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本日(2014/02/24)、第59回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日は私が勝手にオフライン「寅の日」と呼んでいる日だった。
わかる授業研究会「日曜会」だった。
毎回のことであるが、実に愉しい!!昼食時間を惜しむほど内容が豊富で充実している。
自分とはちがう人の「私の科学」に出会い学ぶのはこんなもにも楽しいものかと実感するひとときだった。
「おすそ分け」してもらえるのは、その人の「私の科学」だけではなかった。
具体的なモノ(手作り教具・教材など)が「おみやげ」にいただける。さらには、その人の「学びのおすそ分け
」までいただいた気分になるのが嬉しい。
 家に帰ったら、まだ雲ひとつない「雲見」が待っていてくれた。
▼本日(2014/02/24)はオンライン「寅の日」の方だった。
第59回目である。
 寅彦も高嶺俊夫が「寅の日」と呼んだ日以外にも、「寅の日」をいっぱいもっていたのだろうか。
今回読むのは、雑誌『科学』(昭和8年8月)に寄稿したもののようだ。
比較的短い文章である。

■第59回オンライン「寅の日」
●『感覚と科学』(青空文庫より) 
▼昭和8年と言えば、寅彦が亡くなる前々年ということになる。
晩年に言いたかったことが凝縮してつまっているように思う。
今日に通ずる提言からはじまっていた。

 近代の物理科学は、自然を研究するための道具として五官の役割をなるべく切り詰め自然を記載する言葉の中からあらゆる人間的なものを削除する事を目標として進んで来た。そうしてその意図はある程度までは遂げられたように見える。この「anthropomorphism からの解放」という合い言葉が合理的でまた目的にかなうものだということは、この旗じるしを押し立てて進んで来た近代科学の収穫の豊富さを見ても明白である。科学はたよりない人間の官能から独立した「科学的客観的人間」の所得となって永遠の落ちつき所に安置されたようにも見える。
しかし、それがただの夢であることは自明的である。

そして、こう提言する。

五官を杜絶(とぜつ)すると同時に人間は無くなり、従って世界は無くなるであろう。しかし、この、近代科学から見放された人間の感覚器を子細に研究しているものの目から見ると、これらの器官の機構は、あらゆる科学の粋を集めたいかなる器械と比べても到底比較にならないほど精緻(せいち)をきわめたものである。これほど精巧な器械を捨てて顧みないのは誠にもったいないような気がする。この天成の妙機を捨てる代わりに、これを活用してその長所を発揮するような、そういう「科学の分派」を設立することは不可能であろうか。

▼ここまでであれば「ありがちな」話になってしまう。
 しかし、科学者・寺田寅彦はホンモノだった。「科学の分派」の長所、弱点をあげてその可能性を追求していた。
きわめて「科学的に」だ!!
【長所】として

思うに五官の認識の方法は一面分析的であると同時にまた総合的である。

【弱点】は3つをあげている。
その与えるデータが数量的でないためである。

それはとにかく、感官のもう一つの弱点は、個人個人による多少の差別の存在である。
 
もう一つの困難は、感官の「読み取り」が生理的心理的効果と結びついて、いろいろな障害を起こす心配のあるということである。

弱点をあげるだけでない。
その克服に向けての手立てをも「提言」している。
寅彦がこう提言してから80年の年月がたった。
我々はこの寅彦の「提言」をどう受けとめるのだろう。
きわめて今日的な課題であると思うのだが…。


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