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新・私の教材試論(102)

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▼梅雨空の「雲見」だ!!
梅雨だからと言って同じ雲があるわけではない。
白いもくもくと盛り上がる雲、忙しなく動く黒い雲、青空だってある。
やっぱりここでもこの時期だけの「大気の物理学実験」が行われているのだ。
そして、ここにも期間限定「教材」が確かにあるのである。
▼どこに「教材」はあるのか。の話をつづける。
結論から言うと

「教材」はどこにでもゴロゴロところがっている!!

「雲見」のあと周囲を見渡してみた。

・西の金柑の木に前にみた子蜘蛛の「まどい(団居)」より少し小さいものをみつけた。
・枯れ果てたヒガンバナがまだ流さずにあった。
・そのとなりのコケのなかから以前みつけたクマムシ!!このごろ見ていないがきっといるはず。
・門先に転がる石ころごろごろ どこからやってきたのだったかな。
・遠くに見える水平な山脈。まだその「動く大地の物語」は序章もはじめていなかった。
・東にもどり大賀ハスの葉を転がる水滴!!梅雨時はこの観察のチャンスだ。
・大賀ハスの葉、立葉も浮葉も表側に気孔が集中しているってほんとかな!?
・タンポポ本葉のギザギザはよりはっきりしてくるのはいつかな。形状記憶合金より正確に記憶が復元するのはどうして…。

ちょっと見渡すだけでこうだ。
身近に「教材」はゴロゴロ存在するのだ。
▼しかし、それは正確な表現ではない。
存在するのは、「教材」の元ネタである。そのままで即、「教材」ではない。
「教材」に仕上げる必要があるのだ。
「教材」化の可能性を持ったネタ、種である。
種は蒔かねば育たない。
育ててこそ「教材」になるのである。
▼「教材」の元ネタ(種)さがし!!
種を育てる営み!!
 いずれもきわめて面白い、楽しい作業である。
 ひとりでコツコツとやるのも楽しいが、多くの人とツナガリながら共同作業としてやると楽しさは何倍、何十倍にも拡がる。それはすでに実証ずみだ。
さあ…。
 「ふしぎ!?」の数だけある「教材」の種探しから はじめよう!!

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