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サイエンスコミュニケーター宣言(309)

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「自然」は過去の習慣に忠実である。(寺田寅彦『津浪と人間』より)

そんな言葉をふっと思いだした。
 いつもの場所を歩いていると、いつものフキノトウが顔を出しているのを見た。
寒の戻りで少し空気はつめたかったが、確実に春はやってきている。フキノトウを摘んで旬のイカナゴと一緒に佃煮にする習慣は失ってしまったが、フキノトウはこの時期そこに顔を出すという習慣はとぎれることないのである。
▼「私の科学」の現在地を確認しているところだった。
いちばん最近の「アクティブ科学」を含めると、ぶいぶんといろんな「○○の科学」をつくり使ってきた。
今も使い、これからしばしば使うであろうベスト3をあげるとすると次のようになる。
・「常民の科学」
・「等身大の科学」
・「私の科学」
▼今の「私の科学」に大いに影響を与えているだろうと思うものにオンライン「寅の日」がある。
この3月が終わると2年になる。寺田寅彦の書いたものは読めば読むほど今日的なのである。
不思議だ。寅彦には何が見えていたのだろう。
 「常民の科学」も「等身大の科学」も含まれているように思えるのである。
オンラインだけでなくオフライン「寅の日」に大きく影響を受けている。
オフライン「寅の日」とは、自分とはちがう人にあって、その人の「私の科学」に学ぶ会である。
これが実に面白い!!自分とはちがう「私の科学」、ちがうから面白いのである!!
▼「私の科学」は常に現在進行形である。
昨日の「私の科学」と今朝の「私の科学」ちがうのである。
刻々と変化していくのである。
その変化が「進化」「深化」であることが望ましいが、そうばかりとは限らないのが「私の科学」である所以でもある。
ただ次のことだけは固執していきたい。

○「自然」そのものから学び続ける「私の科学」でありたい。
○常に私の小さな「ふしぎ!?」から出発し、こだわり続ける「私の科学」でありたい。

(つづく)

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