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本日(2014/06/24)、第69回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼ 「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
寺田寅彦は高嶺俊夫との昼食会(「寅の日」「高嶺デー」)で何度この言葉を口にしただろう。

昨日、私もこの言葉を無性に口にしたかった。
大賀ハス「あこがれの4日間」は終わっていた。花托の上には13個子房が見られた、はたしてこのうちいくつが受精に成功したのだろう。何個の種子ができるだろう?
 まったくそのすぐ後であった。次なる「ふしぎ!?」に出会ったのは。
表面にあの赤い毛糸クズのようなみられる蜘蛛の「卵のう」らしきものをまたみつけてしまったのだ。
場所は同じ庭の南天の木だった。これで結局3個目だった。
 驚きはこれで終わらなかった。再度その「卵のう」らしきものを見に行ったときだった。
最初にみつけていた2個のうちのひとつの周辺に宙に浮いたような黒い粒々を見たのだ。
まさかと思った。しかし、しばしじっくりと見ているわかった。
まちがいない!!子蜘蛛だ!!子蜘蛛の団居だ!!
ちょっと突っついてみると「蜘蛛の子を散らしたように」だった。
蜘蛛の名前は今のところ「ゲホウグモ」であろうと思われる。
昨日は何度も何度もこの「ふしぎ!?」を見に行ったのである。
▼今日は、「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」の元祖寺田寅彦をオンラインで読む日だ。
第69回オンライン「寅の日」である。
 読むのは大正15年(1926)に書かれた「案内者」である。
このごろ寅彦の文章を読むのに少し気にしていることがある。
「それはいつ書かれたものか」ということについてである。
●1922年(大正11)寅彦45歳 アインシュタイン来日。43日間滞在。
●1923年(大正12)寅彦46歳 上野で関東大震災に遭遇。
●1924年(大正13)寅彦47歳 理化学研究所の研究員になる。翌年、中谷宇吉郎を助手として迎える。

◆第69回オンライン「寅の日」

●「案内者」(青空文庫より)

▼実は今回この文を読むと決めたとき、きわめて安直な連想によるものだった。
「地図をながめて」につづいてだから、旅の「案内者」についてが面白いのではないだろうかと思ったからだった。
事実、その旅の「案内者」のことから話は切りだれていた。
 無手勝流、出たとこ勝負の旅を続けてきた私には、「そうですよね」と納得するような展開だった。

案内記が詳密で正確であればあるほど、これに対する信頼の念が厚ければ厚いほど、われわれは安心して岐路に迷う事なしに最少限の時間と労力を費やして安全に目的地に到着することができる。これに増すありがたい事はない。しかしそれと同時についその案内記に誌(しる)してない横道に隠れた貴重なものを見のがしてしまう機会ははなはだ多いに相違ない。そういう損失をなるべく少なくするには、やはりいろいろの人の選んだいろいろの案内記をひろく参照するといい。ただ困るのは、すでに在(あ)る案内記の内容をそのままにいいかげんに継ぎ合わせてこしらえたような案内記の多い事である。これに反して、むしろ間違いだらけの案内記でも、それが多少でも著者の体験を材料にしたものである場合には、存外何かの参考になる事が多い。

という具合である。
でも、途中からこの「案内者」というのは旅の「案内者」のことではなく「科学の世界」の「案内者」を意味していることがわかって来るのだった。
▼ここからは完全な我流の読み解きである。
寅彦は、これを書いた年東京帝国大学地震研究所所員になっている。母亀が亡くなったのもこの年である。
ここ数年のあいだに科学者・寺田寅彦のまわりにいろんなことが起こっていた。
「アインシュタインショック」「関東大震災」「理化学研究所」「東京帝国大学地震研究所」等々である。
諸々のことをふまえて、このころから、自分が科学の「案内者」なろうと決めたのではないだろうか。このあたりから晩年まで警鐘「天災は忘れた頃にやって来る」をはじめ、「科学の世界」をあの手この手で案内しつづけてくれたのではないだろうか。
 してみると今回の「案内者」は非常に意味をもつ一文ということになる。
最後の文章を引用させてもらう。
 

考えてみると案内者になるのも被案内者になるのもなかなか容易ではない。すべての困難は「案内者は結局案内者である」という自明的な道理を忘れやすいから起こるのではあるまいか。
 景色や科学的知識の案内ではこのような困難がある。もっとちがったいろいろの精神的方面ではどんなものであろうか。こっちにはさらにはなはだしい困難があるかもしれないが、あるいは事によるとかえって事がらが簡単になるかもしれない。そこには「信仰」や「愛情」のようなものが入り込んで来るからである。しかしそうなるともう私がここに言っているただの「案内者」ではなくなってそれは「師」となり「友」となる。師や友に導かれて誤って曠野(こうや)の道に迷っても怨(うらみ)はないはずではあるまいか。

他の多くの意見を聞いてみたいものだ。

今朝、再びゲホウグモの団居を見に行った。
前に数カ所に散在していたものがひとつになっていた。より「整列」しているようにも見えた。
さて、今日は…?

【訂正】
トンデモない間違いしていました。
もう一度読みなおしているときに気づきました。
これは大正11年(1922)に書かれたものです。アインシュタインの来日した年の一月です。
そうすると勘違いに基づく私の「文脈」は変になってきます。
しかし、あえてこのままにしておきたいと思います。こう思ったのも事実ですので…。


 


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