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Twitterはじめて1500日目に思うこと!!

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▼「雲見」があまりにも面白いので空ばっかり見上げているうちに10月が終わろうとしていた。
地上のヒガンバナの「ふしぎ!?」を追うにも変化がおきていた。
ひとつは庭の定点観測地Aの花茎だ。まわりの花茎は枯れはててしまっているのに子房部がふくらんだ花茎は今なお緑色をしている。子房部への水分・栄養補給はできているようだ。11月どこまでこれが続くのか楽しみである。
もうひとつ「遅れん坊」ヒガンバナだ。こちらの方、秘かに観測地点に設定していた場所が草刈りが行われていた。無惨にも「遅れん坊」は切り倒され萎れていくところであった。
 周辺に別の「遅れん坊」を捜すがまだみつけることができない。
私のtwilogが教えてくれた。
今日(2013/10/31)がTwitter始めて1500日目であることを。
はじめたのは2009/09/23だ。ひょんなきっかけで始めたことだ、それから1500日か!!
そのときにくらべたらネット環境も大きく変わり、Twitterなんてめずらしいものではないし、あたかも市民権を得たかのごとくテレビ等のマスコミにも登場する時代となった。
いやむしろの過去のツールのように扱われたりする。なんとも「ふしぎ!?」なものだ。
ここまで100日ごとに書き込んできた「Twitterはじめて○○○日目に思うこと!!」読み返していると自分のネットの「歴史」が見え来るようで面白い。
▼私は1500日のあいだに、このTwitterというツール大きな恩恵を受けた人間のひとりだ。
Twitter的(「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」)を発想するきっかけつくってくれた。
ハッシュタグの発想は人と人をツナグ方法の大いなるヒントになった。
#higanbana
#tnk 
#traday
#hosiren
#20thrika
等々は日々使っている。このハシュタグのおかげで新しい出会いもいっぱいあった。
そう言えば、「 #kumomi 」がないことに今気づいた。
1500日記念に今日から使おうと決めた。(^^)V
▼ネットの世界にも「不易流行」がある。当然のことである。
今の流行はということになると「ライン」ということになるのだろうか。
新しいツールが登場する度に「光と影の部分がある」と言われる。
そして使ううえでの「マナー」や「ルール」が言われる。とても大事なことだと認める。
しかし、私には「光」の部分がもっともっと語られことがあっていいのではないかと思う。

ネットの世界の「不易」とは?

しばし考える一日にしたい。
さあ、一日でいちばんきれいな空が待っている。 #kumomi だ!!


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【授業】【天気の変化】を構想する!!(2)

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▼こんなの見逃していたら、人生大損だ!!
とつくづく思うのである。「それで…?」なんて言われると困ってしまうだけどやっぱり「ふしぎ!?」なんだ。
同じ空なのに刻々と表情を変えていく、色までかわっていくんだ。
なにも特別ものではないかもしれないけどやっぱり面白いんだ。
そんな「雲見」のすすめの意味も込めて「雲見」のうたをオリジナルにつくったことがあるんだ。

雲家族10のうた=「雲見」のうた 

ケンケン三兄弟に(巻雲 巻層雲 巻積雲)
コウコウ姉妹 (高層雲 高積雲)
ソウセキ(層積雲) はなれても りっぱに ソウ! セキ! (層雲 積雲)
雨 雨 ふれ ふれ ラン!ラン! (乱層雲 積乱雲) 
(2009.2 楠田 作)

▼本人はけっこう気に入っているんだが…。
授業のはじめに、生徒たちにもこの「雲見」をすすめた。
一日一分の「雲見」を!!と。
授業【天気の変化】の構想をつづけよう。
重なりや繰り返しもあるが、思いつくままに授業の「ねらい」をあげてみよう。
(1) 「きまり」を使って自分で天気予報できるようになろう!
  ・上がるとザアザア 下がるとカラカラ
  ・光は東から 天気は西から
  ・北半球では風は進行方向から右へずれる(コリオリの力)
  ・大気は下からあたためられる。 等々
(2) 「観天望気」に学び、自分で使える「きまり」をつくろう!
  ・天気コトワザに学ぼう
  ・「雲見」わしよう
  ・自分でコトワザつくって使ってみよう
(3) 天気情報をうまく利用して防災・減災につげよう!
▼ちょっとごたくならべすぎかな。
いちばん肝腎のことが後回しになったな。

(4) 「天気の科学」を楽しもう。

 未来予測する。それは「科学」の大きな役割であるし、大きな楽しみの部分でもある。
それを日々の暮らしと結びつけながら楽しむということになれば、「科学とは?」に応えるもっともすぐれた教材とも言えるかも知れない。
▼最後にもうひとつある。
ここまでは、これまでの授業でも考えてきたことであるがこの最後のひとつは今回の取り組みで強く意識したいと思っている。
(5) あらたな「天気予報」のスキルを身につけよう!

天気情報の入手方法にしてもずいぶん様変わりしてきた。かつての新聞・ラジオ・テレビだけではなくなってきている。むしろネットの利用しての方が一般的になってきているのかも知れない。
 また近年のゲリラ豪雨等にみられるような局所的な急激天気変化の現象もおこっている。
 ほんとうに必要な情報はネット利用の方が有効かも知れない。
 情報受信者であるばかりでなく情報発信者となる機会も出てくるだろう。
そのときの必要なスキルは?
最低限必要な「お天気知識」とは?

こんなこと考えながら授業をすすめようと思う。
さあ、今日はどんな「雲見」できるかな。

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【授業】【天気の変化】を構想する!!

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▼今度は「雲見」ばっかり病なのかも知れない。
それにしてもこれほど安上がりの楽しみはない。ただただその場で空を見上げるだけだ。
そこには刻々と変化していく雲がある。
しばし見続けているとすぐわかる。
雲が発生したかと思ったら消える!!
同じように見える雲も、ひとつとして同じということはないのである。
「雲見」と「宇宙見物」で人生は何倍も楽しくなるのである。
▼そう思えてくるのは、先日の「空の探検家」との出会いがあったからだろうか。
今進行中の授業をあわせて、久しぶりに授業【天気の変化】を構想してみることにした。
これまでの授業を記録した実践DB【天気の変化】には、究極のねらいとして次のように言っていた。
Tekit

▼ではその「きまり」ってなんだろう。
我々はみんな「大気の物理実験室」でくらしている。
だから、この「きまり」とは物理学の「きまり」なんだろう。
でもその「きまり」って使いものになるのかな。
明日の天気を予想するのにすぐに役に立つかな。それは無理だろう。
それではどうするか。
使いものになる「きまり」をつくるのだ!!それがこれだ!!
「上がると ザアザア」
「下がると カラカラ」
▼この「きまり」までをできるだけていねいにやってみよう。
ナルホド!!と思えるまでに。
そして、この「きまり」を使うことだ。
何度も何度も繰り返し!!
あらゆる場面で「上がると…」と繰り返そう。
そしたら、きっと一生モノになるだろう。
「雲見」がもっともっと楽しくなるだろう。

(つづく)


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【Web更新10/27】13-43 サイエンスコミュニケーター宣言 等 更新!!

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空高く 朋にも会いて なおうれし 13/10/27 (日)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-43
週末定例更新のお知らせ
 Web更新/週、blog更新/日、Twitter・Facebook更新/随時 これを自分の更新のルールとしている。
「更新することは生きていることそのもの!!」は261日間エサなしでナイロン袋なかで生き続けたコウガイビルが教えてくれたこと。
 今週も粛々と更新するのみ!!

◆表紙画像集2013 更新!! 人里の自然シリーズ 「雲見」
 雲のない空の「雲見」。これもなかなかいいものだ!!
台風一過の朝、雲はなく空は高かった。
前日プラネタリウムで見せもらった「雲見」が、「雲見」「宇宙見物」の面白さを倍加してくれていた。
本シリーズはじめて空を表紙にした。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 あいかわらず【理科の部屋】20年史(#20thrika)を追いかけていた。
私の【100人リンク集】の旅を続けていた。
久しぶりの更新だ。
 先週末に「空の探検家」武田康男さんに出会った。いつも「おすそ分け」いただいてお世話になっていながらはじめての出会いであった。ずっといつかお会いしたいと願ってきたからとてもうれしかった。
 またしても、大阪市科学館の渡部義弥さんのお世話になった。渡部さんが声をかけてくださったからこそ実現した出会いだった。深謝!!
 はじまりはいつもここだった。インターネット初体験もここだった。もうあれから18年の月日が流れた。
私の【100人リンク集】の旅は、これで18人となった。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 10月のオンライン「寅の日」は終わった。
 同時に3ヶ月続けた「文化としての科学」をテーマとした読み解きを終える。
正直言って未消化の部分が多い。またいつか繰り返すことにして先にすすむ。
11月は「理科教育」「科学教育」に焦点をあてる。
 あらたな展開があることを楽しみに次に歩みをすすめたい。

◆ヒガンバナ情報2013 更新!!
 「葉の季節」「遅れん坊ヒガンバナ」「ふくらむ子房部」「花茎の水栽培」「結実は」…。
そのあたりを中心に「ふしぎ!?」を追い続けたい。

朝はほんとうに寒くなってきた。
生きものも、空もどうかわっていくのだろう。
「発見」がいっぱいあるといいな!!

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本日(2013/10/27)、第48回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼一夜明けても、私はまだ興奮状態にあった。
細々とでもネットを続けておいてよかった!!と心底思った。
昨夜ついにあの「空の探検家」武田康男さんに出会うことができた。貴重な時間をさいてお話もさせてもらうことができた。さらにはプラネタリウムで武田さんの撮られて貴重な映像の数々を見せてもらうことができたのである。
最高の感動だった!!
▼本日(2013/10/27)は、武田さんとお話をさせてもらうなかにも登場した寺田寅彦を読む日だ。
第48回オンライン「寅の日」だ。
8月~10月のオンライン「寅の日」は、遠大なるテーマを設けていた。
「文化としての科学」だ。
今日はその最終回と言うことになる。
◆第48回オンライン「寅の日」
●『西鶴と科学』(青空文庫より)
▼昨夜の余韻のなかで、この文章を読んだ。
なぜこの文章を選んだのだろう。自分でも少しわからなくなっていた。
「文化としての科学」ということで、前回の「神話」と同じく一見科学と対極にあるような「西鶴」、それと「科学」。
「西鶴と科学」というタイトルに興味をもったのかも知れない。
浅学な私は「西鶴」の作品などどれひとつとして読んだことない。映画が好きだった昔、一度映画化されたものを見た記憶がかすかにある程度である。
 だから、せっかくこの文章もつまみ読みだ。
「科学」「科学的」というフレーズに焦点をあてて…。
たとえばこんな調子だ。

 第一に気の付く点は、西鶴が、知識の世界の広さ、可能性の限界の不可測ということについて、かなりはっきりした自覚をもっていたと思われることである。この点もまたある意味において科学的であると云われなくはない。
 可能性を許容するまでは科学的であるが、それだけでは科学者とは云われない。進んでその実証を求めるのが本当の科学者の道であろうが、それまでを元禄の西鶴に求めるのはいささか無理であろう。
彼の大多数の知識は主として耳から這入(はい)った耳学問と、そうして、彼自身の眼からはいった観察のノートに拠(よ)るものと思われる。

▼あくまで手間勝手な我田引水の読み取りを強行しようとしていた。
そこから「科学の方法」まで読みとりたいと思ったのだ。

先ず作業仮説を立て、次にそのヴェリフィケーションを遂行して、結局真相をつき止めるという行き方は、科学の方法と一脈の相通ずる所があると云われる。
要するに西鶴が冷静不羈(ふき)な自分自身の眼で事物の真相を洞察し、実証のない存在を蹴飛ばして眼前現存の事実の上に立って世界の縮図を書き上げようとしている点が、ある意味で科学的と云っても大した不都合はないと思われる。
 錯綜した事象の渾沌の中から主要なもの本質的なものを一目で見出す力のないものには、こうした描写は出来ないであろう。これはしかし、俳諧にも科学にも、その他すべての人間の仕事という仕事に必要なことかもしれないのである

ほんとうに浅い読みしかできない。しかし、こうしてなんと最後まで読んでしまうとやっぱりなにか学ぶべきことが含まれているように感じるのである。

まったく関係ないが、この文章のなかにハスの葉の話が、2ヶ所出てくる。
昨日は大賀ハス蓮根の植え替えから30週目の定例観察日であった。枯れた葉は冷たい水に浸かっていた。


 

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サイエンスコミュニケーター宣言(287) #20thrika

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▼雨が続いていた。
「これはなんだろう?」
軒下に置いておいたペットボトルに差し込んだヒガンバナの花茎。その子房部がふくらみ白い粒のようなものが見えている。これが、種子の「赤ちゃん」だろうか。
あの黒びかりする種子になるのだろうか?
「水栽培」に挑戦した人もこれを見たのだろうか?
「青空文庫」の呼びかけ人であり生みの親である富田倫生さんがこの夏(2013.08.16)亡くなった。
その富田さんの著作のひとつに『本の未来』がある。
まえがきにとても気に入った一節がある。

 青空の本は時に、山や谷を越えて、高くこだまを響かせる。
 読む人の問い掛けが手に余るとき、未来の本は仲間たちの力を借りる。
 たずねる声が大空を翔ると、彼方から答える声が渡ってくる。
 新しい本の新しい頁が開かれ、問い掛けと答えのハーモニーが空を覆う。

▼そうだ!!
これだ、これを【理科の部屋】初期の取り組みで挑戦したことがある。
【オンライン学習会】である。
それは当時やっと手に入れたオンラインの環境をフルに活用してオンラインでの「読書会」「輪読会」を実現しようとする試みであった。
『私の【理科の部屋】活用法』によれば、次のような記録が残っていた。
○第一期:94.10~95.3
 『細胞の学習』(佐藤七郎 他著 新生出版)
○第二期:95.4~95.10
 『変動する日本列島』(藤田和夫著 岩波新書)
○第三期:95.11~96.3
 『相対性理論』(アインシュタイン 内山龍雄訳・解説 岩波文庫)
○第四期:96..4~96.9
 『インターネット』(村井純著 岩波新書)
○第五期:96.10~97.3
 『極地方式入門』(高橋金三郎・細谷純著 国土社)
○第六期:97.4~97.9
 『パソコンのある教室』(佐伯胖・佐藤学 他著 岩波書店)
このころは、その本から学ぶだけでなく派生していろんな取り組みに発展していた。
▼それから月日は流れた。
2012.4より始めたオンライン「寅の日」は、この延長線上にあると思っている。
それこそ富田さんたちがはじめた「青空文庫」のお世話になりながら、寺田寅彦の書いた文章から学ぶのである。
明日は、その第48回目になる。
 
問い掛けと答えのハーモニーが空を覆う。

はいつか実現するだろうか。

偶然にも今日は、本に関してワクワクすることがある日でもある。
ひじょうに興味深い「空」の本を次々と出しておられる武田康男さんにお会いしてお話を聞く機会があるのだ。
楽しみである。

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サイエンスコミュニケーター宣言(286) #20thrika

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▼雨降りのあいまに、「遅れん坊ヒガンバナコース」を少し歩いてみた。
刻々と秋が深まり行くのを感じる。夏の朝みごとな花を見せてくれたカラスウリが赤く熟していた。
草むらにこの姿をみたとき、もう何十年も前の「つる植物」の授業を思い出した。
▼自分の目から見た【理科の部屋】20年の歩みを【理科の部屋】20年史年表にまとめている。
けっして完全なものではない。あくまで「これから」を考えるときの思考をたすけるためものである。
 津田大介さんの「これからのためのインターネット年表」を参考にさせてもらって「インターネットの歴史」
を併記している。
 これを見ていると今さらのごとく驚いてしまうのである。
 インターネットの歴史と【理科の部屋】20年の歩みが深く深く関係していることに。
それは世の中すべてのことがそうだから、ことさらに言うことではないのかも知れない。
しかし、私にはそれ以上のことあるように思えてならない。
▼ここ数年、気に入ってよく使う手前勝手な造語がある。
「Twitter的」である。
「Twitter的」=
・「リンク」
・「シェア」(=「おすそ分け」)
・「フラット」
・「等身大」
・「リアルタイム」
・「アクティブ」

この6つの概念をミックスしたもの。
それはけっしてツールの問題にとどまらない。
大げさに言えばそれは哲学であり、思想であり、思考の方法である。
▼今、「【理科の部屋】ってなに?」の質問には即答できない。
しかし、「【理科の部屋】的とは」には答えられる!!
「【理科の部屋】的とは、Twitter的であること」と。

さあ、今日もTwitter的に…。

 

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サイエンスコミュニケーター宣言(285) #20thrika

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▼久しぶりにかつての「雲見」定点観測地に立っていた。やっぱりみごとであった!!
はじめてそこに立ったときの感動が蘇ってきた。目の前で雲が次々と発生するのである。これが見えるんだったら「雲の発生実験」はいらないのではないか、と思ったぐらいだ。
  しばらく大気の物理実験室を堪能した時間だった。
私の【100人リンク集】の旅の話を続ける。
人に直接会ってその人から学ぶというのは、学びの方法としては最高の方法である。
オンラインや著作物からも学ぶことはできるだろう。
しかし、やっぱり最高は
人から直接学ぶことだ。直接会うことによって「学び合い」が成立するのだ。
これからの学びは「学び合い」としてしか成立しない!!
▼それにはオフラインミーティングがいい。
今世紀初めの頃の【理科の部屋】案内にもオフについて次のように記していた。

【提案9】全国各地で【理科の部屋】オフを開催しよう。
     オフは「学会」「研究会」「サークル例会」の原点だ。  
  【理科の部屋】の2人以上が寄ればオフを・・・Y(^^)ピース!
 新しい「学びあいの会」=「学会」を 
 ここのところ、毎週のごとく、全国どこかで【理科の部屋】メンバーが出会っていますね。ほんと、すごい状況になって来ましたね。ネットワークのすごさは、この「出会い」が、次なる創造に向かわせるところです。
 
 「出会い」は、学び合いと創造のはじまりです。
 …
 まさにコンヴィヴィアリティ(共愉的)な世界の現出ですね。\(^O^)/

▼私自身も、【理科の部屋】20年の歩みのなかで何度もそんなオフを体験してきた。
実に楽しく面白い体験であった。
人見知りし、どちらかというと引っ込み思案な私にはそれまでに経験したことのない世界の連続であった。
なかには「あのオフで変わったんだな!!」と今 思い出せるオフがいくつもある。
「情報は発信するところに集まる!!」
だけでなく
「情報は交叉するところに生まれる!!」
と確信をもちはじめている。

【理科の部屋】20周年オフが近づいて来ている!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(284) #20thrika

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▼「はしりもの・かわりだね」という実践がある。とても興味深い実践である。私は一時それをWeb上で展開することはできないものかと取り組んだことがある。それがWeb版『はしりもの・かわりだね』である。
 季節の「はしりもの」をさがすことは実に面白い!!それは確かである。
しかし、あまり注目されてこなかったが「遅れん坊」探しもなかなか面白いのである。昨日もそれをやってみた。
クモの世界では今の旬はジョロウグモであった。
もういたるところにジョロウグモが巨大なネットを張り狩りをおこなっている。
あの夏のおわりまでいたるところにいたナガコガネグモの姿を見せなくなってしまっていた。
昨日いっぴきの「遅れん坊」ナガコガネグモに出会った。強い冷たい風のなか必死に狩りをしていた。
腹部の黄色模様が濃くなったように感じた。なんとも愛おしく見えてきた。
もうひとつ「遅れん坊」をみつけた。一昨日に続いて「遅れん坊」ヒガンバナである。
まだ、蕾だ!!なぜかエールをおくりたくなってくるのである。
▼私もやっぱり「遅れん坊」だった。
1995年夏の終わり、インターネット版【理科の部屋】がスタートして以来、多くの人が自分のホームページをつくりはじめた。それらを見せてもらうのがあらたな楽しみなった。
同時にうらやましくもあった。自分でもそんなページを持ちたいと思った。
多くの人に教えてもらいながら、やっと自分のページをもったのは1998年4月25日である。
◆楠田 純一の【理科の部屋】http://homepage3.nifty.com/KUSUDA/
がそれである。
 「遅れん坊」のやっとのスタートだった。
▼やっともった自分のページに「これまで」のいろんなものを入れていった。
・ヒガンバナ情報
・授業実践報告
・お薦め実験 等々
スタートしてから半年ほどしてから、ある取り組みをはじめた。
先行する仲間から学ぶために、先行するページにリンクさせてもらうということをはじめた。
名付けて
◆私の【100人リンク集】
98.10.11~2000.12.03ほぼ2年2ヶ月かかった世紀をまたいだ取り組みになった。
【100人リンク集】としたのは、あの一年目の記念企画【100人発言】プロジェクトが頭にあったからだろう。
今は「リンク切れ」もいっぱいあるのだが、私のWebページの「宝もの」としてそのままにしている。
▼私は現役を退職した2011年4月から、かねてより計画していた
◆【100人リンク集】の旅
というのをはじめた。
 オンラインで私の【100人リンク集】「リンク」させてもらっていた人に、今度はオフラインで直接お会いして交流を深めようという企画である。
 現在のところ16名の方にお会いして話をすることができた。
ちょうど一ヶ月後の【理科の部屋】20周年記念オフでは何人の方にお会いすることができるだろう。
楽しみである。

その前に、今週末にもお二人の方にもお会いできそうだ。
私にとっては、このリンク集は単なる「リンク集」ではない。
私のヒューマンネットワークマップなのである。
旅をつづけよう!!

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まだまだヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う!! #higanbana

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▼昨日の朝だった。それに気づいたのは。
庭のヒガンバナ定点観測地Aであった。花茎の先端部の子房部がふくらんでいるのを発見したのである。
灯台もと暗しだった。ヒガンバナスポットときめた群生地ばかりずっとこれを捜していた。
花茎一本分のすべての子房部ではなかった。6~7ある子房部のひとつだけである。
▼私は、今年の9/1にWebテキスト『ヒガンバナ』を公開していた。
それは少しでも多くの人と一緒にヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いたいと思ったからであった。
葉の季節になり、テキストの第一部に相当するところは終わった。
次は第二の「ふしぎ!?」だった。
 私にはまだモヤモヤしたものがあった。
「ほんとうに分球だけで殖えていったのだろうか!?」
疑問である。
「まれに結実することがあると言われているが、その頻度はこれまで考えられてきた以上に多いのではないか!?」
「かなりの頻度で結実し、種子で殖えるということもあったのではないか」
というとんでもないシロウトの「仮説」である。
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▼その「仮説」を確かめるためにも、自分の眼で観察する必要があった。
これまでにも「種子もどき」の黒い粒を観察し手に入れることもあったが「発芽」にまではいたっていなかった。
ここ数年ではこの「種子もどき」すら手に入れていなかった。
 だから、子房部が脹らんできたヒガンバナを見るとワクワクしてくるのである。
定点観測地でみつかるぐらいだから、きっと同じようになったものが近くにもあるはずだ。
午後に時間ができたので近くを歩いてみた。
やっぱりあった。同じように子房部が脹らんでいるものが!!
少なくとも5~6本はみつけた。これをしばらく継続観察してみようと思った。
この探索にはオマケがついていた。
遅れん坊ヒガンバナだ!!秋のお彼岸からもう一ヶ月もたっているのに、今満開のヒガンバナを何本かみつけた。
これまで私が観察した最高の遅れん坊は、これから先一ヶ月後だった。
その記録は更新されるだろうか。それも楽しみである。
▼家に帰ってから、先日観察スポットから回収してきた花茎(早めに刈り取られたためまだ子房部が緑色している)を水栽培するための準備をした。
 昨年度は水桶に全部まとめてつけておいたが、今年はキツネノカミソリのときにやったようにペットボトルを使ってやってみた。これで観察しやすくなった。ここからも「種子」もどきは手に入れることができるだろうか。
楽しみである。
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【Web更新10/20】13-42 サイエンスコミュニケーター宣言 等 更新!!

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旅さそう 泡立ち草の 林かな 13/10/19 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-42
週末定例更新のお知らせ
「ゆっくり行くものは 遠くへ行く」というどこかの国のコトワザがある。とても気に入っていっていて卒業生への一口メッセージにもよく使っていた。今、ふっとそれを思い出した。
 その「ゆっくり」は、これまた大好きな「ゆっくり 急ぐ!!」の「ゆっくり」に通ずるものである。
要するに「自分の歩幅で歩め」ということなんだろう。
 ときどき「自分の歩幅」を見失ってしまって、慌ててしまったり止まってしまったりする。
そんなときは、ふたつの「ゆっくり」思い出そう!!
今週も ゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ セイタカアワダチソウ
 野はヒガンバナの赤一色から、セイタカアワダチソウの黄色一色に塗り替えられた。
田の畦も、川の土手もセイタカアワダチソウの林だ。
 そこを歩いていると、なぜか遠くへ旅に出たくなってきた。
まったく知らない土地へ、かつて旅をしたことのある「あの土地」へ。
やっぱり黄色一色なのだろうか。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 私の見た【理科の部屋】20年史(#20thrika)をそれこそ「ゆっくり」と追いかけている。
ポンコツの繰り言と人は言うかも知れない。しかし、私にはそこからしか「これから」は見えてこないのだ。
ゆっくり 急ごう!!

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 11月の計画も提案した。11/20(水)にはこの遅々たる歩みも50回目をむかえる。
可能なかぎり続けてみようと思う。続けることで「見えてくる世界」がきっとあるはずだから…。

◆ヒガンバナ情報2013 更新!!
 水栽培に入った花茎がある。今日は水替えと手入れをしてやろうと思う。

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2013年11月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼北海道のハスの実を見せてもらった。驚きである、まだまだ青々としていたのだ。もう北海道では雪が降っているのにである。では、私の方の観察池の果托はどうなっただろうと蓮根の植え替えから29週目の写真を撮った。
同じ日本でも季節はずいぶんちがったかたちで移り変わっているのである。
多様である、それがまた面白く、楽しめる!!
 クモの世界の季節も変わろうとしていた。久しぶりに私のクモ園を散策してみるが、あんなにたくさんいたナガコガネグモがすっかり姿を消している。どこへ行ってしまったのだろう。産卵はしたのだろうか?
 家に戻ってジョロウグモの腹のふくらみを見ていたら、そこになつかしいあのイソウロウくん(シロガネイソウロウグモ)の姿を見た。なぜかうれしくなってしまった。
▼10月もはやくも20日だ。あれよあれよと言う間に時は過ぎ、季節は変わっていく。
もう11月のオンライン「寅の日」を考えるべきときだ。
8~10月は遠大なるテーマ「文化としての科学」で読んできた。
まだまだ「これでわかった」などというのはほど遠い。また繰り返してやってみたいテーマである。
11月は少し切り口を変えてみたい。
11月は【理科の部屋】誕生の月だ。そこでそれにちなんで「寅彦と理科教育」をテーマに読んでみたい。
2013年11月オンライン「寅の日」は2回ある。
◆第49回オンライン「寅の日」…11/08(金)
◆第50回オンライン「寅の日」…11/20(水)
である。
▼「寅彦と理科教育(科学教育)」と言ってもこれまた広く大きなテーマである。読み方しだいでは、どのエッセイにも理科教育への大きなヒントを与えてくれているし、重要な示唆がある。
 なかでも今回は特に理科教師に直接エールを送ってくれているものを選びたい。
ふたつともこれまでにオンライン「寅の日」で読んだものであるが再度読んでみたいと思う。
お気に入り2題である。
■2013年11月オンライン「寅の日」
◆第49回オンライン「寅の日」…11/08(金)「科学者とあたま」(青空文庫より)
◆第50回オンライン「寅の日」…11/20(水)「雑感」(『理科教育』寄稿)(青空文庫より)
11/23(土)・24(日)【理科の部屋】20周年記念オフでは、24日(日)に理科ハウスを訪問させてもらって、寅彦とは関係が深い石原純についてもお話を聞かせてもらえる。
「寺田寅彦と石原純」、ふたりの科学者の「理科教育」「科学教育」への思いを学ぶことができるかも知れない。
たいへん興味深いかぎりだ。
 楽しみな11月になりそうだ!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(283) #20thrika

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▼昨日の朝、私は悩んでいた。
「こんなときはどうしたらうまく写真が撮れるんだ!?」と。
ちょっと遅れていたので慌てて玄関を出た。
そしたら例のジョロウグモがまたしても大物の「狩り」をしていた。
これはぜひとも写真におさめておきたいと思った。どうも光の射す角度が悪い。
でもゆっくりと考えている時間がない。とりあえずシャッターをきりまくった。
▼私は、まだまだ
◆【記念企画】100人発言プロジェクト
にこだわっていた。
それが面白すぎるのだ!!
 もうひとりの私が言う『過去にばかりこだわっているとこれからが見えてこないぞ!!』と。
わかっているはず、しかしこれはほんとうに「過去」なんだろうか。
 やがてとんでもない衝動が…。
▼それは「この【記念企画】を20周年の今、再びやることはできないだろうか」という「思いつき」の衝動だ。
◆【理科の部屋】20周年【記念企画】100人発言プロジェクト
・100人って、誰が発言するのか?誰に呼びかけるのか?
・発言する場所は?
【理科の部屋】5での可能性は?
・…
次々と課題がて出てくる。この「思いつき」はしばらく寝かせて醸成してみることにしよう。
▼開設から数年のあいだは、とても多くの【企画】が提案されていた。
今も、「記録化」されて残っているものを見ているとワクワクしてくるのである。
◆【理科の部屋】杯ロボットコンテスト 
 
◆【星空の連帯】~地球まるごとプラネタリウム~

◆インターネット版【理科の部屋】

20年の時空はまちがいなくツナガッテイル!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(282) #20thrika

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▼伊豆大島の「大雨」の爪痕をテレビでみながら、あらためて「雲見」をした。
定点観測地に立ち、しばらく「雲見」をしていた。
「大雨」にいたるまでを頭の中でシミュレーションしてみる。
そして「上がるとザアザア…」を繰り返していた。
う~ん、やっぱり哀しい。それで…。
▼【理科の部屋】のはじまりを「現在地」からふり返る作業続ける。
【理科の部屋】開設から一年たったころひとつのプロジェクトをはじめていた。
◆【記念企画】100人発言プロジェクト
である。
 開設から一周年を記念して「私と【理科の部屋】」をテーマに各種企画の提案、近況報告を発言してもらおうというプロジェクトであった。
 1994年の11月からはじめて、100人発言に到達したのは翌年(1995年)の8月末であった。
今、手元に100人の発言をプリントアウトしたものがある。
▼その「100人発言」をひとつひとつ読み返していると感慨深いものがある。
20年後の「今」はそこにすべて語られていた。
歓迎メッセージ
**************************************
日本の理科教育情報発信基地
             
       【理科の部屋】へようこそ        
                                
(^o^)/ あなたもここで情報発信者に\(^o^)   

 情報は、発信されるところに集まる。

 あなたがノックされるところがドアです。

 時空を超えて響きあい・学びあい・高めあう世界を
**************************************
の思念はもう始まっていた。
そして「今」にツナガッテイタ!!
▼【理科の部屋】20年の歩みの最大の成果は
「ヒューマンネットワークのすばらしさ!!」の発見である。
今、無性にこの100人の方々ひとりひとりにお会いして語り合いたい気分だ。
「20年の歩み」と「これから」を…。

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サイエンスコミュニケーター宣言(281) #20thrika

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▼すっかり葉の季節へとシフトしようとするヒガンバナをまだまだ追い続けていた。
まだ立っている花茎で子房部が脹らんでいるものはないか、それをさがしていた。通勤路のスポットで車をとめてしばらく見て回っていた。そしたら、今年もやっぱりそれをみつけた。
花茎は早めに草刈りで刈り倒されていた。その倒れた花茎の先に異様に子房部がふくらみはじめるものを見たのだ。花茎が立ったままでは栄養は鱗茎へ回収されてしまうのだろうが、ある段階で刈り取られてしまったら残った水分栄養分は子房部へ送り込まれ脹らんでくる、と仮説を立てている。今年もこれを水栽培をしてみることにした。
▼【理科の部屋】のはじまりを「現在地」からふり返ることをつづける。
「~授業を語り合おう~」とはじめられた【理科の部屋】は情報にこと欠かなかった。
なにしろ毎日、毎日、理科室で悪戦苦闘を続ける「授業」が情報源だったのだから。
●授業こそ教育実践の最前線である!!
それは言葉にしなくても暗黙の了解としてあったような気がする。
▼初期の【理科の部屋】を特徴として「三無主義の有効性」ということがあったように思う。
「三無主義の有効性」とは
・無知の「知」
・無能の「能」
・無名の「名」
である。これはとりわけ私の場合の話であるのだが。
 無知の「知」。ネットを通して多くの人と知り合いになると、これまでにもまして自分の浅学無知を自覚するようになった。しかし、ネガティブな面だけではなかった。
「世の中はそんな世界があるのか!!」
「知らなかったことを知るのはこんなにも面白く楽しいものなのか!!」
毎朝、感動の連続であった。
 無能の「能」。私はネットどころか、パソコンそのものが大の苦手であった。苦手意識も手伝いそのようなものを使い「教育」を語ることに批判的ですらあった。パソコンをさわりはじめて20数年たつが、まだこの苦手意識は払拭できないでいる。しかし、その無能の「能」が幸いした。スキルをもたなかった故にスキルをもつ人に教えてもらえることができた。これがきわめてありがたかった。
 スキルをもつ人の指南を受けて、自分でもできるようになると滅茶苦茶うれしかった。
 無能だったおかげで私は、ネットの世界にたくさんの「師」をもつことができた。
この20年間、ずっとその多くの「師」に世話になりっぱなしである。アリガタイ!!深謝!!
▼きわめつけが無名の「名」だ。
【理科の部屋】に集ってきたメンバーのなかには著名な方もおられたが、基本的には無名のひとの集まりであった。
私にはそのことが最も大きな特徴であり、最もすばらしいことに思えた。
無名の「名」とは、無数の「私」を意味する。
ひとりの「私」と同じ悩みや夢や喜びをもつ「私」が無数にいることを意味していた。
明日の授業に悩む「私」が…
小さな「ふしぎ!?」に感動する「私」が…
だから【理科の部屋】はフラットであった。
情報の発信者と受信者は日々刻々と入れ替わっていった。

(つづく)

 

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サイエンスコミュニケーター宣言(280) #20thrika

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▼今はときおり強い風が吹く!!
昨日も雨が降っていた。そのなかでも庭のホトトギスが咲いていた。
となりでは定点観測地のヒガンバナの花茎の足元から葉が出てきた。他のところではすっかり葉の季節になろうとしているのにここは遅かったのだ。
▼10月半ばを過ぎて私は少し「あせり」のようなものを感じていた。
それは、きっと【理科の部屋】20周年記念オフが近づいてきているからでもあろう。
 もうあと一ヶ月少しになってきているのだ。
 今さらなにも特別のことを準備するつもりはない、それこそありのまま、「等身大」でいくしかないのだが。
 ことの成り行きで少し話をする時間をもらった。
「ヒガンバナ」とお題をいただいた。
これはきっとながいあいだ「ヒガンバナ」ことばかりこだわってきているので、それなら話ができるだろうという配慮のうえでのリクエストだろう。
 私はこれを少しかたちを変えて「【理科の部屋】とヒガンバナ研究の歩み」とでも改題して話をさせてもらおうと思っている。
 さてそれなら少し頭の整理が必要になってくる。どうしたものだろう…。
▼一方、サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」確認の作業をしていた。
5つの座標軸で行っていた。
【理科の部屋】の歩みに関連するのは
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
のふたつであると思われる。
 少し独断と偏見による
◆【理科の部屋】20年史年表はつくっていた。まだまだ更新中であるが。
 これを、少していねいにたどってみようと思う。この一ヶ月のあいだに…。
そう決めた!!
▼そもそも【理科の部屋】はどのようにしてはじまったのか?
●情報は発信するところに集まる!!~【理科の部屋】とは~
にくわしく書いているが、それをさらにくわしく「現在地」から見なおしてみる作業からはじめる。
【理科の部屋】にはサブタイトルのようなものがついていた。
【理科の部屋】~授業を語り合おう~
だったと思う。
 そう「授業を語り合う」ことを主目的とした会議室設立だったのである。

(つづく)

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本日(2013/10/15)、第47回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼秋祭りが終わった翌日。いつもの朝の散策コースを歩いてみた。
野はみごとにセイタカアワダチソウで黄色く染められつつあった。一方庭のホウキグサは真っ赤に染まっていた。
いよいよ本格的に秋に入っていた。
 もう季節は遡行することはないだろう。
▼本日(2013/10/15)は第47回オンライン「寅の日」であった。
今回はこれまでとちょっとちがったこともやってみた。
それは寅彦の文章を耳からも味わってみたのである。それは人から教えられて次のDVDを手に入れたからである。
◆DVD『寺田寅田寅彦作品選①「津浪と人間」「地震雑感」他』(しみじみ朗読文庫 密林社)
このなかに今回の「神話と地球物理学」も含まれていた。
何度か聴いてみた。
眼と耳からで、少し深読みできたかと思うが、さて…

■第47回オンライン「寅の日」
●「神話と地球物理学」(青空文庫より)

▼今回も出だしから斬新であった。

 われわれのように地球物理学関係の研究に従事しているものが国々の神話などを読む場合に一番気のつくことは、それらの説話の中にその国々の気候風土の特徴が濃厚に印銘されており浸潤していることである。たとえばスカンディナヴィアの神話の中には、温暖な国の住民には到底思いつかれそうもないような、驚くべき氷や雪の現象、あるいはそれを人格化し象徴化したと思われるような描写が織り込まれているのである。  それで、わが国の神話伝説中にも、そういう目で見ると、いかにも日本の国土にふさわしいような自然現象が記述的あるいは象徴的に至るところにちりばめられているのを発見する。

 「神話」などと言うとややもすると「科学」の対極にありそうに思ってしまうところであるが、寅彦はこう読み解くのである。
さすがである!!
 誤解してはならないことも強調していた。
 

誤解を防ぐために一言しておかなければならないことは、ここで自分の言おうとしていることは以上の神話が全部地球物理学的現象を人格化した記述であるという意味では決してない。神々の間に起こったいろいろな事件や葛藤(かっとう)の描写に最もふさわしいものとしてこれらの自然現象の種々相が採用されたものと解釈するほうが穏当であろうと思われるのである。

「神話」のなかにも「科学」を発見しようとする姿勢は示唆的である。
この段階(1933年)の「ウェゲナーの大陸移動説」も引き合いだして次のように語っているのだから

出雲風土記(いずもふどき)には、神様が陸地の一片を綱でもそろもそろと引き寄せる話がある。ウェーゲナーの大陸移動説では大陸と大陸、また大陸と島嶼(とうしょ)との距離は恒同(こうどう)でなく長い年月の間にはかなり変化するものと考えられる。それで、この国曳(くにび)きの神話でも、単に無稽(むけい)な神仙譚(しんせんだん)ばかりではなくて、何かしらその中に或(あ)る事実の胚芽(はいが)を含んでいるかもしれないという想像を起こさせるのである。あるいはまた、二つの島の中間の海が漸次に浅くなって交通が容易になったというような事実があって、それがこういう神話と関連していないとも限らないのである。

▼結びに言っている

わが国の神話が地球物理学的に見てもかなりまでわが国にふさわしい真実を含んだものであるということから考えて、その他の人事的な説話の中にも、案外かなりに多くの史実あるいは史実の影像が包含されているのではないかという気がする。少なくもそういう仮定を置いた上で従来よりももう少し立ち入った神話の研究をしてもよくはないかと思うのである。

このことは、80年後の今も私たちにきわめて有効な「視点」を与えてくれているのである。
最後のことばより強烈である。

きのうの出来事に関する新聞記事がほとんどうそばかりである場合もある。しかし数千年前からの言い伝えの中に貴重な真実が含まれている場合もあるであろう。

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【Web更新10/13】13-41 サイエンスコミュニケーター宣言 等 更新!!

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ミゾソバや 過ぎ行く太鼓 響くなり 13/10/12 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】13-41
週末定例更新のお知らせ
 このblogのサイドに<検索フレーズランキング>というのが日替わりで表示されるようになっている。これを読むのがけっこう楽しい!!
 自分の書いた記事がどんなフレーズで検索されているかを示すものだが、自分でも思い当たることないようなフレーズがあがってきたりして、その「記録」を読みなおしてみるのが面白いのだ。
 あらたな「発見」もあったりする。拙くてもやっぱり継続していこうと思う瞬間である。

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ ミゾソバ
 私は、このミゾソバという花が好きである。白からピンクへのグラデーション!!
ピンクの金平糖のような可憐さ!!名のとおり水際に群生していることが多い、そこらの川や溝ばたにごく自然に咲いていることが多い。
 飾り気のない至高の美しさがあるような気がする。
 ミゾソバが咲いている川辺を屋台(神輿)が太鼓の音ともに通り過ぎた。
週末は地域の秋祭りだった。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 5つの座標軸に「現在地」をプロットしたら、次に向かおう!!
ゆっくり 急ぎながら!!

◆ヒガンバナ情報2013 更新!!
 「葉」と「種子」にこだわり続け観察を続けたい!!
 多くの眼で観察すれば、かならずや新展開があることを信じて…。

◆授業【動物の世界】 更新!!
 繰り返しになっても気づいたことは「記録化」しておきたい。
 更新しつづける意思表示のためにも…。

さあ!!
新しい一週間がはじまる。疲れを忘れて前に進もう!!
 

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サイエンスコミュニケーター宣言(279)

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▼軒下で凄まじい狩りをしていたジョロウグモが今度は巧みなネット張りの技を見せてくれていた。全長は2~3mにも達するような見事なネットになろうとしていた。その大量の糸は狩りで得た物質の化学変化したものなんだろうか。それにしてもやっぱり「ふしぎ!?」だ。
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 大賀ハス蓮根の植え替えから28週目の定例観察日でもあった。今年も蓮根の植え替え時に残った(と言っても圧倒的にそちらの方が多かったのだが)蓮根を容器に入れ水を張るだけの水栽培をした。今年はその水栽培の方で3つの花を観察することができた。その水栽培の方もわずかに緑の葉を残すのみで枯れはどんどんすすでいた。
▼サイエンスコミュニケーターとしての「現在地」の確認作業を5つの座標軸でやっていた。
ほんとうの「現在地」確認のためには、もうひとつの作業が必要なことに気づいた。
それは座標軸の「原点」の確認だ。
自問自答してみた。
この営みの「原点」はどこにあるのか?
▼まだまだ人前で名のるのに気恥ずかしさともなう「サイエンスコミュニケーター」という肩書き。
そもそもなんで自分のことをこう名のろうと思ったのだろう。
・サイエンスコミュニケーター宣言(1)(2011/4/1)
を読み返してみた。
 自分でも驚いてしまうほど、心情的には今と同じである。
それはあまり進歩していないということなんだろうか?
▼さらなる「原点」をみつめたくなって
・【理科の部屋】20年史
を見てみた。
ここでも同じだった。
 「日本理科教育史・他」「インターネットの歴史」は大きく変化しているのに、私の「原点」は変わってはいなかった。
考えてみるとそれはアタリマエ!!
「原点」がコロコロ変わっていたら、座標軸が設定できないのだから。
しかし
「原点」が変わらないということと、進歩がないということとはまったく違うはず!!

さあ!!
「原点」確認できたら、座標軸に「現在地」をプロットしてみよう!!
ゆっくり 急ごう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(278)

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▼玄関出たすぐの東の軒下にもジョロウグモが大きな巣を張っていた。そこに大きなトンボが引っかかっていた。
こんな大きな獲物をどうするんだろうと思って朝出かけた。帰宅してしばらくそれを見ていると、なんとも凄まじい狩りをはじめた。あのコガネグモとはまたちがった凄みがあった。
「体外消化」を知ったから、その狩りも少しちがって見えてきた。
自然の「ふしぎ!?」、その面白さは尽きることがないのである。
▼一方では「仕事」が少し混んできたので、頭の整理が必要になっていた。
「現在地」を確認しておく必要があった。
そんなときは、あのサイエンスコミュニケーターとしての5つの座標軸だった。
(1) 道楽的「科学」・道楽的「理科」の追求!
(2) サイエンスイベント・ムーブメントに参画する。
(3) 中学校「理科」カリキュラム全課程実践的検討!!
(4) あらたな理科教育コミュニティの構築!
(5) 日本理科教育史を現在進行形のかたちでまとめる。
それぞれの座標軸での「現在地」をプロットしてみる。
▼その作業の中で、一貫して確認しておきたいのは「私の科学」の現在地だ。
「私の科学」を別のところに置いておき、いろんなことを考えてもそれは空しい!!
いろんな「○○の科学」を含みながら到達した「私の科学」。
それは決して完成したものではない。
しかし、それが私の主文脈であることは確かだ。
▼久しぶりに愛用していた「整理のプロセス」表を見た。
(あんなに愛用していたのにこのごろ見ていなかった。どうしてだろう?)
「空間の整理」
「情報の整理」
「思考の整理」
そして究極の「時間の整理」だ。
まずはやりたいことリストアップしてみる。
そしてプライオリティをつけてみる!!

週末の大事な仕事になりそうだ。

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【授業】オシッコは血液からできるんだ!!

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▼定点観測のヒガンバナのうえの柿の木にネットをはっていたジョロウグモが、台風の後引っ越しをしてしまっていた。それならばと近くを見回してみると、居るわ居るわあちこちにジョロウグモがネットを張っていた。
ゴンビ(グミ)の木にネットはったやつはちょうど眼の高さだ。
こいつならいつでもじっくり観察できる。こいつに決めた!!
 「クモばっかり病」秋編のはじまりになるかも知れない。
▼ところでこいつはどんなオシッコをするのだろう?
こんな変な「ふしぎ!?」が生まれてきたのは、きっと授業でオシッコをやったからだろう。

「消化」「呼吸」「血液」「心臓」「血液循環」等々とやって最後が「オシッコ」だった。
▼もう一度「食べる」から繰り返してみた。
炭水化物(C.H.O)、脂肪(C.H.O)、タンパク質(C.H.O.N)からCO2、H2Oそして問題のアンモニアNH3だ。
一学期の化学変化の復習を兼ねて原子で追ってみた。
 有害なアンモニアを体内に置いておくわけには一刻もはやい処理が必要だ!!
肝臓へ送り、尿素に変換そしてオシッコ製造器=腎臓へ送り込みフィルタリングする。
そして輸尿管で貯蔵タンク(ぼうこう)へ運び込み体外に出す。
なんとみごとなシステムだ!!
まさに「肝腎」の連携プレーだった。
 ぬり絵をしながら血管と腎臓がつながっていることを確認した。
オシッコは血液からつくられるんだ!!
このアタリマエの事実!!
そして「オシッコ」の重要性!!
▼「オシッコ」を馬鹿にしてはいけない。
有用なものを利用したら不要なものが残る。不要なものが有害なものならなおさらである。
緊急な処理が必要なのである。
 他の動物でも同じだった。「オシッコ」進化してきた?。
 水洗トイレのなかで生活するような魚くんたちは「アンモニア」のオシッコでよかった。
鳥たちは、ウンコと一緒に白い固形のオシッコ(尿酸)をする。

さて元にもどってクモのオシッコのことを調べていたら、クモの「体外消化」のことを知った。
夏のコガネグモの「狩り」を思い出した。ナルホド!!
オシッコは鳥と同じように「尿酸」らしいが、まだくわしいことはわからない。
ぜひぜひ貴奴のオシッコを見てみたいものだ。

あいつの「オシッコ」は…と考えてみるとその動物のくらしが見えてくる。
たかが「オシッコ」とあなどってはいけない。
されど「オシッコ」だ!!

「オシッコ学」は奥が深いのだ!!

 

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【授業】ぬり絵の「科学」!!

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▼台風24号は、思っていたほどの風をもたらさずに通り過ぎていった。
しかし、低気圧になって温かい空気を南から吸い込んでいるという。ともかく暑い!!
暦を疑いたくなるぐらいだ。
 あいかわらず、通勤路でもヒガンバナの「種子」探しをしていた。
 なかには、今なお盛りというところもあった。
まさかこの暑さでの勘違いではなかろうとは思うが。
▼授業はピッチをあげていた。
そのなかでこれまでにもよく使ってきたお気に入り教授法を使っていた。
それは「ぬり絵」だ。
今さらの方法である。
「ぬり絵」をしながら人のからだのつくりとはたらきを学んでいくのである。
ITC教育真っ盛り、教科書ももうすぐ電子本になろうかという時代にえらく古典的な方法である。
しかし、私は逆にそんな時代であるからこそ有効な方法なのかも知れないと思っている。
▼参考にしているのは
■カラースケッチ解剖学 (監訳)嶋井和世 廣川書店
である。
 医学部・薬学部の学生さんや看護士をめざす学生さんが使っている本である。
私が手元に置いているのは第一版と第三版である。
 いわば専門書ですね。その方がいいですね。ある面「わかりやすい」です。
ここにも「すぐれた教材の法則」があるのかも知れない。
●すぐれた教材の第二法則
・3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則
▼「ぬり絵」をしながら、ゆっくりと認識を深めていくのである。
各器官の名称、はたらき、つながりを…。
 なんらかの作業を伴う認識過程は、ただ見るだけとは大きなちがいがあるように思う。
 唐突にも思い出すのは、あの「知の巨人」熊楠の記念館で見た写本の筆写だ。

「知」を獲得していく方法は多様であっていい。
少しでもより有効な方法を探していこうと思う。
 

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ビガンバナはほんとうに結実しないのか!? #higanbana

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▼朝起きて外に出たら風は強い!!
「風を背にしてたち左手前方向に…」をやってみる。後で天気図で確認してみるとまずまずだ。
ネットにつないだら「ヒッグス粒子」の話題でいっぱいだ。
浅く少ない知識をつないで、その「ふしぎ!?」を整理してみた。
なんとも「ふしぎ!?」はふくらむばかりだ。
▼このごろずっと頭にある「ふしぎ!?」は、もう少し等身大のものだった。
ここのところこの時期に毎年、毎年繰り返している「ふしぎ!?」でもあった。
「ヒガンバナはほんとうに結実しないのか!?」
という「ふしぎ!?」である。
どこでもヒガンバナの花の咲き終わった群落をみつけると車をとめて観察をしている。
「子房部が脹らんで来ているものはないか?」
と。
▼私自身も、2005年には家の近くで結実するヒガンバナをこの眼で確かめていた。
 残念ながら発芽させるまでにはいたらなかったが。
 同時に種子を追っている知人で、「発芽」にまでいたった具体例をこれまでに全国で2例を知っている。
だから、どうしても「完全不稔性」を認めたくない気持ちがはたらくのである。
シロウトの「こだわり」である。
▼その「こだわり」に拍車をかける論文に一昨年出会った。
■「ヒガンバナの稔性と発芽について」(瀬戸 良久・武市 早苗・中嶋 克行 神奈川自然誌資料 2011)

である。
 ますます「こだわり」は脹らむのである。
自分ひとりで観察していてもみつけることができないなら、多くの人の眼で観察したらどうだろう。
#higanbana ネットワークを駆使したらどうだろう。
「こだわり」は 「期待」にかわっていくのだった。

こんな「科学」も面白いかも!!

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【お薦め本】『図解・プレートテクトニクス入門』(木村学・大木勇人著 ブルーバックス講談社)

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▼定点観測を続けるヒガンバナのうえの柿の木のあいだにジョロウグモが巨大な三層のネットを張っていた。ジョロウグモも見るたびに大きくなっていっているように感じていた。
 今年の夏、偶然に貴奴=コガネグモに出会い、貴奴のみごとな「狩り」を目撃することがなかったらこんなにもクモが気になることはなかっただろう。あの衝撃的な出会いが、私には「目からウロコ」であった。
 すっかり「クモばっかり病」を発症し、「クモの世界」を堪能したのだ。
その余韻は今も続く、だからクモが気になってしかたないのだ。
▼今日、紹介するのは、「目からウロコ」になる可能性を秘めた一冊の本だ。

■『図解・プレートテクトニクス入門』(木村学・大木勇人著 ブルーバックス講談社 2013/09/20)

 私は著者のひとり木村学さんの大ファンである。
前著『地質学の自然観』(木村 学著 東京大学出版会)を読んで以来大ファンになってしまったのである。
研究最前線で活躍する大学の先生とポンコツ理科教師と同レベルで話をするなど不遜極まりない話だ。
 しかし、なぜかこの人に「同じ時代の空気を吸ってきた」仲間意識をもってしまうのである。
▼実は、前著『地質学の自然観』を読んでからずっと著者にこんな本を書いて欲しいと思っていた。
あの語り口調で、等身大に「大地の動き」を語ってもらったら、今までのモヤモヤも幾分かは晴れるのではないかと期待したからである。
 私は、長きにわたって「大地の動きを現在進行形でとらえる」をめざして授業をやってきた。
 しかし、いつも自分の不勉強も手伝ってなにかモヤモヤしたものを残していた。
とくに「プレートテクトニクス」に関してはそうだ。
 もう今や、アタリマエのこととしてTVや新聞に登場するのになぜ学校「理科」に登場するまでにタイムラグが生じてしまったのだろう。
 私のモヤモヤの正体や、この「ふしぎ!?」にはじめて答えてくれたのがこの本だ。
 だらだら語るのはやめよう。
お薦めポイント3つあげよう。(こんなときは3つだと前著で教えてもらった!)

(1) 今まで読んだ類書のなかでいちばんわかりやすかった!!
  (そんなたくさん読んだわけではないが…。著者の言う「中学校理科を履修しただけの基礎知識でもわかる入門   書」はみごとに実現している。)

(2) わかりやすくための工夫がいたるところにあった!!
  (専門用語には必ずくわしい解説がある。その語源、意味にもふれている。それでも専門用語はわかりにくかろ  うと、たとえば「やわらかいアセノスフェア」「硬いリソスフェア」使い続ける等々)

(3) 中学校理科で履修する「科学」がツナガッテイルことを教えてくれている!!
  (「原子」「密度」「状態変化」「結晶」「化学変化」「宇宙誕生」「応力」「力学」等々すべてがツナゲテ語られてい    る。総合的、複合的視点に立って語られている。ホンモノの専門家ならではの技である。アリガタイ!!)

▼この本はできるだけ多くの人に読んで欲しい。
若い学生さんたちはもちろんのこと。
「プレートテクトニクスって?」って思っている大人も。
なにも負い目をもつ必要などない。
多くの大人は学生時代に「これ」を学んでいないんだ。
わかったつもりの人も今一度、この分野の最前線で活躍する研究者の「そもそも…」の話に耳を傾けてみよう。
「南海トラフ巨大地震」にナットクして備えるためにも…。

きっと「目からウロコ」が…。

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【Web更新10/6】13-40 「新・私の教材試論」 等 更新!!

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秋雨や ムラサキの実も ぬらしたり 13/10/05 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】13-40
週末定例更新のお知らせ
 今朝起きて外に出たら、金木犀のあの甘い香りがしてきた。空にはオリオンが天頂ちかくまで昇ってきていた。
そしたら寅彦のあのコトバを思い出した。
 

「自然」は過去の習慣に忠実である。

また
科学の方則とは畢竟(ひっきょう)「自然の記憶の覚え書き」である。自然ほど伝統に忠実なものはないのである。

 とも言っていた。(「津浪と人間」)
 まったくである。去年の今朝がそうであったように、10年前・20年前の今朝も金木犀は香り、オリオンはあんなにも高く昇っていたのだ。
 こんな自然とうまくつき合う方法はただひとつ、まずは飽きもせず同じことを繰り返すことである。
先週末もあいかわらず定例更新をした。

◆表紙画像2013 更新 人里の自然シリーズ ムラサキシキブ(コムラサキ?)
 家の周辺の自然が一変してから、もう数年たった。
 かつて朝の散策コースにムラサキシキブの群落があった。耕作されなくなった泥田にいっぱいあった。この時期になるとみごとなムラサキに実が染まるのが楽しみだった。ところがそれは今はなくなった。
 昨年、苗木が売られいるのをみつけて西のゴンビの木の側に植えてみた。
 今年、あのムラサキ色が久しぶりに帰ってきた。秋の雨がそのムラサキの実をぬらしていた!!

◆新・私の教材試論 更新!! 
ずいぶん久しぶりに更新した。授業をつづける限り更新を続けて行きたい。

◆【授業】【動物の世界】更新!!
 新たなシナリオはどこまで書けるだろうか?


◆ヒガンバナ情報2013 更新!!
 葉の季節へいっきょにシフトしていっている
理科的には今からがほんとうの「見ごろ」なのだ。あらたな「ふしぎ!?」も生まれてきている。
今年もまだまだ続けたい。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 はじめてから1年半が過ぎた。
 昨年の今ごろからしきり言っているオフライン「寅の日」!!
 夢として語るだけでなく実現に向けて動きはじめたい。

 さあ、新しい一週間がはじまる!!
金木犀の香りは、この一週間もつだろうか。オリオンはどこまで高くなるのだろう。
ゆっくり 急ごう !!

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ファラデーラボ「化学反応のかがく」は実に面白かった!!

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▼大賀ハス蓮根の植え替えから27週目の定例観察日であった。
朽ち果てていく葉は観察池の泥に帰ろうとしていた。これとてゆっくりとした化学変化なのであろう。
地球上で繰り返し繰り返し気の遠くなるぐらい時間繰り返して変化なんだろう。
そんな変化の一部をきりとってきて目の前で「実験」してみたら面白いだろうな。
▼理科の授業のなかで「実験」の占める位置の重要性は今さら語ることではなかろう。
自明すぎるほど自明のことである。
今も、昔も子どもたちは言う。
『「実験」があるから理科は好き!!』と。
ところが実際には現場でそれだけ「実験」が行われているかというと…。

昨日、あらためてこの「実験」の面白さ・楽しさを実感する機会があった。
■ファラデーラボ 第45回かがくカフェ 化学反応のかがく 
・テーマ 化学反応のかがく -マイクロスケール化学実験をはじめよう-
・内容  マイクロスケール実験ワークショップ講師  佐藤美子さん
である。
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▼マイクロスケール実験の有効性を講師の佐藤先生は次のように語った。
・ひとりひとりが「自分で実験した!!」と実感できる。(自分の手と眼と鼻で…)
・自分の頭で考える時間(機会)の確保ができる。
なるほどである。
理科教師なら誰もが願ってきたことだ。しかし…
3つのマイクロスケール実験を楽しませてもらった。
(1) 塩化銅水溶液の電気分解
(2) 備長炭電池
(3) アンモニアの噴水実験
どれも中学理科定番中の定番実験である。
どの実験についてもナルホド!! ヘー!スゴイ!!
という工夫・アイデアがあった。
それにまた感動してしまうのだった。
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▼贅沢にも、昨日はこの「化学」分野のマイクロスケール実験に加えて「物理」分野のマイクロスケール実験を紹介してもらったのである。
・物理分野マイクロスケール実験ワークショップ
・担当 森本雄一さん(かがく教育研究所)
・内容 回路カードシステムを活用した小中高電磁気分野の生徒実験

この「回路カードシステム」というのがまた実に興味深いのである。
いたるところに学習のプロセスを意識した工夫が凝らされているのだ。
この後の展開が楽しみである!!

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【授業】『人間は考える「ちくわ」である』!!

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▼庭のヒガンバナが萎れていく側でイヌサフランがもう満開であった。
ヒガンバナがお彼岸に照準をあわせて花茎をするするとのばし赤く燃え立つのもみごとだが、このイヌサフランもそれに負けず劣らずみごとだった。それまでまったく気配を感じなかったのに、あれよあれよと言う間に庭一面に花が地下から顔を出してきたのである。それは同時に金木犀のにおいを感じる季節でもあった。
自然はなんとも律儀なのである。
▼そんな季節の今、私は何か物足らなぬものを感じていた。
それがなになのか自分でもわからなかった。このblogを書いていて気づいた。
それは、【授業】だった。
ここのところ私のエネルギーの源である【授業】のことを語っていなかった。
けっして人様に語るようなりっぱな授業ではない。むしろ失敗ばかりのまずい授業の連続である。
 しかし、私にとってはそれがすべてなのである。
私は、「私の「ふしぎ!?」」からはじめて「卒業論文」にいたるまでの中学校理科全時間の授業を【実践DB】のなかですでに語っていた。しかし、それは完了していなかった。
 更新を繰り返さないDBなどに何の意味もない。
微更新でもいい、それを続けよう。
それがきっと「何か物足りない」感じをうめることになるだろう。
▼【授業】は【動物の世界】をやっていた。
 教科書と自分の実践を読み返し、もういちどシナリオを再構成する。
・もっとも教えたいこと、学ばせたいことは何か?
・現時点でもっとも有効と考えられる教材は?
・生徒たちの「私の「ふしぎ!?」」との関連は?
・あらかじめ準備する物は?
等々
▼実際に授業は進んでいた。
動物の「ふしぎ!?」の謎解き、第一方程式は「食べる」であると思っている。
これは全シナリオを貫く「科学」だった。
消化器官をやっていた。あの自分でつくったあのセリフを思い出した。

人間は考える「ちくわ」である。!!

「ちくわ」を求めてスーパーへ車を走らせた。
 
 

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11/23(土)・24(日)【理科の部屋】20周年記念オフ案内(3)!! #20thrika

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▼「あんなきれいな花を咲かせていたのだから、実がなり種子ができても…」という思いはそう簡単に消えるものでなかった。まずは先行したシロバナヒガンバナが萎れていく。
その姿はあの眩しいばかり花を思い出すとき憐れにも見える。
 しかし、それはすべての花の宿命であった。
 それでも偶然にも子房部がふくらむということはないのか!?
じっと観察してみる!!
▼月が変わって、【理科の部屋】20周年記念オフの計画が多くの人の尽力でさらに詳しく決まってきている。
このプロセスが実に面白い!!
 20年の歩みの中で培われてきた【理科の部屋】ヒューマンネットワークを駆使して、この企画はより魅力的なものになっていっている。
▼2013/10/03現在のものをお知らせしておく。
****************************
■【理科の部屋】20周年記念オフ
【期日】2013年11月23日(土)午後~24日(日)午前

【会場】23日:株式会社 ナリカ
        (東京都千代田区外神田・最寄駅:JR御徒町など)
        アクセス http://www.narika.jp/access.html
    24日:理科ハウス
        (神奈川県逗子市池子・最寄駅:京急神武寺)
        アクセス http://licahouse.com/access.html

※23日のみ、24日のみの参加も可。途中参加、早退も可。

◆11/23(土)
12:30~ ガレージセール(ナリカ5階自由実験室)
13:00~ 受付(ナリカ4階交流広場)
13:30~18:00 第1部:報告・発表
「【理科の部屋】20年の歩みとこれから」(仮題)
 ●参加者自己紹介
 ●ソーシャルメディア(Facebookを中心)について(3Dプリンター模型
の話題も)(本間さん)
 ●福島からの報告(Ghanaさん)
 ●ヒガンバナの話(楠田さん)

18:00~20:00 第2部:祝賀会(ナリカ5階自由実験室)
 ●実験などを余興に

20:30~23:00 第3部:懇親会(案・御徒町駅前「おかってや」)


◆11/24(日)
10:00  理科ハウス集合・受付(昼食の弁当の予約など)
10:10~11:00 理科ハウス館内見学ガイドツアー
11:00~12:00 講演と自由交流
 ●石原純と理科ハウスについて(森裕美子さん)・他

12:00  中締め
 ●時間の許す人は昼食を共にしながら適宜延長戦
****************************
▼今回は特に24(日)の詳しいスケジュールも提案された。
こんな贅沢な会でいいのか、というぐらいの企画になってきた。
案内文のなかにあるように
「※23日のみ、24日のみの参加も可。途中参加、早退も可。」
である。ぜひ、ぜひ…

情報は交叉するところに生まれる!!
あなたのノックするところがドアです!!

【理科の部屋】20周年記念オフ掲示板へ!!

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本日(2013/10/03)、第46回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼10月になって家の西の荒れた庭に住んでいるジョロウグモたちの成長がめだつようになった。
たしかにこの背の模様には見覚えがあった。
 今年の夏はすっかり「クモばっかり病」を発症し、「クモの世界」を楽しんだ。9月に入って「ヒガンバナばっかり病」にシフトとして、クモへの熱はさめたかに思えたが、成長したジョロウグモたちをじっと見ているとやっぱりあのコトバが出てしまうのである。

「ねぇ、君不思議だとおもいませんませんか?」

▼本日(2013/10/03)は、このコトバを口癖とした寺田寅彦の作品を読む日だ。
なんとはや第46回目にもなったのである。
 10月も8月、9月に引き続いての大きなテーマ「文化としての科学」でやる。
切り口のちがう三つの作品でテーマを追う!!
■第46回オンライン「寅の日」
●「コーヒー哲学序説」(青空文庫より)
▼寅彦と親交のあった分光学の第一人者高嶺俊夫は、1928年(昭和3年)の春頃から一週間に一度のペースで寅彦と昼食会を催し、科学・学問・芸術の話題で盛り上がり“高等遊民”のくらしを楽しんだという。
高嶺はその日を「寅の日」と呼んでいたという。
 この「寅の日」を85年の時空を超えてオンラインで復活させたのが、オンライン「寅の日」だ。
今回のこの作品が書かれたのは1933年(昭和8年)である。
元祖「寅の日」まだ継続されていたのだろうか。
 いかにも元祖「寅の日」の話題になりそうな話である。元祖「寅の日」に同席させてもらっているようなつもり今回の作品を読んでみた。

 

コーヒーの出し方はたしかに一つの芸術である。
 しかし自分がコーヒーを飲むのは、どうもコーヒーを飲むためにコーヒーを飲むのではないように思われる。

コーヒーの味はコーヒーによって呼び出される幻想曲の味であって、それを呼び出すためにはやはり適当な伴奏もしくは前奏が必要であるらしい。銀とクリスタルガラスとの閃光(せんこう)のアルペジオは確かにそういう管弦楽の一部員の役目をつとめるものであろう。


 研究している仕事が行き詰まってしまってどうにもならないような時に、前記の意味でのコーヒーを飲む。コーヒー茶わんの縁がまさにくちびると相触れようとする瞬間にぱっと頭の中に一道の光が流れ込むような気がすると同時に、やすやすと解決の手掛かりを思いつくことがしばしばあるようである。

▼私はここまで読んで、いつもの安物のインスタントコーヒーをいっぱい入れた。
そして、それを飲みながら最後まで読んでみた。

芸術でも哲学でも宗教でも、それが人間の人間としての顕在的実践的な活動の原動力としてはたらくときにはじめて現実的の意義があり価値があるのではないかと思うが、そういう意味から言えば自分にとってはマーブルの卓上におかれた一杯のコーヒーは自分のための哲学であり宗教であり芸術であると言ってもいいかもしれない。
宗教は往々人を酩酊(めいてい)させ官能と理性を麻痺(まひ)させる点で酒に似ている。そうして、コーヒーの効果は官能を鋭敏にし洞察(どうさつ)と認識を透明にする点でいくらか哲学に似ているとも考えられる。

「たかがコーヒー一杯」
「されどコーヒー一杯」
なのである。
 元祖「寅の日」で興奮して力説する寅彦の顔が見えてきそうだ。
こう書いて私は今朝二杯目のインスタントコーヒーを飲み干した。

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新・私の教材試論(78)

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▼10月最初の朝日に庭の石榴が眩しかった。
今年もたくさんの石榴が実った。
何の手入れもせずにほったらかしていたから枝は伸び放題。
初夏にはその枝にあざやかな朱色の花を楽しんだ。そしてそれが今実り、固い表皮がパックリと割れなかか新鮮な種子が見えていた。まさに石のごとく堅く焦げた表皮は記録的な猛暑を記憶しているかのように見えた!!
▼こういう感動的なもの見ると、すぐさま「これは、教材にならないか!?」と考えてしまうのは理科教師の一種の職業病のようなものだ。
 「教材」について考え出したのは、理科教師になってすぐだった。
誰もが通る道だった。授業を成立させるためにもっとも有効な教材はなにか?
最も切実な問題であった。そんな遍歴のなかで到達したのは「すぐれた教材の法則」だった。

■すぐれた教材の第一法則
・3K1A(感動・簡単・きれい 安全)の法則 

■すぐれた教材の第二法則
・3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則

がそれである。
▼いかなる「法則」も使わなければ意味がない。
しばらく話題にしなかったから、これを話題にしながら進行形の「授業」を考えてみる。
 教材にも「不易流行」があった。
 「不易」教材とは?
 「流行」教材とは?
 ふたつの法則を使いながら、今授業で扱っている「教材」の再吟味をしてみたい。
▼授業そのものにも「不易流行」があった。
最近耳慣れぬコトバを聞くことが多くなった。
「反転授業」である。なんなのだ!?
「反転」って何と何が「反転」しているのだろう!?
その「授業」では「教材」とは何を意味するのだろう?

私は今ここで展開している「教材論」を「新・」と付け加え、さらには「論」とせずに「試論」としてきた。
常に更新し続ける意思表示だと思っている。
まだまだ「新・私の教材試論」をつづけてみよう!!
ゆっくり ゆっくり 急ごう !!

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新・私の教材試論(77)

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▼昨日(2013/09/30)、2013年度前半最後の日。「ヒガンバナの今」を記録して置きたくて曇り空のもと歩いてみた。定点観測地Cで見たのは葉であった。今年花茎を伸ばさなかった鱗茎から、そして花茎の足元から葉が出ていた。ヒガンバナは確実に「葉の季節」へとシフトしていっていた。
▼今日から2013年度後半がスタートした。
さて後半はと思ったとき思い出したのが、このblogで連載していた3つの試論のことだった。
○新・私の教材試論
○新・「自由研究」のすすめ試論
○新・クラウド「整理学」試論
 いずれもとぎれとぎれになりながらもひつこく継続してきた作業だった。
▼なかでも新・私の教材試論についての私の思い入れは強かった。
またしても大げさに言うが、私のライフワークと言っても過言ではないものだった。
それなのにずいぶんとご無沙汰してしまっていた。
もう半年ぶりぐらいになるが、少しツナイデ見たくなったので書いてみる。
▼すぐれた教材は授業の文脈(テクスト)から生まれる。それはひとつの確信であった。
授業は「動物の世界」が進行中だ。それに沿って考えてみよう。
先日、私の頭骨コレクション(頭骨コレクションの思い出-1   )を久しぶりに見せた。
 やっぱりホンモノがもつ威力はすごいと思った。

■すぐれた教材の第二法則
・3H(ホット・本質的・ホンモノ)の法則

は今なお有効であると確信した。 

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