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新・私の教材試論(86)

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▼たしかに風は冷たかった!!
「立春」の「雲見」だった。風に向かって立つと肌を刺すように吹いてきた。
 しかし、なぜか「雲見」の空にこれまでとちがう春を感じてしまうのは、「立春」を意識しているからだけだろうか。
風のにおい!
日射しの角度!
空の青さ!
それとも、何だろう?
▼またしてもとぎれそうになった新・私の教材試論をつづける。
すぐれた教材の第一法則「3K1Aの法則」
第一のK(感動!)の具体例をあげているところであった。
二つ目の具体例は
■水から水素を取り出す~ 水蒸気中でMgを燃焼させる~

これは感動ものであった。
確かに水の電気分解で「水素」を取り出すことはやってはいた。
 確かに、水の化学式「H2O」を学習し、そこからOを奪ってしまえば「H2」が取り出せると化学式・化学反応式では考えることができるようになるだろう。
 しかし、それを目の前で実際に見ると感動なんである。
 水の中でものが燃えるなんてやっぱり「ふしぎ!?」だ!!
 ちなみにこの実験は、この実験の開発者故古川千代男先生から実験装置ともわけていだきやってきた。
そんな意味でも私には思い入れの強い教材でもあった。
▼三つ目の具体例は最近ものからあげてみよう。
■クマムシの観察
●クマムシはあなたの近くにもきっといる!!
●クマムシが「乾眠」から覚める瞬間を見た。
●乾眠から覚めたクマムシ

 クマムシの場合、感動はダブルでやってきた。
ひとつは、自分ではじめてみつけて観察したときの感動だ!
ずっと話題のクマムシを自分の眼でも見たかった。でもそう簡単には見つからないのだろうと思い込んでいた。
ところが意図も簡単に採集して見せてくれる人がいた。
「えっそんな簡単に…!」
でもまだ半信半疑あった。自分でも発見するまでは。
特別の場所で、特別の人にしか観察できないのであれば、それでは「教材」にはならない。
観察に時間がとれるようになって、自分でも次々とみつけることができるようになった。
校庭に、我が家の庭先に、道端の苔のなかに…。
どこにだっているではないか!!極々アタリマエに!!
感動であった。
 次に私は、この感動を人に伝えたくなった。授業の「教材」として扱いたくなった。
 それには、その場で瞬時に「ここにいますよ!!」と見せたかった。
試行錯誤を繰り返す中で思いついたのが、「乾眠」を利用する方法である。
あらかじめ採集しておいて、自然乾燥させて「乾眠」させるのである。そして観察したいときに水をかけるのである。
そしたら「乾眠」から目覚め動き出すだろうと予想した。
 インスタントラーメンじゃあるまいし、そんなことあるだろうかと予想しながらも半信半疑だった。
 ところがほんとうに予想した通りなったのだ。
 ゴミのかけらのような(樽)ものが数分経つあいだ動きはじめたのだ!!
これには感動!!感動!!だった。
 これで「教材」になると思った。

▼第一のK(感動)の三つの具体例をあげた。
三つに共通することなんだろう。
・教師自身が「感動」するものであること
・アタリマエと思っていることを崩し、新しく「私の科学」が生まれるものであること。
・「感動」を人にも伝えたくなるもの

まだまだありそうな気がするが、時間だ。

(つづく)

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