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新・私の教材試論(90)

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▼公園のアメリカフウの実が今なお冷たい北風にゆれていた。
ほとんどの実が落下しているのに枝に残っているものがあった。
なんでだろう!? と不思議がっていると、そんなもの比ではなく木によってはほとんどその実を残している木もあった。
 木の立っている位置が関係するのだろうか?
 日当たり具合の関係だろうか?
どうでもいいようなことを「ふしぎ!?」がってみたりした。
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 家に帰るともっと「ふしぎ!?」なものが待っていた。例のミノムシだ。
こちらも強い冷たい風に大きくゆれていた。こんなにゆれて大丈夫なんだろうかとこちらが心配になるほどである。
どんな強靱なしくみでこの石榴の枝にぶら下がっているのだろう?
▼それを考えていたら思い出すのが、昨年出会ったクモの索引糸の強靱さだった。
大﨑 茂芳氏は『クモの糸の秘密』(岩波ジュニア新書)のなかで、クモの索引糸の強さにふれてたいへん興味深いことを言われていた。クモにとっては索引糸は自らを支える命綱である。
それが切れることは死を意味する。
 「索引糸の弾性限界強度がクモの体重の約二倍である」こと、索引糸は一本ではなく「二本のフィラメント」からつくらていることなどから、とても興味深い法則をつくられていた。

 安全性とコストの観点から、「ゆとり」を持ちつつ最大の効率性を示す索引糸によってはじめて、クモの俊敏な活動が保証されるいることになります。ここに、クモの命綱に関する「二」の安全則が得られました。(同書 p151)

 なんとみごとな自然の掬いとりだろう。
自然を豊かにとらえる!!
自然から豊かに学ぶ!!などというのはこのようなことを言うのだろう。
それにしても「「二」の安全則」というのは示唆的である。
▼すぐれた教材の「3k1Aの法則」に話をもどす。
3K(感動・簡単・きれい)の話は終わった。次は残るひとつ「1A」(安全)だ。
どんなすばらしい教材であってもこの安全性を欠くようなことでは、すぐれた教材とは言えないだろう。
これは自戒の意味も込めて強くそう思う。
勢い「物理実験はダイナミックに!!」のかけ声のもと、ついつい「安全性」を視野にいれないようなことがあってはならいことだ。
 安全性の配慮こそが、自然そのものを豊かに教えることにつながること肝に銘じておきたいものだ。

▼たとえば、水素発生装置で発生した「水素」に点火するときには、水上置換で試験管に捕集した「水素」の炎で点火する。(「水素マッチ」)これなどはより水素という気体の性質をより豊かに教えることにつながることになるだろう。
理科の実験教材にこのような例はいっぱいあるだろう。
これまでの「失敗例」も参考に十分に吟味していきたいものだ。

最後の1A(安全)を欠けば、それこそ教材として命綱が切れてしまうことになる。
かといって実験をしないというのでは本末転倒である。
クモの糸の「「二」の安全則」から学ぼう!!

(つづく)


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