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新・「自由研究」のすすめ試論(100)

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▼大賀ハス「あこがれの4日間」その4日目だった。
出かける前には確かに開花しかけていた。帰宅して見ると花びらすべて落ちてしまっていた。
インターバル撮影「レコロ」が記録化していた。12時30分頃にはすべての花びらが散ったようだ。
 落ちた花びらを拾い集めて黒い画用紙の上にならべてみた。
萼らしきものも含めても18枚だろうか。
▼「自由研究」の源流を追うことをつづけてみよう。
寺田寅彦の文章に「自由研究」の文言をみつけたところまで追っていた。
それは昭和3年の文章だった。
 と言うことになれば、大正時代にその源流を求めるのは自然だった。
理科教育史もそうだったように、「自由研究」も社会の流れの影響を受けているように思われた。
▼以前に「日本理科教育史」を追いかけているときに、『増補 日本理科教育史』(板倉聖宣著 2009.4.10 仮説社)の年表から気になるところをピックアップしたことがある。
次のように

●1912年(大正元) 及川平治『分団式動的教育法』弘学館刊 
●1913年(大正2) 棚橋源太郎『新理科教授法』宝文館刊
●1914年(大正3) 第一次世界大戦勃発
●1915年(大正4) 及川平治『分団式各科動的教授法』弘学館刊「概念・法則の起源・発達を究め、その機能を明らかにすれば、概念・法則を必要とする動機の惹起法も自ずと定まる」としてデューイ(1910)に従い、認識はすべて<不易の仮定と実験の過程>によるとする。
●1917年(大正6) 財団法人理化学研究所設立。私立成城小学校、実験教育を標語として開講。校長沢柳政太郞。
●1918年(大正7) 理科教育研究会、東京帝国大学で発会式(会長 林博太郎)。
●1919年(大正8) 千葉命吉『創造教育の理論及び実際』同文館刊。及川平治(1915)の<不易の仮定と実験の過程>に着目して、<誤謬・曲解・偏見こそ創造の契機>などと論ずる。
・「小学校令施行規則」を改め、理科を4年から置くことにする。(従来は5年から。4月1日施行。4年の国定理科書は編集まにあわず発行せず)。
・理科教育研究会主催第一回理科教育研究大会開催(5日間)、文部省に低学年理科教育(自然科)に関する建議案提出を決議。国定理科書の不使用と理科筆記帳の使用について討議。
●1920年(大正9)理科教育研究会主催第2回理科研究大会開催(5日間)、文部省諮問案「尋常小学校に於いて児童に課すべき理科の実験観察事項及其設備如何」を討議答申。国定理科書の廃止について特別協議。文部省に建議。
●1921年(大正10)信濃教育会、『尋常小学理科学習帳』を発行、従来の理科筆記帳を廃止(6年用高等小学校用発行3~4月)。
●1922年(大正11)神戸伊三郎『学習本位 理科の新指導法』目黒書店刊。「仮定[仮説]/結論[結果]の予想/実験観察を中心とした「新学習課程」を提出。
・11/17 アインシュタイン、改造社の招きにより来日。
●1924年(大正13)雑誌『子供の科学』(同社、のち誠文堂)創刊。
●1926年(大正15 昭和元)神戸伊三郎『理科学習原論』東洋図書刊。「実験は虚心坦懐なるべからず」と宣言。<問題の系統性を無視して児童の発言に応ずるだけでは授業が混乱するだけと警告。 
・神戸伊三郎『指導詳案 教材精説理科学習各論』第4学年用、東洋図書刊(尋5は翌年、尋6は1935年刊)

このなかに理科の「自由研究」の源流があるような気がしてならない。
▼まだ、しかとここが「源流」であるというものをみつけていない。
これをみつけることを続けるながら、一方で今日の夏休みの「理科の自由研究」に直接的につながる歴史の方も追ってみたい。
 いずれにしてももう少しながい道程になりそうだ。

今日は「半夏生」、植物半夏生も益々白さを増してきた。
第3、第4大賀ハスもふくらみはじめた。

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