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本日(2014/06/12)、第68回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼降ってきた雨粒は大賀ハスの葉の上でコロコロころがりながら遊んでいた。
次の一粒が加わったら大きくなった水玉がさらに大きくなることもあったり、散らばったりとさまざまだ。
そこにきまったルールもありそうだが、今はわからない。
 今は、頭になかに見えにくい「気孔」と表皮のロータス効果(撥水効果)の関係のことがあるから水玉のころがるのがなおさら面白く「ふしぎ!?」に見えてくる。
思わず寅彦の口癖を借りたくなる。
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
と。
▼そう、今日(2014/06/12)はその寅彦を読む日だ。
第68回オンライン「寅の日」である。
6月のテーマは、寅彦を案内人にして「未知なる世界」を旅することだ。
6月の第一回目の今日は旅にはつきものの「地図」についてである。

◆第68回オンライン「寅の日」

●「地図をながめて」(青空文庫より)

▼正直言って今回のこの文を読むまで、そう言う視点で「地図」をながめたことはなかった。
仕事がらけっこう「地図」にはお世話になってきたはずだが。
そう言う視点とはどういうことか。

「当世物は尽くし」で「安いもの」を列挙するとしたら、その筆頭にあげられるべきものの一つは陸地測量部の地図、中でも五万分一地形図などであろう。一枚の代価十三銭であるが、その一枚からわれわれが学べば学び得らるる有用な知識は到底金銭に換算することのできないほど貴重なものである。
しかし「地図の言葉」に習熟した人にとっては、一枚の図葉は実にありとあらゆる有用な知識の宝庫であり、もっとも忠実な助言者であり相談相手である。  今、かりに地形図の中の任意の一寸角をとって、その中に盛り込まれただけのあらゆる知識をわれらの「日本語」に翻訳しなければならないとなったらそれはたいへんである。等高線ただ一本の曲折だけでもそれを筆に尽くすことはほとんど不可能であろう。それが「地図の言葉」で読めばただ一目で土地の高低起伏、斜面の緩急等が明白な心像となって出現するのみならず、大小道路の連絡、山の木立ちの模様、耕地の分布や種類の概念までも得られる。

こう言われると納得!!である。
一枚の地図が貴重で膨大な情報のかたまりであることがわかってくる。
「地図」は元祖ビッグテータなのである!!
▼寅彦がこの文章を書いた本意は、この「地図」への賞賛だけではなかった。
むしろ、このことこそが言いたかったことなのかも知れない。

 自分はずっと前からこの世に知られていない文化の貢献者を何かの機会に世間に紹介したいという希望をもっていた。そうして当局者の好意で主要な高山における三角点の観測者の名前とその測量年度を表記したものを手にすることができた。しかし今ここでその表の一小部分でも載せることは紙面の制限上到底許されない。それでここではただ現在陸地測量部地形図の恩恵をこうむりながらそれを意識していない一般の読者に、そうした隠れた貢献者が一枚一枚の図葉の背後に存在することを指摘し注意を促すよりほかに道はない。
 

言われてみればその通りである。
 「一枚の「地図」がどのようにしてつくられたのか」ということなどまったくと言っていいほど意識していなかった。
この「文化の貢献者」を紹介したいと願いつづけてきていた寅彦にも拍手だ!!

 

自分は汽車旅行をするときはいつでも二十万分一と五万分一との沿線地図を用意して行く。遠方の山などは二十万分一でことごとく名前がわかり、付近の地形は五万分一と車窓を流れる透視図と見比べてかなりに正確で詳細な心像が得られる。しかしもし地形図なしで、これだけの概念を得ようとしたら、おそらく一生を放浪の旅に消耗(しょうもう)しなければなるまい。

私は、この文章を読んで、久しぶりに、もうここ何十年も行っていない京都の地図専門店に行ってみることを決めた。この夏、できるだけ早い機会に行こうと思う。

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