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本日(2013/10/03)、第46回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼10月になって家の西の荒れた庭に住んでいるジョロウグモたちの成長がめだつようになった。
たしかにこの背の模様には見覚えがあった。
 今年の夏はすっかり「クモばっかり病」を発症し、「クモの世界」を楽しんだ。9月に入って「ヒガンバナばっかり病」にシフトとして、クモへの熱はさめたかに思えたが、成長したジョロウグモたちをじっと見ているとやっぱりあのコトバが出てしまうのである。

「ねぇ、君不思議だとおもいませんませんか?」

▼本日(2013/10/03)は、このコトバを口癖とした寺田寅彦の作品を読む日だ。
なんとはや第46回目にもなったのである。
 10月も8月、9月に引き続いての大きなテーマ「文化としての科学」でやる。
切り口のちがう三つの作品でテーマを追う!!
■第46回オンライン「寅の日」
●「コーヒー哲学序説」(青空文庫より)
▼寅彦と親交のあった分光学の第一人者高嶺俊夫は、1928年(昭和3年)の春頃から一週間に一度のペースで寅彦と昼食会を催し、科学・学問・芸術の話題で盛り上がり“高等遊民”のくらしを楽しんだという。
高嶺はその日を「寅の日」と呼んでいたという。
 この「寅の日」を85年の時空を超えてオンラインで復活させたのが、オンライン「寅の日」だ。
今回のこの作品が書かれたのは1933年(昭和8年)である。
元祖「寅の日」まだ継続されていたのだろうか。
 いかにも元祖「寅の日」の話題になりそうな話である。元祖「寅の日」に同席させてもらっているようなつもり今回の作品を読んでみた。

 

コーヒーの出し方はたしかに一つの芸術である。
 しかし自分がコーヒーを飲むのは、どうもコーヒーを飲むためにコーヒーを飲むのではないように思われる。

コーヒーの味はコーヒーによって呼び出される幻想曲の味であって、それを呼び出すためにはやはり適当な伴奏もしくは前奏が必要であるらしい。銀とクリスタルガラスとの閃光(せんこう)のアルペジオは確かにそういう管弦楽の一部員の役目をつとめるものであろう。


 研究している仕事が行き詰まってしまってどうにもならないような時に、前記の意味でのコーヒーを飲む。コーヒー茶わんの縁がまさにくちびると相触れようとする瞬間にぱっと頭の中に一道の光が流れ込むような気がすると同時に、やすやすと解決の手掛かりを思いつくことがしばしばあるようである。

▼私はここまで読んで、いつもの安物のインスタントコーヒーをいっぱい入れた。
そして、それを飲みながら最後まで読んでみた。

芸術でも哲学でも宗教でも、それが人間の人間としての顕在的実践的な活動の原動力としてはたらくときにはじめて現実的の意義があり価値があるのではないかと思うが、そういう意味から言えば自分にとってはマーブルの卓上におかれた一杯のコーヒーは自分のための哲学であり宗教であり芸術であると言ってもいいかもしれない。
宗教は往々人を酩酊(めいてい)させ官能と理性を麻痺(まひ)させる点で酒に似ている。そうして、コーヒーの効果は官能を鋭敏にし洞察(どうさつ)と認識を透明にする点でいくらか哲学に似ているとも考えられる。

「たかがコーヒー一杯」
「されどコーヒー一杯」
なのである。
 元祖「寅の日」で興奮して力説する寅彦の顔が見えてきそうだ。
こう書いて私は今朝二杯目のインスタントコーヒーを飲み干した。

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