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現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」(2)

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▼春の彼岸だ!!
私は持病の「ばっかり病」を発症していた。いくつかの「ばっかり病」を併発していた。
まずは、もう慢性化してまった「ヒガンバナ病」である。
 定点観測地Aのヒガンバナは葉の先の方が黄色くなり枯れ始めた。もっと顕著に黄色くなっているのは定点観測地Bのシロバナヒガンバナであった。
 そこから数十㎝離れたところ最近発症し始めた「ホシノヒトミ病」の観察地があった。「ホシノヒトミ」「ハタケノクワガタ」から「オオイヌノフグリ」にいたる全プロセスを追っていた。かなり成長してきた。花を脱ぎ捨てて3週間が経とうとしていた。
▼もうひとつの「ばっかり病」を発症している自覚していた。
「究極のクリップモーター病」とでも呼んでおこう。この病も長い履歴があった。
今は、そのルーツを追っていた。「台なしクリップモーター」になる以前の「クリップモーター」のルーツが知りたかったのだ。
 いくつかの思い当たる資料があった。
 まず最初に調べてみたのがあの本だった。本棚から取り出したのは、あの名著
■『いきいき物理わくわく実験』(愛知・岐阜物理サークル編著 新生出版 1988.5.15)
だ。今もページを開きイラストを見ているだけでもワクワクしてくるような1980年代を代表するような画期的な本だ。
 出版元の新生出版はさみしいことに今はない。しかし、幸いなことに日本評論社より改訂版が出ているので入手可能なようだ。
 さて「クリップモーター」であるが、きっちりと出ていた。

◆「クリップモーター」(林熙・飯田)(前記著 P208~209)

「クリップモーター」のルーツをたどる上できわめて興味深いので少し引用させてもらう。
クリップモーターと私たちの最初の出会いは、1970年代初めでした。愛知の自主的出版物『理科ノート』に紹介されてから、全国教研や『理科教室』などでも紹介され、全国にまたたくまに広まりました。今では小学校の教科書にまで登場しています。 
 私たちは、これを当時名古屋市立西陵商業高校の先生、町田達朗(既に定年退職)さんから知りました。その彼が小学生の頃に朝鮮の日本人学校で日本の先生から教わったというのですから、すでに50年も前からこのモーターはあったのです。(前記著 P209より)

 その当時「50年も前から」ということは
 今から言えば、75年以上前から!!ということになる。
▼さらに興味深いことが続いて書いてある。
 こんな素晴らしい教材が今までどうして広まらなかったのか不思議なくらいです。
 ’86年東京で開かれた物理教育国際会議でクリップモーターを紹介したところ、これを見たアフリカの教師が「世界で最も簡単なモーターだ」と叫びました。まさにその通りでこれは余分な要素が一切きり取られ、原理がむきだしというにふさわしいものなのです。(前記著 P209より)

ここで私は年表ふたつの点をプロットすることにした。

●1988年(昭和63) 『いきいき物理わくわく実験』(愛知・岐阜物理サークル編著 新生出版 1988.5.15)「クリップモーター」(林熙・飯田)( P208~209) 

●1986年(昭和61) 物理教育国際会議(東京)で愛知物理サークル紹介

(つづく)

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