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サイエンスコミュニケーター宣言(330)

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▼「歩く」というほどでもない、半径数十メートルの範囲のなかにも自然の「ふしぎ!?」はいっぱいあった。
東の石垣の上に咲いた例のナガミヒナゲシを観察しているときに気がついた。石垣の下の葉っぱに黄色く輝く物体を発見した。近づいてみてわかった、それは成体になったばかりの「テントウムシ」だった。(7時28分)
 夕方、少し暗くなりかけてからもう一度見に行った。そしたらいつのまにやら一人前の「テントウムシ」になっていた。(18時30分)
アタリマエだけど「ふしぎ!?」だった。
▼このようにアタリマエに思い、見逃して来てしまったことのなかに、「ふしぎ!?」を発見し始めるときりがなかった。次から次と「ふしぎ!?」に思えてくる。
 今度は、「発見」をそのまましておくのでなく記録化したいと思うようになった。
 そんなとき思い出すのが、梅棹忠夫著『知的生産の技術』の冒頭にあったレオナルド・ダ・ビィンチの「手帳」からはじまる「発見の手帳」の話だ。
もボロボロになってしまったこの本をあけて読んでみる。
何度読んでもすごい!!
もうすべてがここに書かれていた。
▼「手帳」の話だけでなく、ここに書かれたことをなんとか真似てみようとして今なお毎日実践していることがある。
それは、「こざね法」である。
毎日の小さな「発見」を紙切れにメモる。単語であったり、短文であったりする。
それを翌日の朝、机の上にならべてみる。
関連しそうなものを一緒にする。またあらたに新しい紙切れをつくることもある。
そうして並べ直して、ひとつの文章にしあげているのである。
▼そうして書き上げた駄文こそが、一日一エントリーのこのblogなのである。
私にとっては、これ自体が「発見の手帳」なのである。
ここに綴った小さな小さな「発見」も、ツナイデ、ツナイデしていったら、究極の「ふしぎ!?」
=「生命とはなにか?」の「発見」に至るかも知れない。
それが拙い私の戦略である。

さて、今日はどんな「発見」と出会えるだろう。

 

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