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日本理科教育史と【理科の部屋】の歴史!! #20thrika

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▼大賀ハス蓮根の植え替えから26週目の定例観察日だった。今年の葉は特に無惨に枯れて行く感がする。
花が咲くのも一ヶ月ばかり例年に比べるとはやかった。だから葉が枯れるの少し早いのもアタリマエかもしれない。
私が心配するのは、これで来年にツナガル栄養を蓮根にためただろうかということだ。
 1951.3.30 大賀一郎先生が千葉県検見川の泥炭層から実を見つけ出した。それからいくつもの「大賀ハス物語」を経て、そして今、私の観察池に育つ。その「物語」を来年も繋いでいきたいのだ。
だから少し心配になるのだ。
▼私にはいくつかの「持病」がある。特に顕著に発症するのは「ばっかり病」だ。それと相反のするような「あれもこれも病」もときどき発症する。
 もうひとつ重篤な持病がある。「大げさ病」である。
 自分としてめったに発症しないと思っているが、つれあいに言わせるとそうでもないようだ。
 唐突に「大賀ハス物語」などと言い出すところがなどがその発症の証拠だという。
▼要するに小さななことを大げさに表現するのである。事大主義に陥るのである。
科学を云々する人間には少しまずいのかも知れない。
「等身大」ということをよく言うのは、自分への戒めがあるのかも知れない。

【理科の部屋】20年の歩みをふり返っていると、またまたこの病を発症してしまうのである。
○1886年(明治19)  「小学校令」 「小学校ノ学科及其程度」
に日本の「理科」とよばれる教育がはじまったとするなら、それから127年の歴史が流れた。
その間にいろんなことがあった。
 諸外国の影響もあっただろう。それぞれの時代の変化によっても変わってきただろう。
全容を理解せぬ人間のたわごとである。とも思いながら言うのである。

「日本理科教育史は【理科の部屋】によって変わった!!」

▼【理科の部屋】開設当時に書いた「【理科の部屋】とは」の文章のなかに次のような文言があった

 10年後、20年後に日本の理科教育研究史を語るとき、かならずや【理科の部屋】にふれら れることは確実であろうと思います。 「ああ、あれがこの時代の萌芽期であったのだなあ」と。Y(^^)ピース!
 

 我田引水ぶりは少し気恥ずかしいですが、20年後の今、間違ってはいなかったと思っています。

この間ずっと、一貫して【理科の部屋】では    『情報は、発信するところに集まる。』 と唱えてきました。これは、これまでの教育研究運動のコペルニックス転回で あり、一大パラダイムの転換です。  つまり、これまでの情報の「受信者」が、「発信者」に変わっていくのです。 じつは、ほんとうに必要な情報は「発信」するところに集まってくるのです。

持病の「大げさ病」を間違いなく発症した文章です。
でも今も続く「真実」を含んでいると思うのです。
そして、ここには「これから」も有効なメッセージが含まれいると思うのです。

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