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新・「自由研究」のすすめ試論(72)

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▼7月最後のクモの観察は夕立の後であった。そのことにすぐ気づいた。クモの巣がゆれていた、いや揺らされていた。以前からクモの巣が揺らされているのを目撃することがあったが、昨日はちょっとちがっていた。
あれもこれも見るものすべての巣が揺らされていた。
 何をしているんだろうか?それはまるで夕立で巣についた水滴をふるい落としているかに見えたが?
まだつき合いが浅いので真実はわからない。
それ以外にもともかくクモたちの動きが活発だ。ネットの張り替えをするもの、センターと周辺を行き来を繰り返すもの、大きくネットをゆらすもの…と。
 センターに構えているかに見えたナガコガネグモがこれまた妙な動きをしていた。
最初は脚先をなめるような行動をしていた、そのうち全部の脚の屈伸運動をはじめたのである。
この運動にどういう意味があるのこれまたかわからないのだった。
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▼観察の最後は山ぎわのコガタコガネグモだった。その姿を写真におさめようとしたときだ、ことが起きたのは。
私の足元の草むらにいたバッタ(?)が飛び跳ねた。そして、みごとにこのコガタコガネグモのネットに引っかかってしまったのである。ネットの粘着力は強力である。バッタは動きがとれなくなってしまった。
あの貴奴(コガネグモ)ならともかく、コガタコガネグモにとっては自分の体の何倍とどでかい「獲物」である。
どのようにして「狩り」をするのか興味津々だった。
 カメラをかまえたままそのときを待った。待つこと10分~20分!!
いっこうに動きを開始しない、じっとセンターにいるままだ。やがてヤブ蚊の襲撃だ!!
手、足、顔面とすさましい攻撃だ。それでもその「瞬間」を見たい一心で我慢するが、もう限界だった。
あの後、どうなったのだろう?
▼8月になったけれど牧野富太郎「赭鞭一撻」を読み解くを続けよう。

六 洋書を講ずるを要す

 明治初年の当時、これが意味するところは西洋「科学」に学べということだと思う。
福沢諭吉「窮理図解」などの時代である。
 では、これを今日的に読み解くとどうなるか。ふたつある。
・科学的視点でものを見よ!!
・グローバルな視点でものを見よ!!
ということである。
▼次はさらに具体的である。

七 当に画図を引くを学ぶべし

 「牧野富太郎植物画集」などを見ていると、この言葉はより説得力を持ってくる。
彼は提言するだけでなく生涯にわたってこれを自ら実践してみせてくれたのである。
今年の私の試論のねらいのひとつは「研究発表」「報告」を射程に入れた「研究」をどうすすめるかだ。
 その点から言ってもこの提言はきわめて示唆的である。
自ら図に書いてみるという方法は、ツタワル「研究」のためにはきわめて有効な方法である。
観察したこと、実験の様子などを自分で図に書いてみる。自分の言葉で表現してみる。
記録化し表現できたもののみがツタワルのだ!!
ついつい写真だけに頼りがちであるが、究極はやっぱり「自分で描く」だろう。

8月がはじまった!!
エネルギー充填の8月だ。あのクモたちに負けないぐらいアクティブでありたいものだ。
さあ、ゆっくり 急ごう!! 

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コメント

楠田先生、こんにちは。

 鈴木勝浩です。

 屈伸運動など、おもしろいですね。

 どんな意味があるのでしょうか?

 8月も楽しみです。

 どうぞ、よろしくお願い致します。

投稿: 鈴木勝浩 | 2013/08/01 06:59

鈴木勝浩さん
コメントありがとうございます。
ほんとクモは面白いですね。いろいろ見せてくれます。
今日の夕方の観察で驚くべきことに出会いました。
感動してしまいました。
くわしくは明日の朝に 乞うご期待!!

投稿: 楠田 純一 | 2013/08/01 20:49

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