくものだろう?
これこそ不思議だ。
 新・「自由研究」のすすめ試論(100)を書いてから一ヶ月近くも立ってしまった。
そこまでの今年の試論の文脈はこうだった。
16年前の「自由研究」のすすめの再提案→そのための再吟味→「自由研究」の源流を追う。
大ざっぱ言うとこんなところだった。
▼そこでまずは自分自身が「自由研究」を展開してみて、そのなかでわかったことをふまえて「自由研究」のすすめを再提案してみようと思った。
 ところがやりはじると面白すぎて、最初の意図などすっかり忘れてしまっていた。
こんなのを「ミイラ取りがミイラになった」と言うのかな。
まずは、とりあえずこの一ヶ月のあいだに気づいたこと、そうではないかと思うことをアトランダム書き出しておく。
自分のための「覚え書き」だ。
▼まずは

(1) ほんとうの「ふしぎ!?」は身近なところゴロゴロある!!

ということだ。
 もしも、こんな拙文を読んでくれている人の中に「自由研究」のネタを捜している人がいるなら、そんな人にぜひこれは伝えたい。
 あなたが「自由研究」というコトバでイメージしているものを0にしてみよう。
あなた自身の「ふしぎ!?」の謎解きをするのが「自由研究」なんだ。
借りものの「ふしぎ!?」だったり、人まねの「ふしぎ!?」でなく、あなた自身「ふしぎ!?」だ。
 我田引水の話をしよう。
 この一ヶ月夢中になって観察を続けてきた「大賀ハス観察池」。とんだアクシデント(失敗!?)で新たな展開になってしまった。第4大賀ハスの果托のみが大きくふくらみはじめた。
果托を支える茎は、いちどは下に折れ曲がろうとして、再び上に曲がってきた。
それはまるで落ちてしまう種子を抱え上げるかのようだ。
貴奴は生きている!!なんで落ちそうなことがわかったのだ「ふしぎ!?」だ。
そんな目でみたら身のまわりは「ふしぎ!?」でいっぱいだ。
身近なところにある「ふしぎ!?」ほど面白い!!
これもまた事実だ。
▼あれ?またまたこだわりはじめている。
くどい!!
ほんといつまでも治らぬ悪いクセだ。次へ行こう。

(2) 記憶せずに記録せよ!!

どこかで聞いたようコトバだ。あのウメサオタダオの言葉だ。
これが「研究」の鉄則中の鉄則だ。
実験・観察からはじめる「研究」には、もっとも大切なことだ。
「クモ学」に夢中になった一ヶ月でもあった。まだまだ「クモ学」の入口にさしかかったところだ。
さんざん失敗してきた。
「面白い!!憶えておこう!」
これだ。これで散々失敗をしてきた。そのときはこんな面白いこと忘れるはずはないと思う。
だから、次の面白いことへと向かう。
これではせっかくの面白いことをツナグことができない。
ともかく「面白い!!記録しておこう!」
メモ書きでいい、それも邪魔くさければデジカメだ。
デジカメは日時も記録してくれるから、後でとても有効な「記録」となる。

今年、11頭目のコガネグモにであった。10頭目までとは違った場所にいた。
川に面してネットを張っていた。「記録」した!!

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本日(2014/07/30)、第72回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼大賀ハス観察池に「災難」が起きたのは先週のはじめであった。
先週の土曜日に応急対応として池の容器を二重にして「漏水」を防いだ。その作業中にとんだアクシデントを起こしてしまった。完全にひっくり返してしまい葉、果托を痛めつけてしまったのだ。
「漏水」は止まったが、観察池のこれからの展開が不安だった。
 それなのに、まったく予想もしなかったことがおこりはじめた!!
2014年度第6大賀ハスの花芽がのびてきたのだ。月曜日のことだった。
私は自分の目を疑った。
▼本日2014/07/30は、第72回オンライン「寅の日」である。
寅彦がこの「災難」について書いていた。
書いたのは寅彦の最晩年、昭和10(1935)年7月である。

◆第72回 オンライン「寅の日」

●『災難雑考』(青空文庫より)

▼読んでいて驚いてしまった。
これが80年近く前のことであるのかと。
その時代にこおこった「災難」について、科学者としての自分の考えを述べていた。
関東大震災(1923)に遭遇して以降、「天災は忘れた頃にやって来る。」の警鐘を鳴らし続けていた寅彦ならではの言葉がみられる。

 早い話が、平生地震の研究に関係している人間の目から見ると、日本の国土全体が一つのつり橋の上にかかっているようなもので、しかも、そのつり橋の鋼索があすにも断たれるかもしれないというかなりな可能性を前に控えているような気がしないわけには行かない。来年にもあるいはあすにも、宝永四年または安政元年のような大規模な広区域地震が突発すれば、箱根(はこね)のつり橋の墜落とは少しばかり桁数(けたすう)のちがった損害を国民国家全体が背負わされなければならないわけである。
 しかし、「地震の現象」と「地震による災害」とは区別して考えなければならない。現象のほうは人間の力でどうにもならなくても「災害」のほうは注意次第でどんなにでも軽減されうる可能性があるのである。

そしてつづけて言う。肝要なところはどこかを

今後いかにしてそういう災難を少なくするかを慎重に攻究することであろうと思われる。
いちばんたいせつな物的調査による後難の軽減という眼目が忘れられるのが通例のようである。これではまるで責任というものの概念がどこかへ迷子(まいご)になってしまうようである。

▼みごとな正論である。
けっして80年前の話ではない。現代にも通用することだ!!
しかし、ここまでだけだったら私はここまで寅彦に夢中になることはなかっただろう。
これだけに終わらせないのが寅彦だった。

 こうは言うもののまたよくよく考えて見ていると災難の原因を徹底的に調べてその真相を明らかにして、それを一般に知らせさえすれば、それでその災難はこの世に跡を絶つというような考えは、ほんとうの世の中を知らない人間の机上の空想に過ぎないではないかという疑いも起こって来るのである。
事によると、このような人間の動きを人間の力でとめたりそらしたりするのは天体の運行を勝手にしようとするよりもいっそう難儀なことであるかもしれないのである。

 

こういうふうに考えて来ると、あらゆる災難は一見不可抗的のようであるが実は人為的のもので、従って科学の力によって人為的にいくらでも軽減しうるものだという考えをもう一ぺんひっくり返して、結局災難は生じやすいのにそれが人為的であるがためにかえって人間というものを支配する不可抗な方則の支配を受けて不可抗なものであるという、奇妙な回りくどい結論に到達しなければならないことになるかもしれない。

警鐘を鳴らし続けるも人々に届かぬもどかしさからの諦観とも読めるかも知れない。
しかし、それは違うと思う。
 私は人間「寅彦」のいや科学者「寅彦」の誠実さから来ていると思う。
 それ故に、最後の一文が80年の時空が越えて響いてくるのである。

このまとまらない考察の一つの収穫は、今まで自分など机上で考えていたような楽観的な科学的災害防止可能論に対する一抹(いちまつ)の懐疑である。この疑いを解くべきかぎはまだ見つからない。

80年後の我々はこの「かぎ」を手に入れているだろうか?

第6号大賀ハスはグングン伸びてきた。
再び「あこがれの4日間」が訪れだろう。
あれは観察池の大賀ハスにとってほんとうに「災難」だったのだろうか?
へんな疑問が浮かんできた。
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そして貴奴(コガネグモ)は居なくなった!!

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▼それは2014/07/26(土)17:37のことだった。
貴奴の姿が見えなかった。ネットも隠れ帯もそのままであった。
朝には姿を見て、「会話」もしたのに、夕方には居なくなっていたのだ。ともかくこの日は暑かった!!
いつもと向きを変えて2日目であった。
 さすがの貴奴の避暑行動をとって草むらに休んでいるかと思った。
しかし、昨日まで待ってもついに再び姿を現すことはなかった。
みごとなネットは橋糸に絡まって風にゆれていた。
▼今年、貴奴等に「再会」したのは2014/07/04(金)であった。
 貴奴等を観察しはじめていちばん多いときには8頭も同時観察していた。
しかし、次々と姿を消していった。これは「引っ越し」をしたのか。それとも次なるステージに向かったのかは今のところ定かではない。
 なかでも、家から数十メートルのところにネット張った貴奴の存在はアリガタカッタ!!
朝夕のご機嫌伺いの「会話」だけでなく、「どうしているだろう?」と気になったときはいつでも様子を見に行けたのだから。車で外出するときも行き帰りには車中から挨拶をかわしたものだ。
 だから貴奴が居なくなってしまったことは無性に寂しい。
 少し離れたところの草むらのなかにはまだ2頭の貴奴の仲間がいる。草むらのなかすぎて、「声かけ」はできても「会話」はできない。
▼貴奴等との「会話」から学んだこと、教えてもらったことは多い。
・狩りの俊敏さ
・クモの糸には何種類もあること
・ネットづくりの巧みな技
・隠れ帯の「ふしぎ!?」
・ネット更新の頻度
・クモの糸は「リサイクル」していること
・待機の思想・哲学を持っていること
・「食べる」はやはり謎解き第一方程式であること
・クモの世界に「住み分け」があること
・「住み分け」は空間だけでなく時間的「住み分け」もが…?
等々
もう数えあげればきりがなさそうだ。
新たに知ったことわかったことだけでない、たくさんの「ふしぎ!?」も残しててくれた。
そしてなによりもうれしかったのは

「クモ学」の面白さを教えてくれたことだ!!

ナイロン袋のなかでエサなしで261日間生き延びたコウガイビルが、生命科学最前線へ連れて行ってくれたように、貴奴が不思議いっぱいの「クモ学」に誘ってくれた。
▼貴奴が居なくなって「クモ学」の「ふしぎ!?」が終わったわけではない。
少し山ぎわに目を移すと、「今度は私たちの出番!!」とばかりコガタコガネグモの姿が目立ってきた。
やはり時間的「住み分け」があるように思う。
貴奴が居なくなっても「クモ学」はつづけようと思う。

来年も貴奴と「再会」できるかな。
うまく「再会」できたら、貴奴等に私の「クモ学」の進捗状況を報告したいものだ。
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【Web更新7/27】14-30 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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雲の峰 ヤマゴボウゆれ 山ノ下 14/07/26 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-30
週末定例更新のお知らせ
 「学問はWebそのもの」を意識し始めたら、いつものWeb更新までもが少しちがった意味をもつようになってきた。
 7月最後のWeb更新である。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ ヨウシュヤマゴボウ
 青空に白い雲の峰がどんどん高くなっていく。いつも歩く「山ノ下」(字名)の木陰がうれしい。
少しだけ涼風が吹いた。赤いヨウシュヤマゴボウがゆらりと揺れた!!
 夏だ!!

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 「自由研究」のすすめが、いつしか我田引水で「クモ学」のすすめばかりなってしまった。
そして「クモ学」のすすめが、新・「学問のすすめ」に展開できればこの試論の本意である。
どこまでいけるやら、ゆっくり 急ごう!!

◆【大賀ハス観察日記】 更新!!
 大賀ハス観察池は甚大なるダメージを受けた。
 ピンチはチャンスとなるだろうか。この後の展開がある意味楽しみである。

しばし熱帯夜から解放された新しい週のはじまりである。
今週はどんな「ふしぎ!?」と出会えるだろう!!

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大賀ハス観察池が大ピンチ!?

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▼大賀ハス観察池は蓮根の植え替えから17週目であった。
観察池にかつて経験したことない大ピンチ!?が訪れていた。それは週初めの7/21ごろから水漏れをおこし始めたのである。花の季節から葉の季節へと変わり今から夏の太陽の光をたっぷり受けて栄養をつくり、地下の蓮根に貯め込もうとしているときだけにこれはまずかった。
 この後どんな展開になろうとも、今を記録化しておこうと写真を撮りまくった。
▼まずは、今年度開花した5つの花の今を記録しようと思った。
もうぐんぐん伸び広がってきた葉に埋もれるように5つの花托が立っていた。
「あこがれの4日間」の記録とならべて記録しておく。

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【2014大賀ハス第1号】
・6/19(木)~6/22(日)
・記録、保存なし
・種子2個を回収

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【2014大賀ハス第2号】
・6/28(土)~7/1(火)
・花びら 18+1(がく?)
・雄しべ 177
・種子1個を回収できるだろうか?

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【2014大賀ハス第3号】
・7/3(木)~7/6(日)
・花びら 21+1
・雄しべ 257
・種子回収可能性なし

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【2014大賀ハス第4号】
・7/4(金)~7/7(月)
・花びら 16+3
・雄しべ 213
・種子11個回収可能性あり

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【2014大賀ハス第5号】
・7/11(金)~7/14(月)
・花びら 15+0
・雄しべ 166
・種子回収可能性なし

▼こうしてならべて見ると、花の大きさ、花びらの数、雄しべの数と回収できる種子とは直接関係していないことがわかる。種子ができるかどうかを決めるのに「あこがれの4日間」のタイミングが大きく関係しているように思う。
タイミングというのはより具体的には「4日間」の天気である。特に2日目、3日目の天気である。
あの風香が虫を誘う、それが遠くへ届くためには天気が大いに関係あるのだ。
 まだ種子の回収ができない第4がこの後育つためにも水分補給が必要であった。
水漏れを起こしてしまった現在の容器を断念しなければならない。
 実にこの容器2009年に使い始めて6年間もがんばってくれた。
同じ容器を購入してその底からかぶせて二段構えにすることにした。この作業が困難をきたした。
困難であっただけでない。
 葉を花托を大きく傷つけることになってしまった。
▼この大ピンチをチャンスに結びつけることができるだろうか。
折れてしまった葉のところに新たな葉は出てくるだろうか。
残る花托から種子回収までいけるだろうか。
大賀ハス観察池の「再生」は可能であろうか。
意図せぬ想定外のアクシデントは、別の意味ではこれまでに考えもしなかった「観察」のチャンスかも知れない。
ゆっくり ゆっくり 
「観察」を続けたい!!

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「クモ学」と天気!!

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▼2014/07/25(金)の朝。
私『あれ!うれしいな!!もう以心伝心やな\(^o^)/』
貴奴『朝から何を騒いでんね?』
私『いや実は今朝お願いしようと思っていたんや。いつも同じ方から写真撮らしてもらっているから、反対側回ってお腹の方から撮らしてもらってもええかと。』
私『そうしたら、お願いするまでもなく昨日と反対向いて居てはるから、うれしなってしもて…』
貴奴『なんやそんなことか。別に気をつかったわけやないけどな。』
私『ところでなんで反対向いたん? 昨日が暑かったからか?』
貴奴『…』
私『梅雨明けて滅茶苦茶暑いもんな。どちらにしてもようこんな炎天下に日陰にもいかんと、熱中症にもならんとがんばってるな。なんか避暑対策してるん?』
貴奴『またまた自分のものさしでしか見れんやつやな。アタリマエのことやろ!』
私『アタリマエついでに聞くけど。温度とか、湿度とかをどこでどのように感じとっているん?』
貴奴『身体もよう見せたっとるんやから、それも自分で考えてみたら。』
『クモ学~摩訶不思議な八本足の世界~』(小野 展嗣著 東海大学出版 2002.6.20)の著者小野 展嗣さんはその著のなかで、「学問はクモの網そのもの」(p177)と言った。
 これを今風に翻訳すると
「学問はWebそのもの」
と言うことになる。これは翻訳などというものでなく直訳もいいところかも知れない。
小野氏は、クモ縦糸(放射糸)に分類学、形態学、発生生物学、遺伝学、生物物理学、生化学等々をなぞらえ、螺旋状の横糸にそれぞれの生物群の「○○学」を位置づけた。
みごとな学問論である。
 私のシロウトが故の持論はこうである。
●縦糸にもう一本加えて「大気の物理学」=天気がある。
▼貴奴等とのつきあいはまだまだ浅い。
まだまだ未知なることばかりだ。知らないが故に生まれた仮説があった。
・クモは「天気予報」(天気予知)ができる。
・クモは「気圧」「気温」「湿度」を感知するレセプターを持っている。
・クモは風が読める。
等々である。
 いずれも4億年の進化の過程で身につけてきたスゴ技を持っているはず。
環境の変化に敏感に生き延びてきた貴奴等だからこそ、アタリマエのこととして身につけているはずだ。
たとえば、あんな巧妙なシステムもつ糸が、「湿度」を感じるとることができても不思議ではないはずだ。
「毛髪湿度計」があるぐいだから。
「仮説」だけでは「科学」にならない。
ゆっくり ゆっくり 急ぎながら「観察」をつづけよう。
▼私は、ほんとつくづくラッキーだと思う。
貴奴等はとことん私の拙い「観察」に協力的なのだ。
昨夜もそうだった。
前にゲホウグモのものらしいあのレコード盤のような緻密なネットを観察させてもらっていた。
あまりにみごとな美しいものだっただけにまた見たいものだと思っていた。
でもあれは偶然が幸いして見れたものと半ばあきらめていた。
それがである。
偶然の偶然が再び訪れたのである!!
場所は他でもない。我が家の庭先である。
眠る前にサソリ座を見ておこうと外にでたときだった。それを再び見たのだ!!
実に美しい!!貴奴等は巧みな職人であるだけでなく芸術家でもあるのだ。
縦糸に「美学」も加えて欲しくなった。
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「クモ学」はどこまでも面白い!!

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▼2014/07/24の朝。
貴奴『なんやねん?今朝はえらく近づいてくるんやな。』
私『いや、口のところモグモグしてはるみたいやったから…。』
貴奴『口??ああ、まあな。』
私『へえそこにも毛が生えてるんですね。』
貴奴『ああこれか。これ口とちがうで…』
私『えっ!?ところでモグモグなにをしてはるんですか?』
貴奴『またそれか!もっと勉強してみたら!!』
私『はあ、…』
▼今、私がいちばんに不思議に思っていることは、私自身がこんな面白く「ふしぎ!?」な「クモの世界」に今までなぜ興味をもたなかったのかということだ。
 昨年の貴奴(コガネグモ)の狩り、今年の再会、ゲホウグモの「卵のう」「団居」「出のう」、レコード盤のようなネット等々の偶然の出会いが「クモ学」に誘ってくれた。
 しかし、それはほんとうに偶然だったのだろうか。
 その気になってあたりを見れば、貴奴等のなかまがそこらじゅうに居るではないか!
家の中にも、庭先にも、道端にも…
 朝起きてから眠るまでにいったい何頭のクモと出会っているか数えるのがたいへんなぐらいだ。
なんでだろう?それがやっぱり「ふしぎ!?」だ。
▼少しわかりはじめたことがある。
それは

●ほんとうの「ふしぎ!?」は最も身近にある。

ということだ。
「クモ学」の面白さが教えてくれたことだ。
そう思ってまわりを見なおせばまだまだ未知の「○○学」がありそうな気がしてきた。
▼やってはならないこと、気をつけたいことがある。
自分への戒めに書いておこう。
(1) 簡単にわかったつもりにならないこと!
(2) どこまでも私の「ふしぎ!?」を大切にすること! 
(3) 他人の「ふしぎ!?」にとことん学ぶこと!

ひょっとしたら
「クモ学」への目覚めは、「学問」へのめざめにツナガルかもしれない。
「クモ学」はやっぱり面白い!!

夕方、貴奴のご機嫌うかがいに行ったときも「口のあたり」をモグモグしていたのである。
なにかを抱えていた。
 ケースのなかのゲホウグモの子蜘蛛は大きくなっていっているように見える。
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クモの糸は「リサイクル」!?

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▼2014/07/23(水)の朝。
私『おはよう!!』
貴奴『えっ、またおまえか。』
私『あれ!今朝のネットきれいやね。張り替えたんですか?』
貴奴『まあね。』
私『見たかったな。あの技を…!ところでこの糸新しく出したん?』
『前のネットの糸はどうしたん?』
貴奴『またまたアタリマエのこと聞く奴やな。そんなんいっぺんいっぺん使い捨てにしていたらどうするねん!!』
私『はあ、そりそうやね。そしたら…』
「ふしぎ!?」だ!!
▼ものを知らないことは恥ずかしいことでもあるけど、時々うれしいことでもあった。
「ふしぎ!?」をいっぱい発見し、感動できるからだ。
私はまだまだクモの糸のことをよく知らなかった。
知っている人にとってはきわめてアタリマエのようなことも。
いったん出して使ったクモの糸を貴奴等はどのように回収し、再利用しているのだろう?
その「からくり」が「ふしぎ!?」だ!!
▼ここ数日貴奴等のネットに例の「イソロウ」をみかけることが多くなった。
「シロカネイソロウグモ」だ。
節約家ということではこいつ等は究極の選択をしていた。
なにしろ他人のネットに居候をしているのだから…。
こいつの「ふしぎ!?」にもまだ確かな答えをみつけていなかった。

もうひとつこの「ふしぎ!?」に答えてくれているクモがいた。
ケホウグモの子蜘蛛たちである。
7/10に「出のう」して2週間!!まだ偶然が生み出した「観察飼育ケース」のなかにいた。
夜になると天井ちかくに「団居」し、昼間にはケース全体に広がる。
それをくりかえしていた。
 団居の糸も、拡散したときの糸もすべて子蜘蛛たちのものだった。
その量も半端なものではない。
 糸はけっして使い捨てなどしていない。
「リサイクル」だ!?
▼ひとつの「ふしぎ!?」が、次なる「ふしぎ!?」にツナガリ、またまったく別のことと思っていた「ふしぎ!?」がツナガッテイルことを発見する。
それはまるで貴奴等がつくるWebのように…。

今朝も貴奴はまだあそこに居てくれるだろうか。
「引っ越し」はしていないだろうか心配だ。
さあ 今朝もご機嫌をうかがってこよう。

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クモは「待機の哲学」を持っている!!

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▼2014/07/22の朝。
私『おはよう!!』
貴奴『ああ、またおまえか…』
私『あれ?今日はギザギザいや「隠れ帯」ないね。』
貴奴『ああ、もう今日はいらんねや。』
私『どうしてなん?』
貴奴『まあ、それはおまえが考えてみんかい。ところで毎日毎日ひつこいやつやな!!なにをしているんや?』
私『観察をさせてもらっているんや!』
貴奴『ひまな奴やな。』
私『楽しみなんやこれが!ところで君は毎日じっとこうして何をしてるん?』
貴奴『バカか。おまえは!なんでいつもそんなアタリマエのこと聞くねんや。』
私『?(゚_。)?(。_゚)?』
貴奴『待っているや!!それ以上は言わんでもわかるやろ!』
私『はあ!…』
▼後で考えてみると、なんという愚問だ!!
貴奴等は用意周到に準備して「そのとき」を待っているのだ。
獲物を待っているのだ!!
「そのとき」のために全エネルギーを集中して「待機」しているのである。
「そのとき」の俊敏さ、巧みな技はすでに見せてもらっていた。
エネルギーを温存して「待機」しているのである。
貴奴等の生涯は「待機」に費やされるのである。

「待機」こそ貴奴の思想であり哲学だった!!

▼私『ところで、もうひとつ聞きたいことあるんやけど。』
貴奴『なんやまだおまえおったんか。そこに長いあいだおってもらったら邪魔になるんやけどな。』
私『あっスミマセン!ではこれだけ。ほんこのあいだ19日まで君等のなかま8頭も姿をみせてもらっていたんやけど、今は3頭になってしまったねん。他の仲間はどこへいってしまったやろ?』
貴奴『他の奴のことはようわからんな。どっかに引っ越ししたんやろな。』
私『へえー、そういうように定期的に引っ越しするものなん?』
貴奴『それは条件しだいやろ。もっと待つのにいい条件のところがあれば…』
貴奴『それに年をとってくれば次のことも考えなあかんしな。まあよう捜してみたら、若いやつがまたみつかるかもしれへんで…』
私『ありがとう。そしたらまた…』
▼とんだ長居をしてしまった。
その場所でふりかえったら名も知らぬ虫がいた。
こいつにもやっぱりこいつの「哲学」があるんやろか。
貴奴の言ったこと思い出しながらより注意深く草むらを見ながら歩いた。
ナガコガネグモが目立つようになってきている。
同じナガコガネグモでも若い(幼い)コガネグモの「隠れ帯」は、大人のそれとは違っていた。
「隠れ帯」の意味もまたちがってくるのかも知れない。
そして貴奴の言っていたように若いコガネグモらしきものもみつけたのである。
貴奴の言うことは正しかった。
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コガネグモ「隠れ帯」って何!?

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▼私『おはよう!』
貴奴『ああ…』
私『なんか機嫌悪そうや?』
貴奴『別に…』
私『ああ昨日すごい雨降ったからか?それに今日はギザギザ片一方しかつけてへんし…?』
貴奴『ギザギザいうてなんや!!これはな「隠れ帯」って言うや。なんにも知らんやつやな。』
私『はあ…、名前ぐらしか。』
私『ところでその「隠れ帯」ってなんのためにつけているん!?』
貴奴『なんでも聞けばいいというものやない。ちょっとは自分で調べてみんかえ!!』
私『はあ、まあそうするわ。アカソナキヤ方式でやってみるわ』
貴奴『なんやその呪文みたいなやつは。まあなんでもええからがんばってみいや!!』
私『うん、ほんならまた…』
▼19日までは確かに8頭まで確認できたコガネグモたちは、昨日(2014/07/21)の朝はもう3頭までしか確認できなかった。19日、20日のはげしい雨が影響しているのだろうか。
貴奴等との「対話問答」も急がねばできなくなってしまうかもしれない。少しあせってきた。
貴奴等にに言うた「アカソナキヤ方式」ここで使ってみることにした。

 タリマエ を当たり前として流さずに 「概念くだき」
 ンガエテミルト けっこう「ふしぎ!?」なことはいっぱいある。「吟味」 
 ウイエバ そのこと教科書に、本に、Webにあったような。「リンク」
ントナク でいい。その「ふしぎ!?」に予想をたててみよう。「ひらめき」
ットコウナルハズ の私の仮説をたててみよう。「仮説」
ッパリ そうだったか!!となれば、これは大発見だ。「実験」「観察」

▼「隠れ帯」のはたらきついてはいくつかの説があるようだ。
やっぱりこの「ふしぎ!?」、世間はほっておくはずはなかった。
ネット等で調べてみると主に4つぐらいの説が有力なようだ。
(1) 存在アピール説
(2) 隠れ身説
(3) 獲物おびきよせ説
(4) ネットバランス調整説
どれもそれなりに納得するところがある。
私としては「動物の世界」の謎解き第一方程式「食べる」に直結する(3)を強く支持したい。
この謎解きの鍵は、これが他の動物たち(天敵のトリ、トカゲ、ハチなど。獲物の昆虫たち)にどう見えるかである。
 私たちにはただのギザギザだが…。
▼「隠れ帯」はコガネグモだけの専売特許ではなかった。
ナガコガネグモはまたちがったタイプ「隠れ帯」だ。
「隠れ帯」もつけているときと、昨日のように片方だけのときもあるし、Xのときもある。
そのときの「天気」との関係もあるかも知れない。
そうすると(4)もかなり有力な説になりそうだ。

こんなところで貴奴に今朝もう一度聞いてみたい。

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【Web更新7/20】14-29 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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箒草 玄関先に 誰待つや 14/07/20 (日)撮影@福崎
■楠田 純一の【理科の部屋】14-29 週末定例更新のお知らせ  本格的に「夏休み」が始まった。 「青春18きっぷ」もさっそく使ってみた。 いつもの無手勝流で いっぱい動いて人からモノから学びたい!! 情報は発信するところに集まる!! 情報は交叉するところに生まれる!!

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 箒草 
 いつのころから、玄関先に箒草が大きく育つようになった。
 毎年たくさん種を落とすから周辺は箒草だらけになる。今の時期から赤く色づくまでかなりながくそれぞれの季節を楽しませてくれる。
 今は、夕立に洗われた緑がうれしい!!

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 すっかり自分自身の「自由研究」の面白さにはまっている。
とりわけ「クモの世界」だ。
 「クモばっかり病」はどこまで続くのか自分でもわからない。それにしても「ふしぎ!?」だ。
なんで今までこの「ふしぎ!?」につき合わなかったのだろう!?

◆オンライン「寅の日」 更新!! 
 12日ごとに巡って来るオンライン「寅の日」。
それがいつしか「毎日が「寅の日」!!」状態になりつつある。
うれしいかぎりである。
 何回かに一回はオフライン「寅の日」の企画をぜひ実現させたいものだ。

◆【大賀ハス観察日記】 更新!!
 一年を通しての観察日記が目標だ。
蓮根の植え替えからまだ16週目が終わったばかりである。
これからも続けていきたい。それでこそ見えてくる世界があるはず!!

さっそく昨日は「観察会」「懇親会」を楽しんだ。
お世話になったみなさん 深謝 <(_ _)>
 

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2014年8月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼それはどう見てもケースの外であった!!
ゲホウグモの子蜘蛛はいつも私を慌てふためかせてくれた。
昨日、さあ出かけようとしたときだった。子蜘蛛たちの「脱出」がはじめていたのである。
いや、「脱出」は子蜘蛛に失礼だ。勝手にケースのなかで「出のう」から「バルーニング」へを観察させてもらっているのだから、貴奴等にとっては迷惑千万の話なのだ。
 気にはしてないわけではなかった。次の一手をずっと考えていたのだ。一昨日の夜にはこれでは飢え死にしてしまってはとそこら飛んでいた蛾を入れてみた。それが貴奴等にとっては「モスラ」みたいなものだっただろうか。
 ケースにちょとしたすき間ができていたのか。外に出ていたのは一頭だけではなかった。
ケースのまわりはまたたくまにネットだらけになってしまった。数えられただけでも数十はいた!!
 また、ケースのすき間を閉じた。さあどうしよう???
▼7/10の「出のう」からはや10日が経っていた。
20日だ!!来月のオンライン「寅の日」を考える時期が来ていた。
来月は何を読もうかなと考えるとき、いつも感心してしまうんだ。
寺田寅彦という人はおおよそ私などが興味をもちそうなことについては何でも書いていた。
それはほんとうにアリガタイ!!
 ウィドプロファイラを見てきたからというわけではないが、今、「風」に興味を持っていた。
「大気の物理学」である「天気の変化」のなかでの「風」である。
見えない大気の移動=風を寅彦はどう読んでいたのだろう?
8月は2回あった。
■2014年8月オンライン「寅の日」
◆第73回オンライン「寅の日」…8/11(月)
◆第74回オンライン「寅の日」…8/23(土)
である。
▼ではどのエッセイするか、一覧表のなかからピックアップして読んでみた。
そして決めた。
ひとつははじめて読む『夕凪と夕風』にする。この季節によさそうだ。
もうひとつもこの季節にピッタリなものを選ぶことにした。これはすでにオンライン「寅の日」で読んだことがあるが
やっぱりいいので、もう一度読むことにする。それは『颱風雑俎』である。防災・減災の視点にもふれてあってとても示唆的である。

■2014年8月オンライン「寅の日」

◆第73回オンライン「寅の日」…8/11(月) 『夕凪と夕風』

◆第74回オンライン「寅の日」…8/23(土) 『颱風雑俎』

▼もう少しで忘れしまいそうなことがもうひとつあった。
昨日は蓮根の植え替えから16週目の大賀ハス定例観察日であった。
「あこがれの4日間」を終えた花托が5本たっていた。
それを覆い隠すように葉が大きく広がってきている。花は終わったが、葉にとっては夏の日光をたっぷり受けて栄養の「稼ぎどき」なのだ。
 どこまで大きくなるんだろう。
 それもまた楽しみだ!!
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ウィンドプロファイラを見た!!

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▼これがこの春以来ずっと見たかった!!
上空約5kmまでの風向・風速を観測しているウィンドプロファイラである。
 この存在を春に三浦郁夫さんに教えてもらって以来、自分の目でもこれを見たかったのだ。
全国33ヶ所に設置されているらしい。
 自分の住んでいるところからいちばん近いのはどこだろうと確かめてみた。そしたら鳥取だとわかった。
さっそく鳥取地方気象台に問い合わせてみた。
 ていねいに応答してくださり、くわしく場所も教えていただいた。
▼行くチャンスじっとを待っていた。
「大賀ハス」「ケホウグモ・コガネグモ」等々の「ばっかり病」でなかなかそのときが来なかった。
昨日の午後、「よし今日だ!!」と思った。
午後1時を過ぎていた。
ナビによれば自宅から119㎞ある。中国縦貫道、鳥取県道まっしぐらである。
一時間半と少しでそこに行っていた。くわしく場所は教えてもらっていたが一旦は見逃してしまったようだ。
鳥取港まで行ってしまった。海上保安署で聞いてみた。
これまたていねいに教えてくださった。深謝。
▼ついに行き着いた。
午後3時を過ぎていた。
イメージしたものとは少しちがっていた。
まず色が違っていた。緑のドームのようなかたちをしていた。
「これがウィンドプロファイラか!!」と感動し、しばしその地で佇んでいた。
そして思わずこの器機と一緒に上空を見上げるのだった。
帰路の中国縦貫道西から東へ向かった。
虹が連続して観察できた!!
私の「自由研究」、第3のテーマ「天気」がぐっと身近に引き寄せた気分になった。
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▼あまりに感動したもので、帰ってから貴奴(コガネグモ)に報告に行った。
私『今日はすごいもの見て来たで、上空の風を読む器機や!』
貴奴『(・_・)......ン?』
私『ところで君らも風が読めるンか?』
貴奴『そんなまたアタリマエのことを。そうでなければ生きていからへんやろ。』
私『へー…』
貴奴『どこに我々がネット張ってるか見てみい!それは風の通り道や。風の通り道は、我々にとっては獲物の通り道でもあるや。だからそこにネットを張って待つんや。』
私『へぇーすごいな。やっぱり風読めるンや!!』
貴奴『まあな、そんでも風がきついときはあかんで。リスク高すぎるから。』
貴奴との話の後、離れた位置の貴奴等見に行った。
そこには、貴奴の仲間が3頭も列をなして居る場所があった。
山側の方に回って気づいた。
 これが貴奴が言っていた「風の道!!」だと。
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本日(2014/07/18)、第71回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日も貴奴(コガネグモ)たちのご機嫌うかがいからはじまった。
ちょっと恥ずかしかったけど、勇気を出して聞いてみたんだ。そのアタリマエ!!
私『いつも気になっていたんだけど、どうしていつも下を向いているの?』
貴奴『…』
貴奴『おまえだって同じ地球上にすんでいるんだから、ちょっと考えたらわかるだろう。』
私『えっ、どう言うこと??』
貴奴『高いつり橋渡るとき、どちら向くんだよ!そう下向くだろう。』
私『ナルホド!!でも君でも高いところ危ないのと思っているの?』
貴奴『少しは身になって考えてみろ!!…』
ちょっと怒らせてしまったのだろうか。

そう言えば、昔いろいろ教えてもらっていた故延原肇先生がよく「ミミズの身になって…」と言われていたのを思いだした。「身になって…」はきわめて有効なすぐれた自然観察の方法なんだろう。
▼本日(2014/07/18)は第71回オンライン「寅の日」である。
寅彦もやはり超一流の「自然観察者」だった。
今日読むのは、寅彦最晩年に浅間山の噴火を観察したときのエッセイだ。

■第71回オンライン「寅の日」
「小爆発二件」(青空文庫より)

▼さすがである。
「噴煙のようす」「火山灰の観察」そして「爆発音」等々詳細に観察していた。
寅彦の詳細な自然観察はそこにとどまらなかった。
そこから自然とともにくらす私たちへの提言もあった。
このエッセイのなかに、あのよく引用される次の言葉があった。

 ものをこわがらな過ぎたり、こわがり過ぎたりするのはやさしいが、正当にこわがることはなかなかむつかしいことだと思われた。○○の○○○○に対するのでも△△の△△△△△に対するのでも、やはりそんな気がする。
▼そこで私はまた貴奴のことを思い出すのである。 貴奴は、寅彦の言葉を忠実に実践していると言えるのではないだろうか。 いつも高いところで待機する貴奴は「重力」を正当にこわがっているのではないだろうか。 こわがっているだけではない。 手も打っていた。  それがクモの糸の「「二」の安全則」だった。  「索引糸の弾性限界強度がクモの体重の約二倍である」ことを大﨑 茂芳氏があきらかにしていた。
  安全性とコストの観点から、「ゆとり」を持ちつつ最大の効率性を示す索引糸によってはじめて、クモの俊敏な活動が保証されるいることになります。ここに、クモの命綱に関する「二」の安全則が得られました。(『クモの糸の秘密』(大﨑 茂芳著 岩波ジュニア新書) p151より)
やっぱり貴奴等はたいしたものだ。

ゲホウグモの団居(まどい)もまだあのままだ。
どうしたらいいのか。
もう少し聞いてみよう!
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ゲホウグモ「団居」(まどい)から「バルーニング」へ!?

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▼この「観察装置」を私が自分の工夫・アイデアで考え出したものだったら、私は「天才」だと思う!!
残念ながらそうではなかった。ゲホウグモが「卵のう」から「出のう」したあの日(7/10台風のやってきた日)、慌てふためき、たまたま引っ越そうしていた新しいケースを上からかぶせただけなのである。
言わば偶然の所産なのである。
これがまったくの正解であった。
新しいケースは透明でなかで何が起こっているのか。それもまた新しい方を上にしたというのがミソであった。
つぶさに観察できるのである。
▼異変が起き始めたのは15日(火)の夕方(18時30分すぎ)であった。
それまで「団居」中のクモは眠っているかのごとく動きを見せなかった。
ときに、この機会に「蜘蛛の子を散らす」をしっかり見ておこうとつついても動くが鈍かった。
ところが、この時間ぐらいから一挙に動きは活発化していった。上へ上へと移動がはじまったのだ。
このようすを言葉で表現するのは難しい。
なんとも見事なんである!!
一頭が上に一本の糸を張ったかと思うと次々と列をなして後へ後へと続くのだった。
糸は縦横無尽にネットが張られていくのだ。
何もない空間をまるで宇宙遊泳をするがごとく動き回る子蜘蛛たちがいた。
ちがうのだ。スポットライトを当ててみてはじめてわかった。
そこは何もない空間ではなかった。みごとに張り巡らされたネットワークがあったのだ。
▼私のなかに「なんために団居をするのか」に答えるあらたな仮説がうまれた。
「団居は、子蜘蛛たちが巧みに糸を操るための集団訓練、学習である」
あの『クモ学』によれば、クモは何種類もの糸を出すらしい。
それを実際に出してみて使ってみて実習するのである。
それも仲間と一緒に連携しなからやってみて習得するのである。
貴奴のみごとな糸技を見せてもらいながら、思いついた仮説である。

16日(水)の朝になると、ほとんど天井にへばりつくようにして団居をしていた。
これは容器の天井であるが、それがなかったらどうだろう。
そう青天井、大空だ!!
つまりこれは「バルーニング」のときが来ていることではないか。
そう子蜘蛛たちは判断したのではないか。
▼では、どうしよう???
悩んでしまうな。
 私としてはもう少しこのケースのなかに居ていろいろ教えて欲しいんだけどなあ。
居てもらうのならエサも考えなければならないし…。
一部に残留してもらうという手もあるかな。
「バルーニング」のその瞬間を見せてもらう工夫はないものか?

昨日の夕方、貴奴(コガネグモ)のご機嫌をうかがいにいったら、みごとに巨大な獲物にありついていた。
これまたみごとな糸技だ!!
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2014大賀ハス「あこがれの4日間」は終わった!!

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▼今週の月曜日7/14。大賀ハス第5号の花びら、雄しべが散った。
これで観察池の大賀ハス「あこがれの4日間」はすべて終了したことに。四日目に少しねばった花びらがあったもののほぼ4日間の開閉を繰り返して散っていった。
 昨年度はやはり変則的であったのだろう。「四日間」については天気が大いに影響しているようだ。
▼ほぼ一ヶ月にわたる観察の記録をここにまとめておく。
「あこがれの4日間」の期間、花びらの数、おしべの数である。
【2014大賀ハス第1号】
・6/19(木)~6/22(日)
・記録、保存なし

【2014大賀ハス第2号】
・6/28(土)~7/1(火)
・花びら 18+1(がく?)
・雄しべ 177

【2014大賀ハス第3号】
・7/3(木)~7/6(日)
・花びら 21+1
・雄しべ 257

【2014大賀ハス第4号】
・7/4(金)~7/7(月)
・花びら 16+3
・雄しべ 213

【2014大賀ハス第5号】
・7/11(金)~7/14(月)
・花びら 15+0
・雄しべ 166

花びら、雄しべの数についてはもちろん絶体的ものではない。あくまで回収できた分についてということである。
▼花が咲けば、子房部がふくらみ種子ができる。
それは大賀ハスも同じであった。それはアタリマエ!!そのための花だから。
5本の花托が今立っている。第1号はすでに「種子」になりそうなのがわかってきた。
今のところ「種子」いちばんたくさんできそうなのは第4号だ。
一日ちがいで「あこがれの4日間」をむかえた第3号と第4号は、咲いているときは第3号の方がりっぱなものだったがわからないものだ。
 天気だろうか?それと関係するが飛んできた虫の数だろうか?
もう一度、「レコロ」が記録したものも見てみたい。
もう少し待たなければ結論はでないが…。
▼第1号のときは、まだ迷っていた。
今年も同じように、雄しべの数をかぞえるか。花びらを回収し保存するか。
迷っているあいだに第1号はそのままにしてしまった。
第2号からこれまでと同じようにすることにした。
黒い画用紙にセロテープで貼りつけた雄しべ、4枚の画用紙を机の上にならべてみた。
圧巻!!である。やってみてよかったと思った。
花びらの方も、無理矢理冷凍庫あけて保存した。我が家ではじめて開花したときの花びら(2009)もまだ保存していた。どうしたものかこの一年のあいだに考えたい。
大賀ハスの「ふしぎ!?」
観察はまだまだつづくが、ひと区切りつけての中間報告である。
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【お薦め本】『クモ学』(小野 展嗣著 東海大学出版会)

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▼昨日(2014/07/14)の朝も貴奴(コガネグモ)は巧みな技を駆使してネットづくりをしていた。
その見事さに時間が経つのも忘れ見惚れてしまっていた!!
 私の「クモばっかり病」も重篤化するばかりである。
▼それを加速させてくれる本に出会った。
■『クモ学~摩訶不思議な八本足の世界~』(小野 展嗣著 東海大学出版 2002.6.20)
である。
 例によってお薦めポイント3つをあげておく。

(1) クモというこの「ふしぎ!?」な生きものについての基本的なことがわかる。
(2) 貴奴等がどこからやってきたかを教えてくれる。
(3) ワクワクする「クモ学への招待状」である。

▼「ふしぎ!?」のかたまりのような生きものクモ!!
私の貴奴等と本格的なつきあいの歴史は浅い。やはり昨年の「貴奴(コガネグモ)の狩り」を偶然目撃してしまったことがはじまりだろう。
 別に特別の「昆虫少年」でもなかった私は、「昆虫」もそうだがこの「クモ」を意識して観察したこともなかった。
今、最大の不思議は、こんなにも身近にいてこんなにも不思議で面白い「クモ」になぜ興味を持たなかったか?
それが「ふしぎ!?」だ。
それではお薦めポイント3つをひとつずつ行く。

(1) クモというこの「ふしぎ!?」な生きものについての基本的なことがわかる。
 動物の「ふしぎ!?」の謎解き第一方程式「食べる」!!
何をどのように食べているか。
食べるための口はどうなっているのか?
食べたものを消化するための器官はどうなっているのか?
どのようにウンチをしているのか?
食べたものはエネルギーに変えなければいけない。
そのためには「呼吸」をしなければならい、そのための器官はどうなっているのか?
昆虫とのちがいはあるのか?
 第二方程式「子孫を残す」!!
メスとオスのちがいは?
そもそもふだん目にしているクモはオスメスどっち?
そんな諸々の基本的な疑問にクモ大好きなプロが答えてくれている。

(2) 貴奴等がどこからやってきたかを教えてくれる。
 この摩訶不思議な生きものはどこからやってきたのだろう?
「昆虫」とはいつ袂とを分かったのだろう?
「4億年の進化の過程」と簡単に言ってしまっているが、貴奴等の歴史になにが起こったのだろう。
「クモ」と一口に言ってもいろんな「クモ」が身のまわりに居る。
ネットをつくらない連中もいる。
 ほんと注意して見はじめるととんでもなくいろんな奴がいるのである!!
「オマエどこから来たんだ?」
この本を参考にして、再び貴奴等に聞いたら教えてくれるかも知れない。

▼3つ目のお薦めポイントに行く。
(3) ワクワクする「クモ学への招待状」である。
 この「クモ学へ招待状」は著者の言葉である。
最終章は「第9章 クモ学への招待状」となっているのである。
前のふたつの章
「7章 タランチュラは毒グモか」
「8章 セアカゴケグモ事件」
とあわせて「クモの人間学」としている。
これが実に面白い!!正直に言うとこの3章がなかったら【お薦め本】にしなかっただろう。
「タランチュラ」の源流を追って、イタリアの一都市「タラント」を訪ねる話や、19年前(1995)のあの「セアカゴケグモ事件」の渦中の人としての顛末記が語られている。
クモ研究最前線で活躍するプロの話は実に面白いのである。
そして何より面白いのが第9章だ。
そのなかに「学問はクモの網そのもの」と言ってクモの網の図あげ「クモ学」の位置づけがしてある。(同書 p178)
そしてこんなことが書かれていた。

 人間の探求心は、ヒトとはなんぞやという問いかけからはじまって、だんだんほかの動植物や目に見えない生物、地球、宇宙へと果てしなく広がっていった。
 医学や工学などの実学や実験科学に対して、自然現象を素直に追求していく学問分野を「自然史科学」と呼ぶことがある。私はこれこそが科学の本質ではないかと考えている。なぜなら、「螺旋糸」系の学問は、あらゆる「放射糸」系の学問と接点をもっているからである。(同書 P179)

私は、なぜかこの図・文章を読みながら、インターネット時代の今日毎日なれ親しんでいる「WWW(World Wide Web)の世界」のWeb(クモの網)を連想したのだった。
やっぱり「クモの巣」ではなく「クモの網」と呼ぼう!!
いや「クモのネット」と呼ぼう!!

ずいぶん遅れてこの「招待状」受けとった「昆虫少年」ならぬ、遅れてきた「クモ少年」は、今日も貴奴等のご機嫌をうかがいにでかけるつもりである。
 ゲホウグモの団居も「出のう」から五日目まだ続いていた。
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【Web更新7/13】14-28 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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灸花 高き石垣 登りけり 14/07/12 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-28
週末定例更新のお知らせ
 「夏休み」が近づいて来た!!以前とは違う意味合いをもっているはずだ。
でもやっぱり「夏休み」と聞くとなにか心躍るものがある。
 もうこれは長年のあいだに染みついてしまった「心の習慣」なのだろう。
エネルギー充填の季節!!ともかく動こう!!

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 灸花(ヘクソカズラ)
 「夏休み」というと思い出すのがこの花だ。
 どこがどうつながっているか私にも定かではない。台風がやってきて、雨戸を閉めてうすぐらいなかで友と遊んだ。遊ぶと言ってもおもちゃもゲームもなかった。
 なぜか家に持ち込んだこの花を手の甲にのせて「灸や!灸や!!」とはしゃいだの憶えている。
だから、この花は私にとって「灸花」!!
 「ヘクソカズラ」とはとんでもない汚名をつけられたものだ。「オオイヌフグリ」を花のときは「ホシノヒトミ」「ハタケノクワガタ」とよんでやりたいのと同様に、こいつを「灸花」とよんでやりたい。
 その灸花が東の畑から石垣のぼって顔を出した。「おーい、夏休みだぞ!!」と

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 「自由研究」の源流を追っていた。あわせて「これからの「自由研究」」を提案したいと思っていた。
まずは、自分自身の「自由研究」をとやっているあいだにすっかり「クモ」に夢中になってしまっていた。
私の夏休みの「自由研究」一押しのお薦めは「クモの研究」だ!!

◆【大賀ハス観察日記】 更新!!
 今日(2014/07/14)は、第5大賀ハス「あこがれの4日間」の4日目、すなわち最終日である。
これで今年度の花の観察は終わりと言うことになるだろう。
 しかし、観察日記は一年間継続するつもりである。一年間通して観察してみてこそ見えてくるものがきっとあるはずだから。

さあ、新しい一週間!!
「夏休み」に向けて ゆっくり急ごう!!

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子蜘蛛はなぜ「団居」(まどい)をするのか?

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▼10日の日、あの台風の雨風がいちばん強いとき、ゲホウグモの「卵のう」がぶら下がっていた南天の木も少し被害を受けていた。「出のう」の済んだ「卵のう」ふたつはかろうじてそのままであった。
しかし、奇妙なことがおこっていた。
台風までは、きれいにぶら下がっていたが、風雨を強く受けた「卵のう」はとなりの葉にへばりつくようにひつっきまくっていた。「卵のう」の繊維はいったん水に溶け粘着性を回復して、乾燥すれば元にもどるのであろうか。
いったん接着すれぱなかなかはがれなかった。
これまたなんとうまくできているのだ!!
今度は枝ごとどっかに飛んで行ってしまうかもしれない。昨日、枝ごと折って「保存」しておくことにした。
表面の赤い毛糸くずのようなは健在であった。
これは何なのだろう?
▼10日の朝、ケースの中で「出のう」したゲホウグモは、あいかわらず「団居」(まどい)を続けていた。
「出のう」から三日目であった。
ときおり「蜘蛛の子散らした」状態になるが、しばらくすると元にもどった。
「団居」のかたちも集団の数も微妙にかわっていた。
それにしても「ふしぎ!?」だった。
子蜘蛛たちは何をしているんだろう?多くの蜘蛛たちが「団居」をするという。
これはなんなんだ?
・自立までの集団訓練、学習?
・長旅の準備期間?
・エネルギー充填期間?
イワシの「群れ」、渡り鳥の「群れ」の意味だろうか。ちょっと違う気がする。
それにしてはリスクが高すぎる。天敵に攻撃を受けたときはひとたまりもない!
「蜘蛛の子散らす」はその防ぎょ策なんだろうか。
こうするメリットはなんなのだろう。
きっと4億年の進化の過程で身につけた生き延びるための策なんだろう。
「団居」をしているあいだに貴奴等に何度も聞いてみよう。
▼ところで心配なことがある。
「動物の世界」の謎解き第一方程式は「食べる」だった。
「団居」あいだの「食べる」はどうするんだろう?
「エサ」は必要ないんだろうか。
ひよっとして、「団居」の期間は集団で「狩り」をするんだったのだろうか。
それなならまずい!!ケースの中には何もエサになるような虫を入れていない。
水だけはティシュにしみ込ませて置いておいたが…
さてどうしたものだろう?
急がねば…。
▼「クモばっかり病」で大賀ハスの定例観察日であることを忘れるところであった。
蓮根の植え替えから15週目であった。
 第5大賀ハス(これが今年度最後の花になるだろう)の「あこがれの四日間」、二日目であった。
少し小ぶりだがやっぱり二日目の開花はみごとである。
大きな蜂がやってきていた。
 すでに花を終えた果托4本と「レコロ」、そして第5大賀ハス!!
今年の観察池を象徴する一枚を撮った。

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蜘蛛は「天気予報」ができるか!?

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「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
あの寅彦の口癖を連発したい気分だった。
 台風が接近してきた10日の話だ。ゲホウグモの「出のう」があってそちらに気をとられいたが、同時に「観察」していたものがあった。それはコガネグモたちの巣である。
 いちばん近くの二匹(やっぱり匹を使ってしまう。そのうち頭に変えたい。)のコガネグモの様子を観察していた。
雨風がはげしくなる前の朝方には、なにくわぬ顔で巣を張っていた。しかし、いちばん雨風がはげしかった昼間は巣をたたんでいた。夕方になって少し落ち着いてくると二匹のうちの一匹ははやくも顔出し、巣をつくろうとしていた。では、少しはなれたところ(山ぎわ)の貴奴等は「どうしているだろう?」と見に行った。
そのときだとんでもないものを見たのは。
5匹目、6匹目のコガネグモを発見したのだ。
▼昨日11日も朝と夕方に6匹のコガネグモの巣を「観察」をした。
いちばんびっくりしたのは10日に発見した5匹目と6匹目の巣だ。
朝にはとんでもなく高い位置に巣を張っていた。
夕方には少し低い位置に張り直していた。一日のうちにでも張り替えをやっていたのである。
それが、私には「天気の変化」を読んでの行動に見えた。
あのシロウトのとんでもない仮説
「蜘蛛は独自の高精度な「バロメーター」を身体の内部に持っているのではないか!!」
に加えて
「蜘蛛は「天気予報」ができるのではないか!!」
とう仮説を立ててみたくなったのだ。
▼なるほど、蜘蛛の巣に関する天気ことわざがあった。
よく知られたのでは、
●蜘蛛の巣に朝露がかかると晴れ。
●夕方蜘蛛が巣を作れば翌日は晴れ。
等である。
 ナルホドと思うところでもある。しかし、これはあくまで観天望気で我々の「天気予報」に有効であるという話である。
 私が今問題にしたいのは貴奴等にとっての「天気予報」である。
貴奴等にとって「天気」をあらかじめ知ることは、即「死活問題」ではないのか。
「狩り」がうまくできなくてエサにありつけなればそれは死を意味する。
「バルーニング」のタイミングをはずせば命はそこまでだ。
貴奴にとって「天気予報」は生きて必定なのではないか。
▼とは言ってもみてもシロウトには仮説を立証する手立てがわからない。
21世紀の化学をもってしたやっと人工的につくることが可能なったという「強靱な糸」をアタリマエにつくり出している貴奴のことだ。
 我々のまだ知らない独特のレセプター(受容体)を持ち合わせているのかも知れない。
それならばそれはどこに?

蜘蛛の「ふしぎ!?」の諸々はどこまでわかっているのだろう?
それが、とても知りたくなって来た!!
さあ今朝も6頭の貴奴等のご機嫌うかがいに行ってみよう。
あっ、その前にケホウグモの「団居」だ。
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ゲホウグモがケースのなかで「団居」をつくった!!

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▼(゚o゚)ゲッ!!(゚o゚)ゲッ!!(゚o゚)ゲッ!!のゲホウグモが…。
ふざけている場合ではなかった。
人は自分の「想定外」の出くわしたときに慌ててしまうが、またぴったり「予想」した通り(「期待」通りと言う方がいいのかも知れない)のことが起こってもパニクってしまうものである。
 台風8号が加速して接近しつつある昨日の朝の私がそれであった。
台風への備えの再チェックをして、その作業にかかろうと思った。
その作業とは、南天の木から落ちてしまったゲホウグモの卵のうを引っ越しである。
古びた飼育ケースに南天の木の枝とともに入れていたが、それでは生まれてくるゲホウグモたちに失礼かと思い、新しいケースを一昨日購入していたのである。そこへ引っ越しをさそうとしたのである。
9時30頃であっただろうか。
 南天の枝を半分ぐらい移動し、そして卵のうを移動させようとした。その時である気づいたのである。
移動させた南天の枝にも、そして卵のうのまわりにも黒い粒々がいっぱい…
その動きまくっている。
 まちがいなく子蜘蛛である!!卵のうから子蜘蛛たちが出てきていたのである。
これを専門家は「出のう」というらしい、なんというアタリマエ!!
▼これぞ「蜘蛛の子を散らした」状態になってしまったのだ。
ケースから外に出ようとするやつ、南天の葉のまわりを駆け回るやつ、ケースの壁を駆け登るやつ等々…。
私はすっかりパニクってしまった。
何をどうすればいいのかわからなかった。とりあえずは「引っ越し」はやめにした。
移動させた枝は元の古いケースに戻した。
そして新しいケース逆さにして上からかぶせた!!
結果的にはこれが最も正解だった。そのときは「観察」どころではなかった。
少し落ち着いてから、これを写真に撮って記録化しなければと思い、撮りまくった。
やがて子蜘蛛たちも動きをとめた。
そしてなんとケースのなかに「団居」(まどい)をつくったのである。
団居のハンモックの端はプラスチックケースの壁にひっつけていた。
なんとフレキシブルな対応だ。私はまた野外で見たときのように枝でなければいけないのかと思い、南天の枝を入れていたというのに。
 団居はひとつではなかった。大きく見て4つつくっていた。
団居のなかでは静止していた。
 だから子蜘蛛の数を数えることができた。
とは言っても手にとってというわけではないので大ざっぱである。
なんとその数は「500」近くなったのである。
500匹の子蜘蛛!!(これも後で本等で知るのだが蜘蛛は「頭」で数えるのが正しいらしい。)
こちらがパニックっている間に脱出してしまったものは10匹前後だろう。
面白いと思ったのは、その脱走組もプラスチックのケースごしに団居に近づいてくるのだった。
ほんとうに落ち着いたのは11時30分を過ぎていた。
▼さて、これからどうするか。
本来の目的は「団居からバルーニングへの瞬間を観察する」ことであった。
しかし、「出のう」から団居をつくるまでの子蜘蛛たちの様子をつぶさに観察した今はゲホウグモのことをもっともっと知りたくなってきた。
 せっかくの偶然がもたらしてくれた絶好のチャンスだ。
・これってホントにゲホウグモなのか?
・卵のうの赤い糸の意味は?
・「団居」ってなに?これは何をしているだろう。
・ゲホウグモってほんとうバルーニングをする蜘蛛なのか?
・バルーニングの瞬間の判断はどのようにして行うのなうのか。
等々である。
▼もっともっと驚いたことがあった。
昼前に落ち着いたかに見えた団居!! 
15時に見たときも、17時に見たときも、そして寝る前にもう一度見に行った21時にも団居の場所も集団の数も変えていたのだ。そして今朝も…。
 何をやっているだろう!?

バルーニングで元の位置に戻す予定が少しゆるぎはじめた。
「飼育」ということも考えるようになってきた。
ならばエサは?生活空間の確保は?…
課題が多すぎるな。どうしよう???
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コガネグモたちと台風!!

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▼昨日(2014/07/09)の朝。
「リケジィ」はひとり万歳を叫びたい気分だった。
いつもように朝の散策に出た。まずは二匹のコガネグモのご機嫌をうかがった。
元気だった。いつもの場所にみごとな巣を張り待機していた。
こんな至近距離だからいつでもじっくりと貴奴を観察できるアリガタイ限りだ。
二匹のご機嫌をうかがった後、さらにいつものコースの歩をすすめた。
コースの一番遠いところにさしかかった。と言っても普通に歩けば家から5分とかからないところだ。
最初、私は自分の目を疑った。
なんとそこにもコガネグモがごくフツウに居たのだ!!
三匹目のコガネグモの発見!!である。
しばしそこで立ち止まってしまった。
 そして考えた「こんなにフツウに居るのなら、見逃しているだけでもっと他にも居るのではないか!!」
 答えはすぐ出た。
山ぎわの草むらをもう一度見なおした。
そしたら4匹目の貴奴が居たのだ!!
▼これは何なんだ。
私のいつもの散策コースという小さな空間に4匹ものコガネグモが居る。
よほど貴奴等のお気に入りの環境なんだろうか。
それは何なのだろう?
もっと「ふしぎ!?」があった。
7/9と言えばちょうど一年前(2013/07/09)、あの衝撃のコガネグモの「狩り」を見た日なのである。
ピッタリ同じ日だなんて
貴奴等は「暦」(カレンダー)でもつけているとでも言うのか!?
▼台風8号が近づいて来ていた。
巨大な台風なようだ。一時とんでもない「気圧」の数値が報道されていたことでもわかった。
 ところで、この「気圧」と「天気」の関係を我ら人類が知ったのはそんなに古い事ではない。
あのマグデブルク半球のゲーリケがついに「真空」を手に入れ、空気の重さをはかりそれと天気の変化の関係に気づいたのは17世紀半ばであったはず。そんな古い話ではないのである。
そして、我々は気圧計(バロメーター)という道具を手に入れた。

私はシロウトならではのとんでもない仮説を立てていた。

クモは独自の高精度な「バロメーター」を身体の内部に持っているのではないか!!

というものである。
▼なぜこんな仮説を立てかというと、この一年間に貴奴等が4億年の進化の過程に身につけてきたスゴ技の数々を見せてもらってきたからである。
 例えば「索引糸の強靱さ」「ネットづくりの巧みな技術」「狩りのスピード」等々である。
そして、特にこの夏にゲホウグモたちが見せてくれた「団居」から「バルーニング」へのタイミング、スピードである。二度まで「バルーニング」の瞬間を見逃したものの、それがまたたくまの出来事であることを教えてくれた。
二度の「そのとき」の天気を考えてみると共通するところがあった。
夕立があったのである。
夕立は一度ならず複数回あった。
「バルーニング」するには上昇気流の乗る必要がある。
「上昇気流」と「夕立」関係大有りではないか。貴奴は旅立つタイミングをはかっていたのではないか。
つまり自らの「バロメーター」を駆使して天気予報をやっていたのではないか。
これが、私の仮説の根拠だ。

拙い観察だけではこの仮説を立証することはできないかも知れない。
しかし、ひつこく貴奴等に聞いていたら教えてくれるかも知れない。
風が強くなってきた今朝も二匹のコガネグモのところに行ってご機嫌をうかがってきた。
強い風雨もどこふく風とへっちゃらな顔して巣の中央に居座っていた。
もっともまだ「表情」まで読み取れほど仲良しになってもらってはいないが…。

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ゲホウグモの「卵のう」が落ちた!!

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▼岩波の『科学』6月号(岩波書店 2014年6月号)が「科学エッセイの楽しみ」という特集を組んでいた。
とても面白いので、少しずつ少しずつ楽しみながら読んでいる。
 そこに最近注目している長沼毅さんが「酒と氷とリケジョとリケジィ」というエッセイを書いている。
水の「ふしぎ!?」について書いていた。流石だ!!
 だが反応したのそこではなかった。
「リケジィ」だ!! 「リケジョ」は聞いた事あっても、「リケジィ」はなかった。
「リケジィ」は「理系おやじ」の短縮形で使っておられるようだ。
話はその「リケジィ」の性と言うか業についてであった。
▼この「リケジィ」いただこうと思った。
私よりちょうど10歳若い長沼さんにとっては、「リケジィ」=「理系おやじ」だが、私が使えば「理系爺(じじい)」の短縮形ということになる。
 私にも、その「リケジィ」の性というか業のようなものがあった。
「リケジィ」が今一番のはまりものが「クモ」だった。
なかでも「ゲホウグモ」だ。
そのゲホウグモにとんでもない大事故が起こってしまった。
ゲホウグモの「卵のう」は、門先の南天の木に3つぶらざかっていた。
そのうちふたつまではすでに
「卵のう」→「団居」「蜘蛛の子を散らす」→「旅立ち」を見せてくれていた。
▼事故は7/6(日)に起こった。
 この日は第3号大賀ハス「あこがれの4日間」の四日目でそちらに意識が行ってしまっていた。
昼に見に行ったときは確かに3つともぶら下がっていた。
午後はたしかにかなりはげしく雨がふったり止んだりを繰り返していた。
夕方、その場所に行ってびっくりだった。
なんとまだ子蜘蛛たちの出てきていない第3の「卵のう」が雨で濡れ重さに耐えきれずに下の道路に落ちていたのだ。
 落ちた場所も道路の端ぎりぎりのところである。
そのとなりは溝だ。雨でたくさんの水が流れる溝だ!!
ギリギリセーフ!!
▼事故はとても残念であるが、水に流されて消えてしまいはしなかった。
ここからが「リケジィ」の性というか業である。
これ幸いと飼ってみることにした。
古びたフタのない飼育ケースをさがしてきた。なかにぶらさがっていた南天の木の枝をいっぱい入れた。
そしてそのなかにそっと落ちた「卵のう」入れてやった。
「卵のう」はじっくり見ると黒っぽいものが見られる。
・子蜘蛛は生きているだろうか?
・子蜘蛛はほんとうに出てくるだろうか?
・何匹ぐらいでてくるだろうか?
・ケースのなかで団居を見せてくれるだろうか?
・団居から「バルーニング」の瞬間を見ることができるだろうか?
・赤い糸くずの「ふしぎ!?」は謎がとけるだろうか?

「リケジィ」の血が騒ぐのだ!!

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まだまだ続く大賀ハスの「ふしぎ!?」

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「あこがれの4日間」!!
などという言葉を私はいつから使っているのだろう。
7年目になる【大賀ハス観察日記】を見ながらふり返ってみた。
 種子から育て最初にひとつだけ開花した2009年度から使っているようだ。
とてもお気に入りの言葉だ。
ハスの花は四日間だけ開閉を繰り返し散っていく。
それはまるで人生のステージが4つ(「幼」「青」「壮」「老」)あるように。
▼今年の第3号大賀ハス「あこがれの4日間」の四日目は、先日の日曜日(2014/07/06)だった。
早朝よりとなりの第4号と同じように開花した。
少し異変が見えだしたのは11時ごろだっただろうか。
12時過ぎには花びらはすべて散ってしまった。
花びらが散ると同時に雄しべがハラハラと目の前で散り始めた。
▼例によって、散った花びらを集めて黒い画用紙の上にならべてみた。
いちばん大きい花びらで13cmぐらいの長さがあった。
枚数は、萼との区別が私にははっきりしないが「21枚+1」としておく。
雄しべもいつもと同じ処理をした。257本あった。
なんとすごい数だ!!
 花びらも雄しべもできるだけ入念に回収したつもりだが、未回収があるかも知れない。

【2014年第3号大賀ハス】
●花びら 21枚+1
●雄しべ 257本

▼それで私の大賀ハスの「ふしぎ!?」はどこまできただろう。
目の前で定刻通り雄しべがハラハラと落ちる光景を見たのはやっぱり「ふしぎ!?」だった。
どんな「目覚まし時計」が仕込まれているのだろう?
どんな「からくり」になっているのだろう。
花びらの散る順番にどんな意味があるのだろう?
花びら開いて行く順番との関係は?
この「からくり」にどんな物質が、どんな物理法則が関与しているのだろう?
「ふしぎ!?」は深まる一方だ。
幸い今年は、インターバル撮影「レコロ」が記録化してくれている。
それを見ながら
さあ ゆっくり急ごう!!
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【Web更新7/6】14-27 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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露草の 色の染めけり 空までも 14/07/05 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-27
週末定例更新のお知らせ
 2014年後半スタートの一週間が終わった。
たった一週間であるが、あまりにも多くの「ふしぎ!?」に出会って頭と気持ちが追いついていかない状況だ。
毎年毎年同じことを繰り返したきたはずなのになぜ気づかなかったのだろう!?
それがまた不思議だ!!
 まあ ゆっくり 楽しみながら 急ごう!!

◆表紙画像集2014 更新!! 人里の自然シリーズ ツユクサ
「歳時記は日本人の感覚のインデックス(索引)である」と言ったのは寺田寅彦だった。
ナルホド!!の言葉だ。その歳時記によれば「露草」は秋の季語だそうだ。私のインデックスだとどうしても「夏」なんだけどなあ。
 私はこの花を見ると、すぐさま思い出すことがある。昔、紅花を追って旅をしているとき行った京都・友禅の匠の「ツケクサ」の話だ。
 私はまだちゃんと「オオボウシバナ」に出会っていなかった。
 これの汁を使って七夕の短冊を書くなんてやっていたのだろうか。一度挑戦してみたいことだ。
それにしてもいい青だ。
 この青で空が染められるまでに日はあるのだろうか。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 「自由研究」の源流を追っていた。その作業は少し保留しておく。
 まずは、自分自身の「自由研究」を!!
今しかできないことをできるだけリアルタイムに報告していく。
その作業過程の中で「これからの自由研究」の方向も模索してみたい。 

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 本来は12日ごとに巡ってくる「寅の日」。
 それがいつしか毎日が「寅の日」!!のようになってきているのがうれしい!!
やはりそれはネットの影響が大きいのだろう。
 そのうちオフライン「寅の日」を企画していきたいと思っている。

◆【大賀ハス観察日記】 更新!!
 昨日(2014/07/06)、観察池3号大賀ハスは、「あこがれの4日間」の最終日だった。
定刻になるハラハラと花びらが散り始めた。雄しべまでも…
 これは何なのだ???どんな「からくり」になっているんだろう。
大賀ハスの「ふしぎ!?」はつづくのだった。

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本日(2014/07/06)、第70回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼なんと美しい!!
私はこの「美しさ」を表現する言葉も術も持たない。ただただカメラのシャッターを切り続けるのみだった。
大賀ハス蓮根の植え替えをしてから14週目の定例観察日。
第3号大賀ハス開花3日目、第4号開花2日目と重なった。途中少し雨も降ってきたがそれでも2014年観察池最高の一日となった。虫たちもいちばんよく見かけた。
▼本日(2014/07/06)は第70回オンライン「寅の日」である。
7月に何を読むか。繰り返しになるが書いてみる。
2014年6月号『科学』(岩波書店)が「科学エッセイの楽しみ」を特集していた。(これが実に面白い!!私は今なおちびりちびり楽しんでいる。)『科学』、「科学エッセイ」とくれば当然 寺田寅彦だ。特集は3部構成で各部の巻頭に寅彦のエッセイが引用してあった。
 その元のエッセイを読もうというのが7月のオンライン「寅の日」だ。本日はそのはじめに「化け物の進化」(1929)を読む。

◆第70回オンライン「寅の日」

「化け物の進化」(青空文庫より)

▼人は他人の書いたものを、意識するしないにかかわらず自らの「文脈」に引き寄せ重ねあわせて読む。
みごとに重なったとき共感をし膝をたたく。
 オンライン「寅の日」もついに70回を数えるようになった。
大きなことは言えないが、少しずつ、ほんの少しずつであるが、寅彦の「文脈」が見えてきたと思う今日この頃である。
 私の「文脈」で言うとどうしても科学教育に関するところでは反応してしまうのである。

 

不幸にして科学の中等教科書は往々にしてそれ自身の本来の目的を裏切って被教育者の中に芽ばえつつある科学者の胚芽(はいが)を殺す場合がありはしないかと思われる。実は非常に不可思議で、だれにもほんとうにはわからない事をきわめてわかり切った平凡な事のようにあまりに簡単に説明して、それでそれ以上にはなんの疑問もないかのようにすっかり安心させてしまうような傾きがありはしないか。そういう科学教育が普遍となりすべての生徒がそれをそのまま素直に受け入れたとしたら、世界の科学はおそらくそれきり進歩を止めてしまうに相違ない。

あらゆる化け物に関する貴重な「事実」をすべて迷信という言葉で抹殺(まっさつ)する事がすなわち科学の目的であり手がらででもあるかのような誤解を生ずるようになった。これこそ「科学に対する迷信」でなくて何であろう。科学の目的は実に化け物を捜し出す事なのである。この世界がいかに多くの化け物によって満たされているかを教える事である。

もうひとつ自分の「文脈」にこだわるなら、ここで登場する「化け物」たちを、あの柳田國男の『遠野物語』の「化け物」と重ねあわせながら読んでしまったのである。
▼こうしてオンライン「寅の日」の度に、寅彦のエッセイについて自分なりの感想・コメントをつけているのだがそのときに毎回、少し反省していることがある。
 それは、ついつい引用が多くなってしまうことである。
それぞれの人が、自分の「文脈」に引き寄せて読みたいと思っている邪魔になるのではという危惧を抱くからである。
 毎回反省しながらもやっぱり「これは!!」「ナットク!!」となるとついつい…。
今回はあと2つだけどうしても、スミマセン。

現在の世界じゅうの科学者らは毎日各自の研究室に閉じこもり懸命にこれらの化け物と相撲(すもう)を取りその正体を見破ろうとして努力している。しかし自然科学界の化け物の数には限りがなくおのおのの化け物の面相にも際限がない。

化け物がないと思うのはかえってほんとうの迷信である。宇宙は永久に怪異に満ちている。あらゆる科学の書物は百鬼夜行絵巻物である。それをひもといてその怪異に戦慄(せんりつ)する心持ちがなくなれば、もう科学は死んでしまうのである。

「科学的」という名の「非科学性」が横行する今こそ、多くの人に読んで欲しい名エッセイである!!
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あのコガネグモに「再会」した!!

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▼私は、今これを興奮気味に書いている。
私は、この6~7年のあいだにとても興味深い不思議な生きものに出会ってきた。
・ナイロン袋のなかでエサもなく261日も生き続けたコウガイビル
・水を数滴加えるだけで「乾眠」から目覚めたクマムシ
・自ら出す糸を使って巧みな「狩り」を見せてくれたコガネグモ
などである。
 いずれの「出会い」もが、ごくごく身近な場所でのことだった。
そのことはとてもアリガタイことであり、そのことにこそ深い意味があると思っていた。
▼昨日は早朝から少し興奮ぎみだった。
雨の中でもみごとな巣を作っていたゲホウグモに感動したからである。
赤い不思議な糸をつけた「卵のう」、「団居」、「蜘蛛の子を散らす」、レコード盤のような巣、速攻の「狩り」等々の観察ですっかりゲホウグモの大大ファンになろうとしていた。
 そのときだ。ほんとうの驚きと興奮が訪れたのは。
 ちょうど一年前に偶然の「出会い」でみごとな「狩り」を見せてくれて、「クモの世界」に興味をもつきっかけを与えてくれたコガネグモに「再会」したのだ。
 昨年の場所よりもっともっと身近でだ。
 雨があがったので、少し久しぶりに定期コースを朝の散策に出かけようとした。そのときだ!!
距離にして20m~30mだろうか。
数秒歩いただけだった。なつかしい貴奴がいたのだ。
もちろん去年の貴奴ではない。でもアタリマエだが顔つきも姿かたちも去年のままだった。
もうこれだけで感動は絶頂だった!!
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▼これで終わらなかった。実は、もっと驚き、感動するものを見てしまったのだ。
そこから数m離れたところにもう一匹のコガネグモを見たのだ。
最初に見たより大きい、さらに例の八の字の「かくれ帯」もはっきり見える!!
なんということだ。
 もう生涯出会うこともないだろうと思っていた貴奴に、それもWで「再会」するとは!!
 この夏休みが滅茶苦茶楽しみになってきた。
 なにしろ、「どうしているだろう?」と思ったら数秒で観察できるところに貴奴等はいるのだから。
▼「再会」したコガネグモばかりに興奮しておれなかった。
ゲホウグモの「団居」にも昨日変化がおきた。
昼に見たときには確かにより密に子蜘蛛たちはかたまっていた。
晴れていると思ったら、夕立があった。
夕立が終わった後しばらくして見に行くと「団居」は解体していた。
南天の木の上の方を見ると細い糸が風に揺れていた。
この糸をつたって天をめざしたのだろうか。
最後列の子蜘蛛たちがまだ糸につかまっていた。
またしても「バルーニング」の瞬間を見逃してしまった。
もうひとつ「卵のう」が残っている。
チャンスはまだもう一回ある!!
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雨の中の大賀ハスとゲホウグモ!!

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▼昨日は朝からずっと雨だった。
少し遅れてしまったが、大賀ハス2号の雄しべの数を数えた。方法はきわめて単純であった。
黒い画用紙に10本ごとにセロテープで貼りつけていくというものだった。
「タンポポの研究」で舌状花の数をかぞえたときの方法だ。単純で拙いけど同時に標本づくりにもなる。
気に入っている方法だ。
雄しべの数は177本であった。少し小ぶりな花だったようだ。
それにしてもこれだけの雄しべを準備していたとは…。
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▼7/1(火)に第2号大賀ハスの第4日目が終わり、一日おいただけで雨の中ではあるけど第3号大賀ハスの開花がはじまった。
 雨が降っていても「お決まり」通りに開花する蓮華に自然の律儀さを感じた。
それから、今さらであるが葉だけでなく花びらにも撥水加工がほどこされているに気づいた。
やるな、大賀ハス!!
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▼どしゃ降りの雨の中でもがんばっているやつがもうひとついた。
ゲホウグモの団居である。
まだ「旅立ち」はしていなかった。
「旅立ち」が気になるもので何度も見に行ったが、団居のかたちも微妙に変わっているように見えた。
第3の「卵のう」にも雨が滴り落ちていた。
そしてなかに、黒いモノが…
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▼一昨日の夜見たゲホウグモ(?)のみごとなレコード盤のような巣が目にこびりついていた。
今朝、起きてすぐだった。
雨がまだ降り続いていた。まさかとは思ったが、一昨日のその場所を見上げてみた。
居た!!あの「レコード盤」があったのだ。
貴奴も確かに居た。巣は雨でたわんでいた。場所は少し柿の木よりに移動し、高くしていた。
これで道路を車が通ってもあたることはないだろう。
この雨の中!!
なんというするどい!!賢いやつだ!!
私は貴奴の大大大ファンになってしまった。

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ついにゲホウグモの「狩り」を見た!!

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▼昨日、2014/07/02「半夏生」は記録すべき一日となった。
はじまりは6時10分すぎだった。
いつものようにゲホウグモの「卵のう」のある南天の木を見に行った。二つ目の「卵のう」が黒ずんできていたから気になっていた。
 やっぱりだった。予想はしていても驚いた。「卵のう」から子蜘蛛たちが出てきていたのだ。
出てきてすく゛は、いくつのかのかたまり(団居)にわかれていた。
やがて、それらはひとつのかたまりとなった。
「卵のう」から「団居」へ!!「ふしぎ!?」だ!!
しかし、それは「ふしぎ!?」の幕開けにすぎなかった。
ずっと観察をつづけていたかったがそうはいかなかった。
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▼帰宅したのは16時を過ぎていた。
すぐにその場所に行った。まだ団居のままであった。
今度こそ団居から飛び立つ瞬間をこの目で見たかった。なんとしても…。
「クモのバルーニング」この「ふしぎ!?」を逃すわけにはいかない。
目を離しているあいだにそのことが起こってしまったらと、例のインターバル撮影「レコロ」まで設置した。
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▼「団居」からの旅立ちは昨日ではなかった。
もう眠ろうとして、雲の中だった月はもう見えていないかと確認に外にでたときだった。
我が家に入ってくる道路の上、高さ2mほどのところでビカリと光るものを見た。
「ああ、クモの糸だ!!」と思った。
それは夕方にも道路を横断する長いクモの糸を見ていたからすぐわかった。
それで終わらなかった街灯の明かりでクモの巣らしきものが見えたのだ。
活発に動くものも、けっこう大きい!!
ライトを持ってきてあててみた。明らかにクモだ!!クモがネットをづくりをしているのだった。
大きさは2cmばかり、ライトの明かりだけではわかりにくい。
しかし、それがあの「卵のう」から2~3mはなれたところだ。だからあの「卵のう」をつくった母親蜘蛛・ゲホウグモではないかと当然のことように思った。
 ところが確証がなかった。「クモの世界」初心者の私は、ホンモノのゲホウグモというのを見たことがなかったのだ。
ともかく写真を撮っておこうとシャッターを切り続けた。
 こんな暗がりでどうやったら写真をうまく撮れるのか、それも知らない。
ただただシャッターを切り続けた。
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▼活発に動き続けていたゲホウグモ(!?)が動きを止めた。
ネットづくりが完成したのだ。
みごとだ!!図鑑などの表現を借りれば、
「レコード盤のような円網」!! ますますゲホウグモの可能性が。
中央に静止して、一分と経つか経たないかぐらいだった。
驚くべき行動を見たのだった。
ほんと瞬間であった。猛スピードでネットの近くを飛ぶ蛾に飛びかかっていったのである。
「狩り」である!!
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あのコガネグモの「狩り」からちょうど一年が経とうとして、今度はゲホウグモの「狩り」を目撃したのである。
コガネグモの「狩り」に負けず劣らず衝撃的なものだった。
「狩り」が終わった後、また定位置もどった。もう22時をすぎていた。
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足元が赤く見える、どう見ても私にはゲホウグモに見えるのだが…。

今朝の4時頃まで巣は張られていた。
新聞配達の車が道路を通った。もうそれであきらめたのかその後、巣は撤収していた。
「団居」まだあった。さあ、次は…。


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新・「自由研究」のすすめ試論(100)

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▼大賀ハス「あこがれの4日間」その4日目だった。
出かける前には確かに開花しかけていた。帰宅して見ると花びらすべて落ちてしまっていた。
インターバル撮影「レコロ」が記録化していた。12時30分頃にはすべての花びらが散ったようだ。
 落ちた花びらを拾い集めて黒い画用紙の上にならべてみた。
萼らしきものも含めても18枚だろうか。
▼「自由研究」の源流を追うことをつづけてみよう。
寺田寅彦の文章に「自由研究」の文言をみつけたところまで追っていた。
それは昭和3年の文章だった。
 と言うことになれば、大正時代にその源流を求めるのは自然だった。
理科教育史もそうだったように、「自由研究」も社会の流れの影響を受けているように思われた。
▼以前に「日本理科教育史」を追いかけているときに、『増補 日本理科教育史』(板倉聖宣著 2009.4.10 仮説社)の年表から気になるところをピックアップしたことがある。
次のように

●1912年(大正元) 及川平治『分団式動的教育法』弘学館刊 
●1913年(大正2) 棚橋源太郎『新理科教授法』宝文館刊
●1914年(大正3) 第一次世界大戦勃発
●1915年(大正4) 及川平治『分団式各科動的教授法』弘学館刊「概念・法則の起源・発達を究め、その機能を明らかにすれば、概念・法則を必要とする動機の惹起法も自ずと定まる」としてデューイ(1910)に従い、認識はすべて<不易の仮定と実験の過程>によるとする。
●1917年(大正6) 財団法人理化学研究所設立。私立成城小学校、実験教育を標語として開講。校長沢柳政太郞。
●1918年(大正7) 理科教育研究会、東京帝国大学で発会式(会長 林博太郎)。
●1919年(大正8) 千葉命吉『創造教育の理論及び実際』同文館刊。及川平治(1915)の<不易の仮定と実験の過程>に着目して、<誤謬・曲解・偏見こそ創造の契機>などと論ずる。
・「小学校令施行規則」を改め、理科を4年から置くことにする。(従来は5年から。4月1日施行。4年の国定理科書は編集まにあわず発行せず)。
・理科教育研究会主催第一回理科教育研究大会開催(5日間)、文部省に低学年理科教育(自然科)に関する建議案提出を決議。国定理科書の不使用と理科筆記帳の使用について討議。
●1920年(大正9)理科教育研究会主催第2回理科研究大会開催(5日間)、文部省諮問案「尋常小学校に於いて児童に課すべき理科の実験観察事項及其設備如何」を討議答申。国定理科書の廃止について特別協議。文部省に建議。
●1921年(大正10)信濃教育会、『尋常小学理科学習帳』を発行、従来の理科筆記帳を廃止(6年用高等小学校用発行3~4月)。
●1922年(大正11)神戸伊三郎『学習本位 理科の新指導法』目黒書店刊。「仮定[仮説]/結論[結果]の予想/実験観察を中心とした「新学習課程」を提出。
・11/17 アインシュタイン、改造社の招きにより来日。
●1924年(大正13)雑誌『子供の科学』(同社、のち誠文堂)創刊。
●1926年(大正15 昭和元)神戸伊三郎『理科学習原論』東洋図書刊。「実験は虚心坦懐なるべからず」と宣言。<問題の系統性を無視して児童の発言に応ずるだけでは授業が混乱するだけと警告。 
・神戸伊三郎『指導詳案 教材精説理科学習各論』第4学年用、東洋図書刊(尋5は翌年、尋6は1935年刊)

このなかに理科の「自由研究」の源流があるような気がしてならない。
▼まだ、しかとここが「源流」であるというものをみつけていない。
これをみつけることを続けるながら、一方で今日の夏休みの「理科の自由研究」に直接的につながる歴史の方も追ってみたい。
 いずれにしてももう少しながい道程になりそうだ。

今日は「半夏生」、植物半夏生も益々白さを増してきた。
第3、第4大賀ハスもふくらみはじめた。

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新・「自由研究」のすすめ試論(99)

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▼2014年前半最後の日も大賀ハス三昧の一日だった。
今年度2つ目開花の大賀ハス「あこがれの4日間」の三日目であった。二日目、三日目が全開となる。
果托は色を変え次世代へのバトンタッチのサインを出しているようだった。
でもほんとうに「種子」になるのはいくつあるのだろう?
それはもう少し観察をつづけなければわからない。
▼7月に入った。
続けて「自由研究」の源流を追ってみようと思う。
戦後の「学習指導要領」に現れた「自由研究」の文言をみつけたが、それは教科課程のなかの「自由研究」だった。それでも発想自体の源流であることは確かだ。
▼では、戦前ではどうだろう?
「自由研究」の文言は使われていなかったのだろうか?
「自由研究」の歴史と聞いて咄嗟に思いだしたことのもうひとつがこれだった。
我らが寺田寅彦だ。オンライン「寅の日」でも何度か読んだ「雑感」(青空文庫より)にあった。
こうだ!!

 小学校でも中学校でもせめて一週間に一時間でもいいから、こういう「自由研究」の時間を設けて、先生も生徒も一緒になって、何でも手近な題目を取扱い、そうして、自然が如何に分らない事だらけであるかという事、その分らない事が、熱と根気で向って行けば少しずつ少しずつ分って行く事、その少しずつ分って行く少なくも分ったような気がして行く事が如何に愉快なものであるかという事などを実習したらいいだろうと思う。先生の分らない事は大抵誰にも本当はよく分らない事である。分らない事は恥でも何でもない。分らない事を分ったような顔をするほど恥ずべき事はない。

理科教師に向けての寅彦からの「熱きエール」と読みとれるこの一文のなかに「自由研究」の文言が登場するのは示唆的である。
▼この文章の原典は(昭和三年十一月『理科教育』)(1928)となっている。
このときに突然として「自由研究」という文言を持ち出したとは考えにくい。
さらなる源流がきっとあるはず!!
ゆっくり ゆっくりたどってみよう。

2014年後半がはじまった。
7月だ。大賀ハス「あこがれの4日間」4日目だ。
きっと花びらはちっていくだろう。
出かける、そのため「レコロ」を設置した!!


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