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新・私の教材試論(82)

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▼大賀ハス観察池の氷は薄かった。蓮根の植え替えから43週目の定例観察日だった。
氷は薄いだけでなく朝早い時間帯で融けてしまった。まさかこのまま直線的に春に向かうことは考えられないが、「春遠からじ」と思わせる陽気だった。あと10週ばかりで蓮根を掘り出す予定だ。
 春は螺旋的にやって来る。
「すぐれた教材は授業で生まれ、授業を変える」そのことを私に教え続けてくれた本がある。
理科教師の私にとっては、ほぼ教材=実験と言ってよかった。
本は4冊である。

■『やさしくて本質的な理科実験 1』(科学教育研究協議会東北地区協議会編 評論社 1972.7.10)
■『やさしくて本質的な理科実験 2』(高橋金三郎・若生克雄共編 評論社 1976.4.10)
■『やさしくて本質的な理科実験 3』(高橋金三郎・鈴木清龍・若生克雄共編 評論社 1985.4.10)
■『やさしくて本質的な理科実験 4』(鈴木清龍・若生克雄共編 評論社 2001.10.10)

久しぶりにこの4冊、机の上にならべてみた。
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 『やさしくて本質的な理科実験 1』は1972年は発刊されているから、その歴史はほぼ私の理科教師としての歴史と重なった。
▼その『やさしくて本質的な理科実験 1』のはじめの「私たちの「実験集」の生まれるまで」のなかで高橋金三郎は次のように言っていた。

 これで私たちの「実験」の意図はおわかりでしょう。私たちの「実験」はそれ自体独立したものでなく、授業実践のなかから必然的に生まれたものであり、私たちの教育運動そのものであります。(同書P2より)
 
  それからほぼ30年後に出された『やさしくて本質的な理科実験 4』の「実験集の歴史と特質」のなかで鈴木清龍
は次のように言った。
理科ぎらい、理科ばなれがいわれますが、そんな状況のなかで実験書、ものづくりは花ざかりのようです。超教科は脱学校を生みだしています。(それはあだ花か。)私たちは脱学校のなかから、学校での学習が再構築されると考えていますが。
 それは、これまでの蓄積の成果を自らのものとして、子どもの要求に敏感に反応し対応できるように自らをつくっていくことによるしかないのではないでしょうか。 2001年8月  (同書P4)

なんとも示唆的な提言ではないか。
▼そして、この提言から10数年が経とうとしている。
今、「これから」を考えるときとてもヒントとなりそうなことをこの「実験集」にみつけた。
 実はこの「実験集」、本として出版されるまでにその前史があった。
「代謄写」版『やさしくて本質的な理科実験集第1集』が仙台で出されたのは1964年1月であるという。
なんとちょうど今から50年前ではないか。半世紀の歴史があったのだ。
その「まえがき」を高橋金三郎が引用している。
 
  …無論「誰にもできる。ほとんど設備を要せず」といっても、例えばビールの空缶にコックをつけるのはたいへんな仕事だし、ポリエチレンパイプを入手できない地方があるかも知れません。そのときはどうしたらよいでしょうか。末尾に執筆者の勤務先と住所を書いておきました。往復書簡で何でもお問合わせください。喜こんでお返事いたしましょう。(『やさしくて本質的な理科実験 1』P2 より)
 

この姿勢、このスタンス!!
ここにこそ「これから」へのヒントがあるように思えてしかたない。
半世紀の時空を超えて…。

 

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