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【Web更新3/30】14-13 「サイエンスコミュニケーター宣言」等 更新!!

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連翹の 花明かり庭 照らすかな 14/03/29 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-13
週末定例更新のお知らせ
 2013年度最後の週末定例更新をした。一週間ごとに定例更新をしていく、それは自分に課した「枷」だった。
その「枷」を設けることでより自由度を増し、生活にリズムも生まれると思っている。
 だから、2014年度に入ってもこれは続けようと思う。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 連翹
 西の庭に連翹の花が咲き出した。これでいっきょに庭は明るくなり、春が来た!!
という気分になるのだった。
 毎年同じ時期にきっちり咲き始める。ほんと自然とは律儀なものだ。
どんな仕掛けになっているんだろう?やっぱり「ふしぎ!?」だ。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!! 
 明日から「サイエンスコミュニケーター宣言」はじめてから4年目になる。
4年目の「展望」を引き続けてやっていきたい。

◆現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」 更新!!
 年度をまたぐかたぐかたちになるが、こちらも引き続きその「歴史」を追っていきたい。

◆大賀ハス観察日記 更新!!
 2014年度大賀ハス観察池はもうすでにスタートした。
 こちらの方も、歴史をふりかえってみて自分でも驚いてしまった。
はや7年目になるんだ!!


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大賀ハス蓮根の植え替えをする!!

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▼昨日(2014/03/29)は、2013年度大賀ハス蓮根の植え替えをしてから52週目の定例観察日であった。
一年間継続観察してきた観察池をひっくり返して、2014年度の植え替えをした。
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 ひっくり返した池の底には、泥にまみれた蓮根がとどろをまいたようになっていた。少し時間をかけてホースで水をかけて泥をおとすとその姿がよくわかるようになっていた。
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▼あの大きな葉でおこなった生産活動の産物はこのようなかたちで蓄積されていた。
お見事!!
と言ってやりたくなる。
できるだけきれないように伸ばしてやると2m50㎝を越えるぐらいなる。
アタリマエのことであるがそれは、昨年度植え替えた蓮根から伸びていた。昨年度の蓮根は黒く炭化したようになっていた。
▼次に2014年度の観察池づくりに入った。

田んぼから土をとってきて、容器に入れる。
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今年も元肥に使うのは、身欠きニシンと大豆(煮たもの)である。(大賀式栽培法を参照する)
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土・身欠きニシン・土・大豆・土・蓮根・土という順に埋めていく。
今年は、ちょっと多めの肥料で挑戦してみることにした。
▼最後に水をはって完成である。
2014年度観察池スタート!!である。
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ちなみに今日(2014/03/30)は、大賀一郎先生が千葉県千葉市検見川の泥炭層から大賀ハスの実を見つけ出してから、ちょうど63年目の日である。(1951.3.30発見!!)
 それから63年!!今、「2014年度大賀ハス観察池完成!!」を大賀先生に報告したい気分だ。

 今年は何回「あこがれの4日間」はやってくるだろう。
楽しみである。

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サイエンスコミュニケーター宣言(319) #higanbana

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▼昨日(2014/03/28)久しぶりにその場所に立ち寄ってみた。
昨年の晩秋、自然結実したヒガンバナを続々とみつけることできた田んぼの畦である。そこでも葉の先の方から枯れはじめていた。しかし、ヒガンバナがべったりと畦を覆っているのは変わっていなかった。
その田の畦だけに自然結実のヒガンバナを発見できた。となりの田の畦ではみつけることができなかった。
面白いと思ったのは、となりの田の畦は、「畦焼き」をされているのにその田の畦はされていなかった。その必要がなかったのだ。ヒガンバナの隙間からつくしが顔を出していた。
 今年の晩秋には、ぜひともヒガンバナの「ふしぎ!?」を一緒に追ってきた人とここでオフをやってみたいものだ。
▼サイエンスコミュニケーター4年目の「展望」をつづける。
「MST」(モチベーション・スキル・ツール)をさっそく、長年その「ふしぎ!?」を追い続けてきたこのヒガンバナに適用してみよう。
 まずMだ!!
 ヒガンバナの「ふしぎ!?」へのこれまでのこだわりは、昨年の秋
◆Webテキスト「ヒガンバナ」
 としてまとめた。
 そこにもあげたが、そのこだわりのはじまりは小さな私の「ふしぎ!?」だった。
・あんなきれいな花を咲かせるのに葉は?
・日本のヒガンバナは3倍体!!分球によってのみ増える!!ほんとかな!?
こんなに日本全土に拡がっているのに、「ふしぎ!?」だ。
▼その「ふしぎ!?」を多くの人と共有したくてWebテキストをつくってみたのだったが、ほんとうに「ふしぎ!?」を伝えるためには、まだまだ更新が必要だ。
 2014年版にバージョンアップが必要だ。
そのための私自身のS(スキル)アップを図らなければならない!!
あくまで楽みながらであるが…。
▼最後がT(ツール)だ。
Twitter的(リンク・シェア・フラット・等身大・リアルタイム・アクティブ)を加速するためのT(ツール)!!
T(ツール)が画期的展開をもたらす。それはこれまでにも何度も体験してきたこと。
だからこそ、今、新たな展開のためT(ツール)が必要!!
それは何だろう?
 しばし模索してみよう。

 私の場合は、これまで培ってきたヒューマンネットワークこそが最強のT(ツール)である!!
これはいつまでも変わらないこと。

●2014年度は全国各地でビガンバナオフをいっぱいやろう!!


(つづく)
  

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サイエンスコミュニケーター宣言(318)

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▼もうそろそろ咲いている頃ではと、いつもの場所に行ってみた。
シロバナタンポポである。
 最初は、いつもの場所に見つけることができなかった。あれっ?まだ早いのかなと思った。
しかし違っていた。少し範囲を広げて歩いてみると次々とみつけることができた。
その範囲は校庭までも続いていた。
 自然とはなんと律儀であることか!!
▼それにして「ふしぎ!?」だ。
 なぜ、この一角だけにシロバナタンポポは拡がっているのだろう?
かつてシロバナタンポポを追っているときに教えてもらった、「四国ではタンポポと言えばシロバナタンポポの方がふつうの地域がある」と。
 ほんとうだろうか!?
私はまだこの眼ではそれを確かめてはいなかった。いつか…。
でも、そのシロバナタンポポがこの一角に分布しているのか。
中国縦貫道と関係しているのだろうか?
それともここの神社に関係しているのだろうか?
やっぱり「ふしぎ!?」だ!!

そう言えば、5年ぶりの「タンポポ調査・西日本2015」がはじまっているのではなかったかな。
▼「展望」を続けよう。
大風呂敷テーマ

私の「ふしぎ!?」から私の「科学」へ

口の中で、頭の中で繰り返してみる。
5つの座標軸を少しはなれて自由に発想してみよう。
テーマ実現のために絶対に必要なものはなんだろう?
▼いくつかの事が頭に浮かぶが、ここでも3つに絞ろう。
その3つとは
●モチベーション(M)
●スキル(S)
●ツール(T)

まとめると「MST」だ!!
忘れっぽい私は、いつもこんな感じで記憶しやすくしておくのだ。
さて、その「MST」策とは、具体的には…。

(つづく)

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サイエンスコミュニケーター宣言(317)

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▼少し「展望」が見えなくなっている。
キツネノカミソリの実生である。確かに葉らしきものがのびてきて「発芽」したかに見えた。
 しかし、それは「発芽」というよりは「発根」というのが正しいらしい。そして、緑は見えなくなってしまった。
机上に置いておき、水を絶やさないように毎日観察しているつもりだった。
「土に埋めた方が…」というアドバイスももらったが、もう少し大きくなるのを確認してからと思っていた。
そのうち大きくなるどころか、なにか白いカビのようなものがつきだした。
 もう死んでしまったのだろうか。それとも眠っているだけなんだろうか。
私にはわからない。どうしたら…? 
 昨秋に収穫したヒガンバナの種子も、キツネノカミソリの場合と同じ処理をした。まだなんの変化も見られない。
こちらも「展望」が見えてこない。
▼いよいよあと5日で、サイエンスコミュニケーターとしての3年目が終わる、
5つの座標軸
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
での「現在地」確認の作業は終えていた。
 次は、4年目の「展望」のときである。
ところが、こちらの方もなかなか「これから」が見えてきていない。
 しばし、時間をかけて、5つの座標軸を使いながら「これから」を「展望」してみようと思う。
▼具体的「展望」に入る前に
サイエンスコミュニケーター4年目の大きなテーマをきめておきたい。
これまで繰り返してことでもあるが、次のように決めた。

▼私の「ふしぎ!?」から、私の「科学」へ

なんとも、いつもの大風呂敷であることか!
まあ、テーマなんてそれぐらいがちょうどぐらいなのかも。
▼サイエンスコミュニケーターとしての4年目もやっぱり問い続けよう。
この最も根源的な問いだけは
・サイエンスコミュニケーターとは?
・私にとって「科学」とは?
・私にとって「理科」とは?

ゆっくり 急ごう!!

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現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」(6)

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▼「ホシノヒトミ」がスッポリと首からセーターを脱ぐように「花を脱いで」、昨日でちょうど4週間だった。
「ホシノヒトミ」から「オオイヌノフグリ」へは知っていても観たことがなかった。
その全プロセスを観察するのは初めてであった。
 4週間目にして私は、それは事実であると確認することできた。
花から実へ、そして種ができて生命をツナグ!!
このアタリマエ!!が小さな観察からやがて「私の科学」になってきた。
観察はまだまだ続く。
▼「磁界のなかで電流が流れれば力がはたらく」
これだって知ってしまえばアタリマエのこと。
でもこんな不思議なこと、そう簡単にアタリマエにしていいのかな!?
『究極のクリップモーター』は、その「ふしぎ!?」を実感するための教材だった。
いつでも、誰でも、簡単に実感できる教材だった。
この不思議な力(ローレンツ力)は、ホンモノの「科学」だ。
『究極のクリップモーター』のルーツを探索していた。
少しでも関連しそうなものはないかと捜していた。
そして、みつけた!!たいへん興味深い実験を。
▼その実験をみつけたのは、
■『セルフメイドの世界~私が歩んできた道~』(岩城正夫著 群羊社 2005.12.1)
のなかだ。
 岩城正夫さんと言えばあの「原始技術」「原始の火」等で有名な岩城さんだ。
 その岩城さんが、かつて「鉄無しモーター」をつくられたことがあるという。
 それは氏がテレビ教養番組『科学の歴史』の企画者兼ホスト役をやっておられたときのことである。
たいへん興味深い話なので少し長くなるが引用させてもらう。

 ここでは19世紀の電気・磁気の一部を取り上げたい。その時スタジオにお招きしたゲストは物理学史研究者・板倉聖宣氏だった。彼によれば、当時の電気の研究ではイギリスのファラデーの研究がとくに有名で、彼はモーターの原理の発見者ともいわれるという。
 そのファラデーのモーターというのは、いまふつう見られるモーターと違って鉄心が使われていない。磁場の中に針金を置いてそれに電流を通すと、その鉄心(針金か?:楠田)が力を受けて動くというものだ。現在の普通の鉄心を使ったモーターのばあい、その回転効果つまり受ける力がいっそうおおきくなるためそうするわけだ。モーターの回る原理そのものは鉄ではなくて、電流と磁場の関係なのだという。
 そこで私の考えて作ったのが図Ⅴ-19のような鉄を一切使わない「鉄無しモーター」なのだ。ふつうのモーターでは、電動子にも、界磁にも鉄心があるのが大半だが、このモーターには鉄心が一切無い。銅線を巻いただけのコイルとコイルの関係だけだ。しかし電流を通じるとブーンと音をたててものすごい勢いで回転する。この種の手作りが成功すると何ともいえない満足感を味わうことができる。(上記書 P171より)

▼ここで注目しておきたいことは次の点である。
・ついにこの「ふしぎ!?」のルーツもファラデーに行き着くということ。
・モーターを回すのは、電流と磁場の不思議な関係(ローレンツ力)だということ。
・鉄心をのぞくことで原理がむきだしになるということ。

そこで、私は「鉄無しモーター」を理科教材発展史『究極のクリップモーター』にプロットした。

●1969年(昭和44) 岩城正夫氏、テレビ番組「科学の歴史」で鉄無しモーターを作る。

 岩城氏が「鉄無しモーター」をつくったのは実はこのときだけではないようだ。
若い頃夢中になって愛読した

■『原始人の技術にいどむ』(岩城正夫著 大月書店 1980.5.30)

にもそれは出ていた。
 よりくわしい作り方、材料にもふれながら…。
そこに書かれた文章もまた示唆に富む文章だから引用させてもらうことにする。

私がわざわざ鉄を使わないモーターをつくったのは、電流の磁気作用というものが、鉄を媒介としなくても相当の力を及ぼすものでだということを、生徒に実感としてつかませたかったからです。また生徒たちには、磁場というものを、物体としての磁石とだけ結びつける固定概念が強いので、それをぶちこわすためでもありました。
 この鉄なしモーターが回るのを見ていると、電流の周囲には目に見えないながら強力な磁場が存在しているという実感が、しぜんにわいてくるようです。(上記書「鉄なしモーター」P166より)

流石だ!!
「鉄なしモーター」をつくってみたくなる。

(つづく)


 

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現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」(5)

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▼私の持病「ばっかり病」にも幾種類かのパターンがある。
それは「ばっかり病」と呼ぶにはあまりにも慢性化してしまい、むしろ「生活習慣病化」しまったものがいくつかある。その典型のひとつが「雲見」だ。
 気づいたら、いつものその位置に立ち、空にカメラを向けていた。
昨日もそうだった。
 空・雲にも季節がある。アタリマエのことだ。
まちがいなく春の空!春の雲!だった。
▼「究極のクリップモーター病」の方もまだまだ続いていた。
先日の日曜日、また わかる授業「日曜会」に出かけた。毎回、いろんな私の知らなかった「私の科学」に出会え、たくさんのネタを教えてもらえる楽しみな会である。
 今回は、このクリップモーターの小学校の実践を教えてもらった。
「究極のクリップモーター」は今も進行形で進化を続けていた!!
より安定して回るようにとクリップを電池に貼りつけるかわりに電池ボックスを利用していた。
電池ボックスの端の金具そのものを立てるのである!!
なんともすごいアイデアだ!!言わば「電池ボックス型(クリップ)モーター」だ!!
▼より簡単にどの子どもにも「回った!!回った!!」のあの感動を味わわせてたい。
その願いがいろんなアイデア・工夫を生む。
少し「歴史」にもどろう。

●1988年(昭和63) 科教協全国研究大会大会(北海道・札幌市)「実験・観察物づくり分科会」で「『究極のクリップモーター』づくり」(楠田純一)を発表。『究極のクリップモーター』命名!!(1988年11月臨時増刊号『理科教室』)

 これ以降、「究極のクリップモーター」として私自身が書いたもので追いかけてみる。
それからちょうど10年後

●1998年(平成10) 『たのしくわかる物理実験事典』(左巻健男/滝川洋二=編著 東京書籍 1998.9.17)「究極のクリップモーター~最もシンプルなクリップモーター~」(楠田 純一 P361~363) 

を書いていた。ここではほぼ10年前の提案を繰り返していた。
特に、これが「最もシンプルである」ことを強調していた。
▼さらに続けて、その4年後繰り返し書いていた。

●2002年(平成14) 『おもしろ実験・ものづくり事典』(左巻健男・内村浩編著 東京書籍 2002.2.28)「究極のクリップモーター~だれにでも簡単に回せるから「科学」だ~」(楠田純一 P217~219

 ここでは、授業だけでなくその後いろんなところで「究極のクリップモーター」を紹介し、実際につくってもらうことで、これは「だれにでも簡単に回せる」と強く確信をもったので、そのことを強調して書いた。
 たとえば次のようにも書いていた。
 

「念力」や「ハンドパワー」で回るのでなく、「科学の力」で回るのだから、だれがやっても絶対に回るはずである。失敗しても簡単にあきらめず、何度も挑戦してみよう。(同書 P218)

こう書いてからでも12年が経過した。
今では、小中の教科書や各種実験書、ネット情報などにもアタリマエのように登場するようになった『究極のクリップモーター』にもやっぱり「歴史」があるのである。
 今もまだ進化しつづける『究極のクリップモーター』。
まだまだ私の知らない「歴史」があるはず。
まだもう少しつづけてみよう。

(つづく)

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【Web更新3/23】14-12 ::現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」 等 更新!!

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蒲公英の 精一杯の 背伸びかな 14/03/22 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-12
週末定例更新のお知らせ
 2013年度もついに最後の一週間になってしまった。
 どんなにあがいても時間は遡行しない。ゆっくり ゆっくり急ごう!!

◆表紙画像2014 更新!!人里の自然シリーズ 蒲公英
 東の畑の土手に冬の間から元気なタンポポが咲いていた。綿毛も作っていた、ところがなかなか飛ばなかった。
冷たい北風にも耐えてとどまっていた。それらがいっきょに飛び始めた。春が来た!!
 少しでも背伸びして高くなり、綿毛を遠くへ飛ばそうとしているようにみえた。

◆現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」 更新!!
 「究極のクリップモーター」のルーツを追いはじめた。まだ関連資料・情報を集め始めたばかりである。
それだけでもけっこう面白い展開になってきた。
「年表」づくりもまだだ。とりあえずblogに書いたことを「究極のクリップモーター」を普及させる会のページに貼りつけてみた。こちらも ゆっくり 急ごう。

◆オンライン「寅の日」更新!!
 オンライン「寅の日」の2年目が終わった。
3年目の準備の期間である。3年目はどんな展開になるだろう楽しみである。

◆大賀ハス観察日記更新!!
 いよいよ今週末には蓮根の植え替えをする予定である。
どんな蓮根が顔を出すだろう。こちらの方も楽しみである。

さあ、2013年度最後の一週間!!
ゆっくり ゆっくりはじめよう!!
 

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現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」(4)

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▼昨日は大賀ハス定例観察日であった。蓮根の植え替えから51週目であった。
いよいよ2014年度植え替えまであと一週間となった。観察池には、少し離れたところで満開となった紅梅の花びら
が春の風で飛ばされてきて浮かんでいた。なんとも季節のうつろいを感じさせる光景だ。
 大賀一郎先生が、千葉県千葉市検見川の泥炭層から約二千前の古蓮の実をみつけたのは、1951年(昭和26)の3月30日である。まもなくそれから63年が経とうとしている。
▼ものにはすべて「歴史」がある。
その「歴史」を追うことは、きっと「これから」を考えることにツナガル!!
 現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」を続ける。
元祖「クリップモーター」の「歴史」を追う一方で、
●1984年(昭和59) 台なしクリップモーター(後に『究極クリップモーター』)はじまる。
それ以降の「歴史」も追ってみる。
▼それから4年経った1988年(昭和63)。
科教協全国研究大会(北海道・札幌市)「実験・観察物づくり分科会」で私は「『究極のクリップモーター』づくり」の実践発表をした。そのときの記録が1988年11月臨時増刊号『理科教室』に残っている。


●1988年(昭和63) 科教協全国研究大会大会(北海道・札幌市)「実験・観察物づくり分科会」で「『究極のクリップモーター』づくり」を発表。『究極のクリップモーター』命名!!(1988年11月臨時増刊号『理科教室』)  

今、読み返してみてもなかなか興味深いことを書いている。
「改良台なしクリップモーター」を画期的「発明」があるとして、次のような特徴をあげていた。

① まず、何といっても、台にするものを準備する必要がなくなった。
② 台に付けたクリップとエナメル線の接続の不備で回らないということがよくあったが、それがなくなった。
③ より簡単になったので、短時間に多くの生徒がまわせるようになった。これが、なんといっても画期的である。自分でつくって、回ってこそ楽しさは何倍にもふくらむのである。
④ 短時間に完成することにより、回転子にいろいろな楽しい工夫をするものがあらわれた。(1988年11月臨時増刊号『理科教室』 p267より)

▼さらに続けてこう書いていた。

このように簡単に、シンプルなったクリップモーターを、『究極のクリップモーター』とよふことにした。(1988年11月臨時増刊号『理科教室』p267より)

そうです。このときはじめて『究極のクリップモーター』が命名されたのです。
それからでも、もう26年もの「歴史」があるのです。

(つづく)


 

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2014年4月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼あたたかい空気と冷たい空気が適度にブレンドされた春分の風が吹いていた。
その風にも相変わらず振れていた。
風は単調ではない特に強く吹く、そうすると振動するだけでなくねじれもしていた。
なのにずっと切れない!!
蓑虫をぶら下げている糸である。
なんという強靱な!!クモの索引糸にまさるともおとらぬ強靱さである。
思わず出てくる言葉!!
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
▼その言葉を口癖とした寺田寅彦の作品を、青空文庫のお世話になりオンラインで読む会=オンライン「寅の日」をはじめて2年目が終わろうとしている。
12日ごとに一回巡ってくる「寅の日」にあわせて実施してきた。寅彦の命日(12/31)に行う特別の回を含めて61回実施してきた。何回も繰り返し読んでいる作品や何回かに分けて読んだものもあるが、少なくとも50を越える寅彦の文章を読んできた。
 当初どこまで続けることが出来るやら不安であったが、なんとかここまで続けることができた!!
もうそれだけで感動である!!
そして、コメント等で参加してくださった方々、青空文庫に感謝である。
また、ここまで続けてこれた最大の理由は、寅彦の書いた文章にある。
読むたびに繰り返し驚いた。
「なんと今日的な!!」と
  
3年目はじまりの4月は3回ある。
■2014年4月オンライン「寅の日」
◆第62回オンライン「寅の日」…4/01(火)
◆第63回オンライン「寅の日」…4/13(日)
◆第64回オンライン「寅の日」…4/25(金)

▼3年目のはじめは何から読もうと考えたとき、あの蓑虫のことが頭をよぎった。
寅彦がこの「ふしぎ!?」を見逃すはずはないと思った。
どこかでこの蓑虫の「ふしぎ!?」にふれているはずと捜してみると2つあった。
季節はちょっとずれているが、寅彦のするどい観察眼と巧みな文章を楽しませてもらおうと思う。
 ついでに生きものの観察ということで、蜂について書いたものも読む。
■2014年4月オンライン「寅の日」
◆第62回オンライン「寅の日」…4/01(火) 「三 蓑虫 (「小さな出来事」より)」(青空文庫より)

◆第63回オンライン「寅の日」…4/13(日) 「蓑虫と蜘蛛」(青空文庫より)

◆第64回オンライン「寅の日」…4/25(金) 「蜂が団子をこしらえる話」(青空文庫より)

▼3年目にぜひ試みたいこととして、いろんな「かたち」のオフライン「寅の日」がある。
いま思いつく「かたち」を列挙してみる。
●文字どおり顔をあわせての「読書会」としてのオフライン「寅の日」
●講師を招いてのオフライン「寅の日」
●寅彦ゆかりの地を訪ねてのオフライン「寅の日」
●俳句結社「寅の日」設立。吟行としてのオフライン「寅の日」

などなど夢はふくらむ。

ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。(真壁仁「峠」より)

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本日(2014/03/21)、第61回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼春の雨はあたたかった。
そのあたたかい雨に濡れて貴奴は異様に質感をもっているように見えた。
「ホシノヒトミ」が花を脱ぎ捨ててから23日目の姿だった。
時の流れととも生命は姿かたちを変えていく。それこそが生きている証しなのかも知れない。
▼本日(2014/03/21)は第61回オンライン「寅の日」である。
とまずは言い切ってみる。
ちょっと自分でも恥ずかしい勘違いをしていた。昨日の夕方、この2年間、オンライン「寅の日」をずっと同行してくださった久米さんから『今日はオンライン「寅の日」ですよね』と指摘されてはじめてこの勘違いに気づいた。
提案には、2014/03/20第61回オンライン「寅の日」としておきながら、自分の手帳には本日とメモしていたのである。なんとも単純なミスである。勘違いである。
 2年間、12日ごとに繰り返してきたオンライン「寅の日」。最後の最後になって勘違いするなんてまあ私らしいと言えば私らしい勘違いである。(^^ゞポリポリ
 そこで仕切り直して、自分の都合だけで変更して申し訳ないが、本日(2014/03/21)を第61回オンライン「寅の日」とさせてもらう。
■第61回オンライン「寅の日」
●『夏目漱石先生の追憶』(青空文庫より)

▼私には、人に大きな声で語るには少し恥ずかしい野望がある。
その筋の方からすれば、「トンデモ」話である。
それは、俳句結社「寅の日」への野望である。「俳句」超初心者の域にまで達していない人間の野望である。
傍目からはお笑いかも知れないが、本人はいたって真剣である。
もちろん遊び心からという面もあるが…。
 今回の『夏目漱石先生の追憶』も、そんな視点で読んでみた。
寅彦は漱石先生に訊いた。

自分は「俳句とはいったいどんなものですか」という世にも愚劣なる質問を持ち出した。

それにこたえて漱石は言った。

その時に先生の答えたことの要領が今でもはっきりと印象に残っている。「俳句はレトリックの煎(せん)じ詰めたものである。」「扇のかなめのような集注点を指摘し描写して、それから放散する連想の世界を暗示するものである。」「花が散って雪のようだといったような常套(じょうとう)な描写を月並みという。」「秋風や白木の弓につる張らんといったような句は佳(よ)い句である。」「いくらやっても俳句のできない性質の人があるし、始めからうまい人もある。」こんな話を聞かされて、急に自分も俳句がやってみたくなった。

よほど衝撃を持ってインプットされたのだろう。こんな刻銘に記憶にあるとは
また、次のようにも書いている。

先生からはいろいろのものを教えられた。俳句の技巧を教わったというだけではなくて、自然の美しさを自分自身の目で発見することを教わった。同じようにまた、人間の心の中の真なるものと偽なるものとを見分け、そうして真なるものを愛し偽なるものを憎むべき事を教えられた。

▼寅彦にとって漱石は俳句の師だけではなかった。
人生そのものの師でもあったのだろう。そんな言い方をするとうすっぺらな表現になってしまうが…

 しかし自分の中にいる極端なエゴイストに言わせれば、自分にとっては先生が俳句がうまかろうが、まずかろうが、英文学に通じていようがいまいが、そんな事はどうでもよかった。いわんや先生が大文豪になろうがなるまいが、そんなことは問題にも何もならなかった。むしろ先生がいつまでも名もないただの学校の先生であってくれたほうがよかったではないかというような気がするくらいである。先生が大家にならなかったら少なくももっと長生きをされたであろうという気がするのである。

なんとも納得である!!

さあ、今日でオンライン「寅の日」、2年目が終わりである。
はたして3年目終わる頃には、俳句結社「寅の日」の野望はどこにいるだろう。

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現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」(3)

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▼「暑さ寒さも 彼岸まで」
とは、ほんとうまく言ったものだ。みごとな「常民の科学」だ!!
春がやって来た、と言うより春が臨界点を越えてそこかしこに噴出しているという感じだ。
ゴミ捨て場に捨てたはずの小さなカブラから「菜の花」が噴出していた。
▼それに合わせたかのように私の持病「ばっかり病」も症状が噴出してきた。
「究極のクリップモーター」のルーツを追っていた。
「クリップモーター」そのものがかなりの歴史をもつ教材であることがわかった。
今度は『理科教室』にあたってみることにした。
 しかし、今困ったことに「整理」の途中で過去の『理科教室』をすべて段ボール箱に詰め込んだままにしているのだ。もう一度、本棚にならべてからか、と思ったとき、いいものがあるのを思いだした。
■『理科教室』復刻版DVD(企画・制作 科学教育研究協議会)
「クリップモーター」で検索をかけてみた。捜しているものをみつけることができた。

●1975年(昭和50) 『理科教室』(vol.18 1975年4月号p34~38) 楽しい理科工作『クリップモーター』 川勝 博

ここに知りたかったことのすべてが語られていた。
▼それまでの取り組みをまとめたすぐれた実践記録になっていた。
そのなかで、川勝氏はこの「クリップモーター」が普及している理由として3つをあげておられる。
とても興味深いので引用させてもらう。

 (4) この教材が普及している理由
 ① 職員室でゼムクリップを準備室で電池とエナメル線をとり出せばすぐ教室へいける。いそがしい教師にも簡単に授業に使える。
 ② 鉄心もなければ整流子も一見ない。ただのエナメルコイルだけがおそろしいいきおいでまわる。自然法則がむき出しであらわれている感じでその不思議さをなまであうことができる。
 ③ 整流子に相当する部分のアイデアがユニークである。従来のモーターの常識を完全に打破っている。
 

みごとな指摘である!!
これは、勝手に私流に言えば「3K1Aの法則」(感動・簡単・きれい・安全)そのものではないか!!        

▼この論文のさらにすぐれたところは、けっして実験の紹介だけではないというところである。
授業実践の記録が具体的になされているところである。
つまり、教材だけが唐突にあるのではない。教材に対する授業者の「文脈」があるのである。    
私は、「すぐれた教材」の前提として、文脈・情報・モノ(=素材・材料)をあげた。
その最前提、「文脈」!!が語られていた。
「授業」実践の記録とあわせて「授業の意図」について、これまた3つあげておられた。

(1) すべての生徒に自分達でもまわるという自信を与えること

(2) この授業の主要な目的はモーターを作ることではなくローレンツ力を学ぶことにある。

(3) この授業の副次的結果として現代社会の技術開発競争をまねごとあそびの形で体験させることになった。

これはやっぱり必読の記録だ。

 ちなみにこのときの授業は「昭和49年度公立普通高校文化系理科系3年生に対して」行われたものである。
つまりそれからちょうど40年経っているのである。18歳の高校生は今、58歳になっているのである。
すぐれた教材には「歴史」があるのである!!
この実践記録に出てくる女生徒のことば
「こんなちゃちなモーターがおそろしいいきおいでまわり出した。自然って不思議なものですね。」
が先日の生徒の感想文と重なってきた。

(つづく)

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現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」(2)

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▼春の彼岸だ!!
私は持病の「ばっかり病」を発症していた。いくつかの「ばっかり病」を併発していた。
まずは、もう慢性化してまった「ヒガンバナ病」である。
 定点観測地Aのヒガンバナは葉の先の方が黄色くなり枯れ始めた。もっと顕著に黄色くなっているのは定点観測地Bのシロバナヒガンバナであった。
 そこから数十㎝離れたところ最近発症し始めた「ホシノヒトミ病」の観察地があった。「ホシノヒトミ」「ハタケノクワガタ」から「オオイヌノフグリ」にいたる全プロセスを追っていた。かなり成長してきた。花を脱ぎ捨てて3週間が経とうとしていた。
▼もうひとつの「ばっかり病」を発症している自覚していた。
「究極のクリップモーター病」とでも呼んでおこう。この病も長い履歴があった。
今は、そのルーツを追っていた。「台なしクリップモーター」になる以前の「クリップモーター」のルーツが知りたかったのだ。
 いくつかの思い当たる資料があった。
 まず最初に調べてみたのがあの本だった。本棚から取り出したのは、あの名著
■『いきいき物理わくわく実験』(愛知・岐阜物理サークル編著 新生出版 1988.5.15)
だ。今もページを開きイラストを見ているだけでもワクワクしてくるような1980年代を代表するような画期的な本だ。
 出版元の新生出版はさみしいことに今はない。しかし、幸いなことに日本評論社より改訂版が出ているので入手可能なようだ。
 さて「クリップモーター」であるが、きっちりと出ていた。

◆「クリップモーター」(林熙・飯田)(前記著 P208~209)

「クリップモーター」のルーツをたどる上できわめて興味深いので少し引用させてもらう。
クリップモーターと私たちの最初の出会いは、1970年代初めでした。愛知の自主的出版物『理科ノート』に紹介されてから、全国教研や『理科教室』などでも紹介され、全国にまたたくまに広まりました。今では小学校の教科書にまで登場しています。 
 私たちは、これを当時名古屋市立西陵商業高校の先生、町田達朗(既に定年退職)さんから知りました。その彼が小学生の頃に朝鮮の日本人学校で日本の先生から教わったというのですから、すでに50年も前からこのモーターはあったのです。(前記著 P209より)

 その当時「50年も前から」ということは
 今から言えば、75年以上前から!!ということになる。
▼さらに興味深いことが続いて書いてある。
 こんな素晴らしい教材が今までどうして広まらなかったのか不思議なくらいです。
 ’86年東京で開かれた物理教育国際会議でクリップモーターを紹介したところ、これを見たアフリカの教師が「世界で最も簡単なモーターだ」と叫びました。まさにその通りでこれは余分な要素が一切きり取られ、原理がむきだしというにふさわしいものなのです。(前記著 P209より)

ここで私は年表ふたつの点をプロットすることにした。

●1988年(昭和63) 『いきいき物理わくわく実験』(愛知・岐阜物理サークル編著 新生出版 1988.5.15)「クリップモーター」(林熙・飯田)( P208~209) 

●1986年(昭和61) 物理教育国際会議(東京)で愛知物理サークル紹介

(つづく)

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現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」(1)

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▼昨日、いっきょに春めいてきた。早朝、霜は朝露にかわっていた。
その水を求めてであろうか、カタツムリが行動を開始していた。
ゆっくり ゆっくり 急ぎながら。
動くカタツムリの初見だった。
▼さあ、私も ゆっくり ゆっくり 動きはじめよう!!
今回の「究極のクリップモーター」の生徒の感想を読んでいるあいだに
■現代理科教材発展史「究極のクリップモーター」
を書いておきたい衝動にかられてきた。
 そもそも「クリップモーター」を「台なしの」(究極の)にしたのも生徒だった。
やっぱりいつの時代においても
自然は 最高の教科書!!
生徒は 最高の指導書!!
は変わらぬ指針のようだ。
▼以前にも、何度かこの試みをやろうとしていた。
例えば
● 「究極のクリップモーター」の歴史 (2008/03/16)
である。しかし、忙しさにまぎれてそのままにしてきた。
始めなければ次なる展開はない。
ともかく始めてしまおうと思う。
これがひょっとしたらラストチャンスかもしれない。
当時の現場のようすをよく知る人たちは、現場を去っている。
同時に貴重な情報も埋もれたままになってしまう。
今こそ…
▼2つから始めようと思う。
・情報収集
・年表づくり

仮の起点を繰り返すが
●1984年(昭和59年) 台なしクリップモーター(後に『究極クリップモーター』)はじまる。

「クリップモーター」に関する情報であれば、どんな小さな情報でもいいです。
ぜひ、ぜひ教えてください。
 情報交換をするなかから「これから」が見えてくると信じています。

カタツムリ君に負けないように
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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【Web更新3/16】14-11 「サイエンスコミュニケーター宣言」等 更新!!

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椿落ち 山道あかり 灯すかな 14/03/15 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-11
週末定例更新のお知らせ
 「整理」の季節である。
生涯「整理」ベタを自認してきた。しかし、一方では「整理」ということに人一倍興味をもってきた。
いろんな「整理術」にかぶれたこともある。
やっとここへきて「整理」を楽しむ気分が生まれてきた。
何かのための「整理」ではなく、「整理」そのものを楽しむのである。
だから「寄り道」や「道草」もOKである。そう思うととても気分が…o(^o^)o ワクワク

◆表紙画像集2014 更新!! 人里の自然シリーズ 椿
 前の山の椿が本格的に咲き出した。先日の嵐でかなり落ちていた。
それにしても「春」の「木」でツバキとは、ナルホドである。
椿というとすぐさま思い出す椿がふたつある。
ひとつが、修二会のあのつくりもののツバキである。一昨年の「お水とり」、昨年の「お水送り」と旅をしたが、今年は何のアクションも起こさない間に過ぎてしまった。
もうひとつの椿は、寅彦が理研の庭に椿を植えてやったという「椿の花の落下実験」の椿である。
 こちらの方は、まだ間に合う。寅彦の真似事を前の山の椿でやってみようかな。
足元に落ちた椿の花が仰向けだとまるで、枯れ葉のなかに灯りをともしているようでもあった。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
5つの座標軸での「現在地」の確認が終わった。
だからと言って自動的に「これから」がみえてくるわけではなかった。
「これから」を見据えて ゆっくり  急ごう!!

◆大賀ハス観察日記 更新!!
 実に久しぶりの更新である。2013年度の大賀ハスの開花ははやかった。
更新は昨年の7月のはじめから滞ったままであった。一週間に一度の定例観察は続けていたので、その日のblog貼りつけただけであるが、これがけっこう面白い作業だった。
 観察池は、それぞれの季節の移ろいを映し出していたのだ!!

さあ「整理」の一週間がはじまる!!
どこまで進めるかな?
どんな「寄り道」をしようかな。

 

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「究極のクリップモーター」は、やっぱり面白い!!

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▼大賀ハスの定例観察日だった。植え替えから50週目である。
2014年度の植え替えまでいよいよあと2週間となってきた。温んできた水面の下に葉脈だけになった葉が見えている。昨年の夏を思い出させてくれる。
 この一年間の観察池の「記録化」が途中までであることも思いだした。
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授業【電流と磁界】で、今年も「究極のクリップモーター」をやった。
定番中の定番としている実験である。「3K1Aの法則」の典型教材でもある。
今回もやっぱり面白かった!!
2時間をかけてひとりひとつ自分でつくって全員が回すことができた。
最初はやっぱり半信半疑だ。
20分もすれば、「回った!!」「回った!!」の歓喜の声があがり始める。
後は堰を切ったようにあちらでもこちらでも続く。
一時間で半数近くの生徒が「回った」。
いつものように30秒回り続ければ「合格」としていた。
2時間やってまったく飽きない。はやく「合格」した生徒は、回っていない生徒を手伝ったり、回転子に工夫を凝らしたり、回転しつづけるモーターをじっとながめて楽しんでいた。
【授業後の感想】より
・速く回っているのでずっと見ていてもあきません。
・回ったときは、うれしい気持ちもたくさんありましたが、「これだけのことで回っている」という事に感動しました。
・自分で作ったので感動はものすごかったです。
・30秒以上回し続けたりするのにとても苦戦しましたが合格したときは、嬉しかったし、これだけで本当に回るんだと驚きました。
・速く回ってすごく面白かった。
・なぜくるくる回るかそれが不思議でたまりませんでした。今も家で改良中です。
・友達と比べたりして遊ぶこともできたし、紙をはって遊んだりして面白かった。
・まん中にガムテープをはり、その中に星を書いて回しました。星は回すとたて模様ができて面白かったです。
・あの回ったときの感動は驚きは今も忘れません。科学はすごいんだなあと、あらためて実感しました。
・磁石、はりがね、電池だけで回ってすごいと思い、不思議だと思いました。
・回転させるのにとても苦労しました。でも回転したあとの達成感はとても気持ちよかったです。
・回らないときは、なんでまわれへんのん?って思ったけど、回ったときはとてもびっくりし、嬉しかったです。
・なぜかと言うと、コイルや乾電池などだけであんなにもコイルが長いこと速くまわることにとても驚き、感動したし、なぜあんな現象が起こるのかぼくは、もっとくわしく調べていきたいと思ったからです。
・でも、小さく作ったので回ったときにはすごく高速回転してびっくりしました。もっと小さくして、もっと高速回転できるようなパワーアップしたクリップモーターをつくりたい。
・クリップモーターでは、コイルと電気と磁石についてよくわかったし、たのしかったです。
・回らない時は、なぜ回らないのかと考えて、エナメル線をもっとよくはいだりしました。
・コイルのわっかを小さくしたらすごい速さでまわっていたので、スゴかったです。コイルをやすりでずっとけずっていても全然電流が流れなかった時は、電流ってこんなんでホンマに流れるんかなぁと思ったけど、流れたら、電流ってスゴイな!と思いました。
・一日目に一回だけまわりました。二日目にはきれいに回るようになりました。その後、コイルを多く巻いたところとても速く回りました。
・コイルが小さいほど回転力を増していくことを知りました。大きいほど回転力が減っていくことも知りました。実験をやっていてとても面白いと感じました。
・一つ目をできた後に、二つ目をすごく小さいのを作ると、とても速く回って見ていて楽しかったし、出来た事へのとても達成感がとてもあり…。
・家に帰っても、ひまなときは、この究極のクリップモーターを使って遊んでいます。
・本当にイライラしました。でも回ったときはめちゃくちゃテンションあがりました。この実験は楽しいプラス学習ができる。
・見事30秒以上!!どころか1時間以上クルクルしていました。

『すべての中学生にこの感動を!!
誰が、いつ、どこでやっても回る!だから「科学」だ!!
君の手で「究極」を進化させよ。』

と、『「究極のクリップモーター」を普及させる会』を発足させたのは08/07/20 (日)である。
 それからでも6年近くの月日がたった。
今回、久しぶりにやってみて、生徒たちの感想を読んでいるうちに、あらためてこの会を進展させてたい気分になってきた。
「台なしクリップモーター」(究極のクリップモーター)から、今年でちょうど30年!!である。
「普及させる会」の展開とあわせて、
現代理科教材発展史『スライム』と同様の
■現代理科教材発展史『究極のクリップモーター』の作業にとりかかりたい。
・「究極のクリップモーター」30年の歩み
・30年の歩みのなかで、どんな進化バージョンが出てきたのか。
・どんな実践があったのか。「記録化」されたものにどんなものがあるのか。
・「究極」以前の「クリップモーター」の歴史は…。
・そもそも、いつ、どこからはじまったのか?
・そして「これから」は…。
等々
情報が欲しい!!
こんなときこそ「情報は発信するところに集まる!!」である。
少しずつでも情報を発信しつづけてみたい!!


 

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サイエンスコミュニケーター宣言(316)

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▼いつも見慣れた風景にドキリとする瞬間がある。
 昨日、帰宅途中に車を停めてその風景にカメラを向けてみた。
山崎断層(安富断層)である。つながっているはずの山はそこでみごとに切れていた。
そう見えたのは、昨日真夜中に伊予灘の地震のゆれで目がさめたことときっと関係しているのだろう。
▼はやくも3月半ばである。
サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
である。

この5つの座標軸で確認する作業も一応終わった。
いつまた再吟味をするかもしれないが…。
▼3月、残りの半月でサイエンスコミュニケーター4年目を展望する作業にかかりたい。
そこでも、やはりこの5つの座標軸を使っていきたい。
半月の間には、2013年度の「整理」にもかかりたい。
「空間の整理」
「情報の整理」
「思考の整理」
まずは「空間の整理」からはじめよう!!
▼このときはやっぱり真壁仁の峠だ。

峠にたつとき
すぎ来しみちはなつかしく
ひらけくるみちはたのしい。
みちはこたえない。
みちはかぎりなくさそうばかりだ。
……
見えるかぎりの風景を眼におさめる。

さあ、今日はどんな「風景」を…。

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サイエンスコミュニケーター宣言(315)

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▼春の嵐だった。
「大気の物理学実験室」の大気ははげしく動いていた。
「竜巻」「暴風雨」「雷」等の警報が出ている地域もあった。はげしい大気の動きにルールはないのか。
少しでもそのルールが分かれば、「実験室」内で暮らしている我々に防災・減災の知恵が生まれるだろう。
そこに「理科教育」の目標のひとつもあるのかも知れない。
▼なぜ「歴史」を学ぼうとするのか。
ひとつの解答を寺田寅彦が「科学上の骨董趣味と温故知新」(青空文庫より)に書いていた。

新しい事はやがて古い事である。古い事はやがて新しい事である。

と。これは科学研究に関して書かれたものである。しかし、これは「日本理科教育史」にもあてはまると思った。
「古い事」のなかにこそ、「新しい事」(これから)が内包されているのである。
▼128年の「日本理科教育史」追う作業は、今どこまで進んでいるのだろう。
より具体的な作業として、今2つのことを考えていた。
ひとつは、「教材史」を追う作業である。
 とりわけ「定番」実験として定着しているその「教材」の歴史を追うことである。
 それなら具体的なモノがあるから、「歴史」を可視化しやすいはずだ。
▼もうひとつは「地学教育」の歴史にスポットをあててみることだ。
仮に「理科」を物理・化学・生物・地学と4つの分野に分けて見た場合、「地学教育」の取り組みがいちばん遅れているように見える。
 なぜなんだろう?
 日本の自然環境を考えるとき、もっとも重要な分野ではずなのに…、なぜこのアタリマエがアタリマエになっていないのだろう?不思議だ。
 ではどうすれば…。
 何からはじめればいいのか。
ゆっくり 急ごう!!

「現在地」確認の作業をひとまずここまでとする。
でも常に進行形で進めるのが本意であるので、いつまた始めるかも知れない。

 


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サイエンスコミュニケーター宣言(314)

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▼本格的な春の訪れを感じさせる陽気であった。
足元でめだつのはやはり「ホシノヒトミ」だった。ついで目をひくのは「ホトケノザ」だ。その色、かたちに惹かれるものがある。それにして「ふしぎ!?」なワケありなかたちをしたもんだ!!
 北陸の方でやっと「春一番」ニュースが流れていた。ここではいつ吹くのだろう?
▼「現在地」確認作業、いよいよ最後の第5の座標軸である。

(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

 「日本理科教育史」とは! いつもとちがってまた大きくでたもんだ。
自分でも呆れてしまう部分もないわけではない。これを強く意識しだしたの2011年の秋ごろからであった。
3.11以降の理科教育を考えていた。
 その時だ!!
時には俯瞰の眼をもって「現在地」を確認しておく必要があると思った。
▼そもそも「理科」はいつ誕生したのだろう。

●1886年(明治19) 学校令「小学校の学科及びその程度」

において「理科」は誕生した。
従って、それから数えて128年の歴史をもつことになる。
「理科」教育=「科学」教育と単純に語ってしまうことのできない紆余曲折の歴史をもつ。
▼俯瞰の眼だけでは本質を見失ってしまう。現実の実践に結びつかない。
等身大の眼が必要だった。
私が中学校の理科教師になったのは1975年だった。
「日本理科教育史」を追う作業は、いつしか「私の理科教育史」を追う作業に重なっていった。
そして、3.11から3年が過ぎた今、自らに問いたい!!

(1) 私たちの「理科」はどこから来たのか。
(2) 私たちの「理科」はどこにいるのか。
(3) 私たちの「理科」はどこへ向かうのか。

(つづく)

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サイエンスコミュニケーター宣言(313)

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▼紅梅には、やっぱり青空が似合っていた。
あれから3年の3.11はゆっくりと「現在地」を確認しながらすごした。
▼4年目のスタートも、サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」確認の作業を続けることからはじめよう。
5つの座標軸の第4番目は

(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!

であった。
 「理科教育コミュニティ」で咄嗟に私が思い出すのは、やっぱり【理科の部屋】である。
【理科の部屋】20年の歩みは、昨年20周年を記念して年表にまとめた。
【理科の部屋】にこだわり続けるつもりはない。
しかし、私にとってはこの座標軸の「原点」は【理科の部屋】にある。
これは生涯変わることないだろう。
▼「これから」を考えるとき、やはり頭にあるのはソーシャルメディアの活用である。
より具体的にはTwitterやFacebookの利用である。
今朝現在のTwitterには575人のフォロワーがいる。
Facebookには130人の友達がいる。そのタイムラインのすべてに目を通しているわけではないが、私にとっては欠かすことできない情報源になりつつある。
 ソーシャルメディアに関しての評価は人さまざまなようだ。それはきわてアタリマエ!!のことである。
だって、人それぞれが見ているタイムラインはちがうのである。
ちがうものに対して同一の評価がある方がむしろ奇異なことなのかも知れない。
 しかし、私には「不易」な貫くものがあると思っている。
それがTwitter的であること!!
Twitter的=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」
は思考方法であり、姿勢であり哲学であるのだ。
▼最近、「これから」のあらたな理科教育コミュニティ構築を示唆するような、うれしい動きがあった。
それは、【理科の部屋】20周年記念オフ、ファラデーラボ3周年記念企画(【祝】本日(2014/03/12)3歳の誕生日)で連続してお話を聞いた三浦郁夫さんからの情報であった。
 3/1に出た質問に関して、それをオンラインで解説するようなページをつくってくださったのだ。
◆【お天気の知識】上層と下層の雲の動き(3月9日)
 ありがたいかぎりである。
 様々な立場の人たちでつくっていく「あらたな理科教育コミュニティ」構築!!
この歩みは今はじまったばかりなのかも知れない。

「私」発→「地球」行きのメディアを駆使して・・・。

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3.11 あれから3年!!

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▼あいかわらずの「雲見」の空だ。
なんと雪がちらついていた。しかし、間違いなく春はやってきていた。
太陽の光は確実に「春」を運んできていた。山の輪郭ははっきりしていた。まるで山が近づいてくるように。
 あらから2週間という時間が経とうとしていた。
「ホシノヒトミ」が花をすっぽりと脱ぎ捨ててからである。ほんとうにこれが「オオイヌノフグリ」になるのか、私はまだ半信半疑だ。「記録」だけは残して置こうと思った。
▼そう、あれからは3年の年月が経つのだ。
あの日から365日×3=1095日、ほぼ全日、私はここに拙い「記録」を残していた。
■あの日のこと(2011/03/11)
■それから三ヶ月経った日のこと(2011/06/11)
■3.11 あれから1年!!
■3.11 あれから2年!!
そのときどきに何を思い何をしようとしたのか。
すべてが過去の「事実」として残っていた。
「記憶せずに記録する」は梅棹忠夫の名言である。
 この言葉は今も有効である。いや、今こそ有効である。
私の拙い小さな「記録」だけでは何の意味もなさいとしても、その小さな「記録」をたくさんツナゲバ巨大な「ビッグデータ」となるだろう。
▼「ビッグデータ」を解析し、「これから」に生かしていこうという試みがいろんなところで盛んになってきた。
それらの試みにとても示唆的な本に最近出会った。
それはすでにお薦め本であげた
■【お薦め本】『データを紡いで社会につなぐ』(渡邉 英徳著 講談社現代新書)
である。
●東日本大震災アーカイブ

過去と他人は変えることはできなくても、未来と私は変えことができる!!
そのためにまずすべきことは「現在地」の確認と、今を「記録化」することだろう。
ゆっくり 急ごう!!
                                     喪われた尊い生命に 合掌

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【Web更新3/09】14-10 「サイエンスコミュニケーター宣言」等 更新!!

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ペンペンの 音響くかな 北の空 14/03/08(土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-10
週末定例更新のお知らせ
 3.11が近い!!
 即座に思ったことは、
 「私にできることをやろう!!できることを繰り返そう!!」であった。
 そのひとつにWeb更新がある。一週間に一度週末に更新をする。
それが、如何に微々たる更新であってもそれを繰り返す。
あれから一週も欠かすことなく繰り返してきた。
だからと言って「何か」が大きく前進したかというと残念ながら…。
でも私はまた誓う。
「誰にでもできることを、誰にもできないぐらいに繰り返そう!!」
と。

◆表紙画像集2014更新 人里の自然シリーズ ナズナ(ペンペン草)
「ペンペン草も生えぬ」「ペンペン草生える荒れ地に…」等とあんまりいい印象でとらえられていないペンペン草(ナズナ)であるが、私は好きだ!!
 あの白い小さな花、そして、次々できるあの三味線のばちのような「ペンペン」。もっと大きくなったら、そのばちの根元から少しはいで、ガラガラのかわりにして遊んだような記憶がある。その音も思いだすが、勝手なイメージで津軽三味線のバチの音を連想してしまうのである。津軽へ行ったことはまだ一度しかないが、そこで聞いた津軽三味線のあの音色を。
 雪をも融かすような「ペンペン」の音が、北の空に響くのはまだはやいのだろうか。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 「サイエンスコミュニケーター宣言」をしてもうすぐ3年が経とうとしている。
3年目が終わるまでに、サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認しておきたくて、5つの座標軸をつかって作業をすすめている。
 今、3つ目の座標軸まできた。あと第4、第5とつづけよう。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 こちらの方は、もうすぐ2年目が終わる。
こちらについても「継続」あるのみだ。
きっときっと繰り返しておれば見えてくるものがあるはず!!


 

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サイエンスコミュニケーター宣言(312)

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▼「定点観測」「定点観察」などという言葉を意識して使い出したのはいつの頃からだろう?
やはりネットをはじめた頃と重なるのだろうか。
観察対象は「ヒガンバナ」がはじまりだろうか。そして「大賀ハス」、「雲見」「月見」等々へと続いた。
 ただただ観察・観測を続けるだけというきわめて単純なことだ。しかし、それは今、私にとってはもっとも有効な「科学の方法」となっている。
 大賀ハス観察池は、蓮根の植え替えから49週目であった。
定点観測地Bの紅白ヒガンバナ、シロバナヒガンバナの方は少し黄色みをおびてきた。
ついでに近くで見かけたナツズイセンの葉は生き生きとしていた。
▼サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」確認を続ける。
第三の座標軸
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
をもう少し続ける。
 授業実践DBについで、取り組んでいることがある。それが
■新・私の教材試論
である。
 ちょうど今「究極のクリップモーター」のところまで来ている。久しぶりに授業で実践した。
やっぱり面白い!!
誰でも回すことができる!!だから「科学」なんだ!!
これはまたあらためて…。
▼この座標軸と関連した取り組みがもうひとつある。それが
■新・「自由研究」のすすめ試論
である。「自由研究」のすすめというかたちで追求して行っているが、究極は21世紀の「学問のすすめ」になると考えている。(少し「大風呂敷」過ぎるかも)
▼さらには、この座標軸での発展形としてWebテキストの構想がある。
Webテキスト『ヒガンバナ』からはじめた試み、今は中学校「理科」カリキュラムと関連して
■Webテキスト『天気の変化』
の可能性を追求しはじめているところだ。
 中学校「理科」というステージからはじめて、それをより発展させてあらゆるステージで使いものになるものつくり出したい。課題も多いが楽しみも多い!!
 つくり出すプロセスを楽しみながらすすめたい。ゆっくり 急ごう!!

 こうして見てくると、この第三の座標軸の「現在地」が、「原点」から遠くへ来ているのかも知れない。
だからこそ、常に「原点」を忘れることなく歩みをすすめていきたい。

 

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本日(2014/03/08)、第60回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日の「雲見」の空は、30分ほどの間に劇的に変化した。
その間に、空から冷たいものが降ってきた。
これはなにか?白く舞っているようにも見えたので「雪」と思ったら、顔にあたった感触は「雨粒」だ。
いや少し固まりもあるようだから「みぞれ」だろうか。いや、それとも…。
と考えていたら、あの寅彦の「凍雨と雨氷」の文章を思いだしたのだ。
▼本日(2014/03/08)は、その寺田寅彦の書いたものをオンラインで読むオンライン「寅の日」だ。
数えて第60回目になる。
 もうすぐはじめて2年になる。60回も繰り返していると、まだまだ完全とは言えないが、いろんな現象に出会う度に「確か、寅彦はあそこにそんなこと書いていたな」と寅彦の文章を思い出すことが多くなっている。
うれしいことだ!!
 今月のテーマも2月に引き続き、「俳句」である。

■第60回オンライン「寅の日」

●「俳諧瑣談」(青空文庫より)

▼寅彦にとって「俳句」とはなにか?
 それが今回の主テーマである。いつものことだが私は、私の「文脈」を重ねあわせながら読み進めていった。
私にとって「俳句」とは何か?そんなこと問いかえすレベルにないことは百も承知のうえである。
それしか私には、寅彦の「文脈」を読み取る手段を持ち合わせていないのである。
一見別々のように見える9つの文章から成っていた。
そのなかから、「これは!!」という言葉を摘出してみた。

一 にやっぱりあった。

この話は「俳句とは何か」という根本的な問題を考える場合に一つの参考資料として役立つものであろうと思われる。

寅彦が意図している「文脈」はここにあるようだ。
ここから寅彦の俳句論が展開していく。

二に

 俳句を充分に理解しうるためには、その人は立派な俳句の作り得られる人でなければならないと思われる。

三に

自分の想像のスケッチブック

四に

俳諧一串抄(いっかんしょう)に「俳諧はその物その事を全くいわずただ傍をつまみあげてその響きをもってきく人の心をさそう」という文句がある。
さびしおり

五に

しかし、ともかくも連句というものの世界の広大無辺なことを思わせる一例であろう。

俳句論はこうして寅彦の最も興味を抱く連句論へと展開していくのだった。

▼次にもっとも強く膝をたたく部分があった。
六に

俳諧が宗教のように「おがむ」ことならば宗派があるのは当然かもしれない。しかし俳諧はまた一方では科学的な「認識」でありうる。そのためにはただ一面だけを固執する流派は少し困るかもしれない。

七、八での「俳句」「連句」「連句的映画論」「映画的連句論」の展開はきわめて興味深い。
しかし、今の私の「文脈」では読み切れない。もう少し時間が必要なようだ。

九の最後の指摘も「俳句とは何か?」に示唆を与えてくれている。

 短歌には作者自身が自分の感情に陶酔して夢中になって詠んだように見えるのがかなり多い。しかし俳句ではたとえ形式の上からは自分の感情を直写しているようでも、そこではやはり、その自分の感情が花鳥風月と同様な一つの対象となっていて、それを別の観察者としての別の自分が観察し記録し描写しているように感ぜられるものが多い。こういう意味で、歌は宗教のようであり、俳句は哲学のようであると言ったような気もする。

道は遠いようだ。しかし
俳句結社「寅の日」の夢はつづくのである。


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サイエンスコミュニケーター宣言(311)

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▼いつもの「雲見」の空に水平方向に巨大な雲があった。
雲の底はみごとに水平だった。「高さ」はどのくらいだろう?
そうこの「大気の物理実験室」において「高さ」は重要な意味を持っていた。
この実験室の空間は垂直方向にはたった10㎞(10000m)しかないのである。垂直方向の微妙な変化が、「上がるとザアザア」で雲をつくり、「下がるとカラカラ」で雲を消していく。
 「雲見」は見えない大気の運動を可視化してくれている。
見えないものが見えてきたとき「科学」がはじまる!!
そう思うと「雲見」がより一層面白く思えてくるのである。
▼「現在地」の確認をゆっくり急ごう。
第三の座標軸は

(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!

であった。
今一度、「サイエンスコミュニケーター」と「理科授業」との関係を確認してみる。

●「理科授業」こそがサイエンスコミュニケーション最前線である。
●現場の理科教師は、最前線のサイエンスコミュニケーターである。

この3年の歩みのなかで、私はこの持論に確信をもつようになってきた。
▼なぜ「中学校」なのか。
これは単純な我田引水である。自分が中学校ばかりで授業してきたからである。
 しかし、そればかりでなく義務教育最後の「中学校」に分岐点があるように思っている。

これまでも、私に可能なかぎり「中学校授業」の全単元を記録化してみた。

■実践Data Base

▼自分の拙い歩みをなぜ記録化する気になったか。
それは、森山和道さんの『ネットワークと教育』という提言に出会ったからである。

そういう風に考えていくと、別に教育現場にコンピュータ・ネットワークなんか必要ないんじゃないか──そんな風に思えてくるかもしれない。しかし、それは違う。各人が全く違う目的で蓄積したデータベースや、全く違う目的のために造られたネットワークがシームレスに繋がっていくのが「ネットワーク時代」である。全く違う知識・思考方を、全世界規模で共有することができるのだ。
例えば、それぞれの教師が自分の授業ノート・データベースを構築し、公開する。それは巨大な授業のデータベースとなるだろう。それだけで、全く違う授業が生まれるかもしれない。(森山和道『ネットワークと教育』より)

もう20年近く前に書かれたものだが、提言はきわめて今日的である。

(つづく)

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サイエンスコミュニケーター宣言(310)

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▼不思議な天気が続いていた。
青空が見えているのに雨がふってきたり、月や星が見えいるのに冷たいものが…。
今朝、外に出て見たら少し白いものが…。
天気は複雑だとして、「ふしぎ!?」を他人任せのものにするか。
それとも小さな「ふしぎ!?」をツナイデ、「私の科学」にするかはひとつの分かれ道ような気もする。
 今日は、啓蟄だ。虫たちはこの不思議な天気をどうとらえているだろう。
そんなこと言ったら、「どこが不思議なんだ!」と虫たちが笑うだろうか。
▼「現在地」の確認を続ける。
第二の座標軸に向かう。第二の座標軸は

(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。

である。
座標軸を設定したのは自分である。なのにその意図がはっきり読めない。
「参加」でなく「参画」としたのは、どんな意味があるのだろう?
▼そもそも「サイエンスイベント・ムーブメント」って何なのだろう?
例えば
・サイエンスカフェ
・サイエンスアゴラ
・科学の祭典
・科教協「お楽しみ広場」
等のことだろうか?
確かに、そこから多くを学んできた。これからも学びつづけるだろう。
しかし、それだけでもないような気が…。
▼これまでのヒューマンネットワークのすばらしさを活かした何か?

情報は交叉するところに生まれる!!

それをより確かに実感できる何か?

5つの座標軸のうち、この座標軸での「現在地」がいちばん「原点」に近いような気がする。
ゆっくり 急ごう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(309)

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「自然」は過去の習慣に忠実である。(寺田寅彦『津浪と人間』より)

そんな言葉をふっと思いだした。
 いつもの場所を歩いていると、いつものフキノトウが顔を出しているのを見た。
寒の戻りで少し空気はつめたかったが、確実に春はやってきている。フキノトウを摘んで旬のイカナゴと一緒に佃煮にする習慣は失ってしまったが、フキノトウはこの時期そこに顔を出すという習慣はとぎれることないのである。
▼「私の科学」の現在地を確認しているところだった。
いちばん最近の「アクティブ科学」を含めると、ぶいぶんといろんな「○○の科学」をつくり使ってきた。
今も使い、これからしばしば使うであろうベスト3をあげるとすると次のようになる。
・「常民の科学」
・「等身大の科学」
・「私の科学」
▼今の「私の科学」に大いに影響を与えているだろうと思うものにオンライン「寅の日」がある。
この3月が終わると2年になる。寺田寅彦の書いたものは読めば読むほど今日的なのである。
不思議だ。寅彦には何が見えていたのだろう。
 「常民の科学」も「等身大の科学」も含まれているように思えるのである。
オンラインだけでなくオフライン「寅の日」に大きく影響を受けている。
オフライン「寅の日」とは、自分とはちがう人にあって、その人の「私の科学」に学ぶ会である。
これが実に面白い!!自分とはちがう「私の科学」、ちがうから面白いのである!!
▼「私の科学」は常に現在進行形である。
昨日の「私の科学」と今朝の「私の科学」ちがうのである。
刻々と変化していくのである。
その変化が「進化」「深化」であることが望ましいが、そうばかりとは限らないのが「私の科学」である所以でもある。
ただ次のことだけは固執していきたい。

○「自然」そのものから学び続ける「私の科学」でありたい。
○常に私の小さな「ふしぎ!?」から出発し、こだわり続ける「私の科学」でありたい。

(つづく)

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サイエンスコミュニケーター宣言(308)

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▼見ているけど「見えていないこと」があった!!
こんなに毎日「雲見」をしていながら、こんなアタリマエのことが見えていなかった。
雲の流れは見えない大気の動きを可視化してくれていた。雲は一定方向に流れるとばかり思い込んでいた。
三浦さんのお話を聞いた後に見る「雲見」で気づいた。
いろんなかたちの雲が、その雲の高さを教えてくれていた。
高さのちがう雲は、まったく違う方向に流れていた!!
私にとっては、それは大発見だ。「雲見」がより面白くなった気分である。
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▼足元の宇宙にもそれはあった。
毎年毎年見続けてきた「ホシノヒトミ」。
その「ホシノヒトミ」が「オオイヌノフグリ」になっていくプロセスは見えていなかった!!
花を脱ぎ捨てた貴奴は、心持ち脹らんできているように見えた。
▼3月がはじまってはや四日目だ。
あと一週間で、3.11になる。
3月が終われば、私が「サイエンスコミュニケーター」を宣言してから、地球は太陽のまわりを3回転してきたことになる。
 そこで今一度、サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認しておこうと思う。
 私は、いつでも「現在地」を確認できるようにと、5つの座標軸を設けた。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
である。
▼この座標軸に従って、3回転し終わるまでに「現在地」を確認し、4回転目に入りたいと思う。
まず最初は、
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
である。これがもっとも重要なベースとなる座標軸なのかも知れない。
別の表現をとれば、
「私の科学」の現在地は?
ということになるだろう。最近、いろんな人と会って、その人の「私の科学」に学ぶなかで思いついたことがある。
「アクティブ科学」である。単なる思いつきの造語である。
くらしのなかにこそ「科学」はある。
くらしのなかで活きてはたらいてこそ「科学」の名に値するのである。
これを漠然とした「ひとくくり」にしてしまうのでなく、くらしのなかの営みごとに個別にとりあげた方が見えやすくなるのではと思いからだ。
例えば
・食べる科学
・観る科学
・遊ぶ科学
・育てる科学
・逃げる科学
等々

(つづく)

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【Web更新3/2】14-09 【天気の変化】 等 更新!!

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紅梅や 歩みゆっくり 遠くまで 14/03/02 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-09
週末定例更新のお知らせ
ゆっくり 3.11が近づいてくる。
 私の「現在地」を確認する一週間にしたい。
 ゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 紅梅
 東の畑の隅に私の誕生を記念して植えられたいう紅梅が咲き始めた。
いつも白梅の開花情報が届きはじめてからしばらくしてからだ。
 遅れての開花はいかにも私の誕生記念樹らしい(^^ゞポリポリ
 これが咲き始めると植えた人のことを思い出すのである。
「ゆっくり ゆっくり 遠くまで」と励まされている気分になるのだった。

◆【天気の変化】 更新!!
 一昨日の三浦さんのお話の反芻作業を続けている。
Webテキスト『天気の変化』への道は遠い!!
 しかし、確信するのである。
Webテキストの題材としては『天気の変化』がいちばんふさわしい!!
と。

◆新・私の教材試論 更新 
 自分なかで、「3K1Aの法則」「3Hの法則」の視座で教材を見ることか定着してきていること気づく今日この頃である。

◆オンライン「寅の日」更新
 3月はオンライン「寅の日」2年目、最後のつきである。
 ここでもやはり「現在地」の確認が必要である。

さあ、新しい一週間!!
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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【祝】ファラデーラボ創立3周年記念企画は楽しかった!!

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▼大賀ハス観察池に春がやってきていた。
春の海、山、川があるように春の観察池があった。もう氷はなかった。
蓮根の植え替えから48週目であった。今月末には、蓮根の植え替えを予定している。
どんな蓮根が見られる楽しみである。
▼3月は、楽しみにしていたファラデーラボ創立3周年記念企画からはじまった。
昼までに病院に行ってからの参加であったので少し遅れてしまった。
到着したときはすでに「お楽しみ広場」がはじまっていた。
「水蒸気のなかでMgを燃やす実験」がはじまっていた。
「万華鏡づくり」もやった。
我田引水風に言えば
「3K1Aの法則」(感動・簡単・きれい・安全)!!
「3Hの法則」(ホット・本質的・ホンモノ)!!
のオンパレードだ。
▼そしていよいよメインイベントの

■記念講演 「教科書では教えない天気の話」
- 台風と低気圧の話 -
講師   和歌山地方気象台
   台長 三浦 郁夫氏

だ。
「ホンモノの話は面白い!!」
「ホンモノはわかりやすい!!」をより確信する話だった。
ここでも、私は手前勝手にWebテキスト『天気の変化』の可能性という「文脈」で話を聞いた。
新たに「そうだったのか!!」と思ったことがいくつもあった。
天気の科学の面白さを三浦さんは
「予想できること」
「身近な科学であること」
「すべての現象(虹、雲、雨、風など)が説明可能であること」等
をあげられた。また「はじめに自然ありき」とも言われた。
天気の「ふしぎ!?」がますます面白いものに思えてきた。
しばらくは今回教えてもらったことの反芻作業を繰り返してみたい。深謝。
▼つづいて行われたシンポジウム「かがく教育を考える~理科で、何を学ぶのか~」もまた面白かった。
森本さんの今、何故「かがく」教育なのかからはじまり、それぞれ現場からの「私の科学」「私の科学教育」の提案はとても興味深いものだった。
 これも私流に言えば、とても愉快なオフライン「寅の日」になった。

ヒューマンネットワークのすばらしさを実感する一日にもなった。
これからもファラデーラボの歩みから大いに学んでいきたい!!
3年の歩みに ( ^_^)/□☆□\(^_^ ) そして感謝!!


 

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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(7)

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▼ホシノヒトミはみごとに「天気の変化」に対応していた。
雲の多い空だった。でも雲の合間から温かい日射しがあった。それに反応して昼過ぎにはそのヒトミを精一杯開いていた。花を脱ぐ捨てた貴奴も、少し頭を持ち上げているように見えた。
 このみごとな対応のからくりはどうなっているのだろう!?
どんなセンサー(レセプター)を持ち合わせているのだろう?
どんな対応システムを獲得しているのだろう?
それが知りたいものだ。
もうひとつ気になることがあった!!
写真を撮ろうとすると花はゆれているように見える。
春風にゆれているだけでない「ゆれ」を感じる。それはまるで、その「ゆれ」で花粉を散らしているようにも思うのだが、そこまで言うと思い込みが過ぎたことになるだろうか。
▼「天気の変化」を読み取る精度を上げる!!
人間の技術も負けてはいなかった。「H2Aロケット」打ち上げ成功のニュースが流れていた。
「天気予報」の精度が上がることが期待できることもあわせて報じられていた。
Webテキスト『天気の変化』の究極のねらいもそこにあった。
究極のねらいは
「自分でより精度高く天気予報ができる」
であった。
▼天気予報をするための「データ」にはどんなものがあるのだろう。
・観測された「データ」はどのように公開されているのだろう。
・その「データ」を読み取るためにはどうすることが必要なのだろう。
・可視化された「データ」は
・その典型であると思われる「天気図」はどう読み取ればいいのだろう。

そんな諸々を今日、三浦さんの話を聞きながら考えてみようと思う。
▼Webテキスト『天気の変化』のねらいとしたいことがもうひとつある。
それは
「お天気」の話題をネタにヒューマンネットワークを楽しむことである。
空はツナガッテイル
「雲見」や「定点観測」も、ヒューマンネットワークでツナイデいけばもっともっと豊かになり楽しくなるだろう。
そんな期待をもって可能性を追い続けてみたい。

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