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本日(2014/01/31)、第57回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日は一日雨の日の「雲見」だった。
「雲見」をしながらとんでもない馬鹿げたことを考えていた。
大気の物理実験を繰り返す空。もしこの大気に色がついていたらどうだろう。
温かい大気と冷たい大気は色分けして…。そしたら「上がるとザアザア」はもっともっとはっきり見えてくるかな。
いやこの大気の複雑な動きで頭はより混乱してくるかな。
では、一時的に色分けして見える「色メガネ」は発明できないかな。
いや、それはもう発明されていたりして…。
▼寺田寅彦が今、STAP細胞で話題の理化学研究所の所員になったのは1924(大正13)年の5月である。
彼が47歳のときである。1917(大正6)3月27日の理化学研所の設立に深くかかわりながら、設立当初から名を連ねなかったのは健康上の理由もあるようだ。理化学研所は寅彦にとっては水を得た魚のようにぴったりとくるものがあったようだ。寺田研究室に
は開設の翌年あの中谷宇吉郎を迎えている。
 かっぽうぎ着姿の小保方晴子さんの写真を見ていたら、きっと寅彦も大喜びで大きな拍手を送っているだろうと思えてきた。

 そんな寅彦を読むオンライン「寅の日」。本日(2014/01/31)は第57回目になる。

■第57回オンライン「寅の日」(2014/01/31)

●『子規の追憶』(青空文庫より)
▼今、このエッセイを読んでみて、無責任な話だがどうして読む気になったのだろうか?
と不思議に思った。
 計画をたてときのことを少し思いだしてみた。文脈はこうだった。
寅彦の「俳句」について書いたものに興味があった。それをこれまでに読んでいないものから選ぼうとした。
 それに加えて寅彦の俳句の師匠である夏目漱石、そして俳句と言えば正岡子規その人たちのヒューマンネットワークに興味が出てきた。
 それならばズバリのこれを読んでみようと…。

  写生文を鼓吹(こすい)した子規、「草花の一枝を枕元に置いて、それを正直に写生していると造化の秘密がだんだん分って来るような気がする」と云った子規が自然科学に多少興味を有つという事は当然であったかも知れない。 『仰臥漫録(ぎょうがまんろく)』に「顕微鏡にて見たる澱粉(でんぷん)の形状」の図を貼込んであるのもそういう意味から見て面白い。

このように響き合うものがあることを大いに喜んだようだ。
▼それは「科学的な事柄に興味を有ち得る人」にとどまらなかった。

子規は世の中をうまく渡って行く芸術家や学者に対する反感を抱くと同時に、また自分に親しい芸術家や学者が世の中をうまく渡る事が出来なくて不遇に苦しんでいるのを歯痒(はがゆ)く思っていたかのように私には感ぜられる。

さらには

ほとんど腐朽に瀕した肉体を抱えてあれだけの戦闘と事業を遂行した巨人のヴァイタルフォースの竈(かまど)から迸(ほとばし)る火花の一片二片として、こういう些細な事柄もいくらかの意味があるのではないかと思われるのである。

ここまでくると寅彦が子規を人生の師として敬意のまなざしでとらえていたと思われる。

一月が終わる。
今日一日が「寅の日」であること意識して、まわりをながめてみようと思う。

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新・私の教材試論(84)

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▼冬の青空に映える金柑だ。
その金柑の木のなかほどになんの変哲もないクモの卵のうがあった。おそらく昨年の大晦日近くまでこの木に姿を見せていたジョロウグモのものだろう。
 一月が終わろうとしているなんの変化もない。みえないところで何か変化がおきているのだろうか。
そんなこと考えながらついカメラを向けてしまうのである。
 昨年の衝撃的な貴奴(コガネグモ)との出会いがなかったらそうはしなかっただろうに。
▼新・私の教材試論を再開しながらも、はやくも少し頭が混乱してきた。
少し整理をしてみる。
ひとつめは
・はじめに文脈(コンテキスト)ありき
である。授業の文脈から独立させての「教材」など考えられないのである。
ふたつめは、教材に関する情報の入手についてであった。
全国の小中高等学校でほぼ同じ時期に同じような「教材」を使っての授業が展開されているのである。
その授業での情報をうまく交流できないものだろうか。
・「教材」情報をTwitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)に
▼「文脈」「情報」ときて三つ目である。
三つ目は、ときにはふたつめの「情報」にふくまれてしまうかもしれないが
「モノ」(素材=材料)である。文脈のニーズに応えて新たな実験のアイデアが浮かんだとしても、それを具体化するための素材・材料が手に入らなければ話にならない。
 これについては、以前に比べてずいぶん便利なってきた。
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 最近の私の楽しみのひとつに「100円ショップ」「ホームセンター」めぐりというのがある。
「これは使えるぞ!!」と思えるものがつぎつぎとみつかるのだ。いくら見て回っていても飽きることはない。
まるで「教材・素材宝庫」だ。かつて入手のため奔走したあの強力磁石が地方の「100円ショップ」で入手できるのだから…。
 素材入手事情も変わってきたものだ。
▼これで教材成立の三大要素が揃った。繰り返そう。
・「文脈」
・「情報」
・「モノ」(素材=材料)
だ。この三点セットも時代とともに変遷していた。
教材にも「不易と流行」がある。
今一度問いかえしてみよう。
教材の「不易」とは?
教材の「流行」とは?
  

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新・私の教材試論(83)

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▼悲しい報告だ。
あのキツネノカミソリの実生、その後の報告である。
「土ポット」に植え替えて50日ばかり経過した。ここでどんどん成長していくかと期待していたがそうは行かなかった。
かろうじて緑を残すものは3つだ。もう起死回生の可能性はないのだろうか。
▼悲しい報告の次はうれしい報告だ。
 昨日ここで【お薦め本】『データを紡いで社会につなぐ』(渡邉 英徳著 講談社現代新書)を書いた。発信したのは記録では6:15となっていた。
 それから一時間後の7:16、この本の著者・渡邉英徳さん自ら直接Twitterで「ご紹介ありがとうございます。教員のかたに読んでいただけると本当に嬉しいです。」とコメントいただいた。
 驚くと同時に滅茶苦茶うれしかったです。
なんというリアルタイムな!!
なんというこのワクワク感!!
ツナガッテイル!!と感動もした。
 やっぱり、Twitter、FacebookなどのSNSは面白いと思った。
▼これを教材研究・教材づくりに利用しない手はないと思う。
半世紀前に東北の教師たちがはじめた『やさしくて本質的な理科実験』の取り組みと重なるものを私は感じてしまうのだった。
 Twitter的教材研究・教材づくり!!
Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
「アクティブ」
 それが「これから」の方向だと思った。
【お薦め本】『データを紡いで社会につなぐ』(渡邉 英徳著 講談社現代新書)の紹介で、もうひとつだけどうしてもふれておきたいことがあったた。
 私は、「すぐれた教材(コンテンツ)は、授業の文脈(コンテクスト)から生まれる」と確信していた。
だから、まず問われるのは、その「文脈」であると思っていた。
そのキーになる「文脈」とフレーズをこの本でもふれられていた。

ただ、先に書いたように、悲惨な光景だけでなく、そこが何という町で、どんな場所だったのかという文脈を伝えたい、という思いは強く持っていました。(同書P214)

私は思わず膝をうった。やっぱり!!と思った。

私は、いま進行中授業の「文脈」の吟味からはじめようと思った。

 

 

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【お薦め本】『データを紡いで社会につなぐ』(渡邉 英徳著 講談社現代新書)

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▼青空だ!!
風はまだまだ冷たい。しかし、雲ひとつない青空はなぜかうれしい。
どこまでも続きそうな青空。
しかし、ほんのわずかで限界である。そして「宇宙」へツナガル!!。
青空の範囲をはじめて知るときなんと「うすっぺらい世界」かと驚く。
垂直方向はすぐ限界だが水平方向にはとぎれることツナガッテイル!!
それが「青空」だ。
▼今年になって2冊目の【お薦め本】である。たいしてたくさんの本を読んでいるわけではない私が、なぜこのような【お薦め本】を書いたりするのか。
 それは、未来の私のための「記録」であるからだ。
今回は特にその要素が強い。私は2014年の1月にこの本と出会ってこう思った、ということをどうしても「記録」しておきたかった。
その本とは

■『データを紡いで社会につなぐ~デジタルアーカイブのつくり方~』(渡邉 英徳著 講談社現代新書 2013.11.20)

である。
「これだ!!」と思った。
▼なぜそう思ったのだろう。
例によってお薦めポイント3つあげておこう。
(1) 私にとっては未知のコトバが続出する。それをとてもわかりやすい文章で語られている。
(2)  「ビックデータ」とのつきあい方が、具体例をあげながらていねいに語られている。
(3) 自分でも「デジタルアーカイブ」をつくってみたくなるように語られている。

まずは、
(1) 私にとっては未知のコトバが続出する。それをとてもわかりやすい文章で語られている。
である。
最近、新聞テレビ等のメディアでも見聞きすることが多くなった。
そのコトバ。「ビックテータ」!!なんとなくわかっているようで、深くはわからないコトバだ。
「オーブンデータ」にしても同様である。
 それが、この本ではとてもわかりやく説明されていた。
それには私はふたつの理由あると思う。ひとつは、「はじめに」の出だしにあった。

この本は、データと社会の関わりについて知るための入門書です。編集者には、文系の高校生にもわかるような本を、と依頼されました。(P3)

「入門書」であることを一貫して意識された文章になっていた。
だからまったくのシロウトである私にもわかりやすいものになったのだろう。
もうひとつは、今度は「おわりに」あった。
 さて、本書はグーグル社のサービス「グーグルドキュメント」わ駆使して書き進められました。編集者だけでなく、登場する方々ともオンラインで原稿を共有しながら、書き進められています。このことによって、事実関係の誤りや、内容の足りないしころを、リアルタイムで補ってもらうことができました。(P267)

「等身大」「リアルタイム」がこの本の文章をとてもわかりやすく魅力的なものにしている。
▼さてふたつめのお薦めポイント
(2)  「ビックデータ」とのつきあい方が、具体例をあげながらていねいに語られている。
については
具体的には紹介されている具体例
「ナガサキ・アーカイブ」
「ヒロシマ・アーカイブ」
「東日本大震災アーカイブ」
等を見せてもらいながら読み進めるとよくわかる。
「ビックデータ」をこれからどう使うのか。どのようにつき合っていくのか。
「これから」を考える上でとてもヒントになることが多い。
それぞれの取り組みで一貫して繰り返し唱えていることがあった。
すべてに一貫していることがあります。それは技術だけでは人々に活用されないこと。技術を社会につなぐためには、人々が未来を託すゴールイメージが必要だと言うことです。(P264)

さらに次のお薦めポイント
(3) 自分でも「デジタルアーカイブ」をつくってみたくなるように語られている。
この本のサブタイトルは「~デシタルアーカイブのつくり方」です。
だからと言ってけっしてハウツー本ではありません。しかし、
結果的には副題の意図をみごとにはたしているように思う。
読み終えた今、私はシロウトであることを省みず、無性に自分でも「デシタルアーカイブ」をつくりたくなってきたのだ。
たとえば
「ヒガンバナ・アーカイブ」
「1.17アーカイブ」
さらに大きく
「【理科の部屋】アーカイブ」
等々。

最後に付け加えておく。
この本を読みながら、私は手前味噌ながら「Twitter的」を何度も想起したのだった。
※Twitter的=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」

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【Web更新1/26】14-04 新・私の教材試論 等 更新!!

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蝋梅や そっと近づく 散歩道 14/01/24 (金)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-04
週末定例更新のお知らせ
 はやくも2014年1月最後の定例更新である。
「ログ」とは「ログハウス」で使われるように丸太を意味する。その丸太を流して船の速さをみたところから派生して
、ログの元々の意味は「航海日誌」だと聞いたことがある。Webでの「ログ」だから略してブログ(blog)か!!
なかなか納得できる話だ。
 一月分の「航海日誌」ももうすぐ終わりになる。
どんな軌跡を残したのだろう、Web更新でふりかえってみようと思う。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 蝋梅
 私は大まかに2つの散歩コースを用意している。長時間コースと短時間コースともよべる。
その長時間コースの方には実にいろんなものが観察できる。舗装した道路も墓地も、里山の奥深くも…。
その道沿いの畑に先日から気になるものがあった。この季節にめだつ黄色い花をつけていた。
蝋梅の花だ。半透明の花びらは確かに蝋細工のつくりもののようでもある。
そっと顔を近づけて香りをかいでみた。

◆新・私の教材試論 更新!!
 久しぶりの更新である。今回の再開を機に、今年の抱負にもあげた「かたち」あるものにまでに仕上げたいが、そうそう簡単な作業ではなさそうだ。試行錯誤を繰り返してこその「試論」である。
まあ、ゆっくり 楽しみながら 急ごう!!

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 完全な「自画自賛!!」「我田引水!!」だが、最近つくづくと思う。
オンライン「寅の日」とは面白いことをはじめたものだ!!


さあ、新しい一週間がはじまる。
今週は、どんな「航海日誌」を書こうかな。
 

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新・私の教材試論(82)

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▼大賀ハス観察池の氷は薄かった。蓮根の植え替えから43週目の定例観察日だった。
氷は薄いだけでなく朝早い時間帯で融けてしまった。まさかこのまま直線的に春に向かうことは考えられないが、「春遠からじ」と思わせる陽気だった。あと10週ばかりで蓮根を掘り出す予定だ。
 春は螺旋的にやって来る。
「すぐれた教材は授業で生まれ、授業を変える」そのことを私に教え続けてくれた本がある。
理科教師の私にとっては、ほぼ教材=実験と言ってよかった。
本は4冊である。

■『やさしくて本質的な理科実験 1』(科学教育研究協議会東北地区協議会編 評論社 1972.7.10)
■『やさしくて本質的な理科実験 2』(高橋金三郎・若生克雄共編 評論社 1976.4.10)
■『やさしくて本質的な理科実験 3』(高橋金三郎・鈴木清龍・若生克雄共編 評論社 1985.4.10)
■『やさしくて本質的な理科実験 4』(鈴木清龍・若生克雄共編 評論社 2001.10.10)

久しぶりにこの4冊、机の上にならべてみた。
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 『やさしくて本質的な理科実験 1』は1972年は発刊されているから、その歴史はほぼ私の理科教師としての歴史と重なった。
▼その『やさしくて本質的な理科実験 1』のはじめの「私たちの「実験集」の生まれるまで」のなかで高橋金三郎は次のように言っていた。

 これで私たちの「実験」の意図はおわかりでしょう。私たちの「実験」はそれ自体独立したものでなく、授業実践のなかから必然的に生まれたものであり、私たちの教育運動そのものであります。(同書P2より)
 
  それからほぼ30年後に出された『やさしくて本質的な理科実験 4』の「実験集の歴史と特質」のなかで鈴木清龍
は次のように言った。
理科ぎらい、理科ばなれがいわれますが、そんな状況のなかで実験書、ものづくりは花ざかりのようです。超教科は脱学校を生みだしています。(それはあだ花か。)私たちは脱学校のなかから、学校での学習が再構築されると考えていますが。
 それは、これまでの蓄積の成果を自らのものとして、子どもの要求に敏感に反応し対応できるように自らをつくっていくことによるしかないのではないでしょうか。 2001年8月  (同書P4)

なんとも示唆的な提言ではないか。
▼そして、この提言から10数年が経とうとしている。
今、「これから」を考えるときとてもヒントとなりそうなことをこの「実験集」にみつけた。
 実はこの「実験集」、本として出版されるまでにその前史があった。
「代謄写」版『やさしくて本質的な理科実験集第1集』が仙台で出されたのは1964年1月であるという。
なんとちょうど今から50年前ではないか。半世紀の歴史があったのだ。
その「まえがき」を高橋金三郎が引用している。
 
  …無論「誰にもできる。ほとんど設備を要せず」といっても、例えばビールの空缶にコックをつけるのはたいへんな仕事だし、ポリエチレンパイプを入手できない地方があるかも知れません。そのときはどうしたらよいでしょうか。末尾に執筆者の勤務先と住所を書いておきました。往復書簡で何でもお問合わせください。喜こんでお返事いたしましょう。(『やさしくて本質的な理科実験 1』P2 より)
 

この姿勢、このスタンス!!
ここにこそ「これから」へのヒントがあるように思えてしかたない。
半世紀の時空を超えて…。

 

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新・私の教材試論(81)

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▼冬のタンポポは「けなげさ」と「したたかさ」を兼ね合わせ持っていた。
冷たい北風に抗して旅立つことを拒否していた。
まるで「まだ旅立ちは早い!!」の意志があるかがごとく…。
▼このタンポポがきわめてすぐれた教材だと思ったことがあった。
きまって5月の連休になれば「タンポポの研究」を課題としてきた。
しかし、それはあくまで光と水を求めてドラスティクな生きざまを追いかける【植物の世界】の授業の文脈のなかでこその話だと思っていた。

 すぐれた教材(コンテンツ)は、授業の文脈(コンテクスト)から生まれる。

と確信していた。だから教材だけが独立してひとり歩きをはじめるのはおかしいと思っていた。
▼だから今や定番中の定番となった実験・観察も、そのルーツをたどっていけばかならず、授業の文脈が存在した。それを知ることこそが「教材研究」の本来の意味だろうと思った。
 そして、なによりもその作業はとても面白いものに思えた。
▼そこで自分でも授業しながら、この作業を繰り返してきた。
それは今も続くのである。
この作業の中で手前勝手に「すぐれた教材の法則」もつくったのである。

最近になって「逆はないのだろうか?」と強く思いはじめた。
つまり
すぐれたコンテンツが、豊かなコンテクストを創る!!

これもありかも…。

(つづく)

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新・私の教材試論(80)

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▼近くの図書館に寄った。
前の公園(駐車場)のハナミズキがたくさんの冬芽をつけていた。
北風に抗して凛と青空に佇立する姿は美しい。そして、その花のシーズンを想像するとうれしくなってくる。
図書館で借りていた本を返した。
 いつもだったら、また次の本を借りるのだが、今回は借りなかった。こんなに近くにあるのだからここを利用させてもらってここで読むのもありかなと思いだした。
 あのハナミズキに誘われたからだろうか。
「新・私の教材試論」を久しぶりに再開する気分になったのだ。
せっかくのチャンスでもある。
「そもそも」話からはじめてみよう。
そもそも「教材」とはなんだろう。
そもそも私にとって、いや私の授業にとって「教材」とは何?
▼とても気に入っている寅彦の言葉ある。
「歳時記は日本人の感覚のインデックス(索引)である」
ナルホドと唸らせる言葉である。
ちょっとだけ拝借して真似をさせてもらおう。

「教材は私の授業のインデックス(索引)である」

▼自分で言いながら気に入ってしまった。
そうだ、「教材」にはすべてが凝縮されていた。
私の拙い科学観も、物質観もさらには生徒観、指導観も、そのなかに含まれていた。
もっとオオバーに言うならそこには人生観や世界観までも凝縮されているように思う。
同じ季語を使ったから、同じ句が詠めるわけではない。
同様に同じ「教材」を使ったから、同じ授業が成立するわけではない。
すぐれた「教材」は、すぐれた授業の必要条件ではあるが十分条件ではない。

こんなアタリマエ!!から試論を再開してみよう。

(つづく)

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新・私の教材試論(79)

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▼「おこぼれ雪」が降るかもの予想ははずれた。
確かに冷たい風は吹いていた。しかし、それは生野峠を越えてここまで雪雲を運ぶことはなかったようだ。
それにしても「雲見」はやっぱり面白い。
巨大な「大気の物理学実験室」にくらしていると思えば、「雲見」はこの大実験の結果観察をしていることになる。
実験結果の予想が「天気予報」だ。
 そう見てくると「雲見」はきわめてすぐれた「教材」であるとも言える。
あのすぐれた教材の大原則、「3K(感動・簡単・きれい)1A(安全)の法則」を大満足しているのだから。
今年の抱負を三つあげた。
 その三つ目にこう書いた。

(3) クリエイティブな「整理」を進める!!
・これはかなり真剣だ。
・「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」を今一度
・究極の「時間の整理」!!
・「整理」のための「整理」でない、創造にツナガルものを
・軌跡の記録化 「見える化」を 「かたち」あるものに

はやくも一月も下旬だ。少しは具体的に動きはじめようとおもう。
とりわけ「軌跡の記録化 「見える化」を 「かたち」あるものに」を意識したいと思う。
▼私はこれまでこのblogを通して、三つの「試論」を綴ってきている。
そのなかでも、もっとも古くからの取り組みということになると「新・私の教材試論」になるだろう。
 あらたに出会った「すぐれた教材」の具体例もふえてきている。
ここらあたりでいちど「かたち」あるものにしたいと思っている。
それは具体的に推し進めるためにはどうすればいいかを考え始めたい。
▼それとあわせて、10年ほど前からと取り組んでいる「シリーズ・教材を追う 現代理科教材発展史」の方も再開したいと思う。
 今や定番中の定番となった実験・観察の歴史を追う試みだ。
まずは、「究極のクリップモーター」の歴史を追うあたりから…。
ここでも やっぱり
ゆっくり 急ごう!!


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サイエンスコミュニケーター宣言(307)

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▼「雲見」の面白いのは、同じ日の空であっても刻々とその表情を変えていくところだ。
「雲見」での雲と衛星からの画像の雲とを重ねあわせて見ると、さらにリアルに「大気の物理実験」が見えてくるから面白い。今日は、中国山脈越えての「おこぼれ」の雪はふってくるだろうか。
▼前に雪の降った1/19の日曜日。私は、尼崎であった「わかる授業・日曜会」月例会に久しぶりに参加した。
一昨年の10月以来、可能なかぎり参加させてもらっている。
昨年の秋(9月)以来である。いろんなことと重なってしまって…。
 久しぶりであったがやっぱり面白かった。
 自分とはちがう人の「私の科学」と出会うのは実に実に興味深い。私自身の「私の科学」が豊かになっていく気分だ。
 私はこんな会を勝手にオフライン「寅の日」と呼んでいる。
▼2時間弱で会場に着く。会自体の時間は9:30~15:00と限られた時間だ。
昼食時間も惜しんで議論・報告が続く。
とてもこの時間におさまりきらないような豊富な内容である。
ポンコツ頭の私にはついていくのがたいへんである。でもとても面白いだ。
この会の魅力のひとつはお土産がいっぱいいただけるということである。
植物のタネ、ネタ小物、DVD等々。
 またものづくりを自分でやらせてもらえるのがありがたい。不器用な私はたいがい「おちこぼれ」になる。
帰ってからの宿題になる。やっと自分で完成してみてこれは面白い!!となる。
 議論したこともあとでゆっくり反芻作業をしてみてはじめて、「あっ、そう言うことだったか!!」と発見することも多い。
▼理科教育情報入手の手段も時代とともに様変わりしてきたと思う。
しかし、どんなに様変わりしようと、人と人が直接会って学びあう、これにまさる手段はない。
かつて私は「情報は発信するところに集まる」と言い続けてきた。
それは今も変わらない。
最近はそれに加えて
 情報は交叉するところに生まれる!!
を実感している。
 人と人が出会い・交叉する、そこにこそもっとも有用な「情報」が生まれるのである。

 これからもいっぱい勝手にオフライン「寅の日」を楽しみたい。


 

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2014年2月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼散策のコースに朝日だけが強烈にあたる竹藪の一角がある。そこに生えている椿だけが、大寒だというのに花が咲いていた。なかにはもう落ちてしまった花がある。周辺の椿は硬い蕾のままであるというのに。
やはり強烈な朝日が関係しているのだろうか。
▼椿と言えばすぐに思い出すのが

「落ちざまに虻(あぶ)を伏せたる椿(つばき)かな」

この漱石の句にこだわり、本当に虻を伏せるように椿の花は落下するのか。落下する高さとの関係は…。
と実験を繰り返した寅彦の姿だ。

 その寅彦を読むオンライン「寅の日」。2月は2回ある。
◆第58回オンライン「寅の日」…2/12(水)
◆第59回オンライン「寅の日」…2/24(月)

▼ここのところのテーマは
詩(歌・俳句)の世界と「科学」の世界が寅彦の中ではどのようにツナガッテいるのか。
であった。それもこれまでに読んでいないようなものを読んでみようと思っていた。
作品一覧を概観しながら捜してみた。選択は的はずれかもしれないが次のふたつを選んでみた。

■2014年2月オンライン「寅の日」
◆第58回オンライン「寅の日」…2/12(水)『詩と官能』(青空文庫より)
◆第59回オンライン「寅の日」…2/24(月)『感覚と科学』(青空文庫より)

▼寅彦の文章を読んでいていつも思うのは、テーマがきわめて「今日的」であることだ。
80~90年の時代の隔たりがあるはずなのに、たった今書かれた文章のように感じてしまう。
それはどういうことだろう。
 ものごとには「不易と流行」がある。「不易」は、100年200年の時空を超えることはアタリマエなのだろうか。
それとも時代が寅彦の生きていた時代に似通ってきているということだろうか?
寅彦を読みながら少し考えてみたい。

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【Web更新1/19】14-03 【天気の変化】 等 更新!!

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遠き人 春遠からじ 教えけり 14/01/18 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-03
週末定例更新のお知らせ
 大寒。今日は私の誕生日である。
還暦を過ぎての誕生日というのはうれしくもあり、寂しくもある複雑だ!!
 ときどき視るテレビ番組に火野正平さんが日本列島を自転車旅する『日本縦断 こころ旅』というのがある。あの番組でとても気に入っているフレーズがある。
「人生、下り坂最高!」
である。
 残された人生で何回Web更新できるだろうと考えたら、一回一回「更新最高!!」といきたいものである。

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ タネツケバナ
 寒中。日当たりのよい田んぼの土手をじっくりみているとタンポポ、綿毛、ホトケノザ、ホシノヒトミ、タネツケバナ等々春の野の花が咲いている。季節は連続しているのである。走りものもあれば、遅れん坊もいる。
多様だからこそ面白い。多様な「いのち」と一緒にくらしていることをもっともっと楽しみたいものだ。

◆【天気の変化】更新!!
 季節の連続ということでは空も同じである。「雲見」をつづけながら、Webテキスト『天気の変化』の可能性を考え続けたい。「テキスタイル化」のプロセスを楽しみながら。

◆オンライン「寅の日」更新!!
 寅彦よりも5年も長生きをしたことになる。今さらこんな人と比較してもはじまらない話だ。
しかし、確かに寅彦の文脈のなかには、拙い私の文脈にツナガルなにかがある。そう感じるあいだは、飽きることなく「寅の日」つづけていこう。
 昨日、わかる授業「日曜会」に久しぶりに参加した。実に面白かった。
自分とはちがうひとの「私の科学」に出会うことはとても楽しい。このような会を私は勝手にオフライン「寅の日」と呼んでいる。これからもオンラインと並行して楽しんでいきたい。

さあ 新しい一週間だ。
ゆっくり 急ごう!!
 


 

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本日(2014/01/19)、第56回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日は大賀ハス蓮根の植え替えから42週目の定例観察日だった。
朝、観察池には久しぶりに氷が張っていなかった。大寒間近であるというのに、これはめずらしいと思った。
私はいつしかこの観察池の氷の張り具合を、大気の「温度計」として使っていたのだ。
しかし、それで大気の動きすべてを把握はできなかった。やがて生野峠の向こう側が白くなり、ついには夕方には白いものが舞いだした。
 「科学的」観察にはほど遠いものがあるのだろうか。
▼そもそも「科学的」とは、いったいどんなことをさすのだろう。
今さら言うことでもないかも知れないが、私たちはこの「科学的」のコトバのトリックに翻弄されているところがあるのではないだろうか。
 今日は、そのあたりを寅彦に学んでみようと思う。
◆第56回オンライン「寅の日」
●「歌の口調」(青空文庫より)
▼「科学的」を云々するとき、私たち暗黙の了解して、対象を物化生地の世界に限ってしまっているのではないだろうか。もちろん「人文科学」「社会科学」のコトバもありその領域があることは承知はしているが、つい「科学的」の「科学」は「自然科学」をアタリマエとしているようなところがある。(少なくとも私には)
 寅彦のあたまはちょっとちがっていたようだ。
 今回の対象は「歌の口調」である。
出だしはこうきた。

 歌の口調がいいとか悪いとかいう事の標準が普遍的に定め得られるものかどうか、これは六かしい問題である。この標準は時により人により随分まちまちであってその中から何等かの方則といったようなものを抽(ぬ)き出すのは容易な事とは思われない。

寅彦にとっての「科学的」とは、対象から「普遍的」な「方則」を抽出する営みをさすのだろうか。
さらに続けて

それでもし各個人の標準を分析的に研究して、何等かの形でその要素といったようなものを抽出する事が出来れば、次には色々の個人の要素を綜合して、帰納的にやや普遍な方則を求める事が出来そうにも思われる。

対象に対してのこの姿勢、スタンスを「科学的」と言っているのだろうか。
▼対象が何であっても、寅彦の要素分析は冴える。
ナルホド!!ナルホド!!
感心としているあいだに面白い!!
と思えるようになる。

 尤もこういう研究が仮に出来上がったとしたところで多くの歌人には何の興味もない事ではあるかも知れないが、しかし歌人にして同時に科学者であるような人にとっては少なくも消閑の仕事としてこんな事をつついてみるのも存外面白いかも知れない。
 口調がよくてもいい歌とは限らず、口調が悪くてもそのために却って妙味のある歌もあるかも知れないが、歌の音楽的要素を無視しない限り口調の研究は一般の歌人にも無駄な事ではないであろうと思う。

「歌人」でもない「科学者」でもない私にも面白い!!と思えてくるのである。
「科学的」とは、誰にもそんな面白さを感じさせるものなのかも知れない。
「科学的」は、けっして専門家だけの専売特許でない!!
「科学的」とは…、もう少し考える一日にしたい。
幸い今日は出かけて行って勝手に「オフライン「寅の日」の日でもある。

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Webテキスト『天気の変化』の可能性!?(5)

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▼19年前の1.17の天気のこと思い出しながら「雲見」をしていた。
冷たい風だけでなく、少しだけ冷たい雨まで降ってきた。
なぜか無性に「春」をみつけたくなった。門先の土手をじっとながめてみる。
あった!!ホシノヒトミだ!!(こんなときは「オオイヌノフグリ」でなくやっぱりホシノヒトミ!!)
寒中に小さな「春」をみつけたと思ったらうれしくなってきた。
季節はツナガッテイル!!
▼冬休み課題の「天気コトワザ」「天気図作成」の報告を見せてもらっているとやっぱり【天気の変化】の学習は面白いと思えてくる。
 同時にWebテキスト『天気の変化』の可能性を示唆してくれいるように思えてくる。
▼Webテキストの第一弾として昨年の9月に
◆Webテキスト『ヒガンバナ』
を公開した。
 明確な方向性のある取り組みではなかった。「とりあえず」の部分も多々あった。
しかし、それは進めながら多くの意見を聞きながら修正していこうと思っていた。
それが、キツネノカミソリの種子の発芽観察、ヒガンバナの自然結実発見につながった。
可能性のあることはやってみる。
やりつづけてみる。
それが次なる展開を生み出すと思った。
そこでのWebテキスト『天気の変化』の可能性だ。
▼テキスト化でやっぱり思い出すのはあの言葉だ。
極地方式研究会の”テキスタイル化”だ。

 ”テキスタイル”ということばは、いつとはなしに造り出され、使用されるようになった。”わたしたち”の造語である(textile=織物ではなくて、text+style=textyleである。)”わたしたち”が教えたい、わかってほしいと願う事柄がきまったからといって、それはまだテキストではない。テキストは、発問と、資料と、実験と、読み物などで構成されるが、とりわけ、どんな発問を、どんな順序で用意するかが重要である。いや、内容がきまってから「さて発問は?」というのでなくて、事例に関する発問、事例を法則の支配下に位置づけさせる発問、等を考える過程の中で、”わたしたち”の中に次なる内容が求められ、獲得されていくのである。(『極地方式入門』(高橋金三郎・細谷純編、国土社1974.3.20) p174より)

 「発問」「資料」「実験」「読み物」…どこまで準備できただろう。
Webテキストでの「テキスタイル化」で必要なスキルとはなんだろう。
どんな手法が可能だろう?
Web版であることの意味は?

考え始めると、まだまだ道は遠い。
しかし、歩みはとめないでおこうと思う。
季節は必ず次なる季節にツナガッテイル!!
ゆっくり 急ごう!!

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あれから19年の歳月が!!そして…

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▼定点観測地Aのヒガンバナが元気だった。葉を可能なかぎり伸ばしこの季節を謳歌しているようだった。
たしか19年前も同じ株のヒガンバナを観察していた。
 一度は「引っ越し」をさせたが、同じ株であることにはちがいない。
分球を繰り返して今日に至ったのだ。最初はたったひとつの鱗茎(球根)であったにちがいない。
その姿を見てみたいが、時間は遡行しない。
▼まもなく19年前のあの時間だ。
19年前も私は今朝と同じことをしていた。こうしてパソコンに向かっていた。
一年前は…?二年前は…? …?
はと「記録」に残っているものを読み返してみた。
●あれから18年の歳月が!!そして…
●あれから17年の歳月が!!そして…
●あれから16年!そして…
●あれから15年。そして…
●あれから14年、そして
●あの朝から13年が。そして…
▼記録に残る範囲では私は毎年1.17の朝には同じことを繰り返していた。
少しずつでも前進しているのだろうか。
ふたつの歩みの歴史が重なった。
ひとつは【理科の部屋】20年の歩みだ。
20年の歩みのなかに「1.17」と「3.11」があった。
それらが歩みにどのように関係しているか。
年表を繰り返しみながら考えみたい。
▼もうひとつは【大地の動きをさぐる】の学習の歴史だ。
 この学習は少しずつでも進化・深化していっているだろうか。
自問しながら今日一日を過ごしたい。

時間・歴史はけっして遡行しない。
それは事実である。
しかし、また
「自然」はきわめて律儀に繰り返す。
ことも事実である。

あの19年前のあの時間が近い。あの「哀しみ」に…    合掌 2014.01.17 早朝                 

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「雪おばさん」って何!?

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▼この寒さで、この雲の流れだと生野峠の向こうは雪だろうか。
と想像しながらいつもの場所から「雲見」をしていた。
 もう今年がはじまって半月も経過してしまった。あいかわらず飽きもせずに「雲見」をつづけていた。
「雲見」をしながら私の「科学」を総動員して自分で天気予報をしてみる。
なかなか面白い作業だ。
▼「天気コトワザ」のレポートのなかで、三人の生徒が「ふしぎ!?」な報告をしてくれていた。
レポートを呼びかる文章のなかで、「この地域独自のものがあるといちばんいいですね」と書いていたせいもあるのだろう。
二人の生徒が
・雪おばさんが飛び出すと雪が降る。
「雪おばさん」?(゚_。)?(。_゚)?
えっ何だろう。何者だろう。
そんなもの聞いたことがなかった。
三人目の報告を見て少しわかった。
・雪のおばさん(小さな虫でお尻が白い虫)が飛ぶと雪が近い。
なんだ「雪おばさん」は人ではないのだ。虫なんだ!!
でも三人の生徒がこの地域独自のコトワザとしてあげるのだから、けっこう地域に浸透しているかもしれないと思い
他の生徒にも聞いてみた。
「「雪おばさん」って知っている人?」
そしたらほとんどの生徒が手をあげた。逆に言われてしまった。
「先生、知らんのけ!!」
▼職員室で他の先生に聞いたり、ネットで調べてみたりした。
「雪おばさん」=「雪んこ」……→「雪虫」
少しだけわかりだした。「雪おばさん」は「雪虫」「トドノネオオワタムシ」のことらしい。
 少しだけわかりだした分、それだけ「ふしぎ!?」は脹らんでいった。
・なんで「雪おばさん」で「雪おじさん」ではないのか?(何となくわかりそうな気もするが)
・「雪虫」は多く発生するのは北国が中心らしいが、あまり雪の降らないこのあたりにも発生するものなのだろうか?
・ほとんどの中学生が知っているほどに「雪おばさん」が浸透しているのはなぜ?
・「雪おばさん」ってこの地域だけの表現?
・「雪おばさん」って誰がいつごろ言い出したのだろう?
・…

▼写真で見る範囲では、見たような気もするがそんなきっちりとは「雪おばさん」と出会っていなかった。
今年最初の「ばっかり病」が発症しそうだ。

今日あたりそこらを飛んでいないかな。

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生徒が選んだ「天気コトワザ」ベスト10 !!

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▼今日ははやくも小正月だ。
昨晩は「とんど」だった。「とんど」の炎でお正月のしめ縄、書き初めなどをもやす。鏡餅を焼いて小豆がゆで今朝いただく。昨晩はぜんざいもいただいた。
 こうして一年の無病息災、五穀豊穣を願うのである。地域によって少しかたちは違うかも知れないが、先人達の知恵の詰まった行事である。
 ここに「科学」はないだろうか。
 掬いとっておき長く長く伝えていきたい「常民の科学」は…。
▼私は、【天気の変化】の学習においても同じようなことを考えていた。
【天気の変化】の学習の究極のねらい「自分で天気予報ができる」に寄与できるものが、「天気コトワザ」にあるように思ってきた。
 先人達がくらしのなかで蓄積してきたビッグデータ、観天望気の科学これを利用しない手はないと思ってきた。
【天気の変化】の学習を一通り終えたこの冬休みに、この「天気コトワザ」の収集を課題とした。
家の人に聞いたり、本やネットで調べてみて5つ以上報告してもらうことにした。
▼似たようなもので、少しだけ表現がちがうものは一緒にする。それでも70以上があがってきた。
そのうち人気の高かったもの「ベスト10」をならべてみる。(得票数)

1 夕焼け(の翌日)は晴れ  (16)
2 ツバメが低く飛ぶと雨  (15) 
3 日笠・月笠になると雨  (13) 
4 朝焼けは雨        (10)
5 アリの行列見たら雨   (7)
6 煙が西に流れると雨   (7)
7 狐の嫁入り         (6)
8 朝虹は雨          (6)
9 朝雨に傘いらず      (5)
10 うろこ雲が出ると雨   (5)
次  雨蛙が鳴くと雨     (5)

【天気の変化】で学習したことと結びつけて考えてくれるとうれしいな。
学習でずっと使ってきた「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」「光は東から 天気は西から」とあわせて、一生使いモノになる「私の「科学」が生まれてくると滅茶苦茶うれしいな。
まずはどんどん使ってみることからはじめてみたいものだ。

<つづく>
 

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【お薦め本】『死なないやつら』(長沼 毅著 ブルーバックス 講談社)

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▼ひときわ風は冷たかった!!
その寒風のなか枯れた牡丹が立っていた。その先に昨年の割れた実がついていた。
もう一方の先には赤く色づいた冬芽(頂芽)があった。側芽も赤くなっていた。
あの巨大な花咲かせる花の女王・牡丹の冬の姿だ。巨大な花へのプログラムがここに組み込まれているのかと思うと妙に「ふしぎ!?」に思えてきた。
▼やっぱりいちばんの究極の「ふしぎ!?」は、「生命とは何か?」である。
これまでにも多くの科学者がその謎解きに挑戦してきた。その成果としてわかってきていることも多いのだろう。

最初の【お薦め本】は、この究極の「ふしぎ!?」を追い続けて大活躍をしておられる長沼毅氏の最新著書だ。

◆『死なないやつら~極限から考える「生命とは何か」~』(長沼 毅著 ブルーバックス 講談社)

▼まずは私の文脈からはじめたいと思う。
実は私自身もずっと『生命とは何か?』の「ふしぎ!?」を追いかけていた。ここ5~6年のあいだに、これまでに出会ったことないふたつの「生きもの」に出会った。正確言えば出会っていても意識しなかっただけかも知れないが。いずれにしても「かわりだね」の生きものであった。
 ひとつはエサもやらないのにナイロン袋のなかで261日も生き続けたコウガイビルだ。「食べない」動物の存在を知ったことは驚異だった。
そのコウガイビルが私を生命科学最前線まで私を連れて行ってくれた。
 もうひとつの「かわりだね」生きものは、この著書のなかにも登場するクマムシだ。自分の家の庭からもみつけることができたのはうれしかったが、それ以上に驚き感動したのは「乾眠」から目覚めるクマムシを見たときだ
あまりに嬉しかったので、YouTubeで動画までアップしてしまった。
 そのときも思った。「生命とは何か?」と。

 著書の文脈に入ろう。さすがである、その道のプロだ。
著者も同じ「ふしぎ!?」、「生命とは何か?」を追っていた。それもかなり年季が入っていた。
最初にパラパラとページをめくってなにか面白そうだなと思いながらも、もう少し時間的余裕が出てきたら読もうと置いておいた。
 ところがちょっとした機会に「はじめに」を読んでしまった。
面白い!!面白すぎた。
第一章からやられてしまったのだ。

「生命とは何か」とは何か

と挑発されてしまったのだ。
 ダメだ。もうやめられなくなってしまった。
ぐいぐい著者の文脈に引き込まれていった。
▼この本の主文脈は第2章にある。
「極限生物」は著者のお手の物だ!!
(゚o゚)ゲッ!!ほんとにそんな奴がこの地球上にいるか!?と俄に信じがたいやつが続々と登場する。
ポンコツ頭の「生物」概念などボロホロと崩れていく。
それが妙に爽快だ!!
そして、再び自問したくなってくるのだ。「生命とは何か?」と。
どいつもこいつも度肝を抜かれたが、特に私のお気に入りは深海に沈んだタイタニックを「食べて」いた「ハロモナス・ティタニカエ」(P52)だ。
ダメだ。この調子だといくら書いても書ききれない。いつものにようにお薦めポイント3つを先にまとめておこう。
その後にどうして語っておきたいことがあったらということにしよう。
3つはこうだ。

(1) 究極の「ふしぎ!?」=「生命とは何か?」を追う旅は、きわめて面白い!!いうことを教えてくれる本だ。
 まず何よりも著者自身が、この旅を面白がっているというのが最高にいい!!
 とてもわかりやすい平易な文章で語ってくれている。何度も、寅彦のあの「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」のように語りかけられているような気分になった。

(2) 「極限生物」の生命を考えることが、「生命」の本質を問うことになること教えてくれている。
 「はしりもの・かわりだね」の実践で、「かわりだね」の発見が自然探検をとても魅力的にしてくれるように、「極限生物」という「かわりだね」を知ることは、生命の本質を問うことににツナガルことを具体例をいっぱあげながら語ってくれている。

(3) 「生命とは何か?」を問い続けることこそが、人間の「これから」を考えることになることを教えてくれている。
 「生命とは何か?」の問いに対する答えはいくつか用意されているのだろう。
 この本の中にも現段階での答えがいくつか紹介されている。しかし、それはけっしてファイナルアンサーではない。ファイナルアンサーは誰もが自分でみつけなければならない。それが私の持論でもある。

 さあ、今年はどんな未知なる生きものに出会うだろう。
究極の「ふしぎ!?」についてどんな答えをみつけることができるだろう。
何回か、この本を開けてみたいな。


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【Web更新1/12】14-02 【電気の学習】 等 更新!!

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櫨の実 空より垂れて 凍てるかな 14/01/11 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】14-02
週末定例更新のお知らせ
 2014年もはやくも12日過ぎてしまった。「今年こそ…」と決意したことも、「三日坊主」になってしまったことも多い。しかし、私は悔やむことをしないことにした。「三日坊主」になってしまうことを恐れてなにもしないよりは「三日坊主」を繰り返す方が得策であると考えるようになった。
「三日坊主」も4回繰り返せば12日だ!!
「三日坊主」×122回=366日>365日 だ!!
悔やむ間があったら繰り返してみようと思う。
Web更新も52回繰り返せば一年になる。ゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2014 更新 人里の自然シリーズ 櫨の実
 いつもの散策コースである前の竹藪に、その竹藪から大きな櫨の木の枝が突き出していた。枝の先に櫨の実がいくつもあった。枯れたそれは鳥の巣のようでもあり、また下から見ていると空から垂れさがっているようでもあった。空は凍てついていた。そして、また櫨の実も…。
 じっとみつめていると夏の日の緑の宝石のようであった実の姿を思いだした。そしてその実とそっくりな色かたちをしたクモがいたことも思いだした。クモの名前は「サツマノミダマシ」!!
「サツマノミ」は京都府、福井県の一部の地域の方言で、「櫨の実」のことと図鑑で知り、昔の人の観察眼に感動したのは昨年の夏のことだった。今年も「サツマノミダマシ」に出会えるかな。


◆【授業】【電気の学習】 更新!! 
 大まかなシナリオは描けた。しかし、シナリオ通りに行かないのが授業だ。
授業の醍醐味も実はそこにあるのだが。
「自然は最高の教科書!!」
「子どもは最高の指導書!!」
を繰り返し肝に銘じながらすすめていきたい。

◆【授業】【電流と磁界】更新!!
 こちらの方もさらに大まかなシナリオは終わった。
エルステッド、ファラデーからはじまる『電流と磁界』の謎解き、そこから生まれた「科学・技術」!!
「これから」にツナガル私の「科学」とは?
 今の私には、【授業】は最高の学びの手法である。授業を通して大いに学んでいきたい。

新しい一週間がはじまる。
どこまでいけるだろう? ゆっくり ゆっくり 急ごう!!
 
 

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【授業】【電気の学習】【電流と磁界】を構想する!!(5)

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▼大賀ハスの蓮根を植え替えてから41週目の定例観察日であった。
ともかく寒かった。水栽培の容器の方には、いつもより多めの霜がおり、ひとつ残った果托の化粧していた。
観察池の氷もこの冬いちばんの厚さのようだ。それを見ていたら小さな「ふしぎ!?」が生まれてきた。
氷の下の泥のなかに眠る蓮根についてだ。3月末に植え替えするまでそこで眠っていてもらうだが、その蓮根の穴に詰まる気体についてだ。
「通気口としての役割をしていた蓮根の穴、その穴に今はどんな気体が詰まっているのだろう?」
▼何度でも繰り返そう。
私が授業でやりたいこと、それは私の「ふしぎ!?」からはじめて、一生使いものになる私の「科学」を生み出すこと。私の「ふしぎ!?」を置き去りにしたままでは、ほんとうの私の「科学」は生まれない。
しかし、いちどに「ふしぎ!?」が解決するわけではない。
 謎解きには一定のプロセスがあるはずだ。それを明らかにすることこそが私自身の仕事なのかも知れない。
【電流と磁界】の「ふしぎ!?」の歴史をふり返ってみよう。
「電流」と「磁界」の関係の謎解きが本格化した歴史は意外に浅い。
●1820年 エルステッド(デンマーク)電流の磁気作用発見。
それから10年ほどで
●1831年 ファラデー(英)電磁誘導電流の発見。

 我らがファラデーの大発見からは、まだ183年!!
エルステッドまで遡ったとしてもまだ200年を経ていないのである。
▼200年と経ない歴史のなかで、我々は20世紀という「電気」世紀をつくりだした。
そして21世紀の今、私たちかたときも「電気」から離れられないくらしをしている。
「これから」も…
 では「これから」も含めて一生使いものになる「私の「科学」」とは、どんなものだろう。
 それを授業をやりながら考えて行きたい。

 教科書では、単元最終ページ一ページをさいて「現代文明の基礎を築いた科学者」としてファラデーを紹介している。その紹介の最後にファラデーがクリスマスレクチャー行ったときの図が出ている。
なんとも象徴的だと思った。

 

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【授業】【電気の学習】【電流と磁界】を構想する!!(4)

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▼昨日、そこに立ったのは夕方だった。
一日ゆっくりと「雲見」をする時間がとれなかったのだ。ともかく寒かった!!さすが寒中だ。
冷たい風に抗して定点観測地に立って、雲流れゆく方向を、そして変化していく雲のかたちをしばらくながめていた。その観察から生野峠の向こうは雪だろうと想像できた。
この週末も「雲見」をつづけながら、天気の変化の「ルール」をつくってみようと思う。
▼3学期の授業の構想をつづける。
2年生最後の単元は【電流と磁界】である。
私は昔からこの単元が中学校全単元中、いちばんのお気に入り単元でもある。
それは、この単元に究極の「ふしぎ!?」がいっぱい詰まっているからである。
単元のサブタイトルも次のようにしていた。

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▼この単元の授業からあの「究極のクリップモーター」も生まれた。
1984年2月の記録が残っていた。
◆『地下茎 26号』P11 闇市開業「もっと簡単になったクリップモーター」
今や教科書や実験書にアタリマエのように登場する「究極のクリップモーター」であるが、はじまりはここにあったのである。
 だから、今年はちょうど「究極のクリップモーター」誕生30周年!!ということになるんだ。
 今年の授業での展開はどうなるだろう。自分でも楽しみである。
▼授業はいっきょに「究極のクリップモーター」にいたるわけではない。
それまでのプロセスがある。

1.磁石のまわりの磁界(1)
  ・磁極・磁力・磁界・磁界の向き
2.磁石のまわりの磁界(2)
  ・磁力線
  ・読み物『地球のまわりの磁界』
  ・   『磁石はなぜ北をさすのか』
3.磁化
  ・分子磁石
  ・読み物『鉄はみんな磁石か』
4.電磁石と磁界
5.直線電流のまわりの磁界
  ・『右ネジの法則』
  ・読み物『磁石石-雷の化石』
6.コイルと磁界
7.磁界内の電流が受ける力
  ・『フレミング左手の法則』
8.モーターづくり
  ・『究極のクリップモーター』をつくろう。  
9.なんでもスピーカー
10.電磁誘導
11.誘導電流の向き
  ・ ヘソまがりの法則=『レンツの法則』
12.発電機
  <まとめ>

基本的な流れはずっと変えていなかった。
しかし、実際には行う実験等は更新していた。
今回も、今一度教科書実験も含めて吟味して、組み立てなおしてみたいと思っている。

<つづく>


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【授業】【電気の学習】【電流と磁界】を構想する!!(3)

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▼冬芽観察初心者の私にはなかなか観察と同時にその樹木名を同定することができない。
でもこれは面白い!!と思えることがある。冷たい北風なかでも散策する価値があるのだ。
「葉痕」「維管束痕」をながめていると、青々とした緑の葉の季節のことを想像できて楽しい。勝手にその樹木の物語をつくってしまって楽しむのだ。
 樹木たちの冬物語はまだまだ続く。
▼科学・技術史における「発明」「発見」の歴史をみていると、やはりこの「物語をつくる」ところからはじまっているように思う。【電気の学習】においても同じことが言えるのではないだろうか。
「電流一回り一定の法則」や「電流よこわかれの法則」も、見えない「電子物語」がつくれるようになれば、きわめてアタリマエ!!という話になるのではないだろうか。
▼「電子物語」と「金属物語」とは深い関係があった。金属のなかにうじゃうじゃとある「自由電子」、それこそが「金属」を金属たらしめている原因だった。
 この学習においても、「物質と電気」から「電流回路」の学習への橋渡しをするのは金属だった。
金属の学習は「一度やったから」ではなく、中学校教育課程のなかで何度なく繰り返し学習すべきことなんだ。
【電気の学習】における第一の鍵は、「電子」である。
それはすでに確認した。では第二の鍵はなんだろう。私は「エネルギー」だと思っている。
以前の【電気の学習】では次に相当するところである。

PartⅢ 「電気の仕事」

1.電気と仕事(発熱)
 【実験】電池ひとつでエナメル線に電流を流す
 【実験】シャープペンの芯の発熱・発光
 【実験】ゼネコンでニクロム線に電流を流す
2.熱エネルギー(復習)
3.電流・電圧の大きさと発熱量
 【実験】バッテリーを使って
 【実験】電圧一定ならば・・・(並列回路)
 ・電流大ならば 発熱大
 【実験】直列回路で実験2題
 ・電圧大ならば 発熱大
4.ジュールの法則
 【生徒実験】
5.電力とは
6.電力量~電気代は、こうしてきまる~

以前にやったことを繰り返しやるというのでなく、今一度それらをバラバラにしてしまって、あらたな
実験もふくめて組み立てなおしてみようと思う。
 自分の中でも「電気物語」を再構築しながら…。

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【授業】【電気の学習】【電流と磁界】を構想する!!(2)

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▼年を越しても例のキツネノカミソリは成長を続けていた。
結局7つの種子を回収し、いまも発芽し成長を続けているのは5つだ。
年が変わってからフタをとってやった。そうすると成長が加速されたような気がする。
緑の部分(葉になる部分?)は背が高くなり、白い部分(根になる部分?)からは毛のような出てきているように見える。それはまさに植物らしい「光と水を求めて」のくらしの展開であった。
▼その世界の「ふしぎ!?」の謎解きをするためには、鍵になることを最初に知ることだ。
そしてその鍵の使い方の訓練をして、「ふしぎ!?」を解いていくのである。
それはきわめて面白い営みである。
植物の世界の「ふしぎ!?」を解く第一の鍵は、この「光と水を求めて」のくらしからわかる通り、「光合成」だ。
「光合成」という鍵を使って植物の世界を探検していけば発見・感動の連続である。
 では、今構想する【電気の学習】【電流と磁界】の世界において、第一の鍵とはなんだろう。
▼その第一の鍵を「電子」に想定しての取り組みが、昨年内にやった「電気学事始め」の授業だった。
 後出しで「電気(電流)の正体は、実は…」とやるのでなく、「はじめに電子ありき」でやろうとしたのである。
そうすることで具体的なイメージを描きつつ電気の世界に入っていけると考えたのだ。
以前の授業プラン【電気の学習】
で言うなら、次に相当するところだ。

PartⅠ 『物質と電気』
1.物質と電気
 「電気って、どんなもの」
 【読み物】『電気の発見者はわからない」』
 【実験】ネオン球、蛍光灯で
2.電気の種類
 【実験】ストロー検電器
3.電気の正体
 【実験】なんでも引きつける(分極)
 【読み物】電気の正体
4.導体と不導体(絶縁体)
 ・金属と自由電子
 【研究実験】
 ・『電気人間』/『電気リレー』
5.電子の流れ
 【実験】誘導コイルを使って
 ・放電、真空放電
 ・ネオン球、蛍光灯を
 ・クルックス管
▼「はじめに電子ありき」がほんとうに有効なのか。その真価が問われるのがこれからだ。

PartⅡ 『電流と回路』
1.電流回路
 【実験】豆電球と電池と導線一本で
 ・ショート回路
2.電流の大きさをはかろう。
 ・電流計の使い方
3.電圧(電子のもつエネルギー)の大きさをはかろう。
 ・電圧計の使い方
4.直列回路と並列回路
 <直列回路>
 ・「電流一回り一定の法則」
 ・「電圧たてつなぎの法則」
 <並列回路>
 ・「電圧平等の法則」
 ・「電流よこわかれの法則」
5.電流と電圧の関係
 【実験】固定抵抗に電流を流して
 オームの法則
6.抵抗とは
7.抵抗の大きさ
8.電流をコントロールしよう。
9.直流と交流
 【実験】発光ダイオードを使って

目に見えない小さな「電子」のイメージを想定することで、どこかまで「ふしぎ!?」が解けていくだろう。
これからもずっと使いものになる 私の「科学」を手にいれることはできるだろうか。
まだまだ構想をつづける必要がありそうだ。

<つづく>


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【授業】【電気の学習】【電流と磁界】を構想する!!(1)

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▼「冬芽」の観察シーズンだ。
樹木の「冬芽」は実に面白い!!樹木ごとにちがった防寒対策がたてられいる。その工夫・アイデアには恐れ入ってしまう。なかには「不凍液」まで仕込まれたものがあるというから驚きだ。
 「冬芽」の面白さはそれだけではない。
 この小さな小さな芽の中に「これから」がプログラミングされているのだ。
 それはどんな「からくり」になっているのだろう?
 春の訪れを感知するレセプターはどんなつくりになっているのだろう?
やっぱりつい寅彦の真似をしたくなってしまう。
 「ねぇ君、不思議だと思いませんか?」
 と。
▼「冬芽」のいろいろを観察しているとつい散策の足をのばしていると、村の花見が行われる公園まできてしまった。桜の冬芽はなんか力強いものすら感じた。
 冬芽に負けておれぬ!!
 この冬芽がほころびはじめるころまでには、私にはやるべきことがあった。
●【電気の学習】
●【電流と磁界】
という2つの単元の授業を終えていなければならないのだ。
▼私の授業のコンセプトは
私の「ふしぎ!?」から私の「科学」へ
だ。
 私の「ふしぎ!?」からはじめて、一生使いものになる私の「科学」がつくれるか。
そこが勝負どころだった。
 では、この2つの単元を通して、身につけて欲しいと願う一生使いものになる私の「科学」とはなんだろう。
具体的にどんなことを意味するのだろう。
授業をすすめながら問うていくことでもあるが、「これまで」からも抽出してみようと思う。
【電気の学習】の「これまで」のサブタイトルは次のようにしていた。
Denkisub

「電気」を使わない生活なんてもう一日たりとも考えられないだろう。
では、その「電気」とうまく一生つきあっていき、それを使いこなすためになんとしても知っておくべきこと、身につけておきたいこととはなんだろう。
 それは、どのように私の「ふしぎ!?」とツナガルだろう?
 しばし考えてみよう。

<つづく>


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本日(2014/01/07)、第55回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼「でも、ちょっと違うな!」と思った。
雲見の定点観測地に立って、生野峠の方を見ていた。雲が生野峠の方から湧き出すように流れてきた。
しかし、その流れは笠形山を白く薄化粧するときの流れとちょっと違っていた。
「生野峠越えるときは弁当忘れても傘忘れるな!!」
の季節に入っていることは確かだ。しかし、雲の流れ方によって生野峠越えたら雪国の場合ばかりではないような気がした。今年の正月は比較的あたたかったような気がする。
 はたしてこの季節、何日ぐらい「生野峠越えたら…」が有効な日があるのだろう。ずっといつかは確かめたいと思いながら今日まできてしまった。寅彦は違っていた。
▼今日(2014/01/07)は、2014年になってはじめての第55回オンライン「寅の日」だ。
大晦日の第85回オンライン「寅の日」までよろしくおつきあい願います。
 さて、新年を迎えて読むのは、少し定番から離れてあまりこれまで読んでこなかったもの読みたいと思う。

第55回オンライン「寅の日」

『伊吹山の句について』(青空文庫より)

▼しばらく俳句関連のものを続けたいと思う。
「歳時記は日本人の感覚のインデックス(索引)である」と寅彦は言った。
寅彦の俳句へのこだわりもかなりのものだったようだ。そんな寅彦が芭蕉の次の句を読み解いたのがこのエッセイである。

おりおりに伊吹(いぶき)を見てや冬ごもり

いかにも科学者・寺田寅彦の読み解きである。

この山の地勢や気象状態などが問題になっていて、それについていろいろ立ち入った研究があったようである。私もこの問題については自分の専門の学問のほうからも特別の興味を感じたので
私がこの句に対して特別な興味を感じたのにはもう一つの理由がある。学生時代の冬休みに、東海道を往復するのに、ほとんどいつでも伊吹山付近で雪を見ない事はなかった。神戸(こうべ)東京間でこのへんに限って雪が深いのが私には不思議であった。現に雪の降っていない時でも伊吹山の上だけには雪雲が低くたれ下がって迷っている場合が多かったように記憶している。

さすが寅彦である。「ふしぎ!?」は逃さず蓄積していっていたのだ。
▼ここからの「ふしぎ!?」の謎解きの展開はみごとであった!!
統計的データを駆使して

冬季日本海沿岸に多量の降雨をもたらす北の季節風が、若狭近江の間の比較的低い山を越えて、そして広い琵琶湖上(びわこじょう)から伊勢湾(いせわん)のほうへ抜けようとする途中で雪を降らせるというのであるらしい。特に美濃近江の国境の連山は、地形の影響で、上昇気流を助長し、雪雲の生成を助長するのであろう。

という説の裏付けをするのである。
ナルホド!!と納得し、寅彦の言うようにこの句の
「おりおりに」

「冬ごもり」
が豊かなふくらみをもった5字に思えてくるから不思議だ!!

最初の「生野峠越えるときは弁当忘れても傘忘れる」で寅彦の真似をしてみたいが、それはいつのことになるやら…。

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【Web更新1/05】14-01 サイエンスコミュニケーター宣言 等 更新!!

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赤き実や 微笑み誘う 寒の道 14/01/05 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】14-01
週末定例更新のお知らせ
 今年最初のWeb更新のお知らせである。今年も週一回、週末定例更新は続けるつもりである。
Web更新/週、blog更新/日、Twitter・Facebook更新/随時の方針は2014年も貫きたいと思っている。
ここはきわめて機械的、システマティックに事をすすめたい。
 そのことが必ずやクリエイティプな営みにつながると信ずるから。

◆表紙画像集2014 新設!! 人里の自然シリーズ 野イバラの実
 昨日(5日)は、寒の入りだった。いよいよ一年中でいちばん寒い季節の到来である。
朝の散策も少し迷うところである。そんなとき、ふっと思い出すが野山の「赤い実」である。
枯れ葉の目立つ野山にあって「赤い実」は鳥の眼を惹くだけでなく人をも惹きつける力をもっているのである。
朝日のあたる「赤い実」に出会うと微笑みかけられているような気分になり、うれしくなってくるのである。
それに誘われて寒さのなかでも散策に出た。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 もうあと3ヶ月で、このサイエンスコミュニケーター宣言も丸三年になる。
なんかごちゃ混ぜにここに書いてきたような気がする。しかし、いちばん本気で取り組んできたことであることは確かだ。年の初めだから、「現在地」を例の5つの座標軸で確かめた。
 そして、そのすべての「原点」が、私の「ふしぎ!?」にあることを確認した。
さあ、今年も飽くことなく書き綴ろう!!

◆新・クラウド「整理学」試論 更新!!
 久しぶりに手作り「袋ファイル」をつくった。ずいぶんアナログな話だ。
しかし、私の「整理学」にとっては、システム手帳とともに必須のアイテムなのだ。二十数年ちかくつくり続けてきた袋ファイルは膨大な量になった。このメンテナンスこそ今年最大の課題なのかも知れない。
 クラウド「整理学」とかけ離れた話のように思うが、私のなかではそれらがツナガッテイル!!

◆オンライン「寅の日」更新!!
 こちらの方も完全に定例化を図ることにより、次なるクリエイティブな営みにつないでいきたい。

さあ、新しい一週間がはじまる!!
ゆっくり 急ごう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(306)

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▼昨日は今年初めての大賀ハス定例観察日であった。
年は変わったが、大賀ハス観察は2013年度のままである。蓮根の植え替えからちょうど40週目であった。
大賀ハス観察池の正月は比較的あたたかくて氷が張っている時間もすくなかった。観察池からはみ出した枯れ葉も朽ちていっていた。予定では観察池の蓮根の植え替えは3/29(土)である。(52週目)そこから大賀ハスの2014年度がはじまる。
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▼観察を続けていた金柑の木のジョロウグモはどんな正月を迎えるだろうと観察を続けていたが、残念ながら昨年の暮れ、12/30~12/31にかけて動きを完全にとめてしまった。正月はかろうじてその骸が金柑の木にぶらさがっているのみだった。そこから少し離れたところに白い卵のうと思われるものが観察できた。
調べてみると卵のうから出てくるのは5~6月だという。そして「まどい」があって旅立つがある。
はたして今年は「蜘蛛の子を散らす」は観察できるだろうか。
▼「ふしぎ!?」観察にもスケジュール表が必要なようだ。
今のところ年間を通して観察を続けているものは
・ヒガンバナ
 今年はヒガンバナオフを企画したい!!
・大賀ハス
・クモの世界(昨年から加えた、今年もコガネグモに出会えるかな。)
・月
スタンダードはこれだけだが、飛び入りもある。
むしろその飛び入りで、またまた「ばっかり病」を発症するかも知れない。
▼今年はどんな「ふしぎ!?」に遭遇するだろうと考えるとワクワクしてくるのである。
「ふしぎ!?」観察以外にも、「ふしぎ!?」を追う旅で道半ばのもいろいろある。
今年のスケジュールのなかにそれも書き上げておこう。
そしたら、少しずつでも旅が進むかもしれない。
・丹生の「ふしぎ!?」を追う 3月「お水送り」「お水とり」
・再度、紅花の「ふしぎ!?」を追いたい 7月 最上の紅花畑へ
・鉄の「ふしぎ!?」を追う  中国山脈に「たたら」を
・磁石石の「ふしぎ!?」を追う旅

「ふしぎ!?」を追う旅は、考えてみるだけでもワクワクしてくるものだ。


 

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サイエンスコミュニケーター宣言(305)

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▼昨日もいつもの定点観測地から、いつもの「雲見」 をやった。
かつての【星連】#hosirenにならって【雲見の連帯】 #kumomirenを言い出したのは昨年からであった。
 「雲見」はひとりで楽しんでいてもけっこう面白い。それをちがう定点観測地をもつ人たちと一緒にやると面白さは何倍、何十倍にもふくらむような気がした。今年もそれは続けて行きたい。
 今朝はその同じ定点観測地に立ち、「宇宙見物」をしてみた。
「しぶんぎ座流星群」だ!!
あっ、流れた!!
▼サイエンスコミュニケーターとして、「現在地」確認のための5つの座標軸をつづける。
4つ目は
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
である。理科教育コミュニティと言えば、私にとっては咄嗟に思い出すのは【理科の部屋】だった。
foiomy【理科の部屋】4は昨年末で完全に幕を閉じた。
しかし、【理科の部屋】は終わってはいない。昨年の8月よりそれを引き継ぐ
◆【理科の部屋】5
がはじまっている。画像も多様なかたちアップできるようになり面白い展開が続いている。
【理科の部屋】ならではの貴重な情報を入手することもできて楽しい。
さらにあらたなメンバーも参加してもらったら、情報もより豊かになっていくだろう。
ぜひぜひ…。
▼【理科の部屋】20周年記念オフにおいて、私は【理科の部屋】20年の歩みの最大にして最高の成果は【理科の部屋】ヒューマンネットワークの構築だ!!と思った。
本間さんからFacebook活用の提案も聞いた。
そしてFacebook版【理科の部屋】もアリ!!だと思った。
今、理科教育に関する情報交換は【理科の部屋】に限らずいろんなところで行われている。
自分にピッタリの場所をみつけられればそれでいい。もしみつけられないで迷っているひとがいるのなら、自分でつくってしまえばいい!!
 今は比較的簡単にそれができる環境が整っているのだから…。
▼最後の座標軸は
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
これも、【理科の部屋】20周年を機に【理科の部屋】20年史年表をつくっていた。
 しかし、この取り組みもけっして「終点」にあるということではない。
あくまで「進行形」で、これからも考え続けたいと思っている。
 教材ひとつとってみてもわかる。過去の取り組みの結果として「定番」教材は生まれているのである。
その歴史を知ることは、教材研究をより豊かなものにし多くの成果も期待できるのである。

「現在地」が確認できたら、さあ次の一歩を歩みはじめよう。
もう一度外に出て空をながめてみよう。
いくつ 流星 流れるかな。

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サイエンスコミュニケーター宣言(304)

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▼初詣で「雲見」を楽しんだ。
我が家恒例の初詣にでかけた。空はツナガッテイルから、「雲見」はいつでもどこでもできる。
今年も「雲見」と「宇宙見物」を続けることを空に誓った。
▼つづけて2つ目の座標軸にうつる。
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
ここでも、今年は原点にもどりより積極的にサイエンスイベント・ムーブメントに参加していきたい。
今、即座に頭に浮かぶものをあげてみる。

★ファラデーラボ創立3周年記念企画 2014年3月1日(土) 
 とても楽しみな企画である。今年もファラデーラボの企画をいっぱい楽しませもらいたいものだ。

 これまでに参加させてもらったものばかりでなく、これまでに気になっていたけれど参加したことがないという企画についても時間の許すかぎり参加させてもらいたい。
また、小さな企画でも自分も参加して新たな企画をスタートさせたい。
▼3つ目は
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
である。
 今年度中には、【電気の学習】と【電流と磁界】の授業をする。
来年度については未定である。
 どんなかたちになるにせよ中学校の理科の授業にかかわるような仕事を継続したいと思っている。
中学校理科の授業に対しての「こだわり」は貫きたいものだと思っている。
▼この3つ目の「座標軸」と、今年の新年の抱負の3つ目「(3) クリエイティブな「整理」を進める!!」をからませて
まとまった仕事をしたいと思っている。
 まだまだどんな「かたち」になるか見えてきていない。
 もうすこし具体的構想が見えてきたとき、明らかにして多くの人の意見を聞きたいものだ。

今日は早くも新年3日目だ。
ゆっくり 急ごう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(303)

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▼お正月だ。少しのんびりと庭先をなか゜めていた。
南天の実が眩しいばかり赤い。木々も赤い実の目立つ季節だ。
へそ曲がりな私は、そしたらあいつはどうしてんだろうと気になり出した。
「ゴシタマ」だ。
青い輝きをもつ実だ。ジャノヒゲの実だ。いつものように庭先2ヶ所でみつけた。
これまでにも繰り返してきた「ふしぎ!?」が浮かんできた。ゴシタマ」という呼び方についてである。私にはまちがいなく「ゴシタマ」であり「ゴシタマ鉄砲」の玉であるのだ。
これまでにもここにこの「ふしぎ!?」をあげて、北播地方に住んでおられた方から「ゴシダマ」と「タマ」は濁って使っていたと教えていただいたことがある。
 それ以外に情報はなかった。
 図鑑を調べても「ゴシタマ」はみつからなかった。
『日本植物方言集成』(八坂書房)の「ジャノヒゲ」のところを見ても、それはなかった。
無理矢理近いものはとこじつけてみても、「ごせのたま」(山口(大津))、「くすだま」(京都(何鹿・竹野・船井)、兵庫(赤穂)、岡山(苫田))ぐらいだ。
「ゴシタマ」は使われていなかったのか。?
「ゴシタマ鉄砲」はなかったのか?
▼次は、今年の「ゴシタマ」の色だ。
例年り「ゴシタマ」にくらべて青色がうすく感じられる。あの深い青色、藍色ではない。
これは時期がはやいだけだろうか?
熟してくれば濃くなっていくのだろうか?
緑色→うすい青色→深い青色 その色の変化で連想するものがあった。色具合もそう思えばよく似ている。
草木染めの「藍染め」だ!!
生葉染めで空気媒染されていく過程の色の変化にそっくりだ。
ひょっとしたら同じ化学変化がおこっているのでは?
空気媒染されるときの化学変化とは?

▼正月早々からなんの脈絡もない「ふしぎ!?」を手前勝手につないでいく。
ひょっとしたらこれが私の言う道楽的「科学」の真骨頂なのかも知れない。
新しい年のスタート、正月だ。
 再び、その道楽的「科学」をも含めたあのサイエンスコミュニケーターとしての「現在地」を確認するための5つ座標軸をひっぱり出してきてみよう。

(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。

▼ひとつずつゆっくりゆっくり「現在地」を確認してみよう。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
ここで現在進行中のものにどんなものがあるだろう。
・キツネノカミソリの実生 成長中!!ほんとうにキツネノカミソリまでそだつだろうか?
・自然結実ヒガンバナはほんとうに発芽(発根)するだろうか?
・丹生を追う 「お水とり」「お水送り」の次は?
・橋本曇斎の「エレキテル」復元は?
・磁石石は?
・コウガイビル再々会は?
・・・・・・・・・・・
ゆっくり ゆっくり 続けよう。「ふしぎ!?」を追って

<つづく>


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新年の抱負 2014 !!

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初春や 不思議追う旅 はてしなく @福崎

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。     2014 元旦         

▼新しい年2014年があけた。
年のはじめに、恒例にしている「新年の抱負」を語ってみよう。
年の途中でいつも今年はどんな「抱負」だったかなと、このページを見返すことが多かった。
そこで今年はいつも念頭にあるようにザックリと3つで行ってみようと思う。

(1) 「私の科学」を徹底して楽しむ!!

(2)サイエンスコミュニケーターとしてのスキルアップを図る!!

(3) クリエイティブな「整理」を進める!!  

▼あまりにザックリすぎて、その意味するところがわかりにくい。
それはそれでいいのかも知れない。これは年始めの大まかな方向性の意思表示だ。
その都度意味するところの「なかみ」をつけくわえていくということで…。
今の時点でのそれぞれの意味するところは
(1) 「私の科学」を徹底して楽しむ!!
・デジカメ自然観察
・新たな私の「ふしぎ!?」との出会い
・他の人の「私の科学」との出会い
・私の「ふしぎ!?」を追う旅(丹生を追う旅、「エレキテル」を追う旅、ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う旅 等々)
・…

(2)サイエンスコミュニケーターとしてのスキルアップを図る!!
・プレゼンのスキル
・パソコン、周辺器機の扱い
・デジカメ 操作
・今一度基礎から学ぶ

(3) クリエイティブな「整理」を進める!!
・これはかなり真剣だ。
・「空間の整理」「情報の整理」「思考の整理」を今一度
・究極の「時間の整理」!!
・「整理」のための「整理」でない、創造にツナガルものを
・軌跡の記録化 「見える化」を 「かたち」あるものに

▼あげはじめるとついつい欲張りになってしまう。それが「抱負」というものだろう。
3つの「抱負」をひとつにして言うならば

今一度、原点にもどって未知への挑戦!!

ぐらいになるだろうか。
さあ、ゆっくり 急ごう!!

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