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車窓から「雲見」の旅(3)

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▼「雲見」の旅二日目は雨雲ばかりの「雲見」となった。
七尾からから雨雲に追われる金沢に向かった。車窓からの雲は猛スピードで追いかけてきた。
▼金沢では、雨雲はついに雷をともなった多量の雨粒になった。
大雨のなかの移動は、なかなかままならなかった。
▼最後に立ち寄った金沢21世紀美術館では、白亜の建物は白い雨雲に溶け込んでいた。
▼雲粒から雨粒へ。
アタリマエのように言ってしまうが、けっこうここに興味深い「ふしぎ!?」があった。
そう言えば、その不思議の謎解きをした人物がいた。
今日は、その人を訪ねてみよう。

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車窓から「雲見」の旅(2)

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▼列車の車窓から「雲見」車窓から「雲見」の旅(2)をずっと続けていて気づくきわめてアタリマエのことがあった。それは、空はツナガッテイルということだった。
 兵庫・大阪・京都・滋賀・福井・石川と列車は走る。瀬戸内から琵琶湖そして日本海へと地上では移動した。空はツナガッタひとつの「空間」であった。
▼ そのツナガッタ「空間」は「大気の物理実験室」だった。
この「大気の物理実験室」はきわめて平べったい空間であった。
雲ができるのはせいぜい10㎞までである。
地上の移動距離に比べるとなんとわずかな距離だろう。
この薄っぺらい空間において行われる物理実験こそ天気の変化だった。
▼物理実験のルールは基本的にはたったひとつ!!
「上がるとザアザア 下がるとカラカラ」
だけだ。
 だから「雲ができる」→「上がるとザアザア」から、そこの大気はなんらかのことが原因で上がっていると考えてよいだろう。
 列車は琵琶湖の西を走っていた。ずっとずっと車窓からは雲が見えていた。
もう刈り取りがはじまっている向こうに比良山地がつづいていた。
山にぶつかった大気は上がらずを得ないのだろう。
日本海に抜けた、一度は雲は消えた。
しかし、初日の目的地和倉温泉に着いたときには雲は低く空を覆っていた。
ついには雨まで降り出した。
▼刻々と変化する「雲のかお」の表情を眺めているだけでも面白い。「雲見」の醍醐味はそれにとどまらず、これからの天気の変化を予想にもつながるところである。
天気図をみていると台風が近づいているようだ。
あたたかい大気と冷たい大気が衝突した前線の動きも気になる。

今日も「雲見」続けながら、旅のこれからを考えてみよう。

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車窓から「雲見」の旅(1)

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▼「一日でいちばんきれいな空」が夜明け前に訪れると教えられてきた。昨日は、それから少し後だった。
見えたきた雲に秋を感じた。それだけではなかった、彩雲もすこしみることができた。
 ああ やっぱり 「雲見」はいいな!!
 そう思ったら、急に「雲見」の旅にでかけたくなってきた。
▼決めた!!「雲見」の旅にでる。
地上のものを見るために旅をするのでなく、空の雲を見るための旅をしてみようと思う。
背景としての空でなく、空、雲が主役で山や海、観光名所はその背景!!
それが「雲見」の旅。
「雲見」だけに集中するため列車だけを利用しようと思う。
「青春18きっぷ」がまだ残っていたはず。
▼「雲見」のともはできるだけ限定しよう。
・ノートパソコン(天気図を見るため、情報発信!!)
・コンデジ
・デジイチ(迷っている)
・非接触温度計
・「マイ気象台」
・本2冊『雲のかお』 『自分で天気予報できる本』
・『ポケット アトラス 日本』(日本地図)
・双眼鏡
▼どちら方面に向かおうか。
空はツナガッテいるからどこに向かっても同じようなものだが、海山の背景によって「雲のかお」の表情は変わってくるだろう。
 今回はとりあえず能登半島方面をめざすことにする。
 準備にかかろう。

どんな「雲見」ができるか楽しみである。o(^o^)o ワクワク

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本日(2013/08/28)、第43回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼このごろ畦道や草むらを歩くとこちらがびっくりしてしまうほど一斉にイナゴたちが移動する。
それはまるで池に小石でも投げ込んだときに波が広がるときのようだ。いったいどれほどのイナゴたちが大量に発生しているんだろうと不思議に思ってしまう。いっきょに涼しくなったことと関係あるのかな。
 待てよ、これってイナゴだったかなバッタだったかな?こんなに長くつき合っていながらこんな初歩的なこと知らないんだ。どこがちがうんだったかな?
どこかにそんな話しあったような?
▼さて、本日(2013/08/28)は、第43回オンライン「寅の日」だ。
8月は「文化としての科学」という遠大なるテーマに挑戦中だ。そのことを少し頭の片隅において今回の「路傍の草」を読んでみる。
■第43回オンライン「寅の日」
●「路傍の草」(青空文庫より)
 1925年(大正14)、寅彦48歳のときの随筆である。
▼今月最初の「寅の日」に読んだ「科学と文学」のなかに「随筆と科学」について次のように言っている。

 それはとにかくとして、現在において、科学者が、科学者としての自己を欺瞞することなくして「創作」しうるために取るべき唯一の文学形式は随筆であって、そうしてそれはおそらく、遠き「未来の文学」への第一歩として全く無意味な労力ではないと信ずるのである。

と。
 こう言ったのは、今回の「路傍の草」を書いた8年後である。
 だから、私はこのように「科学者として」随筆を書いてきたよ と言う見本みたいものだと読める。
「路傍の草」のようにごく在り来たり暮らしのなかにも「科学」を見いだすことができるんだ。
そして「科学者の視点」で見ていけばこうなんだと言っているように読みとれた。
▼これを書いた年は、寅彦が理化学研究所の研究員になった翌年である。寺田研究室に中谷宇吉郎を助手として迎えた年でもある。
最後の文章
 因果をつなぐかぎの輪はただ一つ欠けても縁が切れる。この明白な事をわれわれはつい忘れたりごまかしたりする事がある。われわれの過失の多くはここから来る。鉄道や飛行機の故障などもこういう種類に属するのが多い。綱紀紊乱(こうきびんらん)風俗廃頽(ふうぞくはいたい)などという現象も多くはこれに似た事に帰因する。うっかりこの下手(へた)な手品師を笑われない。

は、今日の擬似科学批判にもつながると思うのだがどうだろう。
    
今回は「三上」とは の話からはじまる。
私にとっての「三上」とは を考えてみる一日にしてみたい。

 

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9/7(土)、ファラデーラボで「ヒガンバナのかがく」!! #higanbana

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▼一昨日の大雨で川沿いのナガコガネグモが気になった。いっきょに降った雨で水かさふえ、貴奴等がネットを張っている草まで浸かってしまったのではと心配になったからである。
 予想はあたっていた。かなりの水位だったようだ、草は土手の高い位置のものまでなぎ倒されていた。
ナガコガネグモがいたあたりにも同様であった。貴奴を捜した。そしたらなんと倒れてしまった草になにごともなかったのごとくネットを張っていた。それだけではない倒れた草の葉に隠れたように茶色い物体が…、ひょっとして卵のう!? 別のナガコガネグモは自分より大きな図体の大きなバッタの狩りを…。
 なんとしたたかな!!でも4億年も前から地球上にくらしてきた貴奴らにとってそれはアタリマエのことなのかも知れない。
▼ところで、我らがヒガンバナたちはあの大量の水をどのように受けとっただろう。気温もいっきょに下がってきた。もうそろそろ早い開花情報が聞かれるころかも知れない。
 そのヒガンバナの「ふしぎ!?」をみんなで追う「かがくカフェ」がファラデーラボで行われる。
■ファラデーラボ第44回かがくカフェ「ヒガンバナのかがく」
・「ヒガンバナのかがく」
 ~ ヒガンバナの「ふしぎ!?」 をみんなで追おう!! ~
・日時  2013年9月7日(土)  14:00~16:00
・場所  ファラデーラボ 
▼私にとっては、これまで長く追ってきたヒガンバナの「ふしぎ!?」の中間報告会であり、これからも追い続ける「ふしぎ!?」のはじまりの会である。
 Webテキスト『ヒガンバナ』を使って、新たな展開の可能性を模索する会にしたいと思っている。
▼実はながいあいだあたためてきたWebテキスト『ヒガンバナ』の構想を具体化しようと思ったのは、この会があったからでもあるのです。
 、『ヒガンバナの博物誌』の著者であり、ヒガンバナ研究の第一人者である栗田子郎さんは、『進化生物学入門』
のなかで人間のふたつの特徴について次のように書かれている。

 しかしヒトという種にはほかのどんな生物にもない(と思われている)きわだった特徴が一つあります。自分自身の由来、ひいては万物のルーツを知りたがるとともに、まだ存在しない未来に思いを馳せるという性質です。チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を著し進化論を説いたのもこの衝動に駆られたからでしょう。(中略)  いま一つのヒトの特徴は、細胞外で複製・増殖することのできる遺伝因子、つまり言語(言葉、文字)と映像を操る能力です。生きとし生けるものはすべて、自らを存在させているプリン塩基とピリミジン塩基で記された基礎情報(遺伝子)を次の世代へ残そうとします。ヒトも例外ではありません。しかし、この情報は時間軸に沿って垂直にしか伝わりません。ところが言語や映像という形の情報は水平方向にも伝わります。しかも、細胞核内に収められた情報は親から子へと伝わるのみで、その逆は不可能です。言語情報はこれが可能です。この第二のヒトの特徴が、私をしてこのようなテキストを綴らせたようです。(『進化生物学入門』「まえがき」p11より 

ヒガンバナの「ふしぎ!?」はツタワルだろうか?
ツタエルためにはどんな術があるのだろうか?
模索してみたいものだ!!

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【Web更新8/25】13-34 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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葛の花 ゆらして列車 過ぎにけり 13/08/23 (金)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-34
週末定例更新のお知らせ
 「等身大」というコトバを好んで使うようになったのはいつのころからだろうか。記憶は定かではないがけっこう昔からのよがする。科学にしても「等身大の科学」というものに自分なりの思い入れがある。このblogにしても「よりリアルタイムな等身大情報発信を」と「等身大」にこだわっている。
 ところが今さらであるが、この「等身大」というのがいちばん難しいなと思いだした。

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ クズ
 線路沿いの土手をクズが覆い尽くした。そしてそのクズが花を咲かせだした。
列車が通過する度にその花がゆれていた。
 そんなクズをながめながら、記憶が定かではないが何時ぞや訪れた「葛粉工場」のことを思い出した。
工場のフールの底に大量の白いデンプンの沈殿があった。
葛粉である!!
 光とり競争の覇者の地下には大量のデンプンが貯えられていた。あの巨大なバットのような地下茎には
デンプンがいっぱいだったのだ。
 この線路沿いの土手の地下にもあの巨大なバットのようなものがあるのだろうか?
そんなことを想像していると、また花がゆれた!! 
 
◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 一週間、Webテキスト「ヒガンバナ」ことばかりを語ってきたような気がする。それと「自由研究」とがどう関係するのか。
 それは、今年のこの試論のなかで追求したかったは次のことである。
・「研究」とは?
・ツタエルーツタワル「研究」とは?
これと関係するのである。
 「ふしぎ!?」をツタエルーツタワル「研究」の一例として「ヒガンバナ」を取りあげて具体的に試行してみようということだ。今週中にはよりかたちあるものにしたいと思っている。

◆ヒガンバナ情報2013 更新!!
 それは、もちろん例年やっている「ヒガンバナ情報2013」とも関係することなのでこちらのページにリンクしておいた。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 8月、9月と続けて「文化としての科学」という遠大なるテーマに挑戦してみることにした。
9月に読むものも決定している。どんなあらたな展開があるか楽しみである。

さあ、はじめよう!!
「等身大」の一週間を!!

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新・「自由研究」のすすめ試論(83) #higanbana

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▼大賀ハス蓮根の植え替えから21週目の定例観察日は久しぶりに雨だった。観察池にかつてみたことないような光景があった。周辺に伸びていた朝顔のつるが観察池に侵入し葉柄に巻き付き花を咲かせているのである。
想像もしなかった光景である。朝顔のつるが伸びて来ているのはわかっていたがその勢いにおされて静観をきめていたらこんなことになってしまったのである。
▼自然を観察しているとこのような想像すらしなかった光景に出会う。
Webテキスト『ヒガンバナ』をつくって、みんなでヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけようという試みも、実はそのような想像すらしない光景に出会うことを期待してのことかも知れない。
 私たちが知っている「自然」は、ほんとうにわずかな一部の一部にすぎないのだから。
▼Webテキスト『ヒガンバナ』の問いかけを続けよう。

Ⅲ もっと知ろう!「ヒガンバナ」のこと!!

(1)ヒガンバナはいつごろ、どこから、どのようにして日本にやってきたのだろう。

(2)シロバナヒガンバナをみつけてみよう。
  赤い色をしたヒガンバナとどこがちがうだろう。
  他の色をしたヒガンバナはあるだろうか。

(3)昔の人たちはヒガンバナとどうつき合ってきたのだろう?
  これからはどうだろう?

この第三部で扱う問いかけは、どれも大きい。このひとつを追いかけても、りっぱな「研究」になるだろう。
まだわかっていないことも多い。
 またもっと別の切り口も考えられるだろう。
それはこの取り組みの展開するなかで検討すればいいと思っている。
▼テキストの最後には、<参考文献・Webページ>もあげたいと思っている。
そのなかでいの一番にあげておきたい文献がある。
それが
■、『ヒガンバナの博物誌』(栗田子郎著 研成社)
である。
 ヒガンバナ研究の第一人者の著書である。
私はいちばんすごいと思うのが、この本の一部[いやほとんどが、画像も含めてパワーアップして]が公開されているということである。なんとありがたいことだろう。深謝!!
◆「ヒガンバナの民俗・文化誌」Ⅰ~Ⅵ
 ここに「研究」のこれからの大いなる示唆を受けるのである。

構想・準備はここまでぐらいにして、今月中には「公開」までこぎ着けたいものである。
そろそろ今年の開花情報が届きそうな時期になってきた。楽しみだ!!
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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新・「自由研究」のすすめ試論(82) #higanbana

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▼汲めども汲めども汲みつくすことのできない「ふしぎ!?」があった。
「クモの世界」もそうだった。
いちばん不思議なのは、こんな面白い世界が身近にあるのに、今まで気づかなかったことだ!!
昨日の朝も、私の「クモ観察園」を歩いてみた。
微妙に季節の移り変わりにあわせて大活躍のクモがかわっていっている。今は水平円網の仲間の時代のようだ。これは、「獲物」のちがいからくるのだろうか?
 巨大な円網や、不規則網も目立ちはじめた。これはなにを意味しているのだろうか「ふしぎ!?」だ。
▼「ふしぎ!?」と言えば、いちばん年季の入ったヒガンバナ!!
Webテキスト『ヒガンバナ』、第Ⅱ部をつづける。
Ⅱ部は、あんなみごとな花が咲くのに種子をつくらない「ふしぎ!?」
ではどうやって殖えるか?の「ふしぎ!?」だ。

Ⅱ どうやって殖えるのか?
(1) ヒガンバナの花のつくりを観察してみよう。
   おしべ めしべ 花びら 子房など

(2) みごとな花を咲かせるヒガンバナですが、日本のヒガンバナは種子をつくらないことが知られています。
(3倍体)では、どうして仲間を殖やすのでしょう? 
 

ここで「3倍体」という言葉を出すか迷うところですが、書いておくことで話題のはじまりになるかも知れないので書いてみます。
▼次の発展は自分ではけっこう気に入っている部分です。

(3)球根(鱗茎)の分裂のみでふえるのであれば、日本のヒガンバナはすべてクローンであることになります。
 あなたの観察したヒガンバナはどうやってそこにやってきたのだろう?考えてみよう。
 そのヒガンバナの「物語」をつくってみよう。
 例:校庭のヒガンバナ  

(4) ヒガンバナの研究者である松江幸雄先生が、ヒガンバナの球根が分かれていく様子を32年間かけて調べました。調べた結果1個の球根は32年目に何個ぐらいになったでしょう。
 ア  10個ぐらい
 イ  50個ぐらい
 ウ 100個ぐらい
エ  500個ぐらい
オ 1000個ぐらい

※「ヒガンバナの繁殖~32年目の株を掘る~」(松江幸雄 『遺伝』裳華房VOL51NO.4)より

▼さらにこれを発展させて、ここ数年いちばん興味をもって取り組んでいることでもあります。
ネットで呼びかけることでさらなる「発見」を期待するところでもあります。

(5) 日本のヒガンバナはほんとうに種子をつくることはまれにもないのでしょうか。
  花が咲いた後のヒガンバナをよく観察してみよう。
  もしみつけたら報告しあおう!!  

ここではいくつかのページにリンクしておくことも考えています。

(6) もしも種子をみつけたら「発芽」させてみよう。

今のところ、私は「発芽」させた確かな2例を知っています。
その紹介も入れることできればと思っています。

これからの研究として、ネットを利用して多くの人と一緒に「ふしぎ!?」を追いかけるというのも面白いのではと思っています。
 Webテキストづくりも、実はそれを推進していくのに役立つのではと思っての提案です。

(つづく)

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新・「自由研究」のすすめ試論(81) #higanbana

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▼昨日の午後、例年キツネノカミソリの観察地点としているところに出かけた。
例年より観察時期が遅れていた。
そのため確かに盛りは過ぎたようだ。しかし、遅れたために思わぬものをみつけた。
それは実だ!!キツネノカミソリはヒガンバナとちがって実ができて種子をつくるのだ。
まだかろうじて花が咲いているまわりには、ごくアタリマエに実がついた花茎が立っていた!!
今年はここから水栽培をして種子をとりだすことに挑戦してみようと思う。
▼Webテキスト『ヒガンバナ』の話をつづける。
少し整理をした「問いかけ」をならべてみる。
Ⅰ ヒガンバナの「ふしぎ!?」

(1) あなたは「ヒガンバナ」という植物を知っていますか。
   「彼岸花」以外にどんな呼び名を知っていますか。

※『日本植物方言集成』(八坂書房[編])
※『ことばのとびら』「彼岸花」(都染 直也著 神戸新聞総合出版センター)

いろんな里名をもつことを知り、ヒガンバナがいかに人々のくらしと密着してきた植物であるかを知るための問いかけです。里名はもう消えかけている!!今一度全国的な聞き取り調査を呼びかけたい。
▼次は私自身の最初の「ふしぎ!?」、葉がない!?に関するものです。

(2) ヒガンバナをよく観察してみよう。なにか変ですね。
   葉を見ることできないですね。ほんとうに葉はないのでしょうか。

(3) 里名のひとつに「ハミズ ハナミズ」(葉見ず 花見ず)というのがあります。
   これはどんな意味でしょう。

<読み物>『彼岸花の一生』

花が咲いた後もぜひヒガンバナの観察を呼びかけたい。
ぜひとも、このヒガンバナのみごとな戦略を一年間通した自分の観察で確かめてもらいたい。
▼次はヒガンバナ開花情報に関するものです。
(4) ヒガンバナはいつ頃咲き始めますか?
    今年はじめて見たのはいつですか。

(5) ヒガンバナが咲き始める時期は、年によって少しちがいがあるようです。
  では、それは何によってきまるのでしょうか。


(6) 近くにヒガンバナがいっぱい咲いているところをみつけてみよう。
   写真を撮って「開花情報」の交換をしよう。

※「全国ヒガンバナマップ」

(7) 全国のヒガンバナスポットをネットで調べて見よう。近くあれば出かけてみよう。
   気づくことがあればあげてみよう。
   北限があるのはどうしてだろう?

ここでは「開花情報」の情報交換などを通して、みんなでヒガンバナ観察を楽しむということができればという願いを込めての「問いかけ」である。
以上が第Ⅰ部である。
思いはあってもコトバにするというのはなかなか難しいものである。

さあ、ゆっくり 急ごう!!

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新・「自由研究」のすすめ試論(80) #higanbana

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▼昨日夕方、久しぶりに「ゴロゴロ」という雷の音を聞いた。雨の降らぬまにと私の「クモ観察園」を歩いてみた。
「クモの世界」にも少し変化が見えてきていると感じた。ひとときほどの活発な動きをしていないように感じた。
ネットには「獲物」より草花の綿毛のようなものが多くついている。ネットの更新も以前ほどにはやっていないようににも感じた。でもやっぱりコガタコガネグモがXの隠れ帯びのセンターにじっと待機していた。
 今年の私の自由研究最大の成果は「クモの世界」の「ふしぎ!?」に出会ったことだ。
そして自然から学ぶ「科学」のすばらしに気づきはじめたことだ。
▼自然はまだまだ「ふしぎ!?」に充ち満ちているのだ!!
その「ふしぎ!?」の数だけ「研究」したいこともある。
どこまでも私の「ふしぎ!?」から出発した「研究」にこだわりたいものだ。
そうしてこそ、「研究」は一生モノになる。「自由研究」は意味をもちはじめるのだ!!
今年の私のテーマはツタエル・ツタワル・ツナガル「自由研究」だ。
そんな意味ではWebテキスト「ヒガンバナ」は重要な意味をもつ。
▼Webテキスト「ヒガンバナ」構想を加速する。
三部構成にすることにした。
第1部では、私の「ふしぎ!?」 葉が見られないのはなぜ?
第2部では、私の「ふしぎ!?」 花が咲いても種子のヒガンバナはどうしてふえるのか?
第3部では、私の「ふしぎ!?」 いつごろどこからやって来たのか?
                     昔のひとはヒガバナとどうつきあってきたのか?
                     これから?
すべてが私の小さな「ふしぎ!?」からはじまっていた。
今のところ第1部に7問、第2部に6問、第3部に3問の「問いかけ」(発問)を準備してみた。
Webテキストだから、利用する人に合わせてどこからはじめてもらってもいい。
一問だけ徹底追求もありだ!!
▼最後に参考資料、Web情報をあげることにした。
これもWebテキストならではの展開にツナガルようなものにしたいと思っている。
どんどん情報が集まってヒガンバナ情報データベースになればと夢見ている。
それが実現すれば、現時点の究極のねらいふたつ目
(2)「ヒガンバナ」コミュニティをつくる。
に近づくことになるだろう。

まあ、あせらずに ゆっくり行こう!!
ゆっくり歩む者は 遠くへ行く !! 


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新・「自由研究」のすすめ試論(79) #higanbana

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▼久しぶりに定点観測地からの「雲見」の写真を撮った。「雲見」はいつもやっていたが写真を撮るのは久しぶりだった。別にめずらしい雲をみつけたからではない。
 ただただ「ふつう」の空だ。でもきまって毎日夕立だった8月はじめの空とはちがうだろう。
ちがう感じだけでなく、記録化された写真があれば一目瞭然だろう。
定点観測の記録化ってそんな意味があるのだろう。
そうしたアタリマエの記録の積み重ねから生まれる科学を「私の科学」としたい!!
▼いちばん年季の入った「ヒガンバナの研究」の現時点での究極の「ねらい」をふたつにしぼってこう言った。
(1) Webテキスト「ヒガンバナ」をつくる。
(2)「ヒガンバナ」コミュニティをつくる。
自分でそう決めながらも、ずっとすき間を時間をみつけてテキストの構想をメモして考えようとしていた。
そのとき、気づいた!!
 「この構想はどこかでやったことがある」と。
 試しに「Webテキスト」「ヒガンバナ」「楠田」で検索してみた。
やっぱりあった!!
 そうなんだ。時代はもうそこまで来ているんだ!!
「自由研究」も同じだ。
 思いついたこと、研究のプロセス、構想等々、Web上に記録化していこう。
それが「これから」の研究のすすめ方なのだ。
▼検索でヒットとしたものならべてみる。
・Webテキスト『ヒガンバナ』の可能性 #higanbana
・Webテキスト『ヒガンバナ』の可能性(2) #higanbana
・Webテキスト『ヒガンバナ』の可能性(3) #higanbana
・Webテキスト『ヒガンバナ』の可能性(4) #higanbana
などである。
他にもかなりテキストづくりに触れたものがあるが、その都度、検索をかけて見ようと思う。
自分自身の試行錯誤が記録化されているのは、こんなにもありがたいものとは!!
▼テキスト内容に直接関係ある部分だけをピックアップしてみると以下のようになる。
************************************
(1) あなたは、このヒガンバナ(写真)という植物を知っていますか。あなた住む地域(またはふるさと)では
  この花のことを何と言いますか。知っていれば教えてください。
  ・どうしてそんな呼び名があるのか、わかれば…

(2) 今年はじめてこのビカンバナを見たのはいつですか。
   どんな場所で見ましたか。

(3) きれいなヒガンバナですが、じっくり見ているとなにか変ですね。植物らしい植物とくらべてみてください。
  そうですね。葉がないですね。
  ほんとうに葉はないのでしか、葉がなくていきていけるのでしょうか。
  ヒガンバナの花が萎れてしまったら、花茎(花を支えている柱の部分)の足元に注目しながら観察してみよう。

(4) 日本のヒガンバナは種子をつくることができない(三倍体であるため)と言われています。
 しかし、たまには種子をつくり、その種子を育てたらたまには育つこともあるそうです。
 花が咲いた後も、花に注目しておいて「種子」をみつけてみよう。
 うまくみつけたら発芽するかも確かめてみよう。

(5) 日本のヒガンバナが種子で殖えないとなると、どうしてふえるのでしょう。
 そうです。地下にある球根(鱗茎)です、それが分かれて殖えるのです。
 球根は歩けませんから、あなたが見たヒガンバナは誰かが、そこに運んできたということになるのです。
 それは誰でしょう。
(6) ヒガンバナのたくさん自生している場所(ヒガンバナスポット)をみつけよう。
  ※「全国彼岸花マップ」に登録してみよう。

(7) 「全国彼岸花マップ」をみて気づくことをあげてみよう。
  
  ●北限がある。どうしてだろう?
    ヒガンバナの一年のくらしから考えてみよう。

(8) 日本のヒガンバナは、いつどこからやってきたのだろう。
  これまでのいろんな研究から調べてみよう。

(9)  白色のヒガンバナを見たことがあるだろうか。
  みつけたら写真に撮ってみんなに知らせてみよう。

  もっと他の色のヒガンバナはないだろうか。

(10) 普通に種子のできるヒガンバナはないだろうか。
  探して見よう。

(11) あるヒガンバナの研究者(松江幸男氏)が球根(鱗茎)が分かれて殖えていく様子を調査をしました。
  32年間もかけて調査しました。すごいですね。
  調査した結果、1個の球根が32年目にいくらぐらいになったと思いますか。
  (ア)  5個
  (イ)  10個
  (ウ)  50個
  (エ) 100個 
  (オ) 500個
  (カ) 1000個
  (キ) 1000個以上
 ※ 浮き株の写真

************************************
 それ以降、まだまだ続きが出てきただろう。
もう少し「整理」をしてみよう。 
(つづく)

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2013年9月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼二重重ねの高気圧は動こうとはしない。大気は「下がるとカラカラ」で太陽からの日射しはあいかわらず厳しい。その光を受けて「つる植物」たちが元気だ。
 まず目立つのがクズだ。線路沿いの土手を覆い尽くしてきている。花も咲かせはじめたようだ。
 昔、つる植物をメインにして「植物の世界」の授業をやっているとき、「つる植物はずる植物だ!!」と生徒が言ったことがある。葉を支える茎への支出を最小限におさえ、他の植物にからまり高くなり光を独り占めしようとするその戦略を見ていると納得いく言葉だ。朝の散策を終えてそんなこと考えていると、門先にあるケイトウに朝顔に朝顔がからまりつききれいに咲いていた!!
▼9月のオンライン「寅の日」を考える時期が来ている。
先日8/16、このオンライン「寅の日」で毎回お世話になっている『青空文庫』の創設者であり呼びかけ人のひとりである富田倫生さんが亡くなった。61歳であったという、あまりも若すぎる他界である。
その富田倫生さんの『本の未来』という文章をそれこそ「青空文庫」で少しだけ読ませてもらった。
 「まえがき」に次のような詩(コトバ)があった。感動した!!

そんな本の新しい姿を、私は夢見たいと思う。

 たとえば私が胸に描くのは、青空の本だ。
 高く澄んだ空に虹色の熱気球で舞い上がった魂が、雲のチョークで大きく書き記す。
「私はここにいます」
 控えめにそうささやく声が耳に届いたら、その場でただ見上げればよい。
 本はいつも空にいて、誰かが読み始めるのを待っている。

 青空の本は時に、山や谷を越えて、高くこだまを響かせる。
 読む人の問い掛けが手に余るとき、未来の本は仲間たちの力を借りる。
 たずねる声が大空を翔ると、彼方から答える声が渡ってくる。
 新しい本の新しい頁が開かれ、問い掛けと答えのハーモニーが空を覆う。

 夢見ることが許されるなら、あなたは胸に、どんな新しい本を開くだろう。
 歌う本だろうか。
 語る本だろうか。
 動き出す絵本、読む者を劇中に誘う物語。
 それとも、あなた一人のために書かれた本だろうか。
 思い描けるなら、夢はきっと未来の本に変わる。

 もしもあなたが聞いてくれるなら、私はそんな新しい本の話をしたい。
 これから私たちが開くことになる、未来の本の話をしたいと思う。

『青空文庫』とはそうだったのかとあらためて思った。
富田倫生さんのご冥福をお祈りします。 合掌
▼2013年9月のオンライン「寅の日」でも引き続き『青空文庫』のお世話になりたいと思う。
8月の大きなテーマは「文化としての科学」だった。
テーマが大きすぎて少々我流で読み解いてみたからとてわかるものでなかった。
アタリマエ!!
 でも次へ行ってしまうのでなく、9月もこのテーマで続けようと思う。
9月は二回ある。
◆第44回オンライン「寅の日」…9/09(月)
◆第45回オンライン「寅の日」…9/21(土)
である。
▼いつも迷うのは、このテーマにそった作品を選ぶときだ。
寅彦の書いたものをすべて読んでいるわけではないので、リストのタイトルからみてこのあたりかなとあたりつけて読んでみるのである。そうすると、困ったことどれもが面白い!!今日的!!である。
 こんなこと本当に80年も90年も前に言っていたのか!!と感動してしまうのである。そうなるとますます迷ってくるのである。「ではどれを…」と。
とりあえずエィヤッーと決めてしまった。
■2013年9月オンライン「寅の日」
◆第44回オンライン「寅の日」…9/09(月)「日本楽器の名称」(青空文庫より)
◆第45回オンライン「寅の日」…9/21(土)「火山の名について」(青空文庫より)

富田さんのコトバ「読む人の問い掛けが手に余るとき、未来の本は仲間たちの力を借りる。」がうれしい。
何を読むかについてもご意見いただくとうれしい。


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【Web更新8/18】13-33 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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日々空に 盛り上がりたる 芙蓉かな 13/08/17 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-33
週末定例更新のお知らせ
 「誰にでもできることを 誰にもできないぐらいに繰り返す」
これが、私のWeb更新の唯一のコンセプトである。特別の技能があるわけではない。作業そのものはソフトがやることだ。ひたすら一週間に一度繰り返す私の「習慣」にすぎない。

ああ 私の魂よ、不死の生に憧れてはならぬ、

可能なものの領域を汲みつくせ

(ピュダロス『ビュテイアの祝唱歌第三』 『シーシュポスの神話』カミュ著・清水徹訳 新潮文庫 扉より)

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ 芙蓉
 西の庭に気づけばいつの間にやら芙蓉のの花の山ができていた。それもこの山は日々盛り上がり巨大な山になっていた。意識して植えたという憶えはない。きっと隣近所の庭から飛んできたものがこうなったものであろう。
それが証拠にさらに線路近くの土手や別の場所にも「小山」ができつつある。
 なんの手入れもせぬ雑草まみれの荒れ果てた庭のはずなのに、東に大賀ハス「観察池」、西に日々成長する「芙蓉の山」とはなんと贅沢な庭と喜ぶ。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 「クモの世界」の「ふしぎ!?」、牧野富太郎「赭鞭一撻」を読み解くからやがてもっとも年季の入った「ヒガンバナの研究」へと話題はシフトしていっていた。
 これはあくまで私自身の「自由研究」の場合の話であり、それがどれだけ普遍化できるかは別問題だ。
でも私にはそれしか語れない。語らない!!だから「試論」!!

◆ヒガンバナ情報2013 更新!
 同じblog記事をこちらへも貼りつけておいた。
 まもなく開花情報が寄せられることになるだろう。それまでにWebテキスト「ヒガンバナ」なんとか方向が見えてくるといいな。

◆オンライン「寅の日」 更新
 8月のテーマ「文化としての科学」、ちょっと私には大風呂敷すぎたかな。
8月ももう一回あるが、9月も同じテーマに挑戦してみたいと思っている。繰り返せばもう少しなにかが見えてくるかも知れない。

さあ、疲れを忘れてはじめよう!!
新しい「繰り返し」を!!


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新・「自由研究」のすすめ試論(78) #higanbana

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▼昨日は大賀ハス定例観察日だった。
蓮根の植え替えから20週目であった。今年の観察池の展開は一ヶ月ばかり早かった。
すでに花托は倒れ、種子の回収も済んでいる。あとは枯れ行く葉を観察するのみである。しかし、私はここ数年そうしてきたように毎週土曜日を定例観察日を継続するのである。一年52週のうちまだ20週目だ、まだ半分にも達していない。でも粛々と続けるのである。
 そうすることできっと見えてくるものがあると信ずるから。定例観察とはそんなものだ!!
今年、観察池でとんでもない「失敗」をした。「クモばっかり病」のため観察池の水を絶やしたのだ。
後から水を補給しても回復はしない。水が絶えた細胞は死滅したままだ。細胞にとって水が如何に重要であるかということを認識することになってしまった。
 これとて図らずも重要な観察実験を行ったと思えば、定例観察の意味も出てくるというものである!!
▼いちばん年季の入った「ヒガンバナの研究」を続けよう。
長年続けてきて、ふたつの究極の「ねらい」が見えてきた。それは現時点での究極であるが、最終ではない。
そのふたつとは
(1) Webテキスト「ヒガンバナ」をつくる。

(2)「ヒガンバナ」コミュニティをつくる。

である。
▼取り組みを進化(深化)させるためには、いつでも「現在地」の確認が必須である。
ふたつの究極のねらいの「現在地」は?
自分に問いかえしてみる。
まず(1)からである。
私は極地方式研究会の「テキスタイル化」という言葉好きだ!!

 ”テキスタイル”ということばは、いつとはなしに造り出され、使用されるようになった。”わたしたち”の造語である(textile=織物ではなくて、text+style=textyleである。)”わたしたち”が教えたい、わかってほしいと願う事柄がきまったからといって、それはまだテキストではない。テキストは、発問と、資料と、実験と、読み物などで構成されるが、とりわけ、どんな発問を、どんな順序で用意するかが重要である。いや、内容がきまってから「さて発問は?」というのでなくて、事例に関する発問、事例を法則の支配下に位置づけさせる発問、等を考える過程の中で、”わたしたち”の中に次なる内容が求められ、獲得されていくのである。(『極地方式入門』(高橋金三郎・細谷純編、国土社1974.3.20) p174より)

「ヒガンバナ」のテキスタイル化はどこまで進んだだろう。
「発問」は…?
「資料」は…?
「実験」は…?
「読み物」は…?
これだけでとどまらない。私がねらうのはWeb「テキスト」である。
Web「テキスト」を考える意図は、いつでも更新し続ける「テキスト」にしたいためである。
今どこにいるのか、情報収集中!!
いつまでもこことどまることなくまずは拙いものでもこの秋に発信しようと思う。
▼(2)のねらいはどうだろう?
5年前の秋、(2)のねらいをもって、mixiに「日本ヒガンバナ学会」を設立した。
 それなりの成果は出てきた。
そのTwitterやFacebookなどのSNSも普及してきた。
私の場合は、一般的な場合と逆であった。
はじめに「ヒガンバナ」の「ふしぎ!?」ありき!!
だった。
だからはじめにあるのは「ヒガンバナ研究」だった。
SNSはあくまで研究をすすめるツールにすぎなかった。
しかし、それは逆にこれらのツールの有効性、可能性を証明することにもなってきた。
さらにはシロウト「研究」の本質を明らかにするものになりつつある。
私たちのめざすのは「研究」と通して追い求める「響き合い・学び合い・高め合う」世界だ。
今年の秋も大いにこの「ヒガンバナ」コミュニティを楽しみたいものだと思っている。

さあ、できることからすすめよう!!
ゆっくり 急いで!!

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新・「自由研究」のすすめ試論(77) #higanbana

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▼お盆を過ぎて、「Oはん」ところの庭のナツズイセンがもう盛りを過ぎてきた。うちの庭にも一株だけあって、早とちりして「ヒガンバナ開花!!」と見誤ってしまったこともあったが、もうそれもいつか消えてしまっていた。
 ナツズイセンの開花があって、次にキツネノカミソリの開花があって、そしていよいよヒガンバナ開花である。
そんな季節がまたやってきたのである。
▼私の「研究」のなかでもいちばん年季の入った研究、それが「ヒガンバナの研究」である。
「えっ、まだヒガンバナ、ヒガンバナ…と言うてんの?」と人に呆れられるほどである。
でもまだまだ「たかがヒガンバナ、されどヒガンバナ」なのである。
今年も続けるのである。
今年の目標は、ヒガンバナの「ふしぎ!?」を人にツタワルかたちにすること。
なぜツタワルかたちにこだわるかというと、そのかたちすればより多くの人と「ふしぎ!?」を共有・共鳴し、感動の振幅が大きくなると考えるからである。
▼ツタワルかたちの第一歩は、「ふしぎ!?」を見える化することだ。
ただ不思議だ、不思議だと連呼するだけでは「ふしぎ!?」のほんとう面白さは伝わらない。
誰が見ても、考えても「ふしぎ!?」と思えるようにしなければならない。
言葉や、実験・観察の記録を羅列するだけでは、何も伝わらない。
どんな工夫、展開が必要なんだろう?
しばし考えてみようと思う。
▼今一度、Web上に残してきたヒガンバナ情報に目を通してみよう。
ヒガンバナ情報は1998年(春・初夏編)からはじめてヒガンバナ情報2012ヒガンバナ情報2013まで15年間の「研究」の歩みが記録化されている。
 はじめてWebページをはじめたときからであるから、これは私の「ヒガンバナ研究史」あると同時に私の「Web進化史」でもあるのだ。


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本日(2013/08/16)、第42回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼その現場は私の家から数十メートルだけはなれたところにあった。播但線が走る土手の下であった。土手の草はクズのマントで覆われいた。クズは土手を覆うだけでなくつるは道端までのび、道を横断しかねないぐらいの勢いだ。
 そこには多くのナガコガネグモがネットを張っていた。「獲物」はこの草むらいる虫たちだろうとは予想していた。
しかし、まだ「狩り」の現場にはでく会わせていなかった。
 昨日の朝の散策でやっと目撃することができた。「獲物」は夏を楽しませてくれていたキリギリスだろうか?
食事時間はきめているのだろうか。ここのナガコガネグモだけでなかった。近くのナガコガネグモも同じように一斉に食事中だった。
 これが私の「田舎」の朝の風景だった。
▼本日(2013/08/16)は、第42回オンライン「寅の日」である。
今日読むのは、こんな「田舎」の風景に関連する『田園雑感』である。
8月の大きなテーマは「文化としての科学」である。
折しもお盆であるので、「田舎」に帰省されている方も多いのではないかと思う。
いやもうUターンの帰路についておられる方も多いかも知れない。
そんな意味ではグッドタイミングの作品かも知れない。
◆第42回オンライン「寅の日」
●『田園雑感』(青空文庫より)
▼作品を読むのにやはり時代背景、作者の「現在地」を知っておいた方が少し深読みできるように思う。
これは大正10年(1921)。寅彦44歳のときである。彼はこの作品を書いたときまだ病床(胃潰瘍のため)にあった。この年の11月ごろから次第に快復し多くの仕事を成し遂げていった。
この翌年(1922)にはアインシュタインが来日している。
このころ寅彦は「田舎」と「文明」「文化」「自然」「科学」…をどう見ていたのだろう。

 田舎(いなか)の自然はたしかに美しい。空の色でも木の葉の色でも、都会で見るのとはまるでちがっている。そういう美しさも慣れると美しさを感じなくなるだろうという人もあるが、そうとは限らない。自然の美の奥行きはそう見すかされやすいものではない。長く見ていればいるほどいくらでも新しい美しさを発見する事ができるはずのものである。できなければそれは目が弱いからであろう。一年や二年で見飽きるようなものであったら、自然に関する芸術や科学は数千年前に完結してしまっているはずである。

 自然くらい人間に親切なものはない。そしてその親切さは田舎(いなか)の人の親切さとは全く種類のちがったものである。都会にはこの自然が欠乏していてそのかわりに田舎の「人」が入り込んでいるのである。

そして「盆踊り」「神社の祭礼の儀式」などを語り、次のように現状分析をする。

 簡単な言葉と理屈で手早くだれにもわかるように説明のできる事ばかりが、文明の陳列棚(ちんれつだな)の上に美々しく並べられた。そうでないものは塵塚(ちりづか)に捨てられ、存在をさえ否定された。それと共に無意味の中に潜んだ重大な意味の可能性は葬られてしまうのである。幾千年来伝わった民族固有の文化の中から常に新しいものを取り出して、新しくそれを展開させる人はどこにもなかった。「改造」という叫び声は、内にあるもののエヴォリューションではなくて、木に竹をつぐような意味にのみもてはやされた。それであの親切な情誼(じょうぎ)の厚い田舎の人たちは切っても切れぬ祖先の魂と影とを弊履のごとく捨ててしまった。そうして自分とは縁のない遠い異国の歴史と背景が産み出した新思想を輸入している。伝来の家や田畑を売り払って株式に手を出すと同じ行き方である。

▼寅彦がこう言ってから92年の年月が経った。
ほんとうに「時代」は変わったのだろうか。最後に寅彦の言ったことは、今こそ緊急課題とも言えるのではないだろうか。
 そうした田舎(いなか)の塵塚(ちりづか)に朽ちかかっている祖先の遺物の中から新しい生命の種子を拾い出す事が、為政者や思想家の当面の仕事ではあるまいかという気もする。

ここにこそ最晩年の『日本人の自然観』にツナガル回路のはじまりがあるような気がするのだが。


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新・「自由研究」のすすめ試論(76) #higanbana

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▼相変わらず「クモの世界」の「ふしぎ!?」を追いかけていた。
一度炎天下のもとではどうしているのだろうと昼前に「クモ観察園」に出かけてみた。
川沿いのナガコガネグモはきつい日射しも気にかけぬようにセンターにじっとしたままである。その巣のなかにあらたにもうひとつシロカネイソウロウグモの「卵のう」をみつけた。
その親であるシロカネイソウロウグモ自身はどこにいるかと捜すがいっぴきしか見あたらない。
それもせわしなく動いている。何をしているのだろう?
「ふしぎ!?」はやっぱり続くのだった。
▼「ふしぎ!?」をずっと保持しておき、それらつなぎ合わせ謎解きをやっていくのが「研究」だ。
私の場合、いちばん老舗の「研究」が「ビガンバナの研究」である。
 ずいぶん昔から、ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけている。だからと言ってどこまでヒガンバナのこと知っているかと言うと、はなはだ疑問であるか。
 農耕文化との関わりでヒガンバナの「ふしぎ!?」を追う有園正一郎氏は『ヒガンバナの履歴書』(有園 正一郎著 愛知大学総合郷土研究所ブックレット2 2001.3.31)のはじめに、ヒガンバナの不思議を9つあげている。

  (一) 秋の彼岸前に突然花茎が伸びて、六輪前後の花が咲く。
 (二) 花が咲いている特に葉がない。
 (三) 花は咲くが、実がつかない、
 (四) みごとな花を咲かせるのに、嫌われる草である。
 (五) 開花期以外のヒガンバナの姿が思い浮かばない。
 (六) ヒガンバナが生えている水田の畔には他の雑草がそれほど生えない。
 (七) 人里だけに自生して、深山では見ない。
 (八) 大昔から日本の風上の中で自生してきたと思われるが、ヒガンバナの名が史料に現れるのは近世からである。
 (九) 田んぼの畔や屋敷地まわりで見かけるが、田んぼの畔や屋敷地まわりならどこでも生えているというわ
けではない。(同書P7より)  

▼自分の抱いてきた「ふしぎ!?」と重ねあわせて、自問自答してみる。
著者によれば、この5つ以上「ふしぎ!?」が重なる人はよほどの「観察者」であるという。
この5つ以上に答えを持ちあわせる人はよほどの「奇人」であるという。
私は…?
▼長年ヒガンバナの「ふしぎ!?」を追いかけてきたので「ふしぎ!?」を並べるだけならもう少しあげることもできるかも知れない。でも、それをあげるだけでは「研究」にならない。
人にツタワルかたちにしてこそ、はじめて「研究」の名に値するのだろう。
今年は、花芽がのびてくるまでに私の「ヒガンバナ研究」どこまで来ているのか明らかにしてみたい。
人にツタワルかたちにしてみたい!! 

ゆっくり 急ごう!!

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2013年11/23(土)・24(日)【理科の部屋】20周年記念オフへ!!

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▼昨日、久しぶりに我が「クモ観察園」にでかけた。
この猛暑のなかクモたちはどうしているのだろうか。それが気になっていた。
やはりみかけるクモたちにも変化があった。まず多くみかける種類が変わってきていた。しかし、川沿いの巨大なナガコガネグモ2ひきに変化はなかった。あいかわらずの場所にネットを張り「獲物」を待っていた。
そのネットの端の方にふたつの奇妙なものみつけた。
卵のう!!
かと喜んだが、貴奴のものにして少し小さすぎる気がして調べてみた。
これらはどうやらあの居候「シロカネイソウロウグモ」のものらしい。もう少し継続した観察が必要なようだ。
▼もうほんとうに夏休み後半である。
この時期になるときまって思い出す「ある年の夏休み」がある。
それは1993年の夏休みである。この年の夏休みの後半は満たされない気分で悶々としていた。
これまでの恒例としてきた研修にでかけることもなく、エネルギー充填の夏休みにはなっていなかった。
残りの日にちだけをむなしくカウントばかりであった。
 何気なく立ち寄った本屋で一冊のムック本をみつけた。AirCraft本である。
それはパソコン通信(今や死語か?)を自動巡回するソフトである。パソコン通信ははじめていたものの、もたもたした接続で課金ばかりがかかっていた。これを使うと、きまった時間に自動的に情報を入手し、発信もできる。
 そこで思いついたのが、理科教育に関する情報交換する場をネット上につくることである。
ネット上であれば時間の制約もなければ、遠く離れている人とでも瞬時に情報交換ができる。
 これで少し満たされない気分を解消できるとうれしかった。
▼情報発信をし始めると、すぐ気づいた。同じ思いを持つ人は全国にたくさんおられた。
その夏休みから3ヶ月ほど経った
1993年11月23日 【理科の部屋】は開設された。
 それから今年で20年である!!
成人を迎えるのである。
 【理科の部屋】20年の歩みは、ネットの歴史であり、ヒューマンネットワークの歴史そのものなのである。
▼その【理科の部屋】が、今年の11/23(土)・24(日)に20周年を記念してオフを実施する。

【期日】2013年11月23日(土)午後~24日(日)午前
【会場】株式会社 ナリカ(旧:中村理科工業株式会社)

いよいよそれまで100日!!となった。
まだまだ具体的内容は検討中である。できれば具体的な内容についても参加されるみんなでワイワイとやりたいものだと思っている。
 すでにシエーマさん(本間さん)の方で、20周年記念オフ向け掲示板もつくってくださっている。
これを利用させてもらっていろいろ話し合いができればと思っている。
残念ながら参加できないけどという方のコメントもあるとうれしいです。
よろしくお願いします。
 また、いろんなML等でも広報していただくとありがたいです。

●情報は発信するところに集まる!!
●情報は交叉するところに生まれる!!


 

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【Web更新8/12】13-32 サイエンスコミュニケーター宣言 等 更新!!

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青き空 赤く灼けたる 石榴かな 13/08/12 (月)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-32
週末定例更新のお知らせ
自然とは何と律儀なものだろう!!
ふたつの「宇宙見物」をした。
・昨夜の「スピカ食」を写真でとらえた。
・今朝の「ペルセウス座流星群」を観察した。(8個の流星を見た!!)
いずれもみごとであった。あらかじめ案内されている通りだった。
私にはその案内されている通りであるというところにいたく感動してしまうのである。
宇宙は律儀に予定されたようにアタリマエのように動いている。

 外出の関係でいつもより一日遅れての週末定例更新のお知らせである。
自然の律儀さには及ばないもののそれに一歩でも近づこうと更新をした。

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ 実石榴
 あの鮮やかな朱色をした花石榴がみごとな緑の実石榴になった。
そして真夏の太陽に灼かれて肌は赤くなっていく。夏の終わりには赤黒い肌になっていく。
秋には、それらがパックリと割れる。
庭の石榴もまた律儀に毎年これを繰り返していた。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新!!
 サイエンスコミュニケーターとしては3回目の参加となった「極地方式研究会第44回定期研究集会」
が終わった。発表のあったレポート、手に入れた実験器具などの整理をしながら、学んだことの反芻をはじめた。
いつも「ゆっくり」な私には、この反芻作業にはもう少し時間がかかりそうだ。
なかには一年がかりのものもありそうだ。
ゆっくり 急ごう!!

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 「大賀ハスの開花観察」から「クモ園の観察」へとつづき、そして牧野富太郎「赭鞭一撻」を読み解きも一旦終了した。もう夏休みも後半である。
 次なる私自身の「自由研究」にとりかかる必要がある。
 次は「ヒガンバナの研究」だ。これはこれまでの研究のまとめと発表を意識しながらすすめていきたい。
 クモの「ふしぎ!?」も同時に追いかけながら…。

▼ これまた外出の関係で「大賀ハス定例観察」がぬけていた。
大賀ハスの蓮根植え替えから19週目(2013/08/10で)であった。花托に種子ができていた花茎もあえなく折れてしまった。花托の裏では花びらがついていた部分よくわかる。ここに開花のからくりのヒントがあるような気がするのだが、これは来年度の課題か。

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サイエンスコミュニケーター宣言(276)

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▼2013/08/08~08/11 の定研の宿泊所「仙流荘」前のオミナエシが山脈と青空をバックにきれいだった。
少し周辺を歩いてみた。川原にも行ってみた。
あまり播磨で見かけないような花もいっぱい出会った。川原の石ころは岩石標本箱のようだ。
問題のクモであるが、かなり注意してみたつもりだが、我が「クモ観察園」ほどに見かけることはなかった。
▼定研でのいちばんの楽しみは、やはり授業実践報告が聞けることだ。
授業のなかで「高いレベルの科学」が生まれる瞬間を記録化された実践報告に出会うとなにかこちらまで授業をやっているような気分になるから不思議だ。
 そして、そんな実践報告はきまって、「私の科学」の変更を迫ってくるのである。
今回もそれはあった。
・「圧力」とは… 
・「磁石」「磁極」「磁場」とは…
・「うんこ」と「おしっこ」って?
・ものづくりと「科学」
等々
 なかでも「若い人」の実践報告は刺激的で面白い。もちろんここでいう「若い人」とは必ずしも年齢だけを意味しないが…。
▼その点からいくと私の報告は、実践報告の体をなしていなかった。
一学期の「化学変化」の学習をして後の生徒の感想文『君は原子を見たか!?』を中心に報告した。
それは、生徒の感想文があまりにも面白く感じたからである。
 そこには、私の「失敗」も含めてすべてが語られていた。そして私自身が勇気づけられることがいっぱい書いてあったからだ。2学期の授業準備を急ごうと思っている。
▼定研の最後は、恒例の「綱領」検討である。
「綱領」とはなんともいかめしい言葉だ。実体はちがう!!
「すべての子どもに高いレベルの科学をやさしく教える」ための行動指針集である。
「伊那綱領」で検討されたのは

(4) 私たちの授業は、zigzden-zagzden方式である。AからBへ、BからAへ。逆思考・反対証明が奨励される。
失敗のなかに、いつも成功への転機がある。

である。検討の具体的な内容は別にして、何とも含蓄のある指針である。
行動指針であるかぎり、行動しない人間にとって何の意味もないが、行動し思考が暗礁にのりあげたときにはきわめて有効な指針である。
 他のところを含めて、「指針」であるがきり使ってナンボ!!だ。
使わない「指針」は、思考を形骸化するのみ。

当分は今回の定研の反芻作業が必要なようだ。
さあ ゆっくり 急ごう!!

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サイエンスコミュニケーター宣言(275)

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▼しばらくネットのつながらない環境のなかにあった。なんらかの方があったのかも知れなかったが、それは断念した。ほぼ一年ぶりに情報発信ができない日だった
生活のリズムまでかわってしまったのだ。たとえ旅先であろうとそんなこと関係なしに毎日blog発信をする。このことで毎日を記録化することを心がけていたのである。一刻もはやくいつものペースを回復するために今書き込んでいる。
▼2013/08/09 極地方式研究会第44回定研のフィールドワークで「中央構造線」を追った。
「中央構造線」と聞いてまず思い出すことはふたつあった。
ひとつは「動く大地の物語」のK・T(近畿トライアングル)の底辺だ!!
もうひとつこれもずっと追ってきた「丹生」との関係である。四国・近畿に「丹生」「硫化水銀」と中央構造線との関係についてである。これはけっして偶然ではないように思っていた。
ところが今回のフィールドワークでそのイメージは大きく変わった。
まずはじめに驚いたのは、前もって手渡された資料『南アルプス(中央構造線エリア)ジオパーク攻略本』あった写真だ。
 この写真「宇宙から見た中央構造線」(出典新井田秀一「宇宙から見た日本」提供:神奈川県生命の星・地球博物館)(p24)いつも私が見てきた写真ではなかった。東の上空から西の九州までが映っていた。
中央構造線は関東まで伸びていたのか!!
フォッサマグマとは???
▼まず最初に連れて行ったもらったのが「大鹿村中央構造線博物館」だった。
ダイナミックな岩石園庭!!
炎天下にもかかわらず熱心でていねいな学芸さんの説明!!
館内の迫力ある展示!!
恥ずかしながら初めて知ることでいっぱいだ。自分のもっていた「中央構造線」のイメージがとて貧弱なものに思えてきた。
それにしてもこんなダイナミックな動きをして、日本列島が出来てきたとは感動である。
 館の入り口に萩谷さんの『岩石・鉱物・化石』の図鑑がおいてあったのがなぜかうれしかった。

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▼続いて実際に北川露頭などの露頭、分杭峠などの中央構造線がはっきり見える地点などを案内してもらった。
諏訪湖がどんな大地の動きでできたかも教えてもらった。
大地の動きとその地の人々の暮らし、文化、歴史についてもいろいろ教えてもらった。

帰路で見る山々、川、岩石は少し違ってみえてきた。

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サイエンスコミュニケーター宣言(274)

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▼昨日、立秋の日の朝。
我が「クモ観察園」に大異変があった。それは再会した貴奴(コガネグモ)第2号が再び姿を消したのである。
前回とちがって、環境的に大きな変化があったわけではない。貴奴だけが忽然と姿を消したのである。
どこか貴奴にとってより快適な場所に引っ越ししてしまったのである。
残念なことであるが、考えてみるとアタリマエのことで、こちらの都合など関係ないのである。
日々刻々と我が「クモ観察園」は変化しているのである。それでこそ「生きものの世界」と言えるのである。
そう考えると、「今」しか観察できないこと記録化しておきたいと思った。川沿いの巨大な2ひきの「ナガコガネグモ」の写真を撮りまくった。
▼今日からしばらく「クモ観察園」の散策もお預けだ。
極地方式研究会第44回定期研究集会に参加するためだ。
今年は長野県伊那市でおこなわれる。
サイエンスコミュニケーター宣言をしてから三回目の参加だ。
私は、究極の「私の科学」とよべるものを希求していた。
「常民の科学」「等身大の科学」「ファラデーの科学」「熊楠の科学」「デクノボーの科学」…
いろいろ遍歴を繰り返した。
そのなかに極地研の「高いレベルの科学」というのがあった。
「○○の科学」のなかでは、最も古い歴史をもつものだ。(私にとって)
「高いレベルの科学」とは、「広大で未知の大自然の中での、判断の土台となり、行動の基準となりうるもののことなのである」(『極地方式入門』より)
▼「高いレベルの科学」は授業のなかで生まれる。
それを報告しあって、またより「高いレベルの科学」を生み出していくその営みのために研究集会がある。
ここ2年の私の報告は次のようなものだった。
・2011年 第42回定研 「新・私の教材試論」
・2012年 第43回定研 「私の「ふしぎ!?」(中1)
今回は昨年度のつづきになる。
・2013年 第44回定研 「君は原子を見たか?」(中2)
何を学ぶことができるか楽しみである。
▼もうひとつ今回楽しみにしていることがある。
中央構造線博物館の見学や路頭観察などのフィールドワークがあることだ。
新・「動く大地の物語」は、私自身の今年の「自由研究」のテーマのひとつでもある。
できるだけたくさんを学び、「私の科学」のレベルを高めたいものである。

まもなく出発である。
あっ、それから今回はリアルタイムな情報発信にも「挑戦」してみたい。

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【お薦め本】『地域を変えるミュージアム』(玉村 雅敏編著他 英治出版)

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▼今日は暦の上では「立秋」である。
「えっ?」と思うが、そう言われれば少し「空気」が変わってきているのかもと感じてくるから不思議だ。
自然は律儀なものだ!!
 昨日の「クモ観察園」で注目したのは、あのふざけた名前をもつ「シロカネイソウロウグモ」だった。
最初の貴奴(コガネグモ)の巣の中にイソウロウをして、主と一緒に「おすそ分け」をいただく姿も観察していた。
大型のクモの巣にしかイソウロウしないかと思っていたら、そんなこともないようだ。コガタコガネグモ、ナガコガネグモなどの小型のクモの巣にもイソウロウしていた。
 こいつがなぜイソウロウが許されるのか。前にいくつかの仮説を立てたことがある。あれからなにも進んでいない。それにしてもあのギンギラギンに輝く体は「ふしぎ!?」だ。
▼久しぶりに【お薦め本】である。
■『地域を変えるミュージアム』(玉村雅敏編著 場づくりマーケティング・コンソーシアム 英治出版2013.4.15)
 一見、私とは縁遠そうなこの本を手にしたは、「ふしぎ!?」ならおまかせの理科ハウスが紹介されていると聞いたからだ。
 だからまず理科ハウスが紹介されているページ(p214)から読んだ。
 正直言って驚いた。!!私はこれまでのこともあって理科ハウス通のつもりでいた。これまでにたった2回しか訪問していないくせにあの「空気」を知っているつもりでいたし、次々と展開される「企画」についても、その意図を自分なり理解しているつもりでいた。
 驚いたのは、その理科ハウスの「空気」、「意図」をみごとに読み取った紹介文が書かれていたことにだ。
 なんで、そんなことがわかったのだろう?
もちろん理科ハウス自体の取り組みがすばらしいからではあることには間違いないが、こんなするどい紹介文を書いた人に、そしてこれを載せたこの本に興味がうつっていった。
▼あらためて「はじめに」を読んでみた。この本の意図が書かれているだろうと思ったからだ。
全国の気になる30ミュージアムを次の5つの切り口で紹介したという。
I. 社会イノベーションの触媒となるミュージアム
II. コミュニティの魅力を見える化するミュージアム
III. 人々の協働プロジェクトを促すミュージアム
IV. 価値を共創する拠点となるミュージアム
V. ワクワクが変化を生み出すミュージアム
この切り口自体が、この本のコンセプトを語っていた。
ある程度は理解ができるが、なにか実感をともなっていなかった。
▼そこで私は、紙上で30のミュージアムを訪問することに決めた。
理科ハウスの次に行ったのは、実際に訪問したことのあるところということで
17 遠野市立博物館(p152)
 2011年の夏の終わりに行った。展示の資料の充実ぶりはもちろんのこと、なんともいえぬ心地よい「空気」が流れていた。ここでもその「空気」を読み取った紹介文になっていた。
 以後は順不同でパラパラと見て、気になるところからアトランダムに紙上訪問してみた。
30館すべてまわってみた。
実に面白い!! 「理科ハウスをあのように紹介するのだから、他の館の紹介も…」という私の予感はあたっていた。どの館の取り組みからも学ぶことがいっぱいあった。「理科ハウス」は全国にあるんだと思った。
私の「ミュージアム」というもののイメージが大きく変わった。

「ミュージアム」に限らない、これからの「場づくり」に大きなヒントを与えてくれていると思った。
これから旅に出るときは、その前にこの本をチェックして、実際に訪問してみようと決意した。
最後に、ひとつの不思議が頭に浮かんだ。
「北海道から沖縄まで、各地域に点在する30のミュージアムの存在・流れる「空気」をどうして知ったのだろう?」
この不思議を解くのは、もう少し自分で実際にミュージアムを訪問した後になるだろうか。

今回のお薦めポイントはひとつ
地域の「これからの場づくり」を考える人にとってはヒント・アイデア満載!!

さあ、私の「クモ観察園」のクモたちは「立秋」を感じただろうか。

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新・「自由研究」のすすめ試論(75)

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▼まだまだ「クモばっかり病」は続いていた。
昨日の朝もやっぱり私の「クモ観察園」を歩いていた。距離にしてわずかな距離だ。
 しかし、歩くたびに「ふしぎ!?」はふくらみ「発見」がある。それが楽しいだからやめられないのだ。
昨日の朝の発見は大きくはふたつだ。ひとつは、これまであまり注目してこなかった新しいクモの発見だ。
以前には山ぎわ見かけてはいたが、昨日のようにたくさんはいなかった。腹部の背があざやかな黄緑を色をしていてきれいだ!!時間帯、気温、湿度、天気…なにが強く影響しているのだろう?それはわからない。
「クモ観察園」のいたるところで見かけたのである。帰ってから図鑑で調べてみた。
「サツマノミダマシ」(?)がいちばん似ているように思った。それにしてもこのネーミングいいな。
「サツマノミ」とは「ハゼの実」の方言であるという。なるほど、納得だ!!すばらしい観察眼だ!!
 もうひとつの発見は、「クモ観察園」から回り込んで家に帰ろうとしたときだった。川沿いだ!!
高くのびた雑草のなかにそいつは居た。巨大なナガコガネグモ!!
体の大きさもネットの大きさも本家本元の貴奴(コガネグモ)にひけをとらぬ大きさだ。
これで定例散策コースを変更する必要がでてきた。
▼「クモばっかり病」をより加速するかのように新しい本を読んでみた。
本の題もずばりそのものだった。
◆『おどろきのクモの世界』(新海栄一・新海明 誠文堂新光社 2009.5.30)
実に面白い!!今の私の「クモの世界」の「ふしぎ!?」に答えてくる本だった。
子ども向けに書かれているのが、私にはとてもうれしかった。
写真も貴重なものが満載だ。クモの飼い方まで出ていた。アリガタイ!!
いろいろ気に入ったところがあるが、特に気に入ったのは次のところだった。
「クモなぜ自分の糸にからまらないのか?」という「ふしぎ!?」に対して、「足先油説」というのが昔から流布されているそうだ。対照実験をするなかで、どうもこの説はあやしいものであることがわかってきた。
では、誰がこの説を最初に唱えただろうと調べたところあのファーブルに行きついたという。(もっともてファーブル自身が足先から油を出すとは言い切っていないようだが)私が感動したのはそこではなかった、次の一文でまとめていからだ。

 みなさんも本に書いてあることや大人の言うことを全て信じるのでなく、「少し変だぞ」「ちょっとおかしいな」と感じたら、自分の目で調べてみてほしいと思います。(同書 p17より)

これで
この本はホンモノだと思った。
▼これまで我田引水の独断で読み解いてきた牧野富太郎「赭鞭一撻」にもそれはあった。

十四 書を家とせずして、友とすべし

本は読むべきだ。
私の「ふしぎ!?」はどこまでわかっているのか、これまでの「研究」から大いに学ぶべきである。
でも、それは「結論」ではない。
どんな小さな私の「ふしぎ!?」でも、謎解きの最後の一歩は自分で歩まねばならない。
 本(ネット情報も同じ)は、最後の一歩までの最高の友なのである。
▼ながらく続けてきた「赭鞭一撻」も最後だ。最後はこうだ。

十五 造物主あるを信ずるなかれ

これまたなんとも含蓄のある言葉である。
「神」をつくって思考停止をおこなってはならない。
せっかくの私の「ふしぎ!?」に安易な道で性急な答えを求めてはならない。
私の「ふしぎ!?」、一度に答えがみつからなければそれを一旦保留しよう。
ずっとずっと持ち続ければかならず自然は応えてくれるはず。
「自然に学ぶ」とはきっとそんなことを言うのだろう。

これで一旦「読み解く」という作業は終わる。 
しばらく寝かせておいて、いつかは「赭鞭一撻」の現代版、21世紀版
「赭鞭一撻」から学ぶ「自由研究」のすすめ心得を書いてみたい。

さあ、今日の「クモ観察園」では何を発見できるだろう?

 

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【Web更新8/4】13-31 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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せめてもの 涼風うれし 駒繋ぎ 13/08/03 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】13-31
週末定例更新のお知らせ
 一週間はほんとうにはやい。今週が終われば夏休み前半が終了する。
できたことも多いが、計画をたてながらまだできていないことも多い。「どこまでできて、なにができていないのか?」そんな「現在地」確認が必要だ。
「現在地」確認にはWeb更新がいちばんだ。
Web更新は「峠」に立つことだ。

峠にたつとき

すぎ来しみちはなつかしく

ひらけくるみちはたのしい。

みちはこたえない。

みちはかぎりなくさそうばかりだ

真壁仁「峠」より)

◆表紙画像集2013更新!!  人里の自然シリーズ コマツナギ
 昔誰かが教えてくれた。「ここが参勤交代の道だったんだよ」と。
いつかそれを確かめたいと思っているあいだにまわりの地形まで変わってしまった。
山ぎわの土手に「コマツナギ」が咲いているのをみつけた。ほんとうにこいつに「駒」を繋ぐような「歴史」があったのだろうかと、炎天下、木陰でぼんやりとながめていたらわずかながらの涼しい風が吹いてきた。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 貴奴(コガネグモ)との再会!観察!
牧野富太郎「赭鞭一撻」を読み解くやっいるあいだに一週間が過ぎてしまった。
「赭鞭一撻」の勝手気ままな読み解きもあと一回で終えるつもりだ。
そのあとどうするかは検討中だ。
今週後半は「中央構造線」だ!!自分中で新・「動く大地の物語」をはじめたいと思っている。

◆オンライン「寅の日」更新 まだ第41回の「科学と文学」の余韻のなかにいる。
反芻作業はまだまだつづくだろう。
「記録」と「予言」!! これはこのblog自体の文章にも言えることだろう。

さあはじめよう!
新しい一週間を! 次なる「峠」めざして…。

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本日(2013/08/04)、第41回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日は大賀ハスの蓮根植え替えから18週目の定例観察日であった。今年の収穫、3個だけの種子(観察池1水栽培2)を回収しようと思った。しかし、花托を支える花茎をみるとまだ緑が残っていた。これは種子へのライフラインが途絶えずまだ健在だということかも知れない。念のために今しばらく回収を見送った。
 花托に種子ができなかったライフラインはすぐさま途絶え枯れてしまった。ひとつでも種子ができた花茎は執拗に緑を残していた。「ふしぎ!?」でみごとなものだ!!どんなシグナルの交換が行われているのだろう!?
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 「ふしぎ!?」でみごとなものは貴奴(コガネグモ)にもあった。
ネットのセンターにある白い帯のことが気になりだした。確かに2日目に観察したときにはみごとな「X」字形であったものが、昨日は左上の白い帯が消えていた。右上も消えかけている。
ネットの張り替えをしたのだろうか?なぜ白い帯の一部を消してしまったのか?
そもそもこの白い帯はなんなのだろう?なにかのシグナルなのだろうか?
この「ふしぎ!?」はどこまでわかっているのだろう?
さらに山ぎわで見たコガタコガネグモの「X」がみごとであった。
▼本日(2013/08/04)は第41回オンライン「寅の日」である。
8月3回あるうちの初回である。8月のテーマを「文化として科学」とした。
なんと仰々しいテーマであることかと自分でも驚いてしまう。どうも私には「ばっかり病」だけでなく突然として大風呂敷を広げるという持病もあるようだ。
そして初回に選んだのは「科学と文学」である。ポンコツ理科教師とはまったく無縁のような文にみえる。
◆第41回オンライン「寅の日」
●「科学と文学」(青空文庫より)
▼浅学無能な私であるが、「臭覚」だけは少しだけ自信があった。
読みはじめて自分でも驚いてしまった。実は自分がしっかり読んでここのテキストとしたのではなかった。
それなのに今月のテーマ「文化としての科学」にぴったりの内容だったのだ。
自らの臭覚を自画自賛するのだった。
読みはじめるとどんどん寅彦の文脈に惹きつけられていった。かなりの長文なのに飽きることはなかった。
それがなぜなのかわからない。
「科学者」でなければ、「文学者」でもない、もっぱら人の書いたものを読む側の人間である。
それもあまり本を読まない人間であり、また最近集中して本を読むことができなくなってしまっている。
それは自分でも自覚している。
 それが、寅彦の書いたものだけは別だった。特に今回はそうだった。
 「科学」と「文学」。ややもすると対峙関係にあるようにとらえている2つの領域。
実はそうではなくて究極のねらい、役割は同じものだというのが今回の主張のようだ。
まずは<言葉としての文学と科学>から入っていく。

学の内容は「言葉」である。言葉でつづられた人間の思惟(しい)の記録でありまた予言である。言葉をなくすれば思惟がなくなると同時にあらゆる文学は消滅する。逆に、言葉で現わされたすべてのものがそれ自身に文学であるとは限らないまでも、そういうもので文学の中に資料として取り入れられ得ないものは一つもない。

象形文字であろうが、速記記号であろうが、ともかくも読める記号文字で、粘土板でもパピラスでも「記録」されたものでなければおそらくそれを文学とは名づけることができないであろう。つまり文学というものも一つの「実証的な存在」である。甲某が死ぬ前に考えていた小説は非常な傑作であった、と言ってもそれは全く無意味である
こういう現象の可能なのは、畢竟(ひっきょう)は人間の心の動き、あるいは言葉の運びに、一定普遍の方則、あるいは論理が存在するからである。作者は必ずしもその方則や論理を意識しているわけではないであろうが、少なくもその未知無意識の方則に従って行なわれる一つの手ぎわのいい実験的デモンストラシオンをやって見せるのである。方則に従っていればこそ、それと同じような現象が過去にも起こりまた未来にも起こりうるのであり、かくしてその作品は記録であると同時にまた予言として役立つものとなるであろう。

一方「科学」の方から見ると

 科学というものの内容も、よく考えてみるとやはり結局は「言葉」である。
人間霊知の作品としての「学」の一部を成すところの科学はやはり「言葉」でつづられた記録でありまた予言であり、そうしてわれわれのこの世界に普遍的なものでなければならないのである。

「文学」と「科学」の究極の共通項、キーワードは「言葉」で綴られた「記録」「予言」であると読み取った。
▼以下は寅彦得意のたたみかけるようなリフレインがつづく。
<実験としての文学と科学>
<記録としての文学と科学>
<芸術としての文学と科学>
<文学と科学の国境>
<随筆と科学>
<広義の「学」としての文学と科学>
<通俗科学と文学>
<ジャーナリズムと科学>
<文章と科学>
<結語>
小見出しをあげるだけでもこうだ!!もう圧倒される思いで次々と読んでしまうのである。
この文章が書かれたのも昭和8年(1933)である。寅彦は昭和10年(1935)の大晦日に亡くなっているからその前々年に書かれたことになる。この年の3月3日には三陸大津波が発生している。
この昭和8年~昭和10年に書かれたものにはなぜか迫力を感じる。
一度読んだぐらいではなかなか読み取れない遠大なテーマが語られているように思う。
書かれてから80年の時間が過ぎている。
しかし、なんと今日的提言であることか!!
 せめて、8月中、少しずつ繰り返し読んでみようと思う。
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新・「自由研究」のすすめ試論(74)

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▼昨日の朝の観察まで実は半信半疑であった。
貴奴(コガネグモ)との「再会」があまりにもうれしかったもので、それは幻を見ていたのではと疑ってみたりしていたのだった。朝の観察で確信した!!
「これはまちがいなくコガネグモである!!」と。
みごとな完全円網であった。しかし、18日間観察を続けた貴奴ではないと思った。
それはセンター(「こしき」)部の白い帯が今回は「X」字になっていた。貴奴の場合はずっと「八」字だった。
それに体全体も貴奴に比べると小さく見える。
もし別のコガネグモだとすると、こんなわずかな範囲に貴奴は二ひきもいたことになる。
そう考えるとますますうれしくなってしまうのである。
▼一方で少し迷うことがあった。それは前回は、あのアクシデントで貴奴は消えてしまった。
あの悔しい思いをもうしたくない。
 だからこいつをいっそのこと家の庭に連れて帰ってそこで観察をしたいとも思った。
 そんなことが今、読み解くことをすすめている牧野富太郎「赭鞭一撻」にもあった。

十一 植物園を有するを要す

 気になる植物は自分の植物園をつくってそこで育てて観察せよということであろう。
いつも手元に置いて観察してこそ、その植物を深く知ることになるのである。
だからこそ自分の「植物園」が必要であると。
納得である。
 ならば今回はどうすればいいだろう。貴奴の自分の家に連れ帰った方がいいのだろうか。
でも考えてみると、貴奴の居る場所は、家から歩いて数分のところである。
それに、家の庭に連れ帰っても環境が変わり、うまく巣をつくってくれるとは限らない。
ものは考えようだ。
至近距離に2ひき(?)もコガネグモが現れたここを、私の「クモ観察園」と考えよう。
牧野の言っているのもけっきょく自分のフィールドをもつことが必須であるということだろうと勝手に解釈するのであった。
▼「赭鞭一撻」を続けよう。

十二 博く交を同士に結ぶ可(べ)し

ほんといいことを言っている。
自分の体験からもまったくこの通りと思う。
同じことに興味をもち「研究」をすすめる人を友にして、「学び合い・高めあう」情報交換をする。
これは最高の研究方法である。
じつは「学会」などというものはここからはじまったものなのだろう。
今年で5年目になる「日本ヒガンバナ学会」も、20年の歩みをもつ【理科の部屋】もここからはじまったものなのだろう。
▼次には、より強く膝をたたき共感することを言っていた。

十三 迩言(じげん)を察するを要す

よくぞ言ってくれた!!
私が最も共感するところでもある。
「植物」に関する知識に職業や性別や年齢など関係ない。
「植物」とのつき合いを生業とする人の言葉に耳を傾けよ!!
なんと示唆的な提言だ。
「研究」は大学の「研究室」だけにあるわけではない。
これぞみごとな「常民の科学」の掬いとりだ。
これは「自由研究」をすすめるうえでも大きなヒントになるはずだ。

貴奴(コガネグモ)と再会して3日目!!
今日は貴奴はどうしているだろう?
楽しみだ。


 

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新・「自由研究」のすすめ試論(73)

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▼「居た!!」
「貴奴がほんとうに居た!!」
2013/08/01 18:02 
私はいささか、いやかなり興奮していた。冷静にはなれなかった!!
それは再び、貴奴、コガネグモと出会ったからである。
昨日の夕方も、いつものように「クモの世界」を楽しむためにカメラをぶらげて散策に出た。
観察するたびに、あらたな「発見」が面白い。「ふしぎ!?」は尽きることがなかった。
 しかし、7/8からの18日間の貴奴(コガネグモ)とのつき合いが忘れられなかった。
・ダイナミックでみごとな「狩り」!!
・巧みな技でのネット更新!!
・畏怖堂々としたその姿!!
それをもう一度見たいと思っていた。草刈りで姿を消したあともさがしていた。
正直言って、少しあきらめていた。
それが昨日居たのだ!!貴奴そのものかどうかはわからない。ひょっとしたら別のコガネグモかもしれない。
前に貴奴が居た場所から20mばかり離れた場所だ。今度は前より山側の土手の上である。
従って、前のように観察がどこからでもできるわけではなかった。
 しかし、うれしかった!!貴奴と再会が最高にうれしかった。!!
 「求めよ!!さらば与えられん!!」はほんとうだと思った。
▼興奮を少し抑えながら、牧野富太郎「赭鞭一撻」を読み解くを続ける。

八 宜(よろ)しく師を要すべし

これは今の私には、実感をともなって納得できる。
貴奴(コガネグモ)との再会も、いつもここにコメントくださる「クモの世界」の師、鈴木勝浩先生のおかげである。
深謝。
考えてみると、私はいつもラッキーだった。
「ヒガンバナ」
「大賀ハス」
「クマムシ」
「コウガイビル」
等々、いずれの場合も私が夢中になったものには必ず、その道の師がいた。
師をみつけることは「研究」を大きく加速する最高の方法なのである。
▼次も実感するところである。

九 りん財者は植物学たるを得ず

これもいい!!その通りだと思う。
要するにケチではダメだということだ。けっして贅沢であれとか無駄遣いをせよということではない。
ほんとうに必要なものについてはケチ=「出し惜しみ」してはならないということだ。
要するに価値観の問題だ。他のところでうんと節約して、「研究」をすすめる上でどうしても必要なものを手に入れるのである。それもできるだけ「高級」(ホンモノ)なものを。
▼次は「研究」に限らず、どんな場合も言えることだ。

十 跋渉(ばっしょう)の労を厭ふなかれ

これもまたその通りである!!
フィールドを駆け巡り、いろんなことを「観察」し、見聞きして見えてくる世界があるのである。
苦労を厭っていてはなにも見えてこない。
これは真実である。しかし、少し訓育的である。
より真実に近く言えば、「苦労」という認識があるあいだはホンモノではない。
他人からみて「苦労」なのであって、「研究」をすすめる当事者にとっては、面白くて楽しくってしかたないのである。そう思えないような「研究」は、「研究」に値しないのである。
そう考えてホンモノ「研究者」を見てみるとすごく納得がいくのである。

それにしても、こうして少しずつ読み解いていっているとあらためて驚いてしまうのである。
二十歳にもならない若者がこんな凄いことなんで書けたのだろう?
そして、こうして自分で書いたことを生涯貫きとおした牧野富太郎とは?

さあ、明るくなってきた。
貴奴第2号はどうしているだろう?

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新・「自由研究」のすすめ試論(72)

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▼7月最後のクモの観察は夕立の後であった。そのことにすぐ気づいた。クモの巣がゆれていた、いや揺らされていた。以前からクモの巣が揺らされているのを目撃することがあったが、昨日はちょっとちがっていた。
あれもこれも見るものすべての巣が揺らされていた。
 何をしているんだろうか?それはまるで夕立で巣についた水滴をふるい落としているかに見えたが?
まだつき合いが浅いので真実はわからない。
それ以外にもともかくクモたちの動きが活発だ。ネットの張り替えをするもの、センターと周辺を行き来を繰り返すもの、大きくネットをゆらすもの…と。
 センターに構えているかに見えたナガコガネグモがこれまた妙な動きをしていた。
最初は脚先をなめるような行動をしていた、そのうち全部の脚の屈伸運動をはじめたのである。
この運動にどういう意味があるのこれまたかわからないのだった。
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▼観察の最後は山ぎわのコガタコガネグモだった。その姿を写真におさめようとしたときだ、ことが起きたのは。
私の足元の草むらにいたバッタ(?)が飛び跳ねた。そして、みごとにこのコガタコガネグモのネットに引っかかってしまったのである。ネットの粘着力は強力である。バッタは動きがとれなくなってしまった。
あの貴奴(コガネグモ)ならともかく、コガタコガネグモにとっては自分の体の何倍とどでかい「獲物」である。
どのようにして「狩り」をするのか興味津々だった。
 カメラをかまえたままそのときを待った。待つこと10分~20分!!
いっこうに動きを開始しない、じっとセンターにいるままだ。やがてヤブ蚊の襲撃だ!!
手、足、顔面とすさましい攻撃だ。それでもその「瞬間」を見たい一心で我慢するが、もう限界だった。
あの後、どうなったのだろう?
▼8月になったけれど牧野富太郎「赭鞭一撻」を読み解くを続けよう。

六 洋書を講ずるを要す

 明治初年の当時、これが意味するところは西洋「科学」に学べということだと思う。
福沢諭吉「窮理図解」などの時代である。
 では、これを今日的に読み解くとどうなるか。ふたつある。
・科学的視点でものを見よ!!
・グローバルな視点でものを見よ!!
ということである。
▼次はさらに具体的である。

七 当に画図を引くを学ぶべし

 「牧野富太郎植物画集」などを見ていると、この言葉はより説得力を持ってくる。
彼は提言するだけでなく生涯にわたってこれを自ら実践してみせてくれたのである。
今年の私の試論のねらいのひとつは「研究発表」「報告」を射程に入れた「研究」をどうすすめるかだ。
 その点から言ってもこの提言はきわめて示唆的である。
自ら図に書いてみるという方法は、ツタワル「研究」のためにはきわめて有効な方法である。
観察したこと、実験の様子などを自分で図に書いてみる。自分の言葉で表現してみる。
記録化し表現できたもののみがツタワルのだ!!
ついつい写真だけに頼りがちであるが、究極はやっぱり「自分で描く」だろう。

8月がはじまった!!
エネルギー充填の8月だ。あのクモたちに負けないぐらいアクティブでありたいものだ。
さあ、ゆっくり 急ごう!! 

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