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新・「自由研究」のすすめ試論(71)

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▼気がついたら1時間半を越えていた!!
直線距離にして100mもあるかないかだ。そこをカメラをもって散策しただけなのに…。
そう、クモだ!!
貴奴(コガネグモ)が消えてその病は少し癒えたかにみえたが、そうではなかったようだ。
「クモばっかり病」の症状も多様化していっていた。
・短い距離のあいだにどれほど多くのクモがいることか!!
・今のところナガコガネグモの大小がいちばん目立つ
・ナガコガネの「卵のう」も教えてもらった。その観察もぜひ…
・二ひきのクモが糸の引っ張り合いしていた。何をしているんだろう?
・山ぎわでは、ズングリムックリの初見参のクモがネットを張っていた。
・ネットの張り方も種類によってちがうようだ。
・・・・・・・・・・・
牧野富太郎「赭鞭一撻」を読み解くをつづける。
その前に、つまらない余談をひとつ
見当外れもいいところでよく知る人にはお叱りを受けるかも知れないが。
牧野富太郎が「赭鞭一撻」を書いた当時の号は「結網子」だという。
富太郎もあれほどの植物を観察したのだ、きっと屋外のクモもいっぱい見たに違いない。
それとこの号はなんらかの関係はないだろうか?
「結網子」=ネットを結びつける人間 というのは「クモばっかり病」故の妄想であろか。
続けよう。

三 草木の博覧を要す

これは「研究」をすすめる上でのアタリマエの鉄則だ。!!
ひとつだけの観察で、多くを語ることはできない。ここでは「草木」であるが、これはすべてに言えることだ。
多くを博く見てこそ、目的のひとつも深く知ることができるのである。
 出発は「ひとつ」の「ふしぎ!?」でよい!!私は寧ろその方を推奨する。
「ひとつ」からはじめて「いろいろ」を見るのである。
「いろいろ」を見ることは、「ひとつ」を深く見ていく常套手段であるのだ。
▼いずれも現代にも通ずることばかりである。
次に行こう。

四 書籍の博覧を要す

先行「研究」から学ぶ!!
これも大切なことである。自分が「ふしぎ!?」でならないことは、ほとんどの場合、他の人にとっても「ふしぎ!?」なのである。だからその「ふしぎ!?」の謎解きをこれまでに試みた人がいるはずである。
そこから学ぶのである。それには本を読むことが一番である。
 なかなかすぐに手にすることのできる本ばかりと限らないが、まずは図書館などを利用してみよう。
そしてありがたいことにネットの時代である。
牧野富太郎の時代には考えられなかった情報入手の手段である。
これを活用しない手はないのである。

▼ネットの利用については、次にもあてはまる。

五 植学に関係ある学科は皆学ぶを要す

そう!!「ふしぎ!?」はツナガッテイルのだ!!
だからツナガッテイルことを学ぶ必要があるのだ。
具体例を今はまっているクモの「ふしぎ!?」で語ってみよう。
「動物学」「昆虫学」はもちろんのこと
クモの糸の「ふしぎ!?」をより深く追うためには「化学」「高分子化学」の知識もひつようになってくる。
なぜあんなに強いのか?考えるためには「力学」「材料力学」…
クモのネットの張り方については「デザイン学」「建築学」「数学」…
外国語で書かれた論文を読むためには「語学」も必要になってくるだろう。
もちろんいっぺんにそれを学ぶことなど不可能だ。
少しずつ 少しずつ ゆっくり ゆっくり だ。
こうして「研究」をすすめれば、常に学ぶことの意義は見えているのではないだろうか。

こう書きながら、私は自分に「そうだろう」と言い聞かせているのだ。
やっと五まできた。十五まである
今日で7月が終わってしまう。この拙い試みも月をまたぎそうである。
寄り道するかもしれないが、最後までやることを決意だけはしておこう。
ゆっくり 急ごう!!


 

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新・「自由研究」のすすめ試論(70)

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▼雨あがり、そいつはほぼネットの更新を終えようとしていた。
貴奴(コガネグモ)ほどにないにしてもやっぱりクモのネットの張り替えは巧みの技である。
ついつい見とれてしまっていた。
縦糸を張っておいて、足場を確保しながら横糸を張っていく。
そのスピードはみごとである。外側から張っていっていっきょにセンターまでいくのかと思ったら、ある程度センターに近づいたところで、今度はセンターから張り出した。
これは正規の手順なんだろうか?
こいつだけの気まぐれなんだろうか?
一回だけの観察ではなんとも言えないのである。
▼「クモの世界」の「ふしぎ!?」を追い続けながらも、あの牧野富太郎の「赭鞭一撻」が気になってしかたない。
この「自由研究」版をつくりたいという思いが高まっている。この作業が、この試論にもっともふさわしい作業に思えてくるのである。
「いつの日か…」なんて言っていたら、もう一生できそうもない。
ここは得意の「ゆっくり 急ぐ!!」でいこう。
 まずは手始めに「赭鞭一撻」を読み解くことをしてみたい。
▼15項目ひとつひとつをとりあげて、21世紀の今風に読み解いてみたい。
それは我田引水の手前勝手な解釈になるだろう。
前置きはこれぐらいではじめよう。

一 忍耐を要す

 これは何事に置いても言えることだ。途中で断念すればそれは「失敗」に終わる。
成果が出るまで継続すれば、それは「プロセス」ということなる。
「ふしぎ!?」の謎解きには、馬鹿みたいひとつのことの「繰り返し」が必要だ。
「忍耐」というと、なんとなくストイックな雰囲気になるが、そうではない。
謎解きは、ある「臨界点」を越えると面白くなってくるのである。面白くて面白くてしかたなくなりついつい「繰り返し」続けてしまうものなのである。「臨界点」に達するまではひたすら「繰り返す」のみ!!

▼次に行こう!!

二 精密を要す
 これは私などは、もっとも苦手とするところだ。自然から学ぼうとするとき、より正確な自然の事実から学ぶ必要がある。観察や実験によって自然に問いかけ、「ふしぎ!?」を追求していくとき、観察や実験の「結果」より正確に精密に記録化していかなければならない。誤った事実認識から次なる「ふしぎ!?」は生まれてこないのである。

この調子でいくと何日かかるだろう?
まあいいか。自分で面白いので続けてみよう。

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【Web更新7/28】13-30 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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コガネグモ 今日も巧みに 生きるかな 13/07/23 (火)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】13-30
週末定例更新のお知らせ
 「失敗」は繰り返すな!!
けだし、その通りの究極の人生訓だ。
でも一方で、
 「失敗」は繰り返すものだ!!
という思いがある。それが「失敗」であったというほんとうの認識がないかぎり繰り返してしまうものなのである。
他者の眼からみて「失敗」であって、当人にとってはそれは「失敗」という認識がない。
だからこそ繰り返すのである。
 「失敗」は成功のもと!!
というのも、すぐれた人生訓であることは確かだ。
いずれにしても
 私にとってはたったひとつの流儀「繰り返す」をやっていくのみ。
今週もWeb更新を「繰り返す」!!

◆表紙画像集2013 更新!! 人里の自然シリーズ コガネグモ
 今週の表紙はめずらしく植物以外である。先週一週間でいちばん眼に焼き付いた「自然」をあげるとすればやっぱりこの「コガネグモ」をはずすわけにはいかない。
 もう貴奴を見ることができない。一匹のコガネグモとの出会いが教えてくれたものは多い。
たった18日間だけの観察であったが、「自然とは?」「自然に学ぶ「科学」とは?」まで教えられたような気がする。貴奴に敬意と感謝を込めて一週間表紙を飾ってもらうことにした。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 またしても 「赭鞭一撻(しゃべんいったつ)」を見てしまった。これぞ究極の「研究」のすすめであるという思いは強くなっていく。
ここでも第一は「忍耐を要す」で、繰り返し「研究」を続けることの大切さを説いていた。
「自由研究版・赭鞭一撻」を急ぎたくなってくる。
ゆっくり 急ごう!! 

◆オンライン「寅の日」更新!!
 こちらの「繰り返し」も40回になった。
8月のテーマは「文化としての科学」だ。夏休み特集として遠大なるテーマに挑戦である。
どんな発展があるのか楽しみである。



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新・「自由研究」のすすめ試論(69)

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▼大賀ハス蓮根の植え替えから17週目の定例観察日だった。
観察池は高く立つ葉ばかりのジャングルとなっていた。その葉のすき間からかろうじて第5大賀ハスの花托が立っていた。けっきょく種子になったのはたったひとつだ!!
水栽培の第7の方には2つだ。あわせても3つ!!これが今年の種子ということになりそうだ。
▼貴奴(コガネグモ)のいた場所にも朝からでかけていった。
兄弟分の「ナガコガネグモ」「コガネグモ」は元気だった。別のクモの仲間も増えているような気がした。
一昨日の観察でひとつの巣の中に二匹仲良くいたあのクモのことが知りたかった。
腹部の背面の写真を撮りたいと思っていた。ところがネットを水平近くにはり下面にはりつくようにようにいるので、なかなか背面が撮れない。もぐ込むようにして撮るがなかなか…。
▼背面が撮りたかったのは、それをここにアップすればクモにくわしい鈴木勝浩先生に教えてもらえるとおもったからだ。「クモの世界」に惹かれいったのも鈴木先生のおかげである。
アリガタイ!!
 唐突ではあるが、私はあの牧野富太郎の「赭鞭一撻」を思い出した。
それはそのなかにあった。
 

八 宜(よろ)しく師を要すべし
 植物について疑問がある場合、
 植物だけで答えを得ることはできません。
 誰か先生について、先生に聞く以外ありません。
 それも一人の先生じゃ駄目です。先生と仰ぐに年の上下は関係ありません。
 分からない事を聞く場合、年下の者に聞いては
 恥だと思うような事では、疑問を解くことは、死ぬまで不可能です。

牧野富太郎の「赭鞭一撻」ノートを手に入れたのは昨年の夏の終わり。寺田寅彦を訪ねて高知に行ったときに
高知県立牧野植物園に立ち寄ったときだ。
 今、それを引っぱり出して読んでみる。「赭鞭一撻」は牧野富太郎が少年時代(18~20)歳の頃に書いた勉強心得である。さすが牧野富太郎である、こんなものを若き日に書くなんて!!
心得は15ある。どれも「その通り!!」と納得できる。
 どれも、今もってまったく色褪せることない「学問のすすめ」心得である。
それは同時に「自由研究」のすすめ心得でもあると思う。

浅学無知を省みず、ポンコツは野望(夢)を抱くのである。
いつの日か、「赭鞭一撻」現代版(21世紀版)、「赭鞭一撻」自由研究版を書いてみたい!!
と。


 

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新・「自由研究」のすすめ試論(68)

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▼昨日の朝も、やっぱりその場所に出かけてしまっていた。
貴奴はいなくなってなってしまったが、やっぱり気になる場所であった。
そもそも貴奴はなぜあそこにいたのだろう?
どんな「必然」があったのだろう?
自然に問いかけてみた。今はいない貴奴にも問いかけてみた。
・「獲物」が手に入りやすかった。
・昆虫の通り道だった。
・水辺であった。(用水路のすぐ近くである)
・適当な日当たりである。
・ネットを張った角度と日当たりとの関係は
・風通しは?

▼そんなことを考えながらその場所の周辺をみているとやはりいた!!
貴奴(コガネグモ)自身はいなかったが、その兄弟分たちがいた。
「ナガコガネグモ」
「コガタコガネグモ」
たちである。
さらには名もわからぬ二匹がなかよくひとつのネットに…
やっぱり単なる偶然ではない。
自然は「必然」からなっているのだ。
▼もう夏休み一週間が過ぎてしまった。
今一度、今年の「夏の創造」計画を見直してみた。
◆「大賀ハス開花の観察研究」
◆「ヒガンバナの研究」
◆「人間と金属の歴史~水銀・鉄を中心として~」
◆新・「大地の動きをさぐる」
欲張りな計画をたてていた。
けっしてすべてを完全になどとは思っていなかった。
できるところまででいいと思っていた。
ただ
・これらの「ふしぎ!?」をバラバラに追うのでなくツナガルものがあることを意識しながら進める。
・「発表」、「報告」を射程に入れて取り組む。
・「研究」とは?問い続けながらすすめる。
などは一貫してもっておきたかった。
▼貴奴の登場で予定したものが具体的にはほとんどすすでいなかった。
でも、予定以上のもっともっと大きな収穫があった。
それは
自然から学ぶ「自由研究」
である。これぞ「研究」の本質であると思った。
自然の「ふしぎ!?」の謎解き!!
謎解きの最高の方法は自然そのものに問いかけることだ。
繰り返し繰り返し自然に問いかけていれば、きっと答えてくれるはずだ!!
そして必ず教えてくれるはずだ。その「必然」を!!

大賀ハス観察池のそばで誰かが呼びかけきたような気がした。
「お~い!!なにしてるや。ちゃんと見ているか!?」と。
「誰だ?」
 物干し竿のパイプのなかで昼寝をしているカエルくんがいた。
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新・「自由研究」のすすめ試論(67)

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▼貴奴(コガネグモ)と出会って17日目の朝。
私は、一昨日の夕方はじめて出会ったコガネグモの雄らしいあいつをさがしていた。
もう一度、あいつと出会ってくわしく観察さして確かめたかったのだ。ところが、かなり入念にネットの周辺をさがしてみつからない。一昨日に現れたのも夕方だったから、夕方になったら現れるだろうかとあきらめた。
オスとメスのちがいを記録しておきたかったので貴奴の姿も今一度写真におさめた。
 後でわかったのだが、このときとんでもない失敗をしていた。カメラの設定を朝早く撮った月の撮影設定にしたままだったのだ。
 これが、貴奴の最後の姿をおさめる写真だったというのに…。
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▼午前中の仕事を終えて帰宅した。
家の周辺が妙にすっくりしていた。田の土手、畦の草刈りをしてくださっていたのだ。
ありがたい!!見苦しいばかりか、その草むらが暑さを倍増するような状態だったので…。
まさか!? ひょっとしたら…??
不安は的中していた。その場所も草刈りがおこなわれていた。
午後、その場所でかけていって刈りたおされた草を入念にチェックした。外枠の糸だけが残る草をみつけた。
周辺の草も含めて大きなナイロン袋に入れて回収した。
肝腎の貴奴をさがした。炎天下一時間半ばかりその周辺の草むら竹藪近くをさがしたがみつからない!!
どこに行ったのだろう。
あのたくましい貴奴のことだきっとどこかで…
そう願うばかりだ。
▼2013年7/8(月)~7/25(木)、結局18日間の出会いだった。
その間に貴奴はいろんなものを見せてくれた。
・「狩り」をリアルタイムに見せてくれた!!それも一度ならず複数回も…。
・「獲物」を食する姿を見せてくれた!!
・ネットの張り替えの巧妙な技を見せてくれた!!それもリアルタイムに!!
・「シロガネイソウロウグモ」とも出会った!!そのイソウロウ暮らしも…。
数えあげればきりがないほど多くを見せてくれた。そして魅せてくれた!!
そして「クモの世界」の面白さを教えてくれた。
さらには、自然に学ぶ「科学」の意義までも。
▼夕方になってもまだ心残りがあった。
またしてもその場所へ出かけて行った。その周辺をよく見回した。
そしたら、その場所から数メートル離れた場所の藪ぎわのところに貴奴のコガタをみつけた!!
おそらく「コガタコガネグモ」(?)だろう。
 またそこから10メートルばかり離れたところに竹から器用にぶら下がるクモをみつけた!!
ほんとに多様なクモが、私の近くで暮らしているのだ!!
これも貴奴が教えてくれたことだ。
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私の「コガネグモ物語」序章は終わった。
しかし私と「クモの世界」とのつきあいは今、入口にさしかかったところなのかも知れない。
そして、いつかどこか必ず再び貴奴と出会いたい!!
 

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2013年8月のオンライン「寅の日」は #traday

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▼貴奴(コガネグモ)と出会って16日目。
夜が明ける前に少しだけ雨が降った。しかし、それはすぐあがった。
貴奴は朝からネットの張り替えをしていた。観察に行ったときはもうその作業は終わりに近かった。
出糸突起から糸を出し、脚をみごとに操りなから横糸を張っていく。
もうそれは巧みの技であった!!あまりの巧みさにしばし見惚れてしまった!!
昨日の観察では「狩り」は見なかった。
「平穏な一日だったなあ」と夕方の観察を終えようとしたときだった。
そいつを見たのは。
ネットの外枠の外、草かげに隠れるようにしてそいつは居た!!
そいつは貴奴にくらべると身体はうんと小さい。しかし、どこか面構えが貴奴に似ている。
私にはそいつがコガネグモの雄に見えたのだが?
▼こうして毎日貴奴の観察日記風の文章を書いていると、つくづくと「寅彦」の文才がうらやましく思えてくる。
彼の何百分の一でもその才能があれば、貴奴を観察しての「感動」をうまく伝えることができるのにと。
そんな「寅彦」に少しでも学びたくて、性懲りもなく続けているオンライン「寅の日」
毎月の「寅の日」に何を読むのか、前月の20日前後に提案しているようにしているのだが、今回は少し遅れてしまっている。
 2013年8月は3回ある。
◆第41回オンライン「寅の日」…8/04(日)
◆第42回オンライン「寅の日」…8/16(金)
◆第43回オンライン「寅の日」…8/28(水)
▼8月のテーマは先の私の遠大なる願望も込めて「文化としての科学」とする。
数ある作品のなかからこのテーマにそったものはとあたってみるが、どれもが該当しそうで迷ってしまう。
文章そのもののことを語っているものとして、最初に『科学と文学』をとりあげることにする。
ついでお盆の時期にふさわしいかと思って『田園雑感』を、次いで道端の草も寅彦の手にかかるとこうなるかと『路傍の草』をとりあげる。
■2013年8月オンライン「寅の日」
◆第41回オンライン「寅の日」…8/04(日)『科学と文学』(青空文庫より)
◆第42回オンライン「寅の日」…8/16(金)『田園雑感』(青空文庫より)
◆第43回オンライン「寅の日」…8/28(水)『路傍の草』(青空文庫より)
▼とりわけ最初にとりあげる『科学と文学』は、大作である。そのなかに寅彦の作風のすべてが語られているようにも思う。一回だけ読み通すだけではもったいないような気もする。
 だから、せめて8月中はずっと繰り返し読み続けるようにしたいと思う。
 それから単に寅彦の文章を読むだけでなく、自分でもいろんな機会をとらえて文章を書くこと(記録化すること)に挑戦してみたいと思う。
 
さあ、コガネグモの雄かもしれないあいつはどうしただろう?
今朝もあの場所にいるかな?
貴奴はどうしているだろう?
観察したら、文章にしてみよう!!
 

 

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Twitterはじめて1401日目に思うこと!!

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▼昨日は貴奴(コガネグモ)に出会って15日目であった。
朝、貴奴はまたしてもネットを更新し、「獲物」をとらえいた。
飽きもせずに同じことを繰り返していた!!
「飽きもせず…」なんて言うと貴奴は怒るかもしれない。
いや笑うかもしれない。
「アタリマエだ!!生きているとはそんなことだろが…」
「飽きていたりしたら死んでしまうではないか、「食べる」ことは生きることそのものなんだ!!」
「オマエたちだってそうしているだろうが、新参者がえらそうなこというな!!」
と。
▼昨日は私の使っているネットにとっても記念すべき日だった。
Twitterを使いはじめて1400日目だった。
新・クラウド「整理学」試論に、Twitterを使いはじめてから100日ごとに「Twitterはじめて○○日目に思うこと!!」という記録を残している。
今、それを読み返してみると面白い!!
 かなり早い段階からTwitter的を唱えていた。
Twitter的=
「リンク」
「シェア」
「フラット」
「等身大」
「リアルタイム」
「アクティブ」

である。
▼100日目ごとに「Twitter的○○○○」も変遷していた。
「Twitter的教材論」「Twitter的教材開発」「Twitter的授業論」「Twitter的情報発信術」「Twitter的情報収集術」
等々
 そして今は、Twitter的自由研究だ!!
「自由研究」をすすめていくうえでもTwitter的の6つのキーワードはきわめて有効である。

・自分の研究と他の人の研究を「リンク」していく。
・研究成果を「おすそ分け」=「シェア」しあう。それはお互いの研究をより豊かにする道!!
・「ふしぎ!?」に序列はない。「フラット」な関係こそが「自由」研究をすすめる。
・私の「ふしぎ!?」にこだわろう。他人の「「ふしぎ!?」に無理にあわせる必要はない。
等身大の「ふしぎ!?」を大切にする。そこにこそ自由研究の所以がある。
・「リアルタイム」で「アクティブ」な研究こそが感動を生む!!

少し強引にこじつけてみた。
 ほんとうにそうなのかは、これから実践的にあきらかにしてみたい。
▼今度、100日後の「Twitterはじめて1500日目に思うこと!!」では、「Twitter的○○○○」
は何を語っているだろう。
 自分でもわからない、楽しみである。
Twitter的はけっしてTwitter、Facebook、blogなどのツールのみを意味するのではない。
Twitter的は私にとっては思想であり、哲学(生き方)であるのである。
「コンヴィヴィアリティのための道具」そのものなのである。 
最新の道具術であると同時に、最も古典的なコミュニケーション術なのである。

大風呂敷はこれぐらいにしておこう。
ネットの大先達である貴奴にまたしても笑われてしまう。
朝から雨だ。貴奴はどうしているかな。

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本日(2013/07/23)、第40回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼貴奴(コガネグモ)に出会って14日目の昨日も、三度(7:00 11:00 18:00)貴奴を訪問した。
見るたびにいくつもの「発見」があった。その度に私の「コガネグモ物語」をつくろうとするが、いつも想像を超える事実に出会い物語の書き換えを余儀なくされるのである。
 朝の訪問では、またしても「狩り」をしていた。今回の「獲物」はまちがいなくコガネムシ(!?)だろう。
ほんとうに器用に手足を使い食卓を回転させる。ほんとうに体液を吸っているのだろうか?
それだけだろうか?ではその後はどうするのだろうか?
 貴奴はかなりの大食漢のようだ。この他にセンター(こしき)から離れたところに絡め捕った「獲物」を2つもストックしていた。それをよく見ていると「狩り」のとき様子、縦糸横糸の使い方が想像できそうだ。
夜中中狩りをしていたのだろうか。それとも早朝…
昼の訪問ではコガネグモだけでなく同じ屋根(巣)で暮らすクモたちについての「発見」もあった。
夕方の訪問では別の「獲物」を捕まえていた。夕立で「獲物」もビッショリと濡れていた。
ダメだ!!
 私の力量ではなかなかこの「物語」をうまく描けぬ。
▼こんなときはやっぱり寅彦だ。
ふと寅彦がこんなコガネグモを観察していたらどんな「コガネグモ物語」をつくっただろうと考えてしまった。
今日(2013/07/23)は、その寅彦を読む日である。
■第40回オンライン「寅の日」
●『線香花火』(「備忘録」青空文庫より)
▼やっぱりそうである。
「線香花火」ひとつを観察しても彼の手にかかればこうなる。

 

はじめ先端に点火されてただかすかにくすぶっている間の沈黙が、これを見守る人々の心をまさにきたるべき現象の期待によって緊張させるにちょうど適当な時間だけ継続する。次には火薬の燃焼がはじまって小さな炎が牡丹(ぼたん)の花弁のように放出され、その反動で全体は振り子のように揺動する。同時に灼熱(しゃくねつ)された熔融塊(ようゆうかい)の球がだんだんに生長して行く。炎がやんで次の火花のフェーズに移るまでの短い休止期(ポーズ)がまた名状し難い心持ちを与えるものである。火の球は、かすかな、ものの煮えたぎるような音を立てながら細かく震動している。それは今にもほとばしり出ようとする勢力(エネルギー)が内部に渦巻(うずま)いている事を感じさせる。突然火花の放出が始まる。目に止まらぬ速度で発射される微細な火弾が、目に見えぬ空中の何物かに衝突して砕けでもするように、無数の光の矢束となって放散する、その中の一片はまたさらに砕けて第二の松葉第三第四の松葉を展開する。この火花の時間的ならびに空間的の分布が、あれよりもっと疎であってもあるいは密であってもいけないであろう。実に適当な歩調と配置で、しかも充分な変化をもって火花の音楽が進行する。…

なんなのだ!!これは!!
もうたかが「線香花火」一本ではないのである。

実際この線香花火の一本の燃え方には、「序破急」があり「起承転結」があり、詩があり音楽がある。

とまで言い切ってしまうのである。
そして、それで終わらないのが科学者「寅彦」である。

 線香花火の灼熱(しゃくねつ)した球の中から火花が飛び出し、それがまた二段三段に破裂する、あの現象がいかなる作用によるものであるかという事は興味ある物理学上ならびに化学上の問題であって、もし詳しくこれを研究すればその結果は自然にこれらの科学の最も重要な基礎問題に触れて、その解釈はなんらかの有益な貢献となりうる見込みがかなりに多くあるだろうと考えられる。

と「線香花火の研究」を科学研究のテーマとして推奨するのである。
▼そして、最後には「自由研究テーマ」絡みで言うならきわめて示唆的なことを言っている。

西洋の学者の掘り散らした跡へはるばる遅ればせに鉱石の欠けらを捜しに行くもいいが、われわれの足元に埋もれている宝をも忘れてはならないと思う。しかしそれを掘り出すには人から笑われ狂人扱いにされる事を覚悟するだけの勇気が入用である。

「足元に埋もれている宝」とはなんだろう?
「足元」だから、そんなに遠くではないんだ。
ここに自由研究テーマ選びの大きなヒントがあるように思うのだがどうだろう?

私には、あのコガネグモが「足元に埋もれていた宝」に見えてきた。
今日も貴奴のところを訪問してみようと思う。

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【Web更新7/21】13-29 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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ツユクサや 今日のいのちの 燃やすなり 13/07/21 (日)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】13-29
週末定例更新のお知らせ
 手帳の次のページをめくってみた。7/28(日)までであった。
なぜかほっとした。まだ7月が続いていたからだ。自分のなかでの「時間」がものすごいスピードで過ぎて行っていると感じていたからである。そんな遠くの「未来」でなくていい、せめて一週間後の「未来」が見えてくれば、人は生き方を変えるであろうか?
 ひょっとしたら、この「未来」を見る力こそほんとうの「学力」というのかも知れない。

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ ツユクサ
 ツユクサ、きわめてありふれた花でありながらその巧妙なつくりは人を惹きつける魅力をもつ。
そのツユクサに、わたしは今年勝手な「異変」を感じている。
 それは、あんなにもそこら中にありふれていたツユクサを見かけないのである。
門先にも群落があって、観察用にと刈りとらずに伸び放題にしていた場所があるのだが、そこでもまったく見かけないのだ。単なる私の思い過ごしだろうか。
 この花を見ると、きまって紅花を追って京都の友禅染めの工房を訪ねたときのことを思い出す。
下絵を描いておられた職人さんの「ツケグサ」の話だ。そして「オオボウシバナ」の話を。
私はまだオオボウシバナと出会っていなかった。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 ここのところのblogはすっかり「コガネグモ観察日記」に変身してしまっていた。
それはそれでいいと思っている。その観察日記は、新・「自由研究」のすすめ試論「実践編」を兼ねていた。
意図してそうしていると言うより、観察したことがあまりにも面白いので書かざるをえないのだ。
 次なる一週間、どんな「発見」があるだろう?
どこまであのコガネグモが連れて行ってくれるだろう?
考えるだけでもわくわくしてくるのである。
 コガネグモとの出会いから13日目の朝。昨日、別の場所で別の「ナガコガネグモ」(?)の狩りを見た!!
「クモの世界」の「ふしぎ!?」はまだまだつづきそうだ。
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新・「自由研究」のすすめ試論(66)

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▼貴奴(コガネグモ)と出会って12日目の朝。
夏休みの初日だった。貴奴のことで少しだけわかりだしたことがあった。
それはあの巧妙なネットの更新についてである。目印にと思って記録していた一昨日の「白い帯の跡形」であるが、それはすっかり消えていた。
 明らかに夜のあいだにネットは張り替えられていたのである。想像していた以上の頻度でネットの更新がおこなわれているのである。それが一日一回の頻度であるのか、それとも「狩り」の現状に応じてもう少し融通性のあるものなのかについてはもう少し継続した観察の必要があるようだ。
 昨日の朝、またしても貴奴は「狩り」をしていた。「獲物」はやはりセンターにもってこられていた。
貴奴のモーニングタイムだった。これまでにくらべて長い時間じっくりと観察できた。
いろんな角度から観察した。「獲物」がなにであるのかまだよくわからない。コガネムシの仲間のようにも見えるが…?一昨日と同じように「小さな生きもの」が集っていた!!それも一昨日に比べるとうんと数は多かった。
やっぱり脚を器用に使い「獲物」を回していた。脚の動きもじっくり観察することができた。
そこで、とんでもない「仮説」を思いついた。
 食べているのは、捕獲した「獲物」でなく、この集っている「小さな生きもの」の方ではないのか。
つまり「獲物」をおとりにして、「小さな生きもの」を集めて食べるという、きわめて高等な「狩り」をしているのではないかという仮説だ。
 だから、「獲物」(おとり)が回転するたびに、「小さな生きもの」は、場所をすばやく移動しているように見える。
この「仮説」を裏付けるためには、もっともっと繰り返しの観察が必要なようだが…。
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▼昨日は、大賀ハスの定例観察日でもあった。
大賀ハス蓮根の植え替えから、16週目であった。観察池は高く大きくのびた葉の天下であった。
これまでは高くのびていた花托はもう隠れてしまっていた。それは葉が成長したからだけでないような気がする。
花托の子房部があまり膨らんでいないから、そこへは水や栄養はあまりされていない。従って花托が葉のジャングルからとびだしてのびるということもないのでないかと考えられる。
収穫できる種子は何粒だろう?
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▼昨日は、まだもうひとつ「ふしぎ!?」を追っていた。
ファラデーラボのかがくカフェ「日本列島のかがく」の日だった。
淡路島に行った。18年前の記憶を呼び覚まそうとするが…。
日本列島「動く大地の物語」の「ふしぎ!?」はあらゆる地形・石ころ・化石に記録化されている。
その記録化されたものを読み解こうとするが、私の小さな「ものさし」ではなかなか困難な作業である。
私の等身大「ものさし」だけでは、時空間が巨大すぎるのである。
困難ではあるが面白い!!
これも ゆっくり ゆっくり 急ごう!!
▼いきなり「あれもこれも」の一日になってしまった。
しかし、一見バラバラのように見える「ふしぎ!?」も、どこかでツナガッテイル!!
そう思っている。
熊楠は言った。
ツナガッテイル、交わっている「萃点」からはじめよ!!と。
では
「ふしぎ!?」の「萃点」とはなんだ?

 今日も貴奴のところに出かけることからはじめてみようと思う。
 


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新・「自由研究」のすすめ試論(65)

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▼貴奴(コガネグモ)と出会って11日目の朝。
貴奴はまたしても「狩り」をしていた。「狩り」そのものは終え「獲物」をセンターに持ってきていた。
正面からよく見えない。
裏面へ回った。「獲物」を抱え込むようにしていた。もう食事を開始しているのか。
動きがはげしかった!!ここでも脚を巧みに使っていた。「獲物」を回転させていた。
脚は、ナイフとフォークにも変身していた!!
▼私自身が出かける前であったのでじっくりと観察できなかったのでとりあえず写真を撮りまくった。
デジカメ自然観察はほんとにいい!!
私の自然観察必須のアイテムだと思った。(まだ使い始めて2年ばかりの初心者ではあるが)
そのときに気づかなかったいろんなものを「記録」していた。
「記録」されたものをひとつひとつ吟味していると、いくら時間があってもたらない。
しかし、それはとても楽しい「発見」のひとときだ。
朝に「記録」された何枚もの写真を見ながらいろいろ考えた。
スポットあてて拡大視も自由自在だからいろんなものが見えてくる。
・「獲物」をグルグル巻きに巻いた捕獲糸はどうするのだろう?
・もう一度ほどいて回収(食する)しているようにも見える。そのための「獲物」の回転?
・うん!!間違いなくあのイソウロウくんは「おすそ分け」をいただいている。
・よく見ると、イソウロウくん以外に獲物にたかっているものがいる。
 何だろう?ハエ、アブ、ハチの「赤ちゃん」のように見える。獲物の「赤ちゃん」?
 いや「おすそ分け」いただきに集ってきた?
・拡大してみると糸がよく見える。朝日があたり分光しているのまで見える(虹のように)!!
 それで張り具合までわかりそうだ。(力と変形だ!!)
もうこれまたきりがないほどに…。
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▼午後の観察では、「シロカネイソウロウグモ」以外にもイソウロウのクモがいることをみつけた。
こいつについては以前から気づいていたが、なにものかわからない。
ほんとうにイソウロウなのかも。ただ主のネットのなかにいることは間違いない。
コガネグモの周辺には想像する以上に多くの生きものがツナガリあってくらしているようだ。
そのツナガリをみつけていくのも観察の醍醐味だ。
夕方の観察では、センターから少し離れたところにある。白い糸のかたまりが気になった。
これが今朝の観察で、夜のあいだにネット更新したかどうかの目安になるかと思った。
これがなくなっておれば、あきらかに夜のあいだに更新はおこなわれたということになるだろう。
まあ息つくひまもないとはこのことだろう。
観察すればするほど「ふしぎ!?」が山積みになっていく。
たった一匹のクモとの出会いが、どこまで私をつれていってくれるのだろう?
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▼「ふしぎ!?」はそれだけではなかった。
あの「ジャンプする魚」の「ふしぎ!?」は保留したままだった。
あいかわらず観察だけは続けていた。
昨日の夕方は、これまでの観察のなかでは最多数のジャンピングを見た。
こちらの「ふしぎ!?」でもいくつかのことがわかってきたが、今は記録化だけにしておこう。
ポンコツ頭はパニックってしまうから…。

「ふしぎ!?」も貯め込んでいっきょにでなく、日々更新でいこうと思う。
それが私流のスタイルだ。
 さあ、今日はどんな新しい「ふしぎ!?」と出会うだろう。
楽しみだ。ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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【お薦め本】『クモの糸のミステリー―ハイテク機能に学ぶ 』(大﨑茂芳著 中公新書)

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▼貴奴=コガネグモに出会ってから10日目の朝。貴奴はまたしてもネットの張り替えをしていた。
いつやったのだろう?それが「ふしぎ!?」だった。
一昨日の夜、見たときには少し乱れていたはずなのに、昨日の朝のネットはみごとなものだ。
夜なべ仕事にやったのだろうか?それとも朝、早起きしてやったのだろうか。
 いかに驚異のクモと言えども、「資源」を無制限に持ち合わせているわけではない。ネットを更新するときには一度張った糸を回収するという。それをまた使って糸を紡ぎネットを張るのだという。
幸いなことにこの10日間に「狩り」をするところも、ネットを張るところも目撃した。しかし、まだこのネットを回収するところは見ていなかった。
 いつかはそれをも見てみたいものだ。
▼たった10日間だが、すっかり「クモの世界」の魅力に取り憑かれてしまった!!
それに拍車をかけてくれた一冊の本がある。それが、今回の【お薦め本】である。
コガネグモに出会って、少しくわしくクモのこと知りたくなって近くの図書館に行った。そこでたまたま出会った本である。
◆『クモの糸のミステリー―ハイテク機能に学ぶ』(大﨑茂芳著 中公新書 2000.08)
 私が読んだのは、この「中公新書ワイド版 2003.10.25」である。
▼ともかく面白かった!!
図書館で借りた本を【お薦め本】にあげるなんてはじめてであった。でもあまりにも面白かったので、どうしてもあげたくなって、これを今書いている。
 たまたまコガネグモに出会ったこともそうなんだが、ちょうど私はこのとき、私自身の夏の「自由研究」のことを考えていた。
「自由研究」のテーマを考えると同時に、
・私にとって「研究」ってなんだろう?
・私の「ふしぎ!?」から私の「科学」への道すじは?
・ホンモノの「研究」と「自由研究」のちがいは?同じところは?
と言うようなことをおぼろげに考えていた。
まったくベストタイミングであった。この本のなかにその答えが語られていた。
 読みはじめたらとまらなくなった。ひとり大笑いしながら、ときに膝をたたき、ほんとうに拍手しながら読んだ。
いっぺんに読んでしまうのが「もったいない」と思った。
 だから、コガネグモの観察と並行させながら、少しずつ自分を焦らせながら読んだ。
 こう書き出したらダラダラいつまでも書いてしまいそうだ。
いつもの【お薦め本】のようにお薦めポイント3つをあげておく。
【その1】 「研究」の面白さを語っている!!
【その2】 「研究」のすすめ方を具体的にわかりやすく等身大に語っている!!
【その3】 自然から学ぶ「科学」の有効性を実践的に語っている。!!
▼著者も私と同じ(言えば失礼になるが。もちろんレベルがちがう)持病の持ち主だと思った。
その持病とは「ばっかり病」である。
 一般企業で「高分子化学」の研究をしておられた著者が、ひょんなことから「クモの不思議」
に出会う。病に取り憑かれた著者は、「クモばっかり病」を発症をする。
家族を巻き込み、周辺の人々を巻き込んでいく。
やがて「趣味」は「本業」に変わっていく。
ともかくアクティブだ。
「ふしぎ!?」は逃さない。
実際に牽引糸を回収器を自作する。
その道の先行研究者がいるとわかるとすぐさま直接会いに行く。
「クモ合戦」が今もおこなわれいるところがあると知ると、四国、九州へと飛び回る。
それも家族ずれでである。
「本業」になっただけでない、「クモの糸」研究の世界的な第一人者となっていた。
「あとがき」の次の文章は「これから」の科学にきわめて示唆的である。

 三〇〇万年という進化の歴史を持つ人類は、その間に道具と火を使うことを覚えた。しかし、四億年という気の遠くなる長い進化の歴史を歩んできたクモは、人類より古くから糸という道具を上手に使いこなしてきた。この期間に、環境に適応した生存システムをあみだすとともに、環境に適した機能を持つ道具としての糸ができあがってきたものと思われる。すなわち、クモの牽引糸は長い進化の歴史から、「効率性」と「ゆとり」を持ち合わせた「安全性」という概念で設計されていることがわかった。最近の「ハイテクノロジー」という言葉は、人類がどんなことでも安易に解決できるような錯覚に陥らせたが、それはしょせん錯覚でしかなく、歴史の浅い人類は、まだまだ、身近な生物であるクモから数々のサイエンス(科学)を学んでいく必要があろう。(同書 P180より)  

さあ、今朝もあの貴奴に学びにでかけよう!!
今日は何を教えてくれるかな。

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新・「自由研究」のすすめ試論(64)

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▼昨日の観察の主役は「シロカネイソウロウグモ」であった。
なんともふざけた名前をもつクモだった。でもピッタリとくる名前であった。
我が「コガネグモ」の巣に10匹以上がイソウロウをしていた。ちゃっかりと主の獲物のうわまえをはねていた。
主は「見返り」は期待しないのだろうか?それが「ふしぎ!?」だった。
観察をしながらいくつかの仮説をたててみた。
(1) 「掃除屋」説
 主のコガネグモにとっては、食するに値しない小さな獲物をこまめに食しネットをいつもきれいな状態に「掃除」をしておく。その割には、大きな「獲物」も盗み食いをしていたが…
(2) 「カモフラージュ」説
 こいつの特徴はあの銀色に光る卵の殻のようなものを腹部にまとっていることである。
 キラキラ光って目立つのだ。自然界で目立つということは自分自身が「獲物」になってしまう可能性が高いことを意味するのではないだろうか。それは主にとっては好都合なことがあるのかも知れない。
主の天敵からの攻撃をカモフラージュすることになりはしないだろうか。
 昔、田んぼにスズメおどしでピカピカ光る短冊、テープのようなものがあったのを思い出した。
▼ まだなんの根拠もない「仮説」をつづける。
(3) 「修繕屋」説
 ふだんこいつが居る場所が問題であった。センターから遠く離れた場所にいることが多い。
周辺でなにやらゴソゴソ動いている。それは主のネットの補強、修繕をしメンテナンスをおこなっているようにも見える。
(4) 「生け贄」説
 (2)とよく似ているが、いざというときには自らが「イケニエ」となることによって、主を守るのである。
非常時の「ガードマン」とも言えるかも知れない。それ故に普段の「盗み食い」も認めてもらっているのである。
(5)  「家畜」説
 主からすると自らの「獲物」を分けて与えておいて、「狩り」が失敗つづきで食するものがなくなったとき、こいつを食するのである。言わば「家畜」のように飼っているのである。
あれを食するとなるとあの「ギンギラギン」が気になる。あれはいったい何なのだろう。

▼それをよく知る人にとってはお笑いのような「仮説」ばかりである。
でも、それって自然から学ぶ「科学」にとっては、とても有効な「科学の方法」なのかも知れない。
「仮説」を検証し、吟味することこそ「科学」そのものであるとも…

▼昨日の夕方の観察が遅くなってしまった。
これまで夜の観察はやっていなかったので、それも面白いかも知れないと思い「あの場所」へ出かけて行った。
闇の中でのコガネグモの黄色の模様は目立っていた。
あの模様の意味は…
「「ふしぎ!?」はどまでも続くのだった。

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新・「自由研究」のすすめ試論(63)

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▼「ふしぎ!?」だ!!
そして面白い!!
知れば知るほど「ふしぎ!?」で面白くなっていく。
今いちばん不思議でならないのは、これまで生きてきてこんな面白い世界があることに気づかなかったのが不思議だ。
 「クモの世界」である。
その気になって見れば、こんなにも多種多様のクモが身のまわりにくらしているというのに。
昨日も貴奴=コガネグモのくらす場所に3回訪問した。
一回目が2013/07/16 06:57だった。出かける前だったの少し忙しかった。
貴奴はセンターにいた。一昨日の獲物は予想通りもうなくなっていた。
周辺にあの「小さなクモ」がいた。
私は間違っていた!!
この「小さなクモ」が貴奴の「赤ちゃん」かと思い勝手に親子物語をつくろとしていた。
それを教えてもらったのは、クモのことにとてもくわしい鈴木勝浩先生だった。今までにもクモについていろいろ教えてもらっていた。
 鈴木先生からの情報では、これは「赤ちゃん」でなくまったく別のクモでなんともすごい名前をもつ「シロカネイソウロウグモ」であるという。
 図鑑で見ても、ネットで検索しても間違いなかった。こいつだ!!
まさに「情報は発信するところに集まる」だった。
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▼二回目の訪問は昼間であった。2013/07/16 15:18 貴奴はセンターにいたが、近づくとさっと移動した。外枠糸のあたりまで。
 何を考えて移動したのだろう?わからない。
 主のいなくなったセンターにひとつの獲物がひっかかっていた。
はだかだ。ハチのように見える。
ここにも居たあの「イソウロウ」が。
センターから少し下の方にも獲物がひっかかっていた。
こちらは例のようにグルグル巻きでミイラ状態だ。こちらの方では、「イソウロウ」君たちが大活躍だった。
「イソウロウ」にしては大きな顔をし過ぎだと思うが。
これを許している主の度量の大きさをたたえてやるべきなのかも知れない。
見返りはあるのだろうか?そう考えてしまうのは浅はかな人間の考えなんだろうか?

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▼三回目の訪問は夕方であった。2013/07/16 18:04 予想通り獲物はなくなっていた。
少しネット全体が乱れていた。
主はセンターにじっとしていた。この機会に身体検査をさせてもらうことにした。
ネットの裏側にまわった。昆虫とクモのからだで大きくちがうところは2つある。
クモは足の数が8本である。そして身体はふたつの部分からできている。頭胸部と腹部だ。
あの命綱である索引糸を出している部分が気になった。
アコーデオンのように伸縮自在のように見える。
頭胸部は裏面から見るとなんともこちらが畏縮してしまいそうな面構えである。
鋭い釣り針のようなものはなんだろう?
図鑑などで調べてみるがまだまだよくわからない。
▼地球上に誕生して、4億年もの歴史をもつという。我々の大大先輩であるクモ。
まだまだこの大大先輩に学ぶことがいっぱいありそうな気がする。
コガネグモから学ぶ!!
「自然」そのものから学ぶ!!
「自然」から学ぶ「科学」、それを「私の科学」にしたい!!

今日は何を教えてもらえるだろう。楽しみである。
ゆっくり 急ごう!!

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新・「自由研究」のすすめ試論(62)

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▼2013/07/14 17:44 はげしい雷雨が少しおさまったので「あの場所」に出かけて行った。
そうするとなんと貴奴、コガネグモは雨で破損してしまったのかネットの張り替えをしていた。枠糸を張り、縦糸を張り、足場をつくって横糸を張るとものの本には書いてある。
 しかし、それを実際に張るのを生で見るのははじめてであった。
興奮してしまい、カメラのシャッターをきりつづけた!!
ファインダーから覗きながらその巧妙さ、スピードに感動してしまった。目にもとまらぬ速さで、粘着剤がしこまれた横糸を張っていく。
 足を器用に操りながら縦糸に横糸をくっつけていく!!
こんなみごとな技術をいつからどのようにし手に入れたのだろう?できあがる作品はきれいである。これはもう芸術だった!!
左巻きに移動していくときめているのかと見ていたら、次は右巻きに移動しはじめた。
なにかルールがあるのだろうか。
一回見ただけでそれを判断することはできない。
ともかく画像でも言葉でもなかなか表現できない感動であった!!
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▼2013/07/15 06:22 曇っていたがまだ雨は降っていなかった。またその場所にいった。
ネットの中央(「こしき」と言うらしい)に貴奴はいた。
平然とした顔でいた。ここでちょっとイタズラをしてしまった。(ゴメンナサイ<(_ _)>)
草の葉っぱでコガネグモに触れみた。
その動きは速かった!!すぐさま枠糸のところまで移動してしまった。
「狩り」をするときもこうなんだろうか?
あれ?「ふしぎ!?」だ。粘着性のある横糸に自分の足がくっかなかったのだろうか?
そんなことは当然前もって考えてあることなんだろうか。
その「ふしぎ!?」もっと知りたくなってくる。
主がいなくなったセンターの写真を撮ってみた。
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▼2013/07/15 17:24 昨日は結局朝から降り出した雨は夕方まで続いた。夕方になってやっと雨があがったので再びその場所にでかけて見た。
 驚いた!!貴奴は「獲物」を抱えるようにしてセンターにいた。
あの雨の中、「狩り」をしたのだろうか?
前に目撃したように「狩り」をし、そしてセンターへ移動させたのだろうか?
よく見ていると捕獲糸でグルグル巻きにされた「獲物」はまだわずかながら動いているようにも見える。
さらに驚くべきことに気づいた。前から気になっていた小さなクモが「獲物」の近くにいるではないか。
小さなクモはまるで割れた卵の殻のようなものを身体につけている。
これはコガネグモの「赤ちゃん」だろうか?
お母さんコガネグモが、「赤ちゃん」グモに「獲物」を分け与えているのだろうか?
いろいろ想像してみるが、真実はわからない。
でもやっぱり「ふしぎ!?」だ!!
▼「ふしぎ!?」がどんどんと積もっていく!!
コガネグモのことはコガネグモに聞くしかない。
もっともっとコガネグモに教えてもらいたい、学びたい!!
と思った。

「自然」に学ぶ、これこそ「自由研究」のもっとも本質的なねらいだ。
学んだことは、可能な限り「記録化」(写真、観察日誌、メモなど)をしよう。
予想・仮説を持って「自然」に問いかけてみよう。
そんなこと考えながら、今日も貴奴のいるところに出かけてみる。


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【Web更新7/14】13-28 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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灸花 今は昔に なりにけり 13/07/13(土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】13-28
週末定例更新のお知らせ
 地球が一回転するスピードは今も昔も同じはず、ならば七回転する一週間もその「時間」は同じはず。
ところがとてつもなく長く感じる一週間と瞬間と感じる一週間がある。
「ふしぎ!?」だ。
 その一週間を意識するためにも、Web更新をしている。
この一週間はとても速かった!!
次なる一週間はどうだろう?
ゆっくり 急ごう!!

◆表紙画像集2013 更新!! 人里の自然シリーズ 灸花(ヘクソカズラ)
 「ヘクソカズラ」とはなんともすごいネーミングだ。「オオイヌノフグリ」に勝るとも劣らぬネーミングである。
しかし、その葉をもんだものや生実を嗅いでみるとみるとナルホド!!と納得する。
「オオイヌノフグリ」も然りである。いずれもが豊かな自然とのつきあいから生まれたネーミングである。
 それでも私にはこの花は「灸花」なのである。
これを手の甲にのせて「灸や!!灸や!!」とはしゃいだ夏休みとともにインプットされたからである。
我が家の門先2ヶ所に今咲いている。今年は例年以上にたくさん咲いている気がする。
冬休みには、あの琥珀色の実が楽しみである。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 一週間前には、その名も知らなかったいっぴきの「コガネグモ」との出会い。
それが「クモの世界」に魅せられていくはじまりだった。
昨日もすごい夕立の後、その場所に行ってみると、貴奴はネットを張り替えていた。
その巧みな技に見とれてしまったのだ。
 さあ、あたらしい一週間でどこまで連れて行ってくれるのだろう。
楽しみである。
少しオオバーに言えば
 私の自然観・科学観が変わっていく!!それが実に面白いのである。
その極みが「自由研究」なのではないかと思う。

◆オンライン「寅の日」 更新!!
 寺田寅彦記念館・友の会から寅彦研究『槲』(合本第6集)が送られてきた。
読ませてもらっているとこれまた実に面白い!!
寅彦に魅せられた人たちが、それぞれの立場から寅彦の魅力について熱く語っていた。
私が寅彦の墓に参り、オンライン「寅の日」を誓ってからまもなく一年が経とうとしている。
そのオンライン「寅の日」も次回で第40回である。
 これからも少しずつ少しずつゆっくりと「寅の日」を楽しんでいきたい。

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新・「自由研究」のすすめ試論(61)

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▼昨日は大賀ハス蓮根の植え替えから15週目の定例観察日だった。
真夏の到来でいっきょに葉は大きく伸び広がっていた。肝腎の花托は少しみじめな結果を見せてくれていた。
花托の子房部が膨らんできたのは第5大賀ハスと第7大賀ハスのみであった。それとていずれも2~3の種子が期待できるだけだ。他の花托はすべて枯れ始めていた。
 ほんと正直なものである。子房部ふくらみかけた花托のみに水分の補給はおこなわれ緑色をしていたが、見込みのない花托にはそれはなく緑を失い枯れて行くのみである。
 今のところ別の鉢からは花芽が立つ気配はない。
なぜこんな結果になったのだろう。これまでの観察記録をふりかえってみたい。
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▼次は気になっているコガネグモの観察である。朝はやっぱりあの「定位置」に貴奴はいた。
なにか変化はないか。少しじっくりと観察してみた。
あれ、少しセンターからは離れいるが、獲物がひっかかっている。横糸の粘着球にひっついてしまったようだ。
どうしてこの獲物を食べようとしないのだろう。小さすぎて問題にしていないのだろうか。
それともストックしているのだろうか。
周辺をよく見ているとコガネグモのネットの真前面に別のクモがネットを張ろうとしていた。
これは許されるのだろうか。度量の広い主はこれを許しているのだろうか。
さらに周辺をよく見ると、同じネット内に白いものつけた小さな小さなクモが数匹ネットを張ろうとしている。
これは誰だ?ひょっとしてコガネグモの赤ちゃん!?
まだまだコガネグモの「ふしぎ!?」は続くのだった。
▼昨日はさらには私自身の自由研究がらみで楽しみがあった。
それはファラデーラボでかがくカフェ 「地震と防災のかがく」があったのだ。
 觜本 格さん(かがく教育研究所長)の話は何度聞いても興味深いものだった。
考えてみると私の「動く大地の物語」は、昔からいつも觜本さんの道先案内で展開してきた。
浅学で理解力の劣る私はいつも「シロウト質問」繰り返してきた。それにもかかわらずいつも觜本さんはていねいに応答をしてくれた。
 今回も豊富な資料で、「これから」に示唆的な話をいっぱい聞いた。
アリガタイ!!
 今年の私自身の「自由研究」のテーマのひとつ
 ◆新・「大地の動きをさぐる」
の参考にしたい。次回は淡路島へフィールドワークである。楽しみである。
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▼ファラデーラボから帰り、どうしても「あれ」が気になったので家のすぐ近くではあるが車をとめた。
そうあの「飛び跳ねる魚」を見に行ったのである。
もう薄暗くなっていた。しかし、確かに一昨日よりははげしくジャンプしていた。
やっぱり時間だ!!朝、昼 見に行ったときはそうではなかった。
だから夕方きまった時間に飛び上がっているのだ。「眠る前に夕食をとっている」はほんとうだろうか?
この「ふしぎ!?」もつづく…。

今年の私の「自由研究」テーマは
◆「大賀ハス開花の観察研究」
◆「ヒガンバナの研究」
◆「人間と金属の歴史~水銀・鉄を中心として~」
◆新・「大地の動きをさぐる」
と決めているはずだった。
不器用な私に同時並行は無理とわかっていながら、やっぱり「ふしぎ!?」に出会うと追っかけずにおれなくなってしまう。やっぱりこれも病気のようなものだ。
 かくなるうえはしかたない。あらたな対処方法を思考してみよう。

それぞれの「ふしぎ!?」をバラバラに考えるのでなく、それらをつなぎ合わせながら考えてみよう。
「自然」はツナガッテイル!! 
のだから
きっと「ふしぎ!?」もツナガッテイルはずだ。

 

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新・「自由研究」のすすめ試論(60)

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▼巧妙に張られたコガネグモのネットにひっかかってしまったのは「私自身」かも知れない。
昨日も朝夕にその場所に行ってみた。
いずれときにもコガネグモは中央の「定位置」についていた。夕方の観察のときは少しゆっくりとネットを見せてもらった。
 見れば見るほどみごとである!!
一旦乱れてもすぐさまリフォームされてしまう。こんな巧妙なものを造り出すクモとはなんと知恵者なんだろう。
クモの糸と一概に言っても、どれも同じではないようだ。
外枠を作っている太い糸、縦糸、横糸、そしてあの白い帯…
それら観察しながらどんどんクモの「ふしぎ!?」が湧き出てくる。
・クモと昆虫とどこがどう違うのだ?
・クモはいつごろ地球上に出現したのだ?
・こんな巧妙なネットを造り上げる技を獲得したのだろう?
・糸はどんな物質でできあがっているのだろう?
等々。
 そう言えば、Webの語源はここにあったはずと気づいた。
▼ここしばらくは、せっかく出会ったコガネグモの「ふしぎ!?」とつき合っていこうと決めた。
持てるものを総動員して。
提唱している「アカソナキヤ方式」も
なんの「知識」もないシロウト人間の「無手勝流」流儀も
すべてを駆使して、「ふしぎ!?」を追いかけてみよう。
これまでもそうだった。
何のエサも与えずナイロン袋の中で261日生き続けたコウガイビル!!その「ふしぎ!?」を追いかけていたら生命科学最前線にまで行きついた。
我が家の庭にもアタリマエのようにいたクマムシ!!その「乾眠」の「ふしぎ!?」を追いかけていたら、究極の不思議「生命と時間」にいたった。
 「知識」ないことを残念がりばかりせずに、私の「ふしぎ!?」を徹底して追いかけていればきっと見えてくる「世界」があるはず。
 それは今「確信」になりつつある。
▼でもこんな面白い「ふしぎ!?」ほっておくはずがない。
きっと先行する「研究者」がいるはずだ。それをさがしてみようと思った。
今回はネット検索だけではなく図書館に出かけることにした。
予想はあたっていた。
みつけたのだクモの「ふしぎ!?」にはまりきっている人を。
こんな本をみつけた。
◆『クモの糸のミステリー~ハイテク機能に学ぶ』(大﨑茂芳著 中公新書ワイド版 2003.10.25)
「はじめに」と「目次」を見るだけで、いっぺんにこの人が気に入ってしまった。
「はじめに」を読むとこの人がかなりの重度の「ばっかり病」の持ち主であることがわかる。
クモの「ふしぎ!?」を追いかけていてあの『ネイチャー』に記載される論文まで書いておられるのだから半端な「研究者」ではない。
 第一章「クモの不思議に出会う」から始まっているではないか。
いきなりこんな本に出会うとは、今回もまたラッキーな気分になってきた。
▼この本を読むのと並行しながら、私のクモの「ふしぎ!?」を追いかけていこうと思う。
飛び跳ねる魚の「ふしぎ!?」も追いかけたいが、不器用な私は複数の「ふしぎ!?」を同時にというのは無理である。でも観察だけは続けて置く。
 昨日も夕方、川面に飛び跳ねる魚を見た!!一昨日よりは数は少なかった。
川が少し濁っていたことと関係するのかも。

さあ、もう少し明るくなったら「あの場所」に行ってみよう!!

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新・「自由研究」のすすめ試論(59)

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▼コガネグモ「狩り」目撃の感動がまださめていなかった。
昨日の朝もその現場に出かけて行った。「狩り」で乱れたネットをみごとに修復していた。一昨日の夕方はまだそうではなかったから、一夜をかけてリフォームしたのだろう。
八の字に描いた白い帯が印象的だ。これはなんだろう?どんな意味をもつのだろう。
別のクモではちがう模様もある。ちがった意味があるのだろうか。
「ふしぎ!?」がまた膨らんでいく。
夕方に訪れたときには、その周辺にいる別のクモたちも観察してみた。
なんと多種多様のクモたちがいるのだろう。ネットの張り方もいろいろだ!!
こんなにいっぱいいるのにどうして今まで気づかなかったのだろう。
それが不思議だった。
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▼夕方の散策のときは少し足をのばして、近くを流れる川までいってみた。
足をのばしたと行っても、そんな遠いところではない直線にすれば100メートルと離れていない。
いつも川沿いを歩いている川だ。
その川でもまたしてもすごいものを目撃してしまった。
西日が射す川面にピカピカ光るものがあるのだ。それもあちらでもこちらでも…。
最初はなにかわからなかった。しばらくじっと見ていてわかった。
魚が川面から飛びだしているのだ!!
TVの画像などでは見たことあるかも知れない。しかし、生でそれを見るのははじめてであった。
まして家のすぐ側の川でこんなのを見るとは…。
「何をしているのだろう?」
いつもしていることだろうか?魚の名前は?
私は何も知らなかった。
うまくとらえてくれることを願いながら何枚も何枚も写真を撮ってみた。
▼TwitterやFacebook等にツナガッテイルと
「今、何をしているの?」
「今どんな気持ち?」と問いかけてくる。
そこからはじまるSNSの世界がある。それは確かに面白い世界だ。
ヒューマンネットワークのはじまりだ!!
私は今思う。
その問いをそのまま身のまわりの「自然」に向けてみたら、面白いのではないかと。
今まで知らなかった「世界」を発見することできのではないだろうか。
それが「自然」を豊かにとらえるということかも知れない。
▼そのとき、
●徹底して私の「ふしぎ!?」にこだわりたい。
 自分が「ふしぎ!?」に思ったことの謎解きに徹底してこだわりたい。
 借り物の「知識」で簡単に納得してしまわずに…。
●自然に謙虚に問いかけてみよう。
 「今、何をしているの?」
 「なんのためにそんなことしているの?」

ずっと、ずっと観察していればきっと「自然」は応えてくれるだろう。
それを信じて今日も歩いてみようと思う。
 身近な「自然」には生涯かけても出会いきれないほどの「ふしぎ!?」がいっぱいころがっているのだから…。

 

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本日(2013/07/11)、第39回オンライン「寅の日」!! #traday

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▼昨日も朝から例の場所に出かけてみた。コガネグモが「狩り」をしていた場所である。
一昨日の「獲物」はすでになかった。
どうしたんだろう食べてしまったのだろうか。もう残飯として捨ててしまったのだろうか?
その下あたりを見回すがみつけることはできなかった。
正面より見ていると、口のあたりをモグモグしている。新たな「狩り」をしているように見える。
いろんな角度から観察してみるがなかなかはっきりしない。
一瞬見えたところによれば、それはトンボの頭のように見えた。
今度は、糸をグルグル巻きにしていない。
別の「狩り」の方法をとったのだろうか?
昼過ぎ、夕方にも観察にその場に行ってみた。
数日の観察ではわからないことだらけだ。
でも実に面白い!!
いつしか「大賀ハスばっかり病」は「コガネグモばっかり病」にシフトしてしまいそうだ。
▼これもやっぱり私の夏の「自由研究」テーマに加えよう。
本日(2013/07/11)は第39回オンライン「寅の日」である。
7月のオンライン「寅の日」は、得意の「こじつけ」で、アマチュアの「自由研究」と科学者の「研究」のことについて寅彦の書いたものを読んでみたいと思う。
 その第一弾は「科学上の骨董趣味と温故知新」である。
◆第39回オンライン「寅の日」
「科学上の骨董趣味と温故知新」(青空文庫より)
▼私は「不易流行」というコトバが好きである。
どこまで理解できているかは別にして、あらゆる世界で使える概念であると思っている。
「不易」と「流行」はけっして対峙的な概念ではない。基はひとつである。
寅彦にその意図はあったかどうかは別にして、私には今回の「科学上の骨董趣味と温故知新」は「科学」の世界における「不易流行」を唱えている文章に読めた。
それは次のような文脈があったからだ。

 科学者の修得し研究する知識はその本質上別にそれが新しく発見されたか旧くから知られているかによって価値を定むべきものではない。科学上の真理は常に新鮮なるべきもので骨董趣味とは没交渉であるべきように見える。しかし実際は科学上にも一種の骨董趣味は常に存在し常に流行しているのである。

 
しかし自分の見る所では、科学上の骨董趣味はそれほど軽視すべきものではない。この世に全く新しき何物も存在せぬという古人の言葉は科学に対しても必ずしも無意義ではない。科学上の新知識、新事実、新学説といえども突然天外から落下するようなものではない。よくよく詮議すればどこかにその因(よ)って来るべき因縁系統がある。

新しい芸術的革命運動の影には却って古い芸術の復活が随伴するように、新しい科学が昔の研究に暗示を得る場合は甚だ多いようである。これに反して新しい方面のみの追究は却って陳腐を意味するようなパラドックスもないではない。かくのごとくにして科学の進歩は往々にして遅滞する。そしてこれに新しき衝動を与えるものは往々にして古き考えの余燼(よじん)から産れ出るのである。

▼そして、繰り返すのである。

新しい事はやがて古い事である。古い事はやがて新しい事である。

と。
 ここで私は再び、シロウトのアマチュア「自由研究」の話題にもどる。
ここで寅彦か唱えているのはプロの科学者の「研究」についてである。しかし、それだけだろうか?
私には、私たちシロウトの「自由研究」のテーマ選びにとてもヒントになるようなことが含まれているような気がするだが…。
 しばし「自由研究」の「不易流行」とは?
を考えてみたい。
 
さあ、今朝もあの場所に行ってみよう!!

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コガネグモの「狩り」を見た!!

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▼昨日の朝もあのクモ(後で調べたらコガネグモ?らしい)が気になっていたので、家から200メートルばかり離れたその場所に行ってみた。少し離れたところから見ると、張ったネットの中央にはいなかった。
あれ??
と思った。ネットの端のなにやら白いものが見えた。それはまるで発泡スチロールの破片のようにも見えた。
昨夜の風で飛んできてネットにひっかかっているのかと思った。
そのちかくに貴奴もいた。
▼もっと近づいてみた。
ちがっていた!!
それはコガネグモが「狩り」をしているところだったのである。
白く発泡スチロールの破片のように見えたのは獲物がクモの糸でグルグル巻きにされたものだったのだ。
「狩り」の最中だったのだ。
ネットの端の方に獲物をぶら下げておいて、それを何度も何度もスピンさせ手足をグルグル巻きにしてしまう。
上にまわったり下にまわったりしながら足をつかって回転のスピードをあげる。
それはみごととしか言いようがなかった。
こんな巧妙な「狩り」を生で見たのははじめてであった。
獲物は「甲虫」のように見えるが、はっきりわからない。
出かける時間が近づいていたので観察はここまでとした。
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▼帰宅して夕方、その場所に再び行ってみた。
コガネグモは中央の定位置にもどっていた。そして獲物も中央近くにあった。
裏にまわって見てみると獲物はあきらかに内蔵を無惨に食べられていた。
定位置についたコガネグモは、平然とした顔つき(表情まで読めるわけないが)で次なる獲物を待ち受けていた。
▼ごくごくアタリマエに日々起こっている生きものの営みなんだうろ。
でも生でリアルタイムに観察したことは感動だった。
どんな文章の説明や画像よりも迫力があり説得力があった。
「自然は最高の教科書!!」
を実感する一日であった。

さて、今朝はどうしているだろう?
明るくなったら行ってみようと思う。

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新・「自由研究」のすすめ試論(58)

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▼持病の「ばっかり病」から少し抜け出したかと思ったら、今度は逆の「あれこれも病」が発症してきた。
梅雨が明けた昨日、朝から暑かった!!
 復活させた定例の朝の散策でまず出会ったのは大きな蜘蛛だった。
「なにをしているんだろう?」カメラを向けながら思った。
「名前は?」
「狩りの対象は?」
「どこからきたのだろう?」
「からだの模様の意味は…?」
「…?」
次に出会ったのがいろんなトンボたちだ。
いろんな種類の蝶達も…。カメラを向けながら生きもの今を追う。
「何をしているだろう?」と問い、生きものの「物語」を知る。
これは面白い!!
「あれもこれも」になるがこれもまた今年の私の「自由研究」のテーマに入れたいと思った。
▼私の「ふしぎ!?」からはじめる自由研究では、いくつかの関門がある。
そのことに関してまったく知らないことも多い。
そんなときは先行して「研究」している人に聞くのがいちばんだ。
 きっと自分が「ふしぎ!?」だ、面白い!!と思えることに関しては必ずこれまでに「研究」してきた人がいるはずである。その人に聞いてみるのだ。
 「自由研究」はホンモノの「研究者」とツナガル最高のチャンスだ!!
▼私はこれまでの体験から確信を持っていることがある。
・ホンモノの「研究者」は必ず応えてくれる。
・ホンモノの「研究者」は謙虚である。
・ホンモノの「研究者」はわかりやすい。面白い!!
・ホンモノの「研究者」は必ず私の「ふしぎ!?」を持っている。
等々である。
▼このとき、まちがってはいけないのはホンモノの「研究者」は必ずしも大学の研究室や専門の研究機関だけにいるわけではないということだ。
 魚の「ふしぎ!?」を追いかるときには、魚屋さんはホンモノの「研究者」だ。
畑仕事ばかりに精を出すおばあちゃんは植物のプロの「研究者」だ。
ひょっとした天気のプロかもしれない。
そう考えると
身のまわりには「研究者」はいっぱいいるのである。

それを「発見」するだけでも「自由研究」は大きな意味をもってくるだろう。
今年の「自由研究」では何人の「研究者」と出会えるだろう。
楽しみである。o(^o^)o ワクワク


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【Web更新7/7】13-27 新・「自由研究」のすすめ試論 等 更新!!

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藪の下 花も実もゆれる 牛蒡かな 13/07/06 (土)撮影@福崎

■楠田 純一の【理科の部屋】13-27
週末定例更新
 暑い!!本格的な夏がやってきた。そして夏休みが近づいてきた。
ずいぶんと昔からこのシーズンになると私は「夏の創造」と名付けた夏休みの計画をたててきた。
計画倒れになることもしばしばであったが、懲りもせずに続けてきた。
 サイエンスコミュニケーター3年目の夏もやっぱり「夏の創造2013」プロジェクトを考えはじめている。これを企画しているときが実はいちばん楽しいのかも知れない。
ポンコツでなければできないことに挑戦してみたい!!

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ ヨウシュヤマゴボウ
 早起きの大賀ハスの開花観察で少し「朝の散策」をさぼってしまっていた。久しぶりに定例コースを歩いているとしばらく見ないあいだに植物たちは大きく成長し変化していた。
 藪の下にさしかかったとき、最初に目を惹いたのはヨウシュヤマゴボウの穂だった。
すでに実が黒く色づきはじめている穂もある。面白いのは、この穂をよくみているとひとつの穂の中に蕾・花・実が同居していることだ。そのくねった穂が夏の朝風にゆらゆらとゆれていた。
 きれいだ!!新鮮な夏を感じた瞬間である。

◆新・「自由研究」のすすめ試論 更新!!
 約一年ぶりの更新である。 今年の試論では
・発表(報告)を射程に入れた「研究」のすすめ方
・そもそも「研究」とは…
あたりに焦点を当てて展開していきたい。

◆サイエンスコミュニケーター宣言 更新
 folomy【理科の部屋】年内終了の「お知らせ」を受けて、あらためて【理科の部屋】20年をふり返り、
「これから」を展望し始めている。
 理科教育の歴史にも「不易と流行」がある。
「流行のなかにこそ不易がある」 それはここにおいても、これまた真実である。
「不易」とは…?
「流行」とは…?

◆【大賀ハス観察日記】更新
 この観察日記のウリは、開花期だけでなく一年間とおしての観察が「記録化」されていることである。
一年通しての観察からはじめて見えてくるものがある。
・「花」とは…
・大賀ハスの「くらし」
・生きもののツナガリ
などなど
 まだ蓮根の植え替えから14週目だ。52週目まではまだまだ長いのだ。

さあ、また「夏」の一週間がはじまる!!
ゆっくり ゆっくり 急ごう!!

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新・「自由研究」のすすめ試論(57)

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▼昨日は大賀ハスの蓮根植え替えから14週目の定例観察日だった。昨年より一ヶ月以上はやくもうすでに花は散ってしまっていた。これからの観察の注目点は花托の子房部がどのように膨らんでくるかである。
いくつの種子を手に入れることができるだろう?
もうひとつは、今年特に気づいた観察池に集ってきた虫たちの「これから」である。
観察池のなかの生きものたちにも注目していきたい。
▼昨日の夕方は、恒例の「ホタルウォーク」だった。
これまた実にすばらしかった。
ヒメボタルとゲンジボタルの光のコラボは最高だった。
観察ウォークの前のホタルの「ふしぎ!?」のお話もきわめて興味深いものであった。
身のまわりには、知っているようで知らない「ふしぎ!?」がいっぱいあるのである。
▼虫たちの「ふしぎ!?」もやっぱり今年の私自身の自由研究テーマに加えたくなってきた。
授業が私の「ふしぎ!?」から私の「科学」への謎解き訓練だとしたら、「自由研究」は私の「ふしぎ!?」から私の「研究」への学び方(スキル)訓練だ。
これまでの文脈から「アカソナキヤ方式」を提唱していた。
◆アカソナキヤ方式
 タリマエ を当たり前として流さずに
 ンガエテミルト けっこう「ふしぎ!?」なことはいっぱいある。 
ソ ウイエバ そのこと教科書に、本に、Webにあったような。
ントクナク でいい。その「ふしぎ!?」に予想をたててみよう。
ットコウナルハズ の私の仮説をたててみよう。
ッパリ そうだったか!!となれば、これは大発見だ。
▼提唱はもちろん生徒に向けてだけでなく自分自身の自由研究に向けてでもあった。
それにプラス今年は、発表(報告)を射程に入れた研究が課題だ。
研究発表のころになると「コピペ」のことがよく話題になる。
そうなって久しい!!
「コピペ」批判は妥当である。
アタリマエのことだ。
しかし、もう一歩踏み込んでカンガエテミルト、「研究」とはある面「コピペ」の要素を持っているものではないだろうか。
 「コピペ」の安直なやり方、モラルを逸脱しているところにこそ問題があるのである。
学会の研究誌などみればあきらかなように、ひとつの独創的研究とみなされる「研究」にも「引用」「参照」は当然のことであるのだ。
 「コピペ」と「引用」「参照」とはどこが決定的にちがうのか。
「自由研究」とプロの研究者の「研究」はどこがちがうのか。
どこが同じなのか。

そんな途方もないこと考えながら、今年の「自由研究」をすすめたい。
今朝も歩いてみよう。
きっと新たな「ふしぎ!?」と出会うだろう。
それを楽しみに…。
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新・「自由研究」のすすめ試論(56)

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<今年の雄しべは花びらと一緒に落ちなかった!!>

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<幸いほぼ回収できた第5大賀ハスの雄しべを数えてみると 271本も!!>

▼「大賀ハスばっかり病」から少し脱出しようと思った。
しかし、どうしても私には気がかりなことがひとつ残っていた。昨年度まで繰り返してやってきた作業に「雄しべの本数を数える」というのがある。
 今年ももちろんやるつもりでいた。ところが今年の開花した大賀ハスは花びらと一緒に落ちなかったのである。
日がずれるばかりでなく、くっついたまま枯れてしまっているのである。
かろうじて第5大賀ハスがほぼ花びらと一緒に落ちた。雨に流されて他所にいったものや、観察池に沈んでしまったものもあるかも知れないが、可能な限り回収してみた。
 それを、「タンポポの研究」であの舌状花の数を数えた方法で、黒い画用紙に10本ずつセロテープで貼りつけ数えてみた。
 なんと271本もあったのである。
 「多くの雄しべ」と「271本の雄しべ」とでは全然ちがうのである。
花とは何か?
の説得力がちがうのである。
「科学」研究のはじまりだった。
これが無手勝流の私の「研究」の流儀であった。
▼『大賀ハス開花の観察研究』は、私自身の夏休み「自由研究」のテーマのひとつであった。
そうだ、その「自由研究」を話題にする季節である。
孫娘の誕生を記念してはじめた 「理科の自由研究」の研究のページもはや5年が経過した。
 昨年の新・「自由研究」のすすめ試論(55)以来久しぶりにつづける。
 その新・「自由研究」のすすめ試論(55)の最後に私は次のように書いた。

自分にも言い聞かそう。
「ふしぎ!?」を追いかけるには
「保留する力」
「持続する力」
「つなげる力」
が必要なんだ。それを「学力」というのかも知れない。

▼今年もまずは自分自身の研究テーマを決めよう。
すぐ思いつくもの列挙してみよう。
◆「大賀ハス開花の観察研究」
 もうこれは始まっていた。
 しかし終わっていない!!
 開花の「ふしぎ!?」追い続けよう。
◆「ヒガンバナの研究」
 開花期をむかえるまでに研究の現在地をまとめておこう。
 テキスト「ヒガンバナ」の検討
 「ヒガンバナのかがく」に向けて
◆「人間と金属の歴史~水銀・鉄を中心として~」
 「丹生」を追う をすすめよう。
 「たたら製鉄」を追う
◆新・「大地の動きをさぐる」
 自分の立つ大地の生い立ちをさぐろう
 中央構造線を追う

等々である。
ああーダメだ。すぐ欲張りになってしまう。
まあいいか!!けっして完了をめざすわけではないのだから…。
▼今年の「研究」では特に心がけたいことがある。
それは、発表(報告)を射程に入れて研究をすすめることである。
私の「ふしぎ!?」を人に伝えるそれは「科学」研究のはじまりだ!!
謎解きのプロセスを伝えるこそが「ふしぎ!?」を共有することになる。
「ツタワル」ためにはそれなりの工夫、手段が必要だ。
それをいつも意識しておきたい。

9月になってどんな発表(報告)ができるか。
私自身にとっても楽しみである。

さあ、ゆっくり 急ごう!! 

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大賀ハスの花は散った!!

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▼ときおりはげしい雨の中、最後までねばっていた第7大賀ハスの花の花びらは開花5日目にしてすべて散った。従って現在までに観察していた花芽のたった大賀ハスはすべて散ったことになる。
昨年に比べると一ヶ月以上早い展開であった。それがなにに起因するものなのかまだわからない。
天候条件のちがいが大きく関係しそうだが、くわしいところまではわからない。
▼第5(観察池)、第6・第7(水栽培)大賀ハスの散った花びらを例のように黒い画用紙のうえにならべてみた。
なにしろ雨のあいまをぬっての回収であり、ひょっとしたら回収しそこねているぶんもあるかも知れない。
また、第6、第7についてはまとなりに咲いていたので、一日ちがいとは言え混じってしまったことがあるかも知れない。
 並べ方にしろなにかを参考にして、根拠があってというものではない。
単に大きい順番にならべたにすぎない。
まあシロウトの無手勝流研究とはこんなものだ。
これは単なる偶然であろうか。
いずれも花びらの数は19となった。
そう言えば、第2も19、第3は18だった。
この数字に意味があるのだろうか。開花の「からくり」となんらかの関係はあるだろうか。
▼わずかばかりのデータでものを言うことはひかえなければならないが、そこはシロウトの道楽研究ということで今年の観察でわかったことあげておく。
・大賀ハスの開花時期にはかなりの幅がある。
・開花時期については天候条件(気温、湿度、日照条件)が大きく関係していそうである。
・「あこがれの4日間」は4日間が原則であるが、「5日間」ということもある。
今のところ「6日間」というのはない。
それを決めているのは何か?
・花びら
の数は20前後。一般に時期が早いと少ないのでは
・開花二日目がいちばん虫が寄ってくる。
・従ってあの「香り」の正体の物質の拡散は2日目、3日目がいちばんはげしいのでは
等々だ。
 まだまだ大賀ハスの「ふしぎ!?」はつづく。
▼「ふしぎ!?」と言えば、ヒガンバナの「ふしぎ!?」について、広く【質問】してみたが、元々の「問い合わせ」の方から追加情報があった。
それは沖縄のヒガンバナについてである。「沖縄ですでに咲いてしまったという」とい情報の元情報はこのページにあるということである。どうやら「早咲き?」「狂い咲き?」の情報のようだ。
あらためて問いたい。こんな「時季はずれのヒガンバナ」はないだろうか。

「ふしぎ!?」を多くの人と一緒に追うことは面白いものだ。
ときに「大発見」をもたらすかもしれない。 
 今日も、身のまわりにおこっている「ふしぎ!?」を追いかけてみようと思う。


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サイエンスコミュニケーター宣言(273)

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▼やっぱりそれは「ふしぎ!?」だった!!
昨日、第5・第6・第7大賀ハスは同時に「四日目」をむかえていた。朝から少し雨が降っていた、四日目にしてはじめての雨だ。でもこれで今日ほんとうに散ってしまうのか疑うほど元気だった。
昼を過ぎて帰宅すると第5・第6はみごとに散っていた。約束の「四日間」は守られていた。
ところが第7はその後のどんなはげしい雨風に耐えて、「その時」をむかえないのだ。
やっぱり「ふしぎ!?」だ!!
「あこがれの4日間」のからくりはまだまだわからない。
誰がどのようにして「その時」をコントロールしているのだろう?
▼昨日、日本ヒガンバナ学会の私宛ということで一通のメールが届いた。
そのメールは、東京にて金属工芸で昆虫等を細密に制作している方からのものであった。
今回彼岸花をモチーフに作品を制作されているそうだが、どうしても手元にヒガンバナが必要で探しておられるそうだ。もちろん今の時季が「時季はずれ」であることはよくご存じのうえでの問い合わせである。
さらには沖縄では6月に咲いているという情報を聞きつけ連絡をとられ「もう咲き終わっている」ということを確認された上での問い合わせである。
面白い!!と思った。
最初は「まさか今ごろ…」と思ったが、「ひょっとしたら」と思いTwitterで【質問】してみることにした。
さっそく何名かの方がリツイートで【拡散】して下さった。
Facebookでも「リンク」を「シェア」して下さった。
実に面白い展開になった。
▼これだと思った。!!
【理科の部屋】は、こんな展開をめざして20前にスタートしたのだったのです。
スタート数年後に書いた文章「【理科の部屋】とは」のなかで少しオオバーな表現ですが、次のように言っていました。 

この間ずっと、一貫して【理科の部屋】では    『情報は、発信するところに集まる。』 と唱えてきました。これは、これまでの教育研究運動のコペルニックス転回で あり、一大パラダイムの転換です。  つまり、これまでの情報の「受信者」が、「発信者」に変わっていくのです。 じつは、ほんとうに必要な情報は「発信」するところに集まってくるのです。

これは今も続いているのです。
▼言葉をかえれば【理科の部屋】的=Twitter的=「リンク」「シェア」「フラット」「等身大」「リアルタイム」「アクティブ」は今も続き、これからも続くのです。
 ただ続くのでなく進化・深化しつつ続けたいのです。
「情報は発信するところに集まる」
に加えて
「情報は交叉するところに生まれる」
を実感しながら…。

今日はどんなヒガンバナ情報が集まってくるのだろう。
楽しみである。
第7大賀ハスの「五日目」も…。

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サイエンスコミュニケーター宣言(272)

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▼第5・第6・第7大賀ハスの三日目も朝は少し曇っていたが、昼頃には晴れてうれしい「三日目」となった。
花托の柱頭部は黒ずみ、子房部は心持ち膨らんでいるように感じた。
三日間、晴ばかりだったからであろうか。ここからなんとか今年の種子は期待できそうだ。
ありがたい!!
▼昨日もfolomy【理科の部屋】が年内終了の「お知らせ」に少し動揺しながら、【理科の部屋】20年史年表をしばしながめていた。
 まだプロットされていない「歴史」も含めて思い出していた。
あまりたくさんの「出来事」があって、20年前はずっとずっと昔に感じられる。
一方ではつい先日のことにも思われる。
▼昔の知人にあうと、ときたまこんな質問にあうことがある。
「あの【理科の部屋】ってまだあるの?」
咄嗟には返答に窮する。
「えっ はあ…」
そして、たいていこう繋ぐことにしている。
「あると言えばあるし…ないと言えば無いし…」
「?(゚_。)?(。_゚)?」
「いや、人によってちがうんではないかな。少なくとも私のなかできっちりとある!!」
と。
 【理科の部屋】というのは、一定の組織でも団体でもない。
私にとっての【理科の部屋】は強いて言えば「形態」であると思っている。
▼だから、
理科の授業も、教材も、オンライン「寅の日」も、サイエンスコミュニケーターも、「私の科学」も…
あらゆる人との出会いも、学びも… 
すべてが【理科の部屋】をはずしては考えられないのである。
「今」もそうだし、「これから」もきっとそうだろう。

こんなときはやっぱり真壁仁の「峠」だ!!

すぎ来しみちはなつかしく

ひらけくるみちはたのしい。

みちはこたえない。

みちはかぎりなくさそうばかりだ

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サイエンスコミュニケーター宣言(271)

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▼やっぱり二日目の朝が最高に美しい!!
何度見てもそう思う。
2013年後半のスタートの日、昨日は第5・第6・第7大賀ハスにとっては「あこがれの4日間」の二日目であった。
 青空がうれしい!!晴れていた。
そう思うのは私だけではなかった。
虫たちにとっても最高の朝だったようだ。
小さなハチだけでなくいろんな虫たちも集ってきた。
クマバチまでも…。
▼そんな大賀ハスの観察をやりながら2013年後半を少し展望してみるそことにした。
後半の最大のイベントはなんと言っても
●【理科の部屋】20年記念オフ
だ。
 今年の初めに日にちと場所を決めただけで、その後、具体的な計画ができていない。
もう5ヶ月をきっている。そろそろ本格的に内容についても話をはじめたいと思う。
できるだけそのプロセスを楽しみながら「ああでもない こうでもない」とやりたいものだ!!
▼拙いあの【理科の部屋】20年史年表の方も少しずつすすめたいものだ。
プロットする点が多いほど、「これから」への延長線が有意義に引けそうな気がする。
これもやはりひとりだけの視点では面白くない。
多様な視点・視座があってこそ意味のあるものになると思っている。
情報提供よろしく!!
▼ちょうどそんなこと考えているとき、ちょっと驚く「お知らせ」が入って来た。
folomyが年内に終了するという知らせだ。
もう数ヶ月で書き込みが終わり、年内には閉じられという。
従って、folomy【理科の部屋】時代は終わってしまうということだ。
時代は確実に過ぎ去って行く。
同時に新しい時代がはじまることも確かだ。

まずはサイエンスコミュニケーターとして3年目の夏休みだ!!
できることからと、昨日発売の「青春18きっぷ」を買ってきた。


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【Web更新6/30】13-26【大賀ハス観察日記】等 更新!!

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誘われて 虫集うかな 半夏生 13/06/29 (土)撮影@福崎


■楠田 純一の【理科の部屋】13-26
週末定例更新のお知らせ
 2013年前半が終わった。地球は太陽のまわりを半周した!
今日から後半だ。そこで、久しぶりに「新年の抱負2013」に目を通してみた。
 「夢」とはいえ、欲張りになったものだ。11項目もあげていた。
すでに実現したこともあるし、これからのこともある。
 最近 少し自分でも危惧していることがある。
それは「~ねばならぬ」主義が優先してきているのではということだ。
あくまで「~したい」「~を楽しむ」優先で行きたいものである。
後半は
どんな楽しいこと、面白いことが待ち受けているだろう。それを考えると o(^o^)o ワクワク

◆表紙画像集2013 更新 人里の自然シリーズ  半夏生
 昨年一緒に働いていた用務員さんに分けていただいた「半夏生」。西のゴンビの木の側に植えていたら今年、ほんとに「半夏生」(明日)が近づいてきたら白い葉が目立ちはじめた。
 まばゆいばかりの白さだ。これで虫たちにシグナルを送っているのだろうか。
ほんとうに虫たちが集ってきているようにも見えた。それにしてもすごい戦略をたてたものだな!!

◆【大賀ハス観察日記】 更新!!
 先週はほんとうに大賀ハス三昧の一週間であった。
昨日第5、第6、第7大賀ハスは連続して同日開花をしはじめた。
そしてなんと第4にも「5日目」があった。
「ふしぎ!?」は深まるばかりだ。
これもまたゆっくり楽しみながら行こう。

◆【授業】「化学変化」 更新!!
 「君は「原子」を見たか!?」の感想文を読んでいると実に面白い。
授業をやっているときには、私には見えていなかったことがいっぱい書かれている。
ナルホド!!と教えられることも多い。
新たな「ふしぎ!?」もみつけている。
私の「ふしぎ!?」から私の「科学」へ 少しずつ実現してきているようにみえる。
うれしいかぎりだ!!

◆オンライン「寅の日」 更新 !!
 こちらの方も、2013年前半 一度も欠かすことなく第38回まできた。
これとて同様だ。「ねばならぬ」主義に陥らず、「楽しむ」第一主義でいきたいものだ。

朝から大賀ハスの開花がきれいだった。
三つが同時開花でなんといえぬいい「空気」が流れていた!!
さあ 新しい一週間をはじめよう!!


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