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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(6)

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▼私は、その小さな小さな「ふしぎ!?」にこだわっていた。
雨は夕方までにはやんでいた。「ホシノヒトミ」もそのことはよく知っていた。
だから、元々こんな日は最初からヒトミを開いたりはしていなかった。
 私が今追いかけている小さな「ふしぎ!?」は、「ホシノヒトミ」「ハタケノクワガタ」から「オオイヌノフグリ」へのプロセスだ。ほんとうにそうなるのだろうか。
 花を脱ぎ捨てた子房部は雨でべったりと他の草にはりついていた。
これでほんとうに…。
▼授業で久しぶりに『天気の変化』について話題にした。教科書の「黄砂」のページをあけて、「黄砂」「PM2.5」「偏西風」「天気は西から」に少しだけ触れた。
 毎日の授業では、授業ノートに天気記号を書いたりして、いつも少しは「天気」を意識するようにはしているが、なかなか話題にするところまではいたっていない。
「南岸低気圧」「大雪」「黄砂」「花粉情報」「春一番」等々次から次へと『天気の変化』の学習に関連した話題にことかかない。
 それは、私たちが「大気の物理実験室」にくらしているのだからアタリマエ!!
だからこそ思いついた構想だった。
 いつでも、誰でも、どこからでもはじめることができる学習テキスト
◆Webテキスト『天気の変化』!!

▼しばらく途絶えていたWebテキスト『天気の変化』の可能性を考えること再開したい。
それは、明日ファラデーラボ3周年記念企画で三浦郁夫さんのお話を聞く機会があるからだ。
 せっかくの機会だから、少し自分の頭のなかを整理しておいて聞きたいと思う。
・Webテキスト『天気の変化』のねらいは
・より具体的イメージは
・実現の可能性は
・すでに実現している取り組みは
・実現のための課題は
とは言うもののなかなか頭のなかの「整理」はすすまない。
こんなときはアリノママで人の頭を借りるのか一番なのかも知れない。
▼ずいぶん以前になるが三浦さんから、ネットを介して『ひまわり学習』というオンライン学習会を開いて教えてもらっていたことがある。
 今見たら、15年(1999年)も前のことだ。前世紀だ。
今から考えると、ずいぶん先駆的なことをやっていたものだ。今話題の「反転授業」などとも相通ずるところがあるのかも知れない。
今見返しても、あのときのワクワク感が蘇ってくる。
ここになにか、「これから」にヒントとなることがあるような気が…。

(つづく)

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新・私の教材試論(99)

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▼いつもの「雲見」に青空がなかった。
これが話題のPM2.5か!?
 待てよ、そのPM2.5ってそもそもなんなんだ。それはどんな小さなスケールの物質なんだ。
1マイクロメートルって0.001ミリメートルであっているかな。
そんな小さな小さなものが見えるのかな?雲粒とのスケールのちがいは?
白く見えているのは何!?
 またまた小さな「ふしぎ!?」が…。
▼知識と知ってもなおかつ「ふしぎ!?」ことがある。
「電流」と「磁界」の関係もそんな「ふしぎ!?」のひとつだ。
その「ふしぎ!?」の鮮度を失うことなく理解を深めていくような教材こそ「すぐれた教材」と言えるだろう。
36年の歴史をもつ「パスカル電線」こそその典型であることは前回述べた。
▼私にも少しだけ自信もってお薦めできる「定番」教材がある。
それが『究極のクリップモーター』だ。
「台なし」で、電池に直接磁石をつける「究極」が誕生してちょうど今年で30年である。

◆『地下茎 26号』P11 闇市開業「もっと簡単になったクリップモーター」

▼先日、小学校5年生の教科書を見せてもらった。
そこに登場していたのもこの『究極のクリップモーター』だった。
これまでにも何度か、この『究極のクリップモーター』の歴史を追う試みをやったが、毎回中途半端になってしまっていた。
 そこで、今回こそ少し本気でその歴史を追ってみようと思う。
そもそも30年前にすでに存在した「クリップモーター」は、誰がいつはじめたものなんだろう?
それが知りたい!!

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新・私の教材試論(98)

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▼昨日、私は新たに持病の「ばっかり病」が発症しているのに気づいた。
「ホシノヒトミ病」とでも呼んでおこう。
「ホシノヒトミ」「ハタケノクワガタ」が「オオイヌノフグリ」にいたる全プロセスをドキュメントしたい!!
と思っていた。足元のいたるところでヒトミを開けだしたそいつが気になってしかたなかった。
 しかし、実際にゆっくり観察できたのは4時を少し過ぎていた。
朝、「今日はこいつを観察しよう」と目印をつけていたやつはすでに閉じ始めていた。
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▼まわりのホシノヒトミもそうだった。これでは、雄しべ・雌しべをしっかり観察できないと思っていたら、その近くにヒトミを今なお開いたままのものがあった。
「よし、今日はこいつだ!!」と決めて地べたに座り込み写真を撮りまくっていた。
なかなかうまくピントがあわない。雄しべの先にピントを合わせると他がぼけてしまう。雌しべをさがしていた。
次の瞬間だった。私は、その瞬間を見た!!
シャツを首から脱ぐようにすっぽりと抜けて花は地面に落ちたのだ!!
私は、それをそうっとつまんで家の中に持って入り、黒い紙の上においてじっくりと観察してみた。
雄しべの葯はやぶれ花粉は飛び出したあとのようだった。
再び外に出て花を脱いだあとのホシノヒトミを観察して見た。
▼勝手にこんなことを言ったら怒られるかも知れないが、おそらく開発者(杉原和男さん)の重度の「ばっかり病」の所産であろう教材がある。それが知る人ぞ知るあの有名な

■パスカル電線(S-cable)

である。
 私は、これまで『電流と磁界』の学習で出会ってきた教材をリストアップしてきた。
そして、どうしてもここでこの教材にふれておきたかった。
今回、以前に杉原さんより「おすそ分け」してもらっていた「パスカル電線」を使わせてもらってそんな気持ちになった。
▼なんとその歴史は古い。
1978年から試作がはじまったというから、もう36年もの歴史をもつことになる。
なにがすごいかというとすべて!!である。
「電流と磁界」の実験すべてがこれひとつでできるのである。
「3K1Aの法則」(感動・簡単・きれい・安全)
「3Hの法則」(ホット・本質的・ホンモノ)
の法則をパーフェクトに満たしているのである。
まさに「すぐれた教材」の典型なのである。
それだけではない。
教材の前提となる「文脈」「情報」「モノ(=素材・材料)」もすべて揃っているのである。
使わせてもらいながら大いに学ばせてもらいたいと思っている。深謝。

私の小さな「ばっかり病」はこの後どうなるのだろう。
それは私にもわからない。(^^ゞポリポリ

(つづく)

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【Web更新2/23】14-08 新・私の教材試論 等 更新!!

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野を焼くや 畦には星も 散らばりし 14/02/22 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】14-08
週末定例更新のお知らせ
 オンライン「寅の日」と日が重なったので、いつもより一日遅れの週末定例更新のお知らせである。
早いものでこれが2014年2月最後の定例更新である。
 ということは2014年の1/6が終わってしまうということである。
あらためて2014年の抱負を見なおしてみた。
 あれっ!? 1/6なんてほど遠いような。
でも  ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2014  更新 人里の自然シリーズ ホシノヒトミ(オオイヌノフグリ)
 野焼きのシーズンだ。枯れた草がいちばん燃えやすい季節なのだ。
野焼きの火の粉が、畦に飛び散った。すでに青い星(ホシノヒトミ)の散らばっているところへ。
「ホシノヒトミ」「ハタケノクワガタ」から「オオイヌノフグリ」にいたるまでの全プロセスをドキュメントしたい。
それが今年の春の課題だ。

◆新・私の教材試論 更新!!
 「定番」教材の歴史を追いたい。
 同時に教材における「クリエイティブ」の意味を考えてみたい。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 まもなく オンライン「寅の日」2年目最後の月である。
来年度の展望を語り合いながらやっていきたいものである。

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本日(2014/02/24)、第59回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日は私が勝手にオフライン「寅の日」と呼んでいる日だった。
わかる授業研究会「日曜会」だった。
毎回のことであるが、実に愉しい!!昼食時間を惜しむほど内容が豊富で充実している。
自分とはちがう人の「私の科学」に出会い学ぶのはこんなもにも楽しいものかと実感するひとときだった。
「おすそ分け」してもらえるのは、その人の「私の科学」だけではなかった。
具体的なモノ(手作り教具・教材など)が「おみやげ」にいただける。さらには、その人の「学びのおすそ分け
」までいただいた気分になるのが嬉しい。
 家に帰ったら、まだ雲ひとつない「雲見」が待っていてくれた。
▼本日(2014/02/24)はオンライン「寅の日」の方だった。
第59回目である。
 寅彦も高嶺俊夫が「寅の日」と呼んだ日以外にも、「寅の日」をいっぱいもっていたのだろうか。
今回読むのは、雑誌『科学』(昭和8年8月)に寄稿したもののようだ。
比較的短い文章である。

■第59回オンライン「寅の日」
●『感覚と科学』(青空文庫より) 
▼昭和8年と言えば、寅彦が亡くなる前々年ということになる。
晩年に言いたかったことが凝縮してつまっているように思う。
今日に通ずる提言からはじまっていた。

 近代の物理科学は、自然を研究するための道具として五官の役割をなるべく切り詰め自然を記載する言葉の中からあらゆる人間的なものを削除する事を目標として進んで来た。そうしてその意図はある程度までは遂げられたように見える。この「anthropomorphism からの解放」という合い言葉が合理的でまた目的にかなうものだということは、この旗じるしを押し立てて進んで来た近代科学の収穫の豊富さを見ても明白である。科学はたよりない人間の官能から独立した「科学的客観的人間」の所得となって永遠の落ちつき所に安置されたようにも見える。
しかし、それがただの夢であることは自明的である。

そして、こう提言する。

五官を杜絶(とぜつ)すると同時に人間は無くなり、従って世界は無くなるであろう。しかし、この、近代科学から見放された人間の感覚器を子細に研究しているものの目から見ると、これらの器官の機構は、あらゆる科学の粋を集めたいかなる器械と比べても到底比較にならないほど精緻(せいち)をきわめたものである。これほど精巧な器械を捨てて顧みないのは誠にもったいないような気がする。この天成の妙機を捨てる代わりに、これを活用してその長所を発揮するような、そういう「科学の分派」を設立することは不可能であろうか。

▼ここまでであれば「ありがちな」話になってしまう。
 しかし、科学者・寺田寅彦はホンモノだった。「科学の分派」の長所、弱点をあげてその可能性を追求していた。
きわめて「科学的に」だ!!
【長所】として

思うに五官の認識の方法は一面分析的であると同時にまた総合的である。

【弱点】は3つをあげている。
その与えるデータが数量的でないためである。

それはとにかく、感官のもう一つの弱点は、個人個人による多少の差別の存在である。
 
もう一つの困難は、感官の「読み取り」が生理的心理的効果と結びついて、いろいろな障害を起こす心配のあるということである。

弱点をあげるだけでない。
その克服に向けての手立てをも「提言」している。
寅彦がこう提言してから80年の年月がたった。
我々はこの寅彦の「提言」をどう受けとめるのだろう。
きわめて今日的な課題であると思うのだが…。


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新・私の教材試論(97)

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▼今、「ふしぎ!?」と「観察」と「科学」の三つの関係が気になっている。
そんな大げさに言うことではないのかも知れないが。
 「ふしぎ!?」か先か、「観察」が先か、いやそれともはじめに「科学」ありきなのか…
そんなこと考えていたら、あの庄司和晃さんの「認識の三段階連関理論」(のぼりおり認識論)を思いだした。
 大賀ハス蓮根の植え替えから47週目の定例観察日だった。観察池には再び氷が…。
『電流と磁界』の教材リストアップをつづける。
 次はいよいよ「ローレンツ力」だ。なんとも「ふしぎ!?」な力だ!!
・陰極線とローレンツ力
・アルミホイル帯とローレンツ力
・電気ブランコ
・バイブラ電球
・究極のクリップモーター
・なんでもスピーカー
ここは面白教材のオンパレードだ。
▼次は「電磁誘導」だ。
なんどでも繰り返そう!!
●1831年 ファラデー(英)電磁誘導電流の発見。
「電気の世紀」のはじまりのところだ。
この「ふしぎ!?」を利用して我々はくらしているのだ。
・電磁誘導の実験
・レンツの法則(へそ曲がりの法則)実験
・自転車発電機
・手回し発電機(ゼネコン)→モーター モーター→発電機
・マイクロホン→スピーカー スピーカー→マイクロホン

▼リストアップしながら新規に加えたいものも含めて、すぐれた教材の法則
・「3K1Aの法則」(感動・簡単・きれい・安全)
・「3Hの法則」(ホット・本質的・ホンモノ)
に照らし合わせながら吟味を繰り返していた。
 そして、あの「のぼり・おり」のどこに位置するのか検討していきたい。

 今日は、勝手にオフライン「寅の日」の日だ!!
 楽しみである。

(つづく)


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新・私の教材試論(96)

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▼寅彦は詠んだ。 

 好きなもの    苺 珈琲 花 美人  懐手して 宇宙見物

 寅彦よりも、もう5年も長く地球上の「空気」を吸い続けてきているがこんな洒落たことは言えない。
だか、確かに私は「雲見」が好きだ。
なんとも安上がりの趣味であることか。
ふっと思ったときに 空を見上げるだけだ。
そこには、いつでも「ふしぎ!?」劇場が始まっている。
ありがたいことに、この劇場は24時間フル上演されているのだ!!
▼新・私の教材試論つづけよう。
単元『電流と磁界』で、具体例をみていくところだった。
「文脈」「情報」「モノ」と来て、いよいよ教材例のリストアップである。
まずは「磁界」(磁石)についてである。
・柵原鉱山の磁鉄鉱
いきなり寄り道し たい気分をおさえてリストアップを急ぐ。
▼続けよう。
・強力磁石(ネオジウム磁石)
・浮き磁石
・各種方位磁針
・磁界観察器
・磁化実験(磁石を砕いて)
・原子磁石、地球磁石(「科学読み物」)
▼次にいよいよ「電流と磁界」である。
・強力電磁石
・「鉄芯なくても磁石か」実験
・エルステッドの実験
・直線電流のまわりの磁界(鉄粉、方位磁針)
・右ねじの法則(「科学読み物」)
・コイルと磁界
・磁石石~雷の化石!?~(「科学読み物」)

ここまできて、またしても私の持病「ばっかり病」が疼きはじめた。
困ったものだ。

(つづく)

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新・私の教材試論(95)

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▼今、基本的には毎日、少しだけ意識して「観察」を続けているものがいくつかある。
「雲見」「月」「金星」「大賀ハス観察池」「ヒガンバナ」「キツネノカミソリ実生」「ミノムシ」等々である。
なかでも「雲見」が変化のスピードが速く、次が予想しがたい。
それだけに「ふしぎ!?」も多い。
「観察」を続けているものには、それぞれが固有の「ふしぎ!?」をもっている。
その「ふしぎ!?」をツナゲテ考えることができたら、まったく新しい「ふしぎ!?」の発見ができるかも知れない。
そう妄想したりするのも日々の「観察」の楽しみである。
▼200年前のエルステッドだって、きっとそうだったに違いない。
電気の「ふしぎ!?」と磁石の「ふしぎ!?」とツナガルなんて!!
きっとなにか予想して「観察」していたに違いない。単なる偶然の大発見ではないはずだ。
それにしても
●1820年 エルステッド(デンマーク)電流の磁気作用発見。
はやっぱりすごいことだ。
 もっとすごいと思うのは、我らがファラデーだ。
それからたった11年で
●1831年 ファラデー(英)電磁誘導電流の発見。
ツナゲタのだ。

 私のこれまでの授業『電流と磁界』の「文脈」もここにあった。
この「ふしぎ!?」をその鮮度を失うことなく、深めて使いものにする。
それが狙うところだ。だから『電流と磁界』のサブタイトルは次のようにしていた。
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▼次に教科書の「文脈」を追ってみよう。
そらからけっして忘れてならないのは生徒たちの持っている「文脈」だ。
かならず関連する「ふしぎ!?」を持っているはずである。それに応える授業でなければならない。
「子どもは最高の指導書!!」
ははずことのできない鉄則だ。
▼「文脈」の次に考えるのは「情報」と「モノ(=素材・材料)」の再点検である。
手持ちの「情報」は
・これまでの先行実践の「情報」は
・これからも入手可能な「情報」は

準備できている「モノ」は
・すでに準備できている「モノ」は
・これから手に入れたい「モノ」は

そしていよいよ「教材」のリストアップだ。

(つづく)


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2014年3月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼やっぱりこれは「ホシノヒトミ」と呼ぶ方がふさわしいと思った。
また別の地域では「ハタケノクワガタ」(和歌山)と呼んでいたという。なんとするどい観察眼だ。
あらためて古の人の観察眼に感服する。
 花は「一日花」で虫たちがやってこなかったら、夕方になるとめしべの両脇に立ったおしべが寄り添ってくるという。そして何日か経って「ホシノヒトミ」「ハタケノクワガタ」は「オオイヌノフグリ」になるという。
 毎年見続けているのに、恥ずかしながら私は自分の眼でこの一部始終を確かめたことない。
「今年こそ…」ときめた。
 それにしても、やっぱり寅彦のあの言葉がでてしまう。
「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
▼そんな寺田寅彦の遺してくれたエッセイをオンラインで読みはじめてこの3月で2年が終わる。
「寅の日」は12日に一度巡ってくる。だから単純計算で2年で60回ということになる。
61回になるのは、二年目から寅彦の命日(12/31)には最晩年に書いた『日本人の自然観』を読むと決めたからである。
3月は2回ある。
◆第60回オンライン「寅の日」…3/08(土)
◆第61回オンライン「寅の日」…3/20(木)
である。
▼では2年目最後の月、3月に何を読むかずいぶん迷った。
3月と言えば「3.11」の月だ。
3.11以降寺田寅彦が注目されよく読まれているという。それは、きっとあの有名な警鐘『天災は忘れた頃にやって来る』故であろう。私がオンライン『寅の日』を思いついたのも多分にそのせいでもある。
 私は、寅彦が晩年に書いた『津浪と人間』、『天災と国防』、『日本人の自然観』の三つの作品を勝手に

「天災は忘れた頃にやって来る」三部作!!

呼ぶようにしている。これもよく知られているように寅彦の書いた文章のなかに「天災は忘れたころにやって来る」という言葉はみられない。後に中谷宇吉郎がまとめたものてある。
 しかし、その言葉の意味するところをより具体的にこの三部作が語ってくれている。
「これから」なすべきことも含めて。
 この三部作は2年間のあいだに何回か繰り返し読んできた。
これは、3年目以降も続くだろう。
 続けるぞ!!という意思表明も込めてあえて3月は別のものを読むことにする。

今年に入ってからの続けているテーマ
詩(歌・俳句)の世界と「科学」の世界
を引き継いで次の2つを選んだ。

■2014年3月オンライン「寅の日」
◆第60回オンライン「寅の日」…3/08(土)『俳諧瑣談』(青空文庫より)
◆第61回オンライン「寅の日」…3/20(木)『夏目漱石先生の追憶』(青空文庫より)

▼2年間のあいだには、自分の中でオンライン「寅の日」だけでなく、オフライン「寅の日」の発想も定着してきた。
オフライン「寅の日」こそ、「寅の日」の本義であることも気づきはじめてきた。
人に直接会って、その人の「私の科学」に学び、楽しむ。
これは至上の喜びでもある。
 2年目最後の月のオフライン「寅の日」も大いに楽しみたい。
一緒に楽しんでくれる人 よろしくお願いします。

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新・私の教材試論(94)

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▼東の畑の紅梅のつぼみはまだまだかたかった。
少しは赤みを増し脹らんできたかに見えたが、まだどれひとつしてその時を迎えていなかった。
 風が再びつめたくなった。
 そしてあんなにいろんなところで見かけたテントウムシの姿がない。フライングと思ってどこかに身を隠しているのだろうか。
 季節はやっぱり直線的でなく螺旋的に変わっていくものである。
▼そう「新・私の教材試論」も螺旋的にいこう。
再開してここまでを少し整理してみる。
まず最初に

■教材成立の三大要素
・「文脈」
・「情報」
・「モノ」(素材=材料)

をまとめた。
次に「すぐれた教材の法則」としてふたつの法則の再吟味をした。

■「3K1Aの法則」(感動・簡単・きれい・安全)
■「3Hの法則」(ホット・本質的・ホンモノ)

▼ここでは、現在進行中の授業『電流と磁界』を例により具体的に展開してみようと思う。
まず最初に来るのは授業の「文脈」である。
その再検討をしてみることににする。
 自分の「文脈」をあげる前に現行学習指導要領の「文脈」をみてみる。

イ 電流と磁界
(ア) 電流がつくる磁界
 磁石や電流による磁界の観察を行い,磁界を磁力線で表すことを理解するとともに,コイルの回りに磁界ができることを知ること。
(イ) 磁界中の電流が受ける力
 磁石とコイルを用いた実験を行い,磁界中のコイルに電流を流すと力が働くことを見いだすこと。
(ウ) 電磁誘導と発電
 磁石とコイルを用いた実験を行い,コイルや磁石を動かすことにより電流が得られることを見いだすとともに,直流と交流の違いを理解すること。

▼次に自分のこれまでの取り組みから、私の「文脈」を再吟味してみたい。

■実践DB『電流と磁界』 

 私は、この単元が大好きだ。
授業が「謎解き訓練」だとすると、ここでの謎=「ふしぎ!?」は具体的で面白い!!
仮に謎が解けたかにみえても、「ふしぎ!?」は消えるわけではない。
そしてこの単元の学習は日々の暮らしに直接ツナガッテイル!!
そもそもの「ふしぎ!?」のはじまりは
●1820年 エルステッド(デンマーク)電流の磁気作用発見。
にある。なんと、まだそれから200年もたっていないのだ。
 この「ふしぎ!?」のはじまりも、授業のなかであったというのはなんとも示唆的である。

(つづく)

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3/1(土) ファラデーラボ創立3周年記念企画!!

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▼久しぶりに青空の「雲見」をした。
しかし、その青空は「青空」と言い切ってしまうにはちょっと躊躇するものだった。
どこか白っぽいのである!!だから「雲」かというとこれまた迷うところだ。
ひょっとしたらこれこそが春の青空なのかも知れない。
やわらかな日射しにも春を感じた。
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足元を見たら、もっと感度するどく春を感じているやつがいた。
テントウムシの初見だった。
 そいつ一匹かと思ったら、とんでもなかった田の畦にも、道端にも…
まさに一斉にだ!! 
 いったい何に反応したのだろう?「ふしぎ!?」だ。
▼春を感じさせる案内が届いた。

■ファラデーラボ創立3周年記念企画(案内)

 日程を見せてもらっているだけでもワクワクしてくるような内容だ。
ファラデーラボでは、この3年間に48回もの「かがくカフェ」が行われたという。
私自身何回もさせてもらい実に多くことを学ばせてもらった。
多くの人の「私の科学」に出会った。
自分とはちがう「私の科学」に出会うことが、どれほど楽しいことかをあらためて実感してきた。
ありがたいことだ。 深謝
▼日程のなかでも特に私が楽しみにしているのは記念講演だ。


14:10 記念講演 「教科書では教えない天気の話」
              - 台風と低気圧の話 -
        講師   和歌山地方気象台
              台長 三浦 郁夫氏

 西園寺さんこと三浦郁夫さんにはずいぶん以前からお世話になってきた。
【理科の部屋】20周年記念オフでもお世話になったところだ。
お天気のプロ中のプロだ!!
何度お話をお聞きしてもシロウトの私にも面白いのだ!!
「ふしぎ!?」だ。
 三浦さんの著書に
◆『天気図がわかる』(三浦郁夫著 技術評論社)

がある。以前にも書いたが、現場最前線のプロでなけれは書けない本だ。
 この度の「豪雪」に関連して読み返していたら、きっちりとその「南岸低気圧」についても書いてあった。
流石だ!!
▼現場のプロから学び連携・連動しながら「これから」の授業を考えて行く。
それは我々の「理想」でもあった。
 しかし、それは「理想」であったとしてもなかなか簡単に実現しないことであった。
そのハードルも高いものと思っていた。それが今はちがう!!
「これから」を示唆するものがここにある。

講演のほかにも、シンポジウム「かがく教育を考える」等も企画されている。
楽しみである。

「春一番」はそれまでに吹くのだろうか?


 

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【Web更新2/16】14-07 新・私の教材試論 等 更新!!

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水仙の 列車の度に ゆれるかな 14/02/15 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-07
週末定例更新のお知らせ
 最近、「観察」という科学の方法について考えることが多い。
 私はこの年になるまで長くこの家を離れて暮らしたことがない。だからほぼ同じ自然環境のなかで暮らしてきたことになる。空も野山もほぼ同じもの見続けてきた。
 なのに今さらのごとく、「発見」がつづくのはどうしてだろう。
私は何を見て暮らしていたのだろう。
 いや「見る」ことと「観察」することとはちがうのかも知れない。
今週はどんな「新発見」があるだろう!?

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 水仙
 家のすぐ側を走る播但線の線路沿いの土手に水仙が植えられている。
白と黄色のなんともやさしい色の花が目立ちはじめた。
 その花が列車が通り過ぎる度にゆれているのがわかる。
 下りの列車は南の姫路の方から春風を運んでくるようだ。

◆新・私の教材試論 更新!!
 「3K1Aの法則」「3Hの法則」の再吟味が一通り終わった。
今度はこれを使って「定番教材」「新教材」の実践的検討をすすめようと思う。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 そろそろ次の月に何を読むかの検討に入る時期である。
 青空文庫の一覧を見ていると、ついつい目移りがしてしまうのである。
どれもこれもやっぱり面白い。
 しばし、どれにするか迷うことを楽しんでみようと思う。

さあ、新しい一週間がはじまる。

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新・私の教材試論(93)

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▼大賀ハス定例観察日であった。
蓮根の植え替えから46週目。観察池には氷が張っていなかった。一週間前とはかなり様子が違っていた。
関東・東北方面では二週連続の大雪の週末でたいへんなようだ。こちらの観察池はそうはならなかった。
氷や雪がないだけでなく観察池の水は少し温んでいるかに見えた。
観察池は私の「お天気計測器」となっていた。
▼新・私の教材試論「3Hの法則」をつづけよう。
最後の第三の「H」である。

■第三の「H」…ホンモノ

 この「ホンモノ」には大きく分けてふたつの意味合いを込めていた。
・自然をそのまま切り取ってきたもの
・「科学」研究最前線の「現場」から持ち込むもの
のふたつである。
▼まずはじめの「ホンモノ」についてである。
これも昔の「私の教材論」の「すぐれた教材の原則」から引用してみよう。

■すぐれた教材の原則(7)
 ホンモノを教室に持ち込もう。ホンモノがもつ力は大きい。
 図や、スライド、ビデオ等ではおぎなうことのできない迫力がある。

 デジタル教科書が現実の話になりつつある今だからこそより一層大切なことだと思っている。
▼つぎの「ホンモノ」である。
・「科学」研究最前線の「現場」から持ち込むもの
ここで言う「科学」研究最前線は広い範囲を意味する。
それは必ずしも大学や研究機関の研究「現場」だけを意味するものではない。
生産やくらしの「現場」を意味する。むしろその方がすぐれた「ホンモノ」が発掘できるかも知れないのである。
まとめて言うなら
「科学」研究を生業とするプロたちの「現場」から持ち込むものだ。
そんな「現場」から持ち込まれる教材は、それだけできわめて説得力をもつ。
面白い!!わかりやすい!!
・ホームセンターは「教材」センターとなる。
・魚屋、八百屋、おもちゃ屋、スーパー等々は教材の「宝庫」となる。
等々
繰り返そう!!
「ホンモノ」は、複雑で難しい、これはとんでもない誤解だ。
「ホンモノ」は、すぐれて面白い!!わかりやすい!!

(つづく)

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新・私の教材試論(92)

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▼今回の雪は思いのほかすぐ融けてしまった。
雪が融けた門先に春をさがしてみた。あいかわらず風は冷たい!!
牡丹の頂芽の赤みがほんの少し増したという気がするのは願望の現れであろうか。
春よ来い!!
▼新・私の教材試論・「3Hの法則」をつづける。

第二の「H」は「本質的」である。

 「本質的」とはなんだろう。何の本質なんだろう。
それは「自然科学の本質」と読み取っていいだろう。
何を持ってして「本質的」と判断するか。そこに、その人の「自然観」「科学観」が現れてしまうしまうものだろう。
▼私自身の場合はどうなんだろう?
私はなにを持って「本質的」と判断してきたのだろう。
私は今展開している試論の下敷きになるようなものを、今から20年ほど前、【理科の部屋】開設から間もない頃
に書いていた。その記録を残していた。
■「私の教材論」
 そこに「すぐれた教材の原則」としていくつかの項目をあげていた。
「本質的」の判断と関連しそうな項目をピックアップする。

■すぐれた教材の原則(2)
 それを学ぶことにより、自然観・世界観を変えうるもの。

■すぐれた教材の原則(3)
 自然のなかで、行動するとき「指針」となり、「武器」となりうるもの。
 『勉強していて、もうかった』と言わせるもの。

■すぐれた教材の原則(4)
日常的概念をくだき、科学の基本的概念の形成に関わるもの

▼こうして見てくると、自分自身の「科学観」「自然観」「教材観」は基本的には驚くほどに変わっていない。
それだけ「進歩」がないということかも知れない。
 気分としては、「本質的」がそんなに変化するわけない!!
「不易」だからこそ「本質的」なんだ!!
居直ってみたくなるが、もうひとり私が言う。
「変わることこそが、不易ではなかったのか!!」
と。

(つづく)

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新・私の教材試論(91)

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▼またしても風は冷たく日射しはなかった。
すべての生きものもふるえあがっているようだった。そんななか前の溝の側壁に「みどり」を見た。
覗き込んで見るとわかった。ノキシノブだ!!
ためしに葉を裏返してみるとあの若き「胞子のう」でいっぱいだった!!
生きている!!
ここにも必死に生きるやつがいた!!
▼すぐれた教材の第一の法則「3K1Aの法則」が終わった。
法則はひとつでなくもうひとつ、第二の法則もつくっていた。それが

「3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則」

である。
▼こちらの方も、今一度吟味してみようと思う。
最初の「H」は、
ホット…話題性
今、世間で話題のこと、今が「旬」のもの、それは自ずと学習者の興味関心を惹きつける。
くらしのなかにこそ「科学」があることをチャンスでもあるのだ。
今で言うなら「STAP細胞」「iP細胞」や「五輪の運動力学」というところだろうか。
▼この度の「STAP細胞」が話題になったときも、即座に思いだしたものがある。
それはナイロン袋の中で261日間エサなしで生き延びたコウガイビルだ。
 動物の「ふしぎ!?」を解く第一の鍵は「食べる」だと思っていた。
どのようにして何を食べているのだろう?
と考えることで動物の「ふしぎ!?」は見えてくると思っていた。ところがコウガイビルはちがっていた。
エサを食べないで、自らを食べて生命を更新していったのである。
驚きであった。
その驚きが生命科学最前線まで連れて行ってくれた。
「幹細胞」「iPS細胞」の話題とみごとにリンクしていった。

そうだ!!
今、旬のものを!!と言っても、まったくの唐突なものであってはならない。
今進行中の学習と「リンク」したものでなければない。
もしそうなっていないなら「リンク」させるように作り上げねばならない。
そうしてこそ、はじめて「教材化」したと言えるのだろう。

今朝、再び冷たい雪が降ってきた。
これだって…

(つづく)

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新・私の教材試論(90)

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▼公園のアメリカフウの実が今なお冷たい北風にゆれていた。
ほとんどの実が落下しているのに枝に残っているものがあった。
なんでだろう!? と不思議がっていると、そんなもの比ではなく木によってはほとんどその実を残している木もあった。
 木の立っている位置が関係するのだろうか?
 日当たり具合の関係だろうか?
どうでもいいようなことを「ふしぎ!?」がってみたりした。
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 家に帰るともっと「ふしぎ!?」なものが待っていた。例のミノムシだ。
こちらも強い冷たい風に大きくゆれていた。こんなにゆれて大丈夫なんだろうかとこちらが心配になるほどである。
どんな強靱なしくみでこの石榴の枝にぶら下がっているのだろう?
▼それを考えていたら思い出すのが、昨年出会ったクモの索引糸の強靱さだった。
大﨑 茂芳氏は『クモの糸の秘密』(岩波ジュニア新書)のなかで、クモの索引糸の強さにふれてたいへん興味深いことを言われていた。クモにとっては索引糸は自らを支える命綱である。
それが切れることは死を意味する。
 「索引糸の弾性限界強度がクモの体重の約二倍である」こと、索引糸は一本ではなく「二本のフィラメント」からつくらていることなどから、とても興味深い法則をつくられていた。

 安全性とコストの観点から、「ゆとり」を持ちつつ最大の効率性を示す索引糸によってはじめて、クモの俊敏な活動が保証されるいることになります。ここに、クモの命綱に関する「二」の安全則が得られました。(同書 p151)

 なんとみごとな自然の掬いとりだろう。
自然を豊かにとらえる!!
自然から豊かに学ぶ!!などというのはこのようなことを言うのだろう。
それにしても「「二」の安全則」というのは示唆的である。
▼すぐれた教材の「3k1Aの法則」に話をもどす。
3K(感動・簡単・きれい)の話は終わった。次は残るひとつ「1A」(安全)だ。
どんなすばらしい教材であってもこの安全性を欠くようなことでは、すぐれた教材とは言えないだろう。
これは自戒の意味も込めて強くそう思う。
勢い「物理実験はダイナミックに!!」のかけ声のもと、ついつい「安全性」を視野にいれないようなことがあってはならいことだ。
 安全性の配慮こそが、自然そのものを豊かに教えることにつながること肝に銘じておきたいものだ。

▼たとえば、水素発生装置で発生した「水素」に点火するときには、水上置換で試験管に捕集した「水素」の炎で点火する。(「水素マッチ」)これなどはより水素という気体の性質をより豊かに教えることにつながることになるだろう。
理科の実験教材にこのような例はいっぱいあるだろう。
これまでの「失敗例」も参考に十分に吟味していきたいものだ。

最後の1A(安全)を欠けば、それこそ教材として命綱が切れてしまうことになる。
かといって実験をしないというのでは本末転倒である。
クモの糸の「「二」の安全則」から学ぼう!!

(つづく)


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本日(2014/02/12)、第58回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼久しぶりに青空の「雲見」をした。
なんとも青空がうれしかった。
天気は青空の占める割合でなく、雲の占める割合できまっている。
・雲量 1以下 快晴
・雲量 2~8  晴れ
・雲量 9以上 くもり
はじめてこれを知ったときふたつの違和感があった。ひとつはなんで「青空」の占める割合ではないんだろう。
雲量でも同じことなんだがなんとなく気分がちがう。
もうひとつは雲量が「8」まで「晴れ」とはという驚きである。「6」「7」まで雲量があれば雲いっぱいという気分になるのだが…
 さしずめ昨日は「晴れ」だろうか。
▼今日(2014/02/12)は、第58回オンライン「寅の日」だ。
寅彦は「雲見」が好きだっただろうか。好きなものに「宇宙見物」はあげているが「雲見」はどうだったんだろう。
たった一杯の「茶わんの湯」から大気の物理学のすべてを語ってしまうぐらいだから好きを通り越した領域にいたものと想像できる。
 今日はそんな寅彦の「感性」について読んでみる。

■第58回オンライン「寅の日」
●「詩と官能」(青空文庫より)

▼話は「不思議な幻覚」の話からはじまっていた。
自分にもそんな体験はないものかと考えてみる。たしか似たようなことはないことはない。
 しかし、寅彦のように「それはちょっと言葉で表わすことのむつかしい夢のようなものであるが、たとえば、…」と語れることはできない。寅彦はそれを語れる詩人でもあった。

 今の脳科学などではアタリマエのようなことも、寅彦にかかると新鮮なテーマの発見であった。
胃の腑(ふ)の適当な充血と消化液の分泌、それから眼底網膜に映ずる適当な光像の刺激の系列、そんなものの複合作用から生じた一種特別な刺激が大脳に伝わって、そこでこうした特殊の幻覚を起こすのではないかと想像される。「胃の腑」と「詩」との間にはまだだれも知らないような複雑微妙の多様な関係がかくされているのではないかと思われる。

▼またしても「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」と問いかけられた気分になる。
そしていつものように最後は示唆的である。
 科学的にもやはり抽象型と具象型、解析型と直観型があるが、これがやはり詩人の二つの型に対応されるべき各自に共通な因子をもっているように見える。
 詩人にも科学者にもそれぞれの型について無限に多様な優劣の段階がある。要は型の問題ではなくて、段階の問題だけであるらしい。

えっ、「段階の問題」って「段階」って何なのだろう?

寅彦の大好きな「宇宙見物」!!
今朝の「宇宙見物」、金星がとてもきれいだ!! 

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【お薦め本】『日本列島の生い立ちを読む』(斎藤 靖二著 岩波書店)

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▼覆っていた雪が融けて、定点観測地のヒガンバナはより一層元気に見えた。
定点観測地Aのヒガンバナは昨年の晩秋はじめて自然結実するのを見たものだ。一度は引っ越しをしたが、十数年以上観察を続けているものだ。
 もうひとつの定点観測地Bは紅白のヒガンバナだ。こうしてみると明らかに紅白のちがいがよくわかる。
シロバナヒガンバナはとても葉が大きいのだ。
 AもBも今こそと葉を伸ばせるだけ伸ばしているように見える。
今こそ光を独り占めして稼ぎどきなのだ。
何年観察していてもやっぱり思う。 「お見事!!」と。
ファラデーラボ「化石のかがく」放散虫の面白い話を聴かせてもらってから10日がたった。
 なんでもゆっくりな私は、まだまだ反芻作業を続けていた。
 話を聴かせてもらったとき、講師の竹村厚司先生に質問してみた。
「シロウトにお薦めの入門書は?」と。
そのとき教えていただいた本が今回の【お薦め本】である。

■『日本列島の生い立ちを読む』(斎藤 靖二著 岩波書店 2007.8.8 新装ワイド版) 

お薦めは的確であった。
聴いたお話を反芻作業をするのにピッタリだった。
「あっ、このことを語っておられたのか!!」やっと納得できたことも随所に出てきた。
そこで【お薦め】の「おすそ分け」にこんな拙い紹介文を書く気になった。
▼「はじめに」からさっそく膝をたたいた。
「そうなんですよ!!」と共感してしまった。
 「地質はどうもわかりません」という人には二つの意味あいがあるのではと言う。

 ひとつは、野外で崖に露出している地層や岩石を見たときに、何をどのように観察するのか、あるいはどのように考えるのかがわからないというもので、岩石や化石などの知識が増えると解決する問題です。もうひとつは困ったことに解決しにくい問題で、地質をやっている人(地質屋と呼ばれたりします)にしかわかない用語と理屈が多くて、地質の話を理解することができないというものでした。(ⅴはじめに )

 私が浅学なことはちょっと置いておくとして、ふたつめにあげていることは、私の思っていることを代弁してくれていると思った。
 だから、この本は私のような人間のために書かれた本ということができる。
実はこの本はすでに1992年に出ていた。今回は2007年に新装ワイド版として出されたもの読んだのだ。
今から20年以上前に出ていたなら、「なんで読まなかったのだろう」と悔やませる内容だった。
例によってお薦めポイント3つだ。
(1) 地層を読むときの基本的な見方がわかりやすく語られている。
(2) 「付加テクトニクス」という一貫した「理屈」で日本列島形成物語が語られている。
(3) 日本列島形成物語が現在進行形で語られている。この物語を読むことこそが防災・減災につながることを示唆してくれている。 
▼全体に写真・図が大きく挿入されておりわかりやすく面白い。
しかし、何と言っても私にとっていちばん面白かったのは
「4 きれいに積み重なっていない地層」(P66)の章である。
ここでは例の「放散虫革命」のことが語られていた。
著者が渦中の人だっただけに説得力がある。臨場感をもって語られている。
その当時の謎解きのワクワク感がそのまま生に伝わってくるようだ。
あの小さな小さなプランクトン「放散虫」の化石が、日本列島形成物語を劇的に変えていく。
いちばんの難問であったチャートが、謎解きの最大の「鍵」となる。
「地質はどうもわかりません」という人に対して一貫した「理屈」を提供したのだ。
面白い!!
そうしてみると、この本はこの4章を書くために書かれた本とも読めてくる。

 もうひとつ気に入ったのは、現在もその謎解きは進行中であるとはっきり言ってくれていることだ。
とくに、「新装ワイド版あとがき」では、謎解きの「現在地」(2007.7)と「これから」が書かれている。

見慣れた風景のあの山、どのようにして山になったのだろう?
いつも通り過ぎるあの崖 もういちどゆっくり見に行ってみようかな。
チャートってあそこにもあったような。放散虫もういちど見てみたいな!!

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【Web更新2/9】14-06 新・私の教材試論 等 更新!!

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地球の 鼓動聴くかな 春の雪 14/02/08 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-06
週末定例更新のお知らせ
 今自分の撮った未整理の写真の「整理」をしている。「その都度やっておけば…」と悔やむことしきりだ。
かといって時間は遡行しない。「同じやるなら楽しみながら…」と居直ってやっている。
 面白い写真をみつけた。30年近く前の大賀ハスの写真だ。家族で社の平池に大賀ハスの見学に行っていた。
そのとき大賀ハスによほど興味をもったらしく説明板の写真を何枚も何枚も撮っていた。まさか将来自分が毎年育てることなるとは思っていなかっただろうに。
 どうも私は同じことを繰り返し繰り返し思考しているようだ。
ならばいっそのこと、その「ふしぎ!?」である「私自身」の研究をしてみたくなった
 
◆表紙画像2014 更新 人里の自然シリーズ 春の雪
 今季最大の雪は、まわりをすべてを白く覆ってしまった。
田んぼも山も道路・鉄道線路も、大賀ハス観察池も定点観測地のヒガンバナも…
もちろん庭先の南天の赤い実もだ。ところが春の雪はすぐさまみぞれまじりになった。
赤い実から水滴が落ちていた。
地球の鼓動を聴いたような気がした。

◆新・私の教材試論 更新!!
 「3K1Aの法則」(感動・簡単・きれい・安全)の吟味を続けている。
使えない法則ほどつまらないものはない。
法則は使ってこそなんぼのものだ。
 はたしてこの法則は「法則」に値するだろうか。
 もう少し続けてみよう。

◆新・クラウド「整理学」試論 更新!!
 とんでもない「整理ベタ」の「整理学」試論。
これもまた懲りずにつづけてみよう。

さあ新しい一週間がはじまる!!
「過去と他人は変えることができないが、未来と自分は変えることができる」
と信じて…。

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新・私の教材試論(89)

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▼大賀ハス観察池にも雪が積もっていた。蓮根の植え替えから45週目だった。
こんなに雪が積もったのは今季最高であった。
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年がら年中観察しているものがもうひとつあった。
ヒガンバナだ。ヒガンバナ定点観測地AもBも雪に埋もれていた。
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ついでに気になり出した例のミノムシも見た。
こちらにはつもってはいなかった。そもそもがつもりにくそうにデザインしてあった。
それにしても美事だ!!
▼「新・私の教材試論」「3K1Aの法則」を続ける。
第二のK(簡単)まで具体例をあげてきた。次は第三のK(きれい)である。
これは美事さとも関連していた。
「自然は最高の教科書!!」
「子どもは最高の指導書!!」
繰り返し、繰り返し呪文のように唱えてきたところである。
「最高の教科書」である「自然」は、元々美事なものなのである。
それを切り取って教室に持ち込もうというのが「教材」である。
できるだけその美事さが保持されたものがいい。可視化されたものがいい。
▼第二のKまでとくらべるとやや抽象的な話になってしまう。
具体例も千差万別いろいろある。
きわめて主観的なところもある。教師が「きれいだ!!」と感じるものだ。
私の場合で咄嗟に思い浮かべたものをあげてみる。

(1) 原子の周期律表!!

 話の流れから行くとなんか異質な感じがするかも知れないが、私にはこれほど美事に自然を写し取ったものはないように思う。
だからとても「きれいだ!!」
▼またしても話は飛躍する。
次に想起したのは

(2) ブタの心臓

だ。
 生徒の反応が面白い。
「(゚o゚)ゲッ!! キモー!!」が「へー」「へー」の連発になり「うまいこと…」になり、
最後は
「きれい!!」に変わる。それだ…

最後は、それを使って授業をしたこともないけれど、最近出会って「すぐれた教材」の予感がしたものということであげておく。

(3) 放散虫

 ちょうど一週間前だ。これを見せてもらってお話を聞かせてもらったのは。
面白いと思った。「ふしぎ!?」だとも思った。
これはとてもすばらしい「教材」になる可能性を持っていると確信した。
なによりも
きれい!! だった。

こうしてあげていけばいろんなものが該当しそうな気がする。
それだけ「最高の教科書」=「自然」がきれい!!に(美事に)できているということだろう。

(つづく)

 

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Twitterはじめて1600日目に思うこと!!

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▼肌を刺すような冷たい風にミノムシがゆれていた。
ミノのみごとなつくりにしばし寒さ忘れて見とれてしまった。もう芸術的作品の範疇かも知れない。
 里山散策からもどって自分の家の庭を見ていたら、石榴に木の枝にもやはりミノムシがぶら下がっていた。
これは先ほどとはちょっとつくりがちがっていた。こちらの方がよくみかけるタイプだろうか。
 ところでこの蓑のなかの主は?
 主のちがいがタイプのちがいを生んでいるのだろうか?
考えてみると、こいつも一年間かけてじっくり観察した記憶がない。
ひょっとしたら昨年のクモのように新しい世界を「発見」できるかも知れない。やってみようかな。
▼一年って365日だから、100日とはその1/3にも満たない。
でもけっこう長く感じるものである。
「Twitterはじめて1500日目」は2013/10/31だった。
 まだ、ヒガンバナの自然結実もみていなかったし、【理科の部屋】20周年記念オフもまだだった。
100日前はもう「歴史」!!
 そんな時代なんだろうか。
▼Twitterをはじめた当初、人によく言われたものだ。
「へえー!!Twitterやってるんやね」と。
それは暗に「オマエのような老いぼれがなんでそんな流行のことやっているんだ」と言わんばかりだった。
1600日も経つと状況は大きく変わってきた。
今は、こう言われる。
「へえー!!まだTwitterやっているんやね」と。
今も昔も苦笑いで応答してきた。
はじめたときも、今も変わらぬ思いがあった。

面白いことはやめられない!!
面白いのはTwitterが面白いのではない。
Twitter的=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」が面白いのだ!!

▼Twitterwでは当初「地球の鼓動」というコトバが使われた。
このコトバに魅力を感じていた。
生きとし生けるものすべての鼓動をリアルタイムに聴けるのはこれほどうれしいことはないと思った。
自らが生きている証しにもなると思った。
その思いは、これからも「不易」である。

ミノムシの鼓動も聴いてみたい。
100日の「歴史」の後、今度はなにを書いているだろう。
自分でも楽しみである。

 今朝、外に出たら雪景色だった。ミノムシにもつもっているのかな。 

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新・私の教材試論(88)

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▼今さら言うのも変な話だが、つくづくと最近そう思うようになった。
世の中は「ふしぎ!?」に充ち満ちている。
 ひょっとしたら、私は何も知っていないのではないか。浅学であったことは認めるがそれだけだろうか。
雪がチラチラ舞う寒い空だった。冬に逆戻りしたかのような1日だった。
そんななかでも、地面には「ホトケノザ」の花が咲いていた。
図鑑によると花期は3~6月になっていた。ほんとかな!?
昨年末から見かけるけどな。見かける度に花びらの模様に「ふしぎ!?」を感じてきた。
虫たちにはこれがどう見えるのだろうか?
今、見かけるのは単なる「あわて者」なんだろうか。それとも…?
考え出したらきりがない。次々と「ふしぎ!?」が…。
▼「ふしぎ!?」の謎解き訓練が理科の授業だとしたら、その訓練にもっともふさわしいネタがあるはずだった。
それこそが「すぐれた教材」の名に値するのであろう。
 「3K1Aの法則」の第二のK(簡単)。その具体例を続ける。

■新・新マグデブルク半球(究極のマグブルク半球!!)


「マグデブルク半球」の実験。科学者(当時そうよんでいたかは?)でありマグデブルク市の市長であったゲーリケが、この公開実験をはじめて行ったのは1654年、今から360年も前のことだ。金属半球をふたつ合わせて中の空気を自ら発明した「真空ポンプ」で抜いてしまい大気圧の大きさを見せた。両方から馬8頭、合わせて馬16頭でひっぱったという。
「真空」の存在を知らしめ「大気圧」のすごさを示す大実験だ。
▼この復元実験ができたら面白いだろうなと思った。
しかし、それはふつうの授業では叶わぬことだった。
 いつのことだろう。この実験を身のまわりにあるもので簡単にできると教えてもらったのは。
台所にあるあのサラダボールをふたつ合わせて、なかでアルコールを燃やして、冷やして「真空」をつくるという。
ぬらした厚紙をパッキンとして使うという。(本物はけものの皮を使用したようだ。)
すごい!!と思った。
これぞ「新・マグデブルク半球」と思った。自分でも授業で取り入れた。
 
一方、吸盤も「大気圧」を学習するとき、すぐれた教材だと思っていた。
それも大きな吸盤がよかった。ひとつは友人から分けてもらっていた。使っているあいだに取っ手がこわれてしまった。それぐらい使い込んでいた。「ガラス屋さんで入手可能」と聞いていたのでいろんなところに問い合わせていた。
ネットのWebページにあげて情報を待っていた。
そしたらとてもうれしい情報が舞い込んだ。それは工場なのでプロか使うものだった。
●サングリップ(ワンタッチ吸盤)

さっそく手に入れて見た。
▼さすが現場のプロが使うものだ。すごくしっかりしていた。
せっかくだから2つをセットで入手した。
これまでどおり、まずは「吸盤」としてその威力を楽しんだ。
次にふたつを合わせてみた!!
意図も簡単に「マグデブルク半球」ができあがった。ゴムだからふたつ合わせてぎゅっとおせば「真空」は実現した。
きわめてダイレクトだ!!シンプルだ!!
原理・原則がむき出しだ。私はこれを「新・新マクデブルク半球」と名付けた。
 さらにはこれを「究極のマグブルク半球」とよびたくなった。

(つづく)
 

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新・私の教材試論(87)

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▼校庭のケヤキの枝に雪が積もっていた。
寒い!!
しかし美しいとおもった。頭のなかでさらにさらにズームアップしてあの雪の結晶を思い描いたら、さらに美しく見えてきた。
 「立春」で思いだしたのが中谷宇吉郎の「立春の卵」なら、「雪の結晶」でいちばんに思い出すのは中谷宇吉郎であった。
 あの「科学」を凝縮した名言「雪は天からの手紙である」
そして天然雪の観察からはじめて、世界に先駈けて人工雪の実験に成功した「雪」の研究。
ここにこそ「不易」の「科学」があると思った。
▼新・私の教材試論をつづける。
「3K1Aの法則」の第一のK(感動)の具体例は終わった。
次は第二のK(簡単)である。
 「簡単」であることそれは、シンプルであることだった。
シンプルイズベストだ!!
 たいへん手の込んだりっぱなものでも、必ずしもすぐれた教材になるとは限らない。むしろ複雑になることによって教材としての価値を損ねてしまう。それはあながちありがちなことだ。
 原理・原則がむきだしである方が説得力をもち、発展性もあるのである。

そんな具体例と言えばやっぱりこれがくるのである。

■究極のクリップモーター

「究極のクリップモーター」は授業で生まれた。
 ちょうど今から30年前だ!!
 今では「台無しクリップモーター」=「究極のはアタリマエになってしまい、教科書や実験書には定番として登場するようになっている。
 台無しにすることによって短時間に誰もが成功できるようになったのだ。
「回った!!回った!!」の感動を味わうことができるようになったのだ。
そうなるとさらにはその発展タイプもでてくるということになるのだ。
今は、さらなる「究極の究極!!」が登場しているのかも知れない。
 できるだけ早い機会に現代理科教材発展史『究極のクリップモーター』をまとめてみたいと思っている。
▼教科書や実験書に登場するようになったからと言って、全国の中学生がほんとうに自分の手でつくってみるという体験をしているわけではない。
 そこで、つくってみたのが
◆「究極のクリップモーター」を普及させる会
である。
 これも開店休業がつづいている。
30周年を機に再始動させたいものである。
ゆっくり 急ごう!!

<つづく>

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新・私の教材試論(86)

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▼たしかに風は冷たかった!!
「立春」の「雲見」だった。風に向かって立つと肌を刺すように吹いてきた。
 しかし、なぜか「雲見」の空にこれまでとちがう春を感じてしまうのは、「立春」を意識しているからだけだろうか。
風のにおい!
日射しの角度!
空の青さ!
それとも、何だろう?
▼またしてもとぎれそうになった新・私の教材試論をつづける。
すぐれた教材の第一法則「3K1Aの法則」
第一のK(感動!)の具体例をあげているところであった。
二つ目の具体例は
■水から水素を取り出す~ 水蒸気中でMgを燃焼させる~

これは感動ものであった。
確かに水の電気分解で「水素」を取り出すことはやってはいた。
 確かに、水の化学式「H2O」を学習し、そこからOを奪ってしまえば「H2」が取り出せると化学式・化学反応式では考えることができるようになるだろう。
 しかし、それを目の前で実際に見ると感動なんである。
 水の中でものが燃えるなんてやっぱり「ふしぎ!?」だ!!
 ちなみにこの実験は、この実験の開発者故古川千代男先生から実験装置ともわけていだきやってきた。
そんな意味でも私には思い入れの強い教材でもあった。
▼三つ目の具体例は最近ものからあげてみよう。
■クマムシの観察
●クマムシはあなたの近くにもきっといる!!
●クマムシが「乾眠」から覚める瞬間を見た。
●乾眠から覚めたクマムシ

 クマムシの場合、感動はダブルでやってきた。
ひとつは、自分ではじめてみつけて観察したときの感動だ!
ずっと話題のクマムシを自分の眼でも見たかった。でもそう簡単には見つからないのだろうと思い込んでいた。
ところが意図も簡単に採集して見せてくれる人がいた。
「えっそんな簡単に…!」
でもまだ半信半疑あった。自分でも発見するまでは。
特別の場所で、特別の人にしか観察できないのであれば、それでは「教材」にはならない。
観察に時間がとれるようになって、自分でも次々とみつけることができるようになった。
校庭に、我が家の庭先に、道端の苔のなかに…。
どこにだっているではないか!!極々アタリマエに!!
感動であった。
 次に私は、この感動を人に伝えたくなった。授業の「教材」として扱いたくなった。
 それには、その場で瞬時に「ここにいますよ!!」と見せたかった。
試行錯誤を繰り返す中で思いついたのが、「乾眠」を利用する方法である。
あらかじめ採集しておいて、自然乾燥させて「乾眠」させるのである。そして観察したいときに水をかけるのである。
そしたら「乾眠」から目覚め動き出すだろうと予想した。
 インスタントラーメンじゃあるまいし、そんなことあるだろうかと予想しながらも半信半疑だった。
 ところがほんとうに予想した通りなったのだ。
 ゴミのかけらのような(樽)ものが数分経つあいだ動きはじめたのだ!!
これには感動!!感動!!だった。
 これで「教材」になると思った。

▼第一のK(感動)の三つの具体例をあげた。
三つに共通することなんだろう。
・教師自身が「感動」するものであること
・アタリマエと思っていることを崩し、新しく「私の科学」が生まれるものであること。
・「感動」を人にも伝えたくなるもの

まだまだありそうな気がするが、時間だ。

(つづく)

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キツネノカミソリ実生:とんでもない勘違いかも!? #higanbana

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▼暦の上では春がやってきた。「立春」だ!!
「立春」と言うとすぐ思いだしてしまうのが中谷宇吉郎の「立春の卵」だ。
そんな特別な日に限って卵が立つなんて不思議な話だ。自分でやってみればすぐわかることでもいったんそう思い込んでしまうと、人間はそこからなかなか抜け出せないものだ。
 キツネノカミソリの実生においても、私はどうもとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。
▼私は、昨年の夏採集したキツネノカミソリの種子の実生に挑戦していた。
はじめての経験だった。試行錯誤を繰り返しながら「土ポット」に植え替えそだてるところまで来ていた。
その様子が最近おかしかった。緑の部分(葉?)がのびてきたので「発芽」したと思い、それがどんどん成長していくと思い込んでいた。人に「「発根」楽しみですね」と言われてもまだ気づいていなかった。
その緑の部分があいついで萎れてしまったのだ。
「失敗」したかと思った。
起死回生の手立てはないものかと考えていた。
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▼ひょんなことからキツネノカミソリを実生をやっておられるブログに出会った。
あれ「発芽」と「発根」はちがうのか!!
いっきょに葉を伸ばしてくるのではないのだ。
いちどはあの「球根」をつくるのだ!!
そう言えばひとつは小さいけれど丸い「球根」のようなかたちをしているのがある。
そう言えば、本命のヒガンバナの実生でそんな話を聞いたような気がする。
だからこの度は、貴奴(キツネノカミソリ)等はまずは「球根」をつくるために「発根」したのだ。
ほんとうの「発芽」は次なるライフステージなんだ。
だから「失敗」ではなかったのだ
そのように自分で納得した。
▼でも「ふしぎ!?」はすっかり解決したわけではない。いやむしろ増幅していくのだった。
・ではほんとうの「発芽」はいつなんだ?
・今はライフサイクルのどこにいるのだ?
・そこへ導くためには、これからどうすればいいんだ?
・それしても最初にグングン伸びてきたあの緑のものはなんなのだ。「葉」とはよんではいけないのか?

今しばらくは観察をつづけながら、次なる手立てを考えてみよう。
実生から開花までの道程は遠いもののようだ。

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【Web更新2/2】14-05 新・私の教材試論 等 更新!!

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タラの芽や 強面顔で 先駈けん 14/02/01 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-05
週末定例更新のお知らせ
 暦の上では、今日で冬は終わる。季節を分けて「節分」だ。
そして明日から春がはじまる「立春」だ。
 それにしても思うにこの「暦」「二十四節気」とはうまくつくったものだ。もちろん旧暦と新暦ではほぼ一ヶ月のタイムラグがあることは承知の上でもそう思える。
 自然をよく観察したうえで、自然とのつきあい方示唆してくれている。
そして、くらしと「科学」の問題までも…
ここから「科学」をうまく掬い取って、「私の科学」に組み入れることはできないものだろうか。
これは生涯の宿題かもしれないな。

◆表紙画像2014 更新 人里の自然シリーズ タラノキ
 山ぎわにタラノキが立っていた。タラの芽は少し早いのかも知れない。
しかし、ここからの展開は毎年早かった。あれよあれよという間に大きくなってしまい口に入れるタイミングを失ってしまった。「今年こそ…」の思いを込めて写真を撮ってみた。
 大きな棘、巻き付けた葉痕、なんともいかめしい姿だ。少しやわらかくなった風に強面顔もゆるんだように見えたのは気のせいだろうか。

◆新・私の教材試論 更新!!
 少し新たなことを書こうとしても、書いているうちに同じところに収束してしまう。
それこそが教材の「不易」の部分だろうか。
 今週も書き続けてみようと思う。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 12日に一度巡ってくるオンライン「寅の日」。週末の勝手にオフライン「寅の日」を含めると「寅の日」が増えていく。いつの日か、ほぼ毎日が「寅の日」となるのだろうか。
それが楽しみである。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 5つの座標軸をいつも頭において、「現在地」確認しながら ゆっくり 急ごう!!

新しい一週間がはじまる。
「春」がやってくる!!
 
 

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ファラデーラボ「化石のかがく」放散虫は面白い!!

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▼昨日は、2月に入って最初の大賀ハス定例観察日だった。蓮根の植え替えから44週目であった。
観察池の水面にできる氷は、大気、水温の「指標計」になっていた。大気の温度、風力、水温などによってできる氷の模様、張り具合は微妙に変化しているように見えた。やはりあたたかくなってきているのだろうそんなエッジのきいた氷でなかった。ちょっとした変化をも可視化してくれていた。
「ふしぎ!?」なもんだ。
▼「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」を口癖とした寅彦をオンラインで読むオンライン「寅の日」の翌日は、私が自分で勝手にそうきめてしまっているオフライン「寅の日」だった。
 「ふしぎ!?」を追う人に直接お会いして、その人の「私の科学」を学ぶ日だった。
ファラデーラボの「かがくカフェ」に参加させてもらった。

★かがくカフェ 「化石のかがく」-放散虫から見える世界-
 2014年2月1日(土)14:00~
  講師 竹村厚司教授 (兵庫教育大学大学院)
   放散虫の研究から広がる化石の科学についてお話ししていただきます。
  その後、質疑応答、交流会をします。

 実に面白かった!!
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▼話は、「地層」「化石」の一般的な話からはじまった。
具体的なもの(化石・岩石)を見せてもらったり、触らしてもらったりしながらのお話はとてもわかりやすく、シロウトの私にはとてもありがたかった。
 実際にその「ふしぎ!?」を追う人・研究者の話というのはやっぱり面白い!!
単なる解説ではない。そこに「文脈」があった。
シロウトにはそれがたまらい魅力だ。
 いっぱい見せもらった写真も、聞かせてもらったエピソードも「物語」でツナガル!!

 後半は、放散虫が中心の話になった。
「放散虫の遺骸がたい積してチャートになる」程度の認識しかなかった放散虫!!
その放散虫がかくも「ふしぎ!?」な生きものであると知ったのは昨日最大の収穫だった。
チャートのなかの放散虫の観察からはじめて取り出した放散虫を見せてもらったりしながら貴奴らのことを知っていった。
驚くのはその美しさ!!
その多様さ!!
なんと貴奴等は「単細胞生物」であるという!!知っていたはずだかすっかり抜けていた!!
もっと驚いたのは、そのライフサイクルは今なお不明だという。
「ふしぎ!?」がいっきょに脹らんでいった。
▼生きもの「放散虫」の話から「化石ー放散虫」の話にやがてうつっていった。
これがまた面白い!!面白すぎた!!
この小さな小さな、でも恐ろしく多様で美しい姿をした放散虫が教えてくれた「動く大地の物語」!!
それが、世に言う「放散虫革命」だ。
日本列島・動く大地の物語を放散虫の化石が革命的に書き換えてしまった。
 渦中の人であり、最前線の研究者である竹村先生が語る「放散虫革命」はリアルで説得力があった。 
そしてなりよりもシロウトの私にも面白かった。
 話は当然「プレートテクトニクス」にも及んだ。

 「化石」=「アンモナイト」「恐竜」「…」だった頭は、「化石」=「放散虫」にシフトしそうだ。
頭の中で「放散虫革命」がおこったのかも知れない。 
しばらく反芻作業が必要なようだ。    深謝

 

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新・私の教材試論(85)

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▼一月の最後の日はあたたかかった。
その陽気に誘われて家の近くを歩いてみた。前の藪の中に2つの玉をみつけた。
ひとつは深い藍色だ。リュウノヒゲの実だ。(わたしにとっては「ゴシタマ」!!)いつの間にやら色は濃くなっていた。もう一つ赤い実だ。ひとつだけついている。
 この時期の赤い実はめでたい!!センリョウとマンリョウの違いがやっとわかりはじめた私には、たったひとつの赤い実がなになのかわからない。
▼二月になった。二月も引き続き再開した「新・私の教材試論」を粛々とつづけていこうと思う。
反復・反復を繰り返しながら…。
教材の三大要素をまとめていた。
・文脈(コンテクスト)
・情報(コミュニケーション)(この場合はインフォメーションよりこちらの方がいいような)
・素材・材料(イングリーディアント?)
そして、教材の「不易流行」を追うであった。
▼これまでに、この教材の「不易流行」を追うなかで、私は2つの「すぐれた教材の法則」を勝手につくっていた。
●「3K(感動・簡単・きれい)1A(安全)の法則」
●「3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則」
である。
 この法則の再吟味からつないでいってみようと思う。
▼まばは「3K」の最初のK、「感動」である。
この感動は、生徒の「感動」を意味すると同時に教師の「感動」を意味していた。
いや、むしろはじめにあるのは教師の「感動」であると思っていた。
私自身の体験から3つばかりの具体例をあげてみる。
(1) 教室全体をピンホールカメラに
 やっぱり最初にはこれが来るのである。
これは私の実践の「原点」であるのだ。
 光が穴を通だけで像ができる!!それを知ったとき、実際にやってみたときの感動は、何十年経っても忘れることができない。教室全体のピンホールカメラをつくって授業したときの生徒の言葉
「映画や映画!!」
「逆さまや!!」
「カラーや!!」
「出演しよう」と外に出て逆立ちをし始めたときの「感動」は、今も…
(※幸いなことにこのときの実践記録をWebに残していた。)

(つづく)

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