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新・クラウド「整理学」試論(45)

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▼雨の日の「雲見」もなかなか面白いものだった。
雲が水平方向に盛んに流れていた。ほんのわずか垂直方向に動くとその雲はかたちを変え、姿を現したり、消えたりしていた。ちょっと小降りになったときいつもの定点観測地に立ち、いつもの方向の空にカメラを向けていた。
雲粒から雨粒へのプロセスをイメージしながら「雲見」をつづけいると面白い!!と思った。
夕方には雷までなった。
▼4月は今日で終わりだ。
新しいタイムテーブルの「作業の時間」における「整理」は重要な意味をもっていた。
この一ヶ月でどこまで行けたのだろう?
少しふり返ってみる。まず今回の「整理」のねらいはふたつあった。
(1) いつでも検索できるシステムをつくる!!
(2) クリエイティブな営みにツナゲル!!
ここまでは従来から思いつづけていることだ。4月、作業をつづけるなかであたらに「ねらい」が生まれてきた。
それは、一見(1)(2)と矛盾するところがある。「整理のための整理」に堕してはならないと思いつづけてきたが、ちょっと違う思いがしてきた。それが3つめだ。
(3) 「整理」自体を楽しむ!!
▼そう思いだすととても気が楽になってきた。遅々たる進捗状況をなげく必要もないわけである。
気楽になったところで、唐突なることが思い浮かんだ。
「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」の三つの段階と庄司和晃氏の『認識の三段階連関理論』を結びつけて考えてみることだ。

(三) 第三段階…本格的段階 …「思考の整理」
↑↓
(二) 第二段階…過渡的段階 …「情報の整理」  
↑↓  
(一) 第一段階…素朴的段階 …「空間の整理」

という具合にだ。
▼少し遊び心もある。(3)のねらいとも関係あるだろう。
言わば
のぼりおり「整理学」
と呼んでいいものだ。鍵は第二段階「情報の整理」にありそうだ。

そう言えば大気の微妙な「のぼりおり」が雲をつくり雨を降ら゛せるのだ。
脈絡ない話だ。しかし当分「のぼりおり」にはまりそうだ。

(つづく) 

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【Web更新4/28】14-17 新・クラウド「整理学」試論 等 更新!!

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雨粒に 打たれゆれるや 葱坊主 14/04/28 (月)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-17
週末定例更新のお知らせ
 旅に出ていた関係で一日遅れの週末定例更新のお知らせである。このHPを最初に立ち上げたのは98/04/25(土)である。先日それからちょうど16年であった。16年間タイトルも大枠でのコンテンツ表示形式もほとんど変えていない。単純に一週間に一度の微更新を繰り返してきた。
 今回は17年目、第一回目の更新ということになる。

◆表紙画像2014 更新 人里の自然シリーズ 葱坊主
 ネギという植物もよくよく考えてみると不思議な植物である。ネギの葉とは別に花茎をたて、その上に花をつける。
それが葱坊主である。これまでしげしげと観察をしたことはなかったが、よく見ると確かに蕊がある。
このあとも種が出来るまでゆっくりと観察をつづけてみたいものだ。
 こうしてみると、「野菜」と呼ばれる植物を「科学」するというのもけっこう面白く楽しいもののように思えてきた。
 なんとかこらえていた雲から雨が降り出した。雨が葱坊主にあたると少しゆれたようにみえた。

◆新・クラウド「整理学」試論 更新!!
 「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」、この三つの段階に庄司和晃氏の「のぼりおり」を適用してみたくなった。なんかピッタリと来そうな気がしてきた。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 4月のテーマ「寅彦の観察眼」は、一応終了した。
5月のテーマは「寅彦の科学観」である。寅彦はどんなときも自らが「科学者」であることを忘れなかった。
たとえ冬彦を名のり歌を詠むときでもあった。そんな寅彦は、
・「科学」とは
・「科学者」とは
・「科学的研究」とは
についてどう書いているだろうか。それをみんなで読み解いてみたいものだ。

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▼大賀ハス定例観察日に外に出ていたので、蓮根植え替えから4週+2日目の報告である。
水面から出てきた葉芽6つのうち3つが浮き葉になった。生産活動開始である。

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富士山と月と金星を見た!!

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▼久しぶり旅に出ていた。
ネット環境を離れた生活だった。少し気分がリフレッシュした。
富士山の真西にある七面山に登った。
昨日(2014/04/27)の朝は、富士山のご来光を見た。
▼その前に、「一日でいちばんきれいな空」に月と金星をみた。
家にいるときに毎朝、月と金星を見つづけて来ていながら、ご来光だけに意識がいってしまっていた。
だから、この月と金星を見たときにはえらく感動してしまった。
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▼やがて太陽が昇ってきた。
真西に位置するとこから、春分・秋分のダイヤモンド富士は絶景であるという。
それを一度は見たみたいものだ。
そんな特別の富士でなくてもご来光はやっぱりすばらしい!!
太陽、空、雲…すでてが。
▼日常にもどった。
リフレッシュした目で
また毎日の「雲見」「宇宙見物」をつづけていこう。

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本日(2014/04/25)、第64回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼やっぱり気になるのはクモたちのことであった。
朝から忙しなくネットを張るやつ、曰くありげに脚の先が緑色をしたやつ、できるだけスリムな態勢をとって獲物を待つやつなどいろいろなやつがいた。それぞれが生きていた。毎日の散策コースははやくも「クモ観察園」となっていた。
今年もクモたちの「ふしぎ!?」を楽しめそうな予感がしてきた。
▼本日(2014/04/25)は、第64回オンライン「寅の日」である。
4月のテーマは、「寅彦の観察眼」に学ぶことであった。2回連続して「蓑虫」の観察をやって、今回は「蜂」であった。

◆第64回オンライン「寅の日」

●「蜂が団子をこしらえる話」(青空文庫より)

▼これまでもずっと思ってきたことであるが、寅彦の「観察眼」のするどさもさることながら、それを表現する「文章力」の巧みさに惹かれてしまうのである。今回もそれを痛感した。
 何気ない庭での虫たちの観察の話から、いつしか「寅彦の世界」にひきこまれてしまっているのだった。

 私は毛虫にこういう強敵のある事は全く知らなかったので、この目前の出来事からかなり強い印象を受けた。そして今更のように自然界に行われている「調節」の複雑で巧妙な事を考えさせられた。そして気紛れに箸の先で毛虫をとったりしている自分の愚かさに気が付いた。そしてわれわれがわずかばかりな文明に自負し、万象を征服したような心持になって、天然ばかりか同胞とその魂の上にも自分勝手な箸を持って行くような事をあえてする、それが一段高いところで見ている神様の目にはずいぶん愚かな事に見えはしまいか。ついこんな事も考えた。

というような具合だ。
 蜂が毛虫を団子にする話を読みながら、私はあの「コガネグモの狩り」に遭遇したときのことを思いだしていた。
▼ともかく面白い!!
だんだんと「それでは自分でも観察してみよう」という気にさせられるのだ。
そして最後にちゃんと落ちをつけてくれている。

虫の行為はやはり虫の行為であって、人間とは関係はない事である。人として虫に劣るべけんやというような結論は今日では全く無意味な事である。それにもかかわらず虫のする事を見ていると実に面白い。そして感心するだけで決して腹が立たない。
そして続けて言う。
私にはそれだけで充分である。

と。さらに続けて

私は人間のする事を見ては腹ばかり立てている多くの人達に、わずかな暇を割いて虫の世界を見物する事をすすめたいと思う。

なんとこれぞ寅彦流「自然観察のすすめ」ではないか!!
「よし!!私も…」と思ってしまうのだった。

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新・クラウド「整理学」試論(44)

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▼あのミノムシがぶら下がっている石榴の若芽が展開しはじめた。貴奴は定位置にぶら下がったままである。なにか動きを見せるだろうか。
 もう活発に活動をはじめた奴もいた。昨年はさんざん楽しませてくれたクモだ。朝からネットづくりにはげんでいた。ちゃんと「隠れ帯」もつくっていた。奴が本格的にネットをつくりはじめたということは、獲物の虫たちも本格的に活動をはじめたということでもある。毎日の観察も忙しくなって来そうだ。
▼袋ファイルの整理をしながら考えた。
「空間の整理」
「情報の整理」
「思考の整理」
この3つの整理は、順番に別々にやるものではなく同時並行で進めものであると。
さて、ここ何年間か基本的には毎日書いているこのblog=私の【理科教師日記】を整理ツールとして使うことについてである。
この利点はいくつかある。
・いつでも検索をかけることができる。
・自らの情報発信を兼ねることが出来る。
・「情報は発信するところに集まる」で欲しい情報を集めることができる。
などである。
▼毎日の「日記」を自らのアクティブな営みにつなげるデータベースとして活用した先覚者がいる。
それはあのファラデーだ。
「ファラデーの日記」は、なみのものではなかった。

 筆まめなファラデーは克明な日記も残している。それは普通の日記でなく、毎日の実験と観察の記録である。さまざまな思考や試みをこれほど詳細に書きのこした科学者はケプラー以外はいない。ファラデーは生前これを六巻に製本していた。その原本は四つ折り版、二冊、二つ折り版、八冊で、合計十冊で、びっしりと書き込まれた四〇〇〇ページにも及ぶ膨大なものである。余白には、無数の実験の図が描かれており、工夫に工夫を凝らしたファラデーの姿をみることができる。四つ折り版は、一八二〇年九月から一八三三年まで、二つ折り版は一八二八年から一八六二年まで、最初の記録からいえば四二年間にわたる。これだけ長期間にわたる、これだけ膨大な研究日記は科学史でも例がない。これらは『ファラデーの日記』七巻(一九三二~三六年)として出版された。(『ファラデー 王立研究所と孤独な科学者』(島尾 永康著 岩波書店 2000.3.14) P125より)

42年間の「記録」!!圧倒されるばかりである。
これだけではない特に注目したいのは次だ。

   注目に値するのは、研究記録の各パラグラフに通し番号をつけていることである。電磁誘導を発見した年の一八三一年二月二日から始め、…(中略)…。そして一八三二年八月二五日から始めたのは、一八六〇年三月六日まで続き、一~一六〇四一となっている。約三十年間にわたって研究に通し番号をつけた科学者は他にいない。(上記書P125)

記録化したものに通し番号を付して、いつでも「検索可能」にしたのだ。
毎日の「日記」「日誌」を自らの研究のための貴重なDB(データベース)としたのだ。
なんと示唆的であることか。
 数年ばかり毎日書いたからと言って足元にも及ぶものでもない。
▼しかし、この「整理」システムの有効性を日々実感していた。
例えば、この「ファラデーの日記」に関しても以前にもこんなことを書いたと思ってググってみたら一発で出てきた。
私には、もうひとつ同じ目的で更新しつづけているものがあった。
それはWebページ=楠田 純一の【理科の部屋】である。こちらの方が少し長く続けている。
 スタートしたのは98/04/25(土)だから明日でちょうど16年である。
これとてファラデーにくらべたら短い短い期間である。

ファラデーに少しだけ自慢ができるところがあるとするならば、それは…

(つづく)


 

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新・クラウド「整理学」試論(43)

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▼実はまだあのハクサイとダイコンの花がコラボする東の畑そのままにしていた。
あまりにみごとなもので引っこ抜くのを躊躇しているのである。怠惰に言い訳も少し…。
 そこで私はとんでもないもの見て驚くと同時に少し恥ずかしくなった。
花びらの先がうす紫になったダイコンの花だ!!前にハクサイとダイコンが同じアブラナ科で同じような花をつくることに感動して、ここにあげた。
 そしたらSさんが教えてくれた一部うす紫色のダイコンの花のことを。私は俄には信じられなかった、ダイコンの花は白と思い込んでいたから。そしたらSさんがわざわざ画像まで送ってくださった。
まだ「珍しいものがあるだなぁ」という認識だった。
 ひとつのダイコンの花で気づき、そのつもりで他のダイコンの花を見ていった。そしたらひとつではなかったいっぱいあるではないか。ひょっとしたら最初は白でもさらに成長すればうす紫に変化するのだろうか。
Sさんありがとう!!
自然の観察は継続観察が必要なようだ。
瞬間観察しただけでは見えてこない世界があるようだ。それがまた面白い!!
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そこで「ホシノヒトミ」から「オオイヌノフグリ」まで、その8週目の観察もしてみた。
▼「袋ファイル」「システム手帳」の話のつづきをしよう。
ふたつの「整理」システムで共通するのは、
・持続的検索可能なシステム
であることだ。いつでも必要なときに引き出してこれるように「整理」するということである。
理想的にはそうなんであるが、なかなかほんとうはそううまくはいかなかった。
ここで登場したのが「パソコン」だ。
人よりかなり遅れてはじめてパソコンを購入したのが、1989年の12月だった。
▼私はほぼ同時期にはじめたこの3つ(「パソコン」「システム手帳」「袋ファイル」)を連動させようと思った。
ところが、それまで機械ものは大の苦手!!
こればっかりは気持ちだけでどうにかなるものではなかった。
パソコンを使い始めたころに「パソコン通信」が流行っていた。
「パソコン」はスタンドアローンのパソコンを意味しないことを教えられた。
「パソコン」は人とツナゲル道具だった。ここらあたりについては別に語ろう。
▼PSF方式「整理」に話をもどす。
「整理」のための「整理」では意味がない。それではポンコツの「繰り言」話になってしまう。
如何にクリエティブな営みつなげるかである。
「パソコン」導入し四半世紀、現段階でのひとつ結論として
今こうして書いているblogこそ究極の「整理」ツールと考えている。

(つづく)

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新・クラウド「整理学」試論(42)

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▼人に問われてはたと気づいた。
ヒガンバナの様子を最近とりあげていないことに。実は毎日見ていた!!
見ようと意識しなくても視界にははいってくるのだ。定点観測地を庭先に設定しているのはそんな意味である。
定点観測地Aのヒガンバナはカラスノエンドウ他の完全包囲網で枯れはどんどん進んでいる。
定点観測地Bのヒガンバナは、赤いふつうのヒガンバナとシロバナヒガンバナがならんでいる。右側のシロバナヒガンバナはもうすっかり枯れてしまい、葉の緑のぶぶんを捜すのが難しいぐらいである。
▼またしても「あれもこれも」と欲張りになっているのかも知れない。
「整理学」の話をつづける。
骨董的整理システム「袋ファイル」につづいて、私が今なお必須ツールとして愛用しているものに「システム手帳」がある。サイズはバイブル版である。
 いつごろから使いはじめたのだろうと、それこそシステム手帳最後のところにつけている「マイ年表」を見てみると、「袋ファイル」と同時期、1990年のはじめのところにメモがあった。
だからこれも四半世紀近くの歴史をもつことになる。
▼しかし、私の「システム手帳」のルーツはもう少し古いと思っている。
リフィルのルーツをたどっていけばやっぱりここでも『知的生産の技術』だった。
 私の場合、システム手帳のリフィルのルーツは「京大型カード」にあった。
 授業の板書計画も、授業づくりの構想も、実験ノートもなにもかもこのカードでやろうとしていた。
▼カード→リフィルへと進化していった。
さらにパソコンの導入にいたり、今日の「一日一blog」の発想につながったと思っている。
一貫しているのは
・検索可能なシステム!!
・記憶よりも記録!!
だ。これはこれからも変わらないだろう。

(つづく)

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【Web更新4/20】14-16 新・クラウド「整理学」試論 等 更新!!

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鋤込むに もったいなきの 紫雲英かな 14/04/19 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-16
週末定例更新のお知らせ
 新たなタイムテーブルに「学習の時間」「作業の時間」を設けてから2週間がたとうとしている。「学習の時間」の方は、まずまず進んでいる。問題は「作業の時間」の方だ。
 その「作業の時間」のなかでも屋内作業の方に課題がありそうだ。まだまだ試行錯誤が必要なようだ。
まあ ゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 紫雲英(ゲンゲ)、レンゲソウ
 田の畦に紫雲英の花が目立ちはじめた。昔からこれをただ単に「レンゲ」とよんできた。
これは畦ばかりでなく、田んぼ一面にこれが生えていた。
 連休になるとトラックターでこれを鋤込んで田を耕したものだ。「レンゲ」は豆をつくるマメ科の植物である。
マメ科の植物ならではの得意技をもっていた。根に根粒バクテリアをもち、空気中の窒素を捕まえることができるのだ。化学肥料の代わりになるのである。なんとみごとな「科学」だ。
 でもそう気づいたのはずいぶん後日であった。今は田んぼ一面に「レンゲ」という風景も見なくなってしまった。
 耕すときにこの美しき花を鋤込むのが「もったいないな!!」と思ったのを思いだした。

◆新・クラウド「整理学」試論 更新!!
 実は先週はこれを中心に展開しようと思っていた。
 「袋ファイル」の整理・メンテナンスは遅々として進まなかった。今週はもう少し努力してみたい。
「空間の整理」から徐々に「情報の整理」「思考の整理」と向かい、なんとかクリエイティブな営みにつなげたい。
道は遠い!!しかし道が遠いことは断念する理由にはならない。
あくまで「楽しむ」こと第一義に考えすすめていこう。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 直接この「サイエンスコミュニケーター宣言」に関してではないが、道楽的「科学」、道楽的「理科」に関する記事を書いたのでそれをページに貼りつけておいた。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 5月の提案はしたものの、4月のもう一回が残っている。
4月のテーマ「寅彦の観察眼に学ぶ」を意識して、まわりの自然を、生きものの「春」を観察してみたい。

 
 
 

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2014年5月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼大賀ハス蓮根の植え替えから3週目であった。葉芽の数は確認できる範囲で6つとなった。久しぶりの雨でいっきょに水面は澄んできた。濁りは身欠きニシンの油であったのだろうか、それはわからい。
 一方、残りの蓮根をほりこんだだけの「水栽培」の方は、すでにいくつもの葉芽が緑の葉をひろげてきている。
 さてこのあとの展開は…?
▼5月オンライン「寅の日」の計画を考える時期が来ている。
理化学研究所は大正6年(1917)3月27日財団法人として設立された。
その創設には寅彦も参画していたという。しかし当初からここの研究員ではなかった。それは寅彦の健康上問題が大きかったようだ。
 実際に理化学研究所の研究員になったのは大正13年(1924)5月のことである。彼が47歳のときである。
その翌年、寺田研究室にあの中谷宇吉郎を助手として迎えている。
 理化学研究所は
   

寅彦にとってこれほど居心地のよいところはなかったわけである。(『寺田寅彦の生涯』小林惟司著p313より)

そんな寅彦は
・「科学」とは
・「科学者」とは
・「科学的研究」とは
をどのように語っていたのだろう?これを今一度読んでみたい。それを5月のテーマとしたい。
5月には3回ある。
■2014年5月オンライン「寅の日」
◆第65回オンライン「寅の日」…5/07(水)
◆第66回オンライン「寅の日」…5/19(月)
◆第67回オンライン「寅の日」…5/31(日)
▼さて、それでは何を読むか。ここ数日考えてみた。
これまでに読んだものにもこのテーマにぴったりのものも多い。あたらしいものも読んでみたい気もする。
けっこう迷った。でも考えてみると寅彦はどんなことについて語っていても、自らを「科学者」として自覚していたのでないかと思う。たとえ「冬彦」として名のるときであってもである。
 迷った末3つを選んだ。いちばんのお気に入り「科学者とあたま」、そしてあたらしく「学位について」、理科教育との関係で「科学魂」の出てくる「雑感」である。
■2014年5月オンライン「寅の日」

◆第65回オンライン「寅の日」…5/07(水)…「科学者とあたま」(青空文庫より)

◆第66回オンライン「寅の日」…5/19(月)…「学位について」(青空文庫より)a>

◆第67回オンライン「寅の日」…5/31(日)…「雑感」(『理科教育』より)(青空文庫より)
▼偶然にも今日から朝日新聞連載100年を記念して夏目漱石の「こころ」が再度連載されるようだ。
100年の時空を超えて漱石は何を語りかけてくれるのか楽しみなところである。
漱石と言えば、寅彦にとっては生涯の師である。
科学者・寺田寅彦の方は80・90年の時空を超えて、「科学」の今日的課題にどう応えてくれるだろう。
それを多くの人と一緒に読み解いてみたい。

オフライン「寅の日」の可能性も…。

 


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今年も『タンポポの研究』を…!!

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▼昨日の久しぶりの雨は午前中であがった。もう少し降ってくれてもよかったがなかなかそうは都合良くいかないようだ。午後は東の畑と周辺の草刈りを機械でやった。
 この作業がけっこう面白い。除草目的の草刈りであるがそれだけにしておくのはもったいない。
作業していたら自然とひとつひとつの草に目が行く。何がどのあたり多いかもわかる。
雑草という名の草はない。ひとつひとつの草に名前があり、光と水を求めてのくらしがあり、仲間をふやすための戦略をもっている。
 そんなことに思いを馳せながらやっていると楽しくなってきてしまった。
困ったのは、これは残しておきたいなという衝動がうまれてくることだ。
▼そんなかでも、いちばん目を惹いた「黄色いかたまり」があった
タンポポである!!
セイヨウタンポポの「てんこ盛り」である。数えてみたら咲き終わったものを含めると100近くあった。
正直に言うと少し驚いた。
タンポポがこんなかたまりで咲くのをあんまり見た記憶がなかったからだ。
ありふれたタンポポについても知っているようで知らないこといっぱいあるような気がしてきた。
▼そこで、今年は自分への課題研究として『タンポポの研究』をとりあげてみようと思う。
これまでは、生徒への連休の課題研究として出してきた『タンポポの研究』であるが、これが実に面白かった。
・ひとつの花の舌状花の数数え
・根っこを掘って長さ比べ
・シロバナタンポポ探し
・綿毛の種子を育てて発芽させる
・タンポポコーヒー
・タンポポの天ぷら、おひたし
等々。連休明けのレポートが楽しみだった。
やるたびにこちらもはじめて知ることが出てきた。
▼今年は、これまでの課題研究をさらに発展させるようなことに取り組んでみたいな。
長年「挑戦」したいなと思いつづけてきたこともある。
またタンポポに関して新しくわかってきたこともあるはず、そのあたりの情報収集もやりたいものである。

畑の畦のタンポポだけは刈り取らずに残しておいた。
今朝見たら、「黄色い花束」がきれいだ!!

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タケノコを「科学」する!!

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▼やっとタケノコ掘りに行った。
もう行かねばと思いながらも延ばし延ばししていた。例年そうして先送りして、ついには若竹にしてしまっていた。
ともかくタケノコの成長ははやかった。
 タケノコ掘りにもちょっとしたコツがあった。毎年、何回かやってみてそのコツを思い出すのだった。
一発で簡単に掘り出すときもあれば、何度も何度もツルハシを振り下ろすこともあった。
見えない地下をイメージできるようになればこっちのものだ。
作業をするうちアタリマエの「ふしぎ!?」が生まれてきた。
タケノコってなにものだ?
そもそも竹ってどんな植物?
【植物の世界】の学習においては、被子植物を<スバヤ型>と<ジックリ型>に分けていた。
単純にパターン化して
・<スバヤ型>-単子葉植物-ひげ根ー維管束バラバラー葉 平行脈→ 草
・<ジックリ型>-双子葉植物-主根・側根-維管束同心円状-葉 網目状 →草・木
と理解していた。もちろん例外はいっぱいある。
 しかしそうしてインプットしておくと納得でき、使えるのだった!!
では、竹はどちらだろう。
 もちろん、<スバヤ型>であると考えられる。タケノコの成長のはやさもこれで納得できる。
事実「イネ科」のなかまとされているから納得だ。
 しかし、どうも納得しかねぬことがある。それはあの「かたさ」だ。
そして、究極の疑問が生まれる。
 竹は草の仲間か、木の仲間か???
▼持って帰ったタケノコのアク抜きをさっそくした。
屋外でやった。
 前日に用意した米ぬかを入れてゆでるのである。
そもそもこの「アク抜き」って何をしているのだろう。
「アク」の正体の主成分は「酸」である。その「酸」を米ぬかの「アルカリ」で中和しようというのである。
中和反応である。
なんとすごい知恵だ。くらしのなかの「科学」だ。
赤い唐辛子はどうして入れるのかな?
▼「理科室」に行かなくなって半月以上が過ぎようとしている。
少しさみしい気分となつかしい気分が入り混じって複雑な心境だ。
でも考えてみると、「理科室」だけに「科学」があるのではない。
ひょっとしたら追い求めてきた「科学」は、日々のくらしのなかにこそあるのかも知れないと思いだした。

ときどき、「○○を「科学」する」を書いてみたい。

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『自然の観察』って!?

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▼先日、小学3年生になった孫(男)の家に遊びに行った。
3年生になってから出会うのははじめてだったので、
『3年生からいよいよ「理科」がはじまるんやな。じいちゃんに理科教科書みせてくれへんか』
と言って見せてもらった。
 見たことがあるはずだったが、あらためて驚いてしまった。
特に写真がきれいでリアルだ。植物も虫たちも種類多くリアルな写真で紹介されていた。
私自身が今まさに夢中になって観察しているもののほとんどが出ていた。
帰るときに孫に声をかけた。
『じいちゃんところへ遊びに来いや!!「理科」の教科書に出ているやつみんなおるで、また一緒に見ようや』と。
▼家に帰ってから私は一冊の本を本棚から取り出してみた。
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◆『復刊 自然の観察~昭和16年 文部省作・発行』(日置光久他編・解説 日本初等理科教育研究会 復刊企画 農山漁村文化協会(農文協) 2009.3.15

である。この本は

●1941年(昭和16) 「国民学校令」「国民学校令施行規則 低学年理科「自然の観察」新設

にともなって出された本の復刊本である。
「教科書」ではなかった。「教師用指導書」である。時代的背景も考えるときこれを手放しで礼賛するつもりなどない。
と言うよりもその時代を生きてこなかった私にはわからない。
 他の事情等もあったのかも知れないが、あえて「教科書」をつくらない。「自然の観察」に「教科書」をつくれば、「教科書」を教えることに収束してしまい、子どもたちを野外に連れ出すことをしなくなる。との趣旨から「指導書」のみの発刊としたと言う。つまり
自然こそ最高の「教科書」!!
の思念である。これには共感する。
この「指導書」のなかみにも共感し、教えられることは多い。
私自身の「自然の観察」をすすめながら読み返してみようと思う。
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▼荒れ放題にしてきた門先(庭)の掃除を少しずつやっている。
春の「自然の観察」を兼ねながら。長年動かすことのなかったプランタンを昨日動かした。
びっくりした!!
動かしたプランタンの下から何匹ものカナヘビが飛びだしてきたのだ。
カナヘビだけではなかった、ダンゴムシも、食事中のカタツムリも、カメムシ等々も。
一瞬身を引いた。そしてゆっくりと近づき観察してみた。
面白い!!
「自然の観察」には、「びっくり!!」「きれい!!」「気持ち悪!!」「こわー!!」はつきものだ。
そしてやがてそれは、「面白い!!」にかわるのだ。
▼孫たちの「自然の観察」は、もっともっと進化していくだろう。
今のリアルできれいな「教科書」を越えて、デジタル「教科書」の時代になっていくだろう。
「教科書」は一人一台のタブレットで見るようになるだろう。
野外の「自然の観察」も、携帯端末を持っていくことになるだろう。
「じいちゃん、そんなの知らんのか?これや!!」とその端末で、植物や虫の名前を教えてくる時代になるかな。
そうなってもじいちゃんは言いたい。

自然こそ最高の「教科書」!!

と。
 これからの時代の「自然の観察」も、やっぱり驚きと感動をともなうものであってほしい。
そして、そこからほんとうの私の「ふしぎ!?」が生まれることだけは知っておいてほしい。


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新・クラウド「整理学」試論(41)

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▼私の観察は単純だけどしつこかった!!
2/25(火)に花を落とした「ホシノヒトミ」を、今なお観察しつづけていた。昨日4/15(火)で7週目であった。
「ホシノヒトミ」「ハタケノクワガタ」から「オオイヌノフグリ」への全プロセスをこの眼で確かめたかったのだ。
7週目にもなると枯れがかなり進んできているようにも見える。
<6週目4/8(火)の画像>
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6週目とくらべてもちがってきていた。ひとつの実のほうが扁平してきているのはなぜだろう?
どれもそうなるのだろうか?
ほんとうに種子になっただろうか?
やっぱり「ふしぎ!?」は続くのだ。「ふしぎ!?」に答えるためには観察しかない。
▼単純だけどしつこいのは観察だけでなかった。
私の「整理学」三種の神器のひとつ「袋ファイル」についてもそうだった。
私の「袋ファイル」は手製だった。
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角2(A4サイズ)の封筒をしこたま買い込み、それに型紙にあわせて枠をつくり封筒の上端をカッターナイフで切り取って仕上げる。一時「山根式袋ファイル」としてブームになったのである。
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いったいいつ頃からはじめたのだろう?
と型紙のメモをみると「第1号 90.12.06 作」と書いてあった。
なんと四半世紀近く!!これを愛用し続けていることになる。
▼はじめた当時は、家族でこれを使った。なんでもかんでもペーパー関係のものはここにほりこんだ。
袋ファイルにはタイトルをつけた。タイトルの頭3文字をカタカナで書き込んだ。後の検索のためのものだ。
一瞬であるが、家の中から、机上からペーパーが消えた。
なんとも言えぬスッキリした気分になった。
 ところが「袋ファイル」システムには絶対にやらなければならないことがあった。それをやらなければこのシステムが生きてこないことがあった。
 それが、メンテナンスだ。私は、その必須のメンテナンスを怠ってきた。
▼「またいつか」「また後で」とずっと先送りしてきたのだ。
家族はもちろん、世間でもそんなもの使うひとはいなくなった。博物館行きの整理システムだ。
私は、単純でしつこかった。
まだ今なお愛用しつづけているのである。
四半世紀近くの間に作った「袋ファイル」の数量は膨大なものになった。
やっと今から、この膨大な量の「袋ファイル」のメンテナンスにかかる。
いやメンテナンスというより「断捨離」と言った方がいいかも知れない。

道は遠そうだ。
同じやるなら楽しみながらやろうと思う。
思わぬ「発見」があるかもしれないので、ゆっくり 急ごう!!

 


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新・クラウド「整理学」試論(40)

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▼「花見」もいいけど、「雲見」もなかなか楽しいものだ。
雲のない「雲見」もよりいっそう面白い!!昨日(2014/04/14)はほうとうに一年のうちに何日あるだろうか、というぐらいの雲ひとつない青空であった。朝から夕方まで何度見ても、雲のない「雲見」だった。
空のどの方向の青空がいちばん美しいだろう?
この青空はどこまで続くのだろうか?
上空の温度はどう変化するのだろうか?
宇宙はどこからはじまるのだろうか?
などなど考えながら「雲見」をしていると楽しいものだ。
「雲見」も楽しいが、さらに面白いのが「宇宙見物」だ。
今朝起きたら、西の空に月と火星が仲良くいた。東の空には金星がのぼってきていた。南にはさそりがいた。
「雲見」と「宇宙見物」、さらには足元の小宇宙探検…これぞ道楽的「科学」の極みだ!!
▼「作業の時間」に諸々の「整理」を組み入れてやっている。
作業は相変わらず遅々として進まないが、いろんな「発見」があってこれまた楽しいものである。
私の「整理術」遍歴もながいものになった。
梅棹忠夫の『知的生産の技術』にはじまり紆余曲折を経て、『佐藤可士和の超整理術』に行き着いた。
それに教えられ
・「空間」の整理
・「情報」の整理
・「思考」の整理
を意識するようになった。
そして究極の整理は、
・「時間」の整理
だと気づくようになっていた。
▼気づいたからと言って実践ができているわけではない。
そう言っている間にも月日はすぎ、いよいよ最終「整理」をするときが来ているようだ。
だからと言って、これまでにやったことない新しい方法を導入する気もない。
不十分ながらも今までにやってきたを繰り返すしか術はない。
紆余曲折の中で手に入れた究極の「整理」のツールは3つだ。
私の「整理」三種の神器!!
・パソコン(P)
・システム手帳(S)
・袋ファイル(F)
▼名付けてPSF連動方式!!
これについては、これも十数年前に「中間報告」のような文を書いていた。
 このとき以後実はあまり進化していないというのが実態だ。
今度は、この「最終報告」を書くつもりで、この試論をつづけようと思う。

「整理」を楽しみながら
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

 

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【Web更新4/13】14-15 「サイエンスコミュニケーター宣言」等 更新!!

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足元に 宙を見るかな 春の朝 14/04/12 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-15
週末定例更新のお知らせ
 タイムテーブルに「学習の時間」「作業の時間」を導入して一週間が経とうとしている。まだまだ軌道修正が必要であるが、この時間がきわめて有効であることの実感がうまれつつある。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ サギゴケ
 朝の散策もこれまでにくらべるとゆっくりと時間をかけるようになった。
そうすると少しずつ足元にもうひとつの小さな宇宙が広がることに気づきはじめた。
 これまではなんとなくの気づきであったものが、実感をともなうようになってきた。
 春だ!!足元の植物、小さな生きものも活動を開始している。
それぞれの生命のツナガリのなかで…。
足元にもサギが飛んでいた。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!! サイエンスコミュニケーター4年目の方向性もきまりつつある。
今一度、5つの座標軸をひっぱり出してきて確認をしておこう。

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

さて、どこに向かおうとするのか。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 こちらの方も3年目がはじまり2回を終えた。
 「科学」とは
 「研究」とは
 「科学者」とは
が日常的な話題なりつつある今日この頃!!
今こそ、もう一度「寅彦」を読みたいものだ。

◆新・クラウド整理学試論 更新!!
・「空間の整理」
・「情報の整理」
・「思考の整理」
そして究極の「時間の整理」。
 久しく本格的更新をしていなかった。今週はぜひこのページ更新を考えてみたい!!

さあ、新しい一週間がはじまる!!
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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本日(2014/04/13)、第63回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日は大賀ハスの定例観察日であった。蓮根の植え替えから2週間目である。
観察池にやっとひとつの葉芽が顔を出した。葉芽は葉が左右から巻かれた状態でのびてくる、それが葉を水面に広げて今年の作業がはじまるのである。日々刻々と変化していくさまを観察したいものだ。
 ここのところ気になってずっと観察を続けているものがあった。例のミノムシだ。
連続して観察した写真をならべてみる。
<2014/04/10 06:53>
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<2014/04/11 07:26>
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<2014/04/12 07:22> 
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 私にはどう見ても動いているとしか見えない。
でも実際にこの袋のなかの生きものが顔を出しているのをみたわけではない。そもそも、まだ私はこの袋の中に生きものがいること自体確認できていなかった。
袋の中にほんとうに生きものがいるのだろうか。居るとしたらどんなやつがいるのだろう興味津々である。
▼最近、「理化学研究所」「科学者」などで引き合いに出され話題にされることの多くなった寺田寅彦。
その寅彦の書いたものをオンラインで読むオンライン「寅の日」。
本日(2014/04/13)はその第63回目になる。
 4月のテーマは「寅彦の観察眼」である。なかでも前回と今回は私のミノムシの「ふしぎ!?」につきあってもらっている。

■第63回オンライン「寅の日」

◆簔虫と蜘蛛(青空文庫より)

▼今回の作品は読んでいて面白かった。
寅彦と蓑虫と蜘蛛との「物語」だった。巧みな文章で物語はとてもリアルであった。
じっと観察しているだけではなかった。具体的な行動に出ていた。
それは自然にはたらきかけ、自然に「ふしぎ!?」の答えを問う行為だった。

 自分は冬じゅうこの死んでいるか生きているかもわからない虫の外殻(がいかく)の鈴成りになっているのをながめて暮らして来た。そして自分自身の生活がなんだかこの虫のによく似ているような気のする時もあった。
 春がやって来た。今まで灰色や土色をしていたあらゆる落葉樹のこずえにはいつとなしにぽうっと赤みがさして来た。鼻のさきの例の楓(かえで)の小枝の先端も一つ一つふくらみを帯びて来て、それがちょうどガーネットのような光沢をして輝き始めた。私はそれがやがて若葉になる時の事を考えているうちに、それまでにこの簔虫(みのむし)を駆除しておく必要を感じて来た。

 寅彦は本気だった。
 49個もの蓑虫を楓の枝から切り落とすのである。
それで終わらなかった。さらにはその蓑虫の袋を切り裂くのである。そのときである。
変だと思って鋏(はさみ)でその一つを切り破って行くうちに、袋の中から思いがけなく小さい蜘蛛(くも)が一匹飛び出して来てあわただしくどこかへ逃げ去った。ちらりと見ただけであるがそれは薄い紫色をしたかわいらしい小蜘蛛であった。

▼そこから蓑虫と蜘蛛の物語が展開していく。
さらには人間世界ことまで話は及ぶ。
面白い!!
「科学者」寺田寅彦が描く小さな虫たちの物語。

この話をヒントにして、私のミノムシの「ふしぎ!?」を追う観察はつづけてみたい。
と終わろうとして、私はなぜかあの家主のいない「シロカネイソロウグモ」のことを思いだしていた。

それにしてもやっぱりミノムシの絶対数は激減しているように思うがどうなんだろう?

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サイエンスコミュニケーター宣言(326)

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▼ハクサイやダイコンの花が咲いている畑の片隅にうす紫色のやさしい色をした花が咲いていた。
ムラサキ花ダイコンだ。
何年か前に隣の家の畑ではじめて見て以降、数年のあいだにこの季節になると家のまわりのいろんなところで見るようにようなった。
 花が咲き種子をつくり、それがいろんなところに飛び拡がっているのだろう。
 まだ、その種子をしっかり確認したことない。
あの遅れん坊ハクサイ、ダイコンの花がつくるであろう種子とともに収穫してみようと思う。
はたしてどうなることやら。
▼ちょっと唐突で不安なニュースが流れていた。
「富士通、ニフティ売却へ」というニュースだ。私はNIFTY-Serve時代(パソコン通信時代)からネット環境の本拠地を@niftyに置いていた、今なおそうである。
 ニフティの歴史は【理科の部屋】20年の歩みとも重なっていた。
 まちがいなく歴史は動いている。
 ネット環境も大きく変化してきているのである。
▼ネット環境はこれからも変わり続けるだろう。TwitterやFacebookとていつまでもとは言い切れない。
次なる環境に進化していくかもしれない。
 しかし、どんなにネット環境が変わろうとも、変わらないものを私たちはみつけた。
それが、「ヒューマンネットワーク」である。
ヒューマンネットワークのすばらしさは「不易」である。
▼私は、サイエンスコミュニケーターとしての座標軸を5つ設けた。
その4つ目に

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!

をあげた。
 それは、これまで培ってきたヒューマンネットワークを駆使してあらたなネット環境にあわせたコミュニティ構築を願うからである。
 私には、そのうち必ずやそれは具現化してくるだろうという確信がある。

私は今年度も【100人リンク集】の旅を続けようと思う。楽しみである。

情報は発信するところに集まる!!
情報は交叉するところに生まれる!!

を信じつつ…。

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「学習の時間」「作業の時間」に何をするのか。

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▼春というより初夏の日射しだった。
朝から家の周辺を散策した。タケノコが顔を出していた。
畑にはイチゴの花が咲いていた。冬の間から長く長くつき合ってくれているホトケノザの群落は花盛りだ。
今年はゆっくりとこんな植物たちとつきあいながら、
「野菜の植物学」「雑草の植物学」「畑の科学」「里山の科学」等々の勉強してみたいな。
▼新しいタイムテーブルを作っている。
自分で自由につくれるタイムテーブルは、考えてみるだけでも楽しい!!
どこまでも「ねばならない」よりも「面白そうだからやってみたい」が優先する。
楽しくなければ変更すればいい。
時間は長年50分単位の生活が身に染みついているのでその方がやりやすい。
50分集中して10分の休憩だ。
▼では新しいタイムテーブルで意識的に導入した「学習の時間」「作業の時間」になにをするかだ。
まず「学習の時間」だ。
一言で言えば
・情報発信のためのスキルアップを図る時間
ずっとやりたいと思いつづけてきたことがいくつかある。
それらをある程度計画的に学習していきたい。
▼次は「作業の時間」だ。
こちらの方は大きく分けて2種類ある。
・フィールドワーク(畑仕事等を含む)
・「整理」の時間(「空間の整理」「情報の整理」など)

2つの時間の導入がクリエイティブな営みにツナガルを願っている。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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新しいタイムテーブルを作っている!!

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▼新しい生活がはじまって10日目だ。
少し時間的なゆとりができて、うれしいことがある。
それは、自然を観察する時間が多くとれてることだ。ゆとりのない生活のなかでは、見ているようで見てない「ふしぎ!?」をこれまで以上ゆっくり観察できる!!アリガタイ!!
 昨日一日でもいっぱいそんなものをみつけた。
 ひとつは、朝、東の畑で見た「菜の花」だ。正確には白菜の花(黄色)とダイコンの花(白色)だ。
ふつうはもっと早く白菜、ダイコンとして収穫してしまうのでなかなか見ることできない風景だ。
白菜の花とダイコンの花はものすごく似ているんだ。これは怠慢がもたらしたあらためての「大発見」だ!!
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▼もうひとつあった。それは夕方だった。
ずっとずっと観察をつづけているミノムシについてであった。家の前の石榴の木にぶらさがっているので一日で何度も目にすることができる。それが夕方見たときに姿を消していたのだ。
少しあせった。落ちてしまったのだろうか!?
 近づいて、ていねいに観察してみた。ちがっていた、見たことのないような態勢をとっていた。
前から不思議に思っていたのだが、どうもここのところ動いているのではないか!?
位置も微妙に変化しているように見える。さて今日は!?
▼新しい生活にふさわしいタイムテーブルを作りなおしている。
・起床時間4時
・就寝時間21時
を基本形にすることは変更しないつもりだ。
起きてから外に出ての「宇宙見物」、「雲見」、「気象観測」
このblog発信、メール、Twitter、Facebook等のチェック 等も変更はしない。
▼ではどこを変更するか。
大きく言うとふたつある。
・「学習時間」
・「作業時間」
を定刻にタイムテーブルに組み入れることだ。
 これまでもやってきたことであるが、定刻にと言うのではなかった。
日替わりであったのを「定刻」にやることである。
このふたつの時間の内容について詳しくはやりながら軌道修正をしていくつもりである。

(つづく)
 


  
 

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サイエンスコミュニケーター宣言(325)

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▼離任式を終えて、その足であじさい公園の白木蓮の林に行った。
山の斜面に植林された白木蓮は圧巻である。幻想的な世界ですらある。
 しばしそこに立ち過ぎし日々のあれこれを思いだしていた。
▼サイエンスコミュニケーターとしての4年目がはじまっていた。
今年度はこれまでの3年間と少し立場がちがっていた。
 しかし、サイエンスコミュニケーターとしての「授業」への思いにかわりはなかった。

サイエンスコミュニケーション最前線に学校現場の理科授業がある!!

これは変わらぬ一貫した認識である。
▼私の中学現場での授業のすべてが

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ここにある。
 良くも悪くもすべてがここにあるのである。
 ここ40年近くなにをしてきたのか、なにができなかったのか。どんな失敗を繰り返してきたのか。
「私の科学観」「私の授業観」「私の教材観」等々それら諸々がここにある。
これ以上でもこれ以下でもない。
「そのまま」がここにある。

これは言わば私の「名刺」がわりだ。

▼私の「ふしぎ!?」からはじめて卒業論文『科学技術とこれからの私』『○○の自然とこれからの私』にいたるまでの全授業の記録がここにある。
 これからはこの全授業をちがった立場から再度検討していきたい。

それは、サイエンスコミュニケーターとして、もっとも中心をなす仕事となるだろう。


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サイエンスコミュニケーター宣言(324)

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▼『なんだ、ここにも生えているではないか!!』
昨日、いつもの畦道を歩いてそう思った。この春、家のプランタンのなかでみつけたヒロクチゴケ(おそらく)だ。
朝日のあたったそのコケはまるで「宝石」のように輝いていた。
珍しいものとばかり思っていたら、そんなことは全然なかった。
いつも歩いている畦道のあちらこちらに蒴がのびていた。いつも踏みつけて歩いていたのだ。
少し落胆した。
 そして、足元にも私のまだ知らない世界が広がっていると思うとうれしくなった。
▼その足元に広がる世界に魅了されて写真を撮り続けている人がいた。
以前テレビ番組『足元の小宇宙』でみた埴沙萠さんだ。

◆埴沙萠の植物記~木と草と共に半世紀…埴沙萠の世界~

を見せてもらっていると(特に絵日記はおすすめだ。)、自分の足元にもこんな宇宙が拡がっているかと感動してしまう。
今年はもっともっとこの『足元の小宇宙』を楽しんでいこうと思う。
そう言えばクマムシもしばらく見ていないな。
▼かつて
・自然は最高の教科書!!
・子どもは最高の指導書!!
と言い続けてきた。
 自然のことは自然に訊くのが一番だ。そのためにもっともっと自分の目で自然を観ていく必要がありそうだ。
観察したものを、そのままにせずに記録化し、Web発信にも心掛けたい。
少しでも埴沙萠さんを見習って…。
▼「自然は最高の教科書!!」をお題目のように唱えるだけでは、自然は応えてくれない。
問いかけなければ応えてはくれない。
問いかけの方法をいろいろ工夫してみたい。
ひとりで歩いてみて問いかけるのもいい。
問いかけるのを人と一緒にやるのも楽しいかも知れない。
カメラを持って「自然観察」オフなんて面白いかも …

2014年度はこの『足元の小宇宙』でどんなものに出会えるだろう。
楽しみである。

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【Web更新4/6】14-14 「サイエンスコミュニケーター宣言」等 更新!!

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おすそ分け 情けも味わう 土筆かな 14/04/05 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-14
週末定例更新のお知らせ
 私にとってのWeb更新とは、毎日、朝に一回更新しているこのblog(私の【理科教師日記】)をWebページに貼りつけていくだけの作業である。新しいことと言えば、それに週末に撮った画像のなかで一番のお気に入りを表紙に貼りつけ一句、俳句もどきを詠むだけだ。一週間に一回これを繰り返しはじめてからもだいぶん月日が経った。
 もはや意識してする作業というよりは「習慣」となってしまった。
 こう書きながら、一週間をふりかえり次なる一週間を展望するのである。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 土筆(スギナ)
 道端のつくしが気になる季節になった。ここ数年でつくしを見る眼が少しかわってきた。
それは、きっと自分でもつくしの胞子を顕微鏡観察したからだろう。胞子にハアーと息を吹きかけると胞子はダンスをはじめた!!話には聞いて知ってもいたが、自分で観察してみて感動してしまった。顕微鏡観察の「はじめ」はこれだと思った。あまり感動したものではじめてのYouTubeにも挑戦してみた。
 だから今、つくしを見ると、あの胞子のダンスが目に浮かぶのである。
 知人からつくしを炒めたものの「おすそ分け」をいただいた。はかまをとる作業はけっこう手間である。
ちょっと苦味あってそれがまた味わい深い。人の情けのありがたさも味わわせてもらった!!
 
◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 サイエンスコミュニケーターとしての2014年度の「展望」を続けている。
もう少し続けてみよう。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 オンライン「寅の日」、3年目がもうはじまっている。
4月のテーマは寅彦の「観察眼」だ。

◆現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」 更新!!
 こちらの方もまだまだつづきそうだ。
 この教材の発展史、知れば知るほど面白い!!

さあ、新学期の一週間がはじまる。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!! 

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サイエンスコミュニケーター宣言(323)

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▼2014年度大賀ハス蓮根の植え替えから1週目の定例観察日だった。観察池の水のにごりはまだ続いていた。水面からはまだ芽も顔を出していない。うまく蓮根の植え替えができたのだろうか、少し不安である。
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 年がら年中の定点観測ということでは、ヒガンバナもある。定点Aのヒガンバナはスズメノエンドウ(ひょっとしたらカラスノエンドウ?)の完全包囲網のなかにあった。光独り占めの季節は終わったようだ。
それにあわせて葉の枯れは加速していく。なんどみてもみごとな戦略だ!!
▼2014年度、サイエンスコミュニケーターとしての「展望」を続けよう。
それしてもさすが知の巨人・梅棹忠夫だ。
『思想はつかうべきものである』(「アマチュア思想家宣言」より)とはうまく言ったものである。
今、痛切に思う。
「科学」も同じではなかろうか。「アマチュア科学者宣言」が必要なのではないか。
もうプロだけにまかせておけない時代なのではないか。
その楽しさをプロたちの独占物にしてはいけないのではないか。
梅棹流にいえば
アマチュア科学道を確立すべき時代ではないだろうか。
▼そのためのひとつの取り組みを構想している。
サイエンスカフェである。
近頃いろんなところで展開されている取り組みだが、これまでとはちょっとちがったスタンスで構想している。
「科学」を日常的に使うのはアマチュアだ。
そのアマチュアたちによるアマチュアのための「サイエンスカフェ」!!
小さな私の「ふしぎ!?」から出発する「サイエンスカフェ」!!
より高いレベルの「私の科学」を楽しむ「サイエンスカフェ」!!
基本的にはプロのゲスト(科学者・研究者)のいない「サイエンスカフェ」!!
Twitter的(=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)「サイエンスカフェ」!!
▼構想はしてみるが具現化するまでには道は遠いのかも知れない。
でも繰り返し繰り返し構想を提案していれば、思いもよらぬ展開が待ち受けているかも知れない。
それに私には「無手勝流」というアマチュアならではの得意技もある。

機をみてたったひとりでもはじめてみるかな。
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!


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サイエンスコミュニケーター宣言(322)

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▼大気は不安定であった。春の嵐をもたらしていた。
満開の桜は花吹雪に変わっていた。こんなとき思い出すのはやっぱりこれだ!!

さまざまのこと思い出す桜かな   芭蕉

芭蕉の句であること知らなければそれほど感動することもないのだろうか。
シロウトなんて所詮そんなものかも。
でもやっぱり うまい!! これぞ理想だ!!
▼サイエンスコミュニケーターとしての「展望」をつづける。
継続中の取り組みを更新していくだけでなく、一度は口にしたがまだ最初の一歩も踏み出していないものに挑戦したいな。
そのひとつが、俳句結社「寅の日」である。
 別に今さらプロの俳人をめざしたりするつもりはさらさらない。そんなこと不可能であることは百も承知である。
なりたいのはアマチュア俳人だ。
▼かつて、あの梅棹忠夫は言った。

 最後にもう一ど、思想はつかうべきものである。思想は論ずるためだけにあるものではない。思想は西洋かぶれのプロの思想家の独占物ではないのであって、アマチュアたる土民のだれかれの自由な使用にゆだねるべきである。プロにはまかせておけない。アマチュア思想道を確立するべきである。(「アマチュア思想家宣言」『思想の科学』1954年より) 

 梅棹の若き日(32歳)の「宣言」は、今なお心に響く!!
▼この「アマチュア○○○宣言」は汎用性が高い!!
どんどん使わせてもらおう。
まずは「アマチュア俳人宣言」だ。
俳句はプロの俳人だけの楽しみにしておくのはもったいない。
体系的な理論などは、プロにまかせておけばいい。
アマチュアでなければ気づくことない切り口で、自然を詠む!!自然観察を楽しむ!!
俳句結社「寅の日」の立ち上げ!!
吟行という名の「自然観察会」、それを今年度中にぜひ…
その一歩を

ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

 
 
 

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サイエンスコミュニケーター宣言(321)

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▼昨日朝早く前の田んぼに久しぶりの珍しい客が来た!!
キジだ!!
けたたましい鳴き声とともに登場だ。
 しばらく同じ場所にとどまり春を楽しんでいるかに見えた。
▼今更どうしようもない持病と楽しくつき合いながら、サイエンスコミュニケーターとしての2014年度をもう少し具体的に「展望」してみる。
 まずは現在継続中のものからみていく。
▼今は、何と言っても
◆現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」だ。
これは実に面白い。
具体的なモノがあるから、抽象的な「歴史」の話でなくわかりやすい。
ひょっとした戦後の理科教育史と深くかかわったところで展開できるかも知れない。
定番実験の教材史の典型なるかも知れない。
これからの教材開発のヒントになるものができるかも知れない。
そう考えるとますます興味深い取り組みになりそうだ。
 さらには、これまで続けてきた「私の教材試論」の区切りもなりそうだ。
▼継続中の取り組みということでは、もうひとつある。
それは、Webテキストの取り組みだ。
◆Webテキスト「ヒガンバナ」2014年版の更新
◆Webテキスト「天気の変化」の可能性の追求
他の分野でもWebテキストの可能性を考えてみたい。
可能性を追求するプロセスそのものを楽しみながら
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

(つづく)

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サイエンスコミュニケーター宣言(320)

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▼先日からちよっと気になるものを庭先のほったらかしプランタンのなかに見つけているんだ。
まんまるで朝日が当たると「宝石」のように輝くんだ。コケの蒴(胞子をいれる袋)だ!!
こんなコケあったかな。名前を知らない調べてみたくなった!!
丸い蒴に特徴があるので、タマゴケ!!でもどうもちがうな。いろいろ調べた結果、今のところヒロクチゴケ!!
方がびったりくるな。
▼そう言えば一時、ゲッチョ先生の『コケの謎』(盛口満著 どうぶつ社)に感化されて、「コケばっかり病」になっていたことがあった。
 私の持病は「ばっかり病」だけでなく、「あれもこれも病」というのあわせ持つ。(^^ゞポリポリ
一時そればっかりに夢中になっていたかと思うと、いつの間にかまた別のものばっかりになってしまっているのである。自覚はしているつもりだが、もう今さら完全治癒はできないだろう。
「ばっかり病」と「あれもこれも病」と楽しくつき合っていくしかない。
▼さて、サイエンスコミュニケーター宣言をはじめて4年目がスタートしている。
はやくも3日目の朝だ。
「今年はどうされるんですか?」と訊かれた。
「はい、サイエンスコミュニケーターをやります!!」
「えっ、(?_?)」
しばらくの沈黙があって「がんばってください!!」の返事がかえってきた。

今度は自分に問うてみる。
「サイエンスコミュニケーターってなに?」
▼サイエンスコミュニケーター4年目のメインテーマはきめていた。

私の「ふしぎ!?」から私の「科学」へ

だ。それにしてもなんで私は「私」をなんでこんなに多用するだろう。
これも昔からだ。ひょっとしたらこれも持病!?

「ばっかり病」「あれもこれも病」「私多用病」(今、つくった病)、これらの持病と楽しくつき合いながらの一年になるといいな。

(つづく)

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現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」(7)

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▼昨日(2014/04/01)は、まだまだ野に「ホシノヒトミ」が輝いていた。今満開の桜とはまたちがった美しさである。
 そのすぐそばに、「ホシノヒトミ」が花を脱いでからちょうど5週目(2014/02/25花は散った。)の「オオイヌノフグリ」が輝いていた。
 私には、この植物の名前を花が咲いているときは「ホシノヒトミ」とよび、実になったときには「オオイヌノフグリ」とよぶほうがよほど「科学的」だと思うのだがどうだろう。
▼年度をまたぐかたちになってしまったが、まだまだ『究極のクリップモーター』のルーツを追っていた。
多くの人のお世話にながら、元祖「クリップモータ」の情報を手に入れることができた。
こんなときつくづく感じるのは、ヒューマンネットワークのありがたさだ。
お世話になったみなさんに深謝。
▼今、私が知る範囲でのもっとも古い情報である。
それは『理科ノート3』(編集発行 理科教育研究会 72.7.9発刊)p28に記載されていた。
・「簡単なモーターの作り方」西陵商(商業科) 町田 達朗 
このときは、最初から磁石をセットしておくのでなく磁石を近づけてまわすという提案だったようだ。
以下のように書かれていた。
 

5.コイルに磁石N,Sを近づけると回り出す。
   (図略)
   但し、N,又はS極一方がなしでもよい。非常に簡単に作れ、モーターの原理がよくわかる。

なお、『理科ノート』については、今回もたいへんお世話になった愛知物理サークルサークル紹介のページにくわしい。
▼ではここまでで私にわかっている範囲での『究極のクリップモーター』の歴史を時系列にならべてみる。

●1972年(昭和47) 『理科ノート3』(編集発行 理科教育研究会 72.7.9発刊)「簡単なモーターの作り方」(P28~29 町田 達朗)

●1975年(昭和50) 『理科教室』(vol.18 1975年4月号p34~38) 楽しい理科工作『クリップモーター』 川勝 博

●1984年(昭和59) 台なしクリップモーター(楠田)(後に『究極クリップモーター』)はじまる。

●1986年(昭和61) 物理教育国際会議(東京)で愛知物理サークルが紹介

●1988年(昭和63) 『いきいき物理わくわく実験』(愛知・岐阜物理サークル編著 新生出版 1988.5.15)「クリップモーター」(林熙・飯田)( P208~209) 

●1988年(昭和63) 科教協全国研究大会大会(北海道・札幌市)「実験・観察物づくり分科会」で「『究極のクリップモーター』づくり」を発表。『究極のクリップモーター』命名!!(1988年11月臨時増刊号『理科教室』)

●1998年(平成10) 『たのしくわかる物理実験事典』(左巻健男/滝川洋二=編著 東京書籍 1998.9.17)「究極のクリップモーター~最もシンプルなクリップモーター~」(楠田 純一 P361~363) 

●2002年(平成14) 『おもしろ実験・ものづくり事典』(左巻健男・内村浩編著 東京書籍 2002.2.28)「究極のクリップモーター~だれにでも簡単に回せるから「科学」だ~」(楠田純一 P217~219)

詳しいところはまだまだこれからである。
「クリップモーター」に関する情報あればよろしくお願いします。

(つづく)

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本日(2014/04/01)、第62回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼いっきょに春がやってきた!!
少し歩いてみるだけで不思議なことがいっぱいあった。
まず蓑虫だ。
 庭の石榴の木にぶらさがった蓑虫は寒風にさらされて振動を繰り返していた。ぶら下げている糸の強靱さに感動したものだ。ところが、昨日見てみるとなにか様子が違うのだ。揺れていないのだ。
ぶらさげていた糸の部分が見えないのだ。枝に蓑でロックされたようになっているのだ。
前に撮った写真をみてみるとちがうのだ。
あれ?いつのまにこうなったんだろう?動いたのか?
「ふしぎ!?」だ!!
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不思議なことはそれだけではなかった。その枝から数十㎝はなれたところに蜘蛛をみつけたのだ。
春の陽気で蜘蛛たちも行動開始したのだ。その小さな蜘蛛よく見てみると、私にはあの「イソウロウ」君(シロカネイソウロウグモ)に見えるのだ。昨年コガネグの観察のとき大活躍していた貴奴だ。
でも不思議だ。家主の姿はまわり見えない、なのに「イソウロウ」の方が先に出現するのだ。
「ふしぎ!?」だ!!
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前の竹藪の椿の観察にでた。
椿の花が予想通り坂道に落ちていた。仰向きか?うつ伏せか?を数えてみようとした。
今年はほとんどが仰向きばかりだ。昨年はもう少しうつ伏せがあったような気がする。
同じ場所なのに年によってちがうのだろうか。
「ふしぎ!?」だ!!
▼ちょっとその気になって身のまわりを見てみると不思議なことがいっぱいあるもんだ。
『ねぇ君、不思議だと思いませんか?』
その言葉を口癖とした寺田寅彦。その寅彦のエッセイをオンラインで読むオンライン「寅の日」、
3年目、本日(2014/04/01)スタートです。
 今回と次回、その「蓑虫」の不思議をとりあげます。
■本日(2014/04/01)、第62回オンライン「寅の日」
◆「三 蓑虫 (「小さな出来事」より)」(青空文庫より)

▼2年間オンライン「寅の日」をやってきてつくづくと思うことがあります。
ひとつは寅彦の書いていることは、きわめて今日的であるということです。
もうひとつは、寅彦のするどい観察眼と巧みな文章は感動的ですらあるということです。
今回もそうです。

 枝に取り付いている上端は眼に見えないほど小さい糸になっているので、風の吹く度に簑はさまざまに複雑な振子運動をし、また垂直な軸のまわりに廻転もしていた。今にも落ちそうに見えるが実はなかなかしっかりしているのであった。簑虫自身は眠っているのか、あるいは死んでいるのか、ともかくもこの干(ひ)からびた簑を透して中に隠れた生命の断片を想像するのは困難なように思われた。 

 
「今僕の眼の前の紅葉の枝に簑虫が一匹いる。僕は蟻や蜂や毛虫や大概の虫についてその心持と云ったようなものを想像する事が出来ると思うが、この簑虫の心持だけはどうしても分らない。」

自然の不思議をこうも面白く語ってくれる寅彦に感服します。
さらには発展もあります。

 こんな事からつぎつぎに空想をたどりながら、私は人間のあらゆる知識に関するいわゆるオーソリティというものの価値に考え及んだ。そして考えれば考えるほど、今まで安心だとばかり思っていた色々の知識の根柢が、脚元からぐらついて来るような気がした。しかしその時考えた事はここに書くにはあまりに複雑でそしてデリケートな、そして纏りのつきかねるものであった。

▼寅彦は、ホンモノの「科学者」だった。
それは一貫していた。その寅彦から「これから」の「科学」を読み取ろうというのも、オンライン「寅の日」のねらいのひとつだった。

こんなところを見ているうちに簑虫に対する自分の心持はだんだんに変って来た。そして虫の生活が次第に人間に近く見えて来ると同時に、色々の詩的な幻覚(イリュージョン)は片端から消えて行った。

小さな「ふしぎ!?」の観察からはじまる面白い「科学」の世界。
3年目オンライン「寅の日」を多くの人と一緒に楽しんでいきたい。
今年は、どんな展開があるのか楽しみです。


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